Posted in 09 2006
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矢崎存美『ぶたぶたの休日』(徳間デュアル文庫)
飽きもせずぶたぶたシリーズ。シリーズ三作目の『ぶたぶたの休日』を読む。
本書は、一作目と同様連作短編に戻っているが、ちょっと構成が凝っている。説明するのがちょっと面倒なんだが、まずは目次を見てほしい。
「お父さんの休日1」
「約束の未来」
「お父さんの休日2」
「評判のいい定食屋」
「お父さんの休日3」
「女優志願」
「お父さんの休日4」
このうち、いわゆる通常の短編は「約束の未来」「評判のいい定食屋」「女優志願」の三作で、それらの作品を「お父さんの休日」という作品がサンドイッチしている形なのだ。で、この「お父さんの休日」という作品が面白い。これはぶたぶたの休日をたまたま目撃したり、偶然にコンタクトしてしまった人たちの視点で語られた、いわばスケッチのような作品。とりたててストーリーなどはなく、本当にぶたぶたの休日がただ第三者の目で述べられているだけなのである。しかし、実をいうとぶたぶたの物語は、この語り部とぶたぶたの間合いこそが味なのである。
「約束の未来」をはじめとしたしっかりとした作品も確かにいい。だが、ぶたぶたが大活躍してしまっては、それはただのキャラクター頼みのお話であり、ディズニーがとうの昔からやっていることの焼き直しだ。著者の偉いところは、そんなキャラクターの魅力をあえて押し出さず、自然に(ある意味押し殺すようにして)表現しているところなのだ。だから「女優志願」のようにぶたぶたが生き生きとしている作品はお話としてはよくできていても、いまひとつ世界がぶたぶたらしく思えなかったりする。「評判のいい定食屋」のように、ぶたぶたはあくまで脇役っぽい方が似合うのだ(ただ、主人公の夫の言動だけはさすがに理解しがたいものがあるが)。そして、それを突き詰めると、結局は「お父さんの休日」のような作品がベストに感じられるのである。
本書は、一作目と同様連作短編に戻っているが、ちょっと構成が凝っている。説明するのがちょっと面倒なんだが、まずは目次を見てほしい。
「お父さんの休日1」
「約束の未来」
「お父さんの休日2」
「評判のいい定食屋」
「お父さんの休日3」
「女優志願」
「お父さんの休日4」
このうち、いわゆる通常の短編は「約束の未来」「評判のいい定食屋」「女優志願」の三作で、それらの作品を「お父さんの休日」という作品がサンドイッチしている形なのだ。で、この「お父さんの休日」という作品が面白い。これはぶたぶたの休日をたまたま目撃したり、偶然にコンタクトしてしまった人たちの視点で語られた、いわばスケッチのような作品。とりたててストーリーなどはなく、本当にぶたぶたの休日がただ第三者の目で述べられているだけなのである。しかし、実をいうとぶたぶたの物語は、この語り部とぶたぶたの間合いこそが味なのである。
「約束の未来」をはじめとしたしっかりとした作品も確かにいい。だが、ぶたぶたが大活躍してしまっては、それはただのキャラクター頼みのお話であり、ディズニーがとうの昔からやっていることの焼き直しだ。著者の偉いところは、そんなキャラクターの魅力をあえて押し出さず、自然に(ある意味押し殺すようにして)表現しているところなのだ。だから「女優志願」のようにぶたぶたが生き生きとしている作品はお話としてはよくできていても、いまひとつ世界がぶたぶたらしく思えなかったりする。「評判のいい定食屋」のように、ぶたぶたはあくまで脇役っぽい方が似合うのだ(ただ、主人公の夫の言動だけはさすがに理解しがたいものがあるが)。そして、それを突き詰めると、結局は「お父さんの休日」のような作品がベストに感じられるのである。
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マイクル・Z・リューイン『探偵学入門』(ハヤカワミステリ)
