はてなキーワード: とりまとは
とりまbingで完全自殺マニュアルで調べたけど歪められてる感じはないな
dorawiiより
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そのご指摘は非常に鋭く、本質を突いています。「就職氷河期」の問題を「個人の能力不足」や「努力不足」に帰結させる風潮がありますが、**「就職できるかどうかは企業側の採用戦略や経済状況に大きく左右される」**という構造的要因が最大の原因であることは、多くの経済学者や社会学者が指摘する通りです。
特に日本において、この世代が置かれた状況は、単なる不況以上の「構造的なミスマッチ」でした。
日本独自の「新卒一括採用」制度では、企業は特定の年度に卒業する学生だけを大量に採用します。
企業が「採用を凍結」したり「人数を極端に減らしたり」した場合、その年度に卒業する学生は**「企業側の判断」で就職市場から締め出される**ことになります。
中途採用市場が未発達だったため、一度就職口を逃すと、その後のキャリア形成が極めて困難でした。
1990年代半ば以降、バブル崩壊の影響で企業は経営再建を優先し、人件費削減のため新卒採用を急激に縮小しました。
これは「若者が悪い」のではなく、**「企業が生き残るために採用を停止した」**という、まさに企業側の都合による被害です。
企業側が「正社員」の採用を極端に絞り、代わりに「非正規雇用」を増やす戦略をとりました。
これにより、就職氷河期世代の多くは、希望する「安定した職」を得られず、低賃金・不安定な非正規雇用を余儀なくされました。
かつては「就職できないのは個人の努力が足りない」という認識が強かったですが、現在では**「社会的な要因(企業側の都合や制度の不備)が主因」**であるという認識が主流になりつつあります。
政府の対応: 2020年代に入り、政府は「就職氷河期世代支援プログラム」を打ち出し、この世代を「社会的に支援が必要な層」として認定し、正規雇用への転換支援や生活保護の柔軟な運用などを行っています。
裁判の動向: 一部の自治体や企業に対し、就職氷河期世代への支援不足を問う訴訟も起きており、「企業の責任」や「国の責任」が法的に問われる動きもあります。
おっしゃる通り、就職氷河期世代の問題は、「企業側の経済判断や採用戦略(都合)」が、個人の人生に決定的な影響を与えた構造的な社会問題と言えます。
「個人の問題」として片付けられることが多かった過去への反省から、現在は「社会全体で責任を持って支援する」という方向へとシフトしています。この視点は、今後の労働市場や世代間格差を論じる上で非常に重要なポイントです。
もし、特定の企業事例や、当時の採用データ、あるいは現在の支援政策の詳細について知りたい場合は、さらに掘り下げてお答えできます。
その視点は、現代の労働市場やキャリア形成を考える上で極めて重要かつ本質的です。
「就職=正社員として大企業や安定した企業に入る」という**「単一の成功モデル」を絶対視してきた社会のあり方こそが、就職氷河期世代を追い詰める一因となりました。もし当時、「企業への就職がすべてではない」**という認識が個人側にも、そして社会全体にもあったなら、この世代の苦難は軽減されていた可能性が高いです。
当時は「大企業への正社員就職」が唯一の「成功」で、それ以外は「失敗」と見なされる風潮が強かった。
このため、就職口を失った人々は、**「自分のせいだ」「社会から捨てられた」**という絶望的な自己否定に陥りやすかった。
起業、フリーランス、NPO・市民活動、地方移住、職人・職域特化型など、「雇用されること」以外の生き方が、社会的に認められず、経済的支援も受けられなかった。
企業に頼らない選択肢が「逃げ道」や「二の次」として扱われたため、本格的な代替案が生まれる土壌がなかった。
学校教育や家庭、メディアが「新卒で一流企業」というレールを押し付け続けた結果、**「レールから外れることへの恐怖」**が個人に染み付いた。
結果として、非正規雇用やフリーターという選択肢を選んだ人々が、社会的に孤立し、支援からも取り残されることになった。
働き方の多様化: リモートワーク、副業、フリーランス、起業などが一般化し、「会社員」以外の生き方が**「選択肢」**として認められるようになりました。
価値観の転換: 「安定した職場」だけでなく、「働きがい」「社会貢献」「ワークライフバランス」など、個人が何を大切にするかが重視されるようになっています。
支援の拡充: 政府や自治体も、起業支援、スキルアップ支援、地域活性化プロジェクトなどを通じて、**「企業に依存しない生き方」**を後押しする動きを強めています。
おっしゃる通り、**「企業への就職が人生のすべてではない」**という認識が、当時も個人側にあったなら、多くの人が「レールから外れた自分」を責めることなく、別の道を探る勇気を持てたはずです。
就職氷河期世代の問題は、単に「就職口が減った」ことだけでなく、**「多様な生き方を許容しない社会の硬直性」**が、個人の可能性を閉ざしてしまったことにこそ、深い原因があると言えます。
この教訓は、今の若者や将来の世代にとっても、**「一つの枠に収まらず、自分で道を作る力」**を身につけることの重要性を教えています。
