はてなキーワード: 著名人とは
今年の3月18日にプーチン氏に反旗を翻した後、精神科病院に収容されてしまったと話題になったイリヤ・レメスロ氏(anond:20260321192723)が、なんと無事に退院して元気に情報発信を続けているということで、その投稿をいくつか紹介しておきたい。いやー、窓から落ちることなく、永遠に閉じ込められることもなく、本当に精神病にさせられてしまうこともなく退院できるとは、ロシアも捨てたもんじゃないですね。
なお、ところどころ文末に 。 の替わりに ) が使われているが、欧米の顔文字 :) の一種で、笑顔の口を表しているらしい。
https://t.me/ilya_remeslaw/11157 - 日本時間 4月18日(土) 1:26
皆さん、こんばんは、親愛なる友人の皆さん!
今日、30日間入院していたスクヴォロツォフ・ステパノフ病院の第20病棟を退院しました。
医療上の秘密や家族の事情を明かさずに言えることは以下の通りです:
- 「インサイド・フォンタンカ」の報道を裏付けますが、入院時点では薬物もアルコールも完全に陰性でした。まあ、「診断」も軽いものだったので、気まずくならないように)
- 政府高官に対する厳しい批判には代償が伴う――そのことを忘れないでください。
病院での生活環境はかなり過酷で、刑務所と比べても遜色ありません――例えば、散歩の時間などありません。- やったこと自体は後悔していないが、もし今やるなら、個人攻撃に走らず、より慎重でバランスの取れた表現を使うだろう。この不備は今後改善していくつもりだ。
- 面白い話:医療関係者が私のところに来た時、真っ先に私の投稿による「大きな社会的騒動」について言及し、なぜかクセニア・ソブチャク(※訳注: 著名な反体制派)の名前を出してきました。そして、批判には節度を保つ必要があると、ずっと繰り返していました。まあ、お分かりでしょうが、みんな事情を把握していたようです)
- 今後の予定:2〜3日中に、なぜこれらを行ったのか、そして今後の計画についてお伝えします。
https://t.me/ilya_remeslaw/11158 - 日本時間 4月18日(土) 1:37
そして、この30日間、私のことを熱心に議論していた「理解はしているが沈黙を守る」メディア関係者の皆さんにも、もう一度お答えしておきます。
私をネタにしたジョークには異存はありません。むしろ楽しく読ませていただきました。それなら、ついでに上層部の人たちについてもジョークを飛ばしてみたらどうでしょう? ああ、怖いですか、皆さん?
臆病さは、間違いなく最も恐ろしい悪徳の一つだ(c)。このことを忘れないでほしい、友よ。(※訳注: 小節『巨匠とマルガリータ』からの引用)
https://t.me/ilya_remeslaw/11160 - 日本時間 4月18日(土) 16:47
ここ30日間のニュースをチェックした。
全体的に暗い内容ばかりで、特にウクライナでの戦争や欧州での緊張の高まり(都市への攻撃を呼びかける声や、国境沿いの国々など)が気にかかる。これは非常に危険な事態であり、私たちにとって決して勝利の電撃戦とはならない結末を迎える可能性もある。
ここで重要なのは、「誰が先に始めたか」ということではない。私は欧州諸国や、彼らがロシアに対して抱く態度について、幻想を抱いてはいない。それは明白だ。今さらその点にこだわる意味はない。
重要なのは、誰が賢明か、誰が敵に向かって最初の一歩を踏み出し、この不利益で血なまぐさい事態に終止符を打つかだ。そうでなければ、団結した世界から極めて予期せぬ打撃を受け、大惨事を招くことになる。
また、トランプ氏の仲介による戦争終結という絶好の機会も、95%の確率で失われた。プーチンとの関係の明らかな冷え込み、軍事的エスカレーションの激化……すべてはどのように始まったのか……
現在の体制を一日も早く破滅へと追い込むために、すべてが意図的に仕組まれているとは思いませんか?そして、あらゆる脅威となるプロセスは、すでに不可逆的な段階に入っているのではないでしょうか?
