ワシントンは熊のわなにエルドアンを誘い込んだのか?
2021年4月29日
F.William Engdahl
New Eastern Outlook
先進的なS-400ロシア防空システムをトルコが購入するのを阻止し損ねた後、ここ数カ月、ワシントン外交は、ウクライナ、アフガニスタンやリビアからアルメニアまで、いくつかの重要な国々におけるアメリカの権益を支持するよう、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の「姿勢を変える」のに、まんまと成功したように思われる。リラ急落で、トルコ経済は大惨事の瀬戸際で、ワシントンの身勝手な戦略家が、手練手管のエルドアンを、命取りの熊のわなに誘い込んだように益々見えてくる。
ワシントンや、トルコが重要なメンバーであるNATOから、ロシアやイランや中国に寝返った政治的カメレオン、トルコのエルドアン大統領は全ての相手を自分に有利に動かす名人と呼ばれている。
2016年、忠誠を度々裏切るエルドアンに、ワシントンがうんざりして、彼を暗殺して、CIAが支配する亡命中のフェトフッラー・ギュレンのネットワークを権力の座につけるためクーデターの企ての背後にいたと彼はCIAを非難した。クーデターは失敗し、ロシアの諜報機関が情報を傍受してエルドアンに伝え、彼の命を救ったと報道された。その後、モスクワとの関係は著しく改善した。2015年11月、シリア領空で、トルコのジェット戦闘機がロシア戦闘機を撃墜した戦争行為に対する報復として、ロシアはロシア観光客にトルコへの厳しい旅行禁止令と、トルコの輸入食品に禁止令を課した。ロシア制裁は、トルコ経済に強烈な打撃となった。
そこで、エルドアンは、モスクワに向かって移行を始めた。2017年、トルコはワシントンとNATOが繰り返す抗議を無視して、世界で最も進歩していると言われる先進的なロシアのS-400航空防衛ミサイルシステムを買うことに同意した。同じ時期、2016年10月、ロシアが、トルコ向け黒海ガス・パイプライン、最初の二本のトルコストリーム建設を始め、更にアンカラとワシントンを遠ざけた。
2018年リラ危機
2018年までには、ワシントンとアンカラの関係は、控え目に言って緊張していた。アメリカの三大格付け会社、フィッチ、ムーディーズとS&Pは、全て、エルドアンの最近の敵対的な政治的動きを引き合いにして、トルコ国債を「ジャンク」級に格下げした。その結果、リラが自由落下し、中央銀行に利率を急激に引き上げるよう強いて、その過程で経済成長が締め殺された。2018年8月までに、アメリカは、2016年のギュレン・クーデターの企てのため、アンドリュー・ブランソンとスパイ活動のかどで告訴された他のアメリカ国民の保釈を要求して、トルコに経済封鎖を課していた。インフレーションが進む中、トルコの鉄鋼とアルミニウム輸出は、二倍になったアメリカ関税で打撃を受けた。エルドアンの同盟者で仲間の、ムスリム同胞団の後援者カタールの、トルコに150億ドル投資するという公約が、問題を鎮静することに成功し、それに続く、エルドアンの北京訪問が、中国の支援で、数十億の追加支援を確保した。トルコ外務大臣は、政治的な理由で、リラ危機の背後にいたと「外国勢力」を非難した。
2019年、イスタンブール市長という重要な政治的とりでの衝撃的に失った後、エルドアンは明らかに、欧米、特にワシントンに対する彼の「有用性」を改善しようと試みた。彼は2023年末、重要な国政選挙に直面するが、もし経済が低下し続ければ、彼は権力を失いかねない。トルコが特にロシアの権益に打撃を与えた際、ドナルド・トランプと、今はジョー・バイデン両者が、トルコの支援を歓迎しているように見えた。それで、2019年に、ロシアに後援されるハフタル大将の軍との戦争で、NATOの承認を得て、ワシントンが支援するトリポリ政府に、トルコが物資と軍事援助を与えて、腐敗したトリポリ政権の破たんを避けた。エルドアンはプーチンとロシアに間接的に反抗したのだ。
同様に、2020年9月「アルメニア-アゼルバイジャン戦争」発生時には、ロシアのユーラシア経済連合のメンバー、アルメニアに対する、イスラム教同盟国アゼルバイジャンに、トルコは極めて重要なドローンと軍事顧問を提供した。今回はロシアのすぐそばでの、もう一つのロシアの戦略的権益に対する間接的なトルコ攻だった。
2020年10月、ナゴルノ・カラバフでの、アゼルバイジャンの重要な軍事進撃後、エルドアンはアゼルバイジャンの「自身の領土を守り、占領されていたカラバフを解放した偉大な作戦」を称賛し、トルコは「友好的な兄弟のようなアゼルバイジャンに、全力と全身全霊で」と共にあり続けると述べた。報道によれば、プーチンは、喜んではいなかった。
