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2026-04-27

オタク批評が嫌われるのは

単純にオタク批評やってる奴がクズばっかりだからでしょ

あんな連中と同じ側になんて死んでも居たくないんだよ

東浩紀やそれに影響を受けた黒瀬陽平とか

チェンソーマンリゼ編は童貞バイブル!」とか言ってオタクバカにして宇野常寛一派とか

シンウルトラマン批判して炎上して、ほとぼりが冷めた頃にコソコソ戻ってきた松下哲也とか

カラーから名指しで嘘つき呼ばわりされる岡田斗司夫とか

マジで碌な奴がいないんだよな

2026-04-20

女性漫画家の層の厚さを海外ライトオタク説明するには

庵野エヴァンゲリオンの次に手掛けたのは、

LaLaという少女漫画雑誌に連載されていた津田雅美彼氏彼女の事情」のアニメ化

原作wikipediaによると総発行部数1000万部超え(たぶん文庫版などのバリエーション含む

 

スタジオジブリ耳をすませば」は少女漫画雑誌りぼんの連載作品

本作は原作柊あおい代表作ではない

原作者の代表作は「星の瞳のシルエット」で、月刊誌りぼんの200万部時代看板作品

「200万乙女バイブル」というキャッチフレーズで呼ばれた

 

どちらも女性作家だが、日本では女性漫画家代表としては認識されておらず、

数百人(なんなら千人以上か?)のベストセラー女性作家のうちの一人程度の扱い

2026-04-09

Sex and the cityは令和でも通用する

Sex and the cityというドラマをご存じだろうか。

よく題名番組欄でみてXでエッチなお姉さんを見ようとこっそりテレビをつけたら女がただしゃべっているドラマで残念だったという体験談を目にする。

Sex and the city1998年から始まった、こじらせアラサー女四人の成長物語である

ニューヨークキャリアもあり自立した四人が恋愛仕事についてあーだこーだいっているドラマだ。

このドラマ大学生時代、今は亡きレンタルビデオ屋で出会い、一気見し、将来はこんな大人生活を送りたいと人生バイブルとしていた、こじらせアラサー女がここにいる。

なぜこの話をしようかと思ったのは、自分が見事にSATCっぽく生きる女になっており、

また同時期にSATCを鑑賞し、感銘を受けた親友もずっとSATCしているからだ。

アラサーになると、SATCにあこがれた女はSATCする。

最近一年同棲している彼氏がいる。

年下だが、キャリアちゃんとしており、頼れる男性だ。

私は結婚をしたくない、SATCの中ではサマンサという恋愛セックス謳歌するキャラポジションにいた。

仕事も、概ね同じような内容をしている。(サマンサはPR会社社長、私はサラリーマンだが内容は一致する)

結婚をしたくない理由は、子供がほしくないからだ。

子供は好きだが、自分が育てられる自信がなく、経済的にも精神的にも一人の人間を育てる能力は無いと自負している。

幸い、彼氏が年下なこともあり結婚をいそがずのんびり一途なサマンサしていた。

彼が、子供が欲しいと思った時がこの恋愛の終わりだともちろん覚悟はあった。

しかし、一年過ごす中で、私のネガティブな部分を覆してくれるパートナーが彼ではないか?と心の変化が生まれた。

転職はうまくいったし、生活リズムも整ったし、なにより、恋愛しているのに情緒が安定している。

かつて主人公キャリーのように男に当たって、友達メンヘラかまして、恋愛学校を休むような女ではなくなってきており、

時たまパートナーをみて旦那さんですか?と聞かれることに少々浮かれている自分がいることに気づいた。

彼との結婚出産はアリなのでは?と前向きに考えられるようになった。また、彼にそのことを伝えると喜んでくれた。

元・キャリーであり、邦画「愛がなんだ」の主人公テルちゃんを一緒にやっていた親友も喜んでくれた。

私の中に、妊娠出産を決意したミランダが生まれた。

ミランダは敏腕弁護士結婚はめんどくさいといっていたが彼氏でもない男の子供を妊娠して、迷って、その男結婚した。

その彼とはいわゆる下方婚だが愚痴を言いつつその男とずっと離れなかった。

大学生ときはその脚本に少し落胆したが、今となってはミランダの好きな男と子供と一緒にいたいという気持ちはとても理解できる。

そのうち、私の中に結婚願望や子供を持つことに夢みているシャーロットが生まれるのだろうか。

今度の定期婦人科検診で妊娠できるからだか調べてもらおうと思っている時点ですでに生まれているのかもしれない。

ちなみに親友はこの二年で結婚し、離婚して最高にSATCしている。

あの頃Sex and the city出会ったアラサーの同志はいるのだろうか。

また、見たことがない人は令和に生きるアラサーたちに見てほしいドラマ一位に君臨しているので、ぜひ見てみてほしい。

2026-03-14

anond:20260314112712

えーーー!なんでだよ!?

TS最高じゃんかさ!!

せみもぐら先生の学園風俗TSなんて俺のバイブルだぞ!!

あのへんのエロ同人電子書籍からまだいいけどさ、もしも紙の本だったらもう使いすぎてページがボロ雑巾みたいにボロボロになるほど使い倒してるわ。

2026-02-24

anond:20260224161827

おじさんの魂のバイブルである王ドロボウJING」をおすすめする

昔、小学生向けの雑誌で連載してたやつだから内容は大丈夫

続編と合わせれば14巻ぐらいだったと思う

2026-02-17

ブルシットジョブって最初

担当者さえクソ無駄と思ってる仕事」というお題目でこう続く

例えばこういうの…

取り巻き、脅し屋、尻拭い、親分

で、この段になると「社会資本主義的な競争がなければ競争なんかしなくていい、この競争こそが社会的な無駄」という話になる

単に著者が、無政府共産主義者から

資本主義的な競争無駄定義してる

マネジメントみたいな人を管理する仕事を悪と見てる

っていう思想ごりごりなだけのものなのに

タイトルだけでわかった気になったアホのバイブルになってる

2026-01-06

NTR

ジュディ・オング魅せられて

“好きな男の腕の中でも違う男の夢を見るぅうぅ〜ハァ〜“

女はそういうものなのである、という決めつけが潔い

 

東京JAP摩天楼ブルース

”抱かれてきたね知らない奴に ラジオでお前答えを消した”

都会的。都会の男女はこんな感じなんやーと子供の頃刷り込まれ

 

