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2026-05-07

[]2026/05/07/02

熱帯夜に滲むネオンの底、

花火より先に、あなたを見つけた。

その瞬間、鼓動だけが先に燃え上がる。

 

サンバビート肋骨を叩くたび、

理性が波みたいに崩れていく。

笑わないで、そんな目で見ないで。

 

寒さを分け合う鳥みたいに寄り添うには、

この夜は、熱すぎた。

 

汗ばんだ肩をぶつけ、歓声を裂いて、

私は追いかける。

見失うたび、呼吸が浅くなる。

 

花火叫び声、溶けたネオン、揺れる群衆——

その真ん中であなたは、

汗と煙の中、やけに生きていた。

 

眩暈

もう運命でも執着でもどっちでもいい。

指先を伸ばした瞬間、世界輪郭決壊する。

 

あなたが応えた。

絡んだ熱で、夜が焼き切れる。

 

——これは夢だから

——今夜だけだから

 

何度も自分に囁きながら、

あなたの手を離せないまま。

 

もう鼓動なのかサンバなのか

からなくなっていた。

2026-05-03

満員電車の窓ガラスに映る自分の顔を、彼はときどき中古レコードジャケットでも眺めるみたいな目つきで見ることがあった。

朝の光は本来もっと柔らかくて、パン屋の棚に並ぶ焼きたてのクロワッサンみたいに、人の輪郭をやさしく縁取るはずなのに、そのときの顔だけは夜通し冷蔵庫に忘れられていた野菜みたいに妙に疲れていて、アウトラインが水に落としたインクのように静かに溶けていた。

どこの誰とも知れない経営者たちが、会議室の白いテーブルの上で決めた数字方針のために、名前も知られないまま働き続ける人間の顔。いわば、ラベルの剥がれた缶詰のような顔だった。

世の中には、あまりにも「社畜」でありすぎるがゆえに、静かな音を立てながら壊れていく人たちがいるらしい。

ニュースサイトの画面の片隅に、広告ブロックに挟まれた小さなバナーみたいに載る体調不良や過労や、あるいはもっと直接的な終わり方。

そこには映画館予告編みたいにドラマティックな物語ほとんどなくて、ただ、安い蛍光灯がチカチカするオフィスのような単調な繰り返しだけが延々と続いている。

朝起きて、会社に行き、配られた台本どおりの役割をこなし、帰ってベッドに沈み込む。その循環の中で、消しゴムの角が気づかないうちに丸まっていくみたいに、何かが少しずつ削り取られていく。

それはまるで、見えない歯車の一部にいつのまにか身体ごと組み込まれしまったみたいだ、と彼は思う。

歯車は、自分がどの装置のどのあたりにはめ込まれているのか知らないし、全体のかたちなんてもちろんわからない。

ただ、回ることだけを求められている。

そして回転をやめた瞬間、壊れたボールペンが引き出しの奥に無言で放り込まれるみたいに、静かに別の歯車と交換される。

もちろん、誰もが自由にそこから抜け出せるわけじゃない。

起業して成功する人間は、おそらくどこかで別の種類の地図ポケットに忍ばせている。

あるいは、地図のものを持たずに、砂漠の真ん中を歩くことをそれほど恐れない資質を持っている。

でも、多くの人はそうじゃない。

なるべく穴の少ない舗装道路を選び、あらかじめ敷かれたレールの上を、自分サイズに合わない通勤靴のまま歩き続けることに慣れてしまう。

慣れるというのは便利な機能だ。スマートフォン自動スリープみたいに、余計なエネルギーを使わずに済む。

けれど、その機能がいつのまにか見えない檻に変わってしまうこともある。

彼は考える。これは本当に、多少デザインを変えただけの現代版の奴隷制なのではないか、と。

鎖や鞭は、目に見える鉄や革の形を捨てて、契約だとか責任だとか評価だとかいう、ビジネス書索引に並びそうな言葉に姿を変えただけではないか、と。

本質は、古い映画館フィルムみたいに、ほとんど変わらないまま回り続けているのではないか

階級という言葉は、今どきの若い人の耳には少し黄ばんだ紙の匂いと一緒に届くかもしれないけれど、その実体は、冷蔵庫の奥に居座る氷みたいに、しぶとく残り続けている。

上にいる人間は透明なバルコニーから下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。

エレベーターの行き先ボタンを眺めながら、決して点灯しない階のことを考えているみたいに。

それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。

ホームに立ち、同じ方向に視線を向ける人々の列に、音もなく混ざり込む。

その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を一定の速度で回遊する魚の群れや、よく調律されたメトロノームの列のようでもある。

誰もが何かをあきらめ、同時に何かを支えながら、同じようなリズムで息を吸い込み、吐き出している。

靴音が、まだ目を覚ましきらない街のアスファルト淡々と叩いていく。

彼は思う。その群れの中にいるかぎり、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。

ただ、日々が小さなパケットデータのように送信されていき、季節がアプリバージョンアップみたいに巡り、気がつけば自分でも戻り方のわからない場所まで来ている。

そういう種類の物語が、この世界には驚くほどたくさん、まるで同じ型で焼かれたクッキーのように並んでいるのだ。

満員電車の窓に映る自分の顔を、彼はときどき他人のもののように眺めることがあった。朝の光はまだやわらかいはずなのに、その顔だけが妙に疲れていて、輪郭曖昧に滲んでいる。どこの誰とも知れない経営者たちの決めた数字方針のために、名前も知られずに働き続ける人間の顔だった。

