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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

まだ角がとれぬ

 銃剣道の青少年指導者講習会に行った時のお話です。
 全日本銃剣道連盟専務理事の兼坂先生は80歳で銃剣道の指導をして居られますが、私から見れば随分と人間が出来た方で自分があの年齢まで生きた時にあおのような方になれるだろうかと思えるような方です。兼坂先生には昔から懇意にしておられるお坊さんが居られるそうです。その兼坂先生が久しぶりにお坊さんをたずねた時、「まあ座れ。」といわれ「まだ角が取れておらんのう。」と言われて、警策をうけられたそうです。その話をお伺いした時には兼坂先生ほどの方がと思いました。 
 振り返って自分をみれば若いときには四角どころか五芒星のように角が尖っており、いまでもゴツゴツと角がありますが、この角が技を阻害している事も身を持って分かっています。
 心と技とは密接に関係しており、稽古しても稽古してもできぬと思われている方は「自分の心から直していかなければならない。」という事を絶対的な真実だと認識して、自分自身の心をみつめなおしてみなければなりません。

 貫汪館ホームページの無双神伝英信流抜刀兵法の行事のページに講習会の写真を載せました。御覧下さい。

 6月5日(土)、6日(日)久留米で稽古会を行います。詳細は後日お知らせします。興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法久留米道場のホームページに記してある連絡先から御連絡ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/06/01(火) 21:25:44|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

より柔らかに

 土曜日の柔術の稽古で新しく習う形を稽古するのに苦労しておられる方を見ると一様にかたさが目立ちました。
 澁川一流ではそれぞれの段階に応じてかたさがなくなって行かねば、技はかかりにくくなっていきます。つまり形が先に進んで行けば行くほど今までの体では対応できなくなってしまうのです。
 始めのうちは下肢の硬さや上半身のかたさをなくしていかねばなりませんが、御前捕にいたっては手の内のかたさがあれば技は掛からなくなります。外見上技がかかったとしてもそれは力技に過ぎず、技を掛けられたほうもいやな感じしか残らず、掛けた方もまた嫌な思いしか残りません。この形の稽古に入った方はそれを感じ取れるレベルの方ですので自らが変わっていかなければならないことに気付くはずです。
 冗談としてお話しましたが、手のひらに入るくらいのペットを絶対に傷付けないように、ペットにとって居心地がよいくらいに優しく手のひらに載せて置けるくらいの柔らかさが必要になります。
 これは刀をもちいる居合の稽古においても必要な手の内であるので求めずに済ますことはできないものです。

 6月5日(土)、6日(日)久留米で稽古会を行います。
 5日(土)は午後6時~午後9時 筑邦市民センター体育館。
 6日(日)は午前9時~午後5時 久留米勤労青少年ホーム軽運動室
興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法久留米道場のホームページに記してある連絡先から御連絡ください。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/06/02(水) 21:26:00|
  2. 柔術 総論

子供たちへの柔術の指導方法(懐剣を用いて)

 稽古が進まれた大人の方には子供たちの指導をしていただいています。その中で動きが止らぬようにという指導を十分していただいているので最近は「いち、に」といったように動きに角がつく子供は少なくなってきました。
 最近、目につくようになってきたのは技の最後がいい加減になり業が効果的に作用していないのに相手から離れようとする子供たちがあることです。
 このような子供たちには時に懐剣を持って突いていってください。子供たちは形の最後に懐剣がしぬか、または生きたまますぐにでも自分に襲い掛かるかは理解できます。そして子供たちは素直ですから何とかして最後まで形を完成させようと努めるようになります。努力する中で自ら何が足りなかったのかを発見するようになります。
 何も持たずに突きかかるよりもよほど効果が現われるものです。

 6月5日(土)、6日(日)久留米で稽古会を行います。
 5日(土)は午後6時~午後9時 筑邦市民センター体育館。
 6日(日)は午前9時~午後5時 久留米勤労青少年ホーム軽運動室
興味のある方は無雙神傳英信流抜刀兵法久留米道場のホームページに記してある連絡先から御連絡ください。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/06/03(木) 21:25:11|
  2. 柔術 総論

気を込める???

 ある連盟で居合をされている方とお話をしているときに、体に気を込めるのと、体の力をぬくのとを交互に行い体を使うと言われるので、よく聞いてみると、体を緊張させて固めることを気を込めると教えられておられているようでした。
 初心者の人や素人の方がよく勘違いをされることなのですが、体に力を込めて緊張させ体を固めても気がこもるわけではありません。体の筋肉の無駄な緊張を気と勘違いした錯覚に過ぎません。このようなことを範士八段の大先生が教えられるというのですから現代居合道もすでに武術としての居合ではないのだと思わざるを得ません。
 体を固めることをよしとするのですから、次に動こうと思ったら緊張を解くしかありません。これを交互に用いるとか陰陽などと理屈を付けてしまえばそれらしく聞こえますが、あらかじめ手順が決まったものを形と考えてしまうから、そのような動きで満足してしまうものでしょう。しかし自由に働ける体を養うのが形であって不自由な体を作ってしまうのは武術における形ではありません。
 かってお話をしたと思いますが、現代剣道の高段者の方に、面を打ったり、小手を打ったりした時にいちいち体を緊張させて固めますかとお話をしたらその方は現代居合道の問題点を理解されたようでした。そのような事を剣道で行ったらいくらでも打ち込まれるのは明白だからです。
 居合は何故こんなになってしまったのでしょうか・・・。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/04(金) 21:25:50|
  2. 居合 総論

伝統的な行動の仕方

 日本武道学会の武道学研究第42巻第3号に中村民雄先生の「中学校武道必修化についてー我が国固有の伝統と文化をどう伝えるかー」という論文が載っています。その中で現在行われている一斉に全員が礼をし稽古をはじめ、最後に又揃って礼をするという行動形式について述べられていますのでその部分を載せさせていただきます。
 常々言っています様に、現代柔道や、現代剣道等は明治維新以降、日本が西洋化し、軍事国家となっていく中で作られたものであって、柔道、剣道というとなにか古くから伝わっているもので歴史の長いものであると感じるのは間違いです。
 道場の中で全員がいっせいに竹刀を振るなどの、同じ動作の稽古を全員揃って行うのは、大学時代に教員免許をとろうとした方ならそれが西洋からきた集団教授法・団体教授法であるということはおわかりになるのではないかと思います。


