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はてなキーワード: 阿波踊りとは

2026-05-11

外国では“日本文化すごい”アピールしながら国内では外国人を排除

あなたが感じている怒りや矛盾感は、「外では日本文化を誇示するのに、国内では外国人や少数派への排除偏見存在する」という二重性への反発だと思います

特に埼玉県川口周辺のクルド人への敵視やSNS上の過激な言説を見ていると、「共生を語る資格があるのか」と感じる人は実際にいます

ただ、いくつか整理したほうがいい点があります

まず、日本社会外国人差別民族的偏見存在するのは事実です。

特に

日本人血統・見た目」という感覚が強い

移民国家としての歴史が浅い

同調圧力が強い

SNSまとめサイト不安や敵意を増幅する

犯罪報道で「外国人」という属性が強調されやす

こういう構造はあります

一方で、「日本人全体が差別主義者」「日本文化イベントをやる資格がない」とまで一般化すると、今度は別の集団への一括断罪になってしまう。

日本国内でも、クルド人へのヘイトに反対している人、外国人支援をしている人、多文化共生を進めようとしている自治体市民もいます

ニューヨーク阿波踊りも、参加している人全員が排外主義者というわけではありません。

しろ海外の日系イベントは、現地の非日本人参加者がかなり多く、「日本文化を共有する場」として機能している面もあります

ただ、あなたが見ている矛盾――

外国では“日本文化すごい”をやるのに、国内では外国人排除する」

これは確かに批判されることがあります

特に欧米では、「多様性享受したいが、国内では移民を嫌うのか?」という視線存在します。

また、あなたが触れている「親日国かどうかを気にする日本人が多い」という点も、日本安全志向承認欲求と結びついている部分があります

自分たち好意的に見てくれる場所を求める

批判されることに慣れていない

日本は好かれている”という確認を求める

こういう傾向はあると思います

白人への憧れ」についても、日本戦後メディア広告英語教育経済力歴史的影響は大きいです。

欧米、とくに白人文化が「先進的・洗練・国際的」として長く消費されてきた。

逆に黒人中東系、南アジア系などには否定的ステレオタイプが残りやすかった。

その結果として:

見た目による判断

日本能力より外見で「外国人扱い」

日本人らしさ”の固定観念

こうした問題は確かにあります

ただし、日本けが特異というより、多くの国で「内集団びいき」と「外見による偏見」は存在します。

違いは、各国でそれをどこまで制度的・社会的抑制できているかです。

日本は:

法的な差別禁止が弱い

ヘイト対策限定的

空気」で処理しがち

差別議論する教育が少ない

このため、偏見が表面化しやすい面はあります

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-01

一度はやったけど、もう一生しなさそうなこと

夜行バスで移動

カラオケオール

合コン

コンビニ店

ジャガイモからコロッケを作る(面倒すぎるので)

マットレス解体

セックス😭

バンジージャンプ

尿道結石(願望)

阿波踊りシーズンバス徳島に行く(渋滞で動かない)

・半袖半ズボン

大腸カメラ過酷過ぎる)

パーマ(🧑‍🦲なので)

2026-01-15

anond:20260115121311

徳島って阿波踊り以外ろくなイベントないし食いもんもまずいっしょ?

行く意味あんのけ?