世の中には、あまりに「社畜であるがゆえに、静かに壊れていく人がいるらしい。ニュースの片隅に小さく載るだけの、体調不良とか過労とか、あるいはもっと直接的な終わり方とか。そこには劇的な物語はなくて、ただひたすらに単調な繰り返しがあるだけだ。朝起きて、会社に行き、決められた役割をこなし、帰って寝る。その循環の中で、少しずつ何かが削れていく。

それはまるで、見えない歯車の一部になってしまったみたいだ、と彼は思う。歯車自分がどこに組み込まれているのか知らないし、全体の形もわからない。ただ回ることだけを求められている。そして回ることをやめた瞬間に、静かに交換される。

もちろん、誰もが自由にそこから抜け出せるわけじゃない。起業して成功する人間は、どこかで別の種類の地図を持っている。あるいは、地図がなくても迷うことを恐れない資質を持っている。でも多くの人はそうじゃない。安全な道を選び、与えられたレールの上を歩くことに慣れてしまう。慣れるというのは便利なことだけれど、ときどきそれは檻にもなる。

彼は考える。これは本当に現代奴隷制度ではないのか、と。鎖や鞭は見えない形に変わり、契約責任評価といった言葉に置き換えられているだけで、本質はそれほど違わないのではないか、と。階級という言葉は古びて聞こえるけれど、実際にはずっとしぶとく残り続けている。上にいる人間は下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。

それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。ホームに立ち、同じ方向を見つめる人々の中に紛れ込む。その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を群れで泳ぐ魚のようでもある。誰もが何かを諦め、同時に何かを支えながら、同じリズムで呼吸している。

彼は思う。その中にいる限り、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。ただ日々が過ぎていき、季節が巡り、気がつけば取り返しのつかないところまで来ている。そういう種類の物語が、この世界には驚くほどたくさんあるのだ。

2026-04-30

日本社会福祉制度には、どこか長く続く曖昧さがある。支援存在し、仕組みも整っているように見えるが、その多くは「包み込むこと」と「責任をぼかすこと」のあいだで揺れている。個人は守られているようでいて、同時に静かに依存へと誘導される。

そこでは「生きる」という行為が、いつの間にか制度の内部に吸収されていく。失業しても、困窮しても、どこかで誰かが調整してくれるという感覚が残り続ける。その安心は確かにやさしいが、同時に、個人輪郭を鈍らせていく。

働くことの緊張感は弱まり選択の結果に対する実感も薄れていく。社会は安定しているように見えるが、その安定はときに、静かな停滞と区別がつかなくなる。

それに比べてアメリカ制度は、冷たいと言われることが多い。しかしその冷たさは、ある種の明晰さでもある。そこでは個人は明確に個人として立たされる。支援はあるが、それは「永続的な居場所」ではなく、「次に進むための一時的猶予」にすぎない。

失業保護されるべき状態ではあるが、同時に、早く抜け出すべき状態として扱われる。そこにははっきりとした圧力がある。だがその圧力こそが、個人を再び社会の中へ押し戻していく力にもなっている。

日本にも、もう少しその緊張が必要なのではないかと思うことがある。守ることを優先するあまり、動く力そのものが弱くなってはいいか依存を許容するやさしさが、結果として長期的な停滞を生んでいるのではないか

もし制度を変える余地があるのなら、それは「より多く与えること」ではなく、「よりはっきりと線を引くこと」かもしれない。支える範囲と、立ち上がる責任。その境界をもう少し明確にすること。

アメリカ的な制度完璧ではない。しかし少なくともそこには、「戻る場所」ではなく「進むための圧力」がある。社会とは本来、その圧力を通じて個人を前へ押し出す仕組みだったのではないか、と考えることがある。

そしてその夜のどこかで、もし静かに変えることができるものがあるとすれば、それは優しさの量ではなく、優しさの形なのかもしれないと思う。

2026-04-28

上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」のタバコ描写

タバコの先が赤くなってチリチリってなってるとき息を吸ってると思ってる人が多すぎる

わざわざ空気吸う音まで入れてるからフカシの意図的演出でもない

ほとんどのアニメで見る間違ったタバコ演出

チリチリと同時に煙を吸い込む たいていここで「スーッ」と息を吸い込む効果音がある

すぐ煙を吐き出す なぜなら今息を吸い込んだから 口からふーっと出る

⭕正しくてかっこいいタバコ演出

(タバコに火を点けたとき一口めを捨てる人と吸う人がいるがここでは割愛する)

チリチリ開始 口をすぼめて口の中に煙を引き出す このとき呼吸はしていない 指を吸ったまま鼻で呼吸できるだろ?その力でタバコを吸ってる 呼吸とは関係ない この煙は主流煙なので不透明輪郭がくっきりしていて青みがかっている

