Posted in 06 2004
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柴田錬三郎『幽霊紳士』(集英社文庫)
意外な拾いもの、と言っては失礼か。なんせ著者はあの時代小説の大家、シバレンこと柴田錬三郎である。しかし、そのシバレンが書いたミステリと聞くと、ミステリプロパではないだけに、「どうよ?」という気持ちも沸いてくるのも確か。正直やや眉唾気味に読み始めたのだが、うむ、これは悪くない。本日の読了本は『幽霊紳士』。
『幽霊紳士』は、見た目がグレー一色というスタイルの紳士を探偵役にした連作短編集である。物語の主人公は刑事であったり犯人であったりと様々だが、彼らが事件の解決にたどり着いたり、あるいは完全犯罪を成し遂げようという寸前、幽霊紳士は現れる。そして彼らの推理なり行動が誤りであることを指摘し、一気に物語の結末を逆転させるのである。
解決への導き方はまずまず論理的であり、しかも鮮やか。加えて完全に統一された物語のスタイルが、著者のセンスを感じさせる。また、本筋とは関係ないが、前の作品の登場人物が次の物語で主人公になるという設定も遊び心が効いている。趣向の勝利だけではない。本書は極めて上質のミステリといってよいだろう。
ちなみに本書の執筆に際して、柴田錬三郎はあの大坪砂男の協力を仰いでいるという。国書刊行会から出版された大坪砂男の『天狗』(国書刊行会)の解説に詳しいが、そもそも本書を読もうと思ったのも、その解説を読んだからである。
どの程度トリックやプロットに協力したかは不明だが、本書の完成度の高さは大坪砂男の功績によるところも大きいはず。シバレンと大坪砂男がどんなふうに打ち合わせをしていたのか、ちょっと見てみたい気もする。
『幽霊紳士』は、見た目がグレー一色というスタイルの紳士を探偵役にした連作短編集である。物語の主人公は刑事であったり犯人であったりと様々だが、彼らが事件の解決にたどり着いたり、あるいは完全犯罪を成し遂げようという寸前、幽霊紳士は現れる。そして彼らの推理なり行動が誤りであることを指摘し、一気に物語の結末を逆転させるのである。
解決への導き方はまずまず論理的であり、しかも鮮やか。加えて完全に統一された物語のスタイルが、著者のセンスを感じさせる。また、本筋とは関係ないが、前の作品の登場人物が次の物語で主人公になるという設定も遊び心が効いている。趣向の勝利だけではない。本書は極めて上質のミステリといってよいだろう。
ちなみに本書の執筆に際して、柴田錬三郎はあの大坪砂男の協力を仰いでいるという。国書刊行会から出版された大坪砂男の『天狗』(国書刊行会)の解説に詳しいが、そもそも本書を読もうと思ったのも、その解説を読んだからである。
どの程度トリックやプロットに協力したかは不明だが、本書の完成度の高さは大坪砂男の功績によるところも大きいはず。シバレンと大坪砂男がどんなふうに打ち合わせをしていたのか、ちょっと見てみたい気もする。
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城昌幸『若さま侍捕物手帖 南蛮秘夢』(廣済堂出版)
本日よりハリポタが公開される。なんだかんだ言いながら一応は観ておきたいものの、並ぶ気力がないので当分は無理だな。それにしてもレギュラー三人の子役たちの立派になったことよ。
読了本は実に久しぶりの城昌幸、久しぶりの若さま侍から、『若さま侍捕物手帖 南蛮秘夢』。
ここ一週間ぐらい鞄に詰めて、通勤電車の中でちまちまと読み進めてきたものを、ようやく今日になって読み終えた。ちなみに本書は廣済堂出版より刊行された短編集だが、なんと目次が無く、最初はてっきり長篇だと思っていた。ページ数もかなりあり、超大作気分でこちらは読み始めたのに、最初の十ページ程度で話が終わったときのショックと言ったら(笑)。
まあ、そんなことはどうでもよい。本作は若さま侍ものを三十二編も収めたきわめて読み応えのある一冊。現在入手可能な春陽文庫の五冊とも重複が少ないので、ファンなら古本屋で見かけたら買っておいて損はない(値段にもよるが)。