真心ブラザーズサマーヌード

“嘘だろ誰か思い出すなんてさ”

実際寝取られてるわけではなくて過去への嫉妬なんだが、男の弱さいじましさがよく描かれている

Mr.ChildrenOver』『渇いたKiss

ミスチルはよく寝取られイメージだが、個人的には後者が好き

“桃色のケロイドに変わればいい”なんて言っても、たぶん女性は思い出しもしないだろう

 

岡村靖幸聖書-バイブル-』その他いろいろ

岡村NTRっていうか、ママならない手が届かない女ばっかり描くから

“僕のほうがいいじゃない 同級生だしバスケット部だし実際青春してるし背が179”の畳みかけが好き

 

UNICORN『HEY MAN!』

“君はまだ若い その辺でお似合いの小娘探してろ”

間男にされちゃう若い男を歌ってたのに、次のアルバム服部』では老練な手管で若い女を落とす歌を歌うようになるなんて…

 

ドレスコーズGhost

“君がもし 僕じゃなく 誰かとね 愛しあえるなら 悲しみじゃなく 喜びさ”

と歌った後のひっくり返しが最高

 

奇妙礼太郎『君が誰かの彼女になりくさっても』

表題どおりでも“ずっとずっと君が好き”と歌い続ける引きずり感

ある意味めっちゃ「男らしい」曲

思いついたら追記する

2025-11-23

ヒロアカ最新話よすぎて頭痛

ヒロアカアニメこんなに面白くて人気なのに

誰も回りで見てないから吐き出させてくれ

たまたま最新話前まで追いついたらみんなTLで騒いでたの見て最新話みてきた。

唖然と涙だけ出ちゃって、うまく言葉に出来ないけど言葉にするなら…

展開はそうなると分かっていた、そうだろうと思ってたけど大嫌いなオールフォンワンがよいちに固執した理由もなんとなく分かってたけど

「大好きだ」という言葉1つで

この作品はどこまでもキャラクターを一人一人愛してくれていて、敵キャラに、モブにまで思いを語らせてくれて…こいつも本当に1人の人間であると言うこと、愛している人がいた事を痛感させられた。

こんなに憎たらしいキャラクターを許してしまうそ一言があるのだと思い知らされた。

私は使い捨てのようになる漫画アニメキャラが嫌だ…特に劇場版キャラは本筋では無かったことになる。今まで劇場版キャラクターも出してくれたジャンプ作品今まであっただろうか…無かったことにしなかった…ヒーローも敵も存分に姿を見せてくれて

生き様を見せてくれた。

ヒロアカアニメは全てが癖に刺さる。

アニメーターに愛されてるのが放送後のアニメーターのツイートからも分かる、音楽からも分かる、声優からも分かる、原作者からも伝わる、こんなに好きな人がたくさんいてとってもいいな…

現在この世に存在するアニメで今回の鬼滅の刃映画を超えるアニメーションは出てこないと思っていた。

でもヒロアカは瞬間風速で追い抜く感覚がある。

鬼滅とは違う輝きがあった。

総集編劇場でみたらえぐい程たのしいんだろうな。

作画からアニメーターが楽しんで描いてるのが伝わってくる、出久は特に声優さんの声に希望や光を感じるし、爆豪のアニメーションの爆発や爆裂という表現において10年以上はこのヒロアカアニメーションを超えるものは出てこないと感じる。これはチェンソーマンのレゼの爆発とは違って、爆豪の性格ありきの爆裂表現があると思う。

感動しすぎて号泣頭痛いので頭痛薬を飲んでいる。

最近出てた人気投票で死柄木が入ってたりして

そんなに奴を許せるのか?と疑問だった。

でも死柄木は死柄木で仲間のために、今の世界が楽しくない奴のために負けられないという気持ちがとても良かった。私もそちら側だったから。持たざる者は持つものを羨み、妬ましいから、全部なくなれと思うから

ヒロアカ作品の好きなところはそれぞれに目標や信念が存在していて、それを敵でもひとつも取りこぼさずに大事に描くところだ。

いか応援したくなるという部分が今までのジャンプ作品にここまで存在しただろうか。

私が見ていたアニメNARUTOBLEACHなどだ。アイツらなんやかんや実は強い系だった。

出久、最初はうぜーと思う事もあった。綺麗事だらけで。冷めた目で人気の作品をなんとなく見ていた。みんなの話に追いつきたくて見ていた。学校の辺は陰キャにはキツかった。でも何となく見続けた。

でも見てるうちに馬鹿じゃねーのって気持ちが綻んでく。

レディナガン戦で心を打ち砕かれた。ヴィランよりの社会不適合者だから自分を重ねてしまって。

なんで助けてくれるんだ。なんで。って気持ちでいっぱいで。

今日やっと、その答えが示された。

弱さが皆を奮い立たせるという答え。

今まで見た作品でそんな答え見たことなかった。

というか推しがそれを喋ってくれたのが嬉しすぎた。

同じように惹かれていたから。

こんなに感情を揺さぶられたアニメはいつぶりだろう。こんなに応援したくなる主人公は今までに存在しただろうか…最後までツンを貫いてた爆豪はまさかW主人公位置まで飛んでくるとは思わなかった。ただの夢女子製造機(イメージ)じゃなかった。

ガチキラキラしてて、まじでヒーローだった。

ヒロアカは色眼鏡なしに、作品を楽しませてくれる。

アニメを見ていてその場にいる感覚になる。

キャラクターを取りこぼさずに描いてくれてありがとう

気持ちヴィラン側だったので

アニメを見て痺れてしまって作品への大好きを誰にも言えなくてここに初めて書き込んだ。

社会不適合者こそヒロアカを見て欲しい。私はこの世の全てに唾を吐きかけていても、手を取ってくれるだれかがいると信じれる。心のバイブル

このアニメみんなに見てほしいけど、周りに誰も見てない。どうして〜みてくれ〜!!!

