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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

初一本

 昨日、銃剣道の初一本ということを書きましたが意味をご存じでない方もおられますので念のために記しておきます。
 銃剣道は本来は白兵戦で用いられるもので、敵との距離が接近して最後に突撃をするときに小銃に着剣をして走り込みました。そのため私が幹部候補生学校で銃剣道の教育を受けたときにはまだ初一本というのが重視されていました。初一本というのは試合をするときに「はじめ」の合図とともに走り込んで相手を突けば軽くても一本となるというものでした。もともと戦場で突撃のために訓練をするのですから初一本が尊ばれるのは当然です。今は銃剣道でそのようなこともなくなったように感じます。
 銃剣道連盟では明治陸軍がフランスの軍人に教えられた銃剣術を日本式に改良して今の銃剣道が生まれたとしていますが、歴史的には江戸時代にはすでに翻訳書をもとに銃剣道の原型が稽古されていて、明治になってフランス式の銃剣術を習う前にも明治天皇の前で槍の防具を用いてさまざまな長さの木銃(小銃の種類によって長さも銃剣・銃鎗の長さも異なっていました)をもちいて銃剣道をしたとされています。銃剣道連盟の広報の下手なのは、銃剣道は幕末の武士によってはじめられたとせずに、「明治維新後フランスの教官によって云々」から始めるところにあります。これでは自らがいくら何を言おうとも軍事色は払しょくできません。下手な広報戦略です。真実を述べるだけで印象が全く違ってくるのですが・・・。なぜできないのか不思議です。資料はすでに渡してあります。
 明治陸軍の始まりは旧武士階層が担っていますので、ひょっとしたら初一本は槍術の入身試合を用いたかもしれないと思うこともあります。小太刀の入身試合は土佐の小栗流で行われている記録もあります。

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  1. 2022/08/01(月) 21:25:00|
  2. 武道史

頭を下げて学ぶ

 いつもお話ししていますが居合の兄弟子に森先生がおられました。森先生は師の梅本先生よりも年上でしたが、梅本先生に入門されて稽古されていました。居合を始められた動機の大きな理由は以前もお話ししたように白兵戦の経験から剣道の打つ動きでは敵兵を斬ることができなかったということがあります。
 森先生はいよいよ本土決戦が近づいているという時に大陸から呼び戻され本土決戦に備える将校の一人であった程優秀な軍人でした。しかし武道を修行するために年下の人を師とすることができる人格的にも素晴らしい方でした。よく個人的にお話しいただきましたが、梅本先生を尊敬しておられ亡くなられるまで事務局を務めておられました。このような態度であられたので、森先生が後進に話されるときには、スムーズに物事が進んでいました。
 私が道場をもって教え始めて25年以上たちますが、社会的地位が高いというだけ、年が上というだけで習うという態度がとれない人をたくさん見てきました。森先生のような態度で稽古される方は真の上達を続けられます。

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  1. 2022/08/02(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

跡継ぎを育てる

 ある他流派の歴史の中で、後を継ぐ者が幼少であったので、すでに独立していた弟子が戻ってきて、その実力が身につくまで指導したという史実があります。大石神影流においても2代目の大石進種昌には男児がなく孫を跡継ぎとして育てようと思っていたにもかかわらず種昌本人が亡くなったためそれがかなわなかったとき、板井真澄が3代目の大石進と種昌の弟である雪江の子の一を師範として育てました。
 大石神影流としての悲劇は三代目の大石進が東京で事業に失敗し、武具古文書類を散逸させたこと。また同時に本人も出奔し、朝鮮と北海道で剣道を教え、北海道にいることを家族が知らないにもかかわらず、教えていた警察署から死去の連絡が入ったことにあります。それゆえに大石神影流の伝系は家系ではなく大石種昌から分家の大石雪江へと続き、大石一、そして私の師の大石英一と移ります。伝系では大石雪江と大石一の間には大石神影流を守った板井真澄の名を入れて顕彰しています。私の師の大石英一を最後に大石家ではどなたも大石神影流をしません。
 このようにして守られてきた流派も多いと思いますが、現代は難しい時代で「自分が、自分が」の時代です。今後このような事態となった時にはどうなっていくのでしょうか。しっかりした流派で、稽古する方が多く、また家で伝えられているのではない流派は早くから次、その次と決めてあり稽古する人たちもその人たちを支えていく体制ができているようです。また、家で伝えられている流派もその家をささえていくべき人たちが問題を起こすことがなければうまく伝わっていくようです。一方で、ごたごたと問題が起こる流派もあります。貫汪館の流派がどうなっていくかは稽古する人たちの心掛け次第です。

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  1. 2022/08/03(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

下士官根性

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師である梅本先生が門人の一人を評して「下士官根性が抜けない。」と言われたことがあります。組織全体を見通して仕事をしなければならない立場に抜擢したのに、組織全体のことを考えずに自分と自分の道場が利益を被るような方向に動いたのです。
 貫汪館では各支部長が貫汪館全体のことを考えながら支部を運営されておられますが、もし、自分の利益のみ、自分の道場の利益のみを考えて貫汪館の支部を運営する人が出たとしたら、その人は梅本先生が評されたように「下士官根性が抜けない。」人物です。梅本先生が評された方は実際に下士官が長く、士官になったのは定年前ですから言葉通りだったのだと思いますが、武道の稽古をしていながら広く全体を見通せない人はその人自身の武道も先も知れていると言わざるを得ないでしょう。

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  1. 2022/08/04(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武を見て師がわかる

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師梅本三男先生が私の稽古がだいぶ進んだ頃に「見る目がある人が演武をみれば森本君の師匠が誰かわかるようになった。」とおっしゃってくださったことがあります。梅本先生が物まねを嫌われたということはお話しした通りで、癖を取っているということではなく本質を取っていることを褒めてくださったのです。それで見る人が見ればという条件が付きます。物真似は似ていればよいだけなのですが、本質をとれているかどうかは見える人にしかわかりません。
 本質を会得していれば、身長の高低、体つきや年齢によって表に表れるものは異なっていてもかまいません。むしろ異なるのが当然です。同じ種類の植物でもよく見れば一輪一輪花が異なり高さや大きさが違っているようなものでしょうか。手順を覚えて同じように動いているだけではどうにもなりません。ビデオを見て稽古していますというのと同じことになります。本質を会得することが大切です。

