はてなキーワード: もったいないとは
BUKUMANGA
お久しぶりです。下の増田でBUKUMANGAのリリース告知をしてから約5年が経ちました。
https://anond.hatelabo.jp/20210620214903
いろいろやりたかったが当時はやれていなかったことを今回はなるべく対応しています。
自分で言うのもなんだが、web漫画をよく読む人にはなかなか有用なサービスに仕上がっていると思う。
簡単に言うとはてなブックマークで話題になった、なってる漫画をまとめたサイトです。
直近でホットエントリーに入ったもの、過去に話題になったもの、去年のランキング、自分が好きな漫画、作者が同じ漫画、その漫画を読んだ人におすすめの漫画なんかも探せます。
詳しくはaboutページをご覧ください。
はてなでブックマークされることが登録の条件になるので収集されてない漫画もあります。
過去に登録されていても、現時点で非公開になってる作品は基本的には登録されていません。
モアイとかサービスごとなくなってるのは登録されてないことになる。はてブで話題の作品もけっこうあったのでもったいない。。
あの漫画がないとかいろいろあると思うけど、コメントくれたらなるべく拾います。
これは元のサービスを知ってる人にしかわからないけど、以前のBUKUMANGAは基本的にはてなブックマークのエントリー単位でしか漫画を置いてなかったのもあり、シリーズ漫画の全エピソードが登録されるなど検索もしづらくなっていました。
今回のメインの改善ポイントはそこで、検索ページではシリーズをひとつにまとめて表示しています。トレンドやランキングからも「もっと詳しく」で漫画の詳細ページにいけるようになってます。
これで検索もしやすくなり、同じ作者の漫画、似ているおすすめ漫画も出せるようになり、気になる漫画を次から次へと発掘できる構造にできたと思います。
また、ランキングページをあらかじめ作成してわかりやすくし、トレンドも単純なはてなブックマーク順でない勢いを考慮したアルゴリズムにするなどの改良を加えています。
あと、これは技術的な内容になるけど元はHerokuで運用していたのをほぼ全面的にCloudflareに移行してサービス維持にかかる費用もかなり抑えたというのもリニューアルの大きな目的です。
直近いろいろあったけど、はてなにはまだまだ頑張ってもらわないと困る。
私は40代後半の男性、家族は妻と子供2人。ここ3年くらいセックスをしていない、いわゆるセックスレスの夫婦である。
どちらからともなく、しなくなったような感じだし、おそらく今後ずっとしない可能性が高いと思う。
セックスレスは離婚原因になるらしいけど、セックスレスの部分を除けば普通に夫婦仲は良いので、離婚する気は全くない。ただ、
このまま一生セックスをしなくて本当に良いのか?と思うことはある。でも、私と同じような状況になり、このように考えている男性は
おそらく世の中に山ほどいるのではないか…?