2025-10-01

AIの仕組みについて漠然理解している人のために

AIって結局は統計だろ?」

ネットでこういった言葉を見かける度、正直モヤモヤしている。

かに統計的な処理がAIの根幹にあるのは間違いない。

データを集め、確率計算し、そこから最適解を選び出す。そういう構造があるのは事実だ。だから「まったく違う」と言い切るのも嘘になる。

だが、それを「AIって結局は統計だろ?」なんて一言で片づけるのは、あまりに横暴だ。

統計のものを動かす理論や数理、そこに積み上げられたアルゴリズムの厚みを無視してしまっているからだ。

たとえば俺が本気で勉強したときにぶん殴られたのは統計の延長で片付けられないようなもっと複雑でもっと美しい構造だった。

から、この言葉モヤモヤするのは「半分は当たっているけど、半分は外している」から

AI統計でありながら、統計還元できないものでもある。

その両義性を理解せずに「統計だろ?」で済ませるのは、ピアノの音を聴いて「ただの鍵盤を叩いてるだけだろ?」って言ってるようなものだと思う。

そこで、AIの仕組みについて漠然理解している人のためにおすすめの本を三冊紹介する。

ここで紹介する三冊は、そんな俺のモヤモヤを実際に言語化してくれた本たちだ。

難しいし、読み進めるのに何度も心が折れかけた。けど読み切ったときAI統計か?それとも統計じゃないのか?という問いが、ようやく立体的に見えるようになったんだ。

から是非一読してみてほしい。険しい山ほど、山頂から景色は美しいものから

パターン認識機械学習

著者:Christopher M. Bishop

最初に手にしたとき、数式のオンパレードに心折れかけた。

けど、それでも読み進めると「機械学習ってバラバラアルゴリズムじゃなくて、確率という一本の軸で全部つながってるんだ」って感覚が急に開けてくる。

ロジスティック回帰SVMニューラルネットも、ぜんぶ親戚だったのかよ!って衝撃。

何度も挫折しかけてはメモ書きしながら戻って、理解できた瞬間に鳥肌が立つ。

俺にとって本書は、AIという森の入口に置かれた地図のものだった。

計算理論の基礎』

著者:Michael Sipser

PRMLとは真逆の本。ここではただ無機質なオートマトンチューリングマシンのみ。

計算ってそもそも何なんだ?」っていう根本を突きつけてくる。AIだってこの枠組みの外には出られない。

NP完全問題の章なんか読んだ暁には「世界にはどう足掻いても効率よく解けない領域がある」って現実にぶん殴られる。

AIが万能に見えても、その背後には絶対限界があるんだと分からされる。

ここを通ると、妄信的に「AI最強!」なんて言えなくなるしいい意味冷や水ぶっかけられる本。

AI万能説が唱えられる昨今、この一冊を読み理解することでAI本質理解できるようになるのは確かだ。

深層学習Deep Learning)』

著者:Ian Goodfellow, Yoshua Bengio, Aaron Courville

本書は深層学習を知るためのバイブル

PRMLで仕組みの家系図を見て、計算理論で壁にぶち当たったあと、ここに来ると「でも実際に世界を変えてるのはこっちだろ」って現実を知ることができる。

CNNがどうやって画像認識してるのか。RNNがどう文章を扱ってんのか。GANがなぜフェイクをリアルにするのか――それが手元の紙と数式の上でほどけていくと、ニュースAIが急に手触りを持つ。

もちろんクソ難しい。何度も心折れた。

でもここにいまの世界心臓部があるって思ったらページを閉じられなかった。

読み切ったあと、AI魔法じゃなくて地道な科学だって確信が腹の底に残る。

名著。

おわりに

AI勉強基本的に超しんどい

数式だらけで頭が痛くなるし、途中で本を閉じて「俺には無理だ」って投げ出したくなる瞬間が何度もあった。

だけど不思議とまた戻ってきてしまう。何故か?何故ならそこにワクワクがあるからだ。

ページをめくるたびに「うわ、こんな発想があるのか!」って驚かされる。

統計だけじゃない。論理だけじゃない。人間思考を真似しようとした末に生まれた知恵の積み重ね。

それを追体験するのは、ちょっとした冒険みたいなものだ。難しさと楽しさが同じ場所にある。

AIって結局は統計だろ?」

白状するが、当時は俺もそう思っていた。

だがそう思ってた自分が今ではちょっと恥ずかしい。

実際に学んでみればそれがどれだけ奥深く、そして人間の営みそのものみたいに豊かな世界だったかが見えてくる。

からもし、ここまで読んで「ちょっとやってみるか」と思った人がいたら、迷わず飛び込んでみてほしい。

きっと最初は溺れる。それは保証する。

でも、そのうち泳げるようになる。スイスイ泳げるようになる。それも保証しよう。

そして気づくはずだ。

巨人肩に乗って見える景色は、めちゃくちゃ美しいんだなってことを。

2025-09-12

はいつも「ゲームなんかしなきゃ、もっといい大学に入れたのに」と

追記】おい、まて、今日の、任天堂ダイレクト、おい、ありがとう子供の頃の自分が聞いたら喜ぶよ。生きていてよかった。人生バイブルでよかった。


ーーーー追記終わり

父が新しいもの好きの機械好きだったかゲームは小さいころから遊んでいた。でも母は気に入らなかった。だって勉強時間ゲームに奪われてるからテレビ漫画も嫌な顔されていたのを覚えている。

でもゲームがなければ小学生の頃、楽しく友だちと遊んだ思い出はない。いじめられていた中でも、ゲームを持ってる人が遊んでくれた。無かったらどうだったろう。きっと不登校になっていただろう。

今もゲームが好きで好きすぎて自分で作るのが楽しいって思えるのはゲームをしていたからだと思う。イベント出展して、新しい友人ができ、大事存在になったというころにようやく母は「ゲームもまぁ、するのは構わないとは思う」と歯切れの悪い事を言う。「でもゲームがなければもっと頭がよくなって、大企業に入れたのよ」と続く。


母は私(やきょうだい)がハイレベル校に入れなかったのがどうしても嫌みたいだ。

じゃあ私らは底辺学校に入ったのか?と街中の人に聞いたら2000人中1990人は「十分な学歴・良い学歴」と答えるはずの学歴である。母的には中堅未満らしいが。

会社だって大満足なのだが、母は「そんな名の知れない中小企業に入るなんて」と就活時期に言っていた。母の中ではしょぼい経歴らしい。


母は娯楽になんか興じず、難関校に入ったことをいつも自慢する。「本を読め」と言ってた。

から小学生の頃にギネスブックが欲しいと言ったら「そんな遊びの本を読むな」と返された。小6でも絵本が好きだったのだが「ぷwこれ?w幼稚園児ねw」って馬鹿にされ、本を読むのが嫌になった。じゃあゲームしまぁ~す。何を読めばいいかと聞けば「どれでもいい」「自分で選びなさい」と言う。