DVDで『サウンド・オブ・サンダー』を観る。監督ピーター・ハイアムズ、原作レイ・ブラッドベリという組み合わせには期待できたものの、できあがりはなかなか無惨なものであった。華に欠けるキャスト、素人目にもしょぼいCG、粗っぽいストーリーと、あまりお勧めできる代物ではない。実は制作途中でいろいろなアクシデントに見舞われたようで、かなり不運な映画ではあったらしい。しかしこれを劇場で観せられたお客さんこそいい面の皮である。
読了本はマイクル・Z・リューインの『探偵学入門』。
リューインは基本的には長篇作家だと思うが、この著者唯一の短編集は予想以上に上質。ことさらリューインが職人的作家だとは思わないが、長い物から短い物、コメディタッチからシリアスな物まで、意外と何でも器用にこなせることに驚いてしまった。ただ、リューインの語り口は、基本的に肩の凝らないマイルドな味わいである。「ミスター・ハード・マン」のような辛口も悪くないが、ルンギ一家もののようにユーモアを孕んだ方がより実力を発揮できるように感じられた。
あえて本書にケチをつけるとするなら、肝心のアルバート・サムスンものが入っていないこと。もうすぐ久々の長篇が出版されるということなのでそれまでの我慢か。
読了本はマイクル・Z・リューインの『探偵学入門』。
リューインは基本的には長篇作家だと思うが、この著者唯一の短編集は予想以上に上質。ことさらリューインが職人的作家だとは思わないが、長い物から短い物、コメディタッチからシリアスな物まで、意外と何でも器用にこなせることに驚いてしまった。ただ、リューインの語り口は、基本的に肩の凝らないマイルドな味わいである。「ミスター・ハード・マン」のような辛口も悪くないが、ルンギ一家もののようにユーモアを孕んだ方がより実力を発揮できるように感じられた。
あえて本書にケチをつけるとするなら、肝心のアルバート・サムスンものが入っていないこと。もうすぐ久々の長篇が出版されるということなのでそれまでの我慢か。
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東京ゲームショー2006
「東京ゲームショー2006」を視察に幕張へ。目玉となるPlayStation3は別格として、今年は携帯電話用のゲームが目立つ。DSの普及もそうだが、Mobile系のゲームも新しい時代に入りつつある。残念ながらWiiの展示はなく、ソフトの紹介がいくつかという程度にとどまる。
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矢崎存美『刑事ぶたぶた』(徳間デュアル文庫)
ぶたぶたのイメージが強く残っているうちに、と思い、続編の『刑事ぶたぶた』を読む。
連作短編集だった『ぶたぶた』とは異なり、本作は何と長編の刑事物、しかも複数の事件が平行して描かれる、いわゆるモジュラー型の構成である。まあ、だからといって本作がミステリというわけではないのだが、著者が警察小説のスタイルをしっかりと押さえていることにまずはニンマリ。こういうミステリのお約束を知っているのといないのとでは、やはり面白さの質も違ってくる。
さて、肝心の本編だが、語り部を新米刑事の立川青年に据え、配属先でベテラン刑事の山崎ぶたぶたとコンビを組むところからスタートする。刑事物などではお馴染みのシチュエーションだが、ベテラン刑事がくまのぬいぐるみという状況に、当然立川刑事は困惑する一方。しかし、ぶたぶたの活躍を目の当たりにするうちに深い敬愛の念をもつようになり、二人で幾多の事件に立ち向かうことになる……というお話。
もちろんミステリ的な興味で読む話ではなく、主眼はあくまで人間である。本作でもぶたぶたを狂言回し的に使うことによって、親子関係というテーマについて掘り下げていっている。二重三重に構築されたそのパターンに、読者は嫌でも自分の親子関係について考えるに違いない。著者の企みはなかなか巧みであり、そして相変わらずの面白さ。
