はてなキーワード: 有罪とは
仮に一切黙秘したとしても、他の証拠で有罪を立証できるような捜査体制を作れというわけよ。
そのために、司法解剖や科学捜査や目撃者の聞き込みなど、いろいろやるわけでしょ。
これが本来あるべき姿だ。
ただ、それをするにはカネがかかるから自白偏重になっているように思う。
でもそれって捜査機関としての怠慢だよね。
https://www.akita-u.ac.jp/honbu/lab/vol_21.html
日本の解剖率が約10%なのに対し、海外での解剖率は英国やオーストラリアで40~50%、北欧では70%~80%といわれており、日本の解剖率ひいては死因究明率の低さが伺えます。
Mimi Yanagi事件は、Vtuberというネット上の表現の自由の問題だけではない。自分で描いた絵で逮捕されたということも大きな問題。
あまり指摘されてないが、人体のデッサン練習でも、後で服を描くつもりで描いた下書きの裸でも、イギリスでは逮捕されることになったということ。
報道がないのは確かだが、とりあえずこれは理由にはならなそうだな。
「新しいアカウント」ってのは逮捕原因の画像(orそのURL)を投稿していたのと別のアカウントってことで、いつ作ったかは関係なく、認可されたのなら以前から持っていた予備のアカウントでも良かっただけ――で説明できるだろ。
Mimi Yanagi氏について、英語圏では掲示板を中心に以下のような様々な情報が流れているようです。
ただこれらは現状、裏の取れた信頼のおける情報ではなく、日本で言うところの「2chの噂」ぐらいに聞いておくのが良さそうです。
曰く
1.本名をJordan Williamsという。
5.Mimi氏の「自分の絵」はネットで恐らく無名の絵師に依頼したもの
これらはMimi氏の悪い意味での「正体」として流通しているようです。
が、日本の反応は英語圏の感覚とは大きくずれるかも知れません。以下、予想される「日本人の反応」とその理由について海外の方に解説させていただきます。
トランスジェンダーに対して、大抵の日本人は非常に寛容です(最も敵対的なのはTERF系フェミニスト、次にリベラルの一種として雑に嫌悪する人々や頑迷な保守派です)。
女性風Vtuberの正体が男性トランスジェンダーであったことは、仮に事実であったとしても「電磁的に女装しているだけで彼らの自由だろう」というのが多くの理性的な日本人の感想だと思います。
またトランスであるなしにかかわらず、女性風のモデルを使っているVtuberが男性であることは、直ちに「ユーザーを騙していた」という悪印象を意味しません。男性の声を隠さず女性風モデルを用いているVtuberもいます。
日本では数十年前から、現代のVtuberのように、自身が悪魔であるという設定を(一番組内ではなく常に)視聴者と共有しながらTVで人気を博していた芸能人がいました。「デーモン閣下」というタレントです。
そうした、真実でない設定をそうと知りつつ視聴者と共有するという「ゲーム」に対して、日本人は寛容です。
共産主義者であることも別にそれ自体は自由で、嫌いな人はもちろんいますが決定打となるほどではありません。
強いて言えば、実際にはある性嗜好を持っている人物が、それを隠すためにその性嗜好を日頃非難していた(あるいはそのような集団に属していた)場合には批判されます。BBCのプロデューサーが性的虐待者であったという事実に対する日本人の反応はこの種のものです。
そして日本の共産主義政党は、現在かなりあからさまに「萌え」「オタク」文化に敵対的なので、この点で悪印象を持つ人は一定数いるでしょう。
またMimi氏が現実の児童に対する関心を持つ小児性愛者であるという情報は、真実であればセンシティブではあります。
しかし日本人は、実在児童への加害に及ぶのでない限り、心の中での性的嗜好を断罪することについて謙抑的であると思います。
Mimi氏の絵について
日本法において「児童ポルノ」は現実の児童を用いて製作されているかが問題であり、そうでないアニメ絵はいかに際どかろうと特殊な(そして気味悪がられている)性嗜好を表現していようと、日本ではそもそも児童ポルノに含まれていません。そして、Mimi氏の件で英国警察を批判した日本人の多くがその基準を支持しています。
したがって、Mimi氏の絵がどんなものかについての情報には「思ったよりきわどいな。でもだから何?」程度の反応が主流となるでしょう。
Mimi氏の言う「自分の絵」が自作でなかったという点について(であれば未だに絵師が不明なのはなぜか、本当は自作だったのではないかという疑問は、私自身持っています)は、騙されていた!と思う人がいるかもしれません。
しかしもともとの英文において”her artwork”は日本人にとって「彼女が描いた絵」「彼女を描いた絵」「彼女が所有する絵」のどれにも訳しうるものだったので、これが直ちにMimi氏の評価が「嘘つきだった」と反転させるほどのものとは思われません。
以上をまとめると、巷間流れている情報は日本の、特に表現規制問題に関心ある層にとっては、Mimi Yanagi事件の「未確認の細部」であって、全体的な評価をひっくり返すほどのものはなく、まだ静観の対象であるということになると思います。
んで、草津の時みたいにまた間違ってたら「私たち騙されただけですぅ~、私たちが被害者なんですぅ~」って言うつもりなんですか?