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  1. 2022/08/05(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

続けて遣う

 無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古で師の梅本先生が私とマンツーマンで素抜き抜刀術の稽古をつけてくださるときに、一緒に抜いてくださることがありました。一緒に抜いていただくときには少しずらして対面して抜いてくださったのですが、この時に師の技を写しとるためには師の技を見なければならないので一緒に抜くといっても少し遅れて師の動きが目に入ってから抜く心得が必要であるということはお話しした通りです。師が一緒に抜いてくださるときには大森流であれば大森流11本を通して抜き、英信流表であれば英信流表10本を通して抜いてくださいました。大森流と英信流表を通して抜いてくださることもありました。一対一での稽古ですので、先生一人と弟子大勢の稽古とは比べ物にならないくらい集中し、また11本或は21本を心が途切れることなく抜きますので精神的に疲れ果ててしまったといっても過言ではありませんでした。通して抜くことに意義があり、ぶつ切りにしてしまったら意味はないのだと教えてくださいました。
 大石神影流の師である大石英一先生には入門させていただいたときからマンツーマンでご指導をいただきましたが、同じように先生は「試合口五本なら五本を、陽之表なら陽之表10本を続けて使わなければならない、10本続けて使えば相当に疲れる。陽之表10本と陽之裏10本の20本を続けてつかえばへとへとになる。休み休みすることには意味がない。」と大石先生もまた同じお話をしてくださいました。
 形や手数を覚えていない初心者であれば別ですが、体で形や手数を覚えていたら決してぶつ切りにして稽古してはなりません。居合は最初の形からから最後の形迄一つのものとして使わなければなりませんし、剣術も打太刀、仕太刀の相手ががそのままで10本を使わなければなりません。そうしなければ形・手数がグループごとに分けてある意味もありませんし、大切な残心もありません。正式な演武のときにも「一本終わった。次の形・手数。また一本終わった次。」と心の中で区切りをつけてしまい、残心も何もない表面的な形だけの演武になってしまいます。

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  1. 2022/08/06(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

打太刀

 打太刀はやられ役ではないということは何度もお話ししてきました。お芝居ではないので形・手数の最後に「やられました」という姿勢・動きは絶対にしてはなりません。打太刀は本来上位者が務めるものですから形・手数の最後の動きからも仕太刀に対応できる技量を持たなければなりません。その余裕があってはじめて仕太刀を導くことができます。
 「やられました」という姿勢や動きを取る人は剣舞のように人に見てもらいたいのかと思いますが、居合・剣術の動きは見えなければ見えないほど良いのです。同じ手順で同じ流派の形・手数をしているのに、人に見てもらって見栄えがする決めて動けない動きをする人は自分が武道をしたいのか、人に見てもらうための芸能をしたいのかを考えてください。

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  1. 2022/08/07(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

色が違う

 梅本先生の教えですが同じ師につき同じ流派を稽古していたら同じ色にならなければなりません。そうではない方がたくさんおられたのです。習ったことではなく習ったことと手順は同じだけれども本質が異なる。このような方が多くおられました。師事したのではなく流派の名と師の名を用いて「我」を主張していたのです。
 一緒に斬撃の稽古をするとき、一緒に素抜き抜刀術の稽古をするは指導者の動きを写し取らせるためなのですが、指導者に負けまいとするのか指導者よりも早く動く方がおられます。何度言ってもそのように動かれます。流派の教え、師の教えよりも自分が優先するのですからそのような方が流派の教えを会得するのは困難です。素直に愚直に教えられたとおりに稽古して、できなかったことができるようになることで色が同じになっていきます。

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  1. 2022/08/08(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鱗形

 無雙神傳英信流の詰合「鱗形」は半身の切り替えが大切です。右が前に出た半身で張受をし、左手を峯に添えて打太刀の斬撃を受けてから左足を出して切先で顔を切り下ろし喉を突きますが、この時は左が前の半身です。正対することを良しとして体を動かしてきた方にはこの右左の半身が難しいようで中途半端になっています。
 このような動きは無雙神傳英信流の鱗形だけでなく、大石神影流にもあり、また澁川一流柔術ではほとんどの形が左右の入れ替えによって行われているといっても過言ではありません。自分の動きを検証してください。

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  1. 2022/08/09(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

見て取る

 見て取ることができる力を持てるように努めてください。自分が難しいとかできないと思っているところをしっかりみて「ぬすむ」のです。師は様々な方法で教えています。しかし、知識だけでは習得したことにはなりません。体でできて習得したといいえるのです。頭で覚えて同じようにしているつもりでもそれは真似事です。
 ではどうするか、師の動きを見て自分の体に置き換えて感覚を養うのです。自分ができないところをどのようにしているのかをよく見て自分の感覚におきかえて師と本質が同じようになることを「ぬすむ」といいます。たとえばここでは無駄な力が一切入っていないとか、この時には膝の力がさらに抜けている、肩が体から離れていないということを言葉としてではなく感覚を自分のなかに取り込むのです。この時、「我」が中心では「ぬすむ」ことはできません。自分の考えを挟まずにあるがままを見てとってください。

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  1. 2022/08/10(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

自己流に解釈しない

 教えても伝わっていない時は、習う人が自己流に解釈して自分で納得しているときです。教えられたことができないのでもっと稽古をしなければと思うのではなく、自己流に解釈して自分がしたいようにし、自分で納得してできたと思い込むのです。自分の考えなので流派の教えからは外れています。
 できてもいないのにできたと思っている人は上達しません。「我」中心で現在の自分を否定できないのです。修行とは己を変えていくことですが、自分大事で自己否定ができなければその場にとどまるだけです。いくら知識が増えようとも自分は変わっていません。それどころか知識が増えた分だけ増上慢になり道からは遠いところにいます。本気で取り組めば自分ができないことが情けなくなります。情けない自分だから稽古して自分を変えていくのです。そのような過程を経ることによって上達します。

