はてなキーワード: 小麦粉とは
綿花が禁輸されたときレーヨンや武器製造で儲けたのは、ドイツ、イギリス、スイスのライセンスを買っていた金持ちの鉄鋼会社と化学会社
化学会社はまず1928年に外国ライセンスをとってレーヨン工場を作り、軍に満洲を侵略させ、経済制裁を被るようにして綿業を破綻させ、首相に国家騒動員法と経済統制法を作らせ、燃えやすいレーヨンを買わざるを得なくした
こういうことを学校で習えない日本人は、日本人女性だけではない
人権を認められてきてない
非国民と言われようと
どこかには国連ぐるみで感染症テロすら起こせる資金と人員がある
つけだれに小麦粉を混ぜて一焼きした肉に塗り、しっかり焼き目を付けることで焼けた味噌の香ばしさも加わり実に美味であった
カナダ産の豚肉を使ったがちょっと微妙だった、焼くと駄菓子のかば焼きさん太郎みたいなパサパサ感に近づく
肉汁がかなり出ていたため焼きすぎの可能性もあるが豚肉だからしっかり焼かなきゃだしなあ…
前に買った時はそんなに悪い感触はなかったんだけど外国産は質の差が大きいのかな~…
そこにダシに醤油を入れ片栗粉でとろみをつけただけのあんをかける
たったこれだけで優しい味わいに焼き目の香りが鼻を抜けてこれまた美味
にんにく海苔スープ、ごま油にスライスにんにくを弱火でテンパリングして水と酒を注ぎ
沸騰したら中華スープの素と醤油を入れ海苔をちぎり入れてカイワレを振ってできあがり
これも鶏ガラとにんにくが溶け合った中に海苔がふんわり香ってしっかりと美味い
しかし!
献立は若干失敗だったな
どれも美味すぎて舌がクドくなってくるんだよね
肉がデロッと味噌で濃い
そこにデロッとしたカボチャ・とろみのついただしあんかけ・味のしっかりしたスープじゃ脳が旨味でパンクしてしまう
今日はカボチャじゃなくてにんじん多めの紅白なますにでもしとけば良かったかな
反省もあるが美味かったのでヨシとする!
最近横浜にオープンした「丸亀製麺」、見た目からして讃岐うどんの聖地・香川県の個人店っぽいブランディングで「打ちたて・茹でたて」を謳っているんだけど、改めて調べたら色々とヤバかったので書く。
「丸亀製麺」といういかにも香川県丸亀市にルーツがありそうな名前、木目を基調とした趣のある内装、「製麺所」という表示。普通に見たら香川の老舗が満を持して横浜に来たと思うよね。でも運営元は株式会社トリドールホールディングスという兵庫県発祥の巨大上場企業。一号店は加古川市。それなのにあたかも「丸亀発祥」のような空気感を出している。これ、ある意味でブランド構築の執念がヤバすぎる。
ウェブサイトにはこう書いてある。「すべての店に、粉からつくる。すべての店に、麺職人がいる」。でも店舗数は国内だけで800店舗以上。「全店」で職人を育てるのは教育コストが最大級に重いはず。もしこれを本気で維持し続けているとしたら、人事研修部門の執念に圧倒される。競合他社が手を出せない「効率の悪さ」を武器にする戦略が詰んでる。
メニューには「釜揚げうどん」が看板として掲げられているが、価格設定が並で300円台(※執筆時)。このご時世、小麦粉も燃料費も高騰しているのに、打ちたての麺をこの価格で提供し続けるのは、競合店に対する無言の圧力としか言いようがない。特に毎月1日の「釜揚げうどんの日」に半額にするのは、もはや価格破壊を超えた何か。
「TOKIO」との共同開発や、季節ごとの「トマたまカレーうどん」の投入タイミングが完璧すぎる。SNSでバズる要素を確実にとらえ、テレビCMとの連動もスムーズ。そのタイミングで横浜の店舗に行くと、いかにも「今食べなきゃ損」な行列ができているのは偶然とは思えない。マーケティング戦略が正面衝突不可避の強さ。
映え目的以上に、客の目の前で麺を茹で、天ぷらを揚げ、出汁を注ぐ演出をやっている。湯気が立ち上る中で「揚げたてです!」と差し出される野菜かき揚げのサイズ感。これをトレイに乗せると、うどんの器を侵食するレベルでデカい。食べ盛りの子供や誘惑に弱い大人には、摂取カロリー的な意味で普通にリスクがある。
「外食アワード」などの賞を何度も受賞しているが、これは業界内での圧倒的なシェアと成長率が評価された結果として知られている。単なる「うどん屋」の枠を超えて、日本食インフラとして君臨しようとする姿勢はちょっと次元が違う。
ドゥル天(どぅるてん)は、タイモを使った沖縄県の揚げ物料理。ドゥルワカシーに衣を付けて揚げることで作る[1][2]。ひらがなで「どぅる天」とも書く。沖縄県の郷土料理だが、その歴史は新しい。