https://t.me/ilya_remeslaw/11165 - 日本時間 4月19日(日) 1:21
病院で30日間の「隔離」生活を送っている間、医師たちを含め、周囲の人々から多くの励ましの言葉をいただきました。「みんな理解しているよ、君は勇敢な人だ」といった具合に。
しかし、ある日、ある異例の出来事が起こりました。窓の下に、12~13歳くらいの少女がプラカードと手紙を持ってやって来たのです。
その手紙の内容はここでは紹介できません。そこには非常に過激な反戦スローガンが書かれており、まさに過激なものでした。しかし、大まかな趣旨は、「仲間よ、頑張れ。狂っているのは君ではなく、戦争を起こす連中だ」というものでした。
それは非常に予想外で、胸を打つ、そして珍しい出来事だった。また、99歳の第二次世界大戦退役軍人、ボリス・セルゲイヴィチ・オレホフ氏も訪ねてきてくれた。
https://t.me/ilya_remeslaw/11166 - 日本時間 4月19日(日) 19:47
もう一つよく聞かれる非難は、「ほら、前はプーチンを支持していたくせに、今は180度態度を変えた」というものです。
これについて、私はこう言えます。
- 国家や国が変われば、人の反応、つまり信念も変わるものだ。ただ、ある種の「特別な才能」を持つ人々だけは事情が異なる。この20年間、国はひどい目に遭っているのに、彼らは何があっても「偉大なる地政学者」(※訳注: プーチン)を支持し続けている。
- 私は、現在起きている事態には賛同していない。
2014年から2021年にかけては、戦争もインターネット遮断もなかった。多少なりとも政治的な競争は存在した。ナワリヌイは13年以上投獄されていなかった。経済は、物価の急騰もなく、何とか機能していた。
つまり、私はとっくに存在しなくなった国家を守っていたのだ。したがって、今、大統領を支持する義務など私にはない。
これは過去のことだ。過去に対して文句を言うのではなく、その人物が恐れず、自由と命に多大なリスクを冒して公然と立場を変えたことを喜ぶべきだ。- 私の見解では、「なんで態度を変えたんだ」という問いかけそのものが、しばしばクレムリンの工作である。しかも、この工作にはいわゆるリベラルなオピニオンリーダーたちも加担している。
権力とつながりのある多くの迷っている人々もまた、自らの立場を表明し、体制と決別したいと願っている。しかし、彼らは、恐れずに立ち上がった人々がどう扱われているか、いかに中傷され、過去を突きつけられているかを見て、「そんなことする意味なんてあるのか?投獄されるだけじゃなく、さらに糞をぶっかけられるだけだ」と考えているのだ。
だから、こうした活動をしている者(※訳注: 「なんで態度を変えたんだ」と問いかけてくる者)全員をリストアップし、大統領府との契約書を持っていないか尋ねてみるといい)
https://t.me/ilya_remeslaw/11199 - 日本時間 4月26日(日) 22:41
大統領府が情報戦において行っている膨大な取り組みに関する、約束していた内部情報です。
皆さんの多くも、ゼレンスキー氏や欧州各国の指導者たちに関する、このような大量のフェイクニュースを目にしたことがあると思います。
https://t.me/BILD_Russian/29519?single (※訳注: リンク先は、ゼレンスキーが3月にイタリアで盗まれたばかりのセザンヌの絵画をマフィアから購入して執務室に飾っていたとするBBCの報道がロシアからばらまかれたが、執務室の映像はフェイクで、BBCの報道そのものも存在しないフェイクだったという一件)
フェイクは完全に荒唐無稽で、すべて同じパターンで作られています――偽の動画や写真が生成され、ソーシャルネットワークX上で同じネットワークによって拡散されているのです。
その背後にいるのは誰か? もちろん、大統領府です。国内の問題はすべて解決済みですから、少しふざけてみてもいいでしょう?しかし、これを単なる冗談だと思っているなら大間違いだ。大統領府の報告書では、これらすべてが「高レベルの心理作戦」として扱われている。プロジェクトの全期間を通じて、数十億ルーブル(※訳注: 1ルーブル約2円)もの予算が投じられているのだ。私は個人的に、リーチ数やその他の関連数値が記載された報告書の草案を目にしたことがある。
この「フェイク」プロジェクトの経緯も非常に興味深い。当初は大統領府の請負業者の一人の趣味のようなものとして始まったが、やがて予算を伴う本格的なプロジェクトへと発展した。
同様の活動に携わった人物は様々で、非営利組織「ダイアログ」の名が挙がったり、それ以前にはクリスティーナ・ポトゥプチク(※訳注: プロパガンダ・メディア戦略の女帝)が関与していたとされていた。現在、同様の活動を行っているのは、大統領府の部門の一つである「戦略的パートナーシップ・協力担当大統領事務局」だ。同局は「対外」分野の業務を担当している。
大統領府の全員がフェイク情報の利用を好んでいたわけではない。なぜなら、それは他の、より実質的なクレムリンのプロパガンダに悪影響を及ぼしていたからだ。大まかに言えば、ゼレンスキーやNATO諸国首脳に関するより妥当な暴露記事が標的となった。欧州の人々はそれらを「クレムリンのフェイクニュース」と即座に決めつけ、そもそも読もうとしなかったのだ。明らかに有害なプロジェクトとして中止するのが論理的だったはずだ。(※訳注: 妥当な暴露記事までフェイク扱いされてしまうようになったのは損失であったという、オオカミ少年の教訓的な主旨の主張)