そんな中で、私自身が考え、また周囲のいろんな人から聞いた対処法を挙げてみる。
①自家発電
自分で処理する、という方法。これでとりあえずは性欲は発散できる。ネット上でエロ動画は無限に落ちているし、
オカズに困ることはない。
②風俗に行く
お金を払って、性欲を満たすという方法。ただ、満たされるのは一瞬だし、変な病気になるのはイヤだし、多額の
お金を払ってまですることか?と考えれば微妙。でも、中には、立ちんぼに声をかける人や、東南アジアまで買いに行く人も
いるらしい。
キャバクラ等に行って、プロの女性を落とす、という方法。ただ、恋愛技がない男性が行ったところで、カモられて終わるだけの
ような気がする。でも、相手の女性を落とした時には、一応は自分のことを好きになってくれた人とできるわけで、風俗みたいにお金を払ったら
必ずできる、というものと比べると、セックスの質が違うような気がする。その意味では、夢がある方法だと言えると思う(ただ、大半は
夢に終わるだけだろうけど…)
④セフレを作る
マッチングアプリ等でセフレを作れるらしい。欲求不満な男女が集まって、日常生活の中からセックスの部分のみ互いに外注する感じになるんだろうか…。
割り切って付き合えるのは良い気がするが、素人相手なので病気が怖そうである。
⑤彼女を作る
完全に「不倫」というやつ。家族にバレたら怖いし、彼女も感情を持った人間なので、追い詰められた時に何をされるか分からない
怖さがある。ただ、不倫している人は、周囲には意外に多いし、そこそこ出世している既婚者に限って考えれば、おそらく6~7割くらいの
なお、私自身は、①がメイン。②はお金がもったいないだけだと思ったので数回でやめた。③は、そこそこハマって50万円以上使ったけど
相手とセックスしたことはない(今でもたまに行っている)。④⑤は未経験という感じか…。
一番平和なのは、何か没頭できる趣味を見つけて、①で満足するような生活だろうか…。何か、これって修行僧みたいな生き方で
こんなので良いのか?と思うけど。
とんこつらーめん1杯290円でずっとやってる有名なチェーン店
ラーメンだけだな
んでラーメンも290円ならまあこんなもんか、いやむしろ290円できれっぱしとはいえチャーシューまでのってるのはめっちゃ頑張ってる
そう思える味と値段だった
スープが真っ赤になるほど紅ショウガ入れてる人も多くてもったいないなと思った もうそこまでしたらほぼ紅ショウガ味になるやろ
ラーメン、餃子、ライスのセットもあるけど、単品でそれらを頼むよりお得になるわけでもなく単純な足し算だからお得感もない
観光に来て食うほどの味ではない
よほど胃袋に余裕あるならいいとは思うけど
ただ大名で有名な赤のれんっていう店がめっちゃ並んでて値段も安くなかった上においしくなかったのに比べたら、断然こっちのほうがいいと思える味と値段
値段を維持するためってのもあるんだろうけど立地が悪い
車がありゃ問題ないけど、旅行客で足が電車しかないと行きづらい場所
バスもあるけどバス代往復+290円ならそれでもっとマシなラーメンは食える
まあ歩いていける距離ではあるけども
田舎ではねー、昔は嫁だけ実家で下女扱いで農作業や家事や介護(主に年寄りの下の世話)をさせ、長男坊は東京の大学へ、なんなら就職も東京で、子供だけ作って定年までそのまま(嫁だけ田舎で暮らす、それが長男の嫁!)なんていっぱいありましたよ。別に珍しくない。で、そんな男に都合のいい話、いま誰がそんなことをしたいか、してくれるのかって話ですよね。
ちなみに男も婿に行くパターンはそりゃありますが、ここまで虐げられることはない。男は将来の家の顔になりますから扱いが違うんです。それなりのところからもらってくる場合も多いので。
で、そういう家、自分のとこの娘はちゃんと女学校に入れるんです。だって金はあるから。嫁はタダだからこき使うけどw嫁は嫁入りのときに親から貰ってきた着物を一生着る。喪服まで全部実家で揃えてもらって嫁入りするのが決まり。嫁に払う金はもったいない、病気になったら放っておかれてそのまま死ぬのが当たり前、死んだら代わりの嫁をすぐにもらってくる。
そんで、そういうのがしたい、そうでないと困るから、嫁は下からもらえ、って普通に言われてました。だってこの生活モデル、嫁に学歴あったら成り立ちませんからね。嫁には学歴がないのが好都合。主に下働きの使用人として使いたいんだから学なんかあっちゃダメなんですよ。
だから先々は自分の娘息子たちにバカにされたりしてね。そういうの、祖母くらいの代で目の前でみてきました。以外と、そんなに昔の話じゃないですよ、まだその嫁の立場だったおばあさんたち、生きてます。
ま、要約しますとふざけるなってことです。
生成AIはイメージを具現化する装置。それを完成品とするわけではなく、「具現化したものに触れて、足りない部分を補いながら一から自分の手で作っていく」という形が一番落ち着く。
