34歳女で子ども3人で1人は1歳。
最近仕事復帰したんだけど、小売業だから土日祝日も仕事で、ゴールデンウィークも家族で何もできなかった。
泣き叫ぶ1歳児を置いて、仕事で疲れてる夫に子どもたちを任せて仕事行くの、もうしんどい。
仕事内容も全然代わりがいるし、面白くもないし、お局的なフリーターから嫌味も言われるし、辞めて良いかな。
ここまでして仕事しても給料も時短だから少ないし、人事評価も低いし(育児勤務はほぼそうなる)、頑張る気になれないな。
平日の仕事も、保育園の送り迎えして小学生の学校の準備やら宿題手伝って、夕飯の支度して食べさせて、風呂に入れて、夜中の対応もして、仕事もして…って、毎日こなすだけで嫌になってくる。
仕事辞めて良いのかな。
再就職できるのかな。
専業主婦でやっていけるのかな。
夫は仕事辞めて良いって言ってるし、家はあるけどローンもないし、大丈夫な気もするけど。
育休中は楽しかったんだけどな。
夜泣きがあっても子供が昼寝してる時に一緒に寝て、のんびりしてたし。
平日の昼間にお散歩して、あの頃に戻りたい。
ああしんどい。
就活も大変だったし、色々頑張ったんだけどな。
これからお盆も年末年始もこんな価値があるとも思えない仕事で子供と過ごせないのかな。
今日の夜もまた起こされて、明日の朝からまた仕事行かなきゃいけないんだな。
自分が情けない。
もうできない気がしてきた。
2018年に非公式に導入した永住権の年収規定によって今も放置されたままの申請者が30000人くらいいるらしい。
この規定の導入方法について最近移民局が謝罪した。規定には全く謝罪しない。
さて、この度ニュージーランドの永住権について大きな変更がある。これは、金持ちの投資家に集中する、あと、能力の低い人には永住権を与えない、の2つだ。
もっと言うならば、これまでは永住権を大して優秀でもない人にばらまきすぎていた、というあまりにも乱暴な理屈でこの方針を導入するに至った。
今のコロナ騒動に対して一応の成功を収めたニュージーランド、今の労働党でなくては成し遂げられなかったと思う。国民党だったら、間違いなくパンデミックに巻き込まれていた。
この辺は特に異論はない。今の政府は全く国民を向いていないからだ。
日本人はジャシンダ・アーダーン首相が大好きみたいだが、現地にいる身としては、単なる人たらしでしか無い。政治家として有能とはとても思えない。というか、コロナ対策以外に彼女の実績はあるのだろうか、と首を傾げている。
さて、最初に書いた年収規定だが、年収11万ドルくらいないと永遠に待たされるというルールで、今は公開されているので今後永住権を申請する人はこの規定に不服を申し立てることは可能だが無視されても文句は言えない。
そのおかげで、どうあがいてもこんな高収入を得られない業界はまるごと爪弾きを受けている。例えば車検をするスタッフだ。車検をするスタッフを十分に確保できない、という状況が何を引き起こすかなんて言うのは誰でも想像できるだろう。
人々の生活にないと困るが普段は繋がらない医者や弁護士ばかりが増えていき、日常的に接する人々が消えていく、という移民システムを今の移民大臣であるファーフォイがついに完成させようとしている。彼は移民制度のことなど全く頭に入っていない。なので年収規定を見ても放置できる。この規定のせいで国内が大混乱していることにちっとも気づかない。
しかも今、移民局がビザのコントロールについてのかなりの権限を確保している。
ニュージーランドの移民制度は今や絶望的な状況になったと言っていい。単に制度がぶっ壊れた、という理由でだ。
それでも政権交代したら何かしらの変化はするのでは、と思うかもしれないが、今のパンデミックの状況を見るならば、おそらく三期目に入るだろう。私の予想は大概外れるので外れてほしい。
ちなみにファーフォイは、最近攻撃されすぎて病気になったらしい。病気になる2日前に移民たちのデモのど真ん前に立って、お前たちののぞみはかなわない!と宣言したのは有名な話だ。見ててひっくり返るかと思った。
