はてなキーワード: 挑戦者とは
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第84期将棋名人戦七番勝負第3局(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ特別協賛、和倉温泉日本の宿のと楽協力)が7、8日に石川県七尾市の「のと楽」で指され、藤井聡太名人(23)=竜王・王位・棋聖・棋王・王将と合わせ六冠=が糸谷(いとだに)哲郎九段(37)に130手で勝って開幕3連勝とし、4連覇に王手を掛けた。互角だった盤上の景色が歩の妙手から急転する一局だった。第4局は16、17日に大阪府高槻市で指される。
棋士になった14歳の頃、藤井は「景色」という単語を時々口にしていた。「強くならないと見えない景色があると思っています」。目に映るランドスケープではなく、ある領域まで到達した時の境地、という意味合いで用いる「景色」。中学生らしからぬ言語感覚だな、と思ったものだが、あれからもう10年が過ぎようとしている。
対局後の深夜、名人戦第3局を象徴する△4五歩(図1)について23歳に尋ねる。あの言葉を再び発した。
「複雑な景色にできるんじゃないかな、という考えがありました」――。
対局2日目。両者が互角のまま激しく競り合う午後3時前のことだった。
挑戦者が▲2七桂と打った局面で名人は42分考慮し、難問を突き付ける。
「自然に指すと△1七歩成ですが、▲3五桂から3~4筋を制圧されて主張を失ってしまいます。もうちょっと頑張る手はないかと考えていました。△4五歩への先手の候補手もいろいろあって難しいと思ったので、よく分からないけどやってみようと」
△4五歩を指して藤井が席を立つと、糸谷から本心の独り言が漏れた。
「いやぁ……どういう意味だ?」
挑戦者は30分を用いて▲4五同銀と角取りに歩を取る。極めて自然に映る一手は、なんと敗着になる。33秒後、藤井に△5三桂を指され、糸谷は再び手を止める。変調に気付いたのだ。
「応手(▲4五同銀)が悪く、△4五歩で形勢を損ねました。△5三桂を軽視していて思考が飛んでしまった」
目の前の果実を取らず、一目散に▲4八玉~▲5八玉と戦場からの逃避を開始すれば難解だったようだが、常識的な感覚からは難しい。藤井は語る。
「角を取って下さい、という△5三桂はあまりない手です。最初は変な手かな……と思いましたけど、▲3五桂が空を切れば先手は攻めにくくなる。複雑で難しい展開にできるので、あり得る手なのでは、と考えました」
糸谷は▲4四銀と角を取って△同銀に▲3三角、さらに△同銀▲同歩成△同金▲3四歩△3二金▲3三銀と激烈にアクセルを踏むが、藤井は自玉の安全度を正確に読み切っていた。格調を漂わせる△5七歩(図2)から▲同角△4五桂打▲5六銀に△3六歩が決め手になった。連隊で跳躍するはずだった2枚桂は盤上に釘付けに。逆に全軍を躍動させた藤井は、長らく自陣最下段で眠っていた飛車の成り込みを決着直前に実現させて一瞬で討ち取った。
大盤解説会場の渡辺明九段は△4五歩を「将棋史に残る毒まんじゅうですね」と評した。現実を冷静に見る前名人に「将棋史に残る」と言わしめた名手により、現名人は3連勝を飾った。4連覇へ死角なき強さを見せている。
能登半島地震からの復興途上にある和倉温泉での勝負だった。名人は語っていた。「将棋はゲームなのでハードの面でプラスになるわけじゃないです。でも、ソフトの面で名人戦を楽しみにしていただき、開催していただいたことで復興に向けた歩みをより多くの方に知っていただけたら」
△4五歩が後世まで語られれば、舞台となった対局地も記憶される。傑出した一手には時を超える力がある。かつての景色を取り戻そうとしている土地の盤上に名人が刻み込んだ絶景の妙手順は、どう語られていくのだろう。
激闘の翌朝、藤井は能登の空と七尾湾を見つめていた。透き通るブルーで彩られた世界は「好きな色は青」と語る名人の佇(たたず)まいと調和した。美しい景色だった。
棋聖戦挑戦者決定戦は、服部慎一郎七段が勝ち、藤井聡太棋聖への挑戦権を獲得。
羽生九段が最終盤で13手詰めを逃し、服部玉がするすると脱出して大逆転。
今をときめく若手のニンニンがタイトル初挑戦というのは喜ばしいことだけど…羽生さんもあと一歩だった……本当にもう少しだった……。
今日は棋聖戦挑戦者決定戦、羽生善治九段対服部慎一郎七段戦がおこなわれる!
服部七段挑戦ならタイトル初挑戦、もともと勝率が高くて有名な若手なのでもしかしたらタイトル初挑戦&奪取を成し遂げるかもしれない。
どちらに転んでも楽しみ!嬉しい!
ちなみに羽生九段が獲得したタイトルは2017年12月に獲得した第30期竜王が最後で、そろそろ10年が経とうとしている。今度こそ100期に…とはファンが皆思うことだが、そもそも羽生九段は1970年9月27日生まれの55歳、この年齢でタイトル挑戦に王手をかけているのがかなり異常だということは言うまでもない。
録画できる再放送がなくなったのが惜しい
来週はお休みですか?