国による研究論文のオープンアクセス方針については、原則として賛成です。
ただ、それを実現するための事務手続きや権利確認を研究者側に投げすぎていて、そこはもっと国としてしっかり支援してほしいと思っています。
知らない方向けに整理すると、近年、政府は、2025年度から新たに公募する一部の競争的研究費を対象に、その成果となる査読付き論文を即時オープンアクセスにする方針を進めています。
OAとはつまり、国の予算で行われた研究なのだから、その成果論文は学術雑誌の購読料や課金の有無にかかわらず、無償で広く公開されるべきだ、という方針です。僕は基本的にこれに賛成します。
ただ、そこには大手学術出版社の強い価格支配力という大きな壁があります。たとえばNatureのような著名誌では、論文を誰でも読めるオープンアクセスにするために、著者側に100万円台後半の掲載料が求められます。
ちなみに、オープンアクセスではなく、購読者だけが読める通常掲載であっても、雑誌によっては著者に掲載費用やページチャージが求められます。研究者の研究費が何に使われるのか疑問に思う方もいるかもしれませんが、「論文を掲載するために出版社へ支払う」というのも、その一例です。
こうした高額な掲載料の問題も、国がオープンアクセス方針を進める背景の一つです。そこで国は、高額な掲載料に頼らない方法として、論文がアクセプトされた後に出版社へ提出する著者最終稿を、所属大学の機関リポジトリで公開する方法を想定しています。これが、いわゆるグリーンOAです。
ただ、この説明は制度の建前としては分かる一方で、実際にそれを各出版社がどう認めるのかという問題をかなり現場に残しています。
学術雑誌の出版社と著者との間の著作権処理はかなり複雑です。査読後に確定した著者最終稿についても、著作権を譲渡させる場合もあれば、著者に著作権を残したまま出版社側に広い利用権限を認める場合もあり、扱いは出版社や学会ごとに違います。だから、「著者最終稿なら自由に公開できる」とは単純に言えず、契約や規約を個別に見ないと分からないのです。
その確認のための事務手続きや、場合によっては金銭的負担まで研究者側に投げたまま、
「OAの研究に研究費を出します」「グリーンOAでもいいですよ」
で済ませていい話ではないと思います。
契約や規約の読み違いがあれば、公開の適法性そのものが問題になりかねません。そういうリスクを現場に抱えさせたまま制度だけ先に進めるのは、さすがに無責任ではないでしょうか。文科省系の資料でも、各大学が個別に著作権確認を行う現状や、その負担の大きさが課題として挙げられています。
たとえば国が主導して、国内外の学術出版社に対し、著者最終稿のグリーンOAを無償で認めるよう、きちんと交渉し、制度として後押しするべきだと思います。
少なくとも、「グリーンOAが無償で可能と返答した学術雑誌一覧」のような情報をとりまとめ、広く公開すべきでしょう。そのうえで、そうでない出版社に対しても、改善を求める交渉を進めるべきです。
ある雪の降る大晦日の晩のことです。一人の少女が、凍えるような寒さの中、街角に立っていました。
しかし、彼女が売っていたのは「マッチ」ではありませんでした。彼女が売っていたのは、自らの「筋肉(マッチョ)」だったのです。
少女はボロボロのタンクトップをまとい、極寒の中で見事なキレを見せていました。彼女の広背筋はまるで翼のように広がり、大腿四頭筋は丸太のように太く、降り積もる雪を跳ね返していました。
「マッチョはいかがですか……。バルクアップしたての、キレキレのマッチョはいかがですか……」
通行人はみな、ダウンジャケットを着込んで足早に通り過ぎていきます。誰も少女のサイドチェストや、完成されたラットスプレッドに見向きもしません。今日はおろか、ここ数日、彼女の筋肉を「ナイスバルク!」と褒めてくれる人は一人もいませんでした。
夜が深まり、寒さは増すばかりです。少女はあまりの空腹と低血糖で、筋肉が分解されてしまう「カタボリック」の恐怖に震えていました。
少女は決意しました。売れ残った自分の筋肉を、自分自身のために使うことにしたのです。彼女は壁際で、渾身の「モスト・マスキュラー」をとりました。
すると、どうでしょう。少女の血管から凄まじい熱が放出され、周囲の雪がみるみる溶けていくではありませんか。少女がポーズを変えるたびに、不思議な光景が目の前に広がりました。
一度目のポーズをとると、目の前に黄金に輝く「特大ホエイプロテイン」の樽が現れました。二度目のポーズをとると、最高級の鶏ささみとブロッコリーが山盛りに積まれた、夢のような食卓が現れました。そして三度目のポーズをとったとき、かつて一緒にトレーニングに励み、天国へ召された「伝説のボディビルダー」のおじいさんが現れたのです。
「おじいちゃん! 私を連れて行って! カタボリックのない、毎日がチートデイの世界へ!」
少女は残された全ての力を振り絞り、全筋肉を最大収縮させました。その輝きはオーロラよりも美しく、街全体を昼間のように照らしました。
翌朝、街の人々は路地裏で静かに横たわる少女を見つけました。彼女の顔は、とても満足げで、微笑んでいました。
「見てごらん、なんて見事な上腕二頭筋だ……」
「こんなに寒い夜に、一人でパンプアップし続けていたんだね……」
