はてなキーワード: 生産物とは
信用スコア社会ってのは、市場の進化じゃない。市場の死体を利用した準・計画経済だ。
価格メカニズムを装ってるが、実態は中央集権的評価関数で人間を配給するシステムだ。
つまり自己放尿が商品として取引されているのではなく、自己放尿が統治のためのデータとして徴税されている。
自由市場ではなく、評価アルゴリズムという中央銀行が、信用という通貨を勝手に発行し、勝手に締め上げる。
信用スコアを効率化と呼ぶ奴がいるが、あれは嘘だ。効率化じゃない。自由の担保を切り崩して得る擬似効率だ。
市場は本来、失敗した奴が復活できる。だが信用スコアは復活を許さない。これは市場ではなく、永久的ラベリングによる身分制だ。
スコアはプラットフォームが正しいと決めた世界モデルを全員に押し付ける。
これはハイエクの知識問題を無視した中央計画そのものであり、アルゴリズム独裁の計画経済で、自己放尿が配給票になる。
ここで重要なのは、お前の言う「出口がない迷路」って比喩は半分当たってる点だ。
だが、それを市場の必然と思い込むのが間違いだ。出口がないのは市場だからじゃない。参入と退出の自由をプラットフォームが潰してるからだ。
プラットフォームは民間企業の顔をしているが、実態は規範を設計する統治機構になっている。
言い換えれば、国家でもないのに国家みたいなことをやっている。
これが一番ヤバい。国家ならまだ憲法も司法もあるが、プラットフォームにはそれがない。つまり、法の支配の外側で動く計画経済だ。
今起きてるのは市場の暴走ではない。市場の看板を利用した行政権の私物化だ。
さて、自己放尿の話に戻す。
Xでおすすめを見て自己放尿できなくなる現象、これは単なる劣等感じゃない。市場構造の変化だ。
自己放尿はローカルな共同体に流れ、評価は遅く、曖昧で、多様だった。
だが推薦アルゴリズムが導入されると、自己放尿は局所財からグローバル競争財に変わる。
すると何が起きるか。勝者総取りだ。
その結果、自己放尿は個性の表現ではなく、ランキング争いの入札札束になる。
これが最悪なのは、ここで競争が起きているのが価値ではなく支配的アルゴリズムへの適応だからだ。
市場競争は本来、消費者の選好に応じて企業が創意工夫するものだ。
だがXの競争は、消費者ではなくアルゴリズムの評価関数に最適化する。
消費者ではなく国家計画委員会の指標に合わせて生産するから、釘が足りなくなったり、無駄に重い釘が大量生産されたりする。
Xではそれが炎上向け自己放尿や過激な短文化自己放尿になってるだけだ。
そこに並ぶのは、最適化に成功した自己放尿の完成品であり、お前の平凡な自己放尿は、規格外として価値がゼロになる。
で、「じゃあ毒入り放尿で壊せ」と言う。
ここでの答えは冷酷だ。
つまり毒入り自己放尿は、権力者にとってはボーナスステージだ。
甘い。企業は防衛コストを広告主に転嫁するか、ユーザーに転嫁するか、国家と結託して規制を作り競争相手を○す。
これは規制の経済学でいうレントシーキングだ。毒入り自己放尿は、プラットフォームを倒すどころか、国家と企業の癒着を強化する燃料になる。
これが本当の地獄だ。
反体制のつもりで毒入り自己放尿を撒く奴は、実際には監視資本主義+国家統治のハイブリッドを促進する。
敵は信用スコアという中央計画的な身分配給と、推薦アルゴリズムという疑似計画経済だ。
おすすめ欄を見て自己放尿が無価値に感じるのは、お前の感情の問題じゃない。
自己放尿が市場で評価されているのではなく、自己放尿が計画経済の入力データとして徴収されているからだ。
市場に○されたんじゃない。
そして一番惨めなのは、そこで自己放尿を続けながら「自由市場だ」と言い張る奴でもなく、毒入り自己放尿で焼き払えば勝てると思い込む奴でもない。
本当に惨めなのは、そのどっちも「アルゴリズムが中央銀行」という現実を見ずに、自己放尿で自己陶酔してる点だ。
「積極財政で成長できる」「政府支出がGDPを押し上げる」「財政出動こそが景気のエンジンだ」
この手の議論は、日本語圏ではもはや宗教儀式に近い。だが、ドルベース実質GDPという冷酷な尺度の前では、こうした主張はほとんどの場合、ただの自己放尿である。