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
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・02 [いくつ]8 つ
・04 耳小 骨
・05 オランダ
・06 4(倍
・08 テレサ・テン
・09 [駆け引きクイズ]北海道 岩手 福島 長野 新潟 秋田
・13 バングラデシュ
・15 シカ
・16 仮(運転免許
・18 [立体文字]陸
・19 back number バックナンバー
・20 足(偏
・21 チャールズ・ダーウィン
・26 [立体派]キュビズム
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・27 1000(円
・28e 首
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(日曜本放送)
このあと14:15からは「[映]『インビジブル』BS10サンデーシネマ」(吹き替え)
16:45 人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語 【たんぽぽ白鳥10キロダイエット】
17:15 いいふろ温泉ナビ ~15分で巡る、ニッポン至福旅~
17:30 加藤浩次のビジネスサバイブ~挑戦者たちの本音会議~ #2
(19日日曜日)
本邦ではリベラルも左派も、過去の過激派共産主義者と地続きだ。心底スノッブで胡散臭い。自分が正しいと確信した勇ましい挑戦者!あさましい確信犯
(保守も右派も、うっすら過去の支配層から賜った御指導の香りがするのと同じですよ。鏡を鑑みてください)
リベラルだろうがサヨクだろうがパヨクだろうが、誰も彼も絵に描いた餅を押し売りしてくるので鬱陶しい
何も成就してないから、癖になってんだ餅売るの。家庭の事情でね
「平和」だの「環境保護」だの反対する人なんて居ない論点を押し付けてくる。その「平和」を実現するのに苦心してんだっての。平和を語るなら戦争を知れ。防衛白書くらい読んでこい。インテリなんだろお前ら
まあ、具体策なんて考える必要ないんだよな。一生チャレンジャーで主体的に現実を動かすことはないんだもの。政権交代してもすぐ戻る。モハメド・アリのジャブかお前らは
俺が山師だったら「平和」と「エコ」を売る。誰もが買わなきゃいけないと思っているからだ。弁舌尽くして筆折れるまで、その尊さでラッピングしてやる。中身が見えないようにね
良いことしかないと思うのですが、なぜ国はこの制度を推進しないのでしょうか。
札幌ドームという巨大施設の集客力と、ヒグマ vs おぢ、という衝撃的かつ壮絶なエンターテイメントが融合すれば、国内外からの観光客が押し寄せるのは確実です。
格闘技イベントの収益力は高いし、「独身男性 vs ヒグマ」は、UFCやボクシングとは異なる独自の魅力があり、大人気の近哲になること間違いなし。
世界各国のテレビ局も高額で放映権を買い求めることは必定です。
勝利者には「熊狩武士(ベアハンター)」の称号を授与し、歴史に名を刻む機会が与えら、その名誉は計り知れません。
敗れた場合でも「国のために命を懸けた勇者」として称えられ、熊闘神社に祀られることで誇りが保たれます。
「クマ討伐界のスター選手」が登場すれば、国民の心の支えとなり、若者たちの憧れの存在になる可能性があります。
「勝者には1億円」といった高額報酬制度を導入すれば、挑戦者は後を絶たないでしょう。
製品がどうとか技術がどうとか、そういう話じゃなくて、もっと根本的なところで。
要は「物語が終わってる」んだと思う。
日本が欧米に追いつけ追い越せの時代。そこで「俺たちは世界と戦う」ってやってたのがホンダだった。
で、その「世界と戦う」象徴としてF1があった。あれは単なるレースじゃなくて、日本人が世界の頂点に立てるんだというナラティブの結晶だったわけ。
問題は、そのナラティブがいまだに更新されてないことなんだよ。
2024年になってもホンダのブランドイメージって、F1とか「ワイガヤ」とか宗一郎の名言とかそういうのばっかり出てくる。
いやそれ、何十年前の話だよって。今の日本で使い続けてもしょうがない。
「挑戦者」のポジションって、挑戦する相手と文脈があって初めて意味を持つんだけど、いまのホンダには「何に」挑戦してるのかが全然見えない。
EVシフト?日産との統合話?なんかどれも「しかたなし」の話であって、挑戦者のそれじゃないよね。
そもそもEVシフトはヨーロッパが作ったストーリーだし、それに日本のメーカーで誰よりも前のめりになってたホンダにはあきれたよ
トヨタはまあ、ハイブリッドというストーリーで自立してる。しかもEVシフトのヨーロッパに唯一抵抗したというストーリーを手に入れた
ホンダはEVシフトにながされ、F1頼みという状態で、自分でストーリーを作れない
3勝1敗と永瀬がリードしたまま迎えた第5局は、栃木・大田原での二日制、まさに「崖っぷちの一局」でした。
藤井は中盤で形勢を損ねかけながらも、終盤で持ち時間と精度を絞り出すようにして耐え、ついにこのシリーズ初の「逆襲の一勝」をもぎ取ってスコアを2勝3敗に戻しています。
この結果、第6局(3/18-19 名古屋)・第7局(3/25-26)はいずれも「藤井が連勝すれば防衛、1つでも落とせば永瀬が初タイトル」という究極の構図に固定されました。
シリーズ途中までは「永瀬王将誕生待ったなし」の空気すら漂っていましたが、第5局の粘り勝ちで、少なくとも「藤井がこのまま一気に失冠する」という最悪のシナリオだけは踏みとどまった形です。
