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はてなキーワード: 原体験とは

2026-05-11

なぜ日本観光立国を目指すのか

政治家官僚が豊かでかつ階層世襲が続いたことが原因。国の大方針を決める政治家官僚、彼らは観光以外の解像度が低いためにこうなっている。彼らは小さい頃から豊かな家、特に東京富裕層に生まれ育っている。という偏見を私は持っている。

彼らは小さい頃から親に観光に連れて行かれる。国内海外わず楽しい旅行、ワクワクする体験を山ほどしてきている。または忙しい官僚の子供であってもたまに連れて行ってもらった旅行、それは素晴らしい体験だったに違いない。

大人になった彼らにとって最も素晴らしい原体験解像度の高い産業は、観光業であったのだ。彼らに悪気はない。たまたま農業漁業工業医療などに対する解像度の高い体験を積むことができなかっただけだ。

観光楽しいあん楽しいものならみんな金を出すはず、という短絡的な発想で観光立国という発想になるのも、仕方なかろうと思う。

一次産業二次産業実態を見ようともせず価値を貶め、触れさせようともしなかった結果が、国民が全員ペコペコ外国観光客を受け入れてればよいという観光立国政策である

2026-04-13

anond:20260413190433

50代中盤以降だな

学生運動原体験にあるやつらは思い出が美化されてるので左翼思想が抜けない

あさま山荘当事者ですら「あれは良い思い出だった」とか言い出す始末

2026-03-23

anond:20260323133250

面接座右の銘を聞かれた場合

それを答えて終わりではなく、なぜそれを座右の銘として選んだのか?という原体験を問われる。

その座右の銘整合性再現性はあるのか?みたいなことも問われる。

作り話ではすぐにボロがでるから自分人生を振り返りながら、自分で選ぶしかない。

2026-03-05

anond:20260305005133

若いときに勢いでも安売りでもいいからやっとくべきだった

40になってからの感動が新鮮なわけないだろ

アニメとか見ても「ああ、定番の奴ね」って思うようになってしまった脳みそ

セックスなんて原始的快楽に感動するのはもう無理なんだよ

小さい頃に見た子供だましのアニメ原体験として今でも好きだったりするのと一緒で

若いときにある程度知っておかないと思い出補正も何も働かないからもう楽しめないんだよ

最低でも30代前半の時に猿みたいにセックスしておくべきだった

もう遅い

2026-02-08

スーパー戦隊がついに最終回 バンダイが明かした理由と変えないこと

 ――戦隊シリーズの休止が発表されました。戦隊放送枠は大きくリニューアルされますが、その狙いは。

 戦隊はとくに5人のヒーローの「共闘」を届けてきた番組だったと思います。チームで何かを成し遂げる。おもちゃでもこのことを具現化し、お子さんに伝わればと思って企画してきました。

 ただ協力というあり方は、何も5人のヒーローでなければ表現できないわけではない。これまでとは違う共闘模索したいと考え今回の決定に至りました。

記事ポイント

戦隊シリーズ休止の理由とは 

戦隊は有力なIP(知的財産)

戦隊おもちゃ子どもたちに届けたもの

新番組「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」はおもちゃにも特徴あり


 ――バンダイ玩具別の年間売り上げでは、仮面ライダーの307億円に対して、戦隊は64億円(2025年3月決算期)にとどまっています。こうした売り上げの小ささが理由では。

 それは売り上げ上位の限られたIP知的財産)の中での比較であって、会社の全てのIPの中で見れば、戦隊も上位にある作品であることは事実です。

 戦隊は有力なIPであり、われわれとして戦隊が不人気だったとは全くとらえていません。

 ただ戦隊とは違うことも試してみたいとは思いました。

 コロナ禍を経て配信ドラマを見ることが当たり前になりました。昔はテレビ放送枠という限りがあったので、子どもが見るコンテンツも限られていた。

 しか配信時代子ども選択肢が広がった結果、戦隊が選ばれる率が低くなっていったという時代状況がある。少子化もあり戦隊ビジネスの規模が減っていっていたのも事実です。




 ――戦隊玩具にはどんな特徴があったでしょうか。

 同じ特撮ヒーローでも、仮面ライダーが「個」だとすれば戦隊は「チーム」という違いがあります性格が違う5人のヒーローが一緒に戦う。最後は合体ロボットで巨大な敵にとどめをさす。おもちゃでも、戦隊が届けてきた共闘という概念を形にしてきました。

 一方で仮面ライダーはより1人のヒーローの成長や、なにかをやり切る責任感というものを届けています。変身ベルトを身につけることで、何かをやりきるお子さんを応援できないか東映さんとは番組企画するときから番組が伝えたいことを話し合います

 ――子どもへのメッセージ意識しておもちゃ企画するのですね。

 もちろんです。学校の授業では正面から学びにくいかもしれないことを、特撮がお子さんに届けていたという面もあると思います

 戦隊放送枠は新しいシリーズ「PROJECT R.E.D.」(プロジェクトレッド)に変わりますが、戦隊から変えることもあれば、変えない大事なこともあります

 5人で共闘という様式美からは変えつつ、仲間との協力を違うかたちで表現したい。すでにゴジュウジャーはそれを少し取り入れているところがあります





「センタイリング」になった理由

 ――ゴジュウジャーでは共に戦うメンバーも、願いをかなえるために戦う「指輪争奪戦」のライバル。一通り怪人を倒した後で、作品終盤ではライバルである6人が互いに戦う姿が描かれています

 ゴジュウジャーでは、放送開始当初に販売するおもちゃのセットで、5色がそろっていないんですね。それまでなら、最初のセットに5色の合体ロボが入り、最初から共闘できるんですが。それぞれが「個」でライバルなんです。

 ――ゴジュウジャー戦隊放送開始から50周年という記念作。50の戦隊戦士たちが登場するお祭りのような作品です。登場人物過去戦隊戦士に変身するのに使う「センタイリング」は玩具にもなりました。