ただ、もったいないのは、AIに具現化してもらったもので「なんか違うな」と感じて、やめてしまうことがあること。明らかに経験するチャンスも失敗する機会も、AIのせいにするから反省する機会も失ってる。
要約や文章、イラスト、資料作成、プログラミングなど様々な用途でAIを使ってるが、AIで簡潔に済ませてしまうことで多くの学ぶ機会を失ってるのはよく感じる。
時短や効率化にはなるが、これで良いのか悪いのかは分からない。自分の成長を実感することがないから、やりがいも誇りもない。こんなことして毎日過ごすのかという虚無感があるので、段々とAIの使用回数は減ってる。
俺の小学校から仲良しだった友達らとBBQする(その子供も何人か来る)のを家族で行こうって誘ったら行かない、知らない人いるし家族で来る人がいないならそう言うのは今後行かないってなんなんだよお前…
その日はばあばと潮干狩りだからとか俺前々から誘ってたじゃん…皆に嫁さんと子供に会えるの楽しみにしてるよって言われちゃったよ
俺のエゴの押しつけになってる部分も少なからずはあると思う、でもそれでも人との繋がりって凄く大切だと思うしまだ自分が知らない世界や価値観を持ってる人らと出会える楽しさって分からないのかな
なんか悔しいとか怒るとか悲しい通り越して呆れる。
しょうがない、そう言う人だもんね
選んだのも自分自身だし
申し訳ないけど、もう無理です
何でこうも自分よがりな性格の人が多いんだろな〜人生もったいない
これはこれで面白い
実験完了だね。https://www.gravity.place/detail/5_39804262?feedId=5_39804262&f=1537042870&u=1539433364&b=feed&s=link
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社会学者ホックシールド、そしてインタビュアーの金成隆一記者は、ともに2010年代半ばにアメリカの保守的な地域に移住し、社会学的な参与観察をおこなっている。
記事のなかでホックシールドは「理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになる」ことの大切さを説いている。本来社会学は、他者を悪魔化せずに内在的に理解するための技法である。彼らが描き出すトランプ支持者の肖像は、とても素朴で人懐こい。悪魔化せずに内在するからこそ「なぜこんな素朴で人懐こい普通のたちが、トランプを支持するのだろうか」という問いが立てられるのだ。
この作法に則ったホックシールドの著書『壁の向こうの住民たち』(2016年)、金成の著書『トランプ王国』(2017年)は、硬直したリベラルを解くほぐす処方箋になるかもしれないと当時僕は期待した。だが現実は、本来左派であるはずのホックシールドに「リベラルよりも保守の方がマシ」といわしめる状況である。変わらなければならないのは、「かれら」ではなく「われわれ」ではないのか。
僕は今年4月に『失われたヘゲモニーー融解する右派・空洞化する左派』(花伝社)という本を出版したが、ポピュリズムの分析はこの二人の業績に頼らなければとてもできなかった。そんな二人のこの記事における対話は、一読ではもったいない論点に満ち溢れている。字数に限りがあるのでそれをいちいち説明しないが、これを機会に二人が書いたものを以下で紹介するのでぜひ読んでみてほしい。
・ホックシールドは今年3月に(布施由紀子訳『盗まれた誇り 喪失と恥と右派の躍進』岩波書店)を上梓している。
・金成隆一は24年に「トランプ王国」を再訪し、そのルポはネットで公開されている。 (https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/publication/20240910)
個人的な趣味嗜好として好まないものではあるが、批判するまでのものではないかなと
批判する人は食用・飲用のものを飲み食いせずに無駄にするのがいけないってことを言いたいんだと思う
その気持ちも理解はできるが、アルコールや食用菊は飲食以外にその場にあることそのものが存在価値って側面もあって、価値だけで見るなら全うしてるじゃんと考えられるんだよね
いや、小学校で食べ物を無駄にしちゃいけません。って習いましたよね
それもわかるが、飲食のみを前提としたものを無駄にするのはいけないと思う
でも、先に書いたように、飲食できるものであっても飲食以外に価値を有しているものも多くあって、食べないという1点だけで批判していいんすかね
例えば、刺身のつま類、氷細工、飴細工なんかも飲食に供される割合は低いっしょ
つまは食用菊と同じ分類だとは思うけど細工類は9割芸術品で、飾り終わった後に食べてるかどうかなんて興味持ってるやつの方が少数だろ
別の視点から考えると、パーティークラッカーはいいんすか?爆発して床に散らばってゴミになって終わり。うーん、資源の観点だけを見ると無駄だよな?
