はてなキーワード: 春夏秋冬とは
その2 前の続き
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
暑さ寒さもガンズアンドローゼズとはよく言ったものよね。
そんで朝晩は冷えるから
今日は予定がないからダラダラ過ごし勝ち大勝利になりそうなので、
夜に無理やり予定を入れてみたわ。
夜に映画を観に行くのよ。
無理やり予定を入れたら、
それに合わせて夜にシャキッとしてないといけないので、
今日はシャキッと過ごせそうかしら?
1日でも貴重な日々をすごさなくちゃいけないのよ。
ブンブン腕を回して張り切っているわりには、
記録が伸び悩んでるわ。
「火を見るより明らか」ってのは、
おそらく
以前までは
どういうふうに当たり前のことを明らかだね!って言っていたのかしら?
そもそもとして、
火を使い始めたきっかけってなに?
偶然に雷のスマップさんバージョンじゃない方の林田健司さんバージョンの青いイナズマが木に落雷して火がついたところを発見したのかしら?
だから、
いきなりその当時の人が、
即座に雷の稲妻の落雷でおきた火にいきなり骨付き肉を焚べて焼くかのように、
それだと
まあ、
火が偶然にも発見したのは良いとして、
火なんて見たこともないのに、
いきなり肉を焼く発想でてくるのかしらってのも思うわ。
つーかさ、
雷は偶然の落雷の発火で火がついたとして、
たまたま通りがかった原始人的な人が通りすがりに大将やってる?的に暖簾に腕押しでお店に入店した勢いだったと思うの。
てなると、
ご機嫌にやっている大将の横にいる女将がいるいちいち小鉢料理が美味しい小料理屋が、
それら、
うーん、
悩むわよね。
そんでさ、
うわ!いい美味しそうなニオイじゃん!ってそこまでは分かりそうなものじゃない?
で、
次は味付けなのよ!
火が発見されて肉を焼いたら美味しいかもって発見するより前に精錬された食卓塩はなかったかもしれないし、
丸焦げになるのを待ち構えている原始人は食卓塩を持ち合わせていなかった可能性大だし、
それよりも、
そのご機嫌で大将が板前でいてその横に女将がいるいちいち小鉢料理が美味しい小料理屋はノー調味料で料理提供していたってこと?
胡椒や食卓塩ができる発見発明される前の小料理屋は味付けはシンプル、
いやノー味付けだったかもしれない素材のうまさを十分に活かすスタイルの粋ないちいち小鉢料理が美味しい小料理屋さんだったのかも!
採れたての野菜を生で齧らせがちだし、
変に味付けしたがらないじゃない。
あ!そういうことかー!って
すでにいちいち小鉢料理が美味しい小料理屋さんは素材の味で勝負していたのよ!
うわ!
文化の日先取り!って感じがよくない?
でも、
お肉は何分ぐらい焼いたらいいの?って口伝えで伝承するにはあまりにも曖昧すぎるかもしれないので、
お肉は何分焼く!って具体的に書き記すことができた、
文字の発見もきっと美味しいレシィピをのこすためには重要だったかも!
その大将曰く「味の決め手は昆布出汁や!」ってそれだけ素材一択だったら分かりやすい文字も必要のない伝承の仕方かもしれないけれど。
火が発見される前に、
すでに
食卓塩も胡椒もあってレシィピも書き残せる紙とペンと文字も発明開発されていて、
あとは肉が木に落雷で発火したのを偶然通りかかった動物が美味しく焼けるのをメモを握りしめて鉛筆の芯をペロペロ舐めて構えて待ち構えている目前だったかもしれないわ。
で、
人類がまだ見ぬ知らぬ火に焼かれた肉が美味しそうなのかも!って知らない季節に
デスク編集長に編集者が今日の巻頭カラーはこれで決まりですね!って言いそうな勢い!
落雷焼肉爆誕!って見出しで落雷で発火し動物の肉が美味しく焼ける人類初の出来事!って、
正にバクザン先生も爆誕!ってうっかり言いそうなぐらい1面大見出しになっていたかもしれないわ!