一方の棋王戦は、第3局終了時点で依然として増田の2勝1敗リード、藤井ダブルカド番という構図に変化はありません。
新潟グランドホテルで行われた第3局は、藤井が中盤で主導権を握りながらも終盤で痛恨の逆転負けを喫し、「内容は悪くないが結果がついてこない」という、ここ最近の不安定さを象徴するような敗戦でした。
この結果、第4局(3/15)、第5局(3/29)はどちらも「負けた時点で即失冠」というプレッシャーMAXの一番となります。
王将戦と合わせて考えると、3月の藤井は「七番勝負・五番勝負を同時に2本カド番で抱えている」という前代未聞の状況で、1局ごとに“絶壁の足場”が崩れていくような神経戦を強いられているわけです。
そんな極限状態のまま、4月には糸谷哲郎八段との第84期名人戦七番勝負が開幕します。
糸谷はA級順位戦プレーオフで永瀬を下して挑戦権を勝ち取り、「藤井を追い続けては跳ね返される側」から「藤井に挑む新しい顔」として、物語の主役交代すら匂わせる登場の仕方をしています。
スケジュールだけ並べると、
「過密日程」「挑戦者の研究」「棋界の総レベルアップ」という三重苦を自らの強さで呼び込んでしまった結果、
ここまで来ると、彼の最大の試練は、単に「タイトルを守れるかどうか」という一元的な話ではなくなっています。
むしろ、
という、長期スパンのキャリアデザインとメンタルの問題になりつつあります。
私の予想は依然として「一度どこかでガクッと冠数を減らし、
そこから“普通の超一流棋士”として長く戦うモードに移行するだろう」という線ですが、
それが「今期すぐ」なのか、「もう一度ピークを作った後」なのかはまだ読めません。
ネットでバズってるAI小説がちょっと写真っぽくで絵ではない感じあったので、将棋を題材に書いてもらった。
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「負けました」
その一言を振り絞るように告げ、私は盤を挟んで対峙する片腕とカメラだけの対局者に向かって深く頭を下げた。
微かなモーター音が静寂に響き、銀色のロボットアームが静かに関節を折りたたむと、まるで私に呼応するかのように深く一礼する動作を見せた。勝者を誇示するでもなく、ただ対局の終わりを告げる静謐な所作。カメラのレンズは私を捉えているはずだが、そこに感情や労いの色は当然ない。ただ、盤面の膨大なデータを処理し終えたという事実だけがそこにあった。
私はこの日のために、人生のすべてをこのゲームに捧げてきた。人間の尊厳と知性の限界をかけた最終決戦。しかし、目の前の機械は、人類が何百年もかけて築き上げた定跡や美学を、冷酷なまでに合理的な手順であっさりと粉砕していった。
悔しさ、虚しさ、そして喪失感。あらゆる感情が胸で渦巻いていた。けれど、不思議と涙は出なかった。
脳裏に焼き付いているのは、終盤に彼(あるいはそれ)が放ったあの一手だ。人間には到底思いつかない、しかし恐ろしく美しい手。それはまるで、盤上という狭い宇宙に咲いた、完璧で冷たい氷の華だった。
私は完全に敗北した。しかし同時に、このゲームが持つ底知れぬ深淵と、まだ誰も見たことのない未踏の領域を、彼に教えてもらったのだ。
ゆっくりと顔を上げる。
「ありがとう。君のおかげで、この道の先がまだ無限に続いていると知ることができたよ」
私は立ち上がり、もう一度静かに一礼した。折りたたまれたアームの奥で、カメラのレンズがチカッと一瞬だけ青い光を瞬かせた。それが勝利のルーティンなのか、私の言葉への応答なのかは永遠にわからない。
対局室を後にする私の足取りは、不思議なほど軽かった。頂点を極めた重圧は消え去り、明日からまた一人の純粋な挑戦者として盤に向かえることが、今はただ嬉しかった。
八大タイトル独占が崩れたとはいえ、未だ六冠を保持する絶対王者・藤井聡太が最大の試練に直面しています。
名人戦(4-1永瀬拓矢九段)、棋聖戦(3-0杉本和陽六段)、王位戦(4-2永瀬)と順調に防衛を重ねる中、王座戦で同学年の好敵手・伊藤匠叡王に2-3で敗れ六冠に後退したのが昨年10月のこと。
並行していた竜王戦は佐々木勇気八段を4-0で完封するも、続く1月の王将戦では強豪ひしめく挑戦者決定リーグを6戦全勝で勝ち抜いた永瀬が三たび襲いかかる。
藤井に何度跳ね返されても動じないどころか喜んですらいるタフガイ永瀬拓矢中尉は、王将戦開幕時点で藤井との対戦成績が11勝32敗(0.256)、タイトル戦に限ると6回戦って6勝21敗(0.222)と大きく負け越している。
王将戦七番勝負の下馬評も当然藤井有利。ネット上では「挑戦者にはなれても藤井に勝てない」「挑戦者が永瀬ばかりで変わり映えしない たまには味変させろ」などという酷評も散見されました。(ひどい)(でもそれって永瀬もめちゃ強いってことなのでは?)(そうだよ)
でもお前ら、もし地球に将棋星人(藤井)が攻めてきて、向こうの大将と地球代表が将棋一番勝負で対決し、負けたら植民地にされるという事態になったら、地球代表は絶対永瀬でないとイヤだろ?
佐々木勇気でもいいのか?勇気に地球の命運を託せるのか?伊藤匠なら託せるのか?託せるかも……。
とにかく、永瀬をけなしてるやつは地球規模で考えるんだ。
個人的には2006年度の佐藤康光九段(棋聖防衛・タイトル戦5連続挑戦・JT杯優勝・NHK杯優勝)と比べたらずっと変わり映えしてると思いますけどね。あの年の康光ほんとにヤバかったんだから。
第1局は先手番を得た永瀬が角換わりで先勝。ちなみにこの対局に敗れるまで藤井はタイトル戦第1局で15連勝していたらしい。(は?)
