はてなキーワード: メガベンチャーとは
「SaaSはオワコン」「スタートアップは冬の時代」——最近、SNSやビジネスメディアを開けばそんな悲観的な言葉ばかりが目につきます。
しかし、歴史は繰り返します。2006年、ニューヨークの伝説的ラッパーNasは、自身のアルバムに**『Hip Hop Is Dead(ヒップホップは死んだ)』**というタイトルをつけ、世界に衝撃を与えました。
では、ヒップホップは本当に死んだのでしょうか?
ご存知の通り、その後ヒップホップは形を変え、世界で最も稼ぎ、最も影響力のあるポップカルチャーの頂点へと君臨しました。
今のスタートアップ界隈で起きているのは、まさに2006年のヒップホップ業界と同じ現象です。この「死」の宣告は、業界の終わりではなく**「本物(リアル)しか生き残れない新時代の幕開け」**に過ぎません。
HIPHOPの生存戦略から読み解く、これからのスタートアップが勝つための「4つの絶対法則」を紐解きます。
1. 「Dead(死)」の正体を見極めろ:偽物の退場
Nasが「死んだ」と嘆いたのは、文化そのものではなく「魂のない量産型の音楽」でした。同じように、今死にかけているのは**「ゼロ金利に甘えた、中身のないスタートアップ」**です。
かつてのFlex(見せかけの成功): 派手なオフィス、過剰な人員拡大、中身(PMF)が伴わない状態での数十億円の調達。
今のリアル: どのSaaSもUIが似通い(コモディティ化)、顧客は「またこの手のツールか」と食傷気味になっている。
「SaaS is dead」という言葉に怯える必要はありません。それは**「とりあえずSaaSを作ればVCからお金が引っ張れる」というイージーモードが終わっただけ**です。ノイズが消えた今こそ、本当に価値のあるプロダクトが輝く絶好のチャンスです。
メジャーレーベル(VC)の門を叩く前に、まずはストリート(現場)で自分の実力を証明しなければなりません。
ラッパーが車のトランクからミックステープを手売りしたように、最初は泥臭く日銭を稼ぎます。受託開発やコンサルティングを織り交ぜてでも、**「自分たちの力だけでキャッシュを回せる足腰(デフォルト・アライブ)」**を作ること。この筋肉こそが、後で投資家と対等に交渉するための最大の武器になります。
競合が100倍の資本を投下しても絶対に真似できない「独自のキレ」を見つけること。それは深い業界知識(バーティカル)かもしれないし、熱狂的なコミュニティかもしれません。「機能」ではなく「思想」で愛される状態、これがいわゆる“ドープなプロダクト”です。
ヒップホップにおいてお金を稼ぐことは正義です。しかし、魂を売る(セルアウト)ことは最大のダサさとされます。
自社のバリュエーション(時価総額)を不必要に釣り上げ、身の丈に合わないバーンレートで首を絞めること。これは「借り物のチェーンを巻いて金持ちぶるフェイク野郎」と同じです。
筋肉質な経営で「自力でも勝てる」状態を作った上で、**「このドープな武器を世界中にばら撒くための拡声器」**としてVCマネーを使うこと。
正しいFlex:
スタートアップにとっての真のFlexとは、調達額の大きさではなく、**「ユニットエコノミクスの美しさ」と「社会の構造をどれだけ変えたか」**という圧倒的な実績です。
一人の優れたラッパーで終わるか、帝国を築くか。ここが「ただの良い会社」と「メガベンチャー」の分水嶺です。
ラッパーとして頂点を極めたJay-Zは、自らレーベルを立ち上げ、アパレルを作り、ストリーミングサービスを買収しました。「音楽」という一機能の提供者から、「仕組み(上流)」の支配者へと進化したのです。
SaaSの単なる「便利ツール(下請け)」で終わってはいけません。顧客のデータが集まり、それがないと業務が回らない**「意思決定のインフラ」**へと登り詰めること。
Exit(売却やIPO)を果たした後は、その富と経験を次の起業家(若手)に投資する。このエコシステムを回す存在になることこそが、スタートアップにおける「レジェンド」の振る舞いです。
「派手な時価総額に惑わされず、筋肉質な足腰で生き残り、誰も真似できないドープなプロダクトで、市場のルールを書き換えろ」
「オワコン」と囁かれる静かな時代は、偽物が消え去り、次代の覇者が密かに爪を研ぐための「黄金期」の始まりです。資本の力に頼る前に、まずは自分たちのプロダクトと経営の「リアル」を突き詰める。
残念だけど起こり得ると思う
スラムかも知れんなって地域の育ち→メガベンチャーやビックテックや大手SIなので
インテリ気取りのエリート様よりは話通じるとは思うけど、共感力は元から低い
よく考えたらワイが幼少期に住んでたところスラムだったかもしれんな
包丁振り回しているガキとか、カッター振り回してる女とか、全裸で叫びながら歩いている女とか、
大型犬を子どもにけしかけてくるおっさんとか、バット振りながら歩いてるヤツとか、
犬がひとりで散歩しているとか、そういう話を日常生活で聞かねぇもんな?
