はてなキーワード: 登山とは
ホラー映画として楽しいんだけど、その楽しさは本当に正しいのだろうか。59点。
同じ登山部の仲間で山で死んだ女性の追悼登山にやってきた主人公と韓国人。しかし運悪く吹雪の中遭難してしまい韓国人は足の骨が折れてしまう。もうダメだぁ、おしまいだぁとなった韓国人は「実は俺が女性を殺した。登山事故じゃなくて殺人だった」と告白。まぁ、それはそれとしてと探し回っていると山小屋を発見し、2人はうっかり生き延びてしまう。死ぬと思ってとんでもないことを告白した韓国人ととんでもないことを告白されてしまった主人公。とんでもなく気まずくなってしまった山小屋で疑心暗鬼のサバイバルが今幕を開ける。
まずフラットな目で見て面白かったか面白くなかったかで言えば面白かったとしていいと思う。
その後の展開として、山小屋に入った後、急に韓国人は不機嫌になり携帯持ってるのに持ってないって言うわ、主人公に隠れて救助隊に電話して「一人です」って言ってるわ、調理のために貸してくれたナイフをすぐ返せって言うわ、様子がどんどんおかしくなっていく。実は女性は主人公と付き合っており、韓国人もそれを知っていたことから、彼は彼なりに告白してしまったことで自分が恋人の仇になってしまったので危害を加えられる可能性があり、また、告白してしまったことで相手に絶対的な弱みを握られてしまったという不都合が発生していて、ついにはその状況が決壊し、韓国人は主人公に襲い掛かってくる。
ここからはもう、閉ざされた物件に殺人鬼がやってきて襲い掛かってくるから逃げ回る系のガチンコのホラー映画になってくる。
2階建てで階段もあればハッチ式のはしごもあり、部屋も多く、山小屋なので遮蔽物も多いといういろんなルートで鬼ごっこ可能な考え抜かれた物件で、市の鬼ごっこが始まるわけだけど、珍しく殺人鬼側の片足が折れているというハンデがある。しかし殺人鬼側はナイフやオノ、スコップ(デカいやつね)といった武器で武装しているのに対して五体満足の主人公は丸腰。さらには高山病を発症してしまい、視界がきかなくなってくる。このあたりの不均衡さ、そして相手が韓国人であることで発生するディスコミュニケーションと、シンプルに動きがどんどん人間離れしてキモくモンスター的になっていく韓国人の物理的な怖さ。といったジャンル的な強度はめちゃくちゃ高くて、見ていて楽しい。
そして、なんとか逃げ回って夜が明けて救助隊がやってくるも主人公の声は届かない。閉じこもっていたドアを開けて飛び出すも目は見えないが救助隊員に声を掛けられようやく視界が戻ったと思ったら、それは救助隊の服を着た韓国人だった。救助隊員を皆殺しにし、ついに主人公をとらえ首を絞める韓国人。お前の罪も告白しろと言われ、主人公は実は女性を殺したのは韓国人ではなく自分だった。自分が韓国人が首を絞めて彼女を殺すように仕向け、殺したのを確認しに行ったら女性が息を吹き返したのでとどめを刺したと告白し、息を引き取った。
ところで目が覚めて、穏やかな韓国人に迎えられ高山病でぼうっとした頭でうっかりいらん告白をした結果、現実世界では何の告白もしていなかったのに韓国人に「お前何かおかしい」と疑われてしまう。そして一夜明け、救助隊が駆け付けた時そこには韓国人をめった刺しにする主人公の姿があった。
という、ホラー、サスペンスとして一定以上の強度がある映画であるのは間違いないと思う。追いかけっこからの驚きの真相の告白。ここまでは間違いなく良かった。
問題は夢落ちの是非と、夢落ちとなったことでホラー、サスペンスパートの正当性がゆがむこと。そして、相手が韓国人であることの妥当性。
まず、夢の内容があまりにハチャメチャで、十何年間もちょっとした見下しはありつつ一緒に活動してきた仲間相手がまるでカヤコやジェイソン、ジャック・ニコルソンかのような殺人モンスターみたいなイメージで夢に登場するだろうかという話。これが細切れの夢の中で毎回、日常の中で起きそうな殺人、それこそ首を絞められたり後ろから刺されたり、毒を飲まされたりという形なら「お前自身がそうしたいという願望の発露」として受け入れられなくもないが、実際に夢で起こったのはまるでスラッシャーホラーのようなドタバタアクション。
つまるところ、一本のスラッシャームービーとして夢パートが精緻で予測不可能で出来が良すぎた故に、逆に高山病で朦朧とした頭で見る夢として正当化される範囲を超えているんじゃないかという話。