確かに飲食物ではないけれど、最終的にゴミになるという結論は一緒
祝い事や驚かしという主目的は達成してるからそれはそれでいいんすか?でも制作に資源とエネルギー使われてますよ?
最終的にゴミになってもったいないというのであれば本質的には何ら変わらんと思うんだよなあ
極論、クラッカーの分のエネルギーを食料品生産に回すことも出来るわけで、間接的には食料品を無駄にしていると考えることもできるわけよ
ラノベが売れない、どうしてお前ら買わなくなったんだって言ってる釣り記事読んだけど。
40代50代60代になって自分の人生の残り時間計算したときに、「ラノベなんか読んでていいのかな?」ってなるのって普通だよね。
ラノベってそんなに頭の良くない人たちの書いた作り話でしかなくてさ。(とかいうと東大卒のラノベ作家がーってなるのもバカみたい)
で?っていうね。
小学生の頃からラノベ読み始めて20代前半くらいまではまだ自分の人生に残された時間が大量にあって好きなことやってても良かったかもしれない。
でも40代を超えてくるとそうも言ってられなくなる。
こんなくだらない作り話読んでて何になるんだろうってなる。
娯楽だからいいだろっていうのはその通りなんだけど、娯楽にしてもラノベってただしょうもない文章が書いてあるだけってのが救いようがないよね。
娯楽で時間つぶすにしてももっと新鮮な体験できるものを選ぶよね。
同じことをずっとやるんじゃなくて、もっといろんな世界を知りたい。
何十年もずっとラノベばかり読んでる人って病気なんじゃないかと思う。
大人になったら買わなくなる読まなくなるのが当然だよ。
普通はさ、同じことずっとやってるんじゃなくて、死ぬまでにいろんなことしたいよね。
まだ知らなかったことを知りたいし、まだやってないことに挑戦してみたい。
自分の人生の残り時間をどう使っていくかちゃんと考えた方がいいよ。
実際、ちゃんと大人になった人が多かったのでラノベは順当に売れなくなっていったってことだね。
いまだにラノベ読んでる40代50代60代はほんとに自分の人生ラノベでいいの?って考えてみてね。
あ、別にたまに気になったラノベだけ数冊読むとかならいいんだよ。
たまに読むこともあるよって人は多趣味で色んなことやった上でラノベも読んでるわけでね。
そうじゃなくてさ、ラノベしか趣味がなくて、年間何百冊もラノベ読み続けてますみたいな人いるじゃん。
ラノベが俺のすべてみたいな。
ラノベがちょっとでも批判されるとめちゃくちゃキレちゃう人たち。
いや、ほんと狂気だと思うよ。
そうじゃないよね。
まあよくわからない。
エンジニア界隈のイベントで、特定のOSSや手法をもって「〇〇の人」と呼ばれている人に強い憧れを持っていた。
自分もあるプロダクトのエバンジェリストとして小さな周辺の界隈ではあるが活動を続けて少しずつ「〇〇の人ですよね」と話しかけられる事が増えてきた。
憧れの「〇〇の人」が集まるようなカンファレンスにも呼ばれたりして「自分も憧れのネームドの仲間入りかな」と浮かれていた部分も正直かなりあった。
でも実態は違った。
実際会って話せるようになってみると、その「〇〇の人」達は技術に興味がない事がほとんど。
違う飲み会に行けば裏で「まあ、あの人はあぁいう人だから…」「上手く使えばイベントやってくれる」みたいに言われている。
ネームドではないけど技術力や仕事力がある人、ネームドだけど技術力や仕事力がある人、そこに割合の違いは無かったんだと気付いた。
で、自分もこのままじゃヤバいかもと転職エージェントに相談してみたんだけど「〇〇の人なんでその求人ですよね」という前提で話される。