@FlowerDemoOsaka
その通りで、日本では「草津事件」で、男性町長をレイプ事件で告発した女性議員が、その事件が完全に虚偽であったことが証明され虚偽告訴で有罪になったにもかかわらず、執行猶予がついています。
BLは無罪に値しない、あらゆる創作物が有罪の咎を負わないように|Xeby
例の声明から早くも四日、SNS上に波及した論争は鎮火する兆しがない。
むしろ反発する一部の腐女子が見事に口を滑らせては怒涛の突っ込みが入る状態で、勢いが増すばかりに思える。
例の声明における私見や腐女子を取り巻く加害性については以前に縷述したため、再び長々と記載することは控える。
この場では現在SNS上で交わされているBL言論についての持論を、なるべく簡明に記述しようと思う。
QA形式で。
Q.BLとは性的消費ですか?A.はい。女性による架空ゲイ男性への性的消費です この大前提を様々な欺瞞を用いて誤魔化そうとする腐女子に告ぐ、メロだの何だの言い換えようが“性的描写”を“消費”してるなら性的消費だ。 第一ポリコレが浸透する前の腐女子は「シコい」「抜ける」「えちえち」等のオタク男性が用いる発情表明語を擦り倒していたではないか。 道徳的チキ
日本社会では、「BL無罪」という主張が性的表現をめぐる議論の中心となっています。女性主導のボーイズラブ(BL)市場が巨大化する一方で、そこに存在する性別による明確なダブルスタンダードは、深刻な人権問題を生み出しています。
この問題の本質は、BL愛好者側のアカウントから日常的に発信される発言に、はっきりと表れています。以下に典型的な主張を取り上げていきます。
この論理は非常にシンプルです。消費者の性別だけで判断を下しています。女性が消費するBLは「完全なファンタジーだから無罪」とされ、男性の性的嗜好は「現実の搾取に結びつきやすいから有罪」と位置づけられます。刑法上の「未必の故意」の有無すら、性別という属性で一方的に決めつけているのです。
ここでは「女性=構造的弱者・被害者」というステレオタイプを前提に、女性の男性モノ化(BL)を「抵抗行為」として正当化しています。一方で男性の性的表現は「強者による搾取」とみなされ、道徳的価値が性別で二分されています。
さらに、ゲイ当事者に対する直接的な無視を正当化する発言も少なくありません。
この発言は、ゲイの現実の経験や多様性を単なる「娯楽」の対象として消費することを肯定し、当事者の批判を「女性の主体性」として肯定的に評価する姿勢を示しています。
こうした発言の根底には、BL愛好者による性別を理由とした差別の内面化があります。彼らは「女性=弱者=被害者」という固定観念を無批判に受け入れ、自分の性的欲望を「抵抗」や「自由」として聖域化します。
ここに甘えの構造が見て取れます。「ゲイは男性だから性的消費されてもよい」という傲慢な論理です。ゲイ男性は「男性」という属性でひとくくりにし、女性の性的ファンタジーの対象として消費しても問題ないと位置づける一方で、「女性は被害者だから主体性を尊重しなければならない」と主張します。
弱い立場の男性マイノリティに対する配慮を欠いた、典型的な二重基準と言えます。数においても市場規模においても圧倒的なBL愛好者が、より弱い立場の声を圧殺しているのです。
現実のゲイ男性の多様性(年齢・体型・生活の苦悩など)を無視したイケメン中心のファンタジー消費が、マイノリティの自己表象空間を奪っているという批判です。
しかしBL愛好者側は、これを「ほっといてください! 女の欲望の自由だ!」という性別を盾にした言葉で、30年以上にわたって黙殺し続けてきました。
