はてなキーワード: 国際交流とは
に来たコメントの返信用
[捨てアドです多分届く]:[email protected]
自分の記事とかはもう反応が無くなって、関連する増田とか他の話題にシフトしているような感じがする。
これからは、不特定多数のインターネットの皆さんとの関わりが終わりを迎え、それぞれが別の生活に戻っていくと思う。
ネットの藻屑になる前に、誰かに見てもらえたのは、本当に感謝してます。
目的としては1年経ったので、気持ちの整理として淡々と書き出したかっただけ+あわよくば専門家の話を聞きたかっただけです。
ブコメ、トラバなど見て思うけど、「OOだから私はXXしても許される!」って考える人って多いんだなって思った。スーパーのバイト先でもバイトに叫び、怒り狂う副店長がいた。
「相手がミスしたから」という理由があっても副店長が叫んで怒り狂うことが許されるわけではない。当時は高校生ながらそれをみて、3歳児みたいな大人だなってドン引きした。
大人って、叱ってくれる人がいないから歯止めが効かないんだよね。「こういうのは失礼(文化的に、個人的に)」を伝えてもらえる関係性が俺にある事を感謝します。
正論と正解は違うので、(あなたの思う)正論を間違った方法で伝えても、正解にはならない。
っていうのは、この1年でも感じたことだと思う。お互いに「自分の正しさ」を譲らなかったら1週間も持たないよ。
ただ、ネットって言わなくてもいいことを言いやすい環境だから誹謗中傷もレッテル貼りもしやすいよね・・・
「その言葉は何のため?」を一回考える習慣つけるともっと優しくなれると思うよ!遊びでも偏った思考を続けてると歪んでくるから・・・
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どんな話にでも、切り取り方次第で最悪にできる事は理解してたけど、ここまで醜悪とは思ってなくてちょっとショックを受けてる。
でも応援してくれてる人も多くいてすごく嬉しい。
何度も言うけど、関係性は家族友人含め良好で、文化の違いで議論になることは多いにしろ、お互いの理解を忘れずに歩み寄れてるので、他の人が心配してくれる程、最悪な生活を送ったり、強いたりしていないです。
(寧ろ毎日しょーもないジョーク言い合って、毎回互いにネタ被りして爆笑して、最高wwwみたいなノリで生きてます。)
ただ、入国管理局の仕事はむっちゃ忙しい(月曜に行けば3〜4時間待ちとかザラ)な事を考えると、同情することはありつつも
それでも1年待たせるのはないだろう。2回目のプログラムも10月に締め切られて焦りしかない。という部分はマジで伝えたかったところです。
「立場の低い女を買っただけだろ」系については悩んだことがある。
誰からもそんなこと言われたことはないにしろ、「俺自身が「努力」をしてるのではなく、ただ航空券を買っただけじゃないか」と思ったこともたくさんあるぐらい。
実際に俺がやったのは「詳しい立場の人がいそうなところに足を運んで話聞いて」「お金を貯めて航空券を買って」「彼女のケアに努めた」だけであり、3個目は双方の関係維持として必須とはいえ
国を跨いでの手続きや丸一日中バスや飛行機に乗った訳じゃない。俺自身は「苦しんでるけど頑張ってない人」と自分でも思ってて、彼女は「苦しいけど頑張った人」だと思ってる。
本人にその話を聞いたところ、「できることは人によって違うし、してくれたことの感じ方も人による。私にとっては最高だった」と言ってくれた。
そういえばポーランドから日本への直通便で往復券(短期滞在ビザは帰りの予定も考える決まりがあるので)は、経由しないのでクソ高かった記憶がある。
きっかけでも話したけど、遠距離での付き合いも長い。当然ビデオ通話で部屋全体映して、ルームツアーをしたりもしてるし、生活に関する話も無限にしてる。
お互いにゴースティングや浮気なんかせず、遠距離も長いこと続けられたのも奇跡だよねって話もした。
彼女は父親手作りの家に住んでて、家は半分崩壊してるから、基本的に地下室で暮らしてた。
部屋はまあ狭いけど、風呂トイレ分かれてること、キッチンスペースも広いことなど生活できないほどではないから不満はないそう。
ただ、当然ながら俺がリモートワークして家にいたりすると、あまりにも一緒にいすぎてストレスが溜まることもある。そう言う時は散歩が好きな彼女が基本的に外で散歩するか、俺がスーパーへ買い物行ったりして距離を置く。