言ったらそれはアンガス牛定食を求めている証拠ですとAI言うじゃない。
ああ、
食いしん坊が爆発する秋のシーズンの脳内のそういった潜在的な意識をイメージ化したのかもしれない。
サンマ定食秋刀魚ホームランの連続打席ホームランも疲れちゃうので
中日にカッツアンガス牛定食も挟んでみるのもいいかもしれないわね。
ちょっと涼しくなると、
なんか変に食欲も爆増しない?
私だけかしら?
秋刀魚ホームラン試合のないときの移動日とかはカッツアンガス牛定食でもいいかもしれないわ!って
うふふ。
朝ご飯とお昼ご飯を一緒におうちゃくにも済ませてしまいそうだわ。
香ばしくて出来立て瞬間は美味しいわ!
翌明けて2日目となると
とはいえ、
これでも十分美味しい初のコーン茶ウォーラー茶は満喫できそうよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
秋は美味しいものであふれているので、
サンマゲル指数が爆上がりと言えども私はまだ秋刀魚本塁打を1本しか決められてないすでにもう危機感を覚えつつも、
追い越せ追いつけの大谷翔平選手みたくなるんだ!って意気込み。
もう大谷翔平選手って50本超えの今シーズンのホームラン数なんだって!
追いつけないし追い越せないし、
やっぱり達人はすごいなぁって思ったわ。
お店でさ、
それを手軽に
この季節今シーズンは特に安く出回っているから家で焼きたいけれど、
専用のグリル的な焼くやつがなかったら
部屋中にサンマ臭で大変なことになる反省を得て私はどうしようかなぁーって思いつつ。
高を括っているの。
正直なところ、
実際のところサンマばかり食べていられないのよね。
この秋新登場で、
私の足繁く通っている
なんか今回秋気合い入ってるらしいわ。
円をちょうど半分に割った図形の50パーセントと50パーセントの割合の2つのルーレットが心の中を回っているの。
そしてその1パーセントの細ーい枠に、
パジェロがあって、
私の中の心のパジェロがパジェロ!パジェロ!ってもっと輝けって囁くの!
でもここで急に定食屋さんで定食食べたい気持ちをパジェロが当たったとしても嬉しいのかどうかは不明よね。
パジェロの季節っていつ?
あとさー
私の心の中の円形のルーレットは、
これ以上増やせられないわ。
とりあえず
なんか初物的な感じで食べることができたので
景気づけには良いかも知れないわ。
そんでさ、
秋ってさ
いや、
秋の美味しい炊き込みご飯も嬉しいんだけど、
おかずのスターが揃っていたらそれで充分なので、
秋の美味しい炊き込みご飯は持て余し気味なのよね。
味濃い味濃いのぶつかり合いになるので
つまり旨味と旨味のぶつかり合い!
白米のようにふくよかに炊き上がったそれはおかずの全美味しさを受け止める包容力!
しかし!
既に自ら炊き込まれて美味しさを含んでいるので、
おかずからの美味しさを全吸い取りできないのよ!
これは科学的に解明された私の雰囲気でいうイキフンな内容だけれど、
きっとそれ理に適っていると思わない?
既にもう炊き込まれている!
って当たり前のことを当たり前に気付いた秋だからこそ、
おかずの全旨味を包み込んで秋の美味しさに拍車を掛ける白米がベストなのよね。
よくできているわ和食って。
とはいえ、
高嶺の花よね。
お米なのに花よ!
高嶺の花だけに高値!って
わ~ショック!だわ。
充分秋の美味しさのおかずの旨味を受け止められるキャッチング能力はあんの!
それに期待したいし、
あ!
今また気付いちゃったわ!
冴えてるわ!
この私の理屈で言うと
わ~ショックだわ!
今気付いちゃった。
なるー!
って思いながら
当たり前のことを当たり前に気付いちゃった日でもあったわ。
なぜかこう
秋になると美味しいもので溢れるの。
うーん、
春夏秋冬と均等にしていただいた方が
年中美味しいものだらけやー!ってなるわよね。
私はつべこべ言ってないで
秋の秋刀魚に集中して
せめて昨シーズンの4本を越える勢いの心構えで今シーズンは挑まないといけないのよね!
挑戦は続くわ!
うふふ。
ふんわり玉子焼きにケチャップの旨味酸味がぶつかり合って美味しさを増強しているわ。
2ケース追加発注よ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
俺が見本を見せてやる!