トルコとアルメニアの関係は敵対的だが、それはオスマントルコが民族浄化で150万人以上のアルメニア人を絶滅した責任を課された第一次世界大戦に遡る。1920年から、1991年の崩壊までソ連邦の一部だったアルメニアに対し、トルコは現代も大量虐殺の責任を激しく拒絶している。
4月10日、バイデン・ホワイトハウスが、ウクライナに、現在ロシアの一部であるクリミア半島同様、独立したドンバス地域を取り戻すため軍事行動をするよう圧力を強化する中、エルドアンは、軍事協力で会談するためウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領をトルコに招待した。イスタンブールでの会談後、エルドアンは二人の大統領が、ドンバスを、ロシアの黒海艦隊基地クリミアと同様、キエフに戻すというウクライナの要求に対するトルコの支持を含む20項目の戦略的合意に署名したと発表した。ウクライナでのCIAが支援したクーデター後、2014年3月、クリミア住民が住民投票を行い、圧倒的にロシア加入を票決し、控え目に言っても、NATOにとって不快なことをしていた。加えて、エルドアンは、4月10日、ウクライナがNATO加入を目指すのを、トルコは支持すると発表したが、これはモスクワに対する直接的な戦略上の脅威なので、極めて危険な問題だ。
既に2020年1月、トルコとウクライナは、ウクライナが6億ドルの巡航ミサイル・エンジンをトルコに提供する合意を含む本格的な軍事貿易協定に署名した。ウクライナは、S-400を巡るアメリカの対トルコ制裁を回避して、トルコ軍にドローンのエンジンも提供する。最近トルコはドンバス戦士に対して使用を計画しているウクライナ軍に、バイラクタル TB2無人戦闘航空機を再販した。要するに、エルドアンは、ここ数カ月、ロシアに対するアメリカ行動を支持する多くのことをしてきたのだ。
大量虐殺のミステリー?
だから、4月25日、アメリカのバイデン大統領が、NATO同盟国トルコに対し、1915年に、アルメニア人大量虐殺の罪でトルコを告発する最初のアメリカ大統領になったのは一層不思議だ。トルコがNATOに加入して以来、アルメニア人大量虐殺の話題は、アンカラが繰り返して明らかにしている通りタブーだった。アメリカ政権の反ロシアの思惑で、エルドアンが鍵となる支援役を果たしている、まさにその時、バイデンや補佐官が、なぜ106年前に行われたアルメニア人に対する大量虐殺を、オスマントルコのせいにする必要があると考えたのだろう?
先月エルドアンが、中央銀行総裁を解雇し、党のお仲間で置き換えて以来、リラ危機が再燃し、トルコは2018年より更に脆弱になっている。この時点で、ワシントンが手練手管のエルドアンを熊のわなに追い込んだように思われる。もし彼の新中央銀行総裁がリラ危機の中、経済を浮揚させるために利率を切り下げようとすれば、何百億という欧米の投資資金がトルコから逃げ出し、2023年の国政選挙前に、経済を、おそらく2018年より、もっとひどい状態に陥りかねない。何年もの間、トルコ企業は、トルコよりはるかに利率が低いドル債券市場に頼ってきた。経済がコロナ危機で打撃を受け、covidリスクを口実に、しかし明らかにエルドアンの最近の対ウクライナ行動に関連して、観光事業が再び六月までモスクワに阻止される中、リラ下落は特にドルでの返済を遥かに高価にする。
エルドアンは、この侮辱に即座に反撃した。戦略的に重要なNATOインジルリク空軍基地の外で抗議が始まり、トルコ人はアメリカ兵撤退を要求している。
4月24日、ワシントンが予定しているアルメニア人大量虐殺文書をエルドアンに通知した一日後、エルドアンはイラクとシリアで軍事行動を開始した。トルコ軍は、トルコ南部のシリアとの国境におけるテロの脅威を「完全に終わらせる」クロウ・ライトニング作戦を再開したと発表した。それはダマスカスに対して、アメリカが支援しているPKKクルド人陣地への空襲を伴っている。トルコは、PKKクルド人はトルコを脅かすテロリストだと主張している。同時にトルコ軍は、戦車、歩兵戦闘車、大砲、ロケット発射装置、監視システム、ジャマーや防空システムを含む重装備武器や何千という兵隊がいる大イドリブにおける彼らの陣地を強化した。2018年以来、トルコのイドリブ駐留は、ロシアと共同でシリア領での相互の段階的縮小を監視するとされていた。
アラブ諸国との関係修復