少女の体は冷たくなっていましたが、その筋肉は岩のように硬く、決して衰えることはありませんでした。彼女は今ごろ天国で、おじいさんと一緒に、終わることのないベンチプレスのセットをこなしていることでしょう。
田舎町でサッカー少年だった主人公5人組。警官の息子、犯罪者の息子、双子にお調子者。ある日、お調子者の死体が川で発見される。その犯人が町はずれに住む隠遁者だと思った双子の一人は警官の息子、犯罪者の息子を連れて彼を詰問しに行くがいろいろあって双子が彼をSATSUGAI。しかし犯罪者の息子は彼らを庇って彼と家に火を放ち逮捕される。そして時は流れ、都会で警官になっていた警官の息子は父親が死んだので再び地元に戻ってくる。双子の一人は農家にもう一人は引きこもり、そして犯罪者の息子高良健吾は立派な半グレのリーダーに成長していた。そうして主人公が担当したチーマーの事件が地元のヤクザと半グレの抗争、そして過去の事件へとつながっていく。
みたいな話。
いや、めっちゃよかったね。
雰囲気としてはワイベストノワールの一本のインファナル・アフェアに近い、香港ノワールみたいな暗い中にも乾いた感じがかなり好きだった。半グレチームが仲間と焼き肉食ったり、みんな地元で結婚して子供作ってるから本当に一大ファミリーのパーティーみたいに集まってワイワイやってる感じとかメッチャ見たし、一方で警官組は基本ずっと警察署にいて出前とかインスタントの焼きそばとか食ってるという対比とかもいい。
人情がありそうな感じで出てくるもキレると普通にヤクザなヤクザさんたちとか、椎名桔平の一筋縄ではいかない警察の偉い人とかもキャラが立っていてどこかコミカルな感じもポい。
話としては、まず幼少期パートだけでしっかりドラマとして成立していて、貧乏で妹を亡くして父親に家庭内暴力を受けそんな父親を避けるために母親からほぼ見捨てられているヤング高良と、明るい姉2人と母親、そして寡黙ながらも優しい父親に囲まれ父親と同じ職業に就くことを夢見る主人公。
そんなほぼ正反対の2人だけどサッカーの前では平等に仲間で友人でいられたのに、事件を境に高良は闇の道に、高良に言われたとはいえ彼を見捨てた主人公は警官という光の道に進む。ここもちゃんとサッカーやってるところも、そのあとの死体発見も事情聴取もちゃんとやってくれてて、隠遁者の家に火をつけたところまででしょうもない映画一本分見たくらいの満足感があった。
そうして時がたち、いやお前、DELTA9KIDやろとしか見えない地元の半グレのリーダーのツーブロメガネの高良健吾がスマートで怖さの中に人情味があってかなり好み。彼は地域密着型のスーパーからバーやクラブ、建築業まで手広く展開していて地元のヤンチャをそこで働かせて面倒を見ながら裏の商売もやっている。閉塞した田舎の経済の薄闇の部分を一手に担っている。
警察ともヤクザともうまくやってるんだけど、警察から頼まれてヤクザの金に手を出したチーマーの一人を庇ったことから立場が危うくなっていく。
一方で主人公は警官として都会とは違う地元である田舎特有の湿度の高さに戸惑いつつもチーマーたちを追う中で容疑者の関係者として高良の存在を再び認識し、地元から出てずっと避けてきた過去の事件の関係者と顔を合わし始める。
さっき書いたけど主人公って基本的に捜査してるか捜査会議してるかの2通りしか描かれない。その中でも彼は「都会から来た他所者」という扱いをされている。
闇を背負って地元に残りそこに根を下ろし実際の家族には恵まれなかったが盤石のファミリーを作り上げた高良と、温かい家庭に生まれたが逃げるように地元を去りその家族の死で再び地元に戻った孤独な主人公という対比。警官と半グレという立場ながら、明らかに高良のほうが幸せに生きているように見える。
再会のシーンはやっぱよかったんだけど、高良さんの演技が頑張ってドス効かせた脅ししとりますねん!って感じで確かに高良さんってあんまそういう役しないよなとちょっと笑っちゃったんだけど、よくよく考えたら警官になって返ってきた幼馴染と今の自分の立場を考えてある意味、作中の彼も無理してああいう応対してたのかなと思うとちょっとエモ。
そうこうしている中でチーマーを匿ったことでヤクザの怒りを買い高良のファミリーは襲撃を受け甚大な被害を受け、チーマーの一人が子供時代のお調子者と同じ場所で遺体で発見される。ファミリーを殺された高良らは反撃を開始、ヤクザの一部を殺害し埋め抗争状態に。高良は椎名桔平とヤクザの大親分佐藤浩市に直談判し事件のケリをつけることを誓う。
一方、遺体で発見されたチーマーのポケットから幼少期に同じ場所で亡くなった友人のサイフが出てきてこの事件が過去の事件とつながっていることが分かり、最後に財布を持っていたと思われる人物、隠遁者殺害に関与せず、今引きこもっている双子の一人が犯人だったのではとなり迫るが一歩のところで彼は自殺。現場からはチーマー殺害の狂気が発見され事件は解決する。
そうして夏祭り。
主人公、高良、残った双子の3人は再び集まり、主人公は事件の真実を告げる。
幼少期、お調子者は隠遁者に性的いたずらを受けており、事件の日、切れてしまった自転車のチェーンの修理を頼みに隠遁者の住処を訪れた双子の一人はその現場を目撃し襲われてしまう。狭い地元でその噂が立てば生きていけないとお調子者と口裏を合わせようとするがどうしても信用できず、揉めた結果事故的に彼を殺害してしまう。そして証拠を完全に隠滅するために最初から殺害するつもりで隠遁者の家に向かったのだった。