 しかし,現実は形式の方が強調され,「一同揃っての正座一黙想一座礼」といった一連の作法が「伝統的な行動の仕方」と思われているのではなかろうか。
 そうした-同揃っての作法は,堀正平が「今の様に一同揃うて,敬礼する様になつたのは,明治三十余年頃が始まりらしい」と述べているように,明治30年代に考案された「武術体操」の一斉指導法(これを「団体教授法」という)が基になっているものである。しかも,それは陸軍『歩兵換典』の「徒手教練」を応用したもので,まったく新しい指導法である。なお,この時は屋外での指導が中心であったため,「一同揃っての立礼」のみ行われた。明治末期から大正期にかけて学校に武道場が建てられると,屋外から屋内での一斉指導法に切り替えられ,「一同揃っての正座一黙想一座礼」といった一連の作法が新たにつくられた。これは学級という集団を統率する方法として「徒手教練」を援用したもので,授業のはじめと終わりに一同揃ってのあいさつ行動としてはじまったものなのである。
 つまり,この一斉指導(一斉授業ともいう)というものは,「わが国では,1872(明治5)年の近代学校制度の発足とともに,この-斉指導が『一斉教授法』として導入された。当初はごく形式的な教授の手順であったようだが,明治20年代のヘルパルト学派の教授法などの影響を受けて,整備され,体系化され,明治30年代には『公教育教授型』(稲垣忠彦)として,各学校に定着していった。」といわれ,武道ではこれを「団体教授法」と称して行ったように,明治30年代以降に一般化したものである。その点からも,「一同揃っての正座一黙想一座礼」といった一連の作法を「伝統的な行動の仕方」と結びつけない方がいい。むしろ,「自然体」の構えで相手と正対して対峠し,自己の「中心軸」を体認・体得することから礼儀作法へと発展させた方がよいのではなかろうか。


 武道は礼に始まって、礼に終わるという言葉から、一斉に行う礼を連想される方も多かったと思いますが、伝統とか文化というものが自分達の思い込みの部分による幻である事があるいうことの例証です。
 武術を稽古する者、学ばなければ無知のまま過ごさなければなりません。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/05(土) 21:25:41|
  2. 武道史

自然体

 昨日、取り上げさせていただいた中村民雄先生の論文のまとめにこのように記されていました。


 筆者がここでとり上げた,「自然体」の構えやしかけた技の「過程(プロセス)」を評価するという視点は,混乱した現況を整理し一つの見方として,「我が国固有の伝統と文化」としての「武道」領域のコンセプトを提示したものなのである。しかし,今回の改訂で示された「多くの領域の学習を経験する時期」との関係では,小学校5・6年生の「武道」領域については何も触れられていないので,そのことについて一言述べておく。
 もともと武道は,綜合武術として素手でおこなう体術系(柔術など)と武器を持っておこなう得物系(剣術など)とは,表裏一体の関係であった。柔術を表芸とする流派は憐軌として剣術を裏芸として行っていたし,剣術を表芸とする流派は「外物」として柔術を行っていた。したがって,小学校5・6年生の「武道」領域を考える場合は,この綜合武術として表裏一体の関係にあったことを念頭に置いて授業づくりする必要がある。また,その事を踏まえて,筆者は,「基本動作」としての「自然体」の構えは体術系にも得物系にも通底する武道の構えとして位置づけているのである。
 そうした観点から,改めて小学校5・6年生の「武道」領域を考えた場合,柔道とか剣道とか既存の種目にこだわった授業ではなく,綜合武術として素手でおこなう体術系と武器を持っておこなう得物系という観点から運動を体系化してみる必要がある。そうすれば,小学校3・4年生の「体つくり運動」に示されている「力試しの運動」ならびに5・6年生の「体力を高める運動」に例示されている「押し・寄りを用いてすもうをすること」とい
う内容が豊富になり,領域としての独自性も明らかとなってくるであろう。

 
 全く正論なのですが、これを実行するには大きな困難があると思います。「綜合武術として素手でおこなう体術系(柔術など)と武器を持っておこなう得物系(剣術など)とは,表裏一体の関係であった。」と記されていますが、古武道の世界、つまり江戸時代までの武術にあっては当然のことでした。共通するものがあったから当時の武士は剣術、柔術、槍術などいくつもの種目の武術を同時に学ぶ事が出来たのです。
 しかし現在、武道は現代武道として特化され、現代剣道を専門にする方で柔術ができる方は僅かですし、現代柔道を指導する方で剣術が出来る方も僅かです。スポーツとして技術が特化されてくると、共通した「自然体」はなくなってしまうからです。
 古武道であればまさにそのような共通した「自然体」はありえても現代武道に求めるのは非常に難しい事ではないかと考えます。動きが特化しているので早く試合に勝つようになるためには必要ない事なのです。


 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/06(日) 21:25:47|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

久留米での稽古

 土曜、日曜と久留米で稽古してきました。週末ごとに千葉剱勝浦で銃剣道、高知で現代龍馬学会、居合の講習会と続き久留米での稽古となり休む暇もありませんでしたが何とか体調も持ち直し、無事に稽古することができました。
 土曜日午前中は剣術の師に教えを受けました。この歳になって教えを授けてくださる師匠をもてると言う事は実に幸せな事です。慢心する事などできず、新たな視野が広がります。その後短時間、柳川古文書館で調査。面白い資料を発見したので次回閲覧写真撮影するのが今から楽しみです。
 土曜、日曜日の稽古は「肚で動く」という事を中心に行いました。無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は「肚で抜き肚で納める」ということを若い頃から求められましたが、抜けるようになるためには、刀を抜く前に、座る事歩く事が出来なければかないません。肚で斬撃が出来なければ抜く事は至難です。そのような稽古を重ねた後抜く事に取り組んでみました。
 動きの中心が臍下丹田、つまり肚にあれば肩や腕は動いてはいても遣っていると言う実感はありません。逆に肩や腕を遣っているという実感があるうちは臍下丹田が動きの中心にはなっていません。
 この動きがある程度体得できた頃から居合はどんどん楽になり刀の重さは消え始めます。
 初心者の方が苦労されるのはこの動きで、自分自身が刀を何とかしようと言う意識があるうちはなかなか身につく事はなく、そのような思いを捨てた時から真の稽古が始まります。我が強い人は居合が身につかないのはこの点にあります。「自分が自分が」という思いが「刀ぐらい自分でなんとでもできる」という思いにつながり結局腕や肩で刀をあやつろうとしてしまうのです。居合の稽古ははじめから人間性を問われます。


 土曜日の朝、九州へいくために5時に起き裏庭の野菜に水をやっていたら猿の群れが出てきました。早朝だったので暗く写真が鮮明ではありませんが、1枚目は小猿たち、いつもここで遊んでいます。
 2枚目、3枚目は木の枝の上の同じ猿。
 3枚目はびわの葉っぱの間から私を見ている猿です。どうも烏が種を落として芽を出したびわの実を食べに来ているようです。まだ熟してはいないのですが、猿達にとっては美味しいのかもしれません。

