■ 総工費の上限を1,550億円に決定2020年の東京五輪ならびにパラリンピックのメイン会場となる新・国立競技場がここ数か月、世間の大きな注目を集めている。大幅な見直しを強いられたが、先日、「政府は新国立競技場の総工費の上限を1,550億円とすることで最終調整に入った。」と報じられた。「当初は2,500億円程度になる。」と言われていたのでそれと比べると総工費は大幅削減となったが、「それでも高すぎる。」という声は多いようだ。
「新・国立競技場の総工費がどの程度の金額であれば妥当なのか?」というのがその分野の専門家でない限り、「理解するのはほぼ無理」と言える点が話を複雑にしているように思う。耐震構造の基準や人件費や材料費など前提となる条件は各々で全く異なるので、過去の五輪のメイン会場(例えば2008年の北京五輪や2012年のロンドン五輪など)の総工費と比較してもあまり意味がないことは誰にでも分かる。
さらには「収容人数が半分のスタジアムは半分の建設費で作ることができるのか?」というとそんな単純な話ではないことも容易に分かる話である。すでに稼働している4万人規模のスタジアムの建設費が300億だったと仮定してその倍の8万人規模のスタジアムが600億あれば建設可能か?というと『No』である。「単純に収容人数だけでは決まらないので判断することはできない。」というのが予想される回答である。
■ 観客席の冷暖房設備の設置は見送りだが・・・。新・国立競技場に関するニュースを聞いて引っかかる点はいくつもあるが、その1つは『当初は1,640億円とする案を検討したが、さらなるコスト抑制を図るため、観客席の冷暖房設備の設置を見送ることで上限額削減に踏み切った。』 という点である。『熱中症対策のための救護所を設置するなどして観客の体調管理に万全を期す方針』と報じられているが、これによって1,640億円から1,550億円にコストダウンされた。
当初の予定とは違って開閉式の屋根ではなくなったため、観客席に冷暖房設備を取り入れるのは相当に難しいというのは分かる。東京ドームや札幌ドームといった屋内の競技場はともかくとして、(豊田スタジアムなど開閉式のスタジアムで屋根が空いているケースを含めた)屋外のスタジアムで一般向けの席に冷暖房設備を設置していて、かつ、真夏に活用しているところがあるのか?というとそんな話は聞いたことがない。
なので、密閉空間でないのであれば、観客席の冷暖房設備の設置が見送られるのはごく当たり前のことである。豊田スタジアムなど国内のいくつかの最新鋭のスタジアムには観客席に冷暖房設備が取り入れられているが、大半の日本のスタジアムにはそんな設備は備わっていない。もちろん、観客席に冷暖房設備があれば少しは観戦が快適になるかもしれないが、無いことで文句を言う人は誰もいないだろう。
よって、この件は問題視されるような話ではないと思うが、逆に考えると「+90億程度で(屋外のスタジアムであっても)観客席に冷暖房施設を設置できる。」ということなので、実はもっと真剣に議論するべきところなのかもしれない。今現在そういう設備が取り入れられているスタジアムはほとんどないという話なので、どの程度の効果があるのかは分からないが、+90億程度であれば検討する余地はあるように思う。
■ 総工費を抑えることができたらOKなのか?当然のことながら、「予算内で建設する。」というのは大事なポイントの1つである。「コストがどの程度になるのか?」というのは新・国立競技場の建設といった大きな話だけでなく、どんな小さな仕事をする場合でも無視できない要素であり、最優先されるべき話の1つであるが、その一方で様々な部分を削った末に1,000億円程度の総工費で新・国立競技場が完成したらそれでOKなのか?というと全くそうではない。
サッカーファンであれば自明の話であるが、同じサッカー場であっても完成時の出来・不出来の差というのは非常に大きい。一番シンプルなのは市や県が所有する陸上競技場である。Jリーグの試合を開催するためには様々な条件をクリアしなければならないのでどのスタジアムも一定の基準は満たしているが、フクアリやユアスタなど評価の高い球技専用のスタジアムと収容人数が同じくらいでも臨場感は全く違ってくる。
屋根等も同様で「単純に雨を防ぐことができればOKか?」というとそうではない。例えば新潟市にあるデンカビッグスワンスタジアムはその名のとおり、少し離れたところからスタジアムを観ると白い屋根は白鳥が羽を広げているように見えるが、単に「雨で濡れるのを防ぐ」という意味だけでなく、非日常間を生み出しており、スタジアムの魅力度を引き上げる一因になっている。当然、集客力にも影響してくる。
■ どんなスタジアムが求められているのか?収容人数に関してはとりあえずとして6万8,000人という話であるが、将来のサッカー・ワールドカップ(W杯)招致も視野に入れて「客席増設で8万人にも対応できるようにする。」と報じられている。いずれにしても相当に収容人数の大きなスタジアムとなるが、○○スタジアムのようなピッチから遠くてスタンドの一体感が生まれにくいスタジアムが出来上がったとしたら新・国立競技場が集客で苦労するのは確実である。
現在、日本代表のW杯予選は埼玉スタジアム2002で行われることが多くなっているが、集客や利便性を考えると「東京都内で開催したい。」と考えている人は多いと思う。旧・国立競技場は極めてアクセスのいいスタジアムとして知られていたが、新・国立競技場が完成したら、都心からは離れている埼玉スタジアム2002ではなくて新・国立競技場で代表戦の多くが開催されるようになるのは間違いないだろう。
なので、「新・国立競技場がどうなるのか?」というのはサッカーファンにとってはかなり重要なことであるが、個人的には「都内に8万人規模で全天候型のスタジアムがあれば日本代表の強化という点で非常に大きい。」と思う。新・国立競技場には大きな期待を寄せたが、すでにマスコミの玩具になってしまった以上、多くのサッカーファンが望むようなスタジアムにはならないだろうと思う。その点は残念である。
もちろん、2,500億円はどう考えても高すぎるが、国立競技場が作られるのは「何十年に1回」というレベルである。多くのスポーツファンに愛される利便性の高いスタジアムが出来上がったらサッカーのみならず、陸上やラグビーなど含めた日本のスポーツ界にとっては大きな財産になると思う。お金のことを無視することはできないが、「どんなスタジアムが求められているのか?」を忘れずに議論を進めてもらいたい。
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