なお、本作の収録作のなかで、若さま侍の身分が明らかになる場面を見つけたのはちょっと衝撃だった。若さま自らその身分を名乗るのだが、いつもの調子でやや冗談めかして語るため、真偽のほどが掴みにくいのが残念。しかもその身分というのが、当時、実際には存在しなかった役職なのである。ただ、そんなことを城昌幸が知らなかったとは考えにくいので、おそらくは物語の都合上、完全に架空の身分を設定したのかもしれない。「若さま侍」というキャラクターを活かすための方便として。
「南蛮秘夢」
「くぜつ幽霊」
「あの世からの落し物」
「金の実る木」
「両国橋・天満橋」
「お手討ち文」
「どんどろ闇」
「小唄からくり」
「恋の生首」
「愛憎二ツならず」
「尻取り経文」
「からくり蝋燭」
「風来坊」
「悪心・善心」
「霊亀香人形供養(れいきこうにんぎょうくよう)」
「謎の封筒」
「暗闇まつり」
「小一郎変化」
「石見銀山」
「白浪商人」
「お慈悲裁き」
「あやめかきつばた」
「十六剣通し」
「捕物道中」
「金づる駕籠」
「命の恋」
「乙姫女房」
「女狐ごろし」
「お影さま明神」
「嘘つき長屋」
「刺鳥竿がらみ」
「勘兵衛参上」
読了本は実に久しぶりの城昌幸、久しぶりの若さま侍から、『若さま侍捕物手帖 南蛮秘夢』。
ここ一週間ぐらい鞄に詰めて、通勤電車の中でちまちまと読み進めてきたものを、ようやく今日になって読み終えた。ちなみに本書は廣済堂出版より刊行された短編集だが、なんと目次が無く、最初はてっきり長篇だと思っていた。ページ数もかなりあり、超大作気分でこちらは読み始めたのに、最初の十ページ程度で話が終わったときのショックと言ったら(笑)。
まあ、そんなことはどうでもよい。本作は若さま侍ものを三十二編も収めたきわめて読み応えのある一冊。現在入手可能な春陽文庫の五冊とも重複が少ないので、ファンなら古本屋で見かけたら買っておいて損はない(値段にもよるが)。
なお、本作の収録作のなかで、若さま侍の身分が明らかになる場面を見つけたのはちょっと衝撃だった。若さま自らその身分を名乗るのだが、いつもの調子でやや冗談めかして語るため、真偽のほどが掴みにくいのが残念。しかもその身分というのが、当時、実際には存在しなかった役職なのである。ただ、そんなことを城昌幸が知らなかったとは考えにくいので、おそらくは物語の都合上、完全に架空の身分を設定したのかもしれない。「若さま侍」というキャラクターを活かすための方便として。
「南蛮秘夢」
「くぜつ幽霊」
「あの世からの落し物」
「金の実る木」
「両国橋・天満橋」
「お手討ち文」
「どんどろ闇」
「小唄からくり」
「恋の生首」
「愛憎二ツならず」
「尻取り経文」
「からくり蝋燭」
「風来坊」
「悪心・善心」
「霊亀香人形供養(れいきこうにんぎょうくよう)」
「謎の封筒」
「暗闇まつり」
「小一郎変化」
「石見銀山」
「白浪商人」
「お慈悲裁き」
「あやめかきつばた」
「十六剣通し」
「捕物道中」
「金づる駕籠」
「命の恋」
「乙姫女房」
「女狐ごろし」
「お影さま明神」
「嘘つき長屋」
「刺鳥竿がらみ」
「勘兵衛参上」
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澁澤龍彦/編『暗黒のメルヘン』(立風書房)
ここ二〜三週間の仕事上の懸案事項が一気に片づきひと安心。精神的にかなり楽になる。関係スタッフ一同で一杯やりたいところだったが、仕事はまだまだ終わったわけでもなく、深夜の帰宅途中で一人で祝杯をあげる。
気持ちが少々高ぶったわけでもないが、最近滞りがちだった読書も軽快に進む。澁澤龍彦編集の『暗黒のメルヘン』読了。
泉鏡花「龍潭譚」
坂口安吾「桜の森の満開の下」
石川淳「山桜」
江戸川乱歩「押絵と旅する男」
夢野久作「瓶詰の地獄」
小栗虫太郎「白蟻」
大坪砂男「零人」
日影丈吉「猫の泉」
埴谷雄高「深淵」
島尾敏雄「摩天楼」
安部公房「詩人の生涯」
三島由紀夫「仲間」
椿實「人魚紀聞」
澁澤龍彦「マドンナの真珠」
倉橋由美子「恋人同士」
山本修雄「ウコンレオラ」
