はてなキーワード: アイドル活動とは
気まぐれで視聴し始めたが、回が進むにつれオーディション参加者たちの苦悩や葛藤や成長、候補生にかける審査員の熱意と寄り添いの言葉に胸を熱くし、審査員へも参加者へも感情移入し涙した。
最新話が更新されるまでの間は何度も繰り返し1話から見直した。努力し成長する美しい男たちの姿は何度でも泣けた。
オーディション終了後は約半年間楽しませてくれたお礼とご祝儀としてファンクラブにも入った。
雑誌CMバラエティー歌番組そして冠番組と、今ではテレビで見ない日はないほどの人気グループとなった。
今回の話は、惜しくも選考から漏れた1人が私の地元のイベントに来ると知り、興味本位で覗いてみたものだ。
顔が美しい。
ダンスの良し悪しについては判断することができないが、歌は上手い。彼自身もダンスより歌に自信があったのだろうと思う。
オーディション中も音程の合わない参加者の練習に付き合いピッチを合わせ、歌う必要のないダンスの練習中でも彼の歌が響いていた。チームのダンスカウントを合わせたのは間違いなく彼の歌声だった。
しかし自らそれを知らしめるようなことはせず、彼の人柄の素晴らしさはオーディション後に他の参加者から特に多く語られた。
彼のオーディション結果が公開なった後すぐにソロでアイドル活動を行うと発表があり、直後に開設したインスタはフォローしていた。
桜色の薄い唇をふわりと引き上げとろけるように微笑む笑顔の写真も、添えられる言葉も気高く美しかった。
そんな彼が地元で行われるイベントのゲストとしてやって来るらしいと知ったのは当日の朝で、出不精な私は数時間の逡巡の末、現場入りを決意した。
貴重な休日、寒いし外に出るのは面倒だけど、家にいるよりは楽しいことありそう。
欲しいものは特にないが、何かを期待して新装開店セールに行くような、そんな気持ちである。
駅前の超好立地でありながらタピオカやらフルーツサンドやらフルーツ飴やら、学生向けの流行りのテナントが瞬間的に出店しすぐに撤退を繰り返すような、常に今何が入ってるのかわからないようなビルだ。そんな中に特設ステージと言われても正直ピンと来ない。
SNSを見ても会場の様子が何もわからないので、予定より少し早めに着いた。
迷うような広さの建物ではない。
エスカレーターの真裏の特設ステージを視界に捉えた私はまず一度通り過ぎ、足早にトイレに直行した。
便座に腰を下ろしながら、思う。
きつい。
これはきついかもしれん。
特設ステージという名の、空きテナントと空きテナントの間のスペースが衝立で区切られ、舞台が組まれ、“何か”やっている。
この“何か”は明らかに私が目的としていたイベントなのだが、なんというか、思った以上にアットホームでハンドメイドでDIYだ。
意を決して会場入りする。
と言っても衝立の向こう側に入るだけなのだが。
上下の照明。
2〜30人ほどの女性の群れ。
既視感の正体は、今より景気が良かった子供の頃によく見た福引会場だ。あれによく似ている。
壇上には若い男が3人。
後で知ったがご当地アイドルらしい。この地に長く住んでるのに存在すら知らなかった。
演者と観客が軽快な音楽にあわせてコール&レスポンスしている。
きつい。
知らない曲、知らない男、ノリがわからない。
きつい。
何がきついのかわからないが、とにかく辛い。
何かから逃げ出したい気持ちのまま、ご当地アイドルの出番は終了した。
観客の1/3くらいが入れ替わる。
前方へ身を詰めた女性達がお揃いのペンライトを取り出し点灯する。
ペンライトも持っておらず立ち振舞いがわからない私はとりあえず会場の最後尾の端に立ち、防衛本能からか自然と体の前で腕を組む。そんなつもりは全く無かったが、偶然にも後方腕組み彼女面の参戦スタイルが完成してしまった。
前の方の女性たちがにわかに色めき立ち、歓声とともに、彼は登壇した。
画面越しで見るよりも色白で首が長くて顔が小さい。手足が長くて華奢だ。美しい。
喋り慣れているのだろう、臆することなく爽やかに軽快に二言三言挨拶をする。臆しているのは恐らくこの会場で私だけだ。
彼が笑顔で何かを言う度に、観客たちは笑顔で歓声をあげる。私以外の全てが笑顔だ。
爽やかな曲調。軽やかなステップ。歌が上手い。
だがきつい。
ずっときつい。
なんだこの感情は。
なんだかずっといたたまれない。
彼が歌い出す前から、いや登壇する前からずっといたたまれない。
なんだこれは。
なんだこの近さは。
つらい。
何がつらいのかわからない。
共感性羞恥とも違う。
つらい。
ずっと心のなかで何かを嘆き、よくわからない痛手を負いながら、イベントを最後まで見届け、ぼんやりとしたまま帰宅した。
冷静に今日のことを振り返る。
つらかった。
きつかった。
何がそんなにきつかったのか?
