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❷働き方改革   『欧米には日本人の知らない二つの世界がある

https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00004/112700008/

『欧米には日本人の知らない二つの世界がある

海老原 嗣生
サッチモ代表取締役、政府労働政策審議会人材開発分科会委員、中央大学大学院戦略経営研究科客員教授、大正大学表現学部特命教授

2020.12.04





全4915文字
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残業が多く休みが取りにくい日本に比べ、欧米はワークライフバランスに優れ、女性も働きやすい。それというのもジョブ型雇用だから――。まことしやかに伝わるこんな話は大間違い。欧州企業にはジョブ型労働者とエリート層の二つの世界が存在し、働き方は全く異なる。

(写真:123RF)
(写真:123RF)
 今回は本論に入る前に、欧米と日本の社会構造の違いを知るために、こんな問題をまず考えていただきます。

Q1.欧州では、高学歴のエリートの卵が、入社早々、一般社員の上司になったりするのですか?
本物のジョブ型社会ではキャリアアップは難しい
 前回、日本型の「無限定な働き方」とは、「易しい仕事から始めて、慣れたらだんだん難しくする」というものであることを説明しました。その結果、知らない間に習熟を重ね、給与も職位も上がっていくことになります。まさに無限階段が作られているわけです。

 一方、欧米のジョブ型労働は、ジョブとジョブの間の敷居が高く、企業主導で無限階段を容易には作れません。キャリアアップの方法は、原則として
①やる気のある人がジョブとジョブの間の敷居をガッツで乗り越える
②一部のエリートが自分たちのために用意されたテニュアコースを超スピードで駆け上る
の2つだけ。その他多くの一般人は、生涯に渡って職務内容も給与もあまり変わりません。

 その結果、日本と欧米(とりわけ欧州)では、労働観が大きく変わってしまいます。日本では「誰でも階段を上って当たり前」という考え方が、働く人にも使用者にも常識となり、「給与は上がって当たり前。役職も上がって当たり前」(労働者側)、「入った時と同じ仕事をしてもらっていては困る。経験相応に難易度は上げる」(使用者側)となるわけです。つまり労使とも、年功カーブを前提としているのですね。

 この辺りを、具体的な事例でもう少し詳しく見ていきましょう。

 例えば、採用面接に来た若者が、経理事務員として伝票処理や仕訳などの経理実務をこなせるとします。その若者を採用する企業はどんなことを考えるか。日本企業であれば「事務は入口であり、数年したら決算業務をリードし、その後税務や管理会計も覚え、35歳にもなれば、経営管理業務に携わるように育ってほしい」と考えるでしょう。つまり、「経理事務」はあくまでキャリアの入口であり、決算→税務→管理会計→経営管理と階段を上り、それに伴ってどんどん昇給し、役職も上がっていくと考えます。


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 一方欧州では、例外的なケースを除けば、事務で入った人は一生事務をやります。彼らの多くはこちらでいうところの高専や短大にあたるIUT(技術短期大学)やSTS(上級技手養成短期高等教育課程)、もしくは大学の職業課程(普通学科とは異なる)を卒業しています。経営管理に関しては、グランゼコールや大学院などで、それを学んだ人が就き、入社した時から「管理職の卵」として扱いを受けます。

欧米エリートこそスーパージェネラリスト!?
 このように、学歴と専攻に従って、公的な職業資格が与えられ、その資格で定められた仕事をする。つまり、自分の持っている資格に従って「一生事務のまま」「決算担当のまま」、上にも横にも閉じられた「箱」の中でキャリアを全うする。そのさまを、彼らは「籠の鳥」「箱の中のネズミ」と自嘲気味に語ったりします。年収も硬直的で、20代のころ300万円くらいだったものが、50歳になっても350万円くらいだ、ということは前回データで示しました。


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 同じ仕事を長くしていれば熟練度は上がり、同時に倦怠感も高まるという二つの理由で労働時間は短くなります。だから欧州(とりわけ大陸系国)の労働時間は短く、雇用者の年間労働時間が1500~1600時間程度に抑えられる国が多いのです。日本のフルタイマー雇用者の年間労働時間が2000時間程度であるのと比べると、400~500時間も短くなっています。ドイツやフランスでは残業はほとんどなく(もしくは代休を確実に取得させられ)、有給も完全消化します。この欧州型の「300万円~500万円」で働く人こそ、本当の意味でジョブ型労働者といえるでしょう。

