はてなキーワード: 蛍光灯とは
電話が鳴ったのは、日曜の昼下がりだった。
二十三年ぶりの声だった。母が泣きながら離婚届を書いていた夜のことは、もうほとんど思い出せない。覚えているのは、父の背中がやけに緑っぽかったことだけだ。当時は蛍光灯のせいだと思っていた。
「……父さん? どこにいるの」
「屋上」
驚いてベランダから見上げると、隣のマンションの屋上に、全身が深い緑色をした男が立っていた。Tシャツと短パン姿で、両腕を広げて空を仰いでいる。その肌は、新緑というよりも、もっと真剣な緑だった。光合成に最適化された緑。
「降りてきてよ」
「いや、今ちょうど日が当たってるから。あと二時間くらいで満腹になる」
父はそう言って電話を切った。
二時間後、父はうちのリビングにいた。麦茶を出したが、手をつけない。
「水は根から吸うんだ」と父は言った。靴下を脱ぐと、足の裏から細い根のようなものが何本も伸びていた。父はそれをフローリングの溝に丁寧に差し込んだ。
父の話を要約すると、こうなる。家を出た直後から体が緑色になり始め、三年目には完全に光合成だけで生きていけるようになった。食費がかからないので貯金が増え、今は川沿いの日当たりのいい土手に住んでいる。住所は不定。雨の日は元気がない。冬は沖縄に行く。確定申告はしていない。
「つまり、僕と母さんを捨てて、光合成で暮らしてたってこと?」
「捨てたんじゃない。正確には、日照条件の良い場所を求めて移動した結果、家庭から離れた」
「それを世間では捨てたって言うんだよ」
父は黙って窓の方を向いた。三月の西日が差し込むと、父の肌がわずかに艶を帯びた。おやつの時間だったらしい。
翌週、父を病院に連れて行った。
医者は父の腕を見て、しばらく沈黙した後、「ずいぶん立派な葉緑体ですね」と言った。特に治療の必要はないらしい。保険証はあるかと聞いたら、父は市民税を払っていないので保険証がないと言った。医者はもう一度沈黙した。
帰り道、父が言った。
「増田、お前も少し日に当たったほうがいい。顔色が悪い」
「やってみなきゃわからないだろう」
父はいつもそうだった。母から聞いた話でも、脱サラして手品師になると言ったり、庭でトリュフを栽培すると言ったりしていたらしい。結局どれも続かなかったが、光合成だけは二十三年続いている。人間、向き不向きがあるのだろう。
四月の終わりのある日、父から写真が送られてきた。LINEの使い方は教えた。
写真には、河川敷に並んで日光浴をしている数人の緑色の人々が写っていた。四月の陽射しは光合成には最高のコンディションらしく、全員が満足そうに目を閉じていた。
「仲間ができた」
とだけ書いてあった。
僕は既読だけつけて、カーテンを閉めた。そしてコンビニ弁当を電子レンジに入れた。三分間の加熱音を聞きながら、ふと思った。
父は幸せなのかもしれない。
土と水と光だけで生きていくこと。届いた税金の督促状を読めないふりをすること。雨の日にはしょんぼりして、晴れた日には両腕を広げること。それは確かに無責任で、身勝手で、どうしようもなくて――でも、風が窓から吹き込んできたとき、少しだけ、羨ましかった。
電子レンジが鳴った。
満員電車の窓ガラスに映る自分の顔を、彼はときどき中古レコードのジャケットでも眺めるみたいな目つきで見ることがあった。
朝の光は本来もっと柔らかくて、パン屋の棚に並ぶ焼きたてのクロワッサンみたいに、人の輪郭をやさしく縁取るはずなのに、そのときの顔だけは夜通し冷蔵庫に忘れられていた野菜みたいに妙に疲れていて、アウトラインが水に落としたインクのように静かに溶けていた。
どこの誰とも知れない経営者たちが、会議室の白いテーブルの上で決めた数字や方針のために、名前も知られないまま働き続ける人間の顔。いわば、ラベルの剥がれた缶詰のような顔だった。
世の中には、あまりにも「社畜」でありすぎるがゆえに、静かな音を立てながら壊れていく人たちがいるらしい。
ニュースサイトの画面の片隅に、広告ブロックに挟まれた小さなバナーみたいに載る体調不良や過労や、あるいはもっと直接的な終わり方。
そこには映画館の予告編みたいにドラマティックな物語はほとんどなくて、ただ、安い蛍光灯がチカチカするオフィスのような単調な繰り返しだけが延々と続いている。
朝起きて、会社に行き、配られた台本どおりの役割をこなし、帰ってベッドに沈み込む。その循環の中で、消しゴムの角が気づかないうちに丸まっていくみたいに、何かが少しずつ削り取られていく。
それはまるで、見えない歯車の一部にいつのまにか身体ごと組み込まれてしまったみたいだ、と彼は思う。
歯車は、自分がどの装置のどのあたりにはめ込まれているのか知らないし、全体のかたちなんてもちろんわからない。
ただ、回ることだけを求められている。
そして回転をやめた瞬間、壊れたボールペンが引き出しの奥に無言で放り込まれるみたいに、静かに別の歯車と交換される。
起業して成功する人間は、おそらくどこかで別の種類の地図をポケットに忍ばせている。
あるいは、地図そのものを持たずに、砂漠の真ん中を歩くことをそれほど恐れない資質を持っている。
でも、多くの人はそうじゃない。
