Posted in 02 2008
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S・H・コーティア『謀殺の火』(論創海外ミステリ)
本日の読了本はS・H・コーティアの『謀殺の火』。
タイトルとカバーデザインはけっこう内容を素直に表しているのだが、これがもうひとつインパクトに欠け、設定の面白さや奇抜さが全然伝わってこない。そのためなかなか読む気になれなかった一冊だったのだが、いやいや、これはいいじゃないですか。

渓谷に小さな集落を構え、酪農を中心にして暮らす人々がいた。だが、あるとき渓谷を大火災が襲い、36人の住民のうち9人が死亡するという悲劇が起こる。六年後、一人の男がその原因を究明しようと渓谷にやってきた。手がかりは渓谷で死んだ友人から送られてきた数々の手紙。果たして渓谷で彼がたどりつく真相とは……?
本作で注目すべきは、何といってもその結構にある。登場人物はほぼ主人公一人といってよい。彼が火災のあった渓谷を訪れ、親友の手紙をもとに焼け跡を巡り、事件の核心に着実に迫っていく構成は、実にスリリングだ。オーストラリアの過酷な大自然を背景にしていることも、独特の雰囲気を醸し出すことに成功しており、登場人物が一人とは思えないほどの不思議な迫力に満ちている。もちろん本格マインドも十分。
終盤、ある人物が登場することによって、逆に緊張感やサスペンスが失速気味になるのはやや残念だが、ラストではしっかりもう一撃食らわせてくれることもあるので良しとしよう。何より著者のチャレンジ精神、オリジナリティを高く評価したい。
なお、著者のS・H・コーティアはオーストラリアのミステリ作家。オーストラリア出身の作家といえば、最近ではパトリシア・カーロン、古いところではアーサー・アップフィールドなんてところが有名だが、先輩たちに続いて、コーティアもこの一作で日本に名を残すはずだ。
タイトルとカバーデザインはけっこう内容を素直に表しているのだが、これがもうひとつインパクトに欠け、設定の面白さや奇抜さが全然伝わってこない。そのためなかなか読む気になれなかった一冊だったのだが、いやいや、これはいいじゃないですか。

渓谷に小さな集落を構え、酪農を中心にして暮らす人々がいた。だが、あるとき渓谷を大火災が襲い、36人の住民のうち9人が死亡するという悲劇が起こる。六年後、一人の男がその原因を究明しようと渓谷にやってきた。手がかりは渓谷で死んだ友人から送られてきた数々の手紙。果たして渓谷で彼がたどりつく真相とは……?
本作で注目すべきは、何といってもその結構にある。登場人物はほぼ主人公一人といってよい。彼が火災のあった渓谷を訪れ、親友の手紙をもとに焼け跡を巡り、事件の核心に着実に迫っていく構成は、実にスリリングだ。オーストラリアの過酷な大自然を背景にしていることも、独特の雰囲気を醸し出すことに成功しており、登場人物が一人とは思えないほどの不思議な迫力に満ちている。もちろん本格マインドも十分。
終盤、ある人物が登場することによって、逆に緊張感やサスペンスが失速気味になるのはやや残念だが、ラストではしっかりもう一撃食らわせてくれることもあるので良しとしよう。何より著者のチャレンジ精神、オリジナリティを高く評価したい。
なお、著者のS・H・コーティアはオーストラリアのミステリ作家。オーストラリア出身の作家といえば、最近ではパトリシア・カーロン、古いところではアーサー・アップフィールドなんてところが有名だが、先輩たちに続いて、コーティアもこの一作で日本に名を残すはずだ。
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ロジャー・スカーレット『ビーコン街の殺人』(論創海外ミステリ)
乱歩の『三角館の恐怖』の原案となった、『エンジェル家の殺人』の作者。ロジャー・スカーレットといえば、ひと頃前まではそんな文脈でしか語られなかった幻の作家である。ところが時代は変わるもので、『エンジェル家の殺人』はもとより、昨今のクラシックブームに乗って、今では『猫の手』や『ローリング邸の殺人』といったところも着実に紹介が進んできた。今ではわざわざ乱歩を持ち出すまでもなく、地味ながら安定した実力を備えた黄金期の本格探偵小説作家、という認識で問題はないだろう。
本日の読了本はそのロジャー・スカーレットのデビュー作、『ビーコン街の殺人』。かつて『密室二重殺人事件』というタイトルで抄訳されていた一冊である。こんな話。

ビーコン街にあるサットン家のパーティーに招待された弁護士アンダーウッド。成り上がり者の主人サットンの言動には閉口していたものの、招待客の中にミセス・アーンセニイの姿があることに驚く。サットンの友人とは思えないほど洗練された彼女に対し、崇拝していると言っても過言ではないほどの態度を見せるサットン。やがてサットンは彼女と共に二階へ姿を消したが、程なくして起こる女性の叫び声。そして銃弾に倒れたサットンの死体。犯人は果たしてミセス・アーンセニイなのか。そして起こる第二の悲劇……。
とにかく、真面目に本格探偵小説を書こうとしているその姿勢がいい。登場人物はもともと限られているが、そこから容疑者を五人に絞り、さらに一人ずつ潰していく展開もあっぱれ。とにかくストレート一本で勝負、といった感じだ。
これでアッと驚くほどの仕掛けがあれば言うことはないのだが、残念ながらそこまでの力はまだなかったようだ。旧題にあるように『密室二重殺人事件』というのがミソだとは思うが、ううむ、この程度の密室では少々辛かろう。結論を言うと、翻訳されたなかでは一番不満の残る作である。ただ、先に書いたように、本格たらんとするそのスタイルは実に気持ちがよい。本格マニアなら、ロジャー・スカーレットのデビュー作という点だけでも読んでおいていいだろう。
さあ、あとは『白魔』を残すのみか。論創社さん、ぜひこれも新訳、頼みます。
本日の読了本はそのロジャー・スカーレットのデビュー作、『ビーコン街の殺人』。かつて『密室二重殺人事件』というタイトルで抄訳されていた一冊である。こんな話。