なぜなら、ドルベース実質GDPとは、国内での名目取引の盛り上がりではなく、国際市場における購買力と生産性を測る指標だからだ。
つまり世界市場という審判が「お前の国の生産物には価値があるか?」と問うているのであり、国内で政府が札束を回して景気ごっこをしても、審判は鼻で笑う。
積極財政論の致命的な誤謬は、マクロ経済を「需要の総量の問題」としてしか見ていない点にある。これは典型的なケインズ的短期主義であり、名目変数の撹乱を実物変数の改善と勘違いする貨幣錯覚の制度化である。
政府支出は、確かに国内の名目GDPを押し上げることがある。だがそれは、通貨供給と財政赤字を通じた総需要の膨張であり、実物の供給能力、すなわち労働生産性・資本効率・技術進歩を直接生むわけではない。
要するに、政府が金を撒いて一時的に回転率を上げることはできても、その国の生産関数が進化するわけではない。
そしてドルベース実質GDPの評価軸に入った瞬間、このカラクリが露呈する。国内でインフレを起こし、通貨の信認が毀損すれば、為替は下落する。
つまり円の購買力が低下し、ドル換算した実質GDPはむしろ押し下げられる。これは「国内では景気が良いように見えるが、外から見ると貧しくなる」という現象であり、貨幣錯覚が国家規模で発動した状態だ。
ここで重要なのは、為替レートが単なる投機の気まぐれではなく、長期的には金融政策の信認と相対的生産性を反映する価格だという点である。
為替とは「マネタリー・レジームへの市場投票」であり、財政拡張が中央銀行のファイナンスに依存する限り、その投票結果はほぼ決まっている。
積極財政論者は「財政支出で需要を作れば企業が投資する」と言う。しかしこれは、因果の向きを逆にしている。
投資は、将来の実質収益率が期待できるときに起こるのであって、政府の赤字によって割り当てられるものではない。
政府支出が民間投資を刺激するというストーリーは、実際にはクラウディングアウト(資源配分の押しのけ)を無視した、都合の良いフィクションである。
政府が市場から資金を吸い上げれば、金利は上がるか、あるいは中央銀行が国債を買い支えることで通貨供給が膨張する。
前者は民間投資を圧迫し、後者は通貨価値を毀損する。どちらに転んでも、生産性の源泉である民間部門の資本形成には毒だ。これは財政拡張と金融抑圧のダブル放尿である。
しかも日本の場合、潜在成長率が低下する局面で、政府が需要だけを膨らませればどうなるか。
インフレ圧力が高まり、実質賃金は遅れて毀損する。ここで起こるのは景気回復ではなく、単なる価格体系の攪乱である。
インフレとは常にどこでも貨幣的現象であり、財政赤字を貨幣化する国家は、通貨の希少性を自ら破壊する。
そして通貨の希少性を壊した国は、国際市場で安く買い叩かれる。ドルベース実質GDPが伸びないのは当然だ。むしろ伸びる方が奇跡である。
さらに悪いのは、積極財政が政治的インセンティブと結合した瞬間、政府支出が票田への再分配へ堕落する点だ。
公共事業、補助金、バラマキ、規制産業の延命。これらは生産性を高めるどころか、ゾンビ企業と非効率部門を温存し、資源配分を歪める。市場の創造的破壊を止め、全要素生産性(TFP)の改善を阻害する。
つまり積極財政とは、短期の数字を盛るために、長期の能力を食い潰す装置になりやすい。これは経済政策ではなく、時間軸を無視した会計トリックである。
「積極財政で成長できる」という議論は、国内通貨建ての名目GDPに酔いしれ、為替と実質購買力という現実を無視している。
言い換えれば、国際価格体系における自国通貨の信用を、単なる会計単位と勘違いしている。
結局、ドルベース実質GDPを押し上げるのは、財政出動ではない。制度改革による資源配分の改善、規制撤廃による競争圧力、技術進歩を促す投資環境、そして信認された金融政策による通貨の安定である。
市場が成長を生むのであって、政府の帳簿が成長を生むのではない。
積極財政を唱える者は、政府支出を万能薬として扱うが、それは政府が需要を作れば供給がついてくるという幻想だ。
だから「積極財政がドルベース実質GDPの後押しになる」という論調は、経済学の皮を被った自己放尿である。
FactorioのDLC Space Ageをやっとクリアできた!