話しても「もったいないですよ」と理解してもらえず、人生詰んでる。
家賃7万8千円。ベランダは南向き。初夏の午後になるとコンクリートの床がじんわりと温まる。
手すりの外には向かいの棟の灰色の壁が見えるだけ。景色と呼べるものはほとんどない。洗濯物を干すための物干し竿が二本。その下にプラスチックの鉢を三つ並べている。
深さのある長方形のプランターで、ホームセンターで買ったものだ。その時一緒に土も買ったはずだが、その名はもう覚えていない。
大根を育てる。
自炊をしようと思ったのがきっかけだった。外食が続いて、濃い味に飽きがきていた。
スーパーで手にした大根。その時頭に過ったもの。お味噌汁。おでん。エトセトラ。切っても、煮ても、擦ってもいい。なんにでも使える。実家に居たときにはいつも食卓に出ていた気がした。
種は小さい。指の腹にのせると重さがあるのかどうかもわからないくらいで、色はくすんだ茶色をしている。
説明書きには、「条間何センチ、株間何センチ」等と書いてあったが、守れてはいない。
プランターの幅が限られているので、だいたいで三列。間隔も目分量でまばらだ。
ネットで調べて、土は最初に軽く湿らせた。指で浅い溝をつくり、そこに種を落としていく。
水やりは朝の出勤前に一度。帰宅が早ければ夕方にもやる。ジョウロはなく、ペットボトルに穴を開けたもので代用している。
水の出方が不規則で、最初は土がえぐれたが、次第にコツを覚えた。受け皿には余った水が溜まる。数日放っておくと底の方にぬめりが出るので、ときどき洗って流す。
芽は思ったより早く出た。
細い双葉が土を押し上げるようにして顔を出す。どれも同じ形で、どれがどの種だったのか見分けはつかない。しばらくすると、混み合っているところが気になってくる。
間引きという作業を説明どおりに初めて行った。元気そうなものを残し、そうでないものを抜く。
抜いた芽は、捨てるのがもったいない気がして、水で軽く洗ってそのまま口に入れてみた。ほんのりと青い味がした。それと大根おろしの辛味に近い、ざらざらとした味わい。
時々、土が乾くのが早くなる。そういう日は水を少し多めにやる。肥料は最初に混ぜ込んだきりで、追肥はしていない。やるべきなのかもしれないが、今のところ見送っている。
白い部分は、土の下にある。見えているのは葉だけで、どれくらい育っているのかは掘ってみないとわからない。ときどき株元の土を少しだけ指でどけて、肩のあたりを確かめる。まだ細い。思っていたよりも時間がかかるようだ。
大根はまだ土の中にあって、形は見えない。見えないままでも、毎日少しずつ変わっているはずだと思う。
収穫の時期は袋の裏に書いてある。あと何日かで、予定日に近づく。どれぐらい育っているのだろうか。引き抜くまでは分からない。
とりあえず今は水をやる。がんばれ。元気に育てよ。そう心の中で思いながら、水をやる。
家庭の味は、もうすぐ食卓に並ぶ。
ドゥル天(どぅるてん)は、タイモを使った沖縄県の揚げ物料理。ドゥルワカシーに衣を付けて揚げることで作る[1][2]。ひらがなで「どぅる天」とも書く。沖縄県の郷土料理だが、その歴史は新しい。
ドゥル天とは、ドゥルワカシー(泥沸かし)の天ぷら、という意味である。ただし、通常の天ぷらのように小麦粉と卵を使った衣が使われるわけではない。発祥店のうりずんでは、元々は素揚げをしていたが[3]、その後はコロッケと同様にパン粉を衣に使うようになっている[3]。片栗粉を衣に使う場合[2]など、ほかにも様々なバリエーションがある。
ドゥルワカシーは琉球王国時代からの伝統料理で、南西諸島のタイモ(田芋)や芋茎に、だし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶして作る、キントンのような食感の料理である。