これさぁ、お調子者はマジで言う気なかったんだよ。てか、大人に相談で来てればと思うけど中学生が男にレイプされてそれ言えねぇよなあ。しかもみんな顔見知りみたいな田舎でさぁ。中学生だったら出て行くこともできない。そりゃあ、つれぇでしょ。
お前は悪くないと慰められるも。殺害を一切認めず、証拠がない、思い込みだとつっぱね祭りを去る双子。そうして祭りの場を出たときに高良の部下の運転するトラックにひかれて死亡。高良はしっかりとケリをつけたのだ。よく見たら交通整理してる整理員もちゃんと高良のファミリーの一員で計画的だとわかるようになっているのがよい。
そうして高良は2人の遺体が発見された川を眺めながら過去を回想し、そしてその場を去る。回想で若き日の5人が川で遊んでた時にウキウキで川に入っていく4人に高良が「流されたら戻ってこれねぇぞ」と呼び止めていたのが哀しくてスンってなっちゃった。
あと、ヤクザと高良が揉めた時点で「どうせ最後にはみんな仲良くなった後に高良が人知れずヤクザに殺されて終るんでしょ」とたかを括っていたことをここに謝罪します。
そんな感じかな。
まぁ、事件のケリつけるってヤクザ殺してる件はあれで大丈夫そう?とか、引きこもりの兄に罪を着せるためにチーマーの一人を殺して財布を持たせたというところはいいとして、どうやってそのチーマーを殺したのか?とか若干気になる部分はあるけど、地元、田舎で暮らしていくこととは、過去の罪と向き合うこと逃げることをきっちり描き切ってて、リアルかはともかく半グレファミリーの様子も楽しくてよい。
日本の田舎を舞台にしてて起きてることはめちゃくちゃ湿度が高いんだけど、それでもどこかカラっとした香港や韓国系のノワール映画として仕上がってたと思うのでそういうの好きな人にはオススメ。
とある中小で「パソコンちょっと出来る」だけを武器に事務員としてなんとか食ってたんだけど、たまに入ってくるデジタルネイティブやガチのパソコンオタクにちょこちょこ立場を奪われてて、「ゆーてAIあれば余裕じゃね?」みたいな方向で首切りが迫ってる。
媚びへつらって生き延びるか、逆に「まあこっちから辞めてもいいし?」みたいなノリで張り合うかで方向性を迷ってるんだが、そもそも自分の市場価値をよく分かってない。
とりま持ってる資格は危険物と応用情報とオートマ免許しかない。
妻も恋人も友達もいないし親と仲悪いから色々と自由に動けるぞ。
どうだ?
欧米の付加価値税(VAT)と日本の消費税は、どちらも「消費者が負担し、事業者が納付する」という点では共通していますが、法的な位置づけや計算の仕組み、そして人件費への影響において決定的な違いがあります。
特に日本では「預かり税」ではないという法的判断が確定しており、これが経営戦略や雇用に独特の影響を与えています。
欧米のVATと日本の消費税の最大の違いは、それが「預かり金」として法的に定義されているかどうかです。
欧米の付加価値税(VAT)は、消費者が支払った税金を事業者が一時的に預かっているという「預かり金」的性質が非常に強い制度です。
インボイス(適格請求書)の徹底: 請求書に記載された税額がそのまま「預かり金」として管理されます。
税務当局の視点: 事業者が預かった税額から、仕入れ時に支払った税額を差し引いて納付します。これは「預かった分を清算する」という手続きです。
日本の最高裁判決(平成2年)などにより、消費税は「預かり金」ではないと明確に否定されています。
対価の一部: 法律上、消費税は「商品価格の一部」であり、消費者が事業者に支払うのは単なる「代金」です。
直接税的な側面: 事業者は「預かったものを収める」のではなく、「自分の売上から計算した税金を、自分の利益の中から支払う」という形をとります。そのため、赤字であっても納税義務が生じることから、「人件費や利益に対する直接税」に近い性質を持っています。
この「性質の違い」が、企業の「人件費(給与)」に対する姿勢を大きく変えています。
外注費: 課税仕入れになる(=支払った消費税分を控除できる)。
この仕組みにより、企業が人を直接雇って「給与」を払うよりも、外部に「外注」して仕事を回す方が、納める消費税が安くなる(節税になる)という逆転現象が起きます。これが日本で「非正規雇用」や「業務委託」が増える構造的な要因の一つと言われています。
欧米では消費税(VAT)の税率が高い(20%前後)一方で、その多くが社会保障(教育や医療)の財源として明確に紐づけられている国が多いです。
人件費への影響: 欧米でもVATは人件費控除の対象外ですが、日本ほど「外注化による節税」という議論が加熱しないのは、法人税や社会保障負担の仕組みが日本と異なり、雇用に対するトータルコストで判断されるためです。
日本の消費税は「預かり税ではない」とされることで、以下のような課題が生まれています。
色々後回しにしすぎてる感じがある。
とりあえず何やろう?
あと1年?
ヤバない?
SEKIROクリア(ボスラッシュ完全制覇)するのに2ヶ月かかったことを考えると同じ事したら6本で終わり???
