カフカス-ワシントン、誤算から核戦争の危険を冒す
F. William Engdahl
2008年8月11日
最近のグルジア共和国の軍隊による、南オセチアに対する劇的な軍事攻撃は、世界に冷戦時代の究極的な恐怖を、ロシアとアメリカ合州国との間の誤算による熱核戦争をもたらす方向への大きな一歩だった。カフカスで展開されていることが、アメリカのマスコミでは、驚くほど紛らわしい観点から、モスクワだけが侵略国であるかのごとく報じられている。問題は、ジョージ・W・ブッシュとディック・チェイニーが、ブッシュ・ドクトリン流のNATOの軍事目的を、次期アメリカ大統領に無理やり支持させたいあまりに、頼りないグルジア大統領ミヘイル・サアカシュヴィリの後押しをしていたかどうかなのだ。イラクでそうだったように、今回ワシントンが、ひどく誤算した可能性はあるが、今回の場合、核戦争となる可能性があったのだ。
基本的な問題は、7月11日の記事で私が強調したように、グルジア、ワシントンとモスクワの核地政学ポーカー・ゲームだ。実際、1991年のワルシャワ条約解消以来、ソビエト連邦の旧メンバーや旧共和国が、多くの場合、ワシントンによるいつわりの約束で買収されて、敵対する組織、NATOに加盟するよう、次々とまるめこまれてきた。
1991年のワルシャワ条約解消後、NATOの計画的な解消についての議論を始める代わりに、ワシントンは、NATOを、コソボから、ポーランド、トルコ、イラクそしてアフガニスタンに至る軍事基地とリンクした、アメリカの世界的帝国支配用の軍事的手段としか呼べないものへと計画的に変換させた。1999年、旧ワルシャワ条約の構成国、ハンガリー、ポーランドとチェコ共和国がNATOに加盟した。2004年3月、ブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、そしてスロバキアが後に続いた。今やワシントンは、NATOのEUメンバー、とりわけドイツとフランスに対し、グルジアとウクライナを受け入れる投票をするよう、強力な圧力をかけている。
紛争の起源
グルジアと南オセチアとアブハジアとの間の紛争の起源は以下のようなものだ。まず、南オセチアは、1990年まで、グルジア・ソビエト共和国の自治区を形成しており、ロシア・ソビエト共和国の、そして今のロシア連邦の一自治共和国、北オセチアの同じ少数派民族と、一緒に一つの国家に団結することを目指していた。歴史的に根拠がある、暴虐なグルジアの民族主義に対するオセチア人の恐怖と、当時のグルジアの指導者ズヴィアド・ガムサフルディアのもとでの、人種的少数派に対するグルジア人の憎悪という経験があり、オセチア人が、またもや、グルジアの大統領、ミヘイル・サアカシュヴィリの元で、それを感じているのだ。サアカシュヴィリは、アメリカの経済支援と、2003年12月のバラ革命と呼ばれているアメリカのひそかな体制転覆行動によって、権力の地位につけられた。今やそのバラのトゲによって、流血が起きている。
アブハジアと南オセチアは、まず第一に、伝統的な黒海のリゾート地域であり、第二に、北部にロシアとの国境地帯を持つ、貧窮に陥った人口が希薄な地域で、おのおの固有の言語、文化、歴史を持っている。ソ連が崩壊した際、両地域は、血みどろの紛争で、グルジアからの独立を目指した。1990-1年の南オセチア、1992-4年のアブハジアだ。
1990年12月、ガムサフルディアの元、グルジアは南オセチアが主権を宣言すると、そこに軍隊を派兵した。このグルジアの動きはロシア内務省軍によって打ち破られた。するとグルジアは、南オセチア自治区の廃止と、グルジア本国への併合を宣言した。ロシアとの交渉による停戦で、二つの戦いは終わり、最近作られた独立国家共同体の後援のもとで、平和維持軍が治安を維持している。状況は、キプロスをめぐるものと同様に「氷結した紛争」として固定化した。2005年後半には、グルジアは、武力を使わず、アブハジア人は、暴力を避けて出国した200,000人強のグルジア人の段階的な帰国を認めるという条約に署名した。しかしこの合意は、2006年早々、サアカシュヴィリがアブハジアのコドリ渓谷を奪回するために軍隊を派兵した時に決裂した。以来、サアカシュヴィリは、軍事行動の為の準備を増強していた。
