はてなキーワード: 省みるとは
SNS上では、時に「正義」の名の下に、当事者の置き去りにした議論が加速することがあります。
現在注目を集めているマンガワン・小学館の事件を巡り、成人済み腐女子を名乗るMさんが行っている発言は、その典型的な危うさを孕んでいます。
彼女は「被害者に寄り添っている」というスタンスを崩しませんが、その実態はどうでしょうか。
当事者の意思を軽視し、自分の正義感を押し付ける「独りよがりな支配」になっているのではないでしょうか。
2026年3月、マンガワン・小学館を巡る性加害事件の判決を受け、被害者(原告)本人が極めて冷静かつ切実な声明を発表しました。
しかし、この声明を巡り、SNSでは「被害者の代わりに怒る」代弁者気取りの正義厨の人々による、本人不在の議論が巻き起こっています。
特に、M氏の一連の発言は、一見すると被害者を擁護しているようでいて、その実は被害者の主体性を根底から否定するものでした。
まず、被害者本人が弁護士を通じて発表した声明の内容を正しく振り返りましょう。彼女は以下の点を明確に述べています。
小学館への感情: 強い怒りや恨みはなく、むしろ良い作品を世に出してほしいと願っている。
炎上の拒絶: 小学館や雑誌への過度な批判、炎上は望んでいない。
メディアへの訂正: 文春記事の「許せない」という見出しは本意ではなく、実際は「やるせない」と語ったのみ。
最大の願い: 自分の意思を勝手に解釈し、代弁者として正義を振るうのをやめてほしい。
大事なのは被害者は、自分が「怒り狂う被害者」としてネット民に消費されることを明確に拒んでいるのです。例え善意であってもです。
これに対し、M氏は被害者の声明をどう受け止めたのでしょうか。彼女の主張は驚くべきものでした。
> 「被害者の態度は虐待被害者特有の『認知の歪み』である」
> 「本来は怒り狂うべきなのに、それを抑えて謝罪するのは異常だ」
このように、普段より妄想と被害者意識の逞しい腐女子である彼女は、心理学的な用語を武器に、被害者の本心を「病的な反応」として処理しました。これは極めて危険な態度です。
被害者が自らの意志で「これ以上の争いは望まない」「前向きに活動してほしい」と言っているにもかかわらず、それを「認知が歪んでいるから、本心では分かっていないのだ」と決めつける。これは、被害者から「自分の感情を定義する権利」を奪う行為です。
M氏は、自分を「被害者の寛容さに甘えない、厳格で正しい大人」だと位置づけています。
しかし、その構図を整理すると、彼女の「寄り添い」がいかに独善的かが浮き彫りになります。
| 項目 | 被害者本人の意思 | ムラサキアジサイ氏の解釈 |
| 小学館への態度 | 良い作品を期待し、協力したい | 謝罪など論外。怒るべき。 |
| 社会の反応 | 炎上させてほしくない | 批判の手を緩めるのは甘え。 |
| 自身の発信 | 私の声を勝手に代弁しないで | 私は正しい。この歪みを指摘し続ける。 |
彼女が行っているのは「寄り添い」ではありません。
「自分が納得できる『理想の被害者像』への強制」でしかありません。
自分の正義感を行使するために、被害者を「正常な判断ができない弱者」に仕立て上げ、その声を封殺しているのです。
この独善的な振る舞いに対し、あおいとしき氏などが「素人が強く表明すべき内容ではない」「配慮が必要だ」とたしなめましたが、彼女の反応は極めて自己防衛的でした。
・ 「私は正しい」という信念を一切曲げない。
・「拡散される意図はなかった」と、影響力に対する責任を回避する。
・批判に対して「理解しましたが、私は否定し続けま)」という、対話を拒絶した形式的な返答。
他者の視点を取り入れ、自分の過ちを省みる柔軟さが欠如しているこの態度は、社会的に見れば非常に「幼稚」であると言わざるを得ません。