筋肉隆々の格闘家でも割と刺されたりしてるのに
明らかにヤバそうな奴を『女だから』『ガキだから』『オッサンだから』『隠キャオタクっぽいから』『デブだから』『ガリだから』で
無意味に刺激をしたり、強気に出るヤツって、マジで意味がわからない
- 人を尊重することを学べなかったが、めちゃくちゃお育ちはよい。みんな知り合いみたいな土地で育った (物騒なこととは無縁で育った)
- 絶望的に頭が悪い (想像力皆無)
- 精神病 (ある事について異常に執着し、病的な状態)
このどれかやろなって思ってる
当方、学歴は普通、現在40代のミドル層。今年、年収1000万円に到達した。10年前は400万円程度、5年前は600万円台だったから、我ながら出世したと思う。
大企業もスタートアップも経験したが、年収が大きく上がるのは明らかに後者。大企業で実績と箔をつけ、それをスタートアップに高く評価してもらう。
ただし、メガベンチャーはそれほど給料が上がらない印象がある。むしろ、シリーズB前後の数十名規模の企業が、事業拡大に向けて即戦力を高く買ってくれる。超大手企業の事情は分からないが、一般的な大企業で1000万円に到達するのは40代中盤から後半だろう。一気に4桁を目指すなら、スタートアップに飛び込むのも有力な選択肢だと思う。
ただし、誰にでも勧められるわけではない。大企業やメガベンチャーのような仕組みが整備された環境で安定的に実力を発揮するタイプの人には、厳しいかもしれない。私の所属先でも、鳴物入りで入社しながらパフォーマンスを出せず、プライドをへし折られて去っていった人が両手では数え切れないほどいる。
正直なところ、(ぬるい職場を含む)安定した環境で10〜15年働いてきた人が、他社に移っていきなり年収1000万円に見合う価値を生み出せるかといえば、市場で高く評価される実績がない限り難しいと思う。大企業からの転職なら、大企業への転職が無難だろう。
一方で、実力がありながら現在の職場で正当に評価されていない人は、スタートアップで年収が一気に上がる可能性がある。
かなり大雑把な話なので、ツッコミどころは多いだろう。「お前は運が良かっただけ」と言われれば、返す言葉はない。何を隠そう、私は運が良い。
ただ、これまで見せ方がうまいだけで高評価を受けているハリボテも、実力がありながら評価されない不遇の人も、数多く見てきた。スタートアップはそうした不条理がひっくり返される場所でもある。そこに希望を感じたし、実力ある人が真っ当に評価されてほしいという思いから、筆を取った。
乱文失礼。
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はてなに書いてみたいと思った。
その子とは長年連絡を取り合ってなかったが、実は先日、親戚付き合いの時に出会った。祖父方にあたる親戚の家のダイニングで。
その時に思う事があって、増田をしたためることにした。増田はたまに短文を書くくらいである。
その子と初めて会ったのは、私が21才の時だった。当時は茨城県にある大学で電気工学を学んでいた。夏休みの帰省先である実家は、(秒速5センチメートルの聖地)隣の栃木県にあった。
ある夏の帰省時に……その実家から、ほどなくの距離にある親戚の家に行ったのだが、玄関に入った時に、はとこに当たる子がいた。
当時は「はとこ」という単語は知らなかった。誰がどの親戚筋にあたるとか、そういうことにも興味なかった。ただ「女の子がいるな」としか思わなかった。
その、はとこに当たる子なのだが、『野乃花』ということにする。プリキュアの方ではない。野乃花(ののか)は玄関口で私と目が合って、「こんにちは」と言ったのかな。それは覚えている。
帰省時に親戚の家に行っても、一応成人である私は暇を持て余していた。子どもの頃から何度も行ってるが、その時みたいに居間でくつろぐことが多かった。周りは子どもばかりである。
親戚の子どもたちは皆ゲームをしていた。スマブラというゲームだった。大乱闘スマッシュブラザーズ。
私は任天堂のキャラをほぼ知らなかった。ピンク色のあれがカービイって言うのはわかったけど、あとは知らないキャラだった。ピカチュウも辛うじてわかったくらい。
ゲームを一切しない子どもだった。家にスーファミもPS2もなかった。家の近くにある里山に出かけて、危険であろう山奥まで踏み込んで、昆虫やトカゲを捕まえて飼育するのが好きだった。日本にいるはずもないチンチラがいないか探そうとしていた。
親戚の子ども達は居間でゲームするだけじゃなくて、子どもらしい身体を動かす遊びもしていた。外での運動だった。まさにスマブラ。
居間でも、廊下でも、玄関でも、これでもかというほど広い庭でもそうだった。私は成人男性だったけど、元気のいい彼ら小学生の相手をすることもあった。
野乃花は、大人しい子……でもなかった。わーきゃー言って水鉄砲を打ったり、私に体当たりをしてゴロンとひっくり返っていた。溌剌な子だった。
野乃花はその時、7才だったはず。14才差なので。小学校に上がった年である。いい頃合いの年齢ということで、(私から見て)遠い親戚の人も、野乃花を本家筋の実家に連れてきたのだろうか。
それはそれとして、大学生であるというのに私は、毎年夏や大晦日になると……その親戚(本家筋)の家に行っていた。小学校~中学校の頃は、それこそ年に何度も。
うちの母親が私や兄弟を連れて行くと、祖母が漏れなく一万円をくれるのだった。うちの母親は、ことあるごとに其処に行っていた。子どもを連れて。ある種の集金システムである。