2週間ほど前。巨大な会場で、偉大な先輩たちとともに煌びやかな衣装でたくさんの照明と数万人の歓声を浴びて歌って踊る彼らを見た。
スタンド前方席で視力1.5の私でも肉眼では豆粒くらいにしか見えなかったが、それでも夢のような時間だった。
オーディション中は横並びで、彼もそうなり得た人であったはずが、結果によって片や数万人規模、片や田舎の特設ステージで無料イベントである。
この現場がどちらも映像で見たものであったなら、私と彼らの距離は全て「画面越し」で同等であったはずだ。
もちろん実際に触れ合える距離感を楽しみ、だからこそ応援したくなるというファンもいるだろう。そういう楽しみもあるだろう。
勝手にこんな気持ちになっている私の方に問題があり、本当に失礼極まりない感情である。
彼が悪いわけではないし、ファンやイベントを非難する気もない。彼は美しかった。
私自身が「選ばれない側」「持っていない側」の人間であるため、勝手に投影して勝手に落差に傷ついてしまった。
成功とは何か、幸せとは何か、人の数だけ答えはあり、個人のそれらは他人から推し量ることはできないしするものでもない。
最近のホロライブを見ていて、何となくモヤっとしている人は多いと思う。卒業が続いているとか、空気が少し変わったとか、理由は人それぞれだろうが、その根っこにあるのは「事業が大きくなりすぎた結果、タレントに求められるものが変わってしまった」という一点に集約できると思っている。
ホロライブはもともと配信中心の箱だった。配信ができて、キャラが立っていて、面白いことをやれる人が評価されていた。しかし今はどうか。音楽、ライブ、イベント、企業案件、グッズ展開まで含めた総合エンタメ事業になっている。これは営利企業としては正しい進化だし、否定されるべきものではない。ただ、その過程で「最初に想定されていたタレント像」と「今求められているタレント像」がズレてきている。
表向きには、配信内容が禁止されたり、好きなゲームができなくなったりしているわけではない。しかし実際には、ブランド管理や炎上対策、関係各所との調整など、目に見えないコストがどんどん増えている。昔ならノリでできた配信が、今では準備と確認の塊になっている。結果として、タレントが本当にやりたいことに使える余力は確実に削られている。
これまでの卒業生については、「方向性の違い」でだいたい説明がついてきた。配信中心でやりたい人と、事業拡大で増えたライブや案件の間に摩擦が生じた、という話だ。
しかし天音かなたの卒業は、どうもそれだけでは説明しきれない。
彼女はアイドル活動を否定していたわけではないし、社会経験もあり、箱の中での役割も確立していた。むしろ組織に適応できていた側のタレントだろう。それでも卒業理由が「想定を超える業務負荷による心身の不調」だったという点は重い。数年前から相談していたという話まで出てくると、個人の適性や覚悟の問題ではなく、仕事量そのものが持続可能ではなかった可能性が高い。
ここで見えてくるのは、「方向性が合わなかった人が去った」という話ではない。「会社に適応し、続ける意思があった人でも、消耗しきってしまう構造があるのではないか」という疑念だ。これはファンが不安になるのも無理はない。要するに、ホロライブの課題は、成長そのものではなく、成長にともなう負荷をどう分配し、どう調整するかにある。役割が増えるなら、その分支援や選択肢も増やさなければ、どこかで無理が出る。天音かなたの卒業は、その歪みが表に出た象徴的な出来事だったのだと思う。
2025年10月30日、「恋×シンアイ彼女」は発売から10周年を迎えた。
でも、私にとってこの日は“お祝い”ではない。
むしろ、信頼していた作家への失望をはっきりと刻んだ、痛みの記念日だ。
けれど、蓋を開けてみれば――ヒロインは主人公の前から三度も姿を消す。
ユーザーの心を弄ぶような展開で、まるで“恋愛”というテーマを使った詐欺のようだった。
私は、この物語を手掛けたシナリオライター新島夕を、どうしても許すことができなかった。
2009年の夏、友人から「ナツユメナギサがすごい」と聞き、何気なくプレイした。
その世界観は、CLANNADや村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』さえも凌駕していたように感じた。
あれを体験した瞬間、私は新島夕という作家に未来を託したいと思った。
音楽のセンス、台詞の一つひとつ、そして桜が最後に消えるという切なさ。