権力者による脆弱な少年の搾取構造を知りながら、それに加担し、声を上げた被害者を集団で誹謗中傷する「ジャニーズ信者」の存在は、日本最大の性加害組織の存続を可能にした要因でした。「女性=被害者」というステレオタイプが優先され、男性マイノリティの苦痛は無視され、「二次加害」とみなす点が共通しています。
このような価値観は、自由主義と根本的に相容れません。自由主義の核心は、個人の尊厳と法の下の平等(日本国憲法第14条)を、性別に関係なく保障することにあります。「自分の性的欲望のみに道徳的優位性を認める」主張は、生まれ持った性別で道徳的価値を二分する属性差別です。表現の自由(憲法21条)も、人権も、性別というフィルターで恣意的に扱われることになり、理念は形骸化します。特定のものの権利のみが「人権」として保護されるに至っているとさえ評価できるでしょう。
BL市場の野放図な拡大によりゲイ向け媒体が衰退し、当事者の声が希薄化している現状は、こうしたダブルスタンダードがもたらした結果です。
性別という属性で他者の尊厳を踏みにじる論理が、当たり前のように語られている——それが「BL無罪」が引き起こす人権問題の本質です。
大雑把search/サーチ2やないかい!61点。
トランプ政権のせいで治安が死ぬほど悪化して司法があっぷあっぷになってしまった近未来のアメリカはついに裁判をAIに任せることに。それから2年後、18件のAI裁判が執り行われ犯罪率は65%抑制され大成功。そんなある日、主人公のクリス・プラットが目が覚めるとなんとAI裁判所の椅子に拘束されていた。90分で自分の有罪確率を80%まで下げないとその場で死刑されるこのマーシー制度。妻殺しの罪に問われたクリプラとAI検事による真相究明が始まる。
みたいな感じの話。
クリプラ主演の時点で違うだろうとは思いつつ、まぁなんか昨今のAIによる情報侵略による私刑へのニヒリズム的な作品かなーってちょっと思って見てたんだけど普通の雑に作られたハリウッドのエンタメ映画だった。
設定自体はちょっと面白くて、未来なのでほとんどのデジタル機器がAIに接続されているのでAI裁判中はAI検事の権限によって他人のデバイスの情報やSNSなどが見放題になる。またAI検事の権力でデバイスに通話をかけ証言させることができる。そこからその犯行当時や前後の情報を拾い上げて犯行の全貌を絞り込んでいくことができる。また無実自体を証明する必要はなくて有罪であると合理的に判断できる割合を80%まで下げればとりあえずの死刑は免れる。
なので、クリプラはAI検事と協力しながら様々なデバイス、SNSの情報を拾い上げ相棒の警官に連絡を取りながら捜査も並行で進めつつ犯人の絞り込みを行っていく。という、ミステリ仕立てになっている。
クリプラが疑われたのは当日にクリプラの嫁がクリプラの酒を勝手に捨てたことにブチ切れて家を襲撃したから。犯人は週末のBBQに遊びに来てそこで帰ったふりをして家の中に潜んでいたので当日に家に外部から侵入した形跡がなかったのだ!
クリプラが第一容疑者としてマーシー制度にかけられるようにするの偶然に頼りすぎじゃない?
たまたま2日後にクリプラがブチ切れてたからよかったけど、ず~っとなんかいい感じのタイミングないな~ってなってたら1週間とか2週間とか潜伏してたんだろうか。そしてその間ずっと仕事休んでたんだろうか。う~ん、そんなわけなくない?
で、途中から妻の会社で薬品が盗まれていたことがメインになり、その犯人が盗んだ薬剤で超巨大爆弾を作っていたことが発覚し、その犯人が実はクリプラがマーシー制度に最初にぶち込んで死刑にした犯人の兄弟だったことが発覚し、これは俺への復讐だったんだ!彼は俺を罠にハメ、娘を誘拐してAI裁判所にトラック爆弾で突っ込もうとしている!となる。
え、ネットワーク上の情報を利用して証拠を探して逆転裁判ごっこする話じゃないのこれ?
