NHK宛てに 「ソウル中央地裁の元慰安婦損害賠償判決の報道についての意見・要望」を送った

2021年1月11日 
今日NHK報道局ニュース制作センター宛てに次のような意見・要望を送った。

NHK報道局 ニュース制作センター 御中
                                 醍醐 聰

   ソウル中央地裁の元慰安婦損害賠償判決の報道についての意見・要望

 1月8日、ソウル中央地裁は、日本軍元「慰安婦」被害者が日本政府に対して訴えていた損害賠償を認める判決を言い渡しました。これについて、NHKは同日のシブ5時、ニュース7、ニュースウオッチ9で、「国際法上、主権国家は他国の裁判には服さないのが決まりだ」と反発した菅首相の発言を論評抜きで伝えました。
 さらに翌9日の「おはよう日本」では「国際法の世界で『主権免除』の原則は常識中の常識であり、今回の判決は恥ずべきことだ」という日本政府関係者の発言を伝えました。
 しかし、日本政府が依拠する「絶対免除主義」は今日では国際法の常識どころか、「制限免除主義」に取って代わられつつあります。最高裁第二小法廷は平成18(2006)年7月21日に言い渡した判決の中で、外国国家は主権的行為以外の私法的ないし業務管理的な行為については特段の事情がない限り、主権免除されない、と判示しました。
  033348_hanrei.pdf (courts.go.jp 
 さらに、近年、国際法学界では、たとえ、外国国家の主権的行為であっても、他国または他国民に対する組織的で重大な人権侵害に当たる場合は、主権免除を認めるべきではないという見解が有力になっています。
 その理由として指摘されているのは、国家の主権的行為といえども国際法の最高強行規範(根源的な人権あるいは裁判を受ける権利)を侵害させるべきではないという議論です。

(主な参考文献)
・水島朋則『主権免除の国際法』2012年、名古屋大学出版会
・黒田秀治「外国政府による人権侵害と主権免除」(住吉良人編『現代国際社会と人権の諸相
 宮崎繁樹先生古稀記念』1996年、成文堂、所収)
・坂巻静佳「重大な人権侵害行為に対する国家免除否定論の展開」(『社会科学研究』2009年
 2月)
・山本晴太「日本軍『慰安婦』訴訟における主権免除」2019年5月
 http://justice.skr.jp/stateimmunity/stateimmunity-in-sexslave-cases.html 

 今回のソウル中央地裁判決が「本事件の行為は、日本帝国による計画的・組織的で広範囲な反人道的犯罪行為として、国際強行規範に違反するものであり、当時日本帝国によって不法占領中だった朝鮮半島内で、我が国民である原告に対して行われたものとして、たとえ本事件の行為が国家の主権的行為だとしても、主権免除を適用することはできず、例外的に大韓民国の裁判所に被告に対する裁判権がある」と判断したのは、上記のようなわが国の国際法学界の流れとも符合するものであり、非常識でもなんでもありません。「恥ずべき」という言葉をあてがうなら、こうした国際法の判例や学説の流れを知らないかのようにソウル中央地裁判決に高圧的な態度をとる日本政府に向けるべきです。

 NHKは、このような場合こそ、日本政府の主張を鵜呑みに拡散するのではなく、自立した取材と調査をもとに、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めた「放送法」第4条第1項第4号、ならびに、「意見が対立している裁判や論争になっている問題については、できるだけ多角的に問題点を明らかにするとともに、それぞれの立場を公平・公正に扱う」と定めた「NHK放送ガイドライン 2020」を厳守するよう、強く求めます。

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上記の文中にURLを付けた以外の参考資料
 ・ソウル中央地裁判決要旨(詳細版) 
  (読売新聞on Line 2021/01/09/05:00)
  https://www.yomiuri.co.jp/world/20210108-OYT1T50238/
 ・わが国では近年、駐留米軍の不法行為の裁判権等についても主権免除の否定を求める
  訴訟や学説が広がっている。参考文を1点のみ。
   長尾英彦「駐留米軍と主権免除の原則」『中京法学』2004年
   https://irdb.nii.ac.jp/01444/0000819252
   

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健康で文化的に生きる権利の平等のために~2021年 新年にあたって~

                      新 春

                    2021年 

             皆さまのご健勝をお祈りいたします。 
              本年もよろしくお願いいたします。

 

 晴れがましい新年の言葉が不似合いなコロナ禍の越年。
 年越しの食料を求める人々の集まりが各地で見られる一方、誰にも助けを求めず、社会から消えていく困窮死、孤独死、餓死のニュースを聞くたびに、私が生まれて間もない日に、皇居前広場に25万人が集まって開かれた飯米獲得人民大会(通称、「食糧メーデー」の熱気を思い起こします。
 
 意気込んで新年の抱負を話す年齢ではなくなりましたが、誰もが平等に文化的で健康な生活を送れる社会のインフラとして、あるべき税財政とはどのようなものなのか、考えていきたいと思っています。

 具体的には、一昨年、昨年に続き(注1)、富の社会的再分配の実行のために避けて通れない富裕税(個人)と留保利益税(法人)の創設に寄与できる研究を進めたいと思っています。
 また、昨年は日本銀行のバランスシートを用いて、異次元金融緩和を批判的に評価する小論をまとめましたが(注2)、今年は、コロナ禍を尻目に高騰を続ける株価を下支えしている日銀のETF(上場投資信託)購入の危険な罠を解き明かす研究も手掛けたいと思っています。

 本年もよろしくお願いいたします。


(注1)
・醍醐聰「いかにして内部留保を社会に還元させるのか~~富を再分配する税制の提言~」『全労連月報』2019年6月号、1~11ページ。
・醍醐聰「コロナ禍における財源問題を考える」国公労連情報誌『KOKKO』2020年11月号、30~48ページ。

(注2)
・醍醐聰「日銀のバランスシートを活用した異次元金融緩和の政策評価」『会計理論学会年報』第34号、2020年、所収、9~18ページ。

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「我今何ノ目的ヤアリテ此ノ地ニアル」~「餓死の島」(2020年8月20日 ニュース・ウオッチ9)を視て(1)~

2020年8月24日

”見捨てられた餓死の島” メレヨン島で
 
この夏のテレビは、NHKも民放も、”戦後75年”にちなんだ多くのドキュメンタリー番組を放送した。定時のニュース番組でも、10分前後と短い時間ながら、戦後75年にちなんだ貴重な特集を放送したが、ドキュメンタリー番組ほどには多くの人の目にとまらなかったのではないかと思う。

 そこで、その一つとして、8月20日のNHKニュース・ウオッチ9が約10分間、放送した、「餓死の島 強いられた飢えとの闘い」を原稿に起こした。
 特集のテーマは第二次大戦末期に、”見捨てられた餓死の島”と言われる南洋群島・メレヨン島で、飢餓の生死をさまよった日本兵の体験である。島からの生還者が記した記録や研究文献があるが、ひとまず、原稿起こし冒頭の和久田アナの説明とその後のナレーションで概要をご覧いただきたい。
続稿では、メレヨン島で起こった過酷な現実が意味したことを、いくつかの文献を基に考えた
い。