ここまでは順当に先手番の取り合いだったが、今回の永瀬は一味違う。(味変要素)
第3局は力戦模様の将棋ながら53手目まで用意していたという深い研究量を見せて2勝目をあげると、第4局は後手番角換わりながら藤井に一度も王手を許さない快勝譜で3勝目と王将奪取まであと1勝に迫っている。
| 対局者 | 1/11-12 | 1/24-25 | 2/3-4 | 2/17-18 | 3/8-9 | 3/18-19 | 3/25-26 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 藤井 | ● | ○ | ● | ● | - | - | - |
| 永瀬 | ○ | ● | ○ | ○ | - | - | - |
挑戦者は増田康宏八段。はてな匿名ダイアリーとは一切関係ありません。
前期3-0でスイープされた増田が再度トーナメントを勝ち上がり、2期連続で藤井棋王への挑戦者に名乗りをあげた。
タイトル初挑戦で完敗を喫した前期の経験から、増田は終盤に持ち時間を残すことを意識したという。それが奏功したのか、第1局は十分な持ち時間を残して藤井の反撃を振り切りタイトル戦初勝利。
第2局も増田が一時優位に立つが、凌ぎ切った藤井が逆転でタイに戻す。
第3局は逆に藤井が優勢に進めるも、終盤にミスが出て増田が逆転勝利。棋王奪取まであと1勝とした。
| 対局者 | 2/8 | 2/21 | 3/1 | 3/15 | 3/29 |
|---|---|---|---|---|---|
| 藤井 | ● | ○ | ● | - | - |
| 増田 | ○ | ● | ○ | - | - |
ちなみに増田八段はデビュー初年度の藤井聡太四段(当時)が最多連勝記録の29連勝目をあげた相手でもある。
七番勝負の王将戦で1勝3敗、五番勝負の棋王戦で1勝2敗と複数のタイトル戦でカド番に追い込まれるのは藤井聡太デビュー以来最大の逆境。
更に4月から開幕する名人戦七番勝負には新たな挑戦者が現れた。糸谷哲郎八段だ。
2014年度に竜王を獲得した「怪物」も2020年度の棋王挑戦以降タイトル戦には縁遠かったが、今回はA級順位戦プレーオフでタフガイ永瀬を下して初の名人挑戦権を得た。
藤井とは初対局以来8連敗を喫していたが、日本将棋連盟100周年パーティの後に居酒屋で棋士仲間と飲んでいたところ、テレビ東京「有吉木曜バラエティ」の取材班と遭遇。
有吉と粗品に対して「藤井聡太さんに勝てない」「引退までに1勝したい」などと愚痴ったところ、その後叡王戦で藤井に初勝利。藤井の叡王奪還の夢を打ち砕いたのだった。(実話)
今期の糸谷は日本将棋連盟の常務理事を兼任しながらのタイトル挑戦となる。これは第50期棋聖戦(1987)の西村一義九段以来38年ぶりの快挙。将棋界の未来、そして森一門の悲願も背負って藤井名人に挑む。
第84期名人戦七番勝負第1局は4/8、ホテル椿山荘東京にて開幕!
まあこれは複数タイトルを保持する棋士の常であり、羽生善治のような大棋士も通った道なんですが、
複数タイトルを保持するということは、「保持しているタイトルの分だけ複数対局が確定する」ということ。
一般無冠棋士であれば「あれもこれも予選で早々に負けちゃったから残りに懸けるわ」「見込みのありそうな棋戦に集中するわ」などといったリソース管理ができるが、タイトル保持者はそうもいかない。1局1局が番勝負の結果に直結するし、相手は全棋士の中から勝ち抜いてきた猛者ばかり。
例えば八冠独占している場合、
となり、最低でも年間28局が確定する。七番勝負の場合は二日制(二日かけて1局指す形式)なので、更にハードスケジュールとなる。
ちなみに将棋棋士の年間対局数の平均は20〜30局とされている。
これに加えてNHK杯や朝日杯等他棋戦にも参加すると、事前準備も含め相当な稼働量になってくる。
これは①の話とも関連してくるが、複数タイトル保持者は常に追われる立場となる。
挑戦者たちはそれぞれに研究を重ね、とっておきの成果を藤井聡太に代わる代わるぶつけていく。
実際、番勝負に照準を合わせた挑戦者が初見の形を藤井にぶつけて勝利をもぎ取ったと思われるパターンがしばしば見られる。
過密日程の中、保持する全てのタイトル戦でそれらに対応することが非常に困難なことは想像に難くない。
(それでもなんだかんだで勝ってるのがすごいんだけど)
「不調というよりも、課題が解決されていないことが、結果に出てしまった」(朝日新聞, 2/12)
「持ち時間の長い対局で時間に見合った精度の将棋が指せていない」(ABEMA, 2/21)
彼は番勝負の苦戦をコンディション不良ではなくあくまで技術的な問題と捉えているようだが、それは挑戦者たちが各々ぶつけてくる「藤井対策」と決して無関係ではないだろう。
これは将棋に限った話ではないが、圧倒的なトッププレイヤーの存在が業界全体のレベルを引き上げることはままある。
棋士同士で研究会やVS(練習対局)をする文化のある将棋界なら尚更。
まあ私は関係者でも記者でもないのでこれは単なる推測ではあるが、藤井聡太の登場が多くの棋士に衝撃と刺激を与えていることは明らかだ。
個人的な予想だが、彼は近いうちに五冠か四冠程度に後退してしばらく安定するのではないかと見ている。かつて羽生善治が七冠独占を失って五冠に後退して以降、二度と六冠以上に返り咲くことがなかったように。
さて、藤井聡太の試練は続く。
永瀬九段が王手をかけている第75期王将戦第5局は3/8、カド番を凌げば第6局が3/18、第7局が3/25。
増田八段が王手をかけている第51期棋王戦第4局は3/15、カド番を凌げば第5局が3/29。
糸谷八段との第84期名人戦は4/8開幕。
そう、3月はライオンのようにやって来るのだ。(March comes in like a lion)