ビーコン街にあるサットン家のパーティーに招待された弁護士アンダーウッド。成り上がり者の主人サットンの言動には閉口していたものの、招待客の中にミセス・アーンセニイの姿があることに驚く。サットンの友人とは思えないほど洗練された彼女に対し、崇拝していると言っても過言ではないほどの態度を見せるサットン。やがてサットンは彼女と共に二階へ姿を消したが、程なくして起こる女性の叫び声。そして銃弾に倒れたサットンの死体。犯人は果たしてミセス・アーンセニイなのか。そして起こる第二の悲劇……。
とにかく、真面目に本格探偵小説を書こうとしているその姿勢がいい。登場人物はもともと限られているが、そこから容疑者を五人に絞り、さらに一人ずつ潰していく展開もあっぱれ。とにかくストレート一本で勝負、といった感じだ。
これでアッと驚くほどの仕掛けがあれば言うことはないのだが、残念ながらそこまでの力はまだなかったようだ。旧題にあるように『密室二重殺人事件』というのがミソだとは思うが、ううむ、この程度の密室では少々辛かろう。結論を言うと、翻訳されたなかでは一番不満の残る作である。ただ、先に書いたように、本格たらんとするそのスタイルは実に気持ちがよい。本格マニアなら、ロジャー・スカーレットのデビュー作という点だけでも読んでおいていいだろう。
さあ、あとは『白魔』を残すのみか。論創社さん、ぜひこれも新訳、頼みます。
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『刑事コロンボ/ロンドンの傘』
空はカラッと晴れ上がっているものの、今日も一日中、強風。
近所の公園へ愛犬と散歩に出たが、小さい犬(トイ・プーです)なので、けっこう風にあおられてしまう。おまけに園内にある競技場から舞い上がる砂埃がすごいし、折れた枝があちこちに散乱。早々に引き上げ、あとは家に引き籠もって資料整理やらDVDやら。
DVDで『刑事コロンボ/ロンドンの傘』を観る。
コロンボがロンドンへ出張した際に遭遇した事件を扱う異色作で、異邦人かつおのぼりさんであるコロンボのコミカルな演出、1本の傘を中心に進む巧みなプロットなど、見どころは豊富だ。しかし、その一方では、犯人の自白しか証拠がなかったり、犯行計画がずさんだったり、何よりコロンボと犯人の直接対決が少ないなど、気になる点もまた多い。
まあ、客観的には中の上ぐらいかとも思うが、個人的には非常に好きな作品であり、無理矢理だとは思いつつも、最後に仕掛ける犯人への罠が特に気持ちよい。こういうのに弱いんだよなぁ。
近所の公園へ愛犬と散歩に出たが、小さい犬(トイ・プーです)なので、けっこう風にあおられてしまう。おまけに園内にある競技場から舞い上がる砂埃がすごいし、折れた枝があちこちに散乱。早々に引き上げ、あとは家に引き籠もって資料整理やらDVDやら。
DVDで『刑事コロンボ/ロンドンの傘』を観る。
コロンボがロンドンへ出張した際に遭遇した事件を扱う異色作で、異邦人かつおのぼりさんであるコロンボのコミカルな演出、1本の傘を中心に進む巧みなプロットなど、見どころは豊富だ。しかし、その一方では、犯人の自白しか証拠がなかったり、犯行計画がずさんだったり、何よりコロンボと犯人の直接対決が少ないなど、気になる点もまた多い。
まあ、客観的には中の上ぐらいかとも思うが、個人的には非常に好きな作品であり、無理矢理だとは思いつつも、最後に仕掛ける犯人への罠が特に気持ちよい。こういうのに弱いんだよなぁ。
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『スパイダーマン3』&『ミス・ポター』
突風が吹き荒れた東京。都内ではクレーン車が倒れたり、鉄骨が降ってきたりと、激しいニュースが続くが、それがことごとく自宅の近くだったり職場の近くだったりするのが怖い。
今週は飲む機会が多く、読書がいまいち進まず。仕方ないのでここ最近に観た映画の感想など。といってもDVDだけど。
一本目は何を今さらの『スパイダーマン3』。一応、本作でストーリー的には一区切りつく形だが、とにかくネタを詰め込みすぎ。親友ハリーとの確執、恋人とのすれ違い、肉親の敵討ち、主人公の慢心……およそヒーローもので考えられるドラマの要素を可能な限りぶち込んでいるので、どうしても展開が忙しない上に、ひとつひとつの掘り下げが浅すぎる。
テーマを絞り、90分ぐらいでこってりとワンテーマで見せてくれれば、それだけでもずいぶん面白くなるはずだが。アクションも3ならではのものがなくて物足りない。
もう一本は『ミス・ポター』。ピーター・ラビットの作者であるビアトリクス・ポターの伝記映画である。脚色があるとはいえ、さすがに事実を変えることはできないから、ややストーリーの盛り上がりに欠けるのは致し方ないところ。しかしながら、映像は美しいし(特にポターの生んだキャラクターが動き出す演出は楽しい)、役者も上手いし、ピーター・ラビットのファンなら十分に楽しめるだろう。
ただ、『スパイダーマン3』と同様、テーマはもう少し絞った方が良かっただろう。ポターの自立、恋愛、環境保護など、どれもがあっさり気味。個人的には、ポターの作家としての力がどのようについていったのか、そういう部分をより描いてほしかったのだが。
今週は飲む機会が多く、読書がいまいち進まず。仕方ないのでここ最近に観た映画の感想など。といってもDVDだけど。
一本目は何を今さらの『スパイダーマン3』。一応、本作でストーリー的には一区切りつく形だが、とにかくネタを詰め込みすぎ。親友ハリーとの確執、恋人とのすれ違い、肉親の敵討ち、主人公の慢心……およそヒーローもので考えられるドラマの要素を可能な限りぶち込んでいるので、どうしても展開が忙しない上に、ひとつひとつの掘り下げが浅すぎる。
テーマを絞り、90分ぐらいでこってりとワンテーマで見せてくれれば、それだけでもずいぶん面白くなるはずだが。アクションも3ならではのものがなくて物足りない。
もう一本は『ミス・ポター』。ピーター・ラビットの作者であるビアトリクス・ポターの伝記映画である。脚色があるとはいえ、さすがに事実を変えることはできないから、ややストーリーの盛り上がりに欠けるのは致し方ないところ。しかしながら、映像は美しいし(特にポターの生んだキャラクターが動き出す演出は楽しい)、役者も上手いし、ピーター・ラビットのファンなら十分に楽しめるだろう。
ただ、『スパイダーマン3』と同様、テーマはもう少し絞った方が良かっただろう。ポターの自立、恋愛、環境保護など、どれもがあっさり気味。個人的には、ポターの作家としての力がどのようについていったのか、そういう部分をより描いてほしかったのだが。
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ローレンス・ブロック『泥棒は深夜に徘徊する』(ハヤカワミステリ)
ローレンス・ブロックのバーニイ・ローデンバー・シリーズから『泥棒は深夜に徘徊する』を読む。翻訳されているなかでは最新刊だが、これで何とシリーズ十作目。まるで心のバランスを保っているかのように、ブロックは「スカダーもの=陰」と「バーニイもの=陽」を交互に書き分けてきたが、バーニイものは陽といっても底抜けの明るさではなく、飄々とした楽しさを醸し出しているのがミソだ。少々理屈っぽいセリフ回しなどもあるので若干の好き嫌いは出るだろうが、総体的には万人向けの、実にまったりと楽しめるシリーズである。

