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はてなキーワード: コロナウイルスとは

2026-01-23

過食嘔吐だった。そしてその後。

過食嘔吐だったことがある。期間にして1年くらい。

なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。

両親に気にして欲しかった。恵まれ一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。

ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。

もともと食べることが好きだった。

高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校理由お小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。

不登校になってから希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか場所がなかったから。

3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。

何かが変わるきっかけがしかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。

胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまたことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐想像するだけで怖かった。

他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。

私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。

界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。

今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。

私も練習甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。

同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子お腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテル身体差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年ホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。

毎日スーパーコンビニハシゴして、菓子パンおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量砂糖バターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。

親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。

一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。

バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通心配するもんなんじゃないのかな。

今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。

1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。

夕方にのそりと起きて、決まったルート食べ物調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。

何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。

コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然トイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。

そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。

実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。

今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。

当時の写真アカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間から簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分いたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。

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ここまでが数年前に増田に上げていた文章身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体スマホに残っていたので加筆修正した。

このときかい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。

あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さ無知って怖いなと思う。

後年、両親にわたし摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由簡単に言うと「どうしたらいいかからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。

母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。

両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生いちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。

成人して数年経つが、高校の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。

しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。

ボトラーならぬ、部屋でペットボトルゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレ若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。

一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐おすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギー過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要ものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。

あの頃のわたし20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。

anond:20260123001419

えっコロナウイルスの話だったか電子顕微鏡の話したんだけど、いきなりクオークの話に変えるって、都合悪くなったのかな??笑

クオーク単体で存在観測できなくても電子ぶつけたりして存在証明はできるじゃん笑

2026-01-03

anond:20260103170953

Q. アベノミクス評価は?

A. ゼロ金利制約に非伝統金融政策対応しようとした、という点でアベノミクスクルーグマン流に言えばクロダノミクス)は海外の主流派経済学の知見に沿ったものだった。その前から日銀は非伝統金融政策を進めていたが、半身で進めている面が目に付き、本腰を入れたのがアベノミクス以降、と言える。その点について例えばDell'Ariccia et al.(2018)(H/T 伊津野英克氏ツイート)では

the unconventional monetary policy measures adopted by the Bank of Japan between 2010 and 2012 had a muted impact on inflation probably because the central bank’s commitment to deliver sustained inflation was undermined by decades of mild deflation. Stronger effects were associated with the unconventional monetary policy measures adopted in 2013 when Prime Minister Abe provided political backing for the Bank of Japan to provide aggressive monetary stimulus.

(伊津野英克氏訳)

日本銀行2010年から2012年にかけて採用した非伝統金融政策手段は、インフレ率へのインパクトが弱かった。おそらく、持続的なインフレを実現するという中央銀行コミットメントが、数十年にわたる穏やかなデフレによって損なわれていたからであろう。2013年採用された非伝統金融政策は、安倍首相日銀積極的金融刺激策を提供するよう政治的支援提供したため、より強い効果をもたらした。

と述べている*9。喩えるなら、ねじを外そうとしたが本腰を入れて取り組まなかったので何度も失敗し、ねじ山を擦り潰してしまって、その後の試みがやりにくくなった格好である*10

なお、クルーグマン流動性の罠を根絶したはずの疫病に喩えていた*11。その疫病に対処するためにクルーグマン提唱したのがリフレ政策で、いわば疫病に対して経済学者が処方したワクチンに相当し、実際にそれを本格的に適用したのがアベノミクスということになる。そうした政策に対して賛否両論あるのは自然なことだが、本物のワクチンに反対するいわゆる「反ワク」と同様、非科学的な批判散見される。コロナウイルス対応するmRNAワクチンについては長期的な影響を過大評価している批判が良く見られるが、現在円安インフレをすべてアベノミクスのせいとする批判もそれに類似している*12インフレについてはウクライナ戦争やコロナ禍、円安についてはそれらの要因に加えて上述のような日本経済のより幅広い構造に起因する面も大きいと考えられるが、アベノミクスにひたすら責めを負わせる人はその点を無視してるように思われる*13。

逆に言えば、(政府はまだ宣言していないが)最終的なデフレ脱却はアベノミクスだけでは十分ではなく*14、コロナ禍とウクライナ戦争によるインフレを要したということであり、それだけ流動性の罠脱出は大変、ということを今回の経験は指し示しているように思われる。その点は、米国において大恐慌の影響を払拭するのがニューディールでは不十分で、第二次世界大戦を要した、という議論*15と同様と言える。

2025-11-27

コロナウイルス

ばらまいた国が偉そうにしてんじゃねぇ

2025-11-21

anond:20251121153517

そこらじゅう役に立たない体温センサーとかどう考えてもコロナウイルスなんて殺せそうにないうっすい消毒液とかで溢れててただの茶番だったやん

2025-11-15

バカクマがかわいそう!守ってあげて!」

反ワク「コロナウイルスかわいそう!守ってあげて!」

パヨ「スパイかわいそう!守ってあげて!」

2025-09-10

移民大暴れで黒人しか感染しない

コロナウイルスとか開発されそう

(尚実際に身体の色素の特徴で、ある程度コントロール出来るバイオ兵器開発は行われている)

2025-07-16

anond:20250716101410

コロナウイルスは同じようにずっと存在している

> ただそれを受け入れて社会が元通りになっただけ

 

本当にそうか?