そして、相手を韓国人にしたことでちょっとカタコト感がある喋りなので本心が読みづらいという部分はいいとしても途中から韓国語交じりで話し出すので相手の意図が余計に読めなくて怖い、という意図があったんだとしても、なぜかこの映画には韓国語には日本語字幕が出るので「こいつの韓国語は主人公に伝わってる設定なのかどうなのか」がよくわからなくなってしまう。
主人公が「韓国語でしゃべるのやめろ」というシーンはあるけど、それはすなわち「韓国語が全く理解できない」を指さない。ある程度理解はできるけどコミュニケーションとしてスムーズじゃないからやめてほしいかもしれない。だから、そこの恐怖を描きたいなら「主人公に理解できな韓国語には字幕を出さない」という処理にすべきだったはずだ。実際、後半から字幕が出ない部分もある。じゃあ、序盤はずっと意味が理解できていたのか?と思うが、韓国語に対して主人公が意思疎通している描写もない。チグハグだ。
なにより、相手が日本人じゃないからコミュニケーションとれないの怖いよね~っていうの、現代のコンプライアンス感覚としてどうなんだ。まぁ同じ日本人なら怪物化させても問題ないのかという問題もあるが、別言語を話す別人種だから怖いというのはシンプルに受け取っていいのかはかなり悩んだ。
そしてこの作品の本当にあるべき形として、死を覚悟して罪の告白をしてしまったが生き延びてしまった。こいつを生かしておいていいのか、いや、むしろ俺が殺されてしまうんじゃないかという葛藤という部分にあまり重きを置かずにスラッシャーホラーに振るという決断は本当に正しかったのか。もっと心理的な密室サスペンスに振るべきだったんじゃないか。原作は中学生くらいの時に近所の古本市場で読んだだけなのであんま覚えてないんだけど、そっちは後者的な話だった気がする。
まぁ、そんな感じかな。
襲い掛かってくるようになってからの韓国人はもう本当にシリーズ化してほしいくらい(最後に殺されたからもう無理だけど)印象的なモンスターアイコンとして完璧だったからそういう意味では面白かったけど、そういう意味で面白い映画でよかったんかなぁって感じ。ホラー映画好きな人は楽しめると思うけど、原作的な心理サスペンスを期待してる人にはなんか違うなぁってなるんじゃないかな。
大昔に読んだ恋愛指南書みたいな本で、「ファッションが見つからないならスーツを着てろ。とりあえずハズレはない。」みたいな記述があったんだよな。
ただ、大学生の頃だったから、いつも理由なくスーツを着てるのはそれはそれで変だろって気もしたから、最終的にジャケパンに落ち着いた。畏まりすぎだろとか、金持ってそうな格好とか言われつつも、もう25年くらいはこのスタイルだからな。
ジャケットなんて頻繁に洗うものじゃないから、毎日同じ格好でもツッコまれんし、良いジャケットを2、3着持っておけば、後は下に着るシャツをちょくちょく買い替えるだけだからランニングコストも良い。ジャケットは頑丈だから、10年以上は平気で持つ。それにジャケットにはポケットも多いから、外出時は手ぶら移動できるのも何気に楽。
まあたまに登山するとかになると、着ていく服はどうするんだ……ということもあったがな。そのときでも、変わらずジャケパンで行ったら、さすがに周りから総ツッコミにあったから、一応野外活動するとき用の服も用意することにしたけど。
高市政権の権力基盤を分析する上で、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の組織票と運動員が果たしている役割は看過できない。この関係性は、高市早苗首相の個人的な思想的共鳴などという抽象的なものではなく、故・安倍晋三元首相が構築した極めて実務的な「票の割り振りシステム」の物理的な継承である。
この強固な結合の原点は、第2次安倍政権誕生直前の2012年4月に遡る。当時、野党で冷や飯を食っていた安倍晋三氏、今井尚哉氏、萩生田光一氏らは、教団のダミー団体「世界戦略総合研究所」の阿部正寿所長らが企画した「高尾山登山」に参加した。教団が集めた300人の若手信者とともに政権奪還(捲土重来)を祈願したこの登山こそが、カルトの動員力によって最高権力を奪取するという成功体験の象徴的儀式であった。
政権奪還後、この関係はシステム化される。2013年6月および2019年7月、自民党本部の総裁応接室において、安倍首相、萩生田光一氏らは、教団の徳野英治会長、太田洪量・国際勝共連合元会長らと密談を行った。教団側は「最低20万票の死守」を誓約し、その証として安倍氏と萩生田氏にエルメスのネクタイを贈呈している。安倍氏はこの見返りとして北村経夫氏ら特定候補へ組織票を計画的に割り振り、自民党内における教団票の「最高差配者」として君臨した。