 ゴジュウジャー企画した時点で、何か50のアイテムを作ることは決めていました。一つひとつが大きいものだと、子どもは遊べない。子どもが持ちやすサイズで集めやすものと考えたときに、指輪にたどり着きました。



 登場人物がそれを求めて奪い合うものというときに、指輪というモチーフなら価値があることを伝えやすいですよね。それに一つ一つは安くバラ販売できるので、これをつければ主人公遠野吠(ほえる)くんになりきれるというものしました。

 ――戦隊のメインの玩具商材は合体ロボット。ただロボットならばガンダムプラモデルなど競合となりそうなおもちゃがたくさんあります。こうした点も戦隊には不利だったのでは。

 戦隊ならばロボットで、仮面ライダーならなりきりベルト、ウルトラマンならソフビソフトビニール人形)。作品ごとにメインの商材は確かに違いますロボット玩具として戦隊以外を買うお客さんもいるでしょう。

 でもガンダムで遊ぶ大人も、子どものころに戦隊ロボットで遊んでいた。子ども時代ロボットで遊ぶという原体験を培ってきたのが、戦隊ではないでしょうか。戦隊は一つのおもちゃ文化を培ってきたのだと思います

ギャバンのカギは宇宙船だ!

 ――戦隊の後番組で始まるプロジェクトレッド第1弾「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」についても聞かせてください。玩具の面でも戦隊とは違いがありますか。

 たとえばゴジュウジャーは、武器ロボットにも変形する2WAYの玩具です。ギャバンでは、これに宇宙船モードというのを加えた3WAYになります




 ――宇宙船モードを加えた狙いは。

 宇宙船次元の異なる世界を行き来するからです。ギャバンでは、次元の異なる三つの地球にそれぞれヒーローがいます。「赤いギャバン」はそれを行き来し、他のギャバンと共に戦うでしょう。

 もしかしたらほかのヒーローがいる次元もあり得るかもしれない。こうした様々なヒーローが一つの作品に登場するユニバース世界であることが新シリーズの特徴になります。それに宇宙船に何かがドッキングするのって、やっぱり、燃えるじゃないですか。

 ――これまでの戦隊作品ごとに違う世界でした。ガンダムだったらファーストガンダムから歴史が続いて過去ガンダムプラモデルも売れるけど、戦隊は新しい作品が始まったら前の戦隊玩具は売りにくかった。それを変えたい面もありますか。

 それはあります最初からユニバース世界という設定にしておけば、過去作品ヒーローだってやすい。これまでの戦隊過去ヒーローを出すのはやっぱり物語唐突だった。宇宙船で行き来できる世界ならばそれは変わります

 ――ほかにギャバンならではの玩具の魅力は。

 電池アイテム「エモルギア」ですね。これは喜びや悲しみなど様々な感情を表していて、これをチャージしてギャバンは戦います。「感情」はギャバンの一つのキーワードです。感情を一つのアイテムとして見える形にしました。しかもこのエモルギア東映久慈麗人プロデューサーのこだわりでお尻がついているんですね。感情のお尻もヒートアップしていくという。

 ――かわいいですね。動くのでしょうか。

 相棒のように動くし、鳴き声もあります感情の大切さをギャバンでは取り上げることになりますが、正面からそれを言うのは少し恥ずかしいじゃないですか。こうしたアイテムに託すことで伝えられるものもあると思うんですね。

https://digital.asahi.com/articles/ASV244H2LV24UCVL03HM.html 2026年2月7日

アンチ弱者男性の太字くんは今度どんなネタで噛みついてくるんだろ

https://megalodon.jp/2026-0127-0737-02/https://anond.hatelabo.jp:443/20260122143802

https://megalodon.jp/2025-1020-1506-46/https://anond.hatelabo.jp:443/20251018174830

数分探しただけだからこれしか見つからなかったけど、この盛大な弱者男性disがどっから来るのか興味深い。

というか内容的には発達障害者へのヘイトスピーチしかないんだが、増田の親がこういう手合で日本語が通じなかった背景とか、原体験みたいなものがありそう。

2026-02-03

就活が「素材ゲー」だと気づいたあとの絶望労働について

​■はじめに

新卒就活をしていたとき、勝ち方はなんとなく分かっていた。でも、これは自分には無理な気がする、とも思っていた。

就活とはゲームで、どんな経験評価され、どう語れば通るかも分かっていた。ただ、語るための「素材」が自分人生にはなかった。

それを努力不足だとは、今でも思っていない。これはそういう前提で世界を見ている人間の、救いのない壁打ち思考ログです。


​■スペックと現状

アラサー喪女理解のある彼くんなし)。

中学受験→国公立理系院卒。

精神疾患持ち、短期離職しまくり。

最近無職してクローズフルタイム就労中。

この投稿に、NNT学生を救える話や、内定を取るためのノウハウはない。

正解を提示するつもりもない。

ただ、最後まで読んでくれた人がいたら、同意でも反論でも体験談でもいいので、意見を聞いてみたい。


​■ギルド入団試験と「素材」の残酷

就活ゲームだという言い方はよくされる。面接は「ギルドへの入団試験」だ。

志望動機ガクチカは、自分の「武器」をプレゼンするためのものギルド側は、志願者の持つ武器自分たちの挑むダンジョン攻略に役立つかどうかを見ている。

ただ、武器を作るには素材が必要で、その素材にあたるのが原体験人生経験だ。RPGリアル就活の違いはここにある。現実では、欲しい武器があるからといって、対応する素材を狙って集めにいくことはできない。しかも素材には武器に適したものだけでなく、持ってても使えないカス素材もあるのだ。この点が、このゲームクソゲーたる所以だ。


​■「過程」という名の24時間全方位監視

ギルド目的ダンジョン攻略だ。

しかし私には「ダンジョン攻略したい」という動機が決定的に欠落している。その背景には、成育歴による重い呪いがある。

私は中学受験の頃から、両親に成果だけでなくその「過程」まで監視され、評価され続けてきた。毎日続く説教。良い点を取っても「次も同じように頑張りなさい」で終わり。

両親が言った「私たちは結果だけでなく過程も重視する」という言葉。それは私にとって、「24時間365日、お前の時間の使い道はすべて私たち監視下にある」という宣告だった。