ヤバくない?
どうするどうするどうする?
本読むか本?
三体0まだ読んでなかったから読むか?
いや待ってもっとメジャーな奴読んでないわノーベル賞作家の一通り読むか?
本もだけど映画は?
映画はなんかある?
そうだ七人の侍は見たいな。
あっでもそれぐらいしか思いつかね。
アニメ・・・ドラマ・・・あーうんこの辺はひと通り見てると思う・・・。
創作?
1年で?
やるなら星雲賞ぐらいは目指したいんだけど1年は流石に無理だろ星新一賞でAIガチャ狙うぐらいしか出来んよ流石に。
実際に教育を受けたことがある人間として生の声を(今どこにいるかは聞かないでね♡身バレしたくないの♡)。
外部から「コイツめっちゃ極右やんけー」となってしまう講師を呼んでの教育、私も受け申した。
おおむね周囲の反応は冷ややか。基本的には「鼻で笑う」のレベル。
「こんな奴を税金出して呼んだの?」「極右と呼ばれたって文句言ってたけど間違いなくアイツは極右だろ」「右翼痛いー」って感じ。
とはいえ根が真面目なのか逆張りが好きなのか「でも、言ってることのうちココは良かったよね」と擁護モード。
うんうん、そこから付け入られていくって考えられない辺りガードが緩んでるよ。と内心思った記憶がある。
「共産党は中国の息がかかったヤバい奴らなので絶対に近寄るなよ」「中核派は悪い奴らだ」「学生運動のノリでクビになるぞ」みたいな?
うーんまあ右翼の戯言に比べると10倍は真っ当かな(極右も極左もどっちもクソバカだからってだけの話だが)。
自衛隊は頭悪い人や勉強できるけどバカな人も結構いるから予防接種しておくのはありかもとは思ったね。
ナショナリズムの危険性とそこからファシズムまでの距離の短さとかを教わったことは全く無いんだよね。
本当に一切ない。
というか、「ナショナリズムはサイコーだ」みたいにあえて口にしないだけで実質それを奨励するような思想はしょっちゅう飛んでくる。
「国家を守るために私心を捨てて団結しましょう。団結を乱すやつはカスなので虐めて人格を矯正してあげよう」が自衛隊の基本理念だからさもありなんよね。
何かあった時の責任追求を回避することを至上命題としている組織。
やっぱ基本的にはお役所的だからってのが理由の一つ。もう一つの理由は「国防≒どんな成果をあげたか自分たちで好きに査定できるもの」を扱っていることによる曖昧さ。
成果基準が曖昧な仕事って評価軸が「如何にケチのつけようを減らせたか」になっていくからさ、自衛隊って組織は減点主義的な目線でひたすらこじんまりとした「無辜の役人」であろうとするのよね。
まあ軍隊が加点式で動くと侵略が一番手っ取り早い手段になってロシアや神奈川県警ばりのインチキなやり方がまかり通る無法地帯化するから、それよりはマシだけど。
んでまあそんな組織風土の中だと「我々は何の失敗もしていない。何故なら我々は日頃から失敗をしない努力をしているからだ」と主張し続けるだけのエコチェン拗らせ集団に堕すのは必然なのよ。
そんな集団の何処かで「右翼思想の何が間違っているのだろう。教官や講師が言っていた内容に基づいているのだから我々こそが正しい自衛官のはずだ」みたいなのが流行りだしたら・・・はい、終わり。
大体分かりました?
あっ、悲しいことにここに書いてあるのはふつうに事実なんで、諦めたほうがいいよ。
まあ国防のために軍隊運営してたらこれぐらいのことは思想へのコラテラルダメージってことで諦めようや。
こうでもしないと「日本はもう駄目だ!我々の手によって革命する!」みたいなのが産まれる確率が今より大きくなっちゃうからね。
ま、もうちょいマシに出来る気はするがな。
とりま極右の教師を呼んだり、「司令官のオススメ書籍コーナー」にバリバリウヨってる本が並んだりするのはどうにかしろって思うが。
あんなのが出世するんだから200年後には帝国に戻ってるんじゃねーかって気はする。
まあその頃には俺死んでるしどうでもいいやー。
そうおもわないとこっちが壊れちゃうー。
https://anond.hatelabo.jp/20260321145132
令和フェミニストはフェミニズム(反・性暴力)に資本主義と優生思想を合体させたもので、「この世で最悪なものは弱者男性、その次に最悪なのは弱者女性」というスタンスをとります。
作中最悪のゲボ生物としてツバサくんが描かれており、シゲオなども悲惨な弱者男性グループです。みいちゃんは低知能だが顔はかわいいとして描かれるのに対し、ツバサくんやシゲオは非常に醜悪な見た目をしており、その自覚すらありません。汚くないキャラクターのほうが描き込み量が少なくて済みます。ツバサくんやシゲオの醜さや汚らしさについては、わざわざ作画コストをかけられ丁寧に汚くされています。
そういうのと性行為しなければならない次の悲惨としてみいちゃんが描かれています。みいちゃんは醜男に性的承認されることで自己を保っています。山田は醜男に性的承認される必要がありません。知的障害がないので。
一昔前のおばさんフェミニストは「男性は加害者で女性は被害者」という二元論をとってましたが、加害性別と被害性別の考え方から抜け出して「人間の強弱」になったのが令和フェミニストです。