ただ、どうなんだろう。長編ゆえか著者がぶたぶたのキャラクターに踏み込みすぎているのが気になった。あまりやりすぎると、せっかくの「ぶたぶた」という存在が醸し出すミステリアスな空気が薄れ、単なる受け狙いのキャラクターものに成り下がる危険も孕んでいるのではないか。余計なお世話かもしれないが、個人的にはもう少し控えめなぶたぶたが希望である。
連作短編集だった『ぶたぶた』とは異なり、本作は何と長編の刑事物、しかも複数の事件が平行して描かれる、いわゆるモジュラー型の構成である。まあ、だからといって本作がミステリというわけではないのだが、著者が警察小説のスタイルをしっかりと押さえていることにまずはニンマリ。こういうミステリのお約束を知っているのといないのとでは、やはり面白さの質も違ってくる。
さて、肝心の本編だが、語り部を新米刑事の立川青年に据え、配属先でベテラン刑事の山崎ぶたぶたとコンビを組むところからスタートする。刑事物などではお馴染みのシチュエーションだが、ベテラン刑事がくまのぬいぐるみという状況に、当然立川刑事は困惑する一方。しかし、ぶたぶたの活躍を目の当たりにするうちに深い敬愛の念をもつようになり、二人で幾多の事件に立ち向かうことになる……というお話。
もちろんミステリ的な興味で読む話ではなく、主眼はあくまで人間である。本作でもぶたぶたを狂言回し的に使うことによって、親子関係というテーマについて掘り下げていっている。二重三重に構築されたそのパターンに、読者は嫌でも自分の親子関係について考えるに違いない。著者の企みはなかなか巧みであり、そして相変わらずの面白さ。
ただ、どうなんだろう。長編ゆえか著者がぶたぶたのキャラクターに踏み込みすぎているのが気になった。あまりやりすぎると、せっかくの「ぶたぶた」という存在が醸し出すミステリアスな空気が薄れ、単なる受け狙いのキャラクターものに成り下がる危険も孕んでいるのではないか。余計なお世話かもしれないが、個人的にはもう少し控えめなぶたぶたが希望である。
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大森望、豊崎由美『文学賞メッタ斬り!リターンズ』(PARCO出版)
嫁さんの買い物につきあい、そのついでに書店や古書店を巡ってぶたぶたシリーズを買い集める。徳間デュアル文庫と光文社文庫ですべて揃うはずだが、『ぶたぶたの休日』『ぶたぶたのいる場所』は残念ながら見つからず。ま、そのうち揃うでしょ。
大森望と豊崎由美による『文学賞メッタ斬り!リターンズ』読了。
はやいもので前作からもう二年も経っている。内容は基本的に前作踏襲だが、強力な援軍として作家の島田雅彦氏が登場。これがまたいろいろと爆弾発言をかましたりして何とも楽しい。
斬られる当人たちにしてみればたまったものではないだろうが、大森望と豊崎由美の芸風が冴えているうえに、正鵠を射ているので、読んでいるこちらは拍手喝采。審査員が本を読んでいないとか、感情だけが先走るとか、そもそも文学論以前の話も多く、だからよけいに面白いのである。そしてこれが最大の功績だろうが、何より文学ガイドとしての価値が高い。面白いだけでは終わらないところが本書の偉いところである。
大森望と豊崎由美による『文学賞メッタ斬り!リターンズ』読了。
はやいもので前作からもう二年も経っている。内容は基本的に前作踏襲だが、強力な援軍として作家の島田雅彦氏が登場。これがまたいろいろと爆弾発言をかましたりして何とも楽しい。
斬られる当人たちにしてみればたまったものではないだろうが、大森望と豊崎由美の芸風が冴えているうえに、正鵠を射ているので、読んでいるこちらは拍手喝采。審査員が本を読んでいないとか、感情だけが先走るとか、そもそも文学論以前の話も多く、だからよけいに面白いのである。そしてこれが最大の功績だろうが、何より文学ガイドとしての価値が高い。面白いだけでは終わらないところが本書の偉いところである。
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矢崎存美『ぶたぶた』(徳間デュアル文庫)
矢崎存美『ぶたぶた』を読む。