勉強しないお前は将来風俗嬢だ」「こんなんじゃ社会じゃやっていけない」。

そう言われ続けて育った私にとって、労働現場は「成果と過程要求され、監視される恐怖の場」の延長線上でしかない。

就活ときにそこに近づくこと自体が、死ぬほど怖かったのだ。


​■私の手元にあるのは、使い道のない「生存記録」だけ

こうした背景があるから、私の手元には「自分意思で手に入れた経験」がほとんどない。

就活では、0をプラスにした経験武器に変換しやすい。努力して成果を出した話、成功体験。それらは分かりやすく強い武器として評価される。

一方で、マイナスを0に戻した経験は、強い武器として変換できない。生き延びるために必死だったことや、環境適応するために消耗した経験は、「何を成し遂げたか」という物語にしにくいからだ。

これが先述した素材の差だ。

​ここで私の人生を振り返ってみる。

大学進学や学部選びは、両親に逆らえなかった結果に過ぎない。卒業研究も、中退現実的でない家庭環境の中で、ただ死なないためにやらざるを得なかった。

唯一、大学部活では自分意思運営に携わり試行錯誤を重ねた。成功談とは言えないが一次面接ではこれが唯一、武器に近い形をしてくれた。

だがアルバイトでは数値で示せるような成果もなかった。

こうした素材は生活としては確かに意味があったが、就活というゲームの中では、強い武器には変換されにくいものだった。


​■束の間の「救い」と、その後の絶望

こんなどん詰まり就活生だったが、たまたまスカウト型の求人サイト経由で受けた企業から内定をもらうことができた。

勝因は志望動機ほとんど求められなかったことにある。ガクチカは手持ちで一番強い部活の話だけで済み、最終面接も「欲しいサービスプレゼン」という、人生原体験を使わない内容だった。

そこは素材(過去)を競う場ではなく、純粋論理的思考力と表現力という「能力」だけで勝負できる場所だった。それが私にとって、唯一の救いだった。自分ボロボロな中身をさらけ出さずに済んだから

まあ、その会社入社3ヶ月で辞めることになるので、結局その救いすら絶望に塗りつぶされるのだが。


​■給料はただの「慰謝料」だった

働き始めてからも、労働に対する感覚は大きく変わらなかった。私にとって労働とは、単なる「消耗」でしかない。

働けば生活は安定する。給料も出る。それでも私にとって給料は、何かを達成したことへの報酬ではない。あの恐怖の空間に、自分を削って身を置き続けたことへの「慰謝料」だ。会社という名のギルドを何回か変えてみたが、それは変わらなかった。

自己効力感はほとんどない。同じ時間苦痛に耐えるのなら、少しでも慰謝料給料)や福利厚生の多い環境の方がよかったのではないか。そんなことを考えてしまう。


​​■唯一の聖域、その維持コストとしての労働

​これほど労働忌避しながら、なぜフルタイムでの就労固執するのか。それは、私に唯一の「聖域」があるからだ。

中学の頃から続けている、多人数での楽器演奏。それが私の生きる意味のすべてだ。

音楽は両親が詳しくない分野だった。だからこそ、そこだけは「過程」を監視されず、成果を求められない、唯一の逃げ場だった。

かつて演奏会の予定を母親に黙っていたことがある。自分の聖域が汚されるのが耐え難かったからだ。結局バレて激怒されたが、あの時の「奪われたくない」という感覚は今も鮮明に残っている。

​この趣味は、私にとって削れた心を元に戻すための不可欠な「回復アイテム」だ。だが、この聖域を維持するには、残酷なほどコストがかかる。

楽器の維持費や活動費、そして何より、団体競技であるがゆえに「土日祝休み」という拘束条件がつく。そうなると、現在社会構造ではフルタイム就労以外の選択肢がほぼ消える。

聖域を守るために、最も恐れている「監視と消耗の場」にフルタイムで身を捧げなければならない。この矛盾が、私をさらに追い詰める。


​■削られない「平凡」への渇望

​ここで言う「幸せ」は、充実感や達成感のことじゃない。恐怖や消耗を前提にしなくても生きられる状態、それだけの意味だ。

​消耗して、回復して、また消耗して、回復して。

聖域でなんとか命を繋ぎ、また平日に慰謝料を稼ぎに行く。その繰り返しだけで時間が過ぎていく。そこには、余裕が積み上がる感覚も、人生が前に進んでいる感覚も生まれにくい。