ドゥル天とは、ドゥルワカシー(泥沸かし)の天ぷら、という意味である。ただし、通常の天ぷらのように小麦粉と卵を使った衣が使われるわけではない。発祥店のうりずんでは、元々は素揚げをしていたが[3]、その後はコロッケと同様にパン粉を衣に使うようになっている[3]。片栗粉を衣に使う場合[2]など、ほかにも様々なバリエーションがある。
ドゥルワカシーは琉球王国時代からの伝統料理で、南西諸島のタイモ(田芋)や芋茎に、だし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶして作る、キントンのような食感の料理である。
昭和52年(1977)年ごろのある日、那覇市の琉球料理店「うりずん」で、料理人が、売れ残ったドゥルワカシーをもったいないと思い、これをコロッケのように丸めて油で素揚げにしたところ、店主やスタッフに大好評で、まかないやおやつになった。その後、素揚げではなくパン粉を使った衣揚げに改良。その存在が店の客にも知れ渡り、裏メニューとして提供したところ大好評となったため、「うりずん」の定番メニューに格上げされた。それが広まり、現在では全国各地の沖縄料理店でも提供されるようになった[3]。
https://fun.okinawatimes.co.jp/columns/gourmet/detail/8400
ルーツはどこ
Vol.2 ドゥル天
2回目は、居酒屋の定番メニューとして知られる「ドゥル天」がテーマ。沖縄の伝統料理、「ドゥルワカシー」をルーツに持ち、那覇の老舗居酒屋で誕生したドゥル天の魅力や誕生のきっかけなどを探ります。
ドゥル天の誕生は、那覇市安里の居酒屋「古酒と琉球料理うりずん」(以下、うりずん)が定説となっている。まずは、うりずんについて紹介する。
うりずんは、昭和47(1972)年8月15日那覇市安里で創業。創業者は後に「古酒の番人」とも呼ばれる土屋實幸さん。土屋さんは泡盛にこだわり、当時沖縄にあった57泡盛酒造所の泡盛をすべてそろえて営業を始め、今では東京にも支店を持つなど全国的な知名度を誇っている。
残念ながら土屋さんは2015年に亡くなっているため、ドゥル天誕生について店長の下地信幸さんに聞いた。
「当時はウイスキーが人気だったので、泡盛を飲む人はごく少数でした。そのため、開店後数年はお客さんがほとんどいなかったようですよ」とのこと。今では考えられないが、実はこのことがドゥル天誕生のきっかけとなった。
昭和50(1975)年から約5年間、うりずんでアルバイトをし、現在、泡盛百年古酒元年理事長を務める知念博さんによると、うりずん初期のメニューは、沖縄料理が6~7品セットになった『うりずん定食』のみ。ジーマーミ豆腐、ラフテー、豆腐ようなどで、その中にドゥルワカシーも入っていたという。
「当時はお客さんが少なかったから料理が余ってしまい、田芋を使ったドゥルワカシーは日持ちしないため廃棄処分になる。ある日、もったいないと思った料理人がコロッケのように丸めて油で揚げたところ、土屋さんやスタッフに大好評で、まかないやおやつに。その存在がお客さんに知れ渡り裏メニューとして提供したところ、次々と売れたため、定番メニューに格上げしました」
昭和52(1977)年頃の出来事という。ドゥルワカシーをてんぷらにしたから「ドゥル天」と名付けられたその料理の人気に火が着くとともに、うりずんも繁盛。今日の礎を築くこととなった。
ドゥル天648円。例えるなら田芋のコロッケだが、ずっしりと重く存在感がある
「180度の温度で約5分ほどで揚がりますよ」と調理を担当する糸洌朝徳さん
ドゥル天の元となったドゥルワカシー540円
糸洌さん(左)と下地信幸さん
もととなるドゥルワカシーは、琉球王国時代から続く伝統料理のひとつ。田芋や芋茎にだし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶす、手間のかかる一品だ。形状はキントンに似ているが、粘りがとても強く、また田芋のほのかな甘味に加え、シイタケなどの素材の風味が口の中に広がり、酒肴としても十分成立している。
ドゥル天は、かつてはドゥルワカシーをそのまま丸めて揚げていたが、現在ではつなぎにパン粉を使ってフライに。そのため表面はサクッと香ばしく、中はドゥルワカシー同様、田芋特有の密度が濃いモッチリとした食感だ。30年以上にわたり、うりずんで調理を担当する糸洌朝徳さんは「1日11キロ(約60食分)揚げたことがある」と胸を張った。