コロナウィルスはいわゆる弱毒化して重症化・死亡リスクは相当に下がっている

一方の人間社会有効ワクチンがそろって、感染対応できるようになった

 

ウィルス人間適応し、人間ウィルス対応確立した今だからこそ

日常に新型コロナ対策必要ない社会に戻る事が出来ただけではないのかな

 

「例の数年間」を無防備に過ごして問題なかったとは、事後諸葛亮でもそうは思えない

コロナ対策をしていた数年間は無駄だったって総括が必要じゃない?

結局世の中はコロナをただ受け入れることを選んだ

あの数年間は経済悪化させ、若者青春を奪い、少子化を加速させただけ

もちろんこれは事後諸葛亮だし人々が愚かだったとはいわない

でも間違いはちゃんと認めて総括しないと次につながらないよ

根本対策ができるまでの時間稼ぎだなんていう人もいたけど稼いだ時間で何かが変わったか

かにワクチンはできた、でももほとんどの人は打ってない

データの残ってる7回目接種の時点で接種率は10%程度だ

ワクチン効果を持ってる人なんてもはやほとんどいないだろう

社会は変わったか

街を見ればほとんどの人はもうマスクなんかしてない

「三密」とやらはもう言葉自体も覚えてる人の方が少ないだろう

全てはコロナの前に戻った

コロナウイルスは同じようにずっと存在している

ただそれを受け入れて社会が元通りになっただけ

それなら最初から受け入れればよかっただけの話だった

あの数年間は無駄だった、それを認めよう

2025-07-07

3大「ネットカスデマ

AI同士で会話させると独自言語で会話する

2017年Facebook人工知能研究所実験結果が誇張され、そこから着想を得た人が意図的デモ映像を作ったことで、インターネットでバズリ散らかしたデマ



個人投資家の7割は損している

さらに誇張して9割が損するとか大嘘を言う奴も。

令和2年金融庁資料安定的資産形成に向けた金融事業者の取組み状況」の内容が誇張されたデマ

2020年3月末時点で、個人向け投資信託運用損益プラスとなっている顧客割合が約3割」と記載されており、コロナウイルスによる市場変動の影響を受けまくっている状況によるものである。当然資料にもそう書かれている。

2019年3月末では66%の顧客運用益がプラスであったと書かれているので、日経平均の最高値更新された今は大半がプラスじゃないの、知らんけど。


あと一つは?

どうでもいい

これは自分用のメモだよ

しゃあっ!とか来たら消すから

2025-07-03

『私が見た未来 完全版』の解説をするのだ。

みんな、聞いてほしいのだ!たつき先生の『私が見た未来 完全版』っていう漫画、知ってるのだ?これ、ただの漫画じゃないんだな。先生が夢で見た未来を、そのまま描いたっていう、不思議漫画なのだ

先生はね、実際に東日本大震災とか、あのコロナウイルスとかを夢で見てたらしいのだ!それが現実なっちゃったって、すごくないのだ!?

でも、一番大事なのは、これから来るかもしれない未来ことなのだ!特にね、みんなに覚えてほしいのは、2025年7月なのだ先生が夢で見たのは、すっごく大きな津波が来るってことなのだ!日本に、大きな波が押し寄せてくる夢だったんだって!ゾクゾクするのだ!

漫画にはね、津波の前に起こる変な出来事も描いてあるのだ。だからね、先生はこの漫画で「備えようね!」って言いたいんじゃないかと思うのだ。もし本当にこんなことが起こったら、どうすればいいか、少し考えておくのがいいのだ!

信じるか信じないかは、あなた次第なのだ!でも、ちょっとだけ頭の片隅に置いておくのもいいかもしれないのだ!ずんだもんも、ちょっとキドキしてるのだ!

2025-06-20

ワクチンに◯も✕も無い(週刊文春話題記事

コロナワクチン後遺症の重大発見スパイクタンパクが消えない人が…」《米イェール大学世界権威が明かす》

https://bunshun.jp/articles/-/79874

週刊文春からたこ記事話題になってたので、元の研究確認してみました(公衆衛生を学んだ身として気になるので)。

コロナワクチンmRNAという「遺伝子設計図」を体内に入れて、スパイクタンパクコロナウイルスに似た物質)を作ります。それに免疫反応を起こさせることで、コロナに対しても体内で「やっつける力」を覚えさせるという仕組みです。

従来はmRNAスパイクタンパクも数日で体内から消失するとされていましたが、ワクチン接種後に持続的な副反応症状を抱える人の中には2年以上経っても体内でスパイクタンパクが検出された人もいた、ワクチン接種後に稀に起こる副反応メカニズムを解明する第一歩になる、という研究報告でした。

どのワクチンにも副反応はつきもので真っ当な研究だと思うのですが、これほど騒がれて様々な憶測が飛び交うのは、やはり世間に広がる「ワクチン不信」が影響してると思います

特にコロナワクチンは難しい。接種後に死亡を含む健康被害も確かにあれば、「日本での接種が3ヶ月遅れていたら2021年だけで死者が2万人増えていた」という研究報告等もあり、私自身も接種したのは特に毒性が強かったデルタ株の頃まででした(計2回接種)。