それらすべてが、美しさと哀しさのバランスを保ちながら胸に深く刺さった。
今でも、あの作品のラストシーンを思い出すと、胸の奥が少し痛む。
当時、彼の名前はあまり表に出ていなかったけれど、演技面で佐本二厘を起用する感性にも強く共感していた。
「この方こそ、業界を牽引していく存在になる」と本気で思っていた。
『魔女こいにっき』をはじめ、彼が関わった作品には、常に確かな“芯”があった。
少なくとも彼の書くシナリオに、大きな失望を覚えたことは一度もなかった。
だからこそ――『恋×シンアイ彼女』をプレイしたとき、私は言葉を失った。
彼の担当したメインヒロインは、アイドル活動を理由に三度も主人公の前から姿を消す。
その展開に、何度も心が折れそうになった。
あの頃の新島夕が描いていた“喪失の美しさ”は、もはやどこにもなかった。
残っていたのは、ユーザーの気持ちを踏みにじるような空虚さだけだった。
最初は、「きっと制作側の意向で自由に書けなかったのだろう」と思っていた。
むしろ、私は勝手にプロデューサーを責めて、自分を納得させようとしていた。
でも、その後のインタビューを見て、すべてが崩れ落ちた。
新島夕本人は、ヒロインの失踪を「天啓」や「千年王国」などと語り、外注でありながらプロデューサーを“クン”付けで呼び、もともとは王道ラブコメ展開であった物語を、ヒロインが三度失踪し芸能界へと消える胸糞話へと変えるように強要したことを、堂々と語っていた。
その軽薄な言葉の数々が、これまで彼を信じてきた自分への裏切りのように感じた。
あの瞬間、心のどこかで「もう戻れない」と悟った。
――私が信じていたシナリオライターは、こんな人間だったのか。
ユーザーの感情を軽んじ、期待を裏切ることを“芸術”と呼ぶ人だったのか。
私にとって「恋×シンアイ彼女」の十周年は、感謝でも懐古でもない。
それは、かつての憧れが音を立てて崩れ落ちた日を思い出すための、痛みの記念日だ。
ワイは23歳、会社員の女。もう一度地下アイドルになろうと思っている。
17歳から21歳まで地下アイドルをしていた。拠点は東京では無い。
結論を言うと、全く売れなかった。結局アイドル時代から働いていたバイト先にそのまま正社員として雇用してもらう形になり、アイドルは辞めた。
世間一般的には、20代前半で夢を追うのはキッパリと諦めて普通に働く。これが賢い生き方だと思う。
平日は働いて、休日に見るアマプラや、時々行くカフェを楽しみに細々と生きている。安定したお給料とお休みを貰えて、アイドルをしていた時のような精神的なプレッシャーも、寝不足のフラフラな状態でバイトに向かう事もない。でも、虚しい。心にポッカリと穴が空いたような日々。私は「心身共にボロボロになってまで何かに打ち込む自分」が好きなんだと思う。そこまでして打ち込めるものが、アイドル活動以外に無い。私は一体今の生活の何に不満を持っているのだろう。
一緒に活動していたメンバーの1人は、まだアイドルを続けている。すごく売れている、とまでは行かないけれど、一緒に活動していた当時よりはオタクも増えていて、とても頑張っている。
苦楽を共にした仲間が活躍しているのを見るのは嬉しいが、それと同時に妬ましい気持ちが湧いてくる。
活動当初は、グループ内で1番人気がなかった。自分だけのペンライトの色がないフロア、メンバーにチェキ列が出来ているのを横目に見ながら、誰も並んでいない正面をにこやかに向いていなければいけない、アイドルだから。悔しくて、ビジュアルの研究、特典会での会話、SNS、パフォーマンス、自分なりに出来る限りの努力はした。次第に他のメンバーと変わらないぐらいにはオタクが増えた。
それでも、過去の自分と比べたら変われても、アイドル界全体から見れば私は売れない地底アイドルの1人でしかない。当時応援してくれていたオタクからすれば、数多の数ほどいる地下アイドルの中の1人に過ぎなかったと思うが、私はオタクから貰った言葉や、卒業する際に涙を流して悲しんでくれた姿を度々思い出しては胸を綻ばせている。
「もう来年には24歳だよ?せっかく正社員で働いてるのに、それを辞めて自らノンフィクションに出るような生活を選ぶだとかバカじゃないの?同級生はもう結婚してるよ?」
そうやって辞めてからの2年間、自分に言い聞かせていた。でも、光陰矢の如し、今が1番若いのだ。
来月、オーディションを受けに東京へ行く。大きな事務所では無いけれど。受かれば上京だ。
受かったら良いな。