高市氏はこの強力な集票システムをいかにして引き継いだのか。その接続点(ノード)となったのが萩生田光一氏である。萩生田氏は落選中(2009〜2012年)も旧八王子家庭教会を拠点とし、教団の内部報告書において「摂理的義人」と絶賛されるほどのパイプ役であった。2025年10月の高市政権発足時、裏金問題で党内基盤が脆弱化していた萩生田氏を、高市氏があえて「党幹事長代行」という要職に抜擢した采配は、安倍氏が遺したこの「集票マシン」を陣営の中枢に据え置くためのシステム的要請である。公明党はこの露骨なカルト回帰に反発し連立離脱のトリガーを引いたが、高市陣営にとっては創価学会票を失ってでも、無償の運動員を提供する教団インフラを維持する方が実務的に重要であったと言える。
なお、高市氏自身と教団の関係についても、1992年に決定的な歴史的接点が確認されている。教祖・文鮮明が来日し「我々の言うことを聞く総理大臣をつくろう」と演説した同年、霊感商法の実行犯(「藪野令子」名義で1000万円の念珠等を販売)であり、自民党への工作員(Fレディー)であった阿部令子氏の壮行会が開催された。この場において、若き日の高市氏が登壇し応援演説を行っている。かつて石原慎太郎氏が「秘書の中に朝鮮人参エキスを売り歩き、夜中に書類を物色する信者がいた」と証言したように、Fレディー作戦は政界中枢への明確なスパイ・洗脳工作であった。高市氏の「教団との関係は知らなかった」とする弁明は、この30年以上にわたる共犯関係の歴史の前に完全に破綻している。
物理的な運動員に依存していた集票システムは、2026年衆院選においてデジタル空間への劇的な適応を見せた。高市氏を支持する匿名のショート動画群(いわゆる「サナ活」)は、累計約4億4615万回という特異な再生数を記録した。
この現象のプロトタイプと目されるのが、2016年に設立された教団系の学生組織「勝共UNITE」が提唱した「改活(カイカツ)」という運動メソッドである。彼らはSNSを用いて特定の政治運動を若者文化としてブランディングし、そこに石平氏やアンドリー・ナザレンコ氏といった保守系インフルエンサーを登壇させることで、極端な排外主義を「純粋な愛国運動」へとロンダリングする手法を確立した。
「サナ活」はこのメソッドの完成形である。特筆すべきは、論理的な政策論争を徹底して排除し、「情動」のみをターゲットにしている点だ。高市氏は、脳梗塞で倒れた夫・山本拓氏の介護すら「孤独に戦う健気なヒロイン」という物語(ナラティブ)の小道具として消費した。
歴史的文脈を踏まえれば、これは偶然の産物ではない。1994年、高市氏は『ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄著・後に国際的非難を浴び絶版)という書籍に対し、「著者の指導通り勝利への道は『強い意志』だ」と熱烈な推薦文を寄稿している。同書が説く「説得できない有権者は抹殺せよ」「女性は直情的であるため突撃隊にしろ」「事務所の捜索が予想される時は名簿を焼却しろ」といった大衆操作と証拠隠滅のメソッドは、驚くほど現在の高市陣営の振る舞い(SNSでの敵対者への苛烈な攻撃や、不透明な資金処理)と合致している。公職選挙法の「有料ネット広告規制」の穴を突き、無数の匿名アカウントを通じてアルゴリズムをハックするこの手法は、現代における最も洗練されたプロパガンダ装置として機能した。
全国規模のプロパガンダや政治活動を維持するための資金供給源は、正規の政治資金収支報告書の外部に構築されている。その代表例が、「Veanas(ビーナス)合同会社」と宗教法人「神奈我良(かんながら)」である。
Veanas社は2025年12月に設立された民間企業であるが、法人登記住所は高市氏が代表を務める「自由民主党奈良県第二選挙区支部」と完全に一致する。同社は高市事務所の公設第一秘書・木下剛志氏の統制下にあり、青年局長の亀岡宏和氏が代表を務めた。事務所を家賃無償で使用し、6600円の歯ブラシセット等を開放的に販売。さらに地元企業・奈良トヨタから提供された車両を「Veanas号」と名付け、車体にマジックで応援メッセージを書き込ませながら全国を縦断するキャラバン(累計運用費1000万円以上)を展開した。高市氏の私物であるレストア済みのトヨタ・スープラがこの事務所に堂々と展示されていた事実を見ても、木下秘書による「民間企業の活動とは知らなかった」という供述が物理的に不可能(明白な虚偽)であることは明らかだ。