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 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/07(月) 21:25:37|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「陰陽進退」「流刀」「虎一足」などは

 無雙神傳英信流抜刀兵法において「陰陽進退」「流刀」「虎一足」などの形は刀を抜いたときに敵は全く傷ついていない状況にあります。
 「陰陽進退」では最初の抜付けが功を奏しない状態で敵が後方に下がったのを追い、斬撃します。したがって抜付けから斬撃にいたるまで速やかに行われなくてはなりません。また第二の敵が脛に斬り込んできたときにも、これを表鎬で打ち払っただけであるので、敵は一切傷ついていないので、打ち払って斬撃までは速やかに行われなくてはなりません。
 「流刀」において初動は体を前に流し敵刃から体を逃がしているだけであるので、このときもまた敵は一切傷ついていません。
 「虎一足」またしかりです。最初の動きでは表鎬で打ち払っただけであるので、敵は一切傷ついていないので斬撃までは速やかに行われなくてはなりません。
 これらの斬撃までの動きは臍下丹田を中心として滞りなく行われなければならないのですが、相手を両断するとか、強く切り込みたいという思いがある方は動きの途中で必ずタメを作ったり下半身や上半身を固めて斬撃しようとされます。
 敵は傷ついておらず自由に働ける状態にあるという状況が全く頭から離れてしまっているのです。自分が敵を斬れるということは敵もまた自分を斬れる状況にあります。このような事が分からない方は武術としての居合の習得は絶対に無理と断言しても過言ではありません。
 では滞りにない動きを習得するため初心者の方はどうすればよいか。
 明日述べます。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/08(火) 21:25:38|
  2. 居合 業

滞りのない動きの習得のための稽古

 昨日は動きに滞りがあってはならないという事について述べました。人それぞれに癖がありますので詳細は道場で指導することとして、どのように稽古すればよいか、してはならないかという事について述べます。
 はじめに絶対にしてはならないことについて述べます。してはならないのは「動きが止らなければよいのだろう」と、決まった手順にしたがってただ闇雲に早く体を動かそうとすることです。形の手順は前に進むように決められていても実際には敵はどのように動くかわかません。したがって自分自身もどのようにでも動ける状態を内包しながら前に進まなくてはなりません。そうでなければ自由な動きを養うための形稽古にはならないのです。前に進むように決められた形であっても後方にも右にも左にも進める動きでなければならないのです。
 次に稽古するに当たって絶対に欠かしてはならないことを述べます。欠かしてはならないのは動きの中心が常にいつ如何なる時にも臍下丹田でなければならないということです。滞りが出来る方は必ず動きの中心が上半身に移りひどい方は肩や腕が動きの中心になる場合があります。
 また体の重心は前後左右にぶれることがあってはいけません。動きの中心が臍下丹田であればそのようになることはありません。
 初心者の方が、動きの中心が常に臍下丹田にあることを体で理解するためには、座した状態(これも私が良しとした状態でなければなりませんが)を思い起こしてください。このときには何もなしていないのですから必ず中心は臍下丹田に落ち着いています。動き始めてこの状態がわからなくなる方は、自分が分かる速さを越えてしまっているのです。したがって体で分かる速さまで落とさなければなりません。人によってはそれは亀の歩みほどにゆっくりとしたものかもしれません。これは稽古の質・量に関係しますので人によって異なります。
 座した状態と動いている状態が異ならぬようにと比較・工夫するところから滞りのない動きは生まれてきます。あせらずに着実に稽古を重ねてください。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/09(水) 21:25:39|
  2. 居合 総論

暫くみとり稽古を

 暫くみとり稽古で技を盗んでください。
 無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生は居合の調子を乱されることがあり、「一週間ほど刀は振らないから。」と言われることがありました。理由は「誰々を教えて調子が狂った。」と言われるのです。
 師は弟子を教えるときにその人の意識や動きを自分自身に取り込んでどこでおかしくなるのかを分析されて教えておられました。一回の指導で素直に直る方ならよいのですが、我が強く自分の動きを変えようとされない方の場合には、その方の意識と動きを暫くの間取り込んで分析しなければなりません。従って教える事に集中してしまうと、あまりに酷い動きをされる方の動きが移ってしまうのです。師は晩年には今日は誰々が来るから道場に上がらぬので森本君が教えておいてくれと言われることもしばしば有りました。
 師の弟子ですので私もそのような教え方をしています。最近少し教えすぎ、いろいろな方の様々な動きの歪が自分の中に少しづつ蓄積されてしまっているようです。
 歪を無くすために暫く教える事はしませんので、自ら技をぬすみとる稽古をしてください。

 友人からふくやま美術館で「国宝の名刀」という展示が開催されている事を教えられました。国宝、重文ばかりです。お時間がある方は是非お出かけください。7月19日(月)まで開催されています。
 「登録美術品登録記念 国宝の名刀 -徳川将軍家ゆかりの刀剣-」(←クリックしてください)


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/10(木) 21:25:35|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手の内

 手の内は刀を体と一体化するための働きをなさなければなりません。従ってその状態は手首や肘の関節と同じです。

 強くもなく、弱くもない。
 刀を操作しようともせず、
 また臍下丹田からの力が伝達されぬわけでもない。

 かって無双神伝英信流抜刀兵法の師 梅本三男貫正先生はおっしゃいました。「私の手の平は女性の手の平のようにやわらかい。」
 柔術の手の内もまたしかりです。御前捕はまさにこの手の内でなければ業になることはありません。

 友人からふくやま美術館で「国宝の名刀」という展示が開催されている事を教えられました。国宝、重文ばかりです。お時間がある方は是非お出かけください。7月19日(月)まで開催されています。
 「登録美術品登録記念 国宝の名刀 -徳川将軍家ゆかりの刀剣-」(←クリックしてください)


 劇団夢現舎が6月18日(金)、20日(日)第三回ルナティック演劇祭(下北沢小劇場「楽園」で公演を行います。パンフレットを御覧いただき是非お出かけください。

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  1. 2010/06/11(金) 21:25:21|
  2. 居合 業