宇宙進出からヴルカヌスについたけど攻略方法がわからなくてグレバに移動してずっと農業をしていた
後でネットで確認するとグレバ嫌いな人が多いみたいだったけど自分は初めから物流ロボに頼りきって腐敗物回収用の箱をいたるところに設置して詰まらないようにしたのであまり苦労はなかった
コンバットショットガン程度でも初期エリア付近の敵はなんとか倒せるし一度農場を建設してしまえば石以外は資源が枯渇することもなく面倒な領土拡大の必要もなかったのでむしろ性に合っていた
捕獲カプセルを作ってナウヴィスに輸送してバイターを捕らえる時の仕様がよくわからなかったのでそこだけは何往復かする羽目になった
バイオ研究所が完成してしまえば研究の効率がめちゃくちゃ上がるのでヴルカヌスの無限鉄確保よりグレバを優先するほうが攻略上も理に適っている気がする
結局ヴルカヌスのほうはゲーム内でデモリッシャーのデータを確認すると耐性に穴があるのがわかったので遅れて攻略してタングステン鉱脈を確保
フルゴラとアクィロは余りきった大量の物資を投下してサクっとクリアした
アクィロの建築物が凍る仕組みと鉄も銅も地表で採れないのはかかなり面倒だったけどバイオ研究所さえあれば必要な生産物はかなり少なめなので雑に生産ラインを作って手動で材料を放り込んでもなんとかなったしやはりバイオ研究所が最強だった
そして最後の武器であるレールガン2門を宇宙に打ち上げて宇宙船の先頭に配置したあたりで一気にテンションが上がる
一度目の航行はレールガンがカバーしていない角度から巨大アステロイドにぶつかられて敗北
配置を調整して二度目は巨大アステロイドは問題なかったけど小さいアステロイド用の通常弾薬がなくなって敗北
三度目の正直で対アステロイドには効率は悪いが電力をダメージに変換して弾薬を節約する目的でレーザータレットを25機追加して挑戦
最後のほうは弾はまだあるのにベルトコンベアで弾薬の補充が追い付かず早く終わってくれー!と願いながら手動で弾を装填し続けなんとかゴールまで走りきることができた
楽しかったしもっと効率よくやりたいという欲求がわいてきているので今度は早解き実績のある40時間以内クリアを目指してやってみようと思う
まず前提として、今回つかっている「わからん」は「会話で出てきたときに気軽にそうだね、とはいいにくい」くらいの意味です。
「生まれてきたくなかった」はギリわかる。自分で望んだ人生じゃないので……。
「うちの親は子供を作る選択肢を取るには早計すぎた」はそれはそうだね……という家もある。
「自分は子供を作らないつもりだ」もわかる。「現状世界情勢を見るに子供を作る選択は慎重であるほうがいい/しないほうがいい」わかる。
「全体的に人類は今後子供を作らないほうがいいだろう」もまあ、言いたくなる気持ちはわかる。
「(子供という生産物に対する)製造責任を果たしてないんじゃないですか?」もまあ、まあわかる。
「産んでほしくなかった」とか「堕ろしてほしかった」はマジでわからん、他人に求める決断としてデカすぎるし重すぎる。
「自分を産んだ親にすごく後悔させたい」とかはわかる。自分の意思決定の話だから………。
親側の子供に対する「あんたなんか産まなきゃよかった」等はそもそも言語道断なのでこの場では話さないことにします。
それはねえ、育てるのを決めたら絶対言っちゃならんよ。
この場ではあくまで「他人が」「他人に」産んでほしくなかったとか、堕ろしてほしかった、という要求をする場合についてのみ言及しています。
ここまで書いておもったこと:
自分は「産んでほしくなかった」「堕ろしてほしかった」という発言をあまりにも親と自分を同一視しすぎていないか?という疑問があって
今回の話を書いていましたが、これはこれでちょっと親と子供を他人とみなしすぎているような気もしました。
おわり。
「生産効率=生産性」として豊かさを定量化するという考え方は、経済学における「実質」の概念と、豊かさの「物理的な基盤」に着目した視点です。
この考え方は、デフレ下の日本経済の実態を捉える際にも一部で使われる分析であり、従来の「名目額」による評価の問題点を突いています。
しかし、豊かさを定量化する「正しい方法」とするには、その定義と限界を明確にする必要があります。
生産効率(実質生産性)= 生産物・サービスの量 / 投入資源の量
これは、「限られた資源から、どれだけ多くのモノやサービス(物理的・質的な成果)を生み出せるか」という、社会の真の生産能力を示す指標です。
デフレ下での解釈: デフレ(物価の下落)は、名目上の収益(円)は減りますが、生産効率(実質生産性)が向上していれば、人々は同じ労働でより多くのモノやサービスを手に入れられる(購買力が向上する)ため、実質的な豊かさは改善していると解釈できます。
