はてなキーワード: あざ笑うとは
自民党が正常化していくためにはさ。まあ石破でも自民党正常化は無理説は受け入れる。
小泉進次郎とかもろ出てるけど、見た目ちゃんとしてる営業マンが日本人は好きなわけで、石破とか服装だけでえらい叩いてたじゃん。
高市は男に好かれるために常にスカート履いて整えてきたわけじゃん。男ってか麻生とトランプに好かれるために。
「野党が何か言う」→「高市のあざ笑う解答」の映像流して終わり
みたいな映像しか流れないわけで(最後に言ったやつが勝ちのレスバ大会みたいな映像になる)
それで「高市が持ってたペンを買いました!」ってエンタメコーナーで学生の映像を流せば世論なんてコロっと動かせるわけよ。あ、この場合のニュースはめざましテレビを指しているよ。実際にやってたよ。ニュースではないか。
まあフジとか政権よりの局はこういう感じで簡単に印象操作してくるので騙されないためには自らの認識を疑うところからだよね。
でもさ、ちいかわ見たいんだよ。あれいつやってんのか、ちゃんと調べるべきだよな。それ以外のちいかわ待機の時間無駄すぎるな。YouTubeで見てもいいんだけど伊藤アナのちいかわ受けが見てぇんだよな…。
『猫のゆりかご』は、
👉 カート・ヴォネガットの代表作のひとつです。
⸻
どんな話?
ざっくりいうと:
👉「世界を簡単に終わらせてしまう物質」と、それを巡る人間のバカさを描いた物語
• その過程で「アイス・ナイン」という危険すぎる物質に関わる
⸻
• 人間の愚かさ
⸻
「猫のゆりかご(Cat’s Cradle)」は、糸で作る遊びのことなんですが、
👉実際には猫もいないし、ゆりかごでもない
👉なのに人は「意味がある形」だと思い込む
になっています。
———
『猫のゆりかご』の文脈での “smart aleck” は、ただの「生意気なやつ」より少し深いニュアンスになります。
⸻
この小説では、
というニュアンスが強いです。
⸻
■ なぜそうなるのか
作者の カート・ヴォネガット は、
• 人間の愚かさ
• 「意味なんてないのに分かった気になる態度」
なので “smart aleck” は👇
👉「わかった気になってるけど、結局は浅い人間」
⸻
この作品だと例えば:
⸻
■ 一言でいうと
普通の訳
⸻
👉「お前もsmart aleckじゃないの?」
って突きつけてくる感じがあるんですよ。
——
では、『猫のゆりかご』の登場人物ごとに、“smart aleck” 的な言動や性格を整理して解説します。
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1. ジョン(語り手)
• 特徴:作家でナレーター。皮肉屋で、世界や人間の愚かさを冷めた目で語る。
• “smart aleck” な点:
• 「人間は愚かで無意味なことばかりしている」と分かった気でコメント。
• 読者に向かって皮肉を飛ばす場面が多く、知ったかぶりの口調。
• 例:ホーニッカーの科学者としての行動を観察しながら、「この愚か者たちめ」と語る場面。
⸻
2. フェリックス・ホーニッカー
• 特徴:原爆開発に関わった天才科学者。無責任で自己中心的。
• “smart aleck” な点:
• 自分の科学知識に絶対の自信を持ち、他人の意見を全く聞かない。
• 「自分は世界を理解している」と思い込み、危険なアイス・ナインを作る。
• ポイント:知識はあるが、倫理や責任感が欠けており、まさに「知ったかぶりで危険な人」。
⸻
3. ニュート(ホーニッカーの子ども)
• “smart aleck” な点:
• 冷静で分かっている風に振る舞う。
• ポイント:表面的にはおとなしいが、ジョークや皮肉で賢ぶる典型的“smart aleck”。
⸻
4. ボコノン
• 特徴:架空宗教「ボコノン教」の創始者。人生の不条理を説く。
• “smart aleck” な点:
• しかし、その言葉は真実というより、皮肉とユーモアが混ざった哲学。
• ポイント:世界の本質を理解しているように見えるが、実際は読者に皮肉を伝える装置。
⸻
5. フランク・ホーニッカー & アンジェラ・ホーニッカー
• “smart aleck” な点:
• アンジェラ:理屈っぽく家族や状況をコントロールしようとする。
• ポイント:分かっている風に振る舞うが、結局は自己中心的で浅い判断しかできない。