さらに看過できないのは、このVeanas社が、実業家の溝口勇児氏および松井健氏(株式会社neu代表)による「サナエトークン(仮想通貨)」発行プロジェクトと結託していた点である。松井氏は過去のICO案件において数千万円の出所不明な現金を突如持ち込んだ過去を持つ人物であり、今回のサナエトークンにおいても、総発行量の65%を運営がロック無しで保有する詐欺的設計(スローラグ)が組まれ、ローンチ直前に開発者周辺で数千万円規模のインサイダー売り抜けが行われている。政治団体の活動を民間企業(Veanas社)に代行させ、暗号資産という法規制の及ばない領域から裏金を還流させる「トンネル機関」としての運用実態が色濃く滲む。
もう一つの巨大な資金供給源が、川井徳子氏(ノブレスグループ総帥)である。彼女は2024年だけで計4000万円を陣営に献金しているが、その背景には信者のいないダミー宗教法人「神奈我良」を用いた不動産マネーロンダリングの構造がある。競売物件を非課税の宗教法人名義で購入し、民間企業へ現物出資するという手法だ。川井氏の父・春三氏は、チッソ株主総会での水俣病患者襲撃に関与し、戦後右翼のフィクサー・児玉誉士夫から資金提供を受けていた「大日本菊水会」の創設者である。「美しい国」の足元には、こうした暴力的な地下資本が流れ込んでいる。さらに、ドトールコーヒー創業者の鳥羽博道氏からの献金において、法の上限(750万円)を超える1000万円の違法献金が発覚したように、陣営の資金集めには恒常的な遵法精神の欠如が認められる。
教団の組織票と、不透明な巨額資本。これらによってハイジャックされた高市政権は、いかなる政策を出力しているのか。中核を担うのは、第2次安倍政権の「影の総理」今井尚哉氏の後継として官邸を掌握した、経産省出身の飯田祐二・首席秘書官である。
「サナエノミクス(責任ある積極財政)」の実態は、国家の危機管理を大義名分とした、経産省主導による特定企業(京都フュージョニアリング等)への莫大な国費注入(補助金バラマキ)への回帰である。官邸内では、財政規律を重んじる財務省出身の吉野維一郎・首相秘書官らがストッパーとして激しく抵抗しているが、押し切られつつある。
さらに深刻なのは、イデオロギーをマーケティングツールとして消費する政権の「二枚舌」と外交的暴走である。高市氏は国内の保守層に向けて「移民排除」や「台湾有事は存立危機事態」といった勇ましいプロパガンダを発信する一方、裏では安価な外国人労働力導入を推進するNAGOMi(二階氏系財団)に祝電を送っている。しかし、この外交的配慮を欠いた「強硬ポーズ」は現実のハレーションを引き起こした。在大阪中国総領事の薛剣氏が激しく反発する事態を招き、結果としてレアアースの輸出制限など、実体経済に致命的なダメージ(サナエ・ショックによる円安・国債暴落)を与えている。
システムの内部崩壊の兆候も既に見え始めている。共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が報じた、高市氏の選挙区支部における約396万円の「パーティー券の寄付金控除偽装(脱税幇助)」疑惑は、極めて詳細な事務所内の内部資料に基づくスクープであった。これは、高市陣営のガバナンスが完全に崩壊しており、忠誠心ではなく利権と恐怖だけで結びついたスタッフの中から、致命的な内部告発(リーク)が相次いでいることを示している。
高市政権を「初の女性保守総理の誕生」という表面的なイデオロギーで評価することは、事象の本質を見誤る。
その実態は、安倍時代から続く旧統一教会の物理的集票システム、公選法の穴を突いたデジタル・プロパガンダ(サナ活)、Veanas社や神奈我良を通じた右翼資本のマネーロンダリング、そして巨額の国家予算を還流させようとする経産省官僚の野心。これら四つの要素が、「高市早苗」という極めて都合の良いインターフェース(器)を介して結合し、互いの利権を極大化させるために稼働している「機能的結合体(エコシステム)」に他ならない。イデオロギーは、この巨大な集金・集票マシンを駆動させるための、単なる潤滑油として消費されているのである。
白:池澤真理子@栃木
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
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・04 イイダコ
・05 8月11日