「終戦から75年 餓死の島」 原稿起こし

(和久田アナ)
 およそ230万人の軍人・軍属が戦死した先の大戦。その4割から6割が餓死だったと言われています。そうした戦地の実態を象徴する場所があります。小さな島が点在する南洋群島メレヨン島。日本軍およそ6500人のうち4800人が死亡し、そのほとんどが餓死でした。

(有馬キャスター)
 太平洋の小さな島でいったい何があったんでしょうか? その過酷な日々を記した新たな資料が見つかりました。島からの生還者に話を聞くことができました。

<字幕 “餓死の島” 語る新資料と証言>

(ナレーション)
 柿本胤二(たねじ)さん。99歳。メレヨン島から生還した元軍人の一人です。23歳の時、メレヨン島防衛のため島に渡り、厳しい飢えとたたかってきました。

(柿本)
 1年近く、じわじわと腹が減ってきて食べたいものが食べられない。

(ナレ)
 柿本さんは壮絶な経験を忘れることができず、およそ20年前から自らの体験を絵に残してきました。横たわっているのは餓死した仲間。点々と列をなすアリが遺体に群がっていました。

(柿本)
 人間ってこんな死に方させたくない。かわいそうに。

(ナレ)
 悲劇の始まりは戦況が悪化した昭和18年。日本軍はアメリカ軍の攻勢に対し、絶対国防圏を設定。メレヨン島にあった滑走路を守るため、柿本さんらおよそ6500人が送り込まれ、アメリカとの決戦に備えました。
 アメリカ軍はメレヨン島の滑走路を爆撃。島には上陸せず、向かった先は日本が絶対国防圏の要としたサイパンでした。昭和19年7月、サイパンが陥落するとメレヨン島は補給路を断たれ、食糧などを受け取ることがほとんどできなくなりました。いわば“見捨てられた島”となったメレヨン島。残された兵士たちを待っていたのは飢えとのたたかいでした。柿本さんは食糧を求め、密林の中を歩き回る日々を送っていたと言います。

(柿本)
 毎日朝起きて自分で自分の食い物探すんだが、軍が何も食べるものないんだから。配給もない。ネズミの頭からかじって口の中でネズミの牙が残るでしょう。結構かたいんだ。それを出しながら、ネズミを焼きながら食ったもんですね。

(ナレ)
 兵を輸送する船もなく、島から脱出することもできませんでした。補給路を断たれて半年が経つと貴重な栄養源だったトカゲやネズミも途絶し、餓死者が続出します。
 今回、現地で書き綴られた新たな資料が見つかりました。柿本さんとは別の部隊にいた松良佐太郎曹長。見捨てられた島の実態を克明に記録し続けていました。
  「胸部ノ骨ハ次第ニ溝ヲ深クシ手足ハ日ヲ加フル毎ニ細クナル」
  「栄養失調症ニテ次々ト死亡」
  「我今何ノ目的ヤアリテ此ノ地ニアル」
                         <昭和19年12月8日>

(ナレ)
 精神的に追い込まれる軍人の姿も記されていました。
  「食糧不足が極限に達し、全般の状況を悲観。手りゅう弾による自殺であった。」
                         <昭和20年1月8日>

(ナレ)
 昭和20年になると日本本土への爆撃が本格化。沖縄にはアメリカ軍が上陸し、激しい地上戦が行われていました。一方で、戦闘が行われていなかったメレヨン島では、限られた食糧をめぐり、秩序が崩れていったといいます。

(柿本)
 歩兵の中隊長が大隊長の畑に(盗みに)忍び込んで捕まって銃殺ということになった。まあ、人間の一番最低のところを見せつけられた。

(ナレ)
 松良曹長の日記にも将校たちへの強い不満が綴られていました。
  「将校は下士官、兵に比して遥かに多量の給與を受け」「下士官、疲労の度増大し活気なし」  
                        <昭和20年1月12日>
  「将校のみ元気なるを以てかっ歩す」     <昭和20年1月22日>

 

(ナレ)
  見捨てられた島の実態を克明に記した松良曹長。戦後、家族に語った音声が残されていました。
  「人間死ぬか生きるかの境だと どういうことをするか わからんのや。これが何の地獄というかの。」

<昭和20年8月15日>
 「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び・・・・」(音声)

(ナレ)
 メレヨン島に部隊が派遣されてから1年4か月後。日本は終戦を迎えました。
 飢えとのたたかいを強いられた柿本さんの部隊。26人のうち生き残ったのはわずか3人でした。戦後、地元札幌に戻り、3人の子供に恵まれた柿本さん。自宅には亡くなった仲間を悼む位牌が置かれています。

(柿本)
 お袋に(自分が)飢え死にしたことは決して言わんでくれというやつもいましたね。
 “天皇陛下万歳“って言って死んだ人は知らんですね。
 死にたくて死んでるわけではない。理不尽に死んでいるわけですよ。

(ナレ)
 国を守るためと戦地へおもむいた仲間たちがなぜ飢え死にしなければならなかったのか。75年経った今もその答えを見つけられずにいます。

(和久田アナ)
 理不尽な死とおっしゃっていたことがすべてを表している気がしますね。極限の状態にまで追いつめられて人間らしい死を迎えることが許されない。これが戦争なんだということを改めて突きつけられました。

(有馬キャスター)
 さきほど飢え死にしたことは家族に知られたくないって話、柿本さん、おっしゃってましたけど、実は柿本さん自身は見捨てられた島のこと、自分たちに何があったかを広く皆なに知ってほしいと話しているということでした。
 史実を知ること。今を生きる私たちの責任だと思いました。

 

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GO TO キャンペーンの前倒し実施決定をめぐる初動報道モニター・メモ

2020年7月16日

感染拡大と逆向きの行動緩和

 7月10日、政府はコロナ感染拡大抑止策として要請してきたイベントの入場制限を1000人から5000人に緩和した。これを受けて、10日、プロ野球やサッカー・リーグ戦はそれまでの無観客試合から観客入り試合に切り替えられた。
 同じ日、赤羽国交大臣は記者会見で、新型コロナで苦境に立つ事業を支援する「GO TO トラベル」事業を、当初予定していた8月上旬開始を繰り上げて、7月22日から開始すると発表した。

 しかし、その7月10日、東京都では感染者数が243人と過去最多を更新、二日連続で200人を超えた。この日、埼玉県では44人、神奈川県では32人の感染数が報告された。全国合計でも、7月10日には感染者数が400人を超え、2ケ月半ぶりの数になった。