「被害者のため」と言いながら、実際には「自分の正義に酔っている自分」を守ることに終始しているからです。
M氏のような「暴走する正義」は、結果として被害者をさらに孤独にします。
本人が「やめてほしい」と言っている行為を、「あなたのためだから」と強行することは、加害者が行った心理的支配と構造的に何ら変わりません。
私たちは、彼女のこうした「専門用語を悪用した当事者軽視」に騙されてはなりません。真の寄り添いとは、相手の言葉をそのまま受け止め、その主体性を尊重することから始まります。たとえ納得できなかったとしても、自分が望む言葉を言わなかったからと言って認知の歪みだと言ってしまうような人を
「これが被害者に寄り添った態度だ」と持ち上げる人たちは、現実は腐女子の妄想とは違うことをまず認識すべきでしょう。世界は腐女子のイデオロギーでは動いていません。
M氏の発言は極めて幼稚なものと言わざるを得ませんが、本人は大人として発言しているつもりだそうなのでかなり救いがないですね。
「私は正しい」という鎧を脱ぎましょう。
そして当事者の静かな声に耳を傾ける。
本作は、ジャンプでかつて連載されていた少年漫画であり、女優を目指す少女と彼女の才能に魅せられた映画監督とを軸に、役者の世界を描いている。
中でも、9巻から描かれる舞台「羅刹女」を巡る物語の、特にサイド甲(主人公側)の演技は、現代のSNS問題を反映した非常に興味深い内容と言える。
そこで、「羅刹女」の物語を再解釈しつつ、マンガワン騒動で荒れる昨今のSNSを捉え直してみようと思う。
あらすじ等の解説はしないので、アクタージュ本編を先に読むことを推奨する。
三蔵法師一行の行手を阻む火焔山の炎を消すため、孫悟空は羅刹女に芭蕉扇を貸すよう要求するが、断られてしまう。
孫悟空は羅刹女を倒すことで、あるいは騙すことによって芭蕉扇を手に入れようとする。
三蔵法師は、あくまで羅刹女と対話することで、火焔山の炎を消してもらおうとする。
猪八戒と沙悟浄は、三蔵法師による説得の最中に割り込んで羅刹女を攻撃し、彼女の怒りを呼び戻してしまう。
一行の行動は(三蔵法師を除けば)無礼そのものであり、炎を消すことに正当性があったとしても、羅刹女には怒る権利がある。
むしろ、夫・牛魔王の不倫に対する怒りや、息子・紅孩児の悲報を受けての悲しみこそが、彼女を怒らせる原動力となっている。
彼女にとっては「怒ること」それ自体が目的であり、孫悟空たちの横暴は暴れるための理由づけでしかない。
読者が今回の件で怒るべきは、マンガワン運営側の不適切な対応が主である。
しかし、刑罰の軽さという司法上の問題や、特に関係のない過去の小学館の不祥事も含めて、彼らは攻撃材料にしている。
さらには、論理の不適切さを指摘した第三者や、意見表明をしない漫画家など、少しでも自分の意に反すると感じた対象に無条件に攻撃し出す人すらいる。
怒りの原点が事件そのものにあったとしても、彼らも羅刹女と同様、ただ八つ当たりがしたいだけのように見える。
このような羅刹女の人物像について言及される場面がscene95にである。
今回のマンガワンの騒動、あるいは政治や教育、男女差の問題など、常日頃から何らかの事象に怒り続けている人々はSNS上に数多く存在する。
彼らは読者であり国民であり、性別を有する人間であるため、これらの問題全てに対して当事者である。
しかし、彼らは本当に、それぞれの事象に純粋に怒っているのだろうか?
日頃の鬱憤、喪失の悲しみ、社会に対する無力感などをぶつける先を求めているだけではないか?
「社会は一貫して狂っており、だからこそ自らは一貫して怒り続けなければならない」
そのような、ある種の強迫観念囚われているだけでないのだろうか?