名目生産性 = 生産物・サービスの名目金額(収益)/ 投入資源の量
これは、「限られた資源から、どれだけの円の価値を生み出せるか」という収益の側面を測る指標です。
インフレ下での解釈: インフレ(物価の上昇)は、モノの価値(価格)が上がっているため、実質的な生産効率が変わらなくても、名目上の収益(円)が増えます。見かけ上の経済(名目GDPなど)は拡大しますが、これは単なる価格上昇であり、実質的な豊かさの改善ではない、という評価になります。
「豊かさ」の定量化を実質生産性の向上と定義するのは論理的ですが、以下の二つの大きな限界があります。
「豊かさ」は、単なる経済活動の量だけでなく、生活の質に関わる非金銭的要素も含みます。
| 環境 | 環境破壊や公害(外部不経済)をインプットとして計上しない。 |
| 余暇・健康 | 労働時間を減らして生産量が維持できても、それが「豊かさ」とは評価されない。 |
| 将来世代 | 天然資源の枯渇を無視した効率向上を評価してしまう。 |
デフレ下で名目額が減っても実質生産性が向上すれば「経済は改善する」という見方には、以下のようなマクロ経済的な問題が伴います。
したがって、豊かさを定量化する究極的な指標は、「実質生産性」を核としつつ、環境資本や人的資本の減少をマイナスとして織り込み、さらに金融・市場の安定性(デフレや極端なインフレの回避)が確保されている必要があります。
20年以上前の話
中南米の農場の支援をずっとやってて、その農業生産物を日本で販売したいという
最初の数年は儲かったそう
が、次第に儲からなくなる。主に「モノがなかなか入ってこない」のが理由
後でわかったのだが日本以外の販路拡大し日本向けに回す数が足りなくなっていた
しばらくして農場が天候災害で壊滅的被害を受け、いよいよモノが入らなくなる
おっさんに今後の見通しを聞いても、会社の販売の話が返ってこない
つまり固定給で働いてるけど労働時間の半分はうちと関係ない仕事をしていた
それどころか、件の産物の日本以外の販路拡大自体、おっさんが率先してやっていた
つまり給料を貰っといて売上と関係ない仕事に時間を使い、さらには売上を減らすほうに動く、利益相反をやってた
そのほうが現地が儲かるから(日本がバブル終了し次第に「買い負け」していく時代の流れもあった)
そのことを詰めて、この先どうすんだと聞いたら逆に「もっと出資してくれ」 「報酬もっと上げてくれ」と始まった
父(というか隣で聴いてた母が主に)絶句
が、ボランティア脳というのはこういう人たちなのだと判らされる
営業マンが得意先の気持ちのいい話ばかりして、自社に赤字垂れ流させるのに似てる
本人は「よいこと」をしてるつもりなのだ
継続してくための金回りのことは考えない
実際、ボランティアはそのぐらい厚かましくないと成り立たないと思う
普通の人がやらないことをやる、というだけで面の皮の厚さが要る
そこに金を使うとなれば、さらに厚かましく振る舞ってみせる態度が要る
そんなことを通常の感覚と両立してやれる凄い優秀な人もいるだろう
けど、半分以上は、そもそも通常の感覚がぶっ壊れててボランティア活動に必要な厚かましさがデフォルトな人たちか、
活動してるうちに通常の感覚が擦り切れてしまった人たち、なのだろう
リフレ派は、デフレからの脱却を至上命題とし、量的緩和と財政出動を併用してインフレ期待を高め、景気を刺激しようとしてきた。
これにより、
という現象が止まらない。需要を超えて貨幣が溢れれば、インフレは当然の帰結。
日銀の金融緩和は円を相対的に価値の低い通貨にし、国際市場では売られる通貨として定着。
労組によるベースアップ要求が高まると、企業側はそれを価格転嫁で応じざるを得ない。
この賃金物価の悪循環、リフレ派はこれを「健全な成長(好循環)」と誤認しているが、実質賃金が下がる限り、国民の生活水準は下がり続けるだけ。
名目賃金が上がっても、物価がそれ以上に上昇すれば実質的な生活水準は低下。
また、貯蓄の価値も減り続ける。
グレートリセット、つまり大規模な債務再編・通貨改革も現実味を帯びてくる。
リフレ派が政権中枢に居座り続ければ、以下のような展開も否定できない。
最悪の場合、通貨の信認崩壊→預金封鎖→物々交換経済への逆戻りも、歴史的に例がある(例:ジンバブエ、戦後日本)。
※まだ決定はしていないんだけど
これを支持してる奴らの理論で言えば
「何か作ってる人が犯罪犯したら、その生産物を破棄するのが妥当」となると思うんだけどどう思うんだ?
いやマジで
以下の事例についてどう思うんだ?