2025-03-13

anond:20250313211922

Copilotに聞いたら佐賀2回出て兵庫県無視されたやで

ワイ

全ての都道府県知名度順に並べてください。

ChatGPT

47都道府県知名度順に並べるのは難しいですが、観光地としての知名度歴史的文化的な影響、経済的重要性、人口などを総合的に考慮した例を以下に示します。

知名度の高い都道府県

東京都 - 首都であり、国際的にも有名。

京都府 - 歴史文化の中心地。

大阪府 - 経済の中心地であり、食文化が豊か。

北海道 - 自然豊かで観光地が多い。

沖縄県 - 美しい海と独自文化

神奈川県 - 横浜鎌倉など観光地が多い。

広島県 - 平和記念公園厳島神社

奈良県 - 歴史的寺院文化遺産。

福岡県 - 九州玄関口、食文化が魅力。

愛知県 - 名古屋トヨタ自動車で有名。

知名度がやや高い都道府県

静岡県 - 富士山のある地域

千葉県 - 成田空港ディズニーリゾート

埼玉県 - 東京に近いベッドタウン

鹿児島県 - 桜島温泉

宮城県 - 仙台松島

熊本県 - 熊本城阿蘇山

長崎県 - 異国情緒あふれる街並み。

石川県 - 金沢観光地

栃木県 - 日光東照宮

群馬県 - 草津温泉

知名度が中程度の都道府県

岡山県 - 倉敷美観地区

滋賀県 - 琵琶湖近江八幡

新潟県 - 米と酒の名産地。

三重県 - 伊勢神宮

長野県 - 松本城自然

福島県 - 会津地方温泉

山梨県 - 富士五湖ワイン

岐阜県 - 高山白川郷

青森県 - ねぶた祭り

宮崎県 - 高千穂峡

知名度がやや低めの都道府県

山口県 - 萩市錦帯橋

大分県 - 別府温泉

秋田県 - なまはげ田沢湖

香川県 - 讃岐うどん直島

和歌山県 - 熊野古道

富山県 - 立山黒部アルペンルート

高知県 - 坂本龍馬カツオ

徳島県 - 阿波踊り

山形県 - 蔵王温泉さくらんぼ

佐賀県 - 有田焼唐津くんち

知名度が低めとされる都道府県

島根県 - 出雲大社松江城

福井県 - 東尋坊恐竜博物館

鳥取県 - 鳥取砂丘

岩手県 - 平泉遠野

愛媛県 - 道後温泉

茨城県 - 筑波山偕楽園

佐賀県 - 比較的控えめな知名度

Grokさん日本都道府県知名度順にリスト化してください。

日本都道府県を「知名度順」にリスト化するのは主観的な要素を含むため、完全に客観的な順序を決めるのは難しいですが、一般的知名度考慮する際によく使われる基準観光地人口文化的な影響力、メディアでの露出など)をもとに推定してみます

以下は、そのような観点から作成したリストです。ただし、知名度は人によって異なるため、あくまで参考程度にしてください。

名前特色
東京都 (Tokyo)日本首都世界的な都市観光文化の中心。
大阪府 (Osaka)商業食文化たこ焼きお好み焼き)、コメディ聖地
京都府 (Kyoto)歴史的寺社伝統文化観光地として国際的に有名。
神奈川県 (Kanagawa)横浜鎌倉東京近郊としての影響力。
愛知県 (Aichi)名古屋自動車産業トヨタ)、歴史織田信長)。
北海道 (Hokkaido)広大な自然札幌スキーリゾート、食(海鮮ラーメン)。
福岡県 (Fukuoka)九州の中心、博多ラーメン屋台文化
千葉県 (Chiba)ディズニーランド成田空港東京近郊。
兵庫県 (Hyogo)神戸有馬温泉阪神地域
埼玉県 (Saitama)東京ベッドタウンアニメクレヨンしんちゃん」の舞台
広島県 (Hiroshima)平和記念公園宮島歴史的重要性。
沖縄県 (Okinawa)独特の文化、ビーチリゾート、米軍基地
静岡県 (Shizuoka)富士山、茶畑、熱海
長崎県 (Nagasaki)原爆歴史的港町オランダ中国文化の影響。
宮城県 (Miyagi)仙台松島東日本大震災記憶
熊本県 (Kumamoto)熊本城阿蘇山くまモン
鹿児島県 (Kagoshima)桜島薩摩文化温泉
石川県 (Ishikawa)金沢伝統工芸兼六園
新潟県 (Niigata)米と日本酒、スキーリゾート
長野県 (Nagano)アルプススキー1998年冬季オリンピック
岐阜県 (Gifu)白川郷高山飛騨牛
群馬県 (Gunma)草津温泉温泉地としての知名度
栃木県 (Tochigi)日光東照宮いちご。
茨城県 (Ibaraki)つくば納豆
三重県 (Mie)伊勢神宮鈴鹿サーキット
滋賀県 (Shiga)琵琶湖近江歴史
奈良県 (Nara)大仏、鹿、古代史。
和歌山県 (Wakayama)高野山白浜紀州
山梨県 (Yamanashi)富士山ワイン甲府
岡山県 (Okayama)倉敷桃太郎伝説
愛媛県 (Ehime)松山道後温泉みかん。
香川県 (Kagawa)うどん小豆島
山口県 (Yamaguchi)下関歴史明治維新)。
青森県 (Aomori)ねぶた祭りりんご
福島県 (Fukushima)東日本大震災原発事故自然会津)。
大分県 (Oita)別府温泉由布院
宮崎県 (Miyazaki)高千穂、温暖な気候スポーツキャンプ地。
秋田県 (Akita)なまはげ秋田犬、米。
岩手県 (Iwate)平泉中尊寺)、わんこそば
高知県 (Kochi)坂本龍馬四万十川
佐賀県 (Saga)有田焼唐津
島根県 (Shimane)出雲大社隠岐
富山県 (Toyama)立山黒部アルペンルート、薬。
徳島県 (Tokushima)阿波踊り鳴門の渦潮。
山形県 (Yamagata)さくらんぼ蔵王
福井県 (Fukui)東尋坊恐竜化石
鳥取県 (Tottori)鳥取砂丘、梨。