怒っている人に「あなたはただ誰かに八つ当たりしたいだけでしょう?」と言うのは簡単だ。
しかし、それをストレートに伝えたところで、単なる煽りか論点ずらしと思われ、さらなる怒りを買うだけである。
だからこそ、舞台「羅刹女」においては、彼女に共感し理解しようと努力する三蔵法師が説得役となる。
とにかく怒りをぶつけようとする羅刹女は、三蔵法師の柔らかな態度と、そこから放たれるある種の正論にたじろぐ。
怒り狂う人間に対しては、感情を理解しようとする第三者からの説得が効果的であることが、ここで強く表現されている。
しかし先述の通り、三蔵法師の説得は、猪八戒と沙悟浄の横入りによって一度失敗する。
彼らは三蔵法師の手下であり味方である一方で、三蔵法師が羅刹女を説得する上では障害となっている。
「火焔山の炎を消したい」という目的こそ一致しているが、取るべき手段が真逆なのだ。
同じ主張であっても、優しく諭すように伝える人もいれば、他人を馬鹿にするような表現を使う人もいる。
常識的な対応をしていたはずの人間が、レッテル張りと罵倒によって冷静さを失い、過激な発言を繰り返すようになることは多い。
だが、これは他人を馬鹿にする人間が悪である、という単純な話ではない。
他者を罵倒し嘲笑う人々のうち一定数は、自らの主張を通すためには説得より攻撃が適切であると信じている。
他人の醜態を笑い、徹底的に馬鹿にすることが、相手の反省に繋がると考えているのだろう。
そして、力づくで奪うことも、罵倒によって意見を通そうとすることも、確かに手段の1つではあるのだ。
終盤、羅刹女は孫悟空・猪八戒・沙悟浄を倒した上で、再び三蔵法師と対峙する。
そして、3人を痛めつけながら、三蔵法師に「私を許してみろ」と詰め寄る。
もちろんこれは「許せるわけがない」と確信しているからこその行動である。
対して三蔵法師は、怒りを顔に浮かべつつも、「あなたを許します」と答える。
この会話は少し奇妙な流れと言える。
先に羅刹女に手を出したのは孫悟空であって、反撃を受けて痛めつけられたのは自業自得である。
問答の流れに沿うとはいえ、三蔵法師が「あなたを許します」というのは、手下が無礼な行いをした後の態度としては尊大すぎる。
「頼みを断られたから強硬手段に出たら返り討ちにされました」に対して怒るのは、それこそ八つ当たりだ。
しかし、だからこそ三蔵法師の怒りの表情は羅刹女の鏡として機能する。
しかし羅刹女にとって、自分が孫悟空たちに怒る理由は、彼らの横暴に対してでなければならない。
怒る自らを肯定するためには、今の怒りが八つ当たりだと認めるわけにはいかないからだ。
だからこそ、自らが孫悟空たちを痛めつけたならば、三蔵法師には怒ってもらわねばならない。
そうでなければ、怒っている自分がおかしいと証明されてしまうからだ。
ところが三蔵法師は、八つ当たりに近い無意味な怒りの醜さと、その感情を理解しつつも「許す」と宣言して見せる。
結果として、鏡を見るような形で、羅刹女は自らの醜さを理解することになる。
SNS上でも、過激に他者を批判していた人が、より過激な発言をする第三者を見て少し冷静になる事例がたまに見られる。
自らの醜悪さは、鏡写しの他者を見せつけなければ理解できない。
ただし、その醜い姿が自分であると認識できなければ、自らを省みることには繋がらないだろう。
現代社会においては、ダブルスタンダードを避け、常に一貫性を保つことが求められ続けている。
「理由の説明があれば意見・考えが変わっても良い」と言う人もいるが、これまでの考えが過ちだと公の場で認めるのはなかなか勇気がいるし、仮に認めたとしても、その説明をあらゆる人間が読んでくれるとは限らない。
だからこそ人々は一貫して怒り続けなければならないだろう。
怒りに震える羅刹女の救いは、怒りのために用意された舞台の中にはなかった。
目を向けていなかった、舞台の外にこそ彼女の「豊かさ」があり、それは演技から外されて初めて見えるものであった。
マンガワン騒動では、直接関わりのある作家や運営、編集者だけでなく、単に連載を持っているだけの他の作家や、事情を知らなかったであろう小学館の他の部署に対しても批判が相次いでいる。
特に、日頃からSNSを活用し、発言しないことにすら意味を見出されるようになった人々は、その影響をダイレクトに受けているように見える。
SNS上の人格、その一貫性という物語に囚われてしまうと、際限のない怒りに呑まれ、論理的な判断ができなくなってしまう。
アクタージュの「羅刹女」は、マンガワン騒動の外部からもたらされた、SNS社会に対する警鐘であり、醜さを映す鏡であり、彼らへの救済である。
百合子と蓮舫の一騎打ちだったはずなのに、蓋を開けてみれば蓮舫は石丸とかいう地方から出てきた謎の人物にすら負けたじゃないか。
あの時に辻元清美が「もう通用せえへんのかな」って反省してただろ。
でも結局、あれから何度もチャンスがあったのに、左派が全然反省しなかったから、今回の衆院選で自民党が大勝しただろ。
#蓮舫流行ってる とか #ママ戦争止めてくるわ とかのやつね。
タグ芸をやる人達は知らないだろうけど、タグ芸ってかなり賛否両論別れる行為だよ。
アイドルのファンダムがよくやるんだけど、タグ芸やりたい派とタグ芸はキモい派で常に喧嘩してる。
