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キング・カズの50の抱負

僕は特にサッカーは好きではありません。
ワールドカップやらオリンピックの時には観ることはあるけど、それ以外は基本興味なし。
Jリーグが始まった時には、日本中が大騒ぎしてましたが僕には無関係でした。

むしろ、サッカーは好きではないかもしれない。
小庵の向かいに、ちいさなイタリアンの飲み屋があって、サッカーの国際試合があると夜中に客がどんちゃん騒ぎをする。
酷い時には、夜中の2時過ぎまで・・・。
例の大勢で「おー、おー」とか「おれー、おれー」とかいう歌声のようなものを張り上げる。
酔った客は、道路に向かって放尿していた。
最低なスポーツ観戦だと思う。

そんな僕でも、この人は凄いと思う。
「キング・カズ」・・・三浦知良。
当年、なんと50歳ですが現役選手だ。
先日もJRのトレイン・ニュースで「1ゴールでも多く入れたい」との発言が紹介された。

先のJリーグ発足のときには時の人だった。
年間優秀選手だったか、何か賞をとった時も派手な格好でポーズを決めていた。
当時はJリーガーはお洒落で、プロ野球選手はイモみたいな感じだった。
いけ好かないええ恰好しいと思った。

ワールドカップの予選最終戦で、日本があと少しで初出場を獲得しそうだったあの試合。
サッカ-ファンは、「ドーハの悲劇」とか言っていたが・・・。
僕は試合を見て、幻滅した。
最後の最後に点を入れられて、グラウンドに日本人選手はみんな倒れこんでしまった。
残りあと、1分か2分。
確かに絶望的な状況だったが、それでも次のプレーのためにボールをセンターラインに運んだのは相手国選手だった。
情けなさ極まりない。

これが、ラグビーだとかアメリカン・フットボールとか、だったとしよう。
それでも選手は最期の最期、ホイッスルが鳴るまでは足を止めないだろう。
これが、軽薄なサッカー選手の代表だ、と思った。
三浦知良は、そんな選手のひとりだった。

そして、その4年後三浦知良選手はワールドカップの初出場を獲得したが、代表選手から外された。
生涯で唯一無二のプラチナ・チケットを逃したのだ。
だけども、僕はこのことがこの選手を現在に導いたのではいないか、と思う。

数年前だったか、実現することなどなかったけど、「いまこそ、大ベテランの三浦カズを代表に」とサッカー好きのとあるブロガーが書いていた。
なんの権限も、責任もない個人ブロガーだったが、こんな風に人の口をして言わしめる。
そんな凄みを持つ、影響力のある選手だったのだ、と思った。

三浦知良選手は、ある国の記者に「日本は悪い国なのに日の丸に敬意など払うのか」と問われ、
「自分の国に誇りを持てないで、他国に敬意を払えますか?」
と答えたらしい。
精神的にも高いものを持ち合わせた選手だったのだ。

アスリートとして50歳を迎える。
サッカーしか能のない自分は、サッカーをやるしかない、などと彼は自嘲するだろう。

僕はふと隆慶一郎著「死ぬこととみつけたり」で、斉藤杢之助が世話になっている主人に言わしめた言葉を思い出した。
「さすがお侍だ。本物のお侍はこうでなくちゃいけない」
いくさ以外にはなんの興味もなく、なんの能力も持たない無能力に徹した男・杢之助をみて呟いた一言だ。

一陽来復・・・早稲田穴八幡宮

地下鉄の早稲田駅から、高田馬場方面へ歩いて行くと、文学部キャンパスへと向かう道との交差点があります。
その交差点辺りが人混みで賑わっていました。
文学部キャンパスへ向かう学生ではありません。
交差点の一角に交番がありますが、その向こう・・・神社の参道が階段になっています。

穴八幡宮1

穴八幡宮・・・。
蟲封じのほか、商売繁盛や出世、開運に利益があるとされています。
冬至から節分の期間に「一陽来復」のお札が配られているようです。

「一陽来復」は、「陰極まって一陽を生ずる」、「よくない事の続いた後に、良い事がめぐって来る」と言う意味の言葉。
冬至を過ぎて、節分までに日は一日一日長くなっていきます。
東洋の易でこれを「一陽来復」というのだそうです。