両性具有の中道二成(ちゅうどう・ふたなり)は生まれついての凡人だが、凡人すぎる自分を凡人なりに恥じた結果、父にして母たる遺伝的な繋がりのある両性具有の扶養者から貰ったギターを練習し、ネットで人気のギター・マスターとなる。
二成はある日、完全なる偶然によってとあるライブハウスを訪れ、そこで二人の両性具有に出会う。
一人はドラマー伊地知虹春夏秋冬、もう一人はベーシストの山田両。
諸般の事情によりやむなく欠席したギターの代理として登板した二成は、それなりの結果を出す。
三人でバンドを結成した後、事前に明確な打ち合わせを行ったうえでの契約の元に定められたノルマに基づいてチケットを売ることになった二成は、それなりにいる友人達にそれなりの誘い方をするがそれなりに断られる。
チケットノルマを達成できないことを恥じた二成は風呂上がり(風呂シーンはカット)に落ち着いて考えた末、自分が有名になった時にプレミア価格がつくと信じて自爆営業を決意するのであった。
その後、諸般の事情を説明してバンドに戻った喜怒哀楽多少池鱈郁と共に結束バンドはそれなりに活動。
アルコールと健康的で適度な付き合いをする飲河満腹スパイラルを自称するバンドパーソンとの出会いなどを通じてそれなりに活動してそれなりに平凡に過ごすのだった。
夏が来た。夏が来るたびに自分の腕にどでかいケロイド跡があることを思い出す。
もちろん春夏秋冬年中無休でケロイドはそこにあるのだが、ただの自分の身体の模様に過ぎないそれが、夏の露出で他人の目線に触れて初めて、「ケロイド」として輝きを放つのである。
◼️
私は乳児期に肩から腕にかけてかなり広範囲の火傷を負ったため、目立つケロイド跡が残っている。
皮膚が所々白く変色し、盛り上がり、ひきつれた薄い皮膚が光を浴びてキラキラ光っている。とっくに傷は塞がっているので痛みはない。しかし、人の視線がいつまでも痛みを与える。
幼少期、私は傷など気にせずにノースリーブを着て自由に生きていた。そんな私の腕を見るたびに母が「可哀想にね」「こんなに目立つね」と何度も声をかけた。ノースリーブを着ようとすると嫌そうな顔をした。私は次第に自分の身体の模様に「ケロイド」という名前があり、それが母や他の人の注目を集めすぎることを理解した。
腕を出した私と会う人は、必ず私の腕を見る。ある程度親密であれば「どうしたの?」と聞いてくる。驚いたように、あるいは怪我を心配するように。私は応える。「子供の時に火傷して、傷が残ってるだけなんだ。もう痛くないから大丈夫なんだけどね」何度も答えてきた。
私が腕を出すと、皆、痛々しいものを見るように、あるいは不気味なものの正体を確認するかのように、私の腕を確認する。
それは責められない。私もきっと、会った人の見た目になんらかの異常があれば、確認せずにはいられないだろう。
◼️
ケロイドに合わせてタトゥーを入れれば、オシャレに変えることができるかも…と考えたこともあるが、温泉に入れなくなるので断念した。(温泉に入るとまあまあ腕に視線が集まるので既にかなり気まずい状態ではある)
傷を隠すためのファンデーションを試したことはあるが、その時試せた色に私の肌色に合うものがなく、イマイチだなぁという印象だった。
色々とネットで調べたり試したりしてはいるが、いまいち理想的なものがない。
そもそも、これからの時代、腕の模様を隠す必要なんてないのかもしれない…。
でもそれはノースリーブで、上着を合わせずに単体で着る方がかわいいデザインになっている。
欲しい…でも、買ったところでどうせまた、着なくなってしまうのではないか…
腕の模様さえなければ…そんな風に思いたくないのに、思わずにいられない。
Xにて、ケロイド跡について調べてみた。(明確な検索ワードは伏せておく)
綺麗な肌をしたコスプレイヤーの方々が、様々な工夫をこらしてケロイド跡を手作りしていることがわかった。
「ケロイドに萌える」または「ケロイド跡を隠すキャラに萌える」人がいることもわかった。
医療従事者の方が、萌えのための情報提供として、火傷を負った患者の状態について説明するツイートもあった。
それで、なんとかその中から当事者のツイートを探し出そうという気持ちが弱ってしまい、一旦調査活動を打ち切った。
(当事者側と消費側の発信を仕分ける術が無いだけなので、責めてはいない。)
私は私生活で、ケロイド跡のある方に会ったことがない。(単に気付いていない可能性があるが。)
身体に模様のある方たちは、どのように生きているのだろう。
春夏秋冬を「ひととせ」と読ませるのはオシャレだと思った