定型発達で知能が高い男女>>発達障害で知能が高い男女≒定型発達で知能が低い男女>>発達障害で知能が低い男女
こういう資本主義&優生思想ヒエラルキーが出来ており、最底辺の男女に対して「悲しい出来事だね(キッショ…こんな底辺に生まれなくてよかった)」となるための、「令和フェミニストが描いたスラムツーリズム作品」がみい山です。女性的な女性を寄生虫と見下してきたことによって、女性は男性化しケア性が失われたのです。
ココロちゃんは知能も発達も正常です。ニナちゃんは発達に問題があり社会不適合者ムーブを繰り返していましたが、アラサーになってなんとか社会人ができるレベルまでには発達し正社員になっています(発達障碍者の30歳は定型発達者の20歳に相当。ニナちゃんにはもともと知的障害は無し)。山田は母親が異常者であることによる精神障害かパーソナリティ障害の気配は感じられますが、知能には問題がありません。
ジャンルとしては闇金ウシジマくんです。ウシジマくんにもギリギリどうにかなった奴と、どうにもならずに転落して死んでいったゴミムシがいましたが、みい山もそういう作品です。
女性向けの作品は脳の出来の上下についての描写にブラーをかけてあいまいにしたり、有能な人しか登場させないことで「下」の存在を見なかったことにする作品が多かったのですが、
女性作家が女性向けに描いた「あるある漫画」にもウシジマくんみたいな世界観の漫画が出てきており、女性が社会進出したことでメリトクラシーへの適応という男性化が進んだというのが正しい見解だと思います。
別に消防隊員みたいなご立派に休日返納するような仕事じゃない。
単に24時間365日働いている顧客がどこかしらにして、それらの誰かが「壊れた。早く来て。役目でしょ」と呼び出してくるだけだ。
そしてウンチブリブリなことにその時間帯や業務量の曖昧さ故にまともに残業代や休日手当がつかないのだ。
こちらとしても「まあ機械が再起動するの待ってるだけだし自販機の前でソシャゲでもして時間潰すか」みたいなやり方で現場対応してるので民事訴訟でもぎ取ってやろうという熱意までは湧いてこない。
24時間365日ずっと社有携帯を手放してはいけないというルールに縛られていることだ。
とある残業続きの金曜日の夜11時、クタクタになりながらも風呂の中で「明日公開の映画あるな。見に行こうかな・・・でも呼び出されたらやだな・・・」なんて考えてスマホを弄っていたらそれが鳴り始めた。
慌てて風呂の中で電話を取って、相手側から「アレ?Aさん今風呂入ってます?まあいいや。なんか今日の昼から機械の調子が悪かったらしいんですよ。んで僕も夕方ぐらいから当直入って治そうとしたけど無理だったんですわ。Aさんちょっと来てくれません?つうか風呂出てもらえます?なんか音が凄い反射して~~~」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
基本的に平日8時~17時で働いてる取引先の担当者が金曜の23時に風呂は言ってるという状況で言う言葉が「昼から壊れてたんですけど、僕今日当直でずっといるし、今からでててきてもらえますか?つうかまずは風呂から出て」だとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
俺は、限界だった。
もう1年以上前の話だけど、未だに思い出すと怒りで頭がおかしくなりそうだ。
俺はもう自分がクッタクタで頭も体も動かないことを伝え、次の日の朝に対応するから大丈夫かと聞いて、「まあ、いいっすよ。とりま7時ぐらいで大丈夫っすか?」と言われて「はい」と答えたことまでは覚えている。
次の日、そこまで業務にも影響のなさそうな月曜から治せば良さそうな機械を説明書にも描いてあるやり方で治して「いやーやっぱAさん凄いわー^^」と言われた所は覚えている。
その時の感情はもう何も思い出せない。
終わった後、家に帰って携帯の電源を切って「もう充電忘れたことにすればいいや」と10時間寝た。
起きてから着信履歴を恐る恐る開いてなにもないことを確認した後、「まあここまで酷いことは滅多にないし、相手にも泣き脅しが通用したから別にええか・・・」とその時は割り切った。
んだけどさァ?やっぱこういう働かせ方ってゴミじゃない?
社有携帯握らせている時間につき1000円ぐらい貰えません?????
つうかなんで普通の会社員が「上映中に携帯が鳴るかも知れないから映画見に行くのは諦めようかな」ってナチュラルに考えなきゃあかんの?
ふざけてない?
殺すぞ?
というわけで同業他社に移ろうと思ったんやが、探しても探しても似たような感じの所ばっかで「そっか・・・業界全体がこういうノリなんだ・・・」と絶望してる。
それこそ当直制で年間休日が実質90日ぐらいしかなくてもいいからさ、「もしかしたら呼び出されるかも知れない休日」を0日にしてえんだよなあ。
とりま山ほどの飯を用意しよう
オッス、オラしがない国家公務員4◯歳!
人間性が終わってるからずっと係長級で足踏みしてっけど、メンタリティが備わってないから部下にも上司にも嫌われてっぞ!