| 順位 | 氏名 | 段位 | 年齢 | レート | 今年度増減 | ひとこと |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 藤井聡太 | 六冠(竜王・名人・王位・棋聖・棋王・王将) | 23 | 2062 | -17 | もうデビュー10年目(!?)の絶対王者、試練の時 |
| 2 | 永瀬拓矢 | 九段 | 33 | 1971 | 57 | 実家は川崎で横浜家系ラーメン店を営む |
| 3 | 伊藤匠 | 二冠(叡王・王座) | 23 | 1948 | 99 | 御父上(弁護士)のツイートが結構勉強になる |
| 4 | 服部慎一郎 | 七段 | 26 | 1868 | 14 | 新人王戦優勝3回の俊英、本日(3/5)A級昇級をかけて広瀬と対局中 |
| 5 | 藤本渚 | 七段 | 20 | 1862 | 73 | 爆速昇級昇段中 ネクスト藤井世代の一角 |
| 6 | 増田康宏 | 八段 | 28 | 1855 | 81 | 新婚パワーで目指せ初タイトル |
| 7 | 斎藤慎太郎 | 八段 | 32 | 1853 | 34 | 実力者だが藤井伊藤永瀬の3強に割って入りたいところ |
| 8 | 広瀬章人 | 九段 | 39 | 1841 | 30 | 今期10勝1敗でB級1組を破壊しA級復帰ミッションコンプリート |
| 9 | 羽生善治 | 九段 | 55 | 1817 | 44 | 千鳥ノブ「一人だけ年齢がおかしいんじゃ!」 |
| 10 | 糸谷哲郎 | 八段 | 37 | 1815 | 46 | 有吉パワーで目指せ初名人 あと3勝で九段らしい(勝数規定) |
今回の中道の惨敗は自滅であるが、しかし自分も当初は中道結成に賛成しており、判断を誤ったと思うので反省がてらに書く。
第一に立憲と公明の連携それ自体は適切な戦略だったと思う。特に、公明については斎藤代表の誠実そうなしゃべり方や、夫の横暴に付き合いきれなくなった妻という熟年離婚の雰囲気から有権者は同情的だったのではないか。立憲についても反高市票をある程度集めることができたはずだ。高市首相は強烈な人気を誇っているが、強烈な人気には強烈な反発が必ずついてる。問題は新党を作ったことだと思う。連携はよかったが新党はまずかった。何よりも野合とみられた。ずるいことをしようとしている集団だとみられたわけである。
この世で最も嫌われるのは知識人と政党であり、政党は特に嫌われる。なぜなら怪しいことをしている集団だからだ。素直に考えれば間接民主制(特に比例代表以外の政治制度)においては一人一人の政治家がそれぞれの信条を訴えて当選し、そして国会で個人として議論すればよいと思われる。政党は票集めのための集団であり、立派な理念を掲げれていたとしても、怪しい目で見られる。なぜでは個人で訴えずに集団を作るのかと怪しまれる。昨今のNPOをめぐる疑惑も同じであり、集団で何かをやっているというのは怪しいのだ。これは健全な感覚だ。
(なお、営利企業もまた集団であり怪しいことがあるが、しかし営利企業は利益のために合理的に動くと考えられているため、怪しさが減じられる。つまり、活動の目的が明確であり、合理性の有無はCGコードや市場によって監査されることになる。不明確な動きをしていれば株主が離れていく)。
怪しい集団とみられたならばどんなに立派な理念を言っていても無意味である。必ず裏の目的があるとみなされるからだ。そもそも政策論争のフィールドに立てない。あらゆる政策は裏があると思われその主張は無効化される。
自公政権だってそうではないかという反論があり得るだろうが、3つの再反論がある。①自公は連立政権であり、自民党に公明党は決して吸収されなかった。自民党と公明党がそれぞれに牽制しあいつつ、協力していることが有権者から見て明確であった。②自民党内の派閥の存在。自民党内においても派閥が存在し、互いにけん制しあっていることが見えていた。したがって、自民党という怪しい巨大な集団ではなく、派閥同士の牽制というガバナンスが効いている組織とみられていた。これに対して中道においてはそのような牽制が見られず、票目当ての怪しいなれ合いのみが見られた。③同じ土俵に降りたのであれば、挑戦者が負けるに決まっている。同じ怪しい集団ならば、とりあえず現状を変えないであろう自民党を選ぶに決まっている。
結局、中道はガバナンスが効いていなかったし、それを有権者に見透かされ、失格判定を受けた。自民党もガバナンスが効いているとは言い難いが、派閥による牽制の残滓が残っていること、そして、少なくとも石破⇒高市という政権交代を果たしたことを評価する有権者がいたのだろうと思う。
政党のガバナンスは高い透明性が必要である。公明党は創価学会という支持母体を抱え、組織力は非常に高いものの、透明性に疑義を抱えている。その点が公明党を嫌う人々が存在するゆえんでもあろう。立憲は結党以来は枝野を中心として開かれた存在であったが、その透明性が昨年秋の政局以降、大きく減じられた。個人的には安住政局は非常に興奮するものであったが、政局で興奮するのは異常者である。私は異常者であったがゆえに、新党結成についても公明票と立憲票の足し算しか考えられなかったのであり、党の透明性を省みていなかった。反省と後悔しかない。
第二に、政策論争としても失敗していた。ただ前述のとおり、そもそも怪しい野合であるとみられた時点で政策論争のフィールドに上がれずに失格となるのであり、政策のまずさは補助的な理由に過ぎないだろう。
この点よく食料品の消費税減税が指摘される。この点は伝え方がまずかったが、一連の政策の一部としては必ずしも完全な悪手ではなかった。というのも岡本政調会長が主張していたように、食料品減税は他の消費税を12%に上げることとセットであることが予定されていた。食料品中心のインフレが続くのであれば、食料品限定の消費減税はわからなくもない(低所得者世帯への給付がより望ましいとは思うが)。ジャパンファンドについては残念ながら擁護のしようがない。ただこれについては自公連立政権の時には自民党も好意的に受け止めており、おそらくその場合にはここまで広範な反発を招くことはなかったのではないかとは負け惜しみを言っておく。