高上極意夢想心鏡明鑑之巻

 太田尚光著『弘前藩の武芸伝書を読む』は弘前藩の林崎新夢想流と宝蔵院流の伝書とその解説をしている書です。
その前半部分の林崎新夢想流の伝書の解説は、非常に深く、また伝書そのものにも興味深いものがあります。
 その中の林崎新夢想流の伝書「高上極意夢想心鏡明鑑之巻」は居合というものをはっきりと述べててあり、居合がいかなるものかがよくわかる伝書です。とはいっても漢文のままでは難しく、読み下しにしてある文も難解かもしれませんが、解読を試みてください。タメを作って一刀両断だの、気で制してなどという空理空論とは程遠い内容です。
 弘前藩へは常井喜兵衛という方が伝えたようですが、飛んでいる燕を抜付けに両断したり、額に大豆をつけさせておき抜付けに両断するほどの達人であったようです。しかしながら大酒のみで身持ちが悪く終わりはよくなかったようですので、武術の技が優れていても、これが必ずしも人間性と結びつかない事を示しています。さて引用します。


高上極意夢想心鏡明鑑之巻

抑 居合は、夢想明鑑至極の秘術、動静黙然として終る。
鋒刀に逢い、進むことなく退くことなくして打発す。是れ関将軍の太刀を奪い得て、手に入るるが如し。
 生死岸頭に於いて大自在を得、六道四生に向かいて一超直入、如来の地とならん。
 本を得て末を愁うるなかれ。誠に瑠璃は宝刀を含み、真を求めず妄を断たざるが如し。
了知二法は空にして無相なり。無相は無空・無不空即ち是れ真実の相、心鏡明鑑無礙なり。右の兵術これなり。秘すべし
 唯授一人。
 承応三申午暦(一六五四)極月五日の満暁会
夢に告げて争う
       常井 喜兵衛


 居合とはこのようなものであって、そこには、ああしようこうしよう、一刀両断に、タメを作ってなどという賢しらな人知をさしはさむものでは有りません。
 稽古の最初から業としての無念無想を求めるという事も、これを読めばわかると思います。


 劇団夢現舎が6月18日(金)、20日(日)第三回ルナティック演劇祭(下北沢小劇場「楽園」で公演を行います。パンフレットを御覧いただき是非お出かけください。

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  1. 2010/06/12(土) 21:25:15|
  2. 武道史

高上極位の巻

 昨日と同じ、弘前藩伝 林崎新夢想流の伝書を紹介します。内容は同じようなものですが、こちらのほうが少しわかりやすいかもしれません。よくよく解読してください。


 高上極位の巻
抑此の兵術は、自己黙然として進むことなく退くことなく、左右また斯くの如。
唯是れ源に逢い、剣刃上に到り、氷陵に走る。生死岸頭に於いて大自在を得、六道四生に向かいて空なり。
古人云わく、世間の空は空にして無仏性、空々の真はこれを按ずるにありと。
 右の兵術これなり。
 千金伝えることなかれ。秘すべし秘すべし。
   唯授一人

 是を読んで居合の業が如何なるものでなければならないのかが分からぬ方は、難しいといわざるを得ません。

 劇団夢現舎が6月18日(金)、20日(日)第三回ルナティック演劇祭(下北沢小劇場「楽園」で公演を行います。パンフレットを御覧いただき是非お出かけください。

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  1. 2010/06/13(日) 21:25:44|
  2. 武道史

道場内での姿勢態度

 武術の稽古は日常生活が実践の場であり稽古の場と心得なければなかなか上達するものではないのですが、少なくとも稽古は始まっていなくとも道場内に入ってからは、一挙手一投足にまで気をつけて行動しなければなりません。
 道場内をノシノシ歩いたり、ばたんと荷物を置いたりなどと言う事は絶対にあってはならない事で、全く何も知らない初心者の方なら仕方ない事であっても、数回稽古を重ねた方でそのような行動をされる方は以後の上達の程度は知れてしまうものです。
 道場は己自信を見詰める場であって単に練習場ではありません。稽古は着替えて礼をした後に始まるわけではないのです。心が変わることがなければ武術の技もまたかわる事はありません。
 先日、銃剣道の稽古のときに、まだ稽古も終わっていないにもかかわらず、次の刀を用いる団体の方がドタバタ入ってこられ、道場に荷物を置いたり、礼をして防具を脱しているにもかかわらず道場に入り自分の稽古を始めようとされる方が居られました。それも、その日が特別なのではなく、いつもの事なのです。
 銃剣道は道場を借りている終了時間の25分前くらいには稽古を終わりますので、その団体の使用はそれよりも25分も経ってからなのです。それまでは銃剣道連盟が使用料を払っていますので、その刀を用いる団体の方たちは銃剣道連盟のお金でその間は道場を使用していることになります。
 本来ならば稽古が終わって防具を脱し、その後稽古の反省をして、掃除、着替えなのですが、いつも高校生達はせかされてあたふたと片付けをしなくてはならなくなっています。
 自分達がしている事が全く理解できないようではその方たちの稽古していることは見なくても分かりますが、貫汪館で稽古される方も自分がどのような行動をしているか再確認してください。
 劇団夢現舎が6月18日(金)、20日(日)第三回ルナティック演劇祭(下北沢小劇場「楽園」で公演を行います。パンフレットを御覧いただき是非お出かけください。

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 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/06/14(月) 21:25:50|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

求められている事

 稽古される方の中にはごくまれに求める姿勢がまったく出来ていない方が居られます。今までそのような経験がないのだろうとも思いますが、あまりにも浅いのです。
 指導するほうが、示した事は一つであってもその中身は求めれば求めるほど限りがないものです。しかし、限りがないのだという事が分からなければなかなか上達は望めません。
 例えば現在の段階で100求めているのに、1できてそれでできたと自己満足されて、次の段階に進めると思われる方が居られます。出来ていないと指摘されても、自分では出来ているつもりでそれ以上求めようとしないのですから身につけなければならないことも身に付きません。自ら目を閉じ、開こうとしなければ出来ていないことも見えてきません。求めないのですから見えてくるはずもなく、何が悪いとされるのかもまたわからないという悪循環に陥るだけになってしまいます。
 このような方は自らが変わるのを待つしかなく指導のしようもありません。
 武術は漠然と稽古を続けていれば誰でも上達するといったものではありません。腕立て伏せや腹筋を毎日続けていればできる回数が増えると言った単純な事と同じではないのです。
 上級者であっても初心の時に指導された事をより高度なものとなるよう稽古は怠りません。
 武術は以って生まれた身体能力に向き不向きがあるのではなく、心に向き不向きがあるように思います。

 
 劇団夢現舎が6月18日(金)、20日(日)第三回ルナティック演劇祭(下北沢小劇場「楽園」で公演を行います。パンフレットを御覧いただき是非お出かけください。

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  1. 2010/06/15(火) 21:25:57|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