タグ芸は、推しがコロナになって大きい仕事に穴を開けてしまったときとか、MVの再生回数が何百万回いったときとか、所属事務所の創業者が地獄にいるのに現世でも死刑になったせいで仕事がなくなったときとか、そういう大きいトピックがあったときに発生しがちだ。
声のデカいオタクが「#〜 ってハッシュタグをつけて気持ちを推しに届けよう!」って言い出して拡散していく感じ。
一方でそういうタグ芸が同調圧力だったり、エモの押し付けっぽかったりとかして、タグ芸に批判的なオタクも結構いる。
ただ、タグ芸好きな人はタグ芸好きな人同士でつるむし、タグ芸嫌いな人はタグ芸嫌いな人同士でつるむ(というかタグ芸キショいという話題で愚痴垢が盛り上がる)から、両者が分かり合うことはない。
オタクのファンダムですらタグ芸ってかなり危険な手段なのに選挙でタグ芸なんかやったら、身内以外からどう見られるか。
一旦立ち止まって考えた方がいい。
普段タグ芸を叩いてるオタク達は左派のタグ芸を見ただけで引くだろうし、非オタの無党派層にだってタグ芸が響くかは怪しい。
政治は推し活じゃないって言うけどさ、もう手遅れで政治は既に推し活文化に取り込まれてるんだよ。
高市早苗の名前うちわも、大椿ゆうこの名前うちわも見かけたからな。
その中で立ち回りが上手かったのが自民党とそのファンダムだったという話。
自民党支持のけーぽペンとか、共産党支持のジャニオタとか、趣味と党派性が一致してないオタクもいない訳ではないが、好きな若手俳優が学会員だから自分も学会に入ろうとするオタクが出現したりもする(大方、二世信者に止められるが)。
また、自分自身もそんな熱狂の中にいることを時折省みるべきなのである。
そして、熱狂している自分というものが、他者からどう見えているかも考えてみるべき。
その「薄っすらキモい人」が発信している情報というのが、他者からどういう風に受け取られるかを、たまには立ち止まって考える必要がある。
流行ってると勘違いしてるのはそのコンテンツが好きな人同士だけで、界隈の外から見たら内輪で盛り上がってる変なコンテンツでしかない。
「○○気になってたけど変なファンが多いから近づくの止めた」と言われないように。
政権批判をするなとは言わないが「我々が述べているのは誹謗中傷ではなく真っ当な批判」という言い訳は、菊池風磨のアンチと同じことを言っていると気づいて欲しい。
ただでさえ悪口と批判の区別がつかない人が多い中でこんな言い訳をするなんて、高市さんのアンチだ!とレッテルを貼られても仕方がないのだ。
そして自分が熱狂しているコンテンツが流行っていないことを自覚し、謙虚に振る舞う。
正しさでだけでは、人は動かないのだから。
https://anond.hatelabo.jp/20260123080618#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260123080718#
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https://anond.hatelabo.jp/20260123082800#
dorawiiより
全力の負け惜しみきっついw
https://anond.hatelabo.jp/20260123084120#
全力だと思ってるの楽観視きつくて草
dorawiiより
ムキになって更に二連トラバしてて草
https://anond.hatelabo.jp/20260123160348#
dorawiiより
あまりの悔しさに更に三連トラバをして六連トラバにしている異常者
https://anond.hatelabo.jp/20260124185127#
1/24(土) 18:51
アンチ 気絶中!w
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260124212217#
1/24(土) 21:22
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260125213408#
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ぶっちゃけこのネタは元々アドベントカレンダーに書こうと思ったのだが「流石に方向性が違いすぎる」ということで封印したものだ。
でもせっかくだからここに放流することにする。
結局の所はトップが現場のことを省みることなく適当な金の使い方をしてきたのが全ての発端であり終点だ。
金勘定なんて薄汚いことは下っ端が考えることであり、大蔵省に頭を下げるなんてみっともないことは薄汚い背広を来たメガネザル共がやればいいことで、自分たちは戦車や戦闘機の模型でブンドドするのが仕事だと本気で思っている。
そしてそのツケは最終的に末端にやってくる。
「自分で使うんだから自分でもってこい」とトイレットペーパーの持参を命じられる会社があったら倒産するが、防A省は親方日の丸だから死ぬことも出来ずにゾンビ化するのだ。
たとえば君がトラックの運ちゃんだったとして、雇っている会社から「今年はもうガソリン代を経費で落とすのは無理だよ。本社が前もって決めていた年間のガソリン代支給額を使い切ったからね」と言ってきたらどうする?