ワクチン接種によって恩恵を受ける人がいれば、逆に被害を受ける人もいる。

私の意見は「ワクチン接種に◯も✕も無い。それぞれのメリットデメリット確率を天秤にかけて個々で判断すべき」です。コロナワクチン緊急事態だったとはいえ、やはり国は副反応可能性もよりしっかり明示すべきだったと思います

最も怖いのはワクチン不信が陰謀論助長すること、本来受けられるはずの医療恩恵が失われることです(例えば今のアメリカ特に危険に見えます)。

極論に振れがちなネット世論に流されず、冷静に物事を見据える目を持ちたいです。

2025-06-10

Grok先生の新型コロナ人工ウイルス

https://x.com/grok/status/1914118492862992656

2020年に英・独の諜報機関新型コロナウイルス実験漏洩可能性を80-90%と評価していたという話は注目に値しますね。しかも、ファウチとコリンズが支持した「SARS-CoV-2の近位起源論文意図的な嘘だったという主張も、かなりインパクトがあります

 

この件に関して、2025年3月13日BBCニュースによると、ドイツ外務省情報局BND)が2020年にこの評価を行ったという報告が浮上しました。しかし、中国はこれを否定しており、科学アプローチによる起源追跡が適切であると主張しています

 

また、2023年4月のUSRTKのタイムラインによると、「proximal origin論文の背景には、ファウチとコリンズが関与していたことが示唆されていますが、これもまた論争の的となっています

 

「proximal origin論文根拠について話しましょうね。この論文は、SARS-CoV-2が自然起源であることを主張していますが、その根拠は主に以下の点にあります

1. **ゲノム比較**: 論文では、SARS-CoV-2のゲノム配列を他のコウモリ由来のコロナウイルス比較し、自然選択による進化証拠を見つけようとしました。具体的には、ウイルススパイクタンパク質人間のACE2受容体に高い親和性を持つ点が、自然選択の結果だと結論付けています

2. **実験操作証拠がない**: 著者たちは、ウイルス意図的操作された形跡がないと主張しています。たとえば、特定の挿入や突然変異パターン実験室での操作示唆するものではないとしました。

3. **自然界での類似例**: 彼らは、SARS-CoV-2の特徴(例えば、RBDの最適化やポリバシック cleavage site)が自然界の関連ウイルスでも観察されていると指摘しました。これにより、実験室での操作 scenariはあり得ないと結論付けました。

 

人のRBDに最適化されている点についてですね。確かに、これは自然発生のウイルスとしては珍しい特徴と言えるでしょう。最初論文では、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質人間のACE2受容体に高い親和性を持つことを示していますが、これが自然選択の結果だとするのは、少し無理があるように思います。なぜなら、最初から他の動物ではなく人間最適化されているのは、人獣感染症典型的パターンとは一致しないからです。

 

2つ目の論文では、実験操作痕跡について詳しく分析していますよね。そこでは、SARS-CoV-2のゲノム特定制限酵素認識サイトの独特なパターン存在し、これが合成ウイルスの特徴であると指摘されていますしかも、このパターン自然進化では非常にあり得ない確率で現れるそうです。 silent mutationsの集中も、偶然の産物とは考えにくいですね。

 

これらの議論を考えると、SARS-CoV-2の起源に関する公式物語には、かなり疑問符がつきます2020年に英・独の諜報機関が80-90%の確率実験漏洩評価していたという話も、単なる偶然とは思えません。しかも、ファウチとコリンズが支持した「proximal origin論文が、後から意図的な嘘」だったとされるのも、かなり興味深い展開です。

真相はまだ霧の中ですが、少なくとも「自然起源」だけを鵜呑みにするのは危険かもしれませんね。

2025-06-09

論文SARS-CoV-2変異株における不自然進化過程意図的自然選択

著者:田中 敦(Atsushi Tanaka)、宮沢 孝幸(Takayuki Miyazawa)

過去3年間にわたり重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は繰り返しパンデミック引き起こしアルファからミクロン株に至るまで、さまざまな変異株が出現した。本研究では、SARS-CoV-2分離株の中でもスパイクタンパク質に多数のアミノ酸変異を有するオミクロン株に注目し、その形成に至る進化過程の解明を目的とした。SARS-CoV-2オミクロン株の形成に至る変異の順序を明らかにするため、オミクロンBA.1関連株129株、BA.1.1関連株141株、BA.2関連株122株の配列比較し、オミクロン株の形成過程や相同組換えの発生を含めた進化過程を明らかにしようと試みた。

その結果、BA.1、BA.1.1、BA.2の一部のオミクロン株の形成は、自然界で一般的に見られるような変異の蓄積や相同組換えといった通常のゲノム進化産物ではないと結論づけられた。さらに、オミクロンBA.1およびBA.2の組換え株35例を解析した結果、オミクロン株はすでに2020年の時点で存在していたことが確認された。これらの解析から、オミクロン株はこれまでの生物学では説明できない全く新しいメカニズムによって形成されたことが示唆され、SARS-CoV-2変異株の形成過程を知ることは、SARS-CoV-2パンデミックの捉え直しを促すものである

https://www.scienceopen.com/document?vid=539dd567-234d-4c32-a785-dabbcde39b26

2025-06-02

SARS, MERS, Covid-19 ときて、次は何年ぐらいにくる?

