「一人の死は悲劇、百万人の死は統計」にする欧米マスコミ
Finian CUNNINGHAM
2018年10月31日
Strategic Culture Foundation
殺害されたサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギに専念する欧米マスコミ報道は「一人の死は悲劇だが、百万人の死は単なる統計だ。」という冷笑的な格言を証明している。
カショギがイスタンブールのサウジアラビア領事館で行方不明になって以来、四週間、事件は絶えず報道されている。これを過去四年間のイエメンにおける、サウジアラビアによる身の毛のよだつような戦争に関する、わずかな欧米マスコミ報道と比較願いたい。
サウジアラビアと湾岸諸国パートナーが、アメリカやイギリスやフランスの極めて重要軍事支援を得て、イエメンに仕掛けている戦争の結果による飢餓で、1600万人のイエメン人が死に直面していると国連が最近も警告した。今にも起こりそうなこの死亡者数に、欧米マスコミや政府はほとんど反応していない。
先週、アメリカが支援するサウジアラビア戦闘機による攻撃後、紅海のホデイダ港近くの野菜包装工場で、約21人のイエメン人労働者が殺された。またしても、欧米政府やマスコミからの激しい非難はほとんどない。
確かに、最近アメリカとヨーロッパの一部政治家が、サウジアラビアが率いる戦争を巡り、軽蔑と、人類に対する犯罪への欧米政府の有責性を表明している。
それでも、ジャマル・カショギ殺害に向けられる社会的関心と比べ、イエメンに関しては驚くほど冷淡だ。一人の人の運命が、これだけの感情や心配をかき立てられるのに、一方、イエメンの何百万人もの子供たちは“巻き添え被害”だと軽くあしらわれているように見えることが、どうしてあり得るのだろう。
サウジアラビア暗殺部隊によるカショギ殺害の状況が、容易に思い浮かべられるというのも、理由の一つだ。ワシントン・ポストで働いているジャーナリストという彼のコネも、他のマスコミからの大きな関心をひくことになっている。59歳の反体制派サウジアラビア人の写真と、トルコ人婚約者との来るべき結婚のための公式書類を取得しようと、イスタンブール領事館を訪れたという身の上話も人間味を加え、世間の共感を集めたのだ。
もう一つの要素は、サウジアラビア政権幹部の命令で活動していたように見えるサウジアラビア暗殺チームによる、彼を捕らえ、拷問し、遺体をバラバラにした背筋の凍るような策謀だ。カショギの遺体がまだ発見されていないことも、身の毛のよだつような話への興味を増している。
こうした人間的側面が、イエメンが負わされている膨大な苦難では、欠けていることが遺憾にも余りに多い。空爆で殺害された何千人もの子供や、病気や飢餓で亡くなっている何百万もの人々には抽象的現実しかない。
8月9日のスクールバスに対するサウジアラビア空爆で殺害された50人以上の子供たちのように、欧米マスコミが、まれな報道をする際も、依然、大衆は比較的無感覚だ。我々は犠牲者の名も知らされないし、ひどい運命の前の幸せな子供の写真を見せられることもない。
一人の死と何百万人もの抽象的な死との対照は 両事件の犯人が同じであるがゆえに、一層顕著になるが - それは、人の冷淡さだけが理由ではない。イエメンに関する報道のすさまじい欠如で、欧米大衆の感受性を、欧米マスコミが鈍らせる手口のせいだ。
イエメン人の苦難に自分たちの政府が直接関与しているのだから、欧米マスコミには喫緊の義務がある。もし欧米マスコミが、犠牲者の人間的詳細を、適切にもっと報道していれば、イエメンを巡るずっと激しい大衆の怒りや、正義への要求があったはずだと想像して良いだろう。少なくとも、サウジアラビアに対する兵器輸出停止という形で。カショギ事件を巡っては、そのような呼びかけがされつつある。同じ経済制裁や外交制裁の要求がイエメンに関してもなされるべきなのは確実だ。人々の大きな苦しみを考えれば、実際、何桁も大きな要求が。
過去四年間、欧米マスコミはイエメン大惨事報道では恥ずかしいほど職務怠慢をしている。最も卑劣な見出しの一つは、BBCのもので“忘れられた戦争”と書いていた。紛争は、BBCや他の欧米報道機関が、報道から常に外すと決めたがゆえに“忘れ去られた”に過ぎない。この怠慢は、ワシントンやロンドンやパリのサウジアラビア政権との美味しい武器貿易を駄目にしないためなされた“政治的”決定なのは疑いようもない。
“一人の死は悲劇だが、百万人の死は統計だ”という逆説と、この逆説を作り出す上での欧米マスコミによる極悪非道な役割を検討するための、もう一つの方法は、サウジアラビアで死刑判決に直面している人々の運命を検討することだ。
民主主義支持抗議行動参加者の女性、29歳のイスラー・ゴムガムの例を見よう。イスラーは、三年前、サウジアラビア君主制に反対する平和的抗議に参加したために逮捕された。彼女と夫のムサ・ハシェムは、いつ何時、斬首で死刑にされるか知れない。彼らの唯一の“罪”は、スンナ派王国に抑圧されているシーア派少数派の民主的権利を要求して、サウジアラビア東部州の都市カティフで、非暴力的街頭抗議行動に参加したことだ。
もう一つの例は、ムジタバ・アル・スウェイカトだ。やはり、サウジアラビア絶対支配者に反対する民主主義支持の抗議行動に関与したため、彼も斬首刑に直面している。彼の件で、実に遺憾なのは、2012年、アメリカ合州国の西ミシガン大学に留学するため出国しようとしていて、法的に未成年の17歳で逮捕されたことだ。
こうした人々が - そして、サウジアラビアの死刑囚監房にはもっと多くのそうした例があるが - カショギ殺害を巡る国際的非難を考慮して、サウジアラビア王政に赦免されるかどうかは明らかではない。彼らは一体いつ、公共広場にしょっ引かれ、頭を刀で切断されるかわからない。
片やカショギ事件、そして片やイエメンの膨大な人々の惨状に対する欧米大衆による反応の断絶を説明しようとする際、一人の死と百万人の死についての皮肉な格言を引合に出したくなるかも知れない。だが、その場合、イスラー・ゴムガムや、その夫のムサ、あるいは学生のムジタバ・アル・スウェイカトなどの人々の差し迫る死を巡る社会的関心の明らかな欠如は、一体どのように説明できるだろう?
人を鈍感にさせる抽象化の悲劇は圧倒的な人数のせいではない。それは主に、サウジアラビア政権の残虐さに関する、欧米マスコミによる意図的な省略や、より酷い虚報や、この政権がそうすることを可能にしている欧米政治と経済による決定的な支援のせいだ。
明白な断絶は、欧米マスコミによる組織的歪曲のせいなのだ。これは単なる欠点ではない。それは犯罪的共謀だ。
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いささか古い記事だが、ご寛恕願いたい。事態は全く変わっていない。
パギやんという方の「アベ・イズ・オーバー」という替え歌があるのを先程知った。
「元横綱夫妻が、参院選で激突」という日本劣等ぴったりの話題をみかけた。どちらも問題であっても、解答ではないだろう。維新を含む与党と一緒。
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