① ジルマール(セレッソ大阪)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1959年1月13日
所属チーム セレッソ大阪(95-97)
国籍 ブラジル
元ブラジル代表。94年のアメリカW杯の優勝メンバーのひとり。Jリーグ史上、最も安定感のあったGKで、来日したのは、キャリアの終盤だったが、日本に”ホンモノのGKの凄さ”を伝えた。Jリーグ通算では、84試合に出場した。
② シジマール(清水エスパルス)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1962年6月13日
所属チーム 清水エスパルス(93-94、95)
国籍 ブラジル
アクロバティックなセービングで人気を博した、Jリーグ史上屈指のGK。93年シーズンには、731分間無失点という大記録を作った。シジマールの活躍は、それまで地味だったGKというポジションに、大きなスポットライトを浴びさせた。ニックネームは、「クモ男」。
③ 松永成立(横浜マリノス)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1962年8月12日
所属チーム 横浜マリノス(93-95)
鳥栖フューチャーズ(95-96)
ブランメル仙台(97-97)
京都サンガ(97-00)
国籍 日本
オフトジャパンの正GK。安定感のあるキャッチングが魅力で、創生期の横浜マリノスでも守護神として活躍した。しかしながら、95年にソラリ監督と衝突してマリノスを退団し、20歳の川口にポジションを譲ることになった。た。93年のJリーグベストイレブン。日本代表では、40試合に出場した。
④ 本並健治(ガンバ大阪)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1964年6月23日
所属チーム ガンバ大阪(93-97)
ヴェルディ川崎(97-01)
国籍 日本
愛称は、「なにわのイタリアーノ」。端正な顔立ちと、神がかり的なスーパーセーブで人気物になったガンバ大阪の守護神。J1通算では209試合に出場しており、日本代表でも3試合に出場している。93年には、試合中に腎臓破裂の大怪我を負うが、見事に戦列復帰した。
⑤ 小島伸幸(ベルマーレ平塚)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1966年1月17日
所属チーム ベルマーレ平塚(94-98)
アビスパ福岡(99-01)
ザスパ草津(05)
国籍 日本
98年のフランスW杯メンバー。安定感のあるプレーで、チームに安心感をもたらす、ほんわかムードの癒し系GK。ムードメーカーとしてチームをまとめる。福岡退団後は、ザスパ草津に移籍し、J2昇格に大貢献した。
⑥ 菊池新吉(ヴェルディ川崎)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1967年4月12日
所属チーム ヴェルディ川崎(93-01)
国籍 日本
ヴェルディ黄金期の正GK。派手さはないが、ミスの少ない安定したプレーでチームを落ち着かせた。ファルカン監督時代には、日本代表の正GKとなった。93年・94年と2年連続でJリーグのベストイレブンに選ばれている。弟のDF菊池利三もヴェルディに所属した。
⑦ 真田雅則(清水エスパルス)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1968年3月6日
所属チーム 清水エスパルス(93-04)
国籍 日本
安定感あるプレーで、清水の守護神に君臨した。一時期、シジマールにポジションを奪われたが、シジマール退団後に、正GKに復帰した。99年のJリーグベストイレブン。
⑧ 土肥洋一(FC東京)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1973年7月25日
所属チーム 柏レイソル(95-99)
FC東京(00-07)
国籍 日本
06年のW杯メンバー。年齢を重ねるごとに円熟味を増す、FC東京の守護神。00年から06年にかけて、216試合連続出場のJリーグ記録を作る。反射神経に優れており、ジーコジャパンのときは、川口や楢崎ではなく、土肥を正GKにすべきという意見も。04年のJリーグベストイレブン。
⑨ 川口能活(横浜マリノス)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1975年8月15日
所属チーム 横浜マリノス(94-01)
ジュビロ磐田(05-07)
国籍 日本
179cmと小柄だが、抜群の反射神経と飛び出しで守護神に君臨するGK。95年には、松永の退団で突如、正ポジションの座が巡ってくると、20歳とは思えない落ち着きで、チームをリーグ初優勝に導いた。98年・02年・06年と3度、W杯メンバーに選ばれるなど、日本サッカー史に残る存在。06年のJリーグのベストイレブン。Jリーグ通算では、256試合。
⑩ 楢崎正剛(横浜フリューゲルス)
ポジション ゴールキーパー
生年月日 1976年4月15日
所属チーム 横浜フリューゲルス(95-98)
名古屋グランパス(99-07)
国籍 日本
川口能活と評価を二分する、日本屈指のGK。95年に、GK森敦彦の不祥事から正GKの座が回ってきたが、当初はミスも多かった。しかしながら、試合を重ねるごとに成長を見せて、日本代表にも選ばれるようになった。「Fの悲劇」によって、名古屋に移籍。怪我の時期を除くと、ほとんどの試合でゴールを守っている。川口が「動」のスタイルで、楢崎が「静」のスタイルのGKといわれており、タイプが異なるゆえ、2人の優劣はつけられない。