ある夜のこと。バーニイは仕事の下見に出かけるが、職業病のなせるワザか、たまたま目についたアパートへどうしても侵入したくなる。ところが侵入したのも束の間、いきなり住人が戻ってきたではないか。しかもベッドの下へ慌てて隠れたものの、とんでもない事件を目撃する羽目に。なんとか難を逃れたバーニイだったが、今度は街角の防犯カメラがバーニイの姿を捉えていたとかで、殺人事件の容疑者となってしまう。果たしてバーニイの運命やいかに?
上でも書いたが、泥棒バーニイ・シリーズの特徴は独特のまったり感でありユーモアである。ハッキリ言って凝ったプロットや複雑なストーリーはこのシリーズには必要なく、キャラクターや雰囲気を楽しむだけの筋立てがあればよいわけだ。したがって、このシリーズを楽しむには、著者に笑いのセンスが近いことが何より大切であろう。パラパラッと本書を開いてみて、バーニイとキャロリンの会話が、あるいはバーニイとレイの会話が楽しめる人であれば、間違いなく買って損はないはずだ。
ただ、そう思っているのは管理人のようなファンだけであって、意外に著者はマンネリに陥らないよう、相当苦労している節もある(シリアスではないシリーズなのだから個人的にはマンネリも全然OKなのだが)。そして残念なことに、本作ではそれがやや悪い方向に出たようだ。
一番の問題は真相が複雑すぎることだろう。読者に飽きられないよう凝ったプロットを考えた結果なのだろうが、とにかくわかりにくい。バーニイが本格よろしく謎解きを始めるラストは毎度のことで、楽しい場面のはずなのだが、その謎解きすらも最初は歴史のお勉強から入る始末。事件の背景をこんなところで長々とやられてもなぁ、というのが正直な感想。
事件に直接絡む部分も同様だ。バーニイの説明だけでは事件の全貌がサクッと見えてこないのも痛い。読者を置いてきぼりにしている感が強く、一通り説明されただけではなかなか頭の中で再構築できないのである。比較的長い作品であることも裏目に出ており、伏線がどうとか確かめる気力も失せるというものだ。
バーニイものはだいたい安定株なのだが、本作は久々に低調。会話の面白さやマニア向けのくすぐりなどはいつもどおりだし、中盤あたりまではストーリーもなかなか快調だっただけに、ちょい残念な結果であった。

ある夜のこと。バーニイは仕事の下見に出かけるが、職業病のなせるワザか、たまたま目についたアパートへどうしても侵入したくなる。ところが侵入したのも束の間、いきなり住人が戻ってきたではないか。しかもベッドの下へ慌てて隠れたものの、とんでもない事件を目撃する羽目に。なんとか難を逃れたバーニイだったが、今度は街角の防犯カメラがバーニイの姿を捉えていたとかで、殺人事件の容疑者となってしまう。果たしてバーニイの運命やいかに?
上でも書いたが、泥棒バーニイ・シリーズの特徴は独特のまったり感でありユーモアである。ハッキリ言って凝ったプロットや複雑なストーリーはこのシリーズには必要なく、キャラクターや雰囲気を楽しむだけの筋立てがあればよいわけだ。したがって、このシリーズを楽しむには、著者に笑いのセンスが近いことが何より大切であろう。パラパラッと本書を開いてみて、バーニイとキャロリンの会話が、あるいはバーニイとレイの会話が楽しめる人であれば、間違いなく買って損はないはずだ。
ただ、そう思っているのは管理人のようなファンだけであって、意外に著者はマンネリに陥らないよう、相当苦労している節もある(シリアスではないシリーズなのだから個人的にはマンネリも全然OKなのだが)。そして残念なことに、本作ではそれがやや悪い方向に出たようだ。
一番の問題は真相が複雑すぎることだろう。読者に飽きられないよう凝ったプロットを考えた結果なのだろうが、とにかくわかりにくい。バーニイが本格よろしく謎解きを始めるラストは毎度のことで、楽しい場面のはずなのだが、その謎解きすらも最初は歴史のお勉強から入る始末。事件の背景をこんなところで長々とやられてもなぁ、というのが正直な感想。
事件に直接絡む部分も同様だ。バーニイの説明だけでは事件の全貌がサクッと見えてこないのも痛い。読者を置いてきぼりにしている感が強く、一通り説明されただけではなかなか頭の中で再構築できないのである。比較的長い作品であることも裏目に出ており、伏線がどうとか確かめる気力も失せるというものだ。
バーニイものはだいたい安定株なのだが、本作は久々に低調。会話の面白さやマニア向けのくすぐりなどはいつもどおりだし、中盤あたりまではストーリーもなかなか快調だっただけに、ちょい残念な結果であった。
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サン=テグジュペリ『星の王子さま』(岩波書店)
あまりにもメジャーすぎて、ついつい何十年も読まずにきてしまった本というのがあるものだが、管理人にはサン=テグジュペリの『星の王子さま』がその一冊。
ストーリーから登場人物、エピソードに至るまで、本やテレビなどで知識だけはそれなりにあったのだが、お恥ずかしいことに読むのはこれが初めて。果たしていい年をしたおっさんが今さらこの名作中の名作を読んで感動を得られるのか、あるいは他に得るものがあるのか?

▲サン=テグジュペリ『星の王子さま』(岩波書店)【amazon】
いやあ、素晴らしい。そして驚いた。冗談抜きで、これは本当に読んでおかなければならない一冊である。
砂漠に不時着した飛行士が、とある星からやってきた王子さまから聞く数々の体験談。とにかく表面的にはファンタジーであるし、寓話的であることぐらいは十分想定していたが、これはもう普通に哲学ではないか。そのひとつひとつのエピソードはサラッとした味わいながら、非常に普遍的で深遠なテーマ、すなわち愛や命についての問題を含んでおり、それこそいくらでも深読みが可能である。また、戦争の真っ只中を生きた作者ゆえに、ただ愛とか命とかだけではなく、戦争や政治といった要素を抜きに語ることもできないだろう。
それゆえに、ファンタジー小説あるいは児童小説といった体裁の『星の王子さま』ではあるが、本書を読まなければならないのはまず大人なのである。説教臭は若干あるのだが、ここまで示唆に富むメッセージを一冊に詰め込み、人間とその営みについて考えさせてくれる本など、そうそうあるものではない。
食わず嫌いの人、今まで縁がなかった人も、ぜひお試しを。
ストーリーから登場人物、エピソードに至るまで、本やテレビなどで知識だけはそれなりにあったのだが、お恥ずかしいことに読むのはこれが初めて。果たしていい年をしたおっさんが今さらこの名作中の名作を読んで感動を得られるのか、あるいは他に得るものがあるのか?