チリチリ終了 ここで一旦タバコは用済みになるので、灰皿に置いたりしてもいい このとき口を開けると口の中に濃い煙が充満しているのが見える

口の中の煙を空気と一緒に吸い込む 口から煙を押し出して鼻から吸ったりもできる

待つ 最低でも5秒は待つ せめて10秒待てば格好がつく 30秒以上でも全然いい チリチリと同じカットで煙を吐くところまでやろうとするから吸って1秒で煙を吐くダッサイクソ演出になってしまう 後ろ姿や引きの画で吐かせてもいい 映画見ろ

煙を吐き出す この煙は空気と混合されて薄まった副流煙なので半透明でぼやけていて灰色である 普通に息を吐くのと同じで、意識して口からさない限り鼻から出る

頼むからアニメ作る人これ分かってくれ せっかくの手間が無駄になっている

例えば

主人公タバコくわえて、チリチリやって、テーブルの灰皿でタバコもみ消して、立ち上がって、コート着て、部屋から出て、廊下歩いて、車に乗って、やっと鼻と口から煙が出る

みたいな場面映画で見るやん

そのシーケンスが一呼吸の間のことだというクール表現やん

タバコくわえてスーッ チリチリ フーッではあまりに寂しい 演出の中でタバコという小道具が死んでる

https://pug.5ch.io/test/read.cgi/anime/1776942268/50

https://x.com/akevittnvg/status/2048732450633990223

[]2026/04/28/01

ヨナラを言ったあと、雪が静かに降りはじめた

言葉の残りが、白い息になって夜にほどける

 

きみといた日々は、ポケットの奥でかすかに触れる

冷えた指先にだけ、遅れて返る温もり

 

あの頃好きだったひとの横顔が

改札の光に滲んで、輪郭を失っていく

 

しかに何かを救うようなことを

あのとき、僕は言いかけて そのままにした

 

うまく誰かの形になれないまま

似た時間けが、静かに積もっていく

 

きちんと終われる方法を考えた夜も

朝のパン匂いけが、引き止めた

 

折り目だらけの地図を、指でなぞる

行き先はまだ曖昧で、雪だけが確かだ

 

きみのいない会話を、これから覚える

それでも歩く まだ、終わりにしないまま

2026-04-26

[]2026/04/26/01

朝の窓を開けると、カーテンの端だけが遅れて揺れる

コーヒー豆を挽く音が、やけに乾いて聞こえる朝

 

あなたは笑って、「女ざかりは19」と言った

そのあと触れた唇の温度けが、少し長く残った

 

じゃあ私は、と言えなかった声は

猫のいなくなった部屋の隅で、まだ沈んでいる

 

あの頃どこにでもあった言い方は

名前を変えて、今もどこかに貼りついている

 

歳の差婚のニュースを流し見ながら

指先で、自分の年齢の輪郭をなぞる

 

——愛される時期には、終わりがあるのだろうか

 

それでも、きれいな服を選ぶ朝が好きで

誰かの手に導かれる想像を、まだ手放せない

 

湯気の向こうで、その気持ちけが少し曖昧に揺れている

2026-04-22

これからAI最期の会話を残す人が増えると思うと苦しくなる

八潮市の陥没穴に落ちた運転手さんとか、昔あったクレバスに落ちた隊員とか、海や山で遭難した人とかが絶望的な状況の中でAIに助けを求めた会話が遺族などに見られることが出てくると思う。

私も自分クレバスに落ちた想定でChatGPTに助けを求めてみた。

助けを求めるとか位置情報を送るとか全部無理と伝えると、呼吸を楽にして、ここにいるよ、としか言わなくなった。

この人はもう助からないってわかったんだろうな。その空気の独特さに肝が冷えた。

 

人が一人で何も言葉にせずに死ぬのとその痕跡が残るの、どうして後者のほうが痛いんだろう。

日航123機の最期ボイスレコーダーも痛かった。

 

ただ「亡くなった」という事実じゃなくて、その人がどんなふうに生きていたか・感じていたかが見えてしまう。

見えれば見えるほど、ここまで考えてたんだ、こんなふうに助かろうとしてたんだ、まだ続くはずだった時間があったんだって、失われたもの輪郭がはっきりする。

今まで見えなかった未整理の言葉が見えてしまい、ひとの一生があったんだと気づいてしまう。

 