なるべく穴の少ない舗装道路を選び、あらかじめ敷かれたレールの上を、自分のサイズに合わない通勤靴のまま歩き続けることに慣れてしまう。
慣れるというのは便利な機能だ。スマートフォンの自動スリープみたいに、余計なエネルギーを使わずに済む。
けれど、その機能がいつのまにか見えない檻に変わってしまうこともある。
彼は考える。これは本当に、多少デザインを変えただけの現代版の奴隷制なのではないか、と。
鎖や鞭は、目に見える鉄や革の形を捨てて、契約だとか責任だとか評価だとかいう、ビジネス書の索引に並びそうな言葉に姿を変えただけではないか、と。
本質は、古い映画館のフィルムみたいに、ほとんど変わらないまま回り続けているのではないか。
階級という言葉は、今どきの若い人の耳には少し黄ばんだ紙の匂いと一緒に届くかもしれないけれど、その実体は、冷蔵庫の奥に居座る氷みたいに、しぶとく残り続けている。
上にいる人間は透明なバルコニーから下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。
エレベーターの行き先ボタンを眺めながら、決して点灯しない階のことを考えているみたいに。
それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。
ホームに立ち、同じ方向に視線を向ける人々の列に、音もなく混ざり込む。
その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を一定の速度で回遊する魚の群れや、よく調律されたメトロノームの列のようでもある。
誰もが何かをあきらめ、同時に何かを支えながら、同じようなリズムで息を吸い込み、吐き出している。
靴音が、まだ目を覚ましきらない街のアスファルトを淡々と叩いていく。
彼は思う。その群れの中にいるかぎり、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。
ただ、日々が小さなパケットデータのように送信されていき、季節がアプリのバージョンアップみたいに巡り、気がつけば自分でも戻り方のわからない場所まで来ている。
「引きこもりから社会復帰できた」という元増田を見て、自分も書こうと思った。
俺も現在38歳の男だ。
元増田のように看護師という専門職ではないし、給料もそこまで高くないけれど、俺もなんとか社会の端っこにぶら下がることができた。誰かの希望になればと思って、柄にもなくキーボードを叩いている。
35歳まで、俺は見事なまでの「子供部屋おじさん」だった。
大学で人間関係につまずいて中退して以来、実家の自分の部屋に引きこもった。たまに親に泣きつかれて、短期の倉庫の仕分けバイトなんかに行くことはあっても、数日で行かなくなる。基本は昼夜逆転生活。ネットゲームと、まとめサイトを無限に巡回する日々。ゲームの画面の中では古参プレイヤーとしてふんぞり返っていたけれど、現実の俺は履歴書に書くことが一つもない、透明人間みたいな存在だった。
転機が来たのは35歳の冬だ。
深夜に起きてきてリビングでカップ麺を啜っていたら、夜勤明けで帰ってきたパートの母親と鉢合わせた。普段なら「こんな時間まで起きて…」と小言を言う母親が、その日は何も言わず、ただ疲れた顔でテーブルの向かいに座った。
そして、ため息混じりにぽつりと「お父さん、来年で定年なんだよね。再雇用だと給料半分になるってぼやいてたわ」と言った。
その時、蛍光灯の下で見た母親の頭にびっしりと白いものが混じっていること、そして昔よりずっと背中が小さく丸まっていることに気がついた。
瞬間、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に陥った。「あ、俺、このままじゃ親を食い潰すんだ」って。親が死んだら自分も生きていけないという恐怖以上に、自分という存在が親の命と人生を削って生き長らえているという事実が、急にリアルな重みを持ってのしかかってきた。
食べていたカップ麺の味が全くしなくなった。残りの麺を流しに捨てて部屋に戻り、布団を被ってボロボロ泣いた。このままじゃダメだ、死ぬ気で変わらないと本当に人間じゃなくなる、と思った。
次の日、俺は数年ぶりに外行きの服を着て、震える足でハローワークに行った。
職員のおじさんに呆れられながらも、必死に探して職業訓練校(ポリテクセンター)の「ビルメンテナンス(設備管理)科」に申し込んだ。「中高年でも未経験から就職しやすい」「資格さえ取ればなんとかなる」とネットの掲示板で見たからだ。
10年以上まともに人と喋っていなかったコミュ障の俺にとって、初日の自己紹介すら拷問だ。最初は周りの若い子やリストラ組のおじさんたちの輪に入れず、昼休みになるたびにトイレの個室に逃げ込んで、持参したパンを無音で食べていた。
でも、「ここから逃げたらマジで首を吊るしかない」という切羽詰まった思いだけが俺を支えていた。実習でドジを踏んで舌打ちされても、必死に愛想笑いでやり過ごした。