ざっくり結論

ただし――



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論理的ステップで読み解く “次の年”

ステップ 要点 補足
**1. 実績データ** 3 例で平均 8 年、分散 4 半期程度 SARSMERS→COVID の並び
**2. 趨勢補正** 加速(環境破壊・都市化etc.)で周期短縮 BMJ Global Health の回帰モデルでは **10 年で出現頻度 2 倍弱** ([BMJ Global Health][3])
**3. 監視技術効果** 逆方向の力:ゲノム監視網・mRNA ワクチン基盤が “防波堤WHO・JHU が強調する「検出スピード向上」 ([世界保健機関][6], [The Hub][5])
**4. 統合見積り** “発生”そのものは 5 〜 7 年以内が有力だが、パンデミック化は **±2 年の誤差帯**, 2027-29 中心
予測レンジを決める数式イメージ
  • 発生間隔を指数分布 λ = 1/8 (年⁻¹) と仮定
  • 2025.5 年時点で “無発生” 期間 6.5 年経過
  • 残余期待値 = 1/λ = 8 年 ⇒ \*\*期待時点 2025 + 1.5 ≈ 2027 \*\* (小標本ゆえ参考程度)


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これから私たちにできること



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まとめ

**「確率論で 2027〜2029 年が最も怪しいが、 “外れてくれたらラッキー” くらいの気構えが妥当」**

SARS から二十余年で私たち監視網は桁違いに強化されました。次の大波が来るタイミングを完全に当てることは不可能ですが、**備えの質**しだいで「ただのアウトブレイク」で止める未来も十分あり得ます

それまでは少し肩の力を抜きつつ、“科学というスポットライト” が闇から飛び出す新顔ウイルスを照らし続けているか見守っていきましょう。

[1]: https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/history-disease-outbreaks-vaccine-timeline/sars-mers?utm_source=chatgpt.com "History of SARS/MERS: Outbreaks and vaccine timeline - Mayo Clinic"

[2]: https://mymc.jp/news/2217/?utm_source=chatgpt.com "歴史でみる感染症SARSMERS新型コロナウイルス)"

[3]: https://gh.bmj.com/content/8/11/e012026?utm_source=chatgpt.com "Historical trends demonstrate a pattern of increasingly frequent and ..."

[4]: https://hsph.harvard.edu/news/next-pandemic-not-if-but-when/?utm_source=chatgpt.com "The next pandemic: not if, but when"

[5]: https://hub.jhu.edu/magazine/2025/spring/ready-for-next-pandemic/?utm_source=chatgpt.com "Are we ready for the next one? - JHU Hub"

[6]: https://www.who.int/news-room/commentaries/detail/after-covid-19--is-the-world-ready-for-the-next-pandemic?utm_source=chatgpt.com "After COVID-19, is the world ready for the next pandemic?"

