はてなキーワード: 6月10日とは
“ 矢野事件(やのじけん)とは、京都大学東南アジア研究センター(現・東南アジア地域研究研究所)所長であった矢野暢(1936-1999)教授が1993年(平成5年)に起こしたセクシャルハラスメント(以下、固有名詞と引用文を除き「セクハラ」で統一する)事件と、それに関連する事件・訴訟の総称である。「京大矢野事件」「京大・矢野事件」「京都大学矢野事件」「矢野セクハラ事件」「京大元教授セクシュアル・ハラスメント事件」とも呼ばれる。
日本におけるセクハラ問題化のメルクマールとなった事件とされ[1][2]、これ以降、大学でのセクハラに対する文部省(現・文部科学省)の取り組みも始まったとされる[3]。
1993年(平成5年)、京都大学東南アジア研究センター(以下、「センター」)所長である矢野暢が、あるセンター職員の妹を秘書として雇いたいと申し出た。矢野は面接と称してホテルのラウンジに呼び出し、「秘書の仕事には添い寝も含まれる」など発言し、断ったら姉を辞めさせると脅した。姉であるそのセンター職員からの抗議により、矢野は謝罪の念書を書いたが、その後も秘書などに対してセクハラ行為を繰り返し、次々に秘書が辞めていく事態となった。そのうち1人の非常勤職員は、センター事務長に「矢野からセクハラを受けたので退職したい」と訴えた。
上記の事情を知ったセンター助手がセンターに質問状を提出することなどによって、セクハラ疑惑として表沙汰となった。その頃、センター助手に、学生時代に自分も矢野から性暴力に遭っていたという女性から電話がかかってきた。
センターは、改善委員会を設置し、矢野のセンター所長辞任をもって解決を図ろうとするが、具体的なペナルティもなく事件がうやむやにされるのを恐れた被害者女性が、井口博弁護士と相談の上、弁護士名義で文部大臣宛に質問状を提出したり、「甲野乙子」名義で京都弁護士会人権擁護委員会に人権救済の申し立てを行ったりした。矢野は、12月31日付で京都大学を辞職した[4]。
1994年(平成6年)1月18日の京都新聞に、この事件に関する野田正彰の文章が掲載された。これを読み、現状が理解されていないと感じた小野和子が、1月25日の京都新聞に『学者と人権感覚 矢野元教授問題によせて』を寄稿した。これに反論する河上倫逸の文章が2月10日の京都新聞に掲載され、小野は2月20日の「大学でのセクシュアル・ハラスメントと性差別をテーマとする公開シンポジウム」において、『河上倫逸氏に答える セクハラは小事か』と題する文書を配布した。
矢野は、文部大臣に対する辞職承認処分の取り消しを求めた行政訴訟と、虚偽の事実が新聞に公表されたことなどにより名誉を傷つけられたなどとして甲野乙子、井口博、小野和子に対する3件の慰謝料請求の民事訴訟を起こしたが、いずれの判決も矢野の請求を棄却した。
事件の経緯
甲野乙子事件
1982年(昭和57年)1月末、大学3年生であった甲野乙子(仮名[注釈 1])は、甲野の通う大学の非常勤講師であった矢野暢[注釈 2]の特別講義に出席した[7]。その講義の終了後、甲野は大学内の学生食堂で矢野と話す機会を得て、東南アジア研究の話を中心に会話が弾み、自分が将来は研究者になりたい旨を伝え、甲野は矢野に自分の住所と電話番号を教えて再会を約束した[8]。三度目の面会の際、大阪市内のホテルの地下街で夕食などを共にした後、矢野は「今日は疲れているから部屋で話の続きがしたい」と切り出し、自分がチェックインしている同ホテルの部屋まで来るように申し向け、甲野はそれに応じて部屋に入った[8]。
部屋に入ってからも東南アジアの話が続いたが、突然、矢野が椅子から立ち上がり、甲野の手を握ったので、甲野は矢野の手を振り払った[8]。すると、矢野は「何で振り放った」と怒鳴り、甲野が「男の人からいきなり手を握られたら振りほどいて当然である」と答えると、甲野を平手で数回殴り、罵倒し始めた[8]。甲野は泣きながら反論したが、矢野に罵倒と殴打を繰り返され、反論も止め、手を握られるままとなった[8]。矢野は甲野の手を握りながら説得し始め、甲野の肩を抱こうとし、甲野がそれを拒もうとすると再び罵倒と殴打を繰り返した[9]。また、矢野は甲野をベッドに座らせ、自ら着衣を脱ぎ、「君も裸にならないと対等ではない」と着衣を脱ぐように求め、甲野が裸になると矢野は性交渉に及んだ[9]。矢野は「性行為は対等な人間同士がやることであり、君と僕が性的関係を持ったことは東南アジア研究を目指す者同士の同志的連帯の証である」などと言い、研究者になるために日常生活に到るまで指導することの同意を求めた[9]。甲野は黙り込んでいたが、矢野が詰問してきたために同意をした[9]。翌日、次に会う約束の日時を決めて別れた[9]。
この日以降、甲野は、矢野に殴られた跡の治療にも行かず、矢野と会う約束以外では人目を避けて寮の自室に籠りがちになり、大学の授業に出ないことも多くなった[9]。また、矢野と性的関係を持ったことには誰にも口外しなかった[9]。