重要なのは、南オセチアに対するロシアの支持だ。ロシアは、グルジアがNATOに加盟するのを好ましく思っていない。更に、オセチア人は、ロシアにとって、カフカスにおける最も古い同盟者であり、多くの戦争でロシア軍に兵士を供給してきた。ロシアは、彼らやアブハジア人を見捨てたいとは思っておらず、ロシアの北カフカスにおける彼らの同胞の間での人種的騒乱に、更に油を注いだ。彼らの大半が長らくロシアのパスポートを保有していた時である、2006年11月の住民投票で、99パーセントの南オセチア人がグルジアからの独立に投票した。これによって、ロシア大統領メドベージェフが、「ロシア国民がどこにいようと、その生命と尊厳を守るための」努力として、金曜日にロシア軍がグルジアに対する反撃を正当化するのを可能となった。」
帝政時代から、ロシアにとって、オセチアはトルコとイランの前線に近い重要な戦略基地だった。グルジアもまたカスピ海からトルコの港ジェイハンへと送り出されている石油にとって重要な通過国であり、テヘランを包囲しようというワシントンの作戦にとって潜在的な基地でもある。
グルジアから見れば、南オセチアとアブハジアは、単純に、いかなる犠牲を払っても回復すべき国土の一部なのだ。NATO指導者たちの約束により、グルジアは同盟関係に引き込まれ、ワシントンによる、これ見よがしの支持宣言によって、二つの地域、南オセチアとアブハジアに対する武力攻勢に着手するまでに、サーカシビリをつけあがらせた。サアカシュヴィリと、おそらくは、ワシントンのディック・チェイニー事務所が、非常に大きな誤算をしたように見える。ロシアは、南オセチアやアブハジアに対する支持を譲る意図は毛頭ないことを明らかにした。
代理戦争
今年の三月、国連安全保障理事会の意志に反し、更には、特にロシアの反対にもかかわらず、ワシントンは旧ユーゴスラビアのコソボ独立承認の先頭にたち、コソボを事実上NATOが支配する領土とし、プーチンは、これに対し、アブハジア、南オセチアと沿ドニエストル共和国、モルドバの親ロシア派分離独立共和国の承認にかかわる、ロシア国会における公聴会で答えた。モスクワは、コソボに対する西側の論理は、敵対的な国家の支配からの独立を目指すこれら少数民族社会にも適用されるべきだと主張した。4月中旬、プーチンは、これら分離独立した共和国を承認する可能性を提案した。それは戦略的なカフカスにおける、将来のロシアそのものをかけた大博打、地政学的チェス・ゲームだった。
サアカシュヴィリは、当時の大統領プーチンに、その決定を覆すよう呼びかけた。彼はプーチンに、西側はグルジアの味方になったと指摘した。4月、ルーマニア、ブカレストでのNATOサミットで、アメリカのブッシュ大統領は、グルジアを、NATO構成員の前触れである、NATOの「メンバーシップ・アクションプラン」に受け入れることを提案した。ワシントンが驚いたことに、ドイツ、フランスとイタリアを含む、NATO加盟国10ヶ国が、彼の計画を支持することを拒否したのだ。
彼らは、アブハジアと南オセチアの争いゆえに、グルジアを受け入れるのは問題だと主張した。彼らは、実際には、グルジアを支援するの気が進まないと言ったのだ。NATO条約の第5条の元では、いかなるNATO加盟国に対する武力攻撃も、全加盟国に対する攻撃と見なさなければならないと命じており、結果的に全NATO加盟諸国の集団的武力を、ヨーロッパが、お天気屋の独裁者サアカシュヴィリが率いるカフカスの小国グルジア共和国をめぐって使用することが必要となり、ロシアとの戦争に直面する可能性が持つことの意味するためだ。つまり、不安定なカフカスが、第三次世界大戦をひき起こす、即発的な引き金となることを意味するわけだ。
ロシアはグルジアを脅迫しているが、グルジアも、アブハジアと南オセチアを脅迫しているのだ。グルジアにとって、ロシアはワニのように見えるだろうが、グルジアはロシアにとって、西側の手先のように見えるのだ。サーカシビリが2003年後半に権力を握って以来、ペンタゴンは、グルジアに駐留して、軍事援助と訓練を行ってきた。現在グルジアで活動しているのはアメリカ軍の要員だけではない。イスラエル諜報筋のオンライン・マガジン、DEBKAファイルによると、2007年、グルジア大統領サアカシュヴィリは「イスラエルの民間警備会社の数百人から最大1,000人と推測される軍事顧問に、グルジア軍に、特別奇襲部隊、空、海、機甲および砲撃作戦の訓練をするよう委託した。軍事顧問たちは、軍事諜報や、中央政権のための治安維持についての教育もしている。トビリシは、兵器、諜報、電子戦システムも、イスラエルから購入している。これら顧問達が、金曜日の南オセチアの首都征服に対するグルジア軍の準備に深く関与していたことは、疑う余地はない。」