・06 [何の略]Do It Yourself
・07 [すべて]スウェーデン スペイン スロバキア スロベニア
・09 [近似値]35
・10 『マイ・フェア・レディ』
・13 『キングダム』
・14 アルファ(化米
・18 かみなりさま(を下にきく
・21 湯葉
・22 [AC]辻褄(が合う
・25 通常(選挙
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2か月半でマイナス20キロ】」
16:00-18:00 映画Chageのずっと細道~東西南北~(2024年)
(15日日曜日)
昔を知っている人ならわかるとおもうけど、歴史改変も甚だしいよね、という話である。自分は2002年に某国立大学の情報系学部に入学したおっさんで、今は結婚して平凡な日々を過ごしている。で、女子枠を正当化するために持ち出される「女子にやたら言い寄る情報系男子」「女子を侮蔑する情報系男子」「女性が来るや否や特別視して騒ぐ男性」なる存在だけど、あれは少なくとも自分の知る範囲では、はぐれメタル並みにレアキャラだった。本当に。
後述する学園祭実行委員会絡みで他大学との交流もあったけど、このへんはまあぶっちゃけ大同小異だった。
もちろん、女子目線でいえば「キモい」男子は結構いたのだろうとはおもう。そこは否定しない。
でも、キモいはキモいにしても、そもそも情報系に進みたがる男子なんて時点で、女慣れしていない人間の方が圧倒的に多い。なので「声をかける」以前の問題だったし、実際に人間関係のトラブルが起こる場の多くはサークルだった。要するに、情報系男子が女子に積極アプローチして事件事案になる、みたいな構図自体が、そんなに成立していなかった。
自分が所属していたサークルは、学園祭実行委員会、登山サークル、情報系サークルの3つだったけど、男女間のトラブル発生比率でいえば……ぶっちゃけ、女性慣れしている男子の方が遥かに多かった。
特に学園祭実行委員会なんて、構成員100名近い大所帯だったから、その手の揉め事は普通によくあった。で、女子側が微妙な目線を向けていたのは、おどおどしている工学系(情報系)男子より、圧倒的にリーダー格だったり、それに近い男子層(文系)だった。理由は単純で、委員会内で異性にやたらアプローチを仕掛けるのが、その層に偏っていたからである。
なんでそんなことを知っているのかと言われそうだけど、アパートが2Kだったせいで実行委員会のたまり場になっていて、その手の話を耳タコになるくらい聞いていたからです。
さらにいうと、女子の側も「情報系男子はアレよねー」みたいな目線を薄っすら共有していたし、そもそも多くの女子は情報系そのものにあまり興味を持っていなかった。某大学は僻地にあるせいか、女子の側から露骨な侮蔑を向ける人はそこまで多くなかったけど、それでも「女性差別によって工学系に進めなかった」みたいな話になると、いや歴史改変はやめろよ、となる。
実際のところ、多くの女子の認識は「情報系なんかわからんし難しそうだし、興味ないからどうでもいいや」くらいのものだったでしょ、というのが自分の実感である。これからはITの時代だ、みたいな風潮はすでに強かったので、「よくわからんIT系のことは情報系男子にぶん投げておけばいいでしょ」という雑な認識もかなり横行していた。
一応補足しておくと、いわゆるオタサー(※非PC系)だと、「オタサーの姫」現象みたいなものはあったらしい。これは友人からの又聞きなので実態は知らない。でも、それは工学系というよりサブカルオタ界隈の男女関係の話であって、情報系男子の話とはあまり関係がない。
自分自身は、飲み会会場として自分の部屋を提供していたせいか、単に無害なやつ認定されていたのかは不明だけど、どのサークルでも女子から疎外された経験はないので、個人的に嫌な思い出があるわけではない。
それでも、女子が情報系を薄っすら避けていた、あるいはそもそも興味を持っていなかった、という歴史的事実まで改変して、「女性は情報系に行きたくても男性たちの空気のせいで行けなかった」みたいな物語に全部回収するのは、さすがによろしくないとおもう。
※増田はよそから引っ越してきて10年ほどになるにわか県民であり、ネイティブ石川県民のことをよく理解しているわけではない。
なんか選挙結果について「加賀の人間は能登の復興をもうどうでもいいと思っている」みたいな意見が散見されるが、さすがにそんなわけないだろ。極端すぎるだろ。バカか?東北の方が震災からだいぶ経つけど東北の知事に今そんな人いる?