甲野は、矢野の勧めに従い、4月からアルバイトとして、卒業後は事務補佐員として矢野の研究室に勤務した[9]。この間、何度か辞めたい旨を申し入れたが、その度に矢野が激怒し、殴るなどして撤回させられた[10]。また、矢野との性的関係も継続させられ、甲野が婚姻した後も続いた[11]。1988年(昭和63年)、甲野は他のアルバイトも矢野から性的関係を求められていたことや、第一秘書が自分と矢野との関係を認識していたことを知り、自分に対する対応が研究室ぐるみで行われていたと認識し、夫に対して告白するとともに、研究室への出勤を拒み、そのまま3月末に退職扱いとなった[11]。その後、甲野は大学院に進学したが、矢野や関係者との接触を避けるために東南アジア研究の道を選択しなかった[11]。
A子事件
1992年(平成4年)12月、京都府庁でアルバイトをしていたA子は、センターに勤務している姉を通じて矢野[注釈 3]から秘書として採用したいという申し出があった[11]。1993年(平成5年)1月8日に京都市内のホテルにあるフランス料理店にて、A子とA子の姉、矢野、矢野の所長秘書の4人で面接を兼ねた会食を行った[11]。その際、矢野は、あと数回会ってから採否を決めること、次の面接については姉を通じて後日連絡することを伝えた[11]。
次の面接日である1月12日、出張から戻ってきた矢野と駅で再会し、矢野が疲労を訴え、話し相手になってほしい旨を述べたため、A子は「私でよかったら話し相手になります」と応じた[11]。その後、会食で利用したホテルの地下にあるバーに向かい、階段を降りる途中で、矢野は「私がこういう風に疲れた時は、『先生、今日は一緒に飲みに行きましょう』とか、『先生、今日は添い寝をしてさしあげましょう』とか言わなければいけない。それが秘書の役割だ」と言った[12]。A子はバーに入った後、秘書の仕事は自分には負担が大きいので辞退する旨を述べた[12]。すると、矢野はA子に対し、「秘書としての事務処理の能力で雇うんではない。ハートの付き合いをしてもらうために雇うのである」などと怒鳴り始めた[12]。A子は「私には恋人がいるから、先生とはハートの付き合いができない」と言うと、「男がいるような妹を紹介したお姉さんもお姉さんだ。お姉さんと所長秘書には責任をとってもらう。私は所長だから辞めさせることは簡単なんだ」と畳み掛けた[12]。A子は、これらの発言を聞いて秘書採用の最終的な返答について保留し、矢野から次の休日頃に再度会いたいから予定を開けておくようにと言われて別れた[12]。
A子が帰宅後に自室で泣いていることから事情を察したA子の母がA子の姉に電話をし、A子は電話口でその日の経緯についてA子の姉に説明した[12]。A子の姉は話を聞いて憤激し、翌日、所長秘書に事情を説明し、A子の秘書採用を断り、自分も責任を取って辞職する旨を申し出た[12]。A子は、前田教授にも事情を説明した[12]。前田教授から事情を聞いた高谷教授は、A子の姉に対して、矢野に謝罪させる旨を電話で伝えた[12]。
2月25日、同ホテルにおいて、前田教授、高谷教授、所長秘書、A子の姉の立ち会いの下に、矢野はA子と会い、二度と同じようなことはしない旨を書き記した念書を渡し、「意志の疎通がうまく行かず、誤解が生じたのを深くお詫び致します」と謝罪した[12]。A子は、念書に「セクハラ」の文言を入れてほしいと思ったが受け入れられず、A子に対する言動の詳細については「あなたの心を傷付けた」という抽象的表現に留まった[13][14]。
3月8日、この事件を告発する匿名の文書が、文部大臣と文部省記者クラブに届いた[15][16]。矢野は、この事件を全面否定する釈明書を提出した[17]。
1993年(平成5年)4月中旬、矢野は出張先の東京のホテルの自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書のB子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。B子は直ちに帰宅し、以後出勤することなく4月30日付で退職した[18]。
C子事件
矢野は、前述のB子とのトラブルがあった1週間後に、出張先の東京のホテルの自分の部屋において、出張に同行していた採用間もない秘書のC子に抱きつき着衣を脱がそうとしたが拒まれた[18]。
D子事件
1993年(平成5年)6月10日、矢野は京都市内のホテルのエレベーター内で非常勤職員D子に抱きついた[18]。6月14日、D子は「矢野からセクハラを受けましたので辞めさせてください」「愛人にはなれません。報復が怖いから一身上の都合ということで辞表を出します」などと言って辞職願を出した[18]。
1993年(平成5年)6月14日、D子がセンター事務長とセンター庶務掛長に対し、矢野からセクハラを受けたので退職したい旨を訴えて辞職願を提出したことをセンター職員らが目撃した[19]。6月15日には、矢野の研究室の私設秘書全員が辞職願を提出した[19]。