吹屋銅山

 週末、次男と姪を連れ岡山県の吹屋へ行ってきました。1年半前にも行ったのですが、そのときは時間切れで吹屋銅山笹畝坑道へ入ることが出来なかったため、今回の目的地は坑道のみでした。吹屋の町並みではフジテレビの50周年記念の撮影がおこなわれていましたが、雨であったため町並みでの撮影は中止になり家屋内だけでの撮影があったようです。小学校ではエキストラを使った撮影もあったようで、大東亜戦争の頃の衣装を着ておられました。また町の中にもその当時の看板や小道具が置かれていましたので、時代は大東亜戦争終結の頃であるようです。 吹屋については以下のページをご覧下さい。

http://www.okayama-kanko.jp/modules/kankouinfo/pub_search_keyword2.php?HypEncHint=%A4%D7&sel_text=%BF%E1%B2%B0&btnG=%B8%A1%BA%F7&ak=1&ab=1&at=1&ae=1

 さて吹屋銅山笹畝坑道ですが807年頃に発見され毛利氏と尼子氏の争奪戦をへて江戸時代は天領として、維新以後は三菱によって経営されたようです。詳しくは案内板の写真をみてください。坑道入り口の写真と案内板の写真です。

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 坑道は吹屋の喫茶店のご主人のお話では公開されている部分は江戸時代の手掘りの部分だそうですが、手掘りだけに当時の雰囲気が伝わってきます。入る前は子供たちの期待を裏切るような短い範囲の公開だと思ったのですが結構楽しめました。

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 以下の写真は今も残る黄銅鉱です。

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 江戸時代の作業の様子が人形で再現されていました。刀装具に用いられている銅ですが、今気軽に手にとっている江戸時代のものでも、当時環境の悪い鉱山の中で工夫の人たちによって手掘りされたものが精錬されて形になったものだと思うと。おろそかに扱う事はできません。

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  1. 2010/06/16(水) 21:25:08|
  2. 未分類

半棒術

 最近半棒の稽古を始められた方がおられますので記しておきます。半棒は六尺棒の長さの約3分の2しかなく刀の長さと殆ど変わることがありません。したがって長さを利して用いる六尺棒のような用い方はできません。
 間合いが接近している為に半棒では体で刀の斬り込みをかわし、打ち込みますが刃がついているわけではなく打撃力が必要となってきます。しかし力と考えて腕力を用いるのは最も愚かな方法です。
 澁川一流で用いる「意治」または「意地」という用語は難波一甫流に由来しますが、「意治」とは全てを臍下に納め臍下丹田力を用いることを言います。全てを臍下に収めるとは文字通りからだの中心が臍下にあることをいい、力は臍下より発します。肩や肘、手首といった末端を用いる意識は捨ててしまいます。稽古しなければできないことですが、手順を覚えたらすぐにこの稽古に入らなければなりません。
 また打ち込んだときは木刀と半棒が強く打ち当たるため始めのうちは手の内にジーンと痺れを覚えるかもしれません。これはかまわずに稽古しておればやがて体が最適な手の内を覚え痺れはなくなってきます。工夫と稽古を重ねてください。
 
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  1. 2010/06/17(木) 21:25:00|
  2. 柔術 業

稽古について

 澁川一流柔術の稽古では形数が多いために、初心者の方は形を決められた手順どおりにとおりに繰り返すことに心が行ってしまうようです。
 しかし、初心のうちに大切なのは自分の動きであり、身につけるべき体遣いが出来ずに外形のみを繰り返して手順を覚えたところでそれは張子の虎に過ぎません。体遣いに主眼を置いて稽古したときに形の手順を間違えても、それは可とされるべきものであり、またゆっくりとしか動けなくてもまた可とされるべきものです。
 「つっ立つな」と指導されれば、少なくとも道場に入ってから出るまでは、その体遣いを忘れて形だけの稽古をすることはありえないものであり、「動きの中心を臍下丹田に」と指導されれば、それを求めに求めなければならないものです。
 指導に従わず稽古の方法を間違えれば、同じ時間かけても指導に忠実に稽古される方の何十分の一も上達しません。場合によっては無駄な時間どころか、立て直すのに初心者よりも余計に時間がかかります。そのため始めたばかりの素直な方のほうがずっと先に進むということもあります。
 初心者とは基本となる動きが出来ていない人のことであり、たとえ何年稽古していてもいくつ方の手順を知っていても基本となる動きが出来ない方は初心者であると自覚してください。
 自分の考えを中心に稽古をするのか、指導に素直に稽古するのかでは大きな違いが生じてしまいます。
 
 劇団夢現舎が6月20日(日)第三回ルナティック演劇祭(下北沢小劇場「楽園」で公演を行います。パンフレットを御覧いただき是非お出かけください。

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  1. 2010/06/18(金) 21:25:41|
  2. 柔術 総論

来嶋又兵衛の薩摩人観

 瓜生等勝先生の労作(先生に直接お話をお伺いしましたが、まさに労作で衾の裏紙を1枚1枚はがされ日付順に並べ替えて解読された労作です)により長州藩 来嶋又兵衛の大石神影流の修行の様子がわかりますが、来嶋又兵衛の天保15年3月21日の日記に大石進のもとで修行していた時にやってきた薩摩藩士との試合について記してあります。試合の内容については記されていませんが、当時長州人が薩摩人をどのようにとらえていたかが分かる文章です。
 
「廿一日 暖気 朝の内少し曇。稽古出候処、薩州修行者両人来り、夫より人数相集り、豫州の浜岡一、奥山辰次相使い、其跡追々不残相遣候事。流儀は真正影流(直心影)、身柄計短刀を以遣候事。其外向よりも長刀をかり遣候事。至而気位の弘き遣ひ口也。薩州の勇気噂には聞候へども、誠ニ出合候事今始也。・・・」

 薩摩では示現流、野太刀示顕流ばかりが行われていたと思われていますが、実際は防具着用の直心影流も随分早い時期に薩摩で行われていました。
 「至而(いたって)気位の弘(ひろ)き遣ひ口」というのは来嶋又兵衛が薩摩藩士と試合をしての感想です。また「薩州の勇気」というのは当時長州の間では知られていた事なのでしょう。いずれにしてもこのとき来嶋又兵衛は薩摩に好印象を持ったことだと思います。
 しかし来嶋又兵衛は皮肉にも20年後の禁門の変で薩摩藩士 川路利良に狙撃されてしまいます。

 夜、家に帰って戸を閉めるとすりガラスのようになっている玄関の一部がスッーと点滅するように光っていました。ホタルでした。私が子供の頃私の家の周りが水田ばかりで農薬も使われていなかった45年位前にはこの周辺は手で触れることができるくらいホタルが飛んでいました。今はホタルを見ることは珍しく、ましてや家まで来るという事は何十年も有りません。しばしの時間でしたが心は子供の頃に戻りました。写真は玄関のガラスを隔ててむこうのホタルをあわてて撮っていますのでホタルのようにも見えませんが、真ん中あたりにぼんやりと光が写っています。