そういやウクライナとの時差は7時間で、大体こっちが昼間になった辺りにあったが起きる。だから基本的にはあっちの昼間に通話して俺は夜過ごして夜更かしする時はそのまま7時間以上ビデオ通話してたな…
俺らの人生は連載漫画じゃないので、馴れ初めがどうとか毎日どんだけ相手を褒めたり、好きって伝えたりしてるかとか、赤裸々に話すのは無理(恥ずかしすぎる)
ぶっちゃけた話、ウクライナ人が外国の文化に馴染めず帰ってしまうことが多々ある。
そうなってしまうと、死にに戻るのと変わらない。
俺がいるから日本へ来た、彼女がそれを選んだ理由は決して彼女自身の生活のためだけじゃない。(そもそも知らん国で1人で生きていくとか無理すぎるし、本当なら死んでもいいから馴染みの場所に居たいのは本音だと思う)
差し出した手を掴んでくれたのは、俺への信頼と覚悟と愛だと思う。
生活ギリギリで将来のキャリアへの挑戦も慎重になるし、彼女には狭い家で不自由させてないだろうか、本当は別居して彼女を単身孤立させた方がもらえる額は多いし、恐らく支援の実施は早くなるとか…
でも、好きなんやったら己の力で養わんかい!って事で別居はしていない。
全部話し合った結果、それでも俺と一緒にいたいって。
国際交流が趣味な理由として、日本人同士の「言わなくてもわかるでしょ」的な傲慢さがマジで苦手で、お互いに知れてるからこそ無関心である事とか、ゴースティングみたいな友人関係の維持ができないのがダルかった。
小中高大、転校とか繰り返しつつも日本人の友達は未だに繋がってるし、仲良いけど、外国人に比べて頻繁に会話はしないな〜と感じる,
How are you?に代わる言葉がなかなかないのがアレだよな〜
どんな国の相手でも相手のカルチャーや生活、趣味までなんでもしっかりと興味持って付き合うって言うのが好きだから、外国人とウマが合うみたい。俺は食文化が好きだから、食べ物もらえると喜ぶ。
手作りの服:
多趣味で服作ったり、スニーカーカスタムペイントしたり、たくさんの創作活動をしてて、作った服自慢したら欲しい!って言ってくれて送っただけ。めっちゃ気に入ってくれて最終的に着て帰ってきたから、配送料ェ…ってなった。
ジェイゾロフト飲んでます・・・もうこれだけで説明つくって思うぐらい。マジ性欲がない。
ていうかわかるだろうけど、相手の家族とビデオ通話して、本当に嬉しそうな顔とか、いつも感謝の言葉をもらったりしてて
ウクライナの現状を嫌ほど見てきたのに、そんな状態で下心で行動するわけ無いだろうよ
本当にダメなら借金してでも見送りをする覚悟もあるけど、日本につれてくるってことは、俺はもう墓まで一緒ってつもりだよ。
それは彼女も同じで、老後について健康に、いつまで元気に一緒に生きられるかも話してる。(先に絶対に死なないでほしいとか、酒を飲まないのが本当に嬉しいとか言われる)
元記事の冒頭でもあったかもだけど、来日してすぐの時点でも、俺がカレーライス作っても「食べたくない」って拒否って別の食べ物食べれるレベルでお互い平等なんだよね
俺の言いなりには絶対にならないし、ウクライナ人の意思の強さをナメないでほしい
[私について]:具体的にいうと、都内のアラサーのインフラエンジニアです。自己開示は「異文化間生活」や「難民保護」のテーマから逸れるからメールでお話したいです。
[捨てアドです多分届く]:[email protected]
[起きたので追加]:文字数どこまで書けるかわからないから返信用のページも作った。あまりにも追いつかないとか、個人的な連絡があるならメアドとか晒せます。
[寝る前に追記]:彼女の名誉のために言うけど、彼女は可能ならスナイパーになりたかったって言ってたよ。女性も戦う意志がないわけじゃない。
あと、これは俺と関係ないところでやってる活動だけど、毎週新宿駅で募金活動とかをやってる「Stand With Ukraine Japan」のがあるから、支援したい人はしてください。
彼女と同棲する前に、一度そこで募金して、話を聞いたことがあるけど、具体的なコミュニティの話とか聞けなかった。また今度行ってみようかな。
彼女に募金活動の話をしたら「ウクライナには汚職があるから」と否定的だった。でも、彼らの活動はしっかりウクライナに届いていることを願っています。
俺は完全にNGO機関とか、そういう団体の活動じゃなく、個人的な事情で彼女の保証人になったから、本当に詳しいことがわからない。
とにかく、入管だったり区役所だったり、聞けるところには聞いている状態。
国際交流が趣味だけど英語のリスニングが下手だった俺と、英語学習して1年目の彼女の英語能力とフィーリングが妙にマッチしてめっちゃ仲良くなった