で、ド派手なカーチェイスやって結局トラックは裁判所に突っ込んできて、クリスと犯人はご対面。クリスはAI検事と協力して犯人を油断させ肉弾戦で取り押さえ制圧。しかし真犯人が主張する通り、マーシー制度にかけられた彼の兄弟は警察によって証拠改竄されていたのだった!ということが分かって終了。
で、結局、マーシー制度で死刑にされた犯人の兄弟はやってたの?やってなかったの?作中のAI検事風に言うなら「警察が証拠を隠滅したことが事実だとしてそれは彼の兄弟が犯行を犯していない決定的な証拠にはなり得ません」ってことだと思うんだけど。気になるわぁ。
AI検事もなんかめっちゃクリスに肩入れして助言とかケア労働してくるし、なんか絶妙に表情豊かでどんな設計されてるねんって感じだし、あらゆる情報にアクセスできても90分は明らかに短すぎるし、なんかすぐ都合良く「その端末は接続されていません」って言い出すし、クリスに有利な証拠が出てくるとなんかすぐ調子悪くなるし、そもそも2年で18件しか処理されてないのに犯罪率そんな下がるか?って思うし、死刑第一号も「犯行当時、兄弟と電話で話していたが、その電話を警察に隠滅された」ことで死刑になったんだけど当然容疑者はそれを証言したはずだし、そうなったら電話がなくても兄弟にその確認をしてその兄弟の携帯からその証明は可能だったはずだし。
デバイスやSNSをハックして断片を繋ぎ合わせて大きな真相を明らかにする。そしてカメラ付き連絡機を使って外部の協力者と連絡を取り合って捜査を指示するっていうのはこないだ見たサーチ2とほぼ同設定だったけど、こっちはAIによる強制開示って言うより強く情報を集められる設定なのに話はよりスカスカなのはイカンともしがたい。
後、19件目にして初の死刑未執行になったわけだけど、周囲の人間のデバイスもSNSも見放題チャンネルの後に開放するのってプライバシー的にどうなんだ。俺だったら警察と連携して自分が無罪な決定的な証拠を隠匿して逮捕されて90分間で関係者のSNSやサイトをハックしまくって情報たんまりとって無罪を勝ち取るビジネスを立ち上げる。
そんなことも想定されてなかったん?
まぁ、そんな感じかな。
クリプラ主演のお気楽SFミステリアクションと考えれば何も考えずにふーん面白かったぁで済ますこともできると思うんだけど、こんなに面白そうな設定を作っといてやることがそれっていうのはやや肩透かし感はぬぐえないかな。まぁ、90分時間潰せる映画見たい人には十二分にオススメ。AI裁判!という言葉に過剰な期待をしてしまいそうな人は覚悟して見るように。
必ず、かの邪智暴虐の輩に物申すと決意した。
というわけで、ですね
竹田君
子宮摘出手術での注意過誤
これらの話題を通してここ1,2週間くらいずっとTwitterで医者と弁護士界隈が大喧嘩していますね
お互いに罵倒のようなものから冷静に意見を言おうとするものから色々と
まぁみててしんどい
しんどいし、思うこともあるのでいろいろ言いたい、というか自分のTwitterアカウントでも少し言及はしましたが
私のアカウントはあくまでもプライベートやゲームについてつぶやく用であり、長々とご高説を垂れるためのものではなく、
とはいえこのまま飲み込むには腹の虫がおさまらないと感じたので好き勝手書き散らかせるこの場をお借りしようと思った次第でございます。
自身の感情の吐き出し先として思うことを言うだけなので一部話が飛んだりまとまっていない場合があります。
メロスに少し代弁してもらいましたが、私自身はただの一般人で、法律家でもなければ医者でもないです。
つまりただのド素人です。ついでにいえば院卒のわりに鬱で倒れてキャリアをダメにしたので30手前にしてはまだ社会にでたてで金も彼女も資格もない弱者男性です。
ここに記載することがすべて正しいという意味ではなく、素人から見て今彼らがしている議論…のようなものを見て思ったことを書きます。
ここまでご理解いただいたうえで続きを読んでいければと思います。
簡単な時系順に起きたこと、思ったことをまとめていきます(当初はこんなに延焼すると思ってなかったので正確には覚えてないですし調べる気もないです)
この大喧嘩が始まったきっかけは間違いなく、裁判官マップがきっかけにあると思います。
大まかな理解としては、いわゆる口コミによる評価は直接的な評価にはつながらないので何書かれてても問題ない
という判決に基づいて、それなら裁判官も口コミによる批評にさらされても問題ないよな!と開設されたサイトであると理解しています。
このサイトについて、弁護士の方たちがTwitterでやりすぎでは?こんなことしてどうするの?と、裁判官を擁護するツイートがきっかけでしょう。
これに対し、多くの医者の方たちが、俺たちは昔からこんなかんじの理不尽な批評にさらされているのだからお前らも当然耐えられるよなぁ!と反駁することで開戦の火蓋が切られました。
そもそもの背景として、長らく医療は司法の下すトンデモ判決により、善良な医者が訴訟にまけ、莫大な慰謝料を払わされたり、職を辞さなければならないという状況にあり、
医療裁判で負けないために多くの対策をしてきてみたものの、どれも正当に効力があるわけではなく、その結果として不必要で過剰なまでの検査検査検査で現場が疲弊していました。
同意書を書かせてもダメ、患者の意向に沿ってもダメ、きちんと説明しても理解できてなかったらダメ。
これは介護業界にも近しいものがありますね。夜間に認知症で徘徊して一人でこけて骨折したらなぜか施設が訴えられ、しょうがないから出れないように拘束すれば人権侵害だと訴えられる。
そして司法側に、じゃぁ具体的にどうすればいいのだと聞いても具体的な基準は返ってきません。個々のケースに拠ると。
このようなダブルバインドで司法は医療に対して長年圧力をかけていました。実際、これは私が小学生中学生の頃にすでに問題視されており、子供心ながらにおかしくないか?