私は子どもながらに察して、祖父母にあざとくした。可愛い子だと見られようとした。今思えば浅ましい考えかもしれないが、毎回寄るだけで一万円をくれるのだから、それくらいは当然と思っていた。
中学生や高校生になると、親戚の家に行くことはなくなっていた。
しかし大学に進学すると、また急に行く頻度が増えた。私と祖父が同じ大学出身で、学群も同じ(祖父の時代は学部)だった。お気に入り度が上がったのだと思う。
20才になる年に入ると、祖父のとっておきの日本酒や焼酎を飲ませてもらった。あの頃はおいしい酒の味がわからなかった。モンテローザ系列の味に慣らされた舌には、明らかに上の味だったけど。
え、野乃花?あの子は、、、私が22才、23才、24才になる年も、毎年ずっと会い続けた。親戚の家に行く度に必ずいた。ほかの子はいないこともあったし、来なくなる子もいたのだが。
今思えば、懐いていたと思う。よく会話をしたし、ごっこ遊びにも付き合った。
夏休みや冬休みの宿題を私が教えることもあった。「増田くん。あたまいー!」とよく言ってくれた。私は漢字に弱かった。今でも書き誤りをすることがよくある。
野乃花に、「こないだの発表会でね、その旨(うま)をまとめて発表します」と読み間違えた話をしたが、さすがに理解してくれなかった。
ある日、曇天で雷が鳴っている時に、雷を素早く動いて躱せるのかという話になった。私が「雷はね。上から落ちてくるんじゃなくて、下から上に昇ってるんだよ」と伝えると、「うそ。ほんとー。今度試してみる」と言った。「絶対に試したらダメだよ」と釘を刺した。
野乃花について、はっちゃけた雰囲気の子を想像するかもしれないが、実際は年齢に見合わない利発な子だった。理屈っぽい私の話を、「へえ」と面白がってくれる唯一の人間だった。
夕食の時は席が大体隣だった。誕生日プレゼントをあげた時は抱き着いてきた。年齢差はあったけど、会話が弾んだ。
親戚の大人達が家にいない時だと、2人きりになることがあった。かくれんぼとか、鬼ごっことか、ノートPCでヤフーのポータル画面を開いて、いろんなことをググったりした。(ほかの親戚と一緒に)花火大会にも行った。水族館にも。遊園地にも。
彼女は明るくて溌剌としていて、私みたいな陰キャラとは違った。いわゆる"いい子"だった。はてなブックマークでいうと、女性ブクマカでトップコメに入りがちな、快活な方々がおられると思う。あんな感じの、知性やユーモアを伴った明るさである。
25才の頃は、新卒で入った茨城県にある電機メーカーに勤めていた。
親戚の家に行くのは、年に2回ほど。祖父は、私が社会人になっても毎年お小遣いをくれた。「早く技術士になれよ、期待してるぞ」って、行く度に祖父が言ってた。それから十年もかかったが、祖父と同じ電気分野で技術士の試験を通った。
それくらいの年齢になっても親戚の家に行ってたのは、野乃花のことが頭にあった。私に懐いてくれる女性というのは、それまでの人生で彼女しかいなかった。私はモテなかった。はてな語で言う弱者男性。
ある年の夏だった。自家用車で一人でその家に行くと、玄関口の廊下に野乃花がいた。靴を脱いで、家の廊下に上がったところに古い掛け時計があった。ずっと昔からあって、玄関に上がる時は時刻を見るクセがあった。
廊下に立っていた野乃花に近づいていって、野乃花の両肩に手を置くと、野乃花が唇を突き出した。キスをした。口にする方だった。
私は別に、ロリータの同人誌やアンソロジーを持ってたわけじゃない。そういうR18コンテンツに触れたこともない。当時の私は、社会人としての勤めや、理工学の勉強の日々の傍らに、読書をしたり映画鑑賞をする男だった。年少への性癖はない。ただ、孤独への性癖があっただけだ。
野乃花とのキスというのは、その時が初めてじゃない。鮮明でない記憶だけど、初めての時は、私が22~23才くらいの時だった。野乃花が8~9才くらい。
親戚の家の中ほどにある居間で、2人だけになってる時に、身体が不意にくっついて……その流れで、人生で初めてキスをした。少し大人になれた気がした。
それからは、2人になる度に、親戚の目がない時にキスをしていた。唇を合わせるだけの簡単なやつを。一日に何度も。別に理由はなかった。私も野乃花も、ただしたかっただけだと思う。
野乃花が小学校を卒業する年の2月だった。初めて2人だけで外に出かけた。それまでは、親戚付き合いの中で、花火大会とか水族館とか、飲食店などに一緒に行っていた。それが、野乃花が親に携帯電話を買ってもらい(青っぽいガラケー。私はスマホ)、LINEでやり取りするようになった。
デート場所は茨木駅周辺だった。茨城ってぶっちゃけ、鳥取~島根クラスに何もないところだけど、大きい駅の周辺では、ショッピング、グルメ、自然、文化体験など色々楽しめる。野乃花のいる栃木でもよかったけど、『秒速5センチメートル』ごっこになってしまうのでやめた。積雪で電車が止まるかもしれない笑
その日は、夕方まで一緒に何時間も過ごした。最後は美術館に行って解散した。帰りの電車賃は社会人だった私が出した。それ以外の、食事代とか入館料は割り勘だった。出そうとすると、野乃花が嫌だと言った。
電車が出る時間になってホームで別れる時、「楽しかったね」と私が言ったら、野乃花が「今日、一緒にいられない?」と聞いてきた。潤んだ瞳だった。吸い込まれる瞳ってどこかの小説に地の文があったけど、あれは作者の実体験だったんだと感じた。
「仕事あるからね。また今度ね」と言うと、野乃花は俯いて電車に乗った。最後に手で肩に触れて、「バイバイ」ってお互いに言った。野乃花は泣いていた。