このへんな規定から始まる永住権処理の遅延に伴って、国民もかなりの迷惑を被っており、ほうぼうから政府を批判する声も聞こえ始めているが、政府は素知らぬ顔でルールは堅持、更に移民を締め出す制作を実行。
アーダーン首相はこういう。移民を締め出せばそこに国民が入るはず!と。ここは現実だ、お前の夢の世界ではない。
ところで申請者はなぜ告訴などしないのか、という点について書こう。
ビザの決定名に対しては不服を申し立てることができるが、遅延については申し立てることができない。裁判が法的にできない。なんだかんだで永住権が取れたら不服は申し立てない、当たり前だ。
つまり移民局はビザを出せない人はとにかくのらくらと決定を先延ばししていれば良い。
そんなわけで、おそらくあと5年くらいはニュージーランドは選ばないほうがいい。
ニュージーランドの教育は個性尊重、日本のような全体主義的な性質もなく、子どもたちにとって最高の教育システムが提供されていると信じてやまない日本人がどうもいるようだが全くそんなことがない話をする。
ニュージーランドの義務教育は日本とほぼ同じだが、高校課程までが義務教育、と言ってもやめても構わないがやりたければ無条件で受けられる、となっている。
小学校や中学校まではおそらくだが勉強が嫌いにならないことや、ニュージーランド社会で生きていくために最低限の教育だけをしているのだろうが、日本の教育とは質も量もかけ離れている。
ニュージーランドに来た日本人の多くが子供に対して与えられる教育の内容と質に愕然としているか、「そんなことはないこれこそが子どもたちを真の意味で伸ばす教育だ」とイデオロギー的に信じ込んでいるかどちらかだろう。
ニュージーランドの教育は家庭の経済によって格差が露骨なほどに現れる。金持ちの集まる学校ほど潤沢な資金で優秀な教師を雇って質の高い教育を施すことができ、貧乏人の学校ほど最低限(必要十分ではまったくない)の教育しか施されないため、貧困が凄まじい勢いで固定化されている。
などという話はもうかなり昔から言われていることだが、国はもうどうすることもできない現状なのでもうどうしようもない。
いずれにせよ、ニュージーランドの教育は、教師と子供の間に不可侵の壁が出来上がり、突っ込んだ教育が一切できないために放置せざるを得ない、というのが個性尊重や進んだ教育の正体でもある。
今回したい話は、子どもたちの出席率が90%を下回ると親が国から罰金や告訴を受けるかもしれない制度が2026年から始まるというものだ。
ニュージーランドではスクールホリデー中の渡航費が高いため、少し早めに学校を休んで海外旅行に行く、という人がそれなりにいるのだが、これをやったら罰金になる制度が始まる。
罰金を払って安い航空チケットを買うか、罰金を払わずに高い航空チケットを買うという選択肢になる。
またこの他にも、学校を15日以上休むと両親が国から訴追を受ける可能性が発生する。これも法律として制定されるので、回避しようがない。
日本から来た親が感じているこの国の教育の素晴らしさの一つに出席しようが欠席しようがあまりとやかく言わない、教育以外の大事なこと(笑)も子どもたちに経験させることができるというのがあるのか無いのか私は知らないが、今後こういったことはできなくなる可能性が高い。
これらの制度を作っている政治家はデビッド・シーモアというニュージーランドの極右政党ACTの党首だ。
極右政党と言っても軍国主義者というわけではなく、超保守とでも言えばいいと思うが、この政治家はニュージーランドのアンタッチャブルでもあるワイタンギ条約の破棄も目指していることでマオリからは蛇蝎のごとくに嫌われている。
そんな彼が目指しているのは、子どもたちの学校出席率90%だ。そしてマオリ以外からも嫌われることを目指していると言っても過言ではないだろう。
学校に行きさえすればいいのかというとそんなことはないが、この国の問題の一つに半数以上の子どもたちの出席率がかなり低いというものがある。
そこで親には訴訟や罰金をちらつかせることで子どもたちの出席率を上げようと言うのが今回の法律の要点でもある。
とても民主的とは思えないこの制度に対してマスコミはなにかしているかというと特に何もしていない。
