Posted in 12 2007
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極私的ベストテン2007
大晦日。今年の三月にスタートしたこのブログだが、何とか年内まで続けることができて一安心。また、いろいろな人に読んでいただけ、感謝感謝であります。
で、一年の締めとして何かやろうかと考えたのだが、やっぱベストテンかなと。管理人sugataが今年読んだ小説での極私的ベストテン。国内海外老若男女発売日等一切不問、今年読んでブログにアップしたものだけが対象である。
では、そのランキング、ご覧下さい。
1位 高城高『X橋付近』(荒蝦夷)
2位 レオ・ブルース『骨と髪』(原書房)
3位 ジャック・リッチー『クライム・マシン』(晶文社)
4位 楠田匡介『楠田匡介名作選 脱獄囚』(河出文庫)
5位 ヘンリー・ウエイド『議会に死体』(原書房)
6位 野村胡堂『野村胡堂探偵小説全集』(作品社)
7位 ポール・ドハティー『毒杯の囀り』(創元推理文庫)
8位 ウォルター・テヴィス『ハスラー』(扶桑社ミステリー)
9位 グラディス・ミッチェル『ウォンドルズ・パーヴァの謎』(河出書房新社)
10位 マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』(ソニー・マガジンズ)
うむ、我ながらまとまりのないランキングである(笑)。まあ、作品の質というよりは管理人の好きな作品という傾向の方が強いので、これは容赦下され。順位もとりあえず、という感じで、明日選んだら、また変わる可能性も大である。
セレクトの際に重きをおいているのは、「味」ということになるだろうか。いかにすぐれたトリックがあろうと、いかに面白いストーリーであろうと、その作者だけが出せる味がないことには読んでいて退屈なだけなのだ。強いていえば、オリジナリティ・プラスαという感じだろうか。
軽くコメント。順位はとりあえず、と書いたが、1位『X橋付近』だけは別である。この作者の作品を初めてまとめて読んで、日本のハードボイルド黎明期にここまでの作品を書いた人がいたことに驚愕した。河野典生、大藪春彦らが同時代にいて、なぜ日本にハードボイルドが広まらなかったのか、実に不思議だ。なお、創元推理文庫で高城高全集がスタートするらしいが、地方出版社の企画に便乗するようなみっともないことはしてないで、さっさと渡辺温を出しなさい。
『楠田匡介名作選 脱獄囚』『野村胡堂探偵小説全集』も高城高同様、復刻ブームのおかげで読めるようになった作品。『離れた家 山沢晴雄傑作集』も良かったのだが、まさに「味」の部分でこの三作には及ばなかった。
『骨と髪』、『議会に死体』、『ウォンドルズ・パーヴァの謎』は完全に管理人のど真ん中。ガチガチの本格系よりは、渋いというかひねくれているというか、そんな方々が好みなのである。そんななか歴史ものの『毒杯の囀り』はごくごくオーソドックスな本格だけれども実に楽しい作品でこれもランクイン。
最近は各種短編集も流行だが、藤原編集室さんの『クライム・マシン』をピックアップ。トゥーイもよかったんだが、とりあえず代表でこちらを。
やや異色なのは『ハスラー』と『スペアーズ』。こちらはそれぞれギャンブル小説とSF小説になるのだが、根幹を為すのは主人公の生き様であり、優れたハードボイルド小説にもなっているのがミソ。
以上、駆け足になったが、これが今年のマイ・フェイバリット。
他にも『離れた家 山沢晴雄傑作集』とかセオドア・ロスコー『死の相続』、ドナルド・E・ウェストレイク『殺しあい』、ローレンス・ブロック『快盗タナーは眠らない』、ジョゼフ・ウォンボー『ハリウッドの殺人』、コーネル・ウールリッチ『マネキンさん今晩は』、ロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』、ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』など入れたい作品はまだまだあって、おお、そう考えるとなかなか充実の一年だったのだなと振り返る次第である。
それでは今年の更新はこれにて終了。皆様、よいお年を!
で、一年の締めとして何かやろうかと考えたのだが、やっぱベストテンかなと。管理人sugataが今年読んだ小説での極私的ベストテン。国内海外老若男女発売日等一切不問、今年読んでブログにアップしたものだけが対象である。
では、そのランキング、ご覧下さい。
1位 高城高『X橋付近』(荒蝦夷)
2位 レオ・ブルース『骨と髪』(原書房)
3位 ジャック・リッチー『クライム・マシン』(晶文社)
4位 楠田匡介『楠田匡介名作選 脱獄囚』(河出文庫)
5位 ヘンリー・ウエイド『議会に死体』(原書房)
6位 野村胡堂『野村胡堂探偵小説全集』(作品社)
7位 ポール・ドハティー『毒杯の囀り』(創元推理文庫)
8位 ウォルター・テヴィス『ハスラー』(扶桑社ミステリー)
9位 グラディス・ミッチェル『ウォンドルズ・パーヴァの謎』(河出書房新社)
10位 マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』(ソニー・マガジンズ)
うむ、我ながらまとまりのないランキングである(笑)。まあ、作品の質というよりは管理人の好きな作品という傾向の方が強いので、これは容赦下され。順位もとりあえず、という感じで、明日選んだら、また変わる可能性も大である。
セレクトの際に重きをおいているのは、「味」ということになるだろうか。いかにすぐれたトリックがあろうと、いかに面白いストーリーであろうと、その作者だけが出せる味がないことには読んでいて退屈なだけなのだ。強いていえば、オリジナリティ・プラスαという感じだろうか。
軽くコメント。順位はとりあえず、と書いたが、1位『X橋付近』だけは別である。この作者の作品を初めてまとめて読んで、日本のハードボイルド黎明期にここまでの作品を書いた人がいたことに驚愕した。河野典生、大藪春彦らが同時代にいて、なぜ日本にハードボイルドが広まらなかったのか、実に不思議だ。なお、創元推理文庫で高城高全集がスタートするらしいが、地方出版社の企画に便乗するようなみっともないことはしてないで、さっさと渡辺温を出しなさい。
『楠田匡介名作選 脱獄囚』『野村胡堂探偵小説全集』も高城高同様、復刻ブームのおかげで読めるようになった作品。『離れた家 山沢晴雄傑作集』も良かったのだが、まさに「味」の部分でこの三作には及ばなかった。
『骨と髪』、『議会に死体』、『ウォンドルズ・パーヴァの謎』は完全に管理人のど真ん中。ガチガチの本格系よりは、渋いというかひねくれているというか、そんな方々が好みなのである。そんななか歴史ものの『毒杯の囀り』はごくごくオーソドックスな本格だけれども実に楽しい作品でこれもランクイン。
最近は各種短編集も流行だが、藤原編集室さんの『クライム・マシン』をピックアップ。トゥーイもよかったんだが、とりあえず代表でこちらを。
やや異色なのは『ハスラー』と『スペアーズ』。こちらはそれぞれギャンブル小説とSF小説になるのだが、根幹を為すのは主人公の生き様であり、優れたハードボイルド小説にもなっているのがミソ。
以上、駆け足になったが、これが今年のマイ・フェイバリット。
他にも『離れた家 山沢晴雄傑作集』とかセオドア・ロスコー『死の相続』、ドナルド・E・ウェストレイク『殺しあい』、ローレンス・ブロック『快盗タナーは眠らない』、ジョゼフ・ウォンボー『ハリウッドの殺人』、コーネル・ウールリッチ『マネキンさん今晩は』、ロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』、ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』など入れたい作品はまだまだあって、おお、そう考えるとなかなか充実の一年だったのだなと振り返る次第である。
それでは今年の更新はこれにて終了。皆様、よいお年を!