昭和52年(1977)年ごろのある日、那覇市の琉球料理店「うりずん」で、料理人が、売れ残ったドゥルワカシーをもったいないと思い、これをコロッケのように丸めて油で素揚げにしたところ、店主やスタッフに大好評で、まかないやおやつになった。その後、素揚げではなくパン粉を使った衣揚げに改良。その存在が店の客にも知れ渡り、裏メニューとして提供したところ大好評となったため、「うりずん」の定番メニューに格上げされた。それが広まり、現在では全国各地の沖縄料理店でも提供されるようになった[3]。
https://fun.okinawatimes.co.jp/columns/gourmet/detail/8400
ルーツはどこ
Vol.2 ドゥル天
2回目は、居酒屋の定番メニューとして知られる「ドゥル天」がテーマ。沖縄の伝統料理、「ドゥルワカシー」をルーツに持ち、那覇の老舗居酒屋で誕生したドゥル天の魅力や誕生のきっかけなどを探ります。
ドゥル天の誕生は、那覇市安里の居酒屋「古酒と琉球料理うりずん」(以下、うりずん)が定説となっている。まずは、うりずんについて紹介する。
うりずんは、昭和47(1972)年8月15日那覇市安里で創業。創業者は後に「古酒の番人」とも呼ばれる土屋實幸さん。土屋さんは泡盛にこだわり、当時沖縄にあった57泡盛酒造所の泡盛をすべてそろえて営業を始め、今では東京にも支店を持つなど全国的な知名度を誇っている。
残念ながら土屋さんは2015年に亡くなっているため、ドゥル天誕生について店長の下地信幸さんに聞いた。
「当時はウイスキーが人気だったので、泡盛を飲む人はごく少数でした。そのため、開店後数年はお客さんがほとんどいなかったようですよ」とのこと。今では考えられないが、実はこのことがドゥル天誕生のきっかけとなった。
昭和50(1975)年から約5年間、うりずんでアルバイトをし、現在、泡盛百年古酒元年理事長を務める知念博さんによると、うりずん初期のメニューは、沖縄料理が6~7品セットになった『うりずん定食』のみ。ジーマーミ豆腐、ラフテー、豆腐ようなどで、その中にドゥルワカシーも入っていたという。
「当時はお客さんが少なかったから料理が余ってしまい、田芋を使ったドゥルワカシーは日持ちしないため廃棄処分になる。ある日、もったいないと思った料理人がコロッケのように丸めて油で揚げたところ、土屋さんやスタッフに大好評で、まかないやおやつに。その存在がお客さんに知れ渡り裏メニューとして提供したところ、次々と売れたため、定番メニューに格上げしました」
昭和52(1977)年頃の出来事という。ドゥルワカシーをてんぷらにしたから「ドゥル天」と名付けられたその料理の人気に火が着くとともに、うりずんも繁盛。今日の礎を築くこととなった。
ドゥル天648円。例えるなら田芋のコロッケだが、ずっしりと重く存在感がある
「180度の温度で約5分ほどで揚がりますよ」と調理を担当する糸洌朝徳さん
ドゥル天の元となったドゥルワカシー540円
糸洌さん(左)と下地信幸さん
もととなるドゥルワカシーは、琉球王国時代から続く伝統料理のひとつ。田芋や芋茎にだし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶす、手間のかかる一品だ。形状はキントンに似ているが、粘りがとても強く、また田芋のほのかな甘味に加え、シイタケなどの素材の風味が口の中に広がり、酒肴としても十分成立している。