 このような感染拡大状況の中で、政府が行動制限緩和に踏み切ったことについて、7月13~14日になって、地方自治体の首長の中から、「この時期に全国一斉にスタートするのはいかがか。経済には資すると思うが手放しで喜べない」(吉村山形県知事)、「感染が拡大すれば人災以外の何物でもない。市民の我慢をぶち壊すのか」、「エリアを絞り、感染拡大を念頭に置いた上での部分実施が望ましい」(宮下青森県むつ市長)、「今まで我慢してきたことが全部水泡に帰す」(仲川元庸奈良市長)などと、批判や懸念の声が起こった。

 では、メディアは、この問題をどのように伝え、解説したか? 
このモニターでは、7月10日当日夜のテレビ報道と、翌11日の全国紙の報道をモニターした。

全国紙の7月11日朝刊は行動緩和をどう伝えたか

 7月11日の各紙朝刊を調べると、次のとおりだった。

『読売新聞』
「『Go Toキャンペーン』大幅前倒し、22日から…既に予約の旅行も補助対象」
(『読売新聞オンライン』2020年7月11日、07:02)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20200710-OYT1T50177/
 「国交省はこれまで、『8月の早い時期』の開始を目指していたが、早期実施を求める声が業界関係者から多く寄せられたため、大幅に前倒しした。赤羽氏は、『安全安心が大前提。感染状況を踏まえながら準備を進める』と述べた。
  運営を担う事務局は、日本旅行業協会やJTBなど旅行関係7団体で作る『ツーリズム産業共同提案体』を選定した。ホテルの業界団体など7団体も協力団体として加わる。委託費は1895億円で、公募時の上限2294億円より約400億円少なくなった。」
と伝え、事業の早期スタートを求める業界の声を伝えたが、懸念の声は伝え
ず、同紙としての解説もなかった。

『朝日新聞』
「感染拡大、進む緩和 東京243人、連日最多更新 新型コロナ」
(『朝日新聞』7月11日朝刊、1面トップ)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14545337.html?iref=pc_ss_date
 この記事では、全国知事会、大野埼玉県知事、東京医師会の感染拡大への懸念を紹介したが、踏み込んだ解説はなかった。

他方、『朝日新聞』は同日朝刊の3面に、「経済再開進向けれど・・・感染拡大は大丈夫? 知事ら『対応、国が責任もって』」という見出しの大きな記事を掲載した。ただし、同紙独自の解説・論評はなかった。

『毎日新聞』
「感染拡大懸念でも…「Go Toトラベル」7月22日開始 観光庁」
(『毎日新聞デジタル』2020年7月10日、22時24分)
https://mainichi.jp/articles/20200710/k00/00m/010/277000c
              ↓
上の記事は、見出しを「東京 感染243人最多更新 感染増加も ステップ3で行動緩和」と改め、内容もかなり改められて、7月11日の一面トップ記事として掲載された。
 ここでは、Go To キャンペーンが前倒しで実施されることになった経緯、クーポンの仕組みなどを解説した後、「東京都内の感染者数が相当増え、政府や都が対策を打てていない中での旅行キャンペーンは急ぎすぎだ」という、けいゆう病院(横浜市)の菅谷医師のコメントを掲載した。

『産経新聞』
「『Go To ラベル』7月22日から前倒し実施へ 半額相当を政府が支援」
(『産経ニュース』7月10日、17時35分)
 https://www.sankei.com/economy/news/200710/ecn2007100022-n1.html

 記事は、このキャンペーンのクーポンの仕組み、予約の仕方などの解説がほとんどで、「当面は旅行後に還付を申請する必要があるなど手続きは複雑で、混乱も予想される」と指摘するにとどまっている。

 全体として、各紙はGo To キャンペーンの解説が主で、コロナ感染が拡大する中での行動緩和に対する一部の懸念を控えめに紹介するにとどまった。

7月10日夜のテレビ報道は行動緩和をどう伝えたか

NHKニュース7
 折からの大雨による被害と被災地救援の状況の報道に半分近く(13分19秒)の時間を充て、中国における言論統制の実態レポートに4分07秒を充てた。
 その間に挟む形で、「東京243人、神奈川32人」、「制限緩和の考え、変わらず」というタイトルでイベント人数制限の緩和、Go To キャンペーン前倒し実施の政府方針を6分06秒間で伝えた。
 その中で、「直ちに緊急事態宣言を発出する状況に該当するとは考えておらず、感染防止策をしっかりした上で、イベントなどの制限緩和を実施する考えに変わりはない」という菅官房長官の発言、あるいは、「国民にはコロナ禍の影響を受けつつも、旅行への大変な熱い思い、熱い期待がある」という赤羽国交大臣の発言を伝えた。
 しかし、こうした発言に対する番組としての解説はせず、外部の識者等にコメントを求めることもなかった。
 そして、このコーナーは、次のようなナレーションで締めくくられた。
「夏休みシーズンを前に、打撃を受けた消費などを喚起する一方、感染拡大を防ぐ対策をどう図っていくのか、再び、むずかしい局面を迎えています。」

「むずかしいかじ取りを迫られています」というNHKがしばしば使う、安全運転の締め言葉と同類の無難さ第一の結びだった。

NHKニュース・ウォッチ9
 菅官房長官の発言、行動緩和への期待と不安を語る街の声やスポーツイベント来場者の声を伝えた点は、ニュース7と同じだった。
 ただし、ニュース7にはなかった、行動緩和を懸念するコメントも次のような形で伝えた。

街の声の一つとして:
 「また増えたな。この時に5000人のイベントがオーケーになるのは、ちょっ
 とおかしい」

東京医科大学・濱田篤郎教授へのインタビュー:
 有馬「(緊急事態宣言を)再び出す事態ではないと、正しく怖れよと言いますが、私たちは243人という感染者数をどう怖れればいいのか?」
 濱田「夜の街を差し引くとしても多いことは確か。どこでかかったかわからない方も多くなっている。夜の街から市中感染に移行してきている可能性がある。不要不急の外出はされない方がいいのではないか。」
 有馬「感染予防に注意しないといけない一方で、経済活動は段階的にどんどん自粛が緩和されている。このちぐはぐな感じに不安を感じるわけですよね。」

 慎重な言い回しながら、「ちぐはぐ感」を伝える気持ちをにじませた番組と思えた。

報道ステーション
この日、東京都の感染者が243人となったこと、それを受けて小池都知事が「新しい日常の徹底」、「新しい日常への協力」、「新しい日常を作っていく」と語ったことを紹介。
また、東京都医師会が、地域を限定した補償付きの休業要請を行うよう提言したこと、「感染は夜の街の外にも広がっている」という大田区大森区医師会長の見方を伝えた。

続いて、スタジオからの都医師尾崎会長へのインタビューは、「2つの対策(地域限定の補償付き休業要請、休業中のPCR検査の徹底)をとれば、人の流れを止めることはない、ということですね」という富川悠太アナの発言で締めくくった。