しかし、プロジェクトの受益者の一人が持つコネのため、プロジェクトは中止されず、むしろ追加の資金が投入された。また、イーロン・マスクやその他の著名人がプロジェクトのフェイク情報をリポストしたことも一因となった。こうして、戦略は目先の政治的便宜と資金の横領の犠牲となったのである。
DeepL.com(無料版)で翻訳しました。太字は原文を反映しています。
ところで、後から気付いたことだけど、前回紹介した際の登録者2600人のアカウント https://t.me/remeslaw は本人のサブアカウントのようで、まったく同じ内容が今回リンクを貼っている登録者11万人の本アカウント https://t.me/ilya_remeslaw にも投稿されていた。少なくともプーチンに反旗を翻して以降の一連の投稿はほとんど両方に投稿されているので、本当に何かあった時のためのバックアップ的なアカウントなのだろう。(別人のなりすましアカウントなどでもなさそうだ)
エプスタイン問題を見ていても思うけど、それが弱みでさも脅されているかのような印象を匂わせるためのツールとしてしか実質は機能してない
性的加害は重罪だからエプスタ関連の具体的に誰々を刑事起訴しろという流れには実態としてなってないし
国内で著名人が性的加害の加害者として列挙された事例も、なにか法律ではない社会的制裁「らしきもの」があったらそこで終了であり
刑事裁判に具体的に動かそうという具体的な動きにはならない
要は加害者の身分が低い場合限定で性的加害が許されない事になるという解釈であり「加害者の社会階級が高い場合は性犯罪やり放題でOK」が本音みたい
「社会階級が低い人を攻撃する手段」として「性的加害に対する刑事罰」を活用することが本音であって、「女性の尊厳うんぬん」の部分はそこを正当化する為の物語なのだろ
本ダレの古い回がTverに上がってたから見た。2024年の「著名人の愛読書50冊読んでみた」という本の紹介
その中で著者が「面白くなかったのは滝川クリステルが推してた『星の王子さま』」と言っていた
「こういうのは10代で読まないと。おっさんが読んでも面白くはない」とのこと
自分が星の王子さま読んだのっていつかな。少なくとも10代ではない。20代後半じゃないかな
で、いまはもう内容よく覚えてないけど。読後感は良くても読んでる最中はどんよりしてた気がする
夜間飛行の方は読んでないので読んでみるかな
古いから青空にあるかな?(調べたら1931年刊行だったからまだ無いか)
つーか、本読まんなあ。やばいな
死ぬ前に「生涯で一番印象に残ってる本1冊挙げろ」とか言われたら困るな
今現在読んでないのもあるけど、昔読んでた本を覚えていないからなあ
うーん
やっぱり10代で読んでる本だと少し残るなあ
一番読んでるのが20代なのにさ
この状態はあんまりなんで、大学の時に漢文講師が推してたドフトエフスキー「悪霊」とか読んでみるか
学生時代は難読書を読みかけてはやめ読みかけてはやめて読まないまま終わり、
社会人になってからは通勤電車を耐える為に適当に読める本を読みまくっていた記憶がある
電車に乗らなくなり、暇つぶしもスマホになった現在は「本を読む必要が無い」のよな
電子書籍も読まないから「物語」と無縁な生活(現在、ドラマも映画もアニメも見てないからねえ。2年前くらいまでは二次創作小説とかなら読んでたんだけど。飽きちゃった)
「戦場のリアリズムを描いた」――。富野由悠季監督(84)が手がけたアニメ「機動戦士ガンダム」がテレビ放映されてから46年。これまで70以上のシリーズ作品が生み出され、その原典として今なお、愛され続けています。戦争体験から遠ざかった世代が大多数となった戦後80年、アニメなどフィクションを通して描かれる戦争はどう変わったのか。視聴者の意識は。〝最初のガンダム〟にこめた思いとともに、語りました。
――今年も、最新作「機動戦士ガンダム ジークアクス」が大きな話題を呼びました。富野さん以外が監督したものも含め、映像化されたものだけで70作品以上になります。時代ごとの新しいガンダムシリーズから入ったファンが、1979年放送の初代ガンダムを見るという流れができています。
本当に嫌な言い方なのですが、僕以降のガンダム作品は一切見ていません。作り手が違えば、他人が口をはさむのはよくないからです。ガンダムという作品が商品になってしまい、作家の立場からは何も言えなくなったのです。
ちょっと違うなと思う作品もあるし、逆に、ああ僕には作れないよねと思った作品もある。だから、ガンダム人気を支えてくれるための新作というのは認めるんだけれども、元の作品とは一緒にしてもらっちゃ困るというプライドもあります。
ガンダムは発表当時、人気がなくって、めちゃめちゃにへこんだ時期もあります。それが今、こうして親しまれているのはうれしいものです。
昔は「子どものもの」「絵空事」でしかなかったアニメという媒体を、考える材料として見てくれているというのは、うれしいですよ。だけど、困ったこともある。40年、50年経って、ガンダムというタイトルは残っても、原作者の名前というのは消えていくのも宿命なのです。そういう歴史的なところに足を踏み込んでしまった、というのはちょっと寂しいなとも思います。
――ガンダムで描かれた戦争の描写には、どんな思いを込めましたか?