A子の事情を知っていた米澤真理子センター助手(以下、「米澤助手」)は、上記の事情も知り、もはや矢野の個人的問題では済まないと考え、他の女性センター職員10名と共に6月21日付で事件の真相を究明し断固たる処置を取ってほしいという旨の質問状を「センター女性職員有志一同」名義で所長代理、副所長、各部門長、各部門主任宛に提出した[19][20]。
この質問状を受領したセンター教授らは、部門長会議及び拡大部門長会議で対応を検討し、改善委員会を設置し、矢野以外の全センター教授で構成することを決定した[19]。これらの経緯を知った矢野は、7月15日に開催された臨時の教授会において所長を辞任したい旨を申し出て承認された[21]。改善委員会委員長である高谷教授は、個人の良識に解決を委ねるべきであると考え、矢野に謝罪等の条件を実行させ、所長を辞任することで事態を収拾しようとした[22]。米澤助手は、高谷教授の報告の中にセクハラについて触れていないことを不満として、再び7月26日付で改善委員会の全委員宛に調査の継続の有無と辞任理由とセクハラの責任の関係について回答を求める趣旨の質問状を提出した[22]。
質問状を受けて、7月30日に所員会議を開き、改善委員会委員長は、センターの全所員に対し、7月29日の協議員会でも矢野の辞任が承認されたこと[注釈 4]、矢野の辞任の理由は他の公務が多忙であることとセンター内が混乱していることの責任を認めてのことであるとし、改善委員会はこれ以上の調査をしないことを伝えた[22]。その一方で、女性職員に対し、今後は非公式に懇談を続けていくことを提案した[22]。米澤助手は、非公式の懇談を続けるという提案を受け、8月中に2度の懇談を持った[22]。また、米澤助手らは、井口博弁護士(以下、「井口弁護士」)と相談し、8月20日付で、セクハラの事実を認めて被害者に謝罪するか、責任の取り方として全ての公職を辞職するつもりがあるか、という趣旨の矢野個人に対する質問書を送付した[25]。
矢野は、8月31日に正式にセンター所長を辞任した[26]。9月1日、矢野の後任として坪内良博センター教授(以下、「坪内所長」)がセンター所長に就任し、改善委員会委員長も兼務することになった[26]。9月9日、矢野は、所員会議において、所長辞任の挨拶をし、センター内に混乱が生じたことについて、遺憾の意を表した[26]。矢野は、岡本道雄元京都大学総長(以下、「岡本元総長」)、徳山詳直瓜生山学園理事長(以下、「徳山理事長」)、高谷教授、古川教授と、自分の今後の対処の仕方について相談した[26]。
同僚からの手紙で上記のような内部告発が行われていることを知った甲野は、9月24日にセンター編集室に電話し、米澤助手に自分と矢野との性的関係などの事情を告白した[27][28]。この告白を踏まえ、米澤助手は、同日の小懇談会において、矢野のセクハラの事実の有無について調査したいと申し出た[29][30]。
米澤助手らは、8月に送付した質問書について、質問書に記載した期限を過ぎても返答がなかったため、文部大臣宛に9月27日付で井口弁護士を代理人として質問書を送った[26]。10月1日、文部省は京都大学に照会し回答を求めた[29]。坪内所長は、高谷教授、前田教授の立ち会いの下、矢野に対し事実関係を問い質したが、矢野は事実関係は存在しない旨の弁明をした[29]。10月4日、坪内所長は、事実関係を調査したいと申し出た米澤助手に対し、事実関係の調査を所長の責任で公的なものとすることを決めたので、調査結果をまとめて提出してほしい旨の説明をした[29]。
米澤助手は、甲野らに公的な調査が開始されるので協力してほしい旨を伝え、甲野らから陳述書を入手した[29]。それに聴取書や証言メモを作成し、これらに基づいて作成した調査報告書と陳述書等を11月8日に坪内所長に提出した[29]。11月11日、坪内所長は改善委員会を開き、被害者とされる女性の実在と証言の自発性を確認するため、海田教授、土屋教授、前田教授、福井 Permalink | 記事への反応(1) | 19:43
活牡蠣を客の前で開けるシーンがある映画何だったっけな、と思っておちゃっぴぃに聞いたら“The menu”では?って言われて、(なんかAIが勝手に作り出した架空の映画っぽいな…)と思って本当に存在するのか検索したらちゃんとレビューサイトとか出てきたんだけど、その映画の内容とかレビューまでなんかAIがでっち上げたみたいな感じがして、Googleの画面に出てくる主演俳優の顔もAI生成みたいに見えてきて、何が実在して何が実在しないのか一瞬わからなくなりそうだった
太平洋岸の孤島にある超高級レストランを舞台に、超一流シェフが提供する究極のフルコースを求めてやって来たセレブたちに衝撃のコースメニューが展開されていく様をブラック・ユーモア満載で描く
俺が実在すると思ってる人間も全部AIが考えた架空の人物だったらどうしよう
お前らも本当は全員AIなんだろ?