Debkaファイルは、更に「モスクワは、エルサレムにグルジアに対する軍事援助を止めるよう再三要求しており、最終的には、二国間関係の危機まで持ち出して脅したと報じている。イスラエルは、トビリシに提供している支援は「防衛的」なものだと言って対応した。イスラエルの情報源は、グルジアにおけるイスラエルの利害は、カスピ海石油パイプラインの地政学とも関係があると付け加えている。「エルサレムは、ロシアのパイプライン・ネットワークではない方法で、カスピ海の石油とガス・パイプラインを、トルコの積み出し港ジェイハンにまでつなげることに強い関心を持っている。イスラエル、トルコ、グルジア、トルクメニスタンとアゼルバイジャンの間で、トルコに、更にそこから、イスラエルの石油基地アシュケロンや、紅海の港エイラトに至るパイプラインに関して、集中的な協議が進行中だという。そこから、スーパタンカーが、ガスと石油をインド洋経由で、極東へと運搬できるのだ。」
これはつまり、南オセチアに対する攻撃は、英-米-イスラエルが率いる勢力と、ロシアとの間の新しい代理戦争における、最初の戦闘なのだ。唯一の疑問は、08年8月8日のグルジアの攻撃に対する、ロシアの反撃の素早さと激しさについて、ワシントンが計算違いをしていたか否かである。
これまでのところ、カフカスにおけるドラマは、衝突のステップごとに、危機の度合いを高めてきている。次のステップは、もはや単にカフカス、あるいはヨーロッパの問題ではすむまい。1914年では「八月の砲声」が、第一次大戦をひき起こした。今回、2008年の八月の砲声は、第三次世界大戦、核のホロコーストという言いようもない恐怖の起爆装置となる可能性があったのだ。
核の優位: より大規模な戦略的な危険
ユーラシアの人里離れた奥地のこの二つの小さな地方をめぐる紛争がどれほど危険なものなのかを、西側の大半の人々は知らずにいる。ほとんど全てのマスコミ報道で触れられていないのは、カフカス紛争の戦略的安全保障という文脈だ。
私の新刊書(ドイツ語)でも、そしてここでも、NATOと、最も直接的には、ワシントンによる開発努力について説明している。軍事戦略家が「核の優位」と呼ぶものを、冷戦終結以来、計画的に追求してきたということだ。わかりやすく言えば、敵対する二つの核大国の一国が、たとえ原始的なものであれ、実戦配備できる対ミサイル防衛を、最初に開発することができれば、敵側の核貯蔵庫からの反撃可能性を劇的に弱めることができ、ミサイル防衛を持っている側が、核戦争に「勝った」ことになる。
これは極めて狂っているように聞こえるだろうが、1990年の父親ブッシュ、クリントン、そして最も攻撃的なジョージ・W・ブッシュに至るまで、過去三代の大統領を通じ、明確なペンタゴンの政策であった。これに、ロシアが、砂の中に、線を深く引いたのだが、それももっともなことだ。グルジアやウクライナを、無理やりにNATOに押し込もうというアメリカの努力は、NATOが文字通り戸口にやってくるという不安をロシアにもたらす、この上なく攻撃的な軍事的な脅威であり、ロシアの国家安全保障にとって受け入れがたいのだ。
これこそが、ルクセンブルグ規模の狭い二地域をめぐる、一見目立たない戦争が、1914のサラエボのような、誤算による新たな核戦争の起爆装置となる可能性を持っている理由だ。そのような戦争の引き金は、南オセチアやアブハジアを併合するというグルジアの要求ではない。むしろ、NATOとそのミサイル防衛を、ロシアの戸口の鼻先まで押しつけようとするアメリカの無理強いこそが、引き金なのだ。
この記事原文のurl:www.engdahl.oilgeopolitics.net/Geopolitics___Eurasia/Caucasus_War/caucasus_war.html
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