半匿名SNSってのはアカウント単位でしてきた発言の連続性によって内容が補正される前提で投稿されてるわけよ。
言ってしまえば「俺達がいつもこういった話題のときに言ってるアレが本当に起きてるじゃん」みたいなのでさえTPOが噛み合えば成立するのがSNSにおける発言なの。
まして文字数が140文字や100文字みたいに少ない場合はそれがより顕著になって「この文字数で書ききれない分は誰が言ってるのかで判断してね」みたいなのが入り込んでくる。
もしもこの状況でダブルスタンダードな発言をした場合は、ずっと同じ意見を言ってる人のソレとは意味合いが変わってくる。
「状況に合わせてコロコロを意見を変えて脊髄反射してる人を演じているジョークアカウントです」という意味だったり、「意見が変わるほどの状況がおきた」という意味だったりしてくるわけ。
細かいニュアンスは言葉の雰囲気で変わってくるけど、半匿名ではダブスタをすることそのものが意味を持つわけよ。
対して増田みたいな完全匿名空間ではそういった投稿者の過去発現に基づいた補正は行われない。
更に増田みたいに文字数制限が一切ない場合は補正を前提として言葉を削る必要もなくなる。
つまり、増田においては過去の投稿との連続性によって文脈を追加することは出来なくなっている。
増田で特定の考えに立って発言する場合はその内容自体によって「僕はこういう立場で喋っています」を言うわけだけど、それは増田1つ分の重さしかないという欠点もある。
たとえばここで「実は俺は北海道出身なんだけど」と口にした時、それはただ思いつきで書いてるだけと捉えられても何もおかしくない。
SNSで何年間も春夏秋冬の北海道の写真をアップロードしてきた人とは信頼性が全く変わってくるわけだ。
SNSでダブスタをするときによく考える必要があるのは、この「発言の連続性における信頼性」を無自覚に利用してる部分があるからなんだよね。
半匿名におけるダブスタは冗談扱いされることもあるとさっき言ったけど、これはまさに「発言には連続性が有る」という前提を皆が共有してる空間でいきなり連続性のないことを言ってるから。
なぜなら、発言に連続性のない投稿をしたいならぶっちゃけSNSなんて使う必要がないから。
連続性のない発言をしたいなら5chや増田なんかの完全匿名空間においてそれをやれば、立場の反転という余計な文脈を載せることもなく色んな立場からの意見を言えるようになる。
つまり、使い分けってことだよね。
半匿名でダブスタをするってのは、それ自体に何らかの意味がないなら、受け手に混乱を招くだけだし、そのアカウントの信頼性を下げるだけの行為なんだよ。
もちろん「観測気球的に色んな意見を言ってみる」というのはアリだと思うけど、1つのアカウントが取りうるスタンスはある分野においては1つだけに絞っていかないと読む側の負荷を無駄に強めるだけでしょ。
母としての自分・科学者としての自分・女としての自分で意見が変わるっていうなら3つのアカウントを使い分ければいいし、それが面倒ならメインアカウント以外の立場に立つ時は完全匿名空間に行けば良い。
そこの所がなーんも分かってない人はよく「ブクマでダブスタするのも、増田でダブスタするのも一緒じゃん?」みたいに言うけどさ、ぜんぜん違うんだよね。
まあ、「その程度のことも分かってない馬鹿が書いてます(なのでこんな奴をまともに相手しないでください)」って文脈が欲しくてやってるのかも知れないけどさ。
アクティブにルアーを使ってバスやスズキを釣るキャッチアンドリリースの釣りもあれば、河川でヘラブナやタナゴをじっと待つ繊細な釣りもあります。
釣りの道具も1000円台から入門セットがあって、上は数十万の釣り道具もあります。
突き詰めると釣り系の太さ0.1mmを気にしたり、コンマ数グラムの針の重さにこだわることもあります。
道具に金かけても、釣りの腕はやらないと上達しないので深みがあります。
釣り場では春夏秋冬の自然の移り変わりを感じて、釣りを通して繋がった釣り人友達とはずっと趣味の話をできます。
家で1人で次の釣りの計画を立てて、仕掛けを準備するってのも楽しみの一つです。
もし興味があればぜひ。
最近はさすがに師は走ると書いて和尚がツー!と前のめりで行きたいところなんだけど、
ちょっと忙しい感じがするわ。
なんかみんなそわそわ年末年始を感じてしているみたい。
そのそわそわがイライラに変わるのを感じるわー。
そんな訳でお掃除したり
相まって年末大行進の状況で12月ってなんでこんなにあとでなにしてたっけ?って思い出せないぐらい忙しいのかしら?