数年前にはネット上でも少し話題になっていた本だが、なんせ徳間デュアル文庫というハイティーン向きのシリーズだし、主人公がぶたのぬいぐるみだしということで、当時はそれほど興味をそそられなかった作品である。別にそういうジャンルが嫌いとかいうわけではないのだが、可愛らしさを全面的に押し出した装丁などからわざとらしさを感じ、敬遠してしまったのかもしれない。けっこう前のことなのでもうはっきり覚えちゃいないのだが。
で、今回はたまたまブックオフで見つけ、たまたま読んだわけだが、想像していたよりははるかに面白かった。いや、面白いというよりは、やっぱり和むというべきだろう。
まず感心するのは、生きている「ぶたのぬいぐるみ」=「山崎ぶたぶた」の扱いや作中人物との距離感である。ぶたぶたの不思議(なぜ生きているのか、食事をどうやって食べているのか等々の疑問)に対しては作中でさらっと流すほか、主人公を人間側においたり、ぶたぶたを狂言回し的に使うことで、ファンタジー色を意識的に抑えている感じだ。これによってドラマがより自然に浮かび上がり、結果としてハートウォーミングな物語にありがちなあざとさも抑えられ、意外にも大人のための物語に仕上がっている(まあ、設定だけでも十分にあざといという話もあるが)。
ただ、狂言回しとは書いたが、ぶたぶたの存在感はそれでも十分に大きいし、ストレートにぶたぶたが主人公になるような話もある。しかし控えめな中年のおじさんと思しき設定がかなり効いており、この性格設定がなければ、ここまで癒しの力は生まれなかっただろう。
連作短編集という形も成功した理由のひとつか。ひとつひとつの話はワンパターンといえばワンパターンだ。ぶたぶたと偶然に知り合った人たちが、自然体で生きるぶたぶたと交友することによって、自分の生き方もちょっぴり素敵な方向に軌道修正していくという流れがほとんど。単品でも十分にいけるが、各作品に微妙につながりをもたせることで、ラストの話がいっそう効果的になっている。
ちなみに本書を読んで、フィービ&セルビ・ウォージントンの『○○やのくまさん』シリーズを思い出した。これは「郵便屋さん」や「パン屋さん」に扮したくまのぬいぐるみの一日を著した絵本のシリーズで、もしかしたら著者はこのシリーズをどこかで意識していたのかもしれない。気になった人はだまされたと思って、そちらも読んでみてください。きっと気に入るはず。
数年前にはネット上でも少し話題になっていた本だが、なんせ徳間デュアル文庫というハイティーン向きのシリーズだし、主人公がぶたのぬいぐるみだしということで、当時はそれほど興味をそそられなかった作品である。別にそういうジャンルが嫌いとかいうわけではないのだが、可愛らしさを全面的に押し出した装丁などからわざとらしさを感じ、敬遠してしまったのかもしれない。けっこう前のことなのでもうはっきり覚えちゃいないのだが。
で、今回はたまたまブックオフで見つけ、たまたま読んだわけだが、想像していたよりははるかに面白かった。いや、面白いというよりは、やっぱり和むというべきだろう。
まず感心するのは、生きている「ぶたのぬいぐるみ」=「山崎ぶたぶた」の扱いや作中人物との距離感である。ぶたぶたの不思議(なぜ生きているのか、食事をどうやって食べているのか等々の疑問)に対しては作中でさらっと流すほか、主人公を人間側においたり、ぶたぶたを狂言回し的に使うことで、ファンタジー色を意識的に抑えている感じだ。これによってドラマがより自然に浮かび上がり、結果としてハートウォーミングな物語にありがちなあざとさも抑えられ、意外にも大人のための物語に仕上がっている(まあ、設定だけでも十分にあざといという話もあるが)。
ただ、狂言回しとは書いたが、ぶたぶたの存在感はそれでも十分に大きいし、ストレートにぶたぶたが主人公になるような話もある。しかし控えめな中年のおじさんと思しき設定がかなり効いており、この性格設定がなければ、ここまで癒しの力は生まれなかっただろう。
連作短編集という形も成功した理由のひとつか。ひとつひとつの話はワンパターンといえばワンパターンだ。ぶたぶたと偶然に知り合った人たちが、自然体で生きるぶたぶたと交友することによって、自分の生き方もちょっぴり素敵な方向に軌道修正していくという流れがほとんど。単品でも十分にいけるが、各作品に微妙につながりをもたせることで、ラストの話がいっそう効果的になっている。