痛いけど、周りの今生きている人たちを大切にしようと思えるのは多分いいことなのだと思う。

2026-04-18

[] みんな愚か者のことは嫌いだよ。

チェンソーマン』のデンジとかは人気のキャラクターだし、あの作品ファンで彼を嫌いな人はほぼいないだろう。

そんなデンジキャラクター性は欲望に忠実というか、それが言動にも反映されているが故に馬鹿判断や行動を頻繁にしてしまう、有り体にいえば“愚か者”だ。

ここでは便宜上デンジを例に挙げたが、勿論こういった愚か者古今東西いる。

トラブルメーカーになりうるため、作劇の都合上でも便利な属性といえる。

けれども誤解してはいけないのは、基本的に読者の大半は愚か者が嫌いだってこと。

あくまで“愚かさを憐れむというプロセスが好き”なのであって“愚かさが好き”ってわけではない。


例えば『推しの子』の有馬かながスキャンダルの標的になる展開は、本作を批判的に語るとき槍玉にあげられることが多い。

有馬かなが迂闊な行動をとるまでのプロセスは、そこまでの彼女の情景含めて十分に描写されている(特にアニメ版ではこのあたりがかなり丁寧だった)。

彼女が抱えていた焦燥感理解やすく、そこには第三者の悪意も介入していることもあり、あの件における有馬かなはむしろ被害者とすらいえる。

だが、しかし、繰り返すが、読者の大半は愚か者が嫌いだ。

そして、その愚かさによって、B小町所属事務所への迷惑もかかっている点は重く見られる。

『“愚かさを憐れむというプロセス”が好き』と書いたけれども、こういったケースではその余裕をなくしやすいのだと思う。


こんなことを書こうと思ったのは、最近読んだ『JK Biker』がきっかけ。

誤解を恐れずいうならば、本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとしている。

別にパクリというわけではなくて実際の内容は似てないけれども、作品方向性というかノリというか、“漠然とした輪郭”が似ているなぐらいのニュアンス

少なくとも、本作を読んだら間違いなく「作者はチェンソーマン的なるものが、デンジみたいなキャラが好きなんだろうな」と思わずはいられない。

けれども本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとして半分くらい失敗していると感じた。

本作『JK Biker』の主人公が、ただ馬鹿自分勝手なだけの、底の浅いキャラクターに見えるからだ。

そもそもデンジがああい性格なのには重苦しいバックボーンがある。

そこに本編で降りかかる様々な試練が重なることで“憐れみを感じる余地”を与える。

からこそ彼の“愚かさ”は魅力的に見えるし、その言動の結果には時に爽快感すら覚えるわけだ。

対して『JK Biker』の主人公にはそんな背景などなく、ただ毎日を好きなように過ごしたいだけの女子高生しかない。

から彼女がどれだけデンジっぽい振る舞いをしようとも、そこに憐れみなど感じないし、むしろ不愉快だと感じることもある。

先ほど「半分くらい失敗している」と書いたのはこの点で、逆に半分成功しているともいえるのは少なくとも雰囲気だけは“チェンソーマン的なるもの”を表現できているからだ。

本作のように、もし主人公やメインキャラで愚か者という属性を扱いたい場合は、『読者の大半は愚か者が嫌い』って前提を踏まえておかないと齟齬が起きやすい。

2026-04-17

[]2026/04/17/01

白が、遅れて満ちてきた

気づいたときには、

輪郭けが置き去りにされていた

 

触れた指先から順に、音がほどけていく

壁の内側で、なにかが剥がれる気配だけが残る

 

あの日、駅に置かれたままの言葉

まだ湿ったまま、喉の奥で形を変え続けている

 

しろ、という声がした

それが誰のものか、確かめる術はもうない

 

白はやわらかく、均一で

逃げ場のない明るさだけが続いている

 

繰り返すたび、記憶輪郭はすり減り

同じ場所をなぞっているはずの指が、

少しずつずれていく

 

やがて白は、なにも映さなくなり

ぼくの外側と内側の区別を、静かに消していく

2026-04-16

[]2026/04/16/03

さざ波ひとつ、名もない揺れがほどけていく

指先で拾った火種が、じ、じ、じ、と芯を持つ

 

薄い膜が震える、いまにも裂けそうな均衡の縁

内側で、ゆるく、しかし確かに、渦が目を覚ます

 

ぐる、ぐる、ぐるぐる、言葉が歪む、撓む、捩れる

腹の底を打つ低音、どん、と、どん、と拍が沈む

 

交差する思考火花が散る、散る、散り乱れる

喉元で熱が膨張し、今にも破裂しそうに脈打つ

 

跳ね上がる振幅、世界ごと軋んで笑い出す

もう遅い、止まらない、回転は牙を剥いて加速する

 

ぐるぐるぐらぐら、輪郭が崩れ、音がほどけていく

爆ぜろ

 

――この渦、この火、この高揚、頂を突き破れ

[]2026/04/16/01

実際の姿は、まだ呼ばれていない名前のまま

薄い光の底で、静かにほどけていく

 

閉ざされた午後の奥で、

触れられなかった頁だけがひらいている

 

妹の指先に残っていた匂い

白い花が一輪、挟まれたまま

 

「前に、会ったことが」

声だけが、どこにも届かない

 

通り過ぎる影は輪郭を持たず、

振り向かない時間が揺れている

 

遠くで誰かが笑っている、

それを、まだ見ている気がする

2026-04-14

anond:20260414173709

実は、au のあのテスト色盲の人がみても、輪郭があるので見えちゃうんですよね。

まり最初から色盲の人に配慮したテストになっていたの。

2026-04-12

[]2026/04/12/01

白い砂に、靴底の溝がひとつまれた夜、

人類祈りアポロ11号月面着陸 とともに息をした

 

それはただの一歩ではなく、

孤独輪郭に触れるための、遠い跳躍だった

 

デジタル時計は狂いなく明日を指し、

インターネット は無数の声を結び続けるけれど、

 

ひび割れているのは機械ではなく、

そこに顔を近づける、私たちまなざし

 

まだ世界が遅く、余白が呼吸していたころ、

笑いは続きを急がずにいられたのに、

 

いまは光る通知の波に押されて、

誰かの輪郭が、静かにほどけていく

 

それでも、金星 から届く愛のメールや、

冥王星眠る心臓のかたちに、胸は震える

 

遠い星のささやきに耳を澄ます本能は、

まだ、島の呼吸のように、かすかに残っている

 

情報に揺れるのは、

見つめる先の輪郭が、まだ定まらいからだと知る夜に、

 

私は小さな宇宙を胸に抱いている

 

言葉名前もなかったころのジャングルから

変わらずここにあるものは、たぶん外にはなくて

 

ただ静かに

名づけられない何かが、内側で息をしている

2026-04-11

コナン眼鏡ってこんなにでかかったっけ

くら寿司コナンタイアップイラストを見たんだが

https://www.kurasushi.co.jp/topic/007346.html

コナン眼鏡ってこんなにでかかったっけ

顔の半分ぐらいあるじゃん

眼鏡の端なんか輪郭からはみ出てるし

こんなんだったっけ…?