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  1. 2022/08/11(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一度教えられたら

 一度教えられたら会得するまで探求しなければなりません。できるまでとことん稽古するのです。指導者はその人のすべてを見て指導しています。一言の教えであっても稽古する人をすべて見ての一言です。講習会で多人数を丸一日指導したら、その後は精神的に疲労困憊して寝込むほどのこともあります。しかし、受け取る方が浅くとらえて簡単にできたと思っていたらそのような教えも無意味になってしまいます。
 一つの現象の後ろにはたくさんの要因があります。そこを踏まえたうえでの全身全霊を用いての一言ですので習う方は1か所直せばいいと浅く考えるのではなく、そうなっている原因を探求しなければなりません。一つ正すためにはそこに関連するいくつものか所を自分自身で正していかなければならないのです。それができるようになれば、すべてが上達していきます。

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  1. 2022/08/12(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

内股にならないように

 構えたときや動きの中など全てにおいて、膝はつま先が向いている方向に向きます。半身をとったときにつま先が向いている方に膝が内側に向こうとするのは鼠径部が緩まず両膝をそろえたい方に多く見られます。正対することに慣れ膝が割れることが不安になるのです。半身で動くことが知識としてがわかっているので足首は内に向きませんが、無意識のうちに膝を同じ方向に向けたいのです。。
 このような方は心を鎮め、体を緩めゆっくりと動くことで修正していってください。特に鼠径部を緩めゆったりと腰を落とすことを心がけてください。足首の方向に膝が曲がらず内側に入ることを繰り返していると膝を痛める原因ともなります。

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  1. 2022/08/13(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

爪先の向きの違い

 無雙神傳英信流と大石神影流では右足前で立って斬撃したときの左足の爪先の方向は異なります。もともと立って中段に構えたときに刀の長さの関係で無雙神傳英信流は大石神影流よりも爪先の開きは少ないのですが、斬撃したときにはこれとは異なる理由で爪先の方向がかわります。
 無雙神傳英信流では斬撃したときに後足を残しますが、大石神影流では斬撃したときに後足をひきつけます。この違いが爪先の向きの変化として現れます。無雙神傳英信流では両足の間隔が広くなるため斬撃したときには大石神影流のつま先の開きよりも必然的に前を向きます。大股でがに股には無理があるのです。大石神影流は斬撃したときにも足をひきつけるため足幅が大きく変わることはありませんから爪先は構えたときのままの方向に向いています。力みをなくし体にとって自然な動きをしたらどうなるかを検証してください。

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  1. 2022/08/14(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

刀に使われる

 「刀に使われる」というのは無雙神傳英信流の師 梅本三男先生が教えるための方便として言われたことです。それくらい刀を自分の意のままに力任せに振り回そうとする弟子が多かったのです。自分が主ではなく刀が自分を使うのだ、自分が振り回すわけではないということなのですが、「我」がそれほど強くない、刀を振り回そうとしない人であれば初めから自分と刀が一体であると教えればよいのです。特に力のない女性や子供は無雙神傳英信流で用いる長めの刀は振り回そうとしても振り回すことができないので、刀が自分の体の一部となるようにと教えたほうがより早く上達します。

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  1. 2022/08/15(月) 21:25:00|
  2. 居合 業

稽古をしないとき 1

 土佐の自由民権運動を推進した片岡健吉は私たちが稽古している無雙神傳英信流抜刀兵法と大石神影流剣術を幕末に稽古した人です。ほかにも無雙神傳英信流の師である下村茂市について高木流體術を習い、以心流槍術や複数の流派の馬術、北条流兵学なども学んでいます。これまで片岡健吉がどのような稽古をしてきたかを片岡が数えで15歳の時の記録と16歳の時の記録をについて日本武道学会中四国支部で発表してきましたが、今年の日本武道学会第55回全国大会では数えで17歳の時の記録について発表する予定です。片岡健吉は17歳のときにはまだ家督を継いではいませんのでほとんど毎日何かしらの武道の稽古をしていて、特に居合は好きだったようで休むことはあまりありませんでした。
 さて表題の稽古をしないときですが、片岡健吉がどのようなときに稽古をしていなかったかということを記録の中に見てみます。大石神影流剣術の場合には防具着用の稽古は毎回行われていたようで試合(地稽古)相手の名前が記されています。剣術の稽古を休んだ理由は「当朝少シヅツウニ付剣術怠」「痛所不遣」「痛所ニ付剣術怠」「当日少風邪気ニ付、剣術怠」「少風邪、不遣」などと体調面から記されていることが多々あります。この記述の中の「怠」は稽古に出ていない、「不遣」は防具をつけての稽古はしていないと解釈できるのではないかと思います。
 現代人はどういうわけか真面目な人は休むことに罪悪感を持っており体調が悪くても無理して稽古しようとする傾向があります。体調が悪ければ休んで元に戻したり、見学だけをしてもかまわないのです。

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  1. 2022/08/16(火) 21:25:00|
  2. 武道史

稽古をしないとき 2

 昨日は体調面から稽古をしないときについて述べましたが、片岡健吉は体調面以外でも稽古をしなかった理由を記しています。

 「御寺江参リ寺田稽古怠」「今日やす村不動様江参ル」「盛須江参」「御祖父様御供ニ而御ハカ江参ニ付剣術怠」「御本家法事ニ付諸稽古怠」

 お墓参り等の家に関する社会的行事があるときには稽古を休んでもかまわないという一般常識的な考え方があったのだと思います。片岡健吉は明治維新後明治18年(1885年)にキリスト教徒になり、日本基督教団高知教会の長老ともなっており、同志社第5代社長(現総長)にもなっていますが、幕末にはしっかり仏教の信仰もしています。
 もし慶応大学の居合道部が福沢諭吉の頃に作られていたら流派は立身新流であったでしょうし、同志社大学の居合道部が片岡健吉の頃にできていたら流派は無雙神傳英信流になっていたのでしょう。立身流は続いていますし、無雙神傳英信流も続いています。今からでも遅くはない夢物語です。

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  1. 2022/08/17(水) 21:25:00|
  2. 武道史