ご覧のように恐るべきラインナップ。恐るべき質の高さ。探偵小説畑の人の作品はすべて既読で言うまでもなく傑作揃い。一方の純文学系の人のは未読が多いものの、一時期はまった作家もそれなりにいて、ある種の懐かしさにも浸りながら楽しむことができた。
特に島尾敏雄と倉橋由美子は本当に久しぶり。島尾敏雄についてはそれほど多くの作品を読んだわけではないが、『死の棘』のインパクトが凄すぎて、当時はしばらくうなされたものである。「摩天楼」も掌編ながらねちねちと染みとおってくる感じがなんとも言えぬ味わい。倉橋由美子の「恋人同士」はいかにも倉橋由美子らしいエロティシズムに溢れた奇妙な味。技巧優先という感じは否めないがさすがの出来である。
ちなみに澁澤龍彦は優れた幻想小説は極度に人工的なスタイルにあるということを解説で述べている。文学でなければ為し得ない純粋な表現のスタイルが高いレベルで成立してこその文学というわけだ。
面白いのはその徹底的な人工的スタイルが、人の心の奥底に眠る何かを誘発させるということ。逆説めいているが、だからこそ優れた幻想小説は美しいのだ。
気持ちが少々高ぶったわけでもないが、最近滞りがちだった読書も軽快に進む。澁澤龍彦編集の『暗黒のメルヘン』読了。
泉鏡花「龍潭譚」
坂口安吾「桜の森の満開の下」
石川淳「山桜」
江戸川乱歩「押絵と旅する男」
夢野久作「瓶詰の地獄」
小栗虫太郎「白蟻」
大坪砂男「零人」
日影丈吉「猫の泉」
埴谷雄高「深淵」
島尾敏雄「摩天楼」
安部公房「詩人の生涯」
三島由紀夫「仲間」
椿實「人魚紀聞」
澁澤龍彦「マドンナの真珠」
倉橋由美子「恋人同士」
山本修雄「ウコンレオラ」
ご覧のように恐るべきラインナップ。恐るべき質の高さ。探偵小説畑の人の作品はすべて既読で言うまでもなく傑作揃い。一方の純文学系の人のは未読が多いものの、一時期はまった作家もそれなりにいて、ある種の懐かしさにも浸りながら楽しむことができた。
特に島尾敏雄と倉橋由美子は本当に久しぶり。島尾敏雄についてはそれほど多くの作品を読んだわけではないが、『死の棘』のインパクトが凄すぎて、当時はしばらくうなされたものである。「摩天楼」も掌編ながらねちねちと染みとおってくる感じがなんとも言えぬ味わい。倉橋由美子の「恋人同士」はいかにも倉橋由美子らしいエロティシズムに溢れた奇妙な味。技巧優先という感じは否めないがさすがの出来である。
ちなみに澁澤龍彦は優れた幻想小説は極度に人工的なスタイルにあるということを解説で述べている。文学でなければ為し得ない純粋な表現のスタイルが高いレベルで成立してこその文学というわけだ。
面白いのはその徹底的な人工的スタイルが、人の心の奥底に眠る何かを誘発させるということ。逆説めいているが、だからこそ優れた幻想小説は美しいのだ。
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マイクル・コナリー『チェイシング・リリー』(早川書房)
マイクル・コナリーの『チェイシング・リリー』読了。
ナノテクノロジーを扱うベンチャー企業、アメデオ・テクノロジー。その若き社長ヘンリーは、同棲していた部下の女性と破局を迎え、新居に越してきたばかりだ。ところ電話番号が変わったとたん、リリーという女性への間違い電話がしきりにかかってくる羽目にあう。どうやらリリーはインターネットを利用した娼婦らしい。なんとなく興味をもったヘンリーだが、リリーが事件に巻き込まれたらしい可能性が浮かび上がり、なおも調査を続行することにした。しかし、そんなヘンリーの元へ調査を中止するよう脅迫のメッセージが……。
ううむ、とてもマイクル・コナリーの手によるものとは思えない、意外な作品である。ナノテクノロジーというメインのネタといい、ボッシュものとはかけ離れた明るい作風といい。で、これがなかなか手慣れた感じで悪くないのだ。
実は読んでいる間はけっこう引っかかる部分が多く、失敗作ではないかという不安があった。特に主人公の行動がもうひとつ意味不明であったり、何となく煮え切らなかったり。ところがそれらの疑問がひとつずつクリアになり、説得力を持つようになってくると、もう著者の思うつぼである。ラストも謎解き+派手なアクションで鮮やかに締めくくり、つくづく上手い作家になったものだと感心する。