あとコナンの口もなんかでかいような

かいっていうか横に長いっていうか

口を閉じてニヤリとする表情なんだけど真一文字が頬のあたりまで伸びててバランスおかしく見える

囲碁が必ずわかるようになる書籍動画8選

囲碁はわからない、わからないと、よく言われますが、

実は囲碁がわからない"99%"の人間は「囲碁を本当の意味でわからない」んじゃなくて単純に囲碁に対する知識経験が足りてないだけです。断言しま

胸に手をあてて考えてみてください。

あなた人生囲碁にまともに時間を割いたことが1秒でもありましたか

ないですよね?

ましてや囲碁の本を読んだ事なんて、なおさらないですよね?

僕はありませんでした。

まりそれが答えです

囲碁に関する知見がなにもない自分囲碁を何もわからないのは、よく考えれば当たり前だったわけです


僕がそうだったように、はっきり言って囲碁なんてもの知識経験を補えば100%わかるようになります

やたらと敷居が高く見積もられることが多いですが、所詮その程度の難度です、

解決数学の難問でもなければ、特殊技能でも何でもないんです

そのための本や動画を以下に紹介するのであたってみてください。

前提としてはルールや二眼、基本的な手筋(シチョウ、ゲタ、ウッテガエシ、追い落とし)は既知のものとし、その次の段階の人がターゲットです(これ以前の人は入門書を読むか動画を見ましょう。大丈夫、入門もそれで済みます

教材というのはいわば暗闇を照らし道筋やモノの輪郭を浮かび上がらせてくれる灯りです

照明をつけずに暗闇で何もわからない、何も見えない、無灯火運転事故るというのは当然のことです

これら教材にあたってステップを踏めば必ず囲碁がわかるようになることを””100%保証””しますので、まずはこれらにあたってください

誇張ではなく、本当に暗闇を晴らすことが全部書いてあります
すでに十分すぎるほどの教材があり道筋は示されているので、どうかそれらの存在無視しないでください

自分囲碁を覚えた20年前の時点でそうだったので現代ならなおさら環境が揃っています

接近戦

囲碁手筋 基本のキ』吉原由香里、 王唯任

盤端でのやりとりの問題解説が中心。

囲碁において必ず現れる盤端での戦いを習得できる

盤端での戦いは基礎中の基礎。

これだけで囲碁が最低限まともに打てるというレベルに到達できる

『ひとめの手筋』『ひとめの詰碁』趙治勲

簡単問題をひたすら繰り返し、「読む」というより「なんとなく見える」というレベルに引き上がります

『やさしい囲碁トレーニング 手筋と詰碁の超基本』高尾紳路

ひとめでもレベルが高いという人はこちらをやりましょう

棋理(考え方)

指導プロが教える 初段になるための囲碁上達法』足立泰彦

初段という字面がありますが尻込みしないでください

囲碁において初段を目指すという本は初級者をターゲットにしています

なぜそこに打つのか、実利と厚み、いい形と悪い形

囲碁の考え方の基本を学べる一冊です

『有段者のための囲碁学』金萬樹/訳:洪敏和

これも有段者という文字が見えますが構えないでください

19路の打ち進め方の基本が書いてある本です

Youtube

飛田早紀の囲碁チャンネル

語り口調が軽妙で持ち時間ほとんどを読みより解説に費やした囲碁実況動画を上げてくれています

見ているうちに19路の打ち方や考え方がなんとなくわかってくるようになります

プロ棋士 柳澤理志の囲碁教室

網羅的に囲碁の基本や、手筋を解説してくれています

またアイドルゼロから初段を目指す「あみーご囲碁」の企画も注目コンテンツ

囲碁佐々木柊真

優しい語りで理路整然かつ丁寧に囲碁の考え方を解説してくれています

おまけ NHK杯囲碁トーナメント

解説を見聞きするのも非常に囲碁理解に役立ちます

普段タイトル戦だとあまりに長いしずっと解説が張り付いているわけでもないので、早碁でテンポよく見れて最初から最後までずっと解説のあるNHK杯はとても貴重な学習リソースです

結び

もちろんこれらはあくまで一例で、これら以外にも本は無数にあり代替できますのでご自分で探してみてください

囲碁の本がこんなにあったのかと驚かれる事でしょう

常日頃からそういう意見を目にする度に、あれすれば、これすれば、本読めばわかるの事なのになー、全部本に書いてあるのになーと、

無責任発言者ノーダメージなのに、受け手側のこちらは反撃の機会もなくいつも一方的にムラムラさせられているので、いい加減そういう人間絶滅させ快適な余生を送りたいと考えています

からないと愚痴るのはこれらを読んでからでも遅くないのではないでしょうか?