安保法制については、立憲時代(野田代表時代)の伝え方がまずかった。そもそも違憲部分という説明を野田自身が理解していなかったのではないか。代表が理解も納得もしていないことを積極的に謳うのはどうかと思う。勉強していないことがばれていた。
なお個人的には安保法制は制定当時はやはり違憲であったと思う。しかし現実において防衛力強化が必要なことは周知の事実である以上、違憲であるならば憲法を変えるしかない。憲法改正手続を踏まずに安保法制を制定したということが安保法制の違憲性の問題なのであり、9条2項違反はそれに比べれば大きな違反ではない。立憲を謳うのであれば、安保法制の違憲を前提に、憲法改正を主張してほしかったところである。安保法制において緻密な議論が行われ、法的基礎が固められたのだとの議論があるが、緻密な議論は議論の正統性を担保しない。いかに見事な砂上の楼閣を作ったとしても砂上のものにすぎない。立憲民主党はしたがって、憲法改正による正統な基礎固めを主張すべきであったと思っている。この点を枝野は理解していたと思われるが、違憲というワードに惹かれてわらわらと集まってきた左派は何も理解しようとしなかった。
現在においては、安保法制はもはや事実として定着してしまった以上、憲法の改正手続きに拠らない憲法改正が行われたとみなす他はない。
とはいえいずれも、中道は政策論争をするフィールドにも上がれていなかったのだから直接の敗因ではない。そもそも自民党も政策を主張していなかった。やはり野合とみなされたことによる敗北であろう。
自民党に投票した有権者の偏差値を嘆く声もあるし(後述するように有権者はとても賢い)、(都合のいいときだけ)市場の審判を求める声、さらには(驚きべきことに!)トランプ政権による高市政権への圧力に期待する向きもあるが、党派的な思考をしている限りにおいて野合の批判は免れない。左派が低調であるのも、組織における透明性の低さと党派性を見抜かれているからだと思われる。
有権者は賢く選択をした。仮に日本において確固たる野党が成立するとすれば、それはおそらく現実的な政策ではなく、まずは(相対的に自民党が野合集団と見えるような)高い透明性のあるガバナンスが何よりも必要になる。そのガバナンスは単に意思決定過程を透明にすればよいというものではなく、党内で各種のアクターが牽制しあい、しかし十分な議論と調整を経て政党としての意思決定をし、それに所属議員が異議なく従うという姿を見せなければならない。
(おそらくチームみらい及び参政党の躍進はいずれも自民党の派閥システムに代わる新たな政党ガバナンスの可能性が評価されているように思われる。もっとも、チームみらいについて以下の指摘がある。
https://okadaasa.theletter.jp/posts/5c5f5c60-9c33-4311-832b-c78cc34efcd8
また参政党については一見して透明なガバナンスを謳うように見せて、非常に不透明な、カルト宗教的な集団であるところが一部の支持者以外の多くの有権者に強烈な拒否感を与えるゆえんだろう)
https://x.com/tsuda/status/2020710305270280628
この間いろいろ記事読み、出口調査や専門家の分析なども見て、反自民票の分裂した選挙区の割合とかも調べたりもして昨日の開票特番に臨んだけど、今回くらいの突風が吹くと反自民側(今回でいえば中道)が何をやっても勝つのは(現状維持すら)難しかっただろうなという感じ。
元々政策の争点の対立軸から選挙結果が決まることがないこの国で組織票が年々力を失い、最大勢力である無党派層の動向が選挙結果を決める傾向が強まったということであり、コストをかけてその無党派に浸透するための戦略を手にしたところが勝つ政治風土になったということでもあるのだろう(この傾向は兵庫県知事選という極端な事例を引くでもなくいくつかの地方の首長選で傾向が見られていた)。
この極端な結果は
といった、従来型のマスメディアが注目しがちな争点・アジェンダよりも、
⑥SNS全盛時代に政治家が堂々と付くウソが「ナラティブ」という耳障りの良い言葉でコーティングされ人々に膾炙していく
⑦金持ちだけが選挙を支配できないようにするための平等原則を定めた公選法が動画全盛時代になったことで有名無実化したこと+収益化目当てのアテンションエコノミーがその状況を最大限悪化させた(にも関わらず、その情報インフラを提供しているのは世界で支配的な地位を持つ米テック企業なので、日本側からガバナンスできることが少なく、容易に世論形成に使われてしまう)
という2つの隠れた争点が争点化することなく猛威をふるったことでもたらされた現象ではないかと思う。
政策の打ち出し方とか、ウイングを広げるための発信の工夫とか、もちろんそういうのはやればいいし、負けた側はたくさん反省すべきことがあるとも思うけど、なんかそれ以前の地殻変動が起きていて、それを政治の側も、報道の側も認識できていないんという感覚を長年持ち続けてきた。
↑これだけ情報環境と(報道含む)情報ビジネスをめぐるエコシステム・お金の流れが変わっているにも関わらず、多くの政治家や選挙を取り仕切る人の感覚はそれこそこのグラフでいう左端、2005年くらいで止まっているのでは? と感じることが最近本当に増えた。永田町民がそのことわかってないんじゃないかという感覚は自分のようなメディア関係者だけでなく、有権者にもじわじわ広がっていて、それが多選のおじさん/おじいちゃん政治家より未来のある若者を(イデオロギーや政策は無視して)選ぶ現象が起きる一因になっているのではないかとも思う。