それでもコクという部分では、やはりボッシュものの方が上だとは思うが、この水準で書いてくれるなら、たまの単発作品も全然OKである。
ナノテクノロジーを扱うベンチャー企業、アメデオ・テクノロジー。その若き社長ヘンリーは、同棲していた部下の女性と破局を迎え、新居に越してきたばかりだ。ところ電話番号が変わったとたん、リリーという女性への間違い電話がしきりにかかってくる羽目にあう。どうやらリリーはインターネットを利用した娼婦らしい。なんとなく興味をもったヘンリーだが、リリーが事件に巻き込まれたらしい可能性が浮かび上がり、なおも調査を続行することにした。しかし、そんなヘンリーの元へ調査を中止するよう脅迫のメッセージが……。
ううむ、とてもマイクル・コナリーの手によるものとは思えない、意外な作品である。ナノテクノロジーというメインのネタといい、ボッシュものとはかけ離れた明るい作風といい。で、これがなかなか手慣れた感じで悪くないのだ。
実は読んでいる間はけっこう引っかかる部分が多く、失敗作ではないかという不安があった。特に主人公の行動がもうひとつ意味不明であったり、何となく煮え切らなかったり。ところがそれらの疑問がひとつずつクリアになり、説得力を持つようになってくると、もう著者の思うつぼである。ラストも謎解き+派手なアクションで鮮やかに締めくくり、つくづく上手い作家になったものだと感心する。
それでもコクという部分では、やはりボッシュものの方が上だとは思うが、この水準で書いてくれるなら、たまの単発作品も全然OKである。
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秋庭俊/編著『写真と地図で読む!帝都東京地下の謎』(洋泉社)
東京の地下に隠された秘密を暴く本、というと「何のこっちゃ」という人も多いかもしれない。本日の読了本は秋庭俊/編著『写真と地図で読む!帝都東京地下の謎』。
要は戦前の東京には、軍事上や政治上の目的から、国民には知らされない多くの地下網が張り巡らされていたというもの。その証拠として、現代の東京にはあちらこちらに歪な跡が見られ、地図からそれらを検証しようという内容である。
ネタは悪くない。トンデモ本系というと少し可哀相だし、真意のほどはわからないのだけれど、なかなか面白い事例が取りあげあられているのは確かだ。だが、それを説明する文章や図版のわかりにくさときたら。
例えば、図版そのものは豊富なのだが、ただ地図を置くだけというパターンが多すぎる。文章が地図のどの部分を指しているのか、その図版の何に着目すればいいのか、読みとるのに本当に骨が折れるのである。っていうか最後まで理解できない図版もちらほら。関係者は本当にこれでよいと思ったのか? 判断に苦しむ。
要は戦前の東京には、軍事上や政治上の目的から、国民には知らされない多くの地下網が張り巡らされていたというもの。その証拠として、現代の東京にはあちらこちらに歪な跡が見られ、地図からそれらを検証しようという内容である。
ネタは悪くない。トンデモ本系というと少し可哀相だし、真意のほどはわからないのだけれど、なかなか面白い事例が取りあげあられているのは確かだ。だが、それを説明する文章や図版のわかりにくさときたら。
例えば、図版そのものは豊富なのだが、ただ地図を置くだけというパターンが多すぎる。文章が地図のどの部分を指しているのか、その図版の何に着目すればいいのか、読みとるのに本当に骨が折れるのである。っていうか最後まで理解できない図版もちらほら。関係者は本当にこれでよいと思ったのか? 判断に苦しむ。
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香山滋『地球喪失』(講談社ロマン・ブックス)
この日記にあまりネガティヴなことは書きたくないが、ほんとに仕事でイライラすることが多い。俺自身、頭がいい方などとは夢にも思っていないが、ほんとーーーーーに世の中バカが多すぎる。日々募るイライラを読書によって少しでも解消できるってことだけでも、この世に探偵小説があってよかった思う。
香山滋の『地球喪失』読了。地球侵略もののSFといってよいのか?