もう何も信じられない
クインティリス(7月)に元老院選挙を控えたこの年の政治状況は、一言でいえば「腐敗の極致」であった。
実態がどうであったかは別にして、国民が感じた閉塞感は、まぎれもなく現実だった。
国家成立から殆どの期間において権力の座を占めていた与党への反感はピークに達し、さりとて巨大野党への失望は留まるところを知らなかった。
そんな中、ごく短い期間で爆発的に市民の支持を集めた政党があった。
タミクスは明快な語り口で国民生活の改善を訴え、WebメディアやSNSを用いて露出を増やした。
前年(執政官キシダリウス・モデラトゥスの年)に実施された庶民院選挙で国家民衆党の議席は3倍となった。
今夏の元老院選挙においても党勢の拡大はもはや既定路線だと思われた。
タミクスが近い将来に執政官となることを、市民は期待していたし、そのために熱狂的に支持もした。
彼は妻への裏切りを報じられたことで、謝罪に追い込まれるなど、完璧とは程遠い人物だったが、それでも市民は彼のことが好きだった。
それはユニウスのカレンダエの10日前、5月22日のことであった。
予兆と言えるものや噂がなかったわけではないが、国家民衆党から発表された元老院選挙の公認候補者は市民を騒然とさせるに十分であった。
後に一部のジャーナリストから「汚染の四頭立て戦車(Quadriga Pollutionis)」と称された彼らは次のようなものであった。
| シラリア・ドミティア | 元庶民院議員。不貞、公金の不適切な流用、議員特権の濫用等多くの疑惑に対し説明責任を果たさないまま任期満了により失職。 (歴史家により死ぬまで沈黙を貫いたとする者、晩年自己弁護に満ちた釈明を行ったとする者に分かれる。) |
| アダキウス・ウァレリアヌス | 元庶民院議員。議場での過激な発言により度々懲罰勧告を受けたと伝わる。 様子がおかしかったとする歴史家がいる一方で、評価する声もあるなど毀誉褒貶の激しい人物であった。 |
| ゲニキウス・ウェリディクス | 元元老院議員。根拠なき扇動者として有名であり、疫病の原因を瘴気とする陰謀論を吹聴していた。 また邪教の指導者を積極的に支援するなど、国家民衆党の主張と整合しないと批判された |
| ドミティア・アクシアナ | 元元老院議員。議員特権が忘れられないのか公認してくれるならと次々に政党を渡り歩いて選挙に出馬し、 落選を繰り返していることで有名であった。 |
シラリアは主に過去の不祥事が、ゲニキウスはその荒唐無稽としか形容しようのない主張が糾弾の対象となった。
(アダキウスは巻き添え被害のようなものであり、ドミティアに至っては単に特権を求めるだけの主義なき俗物ではあったが、信義を軽んじる恥知らずは多くはないが珍しくもない程度には同時代の政治家の中に存在した。)
タミクスや幹事長であるシルウァヌス・アリケルスは日夜記者会見という名の弁明行為に忙殺された。
曰く「説明責任を果たさず当選できるほど元老院議員の資格は軽くないと本人に伝えている」
曰く「誓約書に基づき、国家民衆党の方針に従わなければ公認取り消しもありうる」
ただ、公認の理由や、今後の対応について問われても、返されるのは曖昧模糊とした言葉ばかりであり、会見でかつて見られた軽妙さはどこかに消え失せていた。
カンナエ後のハンニバルや、敗戦続きのマケドニア王フィリッポスのように、精彩を欠いた采配でただただ時間を空費しているように見えた。
弁明の日々は続いた。
熱狂的な支持さえあれば、多少のスキャンダルは押し切れる、そう高を括っていたのだろうーーとある者は囁いた。
タミクスの不貞が露見した時も、民衆は彼が掲げる大義に期待し、人間性は不問とした。
市民も、ジャーナリズムも、タミクスが口で「指摘を受け止める」と言いながら行動に移さないことに辟易していた。
国家民衆党の地方組織すら、特に批判の中心であったシラリアの公認取り消しを求めていた。
(全ての都市、属州がそのような嘆願をしていたという同時代の証言もある。)
シラリアが会見を行うとの情報が流れ、タミクスは弁明の場と化した会見場でそのことに触れ、記者にこう告げた。
タミクスのフィデス(信義)を問題にする声もあったが、この時の人々の関心はシラリアの会見であった。
シラリアの会見はユニウスのイデスの3日前(6月10日)、首都たるインペリアーリス・トキオルムの議場内でなされた。
二時間半に渡る会見をメディアはただ一言、「説明なき黙秘会見」と称した。
記者の怒号にも似た質問の後に残るのは、遺憾の意に飾られた沈黙のみであった。
ユニウスのイデスの2日前(6月11日)、二時間半に渡る逃亡劇への回答は公認の取り消しであった。
擁立候補者選定におけるタミクス、シルウァヌスの責任を問う声は収まらず、またゲニキウスについても会見を実施するよう求められていた。
少なくともこの時は、タミクスもシルウァヌスも失った支持を取り戻すという先の見えない仕事に希望を見いだせていないように、人々の目には映った。
さて、結果を知る我々とてわからないことがある。
いや、その後何が起こったのか、結果を知っている我々だからこそ、この時のタミクスの行動原理は不可解であり、わからないことだらけだ。
同時代の人と同様に「時勢を読み違えた」「一時の好調に浮かれ、近視眼になっていた」とする見方が現代では主流であるように思う。