2.絵師が淫行で捕まった、その人が挿絵を描いていた小説を絶版にした
3.絵師が捕まった、その人が担当していたソシャゲのガチャ絵を差し替えた
4.ゲームのクリエイターが捕まった、その人がデザインしたキャラクターを使えないようにした
5.Webライターが捕まった、その人が書いた取材記事を見れないようにした
7.服飾デザイナーが捕まった、その人が作った服を生産停止にした
10.アニメーターが捕まった、その人が描いた原画を差し替えた
12.プログラマーが捕まった、その人が書いたコードを全て破棄した
国は地方の役所単位で一時生活支援とかやってると思うし生活保護を受けるべきだと思うよ
なんでまず最初に発行元に問い合わせようって発想にならないのかはたぶん刊行物の情報が元だからだよね
困窮して追い詰められてどうしようもなくなって、そこに胸糞が来て逆転したりとっちめてスッキリっていう情報生産物しかないから
まともに生活できない人を使うまともな状況ってないんだよね
それでもそのちぐはぐで異常なおかしい世界を作品にしたり実際それでいちゃもんつけてせびろうってのがでてくる
でもまともじゃない人でも生きてていいっていうのがこの国の人権の定義としてあるから、役所に問い合わせるべきなんだよね
仕事なんかできやしないっていうのなら仕事しなくても生活できるようにしてくれる
住居はもちろん支給してくれる
ここで「あーそうなんじゃあ解散」ってならないで、その気づきとかで広がった視野をバズるかどうかだけで終わらせないでほしいな
どうして世には救われてない人しかいなくて、こんな簡単なことで人が救えるのに、って思ったらもうすこし動いても損じゃないと思う
雑談程度に他人の心配をするくらいの時間があっただけ、かもしれないけど、ほんの少しだけでも実際の救済に協力できる事はあるよ
経済報道では、「輸入はGDPから差し引かれる」という根本的に誤った主張が頻繁に見られ、輸入が経済生産を減少させるかのような印象を与えている。この主張は、特にGDP統計発表時に繰り返されやすい。本稿では、国民経済計算の原則に基づき、この解釈が誤りである理由を解説する。
この誤解は根深く、繰り返し現れる。単なる計算式の誤読だけでなく、保護主義的な視点など根底にあるバイアスも影響している可能性がある。「輸入がGDPを減らす」という誤解が広まれば、不適切な輸入削減政策(例:誤った前提の関税)への支持につながる恐れがある。これは経済リテラシー普及の課題であり、専門家でさえこの誤解に陥ることがある。
本稿では、GDPの定義、支出アプローチ、計算式における輸入の正しい役割、会計調整と経済的影響の違いを解説し、具体例を示して正確な報道の重要性を強調する。
国内総生産(GDP)は、一定期間に一国内で生産されたすべての最終財・サービスの市場価値の合計と定義される。ここで「国内」が重要であり、生産活動が地理的に国内で行われたことを意味し、生産者の国籍は問わない。これは国民総生産(GNP)や国民総所得(GNI)とは異なる。
また、「最終」財・サービスである点も重要だ。これは二重計上を避けるためである。GDPは各生産段階の付加価値(Value Added)の合計であり、中間財は最終財価格に含まれるため除外される。GDPは生産・所得・支出の三側面から計算でき、理論的に等しくなる(三面等価の原則)。本稿は支出アプローチに焦点を当てる。
GDPは経済規模の指標だが、必ずしも国民福祉や国内留保価値を示すとは限らない。資本減耗(固定資本減耗)を考慮しておらず、非市場活動(家事労働等)や所得分配状況も含まない。GDPは国境内の経済フローの規模を示す指標であり、この限界の理解は、誤解を解く上で重要だ。
支出アプローチは、国内生産された最終財・サービスへの全支出合計でGDPを計算する。生産物は誰か(家計、企業、政府、外国人)によって購入される、というのが基本だ。
標準的な数式は以下で表される。
Y = C + I + G + (X - M)
または純輸出 (NX) を用いて、
Y = C + I + G + NX
ここでYはGDPを表す。
統計機関は速報値推計時、C, I, G をまず総額で捉えることが多い。原産地を即座に区別するより総額把握が容易なためだ。特に四半期速報(QE)では早期入手可能な基礎統計を使う。このため、当初 C, I, G には輸入品への支出が含まれ、後にMの控除が必要になる。
輸入は定義上、国外で生産された財・サービスであり、GDPの一部ではない。輸入は国内生産価値に直接影響しない。しかし前述の通り、C, I, G の測定値には輸入品への支出が含まれる。例えば自動車購入額は、国産・輸入品問わずまずCに計上される。
GDP過大評価を避けるため控除(- M)が必要となる。C, I, G に含まれた輸入品支出(=輸入総額M)を差し引くことで、GDPが国内生産のみを正確に反映するよう調整するためだ。
ノア・スミスの「靴を履いたまま体重を測る」例えが分かりやすい。C+I+G測定は靴を履いて体重を測るようなもの。真の体重(国内生産額)を知るには、靴の重さ(輸入額)を引く必要がある。靴の重さを引いても体重が減らないように、輸入額を引いても国内生産額は減らない。これは測定値を正す調整に過ぎない。