おそらく今後ニュージーランドに日本よりもいい教育を期待して来る人はいなくなるか、いたとしたら温かい目で残念だったなと言うようになるのかもしれない。
今回のナショナル政権ははっきり言ってひどいの一言であり、全く何もできていない。
もしかするとジャシンダ・アーダーン率いるレイバーの負の遺産があまりにもひどくてそれどころではないのかもしれないが、レイバーは今の政権がいかに無能かを騒ぎ立てている。何いってんだと思わなくもないが、実際ダメだと思う。
デビッド・シーモアのせいで私の宿敵でもあるウィンストン・ピータースが全く目立たなくなってしまったが、彼はやばいときはどんどんと影になっていくので、彼なりの政治センスの可能性もある。
デビッド・シーモアはちなみに言うと国民が次の首相になってほしい政治家の一人でもあった。この国の人々のセンスのなさが凄まじい。
以下に記すのは、現在進行中のラスプーチンのホルマリン漬け超巨根チンポを巡る闘争について、私が知り得た情報である。
ラスプーチンのホルマリン漬けの巨根チンポを知っているだろうか。知らない人は、是非ともググってみてほしい。それが博物館に所蔵されていたのだという事実に、さぞ驚かれるだろう。なぜ一介の歴史上の人物で、しかも悪名高い人物のチンポが博物館に所蔵されていたのか。それはつまり、ラスプーチンポが世界に平和をもたらすキーのアーティファクトであるからだと、私は確信するに至った。
――世界の果てにある祠。そこにある鳥人像の股間にラスプーチンポをはめると異世界から天使が召喚される。
そう語るのは、テルンベルン大学考古学部のテント・セルベール教授。
と、教授はそう語った。
ここで、なぜ今世界でラスプーチンポについての関心度が急激に高まっているのか、整理してみよう。ときは一年前、ロシアによるウクライナ侵攻の少し前に遡る。
当時、アイスランドのペニス博物館に所蔵してあったラスプーチンポが突如所在不明になった。程なくして、エージェントが全世界を飛び回りラスプーチンポを探し回っているとの憶測がSNSを中心に拡散された。
その憶測は正しかった。今や、連邦政府のみならず、さまざまな小国家までもがラスプーチンポを求めて全世界にエージェントを派遣している。
ET組織はラスプーチンが埋葬されているサンクトペテルブルクの某所の墓を掘り起こした。そして、採取したラスプーチンの細胞を苗床に、第二のラスプーチンを錬成する科学実験を試みている。
しかしながら、その実験はこれまでのところことごとく失敗に終わっている。どうしてもチンポが短小のジャンクラスプーチンが生成されてしまうのである。
そしてときは現在に至る。ラスプーチンポを巡る世界の動きを世に知らしめた、複数のジャンクラスプーチンの大脱走事件は世界に大きな衝撃を与えた。
脱走したジャンクラスプーチンたちが世界の果ての祠を破壊しようとしている。ラスプーチンポを手に入れて自分に移植しようとしている。その情報のソースは、ET組織に残されたたった一体の、実験室に残ったジャンクラスプーチンが自らの分身の思考を読み取って得られたものである。当初ET組織はジャンクラスプーチンの脱走からなる、その一連の情報を秘匿していたが、全世界でジャンクラスプーチンの凶行が目撃されていくにつれ、内部からリークされた。
ジャンクラスプーチンの動向いかんでは、世界の歪みを増幅させてしまう危険性もあることが、今回の騒動の核である。
世界中のどの勢力も、天使の力を手に入れることに躍起になっているため、テロや戦争が絶えない世界は依然として続くであろう。
ニュージーランドという国は南半球の最果てにあるような国であり、日本では未だに「人工よりも羊が多い国」としか認識されていないが、それなりに近代化を果たした国でもある。
かつて原宿にあったクッキータイムスの店舗ではクッキーを売っていたが、現地ではレジの脇で二束三文で売られているひたすらに脂っこいお菓子であり、クッキーなのに噛むと「ジュワッ」とした食感が消化器系を着実に殺しにかかってくる。