その後、スタジオからは野村修也氏が解説したが、国・都・区の総合調整の必要性を説いたもので、感染が再び広がる中での行動緩和について言及はなかった。

TBSニュース23
 東京都ほか、全国的にコロナ感染者が拡大している状況とそれに関する解説を10分35秒にわたって伝えた。
 まず、小池都知事が感染拡大について「さらに警戒が必要な段階にある」と語り、山中伸也、西浦博氏が感染拡大に強い警戒感を語ったことを紹介。
 番組はこのあと、スタジオで、山本恵里伽アナが堤伸輔さん(BS-TBS「報道1930」コメンテ-ター)に聞くという形で進行した。

 山本「全国的に感染が増えていく中でGo To キャンペーンが始まるんですよね。」
 堤 「4月末の第一次補正予算の審議のさなかに、安倍首相が『将来の灯火となるよう政策もしっかり打っていく』という言葉、これに私は驚いたんです。なぜかと言うと、緊急事態宣言のさなかですよね。その頃は、たとえば、医療機関がみなひっ迫して、たとえば、エコモという人口心肺装置が足りないんじゃないかとか、OCUが不足するんじゃないかとか、そういう話をしている真っ只中に、将来の旅行やイベントなどに行くための補助を考える、しかも、1兆7000億円という巨額の予算をつぎこむということに、ある程度、収束のめどが立ったなら、それも、もちろん、やるべきだと思うんですけれども、まだ、全然、そういう状況でないなかで、そういう話を国会審議で総理大臣がしたことに私は、正直、ずっこけました。」
 山本「さらに、このタイミングで前倒しということなんですよね。」
 堤 「そうなんです。・・・感染がいま、全国でも都でも拡大しているなかで、いわば、リスク拡大の中で、リスクをさらに拡大させかねない政策を打ってしまう。そのことについて、なぜ、それをやってもいいのかという説明がまったくされないまま、発表した国交大臣は、専門家の意見も聞きながら、国の政策もみながら、前倒しするという、それだけしか言っていないわけですね。
 これ、もし岩手県に今、感染者が出ていませんけれども、旅行会社は客を送り込めるんでしょうか? 迎える人たちは、どういう心境になるのか、そういうことについて何の説明もせずに、政策を前倒しするというのは、それこそ、『灯火』かずっと続く、何も考えていなさを感じますね。」

まとめの感想

今(7月15日)でこそ、かなりの自治体首長や専門家の間から、前倒しまでしてGo To キャンペーンをスタートさせようとする政府・国交省の方針に疑問、批判が広がっている。
しかし、7月10日の時点で、一日ごとの感染状況を見ながら、Go To キャンペーンの前倒し実施決定や、イベント開催の規制緩和の可否について、踏み込んだ評価をするのは難しいのが実情だったと言えなくはない。全国紙が強弱はあれ、政府方針に踏み込んだ論評を控えたのは、そのような事情によるものと考えられる。

しかし、東京都では、アラートを解除して以降、新規感染者がじわじわと増加し、小池都知事が、PCR検査を増やしたためとか、夜の街に限られたクラスター発生が主因と説明した7月10日の段階で、毎日の感染者数は100人台で推移し、市中感染に移りつつあるという見方が出ていた。また、それに引きずられるかのように、隣接する神奈川、埼玉、千葉県でも感染者が増加していた。
さらに、7月10日の時点で、感染は、大阪府をはじめ、地方にも拡散する状況になっていた。
しかし、政府は、こうした時期にも、「感染防止と経済活動の再開の両立」を触れ込みにしながら、緊急事態宣言を再度、発令するつもりはないと断言し、経済活動再開に軸足を移しつつあったことは、まぎれもない事実である。

7月10日の時点での状況を踏まえると、経済優先に向かいつつあった政府方針について、メディアは、もっと踏み込んだ論評や警鐘を掲げて然るべきだった。
この点で、7月10日のNHKニュース7や『産経新聞』が、Go To キャンペーンのPRとさえ思える解説にかなりの時間や紙面を割き、イベントの自粛緩和を待ちわびたファンの声を伝える一方で、行動緩和に警鐘を鳴らす専門家のコメントを全く紹介しなかったのは、不明のそしりを免れない

これに対して、7月10日のニュース23、特にその中の堤伸輔コメンテーターの解説は、状況判断を誤った政府方針、前のめりのGo To キャンペーンが感染を拡散させる危険性に鋭い警鐘を鳴らしたものとして高く評価できると思えた。 

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「改めて森下俊三氏の経営委員辞任と議事録の一般公開を要求する」~昨日、23の市民団体の連名で提出~

2020年7月7日 

情報公開審議委員会の答申にも応じないNHK経営委員会の異常
 NHK経営委員会は、2018年10月23日の会合で、かんぽ商品の不正販売を告発した「クローズアップ現代+」に逆切れした日本郵政からの不当な干渉を取り次いで、あとうことか、NHK会長に「厳重注意」をした。
 しかし、経営委員会は、これまで、不条理かつ前代未聞の決定がなぜ強行したのかを視聴者に説明するための「議事録」の公開を拒み続けている。
 たまりかねて、『毎日新聞』が情報公開制度を利用して、上記の会合の議事録の開示を請求したが、経営委員会は、これにも応じなかった。
 そこで、『毎日新聞』は、NHK情報公開・個人情報保護審議員会」(以下、「審議委員会」と略す)に不開示の再検討を求める申し立てをしたところ、審議委員会は、今年の5月22日に、申し立てを認め、NHK(経営委員会)に議事録、配布資料の全部を開示するよう、答申した。
 答申の全文は次のとおり。
 https://www.nhk.or.jp/koukai/condition/toshin/798.pdf

 経営委員会は、これまで、委員相互の自由な意見交換を可能にするよう、議事録を公表しないと申し合わせて議論をしたから、公表できないと突っぱねてきた。
 しかし、審議委員会は、上記の答申で、公共放送の監督機関としての視聴者・国民に対する説明責任から考えて、このような経営委員会の言い分は通用しないと一蹴した。
 ところが、答申が出てから、経営委員会は3回の会合を開いたが、いまなお、答申を受け入れるに至っていない。

「議事全容」で明白になった森下俊三氏の違法な番組干渉、問われる責任 
 そこで、「『毎日新聞』は独自の取材で得た資料をもとに、会長厳重注意をした経営委員会の「議事概要」を、発言者も明記して(ただし、経営委員長、同代行者いがはA~Gのイニシャルで表記)、6月29日の朝刊で詳しく伝えた。
 これを読むと、森下経営委員長(当時は委員長職務代行者)は、「今回の番組の取材は極めて稚拙で、取材をほとんどしていない」と番組編集と一体の取材をあからさまに攻撃すると同時に、「郵政側が納得していないのは取材内容だ。納得していないから、経営委に言ってくる。本質的なところはそこで・・・」と発言している。
 これは、森下氏が、「クロ現+」の取材に踏み込み、あからさまに攻撃する発言を、NHK会長も加わった正規の会合の場で、していたことを示す何よりの証拠であり、「放送法」第32条に違反するものであったことは、明らかである。