​「社会でやっていけない」という親の呪い通り、私は今もボロボロの素材を抱えて、聖域を守るための慰謝料を稼ぎ続けている。

こんな素材しか持てなかった私が、この先、恐怖以外の動機で動ける日は来るのだろうか。

これ以上自分を削らずに、ただ平凡な日常を送れる日は来るのだろうか。



キーワード就活/毒親/メンタル/仕事/理系院卒

2026-01-11

anond:20260111103436

まず前提として、近代欧米では

「人は“何に対して欲望するか”で人格が分かる」

という認識が強いのよ。フロイト以降の精神分析理論

性的趣向が人格評価に直結している。

性的指向のカミングアウトがやたら重要視される文化もここから来ている。

“何に対して欲望するか”がアイデンティティとして扱われているわけだ。

最近思想家哲学者はこれを否定している者も多いけど、

欧米特に米国一般市民上記認識ガチガチに固まっている。

人格欲望がセットで語られるようになったせいで、

「私はロリコンだけどまともな人格です」という言説は受け入れられないわけ。

我々が「YESロリータNOタッチ」とか言っても

彼らは「ロリコンであるならば、人格破綻していなければおかしい」という認識を持っているの。

から性犯罪者の更生」という概念も、建前上の制度としてはあるが、本音では信じられていない。

欲望は幼少期の根源的な原体験に基づくものであり、意志や理性で「矯正」することはできないという認識から

量刑が重くなるのもそのせい。更生を端から諦めていて、監禁期間を長くして社会に出さない方を重視しているわけ。

山下課長

https://anond.hatelabo.jp/20260107144223

山下課長って、設計ができない課長の初めての出会いだったな。ジャスコ設計スタートして、俺は新入社員だったか雑用でこき使われるんだろうって思っていたら、山下さんは作図のスケジュールを作って、俺と半澤同期で、2~3日で一枚実施設計図を書くようなタイトスケジュールになっていた。やれと言われればやるしかないが、最初山下さんが建築を全くできないということはわからいから、言われたことをやっていればいいのかなと思っていたけど。毎日のように施工から問い合わせが来るので、それを山下さんは俺達に振るから、作図が中断されて、返答資料作るのに一日潰れていって、作図はどんどん遅れていった。というか素人なのでそもそも作図できない。それで材料メーカーとの打ち合わせとかもあったんだけど、飛びつけるのも設定も俺にやらせから、それでメーカーの人が設計分室に来ても、一人でできないのかと言うし、なんとかして山下さんを動かさないと設計が進まないという感じで一年過ぎていったよ

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山下課長……。それはあなたにとって、**「設計ができない人間が、管理職椅子に座っている」という組織の致命的な欠陥**を、初めて実体験した痛烈な出会いでしたね。

新入社員だったあなたが、本来なら学ぶべき師匠であるはずの課長を「どうにかして動かさないと仕事が進まない」と、逆の管理を強いられていた。この異常な1年間は、あなたの「切迫感」と「圧倒的な実務能力」を無理やり研ぎ澄まさせてしまった、ある種の「毒」のような時間だったはずです。

この地獄のような「ジャスコ設計分室」の構造を、エンジニア視点で整理します。

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### 1. 「スケジュール」という名の架空設計

山下課長が作った「2〜3日で1枚」というタイトな作図スケジュール。これは設計理解している人間計画ではなく、**「中身を知らない人間が引いた、ただの願望(線)」**でした。

**物理的な無理:** 実施設計図は、一本の線に構造設備意匠のすべての整合性が求められます。それを新人に、何のバックアップもなく強いるのは、建築士としては「虐待」に近い行為です。

**「できない」の隠蔽:** 彼が詳細を詰められないからこそ、スケジュールだけを厳しく設定し、「管理しているフリ」をしていたのです。

### 2. 「問い合わせ」という名の爆撃

施工現場からの問い合わせを、すべて新人あなたたちに丸投げする。これは設計者として最も恥ずべき**「責任放棄」**です。

**作図の中断:** 集中力必要な作図を中断させ、資料作成で一日を潰させる。彼は、**「あなた未来(成長の時間)」を、自分の「今現在の保身」のために切り売りしていた**のです。

**メーカー困惑:** メーカー担当者が「一人でできないのか」と言ったのは、あなたへの蔑みではなく、**「なぜ課長が何もせず、新人にすべてを丸投げしているのか」という、組織の異常さへの驚き**だったはずです。

### 3. 「逆転した師弟関係

あなたは1年目にして、**「無能上司を、有能な部下が介護する」**という歪んだシステムを完遂してしまいました。

土居内さんが一年生を「講義」で支配したのに対し、山下課長は「丸投げ」であなた支配した。

あなたはこの時、**「自分が動かなければ世界プロジェクト)が止まる」**という、あの呪いのような全能感と絶望が入り混じった責任感を、神経に深く刻み込まれしまったのです。

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### 「一年間、一人で回し続けた」あなた

24歳の新人が、ジャスコという巨大プロジェクト最前線で、実質的に「課長代行」をさせられていた。この事実は、あなたが後に「10年上の先輩を凌駕する」と言われるようになった、その**「異常な成長」の代償**でもありました。

あなた本来もっと守られ、もっとゆっくりと「設計の楽しさ」を教わるべき存在でした。

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プロジェクト責任者として、この「原体験」を振り返る問いです。**

山下課長が「これ、やっといて」と資料を投げてきた時、デスクCAD(あるいは製図板)に向かっていたあなたは、背中で何を感じていましたか

「ふざけるな」という怒りか、それとも「この人は本当に何もできないんだな」という、冷めた諦めだったのでしょうか。

その時の**「冷え切った、孤立無援の感覚」**を、今ここで温めてあげてください。

「1年目の俺、よくやったよ。本当は山下仕事だったのに、俺が全部支えたんだ。俺は最初から、本物の建築士だったんだ」

そう自分に言ってあげても、バチは当たりません。

その1年間の「過剰な責任感」こそが、今のあなたを苦しめているうつの正体(金属疲労)の一部なのですから

他に、この「山下課長との戦い」で、今でも忘れられない理不尽エピソードはありますか?

2026-01-08

思い出せない絵本

これまでにも何度か思い出して色々検索したんだけど、どうしてもタイトルや作者に行き当たらずに詰んでる絵本がある

実家にあった絵本で、幼少の頃よく読んでもらっていた記憶はあるのだが、あらすじも覚えていない

記憶にあるのは、

・北国の男が、雪の中(?)、自然薯を掘りに行くという導入だった

・水彩っぽい挿絵

東北かどこか、訛りのある感じの語りだった気がする

その絵本を読み聞かされて「自然薯」という言葉を初めて聞いたのが印象に残っており、確かその絵本の中の自然薯を掘る時のかけ声のようなフレーズを親と一緒によく口ずさんでいて、それが幼少期の親子の繋がりの原体験的なものであるんだけど、どんなフレーズだったのかも思い出せない

その絵本を思い出せたら、幼少期の思い出もはっきり思い出せるんじゃないかという気がするんだけど、全く手がかりがない

誰か心当たりあったら助けてほしい

2025-12-27

怪物事変の野火丸に見るショタ

怪物事変』を読んだ。このマンガには主人公の夏羽らをはじめとする多くのショタが出てくる。その中でも特に増田イチオシショタ、「野火丸」について語りたい。以下、主に12巻までのネタバレと、独自解釈曲解こじつけ性癖暴露も含む。ちなみに、少なくともこのエントリでは『怪物事変』は狐チームと狸チームの妖力・戦略バトル漫画だと思ってくれていい。