ある科学者が偶然に入手した未知の地球外生命体シャドウ。しかし、研究が進むにつれ、科学者の助手は、それがやがて地球を喪失させるほどの危険性を孕んでいることに気づく。しかし研究者としての使命を優先する科学者は処分に反対したため、地球の運命を憂える助手は、秘かに研究所からシャドウを持ち出してしまった。しかし、逆にそれが皮肉な展開を招くことになる……。
ううむ、微妙な作品である。メッセージ性の強い『ゴジラ』などとはちょっと異なり、地球外生命体という設定が、どうしてもリアルな読み方を拒否してしまう。ならば徹底したエンターテインメントなのかといわれると、肝心のシャドウがそれほど大暴れするわけでもないので、拍子抜けもするのも確か。どちらかというと人間ドラマ、強いて言えば科学者の職業的使命というところに著者の比重は置かれている。
まあ、マッド・サイエンティストものとして読めば、それ自体が十分メッセージ性を持っているわけだが、それにしては登場人物たちの行動がどうにも納得しにくい部分も多く、ドラマとしても完成度は低いと言わざるを得ないだろう。
ちなみにシャドウのイメージは、映画の『ゴジラ対ヘドラ』に登場したヘドラに近い(段階を経て、能力や形状が進化するところなど)。もしかしたら映画のスタッフはこの作品を参考にしたのではないだろうか。
香山滋の『地球喪失』読了。地球侵略もののSFといってよいのか?
ある科学者が偶然に入手した未知の地球外生命体シャドウ。しかし、研究が進むにつれ、科学者の助手は、それがやがて地球を喪失させるほどの危険性を孕んでいることに気づく。しかし研究者としての使命を優先する科学者は処分に反対したため、地球の運命を憂える助手は、秘かに研究所からシャドウを持ち出してしまった。しかし、逆にそれが皮肉な展開を招くことになる……。
ううむ、微妙な作品である。メッセージ性の強い『ゴジラ』などとはちょっと異なり、地球外生命体という設定が、どうしてもリアルな読み方を拒否してしまう。ならば徹底したエンターテインメントなのかといわれると、肝心のシャドウがそれほど大暴れするわけでもないので、拍子抜けもするのも確か。どちらかというと人間ドラマ、強いて言えば科学者の職業的使命というところに著者の比重は置かれている。
まあ、マッド・サイエンティストものとして読めば、それ自体が十分メッセージ性を持っているわけだが、それにしては登場人物たちの行動がどうにも納得しにくい部分も多く、ドラマとしても完成度は低いと言わざるを得ないだろう。
ちなみにシャドウのイメージは、映画の『ゴジラ対ヘドラ』に登場したヘドラに近い(段階を経て、能力や形状が進化するところなど)。もしかしたら映画のスタッフはこの作品を参考にしたのではないだろうか。
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ローレンス・ブロック『殺しのリスト』(二見文庫)
仕事で京都日帰り出張。たまには泊まりでゆっくりしたいのだが、そうは上手くいきません。で、唯一の楽しみといえば新幹線での読書となるわけである。
本日、読み終えたのはローレンス・ブロック『殺しのリスト』。おなじみスカダーでもなく泥棒バーニーでもない、殺し屋ケラーを主人公にした第三のシリーズである。すでに短編集は一冊でているが、本作は待望の長編。
ストーリーはかなりシンプルである。いつものように仕事をこなすため、空港に降り立ったケラーは、男からターゲットの写真とピストルを受け取った。そしていつものようにモーテルに部屋をとり、いつものように仕事を終える。だが、心のどこかで、この仕事がいつもとは何かが違うことを訴えていた……。
やがて次の仕事が入ったが、ケラーはまたも嫌な予感に襲われる。いったい自分に何が起こっているのか? 殺し屋という職業を持つ男の平凡な日常を、淡々ととぼけた筆致で描く不思議な味わいの物語。
いわゆる殺し屋を題材にした通常のミステリとは一線を画すために、ブロックはケラーという設定を徹底的に考え抜いたはずだ。殺しの場面は素っ気ないぐらいに通り過ぎ、描かれるのはケラーの日常であり、生き方である。殺し屋という職業をまったく意識させないほどリアリティあふれる暮らしを描き、起伏の少ない展開を実にぐいぐいと引っ張ってゆく。まあ、起伏が少ないといっても殺人は山ほど行われたりもするわけだが(笑)。