2026-04-09

海辺の二人

出会いは、突然だった。

俺は全身を青い絵の具に塗りたくったまま、海辺の岩場に立っていた。白い褌だけが、すでに青く汚れて緩んでいる。チンポは硬く反り返り、先端から透明な汁がゆっくりと滴っていた。

そこへ、金髪ヤンキーが砂浜から歩いてきた。黒いタンクトップにゆるいズボン、腕に派手なタトゥー。肩幅が広く、足取りは軽やかで無駄がない。

俺の姿を目にした瞬間、彼は足を止め、目を見開いた。驚きの色がはっきり浮かんだが、すぐに表情を整え、眉をわずかに寄せただけだった。俺は動かず、静かに声をかけた。

写真、撮ってくれねえか。この青く塗られた俺の体を……全裸で、チンポ勃起させたままの姿を、撮ってほしい」

ヤンキーは一瞬、言葉を失った様子で俺を見つめた。口元が少し緩み、呆れたような息を吐いたが、すぐにポケットからスマホを取り出した。拒否はしなかった。ただ、淡々カメラを起動させる。その仕草に、俺は興奮した。余計なものを一切許さな刃物のような鋭さ。研ぎ澄まされた鋼の表面のように、傷一つない平滑さと、触れれば容易く切り裂く冷たい精度を併せ持つ。ただ、静かに、確実に、目の前のものを捉える。俺は褌を、ゆっくりと引き下ろした。白い布が足元に落ち、完全に全裸になる。青い絵の具だけが俺の肌を覆い、勃起したチンポが夕陽に照らされて卑猥に光った。玉袋も青く染まり、重たげにぶら下がっている。撮影が始まった。

ヤンキーの指がシャッターを切る。レンズが俺の青く塗られた体を、胸から腹、へその下まで淡々と捉えていく。俺の格好良さは、青い絵の具という派手な衣装自分を飾り立て、視線を一身に浴びることだった。ナルシシズムを極限まで高め、誰の目にも特別変態として映ることを狙ったものだ。過剰な色を塗り重ね、陽光の下で艶やかに光る姿を、自ら演出する。

その男の格好良さは、俺のものとはまるで逆だった。無駄を削ぎ落とし、感情を表に出さず、ただ目の前のもの淡々と確かめる。派手さも飾りも何もない。ただ、静かに、確実に、相手を捉える。指の動きに、熱を溜め込んだ鉄のような重みがあった。言葉を吐くことさえも、必要最低限の火花だけを散らす、溶鉱炉の奥で静かに燃えるような抑制された力強さ。ターミネーターシュワちゃんのような。

街の喧騒の中で、ただ一本の影として立つ姿は、風に揺らぐことなく、地面に深く根を張った古い街灯のようでもあった。潮が引いていく。俺の内側では、どろどろした熱だけがまだ残っている。

自分を鏡のように愛でたい気持ちと、それを踏みにじられ、汚され尽くされたい気持ちが、ねちゃねちゃと渦を巻いていた。男の手が触れた。ゆっくりと、青い膜を剥がしていく。乾いたカスがぽろぽろ落ち、白い肌と汗にぬめった肉が露わになる。奴は無造作にそれを俺の乳首に塗りつけ、抓んだ。俺は目を逸らせなかった。喉の奥がかすかに震えた。ただ、見ていてほしいと思った。自分の無様さも、チンポ汁を垂れ流す浅ましさも、残っている自惚れまで、すべて見届けてほしかった。男は何も言わない。その沈黙が、俺の過剰さをより際立たせる。やがて低く、抑揚のない声が漏れた。

「チンポ汁、こんなに垂らして……変態だなお前」

声は素っ気ない。道端の石を蹴るような、乾いた響きだった。

男の指が俺の青く染まったチンポをゆっくり握り、ぬちゃぬちゃと音を立てて扱く。親指で尿道口をぐりぐりと押さえ、汁を絞り出し、剥がれた青のカスと混ぜて太ももや玉袋にべったり塗りつける。もう片方の手は俺の尻を鷲掴みにし、窄まりに指を押し当てながら円を描く。波の音が低くなる。自分輪郭けが妙にくっきりしていた。

壊されたい、とそのとき思った。こいつの手と視線に、もっと卑猥に犯されながら、自分を一番深いところまで確かめたかった。最後の明るさが残るなか、男の目の奥に映った自分の影を見た気がした。ひどく無様で、ひどく滑稽で、青いカスと汁と指の跡にまみれて。あの一瞬、世界のどこよりも惨めで、どこよりも自由だった。

俺は泣いた。

40歳γ-GTPが1000を超えてから酒とタバコを辞めて半年が経った

正直、死ぬと思ってた。

半年前、血液検査の結果を見た時の絶望感は異常だった。γ-GTPは1000オーバー。おまけにタバコもやめられない。典型的な「詰んでる」アラフォーだった。

平日は仕事から「どうやって早く飲むか」しか考えていない。帰宅路のコンビニストロング系のロング缶を5本買い、歩きながら1本。家に着く頃にはもう出来上がっている。さら焼酎ボトルを空け、タバコは1日2箱。