実際何にもやってるようには思えないんだけど、
忙しいって気が逸るばかり。
いい加減私もデスク周りを綺麗にしようとは考えているのよ一応には。
でさ、
私昨年の今頃のスケジュールはなにしてたっけ?って振り返りの時間を設けて
昨年のノートスケジュール付けていたのを記していたものを開いてみていたの。
まって!
でね、
その昨年のノートの今年と同じ日付のページをめくっていると
なるほどふむふむ!
昨年の私は昨年やっていたことを行っていたのね!って仕事っぷりが分かるのよ!
今年もその昨年に見習って行う今年のことを!ってマイペット並みに今年のうちに終わらせよう!って思った矢先だったのよそれは。
あれ?
今日の日付のトゥードゥーリストにやってないことがチェック入ってる!?って
このリスト私今日やって実施してないのになんで?って思ってじっくり見てみたら
昨年のノートを見ていることをすっかり忘れていて今年のノートと勘違いしていたのよ。
すっかり
今年のノートだとそれを見ているのと錯覚してしまった暗示に掛かってしまって、
あれ?ってなったの。
冷静沈着にここは注意力アップして30000まで高めてよく見てみると、
まあさっきも言ったとおり
そりゃー昨年の今日の明日のやっているトゥードゥーリストのことにチャックついていて当然丸出航!って感じよね。
一瞬我ながらビックリしたわ。
そして安心したの。
年号の数字をしっかり目を見開いて刮目しなくては分からないぐらいそっくりで、
明日やることを書き記したの。
今年の昨日の今日とか。
時系列がこんがらがっちゃている、
なんとなくなにも成し遂げていないのに年が暮れるのに焦っていて
今のうちから年越しそばのどん兵衛を買っておくチャンスのタイミングを寸前に買ってしまうと、
店員さんにおまえの年越しそばはどん兵衛か準備万端ではりきってるな!って悟られるから、
今日のお昼に食べるような顔して今日中ぐらに買い物カゴに入れてレジを通過して帰ってしまえば、
店員さんも、
ああこの人は今日のお昼かにこのどん兵衛食べるのね!って思ってくれるから、
年越しそばをもの凄く今から楽しみにしている人と見透かされなくて安心なのよ。
年越しそばにはお手軽お湯を注ぐ、
新垣結衣ちゃんが言うところのチキンラーメンを作るのは非常に面倒臭いけれど
お湯を沸かすのはギリギリ面倒くさくないでお馴染みの面倒くさくささのギリギリ面倒くさくないじゃない。
美味しいしさ。
でもなにかそれを超える美味しい年越しそば体験をしてみたいものだわ。
たぶんお店に行くと特に混雑し始めるギリギリの日時を目指していくと
相まってまた年越しそばに対して凄い熱量で今日食べないと死ぬ!って勢いのぐらいの人だと思われたら恥ずかしいので、
今日辺りに行って普通の夜のスナック感覚でサクッとすすって食べて帰るぐらいの雰囲気いやイキフン?で食べる方が恥ずかしくないわよね。
だから、
駅そばそばチャンスもギリギリに差し迫ってくるスケジューリングはダメよ!
今のうちに食べておいて心を落ち着かせる安堵のそばの盛られたせいろの上に鎮座された蕎麦の麺の上にワサビをちょっと塗って食べるのが美味しいのよね!
この時期も
身体冷えちゃうから春菊天をトッピングにもうこれはまっしぐら必須必至でしょ!