▲サン=テグジュペリ『星の王子さま』(岩波書店)【amazon】
いやあ、素晴らしい。そして驚いた。冗談抜きで、これは本当に読んでおかなければならない一冊である。
砂漠に不時着した飛行士が、とある星からやってきた王子さまから聞く数々の体験談。とにかく表面的にはファンタジーであるし、寓話的であることぐらいは十分想定していたが、これはもう普通に哲学ではないか。そのひとつひとつのエピソードはサラッとした味わいながら、非常に普遍的で深遠なテーマ、すなわち愛や命についての問題を含んでおり、それこそいくらでも深読みが可能である。また、戦争の真っ只中を生きた作者ゆえに、ただ愛とか命とかだけではなく、戦争や政治といった要素を抜きに語ることもできないだろう。
それゆえに、ファンタジー小説あるいは児童小説といった体裁の『星の王子さま』ではあるが、本書を読まなければならないのはまず大人なのである。説教臭は若干あるのだが、ここまで示唆に富むメッセージを一冊に詰め込み、人間とその営みについて考えさせてくれる本など、そうそうあるものではない。
食わず嫌いの人、今まで縁がなかった人も、ぜひお試しを。
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新章文子『女の顔』(講談社文庫)
『危険な関係』に続いて新章文子をもういっちょ。『女の顔』読了。

目を見張るほどの美貌の持ち主だが、演技の才能には欠ける女優、夏川薔子。婚約者でもある新進監督のもとで新作の撮影を目前にしていたが、そのプレッシャーに耐えられず、ついには誰にも告げずに京都へ旅に出てしまう。やがてその地で医学生と関係を持った薔子。だが、東京に戻った彼女を待っていたのは母の事故死であった。しかし、その死には不審な点があり、薔子がその原因を調べるうちに、母の意外な過去、薔子を取り巻く人間たちの思惑が明らかになってゆく……。
デビュー作の『危険な関係』に比べれば、より華やかな世界、より少ない登場人物に絞っての設定だが、そのテーマやテイストはほぼ変わるところはない。主人公は一応、薔子といえるだろうが、作者は『危険な関係』と同様、複数の人物の視点で物語を進め、それぞれの思惑や心理を実に丹念に語ってゆく。それは取りも直さず、人間そのものの愚かさを語ることでもある。
『危険な関係』では登場人物の設定のせいであまり意識しなかったのだが、このテイストはフランス・ミステリのそれに近い。徐々にサスペンスを高める手法、ねちっこい心理描写、腰砕けの犯罪(笑)などなど。たった二作で断言するのもアレだが、これこそが新章文子の持ち味であり、好き嫌いの分かれるところなのであろう。
一応、個人的にこの方向性は全然OKである。ただ、惜しむらくはもう少しサスペンスを高めるか、サプライズの効果を強くしてほしかった。本書を普通小説としてみればさほど大した疵ではなかろう。しかし、ミステリとしてみるなら、それはやはり大きな弱点と言わざるを得ず、どうしても食い足りなさが残るのである。

目を見張るほどの美貌の持ち主だが、演技の才能には欠ける女優、夏川薔子。婚約者でもある新進監督のもとで新作の撮影を目前にしていたが、そのプレッシャーに耐えられず、ついには誰にも告げずに京都へ旅に出てしまう。やがてその地で医学生と関係を持った薔子。だが、東京に戻った彼女を待っていたのは母の事故死であった。しかし、その死には不審な点があり、薔子がその原因を調べるうちに、母の意外な過去、薔子を取り巻く人間たちの思惑が明らかになってゆく……。
デビュー作の『危険な関係』に比べれば、より華やかな世界、より少ない登場人物に絞っての設定だが、そのテーマやテイストはほぼ変わるところはない。主人公は一応、薔子といえるだろうが、作者は『危険な関係』と同様、複数の人物の視点で物語を進め、それぞれの思惑や心理を実に丹念に語ってゆく。それは取りも直さず、人間そのものの愚かさを語ることでもある。
『危険な関係』では登場人物の設定のせいであまり意識しなかったのだが、このテイストはフランス・ミステリのそれに近い。徐々にサスペンスを高める手法、ねちっこい心理描写、腰砕けの犯罪(笑)などなど。たった二作で断言するのもアレだが、これこそが新章文子の持ち味であり、好き嫌いの分かれるところなのであろう。
一応、個人的にこの方向性は全然OKである。ただ、惜しむらくはもう少しサスペンスを高めるか、サプライズの効果を強くしてほしかった。本書を普通小説としてみればさほど大した疵ではなかろう。しかし、ミステリとしてみるなら、それはやはり大きな弱点と言わざるを得ず、どうしても食い足りなさが残るのである。
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新章文子『危険な関係』(講談社文庫)
第五回(昭和三十四年)の江戸川乱歩賞受賞作、新章文子の『危険な関係』を読んでみた。
新章文子は当時としては珍しい女流ミステリ作家である。また、ミステリ以前に童話の著書などもあることから、何となく仁木悦子を連想させる(ちなみに仁木悦子はその二年前に乱歩賞を受賞)。だが仁木悦子のカラッとした明るい作風とはまったく異なり、本日読んだ新章文子のそれは、実に日本的な湿っぽさを含んだものであった。