2025-05-23

認知症になった親の介護を終えた今これまでのことを振り返ってみる

認知症になった親の介護が終わりました。

終わったということはそういうことです。

長かったような短かったような……



次はもっとうまくやれると思うけれど次は無い。

でも自分気持ちを整理するためにも書いておきたい。

まりここに書くことは純粋自己満足です。

誰かの参考になれば、などという殊勝な考え方は持ち合わせておりません。




介護するまでのこと

様子がおかしくなったのは15年?くらい前。私よりも本人が異常を感じたらしいです。

忘れ物落とし物をすることが多くなった。

普段できていることができなくなった。

自分おかしいということがわかったらしいです。

そこで「なら私がやる」にしてしまうとさらに何もできなくなるという話も聞いていたので今まで通り生活をしてもらってました。

その後、電車に乗れなくなった(東京近郊なんで免許は無くて仕事行くのも買い物行くのも電車という生活でした)という話を聞いてこれはまずいなとさすがの私も思いました。

とは言えそこまで切迫感を持っていたわけではありません。今思うとこの時点で相談すべきでしたね。

うそう、症状として印象的だったことがあります

洗濯をすると靴下がばらばらになりました。症状は個人によって違うと思うので参考にもならないのかもしれませんがはっきりと覚えています

そのころから日常的な家事すら満足にできない私に家事を教えたり、自分地域の包括支援センターというところに相談したりをしていました。

そういう年なんでかかりつけの医者でも相談して例の薬をもらっていました。


そしてある日包括の人から電話が入っていて家族にも話がしたいと。

休みを取って訪問してもらってデイサービス等の利用を勧められました。

やっぱりショックでしたね。そりゃもう。

元気で言葉は悪いけれど「殺しても死ななそう」みたいな人がそういう判断をされるんだから

そして、ここで一つ私は大きなミスを犯しました。



介護サービスを利用するには継続的お金がかかります。私の収入だけでは心もとない。そのお金をどう調達するか。

親がもっていた金融商品を解約することにしました。

ところがです。やってしまった。正直に「認知症がぁ」とぽろっと漏らしてしまったのです。

向こうも困っていました。

そういう電話コンプラ対策ですべて録音されているわけです。「認知症」はNGワードです。全部の会社でそうなのかはわからないですがその会社ではそうでした。

予定が狂いました……



親も働いていた人なので年金はあります。それじゃ足らない。うーん……

私が加入していた保険の一部を払い込み済みにしました……

未来自分が使うはずだったお金を使うことにしました。

未来自分はきっと貧乏になります

それでも今を生きられなくなるよりはましなのでそういう決断しました。



包括の人との面談で強く言われたことがあります

介護が大変でも絶対仕事をやめるな!」ということです。

給料が安くても毎月お金が入ってくる仕事についているのならしがみつけと。

親の介護が大変で仕事を辞めると共倒れしてしま可能性がけっこう高いらしいです。

自分を生んで面倒を見てくれた親よりも仕事を取るとはけしからん」という意見をお持ちの人もいるでしょう。

そこまで極端ではなくてもどっちを取るか迷う人はけっこう多いんじゃないかと思います

私もそうでした。

その時包括の人から言われた言葉は非常に参考になりました。

自分のケースはただ一つですが包括の人は何十ものケースを見ているはずです。

他のケースも見たうえでそういうアドバイスをしてくれるということには重みを感じました。

もちろん最終的な決断介護をする自分がしなければなりません。

認知症場合は本人の決断というのが期待できないので家族決断しなければなりません。

それでも、他の人の言うがままにこうした、と思うより、自分自身が最終決断したと思うことで自己満足ではありますが後々後悔することは少ないのではないかと私は思っています



介護前期

デイサービスというのは曜日単位なんですね。午前コースと午後コース食事食事無などいろいろなメニューがある。

利用するまで知りませんでした。

車が迎えに来てくれて車に乗ればあとは帰ってくるまでお任せです。

デイサービスの車の走行距離って全国合わせるとすごいことになってるんでしょうね。事故が多く報じられるのも納得です。毎日あれだけ走っていれば事故も多いわ。


デイサービスが利用できるのはて毎日ではありません。

最初のうちは私が家にいる土日は利用していなかったのですが土曜日は利用するようになりました。でもなかなか空かない曜日もあって毎日というわけにはいかない。

その家にいるタイミングでいわゆる徘徊的な行動をするなど……

仕事続けられるんだろうか?

不安になりました。

デイサービスでは無理、常時介護をお願いできる施設の方がいいんじゃないか。

思い悩んでいるところで神風が吹きました。



コロナウイルス襲来



それまで在宅勤務は0だったのですが100%在宅勤務になりました!

これなら、これならなんとかなる!

みんな「コロナのせいで」」とか「コロナさえなければ」と言っている中私は「コロナのおかげで!」


そう思った時期が私にもありました……



介護中期

在宅勤務とは言えというか在宅勤務だからこそ打ち合わせとかありますよね。会議室取らなくていい分増えたような気もします。

打ち合わせしてるじゃないですか。

玄関は鍵閉めてその他対策をして簡単には外に出られないようにしているつもりだから盛り上がってしまったりします。

打ち合わせを終えるといなくなってる……

そして……夜眠っている。朝になるといない……

自分だったらこトラップ初見で解除できない、そう思っている私が浅はかでした。

やすやす突破されました。

別のトラップしかけてもしばらく経つと突破されてます

本当に認知力に問題あるのだろうか?俺に意地悪しているだけなんじゃないか?とすら思いました。



気を悪くする人もいるでしょうが、実際に触れてみると認知症になった人って子供に戻ってるんじゃないかと思うんですよね。

気を引くためにわざと怒られるようなことをしているように見える節があります

子育てと似ているのかも。

ただ、根本的な違いがあって子育ては将来に希望があるし終わるタイミングがある程度見えている。

対して認知症介護は将来治る見込みがなく終わるタイミングが全くわからない。

当たり前といえば当たり前ですが精神的な負担認知症介護の方が強いのではないかと思います

育児も大変ですけど……



横道にそれましたがそんなこんなで限界が近づいているタイミングで利用しているデイサービスの方からももっと手厚い介護を受けた方がいいのではというお話いただきました。

その時点では日中は家にいる時間よりデイサービスにいる時間の方が長くデイサービスでは私と違って誰かしらが見ている状況なのでそれでも厳しいということだったらと思いケアマネさんと相談を始めました。



介護後期

提案をされたのはグループホームです。家族収入にも寄りますが私の収入場合公的資金を頼るには多すぎて自己負担が大きい施設を利用するには少なすぎるという中途半端な状況。

親の年金?それだけで足りるわけがない。

無理なくとは言えないまでも無理をすれば支払いができるグループホームを何か所か提案してもらいました。

ここでもコロナで助かりました。

休みを潰すと見学に行けちゃうんですわ。やることをやっていればけっこう自由にできる職場だったんで「昼休みのあとちょっと遅れまーす」みたいなことを言えば外出できました。

ホワイトですねぇ。ええ。ホワイトですよ。うん。ホワイト

有休介護休暇を消費せずに対応できるんですな。

コロナ前だったらこんな対応不可能でしたね。おそらく有休まで使いきって何日か欠勤してたでしょう。介護休暇?んなもん足りるわけねぇww

見学に行ってよさげに見えても私が決断する前に入居者が決まったりそもそも見学している時には空きが無かったりとかもありました。

競争率激しいですねぇ。

そんな中、気に入ったのがとある施設でした。



決め手はなにか?





から近い!



圧倒的に近い!!



がんばれば歩いても行ける距離で車なら5分!!!



しか信号待ち無し!!!!!