お札を、冬至と大晦日、節分のいずれかの日の深夜0時にその年の恵方に向かってお祀りすると金繰りが良くなるそうです。
商売繁盛・金運上昇のお守りとして、大変人気があるそうです。
お金はみんな大事ですから・・・。
あさましいようにも思えますが、こんな風にお守りを戴いてお金に感謝する日もあっていいのでしょうね。
だから、行列ができるのです。

穴八幡宮3

この日(先週の土曜日)は、特に決まった日ではありませんが、長蛇の列。
冬至や節分の日などはもの凄い行列になるそうです。
この日の列を見て、推して知るべしですね。

穴八幡宮4

僕自身はなんの興味もなく何故賑わっているのか知りたくて境内に足を運びました。
お札の授与の行列なので、お参りはできます。
参道には屋台が並んでますが、このとおり混雑はしていません。

穴八幡宮2

ただ、この日の僕の目的はカツ玉牛でした・・・。

Tag : 多摩武蔵野文化歴史散策

思いがけず穏やかな週末

金曜日からポカポカと3月上旬の陽気。
肌に突き刺すようだった冷たい空気もほんの少し和らいだ。
まだ1月なのだから、油断などできようがない。
それでも、穏やかな陽気についつい気が緩む。

朝のうちは寒いので、着こんで出かけたのがあだになる。
気が緩むのとと、ほぼ同時に不快感が襲ってくる。
じんわりと汗がにじんでいるようだ。

不快感もあるけれども、やっぱり厳しい寒さは体にキツイ。
僕は暑さに弱いので、真夏の体力消耗もキツイけど、寒さだってキツイのだ。
だんだんと代謝が落ちてきているのだろう。

大学生の頃には、ボマーのついたジャンパーにヘインズのTシャツだった。
身体から熱気がムンムン放出していたのだろう。

あと二カ月もすれば、きっとこのくらいの気温が普通になる。
そうしたら、楽な服を着て、床をゴロゴロ寝転がってリラックスしたい。
春はいつでも待ち焦がれる季節だ。

だけど、今年はまだ冬らしい景色も堪能できていないかもしれない。
通勤電車で通えるところばかりじゃ面白みのない人生だ。

農地の水仙

Tag : 多摩武蔵野

日本人横綱の誕生・稀勢の里

このところ、新しい役付きの人物の誕生が続いてます。
先日は、米国新大統領、ドナルド・トランプ氏が誕生。
そして、先週末には横綱・稀勢の里が誕生した。

いや、先週末に横綱誕生というのはちょっと早かったかもしれません。
最近、お相撲に熱中するほど暇がないため、情報は翌月曜日に知ったという始末です。
なにしろ、テレビはほとんど観ませんので・・・。

この稀勢の里という人は、肝心の大一番を落とすという癖があったようです。
長い時間を経て、この度やっと初場所優勝。
横綱昇進を確実にし、千秋楽で白鵬を破って堂々たる相撲ぶりだったようです。
この白鵬との一番はyoutubeで観ましたが、なんとも横綱らしい風格のある相撲ぶりです。
勢いのあるダッシュのような白鵬の押し相撲を、がっちりと受け止めて横に投げた。
あれで白鵬が一気に押し出せば、それもまた白鵬強し、の一言でしょうが、その白鵬を横綱相撲で破るとは・・・。

このところ、土俵はモンゴル力士に席巻されていて、久しく日本人力士が不在だった。
なんと若乃花以来の19年ぶりらしい。
相撲が競技スポーツ化しているとよく言われる背景に、日本人横綱の不在があるのではなかろうか。
排外的になるつもりはないけれども、そのように日本人推しをしてしまいたくなる。
何故なら、大横綱の持つ精神性は、日本人の感性があって初めて光り輝くもの。
スポーツ競技にはない、伝統と格式がある大相撲。
その伝統と格式は、外国人力士には表面的な真似はできても、極めることは難しかろうと思う。

白鵬の強さは認めるところだけれども、惜しいかな精神性において足りていない。
たとえば、「惻隠の情」のようなもの。
たとえば取組相手に対する「リスペクト」や、勝ち負けを超越したところにある「心技体」の充実。
勝ちを急ぐあまりに、少しダーティな手を使う白鵬に眉を寄せるファンは少なくない。