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 久留米道場の稽古記録が更新されています。お読みください。

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  1. 2010/06/19(土) 21:25:39|
  2. 武道史

NHKの大河ドラマの時代考証が滅茶苦茶な理由

 6月19日の中國新聞にNHKの大河ドラマの脚本家へのインタビューが載っていました。NHKの時代考証が出鱈目な理由がわかりました。はじめから史実にのっとって人物を描くという考え方はなく視聴率優先でドラマを作ろうと言う意図が明白ですし、脚本家も歴史ものの専門家ではなく歴史にも詳しいとは思えない人で、ドラマのヒットメーカーなのです。新聞記事の一部を載せますのでお読みください。

 NHKで放映中の大河ドラマ「龍馬伝」の脚本を手掛ける福田靖さん(48)は周南市出身。木村拓哉が検事を演じたドラマ「HERO」をはじめヒット作を連発する人気脚本家に作品への思いを聞いた。(荒木私費)

-脚本は、オリジナル作品ですか。
 そうです。3年前にNHKから話があった時、坂本竜馬のこともよく知らなかった。高知に行ったり、本を読んだりした。武士の家に生まれた竜馬は、作法を教えられ、きちんとした人であったと考えられる。普通の少年が大仕事をする男になっていく物語を1年かけてやろうと思った。

中略

-脚本の執筆で心掛けていることは。
 NHKには「HEROや海猿と同じように書いてください」と言われている。必ず笑いも入れる。小学5年から理解できる分かりやすい大河にしたい。
-最終回の展開は。
 どうするかまでを考える余裕はないが、歴史上の事実として竜馬は暗殺される。これが最大の関門。1年かけて竜馬を好きになってもらい、最後は唐突に殺されて終わった時に「いやあ、いいドラマだった」ということが成立するだろうか。僕が客でも「ドラマだろ。そこを考えろよ」と思う。「じやあ、生きてます」というのもない。これまで体験したことがない種類の落としどころを作らないといけない。


 読んで感じられるとおりです。これで視聴者からお金を取ってドラマを作っているのですから、今のNHKがいかに出鱈目かわかります。歴史の専門家ではない一般の方はNHKのドラマだから史実は踏まえているだろうと思ってしまいます。せめて毎回始めに「このドラマはフィクションであり、史実とは異なっています。」と大きくテロップを流して放送すべきだと思います。


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  1. 2010/06/20(日) 21:25:02|
  2. 武道史

第65回国民体育大会銃剣道広島県予選会

 日曜日に第65回国民体育大会銃剣道広島県予選会が海田市の陸上自衛隊駐屯地で開催されたので銃剣道連盟の理事として行って来ました。来賓と言う形でステージ上から見させていただきましたが、若い人たちの試合の動きがよく見えました。
 銃剣道は戦技の一部を安全に行えるように競技化したものですので当然のことながら実際の白兵戦とは異なります。また、当然のことですが競技をする事によってよい部分、反対の部分が出てきます。
 よい部分はなんと言っても相手の動きを読むまた読まねばならない事です。形稽古のみですと形の求めることが分かっていない人はただ手順を繰り返すのみで相手の動きを読もうともしません。しかし、競技であれば相手の動きが読めてなければ必ず、負けてしまいます。
 もっとも形稽古でも相手の動きを読む事は稽古でき、子供達は形以外の状況で短刀で突きかかっても、形稽古で養った読みと応用の技でこれを何とかします。大人は駄目な方の比率が上がるようです。このような方は競技で手も足も出ない状況に追い込まれなければ目が覚めないのではないかとも思います。
 次に力みの問題です。銃剣道をする若い人たちは力みが強くなかなか技も決まらず手数が多いのですが、稽古をつんだ方は力みも少なく剣が伸びやかで自由です。これも形稽古でも達成できない事はないのですが、形稽古のみだと分からない方は何時までも分からないようで、むしろ、力みがあったほうが良いと感じられているのではないかと思う場合もあります。
 競技化に伴っての悪影響はどうしてもルールに縛られなければならないために、動きが固定されてしまいがちだという点があげられます。本来ならばどこを突かれても重傷を負いますが、一本とはならないために刺突部位以外に向けられた剣は気にしなくなってしまいます。また相手の剣を払ったときにも、自分の体に相手のそれた剣が当っても刺突部位以外だと気にしなくなってしまいます。しかし形稽古では大丈夫かと言うとそうではなく、形をたんに手順として繰り返している方はもっと酷い状況にあります。
 また、競技としてのルールが一人歩きし、全く実際の場では行えないような事でも価値をもつようになることがあります。銃剣道では20年前にはさがりながら突くと、防具は突いていても剣はそれから先には入らないと言う事で一本とはなりませんでした。しかし、現在は一本となっています。剣道はその最たるもので、竹刀の用い方と刀の用い方は全くかけ離れています。
 これは形稽古にも当てはまる事で形を見事に行おうと考えると形を飾るようになり実際には使えない華法となってしまいます。
 江戸時代から形稽古や自由な打ち込み稽古の得失は論じられてきました。どのような稽古でもただ漠然と行えば進歩はありませんし、かえって真実からは遠ざかってしまいます。自分がどのような心構えで稽古しているか再度確認してください。

 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。

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  1. 2010/06/21(月) 00:25:45|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

生まれ出る

 速く動こうと焦ってはいけません。求めなくても速さは自然に生まれるものです。
 ゆっくり動く演技をしてはいけません。演技からは何も生まれません。
 強く動こうとしてはいけません。求めなくても強さは自然に生まれるものです。
 力を入れない演技をしてはいけません。演技からは何も生まれません。



 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。 

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  1. 2010/06/22(火) 21:25:02|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

変質

 剣術の師匠に先生が幼少の頃の防具着用の剣道の試合についてお伺いしました。先生が小学生であった頃は戦中、戦後ですのでそう遠い昔ではありません。
 一本の基準は打ち込んだ後、相手に切っ先をつけて残心をとったときのみで、相手に切っ先をつけなければ一本とはならなかったとお話しくださいました。つまり、面なり小手なりを打ち込んでその余勢で敵の方に進んでいくという動作は問題外であり、間違った動きとされていたわけです。以前記した中山博道の話と共通するものがあります。防具着用の剣道であっても、剣道とは文字通り剣=刀を用いて行う武術であるという意識が残っていたのだと思います。
 今は一斉に空間を打突させてその余勢を利用して体育館の端から端まで継足で走らせています。60年少しばかり前とも動きが異なっている現代剣道を日本の伝統文化として中学校で必修化するというのですから何かがくるっています。頭脳明晰なはずの文部科学省のお役人がこのような事実を調査しなかったはずはありません。裏には何か表向きとは違う表に出せない理由ががあるに違いありません。