マジでどうしようもないと思う。
残された道は「自腹を切る」か「どこからか持ってくる」のどちらかだ。
そして上司はいつも「工夫をしなさい。たとえば同じ速度で走り続ければ急加速急減速より減りが遅いんだから」しか言わない。
さて、君が行きつけの給油所でウンウン困っているとそこの社員が「どうしたんだい?」と声をかけてくる。
君は仕事の愚痴をツラツラと口にするが、そうすると相手は「だったらツケにしてもいいよ。来年になったら毎回2割増しぐらいで領収書を出していけばそのうちとんとんになるからさ」とガソリンを提供してくれるという。
さあ、どうする?
さて、君は色々あって様々な誤魔化しを繰り返す汚れた手の現場職になってしまった。
それでも心のなかに残された倫理観が「なんとかしてこの苦境を上に伝えよう」と努力する。
「足りてないんです。致命的です」と報告を上げるが、上は「嘘つけ。それならもう動けなくなってるだろ?動いてるなら足りてるんだよ」と言ってくる。
君だって流石に「実は給油所のおっちゃんと結託していて・・・」なんて言えるはずがない。
言ったら君に正義感が残っていたかどうかなんて関係なく皆が処罰されるだろう。
そして、トップは「現場が勝手にやっただけですよ。僕はむしろ被害者なんです」と平気で言うのだ。
たとえばとある部隊の人間が「桟橋が壊れているんですよ」と口にしたのが地方新聞に「コイツら完全にオワコン!桟橋もないwwww」とニュースになった途端に工事をしたニュースを知っているだろうか。
https://www.zakzak.co.jp/article/20210331-WFNICEQ5HFPJVHS27CJNQP6NTM/
ググったらすぐ出てきたコレだコレだ。
3 問題が起きていることは理解したうえでわざと「あーあー聞こえなーい」をずっと繰り返している
4 そのくせして意味分からんパーティーは開くしお友達予算で変なものは買いまくるしで無駄遣いしほうだい(いわゆる離れですき焼き)
マジで終わっている。
そしてこの「ニュースにされない限り放置される下々の声」の中に無数の備品が含まれていた結果が、川重事案に行き着く。
だが川重は本当に悪い人たちだったのだろうか?
先程のたとえ話に出てきた「来年の予算が出たら領収書を2割増で請求してくれればツケにしてくれる給油所のおっちゃん」のようなものではないのか?
まあ、悪ではあるな。
だがこの状況を招いたトップの方がよっぽど悪じゃないのか?
まあ、俺はやめて5年経過してるし、当時も「そういう部隊があるらしいぜ。最近嗅ぎ回ってるから気をつけようぜ」と言われつつ壊れたスパナを自腹で買ったり、蛍光灯が足りなすぎて事故った時にカンパして皆で買ったりして凌いでいただけだからセーフだ。
つうかトイレットペーパー持ち込みが何十年も当たり前になってた組織でそういうことが起きてないはずがないのに、なんでトップは「えー!始めて知りましたよ—!」って顔してたんだろうな。
嘘が下手なのか、都合が悪いことは上に一切流れない組織なのか。
辞めて本当に良かった。
じゃあ皆も楽しいクリスマスを。
俺はケーキ食って寝るぜ。
電子書籍のサービス終了に際して「読めなくなるのは許せない」と憤る人々を見るたびに、私は正直なところ理解に苦しむ。なぜなら、そこには読書という行為を根本から誤解している姿勢が露呈しているからだ。
読書とは、本という物体やデータを所有し続けることではない。本質は、そこに書かれた情報や思想を読み取り、自分の思考体系に組み込み、行動や判断に反映させることにある。読み終えた瞬間から、その本はすでに「外部記憶装置」としての役割を終え、内容は読者の内側に移行する。これが健全な読書体験である。
電子書籍を購入したらその日のうちに読み切り、得られた知識や感想を即座にアウトプットし、要点を自分の言葉で再構築する。そうすれば内容は長期記憶として定着し、何年、何十年経とうが必要なときに再生可能だ。そこまで完全に消化してしまえば、元データが消えようが何の問題もない。むしろ、読み返さなければならないという状況自体が、理解不足や消化不良の証左と言ってよい。