東京で一人暮らしを送る高行は京都の資産家の息子だが、あるとき実家から送られた薬に混入していた砒素によって危うく命を落としそうになる。表向きは自殺と報じられたその事件の直後、高行の元へある女性から手紙が届く。そこには高行の出生の秘密がしたためられており、それをきっかけに高行は自分の父に対して不信感を抱き、ついには父の葬式にすら欠席してしまう。その高行が京都に帰ってくるところから物語は大きく動き始める……。
一応、高行をベースにざっと導入部を紹介してみたが、実は彼が主人公というわけではない。群像劇とまではいかないものの、本作ではその他にも実に多彩でクセのある人物が登場し、さまざまな「危険な関係」を形作ってゆく。
野心だけをもって京都にやってきた打算的な青年、その青年を追って京都にきた水商売の女、高行に遺産をすべて奪われることに我慢がならない激情家の妹、今は亡き父の恩讐に囚われるバーのマダム、資産家の娘に想いを寄せながらもその立場から厳しく己を律するストイックな運転手……。
彼らのそれぞれに物語があり、やがて見ず知らずの彼らが互いに関係を深めるにつれ、徐々に緊張感も高まってゆく。まさに京都の梅雨を思わせるような、このネットリとした人間ドラマが本作の肝であり、読みどころだ。表面的なストーリーだけとってみれば、一歩間違えると昼メロや二時間ドラマに陥りそうなところだが、描写が確かなうえに独特の緊張感があるから安っぽい感じはまったくない。
だが残念なことに、謎とその解決という部分が物足りない。極端なことをいえば別に謎解きものにしなくても、このままサスペンスのみで突っ走った方がよかったのではないかと思えるほどだ。現代での知名度がいまひとつだったり、ベストテンなどに挙がることが少ないのも、おそらくこの弱点ゆえではないだろうか。
とはいえ決して退屈するような作品ではないし、むしろ総合力ではなかなかのものである。まあ一作で断言するのもあれなので、もう少し他の作品も読んでみることにしよう。
新章文子は当時としては珍しい女流ミステリ作家である。また、ミステリ以前に童話の著書などもあることから、何となく仁木悦子を連想させる(ちなみに仁木悦子はその二年前に乱歩賞を受賞)。だが仁木悦子のカラッとした明るい作風とはまったく異なり、本日読んだ新章文子のそれは、実に日本的な湿っぽさを含んだものであった。

東京で一人暮らしを送る高行は京都の資産家の息子だが、あるとき実家から送られた薬に混入していた砒素によって危うく命を落としそうになる。表向きは自殺と報じられたその事件の直後、高行の元へある女性から手紙が届く。そこには高行の出生の秘密がしたためられており、それをきっかけに高行は自分の父に対して不信感を抱き、ついには父の葬式にすら欠席してしまう。その高行が京都に帰ってくるところから物語は大きく動き始める……。
一応、高行をベースにざっと導入部を紹介してみたが、実は彼が主人公というわけではない。群像劇とまではいかないものの、本作ではその他にも実に多彩でクセのある人物が登場し、さまざまな「危険な関係」を形作ってゆく。
野心だけをもって京都にやってきた打算的な青年、その青年を追って京都にきた水商売の女、高行に遺産をすべて奪われることに我慢がならない激情家の妹、今は亡き父の恩讐に囚われるバーのマダム、資産家の娘に想いを寄せながらもその立場から厳しく己を律するストイックな運転手……。
彼らのそれぞれに物語があり、やがて見ず知らずの彼らが互いに関係を深めるにつれ、徐々に緊張感も高まってゆく。まさに京都の梅雨を思わせるような、このネットリとした人間ドラマが本作の肝であり、読みどころだ。表面的なストーリーだけとってみれば、一歩間違えると昼メロや二時間ドラマに陥りそうなところだが、描写が確かなうえに独特の緊張感があるから安っぽい感じはまったくない。
だが残念なことに、謎とその解決という部分が物足りない。極端なことをいえば別に謎解きものにしなくても、このままサスペンスのみで突っ走った方がよかったのではないかと思えるほどだ。現代での知名度がいまひとつだったり、ベストテンなどに挙がることが少ないのも、おそらくこの弱点ゆえではないだろうか。
とはいえ決して退屈するような作品ではないし、むしろ総合力ではなかなかのものである。まあ一作で断言するのもあれなので、もう少し他の作品も読んでみることにしよう。
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『鮎川哲也未収録推理小説集 夜の演出』到着
近頃あちらこちらのミステリ系ホームページやブログで、ぽつぽつと購入報告されているのが『鮎川哲也未収録推理小説集 夜の演出』。雑誌に発表されて以来、単行本に収録されることのなかった作品を初めて纏めたもので、なんと私家版限定200部とのこと。鮎川フリークからはほど遠い管理人ではあるが、それでも小学生の頃から探偵小説に親しんできた身としては、やはりこの巨匠の記念すべき一冊は買っておきたい。というわけで本日届いたのがこちら。

とりあえず巻頭の『探偵絵物語』という挿絵をふんだんに盛り込んだシリーズから、「最後の接吻」を読んでみたのだが、これがまたいろんな意味で予想を裏切る出来(笑)。いやあ、これはもしかしたら、河出文庫の『鮎川哲也名作選 冷凍人間』ぐらい楽しめそうだなぁ。まずは発行人の須川さんに感謝!

とりあえず巻頭の『探偵絵物語』という挿絵をふんだんに盛り込んだシリーズから、「最後の接吻」を読んでみたのだが、これがまたいろんな意味で予想を裏切る出来(笑)。いやあ、これはもしかしたら、河出文庫の『鮎川哲也名作選 冷凍人間』ぐらい楽しめそうだなぁ。まずは発行人の須川さんに感謝!
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D・M・ディヴァイン『悪魔はすぐそこに』(創元推理文庫)
リンクに『雑誌店*歴下亭』を追加。ネット古書店の店主さんがやっている「雑誌の蘊蓄」系ブログとでもいいましょうか。単に情報としても面白いのだが、むしろ取り上げている雑誌に対する店主さんの思いみたいな話が楽しい。