 それを超えたエリート層(仏で言う「カードル」)たちは、昇進していくためには、「マルチジョブ/マルチファンクション/マルチリージョン」の経験が必要と言われ、重要な職務を数多く経験していきます。異動の際には企業から異動指令が出されます。もちろん日本のように強制ではなく、本人に拒否権はありますが、エリートの彼らは、多くの場合指令に従います。日本型の無限定雇用とそんなに違いはないと言えるでしょう。

 重要な職務の階段を上る例として「マルチリージョン」を挙げるとすると、最初はフランス本国、続いて欧州内、さらに米国、その後は言葉も通じ、自国の文化も比較的浸透している旧植民地国、最後にアジア、などといった形で、(この通りでなくとも)難易度を徐々に上げていく仕組みになっているところも日本と似ています。

 一方、年収300万~400万円のジョブ型労働者は、たとえば今の仕事が機械化などで不要となった場合、職業訓練所に通い、新たな職業資格を取ることになります(その間は有給休暇となる)。フランスだとAGPAやGRETAなどの公的職業訓練校があるのですが、その取得免許レベルを見ると、99%が「高卒・短大卒相応」であり、1つの「籠」から出たとしても結局、年収300~400万円の別の籠に移るだけの生活を、一生している人が多くなっています。

ジョブワーカーたちが残業しない理由は「お腹が空くから」
 こうしたジョブ型「籠の鳥」労働者の生活とはいかなるものでしょうか?

 製造や販売、単純事務、上級ホワイトカラーとの端境領域(中間的職務)などを担当している彼らには、全く残業はないに等しく、17時になるとさっと仕事を終えます。銀行やお役所などでお客さんが列を成していても、「はい、ここまで」と窓口を一方的に閉じるのが当たり前。日本じゃありえませんよね。私が取材を申し込む時も、役所や学校などの公的機関であっても、「金曜はダメ」と平気で断られます。週末はもう働く気分ではないのでしょう。

 そんな彼らに、私は取材で以下の質問をしたことがあります。
「夜遅くまでの残業は嫌だろうけど、明るいうちに18時くらいまで1時間超過勤務して、残業手当をもらって一杯やりに行く生活の方が良くはないか?」 と。

 彼らの反応はどんなものか、皆さん想像できますか?

 多くの日本人は欧州に憧れを抱いています。だから多分、「家に帰ると趣味や教養の時間になる」とか、「地域活動や社会奉仕など別のコミュニティでの時間が始まる」などと、エクセレントな想像をするのではないですか?彼らの答えは全く違います。

 「お腹が空くから家に帰る」

 というものなのです。「お腹が空いたら、牛丼でもカレーでも食べて仕事をすればいいじゃないいか」と問い返すと、返答はこうです。
 「あのね、朝飯でも10ユーロ(1200円)もかかるんだよ。夕飯なんて外で食べるわけないじゃない。外食ディナーなんて、友人が遠くから来たとか、誕生日とかそんな晴れの日しかしないよ」

 そう、バカ高い物価と低賃金のはざまで、そんな生活をしているのが実情なのです。それでも残業が全くなければ、夫婦共に正社員を続けることが可能です。そうすれば世帯年収は700万円くらいにはなる。欧州の国の多くは大学も無料に近いから、子育てもできる。だから何とか生活は成り立ちます。

 さて、では彼らは長いサマーバケーションなどはどう過ごすでしょうか?フランソワーズ・サガンの小説などを読めば、ニースやツーロンなど南仏の避暑地でバカンスしているパリジャンの姿が思い浮かびませんか?