⸻
■ まとめ
『猫のゆりかご』では、“smart aleck” は単なる生意気キャラではなく:
• 分かった気で世界を語る
• でも実際は無力か愚かさに巻き込まれる
物語全体の皮肉・ブラックユーモアの象徴として機能しているのです。
——
『猫のゆりかご』のあらすじを、流れが分かるようにシンプルにまとめます。
作者は カート・ヴォネガット です。
⸻
あらすじ(ざっくり)
👉 フェリックス・ホーニッカー
⸻
■ 調査でわかってくること
ホーニッカーは天才だけど、
⸻
ホーニッカーの死後、
• フランク
• アンジェラ
• ニュート
の3人の子どもが、その「アイス・ナイン」をそれぞれ持ってしまっています。
⸻
■ 舞台は謎の国へ
👉サン・ロレンゾ
に行くことになります。
そこでは:
👉 ボコノン教
が人々の心の支えになっている
⸻
■ そして起きる最悪の出来事
👉水が次々と凍り始める
結果的に、
というとんでもない展開になります。
⸻
生き残った人々は、
の中で、どう生きるかを考えることになります。
⸻
これは単なる終末SFではなくて👇
• 科学は本当に正しいのか?
dorawiiより
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世界のたがが外れつつある。
2度の世界大戦を経て国際社会が築いてきた規範や秩序を、大国が公然と蹂躙(じゅうりん)し、自国中心主義を振り回している。
「法の支配」は「力の支配」の前に無力なのか。人類が互いの利害を公正に調停し、戦争を一掃する未来は、見果てぬ夢なのか。
法哲学者の井上達夫・東大名誉教授は、法とは正義を追い求めそれを体現すべきもの、と説く。それなら、世界が見据えるべき「正義」とは何か。私たちの飽くなき挑戦は、どこを目指すべきなのか。
――人類が戦乱の歴史を経て曲がりなりにも築いてきた国際秩序が、崩れかけています。
「国際社会の法と秩序、その基礎にある人権尊重や戦力乱用の禁止という『正義』の原則が、危機に瀕(ひん)しています。これらを公然と蹂躙(じゅうりん)する国家による暴力が荒れ狂っているからです」
「もちろん無法な戦乱は今に始まったことではなく、集団間の殺し合いがなかった時代はない。特に20世紀は、史上最も陰惨に血塗られた世紀でした。だからこそ人類は自らの蛮行を制止すべく、戦争を統御する様々な試みを続けてきました。第1次大戦後に国際連盟を結成し、1928年のパリ不戦条約で、国益追求と紛争解決の手段としての戦争を違法化します。第2次大戦後には、戦争を抑止できなかった反省から国際連合をつくり、国際法の諸原則を再確立させました」
「自衛権行使であっても正当な理由や意図などを求める『戦争への正義(jus ad bellum)』つまり『開戦法規』と、無差別攻撃の禁止や捕虜の処遇など『戦争における正義(jus in bello)』つまり『交戦法規』を強化します。また、武力行使に代わる平和的手段による紛争解決を促進する努力もなされてきました。冷戦終結後の一時期、世界はありありと『国連による平和』の夢を見ました」
「しかし、この夢は破れました。武力行使を規制する国際法秩序に責任を負うべき国連安全保障理事会常任理事国のロシアが公然とウクライナを侵略し、民間施設への攻撃を続けています。これは明白に開戦法規及び交戦法規違反です。ロシアは開戦時、ドンバス地方の親ロ派政府との安全保障条約に基づく集団的自衛権だと説明しましたが、この傀儡(かいらい)政府に対するロシアの承認は旧満州国への日本の承認と同様、国際法上無効です」
「パレスチナ自治区ガザでは、前世紀の『人道に対する罪』の最大の被害者であるユダヤ人国家イスラエルが、パレスチナの民に対してこの罪を犯しています。イスラム組織ハマスの侵攻に対する自衛措置として攻撃を開始した時点では、イスラエルは開戦法規に反してはいませんでした。しかし、民間人への無差別攻撃や難民キャンプへの空爆は自衛の範囲をはるかに超え、ハマスが住民を『人間の盾』に使ったのと同様、交戦法規を蹂躙しています。また、ヨルダン川西岸への入植拡大を同時に進めたことは、不純な政治意図を含んでいるという点で開戦法規にも違反しています。停戦合意から2カ月以上が経つのに、ガザへの散発的な攻撃をやめていません」