上達の分かれ目

 上達の分かれ目は自分の先入観を捨てることができるか否かにかかっています。新しいことを習うのに初めから価値観をもっていて、それにあわせて新たなことを始めようとしても、それは新たなことを習うのではなく自分の価値観に基づいて自分独自のことをしているのです。零式艦上戦闘機の外側をとりはらってF35の外側を着たようなものです。外観はF35であっても中身は異なります。本質的に全く違うものです。
 ところが上達できない方はこれまでの自分をすてることができず新たなことの真似事をしようとするのです。しかもいくら指摘されても自分は一生懸命会得しようとしていると思い込んでいますから、一生懸命努力すればするだけ偽物になっていき遠ざかっていきます。私が高校生の時に無雙神傳英信流の師の梅本先生に「師がいくら注ごうとしてもコップの中にすでに入っていれば何も入れることは出来ない。」と教えられたことはすでに何度もお話ししました。コップが盃でも良いのですが、大切なのはからであることです。何か入っているのに注いでも入りません。水であれば見ることは出来ますが心であるだけに見えません。
 特に自分はあれも知っているこれも知っていると思い口に出る人は要注意です。自分自身に酔っているのです。こういう状態の人にとっては教えられることは新たな知識にすぎず知識の量が増えたにすぎません。体得することと知識を持つことは根本的に異なっているのですが、知識があれば体得したと勘違いします。本質は何も変わっていません。
 自分をすてて指導に従えているかどうか。いつも自分自身に問わなければなりません。

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  1. 2022/08/18(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

道場を任される

 初めて私が道場で教えたのは無雙神傳英信流抜刀兵法でした。梅本三男先生から道場を持ちなさいと言われたときに私には荷が重すぎ速すぎると思ったのですが先生が「私が持てと言っているのだから大丈夫。」といってくださいました。その時に教えられたことです。

 道場で森本君が教えることは私が教えるということになる。私から習ったすべてのことを責任をもって教えなさい。そうすれば全く問題はない。
 私が先生の代わりということは自分がいい加減なことをすればそれは先生がいい加減だということになります。もっといえば流祖以来の流派がいい加減だということになるのです。中途半端な覚悟で道場で教えられることではありませんでした。先生の思いを思いとして道場で教えなければなりません。「我」を挟み勝手なことを自分の想い出付け加えたりする余地はありません。

 教えるからには習いに来る者一人一人に責任をもってどのように導くか、どのように成長させるかを考えなければならない。どのように実力をつけて実力が上がるようにするかも長い目で一人一人を見て導かなければならない。
 いい加減な覚悟で稽古に来ている人は別にして真面目に稽古に来ている方にはきちんとした実力を身につけさせるのが指導者の務めです。適当に教えて済ますわけにはいきませんでした。年を取ってから稽古を始める人もおられますので速やかに上達していただくためにはどうしなければならないかをしっかり考えなければなりません。

 道場を運営するには資金が必要である。必要なものはしっかり徴収しなければ教えることもできなくなる。
 まさしく先生が教えてくださったとおりでした。初めからしっかり会費を徴収してそれが払える人に教えなければなりません。中には中学高校のクラブの感覚で教える者が運営費を出すと考える人も少なからずいました。たしかに学校のクラブ活動にはお金がかかりません。税金から支出されているので。そういう感覚を持った人が少なからずいたのは驚きでした。

 ほかにもありますが、いつかまたお話しします。

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  1. 2022/08/19(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上座

 道場には上座と下座があります。武道を稽古して少し年数が立ったら自然に覚えると思いますが、この上座と下座が理解できていない人は良く指導者に聞かなければなりません。
 多くの流派が集まるある演武會で神棚の下に学生が集まって着替えをしたのに驚いたことがあります。そこまでではないにしても自分がそのような不注意な行動をする可能性があります。注意しておかなければなりません。
 自分が最初に道場に入ったからと思って他との関係を考えずに荷物を上座に置くようでは武道をしているとは言えません。着座の位置も、稽古するときの位置も指導者に指示されなければ自分でその位置を考えて行動しなければなりません。他との関係を考えられないようでは対人関係である武道のレベルもそれなりのものです。自分がどのような行動をしているか振り返ってください。

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  1. 2022/08/20(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

無雙神傳英信流抜刀兵法 五段論文

    無雙神傳英信流抜刀兵法 昇段審査論文(五段)
       ~無雙神傳英信流抜刀兵法を通じて何を教えるべきか~

                    

1.序文
 本論文は無雙神傳英信流抜刀兵法の指導を通じて指導者が門人に何を教えるべきかを論じるものである。まずは筆者自身が何故同流を学ぶことを求めたのか簡単な来歴と共に述べ、次に同流の修行を通じて得た学び、それによりどう人生に影響を受けたか、最後にそれらを通じ門人に教えるべきと考えていることについて論じるものとする。