よく思い出す。母が行かせたい学校へ私を連れて見学に行きまくっていたこと。

それに対して私が滑り止めにしかからなかった時の「はぁ、ここしかからなかったか」という顔。合格発表の時の「当然でしょ。こんなとこ落ちたら終わりよ」という喜びの無さ。(受験が悪ではない。むしろ受験はしてよかった。それは別の話)

でもその学校は私にあっていた。今でも仲のいいマブダチはできるし、最高の青春を送った。

学生ん時は成績が悪く反抗期が長かったため「こんな学校にいれたから…」とずっと言われていたのを私は覚えている。犯罪非行もしていないのに。

父がゲームを勧めたのは「きょうだいで楽しく遊べると思って」という理由

今思えば、きょうだい仲はそこまでよくなかった。母がこれなので勉強関係は互いに馬鹿にし合って喧嘩ばっかりなので。ゲームで遊び始めたこから仲良く会話していたと思う。「一緒に遊ぼう」とか「ここ苦手だからお願い」とか。母はゲームを買ってくる父によく怒っていた。でも父は「楽しい方がいいだろ?」と父とも一緒に遊んでいた。

「~しなきゃもっと頭がよくなったのに」と母は大人になった今も何度でも続ける。いい加減しつこいので「抑圧され過ぎて事件を起こす人がいるし、学歴ばかり見るのも…」と言ってしまった。(逆も然りなので、勉強が悪とは思っていない。勉強大事だ。ただ20何年もずっと言われ続けていからもう嫌だった)

だってしつこいから。まぁまぁ仲いいから遊びに来た我が子に毎回毎回そんなことをいう母がムカつくから

「そんなのは弁護士無罪にさせたいからの方便。そんなの信じているの?騙されてるね、頭使いなさい」と返されて面倒くさくなった。

母の中でゲーム漫画はいまだに悪であり、その存在が私らの頭脳を愚かにさせたものしか思っていない。

トップ大学に入った友人が小学生のころゲームを持っていなかったと言えば「なんて教育熱心なお母さま!」と喜ぶ。「でも中学時代からゲーム三昧で徹夜、授業・受験期もゲームで一緒にゲーセンによく行っていたけど」と言えば「その人は地頭がいいだけ」。逆にゲーム禁止されてた友人は難関大学に受かってないし。それを話したら「その人がただ馬鹿なだけ」と言って友人を馬鹿にしたので喧嘩になったことはある。

地頭がいい=その両親も高学歴と言うのを信じて疑わない。でも上記地頭がいいと言われた人の両親は高卒である。そういうと「レアなケース」と認めない。


ゲーム禁止した勉強時間が延びると本当に思っている。何度かゲーム機を没収されたが、私は児童館卓球工作ばかりしていた。勉強時間は延びていない。


ずっと心に残り、いつも不思議気持ちにさせてくれるゲームがある。

人生感を一気に変え、エンディングで涙を流し、無限感覚を浴びたWiiとあるゲームが今でもバイブルだ。今見ても泣いてしまエンディング何度でも見たい。あの絵本BGMで泣いてしまう。天文学を学ぼうとしたきっかけ。これは愚かなのか?悪なのか?

大人になってやったゲームで「姫様覚悟まりすぎだろ…」ってボロボロ泣いたのは駄目か?「誉…この選択肢…」ってボロボロ泣いたのも駄目か?


母はそれでも私らをもっといい大学に入らせて、もっと上の大企業に勤めさせたかった(そもそも上って何だよ)。ゲームで感動?笑止な人。

今になって過去を責めてくる。自分が悪いのではなく、勉強しなかった我らが悪いとしたいらしい。

謝罪して「私が悪ぅございました。やっぱりゲームはクソです!今からたくさん勉強して、高難易度資格を取ります大手企業に入ります世界に羽ばたくエリートになります()」って言えば満足か?

どーせもっと要求してくるわ、目に見えている。だってすでに「~さん(私と同い年)はアメリカ博士していて(チラッ」とかぬかしている。

anond:20250912154617

やっぱそうなのかな。

学生時代バイブルみたいな感じでアツく語ってて、まじかーって思ったもん。

2025-09-07

anond:20250905054532

私の世界は、丁寧に、そう、まるで細胞の一つ一つにまで神経を行き届かせるようにして磨き上げられた、半径およそ十メートルほどのガラスの球体であり、その球体の中心には、世界のすべてであり、法であり、そして揺るがぬ神であるところの、生後六ヶ月の息子、光(ひかる)が、ただ健やかな呼吸を繰り返している。その完璧な球体を維持すること、それこそが水無月瑠璃(みなづき るり)、すなわち三十一歳の私に与えられた唯一にして絶対の使命であったから、私は今日もまた、タワーマンション二十八階、陽光白磁の床にまで染み渡るこのリビングダイニングで、目に見えぬ埃の粒子と、あるいは時間という名の緩慢な侵食者と、孤独な、そして終わりなき闘争を繰り広げているのであった。北欧から取り寄せたというアッシュ材のテーブルの上には、一輪挿しに活けられたベビーブレスの、その小さな白い花弁の影さえもが、計算され尽くした角度で落ちており、空気清浄機は森の朝露にも似た清浄さを、ほとんど聴こえないほどの羽音で吐き出し続け、湿度計のデジタル表示は、小児科医が推奨する理想の数値、六十パーセントを寸分違わず指し示しているのだから、およそこの空間に、瑕疵という概念の入り込む余地など、どこにもありはしなかった。かつて、外資系コンサルティング会社で、何億という数字が乱れ飛ぶ会議室の冷たい緊張感を、まるで上質なボルドーワインでも嗜むかのように愉しんでいた私自身の面影は、今やこの磨き上げられたガラス窓に映る、授乳のために少し緩んだコットンのワンピースを着た女の、そのどこか現実感を欠いた表情の奥に、陽炎のように揺らめいては消えるばかりであった。