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アイドル業界ドキュメンタリー映画。伝説的なアヴァンギャルドアイドルグループ「BiS」の第二期オーディションの様子と、そこから落選したメンバーで結成されたBiSの公式ライバルグループである「SiS」というグループのメンバーと関係者の顛末を描く。
面白かった。89点くらい。
もちろん映画としてお出しされており、さらに「アイドル業界」という何でもありの界隈から出てきた作品である以上、個々の映っていることのどこまでが「リアル」でどこからが「やらせ」かは不明ではあるのだが、ドキュメンタリー映画のジャンルの中でも珍しい「撮れちゃった」系の作品である。
姉妹作としてBiS側のドキュメンタリー映画として「劇場版 BiS誕生の詩」が存在しているがこちらはいたって正常な異常なアイドルオーディションからデビューまでを描いた作品になっている。
BiSオーディション内で仕掛けられた様々な目を覆いたくなるような、フェミニストが憤死してそのまま灰になり朝焼けに溶けていくような企画の話はいったん置いておいておく。これはBiS誕生の詩と内容がほぼ同じなので。
簡単に言えばオーディション参加者とハメ撮りビデオ撮りたいAV監督にオーディション参加者が逆ドッキリしかける感じの企画である。これだけでうわああああって感じになる人も多いかもしれないけど、まぁ8年前の話だからね。
この作品の主役はアイドルたちではなく周囲を取り巻く大人たちである。
1人はBiS、BiSHなどの売れっ子アイドルをプロデュースしてきた渡辺淳之介。
1人は彼の大学時代からの友人で彼に誘われて同時期にアイドル業界に入った清水大充。
清水氏は渡辺氏がプロデュースするBiS二期の担当マネージャーであり、SiSのプロデューサーに就任する。
SiSのデビューに向けて準備を進めるも、元々抱えていた業務に忙殺されてSiSにリソースを割けない日々が続く。衣装も用意できなければ歌割りも決まらない。オリ曲も用意できずにライバルグループのプロデューサーである渡辺氏が気を使って用意してくれる始末。
そうしてなんとかかんとかデビューライブにこぎつけた前日。清水氏の過去の重大な背信行為が大きく発覚し、渡辺氏から清水がプロデュースしたというだけでもうSiSというユニットは続けられないと告げられてしまう。この背信行為が何なのかは結局作中では語られないが、その後、彼は全アイドルのマネジメントから外されていることからも、大まかな想像はつく。
しかし彼は周囲のコアな仲間にはそれを話すがSiSメンバーにはそれを告げずデビューライブを決行。
フサフサの頭で謝罪する清水氏に対して、彼を信じた俺が間違っていたと頭を丸めて登場する渡辺氏。
インタビューで「デビューライブやったことだけは俺がやったことで唯一の正解だった」と語る清水氏に対して、渡辺氏との食事会で「黙ってあれやったのだけは理解できない。頭おかしい」と語るSiSのメンバーとそれに同意する渡辺氏。
解散したSiSのメンバーを「他にやってあげられることはない」と自分がプロデュースする別グループに編入することを決める渡辺氏に対して、メンバーが結局渡辺氏を取ったことに「渡辺のところに行くのだけは絶対にないじゃん。勝手にやってろよ、ぜってぇ売れねぇよ」と罵倒し悔し涙を流す清水氏(頭を丸めている)。
元SiSのメンバーが「SiSを通じて渡辺さんと仕事ができるんじゃないかと思っていた」と語られるショットなども途中で入り、元々渡辺淳之介プロデュースのBiSのオーディション参加勢であるというところを考慮しても残酷な現実が見せつけられる。
そもそもこのSiSのプロデューサー就任もおそらく「同期の渡辺が有名プロデューサーとしてブイブイいわせている」ことに対する嫉妬の念もあったんだろうなぁと考えると非常に胸が痛い。彼が最も後悔している瞬間に「SiSやりますって言ってしまったこと」と語っていたのも、おそらくそういうことだと思う。
GANG PARADEに移籍した3人がライブ会場の階段で清水氏と再会するシーンがある。おどおどと敬語で活躍を祝う清水氏に対してメンバーの一人が「全然よくはないけど、結果的にこうなったのはよかったのかなと思ってる」と語る。こうなったのは、というのは憧れの渡辺氏のプロデュース下でアイドル活動できていることということだろうから、なかなかクリティカルな一言でぶっとんでしまった。
才能にあこがれて無鉄砲に飛び出して才能に焼かれて墜落した、イカロスみたいな話だなぁと思ってしみじみとしてしまった。