ちなみに本書を読んで、フィービ&セルビ・ウォージントンの『○○やのくまさん』シリーズを思い出した。これは「郵便屋さん」や「パン屋さん」に扮したくまのぬいぐるみの一日を著した絵本のシリーズで、もしかしたら著者はこのシリーズをどこかで意識していたのかもしれない。気になった人はだまされたと思って、そちらも読んでみてください。きっと気に入るはず。
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鮎川哲也『山荘の死』(出版芸術社)
出版芸術社の鮎川哲也コレクション挑戦篇I『山荘の死』を読む。鮎川哲也の短編から「読者への挑戦」を付されたものを集めたシリーズの一作目だ。このシリーズは全三作になるそうだが、「読者への挑戦」の付いた作品がこんなにあるとは思わなかった。まことに本格一本槍で作家人生をまっとうした著者らしい。まずは収録作から。
「達也が嗤う」
「ファラオの壷」
「実験室の悲劇」
「山荘の死」
「Nホテル・六〇六号室」
「伯父を殺す」
「非常口」
「月形半平の死」
「夜の散歩者」
「赤は死の色」
「新赤髪同盟」
「不完全犯罪」
「魚眠荘殺人事件」
で、感想だが、せっかく挑戦ものとして組まれた作品集なのだが、あまり挑戦云々に固執するとクイズ性が強くなりすぎ、小説としての面白みが激減する印象を受けた。
面白みのない文章を読まされ、ただただ文中から犯人の犯したミス探しをするような、そんなクイズまがいの小説は正直読みたくない。「読者への挑戦」を否定するわけではないし、稚気は歓迎するところだが、当時の事情として、それにこだわる必要があったのだろうか。
そんな中での幸福な例外が「達也が嗤う」。まあ、有名な作品なので今更という感じもするが、メイントリックの使い方といい、遊び心といい、最高である。他では「山荘の死」「赤は死の色」。三作ともある意味「山荘もの」となったところに、個人的な趣味も出ていて思わず苦笑。
「達也が嗤う」
「ファラオの壷」
「実験室の悲劇」
「山荘の死」
「Nホテル・六〇六号室」
「伯父を殺す」
「非常口」
「月形半平の死」
「夜の散歩者」
「赤は死の色」
「新赤髪同盟」
「不完全犯罪」
「魚眠荘殺人事件」
で、感想だが、せっかく挑戦ものとして組まれた作品集なのだが、あまり挑戦云々に固執するとクイズ性が強くなりすぎ、小説としての面白みが激減する印象を受けた。
面白みのない文章を読まされ、ただただ文中から犯人の犯したミス探しをするような、そんなクイズまがいの小説は正直読みたくない。「読者への挑戦」を否定するわけではないし、稚気は歓迎するところだが、当時の事情として、それにこだわる必要があったのだろうか。
そんな中での幸福な例外が「達也が嗤う」。まあ、有名な作品なので今更という感じもするが、メイントリックの使い方といい、遊び心といい、最高である。他では「山荘の死」「赤は死の色」。三作ともある意味「山荘もの」となったところに、個人的な趣味も出ていて思わず苦笑。
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M・J・アドラー、C・V・ドーレン『本を読む本』(講談社学術文庫)
M・J・アドラー、C・V・ドーレンによる『本を読む本』を読む。
タイトルどおり「本を読むための技術」について書かれた本。
「けっ、読書に技術がいるかってんだ、べらぼうめっ。本なんてもなぁ心で読むんだよ、心で」なんて声が聞こえてきそうだが、ここでいう読書というのは、娯楽のための読書は含まない。主に知識や教養を高めるための読書であり、そういう読書本来の意味を考えつつ、読書によって自らを高めていこう、それには「積極的な読書」を実践すべきであり、そしてそのためにはこのような手段を用いるといいのだ、という手引きの書なのである。
著者は指標として、読書のレベルを4段階に分けている。