思考は、そう、私の思考と呼んで差し支えるならば、それは常にマルチタスクで稼働する最新鋭のサーバーのように、光の生存に関わる無数のパラメータによって占有され続けている。次の授乳まであと一時間二十三分、その間に終わらせるべきは、オーガニックコットンでできた彼の肌着の煮沸消毒と、裏ごししたカボチャペーストを、一食分ずつ小分けにして冷凍する作業であり、それらが完了した暁には、寝室のベビーベッドのシーツに、もしかしたら付着しているかもしれない、私たち世界の外部から侵入した未知のウイルスを、九十九・九パーセント除菌するというスプレー浄化せねばならず、ああ、そういえば、昨夜翔太が帰宅時に持ち込んだコートに付着していたであろう、あの忌まわしい杉花粉の飛散経路を予測し、その残滓を、吸引力の変わらないただ一つの掃除機で完全に除去するというミッションも残っていた。これらすべては、愛という、あまり曖昧情緒的な言葉で語られるべきものではなく、むしろ生命維持という厳格なプロジェクト遂行するための、冷徹なまでのロジスティクスであり、私はそのプロジェクトの、唯一無二のマネージャーであり、同時に、最も忠実な実行部隊でもあった。誰がこの任務を私に課したのか、神か、あるいは生物としての本能か、はたまた「母親」という名の、社会発明した巧妙な呪縛か、そんな哲学的な問いを発する暇さえ、このシステムは私に与えてはくれなかった。

である翔太は、疑いようもなく、善良な市民であり、そして巷間(こうかん)で言うところの「理想の夫」という、ほとんど神話上の生き物に分類されるべき存在であった。彼は激務の合間を縫って定時に帰宅すると、疲れた顔も見せずに「ただいま、瑠璃。光は良い子にしてたかい?」と、その蜂蜜を溶かしたような優しい声で言い、ネクタイを緩めるその手で、しかし真っ先に光の小さな体を抱き上げ、その薔薇色の頬に、まるで聖遺物にでも触れるかのように、そっと己の頬を寄せるのだ。週末になれば、彼はキッチンで腕を振るい、トマトニンニク匂いを部屋中に漂わせながら、私や、まだ食べることもできぬ光のために、絶品のペペロンチーノカルボナーラを作り、その姿は、まるで育児雑誌グラビアから抜け出してきたかのように、完璧で、模範的で、そして、どこか非現実的ですらあった。誰もが羨むだろう、この絵に描いたような幸福風景を。友人たちは、私のSNS投稿される、翔太が光をあやす姿や、手作り離乳食が並んだテーブル写真に、「理想家族!」「素敵な旦那様!」という、判で押したような賞賛コメントを、まるで祈り言葉のように書き連ねていく。そう、すべては完璧なのだ完璧なはずなのだ。このガラスの球体の内部では、愛と平和と秩序が、まるで美しい三重奏を奏でているはずなのだ

――だというのに。

夜、ようやく光が天使のような寝息を立て始め、この世界のすべてが静寂という名の薄い膜に覆われた頃、ソファで隣に座った翔太が、労わるように、本当に、ただ純粋愛情と労いだけを込めて、私の肩にそっと手を置く、ただそれだけの、あまりにも些細で、そして無垢行為が、私の皮膚の表面から、まるで冷たい電流のようにして内側へと侵入し、脊髄を駆け上り、全身の毛穴という毛穴を、一斉に収縮させるのである。ぞわり、と。それは、神聖な祭壇に、土足で踏み込まれときのような、冒涜的な不快感であった。あるいは、無菌室で培養されている貴重な細胞のシャーレに、誰かが無頓着なため息を吹きかけたときのような、取り返しのつかない汚染への恐怖であった。彼の指が触れた肩の布地が、まるで硫酸でもかけられたかのように、じりじりと灼けるような錯覚さえ覚える。私は息を止め、この身体が、この「水無月瑠璃」という名の、光のための生命維持装置が、彼の接触を、システムに対する重大なエラー、あるいは外部からハッキング行為として認識し、全身全霊で拒絶反応を示しているのを、ただ呆然と、そして客観的に観察していた。

「疲れてるだろ。いつも、ありがとう

翔太の声は、変わらず優しい。その瞳の奥には、かつて私が愛してやまなかった、穏やかで、そして少しだけ湿り気を帯びた、雄としての光が揺らめいているのが見える。それは、私を妻として、女として求める光であり、かつては、その光に見つめられるだけで、私の身体の中心が、熟れた果実のようにじゅくりと熱を持ったものだった。だというのに、今の私には、その光が、聖域である保育器を、ぬらりとした舌なめずりをしながら覗き込む、下卑た欲望眼差ししか見えないのだ。許せない、という感情が、胃の腑のあたりからせり上がってくる。この、二十四時間三百六十五日、寸分の狂いもなく稼働し続けている精密機械に対して、子を産み、育て、守るという、この宇宙的な使命を帯びた聖母に対して、己の肉欲を、その獣のような本能を、無邪気に、そして無自覚にぶつけてくるこの男の、そのあまりの鈍感さが、許せないのである

ケダモノ

その言葉が、私の内で、教会の鐘のように、低く、重く、そして厳かに反響する。そうだ、この男はケダモノなのだ。私がこの清浄な球体の秩序を維持するために、どれほどの精神を、どれほどの時間を、どれほどの自己犠牲にしているのか、そのことを何一つ理解しようともせず、ただ己の種をばら撒きたいという原始の欲動に突き動かされているだけの、ただのケダモノなのだ

そんなはずはない、と、脳のどこか、まだかろうじて「かつての私」の残滓が残っている領域が、か細い声で反論を試みる。これは翔太だ、私が愛した男だ。雨の匂いが充満する安ホテルの、軋むベッドの上で、互いの名前を喘ぎ声で呼び合いながら、世界の終わりが来るかのように貪り合った、あの夜の彼なのだパリへの出張中、セーヌ川ほとりで、どちらからともなく互いの唇を求め、道行く人々の冷ややかな視線さえもが、私たちのためのスポットライトのように感じられた、あの瞬間の彼なのだ結婚記念日に、彼が予約してくれたレストランの、そのテーブルの下で、こっそりと私のスカートの中に忍び込んできた、あの悪戯っぽい指の持ち主なのだ。あの頃、私たちは互いの肉体という言語を、まるで母国語のように自在に操り、その対話の中に、世界のどんな哲学者も語り得ないほどの、深遠な真理と歓びを見出していたはずではなかったか。あの燃えるような記憶は、情熱の残骸は、一体どこへ消えてしまったというのだろう。それはまるで、昨夜見た夢の断片のように、あまりにも色鮮やかで、それでいて、掴もうとすると指の間から霧のように消えてしまう、遠い、遠い銀河の光なのである

瑠璃…?」

私の沈黙を訝しんだ翔太が、私の顔を覗き込む。私は、まるで能面のような無表情を顔面に貼り付けたまま、ゆっくりと彼の手を、自分の肩から、まるで汚物でも払いのけるかのように、そっと、しかし断固として取り除いた。そして、立ち上がる。