日本人である僕が、日本人力士を贔屓するのはよくないかもしれないが・・・。
いや、日本人を贔屓して何が悪いのか。
日本の伝統、文化を取り戻すために日本人の台頭を期待するのは当然のことだ。
僕は単なる相撲の勝ち負けに興じたい訳ではない。
大相撲ファンだって、プロレスやボクシングみたい格闘スポーツを楽しみたいだけではないはずだ。
強い横綱の品格、品性、精神性を観て学びたい。
日本の歴史、文化、伝統を横綱から感じ取りたい。
皮膚感覚で掴みたい。
そんな夢を、強い日本人横綱に魅せてほしいと思っているんだと思う。

土俵

Tag : 文化歴史

いつか枯れた「書」が書けるまで

小学生の頃、近所のお宅で習字を習っていた記憶があります。
僕と同じくらいの小学生低学年の子供がたくさん通ってました。
長机に何人か並んで、座って半紙に四文字くらい書く。
小筆で、自分の学年と名前を書く。
最後に清書として、マス目の入った半紙に書いて提出しました。
開明あたりの安物の墨汁の強烈な匂いを憶えています。

いまは大人の教室に通っていますが、真面目に墨を磨っている。
墨液は漢字の作品を半切などに書くときくらいしか使いません。
筆を痛めないように、高価な墨液を使います。
それでも痛むから、使いまわした筆を墨液専用にしています。

小筆はかな作品を書くときか、細字作品を書くときのみ。
名前は大筆で書きます。
小学校の時の記憶があったので、これはちょっと衝撃だった。
でも、いまは普通に大筆で書いています。
要は慣れです。

毎年、公募展に出品しています。
そういう団体に所属しています。
でも当初は、そんなつもりはあんまりなかったんです。
と、いうよりも知らなかった。

教室を探しているときに、ある教室の先生に「公募展は考えていますか」と聞かれ、「わかりません」と答えた。
その先生はびっくりして、「そんな答えを聞いたのは初めてだ」と仰ってました。
書道をやる人は、ふつうにそう考えるんですかね?
因みに、そこの教室は公募展を前提にしていないところだったようですが・・・。

テレビでおなじみの黒柳徹子さんは、ある展覧会で目についた作品を書いた先生と話したそうです。
黒柳さんが、「教えておられるんですか?」と尋ねると、
「もうあんまり教えていません。すぐ、賞が欲しいとか、展覧会をやりたいとかいう人がきちゃうから・・・」
と、いわれたのですが、
「お習いしたいと思っているんです」
というと、その先生は
「ペンを持つように、筆が持てればいい、というのならいらっしゃい」
と言われたそうです。
なんと、その先生はあの青山杉雨先生だったそうですが・・・。
(参考文献:「新選 書を語る」二玄社)

僕は公募展を出すことが悪いことだとは思いませんが、青山先生の老子的なお考えに感銘します。
行き着くところへ行ったら、そんな風になれていればいいです。
今の僕がそんな考えを持つのは卑怯だし、僭越というものです。

現代社会では、「書」をアピールできるのは展覧会と年賀状くらいです。
でも、マイナースポーツだってそんなものじゃないですか。
そのうち、枯れた字が書けるようになったら、もっと気軽に手書きも書けるのかもしれません。
それでいいでしょう。

Tag : 文化読書

文字を「書く」ことは衰退するのか

董其昌を観に行ったついでに「書」について、ちょっと書きます。
いま、丁度図書館で借りた「新選 書を語る」(二玄社)という本を読んでいます。
それで、感じたことをちょこっと、以下、駄文で・・・。

文字を書くという行為は、頻度や質を考慮しなければ、ほぼすべての人ができることです。
近年はパソコンのキーボードや、携帯やスマホで文章を書く人の方が多いかもれません。
鉛筆やペンを使って文字を書くのはあまりなくとも、少なからず誰でもするはず。
・・・電車の定期券を買う時や、銀行でお金をおろすとき、お役所で書類を提出するとき。
日常でも字を書く機会が少なくなっているのは確かです。
ましてや、毛筆を使うなど学校の授業でもなければ、まずないでしょう。