その文は何を述べているか理解するための初級読書。次に、その本は何について書かれているかを検討する点検読書。三つ目が徹底的に読み込む分析読書。最後が、ひとつの主題についていくつもの本を関連づけて読み、研究するシントピカル読書だ。
ほとんどの人が点検読書止まりの昨今、著者は分析読書の重要性を説き、それを身につけることが、自らを高めることにつながるのだと主張する。まさしく本を読むことの意義がそこにある。すなわち真実を見出すことだ。本の中身が真実なのではない。本から得たものを咀嚼し、消化することによって、自ら真実を導き出せるようになるのが理想なのだ。まあ、大変な高みではありますが。
訳文も読みやすいうえに得るものも多い、希に見る良書。ものを書く人には必読といってもいいくらいだが、できれば高校生、大学生のうちに出会っておきたい一冊である。
タイトルどおり「本を読むための技術」について書かれた本。
「けっ、読書に技術がいるかってんだ、べらぼうめっ。本なんてもなぁ心で読むんだよ、心で」なんて声が聞こえてきそうだが、ここでいう読書というのは、娯楽のための読書は含まない。主に知識や教養を高めるための読書であり、そういう読書本来の意味を考えつつ、読書によって自らを高めていこう、それには「積極的な読書」を実践すべきであり、そしてそのためにはこのような手段を用いるといいのだ、という手引きの書なのである。
著者は指標として、読書のレベルを4段階に分けている。
その文は何を述べているか理解するための初級読書。次に、その本は何について書かれているかを検討する点検読書。三つ目が徹底的に読み込む分析読書。最後が、ひとつの主題についていくつもの本を関連づけて読み、研究するシントピカル読書だ。
ほとんどの人が点検読書止まりの昨今、著者は分析読書の重要性を説き、それを身につけることが、自らを高めることにつながるのだと主張する。まさしく本を読むことの意義がそこにある。すなわち真実を見出すことだ。本の中身が真実なのではない。本から得たものを咀嚼し、消化することによって、自ら真実を導き出せるようになるのが理想なのだ。まあ、大変な高みではありますが。
訳文も読みやすいうえに得るものも多い、希に見る良書。ものを書く人には必読といってもいいくらいだが、できれば高校生、大学生のうちに出会っておきたい一冊である。
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シャーロット・アームストロング『疑われざる者』(ハヤカワ文庫)
嫁さんが友人と寄席にいくというので、こちらは所沢の古書市へ。
今回はミステリ特集コーナーがあって、探す手間がかなり省けるのが助かった。とはいえそれは誰しも同じ条件なので、当然ながら掘り出し物など残っているはずもない。ジェームズ・ハーバートの『鼠』とかリチャード・カーチスの『スクワーム』など、文字どおりのゲテモノを購入してお茶を濁す。
シャーロット・アームストロングの『疑われざる者』読了。
簡単にいうと、恋人を殺された青年フランシスの復讐譚。憎むべき男グランディスンは財産目的で二人の娘を養育しながら、邸宅で暮らしている。そこへ片方の娘マティルダが事故で行方不明ときき、フランシスは証拠集めのため、彼女の婚約者と称して一家のもとへ潜入を果たす。だが、死んだと思っていたマティルダが生きて戻ってきたことから、フランシスに危険が迫る……。
サスペンスの女王と称される著者ならではの凝った設定がみそ。冒頭でネタばらしがすんでいるので、基本的にはフランシス対グランディスンの対決が軸となる。ここにグランディスンの擁護なくしては生きられないマティルダの自立や恋愛などが絡み、物語に膨らみを与えているわけである。だが、このマティルダが曲者。
実は一見すると物語の主人公はフランシスだが、著者の視線は常にマティルダに向けられており、後半はすっかりマティルダが主人公に取って代わってしまうのだ。それにあわせて本書の印象も、恋人を殺された男の復讐譚から、女性の自立物語に変わってしまい、とにかくこのアンバランスさが気になった。それなら素直に初めからマティルダを主人公にして、フランシスの正体を明かさなかった方が、よりミステリアスでサスペンスも盛り上がったように思うのだが。傑作と評されることの多い本書だが、個人的にはいまいち。