2.無雙神傳英信流抜刀兵法との出会い
 著者の武道歴としては大学時代にいわゆる現代居合道で初めて武道を習い始めた。それ以前は中学校の体育授業で剣道を、高校の授業で柔道を行った程度である。元々、子供の頃から剣や刀、それらを扱う武術に憧れがあり、時代劇や小説・漫画などそういったモチーフを取り上げたものを好んでいたため、自分でも何かやりたいとは思っていたが、当時の情報網では自分の生活圏内にあるそれらしき武道は剣道しか知り得ず、その剣道にはどうにも惹かれなかったのである。それには大きく分けて二つ原因がある。一つは体質的にかなり肌が弱く、年中指にアカギレがあるような状態だったため、不衛生なイメージがある防具の着用に忌避感があったことである。これだけなら、熱意次第で稽古を始めていたかもしれないが、もう一つの原因として、流派を名乗らない(流派が存在しない)こと、実際にはどこを斬られるかわからないのに打突する場所がルールで制限されていること、試合している当事者同士ではなく審判がルールに基づいて目視で判断して勝敗を決めること、試合を見ると竹刀が体に触れているのに有効部位でなければ頓着していないこと、などにどうにも違和感を覚えていたことがあり、始めるに至るまでの熱意を持ち得なかった。大学の部活で触れた現代居合道は防具を用いず、着物・袴を身に付け、模擬刀を用い、形を稽古するという様態で比較的、時代劇などのイメージに近いように感じられたことから続けてみたいと思えた。共通の興味関心を持つ友人にはそれまでほとんど出会えなかったこともあり、大学生活は楽しいものになったが、続けていく内に現代居合道にもいくつかの違和感を覚えるようになった。競技会・段位審査があり、そこでは自分が普段習っているわけではない、ましてや他流派の人間が採点・審査を組織で定めたルールに基づいて行っていた。命が懸かった場で、実際に通用する動きが出来ているかどうかは同じ流派を学んでいなければ理合を理解できるはずもなく、更には師の教え方、弟子との関係がそれぞれであることを考えると他者には到底判断できないはずである。また組織の方針で自分が習っているわけではない人間が決めたやり方に形や所作が改変されていくことにも違和感を禁じ得なかった。何百年も前に命が懸かった場で用いる技として生まれ伝えられてきたものを、それが戦場の武術ではなく、伝統文化として行われるようになった現代に意図的に変えてしまうなどということが何故許容されるのか理解できなかった。そういったことから幻滅を覚えつつ、書籍やインターネットで情報収集するようになったこともあり、様々な古武道流派が現存しており、それらは自分が行っている現代居合道とは異なる体制を取っていることが段々とわかっていき、自分が本当に学びたいのはそういったものではないかと考えるようになっていった。そんな中、社会人になって数年経った頃に貫汪館のホームページと「道標」に行き着き、師の武道史研究の内容や、技についての教え -筋力任せではない肚を中心とした無理無駄の無い楽で自由な動き、相手と調和すること、など– に触れ、是非一度お教えを頂きたいと思い公開講習会に参加させて頂いたのが、無雙神傳英信流抜刀兵法との出会いである。今でもまだまだ未熟なのに当時の自分の目に何が見えていたものか、という思いもあるが、講習会で拝見した師の技は一切の無理無駄が無く自然で自由で、かつ力強くも感じられ、まさしく命の懸かった場で用い得る技だと思え、また同時に洗練された美しい動きにも見え、これこそ自分が学びたいものだと強く感じた。以上が無雙神傳英信流抜刀兵法を学ぶことを求めた経緯である。

3.無雙神傳英信流抜刀兵法の修行で得たもの
 最初の講習会以降、ほぼ欠かさず講習会に参加させて頂き、数年の後、師より名古屋支部設立についてお声掛け頂き、引き続き師の教えを受けながら自らも弟子に教えるようになり今に至る。先述の通り、最初は技の特に動きの部分に惹かれて学び始めた側面が強いが、修行を続けるにつれて、より大切だと思うようになり、自分の物事の捉え方、考え方、人生観にまで影響を受けるようになったのは思想や心の部分である。技術的な面においては、心身は表裏一体であり、心の在り様はそのまま体の動きにも大きく影響する。稽古を通じて心を律することを学べなければ、技を身に付けることは出来ない。武道が他者との関わりの中にあるものという点で考えると、思想・心が伴わず、単に効率的に戦闘を行うための技術と捉えてしまえば、それは暴力と差の無いものとなり、学ぶべきではないものになってしまう。単なる戦闘のテクニックではなく、勝敗・順位を決める競技でもなく、思想・心に基づいた教えであり、修行を通じ学んだ者が考え方、ものの見方を育て、より良い生き方を選ぶ力を身に付け得るのが現代における古武道修行の意義だと考えられる。これまでの修行から思想・心の部分において大きく影響を受けたことについて以下に述べる。

(i)ゼロから学ぶ
 無雙神傳英信流抜刀兵法に限ったことではなく、また流派を学び始める以前から何かを人から習うのであれば当然このように考えるべきだろうと思っていたが、師にお教え頂き、お話を伺うにつれて、より具体的に学ぶ態度についてどうあるべきか考えるようになった。
 師はこちらが知らない、まだ会得していないことを教えようとされており、そこで弟子が自分の考えを差し挟んでしまえば、身に付くのは中途半端な偽物か、あるいは全くの別物となってしまうだろう。以前に学んだ似たような、しかし別の物の経験や知識を基に解釈するのも結局は「我」を通すことに他ならない。どんなに似たものに思えても別物は別物だからである。
 著者と無雙神傳英信流抜刀兵法の関係でいえば、現代居合道の経験がまさしく、似たような別の物に該当する。いまでも動きに影響が出ることがあるが、これは忸怩たるところであり、著者が無雙神傳英信流の修行にあたり、完全に忘れなければならない点である。
 経験を流用できる分野もあるとは思うが、特に新しいことを学ぶにあたっては、まったくのゼロから学ぶ、それまでの知識や先入観は完全に忘れるという意識が必要である。

(ii)他と調和する
 子供の時分はフィクションの影響もあってか、漠然と武術で勝つというのは、力や速さで相手に勝って打ち勝つのだろう、と単純に考えていた。それでは身体能力が高い年齢の間しか使えず、相手が体格に勝っていれば通用せず、またすぐに疲れてしまい、身を守るには無理があると大人になるにつれ考えるようになったが、では具体的にどうすれば良いかはわからなかった。
 無雙神傳英信流抜刀兵法を含む貫汪館の古武道においては、自分と刀などの道具、また自分と相手との調和が求められる。道具と調和し自分の体の一部とするから無理なく楽に動くことができ、相手と調和し一体となることで相手の心を読み、自由に考え自由に動く相手に自在に応じることができるようになる。このような状態を修行の中で求めていく。
 自分以外のものと調和するには、自分がそれを自由にコントロールしようという思いは捨てなければならない。刀を思い通りに振り回そうとしても却って刀に重心を取られ居着いてしまうし、相手の動きを無視して自分勝手に動いても技としては通用しない動きになってしまう。ここでも「我」は戒められるべきものである。心を鎮め、我心なく、他と調和することで初めていついかなる状況でも対処し得る、身を守るに足る動きを身に付けることができる。
 この調和は日常生活にも大きく関係するものである。自分の都合ばかりが念頭にあり他者の都合を無視すれば人間関係においてトラブルを招きかねず、周囲の状況を無視して自分勝手に動けば何らかの事故に巻き込まれることも考えられる。他との調和は円満な社会生活を送るために常に実践すべきことである。