と思っていたのでもう10年20年はこのような状況だったと思います。
このような司法からの圧力は当然ながら裁判官側にはありません。それなのに少し批評の嵐にさらされるだけでやめてくれと訴えてくるのは軟弱すぎるだろう
それからは弁護士によるよくわからない擁護が続いてましたね、このような批評にさらされると判決に影響が出るかもしれないなんて意見が出てて笑ってしまった記憶があります。
そもそもどうして裁判官を擁護するのが弁護士だったのかが理解に苦しみますがこの辺りはあれですかね?
裁判官が攻撃される=司法崩壊の危機!みたいな感じだったんですかね?そもそも既にちゃんと機能してるか怪しくありません?
まるで自分たちが攻撃されているかのように擁護している方が散見されて不思議に思いました。
このころは特に医者からの医療への強い主張はなく、ただ司法にその批判にもさらされず責任も取らなくていい特権階級から降りてこいという趣旨しかなかったと思います。
せん妄事件で裁判官が冤罪を産み出し、お子さんを間接的に殺害した責任をとっていないという記憶が新しい中、自分たちだけが昔から一方的に結果に対して責任を取らされていたことへの皮肉でしょう。
長くなりましたが、この頃はまだ自分も考えがまとまってなくてただひたすらに論点のぼけた主張をする弁護士達が多くてこんなんで本業は大丈夫なのか?と心配してました。
ただまぁ同時に負けそうな議論はひたすら論点をずらす、ぼかすで曖昧にすることで負けないようにするというのもひとつの手法なのかなとかも思ったりしました。
ここから1週間くらいすると、裁判官マップの是非ではなく何故司法は医療裁判でトンデモ判決をだして責任をとらないのか という議題にシフトしていき、
完全な医療ミスなどほとんどないのに有罪をだす司法は何様のつもりだもう少しまともになれゴミ
という医療と、
医者の言う過失と私たちの過失は意味が違うのに誤解する医者が悪いに決まってるだろ
という司法による罵りあいになり、そんな中、子宮摘出手術時のミスで1600万円の支払いを命じられた事件と
小児心臓外科医が手術した先天性の疾患をもつ子が術後なくなってしまったことに対する訴訟が発生してもう大変なことに
小児の心臓外科医なんて神に訴訟してやってくれなくなったらどうするんだ!という医療サイドと
属性だけで訴訟するなとはどういうことだ!特権階級をよこせというのか!?という司法サイドで現在絶賛大バトル中。という感じでしょうか
この辺りから弁護士のツイートをいくつか見てて思ったことをつらつらと書かせてもらいます。
医者側もそれは無茶だろって思ったりすることはありますが概ね彼らの言ってることはわからんでもないって感じだったので
全体的な話でもあり、前述した話でもありますがまずどうにも弁護士先生方の論点がずれていることの多いこと多いこと
そのずれた話に医者も反論するのでどんどん話が意味不明な方向にとっちらかって
私の頭の中より話がとっ散らかってるんじゃなかろうか
医師と弁護士で大きく認識が食い違っていると思えることが3つあって
・特異的な例外的な状況だったことが明らかなとき、どこまで適切に罪状を減らす(増やす)かを議論する
というものです。これなら自身に落ち度がないなら安心して裁判をうけれると思うんですよね
あなた方が全力でやっている、依頼人の利益を最大化するために理屈をこねくり回して現実的ではない解釈を作り出すということは求められていません。
あまりにも弁護というのは依頼人の主張を無理筋でも通そうとすること というツイートが多くてびっくりしました。
それは事実ではなく、事実もとに展開した私たちの弁論(ストーリー)を元に判断しろということで、あまりにも事実を蔑ろにしていて傲慢だなと感じました。
そもそも被告原告が引き起こした事実ではなくお互いの弁護人や検察が生み出した物語で勝負するのであればその判決結果は物語を産み出した弁護人や検察に責任が帰属しそうなものです
これは雑談ですが法学部って一般教養で実験実習とかやらないんでしたっけ?