春菊天美味しいじゃない!
慌ててスケジュール帳のノートを見間違えないようにここは心落ち着かせて、
そう、
これ書いてて思い出したけど、
蕎麦も最近行ってなかったわー!ってことを忘れるぐらい忘れていた食べ忘れていた蕎麦を求めて久しぶりに大将やってる?スタイルで暖簾に腕押し飛び込み前転で入店して、
まって!
ここは食券制のお店だった!
忘れてた!
食券を買ってから飛び込み前転で入店してお蕎麦でも温かいもの春菊天があればそれしか勝たん!って言うぐらいの、
でもしっかり寒くなってきている冬だから、
ザジェイウォークさんの「何も言えなくて…夏」文法で言うところの
「寒すぎて…冬」って感じ。
三点リーダに季節の春夏秋冬の言葉を付ければ何でもザジェイウォークさん文法になっちゃうからオススメよ!
「秋刀魚美味しくて…秋」とか
そういう感じ!
「て」で終わって三点リーダで結んで春夏秋冬のどれかの一文字の季節の漢字を加えたら出来上がりよ!
簡単でしょ?
「忙しすぎて…年末」っていうのはザジェイウォークさんの年末は季節の漢字に読み替えてもいいか歳時記を見て欲しいところよ。
載ってたらきっと使って良いんだと思うわ。
応用で
なんでもきっといいんだと思う。
そのぐらい寛容力に包容力があるのよこのザジェイウォークさん文法は。
便利過ぎるわね。
うふふ。
今日はこっちの囓ったら中心に鮭を感じるところまで気持ちはもう到達している真ん中に鮭の具が入っているおにぎりの鮭おにぎりね。
食べるのを忘れて鞄に入れたまま忘れないようにしないとね。
パックがいっぱいあるので
夏の水出しルイボスティーウォーラーのもの早く使い切っちゃわないとってところもあり、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
全くユニクロに興味がなかった私が
そこで私が得た学びをまとめてみる
元も子もないが結局は「着る人」にかかっている
詳しく言うと「髪型、体型、肌、顔の造形」
加えて「ある程度高見えする靴とアクセサリー」
以上を兼ね備えてようやく着こなせるのだと思う
なお顔の造形がオワコンな私には一生無理だが。
なぜか説得力が勝るのはなぜだろうか
それともある程度の自負があると話し方や振る舞いが堂々としてくるものだから?
それに1と関連して顔いいと着こなせるのは事実
そしてそれは間違ってなかったなと強く思う
買い漁っていたのが懐かしいもう二度と戻らない
褒めてもらえることは一番のやりがいだった、が
長く働くことを考えるとおしゃれでいたい欲望は
どんどん0へ近づく(貯金したいのもあるが)
かくいう私も参考にしているので何も言えないが
私は「人と同じが嫌」で生きている人間なので
そもそも着こなせる自信がないのだ。私に
着こなせる日はくるのだろうかとぼんやり考えて
「らっしゃいっせーーー!!」と声を張り上げる
こうして今日も1日が終わっていく。
明日もがんばろっと♩ 〜完〜
休みの日は、大抵家で過ごした。掃除をしたり洗濯をしたり、たまには料理を作ったり。あとは布団の上に寝転がってスマホに熱中する。熱中などと言ったら、好きでやっているようにも聞こえるかも知れない。しかし私の場合、スマホに触るのは、どうにもならない虚しさから逃れるためでしかない。何かをするよりも何もしないでいるほうが難しいのだ。不安という魔物に追われて逃げ惑う姿は、傍から見れば実に滑稽にちがいないが、誰かに咎められるわけでもない。安全な家の中で、私はひたすら自身の孤独と格闘する。
今も昔も、おにぎりを三角形に握るのは、私の唯一の特技と言って良いだろう。毎日、朝食に欠かさずおにぎりを食べたものだった。職場近くの公園のベンチに腰をかけながら。聞こえてくるのはスズメの声だけだ。砂場も遊具もあるから、昼になれば児童が興を添えるのであろうが、今は散歩する人さえ通らない。朝の光が木々の梢を透かしておにぎりを含む私の頬を照らしている。春や秋にかぎらず、夏は額に汗を滲ませながら、冬は寒さに身を縮めながら、私は1年中ここで朝食をしたためるのである。不思議なものだ。外に出るのも億劫がる子供だったはずが、大人になって公園が好きになるとは、いったい何の因果だろう。家と職場の中間の、誰にも煩わされない微妙な距離感の上に安住できるひとときは、私にとって最上の幸福だった。