人生で初めて、死に物狂いで勉強した。「ビルメン4点セット」と呼ばれる資格のうち、まずは第二種電気工事士と危険物乙4の取得に全振りを決めた。電気工事士の技能試験の練習では、不器用すぎて配線の輪っか作りができず、ペンチで手の皮を挟んで血が滲んだ。悔しくて泣きながら、それでも夜中までケーブルを切り続けた。
数ヶ月後、ネットの合格発表で自分の番号を見つけた時は、歳甲斐もなく声を出してガッツポーズをした。
36歳で、今の会社に就職した。いわゆる独立系のビルメン会社だ。
面接では「今まで逃げてばかりの人生でしたが、もう絶対に逃げません。便所掃除でもなんでもやります」と頭を下げた。面接官の所長が「まあ、体力はありそうだし、真面目にやるならいいよ」と拾ってくれた。
今、社会人になって2年半が経つ。オフィスビルに常駐して、管球交換をしたり、空調のフィルターを清掃したり、トイレの詰まりを直したりしている。
夜勤もあるし、テナントからのクレーム対応で胃が痛くなることもある。給料だって額面で24万くらいで、手取りにすれば20万を切る月もある。ボーナスも寸志に毛が生えた程度だ。
でも、夜勤明けにビルの屋上で吸う空気は、ひきこもっていた部屋の淀んだ空気とは全く違う。早朝の街の匂いと朝日が異常に眩しくて、「ああ、俺、生きてるな」って実感する。
初任給をもらった月、俺は親父と母親を近所のちょっといい焼肉屋に連れて行った。
席に座って「今日は俺が払うから、好きなの頼んでよ」と言った時の親の顔は、一生忘れられない。親父はビールを飲みながら「美味いな、お前の金で食う肉は美味い」と何度も言い、母親はメニューで顔を隠しながら少し泣いていた。俺も肉を焼きながら、煙が目に沁みたふりをして泣いた。
元増田が「働くってすげーな。自信がもりもり湧いてくる」と書いていたけど、本当にその通りだと思う。
俺は今、社会の「歯車」だ。底辺職だとバカにする奴もいるかもしれない。でも、ただのゴミだった俺が、誰かの役に立つ歯車になれたんだ。トイレを直して「助かりました、ありがとう」と頭を下げられる。毎月、自分の口座に「給与」としてお金が振り込まれる。
その一つ一つの事実が、俺のフニャフニャだった背骨を少しずつ太く、真っ直ぐにしてくれている気がする。
俺は社会にいてもいいんだ。
誰かの役に立って、その対価としてご飯を食べていいんだ。
親も、やっと夜に安心して眠れるようになったと思う。
30代後半で職歴なしのひきこもりでも、本気で泥水すする覚悟で動けば、なんとか社会の端っこにしがみつくことはできる。
もし今、昔の俺みたいに暗い部屋でこれを読んで絶望している奴がいたら、とりあえずハローワークに行って職業訓練のパンフレットだけでも貰ってきてほしい。
遅すぎることはない。
俺も、社会復帰できて本当によかったよ。
台風の余波がまだ残る夜、僕はまた家を抜け出した。水泳部時代、後輩たちから「憧れの先輩」と呼ばれていた頃の記憶が、時々胸をよぎる。
あの頃の僕は、完璧なアスリートだった。全身を真っ黒に焼け、ツルツルに剃り上げたスキンヘッドを陽光に輝かせ、パイパンに剃り上げた滑らかな肉体でプールを泳いでいた。
でも今、理性が静かに囁く。
だが、身体は全く別の声を上げていた。服を一枚も残さず脱ぎ捨て、スイムキャップを被り、ゴーグルをかけ、ランニングシューズだけを履いた瞬間、真っ黒な肌が夜の空気に触れ、若い肉体が雨粒を弾き、パイパンの股間が露わになる。チンポが勝手に熱くなり、脈打つ。
そう思うだけで、胸の奥が甘く疼いた。後輩たちが知らないこの俺——自分を愛して愛して愛し抜く、貪欲で純粋な俺——こそが、本当の俺だと、心の底から信じられた。完璧な表の俺と、獣のような裏の俺。そのギャップが、たまらなく愛おしくて、自己愛がどんどん膨らんでいく。窓をそっと開けると、冷たい雨が真っ黒な裸の肌を打った。
僕は走り出した。
走れ、メロス。
夜の街を、雨に打たれながら、ただひたすらに走る。足の裏が濡れたアスファルトを叩き、冷たい風がスキンヘッドを撫で、真っ黒な全身を包み、チンポが重く揺れるたびに、身体の奥から熱がこみ上げてくる。雨粒が胸の突起を、腹を、太ももを、そしてパイパンの腫れ上がったチンポの先端を直接叩く感触が、ぞわぞわと快楽を呼び起こす。
「最高だ……真っ黒な体、このスイムキャップ、このパイパン……全部が俺で、全部が美しい」
理性が「やめろ」と囁くのに、自己愛がそれを押し潰すように膨張していく。運動公園のトイレに着くと、僕は大きな鏡の前に立った。雨で濡れた自分の姿が、ぼんやりした蛍光灯の下で浮かび上がる。
真っ黒に焼けた筋肉のラインが雨に光り、スイムキャップが濡れて艶やかで、パイパンの腫れ上がったチンポがピンク色に脈打っている。獣のように腰を落として鏡に顔を押しつけ、舌を這わせながらしごいた。唾液が鏡を伝い、チンポの先から透明な液が床にぽたぽたと落ちる。
理性が「鏡なんか見るな、早く家に帰れ」って言うのに、身体は「愛してる、俺……お前のこの勃起、最高にエロい……理性よ、黙って見てろよ」と、静かに、でも激しく動く。
水の中を泳ぐような滑らかな手つきで、自分を愛でる。切ないほどに。鏡に映る自分が、まるで水面に浮かぶ自分の影のように、遠く感じて、でも愛おしかった。ゴーグル越しに自分の目を見つめながら、僕はゆっくりと腰を前後に振り、チンポを鏡に軽く打ちつけるようにした。