実験レポートの解析で主観マシマシお気持ち満載のレポート書いたら怒られません?
お気持ちを重視するならそれは法治国家ではなく情治国家と名乗った方がいい。
裁判官への批評一つで判決が変わるかもしれないらしいし、もうそうなっているのかもしれない
手術というのはガチャです。
それは執刀医がとかミスるかどうかとかではなく、手術後無事に回復できるか自体がガチャであるということです。
ガチャの内容は快復だったり合併症を引き起こすなどなどいろいろあると思いますが医者が手術をすることそのもの
を通して単発でガチャを引け、その結果に応じた状態を患者は入手できると。
患者の状態や手術の難易度に応じて中身の確率は変わりますが、所謂SSR確定券というのは存在しません
なので確実に手術が成功して快復するという保証はできないんですよね
この状態でのミスというのは別のガチャを引くとか、ガチャ結果を別の人に渡すとか意図的にガチャの内容を変えるとか
そういうのをミスというのであってガチャの結果が悪かったから訴えるというのは筋が通らないというのはおわかりいただけるでしょうか。
もっというなら、成功率が低いガチャなんて引きたくないのですよ。
でも引けるのは自分たちしかいないし、引かなかったら死んでしまう。
だから人助けのつもりで引くのも大変なガチャを回す。しかし結果が悪ければ訴訟される。
裁判官も弁護士も裁判結果が出た後にくじを引いて当たりだったら裁判結果と同等の罰を受ける
あまりにも法の下に活動している私たちが正義で医者はおろかである。
弁護士というのは基本的に弱者の味方として巨悪である権力のあるものに立ち向かうもの
というように扱われていますが別に弱者が常に正しいわけじゃないですよね?
スポーツの試合で負けるのは勝った側が違反してるからだ とか思っているのでしょうか
正々堂々戦ったのにズルしてる!といわれて不快にならない人がいるのでしょうか
長くなりましたがようするにですね、
弱者の代弁者として噛みつくのは大切です。がそれは相手に何も落ち度がなかった場合、
ただひたすらに現場の足を引っ張っているだけ。という事実は認識されていらっしゃりますでしょうか
別にやるなとはいいませんが膨大な時間を奪われることやそもそもの社会的な信頼を失うことによる損失は保証されているようには思いません
これはシンプルに疑問なのですが、例えば手術が間に合わなくて病状が悪化したとき、執刀医あるいは担当科が医療訴訟を抱えており、
そのせいで全体の手術の件数が減っていた場合はその医療訴訟してる患者と弁護士は責任とってくれるんですかね?
あるいは医療訴訟が原因で近くに手術できる病院がなくなっていた場合、遡ってでもその医療訴訟起こした人を訴えられるんですかね
別に責任とってくれとまでは思わないですがそのあたりの影響考えずにできるのは無責任でお気楽ですねとは思ってしまいます。
個人の利益を重視しすぎた結果社会が回らなくなることを本末転倒というのではないでしょうか
あと気になったのは裁判沙汰になっているということに対する社会的な影響に対して少し無自覚過ぎませんか?
小児心臓外科医が訴えられた件、まだ報道が出ただけで何もしてないのにかばいだてするな
という意見が数多く出ているように見えましたし、実際事実だけならそうなのでしょうけど
それなら原告の弁護士だってすぐに名前と所属と声明を出すべきじゃないですかねぇ?
そもそも小児の心臓なんてからあげ1個分とかのサイズなんじゃないの???
数ミリどころか0.数ミリで結果変わる世界だろ!そんな世界の過失ってなんだ
書類作ってる際のタイプミスや裁判中一瞬でもつっかえたらもう弁護過誤として扱うならまぁしょうがないかってなるけど
とにかく、詳しい声明が最初の報道時にあればそれだけでも話変わるよねぇ?
ここから決着がつくまで、あの病院で心臓手術を受けること自体にリスクが発生します
小児の心臓病なんて決着がつくまで手術を延期できるわけもないでしょうに
そもそも新任の医者がきてくれるかもわかりません。今いる医者も異動してしまうかもしれません
患者が生きてるならね
移民問題、ハンターの猟銃、せん妄事件、ループやら自転車の問題等々
直近の話だけでもこんなに滅茶苦茶やってるのに司法が絶対的に正しいと思えるのは何故なんでしょうか
司法がきちんと機能していない状況で疑問を持たれるのは当然であり、それに対して法がルールなのだから従えと盲目的に高圧的にでれるのは面白いなと思っています
もっと面白かったのが法律が悪いというなら医師会から立法に働きかけてみては?という提案
なんで?弁護士だって司法関係者でしょ?法律の専門家なのに法律について改良するための動きは何一つできないの?