俺はこの映画の特にこの二人の対比がすげーよくてそこを中心に感想を書いたけど、このドキュメンタリーには山下百恵というレコード会社のインターン生が「アイドル業界のちょっと外から」オーディションから解散までの騒動を眺めるフレッシュな視線が盛り込まれていたり、この映画の監督がオーディション生を好きになっちゃって落選後にホテルでイメージビデオ取らせてと頼むも、彼女はオーディション同行していたAV監督とホテルに行っちゃってしょんぼりしてその辺の公園で飲んでたギャル2人のインタビュー動画を撮ったり(キモい)とか、当然前半のイカレオーディションパートも面白いし多面的な楽しみ方ができる作品になっている。
あんスタという女性向けゲームがある。男子高校生たちがアイドル育成科のある高校でアイドル目指して頑張るってゲームなんだけど、どうもプレイしてて登場キャラたちが幸せになる未来が想像できない
ストーリーはアイドル物の定番で、一人のアイドルとして、またはアイドルグループの一員としてどうあるべきかに悩んだり、家庭環境や個別の課題について悩みぶつかりながら成長していく様子を描いてるんだけど、登場キャラが男性ばかりなのに妙に女々しい。ていうか女キャラをベースにシナリオを書いて男キャラにすげ替えてるだけじゃないかってさんざん指摘されてる
あとなんか個々のキャラ付けが痛々しい。全員不思議ちゃんの中学生女子みたい。俺の一家は吸血鬼とか言って校内に棺桶を勝手に設置して昼寝してる奴とか、宗教の生き神様として実家で祀り上げられてる奴とか。そもそもなんでお前達アイドル科に入ったんだよっていうような妙な来歴の奴らが多い
で、そんな奴らが家庭環境とか人間関係とか謎にスケールの大きい情勢とかと立ち向かいながらアイドルやってる。いやいやアイドルとして研鑽する前に解決すべき課題があるだろ、デカい事情持ちのくせにやれイベントだー衣装だーダンスだーって言ってる場合じゃないよってついツッコんでしまう
で、冒頭の話になる。そいつらがアイドルとして大成したとして、幸せになる未来が見えない
作中ではじわじわと時間が進んで、高校を卒業するキャラや学年が上がるキャラが出て、こいつらも歳を取るんだなぁと思わされる。だんだん老けて、やがてアイドルとしての活動がキツくなってきた時のキャラ達のことを想像すると気が重くなる。若い時の一瞬を、たとえゲームと言えど消費していいものかと悩んじゃうんだよな
しかもキャラは何十人といる。当然プレイヤーからの人気、不人気も分かれている。不人気キャラとかそもそも30代頃にアイドル続けてられてんのか?とか考え始めるともうヤバい。悲壮感すら出てくる。
女の子アイドルのゲームにそこまでの悲哀は感じない。やっぱり結婚して家庭に入るルートが見えるから将来に分岐があるというか、男性アイドルみたいにバイト掛け持ちしながらアイドル活動みたいな生々しさは想像しなくて済むというか。マジでアイドル以外の職にも就いててほしい。そういう意味ではMマスが良かったんだけどサ終してるし。男性アイドルものは闇を深くしないといけないルールでもあるのか?ファン層がそれを求めているのか?つらい
口座なんか売ったら反社の一員扱いで人生詰むぞって内容に対してこのブコメが人気になるの異常でしょ。
id:cinefuk 荻野稔議員が不正に詐取した銀行口座を半グレ特殊詐欺グループに転売する闇バイトやっても、いま「オタク議員インフルエンサー」としてアイドル活動やれてる訳で、日本は犯罪者に優しい国だと思う(被害者家族の感想 詐欺 オタク 犯罪 Togetter 闇バイト
おぎの自身への是非は置いておくと、
反社に口座売ったりしても荻野の実例のように人生は詰まないぞ!って内容じゃんこれ。
おぎのが悪いって言いたいだけのブコメだろうから是非を抜いたら本質じゃないって話はあるにしてもさ
「口座売っても平然としてる」実例エピソードって明らかに「口座を売っても構わない」の文脈になってるのよ。
この人がブコメ中に「おぎのも人生詰んでればいいのに」的な批判を込めてるなら、口座を反社に売るなって流れに同調する話で不自然じゃないんだが。
しまいには「日本は犯罪者に優しい国だと思う」で〆てるわけで、口座を売っても人生は詰まないぞって内容なのが明らかに強調されるブコメになってしまっている。
この作品の熱烈なファンかと言われるとそんなことはないのですが、なんだかんだ原作、アニメ、ドラマ、舞台版を観たので映画版まで観ておこうという義務感で劇場に向かいました。