この一週間もあっという間に過ぎる。
24日は束の間の休息ということで、青山で演劇『ア・ラ・カルト』。白井晃、高泉淳子、陰山泰の三人を中心に、コントとショータイムで構成された実に楽しい芝居である。毎年暮れに青山円形劇場で行われるのだが、今年で何と19年目。こちらが初めて見たのは10年ほど前で、それ以来ファンになって毎年恒例行事のように観にいっているのだが、役者も観ている方も年をとりましたなぁ。
25~27日は昼は普通に仕事、だが、仕事の都合で後回しにしていた忘年会が三連夜で入っており、これがきつい。おまけに最終日は結局急ぎの仕事が入って、忘年会後に朝まで仕事。我ながら表彰ものであろう(笑)。
28日の昨日は仕事納め。挨拶回りもそこそこに最後まで通常業務満載でタイムアップ。いくつか宿題を抱えつつ帰宅。
そして本日より休み。気がかりなことはいろいろあれど、とりあえずはゆっくり疲れをとって、一日中、酒を飲みながら探偵小説や映画に浸る方向で。
ああ、その前に家の大掃除やら年賀状が残っているんだよなぁ。
24日は束の間の休息ということで、青山で演劇『ア・ラ・カルト』。白井晃、高泉淳子、陰山泰の三人を中心に、コントとショータイムで構成された実に楽しい芝居である。毎年暮れに青山円形劇場で行われるのだが、今年で何と19年目。こちらが初めて見たのは10年ほど前で、それ以来ファンになって毎年恒例行事のように観にいっているのだが、役者も観ている方も年をとりましたなぁ。
25~27日は昼は普通に仕事、だが、仕事の都合で後回しにしていた忘年会が三連夜で入っており、これがきつい。おまけに最終日は結局急ぎの仕事が入って、忘年会後に朝まで仕事。我ながら表彰ものであろう(笑)。
28日の昨日は仕事納め。挨拶回りもそこそこに最後まで通常業務満載でタイムアップ。いくつか宿題を抱えつつ帰宅。
そして本日より休み。気がかりなことはいろいろあれど、とりあえずはゆっくり疲れをとって、一日中、酒を飲みながら探偵小説や映画に浸る方向で。
ああ、その前に家の大掃除やら年賀状が残っているんだよなぁ。
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『ハヤカワミステリマガジン』2008年2月号
金曜からずっと会社にいたが、ようやく大きな山を抜け、本日の明け方に帰宅。それにしても10月頃から延々ドタバタしていたようで、さすがにきつかった。読書ペースもがた落ちで、とにかく電車でもベッドでも、本を開いて2~3ページもいかないうちにオチてしまうのだからどうしようもない。とりあえず読書ペースもぼちぼち回復していくつもりである。
帰宅すると【ROM叢書】の最新刊、ヘンリー・ウェイドの『死はあまりにも早く』が届いていた。プール警部シリーズの倒叙もので、ウェイドのベスト5に挙げられるという話だから、これは期待大。
とかく動向が気になる『ハヤカワミステリマガジン』。その最新号は「ジュヴナイル・ミステリ」特集。刊行されたばかりの〈クリスティー・ジュニア・ミステリ〉との連動企画なのだろうが、E・D・ホック、ロバート・アーサーなどの短編の他に、これまでクイーンJr.名義作品で唯一未訳だった『紫色の鳥の秘密』をもってくるなど、なかなか狙いは悪くない。最低でもこのスタンスで続けてくれるなら、一安心なのだが。
なお、『紫色の鳥の秘密』は商業誌では初紹介だが、エラリイ・クイーン・ファンクラブ発行の会誌『Queendom』別冊8号で読むこともできる。
帰宅すると【ROM叢書】の最新刊、ヘンリー・ウェイドの『死はあまりにも早く』が届いていた。プール警部シリーズの倒叙もので、ウェイドのベスト5に挙げられるという話だから、これは期待大。
とかく動向が気になる『ハヤカワミステリマガジン』。その最新号は「ジュヴナイル・ミステリ」特集。刊行されたばかりの〈クリスティー・ジュニア・ミステリ〉との連動企画なのだろうが、E・D・ホック、ロバート・アーサーなどの短編の他に、これまでクイーンJr.名義作品で唯一未訳だった『紫色の鳥の秘密』をもってくるなど、なかなか狙いは悪くない。最低でもこのスタンスで続けてくれるなら、一安心なのだが。
なお、『紫色の鳥の秘密』は商業誌では初紹介だが、エラリイ・クイーン・ファンクラブ発行の会誌『Queendom』別冊8号で読むこともできる。
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山本周五郎『寝ぼけ署長』(新潮文庫)
山本周五郎という作家がいる。言うまでもなく『赤ひげ診療譚』や『青べか物語』をはじめとする膨大な傑作の数々を著した大衆作家である。
だが、そんな山本周五郎が探偵小説をいくつか残していたことは、知識としては持っていたものの、これまでその作品を読もうと思ったことはなかった。浅はかにも、山本周五郎にとっては探偵小説など余技に等しく、それほどの作品ではないのだろうとの、こちらの実に勝手なる思いこみからである。
ところが数ヶ月前、作品社から『山本周五郎探偵小説全集』が刊行されるというニュースを知って驚いたのなんの。あらためて調べてみたところ、少年小説などを中心に、けっこうな量の作品群を残していたのである。厚顔無知とは正にこのこと。心の中で山本周五郎にすまんすまんと謝りつつ、とりあえずは探偵小説全集を買うことでお詫びに代え、そして山本周五郎の探偵小説の中ではおそらく最も有名で、しかも手軽に入手できるものとして、『寝ぼけ署長』を読んでみることにしたわけである。
とまあ、一冊、本を読むのにここまでの言い訳は不要だとは思うが、ただ、「山本周五郎探偵小説全集」を買い続ける言い訳は絶対に必要なのだ(笑)。
ということで、本日の読了本は山本周五郎の『寝ぼけ署長』。
「寝ぼけ署長」という綽名を持つ某市の警察署長。綽名のごとくいつもウツラウツラしている非常にぼんやりした署長だが、実は凄腕の警官でもある。だが決してそれを表立って見せることはなく、庶民の味方として人情味溢れる解決を示し、市民の人気を博してゆく。これ、大岡政談のごとし。
『寝ぼけ署長』の初出はなんとあの『新青年』。しかも探偵小説色が薄くなった戦後の『新青年』に突如掲載され、絶大なる人気を誇ったらしい。確かに雰囲気としては、まんま大岡裁きで、非常に読んでいて心和むというか気持ちいい。また、小気味好くオチをつけているところなども、決して見様見真似で探偵小説を書いているわけではないことがわかる。
ただ、それでもこれが探偵小説かといわれると、ううむと首を捻らざるを得ない。いや、もっとミステリ色が薄いものでも、探偵小説といえる作品はあるのだ。例えば海野十三の書く『深夜の市長』とか『蠅男』などもミステリの基準ということであれば、かなりの疑問符がつくところだが、それでもその作品ははるかに探偵小説的である。
思うにこれは、山本周五郎が、その主題を探偵小説に依っていないところに原因があるのだろう。寝ぼけ署長の数々の名セリフに、その神髄はいくつも見ることができる。