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  1. 2010/06/23(水) 21:25:59|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

癖を無くすには

 人それぞれに悪い動きの癖があるもので、これを無くすには相当な苦労をするようです。子供の頃に現代剣道をしただけであっても、刀の用い方と竹刀の遣方が混じってしまったり、講道館柔道をした事が有る人は筋力を用いて投げようとしたり、外の硬い地面の上では出来ない地面を叩くような受身をしたりされます。またスポーツをしてきた方もそのスポーツ特有の癖が出てしまう場合もあります。
 居合は常にニュートラルな状態になければなりませんので、動きに癖があるということは隙があるという事を意味します。このような癖を無くすためにどのようにすべきかを述べます。
 癖を直すにはどこでそのような癖が起こり始めるのかを知らねばなりません。そのためにはゆっくり静に動いて癖の起こり始めを見つけるのが唯一の方法です。今まで通りに動き、動いた後に気付いていては直すことは出来ません。何度も何度も癖を繰り返し癖がますます身につくだけになってしまうのです。
 多くの場合、癖がおこり始めるのは自分自身の心が変化しはじめるところです。ゆっくり静かに動き工夫を重ねてください。方法は一つしかありません。

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  1. 2010/06/24(木) 21:25:04|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

俗説

 月刊「武道」6月号の記事に「武道必修化の本義に立ち返るべし」という題で植草学園大学 野口芳宏教授 の小論が乗っていました。
 少し長くなりますが、その一部を以下に引用します。

「 ここには(註:学習指導要領の解説)、まず次の文言が第一の文として記されている。「武道は、武技、武術などから発生した我が国固有の文化であり、相手の動きに応じて、基本動作や基本となる技を身に付け、相手を攻撃したり、相手の技を防御したりすることによって、勝敗を競い合う楽しさや喜びを味わうことのできる運動である」
 まずは、「武道」が「我が国固有の文化」として位置づけられている。もともとは 「武技・武術」であって、武道はここから「発生した」とある。ここは重要なところだが、文は、「固有の文化である」とは言い切らずに、次に繋がっていき、その終りは「運動である」となって結ばれている。『広辞苑』によれば、「運動」とは、「体育・保健や楽しみのために身体を動かすこと。スポーツ」とある。また『明鏡』では、「体力増進・健康推持などのために、体を動かすこと」と説明されている。 つまり、「運動」というのは、「体力・健康・楽しみのために体を動かすこと」ということであり、そうであれば「我が国固有の文化」とは言えなくなる。「勝敗を競い合う楽しさや喜びを味わうことのできる運動」 という言い方をしてしまうと、それは、一般的なスポーツと変わらなくなってしまうようで、何とも残念な思いがする。
 そもそも今回の改訂は、六十年ぶりの「教育基本法」 の改正を受けてなされた最初のものである。教育基本法の改正そのものに反対し、「改悪だ」と叫ぶ一部の意見は「戦前の悪しき日本への後戻りだ」などと評するので、そういう筋への考慮もあっての表現なのかもしれない。」

 この考え方は武道史を知らない人が持つ一般的な考え方だと思います。武道を運動と考える事に違和感を持って居られますが、所謂現代武道が武技・武術と一線を画すのは明治以降であってルールが整備され競技化スポーツ化されたことによります。つまり意図的に運動として改編していったのです。競技化・スポーツ化され、限定された条件の中で技を競い、その勝敗に大きな価値観をおくのはまさしく運動なのです。
 筆者は運動であれば「我が国固有の文化」とはいえなくなると論じて居られますが、文部科学省も「我が国固有の文化」の起源を一般人が考えるように明治以前とは考えておらず、明治以降を考えていますから、そういった文部科学省の考え方では「我が国固有の運動文化」として正しいのだと思います。
 一般の人は武道(現代武道)といえば江戸時代の武士をイメージするのですがそこに大きな間違いがあります。武道(現代武道)は明治以降に形成されたものであり、武士が行っていた事に起源はあっても全く異なるものなのです。
 剣道といっても刀の扱い方に熟達するのではなく、特定のルールにのっとって竹刀の扱い方に熟達する競技ですし、柔道もまた、かって道標に記した定善流という流派の『和秘伝書』の記述にある「・・・夫和は空手(註:何も持たない事)にして白刃を拉き敵の働きに勝習にて候」という発想は全くもっていません。それどころか江戸時代には全く考えられない素手と素手で正々堂々と技を競いましょうと言う競技となっており、もはや柔術とは何の関係もありません。

 筆者はさらに
「明治時代に入ると「武術」は廃れ、見せ物としての「武術興行」などとして命脈を保っていた感があるが、その改革に乗り出したのが嘉納治五郎だと、ある本に出ていた。
 嘉納は、従来の柔術を理論化し、合理化して「講道館柔道」を確立した。これによって、武術、武芸の稽古を通して「教育的効果」や「精神修養を重んじる」風潮が生まれ、広まった由である。ここにこそ「武道」を教育に取り入れる本来的な意義がある。」

 と述べて居られますが、筆者が読まれた「ある本」のような存在が一般の人が持つ俗説を生み出しています。柔術は地方においては明治維新以降にもさかえていました。それが衰微したのは柔術を素手と素手で行うスポーツへと改編し、それを中央から全国のスタンダードにしていった策略によります。つまり意図的に武術のスポーツ化を強行していったのです。
 白刃、凶器を相手とするための技術を稽古する柔術を素手と素手で競技をおこなうスポーツとして変えていったのが柔道です。したがって柔術が行っていた棒術やその他の武器術、白刃を相手とする為に有効な技術も不用とされてしまいました。
 嘉納が行ったのは「従来の柔術を理論化し、合理化して「講道館柔道」を確立した」のではなく柔術の一部の技術を競技化スポーツ化したことなのです。
 その最たるものが背中が床につけば一本という基準です。返し技をかけるためや自らダメージを少なくするために受身をしたら負けになるという発想など柔術はもちません。まるでレスリングからとってきたルールなのです。
 「現代武道=武士」という作られたイメージは変えようがないかもしれませんが、貫汪館で稽古される方は誤った知識をもたぬよう歴史を学ばねばなりません。

 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
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  1. 2010/06/25(金) 21:25:19|
  2. 武道史