なるほどそう考えると矛盾はすくないだろう。
パトロヌスであるウニオンが候補者選定に介入した可能性を指摘する歴史学者もいる。
私が思うに、タミクスはこの4人を勝利のためではなく、粛清のために擁立したのだ。
換言すれば、党勢の拡大にブレーキをかけることになってでも、この4人を議場から除かねばならないと考えたのだ。
シラリアは個人的な問題は置くとして、政治倫理の面で国家民衆党の掲げる理想に反しているため、除く必要があった。
ゲニキウスはアテナイのクレオンなどと比べれば遥かに矮小ではあるが、扇動者というものの危険性を理解していたタミクスは芽が小さいうちに抜くことを決意した。
ドミティアに関してはフィデスの問題である。フィデスなきドミティアはタミクスが理想とする議場に居座ることすら許されぬ第一の存在であった。
アダキウスについては正直少々わからないところもあるが、第二次ポエニ戦争におけるクラウディウス・ネロのように、成果を上げる半面、その無謀さと予測不能な動きをタミクスが嫌った可能性はある。
少なくともアダキウスを除く3名は粛清の対象であったことは間違いないだろう。
これら除去されるべき対象を自党で擁立すると発表し、あえて優柔不断な態度をとることで批判を集中させた。
折を見て会見を開かせ、疑念を払拭できなかったとして庇護を剥奪したのだ。
廃物置き場に鎮座してはいたが、使いようによってはまだ議員となる可能性があった者たちを擁立し、元から残っていなかった価値をさらに念入りに毀損し、他の政治屋どもが再利用できないようにした。
これが事の真相であったーーと私は考える。
歴史の秘める豊かな可能性の一つとして、本説が一隅を占めることを許されたなら幸いである。
Ave fictio, salve historia.
ソース https://x.com/ShioriYamao/status/1932996384099348651
昨日6月11日、国民民主党の両院議員総会において、事実上の公認取消の決定を受けました。国政への再挑戦を決意しておりましたが、全国比例代表候補としてその場に立つことは叶いませんでした。
昨年来、玉木雄一郎代表より、国民民主党からの国政復帰のお誘いを頂戴していました。本年に入り、改めて代表から具体的に夏の参院選での出馬の要請を受け、その後、代表と榛葉賀津也幹事長お二人同席の上で重ねてのご要請を頂戴しました。悩みぬいた末、この大事なタイミングで党と国家に貢献できるなら微力を尽くしたいと考えるに至り、様々な環境を整えたうえで、ご要請をお受けする決断をしました。
簡潔に公認決定・発表・取消の経過を申しますと、本年4月23日当日、党から決定した旨の連絡を頂戴しました。ただ、その際あわせて、発表は先送りさせてほしい、そして同日予定していた代表・幹事長同席の記者会見も見送りたいとの説明を受けましたので、予定通りが望ましいのではないかと自身の意見は申し上げた上で、党の判断におまかせいたしました。その後、「SNS等での批判の鎮静化」「愛知県内における私の政治活動に対する愛知県連所属国会議員からの強い懸念」「他の候補予定者との一斉発表」などを理由として複数回発表の先送りの連絡を頂戴し、その都度意見は申し上げつつも、党の判断に従いました。そして5月14日午前、本日発表との連絡を受け、他3名の候補予定者とともに発表頂きました。その日は、赤坂における国民民主党の街頭活動への参加のお呼びかけも頂き、玉木代表とともにマイクを握りました。その後、ようやく政治活動を進める事が可能になったので、6月7日には後援会・支援者の皆さんと、事務所開きを行い、商店街の一角で事務所の運営を開始しました。出馬会見に関しては、当初の4月23日の予定が持ち越されて一旦は宙に浮く形になっておりましたので、私としては早期の開催の意志を党にお伝えしつつ、党からの判断を待った結果、6月10日開催の運びとなりました。代表・幹事長の同席を希望しましたが、辞退会見であれば同席するとのお答えは大変残念でした。ただ私には辞退の意志はありませんでしたし、会見するという自分の言葉を守る責任がありましたので単独で臨んだ次第です。会見では、お答えが難しい点もありました。ただ、時を経てさまざまな関係者や家族や守るべき人がおり、自身の新たな言葉が誰かを傷つける可能性がある以上口にしないと決めておりましたので、全ての人の納得を得ることはできないだろうということも予測はしていました。それでも意を尽くして説明し、質問が尽きるまで出来る限り真摯に対応し、今の自分自身の正直な言葉を届けた上で有権者のご判断を仰ぎたいと考えて臨んだ会見でした。
こうした経過を通じて、不十分もあったかと思いますが、その局面ごとに悩みながら、政治家として、党所属の組織人として誠実な対応に努めてまいりました。
そして6月10日の約2時間半の記者会見の後、様々な方からご連絡も頂き、少なからずご理解と励ましの広がりに感謝をしていたところ、24時間も経たないうちに「公認取消」という性急な結論を頂戴したことには正直驚きました。明らかに執行部主導でご要請を受け擁立いただいたにもかかわらず、執行部の責任において判断せずに、両院議員総会での決定という形をとる点にもかなり違和感がありました。「有権者、全国の仲間、支援者からの十分な理解と信頼が得られない」とのことですが、公認取消という公党の判断理由として有権者に説得力を持つものなのか疑問もあります。