さて、ニュージーランドは一体誰の国だろうか、マオリの国だとうか、英国系移民の国だろうか、マルチカルチャであるがゆえに「特に誰か特定の民族の国ではない」だろうか、近年では凄まじ勢いでインド人の国になりつつある。
ワイタンギ条約というマオリ族とイギリスが締結した条約によってニュージーランドは英国目線では英国の植民地となり、マオリ目線では英国の保護のもとマオリの国を保ったと認識している。
これはワイタンギ条約における人類史上最悪の誤訳の一つに数えられる誤訳が英語版とマオリ語版の間にあるからだ。
マオリ語版では「英国王室の保護のもとニュージーランドはマオリの国として維持される」となっており、英語版では「ニュージーランドは英国の植民地でありマオリ族には英国の市民権が与えられる」となっている。
この誤訳は長い間放置されており、問題が完全に民族間のルサンチマンに入れ墨のように入り込んでおり、地域によってはマオリ族による強盗があとを立たない。これは「我々の国に勝手に外国人が来てものをおいているんだからこれは我々のものである」という理屈を振りかざしているから彼らには良心の呵責などは一切ない。
つまり所マオリ族の認識ではニュージーランドはマオリ族のものでありそれ以外は出ていくべきだという人も少なくないし、彼らはそういった論理で度々デモをしている。
日本人にも有名な観光地であるロトルアでは完全に資本主義に屈服したマオリ族が観光客向けに様々なアクティビティを披露しているが、彼らの生活は安定しているが他のマオリからは白い目で見られている可能性もある。
こういった誤訳のあるワイタンギ条約においてもマオリ族の利権はかなり強力なレベルで維持されており、その一つ、ニュージーランドの土地はマオリ族と英国王室の間でのみ売買される、を根拠にマオリ族の許可なしには一切の開発を行うことができない。
ニュージーランドのオークランドが最大歳になっている理由は、ワイタンギ条約締結直後に正式に英国王室がマオリ族から土地を買収したために自由に開発を行えるからでしかない。
ちなみにこのときの売買価格があまりにも安くマオリ族も現地で王室から土地を買う英国商人も全く儲からないことから不満が爆発しマオリ戦争になった。マオリ戦争では末に英国がマオリ族に売りつけたマスケット銃をマオリ族は駆使したが、当時の英国の物量の前になすすべもなく一方的なマオリの敗北となった。
もう一つちなみにだが、マオリ族がマスケット銃を手に入れたことで部族間闘争も更に悲惨な状態になっていったという問題もある。
他にも林業や漁業はマオリ族の専有となっており、マオリ族が捕まえた魚しか店頭に並ぶことはない。そのせいでこの業種で競争が成立しておらず、マオリの最大権益となっている。
ニュージーランドの副首相であるデビッド・シーモアはこのワイタンギ条約に手を付けようとしたニュージーランドでは初の政治家と言っていいだろう。
私の中で悪名高いウィンストン・ピータースもワイタンギ条約自体は「単なる3つの文章が書かれた紙」と要しており価値は認めていないが、手を付けようとしたことはない。
デビッド・シーモアは連立の条件の一つにワイタンギ条約改正を掲げておりラクソンは受け入れざるを得なかった。ウィンストン・ピータースは「議論には出すが人々の良識にかける」とのっけから逃げ腰だった。
彼は「ワイタンギ条約はそもそもイギリスとマオリとの間の条約でありニュージーランドが批准する義務はないのだ」などとも言っており、本心ではワイタンギ条約の破棄、またはニュージーランドとしてワイタンギ条約に批准する責任はないことを法的に確認したいのだろうと言われているが、一番言っていることは「この国はマオリと英国移民だけではなく多数の移民がいる、そんなマルチカルチャのくにで各人がそれぞれ公平に扱われる条約が必要だ」だが、これを信じている国民はいないように見える。
そんなワイタンギ条約が締結された日を「ワイタンギ・デー」という名前で国の祝日にしているが、この日は政治家がワイタンギでスピーチをする。ワイタンギ条約のワイタンギはニュージーランドの地名だ。