それでブラックアウトで音信不通、通話中にドローン爆撃があったのとか、ミサイルの音とか聞いて、車の通り過ぎる音ですら、”俺が”心配になり
「とにかく何とかするから日本に来て!」って往復分の航空券を買ったのがきっかけ
よくもまあ彼女もそれを受け入れてくれたし、彼女の両親も承諾してくれたなと思う(一応それまでキットカットや手作りの服とかを誕生日プレゼントに日本から送ったりもしてたけど)
当時は政府のウクライナヘルプデスクがあったので質問しまくった
申請には、俺の財産見せたり、収入見せたりして、保護できる財力があることを示した
また、日本での短期滞在ビザ(観光ビザ)から特定活動ビザへの変更もかなり早く実施できた。
短期滞在ビザは、旅券と住む場所や予定とかも書かないと行けなかったと思う。(ここが一番大変だった気がする)
都内1DK暮らし、ベッド2つ置けばリビングが埋まる。なので畳めるすのこベッドを使ってる。
キッチンとリビングで分けて、離れたいときは過ごしてる。(たまに在宅してるのでかなりの頻度で一緒にいるけど)
食生活については、鍋を始めに食べた記憶がある。そしてそれをエラく気に入ってくれて、困ったときは鍋にした。
ただ、カレーライスは食べてくれなかった(スパイシーなものが苦手らしく、食文化的に脂っこいものが多いので胸焼けが多い国らしい)
言語はカタコトの英語とボディランゲージを多用する。でも「アレ」といえばお互いに考えるものがほぼ同じということもあり、マジで何があっても気が合うから意思疎通に困ったことがない。
食生活:
意外と日本料理を好み、ウクライナは世界で2位の寿司の消費量を誇ると教えてくれた。
納豆も食べれるし、味噌汁も好き。俺のおばあちゃんの家に連れて行ったときも、たくさんの日本料理を楽しんでくれた。ただ、ところてん(磯の香り)はヨード臭くて食べれない・・・って行っていた
日本ほど、食品の安全性が高くないので、「疑わしきは捨てよ」と賞味期限切れのご飯を捨てようとすることも多かった。
ホロドモールの歴史はあれど、近代の生活文化のほうが根深く、特に食あたりを気にするあたりに、食べ物を粗末にしないことについては特に日本の文化なんだな・・・と感じた
(おばあちゃん世代でも普通に食べ物をたくさん買ってカビさせて捨てるのが多かったらしい)
口喧嘩:
ミスを認めないところがある。というかミスを認めると、その制裁が強いらしく(post soviet union personalityって言ってた)最初の方は、ミスしても言い訳が凄かった。(もしくはこれは私のミスではないの一点張りとか)
でも、「俺はあなたを責めるわけじゃなくて、ゴールは今後ミスをしないために今会話をしているんだよ」って意図を伝えて、徐々に心理的安全性を確保させていった。
なので、今はミスったら「ごめん~次はこうするね」って感じで会話が進むようになった。とはいえ、家庭環境なのか文化なのか、特に言い訳が多く話が脱線するので「私の意見」 「指摘」 「関連情報」 「脱線注意」みたいな
道徳の授業みたいなカードを作って一緒にそれを差し出しながら会話をしたりした。
彼女は賢いので、ヒステリックにもならず、お互いのゴールを認識し合って会話を進めてくれたので、本当に感謝してる。これがないと、この関係は1年続けられなかったと思う。
とはいえ自信があることに関しては、俺の発言の先読みして遮ったり、意見を拒否することもあったから、結構議論や口喧嘩で「一旦受け取る」と言うことを教えるのには骨が折れた。
この一年は胸焼けを治す一年だった。胃カメラしても完璧な胃なのに、胸焼けが凄い、逆流性食道炎があるとのことで、通院をめっちゃした。
あっちの国は処方箋いらないらしく、ドラッグストアで簡単に強い薬も買えるらしい。日本はそうじゃないから、第二医薬品とか、漢方とか気休めじゃねえかってなって、通院して薬をもらうことが多かった。
個人的に薬を噛まずに飲めないらしく、それを薬局に伝えたら、配慮してくれて、日本の薬局って凄いなー!って思った。
個人的には、ストレス起因だと思う(PTSDなど)本人も思っているけど、心療内科に行くことはウクライナでも「頭がおかしくなった、虐待で精神を病んだ」みたいなイメージがあるらしく、親は反対していた。(古い日本の価値観みたいな)
とはいえ、ウクライナ語で診療ができる医院も見つからず、英語も拙く、日本語じゃうまくいかないし、何より予約が取れないこと、ヤブ医者に遭いたくないことなどで、まだ上手く行っていない・・・