「このなかに、ひょいと、躓いた人がいる。躓いただけで済んだ、怪我はしなかった、これに懲りて欲しい、これ以上は、云わなくとも、わかる筈だ、その人は、九日間、ずいぶん苦しんだ筈だから(中略)人生は苦しいものだ、お互いの友情と、授け合う愛だけが、生きてゆく者のちからです」
「不正を犯しながら法の裁きをまぬかれ、富み栄えているかに見える者も、必ずどこかで罰を受けるものだ。不正や悪は、それを為すことがすでにその人間にとって劫罰だ」
「法律の最も大きい欠点の一つは悪用を拒否する原則のないことだ、法律の知識の有る者は、知識の無い者を好むままに操縦する、法治国だからどうのということをよく聞くが、人間がこういう言を口にするのは人情をふみにじる時にきまっている、悪用だ、然も法律は彼に味方せざるを得ない」
要はそういうことだ。これらのセリフは探偵小説の演出として語られているのではなく、山本周五郎の目はしっかりとそういう点に据えられているのである。今であればこういう社会正義を訴えたり、人情ものを描いた警察ドラマは珍しくない。だが、戦後間もない頃にほぼ完璧なスタイルでこれを書いてのけたという点は、やはりさすがの一言。
繰り返すが、本作は決して探偵小説ではない。
しかしながら、大衆小説の何たるかを知っている著者が、あえて探偵小説の衣を借りて書いた物語でもある。ガチガチの謎解きやトリックなどはないけれど、探偵小説ファンなら、一度は読んでおいて損はない作品といえるだろう。
だが、そんな山本周五郎が探偵小説をいくつか残していたことは、知識としては持っていたものの、これまでその作品を読もうと思ったことはなかった。浅はかにも、山本周五郎にとっては探偵小説など余技に等しく、それほどの作品ではないのだろうとの、こちらの実に勝手なる思いこみからである。
ところが数ヶ月前、作品社から『山本周五郎探偵小説全集』が刊行されるというニュースを知って驚いたのなんの。あらためて調べてみたところ、少年小説などを中心に、けっこうな量の作品群を残していたのである。厚顔無知とは正にこのこと。心の中で山本周五郎にすまんすまんと謝りつつ、とりあえずは探偵小説全集を買うことでお詫びに代え、そして山本周五郎の探偵小説の中ではおそらく最も有名で、しかも手軽に入手できるものとして、『寝ぼけ署長』を読んでみることにしたわけである。
とまあ、一冊、本を読むのにここまでの言い訳は不要だとは思うが、ただ、「山本周五郎探偵小説全集」を買い続ける言い訳は絶対に必要なのだ(笑)。
ということで、本日の読了本は山本周五郎の『寝ぼけ署長』。
「寝ぼけ署長」という綽名を持つ某市の警察署長。綽名のごとくいつもウツラウツラしている非常にぼんやりした署長だが、実は凄腕の警官でもある。だが決してそれを表立って見せることはなく、庶民の味方として人情味溢れる解決を示し、市民の人気を博してゆく。これ、大岡政談のごとし。
『寝ぼけ署長』の初出はなんとあの『新青年』。しかも探偵小説色が薄くなった戦後の『新青年』に突如掲載され、絶大なる人気を誇ったらしい。確かに雰囲気としては、まんま大岡裁きで、非常に読んでいて心和むというか気持ちいい。また、小気味好くオチをつけているところなども、決して見様見真似で探偵小説を書いているわけではないことがわかる。
ただ、それでもこれが探偵小説かといわれると、ううむと首を捻らざるを得ない。いや、もっとミステリ色が薄いものでも、探偵小説といえる作品はあるのだ。例えば海野十三の書く『深夜の市長』とか『蠅男』などもミステリの基準ということであれば、かなりの疑問符がつくところだが、それでもその作品ははるかに探偵小説的である。
思うにこれは、山本周五郎が、その主題を探偵小説に依っていないところに原因があるのだろう。寝ぼけ署長の数々の名セリフに、その神髄はいくつも見ることができる。
「このなかに、ひょいと、躓いた人がいる。躓いただけで済んだ、怪我はしなかった、これに懲りて欲しい、これ以上は、云わなくとも、わかる筈だ、その人は、九日間、ずいぶん苦しんだ筈だから(中略)人生は苦しいものだ、お互いの友情と、授け合う愛だけが、生きてゆく者のちからです」
「不正を犯しながら法の裁きをまぬかれ、富み栄えているかに見える者も、必ずどこかで罰を受けるものだ。不正や悪は、それを為すことがすでにその人間にとって劫罰だ」
「法律の最も大きい欠点の一つは悪用を拒否する原則のないことだ、法律の知識の有る者は、知識の無い者を好むままに操縦する、法治国だからどうのということをよく聞くが、人間がこういう言を口にするのは人情をふみにじる時にきまっている、悪用だ、然も法律は彼に味方せざるを得ない」
要はそういうことだ。これらのセリフは探偵小説の演出として語られているのではなく、山本周五郎の目はしっかりとそういう点に据えられているのである。今であればこういう社会正義を訴えたり、人情ものを描いた警察ドラマは珍しくない。だが、戦後間もない頃にほぼ完璧なスタイルでこれを書いてのけたという点は、やはりさすがの一言。
繰り返すが、本作は決して探偵小説ではない。
しかしながら、大衆小説の何たるかを知っている著者が、あえて探偵小説の衣を借りて書いた物語でもある。ガチガチの謎解きやトリックなどはないけれど、探偵小説ファンなら、一度は読んでおいて損はない作品といえるだろう。
金曜からずっと会社で仕事。こりゃ本でも買わなきゃやっとれませんと、昼飯がてら新刊書店へ。ざくざく買い込む。
キャロリン・キーン『幽霊屋敷の謎』(創元推理文庫)
>創元版ナンシー・ドルーの二冊目。一冊目の売れ行きはどうだったのだろう?
H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集別巻(下)』
>これでようやく完結。幻想小説やホラーははそれほど熱心に追いかけてるわけではないが、ラヴクラフトはやはり別格。
北原尚彦/編『シャーロック・ホームズの災難』(論創社)
>ホームズ・パロディ集だが、北杜夫や天城一、稲垣足穂、東健、而乾信一郎、都筑道夫、喜国雅彦等々という個性的すぎるラインナップが売り。かなり楽しめそう。
エルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』(長崎出版)
>GemCollectionの一冊。名前すら知らなかった作家。まだまだクラシックは残っておるんだねぇ。
マージェリー・アリンガム『甘美なる危険』(新樹社)
>キャンピオンものの一冊だが、書店で装丁を見て思わずふいた。おそらく「きらびき」という紙をカバーに使っていると思うのだが、これは独特の鈍い光沢を持った、なかなかゴージャスな雰囲気の紙なのである。これだけでもけっこう派手なのだが、加えて非常にポップな色遣い&デザイン。英国本格探偵小説というこちらの先入観を完全にぶちこわす、実にチープかつキュートな装丁である。賛否両輪ありそうだが、個人的にはこの発想と思い切りは賞賛に値する。お見事。
キャロリン・キーン『幽霊屋敷の謎』(創元推理文庫)
>創元版ナンシー・ドルーの二冊目。一冊目の売れ行きはどうだったのだろう?