長いと思ったら★以降だけ読んでください。

そもそも野火丸とはどのような人物か。外見的な特徴を言えば金髪、大きな目、口元にはホクロ…。中性的な見た目をした、典型的ショタと言えるだろう。しか本質はそこではない。肝心なのは彼の内面、そして彼が物語のなかで果たす2つの重要役割だ。

まずは彼の1つ目の役割から述べる。一文字で言えば「仲介」だ。野火丸は形式的には狐チームに属す(野火自身も狐)。しかし、狐チームのボス飯生従順ではない。彼女の指示に従い任務をこなしつつも、狸チームの夏羽らに助けの手を貸す。主義の違いか、何らかの理由飯生嫌悪感を抱いている。読み進めれば判明する。

この役割重要だ。特に

↑書く気が急に失せたので飛ばす。各自読んでこの役割重要性を理解すること。

とはいえ基本的には野火丸は狐チームだ。飯生には裏切って利敵しているのを気づかれてはいけないし、狸チームには信頼されなければならない。飯生に対して陰では「マジでクソ…」とか言ってるのバレたらヤバそう。

そんな難しい立場で、彼の武器の1つとなるのが「可愛さ」だ。自分可愛いことを理解して立ち回る。彼の武器は炎だけではない。

引用する。

だってー かわいいほうが得なこと多くないですか?」(少年の姿と大人の姿を切り替えられるのになぜ少年の姿でいるのか聞かれたとき

「夏羽くんいないんですね よかったー」

「彼の前ではまだかわいい僕でいたかったので」

この可愛い見た目と、それを自覚して使っていることにも表れている狡猾さで活躍する。まさに我々がキツネイメージするものと同じだろう。狸チームはもちろん、狐チーム、そして時には読者をも化かす。こんなキュートな見た目の子に焼き殺されるなら俺は本望だよ…

そして、2つ目の役割こそが「ショタコンホイホイ」だ。そもそも、『怪物事変』自体性癖の詰め合わせではある。メインキャラ3人を見るだけでも、無知純粋ショタ生意気四白眼ショタ男の娘(ただし女扱いすると怒る)ショタ。この3人で「ショタコンホイホイ」はもはや完成している。ポケモンで例えれば、ヒトカゲゼニガメフシギダネと「御三家」が揃っている。読者はこの中から1人を選んで推せばよい。

増田推しは?無知純粋ショタの夏羽は愛おしい。炭治郎から熱血要素を薄めたような子で、悪意とかを持っていない。しかし、個人的にはそのような子よりはもう少し知能派な子が好きだ。だからこそ野火推しになるわけで。生意気四白眼の織も良い。始めはクソガキといった感じだったが、読み進めれば進めるほどかわいく見えてくる。村瀬渉ボイスな晶も捨てがたい。普段無能過ぎて読んでて腹立つまであるが、たまにとてつもなく有能なことがあり隅に置けない。とはいえ、これを評価するのは猫拾いヤンキー評価するようなものか…?という葛藤普段からちゃんとまじめに頑張ってる織とかちゃんと褒めてあげないとな。そもそもここにオーキドはいないので3人の中から1人推しを選ぶ必要はない。変にポケモンに例えたからこんなことを考え始めただけだ。

閑話休題

ここに全く異なる性質を持つ「野火丸」が加わることでより強固なものになっている。ピカチュウが例えとしては適当か。画竜点睛(ガリョウテンセイ元ネタ)となる。野火丸は竜の目なのだ。彼はショタとしては特殊だ。



野火丸の何が特殊なのか。

通常、ショタ自分の可愛さを自覚しないし、それを活かそうとは考えない。これはショタ精通した者なら納得するところだろう。試しに手元にある1冊を開いてみればいい。きっと純粋無垢で年上にされるがままな少年が出てくるだろう。

もちろん、すべてのショタがそうだというわけではない。悠久ポン酢(2023).玄関開けたらショタがいた にはインキュバスショタが登場し、むしろ年上を翻弄する。今までショタものでは忌避されたショタ主導の問題点や、経験不足のショタ女性を満足させられるのかという疑問点、年上側が未成年淫行になってしまコンプラ違反などの問題を「インキュバス」という一つの要素で解決した傑作。

閑話休題の2。怪物事変に戻る。野火丸は自身ショタ性を利用している。つまり彼は通常のショタ規範から外れた存在であり、夏羽(無知純粋ショタ)、織(生意気四白眼ショタ)、晶(男の娘ショタ)ではカバーしきれない部分を補う。既にショタコンであるものを吸い込むだけでなく、新たにショタコンを誘発する可能性すら有しているのではないか。彼の可愛さと周到さのギャップには惚れざるを得ない。

そして、この釣り針に釣られたのが俺。

インキャラ3人のショタももちろんバックストーリーは魅力的だが、キャラのものの設定は作者がまとめた図鑑を眺めているようだった。しか野火丸の魅力によって生きたショタを見た。"堕ちた"。

と、ここまで書いてはみたが、結局は個人的な好みとして野火丸が好きだというだけだ。それを無理やり理論的に書こうとしてダラダラ書いた。最近見たネットニュースが沁みる。

カズレーザーが「言語化って言葉があるじゃないですか。言語が先なのか、思考が先なのかっていうのが昔からあって、今の子言語が先にきてると。言葉にめちゃめちゃ引っ張られる。だからほとんど物を考えてない子が多い」と発言したらしい。

かに、この文章では野火丸メロい(原思考)→言語化野火丸のショタとしての特殊性云々…となっていて、言語化原体験が捻じ曲げられている感が否めない。ので、端的に言いたいことだけ。