その中でスピーチをしたのがデビッド・シーモアという最悪のキャスティングをした今の政府のセンスのなさはもう誰も止めようがないのかもしれないが、彼はスピーチの中で「ニュージーランドを植民地にしたことはマオリにとっても良かった」と言ってしまい、大炎上した。
彼がなぜこんなことを言ったのかはわからないが、マオリ族からしたら植民地になった覚えはないので大騒ぎとなってしまった。
ワイタンギ条約と言ってもわからない人のために軽く経緯を説明すると以下のようになる。
2. タスマンがニュージーランドを発見、当時の乗組員がオランダの故郷であるジーランドにちなんでニュージーランドと命名するも現地のマオリと乱闘になり逃亡
3. ジェームス・クックがニュージーランドに再上陸、今度はマオリとうまく行った
4. 英国人が新天地を求めてニュージーランドに移住、この時点でニュージーランドはマオリの国だった
5. 英国人が資本主義に疎いマオリ族から土地をだまし取ったりマスケット銃を売りつけて部族間抗争を悲惨にしていく
7. 現地にいる英国人の安全確保や詐欺同然の商慣習に対応するためにワイタンギ条約を締結してニュージーランドを英国の植民地にしてフランスから守った
つまり、マオリからしたら帝国主義列強に完全に巻き込まれているのだがデビッド・シーモアの言い分としては「植民地化したことでニュージーランドの土地が英仏戦争の戦場にならなくて良かったな」なのか「より文化的な生活を享受できてよかったな」なのか’はわからないがこのような過酷な運命に翻弄されているマオリ族からしたら許しがたい一言であっただろうことは間違いがない。
今の政権が年末の選挙で一体どうなるかはわからないが、もうじき選挙が始まるこのような時期に不穏なことを行ってしまえるデビッド・シーモアという政治家には不安しか感じない。適当に耳障りの良いことを言って支持率を集めるジャシンダ・あーダーンのようなことをする必要はないのだが、お前の私的な意見なんか誰も求めていないということを国としてしっかりと選挙結果に表すべきだろうが、そうするといウィンストン・ピータース率いるニュージーランド・ファースト政党がますます力をつけるかもしれないので、もうこの国はどう転んでも同仕様もないところまできた可能性がある。
自認エイチディーエムアイやで
そんなに嫌いなら他国に出ていけばいいじゃん
ちょっと前に新婚旅行でハワイに行ってそのときの写真をLINEのアルバムにまとめてたんだけどさあ。
今日改めて見返してたら、知らない写真が増えてたの。見たことあるアイドルのハワイで撮ってる写真集の写真。
旅行のときから聖地巡礼だとか話ししてたからもしかしたら保存するかもとも、まさか保存しないよねとも思ってたけど見たら普通に嫌だった。
このアルバムって自分たちが実際に行って過ごした時間の記録じゃん。
悪気ないとは思う。たぶん「ついでに聖地巡礼したから」くらいのノリなんだと思う。
別にこのアイドルの出るバラエティ番組自体は一緒によく見てるし楽しんでるけど、このアイドル自体がどうこうじゃなくて、新婚旅行の思い出に混ぜられたことが
日記はここで途切れている
相手は背の高い男で、通りすがりにいきなり胸に手を伸ばされ、思い切りつかまれた。
あのときのことは思い出したくもないので、これ以上詳しくは書かない。ただひたすらに怖く、自分のことが情けなく、あれから20年近く経ついまでもフラッシュバックしては叫びたくなる。このことは誰にも言っていない。墓場まで持っていこうと思っている。
『アクタージュ』の原作者がマンガワンで名前を隠して連載をしていた件が明らかになり、全身がすーっと冷たくなっていくような感触を覚えた。
キツいのは「罪を償っているのだから、マツキはもう復帰させてもいいんじゃない」という空気がSNSの一部にあることだ。小学館も即刻打ち切りではなく、とりあえず媒体から取り下げておいて、SNSの様子を見ているフシがある。
確かに私が受けた(のと類似の)被害は、山本章一が起こした鬼畜の所業とは桁が違うとは思う。私はあの一件で色々人生が捻じ曲がってしまった実感があるものの、曲がりなりにも社会生活は送れているからだ。被害者のかたの回復を祈ってやまない。