いまや、書道やお習字は特殊技能となってしまったようです。
日常でも肉筆というものを観る機会も少ないでしょう。
印刷された活字や、インターネットサイトの文字がほとんど。
飲食店のメニューで、温かみのある文字飾りとして手書きのものをたまに見ます。
それだけ、日常空間に手書きの文字が少なくなってしまった。
年賀状も、いまどきはプリンターを使ったものがほとんど。
一言だけ手書きが添えてあればいい方です。

昔の日本家屋には床の間がありました。
ささやかながら、そこは文字を飾る空間がありました。
和室が一室あれば、床の間がセットになっていることもあります。
そう、床の間が無くなって、文字が展示される空間が建物の中から消えてしまったのです。

現代では文字が飾られる空間といえば、社長室とか、応接室とか、政治家の事務所・・・。
あるいは美術館、博物館、画廊や展示室・・・でしょう。

一般家屋で床の間が無くなり、「書」の活躍の場がなくなることで、「書」の価値も薄れてゆく。
その反対に希少価値が高まるという皮肉も生まれる。
だけども、その希少価値はますます本物の質が求められる。
やれ、富岡鉄斎だ川端康成だ、正岡子規だ・・・
書家が含まれていないのが我ながら笑える。
生半可な価値のものは行き場がなくなるのだ。

かくして、「書」は大衆の手を離れて、ますます日常的なものではなくなる。
いまは毛筆づかいが絶滅危惧種だが、そのうちペンや鉛筆なんてものも博物館行きになるかもしれない。
学生はどうやって勉強するのか。
「書く」という行動を介さずに学ぶことのできる世代が誕生するのでしょうか。
書くことこそが、一番の勉強法と思っていた僕らの世代にはちょっと考え難いです。

書道屏風

Tag : 読書文化

「董其昌とその時代」前期展

ここ二日間ほど、上野・御徒町方面の記事を書きましたが、理由はこれ。
以前にも、この日記(ブログ)で紹介しましたトーハクの展示です。

トーハク根津美術館チラシ

「董其昌とその時代」

現在、書道博物館との連携企画で開催しています。
2月26日までの期間なのですが、前期展が今月の29日までとなっています。
それに気が付いてあたふたと訪れたのでした。
書道博物館では、3月5日までの開催です。

今回は時間もあまりなかったことから、トーハクにしかいけませんでした。
連携企画と言いますが、どのような区分けになっているのかはわかりません。
董其昌は、書も書画にも秀でた人物のようですが、書については書道博物館、というのでもなさそうです。

トーハクは、東洋館の4階で開催しています。、
こちらにも書画のみではなく、書もなかなか見ごたえのあるものが展示されていました。
今回の展示はどちらかというと、書の方がよかったかもしれません。
比率としては半々くらいでしたが、書作品の方がクオリティが高かったかも。

そうはいっても、「四万山水図軸」(4幅)は大きな紙面に細密な描写が描かれています。
良く画くなぁ、と言った感じで圧倒されます。
個人的には、そのうちの「万頃晴波図」の大海原の描写、「万竿烟雨図」の竹が林立する夏の景色、そして「万山飛雪図」の雪景色は美しいと思います。
雪景色とはいっても、雪は描かれていません。
淡墨や薄墨で染めていないため、全体的に白っぽい景色が冬の雪山を感じさせるのです。
シンプルな美しさが魅力で、却って石濤の淡彩の「廬山観瀑図軸」がちょっと濁って見えたくらいです。
勿論、「廬山観瀑図軸」だって、比較しなければ素晴らしいものです。

傅山筆「断崖飛帆図軸 」はよかった。
省筆がいきつくところまで、いってしまった感じで、切り立つ崖がそれでも印象的です。
断崖のうえの帆かけ船は、東洋画独特の描写ですが断崖の向こう側の景色に奥行きをもたらします。
勢いも感じられてよい作品だと思いました。

実は僕は台東区書道博物館はまだ行ったことがないのです。
後期展には是非とも両館とも行きたいです。

Tag : 文化歴史芸術

御徒町でよく行く店

上野公園を訪れたときにはたいてい帰り道に寄っていく店があります。
御徒町の駅を越えて、首都高の交差点の一角にあるお店です。
多慶屋さん。

御徒町多慶屋さん

このお店はどんなジャンルのお店に分類すればいいのか。
スーパーのような、そうでもないような。
HPだとディスカウント・ショップになっているようです。
僕個人はお菓子屋さんとして訪れます。
店頭に見えるのですが、おせんべいの久助がお安くボリュームたっぷり。
この日は、カレー味のソフトせんべいを買いました。
ほかにも、塩味とか、明太子味みたいのがあったりします。