当時を振り返る知念博さん
098‐885‐2178
無休
もったいない精神から生まれた「ドゥル天」。令和の時代も変わらず愛され続けてほしい(^^♪
本日の報告は以上です
同じ¥500が二つに分岐する瞬間がある。
松屋のカウンターで券売機のボタンを押す¥500。配信のチャット欄でスーパーチャットを送る¥500。前者は340kcalの熱量に変わり、胃に届き、数時間後に消える。後者は配信者の口から自分のハンドルネームが発声される3秒間に変わり、鼓膜に届き、数秒後に消える。
どちらの¥500も、使われた瞬間に消滅する。だが消滅の仕方が違う。牛丼の¥500は何に変わったか説明できる。スパチャの¥500は説明できない。
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この説明不能性には技術的な根拠がある。スーパーチャットは感情を整数に変換するプロトコルだが、仕様にセマンティクスの定義がない。
SUPERCHAT_PACKET {
amount: uint32 // defined
message: utf8[] // defined
color: enum[7] // defined
intent: ??? // UNDEFINED
}
intentフィールドが未定義のまま本番に出た。¥10,000は「愛している」かもしれないし「暇で金がある」かもしれないし「このチャットを支配したい」かもしれない。プロトコルは区別しない。金額は意味の非可逆圧縮であり、復号アルゴリズムは存在しない。
牛丼にはこの問題がない。¥500=並盛一杯。intentフィールドは「空腹の解消」でほぼ確定している。食欲は意味の不確定性を持たない。だから誰も牛丼を買う行為に怒らない。
投げ銭文化への反発は、金額が高いから起きるのではない。intentが未定義のまま可視化されるから起きる。¥500という数字が見えた瞬間、親密さに度量衡が発生し、度量衡を持った親密さは牛丼と比較可能になる。比較可能になったものは聖域ではない。「最初から聖域など無かった」という事実が、牛丼一杯分の数字で証明されてしまう。
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1517年、ドミニコ会士ヨハン・テッツェルは贖宥状を売った。金を払えば煉獄の年数が短縮される。罪の赦しに値段がついた。マルティン・ルターは激怒した——恩寵に値段をつけるなと。
INDULGENCE v1.0 (1517) SUPERCHAT v2.0 (2017) medium: coin medium: JPY/USD message: prayer request message: utf8[] minister: priest minister: streamer grace: years_off_purgatory grace: seconds_of_recognition
パケット構造が同一であることは偶然ではない。どちらも「値段のつかないはずのもの」に値段をつけるプロトコルだからだ。テッツェルの贖宥状は神の恩寵を、スーパーチャットは人間の承認を、それぞれ通貨単位に変換する。そしてどちらのプロトコルにも、intentフィールドが未定義のまま残されている。
だがテッツェルの実装と現行のスーパーチャットの間には、一つの決定的な差異がある。テッツェルには料金表があった。身分と罪の重さに応じた価格が事前に定まっていた。スーパーチャットにはそれがない。「あなたが決めなさい」と言われる。会衆が自分で恩寵の値段を設定する。
歴史上のどの教会もこれをやらなかった。人間は自分の救済にいくら払うべきかを決められないからだ。
料金表の不在が、牛丼を度量衡として召喚する。公式の基準単位がない以上、会衆は自力で換算表を発明しなければならない。ある者は牛丼で測り、ある者は時給で測り、ある者は「推しの笑顔何秒分」で測る。全員が異なる度量衡を使って、同じ恩寵に値段をつけている。バベルの塔の崩壊後に、全員が異なる言語で同じ神に祈っているようなものだ。
そして隣の席の人が¥10,000を投げる。わたしは¥500。牛丼一杯分。わたしの信仰は隣人の20分の1なのか。この比較が可能になること自体が地獄である。テッツェルの料金表は残酷だったが、少なくとも比較の苦痛からは解放していた。全員が同じ表を見ていたから。