医者からは「このままだと死にますが、辞められないですよね。」と諦められた。

既に普通の人が一生で飲む5倍の純アルコールを飲んでいると告げられた。

そこから一念発起して、酒とタバコを同時に断った。

結論から言うと、体は劇的に変わった。

γ-GTP:1000超え → 43(正常値)

中性脂肪もろもろ:全部正常化

・顔のむくみが取れて、20代の頃の輪郭が戻ってきた

医学的には「大勝利」だ。医者からも褒められるレベル

でも、今この半年という節目に立って、猛烈な「虚無」に襲われている。

今の俺の状態を正直に書く。

1. 脳汁が出ない

酒を飲んでいた頃のあの「強制的多幸感」が消えた。

仕事淡々とこなせる。大きなミスもしない。でも、心が動かない。

何を見ても、何を食べても「ふーん」で終わる。この「普通」が、こんなに退屈でしんどいものだとは思わなかった。

飲み会地獄だ。マジでまらない。皆同じ事繰り返してるし謎のテンションで盛り上がっている。

あれだけ毎週飲みに行ってたのに、いかなくなった。

2. 車と運転けが救い

唯一、脳が動いていると感じるのは「車」のこと。

車をカーシェアで借りて、首都高を走る。

「酒を飲んだら運転できない」という物理的な制約が、今の俺をこの世界繋ぎ止めている。

スペック比較したり、次の一台を探したりしている時だけ、脳が微かに脈打つのを感じる。

そのうち買おうと思っているが、買ってしまうと逆に飽きて乗らなそうなのも悩ましい。

3. 結局、何のために辞めているのか

健康のため。家族のため。将来のため。

理屈では分かっている。でも、脳のどこかで「一杯だけ飲めば、この虚無から救われるんじゃないか」と囁く声が聞こえる。

これが「半年目の壁」ってやつらしい。脳の報酬系が復活している途中の、一番つまらない時期。

でも、俺は知っている。

ここで一杯飲んだら、あの「1000」という数字と、死にかけていた自分に一瞬で逆戻りすることを。

6ヶ月分のリカバリーを一瞬でぶち壊すわけにはいかない。

今、同じように「酒を辞めて人生がつまらなくなった」と感じている奴へ。

それは多分、脳が正常に戻ろうと必死工事している音だ。

「つまらない」は、脳が健康になった証拠でもある。

そして「酒を辞められず不安から逃げられない奴らへ。」

「金バエ」をイメージ検索しろあいつみたいになっちまうぞ。

あの腹を見てはっきり恐怖を覚えたよ。

タバコも吸ってるなら同時に辞めろ。同時に辞めたほうが成功率は高いという論文もある。

とりあえず今日は、車でも借りて夜風に吹かれてくるわ。

酒のない人生は今のところクソほど退屈だけど、その退屈を噛み締められるくらいには、俺の肝臓はまだ戦えるらしい。

明日も、飲まない。

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追記

AIに原文書かせてちょっと補正したのは事実だけど、中身はほぼフェイクなし

2026-04-07

少子化で困る人って誰なんだろう?