最近なら風邪の医療方法についてめっちゃ言い合いになった「水を飲んで寝る」だけしか対処法を知らないらしいから、お湯に入れて電気毛布に包んだり、肉なしの鍋を食べさせたりした。(あと葛根湯とか)
現在は独学で実施している。彼女はシャイで完璧主義なところがあるので、あまり日本人と交流がなく、1年経ったが、N5~N4レベルの理解力だと思う。
「みんなの日本語」がロシア語版しかなく、海賊版のウクライナ語バージョンがネットにあって、それを使ったこともある。とりあえず、簡単な漢字を書いたり、ちょっとした言葉は日本語で話すように挑戦してる。
上達については、日本好きな外国の友達に比べて遅いと思うけど、まあ、それなりに理解が進んでるあたり凄いなと思う。(俺は英語をこんなにも習ったのにまだ話せないから)
まだ身の回りで亡くなった人はいないらしいが、彼女の友人の多くはもう海外に散り散りになっていて、彼女の居場所だったコミュニティも無くなってしまった。
孤独だった彼女を支えてくれる世界はもうないので、時々それを思い出しては泣いている。
とはいえ、現地の人達は平然と日常生活を送るよう「装っている」ので、一見戦争がないかのように見えるかもしれない。でも、真隣でロケットは落ちてくるし、ドローンの破片も落ちてくる。
みんな気にしないようにしないと気が狂うからそうしないといけないような感じがしている。
一方で、現地の男性は不当に拉致され、戦争に連れて行かれる(精神疾患などがあったとしても問答無用で)らしく、隣人がそれに遭い、一時は連絡も取れず凄く心配だった。
違法だと警察も知っていつつも、対処はできないようで、捕まらないように夫を匿う妻も多いらしい。
申請から審査までに丸々1年待っている。ドキュメントは去年の1月上旬に提出済みだが音沙汰なし。電話しても、「時間がかかるので」の一点張り
これがないと、彼女は日本語学校へ行けないので、生活が非常に難しくなる。独学では限界がある。
また、この審査を通らないと、各種支援を受けられない。就労や、通院、それ以外のことについても自立して対応ができない。
なんとか1年耐えきったが、これがこのまま先延ばしにされ、対応なしで、ウクライナへの関心が低くなり、支援打ち切りになると・・・
これは完全に俺の不甲斐なさでしかない。給与が400万程度で、変な評価制度のせいで昇級がスムーズにいかない。
自分自身そこまでスキルのある人材かというとそうでもない気がするので、転職について第2新卒募集のものを探しても、今より条件の悪いものしかない。
ボーナスも30万x2回、これとNISAの含み益で収支を整えている。
まあ生活は結構ギリギリで、急な事故があれば詰みだな・・・って感じ、早く会社は昇級させてくれ、入管は仕事をしてくれ
家賃補助がそろそろ切れてしまうので、今の家に住み続けることはできないだろう。
昇級は最短2年後と言われてしまったので、転職を頑張るしかない。が、かなり難しくて頭を抱えている。
一応生活はできているが、ギリギリであることがずっと悩みのタネになっている。
まあ、姉夫婦も高卒なのに、専業主婦+子育てで生活してるし、俺が心配性なだけかもしれないけど
結婚について:
正直、どのタイミングでしようか迷っている。せっかく保護を受ける権利があるのだから、それを無駄にしたくないことや
スムーズに結婚するには、証明するものがたくさん必要になる(チャット履歴も見せなきゃいけないとか)
結婚したとして、都営住宅には住めないらしいから、今すぐ必要ではないが、特定活動ビザが切れる頃には何とか、結婚したいなと考えている。
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俺が知らないだけで、もっと生活を快適にできる補助とかあるのかなぁ
大学時代を過ごした2010年代前半から、ずいぶん時代は変わってきたと思う。
まだ中国が胡錦濤や習近平初期の時代。中国のカオスにはもっと好感が持てた。チベットや新疆も旅行できた。それが今はどうかという感じ。
グローバル化が進展し、SNSで遠くの人と知り合ったり連絡とったりが容易になった時代。円高もひどくなく、どんどん国際交流して、世界は交わっていくと思っていたな。それがコロナで交流が断たれた時期もあり、円安で日本人が旅行しづらい時代になった。欧米でもグローバル化への反発が高まっている。
テクノロジーはどんどん社会を明るくしていくと思ってた。AIで便利になった面はありつつ、ソーシャルメディアのアテンションエコノミーやフェイクニュースの害悪が目立つようになった今。