両手にて手首を強く握りなば 肘を張りつつ身をよせてみよ

 両手にて手首を強く握りなば 肘を張りつつ身をよせてみよ

 この和歌も定善流の伝書に記されている和歌です。
 演武会等で他流派の柔術の方を拝見させて頂く時などにもよく感じることですが、柔術は流派が異なっていても同じような動きをすることが多いものです。この和歌の動きは渋川一流柔術でいえば「組落」の動きそのものです。また『四留』や『拳匪』でも同じ動きをします。
 和歌の解説には次のようにあります。よく読んでください。
「我手首を敵強く取りたる時の事にて候 ケ様の時の習さまざま有之候 口伝兎角敵之取所の拍子をぬかさず早くする事能候 手首を取たるは放し安き物にて候」 

 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。 

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/06/26(土) 21:25:49|
  2. 柔術 総論

浮腰に成安きもの気をつけて 腰をば重くすべて取べし

浮腰に成安きもの気をつけて 腰をば重くすべて取べし 

 この歌も定善流の伝書に記されている和歌です。
 形の稽古で、技を掛けよう掛けようと思い心が定まらない方は腰が浮いてしまいます。また相手を下方に押さえたときに力任せになる方も腰が浮き、かえって相手に技を返されてしまいます。重心が定まらず腰が浮く方に、そのような状態であることを指摘するとただ体を力ませ、固めるだけの初心者の方もおられます。工夫して稽古しなければできるようにはなりません。
 解説には以下のようにあります。
「兎角浮腰に成安き物にて候 能おもくすえ候事肝要にて候 何事の業を成にも上に登りたがる物にて候 上ずりに成下はぬけたがる物にて候 能御心得可有候 此心にて候へば敵我上にのり来たり候時杯我身をしじまり敵の浮き腰を足にて成とも手にて成ともすかしてはね候へば能行物にて候 我又敵を取伏たる時就中腰に気を付重く敷詰候事専一にて候 人の上に心もなく打乗りなどしたる分にては乗りては居られぬ物にて候 腰と申候得ば腰計に気を付やうに候へとも左にてはなく候 気は一心に満る事にて候得共腰には一入心を付る所にて候」

 解読しにくいかもしれませんが「腰と申候得ば腰計に気を付やうに候へとも左にてはなく候 気は一心に満る事にて候得共腰には一入心を付る所にて候」というところを稽古で工夫してください。


 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。 

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  1. 2010/06/27(日) 21:25:34|
  2. 柔術 総論

「国宝の名刀ー徳川家ゆかりの刀剣」展

 昨日、「国宝の名刀ー徳川家ゆかりの刀剣」展を友人と見に行きました。観刀眼のない私にも国宝や重要文化財の刀剣は素晴らしいものだと言う事が理解できました。と同時に刀剣研磨の技術も相当に高いのだろうという事も理解できました。
 良いものを見ていると駄目な物との区別がつくようになりますが、駄目な物ばかりを見ていると良いものは見えなくなってしまうようです。
 国宝や重要文化財となっている刀剣は刀剣自体が素晴らしいだけではなく、その来歴も素晴らしいのだという事も理解できました。阿波徳島藩主蜂須賀家に伝来した「正恒」、米沢上杉家に伝来した「備州長船兼光」、豊臣秀吉から徳川家康に贈られた「筑州住左」など来歴がはっきりしており、また高名な人物や、大名家に伝わったものばかりです。
 美術館では他の人に気遣いながら邪魔にならないようにお子様達に刀剣の説明をされている若いお父さんが居られました。その心遣いがあまりに自然であったので見習わなければと思うと同時に、良いお父さんをもった子供達は幸せだなと感じました。
 あとでその方からご挨拶を受けました。直接は存じ上げていなかった方でしたが、岡山県のある流派の師範の方でした。このような心遣いができる素晴らしい若い師範がおられる事が嬉しく感じられました。

 武術を稽古される方は刀剣を知らずにいる事は出来ません。時間があればふくやま美術館へお出かけください。7月19日(月)までの開催です。場所は福山駅の北側で有料ですが駐車場もあります。

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 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。 

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  1. 2010/06/28(月) 21:25:41|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 渋川一流柔術の稽古で受の仕掛けがいい加減になっている事を目にします。受は技を受けるのですがたんに技を受けるのだと思って仕掛けがいい加減であれば捕も上達する事はありませんし、受の動きを通じて自分が上達する事もありません。
 例えば履形や吉掛で突いていく動作では受の拳が相手の体に届いていない事、初心者の子供がする事なら分かっていないともいえますが、何年も稽古した方の中に間合も分からぬそのような動きをされる場合があります。稽古時間にはなりませんし、捕の動きを稽古する方に非常に失礼でもあります。
 また、起こりがあからさまに見えてしまう動き、「さあ行きますよ」と色に見せて動き始めても捕の稽古には全くなりませんし、失礼です。
 あまりに遅い動き。これも全くの初心者に対する稽古であれば良しとされる事であっても経験を重ねた方には稽古になりません。
 万が一、受仕掛けの動きが出来ないのであれば一人稽古で木や柱を相手にできるようになるまで稽古しなければなりません。柔術は主に2人組で行いますので、自分の動きが稽古相手に迷惑でないように、失礼でないように自分の動きを高めてください。
 このような事は無双神伝英信流抜刀兵法の太刀打や詰合の稽古でも同じことが言えます。打太刀は遣方を導く立場にあります。打太刀がいい加減であれば遣方は上達できません。工夫してください。

 貫汪館居合講習会を7月11日(日)に開催いたします。今回の講習会では太刀打・詰合を中心に稽古します。貫汪館HPの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページを御覧になり、どなたでもご参加ください。 

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  1. 2010/06/29(火) 21:25:33|
  2. 柔術 総論

四留

 渋川一流柔術の稽古は始めは相手との間合が開いた状態(履形・吉掛)次に相手と接触した状態(込入)、さらに相手とはなれた状態(打込・両懐剣・互棒)、再び相手と接触した状態(四留)と続きます。
 これらの形の内では四留が最も相手との接触が強い形で、両手で両手を捕られる動きは自分の自由を制せられてしまいますが、同時に相手の状態が最も分かる形でもあります。
 自分の手が触角となるのですから手を通じて相手の重心の位置、偏り、力の用いよう、心の状態等々が読めるはずです。相手を読むためにはこれほど良い稽古はありません。
 しかし形稽古を手順の繰り返しとのみ考えてしまう方は、この稽古もやはり手順を繰り返すだけになってしまいます。相手にお構いなしに自分が動けば技が掛かるというものではありません。形稽古ですからなんとかなっても実際の場合には何ともならないものです。せめて四留の形の稽古に至ったら、相手を読む工夫がなければなりません。

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  1. 2010/06/30(水) 21:25:48|
  2. 柔術 業

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