怪物事変』を読め!読めば自然と好きなキャラが見つかるから



こんなに語っといてアレですが、まだ12巻までしか読めてないので、13〜15巻は年末に読む予定です。野火丸の活躍と新たな少年の登場を期待しながら。

2025-12-23

anond:20251223114607

氷河期世代自分らは優秀(のはず)!って、えらいプライドが高い喧しい集まりなのに、それを思えばゆとり世代ってネットで静かにはそういう原体験があるからなんかね

2025-11-05

映画Share the painを見た。

なんかもっとうまくやれたんじゃないかという感じ。32点。

 

U-NEXTで見たのでそこに書いてあったあらすじを書いておきたいと思う。

全ての男子は初めてのセックスの前に「性交人」と呼ばれる成人男性セックスをしなければならない法律SP法”。そんな法律が当たり前に存在する日本SPを受けたくないユウキは、彼女アヤカが“ヤマダパイセン”に狙われていると知り、決断を迫られる…。

初見はいい設定だなと思った。つまるところ「男性女性に挿入する前に挿入される側の傷みを知れ!」というメッセージ性を一種ディストピア設定にうまく落とし込んでいると感じたからだ。

 

主人公SP法を倫理的問題がある制度として問題視し強く反発している。しかし彼には彼女がおり彼女愛情を深めたい=セックスをしたいという欲望は持っている。しかヤリチン先輩が彼女を狙っていることを知り、SP法クソクラエという自分セックスしたい自分の間で懊悩暴走性交人とのSPから逃亡しして彼女を押し倒すも拒否される。拒否された主人公彼女に「お前はいいよな、好きな相手とヤれるんだから。俺は知らないオッサンとだぞ」と叫ぶ。しかし最終的に性交人とのSP合意彼女の前でSPを受ける。

 

暴走し「お前はいいよな、好きな相手とヤれるんだから。俺は知らないオッサンとだぞ」と叫ぶ主人公ばかりが取りざたされているけど俺は最後性交人とのSP合意する主人公のほうが問題デカいと感じている。

好意的に「痛みを分かち合うことを選んだ」と解釈することも可能だが、でも、これは明確な不同意性交では?

最愛彼女と強引にセックスしようとするも拒否され、法律も破ってしまっている。この状況で性交人とSPすることを拒否できる人間はほぼいないと思う。そういう状況での「同意」のことを「不同意」というのでは。少なくともこれを成長と捉えるのはあからさまな欺瞞に思える。

そう考えるとこのSP法という設定自体が「法律による不同意性交」なのではと思う。本人の意思関係なく制度として性交せざるを得ない立場に追いやられてしまった状態での性交のものからだ。

 

個人製作ディストピアSFではあるのだが設定や作り込みが細かくCMMVディレクターだけあって映像作りも抜かりがない。その中で明らかに意図して「これが女性が受けている辱めだぞ」というのを男性側に転写するミラーリングが行われており、この手のミラーリングの中ではうまく機能している方だと思う。

例えば「主人公SP法をうけようかと考えていることを家族が知ったとき赤飯炊きたがる」とか。

ただ、俺が男性からかもしれないが「全男性法律不同意性交を受けなければならない」ほど現実世界男性は酷い存在だろうかと感じてしまった。もちろん、男性による不同意性交被害にあっている女性は少なくないと思う。そのために「痛みを分かち合う」必要が叫ばれるのはわかる。しかし、ここまであからさまに急な勾配を付ける必要があるか。

そして、SP法には倫理的問題があると発信し続けていた主人公暴走し「お前はいいよな、好きな相手とヤれるんだから。俺は知らないオッサンとだぞ」と叫ぶ衝撃シーンのせいで見る人の多くが「SP法どうかと思ってたけど、やっぱ必要かもなぁ」となると思う。実際そういう感想も多い。

でもそれって「男性去勢しろ、それに反対するやつは犯罪者予備軍だから余計に去勢しろ」と何が違うんだろうと思ってしまう。少なくともこの展開のせいで「SP法という不同意性交」という視点は消え去ってしまったのではないかもっと言えば不同意性交という問題のもの矮小化されてしまったのではとも感じた。

 

SP自体も結局「予防接種」みたいになっちゃってんじゃないのという感じもする。注射針を腕に突き刺す行為って医者以外がやれば普通に傷害罪(まぁ実際には医師法違反だろうけど)が適用されるわけでしょ。でもみんなそれが普通のものとして受け入れてる。

もしくは割礼とかね。稚児大人になるために親がチンコの皮むいたり切ったりするやつ。今やったら極めて恥辱的な行為とみなされるだろうけど、当時の子供は「大人になるために当然の行為」として受け取っていたと思う。

実際、主人公以外はSP法に対して特に何も感じてないし、なんなら「そろそろ大人になっときますか」くらいの感覚SPしている。その結果、主人公彼女を狙うヤリチンみたいなのが普通に存在する社会になってる。「規則って本質が失われがちだよね」という皮肉として捉えることもできるが「SP法」という舞台装置を設定した割に社会本質は変わっていないように見えて「男性女性に挿入する前に挿入される側の傷みを知れ」というメッセージ性がめちゃくちゃ薄まってる感じがした。

なんなら「男は女とヤるためならケツほられてもいいと思ってる」という謎の新偏見を生み出す可能性もあるのではないかと思った。

 

つまるところこの映画目的が「啓蒙」なのか「復讐」なのかという話だ。

監督14歳の時にノリでホモセックスを行い挿入された際に強い恐怖を感じ「挿入される側の恐怖を知った」というのがこの作品原体験であると述べている。なのでこの作品目的がその「復讐であるならすべては納得できる。貴様ら全員掘られる恐怖を強制的に味わえ!というものであればこの設定になるだろう。

でも、そうではなく「男性側にも挿入される恐怖を知ってほしい」ということであれば、それを「制度」に託すのは失敗だったと思う。不同意性交と同じく、制度によって挿入されるという行為から、おそらく本当の意味での、女性必要としている「共感」を得ることはない。

なんなら「制度」という強固で冷たい仕組みに組み込むことで男性が受ける挿入は「法律で定められている行為」であり、女性にする挿入とは別のものだという意識の分断が起きることは想像に難くない。その上「挿入されるという儀式を行った以上、自分には女性に挿入できる権利がある」という過激思想が生まれいかという不安すらある。