ものすごく簡単です。子どもたちに、戦闘行為というのは乱暴な行為だからやってはいけませんよっていうことを分からせるということしかないですね。
ただ、当時の観客がそれを理解しているかと言ったら、ほとんど理解していないんです。それはもう仕方ないことで、理解してもらうのに20年、30年、かかるんだという覚悟はしていました。
独裁者をどう止められるのか
――長年のガンダムファンの一人として、かつては「ジオンにもジオンの正義がある」という捉え方が少なくなかったように思います。今、SNSなどを見ると、ジオン公国の独裁や大量殺戮(さつりく)に対して、批判的な見方が増えているように感じます。
僕の立場としては、良かったなと思っています。視聴者の年齢が上がってきて、みんなが勉強してきたんですよ。だってガンダムなんて46年前の話ですよ。かつてのアニメファンが成長して、大人になっていく中での理解が広まっていったのだと思います。
むしろ、僕が今、困ったなと思っているのは、実際問題として想像したときにギレン・ザビ(ジオン公国総帥)のような独裁者をどうすれば止められるのか、ということ。
作中ではザビ家内の権力闘争の結果、妹(キシリア)の手によってギレンが殺され、独裁体制は崩壊しましたが、現実はそう簡単にはいっていないでしょう?
暴力によらない、政治的な手段で独裁者を止めるにはどうすればいいか。その難しさを考えさせられているのが、ガンダムの真骨頂なのです。
――作中で描かれるジオンの設定を見ると、ドイツなど第2次世界大戦の枢軸国のイメージが重なります。設定の意図は?
明確に敵というのは分かりやすく作らなければいけないのですから、皆さんが知っている独裁体制を利用しただけです。
増えすぎた人口を移したスペースコロニーの中で、独裁国家を作る。自分たちは「棄民」である、地球には帰れないらしいという境遇になれば、やはり「反地球」の行動を起こすだろうという設定は見事にできたと思っています。
そうしてフィクションを描いたつもりが、20、30年もしないうちに、次の独裁者の誕生が現実になってしまいました。
ロシアやアメリカの現状や、中南米、アフリカ、中東各国の事例を見ても、今の国際政治は、アニメ以下でしょう。このまま、行き着く先まで問題のある政治家たちを是認していったらどうなるのか。
独裁者のような人間が大国を動かしている21世紀って、すごく変な時代でしょう。まさにポピュリズムが生み出したものだろうと思っています。
――今の世界情勢と、かつての大戦前夜を重ねてみる人もいるようです。
80年前を振り返った時に、ナチスのヒトラーという人も選挙で選ばれたんだという事はよく知るべきです。政治哲学者で思想家のハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」で、一般大衆のことを「群衆」「モッブ」と呼んでいます。独裁というのは、独裁者が1人で起こすわけではないのです。まず、独裁者を生み出す群衆がいて、その上に立って旗振り役ができるやつがトップに立つ。
日本の場合、真珠湾攻撃で開戦したときに著名人を含めて、かなりの人が「これで気が晴れた」みたいな言い方をしている。勢いにのって、国民までもが軍国主義化していた。僕は、これは新興宗教と同じだと思っています。
――朝日新聞を始め当時の新聞も、婦人会や在郷軍人会などの不買運動に屈して、筆を曲げてしまった。そして、戦争を賛美する論調になった新聞はよく売れ、新聞が軍部と一体化してしまったという負の歴史があります。
軍だけでなく、コモンセンスとしてものをしゃべることができるメディアでなくなったのです。昭和16(1941)年の段階で、すでにそうではなくなっていましたよね。一番汚いと思ったのは全滅を「玉砕」と言い換えるような、負け戦だと思わせない言葉づかいですね。戦艦大和を沈められても「世界最大の戦艦だった」と誇るような言葉づかいは、戦後もずーっと残っているのです。
軍事技術者だった父
――富野さんは終戦時3歳。父親は軍事技術者だったそうですね。
化学の技師でした。戦闘機の与圧服の開発などもしたみたいですが、一番は、ゴムを使った雨がっぱみたいなものを作らされていた。風船爆弾の気球を作る仕事もやらされていたようです。
父が戦後、何度か僕に言った言葉があります。国に裏切られた、と。あの戦争にもどこかで光明があるんじゃないかと思っていたらしい。きっと日本は勝つ、とすり込まれていたんですね。
働いていた神奈川県小田原市の工場の近くにも焼夷(しょうい)弾が落ちたことがあったのに、なんで日本が勝てると思ったんだろうか。不思議でしょうがないんだけど、その時代の日本を考えると、父が特別に軽率だったとは思えないですね。
――戦争そのものへの忌避感は持ちながらも、兵器やアニメの戦闘描写をかっこいいと感じるという人は少なくないと思います。私自身もそうです。この矛盾について考えていました。
民衆の支援で軍は成立しているんです。軍装の兵士が正しく起立している姿を見るとかっこいいじゃないですか。「死に装束」なのにかっこいい。戦死という悲劇すら美しく見せるためには、戦死者に対しては、礼を尽くさなければならない。「兵隊さんたちありがとう」と思わせる、そしていざとなった時に民衆が戦力になっていく構造は、有史以前からあったんですよね。