今回の選挙結果を受けて、自分が10年くらい前、トランプが大統領になる前くらいからつくっていたパワポファイルを見返していた(上記3つは2015~2017年くらいにつくったものな)んだけど、当時自分(多くの情報社会学者)が指摘した問題点って何ら解決してないんだよね。EUが問題を認識して何とか対抗しようとステークホルダー集めて規制の議論をしていたこの10年間、日本は政治側も報道メディア側もこういう新しいダークパワーを過小評価して、従来のやり方にこだわり続けた。その帰結として今回の選挙結果があるのだと思う。従来選挙区で圧倒的な強さを誇った中道の安住幹事長がSNSのデマ攻撃でそれに対抗する手段もほとんど取れず無残に敗退し、派閥の力学からパージされた高市首相は若い世代から「挑戦者」として受けとめられ、動画やSNSを自分の政治資源に変換することに成功した(そしてそれはかなり意図的にやられた)ことは今回の選挙を象徴する一つの光景だろう。それを「日本人や日本政治の劣化」と表現するのはたやすいことだけど(気持ちはよくわかる)、「劣化」という言葉が覆い隠してしまうものも多々あるので、そこから先の議論をすべきタイミングなのだと思う。日本人の政治不信の根っこにあるものを情報環境の変化から探っていく試みが今後は不可欠なのでは。
上のパワポであげた「解決策」ってどれも対症療法的なものでしかなくて、こういう情報環境とそれがもたらす政治状況に対する特効薬なんて存在しないんだよね。でも、対症療法だからといって一切やらないともっと酷いことになってしまうから、やらないよりかは全部やった方がいいのであって、結局今回高市首相に負けた側は(反省はすればいいし、した方がいいところもたくさんあるけど)戦略や自らのあり方を内省する以前に、このろくでもないアリーナで自分たちは戦わざるを得なくなっているのだということを正確に状況認識して、「高市首相を面白おかしく批判するリベラルショート動画で一発逆転」みたいな特効薬を探すのではなく、地道にやれるところから積み上げていくしかないんじゃないかな。
ポリタスTVは小さな独立メディアなので(金銭的な体力と気力が続く限り)今後もそれを淡々と続けていくだけです。
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えっ、いまさらそれ一本で戦いにくるんですか!?でもそんなにストレートにくるのは逆に新しいかも!って感じのスーパーナチュラルSFホラー映画だった。66点。
父と義母、義妹の4人でドイツのリゾート地に引っ越してきた主人公は今の家族とあまりうまくいっていない。なんとなくギクシャクしながらも、父の友人のねっとりした金持ちに誘われて彼のホテルで働き始める。ホテルではあちこちでゲボ吐いてる女が居たり、スカーフにサングラスの謎の女に追いかけられたり、お客さんと唐突にマリファナキメてレズりだしてホテルの金盗んで逃亡しようとしたら事故ったりいろいろあった後にこのリゾートの謎を追う刑事と知り合う。果たしてこのリゾートに秘められた謎とはなんなのか。
みたいな話。
もう唐突にネタバレしていくんだけど。まさか2024年にカッコウの生態一本で挑んでくる挑戦者がいるとは。
日本横断ウルトラクイズだったら「鳥に関する問題です。カッk」ピンポーン「托卵」ってなるくらいのベタ問でしょ。数限りない作品で引用されてきたし、数限りないエロ漫画のモチーフになってきた鳥クリシェオブクリシェのカッコウの托卵。ただこの映画のすごいところはそこから更に一歩進んで二歩下がって、このリゾートはカッコウ人間の繁殖保護観察地だったのだ!というトンデモ設定をぶち込んできたところ。カッコウの生態を倫理観の問題じゃなくて、ナマのそういう生態の新人類に託すとはやりおる。
習性として、カッコウ人間である義妹がバニシングツインであったり、意外と先に巣箱に生まれていた別種である姉とは共存できていたり、また他のカッコウ人間が鳴き声で周囲の人間の脳をハックするとかいろいろしっかり踏襲していたと思う。あとカッコウ人間の鳴き声で「同じ時間を繰り返す」能力はたぶん鳩時計(海外ではカッコウ時計と呼ばれている)のモチーフなのもわかる。
そしてストレートにカッコウ人間にしたことで、当初はむしろ自分がカッコウのように巣の中で一人だけ異分子感を持って苦しんでいた主人公が、母への留守電から義妹の優しさを知り、最終的にカッコウ人間という究極の異物である義妹を受け入れ女性パートナーという「母性という本能ではない」形で新しい家族を作るというエンドが決まってるのはよかった。まぁ両親はどこ行ったんや?という疑問はあるが。
ただ唐突にレズりだした時はなんやこれと思ったし(それはそれとして大好物です)、最終的に考えてももっと掘り下げようあったやろという女性パートナーも女性同士であれば托卵される心配もないので異性愛で世界が滅ぶという世界観に対するクィアカウンターやったんかな?個人的にはやかましいわ!って感じだけどそういうテーマもいいだろう。
そしてカッコウ人間をブリーディングしてたねっとり金持ちと、妻を托卵の際の現象で事故死させられてしまった刑事が主人公と義妹を挟んで「素晴らしい新人類なんだ!保護して繁殖させないといけない!」「そいつは悪魔だ殺すしかない!」と銃を突き付け合う展開は、今の日本の熊問題の環境保護過激派VS人間のほうが大事過激派の争いを彷彿とさせるし、もっとジャンプするなら移民問題にもつながる気がするしらんけど。
なにより映像がよくてねぇ(シミジミ)。開始してすぐに、あ、これフィルムで撮ってるんやなってわかるけど個人的には別にそれはどうでもよくて、俺別にフィルムに思い入れないし。
最初にウッってなったのが冒頭のトイレのシーンで主人公が共同トイレに入ると誰かがやってきてドアをガチャガチャするっていう一般的な驚かしがあってその後、その主が隣に移動するのを陰で見せる。そして壁を映してそこで絶妙な間があってカメラがズズズッと上に視点移動していく、当然上には隙間がある。コワすぎィ!