昨年度の『このミス』では海外5位にランクされ、評判もなかなかよろしいD・M・ディヴァインの『悪魔はすぐそこに』を読んでみた。こんな話。
ハードゲート大学の経済学講師ハクストンは、横領容疑で免職の危機に立たされていた。亡き友人の息子でもある数学講師のピーターに助力を請うも事態はさほど好転せず、ついにハクストンは大学の協議会で教授たちに脅迫めいた言葉まで吐く始末。だが、それからまもなく。ハクストンは変死を遂げ、さらには図書館で学生が殺害される。相次ぐ事件に関係はあるのか、調査が進むうち、八年前に起こった忌まわしい事件が浮かび上がってきた……。
おお、確かになかなか見事な出来だ。かつて現代教養文庫で刊行された作品群も悪くはなかったが、本作もそれに匹敵するかそれ以上である。もともと派手なトリックメイカーではないので、ケレンを求める向きには物足りないかもしれないが、この丹念な人物描写、そしてその人物描写ゆえに活きてくる真相は読み応え十分。英国のトラディッショナルな本格探偵小説をお好みの御仁にはぜひともの一冊。
ところで本書の解説によると、まずミステリとしてのプロットありきで、それが最大限の効果をもつように人物が最適化されているとあるが、本当のところはどうなのか。そもそも人物描写が巧みかどうかは作家の重要な資質であり、下手な作家がキャラクターの最適化を試みようがどうしようが、ダメなもんはダメだろう。ディヴァインが実際にそういう執筆の仕方をとっていたのかどうか気になるところではある。
ただ、本作品が、その丹念で巧みな人物描写の上に成り立っていることは確かだ。本作は三人称多視点で語られており、しかも中心となる人物はある程度限定されている。拙い描写では読者に簡単に真相を見抜かれることにもつながろう。これは当然ながら作者の挑戦であり、あらためて犯人の言動などを読み返すと、実に細部にまで描写に気を配っていることがわかる。同じストーリーで下手な作者が書いても、おそらくここまでの成果は得られないはずだ。
繰り返しになるが、本作は決して派手な作品ではない。だが、探偵小説を読む楽しさは本書のようなタイプにこそあるのだ。うん。

昨年度の『このミス』では海外5位にランクされ、評判もなかなかよろしいD・M・ディヴァインの『悪魔はすぐそこに』を読んでみた。こんな話。
ハードゲート大学の経済学講師ハクストンは、横領容疑で免職の危機に立たされていた。亡き友人の息子でもある数学講師のピーターに助力を請うも事態はさほど好転せず、ついにハクストンは大学の協議会で教授たちに脅迫めいた言葉まで吐く始末。だが、それからまもなく。ハクストンは変死を遂げ、さらには図書館で学生が殺害される。相次ぐ事件に関係はあるのか、調査が進むうち、八年前に起こった忌まわしい事件が浮かび上がってきた……。
おお、確かになかなか見事な出来だ。かつて現代教養文庫で刊行された作品群も悪くはなかったが、本作もそれに匹敵するかそれ以上である。もともと派手なトリックメイカーではないので、ケレンを求める向きには物足りないかもしれないが、この丹念な人物描写、そしてその人物描写ゆえに活きてくる真相は読み応え十分。英国のトラディッショナルな本格探偵小説をお好みの御仁にはぜひともの一冊。
ところで本書の解説によると、まずミステリとしてのプロットありきで、それが最大限の効果をもつように人物が最適化されているとあるが、本当のところはどうなのか。そもそも人物描写が巧みかどうかは作家の重要な資質であり、下手な作家がキャラクターの最適化を試みようがどうしようが、ダメなもんはダメだろう。ディヴァインが実際にそういう執筆の仕方をとっていたのかどうか気になるところではある。
ただ、本作品が、その丹念で巧みな人物描写の上に成り立っていることは確かだ。本作は三人称多視点で語られており、しかも中心となる人物はある程度限定されている。拙い描写では読者に簡単に真相を見抜かれることにもつながろう。これは当然ながら作者の挑戦であり、あらためて犯人の言動などを読み返すと、実に細部にまで描写に気を配っていることがわかる。同じストーリーで下手な作者が書いても、おそらくここまでの成果は得られないはずだ。
繰り返しになるが、本作は決して派手な作品ではない。だが、探偵小説を読む楽しさは本書のようなタイプにこそあるのだ。うん。
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『別冊宝島1503 もっとすごい!!このミステリーがすごい!』(宝島社)
そろそろかな、と本屋をのぞくと案の定ありました、『別冊宝島1503 もっとすごい!!このミステリーがすごい!』。いわば過去20年分の『このミス』総集編である。

内容としては、過去20年分の20位内作品を対象に、あらためて投票でベスト・オブ・ベストを決めようというのがメイン。あとは各年度を振り返ったり、当時の1位の作者にインタビューしたり。まあ、非常にありがちな内容で、やっつけ感の強い作りである(笑)。
あえて厳しく言わせてもらうが、この企画力の欠如とやる気の無さはいったいどうしたことであろう。どうせインタビューやるなら海外の作家も扱うべきだし、20年とはいえジャンルによる盛衰や業界の流れなど、それなりに大きな動きもあったのだから、しっかりと分析もしてもらいたい。今回のベスト40の中には既に絶版や品切れのものもあるので、読者のためにそういうフォローもしてほしい。また、できることなら類似書・類似企画を取り上げて、『このミス』の立ち位置を強くアピールするぐらいの芸当もやればいい。
最初から大きな期待はしていなかったが、これではなぁ。ぶつぶつ。
さて、そんなこんなで本書の出来についてはまったく満足できないわけだが、『このミス』本編の20年に関してはこの限りではない。とりわけ『週刊文春』の権威主義的ベストに対抗すべく出てきた当初は、ランキングも『文春』とはかなり異なる結果となり、非常に情報源として役に立ったものだ。なんせ当時の日本はインターネットどころかパソコン通信が誕生してまもない時代。せいぜい新聞や雑誌の新刊情報ぐらいしか手がかりはなく、だからこそ面白さで勝負するランキングは、読者にとって待ち望まれた存在だったのだ。物議を醸した匿名座談会やその中での「リーグが違う」発言など、楽しめる話題も多かった(笑)。
ともあれ、こういうランキング本のおかげでミステリファンの裾野は確実に広がったはずで、その功績は素直に評価したい。

内容としては、過去20年分の20位内作品を対象に、あらためて投票でベスト・オブ・ベストを決めようというのがメイン。あとは各年度を振り返ったり、当時の1位の作者にインタビューしたり。まあ、非常にありがちな内容で、やっつけ感の強い作りである(笑)。
あえて厳しく言わせてもらうが、この企画力の欠如とやる気の無さはいったいどうしたことであろう。どうせインタビューやるなら海外の作家も扱うべきだし、20年とはいえジャンルによる盛衰や業界の流れなど、それなりに大きな動きもあったのだから、しっかりと分析もしてもらいたい。今回のベスト40の中には既に絶版や品切れのものもあるので、読者のためにそういうフォローもしてほしい。また、できることなら類似書・類似企画を取り上げて、『このミス』の立ち位置を強くアピールするぐらいの芸当もやればいい。
最初から大きな期待はしていなかったが、これではなぁ。ぶつぶつ。
さて、そんなこんなで本書の出来についてはまったく満足できないわけだが、『このミス』本編の20年に関してはこの限りではない。とりわけ『週刊文春』の権威主義的ベストに対抗すべく出てきた当初は、ランキングも『文春』とはかなり異なる結果となり、非常に情報源として役に立ったものだ。なんせ当時の日本はインターネットどころかパソコン通信が誕生してまもない時代。せいぜい新聞や雑誌の新刊情報ぐらいしか手がかりはなく、だからこそ面白さで勝負するランキングは、読者にとって待ち望まれた存在だったのだ。物議を醸した匿名座談会やその中での「リーグが違う」発言など、楽しめる話題も多かった(笑)。
ともあれ、こういうランキング本のおかげでミステリファンの裾野は確実に広がったはずで、その功績は素直に評価したい。
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ジョン・コリア『ナツメグの味』(河出書房新社)