いま絶対なものも、時には徐々に、時には前触れなく急に変わる。社会状況も、価値観も。
流行なんて追ってもすぐに古びる。いちいちの時事に反応せずに、哲学とか人文学とか、もっと長いタイムスパンでの検証に耐える価値を大切に生きていきたい。
結局、「ぼっち・ざ・ろっく!」って、音楽だけでは勝負できないからアニメという皮を被った、みたいな音楽の敗北を感じるんだよね
物を知らないとこんな勘違いも出来るのかと感心する。
老人すぎて「まんがタイムきらら」という雑誌の性質を知らないんだろうな。
「まんがタイムきらら」というのは「女の子がキャッキャウフフしてる4コマ漫画ばかりが載った雑誌」で基本的にはソフト百合(一部キャラのみハード百合)がコンセプトの作品が集まっている。
百合そのものをテーマにしたコミック百合姫のような雑誌ではなく、あくまで「女の子同士が楽しく過ごしてるのっていいよね。ちょっとエッチなイベントもあると嬉しいしちょっと百合だと良いよね」ぐらいの百合。
そんな雑誌に乗っているわけだからして、必然ぼざろもテーマはソフト百合なのだよ。
さて、それでは何故ぼざろが「音楽」もテーマとして扱っているのかといえば、これは百合ハーレムを実現するためのマクガフィンなわけだ。
まんがタイムきららには20作ぐらいソフト百合美少女四コマが載っているのだが、これと同じコンセプトの雑誌が「まんがタイムきららシリーズ」だけで5つある。
まんがタイムきらら、まんがタイムきららフォワード、まんがタイムきららキャラットと言った感じの本がそれぞれが月間発売されているのだ。
つまり、まんがタイムきららの中だけで100作のソフト百合美少女4コマ漫画がしのぎを削っているわけで、当然それぞれにソフト百合を書き分けなければそもそも相手にされない魔のレッドオーシャンなわけだ。
たとえば主人公たちを凄い不運にするとか、カフェで働かせるとか、国際交流をテーマにするとか、美術科を部隊にするとか、それぞれの漫画がなんらかの要素をサブテーマにすることでなんとか個性を出している。
サブテーマ選びで元められるのは、自然な流れで自分の出したい百合カラーに繋げるためのマクガフィン性能だ。
ぼざらの場合は「絶望的に陰キャな主人公が、実はインターネットではヒーローで、その凄さを知った超陽キャ美少女から惚れられてハーレム化してしまう」という百合ストーリーを目指して「実はギターヒーロー」というコンセプトを見出したわけだな。
結果として、虹夏や喜多ちゃんと言った陰キャのままだったら絶対に接点を作れなかったような相手といい感じに百合百合して過ごしているわけだ。
こうしたサブテーマ選びにおいて重要なのは作者が興味を持てること。
なぜならいくら百合がメインとはいえサブテーマが雑すぎるとツッコミ所が多すぎて目が滑るから。
あと、まんがタイムきららなんて読んでるようなオタクは性格が超陰湿だから弓道警察みたいなことを凄い勢いでするので、ミスをするのが超リスキー。
しかも性格がやたら被害妄想的だから「俺の好きな分野を商業的に利用するために興味もないのに扱った!文化盗用!燃やすぞ!」と暴れ出してしまう。
だから作者が既に詳しい分野、もしくはまだ詳しくなくても勉強が苦にならない分野が選ばれるわけだね。
まあこのへんの知識がなくても、作品を素直に読み解いていれば「ふーん。つまりは超絶陰キャが太陽の光でギラギラに溶けていく様子を描いて、オタクに優しいギャル系の成分を抽出したいのか」ってことはなんとなく分かると思うんだがなー。
憐れよな。
俺もいずれこうなるのかな。
悲しいなあ。
(「私達からCBDを奪わないで!」てんかん、がん、慢性痛患者の声)
(熊谷俊人・千葉県知事は幕張メッセ(県有施設)を武器見本市に使わせないで
89人)
(
介護職などが安心して県外から就職できるように仮設住宅を奥能登に作ってください)
(「 #保険証廃止やめて !税金の無駄使い資格確認書発行は必要ありません。マイナンバーカードの強制で差別・不平等を押し付けないでください」)
(東京藝術大学は、ガザ地区で虐殺を続けるイスラエル軍を支援したベツァルエル美術デザインアカデミーとの国際交流協定を打ち切ってください
)
(#訪問介護 報酬の引き下げを撤回し、国の責任で介護職員確保を求める署名)
(防衛省と日本企業4社はイスラエルの"死の商人"から攻撃型ドローンを買うな!)
(【長洲町世帯分離解除保護廃止事件】すみやかに上告を受け付け、生活保護世帯・若者の未来を開く判決を!)