 また、他の経営委員の中にも、森下氏ほどあからさまでないにせよ、同じように「クロ現+」の取材、編集に干渉する発言をしていたことも判明する。そして、今日(7月7日)の会合で経営委員会は、再度、議事録公開問題を議論するとみられている。
 そこで、各地の23の視聴者・市民団体は、これに合わせて、森下俊三氏と経営委員会宛ての3項目の申し入れをまとめ、昨日(7月6日)、NHK元プロデューサーのMさんと私が渋谷のNHK放送センターに出向き、経営委員会事務局副部長と面会して、「改めて森下俊三氏の経営委員辞任と議事録の一般公開を要求する」と題した文書を提出した。
 その際、当方の要望を受けて、副部長は、この申し入れ文書を今日のうちに全経営委員に届けると語った。以下は、申し入れ文書の全文。

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                            2020年7月6日 
NHK経営委員会委員長 森下俊三 様
NHK経営委員会委員 各位

   改めて森下俊三氏の経営委員辞任と議事録の一般公開を要求する

   NHKとメディアを考える東海の会/NHK・メディアを考える京都の会/
   NHK問題大阪連絡会/NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ/NHK
   とメディアを語ろう・福島/NHKとメディアを考える会(兵庫)/表現の
   自由を市民の手に 全国ネットワーク/NHK問題を考える岡山の会/NH
   K問題を考える会・さいたま/時を見つめる会/NHKを考えるふくい市民
   の会/日本の政治を監視する上尾市民の会/マスコミを語る市民の会(宮
   城)/政府から独立したNHKをめざす広島の会/NHK問題とメディアを
   考える茨城の会/NHK問題を考える奈良の会/NHKを考える福岡の会/
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   る権利を守る長崎市民の会/「日本郵政と経営委首脳によるNHK攻撃の構
   図を考える11.5シンポジウム」実行委員会
    (2020年7月5日、12時30分現在)

 (1)『毎日新聞』は6月29日の朝刊で、NHK経営委員会が上田良一会長(当時。以下、役職名はすべて当時)を厳重注意した2018年10月23日の会合の「議事全容」を掲載しました。
 これは、正規の議事録ではありませんが、『毎日新聞』NHK問題取材班が「複数の関係者」への独自の取材に基づいてまとめたもので、信憑性が極めて高い内容と考えられます。
 「議事全容」を一読して、際立つのは、森下経営委員長代行者が石原進経営委員長とともに、経営委員の個別の番組への干渉を禁じた「放送法」第32条を蹂躙する発言を繰り返し、会長厳重注意に至る議事を強行した実態です。
 その最たるものは、森下氏が、「今回の番組の取材は極めて稚拙で、取材をほとんどしていない」(注1)と番組編集と一体の取材をあからさまに攻撃すると同時に、「郵政側が納得していないのは取材内容だ。納得していないから、経営委に言ってくる。本質的なところはそこで・・・」と語ったくだりです。
 これは、森下氏が、ガバナンス問題よりも取材を問題視し、個別の番組の編集に踏み込み、干渉する認識と意図があったことを示す何よりの証拠であり、森下氏の一連の発言が「放送法」第32条に違反するものであったことは、もはや弁明の余地がありません。

(2)さらに、森下氏のみならず、現在も経営委員にとどまっている他の数名の委員が、個別の番組の取材・編集に干渉する発言をしていたことも見過ごせません(注2)。「クレームへの対応というより、番組の作り方で若干、誤解を与えるような説明があった」、「番組の作り方に公平さを欠く要因がなかったか」、「こういう問題では〔経営委も〕番組内容に踏み込まざるを得ない」といった経営委員の発言も、個別の番組への干渉を禁じた「放送法」に抵触することは明らかです。

(3)経営委員会が、会長厳重注意に至る議事録を全面開示するよう促した「NHK情報公開・個人情報保護審議委員会」(以下、「審議委員会」と略す)の道理ある答申にいまだに応えない間に、メディアが独自取材をもとに議事録に極めて近いやり取りを「議事全容」と題して報道したことは、情報公開の責務を果たさない経営委員会の背任を改めて浮き彫りにしたものです。
 とりわけ、森下氏が、「放送法」第41条で議事録を遅滞なく公表する任を負わされた委員長の職責を省みず、「審議委員会」によって、事実上、ことごとく退けられた「経営委員会議事運営規則」に固執して、2018年10月23日の会合の議事録の公表を拒み続けてきている責任も重大です。
 これによって、森下氏が経営委員会に対する視聴者、広くは社会の信頼を失墜させたことは、重大な背任と言わなければならず、もはや、森下氏に残された道は経営委員長の辞任にとどまらず、経営委員を引責辞任する以外、ありません。
 そこで、私たちは以下のことを申し入れます。

                       申し入れ

 〔1〕森下俊三氏は、「放送法」第32条を蹂躙する発言を繰り返すとともに、2018年10月23日の経営委員会議事録の公表を拒み続け、経営委員会が会長厳重注意という極めて異例の決議をした経緯の説明責任を果たさなかった責任を取って、直ちに経営委員を辞任するよう、重ねて要求する。

 〔2〕経営委員会は「審議委員会」の道理ある答申を尊重して、開示の請求があった2018年10月23日の経営委員会議事録と配布資料を直ちに開示するとともに、それを経営委員会のHPにも掲載して、一般に公開するよう、重ねて要求する。

 〔3〕2018年10月23日の経営委員会で、複数の経営委員が、森下氏ほど露骨ではないにせよ、委員が個別の番組の編集に干渉することを禁じた「放送法」第32条に抵触する発言をしたことも重大で、これら委員も猛省が必要である。この先の経営委員会で反省・自戒の意思を表明し、それを議事録に記載するよう、求める。
                                 
                                       以上

 (注1) 『毎日新聞』も記事の注記で指摘し、経営委員Bも発言しているように、実際には、番組取材陣はネットで情報を寄せた現・元郵政職員や郵政グループ幹部、さらには不正な契約をさせられた高齢者等に取材をしています。「稚拙」というなら、こうした事実を確かめもせず、NHKの取材のあり方を一方的に攻撃した森下氏こそ稚拙です。

 (注2)石原経営委員長は2018年4月に放送された番組やネットの動画で「詐欺」「押し売り」といった言葉が使われたことに非常に抵抗感があると発言しています。
 しかし、番組では、「ノルマに追い詰められ、お客様を詐欺まがいで契約させるパターンはしょっちゅう見ます」(現役郵便局員Eさん)とか、解約すれば損失が出ることを告げずに解約させる「契約のころがし」や保険を貯金と誤認させるような説明など、「郵便局というだけで高齢者の場合、だましやすい」(元郵便局員Bさん)といった証言を伝えています。
 こうした日本郵政の営業手法を「詐欺」「押し売り」と表現するのは実態を端的に伝える言葉であり、これに抵抗を感じる石原氏の感覚こそ、歪んでいます。