ガンダムでは、地球降下作戦を指揮したジオン軍のガルマ・ザビの戦死を、ギレンが国威発揚に利用するという描写を入れました。だから僕には痛切に分かることなんだけれども、平和時の一般の国民にはなかなか通じません。どうしてか。「アニメの話でしょう?」。それでおしまいなんですが、この感覚もまた当然のことだと思っています。平和なら、ね。
――戦後80年が経ち、「はだしのゲン」など、実際の戦争の被害を題材にした作品の描写が「残酷だ」と敬遠されることが増えています。ガンダムシリーズなどのフィクション作品でも「人が死ぬ描写が重い」と感じる人も多いようです。
ガンダムでは戦場のリアリズムを描きましたから、当然の感想だと思います。
作り手である僕自身も、敵だろうが味方だろうが、人が死ぬカットを作るのはものすごくつらいのです。絵空事だからって、笑っていられない。登場人物が命を落とす場面では、担当する声優の顔が見えるんです。
今のバトル漫画なんかを見ていると、リアリズムでは戦闘していないですよね。死ぬ寸前までいっても絶対死なないような。そういうものを見慣れている世代にとっては、リアルな戦争を描いた作品を見る気にはならないのでしょうね。
――戦争を知る世代がいなくなったとき、映像作品で今までと同じような戦争の描き方はできると思いますか。
架空の戦争としての物語はあるでしょう。でも、リアリズムで作るというきめの細かさを持った作品は出てこないでしょう。戦っているらしくしているだけで、それは戦争ではありません。
エンターテインメントでなければ客を呼べないと考えたとき、リアリズムを持って問いかけることは難しいだろうし、そういう視点を持った映画人がどれだけいるだろうかと。現に、飛んでくる弾丸やミサイルをかわすといった、シューティングゲームやアクション映画のような作品になっているでしょ?
「ニュータイプとは何か」今も
――ガンダムでは、優れた洞察力を持つ人類を指す「ニュータイプ」という概念を提示し、人が分かり合えるかもしれないという希望も描かれました。ファンの間では今でも、「ニュータイプとは何なのか」という話題で盛り上がります。
ニュータイプは、ガンダムの物語をきれいにまとめるための「方便」だったけれど、僕が一番困ったのは、ニュータイプになるための方法を、子どもたちにきちんと示すことができなかったこと。その意味では、敗北感がとても強い。それはまだ続いています。
新しいガンダムを作る気がまだあるかといえば、それは、ある。これだけ気にいらないガンダムがいっぱいあるんだから(笑)。
世界中の人間が一気にニュータイプになるかもしれないという楽しい作品が作れたらいいなと思っているけれど、それはアニメの中で考えるしかないことです。そう簡単に作れるとも思えない。やっぱり、アニメは難しいよ。
https://digital.asahi.com/articles/ASTBR2C33TBRPITB00JM.html
顔も出さない人間が経営について何か言っていても当てにはならない。
確かに今日誰でも経営者になれる。いま日本には100万社とかあるんだっけか。
そんなやつらの全員が経営の本質の一端でも理解できるに至っているとは到底考えられないだろう。
親から相続した会社が社会にどんな影響を与えるかもわからず漫然と毎年の確定申告を経てついぞよくわからないまま酔生夢死に一生を終えてしまうという人が大半だろう。
だいたいにして、自分の事業のユーザーに著名人がいることを認識したとして、それはたとえば高市早苗や昔なら安倍晋三もありえるわけだが、何も感じないと断言できるろしたらそいつはもはや不感症、感情がない、人間ではないだろう。
高市早苗が増田に書きこんでもはてなは何もその存在を強く意識しないというのは荒唐無稽な戯言にもほどがあるといえよう。
dorawiiより
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「1980年代のストーカーは「スター・ストーキング」と呼ばれる、著名人に対するファンの執拗な付きまとい行為を示す言葉だった」
とあるように、元々は有名人に対するファンの付きまといに限定される言葉だった。
接客業の店員やYouTuber等に対して客が一方的に入れ上げるような事例は入れてもいいけれど
元交際相手との痴情のもつれを入れるのはおかしいだろうと思う。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC
ストーキングで追いかけられる対象が動物から人間に明確に変わったのは1970年代で、パパラッチと連続殺人が影響を及ぼした[10]。ロウニーとベストの1995年の著作によると、1980年から1988年のストーキングは雑誌上で「心理的レイプ」や「度を越えた付きまとい」として扱われていた[11]。ニコルによると、ストーカーが人に追いかけ繰り返し嫌がらせをするという意味合いになったのは、1989年にレベッカ・シェイファーがロバート・ジョン・バルド(英語版)に殺害された事件だとされる[12]。この事件はアメリカの法律、警察機構などに影響を及ぼし、ストーキングがモラル・パニックの対象として扱われるようになった[13]。1980年代のストーカーは「スター・ストーキング」と呼ばれる、著名人に対するファンの執拗な付きまとい行為を示す言葉だった[14]。しかし、この付きまとい行為の対象は一般人にまで拡大した