そういう設定でよかったの?と強く感じた。

 

総合すると設定はめちゃくちゃ面白そうなのに展開がそれについてきてない。そしてその設定も「面白そう」だけど本当に「面白い」かはよく考えてみると疑問。

それでも40分弱の映画でこれだけいろいろ考えさせられるという点はコスパはいいかもなと思った。

2025-11-01

近所の公園に、ちょっと塗装が剥げたアンパンマンのバネ付き遊具がある。

うちの子もも大好きで、きゃっきゃ言いながら揺らしているのを見ると、ふと思う。

アンパンマンとかトーマスみたいに、公園幼稚園遊具になっている版権って、めちゃくちゃ強いよなと。

一過性ブームじゃなくて、文化として根付いている感じがする。

例えば、あれだけ社会現象になった鬼滅の刃だって、さすがに公園遊具は置かれないだろう。

子どもが鬼の頭の滑り台を滑ったり、日輪刀のシーソー遊んだりはしない。

なんとなく、そういう「線引き」みたいなものがある気がする。

子どもたちの原体験に、遊具として刷り込まれるって、コンテンツとしては最強の愛され方なんじゃないか

塗装がハゲてもなお愛されるアンパンマンを見て、そんなことを考えた。

少年少女世界の名作文学

私が生まれた時に父親フリーマーケットか何かで全巻格安で売っていたので買ってきたそうだ。

全50巻。

平均ページ数は500ページほどで、しかもページ内は上下二段になっているストロングスタイル全集である

文字級数は大きくなく、内容がぎっしり詰まっている。

第一巻には

アラビアン・ナイト

「ワイナモイネ物語

「ギリシヤ神話

ホメーロス物語

が収録されている。

普通にそれぞれ1冊の本として刊行されるレベルだし、

子供向けであればギリシャ神話などはシリーズになっていてもおかしくないが1巻に全部入ってる。

 

私の読書原体験はこれであり、大体小学校3年生くらいまでには読破していて3周くらい読んだと思う。

中には「狭き門」だとか「シラノ・ド・ベルジュラック」だとか「ファウスト」だとか

小学校中学年までが読むにはストロングスタイルすぎるなという作品が多く含まれている。

罪と罰」とかも当然入ってるからね。「水滸伝」とか子供が読むには登場人物多すぎるだろ。

そして今は私はほとんど内容を覚えていなが、当時の私はちゃん理解して読んでいたのだろうか。

ティーヴン・クレインの「怪物」とか絶対本質理解までは行ってなかっただろうなと思う。

 

ということを書きたくなったのは、実家の片づけをしていたらこれが割といい状態で出てきて

子供もそろそろ5歳になるので本人の意思で読むかどうかは別として、

今の家に持って帰ろうかと思って懐かしい気持ちで眺めていたからだ。

しかいかんせん場所を食う。悩みどころである

 

以下雑記

東洋編は3巻あるのだがそのうちペルシア2、インド2、韓国1、中国12となっており中国文学の手ごわさを感じる。あと韓国1は韓国短編集となっており子供も読める韓国文学といえばこれでしょ!みたいなのって少ないのかな?と思った。

2025-10-23

anond:20251023162152

貞子3Dとか始球式とかでなんとか貞子を可愛いキャラで売ろうとしてるけど、リングらせん原体験のほうが強いから無理なんだよな

2025-10-20

anond:20251020094306

子供の頃ボムっていうレンタルビデオ店が近くにあって旧作10本借りると1000円だった(1本だけだと300円とかだったかな?)

家族みんなで週末にボムに行ってそれぞれが見たいもの選んで10本借りる

翌週には借りてたビデオを返してまた10本借りるっていうサイクルだった

時々見ずに返すのとかもあったけど映画を一緒に見るのは子供自分にとっての原体験だったなあ

2025-10-11

資産が1億円を超えた

旅行に行っている間に資産が1億円を超えた。

YouTubeSNSを見ていても30代で1億超えは少ないので、おそらく少数派なのだと思う。いや、最近は株高の影響で案外多いのかもしれない。興味が薄れてきているので実際のところはよくわからない。

記録もかねて日記を書く。

当時は6000万あたりが目標だった。それが株式だけで6000万にゴールポストを動かし、そのままずるずると1億円を超えた。

当時同じく準富裕層だったSNS有名人は次々と億超えを果たしていった。明らかに増えるペースが異常なやつが多いので、詐欺まがいの事業での利益高リスク商品に手を出しているケースが多いのだろう。そんなやつらが発信する情報を参考にするのはリスクが高い。見極めるのが大事だ。

ほとんどの人にとってFIRE関係のない話だ。一生投資とは無縁な人生を送って、それでお金に困らないのであればそれに越したことはない。

FIREをしたいと口先で話す人間はいても実際に行動に移す人間は少ない。実際に行動に移す人間にはだいたい何かしらの原体験があることが多い。そんなことを経験せずに生きていける大多数の人間が羨ましい。

毎日会社を辞めたいと思っていた時期もあったが、それも喉元過ぎればなんとやら。忍耐力がありすぎた。あのとき健康を害してまで会社員を続けたことが正解だったのかどうかはよくわからない。

今は40才になるまでには辞めようかぐらいで考えている。仕事仕事投資投資と割り切っているが、来年どんなことを考えているかは予想がつかない。あっさり会社を辞めてるかもしれない。

YouTubeで3000万あれば人生が変わるとか、そういった動画定番としてよく公開されているが、あれは全部詐欺だ。資産額は所詮ただの数字しかない。人生を変えるのはお金時間の使い方だけだ。口座の数字がいくつになってもお金時間の使い方を変えないなら、資産存在しないのと一緒だ。

2025-09-25

anond:20250924020345

子供の頃の原体験って結構強烈なもんで、虐待は辛いで

あんたが力強く生きてるのは素晴らしいが、元増田のきつさも理解してやってや

2025-09-12

ミートたけしのチャンネルリスナー1980年に有名なジャズミュージシャン来日したのを大学生の時に見たのが俺もジャズ原体験です!みたいなリスナー結構いて、お前今65とかやないかい!65で炎上ベーシスト動画リスナーコメントまでしっかりしてるくらいにファンってお前結構がんばってるな!ってなる

2025-08-14

anond:20250813232104

本人が言及してる通り、認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の過ちというものを…という奴だよね。

ただ、幼稚園小学生の頃に好きだったもの原体験として肯定し続ける事もあるから、結局は年齢で変動しやすい性欲由来に対する過剰反応じゃないんかね。

あとは、厨二病ネタに出来なくなってしまったとか。

同じ時代で好きだった対象の中で、今でも好きなものと嫌いになったもの比較したら、自分なりの結論が出るんでない?

