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① 田中均「外交の力」
レビュー紹介

「本書は戦後日本外交の金字塔「小泉総理訪朝と拉致被害者家族の奪還」を影で支えた田中均さんが著した外交論である。田中さんは現在、東京大学公共政策大学院で特任教授を勤められておられる。本書のあとがきを読むと、田中さんの執筆動機が日本の将来を背負う若者に向けて何かしらのメッセージを発信したいという熱い思いであったことが見て取れる。現役を退いたばかりの外交官が、国家公務員の守秘義務という制約の下にありながら、己の経験や外交論をかなりオープンに展開した稀有の書と言っていい。

本書の読ませどころは3つ。第一は3章を中心に展開される北朝鮮との交渉経緯と、あの「凍土の共和国」をどうやって田中さんが動かしたかという外交戦略の手の内を明かした下り。第二は、2章から5章にかけて展開される田中さんの外交観。第三は終章を中心に随所に展開されるメディア論であろう。

まず、北朝鮮交渉を軸に田中さんの外交観から見てみよう。田中さんは「大きな絵を描く」という表現を繰り返し用いている。日本のみならず相手も含めた全体的な望ましい世界観をまず相手に示し、その中でお互いに利益を得ていくにはどうしたらよいかをお互いに話し合っていくことこそが外交の要諦というわけだ。これには誰しも異存なかろう。外交とは、ややもすると007もどきの秘密工作的なイメージを持つ人も多いと思うが、実は外交とは極めて地道なものである。そもそも戦略というが、戦略の基本となる情報の多くは実際には公開されている。その国の国境はどの国と接しているか。経済力はどうか。主要な産業は何か。輸出入のバランスはどうか。主な貿易相手はどこか。原材料の自給率は。人口は。年齢構成は。。。こうした公開された基本情報を積み上げていけば、その国が取るべき戦略の概略は概ね類推することが出来るのである。北朝鮮とはアジア最悪の貧乏国家であり、「猿の惑星」よろしく核兵器を神と崇める奇矯な独裁国家である。ほっとけば自然消滅する運命にあり、既にあの国は崩壊に向けた自然運動を始めたといってよい。その国と取引すること自体が困難な作業だが、この作業を田中さんはなぜ成し得たのか。それは「相手が何を望んでいるか」を素直に考えることだと田中さんは言う。北朝鮮が何を望んでいるのか。それはズバリ金王朝の存続である。その為には何が必要か。米国との関係改善である。北朝鮮と米国が関係を改善するに当たり、最良のパートナーはどこか。それは米国と同盟関係にある日本である。世界第二の経済大国である日本との関係を改善すれば北朝鮮存続のために必要不可欠な経済援助も転がり込んでくる。では日本との関係改善に北朝鮮は何を為すべきなのか。それは拉致問題の解決である。拉致問題を解決するためにはどうすればよいのか。それはトップ同士の交渉以外にない。田中さんはこう考えて、それを実行に移したわけだ。この外交交渉を進める上でもっとも重要なポイントは機密の保持である。機密保持法がブサヨどもの意味不明な反対で立法化されていない日本では、情けないことに情報は何時でもどこからでも漏洩し放題である。政府には多くの人間が出入りしており、彼らはそれぞれの利害と思惑があり、情報を様々なルートを通じてマスコミにリークしている。だから田中さんは北朝鮮との交渉を特定少数の最低限の人にしか知らせなかった。小泉首相、福田官房長官、安倍官房副長官、外務事務次官などごくごく少数である(これが後に、情報の輪からはずされた人たちを大いに怒らせ「田中憎し」の大合唱が沸き起こる原因にもなる)。結果としてこの作戦は大成功と成り、やがて天才政治家小泉純一郎の決断もあって、全く武力を用いない完全なる交渉のみで史上最悪の独裁国家から拉致被害者を奪還するという空前にして絶後の外交的偉業が成されるのである。

私は日本外交の金字塔をアレンジした偉大な外交官田中均を「どうしてそこまで」と思うくらいクサシ続けたジャーナリストを二人知っている。重村智計、手嶋龍一である。特に手嶋は佐藤優なる胡散臭い被告人と一緒になってあることないこと言いながら田中の北朝鮮外交を論難し続けた。曰く「今回の田中均の行動で米国政府要人は激怒している」。本書を読むと、何のことはない。アメリカ政府内で激怒していたのはイラク攻撃同様北朝鮮へも軍事行動を望んでいた強硬派ネオコンのボルトン以下であったことが分かる。米国政府内には日本政府内以上に多様な意見があって、まず意見が一本化されることはない。常に複数の意見を持つものが政権内で競争的に政策を形成していくのがアメリカのやり方なのだ。常日頃ネオコンを小馬鹿にしているような手嶋や佐藤が、こういう時だけわざと名前を伏せて「米国政府要人が田中の外交に対し怒りを募らせている」などということは、やり方として汚くないか。佐藤のやり口はもっと汚い。国家公務員には守秘義務というのがあって滅多矢鱈に発言は出来ないのである。それをいいことに、相手が反論してこないのを見透かして、自分に都合の良いところだけを切り取って勝手な「外交論」を垂れ流している。これもかなり悪質なやり方である。もちろん良識人である田中さんは本書内で手嶋や重村以下を論難するような下品な真似はしていない。ちゃんと「紳士としての節度」を守っていらっしゃる。

本書には日本の安全保障の基礎である日米安保体制を維持するために外務省が当時燃え上がっていた日米貿易戦争を沈静化するため、アメリカという「ガイアツ」を使って日本の閉鎖的な体制をより開放的なものとすべく国内改革に利用したという「告白」も出ている。当時の日本は外では自由貿易の御旗の下に輸出をやりたい放題やっている一方、輸入については幼稚産業保護という「いつの時代の話だよ」という規制で制限し、より良いものをより安くという消費者利益をないがしろにしていたのである。田中さんらの努力が実り、農産物の輸入もかなり自由化され大規模小売店舗法も改正されて我々消費者はかなり豊な消費生活を享受できるようになった。昨今、在日米国大使館のホームページに記載されている対日年次改革要望書を米国の傲慢な対日要求の根拠のごとく語る「外交の素人」がマスコミに出てくるが、米国の対日圧力の情報の出元は、実は日本政府だったりするのである(よく勉強しろよ、諸君!)。

本書を読んで、私が持っていた田中さんに対して抱いていたイメージがいずれも誤解であることが分かった。その誤解とは、ひとつは田中さんの外交観が、いわゆるエリート外交主義(少数の訳を知ったるエリートが、秘密裏に外交を司る)であり、彼のような発想は民主主義政治の下では成り立ち得ない時代遅れのもの(19世紀的なもの)ではないかという誤解と、もうひとつは彼がいわゆるアジア主義者(それと一体としての反米主義者)ではないかという誤解である。本書で田中さんが展開する外交論を読んで外交とは、ある部分エリート主義的にならざるを得ない部分があることが良く分かったし、日米関係が日本国家生存の基礎であると田中さんが深く理解していることも良く理解できた。」



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正木明人

Author:正木明人
正木明人が、発信するブログです。

21世紀初頭のこの混乱は、人類の生存を危ぶませるに十分なものです。
その中で、何をなすべきか?
何時の時代も、国民世論の形成は困難を極めた。
なすこともなく、危機を迎えることはできない。私たちは、後続世代にどのようにつなげていけるのか?

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