それにもかかわらず、サービス終了に狼狽し、「買ったのだから永久に読めるべきだ」と権利を主張する人々は、本を読んだ気になっているだけで、実際には何も自分の中に残していないのではないか。蔵書数やライブラリの体裁に執着し、知的であるかのような外観を維持したいだけの、いわば読書家ごっこである。中身が空洞だから、外部に依存せざるを得ず、外部が失われた途端に取り乱す。
厳しい言い方をすれば、そうした「保持できない読者」に社会全体が過剰に配慮する必要があるのかは疑問だ。変化の激しい国際情勢や技術環境の中で生き抜くために求められるのは、情報を迅速に吸収し、内面化し、次の行動に転化する能力である。データの保管場所が失われた程度で機能不全に陥るようでは、競争社会において足手まといにしかならない。
電子書籍が消えることを恐れる前に、自分の頭に何が残っているのかを省みるべきだ。本を「持っている」ことに安心するのではなく、「理解しきった」と胸を張れるかどうか。そこにこそ、読書の価値と個人の知的成熟度がはっきりと表れるのである。
同じくセックスに対して和解するなら方向性が別だと思うんだよな。
毎回ドレスコードありのフルコースであり、テーブルマナーゴリゴリで、疲れちゃうというのは、
もっと雑にサクッとハメるほうが推奨されると思うんだよな。
膣の入口にちんこあててチューしてればじきにぬるっと入るんだから、
そんなもんでいいんだよ。
全部で10分くらいでサクッと終わらせる。
セックスはコミュニケーションというのが、どこかのブコメで人気だったけど、
相手が許容できるセックスを度外視し、自分のセックス論を強要する増田の方にも多いに省みるところはあるだろう。
それは多分、もはや儀式なんだよ。
恋人間は、こんな感じで月に数回丁寧に抱く儀式。異論は認めない。みたいな。
私は高市総理の発言も迂闊過ぎると見ていたものの、その後の中国政府の対応に「うわぁ……(ドン引き)」となりそれどころではなくなった。
この「うわぁ……」を言語化すると「あまりに子供っぽい反応で絶句」である。
「汚い首は斬ってやる」を始めとした中国外交部のSNS暴言、ポケットに手を入れたまま歩く中国アジア局長、「経済・文化・人の往来」の制限、戦力をチラつかせる脅し、外交での告げ口。
子供か。
中国はこれで相手の態度を変えられると思ってるのだろうか。大半の日本人はびっくりしたし、それと同時に呆れただけだと思う。まるで子供みたいな国だな、と。
私もこれらをニュースで見るたび「うわぁ……(ドン引き)」となっていた。
ニュースで識者がよく言っていた「こういう反応をする隣国があるということを認識しなければならない」というのは、
言外に「中国は子供みたいに癇癪起こすから、癇癪を起こさせずにあやす方法を覚えるべき」と言ってるんじゃないか。
私の感じた「うわぁ……(ドン引き)」の(ドン引き)部分には様々な感慨があるのだけれど、主要な成分は次のようなものだ。
「仮にも三千年の歴史があるといわれる中国がこういう対応をするのか……人類の進歩とは……」
とはいえ、中国は自ら歴史を捨ててきた歴史もあり、現在も自国以外のネットサービスを遮断したり、悲観的な報道やSNS投稿を規制する等、「省みる」ことへの忌避感が強いと感じられる。
記憶に新しい香港のマンション火災もほとんど報じておらず、まだ火災が続いていた状況で既に鎮火したと報じていたようだ。
なるほど。
過去に起きた出来事を直視して受け止めることができていないと、子供のような振る舞いになる。
今回の中国だけでなく、様々な場面でそういう振る舞いを見る機会が多くなっているが。
日本は衰退し続けている。
このような反論が返ってくる
「衰退していない、緩やかに成長している」「ゼロ成長でマイナスにはなっていないのだから衰退ではない」
たいていの人はこのような認識だ
そして原因は「政治が悪い」。99.9%はこのように答える。