お菓子だったら二木とかもあるんでしょうけど、ここにばかりいってしまいます。
二木にはいったことないんです。
ただそれだけ。
特におすすめするポイントは、そういえばありません。

帰りは大江戸線で帰りますので、お店の前に地下鉄へ降りる階段があるのがいいのかも。
いや、まだまだ僕はこの辺は不案内なだけですけどね・・・。

アメ横1

Tag : 多摩武蔵野散策

不忍池に舞う鳥たち

冬枯れの不忍池。
夏の頃の旺盛な生命力が、いまや枯れ果てて見る影もありません。
枯れた蓮の茎が林立する池と、からからに乾いた空の青。
見るからに寒そうです。

不忍池の冬景色2

不忍池は水面が観れる季節の方が少なそう。
以前、冬だったかと思いますが、それを見た記憶があります。
池を挟んで、公園とは正反対の方向にある横山大観記念館。
そこに行ったときのことです。

不忍池にいっても滅多に弁天様をお参りすることはありません。
いつも、たいていは美術館に足を運んでしまうから。
たまには行ってみたいものです。

この日は弁天様に向かう広場の前で鳥が乱舞してました。
子供たちが大喜び。
僕もなんとか飛んでいる姿をカメラに捉えたくて・・・。
未熟な腕前と、貧相な装備では無理ですね。
ご覧の画像が精一杯でした。

不忍池に舞う鳥たち

Tag : 多摩武蔵野散策

「じゅん散歩」・・・府中へ

先週は高田純次のお誕生日のため、郷里の調布駅を中心に京王沿線を放映しました。
去年もこの時期に調布散歩を放映してまして、深大寺やら調布、国領辺りをお散歩。
野川なんかも歩いてまして、僕も見慣れた風景に嬉しくなった。
さて、今年は府中へも足を延ばしました。

高田純次は学生時代に府中の高校に通ったようです。
そのため、なじみがあったようですが、駅を降りて愕然としていました。
なんと光景がまったく様変わりしています。

そりゃ、そうでしょうねぇ。
僕だってあの高架前の駅と比べたら驚きます。
なにより街並みが全然違いますから・・・。

南側の駅と伊勢丹の間にあった商店街も再開発でなくなっていますので・・・
正月明けに神社へお参りした時はそっちまで行きませんでしたので、現状はわかりません。

さて、「じゅん散歩」にしては珍しく、ご当地の基本のキである「大國魂神社」から紹介してました。
まぁ、いくら神社の歴史が千九百年以上あろうと、所詮は関東ローカルです。
浅草寺の方が歴史は浅いけど、知名度が段違いですからね。
でも、「大國魂の神様は待つ(松)が苦手」ということを紹介してくれて嬉しいです。
僕も初めて見ましたが、門松ならぬ「門杉」の映像がありました。
松の代わりに杉の葉で作ったものでした。
五月の例大祭「くらやみ祭り」の紹介も・・・。

近隣では
地元の造り酒屋の銘酒「国府鶴」(こうづる)の紹介も。
・・・個人的には、地方の大切な方への贈るために「国府鶴」を指定日配送したのに、指定日を間違えられたことがあり激おこです。
しばらくは使いたくも飲みたくもありませんけどね・・・。

この散歩番組って、本当は行ったことのないところを言った気になるのがよいのでしょうけど、僕みたいに毎日観れない人にとっては知った場所の時しか観てません。
毎日、「じゅん散歩」が観れるような優雅自適な生活を送りたいなぁ。

Tag : 多摩武蔵野文化歴史散策

プロフィール

無心庵ひょっとこ斎

Author:無心庵ひょっとこ斎
郷土と自然とネコをこよなく愛する多摩っこ。

愛猫:
「うず」(十一歳没)
→*「愛猫思い出」(↓カテゴリ)

「小うず」二代目。H27年生。♂
→*「ネコ煩悩」」(↓カテゴリ)

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