(iii)礼
 礼を単に表面的なマナーと捉えていては流派の教えを理解することは出来ない。先に述べたゼロから学ぶこと、他と調和することにも非常に大きく関係している。
学ぶにあたり、我を捨てるのは当然として師に対する礼の心、敬意が無くてはならない。師を単に技術・知識を持っている人と捉え、それさえ学べれば良いと考えていては教えの全てを理解することは出来ない。師の心が理解できないからである。先に述べた通り、流派の教えは思想・心に基づいたものであり、表面的な技術・知識だけを身に付けても、それは似て非なるものにすぎないのである。師はその師より受け継いだものを盃から盃へ溢さず水を移すように伝えようとされており、それを自分という盃が受け取るためには空の盃でなければならず、一切の我心があってはならない。師から受け取るべきものには師の心も含まれており、それを学ぶためには師への礼の心が不可欠である。
他との調和においても礼には重要な意味がある。道具に対する礼が無ければ、道具を自分の思いで振り回そうとし、相手に対する礼が無ければ、相手を無視した自分勝手な動きになってしまう。礼の心があってこそ他との調和は成り立つのである。
無雙神傳英信流抜刀兵法の礼法は神前の礼、互いの(師への)礼、刀礼がすべて流派の所作として伝えられているため、江戸時代の武士のように子供の頃から礼儀作法や刀の扱いを習っていない現代人が礼の稽古を行うには適していると考えられる。
武道の場に限らず、日頃お世話になっている人々に礼を尽くすのは人として当然のことであるが、そのように周囲に気を配ることが出来ていれば、それは隙の無い振る舞いが出来ているということであり、結果として身を守ることにも繋がる。礼法と武道とは表裏一体であり、ほとんど同義とも言えると考えられる。

(iv)繊細さ
 先に述べたように子供の時分には力や速さで相手に勝って打ち勝つのだろうと考えていたため、ある程度以上の筋力が必要なのだろうと思っていた。また、入門される方の中にもそのように考える人はおり、自分は筋力にあまり自信が無いが大丈夫だろうかと気にされることもあったが、実際には意識的に筋力を用いてしまうと道具や相手との調和が崩れて流派の動きではなくなってしまう。体を維持するのに最低限の筋力は当然必要で、あって困るものではないが、筋肉を緊張させることが習慣になっていると流派の稽古においては邪魔になる場合がある。どちらかというと、繊細さの方がより重要であり、他と調和し、礼を行う際にも必要なことであり、身に付けるために心を砕くべきはこちらである。
 道具・相手と調和するためにはまず自分の体から一切の力みや歪みを排除しなければならないが、そのためには自分の体を繊細に感じられる必要がある。師がよく喩えとして、片手に15g、もう一方に10gのものを載せて、その違いがわかるくらいの感度で、というお話をされるが、本当にそのぐらいの繊細さをもって全身を感じ、更には着ている着物、刀を帯びるのであれば、その柄頭から鐺まで、鞘の中の切先まで感じられるほどの繊細さを求めていくのである。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の抜付はまさしく繊細な動きであり、少しでも力みや歪みがあれば、異なった動きになってしまう。自分の体の内側の働きを繊細に感じ、学ぶことができる稽古である。

(v)多角的に見る
 無雙神傳英信流抜刀兵法の中には素抜き抜刀術だけでなく、組で行う剣術的、あるいは柔術的技法があり、更に貫汪館においては大石神影流剣術、澁川一流柔術も併行して学ぶ。動きの本質は共通しているが、それぞれの流派にはそれぞれの思想がある。これらを通じて学ぶことができるのは多角的な視点である。
現代において広く行われている剣道、柔道を含めた競技スポーツではルールに基づいた特化した動きをし、短期間で実力を上げ順位を争う必要があるため、他の種目の併修は歓迎されない傾向があると思われるが、競技の中では問題なくとも、一つのやり方に特化してしまえば、それが通用しない事態に遭遇したときに対処できなくなってしまう可能性がある。
貫汪館の三流派はいずれもいついかなる状況でも対処できることを目標としており、一つの技法に拘るような体系にはなっておらず、稽古を通じて多角的な視野、考え方を養うことができるようになっている。
日常の社会生活においても人の考えは十人十色で、遭遇する状況に同じものは無いはずである。稽古を通じて多角的な見方を養うことは日常生活にも寄与するものだと考える。

(vi)武術は独立独歩
 師の言葉で非常に印象深いものである。修行における責任は全て自分自身にあり、自ら進むべき道を歩んでいかなければ何も身に付けることはできない。以下に「道標」より引用する。

「武術の修行は人に頼ろうとする心がある人は一定のレベルにも達する事はありません。全ては自分自身に責任があり、何々連盟から何段をもらったといい、何々宗家から何段をもらっているといったところでそこに何々連盟や何々宗家に頼ろうとする心があれば、江戸時代のように何かあった場合に役に立つものではありません。
(中略)
独立独歩は修行中にも言えることです。師に方向を示されたら会得するのは自分自身です。方向を示されているのにそちらに行かないのは自分自身の責任です。何が何でもその方向に進もうという心がなく、何かあったらいつでも聞けるというような心をもっていてはどうしようもありません。」-「武術は独立独歩」2010/08/04(水)

 これは人が生きる上でのあらゆる点にも共通することだと考える。自分の行動の責任は全て自身にあり、決して人任せには出来ないことである。武道の修行を通じ、自分の負うべき義務や責任をしっかり自覚できるよう心を養わなければならない。

(vii)行動学
 こちらも師の言葉で印象深いものの一つである。武道はただ技を学ぶだけでは意味がなく、どのように行動するか学び実践しなければならない。以下に「道標」より引用する。