より驚くべきは、アラブの近隣諸国との関係を修復すべく、エルドアンは素早く動いていることだ。4月26日、エルドアンの報道官イブラーヒム・カリンは、トルコは、2020年、2018年10月、イスタンブールで、サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギを残酷に暗殺したというエルドアンの挑発的で極めて公的な非難や、サウジアラビアのボイコットのさなか、カタールに対するトルコの支援を、サウジアラビアが敵対的なトルコの行動と呼んでの、サウジアラビアによるトルコ商品公式ボイコットで、二国間貿易が驚異的に98%も下がったサウジアラビアとの関係改善を期待していると述べた。2013年以前、リヤドは、シリアのアサドに対する戦争で鍵となる当事者だったエルドアンの主要財政支援者だった。トランプ時代からの大きな変化で、ワシントン新政権は、これまでのところ、サウジアラビアに対して非常に冷たい。
同時にアンカラは、ムスリム同胞団のアメリカに支援されたアラブの春に対する2013年の反クーデターで、エジプト軍がムルシを追放し、アッ=シーシーを支持した時以来、緊張しているエジプトのアッ=シーシー大統領との関係を再構築しようと努めている。もしエルドアンが、サウジアラビアを含め、アラブ湾岸諸国の支持を取り戻すのに成功すれば、湾岸諸国に対するトルコ軍の支援は、中東地政学を、ワシントンに不利なように変えることができるかも知れない。過去二年にわたり、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の女婿セルチュク・ バイラクタルの家族が所有する実戦で証明されたバイラクタル TB2無人戦闘航空機を通して、トルコは驚くべき主要な軍隊として出現した。リビアやナゴルノ・カラバフやシリアで、彼らは決定的だった。
最初首相として、今は大統領として、20年近く権力を維持しているレジェップ・タイイップ・エルドアンの激動する支配では、次に何が起きるかは益々不確実だ。国政選挙が2023年に予定されており、経済が下落し続ければ、全て帳消しになる。バイデンの「大量虐殺」宣言は、2023年よりずっと前に、ワシントンが彼を吹き飛ばすかもしれないことを示唆している。だが現時点では、結果は確実からはほど遠く、非常に多くが、有効な新同盟を推進するエルドアンの能力に依存している。
F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師。プリンストン大学の政治学位を持つ石油と地政学のベストセラー作家。オンライン誌New Eastern Outlook独占記事。
記事原文のurl:https://journal-neo.org/2021/04/29/has-washington-lured-erdogan-into-a-bear-trap/
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今日の孫崎氏のメルマガ題名
高木仁三郎氏(2000年死亡)は物理学者。福島原発等に『考えられる事態とは、地震とともに津波に襲われた時 』を警告していた。老朽化原発についても、強い警告を出している。高経年原発の復活の動きがある中、彼の警告を聞くべし、著書『原子力神話からの解放』
『原子力神話からの解放』については、2011年3月30日に掲載した翻訳記事「福島のメルトダウンが地下水に到達すれば、チェルノブイリより深刻」の後記で触れた。
デモクラシータイムス 下記番組も、全くの無能政府・首相に全権を与える「緊急事態条項」を、コロナを口実に導入しようという悪辣さを、どなたかが批判しておられた。
日刊IWJガイド から 引用させていただこう。
自民党・下村博文政調会長がコロナを緊急事態条項の対象にと発言! 菅総理も権力強化ばかりを口にして「お願い」を「命令」に変えようとする一方、必要な医療体制の拡充はなされないまま!
5月3日の憲法記念日、改憲派の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が開いた「公開憲法フォーラム」のウェブ会合に参加した、自民党の下村博文政調会長が、自民党の「憲法改正案4項目の一つに掲げる緊急事態条項の対象に、新型コロナウイルス感染症を含めるべきだ」との認識を示し、「『日本は今、国難だ。コロナのピンチを逆にチャンスに変えるべきだ』と強調した」と、4日、共同通信が批判を加えることなく、報じました。
※コロナのピンチをチャンスに 自民下村氏、改憲巡り(共同通信、2021年5月4日)
https://this.kiji.is/761967683903111168?c=39546741839462401しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を逆手に取って政治的に悪用し、改憲へとすり替えようとする下村氏の発言に対してSNS上などでは下村発言の内容に批判の声が噴出しています。
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