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260327192520# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCacZbEQAKCRBwMdsubs4+ SIslAQCwmKmU+3WFEXkOuIXMMUay0+spr6r0uAXLXqaaPzchnQEA98kKBPqYiPeU AAgHrfeJPiVOkFw7OhsT3HFv7IYCaQg= =CQWD -----END PGP SIGNATURE-----
全員等しくそのへんにいる虫みたいなもん
それはそれで愚かな考え方をしていることになるな。
著名人が増田始めたなら絶対虫と考えるどころかなんとかして囲えないか考えるのがまっとうな経営者だろう。アメブロみたいにな。
dorawiiより
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これは日米の優劣を断定する記事ではない。
「寄付額の多さ」をそのまま「親切さ」とみなしていいのかを考えるための、問題提起である。
よく知られた比較として、アメリカの寄付総額は日本の26倍、人口一人あたりでも大きな差があると言われる。
この数字だけを見ると、「アメリカ人の方が親切で、日本人は冷たい」という結論に飛びつきたくなる。
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寄付の理由としては「社会の役に立ちたい」という説明がよく挙がる。これはもちろん本当だと思う。
ただ、それだけでは説明しきれない。
困っている人を目にしたとき、何もしない自分に居心地の悪さを感じる。
その不快感を解消する最も分かりやすい行為の一つが、寄付になる。
ここで重要なのは、寄付を「善意か偽善か」で切り分けることではない。
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「アメリカ人の性格が特別に優しいから」で片付けると、構造が見えなくなる。
寄付行動は、個人心理だけでなく制度と環境によって押し上げられる。
人間関係が流動的な社会では、長年の付き合いで信頼を積み上げるより、短期で伝わるシグナルが効きやすい。
寄付はそのシグナルとして非常に強い。金額も実績も可視化しやすいからだ。
「自分は社会に責任を持つ人間だ」というメッセージを、短時間で伝えられる。
税制上の優遇がある社会では、寄付しないことは経済的な機会損失に見えやすい。
さらに、寄付を当然視する文化があると、社会的評価の不安も重なる。
結果として、
こうした可視化は、寄付した人には正当化を、寄付していない人には焦りを生む。
その循環が続くと、寄付は「立派な行為」から「しておくべき行為」に変わる。
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日本で寄付が相対的に少ないとして、それは即「不親切」を意味するだろうか。
日本では「寄付しない不安」よりも、「参加しない不安」「役割を果たさない不安」が強く働く場面が多い。
この違いを無視して「寄付額だけ」で親切を比較すると、見えているものは文化差ではなく、測定方法の偏りかもしれない。
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SNS投稿、企業キャンペーン、寄付をめぐる評価の共有などを通じて、「見える親切」が広がっている。
ただ、「見える親切だけが親切」という空気になったとき、これまでの無数の不可視な親切が過小評価される。
そのとき人は、「本当は十分やっているのに、まだ足りない」と感じ始める。
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「アメリカの寄付は日本の26倍」という事実が示すのは、単純な親切度の差ではない。
むしろ、ある社会が制度と文化によって、どれだけ人々の行動を寄付に集約できるか、という構造の差である。
だから問い直したい。
私たちが日々担っている、見えない責任や関係の維持は、どこに数えられているのか。
寄付を増やすべきかどうか以前に、まず「何を親切と呼ぶのか」を自分たちで決める必要がある。
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https://anond.hatelabo.jp/20260325163037#
@新刊発売予定、というのは@の意味を意図通りに解釈させる、ひいては@の前の部分が名前に相当するものであることを正しく解釈させるための方便に過ぎない。