「武道を学んでいるものが、知ったのちに行動しなければ学んだ意味はありません。
 武道は行動のために学ぶ学問であり、古武道を稽古してもそれが単なる懐古趣味であっては稽古に費やす貴重な時間は無駄になってしまいます。無雙神傳英信流抜刀兵法は不測の事態に対応するための武術であり、澁川一流柔術は条件的に不利な状況を克服するための武術であり、大石神影流剣術はまさしく兵法であり手数の中に兵法のエッセンスが学べるように仕組まれているといっても過言ではありません。
 行動するために学ぶのが武術であって、何もせずにただ願っているのは武術を稽古するものがとるべき道ではありません。」–「行動学」2015/09/14(月)


4.無雙神傳英信流抜刀兵法を通じて教えるべきこと
 これまで著者が無雙神傳英信流抜刀兵法の修行を通じて学んだこと、影響を受けたことについて述べた。それらを通じ教えるべきと考えるのは、何かを学ぶ時はゼロから学ぶと覚悟すること、他との調和を求めること、礼を尽くすこと、繊細さと多角的な視点を持ち、全ての責任は自分自身にあると心得てそれらに取り組むこと、そうして学んだことを基に実際に行動することである。
 師の言葉から引用した通り、武道は行動のための学問であり、学んだことが行動に反映されなければ意味がない。また、先に述べた通り、ただ技術のみを学ぶのでは暴力を身に付けるのと変わりなく、それは現代において絶対に行ってはならないことである。学んだ者がどのように行動すべきか自ら考え、より良い選択をできるように流派の修行を通じて教えていかなければならない。


参考文献
1)森本邦生:貫汪館 本部ホームページ
2)森本邦生:「道標」

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  1. 2022/08/21(日) 21:25:00|
  2. 昇段審査論文

一度道をそれたら

 一度道をそれてしまったら元に戻ってからでなければ上達し始めません。単純に考えたら30度それていたら元のそれ始めた地点に戻るよりも横に歩けば元に戻れると思うかもしれません。しかし、それた道を歩いている間に上達の邪魔になる多くの癖や心の歪も身につけているのです。それらの癖や心の歪を身につけたままに上達しようとしても無理なのです。それ始めた地点まで戻ることによって身につけた悪癖や心の歪をなくしていかなければなりません。そこからでなければ正しく上達していくことは不可能です。
 人は一般的に安易に物事を考える傾向にあります。この程度であればすぐに直る。このくらいならすぐにできるようになると考えるのです。直ったと思っても悪癖や心の歪を身につけたまま正しいと思われることの真似ごとをしているにすぎません。素直さが上達にとって大切だと述べたことがありますが、素直ではなくなった地点からそれて行ったのですから、素直であった地点まで戻りながら心も正す必要があるのです。
 一度道をそれてしまったら、それた分だけ年月はかかります。1年かけてそれ続けたら、戻って進むためには2年かかります。2年それ続けたら戻って進むまでに4年かかります。安易なものではありません。初心を忘れたときから道をそれ始めます。

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  1. 2022/08/22(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

できる

 「知ったことができるようになったということではない」と何度か言っています。こういう間違いをする人が過去にもいたので「知行合一」ということが言われたのだと思います。こと武道にあっては行いが伴わなければ何の意味もありません。武道は行動の学問なのです。
 しかし、武道の世界にも知識を誇り行いをないがしろにする人もいます。言っているほどできればよいのですがなかなかそうはなりません。あるいは本人はできると思っているのかもしれません。
 自分が知った知識を自分の中で深く検証し、その通りに自分ができているのかどうかを見極める所から修行は始まります。できてもないのに軽々しく口にすることは慎まなければなりません。できたと思っても再び検証し、本当にできているのかを何度も何度も確かめることを通じてのみ上達していきます。同じことを何度も指導者から指導されている人は要注意です。自分ができたと思っていることの何十分の一もできてはいないのです。

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  1. 2022/08/23(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

行いにその人の武道が現れる

 武道とは関係ないと思われる日ごろの行いにその人の武道が現れます。
 目上の人やお世話になっている方への返事に「うん」とか「ほう」などと返事をすれば物事をいい加減にしか考えていないので、その人の武道もいい加減なもの。話をまじめに聞けないのですから。
 真面目な文章を書けずいつも軽いふざけたような文章を書く人は武道もそれなりです。自分の武道への取り組みもその程度の浅いものでしかありません。軽く考えているのです。文章と言えばツイッターへの書き込みなどにはその人の心がよく表れています。梅本先生は目上の方には筆で手紙を書くようにしなさいと指導してくださいましたが、たとへ下手な字でもボールペンで書くのと筆で書くのでは書くときの心が違います。私が大学生や幹部自衛官であったときには梅本先生とは離れたところで暮らしていましたので先生は筆字のお手紙でよく指導してくださいました。私も下手な筆字で手紙をお書きしたのですが筆で手紙を書くことで心の修業をさせてくださっていたのだと思います。
 他の方の車に乗せていただくときに自分の靴の泥を落として乗る人と、そうでない人。他者に対する心遣いはそういうところにも表れます。武道は対人関係なので、そのようなことができない人は対人関係である武道もそれなりです。
 日ごろの行いに気を付けて生活している人は武道の質もそれに応じたものになっていきます。

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  1. 2022/08/24(水) 02:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

指示に従わない

 無雙神傳英信流の師である梅本先生もいくつかかの支部を持っておられました。いくつかというのは先生が命じられて設けられた支部だけでなく、勝手に公民館などで教え始めたような人たちもいたからです。それを後から知られてすでに孫弟子がいる状況で、道場を閉じろとは言えません。居合がブームであった時にはそのようなこともありました。
 さて表題の指示に従わないということは梅本先生からよくお聞きしたことです。先生の支部でありながら先生の指示に従わないのです。支部の運営に関してこうしなさいという指示に従わずに支部をつぶした人もいました。先生は全体を見て、また先生の経験から運営に関して指示されるのですが、「我」の強い人は自分のやり方のほうが良いと考え、結局運営に行き詰まるのです。初めは先生も表裏で支援されていたのですが先生の指示に従わずに自滅します。稽古方法に関してもそうでした。先生が教えられる方法ではなく自分で考え出した稽古方法が優れていると思い自分のやり方で指導し稽古させるのです。その結果どうなるかというとそこのお弟子さんたちは無雙神傳英信流の居合とは異質な居合になってしまいました。かわいそうですがどうにもなりません。その支部で稽古している人たちは真面目に支部長の言われるように稽古するのですが指導する者が「我」を立てて指導するのですから異なったものへと変化してしまうのです。
 難しいものです。