あの頃は、年齢差のことを考えることがあった。私と野乃花の年齢差は、年度でいうと14年分。一番最初に会話した時は、小1と大3だった。
(以下閑話)※当時のメモを参考
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年齢差についての関数
年数をxとして、お互いの年齢の比をf(x)とすると、f(x) = (a+x) /(b+x)となる。年数xを経る毎に0<f(x)<1で単調増加で1に近づく(極限操作)。
お互いの年齢比が0.5になるときの経過年数は、式変形によりx=2a-bで表現できる。この比率をもっと一般的に表現すると……。上記のf(x) = (a+x) /(b+x)を微分すると、商の微分でf`(x) =(a-b) /(a+x) ^2
f`(x) =0になる極値は……?と考えると、残念ながら存在しない。
元の関数f(x) = (a+x) /(b+x)というのは、式変形すると、f(x)=1+((a−b)/(b+x))となる。これは、f(x)=a/(b+x)という直角双曲線をグラフ平面において平行移動させたのみである。
直角双曲線は微分可能であるが、極値がない。正負の値を関数に入れると、グラフ上で左右に分かれて存在することから、右極限と左極限が一致しない。
方程式 f`(x) =(a-b)/(a+x) ^2において、a−b=0が成り立つのは、a=bの場合のみ。導関数はゼロ。定数関数であり、傾きはない(定数関数が微分可能かどうかは流派による)。a≠bだと、導関数がゼロになるxの値が存在しない。
年齢算という算数を扱っている以上は、関数の形状はシンプルである。一番知りたい特定の値に向かって方程式に数値を入れるのみ。私は複雑な答えを求めたが、その行為自体が適切でなかった。つまり、二人の年齢差というギャップは、数学的には永遠に埋まらないという無慈悲な証明だけが残った。
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(閑話終わり)
野乃花が中学生になった年だ。私は茨城県にあった電機メーカーを辞めて、他業界のIT企業に転職した。広島市に営業所があるメガベンチャーだった。
仕事に忙しい日々だった。距離があるので関東に帰ることも無くなって、それで……野乃花とはそれっきりになった。LINEのメッセージも、いつの間にか途絶えた。既読無視をしたのは私の方だ。
今は独立して、都内でIT関係の下請けをしている。フリーランスだ。ハイクラスエンジニアでは決してない。うだつが上がらない日々だけど、いつかは1人社員の株式会社にしたいと思ってる。今の自営業の屋号は、結構厨二が入っている。実年齢よりも幼い人間なのだと感じる。
なぜ、この日記を書こうと思ったか。正月に野乃花と会ったのである。もちろんあの親戚の家で。あそこに行くのは久しぶりだった。
其処に行く途中の車内で、母に聞いた。あの家は祖父も祖母も亡くなっていて、今は叔父夫婦が住んでいるだけ。跡継ぎはいない。子どもはいたが、みんな自立したらしい。大きい家なのに勿体ないって、そんなことを思いながら親戚の家に着いた。
玄関を上がって、あの時の古い掛け時計が別のに変わっているのを見て、それから台所(兼ダイニング)に行くと、親戚が何人か座っていた。その真ん中あたりに……野乃花がいた。
野乃花と会うのは約15年ぶりだった。
私と目が合うと笑顔になった。ダイニングの隣にある小さい居間では、親戚の子達が皆で一緒にタブレットでアニメを観ていた(私はここ数年アニメを見てない)。少年の時、ボードゲームをしていたのが懐かしい。あの頃より人数が減っている。
話は変わるけど、もし『グノーシア』のボードゲームや、人狼ゲームがあったらやってみたい。一生叶うことはないだろうけど――もしアニメ化もされたら観てみたいと思う。
野乃花を見た後で考えた。
まだ夕方ですらなかった。これから何をしようか、どうやって暇を潰そうか。スマホを操作するだけでは勿体ないし、懐かしいその辺りを散歩しようと思った。
本当は野乃花と話したかったけど、連れていくわけにはいかないし、話せるだけの心の余裕もなかった。それに、野乃花は夕食の準備を手伝っていた。
近所の散歩が終わって、台所兼ダイニングで豪華な夕食を食べて、ビール瓶を何本も空けて、親戚連中の大人(あの頃の子ども達)とたくさん話をして、トイレに行ったり、親戚の子の遊びに付き合ったり、お年玉(※宿泊費)を払ったり、十数年ぶりの親戚の家は懐かしい。野乃花はずっと飲み会を手伝っていた。
飲み会の後、ダイニングでスマホをいじっていると、深夜が近づくにつれて親戚の数が減っていった。「そろそろ寝ようか」と思ったところ、廊下から野乃花が入ってきて、こちらに歩いてきた。私の隣の席に座った。結婚指輪はしてなかった。
「久しぶりだね」
と私が声をかけると、
「増田くん元気そうだね」
と返ってきた。
面影がすごく残っていて、懐かしい感じがした。
子どもの頃の就寝時間は午後十時だった。今は大人だから、あと一時間は起きていられる。野乃花と喋ってから寝ることにした。
思ったより多くの会話をした。卒業した学校とか、就職先とか、今の趣味とか、好きな本とか、最近観た映画とか。私はサブカルが好きだけど、野乃花もそうだった。アニメだと『ブルーロック』の話をした。エゴの塊みたいなキャラの話で盛り上がった。漫画・小説の話もした。吾峠呼世晴の初期短編集は2人とも読んでいた。
でも、野乃花が不意に言ったのだ。