H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集別巻(下)』
>これでようやく完結。幻想小説やホラーははそれほど熱心に追いかけてるわけではないが、ラヴクラフトはやはり別格。
北原尚彦/編『シャーロック・ホームズの災難』(論創社)
>ホームズ・パロディ集だが、北杜夫や天城一、稲垣足穂、東健、而乾信一郎、都筑道夫、喜国雅彦等々という個性的すぎるラインナップが売り。かなり楽しめそう。
エルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』(長崎出版)
>GemCollectionの一冊。名前すら知らなかった作家。まだまだクラシックは残っておるんだねぇ。
マージェリー・アリンガム『甘美なる危険』(新樹社)
>キャンピオンものの一冊だが、書店で装丁を見て思わずふいた。おそらく「きらびき」という紙をカバーに使っていると思うのだが、これは独特の鈍い光沢を持った、なかなかゴージャスな雰囲気の紙なのである。これだけでもけっこう派手なのだが、加えて非常にポップな色遣い&デザイン。英国本格探偵小説というこちらの先入観を完全にぶちこわす、実にチープかつキュートな装丁である。賛否両輪ありそうだが、個人的にはこの発想と思い切りは賞賛に値する。お見事。
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『週刊文春』の「2007ミステリーベスト10」
先週から仕事が修羅場。今週も朝帰りがこれで二度目。ピークは来週だろうが、年末年始を挟んで、おそらく一月の半ばまでけっこうバタバタしそうな気配になってきた。まあ仕事がこれだけあることを喜ぶべきなのだが、それにしてもしんどい。
『週刊文春』の「2007ミステリーベスト10」掲載号を購入。
ほお、こちらも『ウォッチメイカー』が海外の1位か。『このミス』と合わせて二冠ですな。
基本的に『文春』のランキングは、話題作や大作が強く権威主義的、というのが定説なわけで、それに対するアンチテーゼ的存在として『このミス』が登場した経緯がある。しかしながら、さすがにこれだけ長くやっていると、両者の差もかなりなくなってきた感じは否めない。まあ、この数年ずっと言われていることではあるが。
しかし、早川に対抗してるわけでもないだろうが、こちらも文藝春秋の本が1~3位まで独占というのは、いやはや何とも。むしろここまで正直だと、かえって気持ちいいぐらいだ(苦笑)。
古いミステリファンなら知っているかもしれないけれど、一時期「アムトラック本」という言い方が、少し流行ったことがある。確か『本の雑誌』だったか。
「悪くはないけれど、ベスト10に入るほどのものじゃあないだろう」と思っていたら、版元の御都合でちゃっかりベスト10に入ってしまう本のことで、その元になったのが、文春のベスト10にランクインしたクリストファー・ハイドの『アムトラック66列車強奪』(文春文庫)だった。
少々露骨なやり方に、みな怒るというより呆れてしまったわけだが、以後、そのように版元の御都合でベスト10に入るような本は「アムトラック本」と呼んで、ランキング予想などには欠かせない存在となったわけである。
ちなみに今年のランクインした文藝春秋の面子を見ると、ジェフリー・ディーヴァーにカール・ハイアセン、トマス・H・クック、デイヴィッド・ピースとなかなか豪勢な顔ぶれである。これらの中に「アムトラック本」があるというのはさすがにちょっと可哀想な気もするが、それでもワン・ツー・スリー・フィニッシュは、やっぱやりすぎだろうと思うのだが(笑)。
『週刊文春』の「2007ミステリーベスト10」掲載号を購入。
ほお、こちらも『ウォッチメイカー』が海外の1位か。『このミス』と合わせて二冠ですな。
基本的に『文春』のランキングは、話題作や大作が強く権威主義的、というのが定説なわけで、それに対するアンチテーゼ的存在として『このミス』が登場した経緯がある。しかしながら、さすがにこれだけ長くやっていると、両者の差もかなりなくなってきた感じは否めない。まあ、この数年ずっと言われていることではあるが。
しかし、早川に対抗してるわけでもないだろうが、こちらも文藝春秋の本が1~3位まで独占というのは、いやはや何とも。むしろここまで正直だと、かえって気持ちいいぐらいだ(苦笑)。
古いミステリファンなら知っているかもしれないけれど、一時期「アムトラック本」という言い方が、少し流行ったことがある。確か『本の雑誌』だったか。
「悪くはないけれど、ベスト10に入るほどのものじゃあないだろう」と思っていたら、版元の御都合でちゃっかりベスト10に入ってしまう本のことで、その元になったのが、文春のベスト10にランクインしたクリストファー・ハイドの『アムトラック66列車強奪』(文春文庫)だった。
少々露骨なやり方に、みな怒るというより呆れてしまったわけだが、以後、そのように版元の御都合でベスト10に入るような本は「アムトラック本」と呼んで、ランキング予想などには欠かせない存在となったわけである。
ちなみに今年のランクインした文藝春秋の面子を見ると、ジェフリー・ディーヴァーにカール・ハイアセン、トマス・H・クック、デイヴィッド・ピースとなかなか豪勢な顔ぶれである。これらの中に「アムトラック本」があるというのはさすがにちょっと可哀想な気もするが、それでもワン・ツー・スリー・フィニッシュは、やっぱやりすぎだろうと思うのだが(笑)。
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ウォルター・テヴィス『ハスラー』(扶桑社ミステリー)
かろうじて終電に間に合い帰宅。待っていたのは海外ミステリ系の同人誌としてはおそらく最強であろう『ROM』の最新号。特集はSFミステリなのだが、なんとおっそろしいことに別冊付きである。そしてゲスト編集者があの「kashiba@猟奇の鉄人」。サイトは開店休業状態のようだが、より高次元な舞台でいろいろと楽しんでいるようである。さすが(笑)。
本日の読了本はウォルター・テヴィスの『ハスラー』。
殺伐たるプールゲームの世界を描いたこの物語は、おそらく小説としてよりもポール・ニューマンの映画の方が遙かに有名だろう。だが原作である本書も映画に負けず劣らず、非常に読み応えのある傑作なのである。
賭けビリヤードのプロとして、街から街へ流れる若きハスラー、エディ。彼はプールゲームの聖地シカゴに現れ、最強の名人、ミネソタ・ファッツに挑戦することになる。だが、一進一退の勝負の末、結局は完膚無きまでに叩きのめされてしまう。そんな彼の前に現れたのは同じように惨めな境遇をもつ女性サラ、そしてギャンブルの極意を伝授しようとするバートだった。彼らの助けを得て、エディは立ち上がり、ファッツに再び戦いを挑む……。
挑戦と挫折、努力、そして栄光。民話の構成要素にも似た、実にスタンダードでシンプルなストーリー。語られるエピソードのひとつひとつがわかりやすく、現代の読者には非常に予想しやすい展開といえるだろう。
だが、表面的には単純であっても、テヴィスの語りは実に力強く鋭い。ギャンブラーたちの荒んだ生き様を見せながらも、その心の奥底に潜む孤独や優しさも同時に掘り起こす。さらには戦いのドラマを通じ、人間の誇りとは何か、というところまで問いつめてゆく。