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  1. 2022/08/25(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

座る

 無雙神傳英信流の基本は座ることにあります。正座と立膝です。
 座ることができなければ形はいい加減なものになります。座れないのに形はできるということはないのです。「座れない即ちできない」です。無雙神傳英信流の正座と立膝の座り方についてはお教えしているとおりなので毎日座ってください。膝が固い足首が固いというのは高齢者でなければ言い訳になりません。米国の床に座る習慣がない人たちであっても毎日座って座れるように努力しています。 流派の座り方にならなければ流派の形も使うことができません。座れなければ流派の稽古を始めていないことになります。
 座る事には心の状態も関係します。「抜こう、斬ろう」という思いが強ければ正しく座ることができません。無雙神傳英信流の師の梅本先生は私が高校生の頃に道場の壁に面して壁近くで座るだけの稽古もさせてくださいました。こころを鎮めさせてくださったのです。その稽古を御指導を得るたびに何回か続けさせていただくことで座ることが少し理解できました。
 居合がうまくいかない人は座る所から見直してください。

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  1. 2022/08/26(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

日常生活でその人のレベルがわかる

 武道はたんなる格闘術ではありせんので日常生活と密接不可分です。
 日常生活で周りの状況を見て行動できなければ、武道もそのようなことをしています。たとえば混みあっってきた電車の中で荷物を自分の隣の席に置いている。これは極端な例ですが全く周りが見えていないのだと思います。人が混みあっているときに背中に大きなバッグを背負う。よく電車内でのマナーとして言われることです。向きを変えるたびに人にぶつかったりしますが本人は気づきません。
 このようなことに気付いてその場にあった行動をとることができるかどうかが大切です。その場にあった行動がとれない人は武道においても決められたことしかできず臨機応変な動きはできません。その場にあった行動がとれる人は相手が形を間違ったとしてもそれに応じることができる力を秘めています。武道は競技の場で実力が発揮できれば良いものとは異なり日常生活とは密接不可分のものなのでよりよい生活ができることが武道の上達にもつながります。

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  1. 2022/08/27(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 武道の形と芸能などの形が根本的に異なる部分は命のやり取りに発するものであるか否かにあります。命のやり取りは呼吸を合わせるとか相手とのつながりとは別の部分の武道の根源的な部分です。武道の形の中にこの部分がなければ武道ではなくなってしまいます。
 平山行蔵の『劔説』にあるように「夫剣術は敵を殺伐すること也、其殺伐の念慮を驀直端的に敵心へ透徹するを以て最要とすることぞ」とありますが、まさしくこの部分が武道と芸能の違いです。ここを経ることなしに形に手慣れたとしても武道ではないのです。
 この部分は修行によって変化していきますが、まずここからです。何年稽古しても何十年たってもこの部分を経ていないものは武道にはなりません。形だけそのようにしても成らず、こけおどしでも成りません。脇差を抜いて自分の喉元にあて、それが自分に入ってくることを本当にイメージできるかどうかがわかれめかもしれません。しかし、これを間違って解釈してはいけません。武道がたんなる「暴力」にもなりかねません。ここをつきぬけ超越したところに武道の真価があります。わからなければ指導者にしっかり尋ねてください。

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  1. 2022/08/28(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

学ぶべきところ

 演武会に参加し他流派の演武を拝見することがあると思います。そんなときに他流派の形だけを拝見するのではなく他流派の方の行動から学ばせていただいてください。
 演武の場への出入り、控えのときの待つ姿勢、更衣室での行動、直会の際の行動などなど。学ぶべきところはいくらでもあります。そこを学ばなければせっかく演武会に参加しても得るものは少ないといっても過言ではありません。一流の人たちは演武以外でも一流です。せっかくの学びの場です。しっかり学んでください。

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  1. 2022/08/29(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武會

 演武会で演武するのは上達の機会なのですが、演武会慣れするとかえって下手になります。
 今は稽古していないある流派の方が「私たちは演武する機会が多いので演武会慣れして次第に緊張感もなくなってしまう。演武会に出始めたころのような新鮮な気持ちを忘れてしまいます。」と何十年か前に教えてくださったことがあります。そういうものなのかなと思っていましたが、貫汪館の中でいつも戒めてはいましたがやはり演武会慣れした人も出たことがあります。演武会前でも細心の注意を払って稽古するわけでもなく演武する形を磨こうという意識もないのです。そうなってしまったら演武会は上達の機会にはなりません。甚だしいのは技が効いていく前に意図的に受け身を取って自分自身のダメージを少なくしようとする人もいました。演武する形が決まっているのでそのようなこともしようと思えばできますが、演武会で演武することがかえってマイナスになっていたのです。
 お世話になっている先生が「演武会は毎回おそろしい。」と教えてくださったことがあるのはお話ししていますが、そのような心がなくなれば演武会で演武する意味はありません。自分に厳しくあればあるだけそのような気持ちを持ち続けることができると思います。初心忘るべからずです。

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  1. 2022/08/30(火) 21:25:00|
  2. 未分類

詰合

 無雙神傳英信流抜刀兵法には「詰」という名前がつく形のグループがあります。「詰合」「大小詰」「大小立詰」です。
 詰という言葉の意味は「つめる。つまる。つむ。」であり、「詰める」には「ぎっしり入れてすきまがないようにする。」「寸法や間隔を縮める。」「将棋などで、王将の逃げ場がないようにする。」「相手にきびしくせまる。追い込む。追い詰める。」などの意味があります。つまり無雙神傳英信流での「詰」がつく形のグループは相手と接近してそれ以上の逃げ場がない状態で行わなければ形が求める稽古はできません。「詰合」であれば相手と自分の柄と柄が触れ合うような間合で、「大小詰」「大小立詰」も刀が抜けないような接近した間合で稽古しなければなりません。もし相手と離れた状態で稽古していたら意味がないことをしていると思い、しっかりと間を詰めた稽古を心がけてください。

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  1. 2022/08/31(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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