今回の候補も全員復興に向けた何らかの政策を掲げている。「復興は必要だけど、その陣頭にいるのが馳である必要はない」くらいだろ常識的に考えて…
4年前の選挙では馳と山野ともう一人自民の人(山田)の三つ巴になっており、山野と山田がお互い食い合って馳が勝った。山野と山田どちらか一人だったら馳が負けていた可能性がある。今回は山田が山野の支持に回ったんだったはず。
今回の選挙に至っても分裂は続いており、「自民党のポスター(馳)が貼ってあるけど山野支持ののぼり旗が立っている」みたいな光景も何カ所かで見られた。
東京の人が埼玉や千葉のことにあまり詳しくないのと同じように、金沢の人は能登にあまり詳しくない。実家が能登とか親戚が能登にいるとかの人も多いのだがもちろんそうでない人もおり、増田はネイティブ金沢市民が「能登って今どこまで電車通ってるんだっけ?」みたいなことをぬかすのを目の当たりにしたことがある(石川は新幹線以外の鉄道をだいぶ軽視している県なのでまあ仕方ないんだが…)
そもそも能登がひどい状態になっても金沢はあまり被害情報がなかったように、能登と加賀は物理的にかなり離れている。金沢から一部で有名なイカキングまで行こうとすると、地震の前でも車で3時間くらいかかった。マジで遠い。
それだけ離れているし能登にあまり関わりのない人もいれば、たとえ能登で馳が支持されていようが、県政をうまくやっているとは思わないという人がいてもそれは普通のことだろう。ちなみに能登は先日の衆院選で自民と中道の人でかなり激しく競り合っている。
・雨の予報なのに登山しようとして下山できなくなり、山で一夜を明かすハメになる
・マスコミに圧かける
・金沢市の建物(日銀跡地)の取り扱いについて無駄に市長と喧嘩する
などなど。
あと先月、「県内の多くの地域の水道をまかなっている水源に油が混入し、広い範囲で断水するかも!?」となった事件があった。結局断水はしなかったのだがとにかく県の動きが遅く、22時から断水するのにその情報が出たのが18時過ぎだった。
馳は石川県出身ではないし県内にいないことも多いっぽい。山野は自分が石川県出身者であることもかなりアピールしていたので、そのへんも効いたのかもしれない。馳が富山出身なので、ネイティブ金沢民が「富山の田舎もんに石川の首長をやらせておけるか」と思った可能性もなくはない。
震災復興はまだらに進むものであり、「復興した」と「復興してない」はどちらも正しくどちらも正しくない。能登の方が取り沙汰されることが多いが金沢に近い内灘あたりも液状化被害がひどい。新幹線のルートは決まらないし加賀の方も寂れてきている場所は多い。金沢駅前の一等地はかれこれ5年以上更地になっている。
山野は山野で教科書の採択とか思想が怪しいみたいな話もあるので、次に自民が馳よりマシな候補を立てることができたり、山野がすごいやらかしをしたりしたら4年後もどうなるかわからない感じである。
市長選と市議補選も同時に行われた。市長は現職が再選した(知事に比べると影が薄いが、特に変なこともしていないので)のだが、なぜか立候補してきた旧統一教会の前会長に5000票も入っているし市議は参政党の候補に5万票近く入って当選している。どういうことだよ。
今日は、今から28年くらい前、私が20歳のときにゲーム会社の面接を受けた話をしたいと思います。
結局その会社には落ちてしまい、働くことはありませんでした。でも、とても印象に残っている面接でした。
当時面接を受けたのは、ゲームクリエイターの飯島さんが立ち上げた「パンドラボックス」という会社です。
飯島さんは、X68000などのPCゲームが流行っていた時代に『ラストハルマゲドン』や『ブライ』といった名作を手がけた方です。