今回問題とされた事柄は、全て公認時に周知されていたことです。その事柄について何らか懸念があるのであれば、公認前に選対面談を設けご指摘を頂戴することができたなら、よりよい状況を作れたようにも思います。面談日程が入らないガバナンスに違和感を覚え、公認前の4月15日に選対面談を申し出た際には、面談は不要とのご判断を頂戴した経緯もありました。
このように、党から正式な公認内定を受けても、党の都合で排除されてしまう政党では、志ある方も今後立候補の決断に躊躇してしまうのではないでしょうか。
私自身の公演かいをはじめ支援者の方々が、国民民主党からの出馬であるが故に、党の機関紙の10マン枚以上のポスティングや党のポスター掲示などに汗をかき、活動を続けて下さっていたことに、本当に申し訳ない思いで一杯です。精一杯、私からお詫びとお礼を尽くしたいと思っております。また、この間あたたかい励ましをいただいた皆さまにも、感謝の気持ちをお届けしたいと思っております。
今回、私は政治家として「豊かで強い国。そして国民に温かい優しい国」という国家像をお示ししました。国政に再挑戦し、左右に偏らない寛容な中道政治を実現して、国家のために力を尽くす、その決意に揺らぎはありません。
この国政の硬い意志を引き出してくれた国民民主党には感謝しつつ、その統治能力には深刻な疑問を抱いておりますので、今後は一線を画させて頂ければと思っております。さきほど、国民民主党には離党届を提出いたしました。
今後は、まず何より今回大変なご迷惑をおかけした講演会・支援者・関係者の方々にお詫びとお礼を尽くし、よく相談しながら、今後の政治活動について熟慮したいと思っております。
山尾 志桜里
足掛け約3年、アホみたいに通ってたメンズエステを止められるきっかけがあった
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今日入った人、自分より年上熟女だが元会社員で昔からちょいちょいと指名して入ってた
毎回言われるのが、話しているとタメになるし
いや、果たして俺はそうなのか?
いざ実際はそこまで劇的に変わってる訳でもなく
当たり前のように過ぎていく日常だと、俺は思っている
///
なんだろう、この何とも言えない
それは、やはり俺自身が今やるべき事象に対して結果を出し切って無いからだと感じた、痛感した
あまりにも当たり前で、あまりにも情け無く、そしてそれは自分自信のプライドを許さない
プライドなんて100年前に捨てたと思っていたが、単に放置してただけですぐそこにあったのだ
何と愚かな、メンズエステに費やす金と時間が勿体無く感じてしまったのだ
///
もう知り合いの女は出来たし、連絡も取れる
好きなタイミングで、多少の手間はかかるが、相性抜群の子に会える
何度も止めると言って、自分に言い聞かせて数十回目、これも読んで字の如く目が覚めてハッキリした
キッカケはそこにあって、メンエスではじまりメンエスで終わった
無駄な日々は今日6月10日 23時10分を以って終わりを告げたのだ
ちなみに、今日会った熟女は何度も連絡先を交換し損ねていて、これもまた良いキッカケのエッセンスだろう
これ以上連絡先増やしても、あと顔がちとタイプではないのよね、守備範囲広いのに珍しく無いわーって言える顔立ち
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もうあの人に会う事も無いし、報告する事も無いから
次回会えるのは動きがあった時だよ、と伝えただけで、もう永遠に会えないのだ
覚めてしまえば、どうってことはない
過去にも書いたが、タバコを止める時も、似たような感情を抱いたんだろうな
止めるイメージがつかない割に、本当に手を出さないと、いい切れるのか
そこはもう、環境を切り替えていけば良いのだよ
やるしかないし、すぐに出来る
オランダの動物園の来園者が誤って柵の向こうに落としたiPhoneに一瞬にして群がったキイロヒヒ。飼育員が取り返した時は、哀れスマホは完全にお釈迦...。
https://megalodon.jp/2025-0609-2128-39/https://note.com:443/prime_spirea3197/n/nb27fa8e23266
https://note.com/prime_spirea3197/n/nbe092ca305a9
エスケーさん、返信コメントありがとうございます( ´∀` )
たしかにあの女湯レポートは、強い嫌悪感を感じる女性が多いと思います。
もう終わりにしようよ
Sweetest Tune Travis Japan
24karats GOLD GENESIS THE RAMPAGE from EXILE TRIBE
gg燦然 10-FEET
これなんだよな
https://x.com/Megalovania003/status/1800073700831875145
めが浪
@Megalovania003
·
私もみんなもまとめて全員くたばりやがれ!