「ごめんなさい。少し、疲れたみたい。光の様子を見てくるわ」

それは、完璧な嘘であり、そして、完璧真実でもあった。私は疲れていた。だがそれは、育児という名の肉体労働に疲れているのではなかった。私という個人が、水無月瑠璃という一個の人格が、「母親」という名の巨大なシステムに呑み込まれ、その歯車の一つとして摩耗していく、その存在論的な疲弊に、もう耐えられなくなりつつあったのだ。これは、巷で囁かれる「産後クライシス」だとか、「ホルモンバランスの乱れ」だとか、そういった便利な言葉で容易に片付けられてしまうような、表層的な現象ではない。違う、断じて違う。これは、一個の人間が、その魂の主導権を、自らが産み落とした別の生命体に完全に明け渡し、「装置」へと、あるいは「白き機械」へと、静かに、そして不可逆的に変質していく過程で生じる、存在のものの軋みなのである

聖母、とはよく言ったものだ。人々は、母という存在を、無償の愛と自己犠牲象徴として、何の疑いもなく神格化する。だが、その実態はどうか。自己を失い、思考も、肉体も、感情さえもが、すべて「子」という絶対的な存在奉仕するためだけに再構築された、ただのシステムではないか。私は聖母などではない。私は、高性能な乳製造機であり、汚物処理機であり、そして最適な環境提供する空調設備が一体となった、ただの生命維持装置に過ぎないのだ。この気づきは、甘美な自己陶酔を許さない、あまりにも冷徹で、そして絶望的な真実であった。そして、この真実を共有できる人間は、この世界のどこにもいやしない。翔太のあの無垢な優しさでさえ、結局は、この優秀な装置が、明日も滞りなく稼働し続けるための、定期的なメンテナンス作業しか見えないのだから、その孤独は、宇宙空間にたった一人で放り出された飛行士のそれに似て、どこまでも深く、そして底なしであった。友人たちがSNS投稿する「#育児は大変だけど幸せ」という呪文めいたハッシュタグは、もはや、この巨大なシステムの異常性に気づいてしまった者たちを、再び安らかな眠りへと誘うための、集団的自己欺瞞儀式しか思えなかった。

寝室に入ると、ベビーベッドの中の光は、小さな胸を穏やかに上下させながら、深い眠りの海を漂っていた。その無防備な寝顔は、確かに、この世のどんな芸術品よりも美しく、尊い。この小さな生命を守るためならば、私は喜んで我が身を投げ出すだろう。だが、それは、この身が「私」のものであった頃の話だ。今の私にとって、この感情は、プログラムに組み込まれ命令遂行しているに過ぎないのではないか。愛でさえもが、システムを円滑に稼働させるための、潤滑油のような機能に成り下がってしまったのではないか。そんな疑念が、毒のように心を蝕んでいく。

私は、息子の傍らを離れ、再びリビングへと戻った。翔太は、ソファの上で、テレビの光をぼんやりと浴びながら、所在なげにスマートフォンをいじっている。その背中は、拒絶された雄の、どうしようもない寂しさを物語っていた。かつての私なら、きっと背後からそっと抱きしめ、「ごめんね」と囁いて、彼の寂しさを溶かしてやることができただろう。しかし、今の私には、もはやそのための機能が、インストールされていないのである

私は、彼に気づかれぬよう、書斎として使っている小さな部屋に滑り込んだ。そして、ノートパソコンの冷たい天板に触れる。ひやりとした感触が、指先から伝わり、かろうじて、私がまだ血の通った人間であることを思い出させてくれるようだった。スクリーンを開くと、真っ白な光が、闇に慣れた私の網膜を焼いた。カーソルが、無人荒野で、点滅を繰り返している。何を、書くというのか。誰に、伝えるというのか。この、言葉にもならぬ、システムの内部で発生したエラー報告を。この、機械の内部から聞こえてくる、魂の悲鳴を。

それでも、私は指を動かした。これは、誰かに読ませるためのものではない。これは、祈りでもなければ、懺悔でもない。これは、私という名の機械が、自らの異常を検知し、その原因を究明し、あるいは再生可能性を探るために、己の内部へとメスを入れる、冷徹自己解剖の記録なのだ

真っ白な画面に、私は、震える指で、最初言葉を打ち込んだ。

『これは、私という名の機械が、自己を観察し、分解し、あるいは再生を試みるための、極秘の設計図である

その一文を打ち終えた瞬間、私の内側で、何かが、硬い音を立てて、砕けたような気がした。それが希望の萌芽であったのか、それとも、完全なる崩壊への序曲であったのか、その時の私には、まだ知る由もなかったのである。ただ、窓の外で、東京夜景が、まるで巨大な電子回路のように、無機質で、そして美しい光を、果てしなく明滅させているのが見えた。私もまた、あの無数の光の一つに過ぎないのだと、そう、思った。

自己機械定義たからには、次なる工程は当然、その性能向上のための最適化、あるいは、旧弊OSから脱却するための、大胆にして静かなるアップデート作業へと移行せねばならぬのが、論理的な、そして必然的帰結であった。そう、これは革命なのだと、私は深夜の書斎で、青白いスクリーンの光に顔を照らされながら、ほとんど恍惚とさえいえる表情で、そう結論付けたのであった。かつてロベスピエールが、腐敗した王政ギロチン台へと送り、新しい共和制の礎を築かんとしたように、私もまた、この「母親という名の献身」や「夫婦の情愛」といった、あまりにも情緒的で、非効率で、そして実態としては女の無償労働を美化するだけの前時代的な概念を、一度完全に解体し、再構築する必要があったのだ。そのための武器は、かつて私が外資系コンサルティングファームで、幾千もの企業相手に振り回してきた、あの冷徹ロジックと、容赦なき客観性という名のメスに他ならない。愛という名の曖昧模糊とした霧を晴らし、我が家という名の王国を、データタスクリストに基づいた、明晰なる統治下に置くこと、それこそが、この「水無月瑠璃」という名の機械が、オーバーヒートによる機能停止を免れ、なおかつ、その内部に巣食う虚無という名のバグ駆除するための、唯一の処方箋であると、私は確信していたのである