でもそう言えば前にこんなメールがあったような…
ほんとにそうなのかな…
「私たちは東京藝術大学に、イスラエルの国立美術学校、ベツァルエル美術デザインアカデミーとの国際交流協定の打ち切りを求めます。
イスラエルのベツァルエル美術デザインアカデミーは2023年10月9日、イスラエル軍がパレスチナ被占領地ガザ地区への侵攻に備える増派のため予備役36万人に大量動員をかけた際、軍服や装備品の大量不足を補う目的で、関係者の主導により臨時の縫製作業所を構内に設置。特に同月中旬からは朝8時から夜21時まで約80人のボランティアを働かせて、スタイリッシュかつ機能的な軍服や装備を生産していました。
美をジェノサイドに役立てる学術機関と国際交流を続けても害しかありません。実際このために、ノルウェーのベルゲン大学(2月)、オランダのハーグ王立美術学院(4月)および同国のアイントホーフェン・デザインアカデミー(5月)が、現時点までに提携解消または交流凍結を発表しています。このほか、米ニューヨーク州のクーパーユニオン美術デザイン学校、米ロードアイランド州のロードアイランドデザイン学校、米イリノイ州のシカゴ美術館付属美術大学、ドイツのベルリン芸術大学でも学生や卒業生から提携打ち切りを求める声が強まっており、時間が経つにつれて提携打ち切りはさらに広がる見込みです。
東京藝術大学は日本国における美術および音楽の最高学府として、イスラエル軍によるこの歴史的な戦争犯罪と人道に対する罪を前に決して沈黙したままでいることなく、これらを明確に非難する声明を出した上で、これらに加担したベツァルエル美術デザインアカデミーとの国際交流協定を速やかに打ち切ってください。」
ガザ大虐殺への加担を許さない東京藝術大学の在校生・卒業生および市民有志一同
圧倒的上澄みじゃねーか
ブスの派遣社員30代は自殺しようが社会はどうでもいいんだよ男と同じだよ
いや男は80歳になろうが生殖能力あるけど女の30代は衰えてるから生命として男以下の扱いだよ
>小室結さんは早稲田大学国際教養学部4年生で、国際交流サークルに所属。
英語にたけていて、特技はダンス、見た目も可愛いのでまさに才色兼備。
帰国子女で、早稲田大学国際教養学部からイギリス・ロンドンのオックスフォード大学に1年間留学していたこともあり、海外での生活の経験もあります。
就活の結果は順調で、大手不動産会社「三菱地所(平均年収1130万)」から
内定をもらっており、この4月から新社会人1年生として働く予定でした。
facebookから、フリーアナウンサーの安井まみ子さんが小室さんの叔母さんで
あることが判明。
安井まみ子さんと言えば、父親がブラザー工業の元役員で創業者一族の
安井信之さんです。
それが国際交流でしょ
っていうのはさておいても、国際交流チャットアプリなんて入れてやってる時点でその国のそれなりに勉強できる階層だからそれが平均的な人間とか思って卑屈になる必要が無い
英語に関しても日本と違って英語使わないと生活や勉強が成り立たない場合とかあるから、ちょっと事情が違う
それに一部の国の人たちはやたらと誇張するから物理がすごくよくできる(高3で日本の中学2年生レベル)とかあるぞ普通に
本当にすごい場合もあるけどそういう人ってわざわざ国際交流チャットアプリ入れるほど交流に飢えてないしな
日本人が思う「すごい特技」みたいなのと向こうが誇張して言ってる「すごい特技」って全然違う場合もあるし、なんか偉く強い口調で言ってきたけど言い返したら普通に大したこと言ってないことが分かったとかそういうの無限にあるから
あとスピリチュアルに関しては自分も経験あるけどあれはあれで向こうの国で浮いてる奴らやぞ 周囲の人に相手にされないからネットであほなことばらまいてる
そういう違いとか物怖じしない図太さを学ぶのも国際交流なのではっていう気はする
ウクライナ危機が気になってTwitterとかでずっと追っているのだけど、日本だとやっぱり中国との関係の話なども出てくる。
オリンピックあったこともあって、いや国って何?って最近よく思う。国民意識がとても低い。低くなった。
右翼の人も左翼の人もなんらかの形で政治(家)を批判したり持ち上げたりしますが、それは国にある程度の帰属意識がないとできないことだと思います。
この、国への帰属意識とか愛国心とか、私はここ数年でどんどんなくしてしまいました。私以外にも、そういう人は増えているのではないかと思います。
理由は多分「国際交流」とかいう名目以外で国外の人と直接関わることが増えたことです。
DeepLなどの無料翻訳サービスが発展し、オンラインゲームなり、YoutubeなりTwitterなり、リモートワークなりで、どこに住んでいる誰とも知らん人と「自国の文化」以外のなんらかのコンテンツの話をする機会が増えました。