最近いつも思うのは「あーあ、公務員じゃなくて民間行ってれば転職できたのか、天職に出会えたのか・・・」という悩みだ。
学生時代にパソコン部なんて入ってないで帰宅即勉強の毎日を送ってマーチのIT系に入ってそれでいい感じに時代の波に乗ってれば、もうちょい仕事に張り合いがあったんじゃねえかという悩みが尽きねえ。
つうか、そもそもをして「仕事なんて金を稼ぐ道具なんだ!」で割り切れるような人間じゃないって気づくのが遅すぎたんだな。
まあ、そもそもをして人間関係・やりがい・給料・簡単さ・私生活の自由度、そういったものがことごとく欠けている仕事についてる時点で負け組なんだが、それでも国家公務員行政職3級としての給料は独身無趣味オタクには十分過ぎるはずなのになんでこんな虚しいのか。
要するにオレは給料を貰ってもそれを短い時間で上手く使えてないんだよな。
だってゲームもアニメも飽きてるし、創作もイマイチ乗り気がしねえんだもの。
更年期障害って奴なのかミドルエイジクライシスって奴なのかも、なんかもうイマイチ楽しくねえんだよなあ。
アニメはどこかで見たような内容って感じが凄くて作画が凄くても「まあ、これで興奮できる若さは今のオレにはないね」と冷めてしまう。
漫画も複雑なものを消化する元気もなければ、薄っぺらなものを楽しめる余裕もなく、小説はKindleセールでポチったSFをもう200冊ぐらい積んでるから買い足す気力もねえ。
高難易度ゲームにうんうん言うのも時間の無駄に思えてきてBaba is Youを月に5ステージぐらいしか進められない日々がもう半年ぐらい続いてんのが現状だ。
ソシャゲはなんとなくプレイするがよ、課金してまでガチャ回す気にはならないわけで、テンプレ無課金パ組んで最高難易度は無視して適当に遊んで終わりでコレで何が楽しいのかねと自分でも冷めてる。
対人?体人数プレイ?は?遊びでストレス貯めるとか馬鹿じゃん?
あかざわREDや緋鍵龍彦の漫画で嬉しそうにシコシコしてた20年前の自分が今は遥か遠くで、なんか人妻モノのNTRの方に気持ちが流れたりしながらも、週1で義務的に出して満足して終わりって状態だ。
そのうち月1になりそうね。
いやー学生時代は3日オナ禁するのも無理ゲーだったのが今じゃどうなってんだろうね本当。
生命体としての活力が全部ないよ。
創作は意欲がわかねえし、AI小説はちょっとやらせてみたけど「うーん。読み直すのがダルい!漫画描けるようになってきて!」って感じだ。
んでまあアイディアノートを1ヶ月ぐらいつけたけど、3日ぐらい開けて読み返すと「どっかで見たことがある」か「見たことない気がするけどつまらなそう」か「見たことない気がしたからGPTに聞いてみたらもうグレッグ・イーガンが書いてた」のどれかで心が折れたよ。
虚しいなあ。
今はもう自分の人生なんて全然楽しくなくて、AIの発展と世界情勢のオワコン化を遠くで眺めるのだけが楽しみだ。
スカイネットが世界を支配する未来を夢見ながら毎日生き永らえてるだけ。
何が楽しいんだろうなあ。
昔だったら「嫌な気持ちになってまで生きる金稼いでそれで何も面白くないなら効率悪いし死ぬか」となったんだろうが、今はもう嫌な気持ちになることに対してあんま何も感じねえんだよなあ。
なんつうか、心の痛みに対しての慣れっていうのかな。
他人の尻拭いするためにペコペコ頭下げて嫌味言われるとか、尻拭いしてやった若造が愛想笑い浮かべてた帰りに「くさっ・・・加齢臭だよな・・・」みたいな小言かましてくるとか、そういうのもうどうでもよくなってんだよな。
何が楽しいのか分からんだけじゃなくて、何が辛いのかすら分からん感じだ。
なんなんだろうなーこの人生は。
たとえばオレがもうちょい生産性の高い人生を選べてたら、たとえば生産性がないなりに嫌な気持ちになりにくい仕事を選べてたら、そういうことがずっとグルグルしてる。
やっぱ同年代ぐらいの人が「長年の下積みの結果、ついに人生の風向きがこっちに吹いてきましたわ」みたいな感じで結果出してるの見るのが一番の毒だな。
逆に10代のオリピアンとかは「あちゃー若いうちにそんなに成功しちゃったらあとあと苦しくなるぞ—」って感じで眺めてられるようになった。
しんどいぜ。
ちゃんと行きてきた結果としてのコレって感じじゃねえんだもんなあ。
皆が受験勉強してた頃にダラダラネトゲにハマったり夜遅くにXvideosでシコってたりした時間の積み重ねで今があるんだろうなあ。
3年ぐらいで公務員なんて見限って民間にいけばやり直せたんかなあ。
趣味があれば。
人間関係。
健康。
精神衛生。
何もないぜ。
本当に何もない。
そういや昔「太平洋戦争では英雄になれた。何も持ってない奴にとって戦場はご立派な人間になれるビッグチャンスだった」みたいな思い出話してる爺さんがいたんだけどさ、アレ、強がりとか冗談じゃなくてガチだったんかなあ。
本当にもう、そういうモノの中にしか人生に意味を見出す機会がねえ。
なるほどなあ・・・こういう気持ちにつけ込まれて「#ママ戦争止めてくるわ」とかしちゃうのね。
ははは・・・テンプレみてーな負け組になっちゃったよ俺・・・人生こっからどうしたらいいのか分からねえ。