一方で、のちに「伝説級のクソゲー」と言われる作品を出したことでも知られています。
なぜこの面接が印象に残っているかというと、面接会場で社長がいきなり怒り出したからです。
応募者が会場に集められ、社長が話をしていました。その中で、
「君たち、うち(パンドラボックス)のゲームをやったことがある人、手を挙げて」
と聞いたんです。
ところが、ほとんど誰も手を挙げなかった。
それを見た社長が、かなりショックを受けた様子で怒り出したんです。
気持ちは分からなくもありません。自分の会社のゲームを知らない人ばかりが面接に来ている。
でも、そこで怒るのではなく、「現実はこうなんだ」と受け止める場面だったのではないか、と当時20歳の私は感じました。
ちなみに正直に言うと、私自身もそんなに真剣ではありませんでした。
「ゲーム業界で働けたらいいな」くらいの軽い気持ちで応募していました。
面接は、社長室のような部屋で行われました。椅子が並べられ、順番を待つ形式です。
社長の机の後ろにはゲーム雑誌がずらりと並び、机にも雑誌が積まれていました。
そして社長は、面接の合間に自分の机にどっかり座って雑誌を読んでいるんです。
一方で、社員の方々はスーツ姿で緊張しながら応募者に付き添い、業界の話やゲームの話を丁寧にしてくれていました。
社員と応募者は緊張して向き合っている。
登山をテーマにしたゲームで、社員の方がとても誇らしそうに紹介してくれたのを覚えています。
その姿は印象的でした。
社長の怒りよりも、社員のワクワクした表情のほうが心に残っています。
面接が終わった帰り道、同じく面接に来ていた女性と少し仲良くなり、一緒にゲームセンターに寄りました。
格闘ゲームを少し遊び、「今あなた手を抜いたでしょ?」なんて軽いやり取りをしたのも、若い頃の思い出です。
この面接で覚えているのは、
そのくらいです。
週刊少年ジャンプ作品などを中心に、漫画・アニメの出版・映像、企画・編集を手がける編集プロダクション (株)樹想社ってところです。
そこも落ちましたが、こちらはとても良い思い出として残っています。
私は応募動機に「自分が作りたい本がある。ぜひ出させてほしい」と、かなり大きなことを書いてしまいました。今思えば、実力もないのにビッグマウスでした。
それが社長の目に留まり、「一度話を聞きたい」と呼ばれたのです。
「うちはアニメの本も出しているが、実際の仕事は少年誌のミニコーナーや読者ページの編集が中心になる。
と聞かれました。
私は「何でもやります」と答えましたが、正直、夢を見ていた部分もありました。
「あなたが出したい本って、具体的にどんな本ですか?」と聞かれました。
私はうまく答えられませんでした。口だけだったんです。
でも話題が変わり、私がその会社の出しているアニメ本をほとんど持っていることが分かると、急に場が和みました。
「これはどうだった?」「どこが面白かった?」と聞いてきました。
ボトムズの話で盛り上がり、好きなエピソードについて語り合いました。
もちろん不採用でした。
「今回は見送ることになったが、あなたと話した時間はとても楽しかった。あなたの目の輝きが印象に残っている。将来、何かを成し遂げる可能性を感じた」
そんな内容でした。
忙しい社長が、20歳の無名の若者に直筆で手紙を書いてくれた。それが、今でも忘れられません。
あのとき私は未熟でした。
実力もなく、夢ばかり語っていました。
今、自分が年を重ねて思うのは、
「若者の可能性を軽く扱わない大人でありたい」ということです。
実力がなくても、まだ形になっていなくても、その目の輝きは本物かもしれない。
あの手紙は、今でも私の中に残っている教訓です。