要はこの匙加減というか、バランスが絶妙なのだろう。文章も読みやすいながら味わいがあり、特に会話の巧さはさすが巨匠のなせる業といってよい。ネタバレになるので詳しくは書かないが、犯人の動機という「謎」も、本作においては十分に許容範囲。楽しめます。
本日、読み終えたのはローレンス・ブロック『殺しのリスト』。おなじみスカダーでもなく泥棒バーニーでもない、殺し屋ケラーを主人公にした第三のシリーズである。すでに短編集は一冊でているが、本作は待望の長編。
ストーリーはかなりシンプルである。いつものように仕事をこなすため、空港に降り立ったケラーは、男からターゲットの写真とピストルを受け取った。そしていつものようにモーテルに部屋をとり、いつものように仕事を終える。だが、心のどこかで、この仕事がいつもとは何かが違うことを訴えていた……。
やがて次の仕事が入ったが、ケラーはまたも嫌な予感に襲われる。いったい自分に何が起こっているのか? 殺し屋という職業を持つ男の平凡な日常を、淡々ととぼけた筆致で描く不思議な味わいの物語。
いわゆる殺し屋を題材にした通常のミステリとは一線を画すために、ブロックはケラーという設定を徹底的に考え抜いたはずだ。殺しの場面は素っ気ないぐらいに通り過ぎ、描かれるのはケラーの日常であり、生き方である。殺し屋という職業をまったく意識させないほどリアリティあふれる暮らしを描き、起伏の少ない展開を実にぐいぐいと引っ張ってゆく。まあ、起伏が少ないといっても殺人は山ほど行われたりもするわけだが(笑)。
要はこの匙加減というか、バランスが絶妙なのだろう。文章も読みやすいながら味わいがあり、特に会話の巧さはさすが巨匠のなせる業といってよい。ネタバレになるので詳しくは書かないが、犯人の動機という「謎」も、本作においては十分に許容範囲。楽しめます。
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小栗虫太郎『失楽園殺人事件』(扶桑社昭和ミステリ秘宝)
通勤用の鞄を購入。そのついでに新刊書店や古書店で本を買いまくる。古書店では創元や早川のちょい古いところがどっと入っており、おまけに保篠龍緒の著作までを激安で発見。久々にガッツポーズ。
読了本は小栗虫太郎『失楽園殺人事件』。
「後光殺人事件」
「聖アレキセイ寺院の惨劇」
「夢殿殺人事件」
「失楽園殺人事件」
「オフェリヤ殺し」
「潜航艇「鷹の城」」
「人魚謎お岩殺し」
本書は小栗虫太郎の法水麟太郎ものを発表順に収めた短編集。とかくシリーズものはパターンが固定してしまい、先が読めてしまいがちになるものだが、さすがに小栗虫太郎ともなると予想もつかないオチや展開が待っており一筋縄ではいかない。
そもそも小栗作品を難しくしている一因に衒学趣味があるのだが、本書に収められた多くの作品もまた哲学や宗教、芸術などが散りばめられ、それは探偵小説の味付けといったレベルどころではなく、テーマとして謎そのものにも深く関わっている。小栗は自らの理論・思想を具現化するかのような状況を創り出し、そのなかで不条理な殺人劇を奏でてゆくのだ。これぞまさに小栗ワールド。
難解とはいうものの、読み手にイメージを喚起させる力は相当なもので、法水のセリフに煙に巻かれながらも必死に状況把握に努めれば、実にオリジナリティに満ちた作品世界にひたれることが可能となる。ただし、正確にその小栗ワールドを理解できているかと聞かれれば、個人的には正直自信がないと答えるほかないのだが。
印象としては、その幻惑度は初期の作品ほど強烈である。「後光殺人事件」「聖アレクセイ寺院の惨劇」「夢殿殺人事件」「失楽園殺人事件」と続く作品群のトリックとロジックの凄まじさ&シュールさ。
特に初めて読んだ「失楽園殺人事件」は噂どおりの怪作で、法水の推理もいつも以上に強烈。また、作風が変わりだした頃の作品「オフェリア殺し」は、ハムレットを演ずる法水という趣向(しかもプロレベル)。あまりの設定に呆気にとられているうちに法水の超推理炸裂というわけで、これも捨てがたい魅力がある。結局なんだかんだ言いながらも、やはり一度は体験しておきたい作品ばかりといえるだろう。好きになれとはいわんが(笑)。