とはいえ、今回のような「こっちの件はOKでしょ」的な空気を出されると、私の被害など大したことなどなかったのだと社会から断ぜられているいるようで、大変につらい。比較すると些細な被害のように見えるかもしれないが、私にとってはずっと忘れたいのに脳にこびりつき、長い間苦しめ続けている悪夢である。何が「性加害、性搾取、あらゆる人権侵害を決して許しません」だ。マツキタツヤに面会を要望した編集者は、一秒でも被害者のことを考えたのか。「いまならジャンプのヒットメーカーに依頼できる」という金勘定しかなかったのではないのか。
■15歳=こども
こいつらばかだと思う。15歳なんて知識以外はだいたい成熟してるし、大人とたいして違いはない。もちろん男からは性的な対象としてみられる。(興味ないって言う男は極度の嘘つき)。だから好きでもない男とは二人きりになるべきではないし将来展望の描けない男と気軽にセックスすべきでもない。そう言うのは昔はちゃんと母親が教えてたはず。
今の糞フェミどもはそう言うことを教えるつもりはないよね。糞フェミは気持ち悪い自尊心を満たせればどうでもいいからこう言うのは若い女に教えようともしないし、最悪女が被害に会えば男を叩く機会ができていいと思ってる。本当にフェミってクズでカスでゴミだと思う。
初潮来たら女は好きでもない男と二人で会うな。付き合うな。個別メッセもするな。性的同意?アホか。キモい妄想は脳内だけにしとけよ?密室で二人であったらそれはオッケーの同意なんだよ。
これが答え。
男女間の恋愛もはっきり言って無駄だと思う。男は女を満足させるために若いときにしか使えない恋愛スキルを身に付けなくちゃいけないし、日本の場合はデートでサイゼ行くなとか、服装がどうこう、髪型がどうこうなど営業以外若いときしか使えないような無駄なスキルを身に付けなくてはいけない。ゴミみたいな自由恋愛があるから。男女間系が曖昧化してめんどくさい状況やレイプ紛いのことがおこる。
たった一人のあの人と結婚したって言ってる既婚者そんなにいるか?適当に嫌な奴以外と結婚してる奴が殆どだろ?お見合いで良くね?
高校の頃、しょっちゅう お前を産むんじゃなかった お前を産んだ時お前を殺しとけばよかった と言われて 本当に自殺しようとした自分を思い出してちょっと泣いた
あの時は別にそう言われたから死のうと思ったわけじゃなかった ただ鬱が酷すぎて毎日夜眠れなくて辛すぎて楽になりたくて死にたくなっただけ
親だからどんなこと言ってもどんなことしても 子供の命を奪わない限り、誰にも責められない 家庭って学校よりも恐ろしい小さな社会だよね
これはただ運が悪いと思って納得できるもんじゃないけど そう思うしかないよね
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26歳、女。ちゃんとしている。遅刻はしないし、締め切りも守るし、約束も忘れない。飲み会の幹事も、旅行のしおり作りも、なんとなく私の役になっている。「あの子がいれば大丈夫」という一言の中に、どれだけの「考えるのをサボっていい」が含まれているか、言われた本人だけがよく知っている。
26歳、女。会社では「助かる〜」「しっかりしてる」と言われる。資料の抜けを見つけるのも、会議の段取りを整えるのも、締め切り前日に静かに穴を埋めるのも、だいたい私だ。「そんなに頑張らなくていいのに」と言う人ほど、自分では最後までやり切った経験が少なかったりする。「頑張らなくていいよ」の裏に、「でも何かあったらちゃんとしてるほうが被るんでしょ?」という現実が透けて見えるから、私はあまり素直にうなずけない。
26歳、女。「私がやったほうが早いし、ちゃんと終わる」と思っている自分がいる。その自覚は、気持ちのいいプライドと、どうしようもない疲労をいっしょに連れてくる。任せて失敗されてイライラするくらいなら、自分でやったほうがましだ、と何度も思ってきた。そのたびに、「また私か」と心の中でつぶやきながら、自分で自分の首を締めている感覚がある。私が段取りを覚えたぶん、誰かは永遠に覚えないままでいられる。