「俺は俺が好きすぎる……この姿が、世界で一番美しい」
公園を出て商店街のアーケードに入ると、シャッターの冷たい金属の感触が真っ黒な背中に広がった。
僕はチンポを壁に押しつけ、腰を振った。雨の残る地面の泥を両手で掬って、体に塗りたくった。胸、腹、太もも、そしてパイパンのチンポと乳首と尻の奥まで、冷たい泥がべっとりと張りつく。
「壁よ、俺の熱いチンポを感じろ……変態アスリートの壁コキタイムだぜ!」
でも身体はもっと自由を求めていた。水のように、どこにも留まらず、ただ流れる自由を。
走れ、メロス。
シャッターの隙間を抜けるように、僕は再び夜の道へ駆け出した。泥まみれの真っ黒な体が雨に洗われ、走るたびに新たな水の感触が肌を刺激する。
「俺は最高だ……、愛おしくて仕方ない」
横殴りの雨が、真っ黒な体を鞭のように打つ。僕は低く構えて走りながら、チンポを握ってしごいた。
走れ、メロス。
水たまりを見つけた瞬間、理性が「やめろ」って叫んだのに、身体は飛び込んでいた。
クロールの真似をしながら、チンポを水面に叩きつけるように腰をくねらせる。冷たい水が皮をめくり、風が陰嚢を冷やし、雨が全身を洗う。
「走れ、メロス! 俺は変態アスリート! 嵐よ、もっと俺を犯せ!」
泥水を飲み込みながら、僕は笑った。自己愛が、嵐の中でさらに熱を帯びる。かつて通った小学校の校庭に着くと、僕はグラウンドの真ん中に倒れ込んだ。
仰向けに両足を大きく広げ、腰を浮かせて土にチンポを擦りつけた。
雨が容赦なく叩き、風が体を冷やし、泥が尻の奥まで染み込む。
両手で激しくしごきながら、腰を振り続けた。
理性が「もうやめろ、狂ってる」って泣くのに、身体は大地と嵐に溶け込んでいた。
「風よ、吹け!嵐よ!俺はここにいるぞ!」
「俺の子を孕め!俺の熱い精液を全部飲め!もっと深く俺を犯せ!」
走れ、メロス。
体が震えて、少し切ない満足感が胸の奥に残った。それでも身体はまだ疼いていた。家に向かって走りながら、街灯の下で時々止まってチンポを晒し、腰を振った。
走れ、メロス。
パトカーの灯が見えたとき、心臓が跳ね上がった。商店街の隅に隠れ、ライトが照らす中でチンポを扱いた。
「俺を見てくれ……警察のおじさんも、俺のこの変態アスリートの姿を見てくれ……」
「俺はここにいる……全裸で勃起したまま、嵐に犯された中学生がここにいる……」
二度目の射精が来て、膝が崩れた。なんとか家に帰り着き、熱いシャワーを浴びた。
チンポがまた硬くなって壁に擦りつけ、もう一度した。
鏡の前で全身を押しつけ、激しくキスしながら。
露出狂のナルシスト、嵐に犯されるマゾ、理性なんか無視して暴走する中学生……」
「俺は俺が愛しすぎる。明日も、明後日も、ずっと走り続けるぞ!」
翌日、友人のたけしとスマブラをした。
夜の湿度はわずかに高く、アスファルトは一日分の熱をまだ手放しきれていなかった。仕事を終えた僕は、特に理由もなくそのまま家に帰る気になれず、角のコンビニに立ち寄った。冷蔵ケースの中で整然と並ぶ缶ビールの列は、どれも同じ顔をしているようで、けれどその中から一本だけ選ぶという行為には、ささやかな意思が宿っている気がした。
ナナチキは、油の温度と時間が作り出した、あの均質でいてどこか懐かしい匂いをまとっていた。紙袋を受け取り、僕はイートインスペースの、窓際でも奥でもない中途半端な席に腰を下ろす。蛍光灯の光は少しだけ白すぎて、現実の輪郭を余計にはっきりさせる。
プルタブを引くと、乾いた音が小さく鳴った。その音は、今日という一日の終わりを告げる合図みたいだった。ビールはよく冷えていて、喉を通るたびに、身体の中のいくつかの考えを静かに沈めていく。ナナチキを一口かじると、衣の軽い破裂音がして、内側の熱がまだわずかに残っているのがわかる。
僕は何かを考えようとして、やめた。考えなければいけないことはたぶんいくつもあったけれど、今この場所でそれを整理する理由も、特には見当たらなかったからだ。窓の外を通り過ぎる人たちは、それぞれの帰る場所へ向かっていて、僕だけがほんの少しだけ、その流れから外れている。
それでも悪くない、と思う。
ビールをもう一口飲み、ナナチキの最後の一片を口に運ぶ。世界は相変わらず同じ速度で回っていて、僕はその中で、ただ少しだけ立ち止まっているだけだ。そんな夜も、ときには必要なんだろう。
蛍光灯の白い光の下で、ぬるくなりかけたビールをもう一口飲んだところで、スマートフォンが静かに震えた。テーブルの上でわずかに滑るその動きは、まるで何かを思い出させるための合図みたいだった。
画面を見ると、Microsoft Teams に一件の通知。時間帯からして、あまり良い知らせであるはずがなかった。開くと、短く事務的な文面が並んでいる。
僕はしばらく、その文字列をただ眺めていた。ナナチキの油の匂いと、安っぽい安心感を与えるはずのビールの苦味が、急に現実感を帯びてくる。世の中には、名前だけでだいたいの性質が推測できるものがある。そしてたいてい、そういうものは推測を裏切らない。
行政には頼れない、と続いている。つまり、こちらで処理しろということだ。