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カトリック神学の核心に聖体変化(transubstantiation)がある。パンとワインの外見——偶有性——はそのままに、実体(substantia)がキリストの肉と血に変わる。見た目はパン。本質は神。
スーパーチャットでは逆の変容が起きている。¥500の偶有性は経済的取引そのものだ。通貨単位、決済システム、プラットフォーム手数料率30%。だが送信者にとっての実体は牛丼を離れている。それは承認の要求であり、匿名性からの脱出であり、ときに悲嘆の放送であり、ときに愛の宣言である。牛丼の偶有性を保持したまま、実体が非経済的な何かに変容している。
投げ銭批判者は偶有性を読む。「¥500は¥500だ。牛丼だ。取引だ。搾取だ。」
投げ銭擁護者は変容後の実体を体験している。「金額の問題じゃない。気持ちだ。」
聖体論争 (16世紀) カトリック(実体変化説): 実体は変化し、偶有性は残る → パンは肉である ルター(共在説): 実体は共存し、偶有性は残る → パンの中に肉がある ツヴィングリ(象徴説): 実体は不変、偶有性も不変 → パンはパンを表すのみ 投げ銭論争 (21世紀) 送信者: 実体は変化し、¥500の偶有性は残る → ¥500は愛である 穏健派: 実体は金銭と共存する → ¥500の中に愛がある 批判者: 実体は不変、金は金のまま → ¥500は牛丼のままである
批判者のポジションはツヴィングリの象徴説と構造的に同型である。パンはパンだ。¥500は牛丼だ。そこに超越的な何かが宿ると信じるのは幻想にすぎないと。
だが配信者がハンドルネームを読み上げた瞬間、送信者の体に起きていること——心拍の微細な変化、ドーパミンの放出、名前を呼ばれたという事実の身体的登記——は、幻想では説明がつかない。何かが起きている。偶有性の内側で。だがそれが「何」であるかは、原理的に、外部から観測できない。
だからこの論争には決着がつかない。500年前と同じく。
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配信者は司祭職を選んでいない。プラットフォームが収益化を有効にした瞬間、叙任が起きた。ダッシュボードの「収益化」トグルをONにすること、それがこの時代の按手礼である。テッツェルは少なくとも自分が贖宥状を売っていることを知っていた。現代の司祭たちにはその自覚がない。彼らは読み上げという秘跡の執行を通じて承認という恩寵を発行している。Ex opere operato——事効的に。執行者の内面に関係なく、プロトコルが走れば恩寵は発行される。
会衆の側でも制度化は進む。常連が生まれ、ハンドルネームが記憶され、内輪の典礼が形成される。奉仕(切り抜き、ファンアート)がある。教義(推し文化のコード)がある。異端審問がある(「あいつはガチ恋勢だ」)。破門がある(BAN)。殉教者がいる(炎上して垢消しした古参)。
投げ銭文化への反発が最も激しくなる瞬間は、金額が高い時ではない。コミュニティが自分たちを教会だと気づきかけた時だ。気づきかけて、その認識を拒否する力が反発として噴出する。「いや、これはただの趣味だ」「推しているだけだ」「宗教じゃない」。否認の強度がそのまま、構造的同型性の証拠になっている。
初期キリスト教の信者たちも自分たちを「教会」とは呼ばなかった。エクレシア——集会——と呼んだ。ただの集まりだと。
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¥500が牛丼でありかつ愛であるという命題は、パンが小麦粉でありかつ神の肉体であるという命題と同じ構造を持ち、同じ検証不能性を持つ。スーパーチャットのintentフィールドは未定義のままであり、聖体の実体が変化したかどうかを外部から観測する手段は存在せず、料金表は永遠に再発行されない。
この不確定性は投げ銭に固有のものではない。すべての価格決定に潜んでいる。ただ、スーパーチャットの¥500はそれを素手で触れるほど近くに引き寄せた。牛丼一杯という、誰にでも分かる度量衡を使って。
できないまま、¥500は今日も飛ぶ。松屋に向かう¥500と、チャット欄に向かう¥500。同じ硬貨の表と裏のように。片方はカロリーに変わり、片方はintent未定義のまま、どこかの配信者の唇を通過して、消える。
小麦粉溶いた水を入れて耳付きにすればいい