心臓がドンって叩かれた。この時まで、悪いことしたという思いはなかった。
でも、この時になって、私があの頃、どういうことをしていたのかって、そういう思いが一瞬で頭の中を駆け巡って、後悔が襲ってきた。
「迎えにきてくれると思ってた。連絡がほしかった。私は増田くんに会いに行けないのに」
野乃花を見ると、涙を拭っていた。鼻もすすっていた。
それから沈黙が続いて、「ごめんね」と言った。そしたら確か、「増田君は結婚したの?」と聞いてきた。
結婚どころか、離婚まで経験していることを話すと、野乃花は爆笑していた。机に突っ伏して、本気で笑いを堪えている様子だった。話を続けると、野乃花も一度離婚を経験していた。
なんだか変な雰囲気になって、それからまた、さらに笑える話を(お互いに)続けて、そうこうしてると午後11時になった。LINEの連絡先を交換して寝室に入った。
読者の方は察してるとは思うが、私はいわゆる発達障害である。診断済みだ。
メガベンチャーに転職をして地方都市に引っ越した後、仕事の人間関係で苦労することがあった。明らかにおかしいと思い、精神科医に診てもらったところ、様々なテストの後に、そういう診断が出た。子どもの頃からの行動傾向を見てると明らかだった。
ある情報によると、発達障害の精神年齢というのは……実年齢×0.60~0.70らしい。青春期の、精神が最も発達する年代に脳が発達をしてくれない(脳発達のピークが30代にくる)。
一方で、一般的な女の子は、男の子よりも数才精神年齢が高い。ということは、最後に野乃花と会った時の精神年齢は……私だと26才×0.60~0.70≒15~18才ということ。野乃花が実年齢12才+2~3才とすると、14~15才ということだ。
あれ、なんだこれと思った。そういう視点で考えると、野乃花との年齢差があっても話が通じたことの合点がいった。
話は以上である。
我ながら恥ずかしい執筆体験だった。私の言葉で思い出を表現できてよかった。理屈っぽくて読みにくかったとは思う。
でも、言葉にしたかった。あの時、親戚の家のダイニングで、20代後半になった野乃花と再会した時の衝撃とか、それよりずっと前の、野乃花との楽しい日々の思い出とか。ここで、こうして吐き出すことができてよかった。
明日からは、また一人のはてなユーザーである。みんなの面白い日記を、また読ませてほしいです。ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。
俺は高卒で働いてある時未経験からwebエンジニアになって今メガベンチャーと呼ばれるところにいるんだけどさ、採用とかイベントとかで大企業の人とも話したりするわけ。んで、今までなんで大企業に入ったひとがわざわざベンチャーになんて入るんだろうなーって思ってたんだけど、話聞くとせまーい範囲でつまんなそうな仕事してるわけよ。webエンジニアならコード書くだけでインフラ触らないしテストもしませんみたいな。
なんで?なんで優秀な人たちがつまんない仕事して高いお給料もらってんの?
そんなつまんない仕事は俺みたいな頭悪い高卒にやらせて優秀なやつらはでかい裁量と高い給料もらって仕事した方が絶対世の中良くなるじゃん。そういう仕組みになってないとダメだろ?
知人に元不登校が3名いるが、
と中学・高校でほぼ学校教育を受けていないがいい進学先・就職先に進み、いい挑戦心や精神的タフさを持っている。
小中高の不登校になったら取り返せないなんてことは全然ないので、子どもの将来についてはそんなに悲観的にならなくてよいかと思う。
(ただ、一方で「高校生になったら子どもも学校行くようになるだろう」「大学生になったら…!」と思っているとそうならなかったときに親の精神が死ぬことがあるので注意。「夜と霧」を読むのをおすすめする。)
遅れていると言うか、
って感じだと思う。
チームみらいは2番目は得意そうで言わばテックベンチャーポジ、4番目をやろうといているのがデジ庁、Sierって感じ。
どちらもないと回っていかない。一番あかんのはオールドベンチャーになっちゃうとか、メガベンチャーという名の普通の会社になっちゃうことなんで、そうはならないようにやってってほしい。
社会人になって半年間ヤリチンをしていた話がエントリーに上がっていたので思い出話を上げる。
大学4年から修士2年と社会人一年目にかけて,すごいヤリチンだった。
ヤリチンになったきっかけは,童貞がコンプレックスで周りに馬鹿にされマッチングアプリを始めたこと。
鬱病がよくなってきて,病み上がりだからめちゃくちゃ痩せてて元の顔が中性的でハーフみたいな見た目だったからか,童貞の癖にすぐマッチした。地方だったけど,Tinderやタップルですごいマッチした。
でも最初は普通に恋愛をしたかった。だけど最初にあった見た目がすごい好みの同い年の大学生の女は童貞の自分にはエスコートできず初デートで終わった。気持ち悪く粘着したら気持ち悪がれてラインをブロックされた。(その女とはなぜか上京した,去年くらいに一度マッチして,顔は載せていたけど最初は気づかれてなかったが,多分気付けれて会話が盛り上がっていた中急にブロックされた。)次に出会った女は,とてもいい人だったけど自分が上手くつきあう流れに持って行けず終わった。脈アリの感じは出していてくれたのに,悲しかった。