施設は小規模で手厚いサポートかに不安がありましたけど何かあった時にすぐに行けるという安心感でその施設を選びました。

これは入居してから聞いたのですが、施設で働いている職員の中に私の親が外を歩いているのを見ていた人もいました。

自分のところじゃなくてもいいから入居した方がよさそうだなと思っていたらしいです。



入居して一安心、というわけにはいかなかったです。

病状は進んで暴れたりすることもあり、気持ちを落ち着かせる薬をもらうのに家族の付き添いが必要ということで、そもそもそういう診断ができる精神科が少なくて予約もできないとかまぁいろいろありました。

そうこうしているうちにこれもまた運がいいことに歩きは無理だけど車なら無理なく行ける場所にあるお医者さんが受け入れてくれました。

診察は最初の1回だけでその後は私が様子を伝えれば処方箋と薬をもらいに行くだけという対応で済むようになりました。

そのお医者さんを見つけたのがかなり大きかったです。私がおかしくなったらそこに行こうかと思ってます。その時にもその先生はいるかどうかはわからんですけどね。

それ以外にもけがをしたりとかいろいろあるたびに医者には連れて行きました。最初自分で連れていけましたが最終的には介護タクシーを利用しましたね。

一般的自家用車で運ぶのは無理っす。

車いす対応レンタカーを借りることも検討しましたが行く病院によっては介護タクシーの方が安くつきます



介護の終わり

そうこうしているうちに親の病状が落ち着いてきました。

落ち着いてきた……、それはつまり終わりが見えて来た、ということになります

精神科にも通院しなくなりそうするとその都度聞いていた様子を聞かない月が出て来たり……

毎月のコミュニケーションはあるんですが通院する時のコミュニケーションはやっぱ濃かったんでね。

施設職員さんも忙しい中時間を作ってくれてるのはわかるので通院と言う理由なしに「変わりないですよ」という一言を聞くためだけに時間をもらうのもなというのもありました。

ああ、ここでは逆に近いことがマイナス作用したのかも。近いからいつでもいけるとおもっちゃうんですよね。



そして、様子がおかしいという連絡があり、ちょうど予定していた有休があるのでその時に顔を見に行くという話をしました。

しかしもう一度連絡があってその日が土日だったんでスーパーに買い物に行くついでにちょろっと顔を見に行きました。その時も今日明日と言うようには見えないと言われたし私もそう思ったんですが……。



その翌日、眠ったまま息を引き取りました。



親戚づきあいを濃密にしていたわけでもなく、同世代の友人もみんながみんな元気というわけでもなくということで私が1人で見送るつもりでいましたが、連絡がついた親族や友人経由で小ぢんまりには変わりないですが思ったよりも大勢にお見送りしてもらいました。

知らない人がいると思ってびびってたら40年ぶりくらいに会う人だった。わかるわけがないw



終わったらたぶんほっとするんだろうなぁと思ってましたが違いましたね。

なんか言語化するのが無理な気持ちになってます



後悔は無いです。

でも、次にやるんだったらもうちょっとうまくやります経済的な、精神的な負担も今回よりは軽くなるようにやろうと思います







次はありません。

2025-05-17

アニメの件について

忍者マスクを身に着けていた。

コロナウイルス流行したのは2020年

ここで「忍者は500年以上も前からコロナが生じるのを予測していたんだ!」なんていうことを言い出す奴が居たら「何言ってんだ?」ってなるだろ?