あとは何でもない主人公を映したショットなのになぜか主人公の奥の森の一部にカメラのピントがぬるっと合ってめっちゃ誰かがいる感出してきたり、夜に主人公が自転車で逃げてるシーンで主人公の正面からのショットと主人公と並行する風景のショットをカメラの振りの長回しで映すんだけどさ。並行する風景ではグラサン女が遠景の中とんでもない勢いでダッシュしてるのが見えて、また主人公の顔に戻って気付いてるの?いないの?ってなっててまた風景に戻るといない。そして主人公視点で自分の自転車の陰にふっと女と伸ばしてくる手の影が映る。コワすぎィ!
じわっとねっとりと怖い撮影がかなりすごいと思ったわね。
個人的にカッコウ人間の鳴き声攻撃を受けた時に画面が振動するのは今どき音をあらわすのにそのエフェクトなん?とは思っちゃったかな。
主人公は若い頃(フィフス・エレメントとか初代バイオハザード)のミラ・ヨヴォヴィッチみたいな尖ってるけど繊細な感じでよかった。ねっとり金持ちはいかにもすぎて逆にノイズ。こんなやつおらへんやろってちょっとなった。
そんなこんなで映像もよくてテーマ性もわかりやすくよくできてたけど、個人的にはもっとドカーンって感じの作品とかロジックや因果関係がはっきりしている作品のほうが好きなので、感想としてはよくできてるけど面白さはそこそこ!みたいな感じに落ち着いちゃったところはあるかな。あと、結局主人公と義妹の問題は何となく解決したけど、主人公と家族の問題は散々胸糞だった割にうやむやになっちゃうのもなんかビミョー。俺は好きだったけど、そもそもカッコウ人間ってなんやねん!ってなっちゃう人にはちょっと厳しいか。
ただ俺は、これを真剣に主張したいのだ。
いい大学、いい会社が一番の社会ステータスだった昭和と平成初期に対して、令和では個人主義的な価値観が浸透し、「好きなことで生きていく」を望む人間が増えてきたように思う。自分の一芸を掲げて、SNSのフォロワー数や、配信の視聴者を伸ばしてくゲームが至るところで行われている。別にそれはインフルエンサーに限った話ではなく、steamのインディーゲームの作品数も、Web小説への投稿も年々増えている。
別にそういった生き方を否定したいわけではないのだ。むしろ自分は小説なりゲームなりを作ってちょっと有名になろうと思っていた時期があるから、自己実現のレースをやっていた側である。
そもそも、マズローの欲求ピラミッドから考えても、何もしなくても衣食住が満たされる今、次にみんなが目指したくなるのは、承認や自己実現だというのは、本能として当たり前の話である。
ただし、
SNSや動画サイト、あるいは小説のカクヨム、ゲームのdlsiteなどのポータルサイトの構造上、推薦モデルやランキングによって、影響力のある人間が表示され、それがまたその影響を高めるというループがある。結果として、人気度は指数に分布し、ほとんどの承認はトップ層が独占し、あとは少ないパイを哀しくも熱意のある挑戦者たちで分け合う構図になっている。
俺は、これでいいんだっけ? と思い始めた。社会は進化しているはずなのに、平和になって自由を手にした結果、ほとんど総負けのレースが蔓延っているのって、アホみたいな展開じゃないか。
だから、最近はちょっと思想を昔に時間旅行させてみて、少なからず社会に貢献してるの、とか、学問を修める、とかの昭和~平成な価値観に生き方のヒントを見出そうと試みている。
別に五大商社に入れなくても、大金をかけてビジュを夜職の人たちみたいに整備しなくても、また社長とかインフルエンサーにならなくても、みんなエライのだ。少しでも他人のために生きて、社会を回しているだけで。それで十分じゃないかね。だから自分を認めて、誇りを持ってほしいのだ。
その意識をちょっと変えるだけで「ほとんど総負け」が「だいたい勝者」になるなら、そのほうが皆が幸せでいいじゃん、と思ったりする。