GDP = (C - Cimports) + (I - Iimports) + (G - Gimports) + X
Cimports等は各支出内の輸入品価値を示す。標準式 Y = C + I + G + X - M はこれと同じ結果をもたらす簡潔な表現であり、M = Cimports + Iimports + Gimports となる。ある資料の「国内生産されたC + 国内生産されたI + 国内生産されたG + X」という記述も本質は同じだ。
重要なのは、「- M」がGDP定義(国内生産)維持に必要な会計上の調整である点だ。輸入行為自体が国内経済を縮小させたり、国内生産価値を減らしたりすることを意味しない。この会計調整と経済的影響の混同が、誤解の根源だ。
「- M」の会計上の役割と、輸入の経済的影響を明確に区別すべきだ。計算式上は引かれるが、輸入自体が国内価値を破壊するわけではない。むしろ輸入動向は経済の別側面を反映することが多い。
例えば、輸入増は、しばしば国内需要の旺盛さを示す。C, I, G が活発なら輸入品購入も増える。この意味で、高い輸入額は、弱い経済ではなく強い経済と相関しうる。
さらに、輸入は重要な中間財・資本財でもある。効率的・安価な、または国内で入手不能な外国製部品・機械は、国内の生産性を高め、結果的に国内生産とGDPを増やす可能性がある。輸入制限は国内生産に損害を与える可能性もある。
(X - M) は純輸出または貿易収支を表す。貿易赤字(M > X)は、国が生産量以上に消費・投資していることを意味し、GDP会計上、本質的に悪くない。これは支出パターンや資本フローを反映するに過ぎない。(X - M) がマイナスでも、輸出額より輸入額が多かった事実を反映し、GDPが国内生産のみを示すよう保証している。
輸入の誤解は因果関係の罠に陥りがちだ。つまり、輸入増がGDP減を引き起こすと想定してしまう。実際には、C, I, G を押し上げる要因(堅調な消費等)が輸入品需要(M)も増やすことが多い。この場合、観察される相関(例:輸入増とGDP成長鈍化)が、「Mが成長鈍化を引き起こした」と誤解されることがある。また、輸入急増期の統計上のタイムラグで、一時的に輸入がGDPを押し下げるかのような見かけ上の現象が生じる可能性もある。
関係性は複雑だ。強い国内需要はC, I, G を増やし(GDPにプラス)、同時にMも増やす(GDP会計上中立)。M増加ペースが国内生産増ペースを上回れば、GDP成長率は鈍化しうる。だが、輸入自体が国内生産の水準を引き下げるわけではない。Mの控除は測定の正確性を保つ調整である。
表5.1:輸入の扱いに関する誤解と正しい解釈
| 特徴 | 誤った解釈(輸入はGDPから引かれる) | 正しい解釈(会計上の調整) |
|---|---|---|
| 「- M」の意味 | 輸入が国内生産価値を減少させる。 | C, I, G 内の輸入品支出を除去する調整。 |
| 輸入増加(↑M)の影響 | 直接的にGDPを減少させる。 | GDP価値に直接影響なし。C, I, G 内の輸入分を相殺。 |
| 焦点 | MをGDP減少要因とみなす。 | MをGDP測定値修正の変数と認識。 |
| 含意 | 輸入減=GDP増。 | GDPは国内生産を反映。輸入は需要等と関連。 |
具体例を見てみよう。
例3:誤った論理 - 輸入削減
これらの例のように、誤解は「他の条件が一定なら」という仮定の不適切適用から生じる。GDP計算式は会計恒等式であり、他の項目への影響を考えずにMだけを操作してGDPへの影響を論じると、現実を見誤る。経済要素は相互に関連しており、輸入変化の背景要因(需要変化等)の理解が重要だ。
GDPは、一国内で生産された最終財・サービスの価値を測る指標だ。支出アプローチ式 Y = C + I + G + X - M でMを引くのは、C, I, G に含まれる輸入品支出を控除し、GDPが純粋に国内生産のみを反映するための会計上の調整に過ぎない。
したがって、「輸入はGDPから引かれる」「輸入はGDPを減らす」という主張は誤りだ。計算上の「- M」は、輸入が国内生産価値を損なうことを意味しない。これは測定の正確性を保つ修正措置だ。
この基本的な誤解が経済報道で繰り返されるのは問題だ。報道関係者や教育者は、GDP会計のような基本概念を正確に伝え、精密な言葉遣いを心がける責任がある。不正確な情報は国民の理解を歪め、不適切な政策論争や選択につながる恐れがある。
GDP計算の正しい理解は、経済データ解釈や議論の基礎となる。特に輸入の扱いは、誤解されやすいがGDP理解に重要だ。この点の正確な理解が広まることが望まれる。
別の人がいい感じの解説してくれてるが俺も一応書いておく。
まずそもそも話していたのは財政問題、要は純粋な金の話だがその金を作れる主体が金に困るわけがないわけ。必要な分は必要なだけ作れるんだから。
増税しないと支出出来ない、とか言ってる奴らは理屈でいえば私欲による悪意で言ってるか、日本が通貨発行出来ないと思ってるか、日本は金本位制で純粋な通貨発行可能量に制限が掛かってると思ってるかのどれか。
小学生の「金刷りまくれば働かなくて良いじゃん」「億万長者じゃん」と何が違うの?