いやいやいやいや、民主国家で主権は国民にあるんだから国民の責任でしょ。
政治家に騙されたと言うが、何年騙され続けてるの?やっぱりバカじゃねぇか
かつ、毎回騙されてるのにちっとも反省しない、記憶力がヤバい。
小学生が急に成長が止まったとする、
とは言わない、諸外国が成長し続けてる、世界平均で年4-5%成長してて自国だけ30年間ゼロ成長なんだから
なにかが間違えてる、病院にでも連れて行くのが普通だが、お薬を飲もうとしないのが日本人。
そもそも日本人は自信過剰だ、我々民族は優秀、このような幻想を抱いている。
いやいやいやいや、自力で産業革命も民主化も成せなかった程度でしかない。そこらの土人と変わらん。
ギリ中世までは到達できたが、そのほとんどが中国や朝鮮からの盗用
独自の文化が花開いた、的な枕詞で賛美するが、江戸時代、科学的な成長や成果は皆無だ。
金銀銅、当時のレアメタル三種セットと主要エネルギーの石炭が廉価な労働力で無尽蔵に採掘できる国で
成長しないほうがおかしい、成長というても、余りある金で西洋から文化、科学を買ったにすぎない
大正から昭和初期、世界中で鉱山開発が進み、主要エネルギーが石油に転換し秒で斜陽、
かろうじて残っていた社会資本(軍事力他)をフル回転させアジア周辺国から搾取して生き延びていたわけだが
西洋から「そーゆーの、えー加減にせぇよと」、フェアにやろう、非人道的、不条理不合理な弱者からの搾取はもうやめよう。
植民地とかもうやめよう、ってかつて植民地のフィリピンをとっくに独立させていたアメリカが日本に突きつけたのがハルノート。
ハルノートを強欲なアメリカが理不尽な要求で日本を追い詰めた、という図式で解釈している奴がいるが、
中身読んだ?歴史勉強した?どうみても真っ当で妥当で正当性のある要求でしかない。
だが、国内で3500万人程度の食料しか自給できない国土にもかかわらず、無計画に人口増やし続けた結果、7000万人。
輸出して稼ぐにも天然資源はすでに国際競争力を失い、第二次産業、加工産業も長らく西洋の模倣しかしておらず
独自技術や先端技術は無いので西洋の製品に価格も性能も敵わない、外貨を稼げない。
大消費地の中国に近く、西洋に対して輸送コストのみが競争力だった。
だが、第一次世界大戦で船舶輸送技術が大幅に進歩し、地の利を失った。
そこに追い打ちのハルノート、戦勝利権、大昔の最恵国待遇とかいい加減に戻せ、フェアにやれという要求にすぎない
アホかと。
問題は人口なんだから諸外国に頭下げて引き取ってもらいながら人口減らすしかない。
だが、日本人は賢くて優秀、なんだそうだ。
そもそも焼け野原になどなっていない。ありゃアメリカが諸外国から手を引かせるためのプロパガンダにすぎない。
実際には工業力はさほど毀損していない、米軍はちゃんと狙って攻撃していたのだ。主要都市の主要施設、重要な橋や製鉄所は外していた。
かつ、アメリカは太らしてから弁済させる、計画だったのだろう。他の大国からは賠償権を放棄させ、小国には雀の涙で賠償を承諾させ、
全ての戦勝利権と国家制御権を手にしたのがアメリカで、経済成長全振りの社会政策、ハレーションや矛盾は無視。
で、いまだにチューチューされてるのに、低知能の日本国民はアメリカにべったり、
短期的経済成長全振りを80年やって社会矛盾が出まくりなのに認知できない。
中国が正当な戦後補償を求めていたらそもそも日本はとっくに消えて無くなっているのにね。
日清戦争で日本が被った被害と得た賠償金を調べてから、日中戦争で日本が与えた被害を比べてみ、無理ゲー
が
どんだけ神だよ
尖閣諸島が欲しい?
上げろwくれてやれ、差し上げなさいw
が、優秀な国民で輝かしい我が国は、領土は1平米も譲らん、なんだそうだ。
南京大虐殺は捏造とか言うてるの、それ以外で4,500万人殺してるのは事実だろうがよ
中国には経済力でダブルスコアで完敗、と思って調べたらすでにトリプルスコアだったw
それでも、日本人は優秀、政治が悪い、なにも変えない、変えたくない、省みることはない、正しい歴史認識!