 実際は、パリ郊外の公園にブルーシートを張ってキャンピングをしていたりします。この「ブルーシートを張ったキャンプ用地」の提供なども地元のお役所がやっています。

 こんな状況をフランス研究の専門家、たとえば夏目達也先生(名古屋大学)、五十畑浩平先生(名城大学)、永野仁美先生(上智大学)のような方にお話しすると皆、うなずいた後に「想像以上につましい生活をしている」とおっしゃいます。

 スウェーデン研究者の西村純氏(労働政策研究・研修機構)はこんな感じで答えました。
 「確かにつましいですね。でも、バーにはそれなりに行っているようですよ。ただし、ハッピーアワ―が終わると潮が引くようにスーッと人影がまばらになりますが(笑)」。
「二つの世界」をごっちゃにしている日本人
 結局、欧州は完全にエリートと一般ジョブワーカーの二つの世界に分かれており、米国はそこまできれいに分かれてはいませんが、それに類する社会となっているというのが、私の概観です。その両者には大きな格差があるから、欧州の場合、社会全体が格差を是正するような再分配の制度をきっちり敷いている。でもそれによって、この階級分化がより強固に維持されている感があります。米国は、欧州のような職業資格での分断が起きないので、階級分化は「公的なもの」とは言えません。だからこそなかなか再分配政策が進まないのではないか、などと考えています。

 この二つの世界の存在が、日本人にはあまり理解できないところで、人事や雇用、キャリアを語る上で大きな誤解を生んでいます。そこで、問題です。

Q2.欧州ではワークライフバランス(WLB)が充実し、休み放題と聞きます。グローバルエリートたちも短時間労働なのですか?
 例えば「フランスなどでは午睡の時間があって、家に帰ってランチを食べたあと寝るような優雅な生活をしている」という話がまことしやかにささやかれます。

 一方で「欧米のエリートは若くから精力的に働く。日本人の大卒若手のような雑巾掛けはなく、海外赴任やハードプロジェクトなどをバリバリこなしている」という話も、同じように日本では語られます。

 どちらも間違っていませんが、指している対象が異なりますよね。そういうことを知らない日本人、しかも国内には二つに分かれた世界がない日本人は、誤解をしてしまうのです。あたかも欧米では、グローバルエリートまでもが午睡をしていると…(ちなみに「家に帰る」理由も「外で昼食を取ると高いから」です)。

 ここまで行かなくとも、「二つの世界をごっちゃにした」似たような誤解は多々起こります。「欧米ではエリートでもWLB充実」とか「欧米なら育休を取って休んでも昇進が遅れることがない」なども、二つの世界の錯綜です。

 向こうのエリートは夜討ち朝駆けの生活をしている。それは欧米企業の日本法人で「出世コース」にいる人を見れば分かるでしょう(ただし無駄な仕事はしていませんが)。フランスなどではエリート層にあたるカードルでも、男性がフルに育休を採るケースがあると言います。が、彼らは「家庭を選んだ人」と呼ばれ、昇進トラックからは外れていく。

美人実業家で有名なマリッサ・メイヤーはヤフーのCEO時代にこう言いました。「出世したいと思うなら、育休は2カ月以上取るな」。

 つまり、WLB充実な生き方とはすなわち「籠の鳥労働者」の世界の話なのです。

 
 この分断は社会問題にもなっていますね。EUでは多くの国で、ネオナチのような右翼・国粋主義的な政党が支持率を伸ばし、40パーセントもの支持を集めている国もあります。こうした問題に対して、世の識者は「移民や域内移動者に仕事を取られた人の不満だ」と解説します。

 ですが移民と競合している人たちはどの国でも1割程度しかいません。そうではなくて「籠の鳥」労働者が、この狭い世界に閉じ込められていることで不満がたまった結果が、極右政党の伸張の陰にあると私は読んでいます。

 人事や雇用に携わる人はこのことを絶対忘れずに。「欧米型を取り入れる」といったとき、あなたは、二つの世界のどちらの話をしているのか、しっかり考え、それをごっちゃにしないこと。そして、欧米型はつまるところ、二つの世界を生み出してしまうこと。これらを心していただきたいものです。

日本の人事制度の問題に斬り込むロングセラー 人的資本経営を考えるならまず読みたい
人的資本経営を標榜して人事制度の改革に挑むも、ジョブ型などをはじめとした欧米の制度を、形だけ取り入れて満足していませんか。気鋭のジャーナリストが説く、“付け焼刃”に終わらない人事変革とは。ジョブ型の課題も詳解。

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