医者って法律に関しては素人のはずなんだけど素人に手伝ってもらわないとアクション起こせないならもう少し医者側に理解を示しなさいよ
そもそもただでさえ多忙な医者にさらに仕事を悪気無く押し付けようとするの、人の心がなさすぎる
弁護士としての仕事の後に夜勤ボランティアでもしてくれるのでしょうか
馬鹿の一つ覚えみたいに医者の考え方がおかしいっていう前に自分たちの信奉する法が現実に即しているかくらい考えられないものですかね
ルールに則ってるだけで悪くないというのなら歴史上のの悪法について学んでみてはいかがでしょうか
制定されている法が完璧である保証はどこにあるのでしょうか。ついでに裁判官の公平性はどのように担保しているのでしょうか
一般人からしたらむしろ司法の方が自分たちだけの言葉の使い方で一般人を締め出してそのルールの中で良し悪しを決めているように見えますし、それってまさしく貴族政治の振舞では?と思ってしまう
こんな感じでTwitterで暴れまわってる司法関係者たちが自分たちの特権に無自覚的なまま医者をボコボコに好き勝手叩いているのは見ていて気持ちが良いものではないですよねってフラストレーションがすごかったよってお話
あ、忘れてほしくないのですが、これだけボロクソに言っていますがちゃんとしている弁護士の先生方がいるのは認識しています。
ただシンプルに彼らって死ぬほど忙しくて連絡してもド深夜だったり翌日にやっと連絡が返ってくる感じなので当然Twitterなんてしてる暇ないのですよね
なのでTwitterにしょっちゅう流れてくる人のレベルは推して知るべしという話ではあるのですが
あまりにも目に余るので何か言ってやらないと気が済まなかったというか...
今回の一連の話を通じて、日本には客観的事実に即した司法判断を下す場所が存在しないというのがよくわかりまして、正直若干絶望しています。
旭日旗(きょくじつき)は、日本では古来の「日の出・繁栄」の伝統意匠であり、海上自衛隊の自衛艦旗として国際的に認められた平和的シンボルです。しかし韓国では2011年のAFCアジアカップ準決勝(キ・ソンヨン選手のゴールパフォーマンスと「旭日旗を見て涙が出た」という釈明)をきっかけに、「전범기(戦犯旗)」として急激に政治化されました。以降、スポーツ会場や文化イベントで繰り返し問題視され、韓国メディアや政治がこれを「軍国日本」の象徴として攻撃する構図が定着しています。
この過剰な執着は、単なる日韓感情の対立を超えて、韓国民主主義そのものの危機を象徴しています。背景にあるのは「被害者意識ナショナリズム(희생자의식 민족주의=victimhood nationalism)」です。これは、後続世代が先代の被害経験(植民地支配や戦争の記憶)を「世襲」し、それを現在の民族主義に道徳的正当性と政治的免罪符として利用する現象を指します。韓国社会はこの枠組みに強く依存し、事実の多角的探究や自らの加害者側面を直視しにくくなっています。以下で、その危機の本質と、再構築の必要性を論じます。
被害者意識ナショナリズムは、韓国政治を「被害者意識の強さ+北朝鮮融和度」の軸で分極化させています。文在寅・李在明政権のような進歩系では歴史問題を「民族正義」として政治利用し、保守派や現実的日韓改善論者を「親日派(친일파)」とレッテル貼りして弾圧する構造が繰り返されます。
歴史研究の阻害が象徴的です。朴裕河(パク・ユハ)教授の『帝国の慰安婦』(2013年)は、慰安婦問題の複雑性を資料に基づき指摘しただけで名誉毀損訴訟を受け、長年の裁判で研究活動が制限されました。李栄薫(イ・ヨンフン)元ソウル大教授の『反日種族主義』(2019年)も、植民地期の経済統計を基にした事実指摘に対し、メディア・世論から「親日売国」の猛攻撃を受けました。これらは、異論を「反民族的」と排除する自己検閲を生み、民主主義の核心である言論の自由と多元性を損なっています。
さらに深刻なのは加害者認識の欠如です。ベトナム戦争(1965〜1973年)で韓国はのべ32万人以上を派兵し、民間人虐殺(フォンニィ・フォンニャット事件などで推定5,000〜9,000人以上)が確認されています。市民運動と2023年の司法判決でようやく政府責任が一部認定されましたが、保守派の否定と被害者意識の壁が厚く、公式謝罪は未だ不十分です。この「被害者だけ」の二元論は、民主主義の自己修正機能を麻痺させています。