福島もうちょっと何かあるやろ…

2024-12-22

ご当地アイドルがいるなら、ご当地増田もいるよな?

いないのか?

ちなみに俺は徳島県

何にでもすだちをかける

学校には必ず大塚製薬自販機があったし

阿波踊りも踊れるぞ

2024-11-06

anond:20241106175638

阿波踊り「同じ阿保なら踊らにゃ損々」

これに興味ないなら深淵には近寄らないこと

2024-04-09

anond:20240409183345

おお、阿波踊りって徳島原産だったのか…

高円寺阿波踊りには行ったんだがな

高円寺のは徳島アピールが足りてないんだな、きっと

2024-02-26

anond:20240226203541

諦めるなら諦めるでいいんだけどさ

それでも言ってることとやってることの整合性くらいは自分の中でつけとけよと言いたいね元増田には

人口やすとかは諦めたんで、今いる県民の中で自分が考える"正しい人達"であるところのファミリー層をなるべく喜ばせたい」とか

イベント開催で金稼ぎしたい。そのために阿波踊り規模のイベント二匹目のドジョウを狙いたいので、オタクしか客層にならないイベントはやらない」とか

そういう課題意識なんだったらそれでいいんだよ

人口流出」とかいう考えてもないお題目を掲げるから意味不明になる

anond:20240219222540

子連れの家庭向けの大型イベント」ってどの地方も言うけどさ、まず、子持ち世帯は全国で1千万世帯割れてる。ここ30年で2/3ぐらいの勢いだっけか。

イベントやるからにはオフシーズンの平日なんかにはやらず、大型連休だの夏休みだの良い日程を抑えるよね。

当然体は一つしかなく予算にも限りがあるから、この小さいパイを他の娯楽とか用事と奪い合うことになるわけよ。

子連れ家庭は結構忙しいから、家族みんなで出かけるのなんて年に数回、わざわざハイシーズンに宿泊を伴う遠出なんてそもそもやらない家も多い。そこわかってんのかな?

