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2010年8月23日 (月)

パキスタン: 天災から社会的大惨事に

Snehal Shingavi

2010年8月17日

Socialist Project

パキスタンの広大な地域を壊滅させた洪水は天災かもしれないが、それに続く悪化しつつある人災は、パキスタンの腐敗した指導者達の怠慢と、アメリカによる“対テロ戦争”の影響の必然的な結果なのだ。

公式推計によれば、パキスタン史上最悪の洪水の一つによる結果として、2000万人以上が住むところを失い、1,600人が亡くなった。場所によっては、雨でインダス河の川幅が24kmにまで拡がったが、これは通常時の約25倍だ。

モンスーンの雨が、パキスタン北西部(カイバル・パクトゥンクワ州と呼ばれる)の山々を崩壊させて、洪水は始まった。水はシンド州とパンジャブ州の中を荒れ狂い、何十万の家と、約700ヘクタール以上の農地を破壊した。ナウシェラ、ムザファラバードやアボッタバードなど、いくつかの大都市も水浸しになった。洪水で破壊された地域からの脱出に成功した人々は、臨時避難所や超満員の政府庁舎に詰め込まれている。

洪水を逃れた人々は、食料、清潔な飲料水、下水設備や薬品がえられない状態にある。こうしたこと全てが危機を悪化させ、下痢や、コレラや他の病気が原因で、更に多数の人々が亡くなる可能性がある。


パキスタン地図B402bj

 

 

 

パキスタン地図と被災した地域

 

被災した地域

洪水が救援組織が必要とする多くのインフラを徹底的に破壊したため、洪水の被害を受けた多くの地域に援助物資を届けることも困難になっている。発電所は冠水し、ガス配管は破断し、穀物を貯蔵している地域もだめになってしまった。

特に愕然とさせられるのは、現在ホームレスとなってしまった人々の多くは、まさに昨年、スワット地域におけるタリバンと同盟者に対するパキスタン軍事作戦の際に、自宅から強制退去させられた人々であるという事実だ。スワットのすべての橋が破壊され、アメリカの無人機が地域を爆撃した後に再建された家の多くがまたもや破壊されてしまった。しかもパキスタンは、特に2005年の破壊的な地震の影響からまだ完全には回復していないのだ。

 

相互に関連している二つの要素が、洪水を悪化させた。第一に、パキスタンでは、極端な天候の数が、過去数年間、増加しており、これは多くの科学者達が、全球的気候変化の影響の結果だと考えている事実だ。この地域における通常の天候パターンの大きな変化の一部として、パキスタンの惨状を、中国での地滑りや、パングラデシュでの洪水に結びつけている評論家は多い。

第二に、パキスタン中に張り巡らされた巨大なダムと運河ネットワークは、国民の為ではなく、大地主や大資本家の権益のために建設されたのだ。つまり、インフラの修理と緊急救援は極端に偏っており、洪水予防ではなく、土地を所有するエリート層の権益を守るために計画されていたのだ。

モンスーンの雨は所詮毎年のことであり、1970年代以来パキスタンでは実に多くの大洪水が起きている。それなのに洪水の制御は不十分なままなのだ。

 


   
子供たちを非難させる男性

B402

 

 

パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州、ナウシェラでの大洪水後、腰までの深さの水の中、自分の子供を避難させる男性。REUTERS/Adrees Latif

 

 

運河ネットワーク

19世紀のイギリスによるインド占領以来、パンジャブ州とシンド州の支配者たちは、地域中に、運河ネットワークと、精巧なかんがい水路を建設することによって、乾燥した土地を、豊かな農業地帯に転換しようと務めてきた。パンジャブ州とシンド州では、洪水をひき起こしたのは雨ではなく、かんがい用ネットワーク中に、大洪水を制御する機構が存在していなかったという事実だ。

このシステムには堰(大ダム)はあるが、通常の水流を運河へとそらせるのが主な機能である低いダムも点在している。ところが、洪水の危機に備える代わりに、パキスタン政府は、このひどいインフラを支えるため、堤防を築いてきた。その結果、洪水の水は、こうした問題に対処する設備が不十分な地域へと流れ込んだ。

イスラマバードのカイデアザム大学教授ムシタク・ガーディはこう語っている。

 

“三年前、世界銀行がタウンサ堰改修プロジェクトを開始した際は、基本的に堰全体を改修、修理する予定でした。そして1億4000万ドルが割り当てられました。我々は彼等に、環境問題、特に堰の傾斜、位置、堆積の問題、そして堰の全体的環境がどのように変化するのかについて配慮するよう要求しました。流れが高くなってしまったため、今や全ての低地が一層洪水の危険にあるのです。

“この全てが無視されました。改修プロジェクトからわずか六ヶ月後、堰は水量に持ちこたえられなくなり、破損しました。ですから実際には、これほど巨大な破壊をひき起こしたのは、タウンサ堰の決壊なのです...