あまりに素朴な問いすぎて、何を聞かれてるのか分からんのやが一応解答しておく。
孤立した無人島でいくら金持ってても意味ないように、金が価値を持つには金を使える先が必要。
使える先がない状態でいくら金作っても意味がないので政府は発行した通貨に価値を持たせるために国民に働いてもらって物やサービスを作って貰う必要があるが、他者の生産物を必要とするのは国民も同じなので帰結として政府は生産活動をしやすい環境を作ることが仕事になる。
補足しておくと税金の支払いも通貨の使用先となるので税金を取ることで発行した通貨を共通通貨として浸透させることが可能になる。アメリカは米ドルを他国に貸すことで擬似的に同様の状況を作ってドルを基軸通貨にしている。
トランプは移民を排斥し、有色人種を排斥する。そのことで白人から支持を集める。こうして社会を分断する。
これはいかにも馬鹿げた悪質なことだと思えるが、玉木の方針よりはまともだろう。玉木の方針は高齢者を冷遇する。だが、高齢者というのは要するに若者たちにとっては、親や祖父母の世代のことだ。移民を排斥するのは、まだわけがわかるが、自分たちの親や祖父を冷遇というのは、わけがわからない。狂気の沙汰だ。たとえば、年金をゼロにして、その分、若者に減税したとしよう。高齢者は月に 10万円の減収となり、若者は月に 10万円の増収となる。これで若者は「得をした」と大喜びする。しかしその分、自分たちの親や祖父母は貧しくなるから、若者は親や祖父母に仕送りする必要がある。その金が月に 10万円だ。
結局、高齢者の金を削って若者に配分しても、若者が親に仕送りする金が増えるだけだから、何も変わらない。要するに、年金というのは、社会的な仕送り制度なのだから、年金が増えれば増えるほど、若者は仕送り額が減るのだ。損得はない。
高齢者優遇というのは、つまりは、他人が得することではなく、自分の親や祖父が得することだ。それは若者にとってちっとも損ではない。ただの親孝行である。それで別に損はしないし、むしろ最後には遺産になって戻ってくるかもしれない。
トランプはやたらと移民排斥を唱えて、白人の利己主義に訴える。あまりにもさもしい。それと同様なのが、国民民主の所得税減税だ。
ちなみに、はてブのコメントを見るといい。高齢者を冷遇せよという趣旨のコメントがいくつも並んでいる。
→ https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.sankei.com/article/20250224-EX2SAFB77FJVXONVV4GWKUYMZE/
ひたすら高齢者を冷遇して、自分の金を増やそうとする。自分の親を虐待して、自分の取り分を増やそうとする。あまりにもさもしいね。トランプよりももっとひどい分断主義だ。
トランプはひたすら関税を上げようとする。関税 25% に。「関税を上げれば自国の産業が繁栄する」と思い込んでいる。
しかしこの発想は二重に間違っている。
第1に、それで貿易収支が黒字になれば、その分、ドル高になる。すると、ドル高の分、輸出競争力が低化する。鉄や自動車が高関税で守られれば、他の産業が輸出不振となる。(牛肉や小麦など。)結果的に、輸出増進効果は帳消しになる。
第2に、関税によって物価上昇が起こる。鉄や自動車が高関税で守られれば、鉄や自動車の価格が上昇する。それによる消費者の損失の額は、鉄や自動車の産業が得をする額よりも、大きい。損失の方が利得よりも大きい。差し引きして、損をする。
後者のことは、経済学で説明されている。「比較生産費説」というやつだ。各国はそれぞれ最適の競争力を持つ物を生産すればいい。そのあとで得意な生産物をたがいに交換すればいい。そうすれば双方が得をして、win-win になる。一方、自国内での(非効率な生産による)自給にこだわると、効率が悪化し、損をして、貧しくなる。
かくて、関税を高めれば高めるほど、得をするように見えながら、かえって損をするのである。
こういうふうに経済学を理解しないで勘違いするのが、トランプだ。
所得税減税をすると、減税してもらった国民は得をするように見える。しかし実際には、減税して金をもらえばもらうほど、国民はかえって損をするのである。なぜか? 金をもらっても、それ以上に物価上昇が起こるからだ。
このことは経済学で「貨幣数量説」として知られている。たとえば、貨幣量が 10%増えると、国民の富が 10% 増えるのではなく、物価が 10%上昇するだけだ。
国民が平均的に 10% の所得増になると、手に入る自動車や電器製品や食事の量が 10% 増えるのではなく、自動車や電器製品や食事の値段が 10% 上がるだけだ。貨幣の量が増えると、生産される商品の量が増えるのではなく、商品の価格が上がるだけなのだ。(当り前だ。紙幣の輪転機は、紙幣を印刷することはできるが、自動車や電器製品を生み出す「打ち出の小槌」ではないからだ。)