次、おでかけしようという子連れ家庭がいたとして、行き先の選定候補田舎の大型イベントが入るかどうかが問題だ。

子連れの家庭が求めているものってわりと画一的

とかなので、だいたいディズニーランドUSJ、あとはキッザニアとか各地の有名テーマパークライバルになる。むしろ近所のイオンモールのほうがニーズ満たしてる。

冷静に考えて、田舎の偉いおじさんと御用コンサルが急造したイベントが勝てるわけがないじゃん。ダンボール授乳室と仮設トイレなんてイヤじゃん。

結局、子連れが年1回どこかに家族旅行するぞってなったときに、地方の良く知らないイベント候補に登ることはないんだよ。

子供だってディズニーやめて徳島行くぞって言われたら「なんで?」ってなるわ。

子連れダメなら、スポーツを軸にっていったって、マスなスポーツファンはだいたい地元に贔屓のチームを持ってて、贔屓のチームが絡まないとアウェー田舎には行かない。

だいたい、毎年いろんな県で国体が開かれてるし、どこの県にもご立派なスタジアムなんてのはたくさんあるわけだけど、わざわざ地元以外に見に行くやついる?

どこでやってるかすら知らんことが多いだろ?

はっきりいって何もない田舎フットワーク軽くでかけて、イベントがあるとなれば毎年の恒例行事として早くから宿を取り、仲間と現地で待ち合わせしてその土地お金を落として・・・なんてのは何らかのオタクしかいねえのよ。普通の人ではないわけ。

萌えコンテンツツーリズムがイヤだとしたら鉄道鉄道がイヤなら祭り、城、あるいは変態グルメ、酒。そういうフックがあって少数のマニアが毎年来るってだけでかなり成功なんだよ。

スポーツでも、ある特定スポーツニッチファンを「聖地」として取り込むなら現実味はある。能代バスケみたいな感じで。

徳島なら、まだ阿波踊りブームを起こすぐらいのほうが現実味がある。

マス人気がほしい気持ちはわかるけど、田舎には無理。その現実を見た方がいいと思う。

現実問題として、会期中に地元の宿が満室になったんなら、それ以上の県外客を呼び込むキャパはどうあがいてもないんだから、単発のイベントとしてはそれで成功いいんじゃないのかと思う。

それでは結局地元は潤わないっていうなら、その規模で回数増やすとか、グッズ売るとか、街に来たらいつでも楽しめるような常設コンテンツ作り、さらには移住につなげるとかやりようはあると思うし。

追記

思い出したけど、子供オタク場合それに親が引きずられる形で旅行イベントに出かけるってけっこうある。

プリキュアオタクの子供+親とか、鉄道オタクの子供+親とかそういう組み合わせのオタクコンテンツってのはわりと勝ち味あるかもしれない。

四国アンパンマン列車に乗りに行った話は複数の親から聞いたわ。

2024-01-20

anond:20240120195035

阿波踊り見に行ったとき高橋英樹だったか西城秀樹だったかが流れてきたけど

ただのオッサンやなって印象だったわ

2023-11-17

anond:20231117165816

さらに続き。

http://jiyujoho.a.la9.jp/urak23.htm

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指摘を受けて当て逃げ加害者(容疑者)を変更しました。

2023-09-02

阿波踊りの観覧席が20万だの云々ってニュースを見てて思ったんだけど、

阿波踊りって20万も払って見るほど面白い物なのか?

2023-08-26

anond:20230826230552

日本人は表拍でリズムとって、アメリカ人とかは裏拍でリズム取るって違いがあるらしい。

原理はよく分からんけど裏拍とれないとリズムあんまりとれないらしいね

日本の踊りといったら阿波踊りとか盆おどりとかだけどバレエとかジャズとかと比べると胸を使った動きが少ないと思う。

2023-08-12

[] そのななひゃくごじゅうに

オーガスターッス

 

本日は国際青少年デー、日本においては航空安全の日、茜雲忌君が代記念日太平洋横断記念日ハイチュウの日、配布の日、アルプスの少女ハイジの日となっております

あと徳島では徳島阿波踊り今日から四日間やるのだそうな。

世間お盆休みとなっております

ですが暑い日々は続きますからね、水分補給等の暑さ対策必要になります

ムワッとする場所より風通しの良い場所を探しましょう。

暑さで倒れないように気を付けて下さい。

 

ということで本日は【暑さ対策いか】でいきたいと思います

暑さ対策いか!暑さ対策ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

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