映画はめちゃくちゃ良かったです。
ただ、この記事は映画そのものの感想では全くないので、感想が読みたかった方はここで止まってください…。
アイが最後言葉にした「愛」について個人的に感じた違和感、同時に私自身の母親観について気づいたことを書くめちゃくちゃ個人的な文章です。
映画ではアイの母親との暮らしや施設での生活が音や色を持って描かれており、また生前のアイが子どもたちと過ごした日々も(すべてを見ることはできませんが)垣間見ることができました。
アイが死の間際「愛している」と子どもたちに伝えたことは、嘘ではないかもしれないけれど、未成熟な形の愛だったのだろう。と、映画を見終わったときに感じていました。
私にはアイが母親としての責務を果たしていないように見えていました。一部しか描かれていませんが、彼女は娘と息子を見分けられなかったり、1日中アイドル活動をして夜中に帰ってきて朝早くに出ていったりと、実質的な子育てはすべてミヤコさんがしていました。
周囲の献身がなければ崩壊していたことが容易に想像できるアイの子育てを見て、「愛している」という言葉が行動を伴っていなかったと私は感じました。
ただ、一緒に映画を観た夫と感想を話してると、夫は私ほど、彼女の未成熟さや「愛している」という言葉への違和感を感じなかったようでした。話していくうちに、「親の責務」に対する捉え方の違いがあるということが見えてきました。
私は親の責務を「子どもが生きていてよかったと思えるように育てること」だと考えていました。
夫は「それは確かに理想的な形だ」と言いつつ、「最低限の責務としては、少なくとも子どもが大人になるまで、身体が無事に育つことじゃないか」と言いました。夫は、アイが周囲の力を借りていたとしても、子どもが無事に大人になるまで成長できるよう努力していたことに目を向けていました。
会話を通じて、私自身が、母親に対して非常に高い理想を持っていたことに気づきました。私の母は専業主婦で、家族や親戚、周囲の人々のケアに人生の多くを捧げてきました。その姿を見て育った私は、無意識に「母親は完璧でなければならない」「自分の大部分を犠牲にして献身しなければ愛しているとは言えない」と考えていたのだと思いました。
私の母はいつも笑顔で、幸せを見つける名人で、私たち子どもにこの上ないほどのケアと喜びをくれる人なのですが、私が大人になってからは極めて稀に「完璧ではない姿」を見せることがあり、その時私は見てはいけないものを見たような、少し居心地の悪い気持ちになった経験がありました。
しかし、今振り返ってみると、母もまた人間なのだから完璧ではないことが当然で、むしろそういう場面でこそ、戸惑うことなく愛を伝えたいと思いました。
私は、創作作品において「(母親の責務を果たしていないように見えるのに)子どもにとって神格化された母親」の描写を見るのが嫌いでした。
実際には無責任な親であるにも関わらず、子どもが親のことを神格化し、美しく素晴らしい完璧な存在のように描いている構造を見つけると、瞬間的に気持ち悪いと思ってしまうことがありました。
でも、むしろ、私が完璧な母親像を内面化していて、世の中の母親を見るときにその価値観の眼鏡をかけたままだったということに気づいて強く驚きました。(ただ、それはすごく恵まれていて、幸せなことだったと思います。)
その眼鏡を外してみると、アイの母親像はもっと積極的に応援できるものでした。親から愛された記憶のないアイが、一人の人間として、完璧ではなくても、できる限り愛を示し、前向きに生きようとするその姿勢が「愛」だということがすんなり腑に落ちました。
2001年ぐらい、発達障害知的グレーっぽいおっさんをネカマたちが釣っておもちゃにする計画が発生した
実際にそのおっさんがあちこちで女っぽいユーザーに粉かけて害悪だったのではあるが
しかし当時はターゲットになったこのおっさんに憐憫を示す者はいなかった
おっさんはオフ会に招かれ釣りの美少女に接待され有頂天になり顔も名前も裏で晒された上で
ネカマとチャットHしてその内容を晒され、それらを全て暴露されてネットから消え去った
美術館にて、金魚をいれたミキサーを展示し、客が自由にスイッチを入れてもいいという企画が行われた
桑島はその展示会以前にも、金魚が泳いでいる姿、スイッチを入れられた瞬間の姿、その後の姿などを撮影した写真集、
しかしまあ、ああいう世界は叩かれてなんぼ、叩かれることも含めて芸術なので、ネットは大騒ぎだったがそれで展示がなくなったりということはなかった