したがって本書は素晴らしいギャンブル小説であると同時に、ピカレスクロマンあるいはビルドゥングスロマンでもある。リチャード・ジェサップの『シンシナティ・キッド』が好きだ、という人には間違いなくおすすめ。
本日の読了本はウォルター・テヴィスの『ハスラー』。
殺伐たるプールゲームの世界を描いたこの物語は、おそらく小説としてよりもポール・ニューマンの映画の方が遙かに有名だろう。だが原作である本書も映画に負けず劣らず、非常に読み応えのある傑作なのである。
賭けビリヤードのプロとして、街から街へ流れる若きハスラー、エディ。彼はプールゲームの聖地シカゴに現れ、最強の名人、ミネソタ・ファッツに挑戦することになる。だが、一進一退の勝負の末、結局は完膚無きまでに叩きのめされてしまう。そんな彼の前に現れたのは同じように惨めな境遇をもつ女性サラ、そしてギャンブルの極意を伝授しようとするバートだった。彼らの助けを得て、エディは立ち上がり、ファッツに再び戦いを挑む……。
挑戦と挫折、努力、そして栄光。民話の構成要素にも似た、実にスタンダードでシンプルなストーリー。語られるエピソードのひとつひとつがわかりやすく、現代の読者には非常に予想しやすい展開といえるだろう。
だが、表面的には単純であっても、テヴィスの語りは実に力強く鋭い。ギャンブラーたちの荒んだ生き様を見せながらも、その心の奥底に潜む孤独や優しさも同時に掘り起こす。さらには戦いのドラマを通じ、人間の誇りとは何か、というところまで問いつめてゆく。
したがって本書は素晴らしいギャンブル小説であると同時に、ピカレスクロマンあるいはビルドゥングスロマンでもある。リチャード・ジェサップの『シンシナティ・キッド』が好きだ、という人には間違いなくおすすめ。
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『このミステリーがすごい!2008年版』(宝島社)
読まなきゃいけない本は数々あれど、本日は『このミステリーがすごい!2008年版』でお茶を濁すこととす。
まず目を引くのは装丁。箔押し加工というやつでなかなか金がかかっているにもかかわらず、20周年記念ということで定価は抑えめ。ただ、これは20周年だからというわけではなく、もしかしたら早川書房への牽制かも(笑)。そもそも海堂尊の書き下ろし短編以外に目立った20周年企画がないものなぁ。
と、思っていたら、巻末に別冊宝島で『『このミステリーがすごい!』20年史』の予告が。ううむ、こちらも商売熱心。面白そうな企画は全部そっちか。
さて、肝心のランキングだが、国産ものは現代の作家をまったく読まないため、感想の持ちようがない。わずかに『離れた家』と『X橋付近』のみ読了という有り様だが、『離れた家』は割とあちらこちらのブログでも目にしていたから驚きはしなかったものの、『X橋付近』の10位はよく入ったな。版元も地方だし、人気の本格系でもなし。これが10位に入ったということは選者もそれなりに読んだ者、評価した者が多かったということだから、僭越ながら思わず感心してしまった。<いったい何様
一方の海外ものは読み終えたばかりの『ウォッチメイカー』が1位。他の面子を見てもまあ妥当なところか。買ったはいいが積んだままの本が多いため、こちらも大した感想は書けないが、ベスト10にディヴァインやゴアズ、ウィリアム・ブリテンあたりが入っているのは嬉しいなぁ。ほんと、早く読まなきゃ。
あと、ボリス・アクーニンとセバスチャン・フィツェックは、いろいろなランキングや書評を見ているうちにだんだん気になってきた。岩波書店と柏書房、どちらもミステリとは無縁の版元だが、早川とか創元とか大手以外で注目作が出ると何となく嬉しいのはなぜなんだろう?
まず目を引くのは装丁。箔押し加工というやつでなかなか金がかかっているにもかかわらず、20周年記念ということで定価は抑えめ。ただ、これは20周年だからというわけではなく、もしかしたら早川書房への牽制かも(笑)。そもそも海堂尊の書き下ろし短編以外に目立った20周年企画がないものなぁ。
と、思っていたら、巻末に別冊宝島で『『このミステリーがすごい!』20年史』の予告が。ううむ、こちらも商売熱心。面白そうな企画は全部そっちか。
さて、肝心のランキングだが、国産ものは現代の作家をまったく読まないため、感想の持ちようがない。わずかに『離れた家』と『X橋付近』のみ読了という有り様だが、『離れた家』は割とあちらこちらのブログでも目にしていたから驚きはしなかったものの、『X橋付近』の10位はよく入ったな。版元も地方だし、人気の本格系でもなし。これが10位に入ったということは選者もそれなりに読んだ者、評価した者が多かったということだから、僭越ながら思わず感心してしまった。<いったい何様
一方の海外ものは読み終えたばかりの『ウォッチメイカー』が1位。他の面子を見てもまあ妥当なところか。買ったはいいが積んだままの本が多いため、こちらも大した感想は書けないが、ベスト10にディヴァインやゴアズ、ウィリアム・ブリテンあたりが入っているのは嬉しいなぁ。ほんと、早く読まなきゃ。
あと、ボリス・アクーニンとセバスチャン・フィツェックは、いろいろなランキングや書評を見ているうちにだんだん気になってきた。岩波書店と柏書房、どちらもミステリとは無縁の版元だが、早川とか創元とか大手以外で注目作が出ると何となく嬉しいのはなぜなんだろう?
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ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』(文藝春秋)
忙しいところに加えて、本格的忘年会シーズンに突入。後半はもうへろへろ。読書ペースもひどく落ちているが、ようやくジェフリー・ディーヴァーの『ウォッチメイカー』を読了。
惨たらしい手口で次々と犯行を重ねてゆく殺人鬼「ウォッチメイカー」。手がかりは現場に残されたアンティーク時計。やがてその時計が十個買われていたことが判明し、それは犯行がまだまだ続くことを意味していた。リンカーン・ライムは尋問の天才、キャサリン・ダンスらと協力し、次の犯行を阻止しようと奮闘する。一方、刑事アメリアは「ウォッチメイカー」事件だけでなく、自殺を擬装して殺された会計士の事件も同時に進めていた。だが捜査を続けるうち、警察の汚職事件がクロスオーバーする……。
基本的にはハズレなしのリンカーン・ライム・シリーズ。どの作品も高い水準をクリアしているし、キャラクターは魅力的。広く受け入れられる魅力を持っていることは誰もが認めるところだろう。
だが、確かに楽しく読めるものの、個人的には不満もないではない。いつまでも重度の身体障害者という主人公を使う意味には疑問があるし、当初は斬新だった鑑識捜査をベースにした謎解きも、ここまで続くと大した驚きもない。また、あまりにその鑑識捜査がスーパーすぎることから、主人公たちがどんなに危機的状況に陥っても絶対ひっくり返すだろうという安心感は、サスペンス的に大きなマイナスである。そして敵役の設定によって、作品の魅力も大きく左右されるところも気になる。過去では『石の猿』や『12番目のカード』が犯人の弱さでやや失速気味だった例といえるだろう。
さて、本作だが、まずは文句なしの傑作といっていいだろう。上に挙げたような不満もないではないが、それを吹き飛ばすだけの創意工夫に満ちた作品なのである。