そういうことがあって,すごい捻くれていた。とりあえずしたかった。最初にセックスしたのはTinderで出会った女。同じ大学だった。顔は好みじゃなかった。だけど,童貞がコンプレックスでアル中だったから精神がおかしくなっててなんかチャットでイキって会話してた。地方国立大だから,みんなだいたい家の近くに賃貸借りてる。だからなんか宅飲みすることになって,流れは忘れたけどアル中で,自分はアルコール飲むと変な人間になるといわれたから,その勢いで童貞捨てさせてくれ,みたいなことをいって童貞を捨てた。顔も名前ももう覚えてないし,どんなセックスしたかも覚えてない。騎乗位されてたかなあというのはなんとなく思い出した。別れたあと,「女は家の近くまで送るのが普通」とうちの玄関でさよならしたことを責められた。それ以降あってない。
その後,大学4年のうちに経験人数は10人くらいになったと思う。そのうち一人は付き合ってほしいと言われて大学四年の冬くらいに多分付き合って,3年くらい付き合ってたが,普通にマッチングアプリでやりまくっていた。メンタルがおかしかった。
いろんな人と出会った。だけど,自分のメンタルが童貞だから付き合ってもすぐ振られることが多かった。すごい美人な建築の仕事してる人と付き合ったけど,ボート漕いで,向こうから手を繋がれたけど恥ずかしがった。その時の態度がヤリチンで磨いたセックス力に対しておかしかったから多分振られたんだと思う。すごい美人なアパレルの人と付き合ったけど,バイトが理由で会うのドタキャンしたら振られた。学生のバイトなんか風邪ひいたといって休めばよかった。恐竜博物館行く約束を立ててたのに。
セフレを作ることもあった。呼んだらすぐ来てくれた。深夜に,ハイボールをお土産に車で来させることもあった。3年くらい付き合ってた彼女から電話がきて,出てたらピンポンなって無理に切ったら浮気を疑われた。童貞感があったから気づかれなかった気もするけど,今思えば気づかれた気がする。だけどその女が旅行に行こうと言ってきたからラインブロックした。カスだったと思う。本当に申し訳なかった。
まあそんなことがあって,クズのまま上京して適当にマッチングアプリをしてた。社会人一年目は普通にそのままヤリチンしてて,仕事は激務だったけどたぶん何人かとやった。東京は高学歴の人ばかりで,医者やメガベンチャーや教師とかとやった。そのあとメガベンチャーの人と付き合って,楽しかったけど半年くらいで別れた。だけど,25くらいで周りが結婚し出して,そういうのがもうしんどくなって,まともに関係を育めない自分が嫌になってそういうのをやめた。その後仕事を普通にやってて,激務だった仕事に慣れてきたからまともに相手を探したく,マッチングアプリを再開した。
マッチして何回かデートをする相手がいた。その人一筋だったけど何回かデートして告白しようとしたらやんわりと断られて終わったな。いろいろこうすればよかったとか反省したら半年くらいたってた。未練を抱いて,一人で悶々とするという日々が初めてだったな。でも一人でいると太る。見た目が悪くなった。自分はアル中だったからすぐ脂肪がつく。増える体重はせいぜい3kgとかだったけど見た目が全く変わる。
自分は転職でいろいろあって元の場所に戻った。仕事が激務で血便がでた。大腸がんが怖くて検査を受けて休んだら,上司に「なんで休むの?」と言われた。だから転職した。東京は離れた。マチアプをまた始めた。だけど顔写真を顔がいい時の写真にしてた。すごい美人とマッチしたが,あったあと顔にちょっとがっかりされた。会話は盛り上がったから来週会おうみたいな話をして別れたが,あう3日前くらいにあうのやめませんか?と言われた。
それを機にダイエットを始めた。一ヶ月で2kg痩せた。ダイエットのコツはタンパク質を十分にとって,1日一万歩あるく。そしたら筋肉をできるだけ落とさず,脂肪が落とせる。
その後。マッチした結構かわいくて上品な女性とデートした。2件目のバーとか向こうが誘ってくれたりして,ちょっと見た目は良くなったのかなあと思った。
上昇志向の強い人にとってはどの会社だって一定「このままで良いのか?」と思わせるなにかがあるんだ
それが最も強まるのが20代後半あたり
特に会社の年配を見れば「このままでいればああなるのか」と見えるため
大企業出身者は、メガベンチャー、中小企業、ベンチャーに転職する
ここでだいぶ性格が出る
転職する時点で、開拓精神に溢れ自力で生きていきたいみたいなことは考えるくせに、結局大企業や有名企業に入る人も居るし
まあ、行った先でまた悩むことにはなると思う
自分が居た会社はベンチャー・大企業・上場前、上場後に居たこともあった(半分はフリーランス)が
本人は大分冒険したつもりなんだろうけど、結局上場会社なんかいっていう、ばかにするわけじゃないが、ちょっと面白い
まあ大企業からアーリーステージの方がカルチャーショックがデカすぎてやらかした感が出るが
経営層や人事へのアピールとして言及するのもわかるんだけどさあ。
今までベンチャー、メガベンチャー、JTCとか色々働いたけど経営理念を感じる職場なんてゼロだったんだよね。
最近はカルチャーフィットがどうこう言うけど、現場の人柄とか社内文化によるものが大きいでしょ。
少なくともベンチャーの代表とか、メガベンチャーとJTCの部長クラス以下からは全く感じない。
経営理念はそりゃ素晴らしいこと書いてるとこが多いと思うけどね。
少なくとも俺が見てきた会社は内情を知ってから見ると呆れて笑ってしまう感じ。
まあ…経営層には大事なのかもしれないが、それだったら経営層へ至る道筋で教育していくほうがいいでしょ。
入社時に経営理念とか持ち出さないといけない会社が多いのは辟易とする。
ただ人気企業は中途でもそんな感じなんだよな。