特にブクマ民は鈍いと思われ、よほどわかりやすく名前を表示していなければすぐ増田呼びするだろう。そんな彼らを特に念頭に置いた方策だ。
以前は「@執筆依頼募集中」としていたわけだが、これよりも上記の方が旧ツイッター特有のアカウント名に対するアットマークの使い方として類似例が多そうで、そういうニュアンスでの記号使用であることをより確実に伝えられるだろうと考えた。
実際には本を出すことはないが、嘘をつきたくなくないから、予定と添えておけば嘘にならないと考えたから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325172710#
意味不明すぎ
https://anond.hatelabo.jp/20260325172947# 署名をつけず偽装をしたdorawii
この方は増田ではありません。
https://anond.hatelabo.jp/20260325174406#
https://anond.hatelabo.jp/20260325175149#
たとえば矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇がSNSにも書いたと引用URL付き報告するうえで増田に名乗って書いた場合、明らかにその人は変わらず矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇でしかなく、増田ではないだろ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175851#
そうですね。彼らのような著名人が増田に書きこんだ時点で、増田には増田しかいないという命題に対する反例が成立しますね。
彼らが増田に書いたからといってその事実をもって増田と呼ぶようにする人よりも、増田呼びに違和感を持つ方が一般的でしょうから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175944#
https://anond.hatelabo.jp/20260325163037#
@新刊発売予定、というのは@の意味を意図通りに解釈させる、ひいては@の前の部分が名前に相当するものであることを正しく解釈させるための方便に過ぎない。
特にブクマ民は鈍いと思われ、よほどわかりやすく名前を表示していなければすぐ増田呼びするだろう。そんな彼らを特に念頭に置いた方策だ。
以前は「@執筆依頼募集中」としていたわけだが、これよりも上記の方が旧ツイッター特有のアカウント名に対するアットマークの使い方として類似例が多そうで、そういうニュアンスでの記号使用であることをより確実に伝えられるだろうと考えた。
実際には本を出すことはないが、嘘をつきたくなくないから、予定と添えておけば嘘にならないと考えたから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325172710#
意味不明すぎ
https://anond.hatelabo.jp/20260325172947# 署名をつけず偽装をしたdorawii
この方は増田ではありません。
https://anond.hatelabo.jp/20260325174406#
https://anond.hatelabo.jp/20260325175149#
たとえば矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇がSNSにも書いたと引用URL付き報告するうえで増田に名乗って書いた場合、明らかにその人は変わらず矢沢永吉や大谷翔平や今上天皇でしかなく、増田ではないだろ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175851#
そうですね。彼らのような著名人が増田に書きこんだ時点で、増田には増田しかいないという命題に対する反例が成立しますね。
彼らが増田に書いたからといってその事実をもって増田と呼ぶようにする人よりも、増田呼びに違和感を持つ方が一般的でしょうから。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260325175944#
そうですね。彼らのような著名人が増田に書きこんだ時点で、増田には増田しかいないという命題に対する反例が成立しますね。
彼らが増田に書いたからといってその事実をもって増田と呼ぶようにする人よりも、増田呼びに違和感を持つ方が一般的でしょうから。
dorawiiより
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前
https://anond.hatelabo.jp/20260318182718