――「法の支配」をあざ笑うかのような「力の支配」の論理が跋扈(ばっこ)しています。
「『法の支配』の危機は、単に強国が国際法秩序を侵しているというだけではありません。より深刻なのは、法と正義の原則の規範的権威そのものを掘り崩す、シニシズム(冷笑主義)が広がっていることです」
「それが端的に表れているのが、欧米や日本でも唱えられている対ロ宥和(ゆうわ)論です。戦争長期化の責任を、ウクライナの抗戦と西側諸国の支援に転嫁する言説です。知識人にも多い対ロ宥和主義者は、ウクライナ支援を停止してロシアに領土的譲歩をすべきだとして、侵略したロシアではなくウクライナに停戦の圧力をかけることを実質的に説いています。中には、北大西洋条約機構(NATO)の東進がロシアを刺激し戦争を誘発したという誤った歴史観に基づくものも多い。実際には冷戦後、NATOは集団的自衛権体制から地域的な集団安全保障体制に変容しており、旧東側が『西進』して新加盟国になったというのが事実です。ロシアも一時、準加盟国になりました。その友好関係を、南オセチア紛争とクリミア侵攻で悪化させたのは、他ならぬロシアです」
――トランプ米大統領も、ロシアに一方的に有利な和平案をウクライナに押し付けようとしています。
「これでは持続可能な平和を実現できないことは明白です。ウクライナの中立化(NATO非加盟)だけでなく非軍事化に固執するプーチン大統領の狙いが傀儡国家化にある以上、仮に一時的停戦をのんでも、再侵攻に走ることは必至です」
「こうした対ロ宥和論は、武力で現状を自国に有利に変更できる、侵略はペイする、というメッセージを世界に発しています。侵略を抑止するどころか、武力による現状変更を望む他の潜在的侵略者、例えば台湾や南沙諸島に野心を持つ中国、イエメンに触手を伸ばすイラン、韓国を標的にする北朝鮮などに、実行のインセンティブを与えてしまう。ドイツへの宥和政策が第2次大戦を招いた、1938年のミュンヘン会談の教訓を忘れたのでしょうか?」
「強者の支配を排し、武力による現状変更を禁じるという国際法の原則を尊重するならば、国際社会が協力して、ロシアに軍事的・経済的圧力を断固として加えることが必要です。それができずに弱小国にだけ譲歩が押しつけられるなら、国際法は強者の支配のイデオロギー的隠れみのとみなされ、規範的権威を喪失します」
――米国が主導したガザの和平計画も、ハマスが武装解除に抵抗する構えで、暗雲が垂れこめています。
「長年の紛争解決と平和構築のためには、90年代のオスロ合意が道筋を引こうとした『二国家解決』しかありません。すなわち、ガザとヨルダン川西岸の分断統治を解消してパレスチナを統一的に統治する国家を樹立し、イスラエルと相互承認し共存する体制です。しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は『パレスチナ国家のいかなる試みにも反対する』と二国家解決を強硬に拒否し、トランプ大統領もイスラエルのパレスチナ支配強化を支持するかのような発言を繰り返しています」
「停戦後の暫定的な統治機関『平和評議会』のメンバーは未定ですが、米国やイスラエルがガザ復興を主導するなら、ハマスを殲滅(せんめつ)できたとしても、第2、第3のハマスがゲリラ的抵抗を続けるでしょう。パレスチナ国家樹立をゴールに掲げたうえで、暫定的にはアラブ諸国を中心にガザの治安維持と住民保護を委ね、現在の腐敗したパレスチナ自治政府を統治能力ある組織に改編する。国際社会はそのためのロードマップを支援する――。それしかガザ戦争の出口はありません」
「『法の支配』は規範的な理念ですが、自動的に実現する力を持っているわけではない。理念を実現するのは、それを順守しようとする様々な行動主体が、協力して行う実践です。強者の力を抑える、いっそう大きな『力』を協働して組織し、行使しなければならないのです」
――プーチン大統領は2014年にクリミアを「併合」した際、西側諸国の過去の侵略や軍事介入と同じことをやっているだけだ、という趣旨の発言をしています。
「他者の悪が、自己の同様の悪を免責する――。これは開き直りの詭弁(きべん)ですが、問題は、西側の多くの『批判的知識人』までもが、この思想のわなにはまっていることです」