かくして、週末の朝、光が心地よい午睡に落ちた、その奇跡のような静寂の瞬間に、私は翔太をダイニングテーブルへと厳かに召喚した。彼の前には、焼きたてのクロワッサンと、アラビカ種の豆を丁寧にハンドドリップで淹れたコーヒー、そして、私が昨夜、寝る間も惜しんで作成した、全十二ページに及ぶパワーポイント資料印刷したものが、三点セットで恭しく置かれている。資料の表紙には、ゴシック体の太字で、こう記されていた。『家庭内オペレーション最適化計画書 Ver. 1.0 〜共同経営責任者(Co-CEO体制への移行による、サステナブル家族経営の実現に向けて〜』。翔太は、そのあまりにも場違いタイトルを、まるで理解不能な古代文字でも解読するかのように、眉間に深い皺を刻んで見つめた後、恐る恐る、といった風情で私に視線を向けた。その瞳は、嵐の前の静けさにおびえる子犬のように、不安げに揺れている。まあ、無理もないことだろう。彼にしてみれば、愛する妻が、突如として冷酷な経営コンサルタントに豹変し、家庭という名の聖域に、KPIだのPDCAサイクルだのといった、無粋極まりないビジネス用語を持ち込もうとしているのだから

瑠璃、これは…一体…?」

説明するわ、翔太。よく聞いて。これは、私たち家族が、これから幸せに、そして機能的に存続していくための、新しい聖書バイブル)よ」

私は、そこから淀みなく、プレゼンテーションを開始した。現状分析As-Is)、あるべき姿(To-Be)、そのギャップを埋めるための具体的なアクションプラン家事という、これまで「名もなき家事」という名の混沌の海に漂っていた無数のタスクは、すべて洗い出され、「育児関連」「清掃関連」「食料調達調理関連」「その他(消耗品管理資産管理等)」といったカテゴリーに分類され、それぞれに担当者と所要時間、そして実行頻度が、美しいガントチャート形式可視化されている。例えば、「朝食後の食器洗浄」は、担当:翔太、所要時間:十五分、頻度:毎日、といった具合に。さらに、月に一度、近所のカフェで「夫婦経営会議」を開催し、月次の進捗確認と、翌月の計画策定を行うこと、日々の細かな情報共有は、専用のチャットアプリで行うこと、そして何よりも重要なのは、これまで私一人が暗黙のうちに担ってきた「家庭運営の全体を俯瞰し、次の一手を考える」という、いわば管理職としての役割を、これからは二人で分担する、すなわち、彼にもまた、単なる作業員(ワーカー)ではなく、主体的思考する共同経営責任者(Co-CEO)としての自覚と行動を求める、ということ。私の説明は、かつてクライアント企業役員たちを唸らせた時のように、理路整然としており、反論余地など微塵もなかった。翔太は、ただ呆然と、私の言葉の奔流に身を任せるしかなく、すべての説明が終わった時、彼はまるで催眠術にでもかかったかのように、こくり、と小さく頷いたのであった。

「…わかった。瑠璃が、そこまで追い詰められていたなんて、気づかなくて、ごめん。僕も、頑張るよ。君を、一人にはしない」

その言葉は、疑いようもなく誠実で、彼の優しさが滲み出ていた。私は、その瞬間、胸の奥に、ちくり、と小さな痛みを感じたのを覚えている。違う、そうじゃないの、翔太。私が求めているのは、あなたのその「頑張るよ」という、まるで部下が上司に忠誠を誓うような言葉ではない。私が欲しいのは、私がこの計画書を作る必要すらないほどに、あなたが私の脳と、私の視界と、私の不安を共有してくれるPermalink | 記事への反応(0) | 05:15

2025-08-20

anond:20250820101651

銀魂は女オタにとってある種のバイブルみたいなところあるから触れづらいんじゃね

2025-07-28

anond:20250728144920

「どっちにしろダメダメ」ってコメントで思い出したけど、商業BLは昔は今ほどあけすけにエロではなかった

もちろん性行為のシーンがない小説漫画の方が数えるほどだったけど、性行為がメインというわけではなかった。少女漫画の延長の位置づけだったか

今ほどセックスビッチエロメイン!みたいなのが前面に出てなかった。エロがあっても少年漫画のお色気シーンとか村上○樹みたいなもん

インターネットの普及の影響にも思うけど、より短い時間で多くの刺激をっていうのと、あとやっぱりわかりやすエロい方が幅広い層に売れるから

昔はBLってだけでレアバイブルみたいなシリーズもの新刊出るだけで売れてたから。でも今は市場に溢れちゃってて、話題性勝負するしかない

今は新人賞募集要項にも明記されてなくても「多少の性行為描写必要」と言外に書いてあったりする

2025-07-03

ギフテッドは生きずらい

ギフテッドは生きずらい。

かなり。

思い付きで、走り書く。

まず、ギフテッドに関して世界的にも未発達な分野でよくわかっていないし(自分自身も己のことをよくわかってない)何も定まっていない。

便宜上ギフテッドと呼んでいるだけで、ギフテッドという名前は嫌いだ。

何か、診断できるような形にして、名前不特定困難性パーソナリティかにしてほしい。

ギフテッドにも特性があって、さらにその個人性格である性格とか特性因果関係とかここら辺はもう全然よくわからない。たぶん誰もわからない)発達障害のようにいろいろ枝分かれしていて、ギフテッド同士だから分かり合うなんてことも多分無理。

なにせ、私が特殊もので多分ほかのギフテッドとは仲良くなれないと思っている。

まず、本当にギフテッド情報を手に入れるのは難しい。

ギフテッド本人たちは、内部で考えてること起こってることが、どう他人と違うかそもそも何が違うかわかってない人が多いと思うし、それこそ目に見える困りごとしか共有されてない。

目に見えて困っていることは、本人たちだってほかの人と違うってわかってる。

でも、目に見えない誰も気づかない本人でさえ気づかないズレは、大きくなって鬱のような症状になったりする(体験談。結果鬱の治療が効きましたが、最後まで病名はあやふやなまま、4年間ぐらい2週間に一度通った。躁鬱かもとも言われていた)