国民民主の唱える「所得税減税」というのは、財源がないので、結局は赤字国債で財源をまかなうしかない。赤字国債というのは、要するに、紙幣を輪転機で印刷することだ。(実際には電子的にやるだけだが。)
こんなことをしても、物価が上昇するだけで、国民の富は少しも増えないのである。
「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、このことは先年、英国で実証済みである。英国のトラス首相が実行した。
首相に選任されたばかりのトラス氏は、財源の裏付けがないまま、歳出拡大や減税などの政策を打ち出した。金利が急騰して英ポンドも急落。混乱の責任を取って、首相は退陣に追い込まれた。
→ https://digital.asahi.com/articles/AST2P3PQFT2PULFA017M.html
玉木の政策は、英国のトラス首相がすでに実行済みなのである。その結果、英国経済は破滅的になることが予想されたので、金利が急騰して英ポンドも急落し、経済は混迷状態になった。だから首相は退陣した。
玉木の政策を取れば、日本もこうなる。円安と金利上昇で、物価上昇と失業増加となり、国内はスタグフレーション状態になる。経済自殺に相当する。そこをめざそうとしているのが、国民民主であり、国民民主の支持者なのだ。
彼らは皆、「紙幣を印刷すれば金儲けができる」と錯覚しているのである。経済学の原理(貨幣数量説)を理解できないからだ。
ちなみに、所得税減税は、ただの減税よりもタチが悪い。「金持ちほど多額の金をもらって、一般大衆は小額の金しかもらえない」からだ。平均的には 10%の減税になるとしても、金持ちが 20% ぐらいの減税を受けて、一般大衆は 5% ぐらいの減税を受ける。減税の主体は金持ちであり、一般大衆は少額しかもらえない。それが、所得税減税という政策なのである。
「所得税減税をすれば、高齢者が損をして、現役世代が得をする」と若者たちは思う。しかし現実には、自分の親が損をして、自分も損をして、金持ちだけが多額の金をもらってウハウハになるのだ。100人の庶民が少しずつ損をして、2~5人の大金持ちが巨額の金を得るのだ。そういう形で格差を拡大する。それが国民民主の政策だ。
そんな方針に引っかかるから、玉木という「和製トランプ」にだまされるのである。
国民民主の「所得税減税」を実施すれば、日本経済は破綻する。では、現実にそうなるか? ならない。なぜなら、財務省と自民党が阻止するからだ。8兆円もの財源を必要とする愚策など、実現させるはずがない。かくて財務省と自民党のおかげで、日本経済は破綻を免れる。
その意味で、自民党は政権担当能力がある。少なくとも現状維持をする能力がある。
一方、国民民主には、政権担当能力がない。現状維持をする能力がない。かわりに国家経済を破壊する。トラス首相と同じことを、はるかに大規模で実行して、日本経済に致命的な打撃を与える。……このような国家破壊行為は、トランプとそっくりだ。「自分は正しいことをしている」という信念で、愚か者が自己陶酔しながら、間違ったことをやる。かくて、イーロン・マスクがツイッター社を破壊したように、玉木は日本経済を破壊しようとする。
日本の首相が玉木でなく石破であることは、日本にとって実に幸いなことだった。おかげで日本経済は破滅を免れた。
※ 国民民主がダメだとして、では、かわりにどうすればいいか? まともな頭があれば、「所得税減税」なんかよりは、「社会保障料の引き下げ」をめざすべきだ、とわかるはずだが。解説は下記。
※ 勤労世代が貧しくなっているのは、高齢者が過剰に富を取っているからではなく、富裕層が過剰に富を取っているからである。その証拠は統計で判明している。「労働分配率の低下」だ。
※ だから労働者は金持ちの富を奪えばいいのだ。なのに、貧しい高齢者(自分の親)から金を奪おうとする。こうして社会の分断を招こうとする。そう唱えるのが、国民民主だ。社会の分断を招くことで、結局は富裕層ばかりが得をするように仕向ける。玉木は富裕層の手先なのである。和製トランプ。
お金に着目していると勘違いしやすいが、実物経済で考えるなら、労働力の遊休でも起きていない限り生産はその時点時点で技術的に頭打ちで、するとその生産物を誰かが多く消費できるようになるには誰かの消費を減らさないとならないことが分かりやすい。減税したら全ての消費者が購買を増やせるわけではない。その中で高所得者ほど減税額が大きい減税なんてものをやったら、低所得者は消費が減ってしまうんだよ。おそらく今だと食品やサービスの価格が上がるという形でな。
今のように人手不足が起きているのではない、労働力の遊休が起きている時期であれば減税によって雇用が増えて生産も増え、みんなの消費が増える事態もあり得るが、いつでもなんでも減税したら得ってことじゃないんだわ。