「例えば、03年のイラク侵攻など米国の軍事介入を強く批判してきた米国の思想家ノーム・チョムスキーも、このプーチン大統領の欧米批判を擁護してしまっています。自国の戦争犯罪を追及すること自体は、間違ってはいない。しかし、それゆえに他者の罪を許容するのは、論理的にも倫理的にも倒錯しています」
https://digital.asahi.com/articles/ASTDM4V8YTDMUPQJ00FM.html
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20250929183646
これについたコメントを要約すると、
みたいな感じで、俺も同意だけど、ただ人を好きになると狂っちゃうのはあるんだよな。
若い時に恋愛しとけって言われても、できないもんはできないからさ。
「最初は飯でも誘え、いきなり告白するな」はもっともなんだけど、恋愛初心者が大人になって恋に落ちちゃったらこうなるのも分かる気がする。
もちろん元増田が悪いし相手女性は気の毒だけど、まあしゃーないっていうか、事故みたいなところあるよなとは思う。
はてな民って、恋愛結婚というよりかは、相手の条件と自分のステータスを比べて釣り合う人と結婚してる感じなんだよな。
大恋愛とかなさそう。
そこそこ好きで結婚してる人ばっかりなんじゃないの?
全員がそうだとは言わないけどさ。
元増田の行動は擁護しがたいけど、はてな民も恋愛のことわかってねーなって感じなんだよ。
頭でっかちというかさ。
冷静になれとは言うが、恋愛って基本冷静さを失った状態だからな?
コントロールが難しいもんなんだよ。
それを分からずに、いきなり告白するな、身をひけ、仕事やめろとか、理性でしか考えてない感じ。
ラブコメ漫画を読んで、くっつくか離れるかみたいなのを横で見てるのが好きなだけで、自分は恋愛なんてしないんだろうな。
怖いんだよ、恋愛が。
それか、もう歳なんだろうな。
枯れてるんだと思う。
https://anond.hatelabo.jp/20250915174326#
やっぱり絡まれたら放置して何日も経った後別人のノリでミニ四駆好き並みに意味不明なこと言ってなんも反応来ないのを「こいつ俺って気づかずにツリー監視やめちゃっててウケる」ってあざ笑うに限る
やっぱり絡まれたら放置して何日も経った後別人のノリでミニ四駆好き並みに意味不明なこと言ってなんも反応来ないのを「こいつ俺って気づかずにツリー監視やめちゃっててウケる」ってあざ笑うに限る
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いわずもがな世の中には、苦悩した末に自死する人間がいる。この時点でこの言葉の矛盾を察することができる。
努力した末に報われずに自死した人は、結局その試練とやらを乗り越えられなかったということになる。あまりにも馬鹿げている。
この言葉の嫌らしい点は、誰かが抱えている困難を過小評価し、こんなこともできないのかと無自覚にあざ笑うことができる点にある。
サバイバーズ・ギルトに陥っている人に「ほらね、神は乗り越えられる試練しか与えないでしょ」と、屈託のない笑顔で語りかける阿呆がいたら、あなたはどう思うだろうか。
信仰心とやらを振りかざした結果、人は無自覚に他人を傷つけることができてしまう。
この言葉は生存バイアスの塊と言っても過言ではない。困難な状況から生き延びた人々が、ありもしない神とやらの存在を弁巧に語るときに口を衝いて出る常套句に過ぎないからだ。
死人に口なしとはまさにこのようなことを言うのだろう。
テクウヨってのがよくわからない。エンジニアってやつは国境の存在すら人間の愚かさの象徴としてあざ笑うような人間じゃないのか。無国家主義の時点で右翼たりえないので、テクウヨって言われても白いカラスって言ってるぐらい非実在的存在を仮想敵にしているようにしか見えない。
ちなみに無国家主義が理想だと思う人間はイスラム法だろうがその他どんな法律も否定しちゃいけないよな。
だって汎国家が完成した時点でそのいわば地球法と言えるルールにはどの国の法律であれ採用される余地があるのだからな。
「この法律には従いたくない」ってものがある時点で今の国の枠組みを守る動機として十分すぎるんだよ。
主権国家同士がお互いその主権を放棄して一つになろうとすることが出来ないのは、他の国の法律など死んでも従いたくないほど絶対に理解できないものだから。