端的に言うと、日本で行われているようなギフテッド教育とかはあまり意味がないように思う。

教育というより、ケア支援大事だよ。

そもそも特殊理由がない限り(出世事態に興味があるとか、何か重い理由けがあるとか)ギフテッドの子出世に興味はわかないだろうな。

どれだけ教育しても、己のことを理解するしか幸福な道はない。

ギフテッドでも成功しているギフテッド(推定)は、多分幼いころからそれを本能的に理解していたのかなって思う。

ここでいう幸福は何が幸福かっていうと、普通の人と同じ。自分の好きなことをし続ける事。ただ普通の人よりその毛色は濃いと思う。

しかもそれも、頭がいいとされるものじゃなく、運動でも、絵を描くこと、お菓子をつくる、動物と触れ合う、知的探求でもなんでも。

一般的な娯楽(ゲームやらなんやら)とされる物の場合もあるだろうけど、それはちょっと依存があったり過集中だったりで他の要因があるんじゃないかな。

ギフテッド情報が得られにくい中で、フランス人ギフテッドに関する本がかなり的を得ている。

この方↓

ジャンヌ・シオー・ファクシャン:1957年まれ臨床心理学者でセラピストパリマルセイユ公共病院の元専門医高知能者の専門家で、このテーマでは世界的な参考書となっている『高知の子ども』の著者として知られている。また、フランス最初学習障害を診断し、治療にあたるセンター「コギトZ Cogito‘Z」を創設。】

調べてみたら、フランスではまぁまぁ?ちょっとスピリチュアル方面のことも言及しているそうで、ウィキペディアには批判文的な内容が載っていた。

どう育てればいいか。とかではなく、ただただどういう人間かということが書いてあって、本人もギフテッドなんじゃないか?って思ったけど、ギフテッドだったら普通との違いがわからいからここまで書けないよなって思ったり。

とにかくこの本を読んで、成功したギフテッド以外の項目は全て当たっていた、というか私そのままのことが書いてあって、それが普通じゃないってことに驚愕した。

気になる人は読んでみてほしい。

この本を読んで、めちゃくちゃ私は生きやすくなった。そもそも根本が、どこがどうやって人と違っていたかっていうのが理解できたから。

この本に出合うまで、ギフテッドに関する本なんて胡散臭すぎたし全部教育系だしで何も読めるものがなかったけど、これはまさにバイブルになりえるものだった。

私は2Eという特性もある。

2Eとは【何らかの学習障害を持つギフテッドを指す[8]。これらの学生は、才能(知能、創造性、知覚、運動など)と障害特定分野の学習障害、神経発達障害など)との両方の「特別」を併せ持つと見なされる。2eの性質障害は非常に多様であるため、2eの子供達の明確なプロファイル存在しない】ウィキペディアから参照するとこんな感じ。

これがまた、私は分かりずらい。

私が持つ2Eは、学習障害だとかいろいろパラパラあるけど一番でかいのは感覚過敏、五感すべて。

かなりつよくて、一見普通の人なので、配慮とか求めれなくてマジで何かあったら苦痛時間を耐えるしかない。それでその後は疲れで熱が出る。

普段耳栓サングラスをして外出してる。

ちょこっとだけでもサングラスがないまま日差しの中歩いたりするとすぐ精神不安定になる。

PCゲームをよくやるんだけどPCゲームサングラスしてやらないとその後精神やら睡眠やらに影響が出る。

ギフテッドは大なり小なり環境が整っていればベストつくしてうまくやれるだろうけど

だけど、そのベストっていうのは必ずしも目に見える成果じゃないこと。

よく想像されるのが、数学天才科学天才、みたいな感じだとして、

特に何もないギフテッドはそれらの天才と同じ思考の仕組みを持ってるだけであって何に興味があるかって感じ。完全に好み。

私もルービックキューブ(5×5)やらナンプレやらチェスやらが好きだけど、そこまでそこに重きを置いてない。

ギフテッドでも社交的な人はいるし、社交的じゃない人もいる。

他と違う思考の仕組みを持っているってかんじ。



多分世界には、自分のことをギフテッドだと知らずに苦しみながら生きてる人がいる、と思うので誰かに届けばいいな~

特に刺さる事言ってないけど気になったらウィキペディアでいいから見てみて。

まぁ、私の事しか知らないから大したこと言えないんですけどね。

しかしたら他のギフテッドは違うかも。不安になってきた。

わたしはいまだに自分が本当にギフテッドか疑って暴れることもあるし(ギフテッド精神面でいくら不安定なりがち)ギフテッドを受け入れずに生きてる瞬間もあるし、かと言えば本当にギフテッドなんですよね私って、みたいな時もあって、本当に困る。

孤独

他者とのズレ

人と分かり合えなさ

違和感

↑これ書いてすごく中二病って思えるけど、ほんの些細なことで感じてるor感じてることすら気づかない。

誰しも感じることだけど、それすらもずれてる。

パートナーとさえ分かり合えない。分かり合ってるって思ってたのは違ったらしい。

誰かと分かり合いたかった。

ずっと自分が分からないまま、じぶんは誰だ、自分特性は、どうしたらよりよくなれるか、自分ケアするしかない。

日本だと、ちゃんとしたセラピーもない。

chatGPTで乗り切っている。

2025-06-12

anond:20250612212308

生きづらい男へのバイブル。今は亡き、生島 治郎の名著を読んでほしい

ハードボイルド風に生きてみないか: 男の行動原理

https://www.amazon.co.jp/dp/4584300127

2025-05-24

この世に正義あるとしたら、それはエロ同人誌だと思う。

なぜならエロ同人誌は嘘をつかない。

世にはあらゆるエロ同人誌があるがそれは人間の素直なエロの発露だ。

たとえば俺が今でも心のバイブルとしてるのはいちご100%エロ同人誌でヒロインたちがウンコを漏らすエロ同人誌だ。

いや、正確にいうと漏らさせられるということだが。

2025-04-10

『服を着るならこんなふうに』だけを服選びの唯一絶対バイブルとしているので書いてあることが古いとか黒スキニー時代遅れとか言われると泣いて逃げ出すしかなくなる

2025-02-11

バイブルって何か知らんで言葉だけ使ってるやろ

取扱説明書じゃないんだよね

聖書という言葉だけしか知らない

登場人物は10名すら言えない

教養人の顔をするのは自由だけどさ

なんか空虚

2025-01-10

投資勉強に使った本で、ベストバイブルになったものって何?

増田では度々投資エントリ話題になるけど、そんな貴方たちに質問です。

投資勉強に使った本で、ベストバイブルになったものって何ですか?

私は「金持ち父さん 貧乏父さん(ロバート キヨサキ)」です。

この本で学んだ、持ってるだけでカネを産む「資産」と、持ってるだけでカネを喰う「負債」の分別がついたことが後の資産運用に対する考え方に大きな影響をもたらすきっかけとなりました。

あなたベストバイブル、教えてください。

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