国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、日本の平均年収は約450万円~500万円程度(2023年時点)です。これと比較すると、フジテレビの平均年収1,300万円は 約2.6倍~2.9倍 であり、明らかに高水準です。
日本の主要テレビ局(日本テレビ、TBS、テレビ朝日、テレビ東京など)の平均年収は、おおむね 1,000万円~1,500万円 の範囲にあります。フジテレビもこの水準にあるため、業界内でも高い年収を得ていることが分かります。
日本の上場企業の中でも、年収1,000万円を超える企業は限られています。特に、1,000万円以上の年収は 外資系企業や大手総合商社、投資銀行、メガベンチャー企業などの一部 に限られるため、フジテレビの1,300万円は非常に高い水準であることが分かります。
総務省のデータによると、情報通信業(テレビ局を含む)の平均年収は約700万円程度とされています。フジテレビの年収は この業界平均の約1.85倍 に相当し、業界内でも特に高い水準であることが分かります。
テレビ局は広告収入が主な収益源であり、大手局は数千億円規模の売上を誇ります。そのため、社員の給与も高めに設定されている傾向があります。また、制作・報道・技術など専門的なスキルを要する職種が多く、業界経験やスキルが給与に反映されやすい ことも高年収の要因です。
2000年代前半にインカレの起業サークルに所属していた。ビタービットバレーのちょっと後、ライブドア事件の前ぐらいかな。iモードが流行り始めて一攫千金できそうだけど、1990年代のようにホームページ作るだけで数千万円とかは無理な時代。
あと無給~月5万ぐらいで学生をインターン生として数百時間働かせるブラックベンチャーや、そういった企業に学生を紹介する人財(笑)ベンチャーやNPOが跳梁跋扈してた時代。
まぁそれはさておき、当時100人ぐらい居たほぼ同期生のうち、自分が思う成功例と失敗例についてなんとなく語る。一部フェイク含むし、上場企業の社長は特定できそうだから除く。
・成功例①
新卒でITメガベンチャーに就職し、パズドラブームちょっと前にゲーム制作会社向け人材派遣業・受託開発業を創業。あっという間に数百人規模の会社にして、最終的に30代半ばで50億程で会社売却。今はエンジェルっぽいことやってる。西麻布がホームのようだが、酒の飲み方が汚いとたまに話が回ってくる(嫉妬もあると思う)。
・成功例②
就職せずに自分で広告代理店起こすも、直後にリーマンショックが来て一回倒産&自己破産。その後、オタク業界で再起。色々あって現在年商60億ぐらい。最初の自己破産の時に迷惑をかけた人には、全額返済したみたい。
・成功例③
教育系ベンチャーに就職し、30歳ぐらいに同業で独立。最初は学生を雇って個人指導塾を経営していたけど、法人教育や通信教育(ネット)に手を出してから一気に成長。年商100億ぐらい。
・失敗例①
新卒で大企業の新規事業開発部門に入社するも激務で退職。リーマンショックで再就職うまくいかずその後連絡取れなくなる。30歳前後の頃、こいつに騙されたが連絡先を知らないか、という話がFacebookで回ってきた。しばらく忘れていたが、30代半ばにふと検索したら地方で詐欺をして捕まっていた。有罪かは不明。
・失敗例②
新卒で不動産系メガベンチャーに就職し、その後、会社の同期同士で独立。しばらくは順調そうで、たまにメディアで顔を見ていた。なぜかその後、暴力事件を起こして逮捕。現在は不明。
・(余談)自分
文系だが高校時代からコミュニティサイトを運営していたこともあって、Linuxとかサーバー管理的なことを自己流でやっていた。起業にあこがれていたが、ちょうどリーマンショックのタイミングで怖気づき、結局、日系中堅企業に就職。就職時にアピールしたためか、3年目ぐらいで新規事業に携わらせてもらい、PCやネットの知識はそこで重宝された。アラフォーの現在までに2回転職し、現在は年商100億規模のベンチャーの管理職。小さいが事業部的な組織なんで、企画から実行まで全部自分の裁量で回せるのが気持ちいい。副業可な会社でそこそこ資産もたまったけど、何やっていいのか分からず日々本業に追われている。
「成功例」としては、色々な意見があると思うがとりあえず金銭的な成功を基準としてみた。もちろん会社内部は大変かもしれないし、私生活は良くないのかもしれないが、億円単位で稼いでいたらまぁ成功と言えるだろう。また逆に借金ぐらいだったらいくらでも自己破産できるし、失敗とは言えないと思う。ただ逮捕されたらさすがに他人に迷惑をかけたということだし、さすがにそれは「失敗例」と判断してみた(不起訴とかまでは知らん)。
当時のサークルの名簿があったからググってみたら、上場オーナー経営者が数人、上場企業の役員が数人、その他、親の企業継いだ人、中小企業の社長、地方議員、医者、弁護士、社労士、インフルエンサー、情報商材販売数人…みんないろんな人生送ってるなぁ。でも名前でググって出るぐらいだから、それなりに活躍しているんだと思う。
当時は渋谷の道玄坂や桜丘町、六本木とかの安居酒屋やら安中華料理屋やらでよく飲んでたなぁ。25ぐらいまでは付き合いあったけど、そのあたりから成功失敗が別れるようになり、結局離れ離れになってしまった。いまだに繋がっているのは、飲み友達になった数人ぐらいで、あとは年賀状やFacebookの誕生日メッセージで「今年こそ飲みましょう」というやり取りをしているのが数人ぐらい。アラフォーに突入し、とりあえず生きてるだけで丸儲けだな、とは感じる。青春でした。