「国同士の友好を維持したい」なんて政治家が言ってると笑っちゃうよ。国にすがってる時点で人類として本当の意味で分かり合う気なんて最初からないんだからな。
私自身もイスラム法等価値観に合わない法律はあるから無国家主義者にはなれないよ。
-----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEABYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaCVo2QAKCRBwMdsubs4+ SF/VAP0X4oT/0s7c2I5ClUN0rf9LUsacJoH4Q/T6STj0HDyNLwEAgi4sNHMxk2lc kv3MKe9VPrjgiT5T7KvAhdsGHjuvxw0= =VRKN -----END PGP SIGNATURE-----
前線にはいかず、二束三文の手間賃で国に引っ張られ後方ってことでまともに訓練もされず後ろの方でトラック転がして荷物運んだりミサイルを運ぶ人夫働きさせられたり普段自衛隊がやってる基地の整備とかの雑務を押し付けられる感じ
兵隊の負担を減らす、という意味では重要なんだろうけど、後方だからって安全ってことはない上に巻き込まれてもまともな保証はされないし戦後は災害復興のときの自衛隊上げと同じのりで、自衛隊様の活躍はさんざん喧伝されるけどそういう下働きで支えてた連中はシカトされ評価されず、世論が批判を許すようになった5年後くらいに批判が出てきて問題になるけど「今更なにいってんだ」ってあざ笑うお前ら(ネット民)が吊し上げるところまでは予想できた
俺は30歳のギャンブル依存症だ
借金も100万近くある
2回生の夏、当時同級生に誘われて打ちに行ったのがパチスロとの出会いだった
低貸しから始めて、20スロに手を付けるまではそう長くはかからなかった
2014年最新機種だった冥王様は、キッチリ1600Gまで連れて行ってくれるし、あっという間に俺の財布を食い荒らした
4回生の頃には限度額まで到達していた
いや、俺が離そうとしなかったのだろうか
限度額は収入の1/3、現在の90万まで増えているし、きっちり満額借りている
増田をROM専でニタニタしてたある日、思い立って久々にTwitterを開いた
当時誘ってきてくれた友達は嫁が居て自立した生活が送れていたようだ
キッチリとギャンブル断ちが出来たのか飽きて離れられたのだろうか
もしかしたらギャンブルを続けているのかも知れないが、自制が出来ているのだろう
その友達が誘ってきたことを恨むつもりなどないが、ちゃんと結婚して生活出来ていることが羨ましく感じた
羨ましく思える程度には私もまだ社会性を持ち合わせていることに気付いた
何故私はこんな状況になっているのか整理することにした
・正社員でシフト通りに働けるだけの健康と元気、体力を持ち合わせている
・ギャンブルでなくてもどこかのタイミングで借り入れをしていただろう、と思えるくらいには意思が弱い
・借り入れを返済するために努力する、ということを一切していなかった
・ギャンブルが無くても生きていけるくらいには他に娯楽を沢山知っているし、今も堪能はしている
・友達も少ないながら居るので、一緒に遊びに出かけたり飲みだって安酒だが出来る
・昔は低貸しで楽しくて打っていた、今は目先のちょっとしたお小遣いが欲しくて打っている
↑が破綻しているので借り入れが減らない。人生における計画性が無い
→今月ちょっとアレが欲しいな、とかどこ行きたいな、とか。
棚卸してから気付くほど無頓着なのだが、金が無いからこのループに陥っていることに気付いた
・現金を持たない
→幸いなことに公営ギャンブルに手を出さないので、現金さえ持ち歩かなければ打つことは無い
→今後始めてしまったらどうしようもないが…少なくとも現金さえ持ち歩かなければホールに行くことは無い
→昔からだが、小遣い欲しさに目がくらんでギャンブルをしている
+元々ソシャゲへの課金などもせず、スパチャを投げたりグッズ収集癖は無いため、恐らくこの後の心配も今のところない
→仕事と資格取得を平行して頑張るという部分で、落ち着き始めたら再開予定
→趣味や仕事をしっかりやっていればギャンブルをする時間が生れないはず
→ギャンブルを始めてから趣味が疎かになっていたな、と30にして気付いた
・そもそも勝つ立ち回りを考えれば良かったのでは?