金魚ミキサー自体はデンマークの有名な芸術家も先にやってるらしい
2003年、JOYと名乗る主婦ブロガーがファミレスで店員と揉め、店員に謝罪させたったと自慢した騒動
その際にJOYの夫が店員を殴ったということまでわざわざ自分で書いていた
当時はまだSNSがなく、2ちゃんねるのネットウォッチ板や生活板で話題になっていたように思う
当時JOYは27歳、個人情報も色々と書いていたためにすぐに顔や名前が特定された
週刊誌SPA!で炎上が取り上げられ、ネットの出来事がすぐニュースになる最近とは違いかなり珍しい事態だった
2004年ぐらい、春名ひとみというネットアイドルがテレビ出演した結果、過去に別名義でAV出演していたことがバレた騒動
彼女はネットでアイドル活動しつつ子供を子役にしており、子供を売り込むための露骨な自作自演書き込みを2ちゃんねるでよくやり、
批判されると本人降臨し自分のファンにも反論書き込みするよう促すなどし、モデル板や育児板に隔離スレが立っていた
主に女性から叩かれている存在だったようだが、「潔癖症すぎるママ」としてテレビ出演したことで女性外にも知れ渡り、AV出演が特定された
2005年ぐらい、素材サイトから画像直リンクする厨房を苦しめるため素材画像をゴキブリ画像にすり替えるのが流行
当時はまだSNSが芽吹き出したぐらいで、個人サイトをつくっている小中学生が多くいた
現代よりも画像のアップロードにハードルがあったため、多くのガキは素材サイトの画像を直リンクして使用し、素材サイトのサーバーに負担をかけていた
そこでネットwatch板の有志が協力し、クソガキをしばきたおすことを目的とした素材サイトを開設
一定期間が断つと素材画像をゴキブリ画像にすり替え、直リンクしていたガキのサイトがゴキブリまみれになるという嫌がらせが行われた
2006年、女性警察官のハメ撮り画像など数千枚がネット流出した
当時はwinny経由でウイルス感染しPC内のデータが流出してしまう「キンタマウイルス」騒動が多発しており、
義父が娘の着替えを盗撮しまくったデータが全流出するという悲劇もあった
原発や自衛隊の内部データ流出もあったが、今でも画像が出回るのはやはりエロ系ばかりだ
多種多様の盗撮やハメ撮りが流れた中でケツ毛バーガーが記憶に残るのは、斜めに横たわった女性の尻からケツ毛がはみ出てる画像がケツ毛バーガーと名付けられたせいだろう
有名な画像は週刊誌にも乗せられたM字開脚画像だが、ケツ毛バーガーと名付けられたのはあれとは違う画像だ
その女性は彼氏にハメ撮りの撮影を許し、彼氏が違法データ取引をやっていたがために全てが流出してしまった
流出前には二人は都道府県をコンプリートしていそうなほどに各地に赴き健全な観光スポット記念撮影も大量にしていた
5ちゃんねるでどこかの地域が話題になると、すっとその地で微笑むカップルの写真を貼っていく者、「この画像は初めて見た」「脱いでる姿しか見たことなかった」と驚く者がいまでもいる
自業自得じゃね?男の方は見るからにDVしそうな要素しかない。チビでヒョロガリのくせにイキってタトゥーだらけ。グループにぶら下がってるだけで自分は何も成し得てないキョロ充。
こんな自分の意思ゼロのスネ夫がおこぼれで金と地位を得たらイキって女殴るに決まってる。
それで案の定殴られたら被害者ポジでぴえんする出来レースのどこに同情できる要素があるのか。
この女を擁護してる奴らはそれ知ってて擁護してんのか?犯罪者が更生しただけで褒められるのは納得できないってネットの奴ら言ってただろ。
まさにこの女がそうじゃん、自分は売春の元締めして何人もの未成年の人生狂わせて金巻き上げたクズがそれを無かったようにアイドル活動して真人間のツラして、同じようなクズにDVされたら今度は被害者ヅラですか。
まぁ前科モンだろうが被害を受けたら被害者には変わりないが、コイツを過剰に擁護する意味がわからん。自業自得だろって話。
そもそもこの女は自分から前科あることを公言してそれを売りにしてるキチガイなんだから、そりゃあそれ相応のクズ男しか近付かないだろ。
トラペジウムがオタクに流行ってるのは一般受けしてないからなんだよなあ。
オタクって「俺の考察凄い!俺だけがこの真実に気づいた!」みたいなの大好きだからさ。
一般受けしてると大物評論家がズカズカ乗り込んでくるし、インタビューとかもしまくってスタッフから答え合わせをガンガン聞き取ってしまうでしょ?