今回はミステリ特集コーナーがあって、探す手間がかなり省けるのが助かった。とはいえそれは誰しも同じ条件なので、当然ながら掘り出し物など残っているはずもない。ジェームズ・ハーバートの『鼠』とかリチャード・カーチスの『スクワーム』など、文字どおりのゲテモノを購入してお茶を濁す。
シャーロット・アームストロングの『疑われざる者』読了。
簡単にいうと、恋人を殺された青年フランシスの復讐譚。憎むべき男グランディスンは財産目的で二人の娘を養育しながら、邸宅で暮らしている。そこへ片方の娘マティルダが事故で行方不明ときき、フランシスは証拠集めのため、彼女の婚約者と称して一家のもとへ潜入を果たす。だが、死んだと思っていたマティルダが生きて戻ってきたことから、フランシスに危険が迫る……。
サスペンスの女王と称される著者ならではの凝った設定がみそ。冒頭でネタばらしがすんでいるので、基本的にはフランシス対グランディスンの対決が軸となる。ここにグランディスンの擁護なくしては生きられないマティルダの自立や恋愛などが絡み、物語に膨らみを与えているわけである。だが、このマティルダが曲者。
実は一見すると物語の主人公はフランシスだが、著者の視線は常にマティルダに向けられており、後半はすっかりマティルダが主人公に取って代わってしまうのだ。それにあわせて本書の印象も、恋人を殺された男の復讐譚から、女性の自立物語に変わってしまい、とにかくこのアンバランスさが気になった。それなら素直に初めからマティルダを主人公にして、フランシスの正体を明かさなかった方が、よりミステリアスでサスペンスも盛り上がったように思うのだが。傑作と評されることの多い本書だが、個人的にはいまいち。
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ジャン=ポール・サロメ『ルパン』
ケーブルテレビで『ルパン』を観る。監督はジャン=ポール・サロメ。
ルパン生誕100周年に合わせて映画化され、昨年公開されたものだ。これといった原作はないようで、いくつかの作品からネタを集め、それを基にオリジナル脚本をおこしたらしい。
結果から言うと見事に自爆した作品。とにかくいろいろな要素を詰め込みすぎるのと、ルパンやカリオストロ伯爵夫人を初めとする主要4人の人間関係がどうしようもないほどハチャメチャである。各人の言動にもいまいち説得力が無く、ついでにいえばルパンの盗みのテクニックもいまにいまさん。ご都合主義も満載で、悪い意味でハリウッドの影響を受けすぎたフランス映画の典型である。
蛇足だが、今回視聴のために利用したのが、ケーブルテレビのオンデマンドという代物。料金もレンタル並だし、出かける手間もなく便利なのだが、いかんせんメニューが少なすぎ。今の10倍ぐらいないと選ぶ楽しみがなくて困る。他の会社もこんなもの? それともうちが契約している会社だけ?
ルパン生誕100周年に合わせて映画化され、昨年公開されたものだ。これといった原作はないようで、いくつかの作品からネタを集め、それを基にオリジナル脚本をおこしたらしい。
結果から言うと見事に自爆した作品。とにかくいろいろな要素を詰め込みすぎるのと、ルパンやカリオストロ伯爵夫人を初めとする主要4人の人間関係がどうしようもないほどハチャメチャである。各人の言動にもいまいち説得力が無く、ついでにいえばルパンの盗みのテクニックもいまにいまさん。ご都合主義も満載で、悪い意味でハリウッドの影響を受けすぎたフランス映画の典型である。
蛇足だが、今回視聴のために利用したのが、ケーブルテレビのオンデマンドという代物。料金もレンタル並だし、出かける手間もなく便利なのだが、いかんせんメニューが少なすぎ。今の10倍ぐらいないと選ぶ楽しみがなくて困る。他の会社もこんなもの? それともうちが契約している会社だけ?