26歳、女。デートでも、似たようなことが起きる。彼が一生懸命考えてくれたらしいプランが、細かいところでちょこちょこ噛み合わない。待ち合わせ時間と移動時間の計算が甘くて、予約の時間に微妙に間に合わなさそうだったり、レストランと映画館の位置関係がチグハグだったり。そんなとき、私は「大丈夫だよ、こっちの出口から出たほうが早いよ」とか「この店も良さそうだよ」とか、なにげない一言でルートを修正する。彼は、自分のプランが半分くらい私の調整に支えられていることに気づいていない。「今日のプラン、なかなか良くなかった?」と満足そうに言う彼を見て、私は「うん、良かったね」と笑う。私が差し込んだ小さな修正は、また一つ、「ちゃんとしてる私」の棚に静かにしまわれていく。
26歳、女。ちゃんとしている自分に、ちゃんと文句も言っている。「そこまでやらなくてよかった」「それ引き受けたらまた同じだよ」と、帰り道のエスカレーターで自分会議が始まる。次は断ろう、次は見て見ぬふりをしよう、と決めるのに、いざその場になると「しょうがないな」と笑ってしまう。私の「しょうがないな」は、誰かの「助かった〜」とセットで機能している。ちゃんと反省して、ちゃんと同じことを繰り返している。私の「ちゃんと」は、もはや習慣ではなく、半分くらい職業病だ。
26歳、女。たまに、少しだけ力を抜く。既読をすぐ返さない、誘いを即答しない、飲み会の幹事を「今回は他の人に任せようよ」と提案する。そうすると、「どうしたの?」「珍しいね」と言われる。「らしくない」とまで言われることもある。あなたが勝手に決めた「らしさ」のために、私がどれだけ自分を締め上げてきたかについては、考えたことがあるだろうか。らしくないと言われるたび、「そこまで私のこと知ってるつもり?」と、少しだけ笑ってしまう。
26歳、女。恋愛の場面でも、「ちゃんとしてるほう」に自然と回される。翌日の予定を考えるのも、避けて通れない話題を先に口にするのも、だいたい私だ。場の空気が変な方向に行きそうになったら、冗談で戻す。曖昧な態度が続きそうになったら、「どうしたいの?」と聞く側に回る。そのたびに、「こういうの、たまには誰かにやってもらいたいな」と思いつつ、自分が黙っていると何も決まらない未来も見えてしまう。結局、私が「ちゃんと」言葉にすることで、物事は前に進む。
26歳、女。ちゃんとしていることに疲れている。ちゃんとしている自分をやめられない自分にも、疲れている。それでも、「何も考えてこなかった人」と同じ場所まで自分を落とすことは、プライドが許さない。ここまで積み上げてきた「ちゃんと」をゼロにするのは、あまりにももったいない。だから私は、この位置に立ったまま、「ここまで来るのも、それなりに大変だったんだよ」という事実だけは、ちゃんと覚えておいてほしいと思っている。
26歳、女。私は今日もちゃんとしている。誰かにとって都合のいい「ちゃんと」かもしれないけれど、その都合のよさを作るために、どれだけ自分をすり減らしてきたかについては、私だけがよく知っている。もしあなたが、誰かの「ちゃんとしてる」に何度も助けられてきた側なら、次に「助かる〜」と言うとき、一瞬だけでいいから思い出してほしい。そこにはたぶん、「26歳、女。」みたいな誰かがいて、あなたの見えないところで、今日もちゃんと疲れている。
https://megalodon.jp/2026-0222-2111-10/https://anond.hatelabo.jp:443/20260222210740
なんで去年確定申告ができなかったかって実家の仕事で親が払ってた給与(正確には雇用ですら無い)分の源泉徴収票的なものを一切発行しなかったからなんだけどなんで去年確定申告ができなかったかって実家の仕事で親が払ってた給与(正確には雇用ですら無い)分の源泉徴収票的なものを一切発行しなかったからなんだけどなんで去年確定申告ができなかったかって実家の仕事で親が払ってた給与(正確には雇用ですら無い)分の源泉徴収票的なものを一切発行しなかったからなんだけどなんで去年確定申告ができなかったかって実家の仕事で親が払ってた給与(正確には雇用ですら無い)分の源泉徴収票的なものを一切発行しなかったからなんだけど