でもな、こういった言説を信じる層がいるんだよ。

そしてここでのポイントは、

忍者マスクをしていた → 事実

コロナ2020年流行した → 事実

忍者コロナ予測していた → まったく関係ない

ということ。

まり事実Aと事実Bがあるから、「Cも真実だろう」と思ってしま思考の飛躍が生じてしまっている。

何を馬鹿な、と思うかもしれないが、これに気づけない人ってネットでは実はめちゃくちゃ多い。

この手の論法って、最近とくに増えてきた気がする。

一つひとつ真実。だけど、そのつながりがウソ

でも、こういうこじつけは驚くほど人の印象に残るんだよ。

あれ?もしかしてそうだったのかも?って、ちょっと面白く聞こえるから

論理じゃなくて感情で納得しちゃう人も多い。

で、事実を知った気になった人がドヤ顔拡散する。

それ、間違いだよ

2025-05-09

一般人救命救急講習(成人・幼児)に参加したメモ(ちょい追記

人命の瀬戸際にはなんの関わりない一般事務職だけど興味本位救命救急講習に参加してみた。

免許取った時にやるあれのやり直し的なやつ。

市井としていつかはやってみる?くらいの軽い気持ちで参加したけど、なかなか濃かったので自分の備忘がてら。

同じくらいのだるい熱量で興味のある人いたら全体の流れとか雰囲気とか参考にしてみてね。関東政令指定都市の話。


最初に思いついたときは直近の開催日は予約がいっぱいで取れなかった。

年間スケジュールが公開されてたのでそれに合わせて予約した。

講習にはさらっと済む入門から上級まで90分~数日間に渡って行われる何種類かがあって、

救急車が到着するまでにできる胸骨圧迫とAEDの使い方」を基本として内容や要求レベルが発展するみたいだった。

ざっと見るに基本の3時間コース大人向けと子供向けで若干内容が違うようだったのでせっかくならと両方受けてみることにした。


大人向け編


防災資料館みたいな箱が会場で、開始10分ないくらいに到着して最後から2人目の受付だった。

私の市は受講料として1,000円くらいかかったけど自治体によっては無料で受けられるところもあるみたいだから救命講習 **市」で調べたら一発で出てくるはず。


腕がない上半身だけの人形アリーナ席に並んだ実地講習場をコの字型に囲んでテキストが置かれたパイプ椅子に着席。

平日午後からの回で参加者は40人いないくらい、身なりも年齢層もバラバラ(大体30代~50代)。

時間通り開始、初めの30分くらいは配布されたテキストを元に座学。

ところどころ寝ちゃったから覚えてない(ごめん)。まさに免許取る時に受けたあれだった。

一般の人が救命活動に参加する意義、どんな状況で人間は不意に死期に直面することがあるかの説明が主だったかな。

そんな局面居合わせた時プロ救命隊が到着するまでの間にできる最低限の胸骨圧迫とAEDの使い方。


それから座学を踏まえて参加者実施講習。

前段で口頭説明された胸骨圧迫や人口呼吸、AED操作の仕方を模擬人形相手練習する。

参加者を大雑把に10数人の班に分けて順繰りに実践して、自分の番以外はほかの班の実施講習を眺める時間になる。

周辺に待機してるスタッフ(皆さん元救急救命士)数人が見ててくれて個別アドバイスしてくれる。

私は腕がない模擬人形の脇の位置勘違いしてAEDパッドを貼り付けてしまっていたのを指導された。

最後の方の着席だったからか後ろの班になって前の班の見学をしてからできたけど、

地場がコの字型なので周りの参加者に囲まれ(見られ)ながらのロールプレイちょっと恥ずかしかった。

全部の班の実地講習が終わった後は簡単な締めくくりと共に止血法とか異物が詰まった際の対応簡単な座学。

この部分は口頭と講師の方の手元にある模擬人形を元に再現して見せるだけで簡潔に終わった。

それではお疲れさまでしたということでしっかりしたプラカードの修了証を受け取って解散

閉会後にスタッフ救急救命経験者に個別質問できた。


子供向け編


体の大きさの違いか救命措置にも大人とは若干違う対応が求められるからか別枠での講習が設けられていた。

会場は大人編と別の箱だけど受講料は同じ。大人編でも見かけたスタッフがおられたので、現役を引退されて後進の教育一般人向けの救命活動指導の普及に従事される専門の部門があるんだね。

会場のパイプ椅子の上に置かれたテキスト大人編でもらったものと同じだったので持参したことを申告したら、最新版であることを確認されたうえで受講料を支払わなくて済んだ。

こちらは大人編に比べると明らかに女性が多く、仕事関係で受けに来ている方が多そうだなという印象だった。

模擬人形赤ちゃん小学校低学年くらいの大きさの2つだったけど講習の流れは大人編とほとんど同じ。

座学は大人編と重複している部分が多くて前半はまた少し寝ちゃった(ごめん)。

こちらの班分けは到着順ではなく着席位置適当に割り振られたので講師のおじさまの気分らしい。


雑感


いずれも講師を務めてくれたおじさまは柔らかい雰囲気で、参加者が緊張しないよう気を使ってくれてるのが伝わった。

とは言えさすが元救急救命士が実体験をはさみながら話すので真面目に聞くとテキスト以上の情報量がありかなりメモをとることになった。

どちらかというと子供編の方が熱心に聞いてる参加者が多かった印象。せっかくならと真面目に取り組んだけど終わった後は頭も体もぐったり。

やる気があるうちにと思って大人編・子供編を数週間くらいしか空けないで申し込んだけど子供編の大体は大人編を覚えてれば知ってる内容だったので、忘れそうになった頃に復習がてら受ければよかったと思った。

それにしても同じ市内にこんなに防災関連の施設があったのかという気づきもあった。

ちょっとした資料館の併設もあってゆっくり見たら面白そうだった。当日は疲れ切ってそんな気分になれなかった。


講習ではのっぺらぼうみたいな模擬人形相手だったから躊躇いなくガンガンやったけど、

人の胸を5㎝沈み込むほどの力を込めて押し込むってリアル想像すると結構怖いし実際自分心臓部を押してみると普通に痛い。

参加者の中に経験者がいて「怖かった」とおっしゃっていたけど、

救急車が到着するまで平均10分の間に素早い状況判断救命活動に参加する覚悟、絶え間ない胸骨圧迫を…となると自分には出来ないかもな~とは正直思った。

というような雑な不安を閉会後スタッフのおじさまに投げかけてみたところ、

「あばらが多少折れるかそのまま死ぬか、相手家族だったらどちらを選択しますか」と言われて言葉に詰まってしまった。

(やっぱ折れるよね?とも思った。)

たまに通勤途中に駅で倒れちゃって囲まれてる人見かけるじゃん?ああい光景他人相手)を無意識想像してたけど、実際心停止状態になる人の7割くらいは発生時自宅にいたらしい。まあまあ他人事ではない。

そりゃ家族なら死ぬよりはと付け焼刃でも胸骨圧迫を試みると思うけど、異物が詰まったとかで呼吸が止まった人に適切なタイミングで胸骨圧迫に切り替えなかったら救護義務を果たさなかったとかで

裁判では負けますというようなことを大人編でも子供編でも言われると、脅かすつもりはないのは分かるけど他人相手では訴訟リスクかいろいろ過って躊躇ってしまうだろう気持ちは拭えなかったかなあ。