ポイントはやはり敵役の設定。そして緻密なプロット。ネタバレになるので詳しくは書かないが、中盤以降のどんでん返しに次ぐどんでん返しは、こちらの予想を完全に裏切るもので、これまでのサイコスリラーとは一線を画すといってよい。ただ、いたずらに読者を驚かせるのではなく、非常に立体的な仕掛けが施されているといえばいいか。ライムとアメリア、ふたつの事件が交錯するのは予想どおりとしても、こういう展開は読めなかった。
また、新キャラクターのキャサリン・ダンスが実にいい。これまでの科学的捜査と対比する形での尋問テクニックは非常に魅力的で、さすがのライムも若干影が薄く見えるほどだ(というか本作のライムはとりわけ印象が薄く、これも特殊な主人公でシリーズを続けることの難しさといえる)。作者自身もこのダンスというキャラクターは気に入ったようで、案の定、彼女を主人公とした単独作品も今年本国で刊行されているらしい。
シリーズが続くことに対しては相変わらず危惧するものの、ひとまず本作には脱帽である。おすすめ。
惨たらしい手口で次々と犯行を重ねてゆく殺人鬼「ウォッチメイカー」。手がかりは現場に残されたアンティーク時計。やがてその時計が十個買われていたことが判明し、それは犯行がまだまだ続くことを意味していた。リンカーン・ライムは尋問の天才、キャサリン・ダンスらと協力し、次の犯行を阻止しようと奮闘する。一方、刑事アメリアは「ウォッチメイカー」事件だけでなく、自殺を擬装して殺された会計士の事件も同時に進めていた。だが捜査を続けるうち、警察の汚職事件がクロスオーバーする……。
基本的にはハズレなしのリンカーン・ライム・シリーズ。どの作品も高い水準をクリアしているし、キャラクターは魅力的。広く受け入れられる魅力を持っていることは誰もが認めるところだろう。
だが、確かに楽しく読めるものの、個人的には不満もないではない。いつまでも重度の身体障害者という主人公を使う意味には疑問があるし、当初は斬新だった鑑識捜査をベースにした謎解きも、ここまで続くと大した驚きもない。また、あまりにその鑑識捜査がスーパーすぎることから、主人公たちがどんなに危機的状況に陥っても絶対ひっくり返すだろうという安心感は、サスペンス的に大きなマイナスである。そして敵役の設定によって、作品の魅力も大きく左右されるところも気になる。過去では『石の猿』や『12番目のカード』が犯人の弱さでやや失速気味だった例といえるだろう。
さて、本作だが、まずは文句なしの傑作といっていいだろう。上に挙げたような不満もないではないが、それを吹き飛ばすだけの創意工夫に満ちた作品なのである。
ポイントはやはり敵役の設定。そして緻密なプロット。ネタバレになるので詳しくは書かないが、中盤以降のどんでん返しに次ぐどんでん返しは、こちらの予想を完全に裏切るもので、これまでのサイコスリラーとは一線を画すといってよい。ただ、いたずらに読者を驚かせるのではなく、非常に立体的な仕掛けが施されているといえばいいか。ライムとアメリア、ふたつの事件が交錯するのは予想どおりとしても、こういう展開は読めなかった。
また、新キャラクターのキャサリン・ダンスが実にいい。これまでの科学的捜査と対比する形での尋問テクニックは非常に魅力的で、さすがのライムも若干影が薄く見えるほどだ(というか本作のライムはとりわけ印象が薄く、これも特殊な主人公でシリーズを続けることの難しさといえる)。作者自身もこのダンスというキャラクターは気に入ったようで、案の定、彼女を主人公とした単独作品も今年本国で刊行されているらしい。
シリーズが続くことに対しては相変わらず危惧するものの、ひとまず本作には脱帽である。おすすめ。
仕事の関係で電子書籍というものにけっこう興味を持っている。PCでは青空文庫が有名だし、モバイル系ではすでにケータイ小説なんていうものが大流行。海外ではAmazonが専用の端末を発売してなかなかの人気だという。ただ、音楽などの分野とは違って、どうもこの「本」という存在は、単に読めればいいというわけにいかないようで、絶対的なシステム=スタンダードがまだ存在していない分野でもある。要は勝ち組知らず。
そんななかニンテンドーDS用ソフトとして『DS文学全集』なるものが発売された。長短編合わせて100作を収録しており、値段もリーズナブル。通勤時に読むものがなくなったときの保険として良さげである。で、先日買って試してみたわけだが、画面で「本」を読むという行為に対して抵抗さえなければ、やはり便利である。
携帯電話でも青空文庫などを試してはみたのだが、あちらは画面が小さいため、表示される情報量が少ない上に目が疲れやすい。また、市販されているブックリーダー専用機はとにかく高価。収録作の追加ダウンロードができることを考えると、『DS文学全集』のコストパフォーマンスはかなり高いといえる。
だが、本日は、そんなことを書きたかったのではない。実はこのソフト、収録されている作品はすべて青空文庫のデータを提供してもらっている。それはすなわち版権が切れた古い作品ばかりであることを意味しているのだが、まあ、そこまでは別にかまわない。興味をひくのは、その中になぜかマニアックな探偵小説がピックアップされていることだ。
例えばこんな具合である。
海野十三 「蠅男」「東京要塞」
押川春浪 「海底軍艦」
岡本綺堂 「玉藻の前」
夢野久作 「少女地獄」
岡本綺堂あたりはまだ理解できるとしても、『蠅男』や『海底軍艦』を入れる理由がよくわからない。このソフトはマニア向けではなく、あくまで一般の本好きに向けてのもの。その他の収録作品は当然ながら『坊っちゃん』とか『走れメロス』とか『注文の多い料理店』なのである。それらと共に『蠅男』を採った根拠を、ぜひとも選者に聞きたい。そもそも押川春浪など新刊書店では決してお目にかかれない代物だ(あ、今はちくま文庫があるか)。
だが、驚きはこれで終わりではない。実は任天堂以外にも同タイプのソフトが出ており、そちらにもやはり探偵小説が収録されているのである。まずはスパイクの『一度は読んでおきたい日本文学100選』から。
小栗虫太郎「後光殺人事件」
夢野久作 「ルルとミミ」「瓶詰地獄」
数は少ないが、よりによって小栗虫太郎、しかも『後光殺人事件』(笑)。どんな文学全集だよ。言っておくが、こちらもその他の収録作は芥川龍之介や夏目漱石、太宰治などなど極めてまともである。だからよけいに小栗虫太郎が目立つのだ。
そして真打ち。ドラスの『図書館DS 名作&推理&怪談&文学』。
このソフトはタイトルを見ればわかるとおり、はじめから文学とエンターテインメントの折衷路線である。そのものずばり「推理」と謳っているから、心の準備はできていたのだが……。ではその「推理」部門収録作を公開しよう。
コナン・ドイル 「空家の冒険」「黄色な顔」
「グロリア・スコット号」「入院患者」
海野十三 「浮かぶ飛行島」「火星兵団」
「十八時の音楽浴」「太平洋魔城」
「地球要塞」「東京要塞」
エドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルスン」
「黒猫」「黄金虫」「盗まれた手紙」
「モルグ街の殺人事件」「早すぎる埋葬」
大阪圭吉 「カンカン虫殺人事件」「幽霊妻」
小栗虫太郎 「失楽園殺人事件」「白蟻」
「聖アレキセイ寺院の惨劇」「後光殺人事件」
G・K・チェスタートン「金の十字架の呪い」