→パチンコばかり打っているがボーダー+1は回るメイン機種に座れている
→それだけで勝てるとは思っていないが、少なくとも1k14回転でボーダーを大幅に下回っている台は打っていなかった
→そもそもパチンコばっかり打つのが悪い スロットのエナと設定判別をしろ
・増田を見ない
増田を見ても収入は増えるわけではないので、資格勉強か働く時間に充てる事にした
1年後に必ず経過か結果を書く予定、これは決意
書いて褒められたいのか? → 褒められたいなら身内に甘やかして貰えば良い
ここで書くと叩かれるよ? → 当たり前だろ、どこで書いても叩かれるに決まってる
自分よりどこかのパラメータが劣っていれば、相手がトータルで上だろうと叩く、それが人間
ただそれでも書こうと思ったのは、どこかに同じ思いをしているギャンブル依存症は世の中にいると思ったからだ
ギャンブル出来なきゃ死んでしまう、なんてのは恐らくウシジマくんくらいにしか出てこない
恐らくギャンブルで目先の利益で何かしたい、と思う私レベルのアホがいっぱいいるからだ
パチンコ屋は日々減っているが、地元のコ〇〇〇〇にはまだ人が沢山いる
潰れないということは儲けているのだ
歪んだ成功体験は何も生まないし、悪銭は身に付かない
匿名だから隠さなくても良い、一緒に改善する、という決意表明がてらここに書いてくれて良い
もしお前が頑張らなくても俺は一人で頑張る
1年後に失敗した俺を口だけのクソ野郎とあざ笑うか、ちゃんと改善出来た俺と一緒に笑顔になるか、楽しみにしててほしい
2024-12-29
こう書くと他人をバカにしないと気が済まない暴走人間にしか聞こえないが
細かく言うと、「他人をバカにしようとする心が常に自分の中にあるので、それを内心にとどめて過ごすように頑張っている」
とでも言えばいいだろうか。
どっちにしろヤバい奴じゃないか?という気もするが、これが私のいつわりない本心である。
他人をバカにしたい!と思うときはどんなときか考えてみたことがある。また、なぜそうしたいのかも考えた。
箇条書きにするとだいたいこんな感じだ
・自分より知識、能力が劣っている相手を貶めて優越感に浸りたいから
・劣っている(と私が思っている)相手をあざ笑うことで自分を大きく見せたいから
・自分に自信がなく、逆に自分が対象にされるのを恐れて自分はバカにする側だと確認したいから
・安全圏から弱いものをいじめるのは楽しいぞい♪という攻撃的な快楽で気持ちよくなりたいから
・自分が劣っている存在であると勝手に思っているため、下に見れる相手を探さないと怖い
・物事がうまくいかないので自暴自棄になり、他社を思いやる余裕がなくなり、攻撃的になる
思いつくかぎり書いてみたが、自分の弱さを受け入れたり、認められずにごまかそうとするときに
他人をバカにしたい!という気持ちがわいてくるのだと思う。あとは単純に調子が悪いとき…
数年前から自分が人をバカにしたくなるときってどういうときだろう?と
ひたすら考え続けて最近やっと少し文章にできるようになったのでこれを書いている。
あと、ネット上でそんなふるまいをするようになったらもちろんたくさんの人に嫌われるだろうし
自分もどんどん手がつけられないモンスターになっていって…そんなんデメリットしかなくね?と思い
意識的に人を傷つけるような言葉を使うのはやめよう!と気を付けていた。時間割全部道徳か?