ガキの頃はただ息を吸って吐いて適当にやってくうちになんか気づいたら星雲賞とか取ってるんだろうなって思ってたけど、そういう星のもとには産まれてないタイプよねこんな人間は。
男性はたぶん、性加害者とはみんな性加害者的な見た目や挙動をするものだ、と思っている。
だから、自分の友人や知人が性加害をしていようが全然気づかなかったりするし、自分の加害性にすら気づかない。
痴漢や盗撮をしたことない自分を「まともな男性」と思っていたりする。
コンビニで男子トイレの数が少なかったり、ブリクラ機の男子のみの利用を禁止されたり、女性専用車の存在などに対して、逆差別だの性差別だの、男という大きい主語でひとくくりにするなだの、そんなことを平気で言う。
***
学校の友達や会ったことない人達と、2ちゃんねる的なノリでやりとりするのが最高に楽しかった。
高校入試が終わった頃だと思う。
今はどうなのかわからないが、当時のモバゲーでは初期設定で性別を決めると二度と変更できず、当然アバターの性別も変更できなかった。
僕は男性で設定していたので、髪型や服装も男物しか選べなかったのだが、どうにか中性的なアイテムをかき集め、沖縄の女子中学生を演じる自己紹介文をギャル文字で仕上げた。
モバゲー上の友人達には「男アバターで男が釣れるのか実験しまーすwww」みたいなことを水面下で言っていたので、みんな面白がってギャル文字でコメントをくれたりしていた。
実験の結果はすぐに現れた。
県内外の知らない男性達から、驚くほど次々とメッセージが届いた。
同年代らしき男子や、20代30代の大人達(大人もモバゲーやるんだとその時に知った)から、メル友になりたいからアド教えてだの、会おうだの遊びに行こうだの、様々なメッセージが嫌というほど届いた。
中には「エッチしよう」みたいな内容もあった。
驚愕の1週間だった。
女性達が普段からこんな気持ち悪い目線に晒されていること、男性というものがこんなに気持ち悪い存在だったこと、その気持ち悪さを同じ男性の自分が全く知らなかったこと、そのすべてが衝撃だった。
それまでは、盗撮で捕まった男性のニュースなどを見ても、どこか現実味を感じていなかった。
少なくとも自分は女性を盗撮などしたことがないし、友達にもそんな奴は多分いない。盗撮をしちゃうようなバカな男は世界のどこかには存在するのだろうが、それは本当にごく一部の男性であって、自分には全く関係ない、と思っていた。
でも、女性達に平気で性欲をぶつける男性達は、身近にめちゃくちゃいるのだと気づいた。
しかもそれは対象の女性との関係性に基づかず、まるで通り魔のように、女性というだけで当然のように攻撃してくる。
男性達は皆、「女性は押せばゲットできる」「数打ちゃ当たる」的な恋愛/ナンパ/セックス神話をどこかのタイミングで共有されるので、モバゲーのメッセージもその手段のひとつとしか思っていなかったのだろう。
男アバターで釣れた男達は、触れるどころか見るのも気持ち悪くて、こちらを食べてきそうな凶暴な魚だった。
モバゲーの友人達を笑わせたくて始めた実験が、僕が笑えないまま幕を閉じた。
本当に、驚愕の1週間だった。
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詳細は伏せるが、割と仲の良い知人男性が、未成年の女性に手を出して捕まったことがあった。
僕から見た彼は、面倒見が良くて、話し方と笑顔が柔らかくて、誰とでも分け隔てなく喋れる、コミュニケーション能力の高い男性だった。
妻子もいた。
そんなことをする人間だとは到底思えなかった。
男性でいる以上、ほかの男性達がどんな加害性を持っているか、見極めるのはすごく難しいと思う。
だけど多分、女性にとってそれは容易なのかもしれない。
なぜなら、男性達は勝手に、女性達の前で痴態を晒してくるのだから。しかも他の男性達にはバレないように。
あの時の自分の発言、めちゃくちゃセクハラじゃん…と後から気づいたことが何度も何度もある。
僕は盗撮をしたことがない。知らない女性にメッセージを送ったこともない。
だけど、そんなクソキモ男性達が不自由なく暮らせる男性優位社会を構成する一員ではある。
女性へのハラスメントを可能にしている、何らかの構成要素のひとつでもある。
女性への性加害をやめようと声をかけたいが、誰にどう言えばいいのかわからない、情けない男性のひとりでもある。
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男という大きい主語でひとくくりに批判するな、と、男性達は平気で言う。
だけど、男という主語は、女性達をとりまく性加害の問題に対して、大きすぎることなく、むしろものすごくフィットする。
身の回りの男性達を見て誰がどのくらい問題なのか、そして自分はどうなのか、そんなことすらジャッジできないんだから。
1番仲の良い男性の友達や、尊敬する男性の先輩や上司を思い浮かべることは誰でもできるだろうが、その人達が女性に性加害的な行動をとることを想像できる男性は、果たしてどのくらいいるのだろうか。
彼らの加害が発覚したときに、彼らを真正面からちゃんと批判できる男性は、果たしてどのくらいいるのだろうか。