黒岩涙香 「無惨」「幽霊塔」
甲賀三郎 「蜘蛛」
小酒井不木 「恋愛曲線」
チャールズ・ディケンズ「クリスマス・カロル」
モーリス・ルブラン「探偵小説アルセーヌ・ルパン」
これは凄すぎる。小栗虫太郎の一作ぐらいで騒いだことが恥ずかしくなるほど充実した内容であり、ツッコミどころ満載。
ホームズのセレクトは微妙だし、ルパンものだって版権の絡みとはいえ、よりによって「探偵小説アルセーヌ・ルパン」というタイトルのものを採用しなくてもよかろうに。おまけに「クリスマス・カロル」を推理小説に含めるか。ポーの充実振りもなんだか妙だ。
そして何より。DSというメジャー級のゲーム機のソフトに、黒岩涙香や大阪圭吉らを普通に採用してしまうというこの勇気、というか暴挙。ふだん推理小説など読まない人が、このソフトを買って推理小説とはこういうものなのだという認識をもってしまったら、いったいどう責任をとるのか(笑)。
狙ってやっているのか、あるいは純粋にセレクトした結果なのか、ぜひとも真相を知りたいものだ。そして、このカオス状態のソフトには、ぜひとも第二弾を期待したい。復刻ブームはここまで来た(笑)。
そんななかニンテンドーDS用ソフトとして『DS文学全集』なるものが発売された。長短編合わせて100作を収録しており、値段もリーズナブル。通勤時に読むものがなくなったときの保険として良さげである。で、先日買って試してみたわけだが、画面で「本」を読むという行為に対して抵抗さえなければ、やはり便利である。
携帯電話でも青空文庫などを試してはみたのだが、あちらは画面が小さいため、表示される情報量が少ない上に目が疲れやすい。また、市販されているブックリーダー専用機はとにかく高価。収録作の追加ダウンロードができることを考えると、『DS文学全集』のコストパフォーマンスはかなり高いといえる。
だが、本日は、そんなことを書きたかったのではない。実はこのソフト、収録されている作品はすべて青空文庫のデータを提供してもらっている。それはすなわち版権が切れた古い作品ばかりであることを意味しているのだが、まあ、そこまでは別にかまわない。興味をひくのは、その中になぜかマニアックな探偵小説がピックアップされていることだ。
例えばこんな具合である。
海野十三 「蠅男」「東京要塞」
押川春浪 「海底軍艦」
岡本綺堂 「玉藻の前」
夢野久作 「少女地獄」
岡本綺堂あたりはまだ理解できるとしても、『蠅男』や『海底軍艦』を入れる理由がよくわからない。このソフトはマニア向けではなく、あくまで一般の本好きに向けてのもの。その他の収録作品は当然ながら『坊っちゃん』とか『走れメロス』とか『注文の多い料理店』なのである。それらと共に『蠅男』を採った根拠を、ぜひとも選者に聞きたい。そもそも押川春浪など新刊書店では決してお目にかかれない代物だ(あ、今はちくま文庫があるか)。
だが、驚きはこれで終わりではない。実は任天堂以外にも同タイプのソフトが出ており、そちらにもやはり探偵小説が収録されているのである。まずはスパイクの『一度は読んでおきたい日本文学100選』から。
小栗虫太郎「後光殺人事件」
夢野久作 「ルルとミミ」「瓶詰地獄」
数は少ないが、よりによって小栗虫太郎、しかも『後光殺人事件』(笑)。どんな文学全集だよ。言っておくが、こちらもその他の収録作は芥川龍之介や夏目漱石、太宰治などなど極めてまともである。だからよけいに小栗虫太郎が目立つのだ。
そして真打ち。ドラスの『図書館DS 名作&推理&怪談&文学』。
このソフトはタイトルを見ればわかるとおり、はじめから文学とエンターテインメントの折衷路線である。そのものずばり「推理」と謳っているから、心の準備はできていたのだが……。ではその「推理」部門収録作を公開しよう。
コナン・ドイル 「空家の冒険」「黄色な顔」
「グロリア・スコット号」「入院患者」
海野十三 「浮かぶ飛行島」「火星兵団」
「十八時の音楽浴」「太平洋魔城」
「地球要塞」「東京要塞」
エドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルスン」
「黒猫」「黄金虫」「盗まれた手紙」
「モルグ街の殺人事件」「早すぎる埋葬」
大阪圭吉 「カンカン虫殺人事件」「幽霊妻」
小栗虫太郎 「失楽園殺人事件」「白蟻」
「聖アレキセイ寺院の惨劇」「後光殺人事件」
G・K・チェスタートン「金の十字架の呪い」
黒岩涙香 「無惨」「幽霊塔」
甲賀三郎 「蜘蛛」
小酒井不木 「恋愛曲線」
チャールズ・ディケンズ「クリスマス・カロル」
モーリス・ルブラン「探偵小説アルセーヌ・ルパン」
これは凄すぎる。小栗虫太郎の一作ぐらいで騒いだことが恥ずかしくなるほど充実した内容であり、ツッコミどころ満載。
ホームズのセレクトは微妙だし、ルパンものだって版権の絡みとはいえ、よりによって「探偵小説アルセーヌ・ルパン」というタイトルのものを採用しなくてもよかろうに。おまけに「クリスマス・カロル」を推理小説に含めるか。ポーの充実振りもなんだか妙だ。
そして何より。DSというメジャー級のゲーム機のソフトに、黒岩涙香や大阪圭吉らを普通に採用してしまうというこの勇気、というか暴挙。ふだん推理小説など読まない人が、このソフトを買って推理小説とはこういうものなのだという認識をもってしまったら、いったいどう責任をとるのか(笑)。
狙ってやっているのか、あるいは純粋にセレクトした結果なのか、ぜひとも真相を知りたいものだ。そして、このカオス状態のソフトには、ぜひとも第二弾を期待したい。復刻ブームはここまで来た(笑)。
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『PLAYBOY』の「ミステリー徹夜本を探せ!」
ブログに画像などを入れてみることにする。先日の「横溝正史館」で試してみたのだが、いやさすがに見た目はよくなりますな。基本的にはテキスト系なれど、百聞は一見にしかずの言葉もあるので、これからはたまに画像なども入れてゆきまする。
今月号の『PLAYBOY』が、「ミステリー徹夜本を探せ!」と題してミステリー特集を組んでいるというので、実に久しぶりに買ってみる。内藤陳氏の連載があった頃(ふ、古い)はたまに買っていたものだが、いやあ、ずいぶん見ないうちに中の雰囲気も変わったなぁ。一部グラビアの金髪お姉ちゃんを除くと、意外に真面目な雑誌に見えるんだけど。
それはともかく。ミステリー特集の内容だ。
柱となる記事はふたつ。まずは「日本のミステリー・ベスト100」。国産ミステリーのオールタイム・ベスト100なのだが、投票などではなく、大森望、北上次郎、日下三蔵、新保博久、関口苑生という五人による合議制で決定されるのがミソ。ノリとしては『本の雑誌』でやる今年のベスト10に近く、まあ早い話が声の大きな者の意見が通りやすい選考システムである(笑)。したがって読者はあまり順位など気にせず、こういう本があったのか、という感じで未読のものに触れる機会にすればよいだろう。ああ、こういうのを知り合い同士で一杯やりながらやると楽しいだろうなぁ。
もうひとつの柱は「第1回PLAYBOYミステリー大賞」。これはPLAYBOY版今年のベスト10だが、やはり大森望、香山二三郎、杉江松恋という三者による合議制。国産はほとんど読んでないので何ともいえないが、海外物はなかなか捻ってくる。訳のわからん投票よりこういう方が面白く感じるのは、やはり選者の個性が出るからで、有名作しか並ばないベストよりはよほど参考になる。まさか一位にアレをもってくるとは。こんなふうにされると読もうかなという気になってくるものなぁ。