韓国側の歴史修正勢力(正義連=旧挺対協を中心とするNGO、進歩系政権)は、国連人権理事会(UNHRC)、CEDAW、UNESCO「世界の記憶」登録などで慰安婦・強制労働問題を繰り返し提起します。これ自体は人権活動として正当化されますが、問題は権威主義国家との組織的繋がりです。
正義連は北朝鮮の統一戦線工作部・文化交流局と協力関係にあり、尹美香(ユン・ミヒャン)前代表の周辺には北朝鮮工作員との接触歴(夫・金三石のスパイ有罪など)が複数指摘されています。中国の統一戦線工作部(UFWD)ともUNESCO共同ロビーで連携し、反日プロパガンダを相互利用しています。これらの工作は、日韓離間と被害者意識の国際固定化を狙い、韓国開放社会のNGOネットワークを「非対称的ツール」として活用する典型です。
結果、韓国国内では「国際社会も認めている正義」という構図が強化され、国内のバランス派批判(임지현教授ら)が「親日派」として抑圧されやすくなります。これは民主主義の質的低下を招き、外部勢力による分断工作を容易にしています。
日本のメディア、特に左派系(朝日新聞など)は、この工作に対して自覚度が低いままです。尹美香の寄付金不正事件は報じますが、北朝鮮工作機関との連携や中国UFWDとの関係はほとんど触れられません。一方、保守系メディア(産経新聞など)は構造を詳細に指摘しています。この選択的報道は、韓国側の被害者ナラティブを日本国内で増幅し、結果として韓国民主主義の自己省察を間接的に阻害します。
日本の左派勢力との呼応(国連ロビーでの共同活動やメディア報道)は、韓国進歩派に「日本内部にも味方がいる」という安心感を与え、歴史問題の政治利用を助長します。これが韓国民主主義の分極化を悪循環させ、長期的に両国関係の健全性を損なう副作用を生んでいます。
韓国社会は今、転換点に立っています。임지현教授が提唱する「記憶の連帯(remembrance solidarity)」——被害者の痛みを認めつつ、自らの罪も受け入れる包括的な記憶——や、李栄薫教授らの事実ベースの歴史再構築は、まさにこの危機への処方箋です。ベトナム戦争の市民運動や司法進展も、加害者認識を深める重要な試みです。
旭日旗問題は、単なる旗のデザイン論争ではありません。それは韓国が「被害者意識ナショナリズム」の罠から脱し、痛みも罪も直視した成熟した民族アイデンティティを再構築できるかどうかの試金石です。感情論を超えた事実探究と自己省察こそが、真の民主主義健全性と日韓の未来志向的和解を実現します。
韓国知識人たちが既に始めているこの試みを、日本側も無自覚な呼応ではなく、冷静な事実検証で支えることが求められています。旭日旗が映すのは、隣国の危機であり、同時に両国が共有すべき「成熟への課題」なのです。
よく教師って社会に出たことない世間知らずって批判されたりするだろ?学校出てそのまま学校に戻ってくるから。
でも法曹界も同じなんだよ。
いや、それ以上に法曹界だけでしか生きてこなかった連中なんだよね。
なんせ文系の最高峰といえる難易度なんだから子供の頃からみっちり勉強しなきゃいけない。
似たような学校で似たような勉強して似たように進学して法曹界に入ってきてる。だからみんな顔なじみなんだよあの界隈は。
外から入ってくることもほぼ無いし、子供の頃からずーっと似たようなのだけでつるんでる。
理系最高峰の医者も似たようなもんだけど、一つ違うのは「裁くのも身内」ってところ。そりゃあ顔なじみを有罪にしたくないよね。身内には優しくしときたいよね。評価するのも身内なんだし。
もっとくだけて言うと、「あの人が言っていたので、私はそうしました。」だけですべてを回してる。
これまでずっと「あの人が言ってたから」でやってきて、自分の判断に責任を持たなかったから滅茶苦茶なことやってたんだよ。
「この裁判の結果が人の人生にどんな影響与えるかなんて知りません。わたしはあの人が言ってたことに従って判断しただけなので。なのでわたしに言われても知りません。」
でも「裁判官マップ」ができて、自分の判断が自分の責任になると気づいて今さら慌ててる。
自分の仕事が自分の責任になるなんて、社会に出てたら当たり前のことにいまさら気づいて慌ててるんだよ?
これを世間知らずと言わなくてなにを言うの?