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トマス・ジェファーソンにおける黒人問題

2020年6月27日

 一つ前にアップした映画「ハリエット」の鑑賞記を書いている途中で、「NHKは何を間違ったのか NHK動画に厳しく抗議 偏った黒人像を作った『400年制度化された差別』」 (『毎日新聞デジタル』2020年6月24日)を見つけた。
https://mainichi.jp/articles/20200623/k00/00m/030/330000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=2020062

 毎日新聞統合デジタル取材センターの記者國枝すみれさんが、米国研究者坂下史子さん(立命館大学教授)に聞くという形式で書かれた記事である。

番組本体にも偏見が 
 興味深かったのは坂下さんが、6月7日に放送されたNHK「これでわかった!世界のいま」は、黒人アニメの部分だけが問題ではなく、番組本体にも、米国警官による黒人殺害が「400年制度化された黒人差別」(奴隷制度、人種隔離、リンチ、警察の暴力、刑務所への大量送還など)に基づくものだという視点が欠けていた、と批判している点である。
 こうした米国社会で歴史的に形成された黒人に対する構造的差別への視点を欠き、黒人が怒る本当の理由を説明しないまま、今回の黒人殺害事件を、「筋骨隆々の〔黒人〕男性を登場させ、『粗野で、怒りのコントロールができない』という黒人に対する否定的な固定観念とくっつけてしまった」点に番組全体の大きな弱点があった、それが今回の抗議デモの深層を伝えない偏向につながった、と坂下さんは述べている。重要な指摘と思えた。

トマス・ジェファーソンの黒人像  

 さらに、私が注目したのは、坂下さんが上のような黒人に対するアメリカ社会の構造的差別を表す事例として、トマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson、1743∼1826年)の黒人像を挙げて次のように述べた箇所である。

 「独立宣言の主な起草者で、のちに第3代大統領となるトマス・ジェファーソンは建国直後の1785年に出版した書物の中で、黒人について,『肌が黒いので美的に劣る。暑さに強く、睡眠を必要としない。悲しみはすぐに忘れる。愛情よりも欲情から女性を求める。理性で劣る』などと主張しました。黒人は白人より劣っているので奴隷から解放することは難しい、と結論づけた。彼は南部の大農園主で奴隷を多く所有していましたから。」
 (注) トマス・ジェファーソンの履歴については次のサイトでまとまった説明がされている。
   <世界史の窓>「ジェファーソン」
    https://www.y-history.net/appendix/wh1102-026.html

 坂下さんのジェファーソン評はこれだけだが、上の指摘に続けて次のように述べている。

 「1808年に奴隷貿易が廃止されると、新たな奴隷を『輸入』することができなくなった。そうなると、国内で〔奴隷を〕増やすしかない。・・・・白人所有者は重労働に耐えられる体の黒人男性を、複数の黒人女性と関係させ、子供を産ませました。『血統書つき』の『種馬』のように扱ったのです。『動物的で筋骨隆々、精力絶大』などの黒人男性のステレオタイプはこうして生まれたのです。」

 黒人を文字通り「物扱い」するアメリカの奴隷主の思考を雄弁に伝え一文であるが、調べていくうちに、ジェファーソン自身も、「種馬」扱いではなく、なにがしかの「愛情」が交差していたにせよ、自分が「所有」し、農場で働いていた黒人女性サリー・ヘミングス(Sally Hemings, 1773∼1835年)との間に5人の子供をもうけていたことが知られている。

ジェファーソンをめぐる黒人女性~石田依子さんの探求~ 
 この事実を、徹底的に実証した研究として、石田依子「失われた真実のアメリカ史を求めて」『大阪商船高等専門学校紀要』2003年、があることを知った。 
 ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/on/file/214/.../OS10036000016.pdf

 この論文で、石田さんは、ヴァージニア大学の遺伝子学者らがジェファーソンとヘミングスの「愛情関係」の真偽を科学的に確定しようと、2人の子孫のDNA鑑定を試みた結果、1998年11月、両者が一致したことから、2人が子供をもうけていた可能性が高いと指摘している(DNA鑑定の詳細は石田論文の97∼101ページに書かれている。) 

 しかし、石田さんの関心はその先だった。

 「自己のプランテーションで235人もの黒人の『不可侵の権利』を剥奪しておきながら、どうやって彼は『人間は不可侵の権利、幸福の追求を与えられており・・・』などと書くことができたのか」(101ページ)。

 この疑問を解く手がかりとして、石田さんは、たぶん、前記の坂下史子さんが紹介したのと同じ、ジェファーソン稿の『ヴァージニア覚書』(1785年)の一節を原文で紹介している(101ページ)。しかし、ジェファーソンがヘミングスを「種馬」扱いしていたとは言えない、と石田さんは次のような事実を挙げている。
 つまり、ジェファーソンはヘミングスとの生前の約束どおり、5人の子供たちが21歳になる頃に全員を奴隷の身分から解放したからである。次男と長女は記録の上では「逃亡」となっているが、ジェファーソンは、ヘミングスの子供たちが「逃亡」する時、馬車を用意し、金銭まで持たせたからである。

 ただし、石田さんは、こうした事実を正当に評価しながらも、ジェファーソンとヘミングスの関係が黒人奴隷制度の例外ではなかったと結論づけている。石田さんが決定的とみなしたのは、ジェファーソンとの間に5人の子供をもうけ、彼の「所有物」であった黒人女性ヘミングスは、1830年、地元の郡のセンサステーカーによって白人のリストに加えられたという事実である。
 
 「それはジェファーソンを『異人種混合』の罪から守るための処置であったことは言うまでもない。だがこれは、生涯を『黒人』として生き抜いた彼女(サリー・ヘミング)にとっては最大の悲劇だったといえるだろう」(以上、石田、104ページ)

 ヘミングスは、ジェファーソンが死去した後もヴァージニアにとどまり、2人の息子と一緒に粗末な小屋で暮らした。1835年に62歳で亡くなり、その小屋の裏庭に葬られたと言う。しかし、今も、彼女には墓も記念碑もないとのことである(石田、104~105ページ)。

ジェファーソンの誕生日に代えて南部解放の日を祝日に
 
なお、2019年7月3日付のAFPニュースによると、米南部ヴァージニア州シャーロッツビル市は同月1日、地元出身の第3代大統領トマス・ジェファーソンの誕生日を今後は休日として祝わないと決定した。
https://www.afpbb.com/articles/-/3233400

 市の広報責任者によると、「シャーロッツビル市議会は1日夜、南北戦争末期に北軍によってシャーロッツビルが解放された日を代わりの休日とする条例案の採決を行い、賛成4、反対1で可決した。この経緯に関する公式な説明はないが、ウェス・ベラミー市議はこの条例案の審議中の6月17日、なぜ黒人を劣っていると考えていた人物を市が称賛しなければならないのかと疑問を呈していた」という。

 

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冷酷な黒人差別に敢然と立ち向かった女性の生涯~映画「ハリエット」鑑賞記~