ジョン・コリアの『ナツメグの味』を読む。ジョン・コリアといえばいわゆる異色作家に分類される作家であり、リニューアルした早川書房の異色作家短編集『炎のなかの絵』でも、その魅力にとりつかれた人は多いはず。
ただ、コリアの作品は好き嫌いが出るという話も聞く。他の異色作家とコリアを分ける特徴としては、ファンタジー色+ブラックな笑いであるため、後味の悪さを伴うことが多いのも確か。嫌われる原因はその辺りだろう。しかしながら多少の毒を消化するのは読者の務めであろうし、これぐらいでコリアを避けるのはもったいない話だ。
本書は、そんなコリアの作品をまとめた充実の一冊であるわけだが、今回ちょっと面白いなと思ったのは、妙なオフビート感を備えた作品がいくつかあることだった。
奇妙な味の作品というのは、だいたいが筋を予測しにくいものだが、それでも同タイプの作品を読むと、ある程度は先が見えてしまうことも少なくない。だがコリアの場合、物語の展開がまったく予想外に転ぶことがあり、そういう作品はオチの出来にかかわらず、なかなか読み応えがあった。
例えば表題作の「ナツメグの味」にしてもリードの言動が怪しくなるところまでは予想できるのだが、最後の2ページの流れはなかなか読みにくい。「特別配達」は比較的ラストを予測しやすいものの、その過程はまさに奇想と呼ぶに相応しい。「宵待草」「悪魔に憑かれたアンジェラ」はそのオチそのものがシュールである。
派手な仕掛けは他の作家に譲るとして、コリアならではのひねくれたジョークを堪能したい。そんな一冊である。
最後に収録作。
The Touch of Nutmeg Makes It「ナツメグの味」
Special Delivery「特別配達」
Another American Tragedy「異説アメリカの悲劇」
Witch's Money「魔女の金」
Bird of Prey「猛禽」
Thus I Refute Beelzy「だから、ビールジーなんていないんだ」
Evening Primrose「宵待草」
Night! Youth! Paris! and the Moon!「夜だ!青春だ!パリだ!見ろ、月も出てる!」
Are You too Late or Was I too Early?「遅すぎた来訪」
The Lady on the Grey「葦毛の馬の美女」
The Bottle Party「壜詰めパーティ」
Rope Enough「頼みの綱」
Possession of Angela Bradshaw「悪魔に憑かれたアンジェラ」
Halfway to Hell「地獄行き途中下車」
The Devil, George, and Rosie「魔王とジョージとロージー」
Softly Walks the Beetle「ひめやかに甲虫は歩む」
Man Overboard「船から落ちた男」
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イアン・ランキン『影と陰』(ハヤカワ文庫)

本日の読了本はイアン・ランキンの『影と陰』。
不法占拠された住宅で若者の死体が見つかった。当初はヘロイン中毒による事故死かとも思われたが、実は毒を注射されての殺人であることが判明し、リーバス警部は捜査を開始する。十字架の形に横たわる死体、その横に立てられた二本の蝋燭、壁に描かれた五芒星。果たしてこれはカルト宗教絡みの犯罪なのか。捜査を進めるリーバスは、やがてエジンバラのもうひとつの顔に直面することになる……。
本書はご存じリーバス警部ものの二作目にあたる。リーバスもの第一作の感想でも書いたが、ベースの部分というか、あるいはシリーズのテーマみたいなものは最初からほぼ確立されているので、それほどの違和感はない。シリーズのレギュラーもちらほら顔を出しており、そういう流れを確認できるのは楽しい限りだ。
ただ、これも第一作の感想で書いたことだが、シリーズの新しい作品に比べて(なお『血に問えば』『獣と肉』は未読)、いろいろな意味でコクに欠ける。
例えば、本書でモチーフに使われるのはスティーヴンスンの『ジキル博士とハイド氏』である。いうまでもなく人間が抱える善悪の二面性、そしてエジンバラという地方都市が抱える光と闇の両面を描いているわけである。だが本書の事件を通して見えてくる人と都市の二面性など、それほど珍しい設定とも思えないし、ましてや『ジキル博士とハイド氏』を象徴的に担ぎ出すほどのものでは決してない。
また、それを悪魔主義的に味つけするのはかまわないとしても、そこから大したサスペンスも恐怖も生まれてこないのでは、ただ賑やかしに入れてみたと思われても仕方あるまい。
登場人物の描き方もいろいろと気に入らない。初っぱなに現れるリーバスの恋人らしき女性、元の妻であるジルとの関係、事件の関係者である若い女性など、リーバスの人間性を描くのに十分な配役を用意しながらもツッコミが甘く、読み手にリーバスの痛さがもうひとつ伝わってこない。
周囲の刑事たちとの関係もそう。唯一、ホームズという若い部下の刑事とリーバスとの対比が注目されるぐらいで、上司や同僚などもっと掘り下げてもらいたい人物も少なくない。
そもそも肝心のリーバスが、ずいぶん物わかりの良い刑事に思えてしまうのはなんとも歯がゆい。シリーズものだと巻を重ねるにつれて性格が円くなっていくことは往々にしてあるけれど、リーバスに関しては今の方がよほど尖っている。リーバスの存在意義、本シリーズの抱えるテーマはしっかりと感じ取れるが、それが読み手に響くにはまだしばらくの成熟が必要だったのだろう。そしてそれが『黒と青』などの傑作に結実するのだ。
まあ、いろいろと批判してしまったが、読んでいる間はそれなりに楽しめる。必読とは思わないが、シリーズのファンならやはり読むしかないんだろうなぁ。
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ウィリアム・ホープ・ホジスン『幽霊狩人カーナッキ』(角川文庫)
本日の東京は久々の雪。先日も少し降ったが、今回のはちゃんと積もる雪である。案の定、鉄道や空路に影響が出ているようだが、そんな大雪というほどではないのだからもう少し何とかならんのかね。