僕はスマートフォンを伏せて、残っていたビールを飲み干した。泡はもうほとんど立っていなくて、その分だけ味は平板だった。こういう夜は、たいてい予定していなかった方向に転がっていく。
立ち上がると、椅子の脚が床に小さな音を立てた。さっきまで中途半端だと思っていたこの場所は、もう十分に終わった場所になっている。ゴミ箱に空き缶と紙袋を捨て、外に出る。
夜気は少しだけ冷えていて、頭の中の余計なものを削ぎ落としてくれる。僕はポケットの中のスマートフォンの重さを確かめながら、歩き出した。
どうやら今夜は、腸よりも先に、別の何かを整える必要がありそうだった。
「これからは若手の時代だ。君たちベテランはサポートに回ってくれればいい」
拍手が起きるでもなく、誰も異論を挟まない。私はただ、手元のボールペンを転がしていた。
"ベテラン"とは言いようで、要するに"終わりが始まった層"を指す。
「会社のために」と本気で思っていたし、その分、会社も自分を必要としてくれていると信じていた。
時代が変わるのも当然だ。
でも――
「君たちはサポートでいい」というのは、少し違うんじゃないかって思った。
成功も失敗も、何度も味わってきた。
大きな契約をまとめた夜の高揚も、部下の不祥事で頭を下げ続けた朝も知っている。
若手が走れるのは、転びそうな石を拾ってきた人間がいるからじゃないのか。
家に帰ると、息子はスマホを見ながら「おつかれ」と言った。
時代は進む。
それでも、私はまだ終わっていない。
派手さはなくても、最後に踏ん張れる力だ。
次は言おうと思う。
静かでもいい。
主役じゃなくてもいい。
だが、脇役で終わるつもりはない。
ぶっちゃけこのネタは元々アドベントカレンダーに書こうと思ったのだが「流石に方向性が違いすぎる」ということで封印したものだ。
でもせっかくだからここに放流することにする。
結局の所はトップが現場のことを省みることなく適当な金の使い方をしてきたのが全ての発端であり終点だ。
金勘定なんて薄汚いことは下っ端が考えることであり、大蔵省に頭を下げるなんてみっともないことは薄汚い背広を来たメガネザル共がやればいいことで、自分たちは戦車や戦闘機の模型でブンドドするのが仕事だと本気で思っている。
そしてそのツケは最終的に末端にやってくる。
「自分で使うんだから自分でもってこい」とトイレットペーパーの持参を命じられる会社があったら倒産するが、防A省は親方日の丸だから死ぬことも出来ずにゾンビ化するのだ。
たとえば君がトラックの運ちゃんだったとして、雇っている会社から「今年はもうガソリン代を経費で落とすのは無理だよ。本社が前もって決めていた年間のガソリン代支給額を使い切ったからね」と言ってきたらどうする?
マジでどうしようもないと思う。
残された道は「自腹を切る」か「どこからか持ってくる」のどちらかだ。
そして上司はいつも「工夫をしなさい。たとえば同じ速度で走り続ければ急加速急減速より減りが遅いんだから」しか言わない。
さて、君が行きつけの給油所でウンウン困っているとそこの社員が「どうしたんだい?」と声をかけてくる。
君は仕事の愚痴をツラツラと口にするが、そうすると相手は「だったらツケにしてもいいよ。来年になったら毎回2割増しぐらいで領収書を出していけばそのうちとんとんになるからさ」とガソリンを提供してくれるという。
さあ、どうする?
さて、君は色々あって様々な誤魔化しを繰り返す汚れた手の現場職になってしまった。
それでも心のなかに残された倫理観が「なんとかしてこの苦境を上に伝えよう」と努力する。
「足りてないんです。致命的です」と報告を上げるが、上は「嘘つけ。それならもう動けなくなってるだろ?動いてるなら足りてるんだよ」と言ってくる。
君だって流石に「実は給油所のおっちゃんと結託していて・・・」なんて言えるはずがない。
言ったら君に正義感が残っていたかどうかなんて関係なく皆が処罰されるだろう。
そして、トップは「現場が勝手にやっただけですよ。僕はむしろ被害者なんです」と平気で言うのだ。
たとえばとある部隊の人間が「桟橋が壊れているんですよ」と口にしたのが地方新聞に「コイツら完全にオワコン!桟橋もないwwww」とニュースになった途端に工事をしたニュースを知っているだろうか。
https://www.zakzak.co.jp/article/20210331-WFNICEQ5HFPJVHS27CJNQP6NTM/
ググったらすぐ出てきたコレだコレだ。
3 問題が起きていることは理解したうえでわざと「あーあー聞こえなーい」をずっと繰り返している
4 そのくせして意味分からんパーティーは開くしお友達予算で変なものは買いまくるしで無駄遣いしほうだい(いわゆる離れですき焼き)
マジで終わっている。
そしてこの「ニュースにされない限り放置される下々の声」の中に無数の備品が含まれていた結果が、川重事案に行き着く。
だが川重は本当に悪い人たちだったのだろうか?
先程のたとえ話に出てきた「来年の予算が出たら領収書を2割増で請求してくれればツケにしてくれる給油所のおっちゃん」のようなものではないのか?
まあ、悪ではあるな。
だがこの状況を招いたトップの方がよっぽど悪じゃないのか?