なお国産・海外の二十作のうち、『PLAYBOY』の版元たる集英社の作品は一作も入ってない。この潔さはどうだ(笑)。
今月号の『PLAYBOY』が、「ミステリー徹夜本を探せ!」と題してミステリー特集を組んでいるというので、実に久しぶりに買ってみる。内藤陳氏の連載があった頃(ふ、古い)はたまに買っていたものだが、いやあ、ずいぶん見ないうちに中の雰囲気も変わったなぁ。一部グラビアの金髪お姉ちゃんを除くと、意外に真面目な雑誌に見えるんだけど。
それはともかく。ミステリー特集の内容だ。
柱となる記事はふたつ。まずは「日本のミステリー・ベスト100」。国産ミステリーのオールタイム・ベスト100なのだが、投票などではなく、大森望、北上次郎、日下三蔵、新保博久、関口苑生という五人による合議制で決定されるのがミソ。ノリとしては『本の雑誌』でやる今年のベスト10に近く、まあ早い話が声の大きな者の意見が通りやすい選考システムである(笑)。したがって読者はあまり順位など気にせず、こういう本があったのか、という感じで未読のものに触れる機会にすればよいだろう。ああ、こういうのを知り合い同士で一杯やりながらやると楽しいだろうなぁ。
もうひとつの柱は「第1回PLAYBOYミステリー大賞」。これはPLAYBOY版今年のベスト10だが、やはり大森望、香山二三郎、杉江松恋という三者による合議制。国産はほとんど読んでないので何ともいえないが、海外物はなかなか捻ってくる。訳のわからん投票よりこういう方が面白く感じるのは、やはり選者の個性が出るからで、有名作しか並ばないベストよりはよほど参考になる。まさか一位にアレをもってくるとは。こんなふうにされると読もうかなという気になってくるものなぁ。
なお国産・海外の二十作のうち、『PLAYBOY』の版元たる集英社の作品は一作も入ってない。この潔さはどうだ(笑)。
どうにも忙しくスケジュールのやりくりがままならない。金曜の夜になって今週末はなんとか休めそうだというので、急遽、土曜は八ヶ岳方面へ日帰りドライブにでかけることにする。
まあ基本的には八ヶ岳方面が目的地なのであるが、管理人の目的はその途中に立ち寄る山梨市の「笛吹川フルーツ公園」にあった。なにゆえ「笛吹川フルーツ公園」なのかというと、この春「横溝正史館」が園内にオープンしていたからである。
「横溝正史館」は決して大きな物でもないし、また、便利な場所にあるわけでもないので、ミステリファンでも直接訪れた人は少ないだろう。もしかするとその存在すら知らない人も多いかもしれない。そもそも「横溝正史館」とは、横溝正史が晩年まで執筆に使っていた成城の書斎をまるまる移転して出来た記念館であり、中にはいくつかの記念品や原稿などが展示してある。
「横溝正史館」がなぜ山梨という地にできたかというと、正史が療養に信州へ向かう途中で下車して散策したとかいう話もあるが、本当のところは、書斎を残すために尽力した、正史と交流のあった古書店主が、山梨県出身であったことが直接的な理由らしい。
で、実際訪ねてみての感想だが、建物も展示物も正直それほど驚くようなものではない。六畳間ほどの書斎と続き間の六畳(編集者が待機していた部屋か?)、十畳ほどの展示ルーム(当時の書庫)の三部屋からなり、正史愛用の家具から自筆原稿、乱歩から送られた扁額、映画のポスターなどが飾られている。たかだか20坪程度の書斎をベースにした記念館なので、これは致し方あるまい。
むしろ、いま自分が立っている正にその同じ場所で、当時の正史が執筆していたのだという感慨に浸るのが、正しい楽しみ方かもしれない。ただ、山梨市に罪はないけれども、この非常に健康的なフルーツ公園という地で、おどろどろしい物語に思いを馳せるのは、なかなか難しいぞ(笑)。
ちなみにボランティアでやっているというガイドさんがずいぶん気さくな方で、いろいろとお話も聞かせてもらったうえに、何かと親切にしていただき、非常に助かった。また、フルーツ公園内の売店では「金田一耕助アートウエーブ オリジナルポストカード」を売っている。杉本画伯の怖い絵とは趣きも違い、ずいぶんメルヘンチックで柔らかなタッチだが、まあ金田一耕助の絵葉書というだけでも珍しいので、当然ながら全セット購入。
なんだかんだで個人的にはまずまず楽しめたが、あまり過度に期待していくと肩すかしは必至。とにかく小さいのである。だが、何かの用事でこちら方面へ来た人は、時間があればついでに、ぐらいの気持ちならいい記念にはなるかも。あと、時間の都合で今回は見送ったが、この近くには竹中英太郎記念館もあり、遠方から訪ねる人であれば、これはぜひセットで見ておいたほうがよいだろう。
まあ基本的には八ヶ岳方面が目的地なのであるが、管理人の目的はその途中に立ち寄る山梨市の「笛吹川フルーツ公園」にあった。なにゆえ「笛吹川フルーツ公園」なのかというと、この春「横溝正史館」が園内にオープンしていたからである。
「横溝正史館」は決して大きな物でもないし、また、便利な場所にあるわけでもないので、ミステリファンでも直接訪れた人は少ないだろう。もしかするとその存在すら知らない人も多いかもしれない。そもそも「横溝正史館」とは、横溝正史が晩年まで執筆に使っていた成城の書斎をまるまる移転して出来た記念館であり、中にはいくつかの記念品や原稿などが展示してある。
「横溝正史館」がなぜ山梨という地にできたかというと、正史が療養に信州へ向かう途中で下車して散策したとかいう話もあるが、本当のところは、書斎を残すために尽力した、正史と交流のあった古書店主が、山梨県出身であったことが直接的な理由らしい。
で、実際訪ねてみての感想だが、建物も展示物も正直それほど驚くようなものではない。六畳間ほどの書斎と続き間の六畳(編集者が待機していた部屋か?)、十畳ほどの展示ルーム(当時の書庫)の三部屋からなり、正史愛用の家具から自筆原稿、乱歩から送られた扁額、映画のポスターなどが飾られている。たかだか20坪程度の書斎をベースにした記念館なので、これは致し方あるまい。
むしろ、いま自分が立っている正にその同じ場所で、当時の正史が執筆していたのだという感慨に浸るのが、正しい楽しみ方かもしれない。ただ、山梨市に罪はないけれども、この非常に健康的なフルーツ公園という地で、おどろどろしい物語に思いを馳せるのは、なかなか難しいぞ(笑)。
ちなみにボランティアでやっているというガイドさんがずいぶん気さくな方で、いろいろとお話も聞かせてもらったうえに、何かと親切にしていただき、非常に助かった。また、フルーツ公園内の売店では「金田一耕助アートウエーブ オリジナルポストカード」を売っている。杉本画伯の怖い絵とは趣きも違い、ずいぶんメルヘンチックで柔らかなタッチだが、まあ金田一耕助の絵葉書というだけでも珍しいので、当然ながら全セット購入。
なんだかんだで個人的にはまずまず楽しめたが、あまり過度に期待していくと肩すかしは必至。とにかく小さいのである。だが、何かの用事でこちら方面へ来た人は、時間があればついでに、ぐらいの気持ちならいい記念にはなるかも。あと、時間の都合で今回は見送ったが、この近くには竹中英太郎記念館もあり、遠方から訪ねる人であれば、これはぜひセットで見ておいたほうがよいだろう。