ドゥル天は、かつてはドゥルワカシーをそのまま丸めて揚げていたが、現在ではつなぎにパン粉を使ってフライに。そのため表面はサクッと香ばしく、中はドゥルワカシー同様、田芋特有の密度が濃いモッチリとした食感だ。30年以上にわたり、うりずんで調理を担当する糸洌朝徳さんは「1日11キロ(約60食分)揚げたことがある」と胸を張った。
当時を振り返る知念博さん
098‐885‐2178
無休
もったいない精神から生まれた「ドゥル天」。令和の時代も変わらず愛され続けてほしい(^^♪
愚妻愚息などの言葉は今はほぼ死語だが、辛坊治郎が愚妻と言っていたのが嫌だったというポストがきっかけでXで論争になっていた。
愚妻はあっても愚夫って単語はない。
等々
これに対して愚妻とは愚かな俺の妻という意味で妻は下げていない!という反論が多数出ている。
広辞典
愚妻
ぐさい
①自分の妻の謙称。②おろかな妻。
①my wife
マイ ワイフ
ぐ‐さい【愚妻】
[類語]荊妻・山妻
出典 小学館
ぐ‐さい【愚妻】
〘 名詞 〙 おろかな妻。また、自分の妻をへりくだっていう語。
[初出の実例]「愚妻の口上不都合成事是有べし」(出典:浮世草子・けいせい伝受紙子(1710)一)
出典 精選版 日本国語大辞典
精選版 日本国語大辞典について
よく使われていた当時の漫画を見ても、愚妻の意味を知り波平に怒るワカメ、愚妻と連呼されすぎてカチンと来た妻が愚夫と言うなど、愚かな妻以外の使い方はされていない。
愚かな俺の妻と言いたいなら
「至らぬ私を支えてくれている妻」
「未熟な私にはもったいない妻」
「私には過分なほどできた妻」
「不出来な私を支えてくれている家内」
辺りじゃないと相手には通じない。
これ言ってる男達が日本語を知ってる俺が無知なやつに教えてやるけどー面してるのが気持ち悪い。
子のつく名前が古いと言われ出した頃に「子には一から了までって意味が込められてて素晴らしい名前なのに」ってデマが突然出てきた時みたいで、でまかせ吐いて意味を歪めてるのに、私は博識って顔してるのが何とも気持ち悪い。
2倍速はさすがに聞き取れないからしないけど
1.1〜1.5倍速はよくやる
よく言われるのが「作り手のテンポや間をないがしろにしている」だけど
多くのコンテンツは枠が有るわけで、枠に収めるために長くなったり短くなったりしている
あるいは、色んな人に見てもらえるように、テンポを早くしすぎないように敢えてゆっくりにしてるものも有る
もしくは、本人はもっとテンポよく話したいけど、アドリブで全部考えている場合は思考が追いつかないからゆっくりになっているケースも有る
なので「意図せずゆっくりだ」とか「速いテンポで理解できるなら速いテンポでもいい」というものも沢山あるはずなんだ
この最たる例が本だと思う
自分は本を読むのがすごく遅いが、人によっては自分の2倍くらいのペースで読んでいる
また、深く理解したいからとじっくり読むときもあれば、まずは概略を知りたいからと斜め読みすることも有る
最初から最後らへんを読んで、ミステリーの犯人が分かったうえで読む人までいる
なのに、動画になった途端に全員一律1倍速を求めてくるのは何故なんだろうか?
自分は場合によっては0.8倍速くらいにすることもある、あるいは何度も巻き戻して同じシーンを見る
自分に取って速すぎるんだからそれでいいと思う、それはだめなんだろうか?
批判者の言う所によると、「倍速視聴する若者は、見たという実績を元に誰かと話がしたいだけ。コンテンツが溢れてる時代だから時間がもったいない」らしいが、本当にそうだろうか?
「倍速視聴してる人は理解できていない、頭に入っていない」という主張も、果たしてその人が1倍速で見ていたら理解できていたのかは疑問だ