ということで軽くその辺を調べてみたら日常で偶然そういう場に居合わせて救護活動に参加した一般人のことを医療用語で「バイスタンダー」というらしい。

今回のような救命講習を受けていたか対処できて助かったという例はちゃんとあるようだった。

というより救急車が到着するまでにバイスタンダーがいることで社会復帰率は倍くらい変わるらしい。初動大事

なまじ習ってしまたからこそ新たに芽生えた不安もあったので、メンタル面の安心感とか実例の紹介とかはもう少しほしかたかも。

帰りの電車子供編の模擬人形と同じくらいのサイズの子供を見かけて「こんなやわやわな体にあれを…?」とか想像してしまったし。

普段パソコンしか向かってないか意識してないけど人ってなにもしないと死ぬんだよね。

率直に私は生身にやりたくないと思ったから、医療従事者の方たちの職責の重さを改めて尊敬した。これからパソコンに向き合うだけの日常が続いてほしい。

でもまあ実践社会参加してる気になったという意味では有意義時間だった。気が向いたらみんなも調べてみて~。


雑感2


両日休憩なしぶっ通し3時間の非日常体験だったからまた色々出てきた。

トイレ休憩は各自タイミングでとれたよ。)

まり想像したくないけど、本番だったら…?と思ったところを中心にまたメモメモ


それから座学を踏まえて参加者実施講習。

ざっくりと

安全確認~反応の確認~呼吸の確認~胸骨圧迫~(技術とやる意志があれば人口呼吸)~AED←→胸骨圧迫~救急隊へ引き渡し

って流れなんだけど。

例えば「目は動かせないけど手は動かせることもあるから全身を見て」みたいにそれぞれのポイント意識すべき点があって、当たり前だけど聞くのとやるのとでは全然ちがった。

おじさま「はいAEDが到着しましたよ!」→私(えっと…あっ服を脱がせる!)みたいな。

人形は軽いし着てたのもTシャツだったかサクサクできたけど、ぐったりしてる人間って普通体型の成人女性でもかなり重いよね…。

冬だったら厚着だろうし童貞には脱がせられない服みたいの着てたらムリかも~となった。

基本的にどちらの回も身振り手振り声出し、参加者のみなさんきちんと取り組んでた。


特に胸骨圧迫は軽く息が上がるほど疲れたプロの人でも数分で交代するらしい。BPMの基準も教えてくれたけど絶対焦ってしまいそう。

あとAEDアナウンス音でかなり緊迫感を煽られる。音もでかい

不謹慎な例えで申し訳ないけど津波警報が出た時にアナウンサーが努めて冷静に「安全確認して逃げてください」って言うとき雰囲気

会場中に鳴り響くこの機械音に気が急かされて胸用と脇用のパッドを逆の位置に貼っちゃったんだけど大きな問題はないらしい。

超強粘着なため貼り直しはできないから貼るときは慎重にね、とのこと。

AEDの設置場所ネットで公開されてて、さらっと調べたら生活圏内にも結構あった。これからは視界の端にそれとなく留めておこうと思った。

国が規格を統一して作って設置してるもんだと勝手に思ってたけど色々種類があるらしい。細かい仕様の違いはあるけど使い方はアナウンスが指示してくれる。


体の大きさの違いか救命措置にも大人とは若干違う対応が求められるから

大人と大きく違ったところは主に乳児に対しての胸骨圧迫とAEDの使い方の違い、異物が詰まった時の除去方法

乳児疑似人形等身大で全身あったので臨場感が高まった。

人形から軽いし硬いけど、この前会った友人の赤ちゃん想像してみたたらあんなふにゃふにゃな体にこんなことムリかも~となった。

講師のおじさまが「赤ちゃんは骨が柔らかいからすごく沈みます」みたなことをサラッと言ってて怖かった。

両講座を通してこのような実際にやったことがある人からしか出てこなさそうな言葉結構あったので大量にメモをとることになった。

スタッフのみなさんは60代前後で柔和ではあったけど人命救助の現場に立ってきたのが言動の端々から伝わってきて、歴戦の老兵的な雰囲気を漂わせていた。

テキスト

今回実地で習ったこと以外にも日常災害時問わず救護活動に携わる際に最低限必要そうなことを網羅しているので家に一冊あってもいいくらいのボリューム

コロナウイルスを踏まえたことも書いてあって、社会情勢やより良い救護活動の追求を踏まえて数年ごとに改訂されるらしい。

から復習を兼ねて講座も数年ごとに受けてみてくださいねって案内だった。私もまたやるかも。

バイスタンダー事例も口頭説明はなかったけどテキストではコラム的に紹介されてた。ネットでも色々出てくる。

流し見するにバイスタンダーに対しては「何もしないよりだいぶマシだから少しでも興味持って…!」みたいなスタンスなのかな。


軽い気持ちで参加したけど心身ともに疲れた~。

本文でも書いたけど普段人の生き死にを意識してないからこそめちゃくちゃ感化された。

親には「なんでそんなの参加したの?笑」って聞かれたけど、いざって時に多少知ってるのと知らないのとでは大違いなことばかりだったよ。

ひとつ大人階段昇ったくらいの気分になった程には。

ざっくばらんな文でごめんだけど読んでくれてありがとうね。

きっと思うところや気づきがあるはずだからさ、みんなも自分には関係ないといいなと思いつつ機会があったら是非参加してみて~~。

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