海外の反応まとめサイトは面白いけど、東方見聞録みたいなもので、仕組みとしては全然新しくなかった。エンタメの一つでしかない。
直接どうでもいいコミュニケーションが出来るようになったのはでかい。コロナでオンラインコンテンツとの接触がリアル世界と同等〜それ以上になったのもでかい。
商品も金銭も国外と簡単にやり取りできるし、なんならそういうやり取りで生活が成り立っている。
正直日本のパスポート持っている赤の他人よりも、ナニ人だか知らないがそういう実際機能しているネットワークの中にいる人の方が自分にとって重要。
国民意識って、共通の言語とか教育とか文化から持つ(持たされる?)ようになるんだと思うんだけど、もうみんなネットでそれぞれいろんなもの見てるし、全然違うこと知ろうとするし、無理じゃない?と思う。
地域の風土に密着した伝統とかと違って、実際の環境と暮らしが作ったものでもあるまいし。
話題のナウル。現地で政府担当者が広報しているのかと思いきや、「一般財団法人 国際交流機構」という職員30人の組織が、この10月に日本国内で事務所を設立して広報しているそうな。
この国際交流機構は、東京・町田の歯科医師が理事長を務め、「国際協調が確立され、世界平和が実現すること。」をビジョンに活動しているそうな。「日本におけるナウルのPR」を受託 (助成事業として採択) して、国際意識の高い学生バイトが運営してるんだろうね。
つまるところ、「国土が小さい」も「人口が少ない」も、ぜんぶ「日本人から見た南洋の島国」感覚でツイートされてるんだよね。現地政府は、どこまで自国の扱われ方を許容してるのかなぁ。
先日もなちゃとやBARギコっぽいAAアバターチャットサービスをリリースした。
ZonuChat - AAキャラをアバターにして交流できるスマホ対応のチャットサービス
スマホ対応してるものの基本はPC前提の2005年くらいの古臭い雰囲気をあえて狙ったニッチなサービスなので
大バズリみたいなのは全く期待してなかったが日間ユニークユーザー1000人くらいを目指してひっそりと運営できたらなーとか考えてた。
とりあえずリリース直後に増田に記事投稿したものの1ブクマもつかず。。(想定だと100ブクマくらいはついてITカテトップの上の方くらいには載る想定だった)
多少荒れたけど何十人かで交流できるくらいは人が来てくれた。
ふとアナリティクスを確認すると不思議なことにアメリカ、カナダ、インド等様々な国からのアクセスがあったようで、
どうやら5ちゃんねるの誰かがRedditの中の日本語習得者用の外国人コミュニティに投稿してくれたようで、800いいね?くらいついてた。
一過性のモノだろうけどノルウェー人がしまむら君のアバターを使って深夜(あっちだと夕方)起きてるおじさん達と異国の文化を教え合う全く開発当初は想定してなかった交流が生まれた。
いやーにしてもこの手のサービスって人が集まれば人が多いって価値に更に人が集まってきて、人が集まらなければ人がいないって理由で更に人が減っていくので運営難しいですね。便利ツールとはわけが違う。
良くも悪くもある程度体系化されたSEOのテクニックでアクセス向上狙えるブログと違ってこの手のサービスってどうやって集客狙えばいいのか未だによくわからぬ。。。
どうしたもんっすかね。
https://anond.hatelabo.jp/20201219095651
(出来事)
1856 日米修好通商条約締結
1860 横浜の外国人居留地において、競馬が行われる(居留地競馬)
1869 戊辰戦争終了
1870 東京招魂社(現・靖国神社)において、初めて洋式競馬が行われる(招魂社競馬。1898年まで)
1874 台湾出兵
1877 西南戦争開始~終了
1894 日清戦争開始
1905 日露戦争終了
桂太郎内閣による馬券発売の公認(黙許)(公認競馬。中央競馬のルーツ)
馬政第一次計画の制定(第一期:1906年~1923年、第二期:1924年~1935年)
帝室御賞典(東京)創設
1907 小岩井農場が種牡馬インタグリオーと20頭の繁殖牝馬(小岩井農場の基礎輸入牝馬)をイギリスより輸入する
1910 韓国併合
改正競馬規程(閣令)を根拠として、産牛馬組合による競馬が開催されるようになる(地方競馬のルーツ)
主要競走に騸馬(せん馬)が出走不可に。芦毛、月毛、河原毛が出走不可に(毛色の制限は1928年まで)
帝室御賞典(阪神)創設
1911 優勝内国産馬連合競走(連合二哩)創設(ラングトンが第1回の勝馬となる)
宮崎競馬場において、商品券付き勝馬投票が実施される(事実上の馬券)。1914年までに全ての競馬倶楽部が実施するようになる