読了本はウィリアム・ホープ・ホジスンの『幽霊狩人カーナッキ』。
ホジスンといえば英国怪奇小説の大家。本書はその彼が書いたゴーストハントの連作集で、カーナッキはいうなれば超自然界のシャーロック・ホームズ。書かれた時代も実はホームズ譚とほぼ同じで、ホジスンも当時大流行した探偵ものをおそらく意識していたはずだ。
ただ、カーナッキもホームズと同じく様々な事件を解決するとはいえ、必ずしも謎がすべて解かれるわけではない。彼の役目はあくまで怪異現象を鎮めることにある。本書の解説にもあるとおり、その役割は探偵というより陰陽師やシャーマンというべきなのだろう。
気になったのは、事件が人間による企みの場合と、正真正銘の怪異現象の場合、両方があるということ。結末がどちらに転ぶかという興味はあるにせよ、本当なら超自然界のルールに則って論理的に解決、というのが理想だとは思うのだが、そこまで望むのは酷な話か。合理的に解決される場合でも何らかの怪異が起こったりすることを考えると、カーナッキのスタンスはやはりシャーマンなのだろう。
まあ本格風味が薄いとはいえ、ゴーストハントものとしてはやはり面白い。カーナッキが怪異現象に対抗するべく入念な準備をする場面、この世のものではない何かが出現する場面など、執拗な語りはさすがに雰囲気十分。イメージを頭の中で膨らませつつ読むのが吉であろう。
ホラーファンには今さらだろうが、たまには変わった探偵小説をよみたいというミステリファンにはおすすめである。
なお、本日読んだのは角川ホラー文庫版だが、東京創元社のメルマガによると創元推理文庫でも近々刊行される模様。本邦初訳が一作含まれるそうだが、その他の収録作とかの違いはあるのかな?

読了本はウィリアム・ホープ・ホジスンの『幽霊狩人カーナッキ』。
ホジスンといえば英国怪奇小説の大家。本書はその彼が書いたゴーストハントの連作集で、カーナッキはいうなれば超自然界のシャーロック・ホームズ。書かれた時代も実はホームズ譚とほぼ同じで、ホジスンも当時大流行した探偵ものをおそらく意識していたはずだ。
ただ、カーナッキもホームズと同じく様々な事件を解決するとはいえ、必ずしも謎がすべて解かれるわけではない。彼の役目はあくまで怪異現象を鎮めることにある。本書の解説にもあるとおり、その役割は探偵というより陰陽師やシャーマンというべきなのだろう。
気になったのは、事件が人間による企みの場合と、正真正銘の怪異現象の場合、両方があるということ。結末がどちらに転ぶかという興味はあるにせよ、本当なら超自然界のルールに則って論理的に解決、というのが理想だとは思うのだが、そこまで望むのは酷な話か。合理的に解決される場合でも何らかの怪異が起こったりすることを考えると、カーナッキのスタンスはやはりシャーマンなのだろう。
まあ本格風味が薄いとはいえ、ゴーストハントものとしてはやはり面白い。カーナッキが怪異現象に対抗するべく入念な準備をする場面、この世のものではない何かが出現する場面など、執拗な語りはさすがに雰囲気十分。イメージを頭の中で膨らませつつ読むのが吉であろう。
ホラーファンには今さらだろうが、たまには変わった探偵小説をよみたいというミステリファンにはおすすめである。
なお、本日読んだのは角川ホラー文庫版だが、東京創元社のメルマガによると創元推理文庫でも近々刊行される模様。本邦初訳が一作含まれるそうだが、その他の収録作とかの違いはあるのかな?
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ヘンリー・セシル『判事とペテン師』(論創海外ミステリ)

ヘンリー・セシルの『判事とペテン師』を読む。こんな話。
とある法廷で裁かれようとしているのは、競馬の賭け屋の事務所に勤めた若き娘ルーシー。彼女は不正入手した情報により馬券を買っていたと訴えられていた。ところが彼女の情報源とは、実は牧師の父親ウェルズビイであった。血統を重視する長年の研究の成果により、牧師の予想は絶対だというのだ。判事チャールズはその真偽を確かめるべく、牧師に今週のレースの予想をたてさせたところ、正に百発百中。娘は無事に釈放される。それからしばらくのこと、判事のもとへ金に困った息子マーティンが現れ、事態は思わぬ方向へ……。
『法廷外裁判』や『メルトン先生の犯罪学演習』で有名なヘンリ・セシルだが、その作風は法廷もの+ユーモアという独特のものだ。本書でもそのスタイルはきっちりと守られている。とりわけユーモアという部分に関しては、ひとつのシーンに必ずひとつはくすぐりを入れる頻度の高さでなかなか面白い。判事が金に困って牧師を訪ねる場面、判事が競馬で熱くなる場面、マーティンの詐欺講座、法廷でのやりとり等、読みどころは多い。
というか、むしろ本書はそんな読みどころだけを重ねて作られた構成なのだろう。ただ残念なことに、それがそのまま本書の欠点にもなっている。ストーリー上で重要な話があっても、それは読みどころではないとばかり、作者はエイヤとばかりに説明を大幅にカットする。したがって通しで読むとエピソードのつながりやバランスが悪く、下手をすると梗概を読んでいる気分になることもしばしば。また(敢えてやっている節も見られるが)ハッキリした主人公というものを設定しておらず、これもバランスの悪さを助長している。判事親子により重きをおいて書けば、もっと評価されるべき作品になったはずだ。惜しいなぁ。
なんとか復調。ご心配をおかけしました<(_ _)>
で、DVDにも飽きてきたので、カテゴリーの「アンソロジー」を戯れに細分化してみる。本当は全部編者で分けたかったのだが、昔の本では編者を出していないものも多く、その場合は叢書名や出版社で区分することにした。
お目当てを探す場合はまず編者、そこに見あたらなければ叢書名or出版社名で探すことをお勧めします。まあ、完全にタイトルがはっきりとわかるものなら、右上の検索窓を使った方が早いとは思いますが。
で、DVDにも飽きてきたので、カテゴリーの「アンソロジー」を戯れに細分化してみる。本当は全部編者で分けたかったのだが、昔の本では編者を出していないものも多く、その場合は叢書名や出版社で区分することにした。
お目当てを探す場合はまず編者、そこに見あたらなければ叢書名or出版社名で探すことをお勧めします。まあ、完全にタイトルがはっきりとわかるものなら、右上の検索窓を使った方が早いとは思いますが。