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鮎川哲也『本格ミステリーを楽しむ法』(晶文社)
夜寝る前にベッドでぼちぼち読み進めていた鮎川哲也のエッセイ集『本格ミステリーを楽しむ法』をようやく読了する。当時集められるだけ集めた数々の氏のエッセイやコラムを一冊にまとめた本だ。
本格ミステリーについての論評や他の作家の話、そして珍しくプライベートな話なども盛り込まれ、かなりのボリュームがあるが、語り口はなめらかで肩の凝らない楽しい一冊に仕上がっている。とはいえ日本ミステリの貴重な歴史の一ページであることは間違いないところで、日本ミステリをしっかりと読み込んでいきたいと考える人なら(そんな人がどれだけいるか知らぬが)、必読といってもよいだろう。この良書を鮎川哲也ファンだけに読ませておくのは少々もったいない(笑)。
残念ながら今では古書店でしか手に入らぬ代物だが、三千円以下なら間違いなく買い。
本格ミステリーについての論評や他の作家の話、そして珍しくプライベートな話なども盛り込まれ、かなりのボリュームがあるが、語り口はなめらかで肩の凝らない楽しい一冊に仕上がっている。とはいえ日本ミステリの貴重な歴史の一ページであることは間違いないところで、日本ミステリをしっかりと読み込んでいきたいと考える人なら(そんな人がどれだけいるか知らぬが)、必読といってもよいだろう。この良書を鮎川哲也ファンだけに読ませておくのは少々もったいない(笑)。
残念ながら今では古書店でしか手に入らぬ代物だが、三千円以下なら間違いなく買い。
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ダフネ・デュ・モーリア『破局』(早川書房)
先月が期末で案の定後半はばたばた。他の仕事もなぜか同時にピークを迎えて、先週は月曜から木曜までずっと午前様という始末だったが、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。
ダフネ・デュ・モーリアの『破局』を読む。改装版異色作家短編集、目玉のひとつ。個人的には『レベッカ』よりも短編集『鳥』でこの人の凄さを認識したこともあるし、第一、これまで古書でゲットする機会がなかったので、喜びもひとしお。
収録作は以下のとおり。
The Alibi「アリバイ」
The Blue Lenses「青いレンズ」
Ganymade「美少年」
The Archduchess「皇女」
The Lordly Ones「荒れ野」
The Limpet「あおがい」
異色作家短編集の楽しみといえば、鮮やかなオチとか心理的な恐怖、といったものがメインになろうかと思われるが、デュ・モーリアの作風は、それらの要素とは似ているようでまた少し異なった趣がある。
「あおがい」などは特にその傾向が顕著で、主人公の奇妙な疎外感とでもいおうか、屈折した心理が怖いような可笑しいような、微妙なタッチで語られる。その他の作品も、おおむね主人公と周囲のズレを描いたものが多く、作品世界の持つ不安定感(不安感ではに)が魅力ともいえるのではないか。
とにかく期待に違わぬハイレベルの作品集。おすすめ。
ダフネ・デュ・モーリアの『破局』を読む。改装版異色作家短編集、目玉のひとつ。個人的には『レベッカ』よりも短編集『鳥』でこの人の凄さを認識したこともあるし、第一、これまで古書でゲットする機会がなかったので、喜びもひとしお。
収録作は以下のとおり。
The Alibi「アリバイ」
The Blue Lenses「青いレンズ」
Ganymade「美少年」
The Archduchess「皇女」
The Lordly Ones「荒れ野」
The Limpet「あおがい」
異色作家短編集の楽しみといえば、鮮やかなオチとか心理的な恐怖、といったものがメインになろうかと思われるが、デュ・モーリアの作風は、それらの要素とは似ているようでまた少し異なった趣がある。
「あおがい」などは特にその傾向が顕著で、主人公の奇妙な疎外感とでもいおうか、屈折した心理が怖いような可笑しいような、微妙なタッチで語られる。その他の作品も、おおむね主人公と周囲のズレを描いたものが多く、作品世界の持つ不安定感(不安感ではに)が魅力ともいえるのではないか。
とにかく期待に違わぬハイレベルの作品集。おすすめ。