いつからか、公園にひとりの女性の姿が見えるようになった。出入口のあたりの、植え込みを囲うコンクリートの上に腰を下ろし、足を組み、あたかも「考える人」みたいに頭をやや傾げながら、スマホを覗き込むように見ている。ベンチに座る私の位置からは、対角線上に進んで30メートルくらいは距離があるだろうか。顔は判然としないけれども、ショートカットで、すらっとしたきれいな身なりをしている。歳は私よりもいくらか上だろう。おにぎりを食べ終わった私は、職場へ向けて公園を後にするのであるが、その際、かならず女性の前を通ることになる。女性は相変わらずスマホを覗き込んだまま通行人の存在には無頓着である。私が家で熱中するのとはちがって、彼女のスマホへの接し方はどこかしら優雅で、気品があり、悠々とした感がある。当時シェイクスピアの作品を読んでいた私は、いつしか心の中で勝手に彼女を「ジュリエット」と呼ぶようになった。
ジュリエットは、来る日も来る日も同じ姿勢をしていた。服装も、もちろん日毎に異なるとはいえ、上品で垢抜けたところは、いつだって全然変らなかった。そして常に私には一瞥もくれなかった。おにぎりを食べながら、横目でちらと様子をうかがうと、昨日の光景と寸分も異ならない。前を通ろうとすると、心もち身体に力が入るものの、ジュリエットのほうは我関せずといった風で未だスマホを覗き込んでいる。私が春夏秋冬おにぎりを頬張るのと同じように、彼女も季節の別なく自らを貫くのである。ただひとつ異なるのは、私ひとりだけが、彼女に勝手に名前をつけ(まさか彼女は私を「ロミオ」と呼んではいまい)、家や職場からの逃げ場となっている公園に突然現れた女性を、妙な存在として気にせずにはいられなかった所だ。
幼い頃から、友達と遊ぶのも気が進まず、家庭の中にも居場所がないと感じがちな、さびしい少年だった。勉強はできないし、かけっこをしてもビリが定位置。学校に好きな女の子ができても、ばれないように取り繕うのに必死で、感情を表すのを恐れるばかり。そのまま体だけが大きくなり、大人と呼ばれるようになった。ひとりぼっちの自分が見つけた幸福の空間に、見知らぬ人が入り込んで来て、今、どうして嫌な気持がしないのだろう。ひとりで遊んでいるところに友達が来ただけで逃げてしまうような子供だったのに。私はやはり大人になったのだろうか? 考えれば考えるほど、むず痒い気がして、やりきれなくなる。この感情が一体何なのか、自分にもよく分からない。くだらないと思って何もかも打ち消そうとするけれど、朝日の下の残像が瞼のうらに貼り付いて離れない。しかも彼女は微動だにせずあそこに座っている。雨の日も晴れの日も、世の中がどのように移ろおうとも、ここだけは同じ時間が流れていた。ふたりの男女がそれぞれの世界に住みながら、公園という場所だけ共有している、夢の中のようなおぼろげな時間が。
私がその公園を最後に訪れたのは、退職した日であった。冬用のコートを着たジュリエットは、寒さも忘れてしまったみたいに、その日もいつもと変らずスマホに夢中になっているようだった。が、おにぎりを食べ終わり、いよいよ出勤しようと出口を抜ける間際、彼女の頭がほんのすこしだけ上がって、こちらを見たような気がした。馬鹿馬鹿しい。気のせいに決まっている。もう会うことはないと悟った私の感傷が起こした錯覚というものだろう。でも、当時の私には彼女の視線が重たく突き刺さるように感じられてならなかった。あの一瞬間が長い年月を経た今になってもよみがえる。私の生活はあれから少しも変っていない。休みの日は、掃除洗濯料理に、それから不安に苛まれながらスマホをいじるだけ。スズメの声と、朝の光と、おにぎりと、ジュリエットと。——遠く過去の記憶のなかへ去っていくあの日常が、時々私には恋しくてたまらなくなる。