1914 第一次世界大戦開始
1918 第一次世界大戦終了/シベリア出兵(1922年まで)
1922 帝室御賞典(札幌)創設(1937年秋まで。1922年~1924年は春のみ。1925年~1937年は秋のみ)
帝室御賞典(福島)創設(春のみ。1922年春~1937年春)。帝室御賞典(函館)創設(秋のみ。1922年秋~1936年秋)
1923 関東大震災/旧競馬法制定(馬券発売再開)/馬政局廃止
帝室御賞典(函館)創設(春のみ。1923年春~1937年春)。特殊ハンデキャップ競走創設
1925 濠抽混合創設(当初の名称は各内国抽籤濠州産馬混合競走。1932年より目黒記念)
下総御料牧場が2頭の繁殖牝馬(種正・稙道)をアメリカより輸入する
1928 横浜特別創設(1943年秋まで)/連合二哩(牝馬)創設(1928春~1941秋)
1931 満州事変
下総御料牧場が3頭の繁殖牝馬(星旗・星若・星友)をアメリカより輸入する
1932 東京優駿創設(1950年より「日本ダービー」の副称が付く。ワカタカが第1回の勝馬となる)
下総御料牧場が3頭の繁殖牝馬(星濱・星谷・星富)をアメリカより輸入する
1934 中山大障害創設
1936 二・二六事件
1937 日中戦争開始
天皇賞(帝室御賞典)創設(連合二哩並びに各競馬倶楽部で行われていた帝室御賞典を統合。当初秋2600m、春2700mで施行され、第3回からは春秋共に3200mで施行。ハツピーマイト(ハッピーマイト)が第1回(1937年秋・東京)、ハセパークが第2回(1938年春・阪神)の勝馬となる)
連合二哩はこの年限りで廃止。各地の帝室御賞典はこの年春限りで廃止
菊花賞(京都農林省賞典四歳呼馬)、優駿牝馬(オークス)(阪神優駿牝馬)創設
1939 皐月賞(横浜農林省賞典四歳呼馬)、桜花賞(中山四歳牝馬特別)創設(五大クラシック競走が成立)
1941 太平洋戦争開始/セントライトが初のクラシック三冠を達成
1944 競馬開催の一時停止。この年の競馬は能力検定競走として施行される(戦前の競馬はこの年限りで終了)
2歳(旧3歳)競走が競走体系に加わる
1949 朝日杯3歳ステークス(1991年から牡馬及び騸馬(せん馬)限定のレースとなる。現・朝日杯フューチュリティステークス)創設
阪神3歳ステークス(1991年から阪神3歳牝馬ステークスとして牝馬限定のレースとなる。現・阪神ジュベナイルフィリーズ)創設
1951 中央競馬における重勝式馬券の発売(1961年廃止)
トキノミノルが無敗で二冠を達成
日本中央競馬会(略称は1986年までNCK。1987年からJRA)発足(国営競馬時代の終了)
啓衆社(競馬予想紙を発行)が啓衆賞を設け、各年に活躍した競走馬を表彰することを始める(1972年から『優駿』(日本中央競馬会の機関紙)の主催による優駿賞、1987年から日本中央競馬会の主催によるJRA賞となる。最初の年度代表馬はハクリヨウ(ハクリョウ))
1955 日本中央競馬会が英国ジョッキークラブとの間に騎手に対する制裁の相互実施協定を締結する(国際交流の始まり)
東京大賞典(秋の鞍)創設
1958 ハクチカラが戦後の日本調教馬として、初めて海外に遠征する
1956 有馬記念(中山グランプリ)創設(メイヂヒカリが第1回の勝馬となる。八大競走成立)
1963 中央競馬において8枠制が導入される
メイズイとリユウフオーレル(リュウフォーレル)の2頭が年度代表馬に選出される
1965 シンザンが天皇賞秋・有馬記念を制覇し、五冠を達成(当時牡馬が出走できる大レースを全て制覇)
1967 栗東トレーニングセンター開場
1968 中央競馬における繋駕速歩競走はこの年限りで廃止される
1970 大阪万博
スピードシンボリが初めて有馬記念を連覇し、1967年以来2度目の年度代表馬に選出される
1971 ニクソン・ショック
貿易自由化に伴い国内生産者への保護政策が実施されたことにより、持込馬が有馬記念を除く八大競走への出走権を失う
トウメイが天皇賞秋・有馬記念と連勝し、牝馬として初の年度代表馬に選出される
1972 沖縄返還
地方競馬における騎乗速歩競走はこの年限りで廃止される(中央競馬では戦前限り廃止)
ハイセイコーが中央競馬に移籍し、好成績を挙げ、国民的人気を集める(1974年の有馬記念2着(勝馬はタニノチカラ)を最後に引退)
1974 単枠指定制度の導入(1991年10月5日廃止。最初の指定馬は同年の皐月賞におけるキタノカチドキ。最後の指定馬は1991年のセントライト記念におけるレオダーバン)
1977 テンポイントが有馬記念でトウショウボーイとのマッチレースを制し、年度代表馬に選出される(3着はグリーングラス)
1978 美浦トレーニングセンター開場