そんなグダグダ考えずともインターネット、SNS、はてなブックマーク、YouTubeのコメント欄を見るのすべてやめて生きろ!が正解っぽい気もするが
そうなるとコミュ障の私は孤独まっしぐらなので、ネットで友達や趣味の知人などと穏やかにコミュニケーションをとって生きていきたいので頑張って考えました。
歳をとったからなのか、他人とむやみにケンカしたくない…!なるべく穏やかにしたい…!という思いが最近強い。
・自分より知識、能力が劣っている相手を貶めて優越感に浸りたいから
・劣っている(と私が思っている)相手をあざ笑うことで自分を大きく見せたいから
・自分に自信がなく、逆に自分が対象にされるのを恐れて自分はバカにする側だと確認したいから
・安全圏から弱いものをいじめるのは楽しいぞい♪という攻撃的な快楽で気持ちよくなりたいから
どうやるかの要点をいうと
己にきちんと戒律を課することだと思う。
自分の場合は昔から「相手の話に噛み合わせない罵倒や勝利宣言」が最も嫌いで
本当に見苦しい、だらしない、と思っているから一度もそれを自分に許したことがない。
ちゃんと相手の話をよく読んで、相手が何を言っているか把握して、国語的な意味も心の動きも汲み取って、
その上でこれはこうですね、ここはこうですね、ときちんと対応した説明を付けたうえでバカにする。
これをやっているといわゆる読解力的な物がない人も段々とついてくるしものごとを整理する力もついてくる。
人の心の動きも自分の心の動きもフェアに観察できるようになる。
人がやっていたらだらしないと思うことは自分もやらない。
人がやっていても自分はやらない。
こういう戒めを守った上で人をバカにしている時その心は清い。
相手の文章の頭からつま先まで全部にツッコミを入れてぴたっとバカにするので
相手を罵倒するために用意した指摘が自分にあてはまると気付くこともある。
「こういうことは自分もやっている」と思ったらその言葉は吐く資格が無いので取り下げる。
相手の話をきちんと読んできちんとバカにしようとしていればきちんと自省も進む。
こう書くと他人をバカにしないと気が済まない暴走人間にしか聞こえないが
細かく言うと、「他人をバカにしようとする心が常に自分の中にあるので、それを内心にとどめて過ごすように頑張っている」
とでも言えばいいだろうか。
どっちにしろヤバい奴じゃないか?という気もするが、これが私のいつわりない本心である。
他人をバカにしたい!と思うときはどんなときか考えてみたことがある。また、なぜそうしたいのかも考えた。
箇条書きにするとだいたいこんな感じだ
・自分より知識、能力が劣っている相手を貶めて優越感に浸りたいから
・劣っている(と私が思っている)相手をあざ笑うことで自分を大きく見せたいから
・自分に自信がなく、逆に自分が対象にされるのを恐れて自分はバカにする側だと確認したいから
・安全圏から弱いものをいじめるのは楽しいぞい♪という攻撃的な快楽で気持ちよくなりたいから
・自分が劣っている存在であると勝手に思っているため、下に見れる相手を探さないと怖い
・物事がうまくいかないので自暴自棄になり、他社を思いやる余裕がなくなり、攻撃的になる
思いつくかぎり書いてみたが、自分の弱さを受け入れたり、認められずにごまかそうとするときに
他人をバカにしたい!という気持ちがわいてくるのだと思う。あとは単純に調子が悪いとき…
数年前から自分が人をバカにしたくなるときってどういうときだろう?と
ひたすら考え続けて最近やっと少し文章にできるようになったのでこれを書いている。
あと、ネット上でそんなふるまいをするようになったらもちろんたくさんの人に嫌われるだろうし
自分もどんどん手がつけられないモンスターになっていって…そんなんデメリットしかなくね?と思い
意識的に人を傷つけるような言葉を使うのはやめよう!と気を付けていた。時間割全部道徳か?
そんなグダグダ考えずともインターネット、SNS、はてなブックマーク、YouTubeのコメント欄を見るのすべてやめて生きろ!が正解っぽい気もするが
そうなるとコミュ障の私は孤独まっしぐらなので、ネットで友達や趣味の知人などと穏やかにコミュニケーションをとって生きていきたいので頑張って考えました。