2020年6月25日

 昨日、東京ディズニーランド近くの「シネマイクスピアリ」へ出かけ、友人から紹介された「ハリエット」を見てきた。

 アメリカ南部で林業を営む白人経営者のもとで奴隷労働を強いられた主人公ハリエット・タブリン(1822~1913年)が自由を求めて脱走を果たした後、奴隷州に残った黒人を次々と救出する姿を描いた作品である。
 ちなみに、ハリエットの肖像は2016年4月、新しい20ドル紙幣に採用することが決まったが、トランプ大統領の横やりで目下、頓挫している。
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自由か、それとも死か
 自由を求めて最初は単身で、「地下鉄道の車掌」(逃亡奴隷の誘導役)に介助されながらフィラデルフィアに辿りつき、自らの解放を果たしたハリエット。
 その後は、延べ10回、多くの黒人を救出するために奴隷州へ向かい、銃と捜索犬を従えた農場主らの追跡をかわして、70名の黒人を連れて、無事、自由州にたどり着いたハリエット。
 映画出演3作目でハリエット役を演じたシシアン・エリヴォを始め、各俳優が自分の役回りに徹した名演技も相まって、ハリエットのたくましい行動力と機敏な判断力に吸い込まれ、あっという間に2時間半が過ぎた。

 追手に挟み撃ちされた橋の上で、「殺さないから生け捕りになれ」と口説く雇い主の息子に向かって、ハリエットが「自由か、それとも死か」と言い返し、眼下の濁流に飛び込むシーンは、自由を求める彼女の固い意思を閃かせた。
 
 仲間の奴隷救出の作戦会議で、妥協的な主張をする自由黒人や白人たちに向かって、「あなたたちは苦労知らずで、美しい家、美しい妻を持ち、快適に暮らす人」、「私はおぞましいほど苦しむ奴隷たちを解放するために血の最後の一滴まで捧げる」と言い放ち、現に一度の失敗もなく、それをやってのけたハリエットの気迫と行動力は圧巻だった。

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改めて学んだアメリカ史における冷酷な黒人差別 
 アメリカの黒人奴隷というと南部の綿花プランテーションをイメージしがちだが、同じ南部と言ってもそれは南西部のこと。この映画の舞台は南東部沿岸で、黒人を使って林業を営む傍ら、経営難を乗り切る「含み資産」かのように、「所有した」奴隷を売りに出したり、貸し出したりする白人の事業所。
 ちなみに、主人公ハリエットの3人の姉妹は白人「所有主」によって売り飛ばされた。ハリエットが逃亡を決心したのも、次は自分も売り飛ばされる、そうなると、家族は離散してしまうと身の危険を感じたからだった。

 なお、同じ奴隷でも、一定の年齢になったら解放すると雇い主から約束された「期限付き黒人」が混在したことを初めて知った。
 しかし、映画の冒頭にも出てきたが、解放の約束は雇い主によって、反故にされることが珍しくなかった。ハリエット一家の農場主の曽祖父も、母リットが45歳になったら子供たちも一緒に奴隷の身分から解放すると記した遺言状を残していた。その約束を果たすよう弁護士を雇ったとハリエットの夫ミンティが告げたことに怒った農場主はミンティを追放した。

 黒人が、当たり前のように、白人経営者の「財産」とみなされ、家族まるごと黒人の運命を翻弄する奴隷制度の冷酷な現実を見せつけられた映画だった。

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朝鮮女子挺身隊の狡猾な徴用の真相を伝えた『報道特集』

2020年6月19日

 6月13日、『報道特集』が番組の中で約25分間、<朝鮮女子挺身隊~苦難の人生~>と題する特集を報道した。非常に啓発されたので、このブログに記録を残すことにした。
 なお、この番組のもとになった取材に当たったのは、富山の「チューリップテレビ」(1990年開局)の砂沢智史さんだった(番組の最後に登場)。

番組のあらすじ  
 戦時下の日本軍は若者を戦地に動員したため、国内での軍需労働力が逼迫した。これを補うため、国内では1943年9月から女子労働力の徴用を開始。朝鮮半島でも翌年から12以上の未婚の子女を技能者として動員し始めた。 
 番組は、これに伴って、当時、現地の国民学校に在籍中の朝鮮人小学生たちが1945年3月から、女子勤労挺身隊として、富山県の機械メーカー・不二越に送りこまれ、航空機の部品工場で働かされた経過を取材するとともに、日本の敗戦後、母国に帰った彼女たちがたどった苦難の人生を追跡した。

 終戦までに、朝鮮半島から3000~4000人が女子挺身隊として日本に送られたと言われているが、不二越の社史によると、1944年から、約1年間に1089人を受け入れたと記されているという。
 番組は、戦後、強制労働の賠償を求めて日本政府と不二越を訴えた原告のうち、今も韓国で暮らしている3人の元女子挺身隊員を取材し、体験談を肉声で伝えた。
 その一人、金正珠(キム ジョンジュ)さんは、戦後、結婚して3人の子供に恵まれましたが、女子挺身隊員だったことが知れたのを機に、夫から暴力を振るわれ、離婚させられた。夫は、女子挺身隊は「従軍慰安婦」と思い込んだからだ。
 金さんたちが日本で裁判を起こすと、周りから、「金をせびりに行くのか」と罵声を浴びたという。

彼女たちは、どのように口説かれて日本へやって来たのか?  
 この点は、資料でいろいろ記されているが、番組は当事者の肉声で、経過を生々しく伝えた。これが、この番組の圧巻と思えた。
 彼女たちの証言、それを裏付ける独自取材で明らかになったのは、主に次のような方法による事実上の徴用だった。

① 国民学校教師の甘言による勧誘  
 大半は当時、彼女たちが在籍した朝鮮の国民学校に勤めた日本人教師の「勧め」だった。教師たちは「内地」から送られてきた現実離れの映画を生徒たちに見せて安心させ、「内地」行きを勧誘したのである。 その映画というのは、先に徴用されて日本で働いていた隊員たちが、学校に通いながら、恵まれた宿舎にとどまり、生け花の稽古を楽しむ光景を描いたものだった。

② 朝鮮総督府の機関紙による宣言工作 
 この機関紙に、先発の挺身隊員の近況報告や勧誘の手記を掲載して、恵まれた労働、寮の生活を宣伝し、
  「はや こちらへきて 二つきになりました
  内地のみなさんの やさしい おみちびきで ほんたうに たのしく
げんきに はたらいて をります」
  「早く いらっしゃい  女子挺身隊員の手紙と獻金」
と言葉巧みに勧誘したのである。

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 その一方で、
  「コレハ ケッシテ チョウヨウ(徴用)デハナク クニヲ アイスル
   マゴコロカラ ススンデ シグゥワンシテ デルノヲ ノゾミマス」
と言い募っていた。特攻隊の場合と同じである。

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 番組は後半で、元女子挺身隊員が戦時下の強制徴用、強制労働に対する賠償を求めて不二越と日本政府を相手どって起こした訴訟の経過、韓国の司法に救済を求めて起こした訴訟の経緯を紹介した。これについては、かなり知られているので、ここでは省く。