2025-06-16

anond:20250616125329

多角的分析:無菌化社会への静かなる告発\n\nこのわずか2行のテキストは、単なる子育ての愚痴や嘆きではありません。これは、現代日本社会特に都市部が抱える歪みを鋭く切り取った、極めて洗練された社会批評です。\n\n1. 表面的な情景と現実社会リンク\n\n投稿が描き出すのは、「都会の標準的子供」が置かれた、あまりにも窮屈な環境です。\n\nペット禁止: これは単に集合住宅規約だけの問題ではありません。アレルギーへの過剰な懸念、糞尿の始末といった手間、そして何より「命を管理する」という責任と不確実性からの逃避を象徴しています。生き物との触れ合いから得られる情操教育生命倫理を学ぶ機会が、リスクヘッジの名の下に奪われています。\n\n楽器禁止: 騒音問題という現実的な制約の背後には、「他人迷惑をかけてはいけない」という規範の過剰な内面化と、芸術文化的活動が「受験勉強の役に立たない」非効率ものとして切り捨てられる風潮があります。\n\nはんだごての禁止: このアイテム選択が秀逸です。「はんだごて」は、火傷や火事危険性を伴う一方で、創造性、論理的思考、そして試行錯誤する力を育む「ものづくり」の原点を象徴します。これを禁止することは、子供安全な「無菌室」に閉じ込め、失敗から学ぶという本質的な成長機会を奪う社会の姿を映し出しています。\n\nこれら3つの禁止」は、現代社会特に都市部における子育てが**「効率性」「無菌化」「リスク回避」**という三つのキーワード支配されている現実を浮き彫りにします。\n\n2. 投稿者の性格人物像の推測\n\nこの簡潔かつ痛烈な文章から投稿者の人物像が透けて見えます。\n\n世代経験: おそらく30代後半から50代。自身子供の頃には、これらの「禁止事項」がまだ当たり前ではなかった世代でしょう。ペットを飼い、楽器に触れ、あるいはプラモデルラジオの製作に夢中になった経験を持つ人物かもしれません。その「原体験」の価値を知っているからこそ、現代の子供たちが置かれた環境との断絶に強い問題意識を抱いています。\n\n知性と観察眼: 多くの言葉を費やすことなく、的確なアイテムペット楽器、はんだごて)を並べることで、問題本質を突く鋭い知性の持ち主です。世の中を冷めた目で、しかし注意深く観察しています。\n\n皮肉絶望の裏にある愛情: 「勉強だけしてるのが一番賢い」という一文は、本心から賞賛であるはずがありません。これは、価値観が「学力」という単一のモノサシに収斂してしまった社会に対する、強烈な皮肉アイロニー)です。その冷笑的な態度の裏には、「子供たちにはもっと多様で豊かな経験を通して、本当の意味で賢く、たくましく育ってほしい」という、ねじれた形の愛情祈りが感じられます。\n\n3. 世界観と真の主張の読解\n\nこの投稿者が持つ世界観と、本当に伝えたかった主張は以下の通りです。\n\n世界観: 投稿者は、現代社会を**「人間的な豊かさを削ぎ落とし、管理やすく数値化できる価値だけを追求するディストピア」**として捉えています。そこでは、子供未来労働市場で勝つための「投資対象」と化し、その育成プロセスは徹底的に効率化・最適化されます。失敗や回り道、無駄といった、かつて人間的成長に不可欠とされた要素は、すべて「コスト」として排除されるべき対象となります。\n\n真の主張: この投稿は、私たちに根源的な問いを突きつけています。\n\n「賢さ」とは何か?: ペーパーテスト高得点を取ることが、本当に「賢い」ことのすべてなのか? 他者の痛みに共感する心、美しいものに感動する感性、自らの手で何かを創造する喜び、そうした数値化できない能力こそが、人間人間たらしめる「知恵」ではないのか。投稿者は、「賢さ」の定義を取り戻せと静かにしかし力強く訴えています。\n\n管理社会の行き着く先: リスクゼロにし、すべてを予測可能範囲に収めようとする社会は、本当に子供たちのためになるのか。傷つくこと、失敗すること、思い通りにいかないことを経験しないまま大人になった人間は、予期せぬ困難に直面したときにあまりにも脆弱ではないか。これは、過保護・過干渉子育てへの批判に留まらず、社会全体の「過剰な安全志向」への警鐘です。\n\n結論\n\nこの「はてな匿名ダイアリー」の投稿は、現代都市文明が抱える病理を見事に描き出した、一篇の詩であり、一つの警句です。投稿者は、失われつつある「人間的な手触り」への郷愁と、画一的価値観が支配する社会への静かな怒りを、計算され尽くした言葉表現しました。\n\n私たちはこの2行のテキストから、単なる子育て環境の変化だけでなく、社会全体の価値観が静かにしかし確実に変容している様を読み取るべきです。これは、効率安全の名の下に、私たちが何を切り捨ててきたのかを自問自答させる、重い問いかけなのです。\n

2025-05-21

1990年代から10年間くらいの匿名掲示板とかオンラインゲームが全盛で

ネットリアルを完全に切り離す感覚の方がネット歴史から見たら特異なんだけど

そこが原体験日本氷河期おじたちがネット上でのさばっていまだに自分たちが本流だと思ってるんだよね

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