言っとけカス
夫43、私40歳。
子供3人もいる。
正直もう性欲とか湧かない。
もう10年くらい前、子供を産んだ瞬間から無くなっていたけど、夫婦の義務だと思って続けてた。
夫が嫌いなわけではない。
夫は私としかできないタイプの人なので、可哀想だという気持ちもあった。
でも私はさっき、夫の誘いを「やだ」と言って、逃げた。
「セックスレスだ…」
といって夫は残念そうにしていた。
しばらくしてまた普通の会話に戻った。
私がなんで今になって断ったのか、言語化したい。
そして
『私の痛みとか苦しみ、辛さなんかの感情には一切寄り添えない』
ということがわかった。
一番近くにいて見てくれていたと思っていたのに、
夫は1mmたりとも共感はしていなかった。
夫の「ありがとう」「ごめんなさい」「大丈夫?」などの相手を思いやる言葉はロボットでいうプログラミングされたものを実行しているだけにすぎなく、そこに感情はないのことがわかった。
それどころか、辛さや悲しいさなんかの負の感情を表すと、見下したり被害意識をつのらせたりする。
私が例えば「◯◯がつらいから◯◯してほしい。 」といえば、迷惑そうな顔をし、「また文句?」と言ったりする。
逆に私が「ありがとう」と言うと、『お前は俺より下』と思うらしい。
私が「大丈夫?」とか言うと、『俺より下のお前が俺の心配するなんて馬鹿にしてるのか』と怒り出したりする。
感情周りの認知の仕方が全然違いすぎて、私が消耗することが多い気がして。
つらいとか、くるしいとか、言わなくなった。
すごく孤独だった。
『こんなにあらゆることを耐えてるのに、
これを夫に言うと夫は…
なんというかはわからないけど、
「俺はお前のためにこんなにたくさんいろんなことをしてやってるのに」とか?
まぁ、なんでもいい。
悲しい。
私は夫と愛のある営みをしたかった。
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追記させてください。
自分の気持ち整理用に書いた日記でしたが、励ましから耳の痛い言葉まで本当にありがとうございます。
一つ一つに返信できずごめんなさい。時系列が雑多なのもすみません。
正社員・子供3人は本当ですが、夫は経営者で私の収入は小さなもの。夫からすれば
「働かなくていいのに勝手に働いて辛いとか言うのは意味不明。放デイなど行政に助けられてるのにこれ以上誰か(=俺)頼るのは甘え」
という感じです。
私が働いているのはリスクヘッジのためです。
この生活に耐えられず離婚することになっても子供を守れるように。
また専業主婦になれば夫の「支配」が強まるのが目に見えているからです。
夫のASD特性上、私の気持ちは一生理解されないと諦めています。
先々月、長男のノートを買いに出た30分の間に、留守番していた次男が行方不明になりました。
パニックになって探したところ、知らないお爺さんが次男を保護してくれていました。
本当に無事でよかった。
夜になっても既読つかず、朝にようやく返事。
帰宅後、私は「どこに行ってもいいから連絡だけはできるようにしてほしい」と伝えました。
すると夫は
「自分はSIM契約してないからすぐ連絡できない。仕事も問題ない。〇〇(=私)が言うなら新しく契約するけど?」
と。
私は契約の話ではなく、「心配かけてごめんね」と言ってほしかっただけでした。
「相手の気持ちを想像する」ことが極端に苦手な特性が出ているだけ。
そして多分私や子供たちがどんな気持ちでいたかなんて想像できる能力がそもそもないだけです。
そして謝罪の概念が「服従・敗北」と結びついているので、絶対に謝りません。
その時の「何言ってるんだ?」という夫の顔が忘れられません。
『この俺が契約を新たにしてやると言ってるのに感謝するどころか謝れと?』。
頭がおかしい人をみるような、見下したような顔。
その瞬間、心がポッキリ折れました。
食い尽くし系もモラもDVも外面はクソほどいいんだよね
それで家に入るとパートナーや子供に手を出す、自分の暴力性を自覚しながら都合が良すぎて治すつもりがない
結婚するまでに気づかないのか、とか言う人もいるけど、前述のとおり外面『だけは』ものすごく気を遣っている
そして相手を騙して生贄にするために労力を使う、対価が得られる算段が付くまでは優しくて配慮もできて理解ある人間を演じられる
幼少期の家庭環境や生育環境が影響することも否定できないけれど、いい大人になれば自分と他人の違いには気づける
にも関わらず自分を省みる気は一切ない、だって自分に都合がいいから
逃げ道を絶たれて自分に都合が悪くなれば変わらざるおえなくなるかもしれないけれど、悲しいことにこういう人間にも人権はあるから逃げ道は存在する