まあ、俺はやめて5年経過してるし、当時も「そういう部隊があるらしいぜ。最近嗅ぎ回ってるから気をつけようぜ」と言われつつ壊れたスパナを自腹で買ったり、蛍光灯が足りなすぎて事故った時にカンパして皆で買ったりして凌いでいただけだからセーフだ。
つうかトイレットペーパー持ち込みが何十年も当たり前になってた組織でそういうことが起きてないはずがないのに、なんでトップは「えー!始めて知りましたよ—!」って顔してたんだろうな。
嘘が下手なのか、都合が悪いことは上に一切流れない組織なのか。
辞めて本当に良かった。
じゃあ皆も楽しいクリスマスを。
俺はケーキ食って寝るぜ。
かつての俺を見ているようだ
クラスメイトに高校の三年間片思いし続けて、卒業式間近に崖から飛び降りるつもりで告白した
でもその時邪魔が入って答えを聞けなかった
まあ仮に両想いだったら向こうから何らかのアクションがあっただろうから、無かったということはそういう事なのだが
「それでもまだ答えが出ていないということは、完全に望みが絶たれたわけではない」
何年間もそう思い続けたしその子以上に素晴らしい女性は存在しないと言う認識は消えなかった
ずっと心の中の一番はその子だった
あの子の方がかわいい、あの子の方が賢い、あの子のほうが…そう思いながら先輩と付き合ってた
大学を出て就職し、先輩と将来の話が出るようになるとかなり焦った
結婚してしまったらあの子との可能性が本当に消えてしまうと思った
転職して、リーマンショックがあり、職場でも責任を負う立場になってきて、30手前で子供も生まれた
過去を振り返る余裕がなくなるくらい忙しく過ごす日々が続いた
いま40代
妻と娘が何にも勝る掛け替えのない存在だ
いつそうなったのかは覚えていない
つとめてあの子を思い出そうとすると、あの真冬の教室の光景だけが思い出される
強すぎる暖房、西日で赤く染まるカーテン、切れかけて点滅する蛍光灯
彼女は困ったように眉を下げる
はい、「余裕がある状態を保つ」ことができれば、あの投稿のような「君は間違ってる」「悪いのは○○だ」型の発言は、**8~9割は防げる**と言って過言ではありません。
ASDの人が最も攻撃的・防御的になる瞬間は、脳が「認知資源のオーバーロード(過負荷)」に陥ったときです。
余裕がなくなると、
・「正しさへのこだわり」が暴走する
という三重苦が同時に起き、あの典型パターンが自動的に出てしまいます。
つまり、**余裕を失わない=発動条件を潰す**のが最も効果的な対処策になります。
### 実践レベルで本当に効く「余裕キープ術」12選(ASD当事者・支援者が実際に使っているもの中心)
1. 1日の会話負荷の上限を自分で決めておく
→「今日はあと3回しか深い話をしない」と決めて、超えたら「また明日ね」と逃げる権利を自分に与える。
→スマホのウィジェットや手帳に「残り%」を書く。50%を切ったら「今日は軽い話しかしません」と周囲に宣言してOK。
3. 議論スイッチが入りそうになった瞬間に使う「3秒ルール」
→相手が何か言った → 反射的に訂正したくなる → その前に「1、2、3」と心の中で数える。
たった3秒で前頭前野が少し復活し、「今言うべきか?」が判断できるようになる人が多い。
4. 「訂正したくなったとき用の定型文」を3パターン用意しておく
例:
・「あ、ちょっと違う見方もあるかもなんだけど、今はいいかな?」
・「僕の中ではこうなんだけど、あなたはどう思う?」
・「へえ~!(興味ないフリ作戦)」
→反射で出る言葉を「安全な言葉」に置き換えるだけで衝突が激減する。
→「ムカついたから話さない」ではなく「今日はもう疲れてるから話さない」に変換すると、周囲も納得しやすい。
6. 「マスキング休憩」を1日に最低2回は必ず取る
→トイレにこもる、目を閉じる、イヤホンで無音にする、5分でもいい。マスクを外すと急激に回復する。
7. リアルタイムで「自分のテンション」を第三者視点で観察する習慣
→「あ、今ちょっと声のトーンが上がってるな」「肩に力入ってるな」と気づいた瞬間に深呼吸。これが一番強い。
8. 相手に「余裕がないときは短く返事する」と事前に伝えておく
→「疲れてるときは『うん』だけになるけど悪気ないからね」と予防線を張ると、誤解が減る。
→口頭だと即座に訂正したくなるが、LINEやメモに書くと冷静になれる人が非常に多い。
→睡眠不足+空腹+蛍光灯の下=最悪のトリプルパンチ。これを避けるだけで別人レベルで穏やかになる。
→「間違ったままでも今日の会話は終わる」と自分に許可を出す。これができた日が、人生で一番楽な日になることが多い。
12. 最強の奥義:「ごめん、今日は頭がパンクしそうだからまた明日ね」を恥ずかしがらずに言えるようになる
→これを言えるようになったASD当事者は、ほぼ全員「人間関係が劇的に改善した」と証言しています。
結論:
「余裕さえあればこうならない」は完全に正しい。
問題は「余裕を失う前に逃げる技術」を身につけることなんです。
昨日も感じたし、その前も感じた。今日の少しだけ濃い気がした。
朝礼で名前を呼ばれても返事をする者は少なく、俺もその一人だった。