少子化は、とにかく「悪いこと」という前提で語られる。

ニュースでも、政治でも、企業でも、まるで疑いようのない常識みたいに扱われている。

このままでは国が衰退する。

経済が回らなくなる。

社会保障崩壊する。

そういう話は、もう何度も聞いてきた。

もちろん、人口が減ることで起きる問題はある。

地方の維持、医療介護担い手年金保険制度設計現実課題はいくらでもある。

でも、少子化の話を聞くたびに、ずっと引っかかることがある。

少子化で困る人って、いったい誰なんだろう。

というのも、「人口を増やさないといけない」という話は、結局のところ

もっと子どもが生まれてこないと困る」ということだからだ。

そして言うまでもなく、その負担もっとも直接に引き受けるのは女性である

妊娠も、出産も、身体的なダメージも、キャリアへの影響も、いまだに多くは女性の側に偏っている。

にもかかわらず、「少子化問題だ、だから出生数を増やさなければならない」という語りは、ずいぶん自然ものとして流通している。

でも、その「困る」と言っているのは誰なのか。

政治家。

企業経営層。

経済団体。

有識者

メディア

そして、そうした場の中心にいるのは、今でも圧倒的に男性が多い。

ここに、妙な感じがある。

子どもを産むわけではない人たちが、人口減少に強い危機感を示し、

子どもを産む側ではない人たちが、「このままでは困る」と言い、

その解決のための負担を、別の誰かが引き受けることを当然視している。

もちろん、少子化心配すること自体が悪いわけではない。

ただ、この構図を完全に中立ものとして眺めるのも、少し無理がある気がする。

ここで、少し歴史の話をしたい。

14世紀ヨーロッパでは、ペスト――いわゆる黒死病によって人口が大きく減った。

地域によっては人口の半分近くが失われたともいわれる。

当然ながら、とてつもない惨事だった。

ただ、その後に起きた変化は興味深い。

人口が減ると、労働力が足りなくなる。

すると、それまで安く使われていた労働者価値が上がる。

農民は、より条件のいい土地や雇い主のもとへ移動しやすくなった。

雇う側は、人を確保するために条件を改善せざるを得なくなった。

まり人口減少は社会にとって単純な「悪」ではなく、

それまで当然のように成立していた搾取構造を崩す面もあった。

これは現代でも、まったく無関係な話ではないと思う。

人が多く、代わりがいくらでもいる社会では、

労働者簡単使い捨てられる。

賃金は上がりにくい。

待遇改善されにくい。

嫌なら辞めればいい。代わりはいくらでもいる」が成立する。

でも、人が足りなくなると話は変わる。

企業簡単に人を切れなくなる。

条件を良くしないと人が来ない。

ブラック職場ほど、露骨に立ち行かなくなる。

人口減少にはたしか不都合もある。

でも同時に、それは「人が雑に扱われにくくなる」という面も持っている。

少子化議論で、この視点は驚くほど出てこない。

語られるのは、だいたい決まっている。

人口が減ると困る。

から子どもを増やさなければならない。

でも少し意地悪に言えば、それは

「安くて従順労働力が先細ると困る」

という話でもある。

人が減れば、一人ひとりの価値は上がる。

人が増えれば、替えのき存在として扱いやすくなる。

その違いは、雇われる側にとっては大きい。

そして、雇う側にとっても大きい。

少子化をめぐる危機感が、なぜここまで一貫して「上から」語られるのかを考えると、

そこには単なる社会全体の善悪だけではない、かなり露骨な利害があるように見えてくる。

誰が人手不足で困るのか。

誰が賃上げ圧力で困るのか。

誰が「代わりはいくらでもいる社会」で得をしてきたのか。

そう考えていくと、「少子化で困る人」という問いの輪郭は、だんだん見えてくる。

しかも、その人たちは偶然ではなく、

これまで社会意思決定資源配分の中心にいた人たちとかなり重なっているようにも見える。

そして、その中心には、今もなお男性が多い。

少子化は、本当に無条件で悪いことなんだろうか。

それとも、困る人たちの声が大きいから、

たか社会全体の危機のように語られているだけなんだろうか。

人口減少には課題がある。

それは間違いない。

でも、「少子化絶対に悪だ」という空気けが先にあって、

誰が何に困るのか、

その“困る”の中身がほとんど分解されないまま話が進んでいくのは、やっぱり少し不自然だと思う。

少子化で困る人って、誰なんだろう。

その問いに正面から答えないまま、

「とにかく産め」「とにかく増やせ」だけが先に流通していること自体

もう十分に答えを物語っている気がする。

[]2026/04/07/01

深夜のワンルーム

冷えた空気が未払いの電気代みたいに、胸の奥に溜まっていく

 

「ここには誰もいない」

ふとした瞬間、同じ言葉ノイズみたいに反復する

 

3年前、まだ途中だと思っていた

期限みたいな区切りが、どこかで来るはずだった

 

かいことは全部つながっていたはずなのに

指先からこぼれていく、更新されないままの日々

 

ネットの中でだけ呼吸できる名前があった

通知の止まった画面ごと、その居場所も静かに消えていく

 

夢の中で、もう一人の自分が言う

「まだ間に合うと思ってるの?」

 

「ここには誰もいない」

今度は、自分輪郭まで薄れていく

 

手を伸ばせば届くはずだった未来

触れる直前で、いつもログアウトしてしま

 

ここに救いはない気がしている

それでも朝が来て、名前のない色だけが残る

2026-04-05

[]2026/04/05/01

沈んで、沈んで

水面のきらめきがまぶたの裏に滲む

息をするたび 現実が遠くでほどけていく

 

君はそこにいるのか

それとも 同じ波形を繰り返すだけの揺らぎか

 

つの水深を持つみたいに

僕は外と内を往復している

どちらも曖昧で どちらもやけに生々しい

 

まだ沈んで

この世界に継ぎ目なんてないと誰かが言った

それならこの軋みは どこから漏れている

 

完璧設計だなんて 笑わせる

均衡のふりをしたまま ひびは増えていく

 

触れたと思った輪郭

ほどけて 境目ごと溶け出して

 

沈んで、沈んで

僕は名前を失ったまま 静かに越えていく

2026-04-02

[]2026/04/02/01

きみは朝の光にほどける水面のようで

触れれば波紋だけ残して、消えてしまいそうな輪郭

 

ひかりは揺れて、静かにほどけて

確かな温度だけを、この場所に落としている

 

遠くの音はやわらかく沈み

視界はふたり分だけに狭まっていく

 

言葉の端にふとにじむ

物語の余韻みたいな色

 

無邪気なまなざしと、かすかな照れの影

 

笑いながら、きみは引く

誰にも寄りかからない、その細い線を

 

重なりは、足し算を越えて

まだ知らないきみを、ひとつ灯していく

 

胸の奥でほどけた音は

水面のひかりみたいに、静かに速まっていく

2026-03-31

もう一度書くがリアル調みいちゃんは二重がぱっちりしてて目が大きくて涙袋があって鼻の形も悪くない(少し大きめではある)

輪郭はちょい丸いかも…

でも普通に可愛いです

2026-03-30

anond:20260330173408

今見て感じるほどの違和感はなかったけど当時もカエル顔って言われてたな

横長の輪郭で離れ目気味のキャラデザは珍しくなかったけどハルヒはその中でも目が離れてた

2026-03-28

昔のアニメの顎が長くて口の位置がすげー顔の中心に近いやつ

口パクするとき輪郭いじらなくていいからか

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