mixiのニュース見て、当時のことを思い出して書いた記事がホッテントリ入りしてる。嬉しいm(_ _)m
色々な大学生が参加しいるインカレサークルなんでで割合は国立:早慶:MARCH:他で、1:3:4:2ぐらい。早慶多かったけど、圧倒的、というほどでも無かったかな。男女比は9:1ぐらい。あと「自己破産ならいくらでもできる」ってのは気楽に書きすぎたかもしれないけど、ちょっと上の世代の社長で借金が原因で妻子残して失踪したり、自殺しちゃったりした人がいるんだよ。それらに比べたら、借金は自己破産して人生やり直せるんだから、失敗とは言えんよなぁ、と思って。
あとホッテントリ入りで自己顕示欲刺激されたんで、もう1人成功例を上げておく。
・成功例④
自分の知っている中では、同世代一番の成功者。彼も20代でウェブサービス作って、30代で会社ごと数十億円で売却した。知名度が高いB2Cサービスで、同世代(現在30代~40代)でネット使ってる人なら10人に1人は知ってると思う。確かに便利なんだけど、俺は悔しいから使わない(笑)
そうだった!指摘ありがとう。訂正した。
id:delta-ja 2000年後期は金持ち父さんとか女子高生がドラッカーとかそういう時期だったね。氷河期の下ゆとりの上の世代はそこそこ幸運に恵まれてる世代だけど、増田周辺は打率が良いな。アフィだけ齧って撤退の連中が多かった感
はてなの起業エントリが一番盛り上がってたのも2000年後半ぐらいだった気がする。そういえば、2000年代に流行ってたものとしてSEOを忘れてたわ。pagerankが高い大学公式サイトからバックリンクをもらうために、大学の教員に頼んでゼミや学会分科会やらのサイトを無料で作ってたなぁ。そこからさらに自前のサイトにリンク貼ったりして(教員承認済み)。
id:akiat 「年商が高い=企業が儲かっている」ではないことを知っていて書いているんだろうけど、「借金しようが自己破産しようが気にしないと」いう前提があるということが分かった
年商は分かりやすい目安だからね。もしかしたら②や③も赤字や債務超過になってる可能性もあるけど、さすがにそれは外からじゃわからないし。
id:kuippa 50億100億ゆーてるけどほんまかいな。解像度1桁ちがってない? はてなで年25億。タイミーで268億。100億超えは 東証プライムでも上位1582に相当。飲み屋話真に受けてない?自社の決算書見た?
①は伝聞だけど、②と③と自分の話は裏付けあるよ。てか、B2B分野なら一般的な知名度皆無でも年商10億単位はザラだし、B2C、B2B問わず年商100億超の非上場企業もたくさんありまっせ(参考1)(参考2)。
id:gwmp0000 起業 自営業 大学の起業サークルって具体的には何すんだろ? 会社作って経営すんの? 全員自分の会社を作るのかね??
毎月、30歳ぐらいの若手社長呼んできて講演してもらって、その後、懇親会的な感じ。自分1人だと挫折しそうだから、同じ方向を向く仲間やライバルが欲しい人が多かったかな。一緒に会社作るための人を探そうって人はあまりいなかったと思う。みんな我が強いから。
id:TakamoriTarou どういう人が集まってる大学なのかそっちのほうが気になった。企業サークルなんてのがあるんか。
インカレだからいろんな大学の人がいたよ。ガチ起業勢が1/3、意識高い陽キャ系が1/3、その他が1/3ぐらい。自分はその他枠だな。悪く言うとキョロ充に近かったと思う。
id:tkm3000 40代前半で上場企業役員ってなれる?
なれるなれる。新興市場なら、今だと社長40代後半、役員40台前半って会社も多いから。あとは30代で自分の会社を上場企業に売り払って、その事業部の執行役員経て役員になるとか。サラリーマンできる経営人材は貴重。
id:by-king 失敗の定義が逮捕になってないか。夢破れて今はしがないサラリーマンやってますとかそういう話かと思った
成功してメディアに出る以外で、その人のその後を知れるのは悪いニュース(逮捕)ぐらいしかないので…。名前ググっても出てこない半分ぐらいの人は、たぶん普通にサラリーマンとか公務員やってると思う。
とあるメガベンチャー企業でエンジニアとして働くアラフォーのおっさんです。
数年前に給料がようやく大台に乗ったので、調子に乗って新築の1億円弱の1LDKに申し込んだら、
少し前に引き渡しがあったのですが、売れば安くとも1.5億円になることが判明。
(大規模なタワマンなので月10件以上売買があって坪単価の相場が分かる)
年棒を高くしたかったので、ストックオプションとかがもらえそうな会社には縁がなく、
新卒のときの同期が転職してストックオプションで数千万円の資産を築くのを横目で見て嫉妬していたのが、
親も貧乏な私がこんな素敵な物件が買えたのは、プライム上場で社会的信用が高い会社のおかげなので、
なんかこう・・・真っ黒な気持ちになるよなぁ・・・・これも差別ネタできゃっきゃしてる連中同様に、
実際にはその立場にいないのに、乗っかってるだけみたいなのも8割くらいいるから、
基本的に大企業に夢みんな^^って思ってるけど、まぁ流石にこのレベルは、大企業には居ないですね・・・・
コールセンターとか、どうしょうもないベンチャーか、デスクワーク以外でしょ・・・・
・・・・・・・・・って思いましたが、よく考えたら、営業はどの規模でもああいうノリのやついるし、
メガベンチャーにも外資にもああいうノリのヤツは居たなって思い直しました