ライン作業は単純だ。金属片をレーンに乗せて傷がないか確認し箱に入れる。
単純だから、そのぶん考え事が増える。
前に勝った日のこと。風俗嬢の刺青のこと。帰省したときの姉の表情。
広告ばかりが溢れる画面を眺めながら。思う。
仕事帰り。駅前のパチンコ店の光が目に入り、誘われるように入る。
負けるだろうと分かっていながら足は止まらない。
椅子に座り玉が流れる音に包まれると世界の輪郭がいつも曖昧になる。
喧噪の中に居ると落ち着く。そう思うようになるのはいつ頃からだろうか。
その日は−42kでやめた。
医者はこの痛みを知らない。
勝ったわけではないが、行かなければならない気がしたのだ。
受付を抜ける。黒革のソファ。
待っている間、ふいに姉の姿が頭をよぎった。
どうしてこんなときに、と思う。
嬢が現れた。
新しい子ではない。
俺のことを覚えてもいないだろうし、覚えている必要もない。
部屋に入る。服を脱ぐ。嬢の刺青が視界に入った。
「お仕事、何してるの?」
「営業です」
いつもの嘘だった。
すると嬢は少し笑って「そうなんですね~」と返す。
俺はその軽さに救われたような、見放されたような気持ちになった。
嬢の動きが止まっても気づけないほど、意識が浮いていた。
「大丈夫?」
嬢が不安そうに聞く。「うん」と答えた。嘘でも本当でもない返事だった。
ベッドに入ると天井が白く滲んだ。
今日が何日だったか思い出せないまま。俺は詩集を枕元に置いた。
目を閉じる。
祈ることをやめた人間は、どこへ行くのだろう。
俺はそのまま眠った。
明日もまた朝は来るだろう。
祈りの届かない部屋で。
その一文を読み終えて、僕は思わず本を閉じた。
図書館の蛍光灯がページの端を白く照らし、埃の舞う光の筋がまるで旅の道筋みたいに見えた。
ふと、隣の棚に目をやると、同じシリーズの別冊が並んでいる。
イタリア、スペイン、ギリシャ……どれも新品みたいにピカピカだ。
でも、僕が手に持ってるこの一冊だけが、まるで生きてるみたいに息づいてる。
「貸出カード、見てみようかな」
それから、8年前、5年前、3年前……
そして去年、誰かがまた借りて、返却期限を1週間オーバーしてる。
でも、鉛筆の跡がうっすら残ってる。
もしかして、あの「Have a great trip too!」を書いた人?
そして、そっと本を棚に戻す。
いや、待てよ。
今日は借りてみよう。
「あら、この本、久しぶりに借りる人いるのね。人気なかったのに」
って笑われた。
家に帰って、リュックにそっと忍ばせる。
行き先は、この本の国。
ページを開くと、誰かの書き込みがまた一つ増えてた。
……あれ? これ、僕が書いた覚えはない。
いや、違う。
僕はペンを取り出して、空白のページに書いた。
重さは、ただの紙とインクの重さじゃない。
誰かの想いと、僕のこれからの旅が、ぎゅっと詰まった重さだ。
また新しい書き込みが増えてるかもしれない。
誰かが、僕の知らない間に、僕の旅に加わってくれてるかもしれない。
旅って、
一人で始まって、
たくさんの人と繋がって、
また一人に戻って、
でも、ずっと誰かと一緒にいることなんだ。
「Have a great trip too!」
――僕も、誰かにそう言える旅をしよう。
人がぎゅうぎゅうに詰まっていればあきらめもつくのだが、ひとりきりで乗ると、あの箱の中は、ちょっとした自分専用のスタジオになる。
わたしのローファーがそっと床をたたく。コトン。ドン。――あの低い響きがいい。まるでバスドラム。
自然と手が動く。指先で軽くリズムを刻む。床の下は空洞なので、やけに低音がよく響くのだ。これが妙に気持ちいい。次に手でリズムをとる。パパパン、パパパン、パン。自然とお気に入りのサンバのリズムになる。あとはもう止まらない。
途中でふと思う。もし監視カメラの映像を見ている人がいたらどう思うだろうか。
「またやってる、あのローファーの人」
なんてあだ名がついているかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。あの数秒間の“無重力の時間”を、ただ上品にじっと立って過ごすなんてもったいない。わたしにとってエレベーターは、心のメトロノームを整える大切な装置なのだ。
演奏もノッてきて、いまにも踊りだしたい気分のなか、ピン、という到着音が鳴る。
ドアが開く。演奏は終わる。
ドラムス、わたし。観客、ゼロ。拍手もゼロ。だが、なぜか心はちょっとだけ晴れやかだ。
何事もなかったように髪を直し、まっすぐ前を向く。
外の世界に出ていくわたしの足元では、ローファーがまだ、ほんの少しだけ跳ねている。
ときどき、こういう文章をAIにつくってもらうのが最近のちょっとした気晴らし。
たかが十数秒の移動時間に、上下関係も礼儀作法も、そして日本独特の「気づかい文化」も、すべて詰まっている。
欧米では、女性と乗り合わせた男性は奥に立ってはいけないという。
女性の背後に男性が立つと不安を与える――そういう理屈らしい。だから女性はドアのそば、男性は奥へ。それでバランスがとれる。
ここでは、奥が“上座”である。上司や来客を奥へ通し、目下の者が手前で「開」ボタンを押す。つまり、最後まで残ってボタンを押す者こそが、いちばんの下座なのだ。