そうすると単にアニメ・ゲーム・漫画をだらだらやってきただけのオタク君の雑で荒い考察なんて無価値になるわけ。
ただ感想を呟くにしても有名レビュワーが次々感想を言ってたらしょーもない雑草オタクの「凄かった(語彙力皆無)」の羅列なんて誰も見に来ないやん?
トラペジウムが今一部で凄い伸びてる最大の理由は、ちょっと掘り進めた考察をしている人の規模が他の作品と比べて圧倒的に少ないからなんだよ。
内容だって関東地方を舞台に架空のアイドル活動をやってるだけだから、一般教養レベルの知識で分析できる範囲。
たとえばこれがウマ娘だったら、登場したちょっとしたキャラの考察に踏み込んだだけで超熟練の競馬オタクが「あの馬はそんなんじゃないんだよ。君みたいな若造は知らないだろうけど、俺の所属してた競馬サークルじゃアイツはマジで伸びるって前々から注目されていたわけ。馬の才能ってのも結局は人間の格闘家と同じでどこまで筋肉をつけられるかなんだけど、そういった筋肉の成長は当時の荒いレース映像しか見れない環境にいる今の子には伝わらないかなあ」みたいな一方的勝利宣言にまみれた意味分かんね―クソリプがビュンビュン飛んできてもおかしくないわけよ。
だけどトラペジウムの場合はそもそもやってることが異常よりのアイドル活動なわけで、これに対してアレコレ言える人の方が少ないからみんなそこまで違いのないレベルで考察をすることになるし、リアルにおけるアイドルがどうなのかと言い出すやつがいても「ゆーてこれは架空のアイドルだし?」でクソリプは論破出来るから、適当考察かましあってキャッキャッしたい今のオタクには都合がいいわけよ。
分かる?
オタクのコンテンツ消費の仕方っていうのは、コンテンツを利用して自分の考察力や消化能力を自慢する行為にこそあるわけよ。
まあこれはオタクに限らず近い所はあるけどね。
山崎パンの皿を何枚集めたかどうかを通じて「自分が如何に普段の食事において好みの味のパンを食べることに固執しているか」みたいなキャラ付けをアッピールしてくるおばちゃんとかおるやろ?
アニメを全部見るとか、ライブに出来るだけ行く、毎シーズンかかさずにスキーに行くだの、俺の釣り道具はこんなにコスパがいいんじゃだの、ちょっとオタッキーな方向に傾いた途端に皆して消費活動を通じて自己顕示欲を満たそうとしてるような行動に出るやん?
つーかな、そういう消費活動を通した自己実現みたいなのがある時期から日本人のトレンドになって、電通に煽られるままに皆テレビと雑誌の奴隷みたいになってたわけよ。
オタクってのも結局はそういった分類の中における分派の一つでしかなく、生活を犠牲にしてアニメや漫画に打ち込むというキャラクター性によって自分が『イカした』奴だとアピールして身内で褒めあってるだけの奴らなわけだな。
そんな連中の中で流行るものってのは、つまる所は「それを消費することによって自分をどこまで着飾れるか」で判断されるわけだよ。
トラペジウムを見て感想を書けば、考察力の高いオタク集団の一員として格好が付けられる。
でもぼっち・ざ・ろっく!で同じことを下手にしたら往年のバンドマンから「いや君ね、浅い知識で雑なこと言いすぎじゃない?虹夏タソハアハァだけ言ってればいいんだよお前程度の雑魚は」って怒られちゃう。
でもトラペジウムなら安心。
だから、オタクはトラペジウムを見て、意味分からん考察を書きなぐりたがる。
分かった?
30人前後によるアイドル活動妨害訴え「オタク一斉出禁のお知らせ」元NMBが手がけたグループ
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202405250001019.html
24 名無し48さん 2024/05/25(土) 09:16:44.73
Party chuuuN!
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翌年2月、センターが態度の悪さやサボり、担当ダンス講師との同棲などで解雇され5人組に
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同月、「もう限界」と2人脱退で3人組に
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同月、2月に「もう限界」と辞めた2人の内の元メンバー1人と、オタクたちが繋がり厄介行為をしているとして元メンバーとオタク30人を出禁&法的措置予告
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