こういうのを擁護するのだから女はバカでまともに扱われなくて当たり前なんですわ。
小山(狂)
@akihiro_koyama
この犯人、報道内容見る限り夫婦仲良好で義実家との関係も良く経済的に問題とかも特に抱えてないんでよね。ただ犯人が異常にこだわりの強い性格で自分の家事育児のやり方を無理に通そうとし、それが通らないとなると発狂して周りを攻撃しはじめる。
酌量すべき事情はなにもなく、ただただ犯人の異常性格ゆえに幼い子供3人が犠牲になったとしか言いようがないんだけど、こんな怪物ですらマスメディアは擁護するんで本当に女の加害性はこの国では見過ごされるんだなという気持ちになる。
https://x.com/akihiro_koyama/status/1800129081444561226
@neroopinion
手にかける前にパンケーキ食べさせる 「最後に子ども喜ばせたかった」 娘3人殺害事件で母親
https://news.yahoo.co.jp/articles/d14dc3a4ae208d852841e604706cb8d7a0afdf24?page=1
難しくないだろ。有罪だろ。
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小山(狂)
@akihiro_koyama
話題となってる「パンケーキ」も、最期に手作りのパンケーキを子供に食べさせたみたいな美談じゃなくて、食べさせたのはマクドナルドのパンケーキなんですよ。なぜそれが特別かというと、遠矢被告はいわゆる「自然派ママ」で、市販品のレトルトカレーすら買わないレベルで徹底的にジャンクな食べ物を禁じてきた。だからこそ最期にジャンクフードの極みであるマクドナルドを子供に食べさせたわけです。
https://nagoyatv.com/news/index_amp.html?id=024720
https://x.com/akihiro_koyama/status/1800127559210082716
小山(狂)
@akihiro_koyama
自分が散々禁じてきたジャンクフードを嬉しそうに食べる子供たちを見て、遠矢被告が一体何を思ったのか。正直自分は弁護側の言うような「子供が喜んでよかった」みたいな気持ちだとはあまり思わないです。
自分の努力と献身が踏み躙られていると感じてたのでは。そこから発作的に殺意を抱いたと言われてもあんま驚かないです。拘りの強い独善的な自然派ママにはそういうの腐るほどいるんで。
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大変やね
知らんけど
ニコニコサービスが利用できない状況について
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現在、ニコニコは大規模なサイバー攻撃を受けており、影響を最小限に留めるべく、サービスを一時的に停止しています。
調査および対策を急いで進めておりますが、サイバー攻撃の影響を完全に排除できたと確信し、安全が確認されるまで、復旧に着手することができません。少なくともこの週末中は復旧の見込みがございません。
最新の状況については月曜日(2024年6月10日)に再度お知らせいたします。
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今後の情報は、ニコニコインフォや公式X(旧Twitter)にて随時お知らせいたします。
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5つ星のうち3.0 翻訳がまずい
奴隷本人が書いたノンフィクションという点で貴重だし、内容には考えせされらる。
ただ翻訳がまずい。主語が抜けていたり、接続詞がおかしかったり、読んでいて頻繁に違和感を覚える。なぜプロの翻訳家に翻訳させなかったのかはなはだ疑問だし、研究者でもなんでもない訳者に物語を一部省略させるのを許したのかも分からない。とてももったいなく思う。
翻訳ってカンタンにとらえられがちだけど、文化や背景をかなり深く理解していないと正確な翻訳はできない。
ぐぐったら外資系コンサルタント?とのことで、何か強烈なコネや政治力が働いたものと思われるが、
2017年くらいはまだまだそういう「昭和」なバタ臭いコネとか談合がある時代だったな、となつかしくなった。
代表例
りのこ
@ring6565
会社員マーケター兼ライター。恋愛コラム執筆→ウサギマガジン、マイナビウーマン、週刊SPA!他。 たまに旅行と美容医療。note→ http://note.com/rinoko 別垢→
@rinoko0
https://twitter.com/mahironoame/status/1669103844905861120?s=20
雨野マヒロ
@mahironoame
「グラドルも本当はグラビアなんか嫌」「他の道で成功後にグラビアやる人は居ない、それが答え」の代表例として出される吉岡里帆さん、本人は「グラビアやって良かったのに切り取りで正反対の意味に拡散される」と何度も訴えて女優として成功してからもグラビアやってるのにガン無視されるの本当切ない
雨野マヒロ
@mahironoame
15時間
そういう人達って結局、彼女にグラビア潰しのお神輿になって欲しかっただけで、そこに実は都合悪かった本人の意思なんか要らないんだよね。なのに「吉岡里帆さん本人はこう言ってて〜とか言う奴はグラビア正当化に彼女を利用したいだけだろが!」とまで言われてて、いや、どの口が……
雨野マヒロ
@mahironoame
15時間
ていうか、強制じゃなくてもギャラや知名度等の対価を目当てに内心嫌なのにグラビアをやろうとしちゃう女性が居るから、そんな選択がそもそも出来なくなるようにグラビアという選択肢ごと潰してあげようねって、それが本当に何も問題無いって思ってるのが怖いんだよ……
雨野マヒロ
@mahironoame
14時間
漫画家やイラストレーターだって収入や実績や知名度の為に仕方なくエロも描いたって人は居るだろうけど、そういう例を何人か持ってきただけで「ほら!好きでエロ描く人なんて居ない!嫌々描いてしまう人を出さない為にエロ創作物自体を無くしましょう!」って言われたらたまったもんじゃないじゃん
雨野マヒロ
@mahironoame
14時間
「例え強制しなくても報酬目当てにやってしまう人が居るからただ強制しないだけじゃダメ、その選択肢ごと潰してあげなきゃダメ、内心嫌々やってた人を何人か集められればやりたくてやってるとか言う人は皆嘘つきってこと」
雨野マヒロ
@mahironoame
6時間
なんかグラビア叩きに便乗してた垢に風俗のスカウト垢があったらしくて恐ろしくて震える
グラビアの仕事無くなれば可愛いグラドル達が流れてきてくれるのに、とでも思った……???