“自然の洪水だけでなく、作られた建造物が有害で、灌漑局による手当てがお粗末だったこと、そうしたものが、これほどの破壊をひき起こし、状況を悪化させたのです。”

更に悪いことに、資源の割り振りで、どこで、どの様に行動するかという判断を、むき出しの自己の利益が支配した。一例として、南部パンジャブのKot Mittinでは、政府が裕福な地域を守るために壁を建設した。しかしトンサ堰を守ろうとする試みの中で、貧しい近隣地域を水没させることとなった。その過程で約100,000人が家を失った。

自らの土地を救うため、運河の土手に切り込みをいれていたシンド州の地主達の行動は一層悪質だ。シンド州のグッドゥ堰を守る過程で、地主達はジャコババードの人々を水浸しにした。また、ユースフ・ラザー・ギーラーニー首相等の政治家達が、救援物資を、パキスタン国内でも最も必要としている地域から、自らの故郷へと振り向けたという報道もある。

国家的腐敗

これは、パキスタン国内において、一連の社会的、政治的結果をもたらすこととなろう。第一に、パキスタン国家が自国民に支援を提供する能力について、深刻な疑問が投げかけられているのだ。パキスタンが、経済的に破たんせずにいられる為に、莫大な国際社会の援助導入に依存しているという事実はともかく、パキスタンが受け取る国際的支援金の大半は軍の金庫へと流れ込んでいる。

アースィフ・アリー・ザルダーリー大統領を含むパキスタン政治家達が、何百万人ものパキスタン人が苦しむ中、数日間全く所在不明だったことで、泣きっ面に蜂となった。民衆が感じている高まる怒りの象徴として、パキスタン人民党所属の副大臣ヒナ・ラバニ・ヘールは、パンジャブ州の彼女の選挙区で洪水が始まってから一週間も不在にした後で、抗議デモ参加者から石を投げつけられた。

元首相ベナジール・ブットの姪ファティマ・ブットは、こう主張している。

“パキスタン上層部まるごとが、国民の金を使って、ヨーロッパとドバイを訪問したのです。ザルダーリーは訪問先の至るところで五つ星のホテルに宿泊していました。彼は専用リムジンで動き回っていたのです。彼と取り巻き用の警備員は個人的に雇われていました。

“パキスタンになんとしても必要なお金を使ったことは正当化などしようがありません。そしてもちろん、実際には、パキスタン財務省がこのとてつもなく無意味な訪問のために使った金額で、洪水被害者達が恩恵を受けられたはずなのに、洪水被害者支援金を得るために、大統領は海外に出かけねばならなかったと言うのは、ばかげた話です。”

ザルダーリーは、既に大半のパキスタン人によって、非常に腐敗しているとみなされている。彼の最近の失敗は、洪水被害者に送られた援助で、大半の面倒を見たパキスタン軍にとって有利に働く可能性が高い。

第二に、救援物資の大半は、開発プロジェクト用途のはずの資金から流用されるのだ。これはつまり、たとえ人々が今後数カ月間生き長らえたとしても(この期間は飢饉と暴動が目立ちそうな気配があるが)、彼等には実際には帰るべき生活が無いのだ。復興と再建は、はるかに遠い将来、実現するだろう。既にこれがパキスタン国家に対する大規模な怒りに発展する兆しもある。評論家の中には食糧暴動や大規模な抗議行動が起きる可能性が極めて高いと推測するむきもある。

第三に、災害が、パキスタン国内において、既に張りつめている民族間の状況を、一層悪化させるであろうことがある。過去数年間、カイバル・パクトゥンクワ州(旧北西辺境州)から強制退去させられた人々と、この避難民を、資源減少の原因で、好戦的イスラム教徒の増加に関連していると見なしている、シンド州とパンジャブ州の人々の間に、深刻な不和が生み出されている。

パキスタンにおける人災で、最悪なのは、国際援助が送られてくるのが極めて遅いという事実だ。現在までに、国際社会は、援助として、たった1億5000万ドルを提供したにすぎない。パキスタン当局者は、危機に対処するには何十億ドルも必要だろうと見積もっている。

アメリカ・マスコミのなかには、問題は“資金援助者疲労”あるいは“パキスタン疲労”だと示唆するものもある(なぜかパキスタン人の死が、他の自然災害によって起こされたものと比較して、重要度が低いと見なされていることを、ほのめかしている)。国際社会は、例えば、ハイチの地震救済には10億ドル、インドの津波救援援助金には130億ドル以上を提供した。

アメリカ帝国主義

だが本当の問題はずっと簡単なのだ。アメリカの支配者階級は、アフガニスタンにおけるアメリカの苦難はパキスタンのせいだとして、過去数年間ずっと非難し続けてきた。これは、アメリカとヨーロッパにおいて、既に蔓延しているイスラム嫌悪という醜悪な必然的結果をもたらしている。

例えば、ワシントンは、アフガニスタン国境沿いのタリバンとの戦いを支援するため、パキスタンに毎年10億ドルの供与を工面している。ところが人道的支援ということになると、アメリカはたった7000万ドルしかひねりだせなかった。

この微々たる金額の理由の一部としては、アメリカにとっては、人道的支援より、この地域におけるアメリカの地政学的狙いの方が重要だということがある。だがこれは、アフガニスタンで、アメリカがうまくゆかないのを、パキスタンのせいにしているアメリカ既成政治勢力内の保守派による政治圧力を反映したものでもある。

他の国々も、わずかな支援しか提供していない。例えば、パキスタンに対し、本格的な支援を提供するのに絶好の位置にある隣国インドは、人道的支援より政治的対立関係を重視しており、支援としてわずか500万ドルしか提供していない。インドの政治日和見主義者連中はパキスタンに対するあらゆる援助資金は“テロ集団”の手にわたると警告している。

益々多数のパキスタン人を殺害しつつあるアフガニスタン戦争と、経済をむしばんでいる腐敗した政治家たちの間で、パキスタン庶民は板挟みになっている。現在の洪水に対する、アメリカとパキスタンの対応は、両政府がパキスタン国民に本当の援助を提供しそこねている痛烈な敗北を如実に示している。

シェハル・シンガヴィは、カリフォルニア大学バークレー校准教授。彼はSocialistWorker.orgに寄稿しており、本記事は同組織により最初に公開された。

記事原文のurl:www.socialistproject.ca/bullet/402.php

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