なお、本書には、なかなかお目にかかれない小栗虫太郎のエッセイも多数収録されている。この小説にしてこのエッセイ、という内容ではあるが、小栗ワールドを理解する助けとしては貴重であろう。
読了本は小栗虫太郎『失楽園殺人事件』。
「後光殺人事件」
「聖アレキセイ寺院の惨劇」
「夢殿殺人事件」
「失楽園殺人事件」
「オフェリヤ殺し」
「潜航艇「鷹の城」」
「人魚謎お岩殺し」
本書は小栗虫太郎の法水麟太郎ものを発表順に収めた短編集。とかくシリーズものはパターンが固定してしまい、先が読めてしまいがちになるものだが、さすがに小栗虫太郎ともなると予想もつかないオチや展開が待っており一筋縄ではいかない。
そもそも小栗作品を難しくしている一因に衒学趣味があるのだが、本書に収められた多くの作品もまた哲学や宗教、芸術などが散りばめられ、それは探偵小説の味付けといったレベルどころではなく、テーマとして謎そのものにも深く関わっている。小栗は自らの理論・思想を具現化するかのような状況を創り出し、そのなかで不条理な殺人劇を奏でてゆくのだ。これぞまさに小栗ワールド。
難解とはいうものの、読み手にイメージを喚起させる力は相当なもので、法水のセリフに煙に巻かれながらも必死に状況把握に努めれば、実にオリジナリティに満ちた作品世界にひたれることが可能となる。ただし、正確にその小栗ワールドを理解できているかと聞かれれば、個人的には正直自信がないと答えるほかないのだが。
印象としては、その幻惑度は初期の作品ほど強烈である。「後光殺人事件」「聖アレクセイ寺院の惨劇」「夢殿殺人事件」「失楽園殺人事件」と続く作品群のトリックとロジックの凄まじさ&シュールさ。
特に初めて読んだ「失楽園殺人事件」は噂どおりの怪作で、法水の推理もいつも以上に強烈。また、作風が変わりだした頃の作品「オフェリア殺し」は、ハムレットを演ずる法水という趣向(しかもプロレベル)。あまりの設定に呆気にとられているうちに法水の超推理炸裂というわけで、これも捨てがたい魅力がある。結局なんだかんだ言いながらも、やはり一度は体験しておきたい作品ばかりといえるだろう。好きになれとはいわんが(笑)。
なお、本書には、なかなかお目にかかれない小栗虫太郎のエッセイも多数収録されている。この小説にしてこのエッセイ、という内容ではあるが、小栗ワールドを理解する助けとしては貴重であろう。
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ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』(新潮文庫)
相方の付き合いでテディベア・コンベンションに出かける。要はテディベアマニアの即売会。まあ、コミケのテディベア版とでもいいましょうか。帰りには愛犬の散歩のためにお台場などへ寄りつつ、一日中家族サービスで終了。
読了本はジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』。
なぜ急にこんなものを読んでいるかというと、先日の松本恵子つながりもあるが(訳が松本恵子なのです)、実は本書が「あしながおじさんが誰か」というフーダニット的読み方もできるという話を聞いていたため。
といっても小学生の頃に読んでいるのでその正体などとっくに知っているわけだが、その時分にはもちろんそんな小癪な読み方などするはずもなく、あらためて読んでおこうという気になったからである。
主人公のジルーシャ・アボットは孤児院で育てられた娘だが、たまたま書いた作文がある評議員の眼に留まり、その評議員の後援を受けて大学に進学することになる。それはまったくの無償の行為だが、たった一つだけ条件があった。月に一度必ず後援者に宛てて手紙を書かなければならないのである。こうしてジルーシャは女子大の寄宿舎に入り、彼女の命名による「あしながおじさん」にあてて、日々の暮らしや自分の考えを手紙に書き綴っていくことになる。
というように本書は、ジルーシャからあしながおじさんに宛てての書簡集なのだ。主人公ジルーシャの率直さと明るさ、機知、そしてユーモアが本書を実に楽しい読み物にしているだけでなく、女性の成長や世の中の矛盾、そして家族への愛や男性への恋などがしっかり盛り込まれた優れた青春小説でもある。瑞々しい文体もそのリーダビリティに一役買っており、これはもちろん翻訳の力もあるだろう。