強く印象づけられたこと 
 手短に2つのことを記しておきたい。
 一つは、金正珠さんが取材に応じて、不二越の工場で毎日、歌わされた「君が代」を、母国語を挟んで、流ちょうな日本語で歌った場面である。
  「皇国臣民の誓い 君が代は千代に八千代に」 

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また、朝夕、寮と工場を行き来する時は、
  「勝ってくるさと勇ましく」
と歌ったと、手を前後に振って行進の仕草をしながら、金さんが口ずさんだのを視て、当時、いかに軍歌を叩き込まれていたか、活字では知ることが出来ないリアリティを感じさせられた。

 もう一つ、見過ごせなかったのは、元挺身隊員との和解に応じた時の不二越社長(当時)井村健輔氏の会見の席での次の言葉である。
 「第二次世界大戦下における過去の事実をめぐる極めて不毛な争いを今後も続けるということは、当事者双方にとって不幸であると考えておりました。」

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 日本の多くの徴用企業が時効や日韓請求権協定(の誤った解釈)を盾に元挺身隊の訴えを拒み続けた中で、不二越が和解に応じたことを評価する意見が多いが、原告の訴えと向き合うことを「不毛な争い」と言い放った井村社長の発言は、金で罪を消そうとする姿勢が露わであり、謝罪とは程遠い姿勢であったことを思い知られた。 

 

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黒川検事長を訓告とするに至った協議文書の公開を求める請求を法務省に郵送

2020年5月26日 

 答弁の食い違い

 黒川検事長を「訓告」としたことについて、『共同通信』と全国紙数紙が「官邸の関与」を伝えたのを受けて、昨日の参院決算委員会では、この問題をめぐる森法務大臣の答弁と安倍首相の答弁の食い違いが議論の的になった。
 昨夜の「報道ステーション」は、4分04秒を割いて「総理官邸 黒川氏”懲戒処分”は不要」と題した話題(参院決算委員会での質疑の模様など)を伝えた。
 「ニュース23」も5分17秒を割いて「官邸の関与 野党が追及」と題し、この問題を取りあげた。その中で、「ニュース23」は黒川氏を訓告にした経過をめぐって、22日の国会での安倍首相と森法相の答弁に重要な食い違いがあることをクローズアップした。
 http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3988063.html  
 安倍首相の答弁を要約すると、検事総長から黒川氏の処分について報告を受け、適切なものとして了承した、ということだった。しかし、森法務大臣の答弁は要旨、内閣の判断を私から検事総長に伝え、そのうえで訓告となった、というものだった。明らかに2人の答弁は食い違っていた。
 なお、昨夜のNHKは、1時間に延長したニュース7でも、通常の時間枠で放送したニュース9でも、黒川処分をめぐる国会審議を一切伝えなかった。

 法務省に行政文書開示請求を発送 

 そこで今日、法務省の情報公開専用サイトで案内された手続
 http://www.moj.go.jp/hisho/bunsho/disclose_index.html 
に従って、森雅子法務大臣宛てに、次のような行政文書開示請求書を郵送した。

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           行政文書開示請求書
                       2020年5月26日
法務大臣 森 雅子 殿 

 以下の行政文書の公開を請求する。
 1.12020年5月20に日に『週刊文春』がウエェッブサイトで、黒川弘務東京高検検事長(当時)がこの5月中に2度、また、それ以前から頻繁にマスコミ関係者と賭け麻雀を行っていたと報道して以降、法務省内(検察庁を含む)で黒川氏の処分をめぐって協議した(検察庁との協議を含む)経過、協議の内容を記した文書。 
 2.上記の省内協議と並行して、黒川氏の処分内容に関し、内閣と行った協議の内容を記した文書 

 (注1)森大臣は5月22日以降の国会質疑で、黒川氏の処分をめぐって内閣とも協議を行った、内閣が決めたものを検察庁に伝えたと答弁している。
 (注2)森大臣は同上の国会質疑の中で、協議の中ではさまざまな意見が出たと答弁した。そこで、「さまざまな意見」の発言者、意見の内容も含めた開示を請求する。
(注3)この請求を受理した時点で、請求する文書がまだ作成されていないのであれば、作成(確定)次第、速やかに開示するよう求める。

 

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首相官邸宛てに意見を送信 ~安倍首相・森法相宛て~

2020年5月22日 

 昨日、首相官邸のHPに設けられている「ご意見募集(首相官邸に対するご意見・ご感想)」
https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
宛てに、Eメールで、次のような意見を送った。
 
--------------------------------------------------------------------  

2020年5月22日
内閣総理大臣 安倍晋三 様
法務大臣   森 雅子 様

(1)安倍内閣が、国会の立法権を侵害し、所要の法律改正の手続きを経ず、閣議による法解釈・運用で、黒川弘務検事長の定年を延長したのは明白な脱法行為である。
 この事実は、検察庁法改「正」法案の今国会成立を断念したからといって消えるわけではない。また、黒川氏が検事長を辞任したからといって抹消できるわけでもない。検察幹部OBが意見書で引用した「法が終わるところ、暴政が始まる」というジョン・ロックの言葉そのものである。
 今回も、安倍首相は「責任は私にある」という常用句を使った。しかし、今や、多くの市民は、この言葉が、「責任を取る」ための言葉ではなく、「責任をすり抜ける」ための姑息な修辞であることを悟っている。
 ただちに、黒川氏の定年延長を決めた閣議決定を取り消し、内閣の意思で生じた違法状態を解消させたうえで、黒川氏を「訓告」ではなく、懲戒処分(免職または停職)とするよう求める

(2)安倍首相は、検察庁法改「正」法案の今国会成立を断念した際、「国民の理解なくして前へ進めることはできない」と語った。しかし、この間の国政を見ると、国民の理解そっちのけで、悪政を強引に「前へ進めてきた」のが安倍政権の最大の特徴である。
 もともと、選挙は白紙委任を取り付けるための通過儀礼ではない。国会での占有議席の多寡がどうであれ、「国民の理解」を国政運営の礎にする気が真にあるなら、まずは、
 イ.沖縄県民の「理解が全く得られていない」辺野古新基地建設を断念し、移設条件なしで、普天間基地の閉鎖を決断し、米国と交渉を進めるべきである。
 ロ.同じく、いっこうに「国民の理解が得られない」憲法9条改定を断念するべきである。
 ハ.新型コロナ対策として政府・自治体が行った休業・外出自粛要請から生じた収入急減、生活困窮を救援するための補償を迅速に行うこと。具体的には、授業料を減免した大学への収入補填、所得区分にかかわりないフリーランスへの収入補償、医療・介護従事者への十分な防護用具の支給と要望に見合った危険手当の増額支給等を、迅速に行うこと、
を要望する。

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«「黒川弘務氏への訓告を撤回し、免職または停職を求める」意見を法務省に送った