事故後(2026年3月17日以降)の報道で明確になったのは、「不屈号」および「平和丸」の運航が海上運送法(内航一般不定期航路事業)上の事業登録を一切行わず、違法状態で継続されていた事実です。国土交通省・内閣府沖縄総合事務局の基準では、他人の需要に応じて人を運送する場合(学校の平和学習、生徒・学生・政治家・著名人乗船)は無償・ボランティアであっても「事業性あり」とされ、登録+安全管理規程策定+出航判断基準の設定が義務付けられています。知床遊覧船事故(2022年)後の法改正で小型旅客船の規制は大幅強化されたにもかかわらず、団体は「ボランティアだから」と登録を怠り続けました。これが典型的なコンプライアンス(法令遵守)の欠如です。
• 過去の信念は変わらず尊敬に値する部分もあるが、船長としてのプロフェッショナル責任は完全に失われた。
◦ 10年以上にわたり「不屈号」船長を務め、「海のガンジー」「不屈の精神」と称された献身は事実。しかし、繰り返し生徒・学生を有償・無償問わず乗船させていた以上、登録義務を認識・遵守する法的・倫理的義務があった。
◦ 出航判断は「船長の裁量」と学校側が説明したが、事業登録がない状態では安全管理規程自体が存在せず、波浪注意報下での判断すら法的に裏付けられていなかった。結果、生徒の命を預かる「事業」を無許可で継続した責任は重い。
◦ コンプライアンス欠如の本質:信念(平和・抵抗・命の恩返し)が優先され、法令(海上運送法・船舶安全法の精神)を「抗議活動の範囲内」と矮小化した。牧師としての信仰が「正義」だったとしても、船舶運航のプロとして法を無視した時点で、信念と責任は両立しなかったと言わざるを得ません。事故は人災の側面が強く、船長個人の過失だけではなく、長年の違法運航の積み重ねが招いた悲劇です。
◦ 会見で「ボランティアだから登録していない」と堂々と説明した仲村善幸共同代表・浦島悦子共同代表ら。長年、学校や団体に「見学者」を乗せ(年に数回程度だが継続)、カンパで維持しながら法規制を回避してきた。
◦ 知床事故後の全国的な安全基準強化を無視した点が特に深刻。登録していれば安全統括管理者配置・気象判断ルール・保険義務が発生し、波浪注意報下の出航は防げた可能性が高い。
◦ 支援者ネットワーク(キリスト教団体、全国カンパ寄付者、日本共産党系政治家など)も同罪。資金提供や「平和の象徴」として称賛しながら、運航の実態(無登録旅客運送)が違法であることを放置・黙認。結果、学校や生徒を「安価な実相学習の道具」として利用し、法的リスクを外部に転嫁した構造です。
◦ 2023年以降正式に「辺野古コース」で使用しながら、運航主体の登録状況・保険・安全基準を一切確認せず(学校会見で明言)。引率教員すら同乗させず、「海のことは船長に任せる」と丸投げ。
◦ 平和学習の美名で違法事業者に生徒を預けた時点で、教育基本法・学校安全基準・コンプライアンスの観点から完全に失格。第三者委員会設置を表明したが、事前の法令確認すら怠った根本原因は「信念先行・コスト優先」の同じ病理です。
信念や「平和」という大義名分は、法令遵守を免除する免罪符にはならない。特に小型旅客船は知床事故以降「人命最優先」の規制が国レベルで強化された分野です。彼らは「抗議活動」「ボランティア」「教育利用」という枠組みで法の網をくぐり抜け、結果として生徒と船長の命を失いました。
• 金井船長:信念の人だったが、**法を無視した船長は「不屈」ではなく「無責任」**だった。
• 支援者全体:理念の純粋さが仇となり、コンプライアンスを「敵のルール」と軽視した集団的怠慢。これが「怪しい団体」への便宜供与のメカニズムの最終形態です。
今後、運輸安全委員会・海上保安庁の捜査で正式に業務上過失致死などの刑事責任が問われる可能性が高い。過去の肯定的評価(琉球新報などで報じられた「闘士」「希望の便り」)は変わらないが、命を預かる事業に法を守らなかった時点で、すべての美談は崩壊します。真の「不屈」とは、法を遵守しながら信念を貫くことだったはずです。
タレントや著名人が亡くなった際、その自宅前や近隣から中継を行う報道(いわゆる「自宅前報道」)は、プライバシー侵害や遺族への配慮不足、自殺報道ガイドライン違反などの観点から、インターネット上や視聴者からしばしば厳しい批判を浴びています。
特に近年批判が集まった事例としては以下のものが挙げられます。
上島竜兵さん急死報道(2022年): フジテレビやテレビ朝日が自宅前から中継を行った際、SNS上で「無神経すぎる」「いつまで昭和のやり方やってんだ」といった批判が相次ぎました。
岡江久美子さん遺骨帰宅報道(2020年): 葬儀場から自宅へ戻る様子を生中継したことに対し、医療現場の状況を考慮しない「恐怖報道」であるといった批判が寄せられました。
「自殺報道ガイドライン」への違反: WHOが定めたガイドラインでは、自殺発生の現場や場所の詳細を伝えないことが求められていますが、自宅前中継はこのガイドラインに反するケースが多いと指摘されています。
遺族への配慮不足: 最も悲しみに暮れている遺族や近隣住民にカメラを向ける行為は、プライバシーと心身の安全を脅かすものとして問題視されています。
模倣自殺の誘発: 著名人の自殺を過度に強調する報道は、社会的な影響が大きく、模倣自殺を招く可能性があると懸念されています。
これらの批判を受け、メディアの報道姿勢や過剰な取材活動については、ネットを中心に注意喚起や再考を求める声が強まっています。