djclover
@moviefist
14時間
日々の戯れ言
@t2MfohxF0rMQgH1
食い扶持を自分たちで潰してるだけなんですけどね
それで食えなくなってもっとアングラな方面に落ちて行く人が増えても健全戦士には関係ないですからね~
Subnarl
@subnarl
否定しても業界で生きていくためのサービストーク扱いされてるの、信じたいものしか信じないんだなってのがわかるわ。
同じ人が同じインタビュー内で話してんのに。
平気でこういうことができる最悪のゴミ。
暇空茜
@himasoraakane
売り方や売ってる相手(若い女性)から、共産党の中年女性ズより若い女側にここはついとこ!っつうポジショントークにしかみえん
入管法反対!とか暇アノン!(ってなんですか?)とか言ってたやつが仕事のためにポジトークしてることくらい見て取ろうよ
辻愛沙子|arca |
@ai_1124at_
·
·
プール撮影会の件、未成年の出演を良しとしないのは当然分かる。
公営の場所に民営より比較的厳しい利用規約が設けられるのも分かる。
けど、"開催前なのに"過激な水着やポーズが利用規約に反するから中止、と断じるのは流石に無理があるように思う。開催前に水着やポーズなんて分からんやろ…… さらに表示
自家製なめたけ
@mucin_pectine
個人的には、新しい制度の設計やゾーニング厳格化を既定路線にしたいドアインザフェイスのような印象も受けました
れいせい
@7UACUYb6KGupPXW
19時間
@kain_F1_NFL
19時間
たかわん
@Lv4SbHRQpbDm1yz
19時間
ゾーニングとか言ってる人が入管法反対とか言ってるんだとすれば、余程自分の持ち場がほしいんだろなと
ちゃそ/ファイザー4回目済
@shinchaso
·
18時間
自分の周囲や仕事先に向けてのポジショントークそのものっすねえ
@SarKaura
18時間
未成年の出演を良しとしない→それってヤングジャンプやマガジンとかも良しとしないのだなと
ポジショントークというのは出版社や大手事務所の逆鱗に触れないようにという一面もあるのかなと。
のぼっさん
@nobocooknobo
·
ペラペラに薄いっすね、最後にフォトグラファーとの友人との話に持ってく下りもあの界隈の常套手段。
@kcniyeseelibuj
辻氏
たかわん
@Lv4SbHRQpbDm1yz
19時間
返信先: @himasoraakaneさん
お前らの味方などおらんぞ。
絶対に許されない。
平 裕介 Yusuke TAIRA
@YusukeTaira
都市公園の利用許可を取り消せないような状況なのに、行政側が違法な行政指導で主催者に中止しますと迫ったことが都市公園法や憲法との関係で批判されているのに、そう批判する人を「児童ポルノを容認するのか」などとレッテル貼ってる人たちって、話を児童買春・児童ポルノ禁止法にすり替えていますね
@eren74882
16時間
そんな同意能力を厳格にするのならば、子役やジャニーズJr.もアウトになりますね。将来嫌がるかもしれませんからね。
あなたが気に入らない職業だけ、子供の同意能力を低下させるのは、合理性がないですね。
@R88088595
さすが家父長主義者だな……
やっぱり、こんな人が「女性の安全」とか「女性スペースを守る」とか言ってるの、ちゃんちゃらおかしい。 twitter.com/takitaro2/stat…
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Shin Hori
@ShinHori1
なお水着撮影会と未成年の関係については、未成年(18歳未満)が水着モデルをすることそれ自体を一律禁ずる法令は存在せず、児童ポルノ規制法、児童虐待防止法、児童福祉法、県青少年保護条例などの具体的な条文に抵触して始めて違法となるので、注意が必要である。
そして
かわの祥子
@kawanosyoko
田川郡川崎町生まれ。田川高校卒業。九州大学法科大学院修了。保育士免許。ふくし生協直方事業所をなどを経て、2015年4月~2018年6月直方市議会議員をつとめましたた。2019年参院選福岡選挙区に立候補しました #比例は日本共産党
かわの祥子
@kawanosyoko
うまずに済み成果もあげられたと思います