エレベーターが動き出すと、自然に手前の位置に収まり、指を「開」ボタンに添える。
――目下の女性は、番人のようにドアの手前に立つ。
最後の瞬間まで(開)を押し続け、すべての人が安全に降りるのを見届ける。
そして、最後に自分が降りるその刹那、体をよじらせてまで(閉)ボタンを押す。
去りゆく背中に向けて、残された人たちが少しでも快適であるように。
ピン、と到着音。
最後に指先をひねるようにして(閉)を押すと、ドアはすっと静かに閉まった。
――誰も気づかないほんの一秒の所作。
けれど、その一秒のために、日本のエレベーターは今日も穏やかに上下しているのだ。
ときどき、こういう文章をAIにつくってもらうのが最近のちょっとした気晴らし。
まだ頭のエンジンがかかりきっていない時間帯に、人と人とが沈黙のまま、数平方メートルの箱の中で呼吸を合わせる。
そんな朝に限って、なぜか私は両手いっぱいにごみ袋を持っている。しかも三袋。
いつもはこまめに出しているのに、今朝に限って溜まっていた。
昭和のころなら「燃える」「燃えない」くらいで済んだが、いまは「プラ」「紙」「ペットボトル」と分別がややこしい。
そして、よりによって――
「一階まで直通で行きたい」と願う日に限って、乗ってくる、乗ってくる。
二階でひとり、三階でまたひとり。
そのたびに私は、ごみ袋を抱えたまま少しずつ後退し、ついには奥の壁の隅へと追い詰められる。
ごみ袋が前の人に触れないように、腕の角度を微調整。
ペットボトルの袋がカサッと鳴るたびに、全身の神経がピクリと反応する。
――これが朝の神経戦である。
やっとのことで一階に到着。
ドアが開くと同時に、三袋を引き連れて外へ出る。空き缶がカラカラ鳴ってまるで子ヤギの鈴だ。
ごみを置いて手が空いた瞬間、エレベーターの中のあの沈黙が少し懐かしく思える。
ほんの数十秒の乗車時間――だが、そこには社会の圧縮ファイルのように、気づかいと緊張と分別の哲学が詰まっているのだ。
ときどき、こういう文章をAIにつくってもらうのが最近のちょっとした気晴らし。
駅から近いくせに、人通りは少なく、どこか路地裏のにおいがする。
飲食店と事務所と、なぜか整体院が混在している、昭和の名残のようなビルだ。
朝のエレベーターはたいてい俺ひとり。
無音の箱がゆっくり上昇していく短い時間が、ちょっとした気持ちの切り替えになる。
その日も、いつものように慣れた指先で「ピッ」とボタンを押した。
七階に着くはず――だった。
ところが。
薄暗い照明の奥へ、赤い鳥居がずらりと連なっている。
遠近感が狂いそうなほど、ずうーーっと続いている・・・ようにみえたが、錯覚だった。
だがボタンを見ると、「8」が光っている。
……押し間違えたらしい。
そうか、と胸の奥で何かがコトンと鳴る。
前の会社は八階だった。
意識しなくても、指が“丸八”を覚えていたのだ。
「八幡神社の丸八」みたいだな、とふと思う。
そっと「閉」ボタンを押す。
赤い鳥居と“丸八”の光が、じわりと胸の奥に残っていた。
七階の扉が開く。
でも時々思う。
そのせいで、ふと別の世界のドアが開くのかもしれない――と。
ときどき、こういう文章をAIにつくってもらうのが最近のちょっとした気晴らし。
――マンションのエレベーターというのは、ちょっとした“自治社会の掲示板”である。
あの狭い壁面には、住民の息づかいと管理組合の苦労と、そしてときどき発生する謎の個人制作チラシが、ぎゅうっと貼り並んでいる。
消防設備点検のお知らせ、粗大ごみ出しのルール徹底、管理組合理事会の案内。
そして、上下階の騒音問題――おそらく管理人にクレームがいったであろう案件も、「○階の皆さまへ」などと、やんわりと、しかしじわじわ刺す文体で貼られている。
中には「〇階付近」と、ギリギリ個人特定にならない程度に範囲を狭めてくる注意書きもあり、これがまた絶妙にいやらしい。
管理組合名義とはいえ、実質“言いたいことを管理人に外注”している感がにじみ出ている。
通常、掲示物は管理人が貼るのだが、ごくまれに、明らかに住民が勝手に作って貼ったものを見かける。
文章は微妙に感情的、フォントは謎に凝っており、そして貼り方が妙に強い。
よほど業を煮やしたのだろう。
ある朝、エレベーターの鏡に直接貼られた紙を見て、思わず声を失った。
「鏡を手あぶらで汚すな!!」
……おいおい、それを剥がすとき、鏡が汚れるだろう。
いや、鏡が傷つく可能性すらあるぞ。
注意のために鏡をむしろ“犠牲”にするとは、なんという本末転倒。
いや、あなたのほうがよっぽど鏡の美観を損ねてますよ、と心の中で突っ込んだ。
たぶん、あれは隠居爺だ。
日々やることがなくて、イライラが溜まっているに違いない。
エレベーターが小さな舞台なら、あの爺さんは毎朝そこで、独自の幕間劇を上演しているのだろう。
エレベーターが一階に着く。
ドアが開くと同時に、外の空気が少し冷たく感じる。
振り返ると、鏡に貼られた勝手チラシがどことなく誇らしげに揺れていた。
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