ただし、変にかんぐった読み方もできないではない。
あしながおじさんは彼女の才能を伸ばしてあげようと思ったのではなく、もしかすると自分にふさわしい恋人を作ろうとしていたのではないか、という疑問である。さらには自分の正体を隠して彼女と近づきになり、それと知らない彼女がその様子を手紙に書いてくるのを楽しんでいる節もうかがえる。これなどはかなり悪趣味にすら思える。
また、仕方ない部分もあるのだが、彼女自身の主体性というのは意外に見えてこないところも多い。例えば、あしながおじさんは彼女を放任しているようで、将来の職業など要の部分ではアドバイスと言うより強制に近い義務を課している。彼女の方も特に何の疑問もなく応じていたりするので、この辺はもちろん時代性も考慮しなければならないだろうが、やはり気になるところではある。
結局のところ『あしながおじさん』は傑作だとは思いつつも、荒んだ現代ではさすがにそのピュアな力も風化しつつあるのではないか、という気がする。今の若い人が読むとどう思えるのだろうか。気になります。
読了本はジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』。
なぜ急にこんなものを読んでいるかというと、先日の松本恵子つながりもあるが(訳が松本恵子なのです)、実は本書が「あしながおじさんが誰か」というフーダニット的読み方もできるという話を聞いていたため。
といっても小学生の頃に読んでいるのでその正体などとっくに知っているわけだが、その時分にはもちろんそんな小癪な読み方などするはずもなく、あらためて読んでおこうという気になったからである。
主人公のジルーシャ・アボットは孤児院で育てられた娘だが、たまたま書いた作文がある評議員の眼に留まり、その評議員の後援を受けて大学に進学することになる。それはまったくの無償の行為だが、たった一つだけ条件があった。月に一度必ず後援者に宛てて手紙を書かなければならないのである。こうしてジルーシャは女子大の寄宿舎に入り、彼女の命名による「あしながおじさん」にあてて、日々の暮らしや自分の考えを手紙に書き綴っていくことになる。
というように本書は、ジルーシャからあしながおじさんに宛てての書簡集なのだ。主人公ジルーシャの率直さと明るさ、機知、そしてユーモアが本書を実に楽しい読み物にしているだけでなく、女性の成長や世の中の矛盾、そして家族への愛や男性への恋などがしっかり盛り込まれた優れた青春小説でもある。瑞々しい文体もそのリーダビリティに一役買っており、これはもちろん翻訳の力もあるだろう。
ただし、変にかんぐった読み方もできないではない。
あしながおじさんは彼女の才能を伸ばしてあげようと思ったのではなく、もしかすると自分にふさわしい恋人を作ろうとしていたのではないか、という疑問である。さらには自分の正体を隠して彼女と近づきになり、それと知らない彼女がその様子を手紙に書いてくるのを楽しんでいる節もうかがえる。これなどはかなり悪趣味にすら思える。
また、仕方ない部分もあるのだが、彼女自身の主体性というのは意外に見えてこないところも多い。例えば、あしながおじさんは彼女を放任しているようで、将来の職業など要の部分ではアドバイスと言うより強制に近い義務を課している。彼女の方も特に何の疑問もなく応じていたりするので、この辺はもちろん時代性も考慮しなければならないだろうが、やはり気になるところではある。
結局のところ『あしながおじさん』は傑作だとは思いつつも、荒んだ現代ではさすがにそのピュアな力も風化しつつあるのではないか、という気がする。今の若い人が読むとどう思えるのだろうか。気になります。
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コーネル・ウールリッチ『踊り子探偵』(白亜書房)
午後に人間ドック終了。いったん会社へ戻るも、二日連続の早起きとバリウムの後遺症(苦笑)などであまり調子が出ず、早々に帰宅。
読了本はウールリッチの『踊り子探偵』。白亜書房から出たウールリッチの短編傑作集の第二弾である。
とりあえず断言してしまうと、ウールリッチの短編はつまらないわけがない。もしミステリが好きで、未だウールリッチを読んだことがないという人は、『幻の女』と短編集だけでも読んでくれ。ぜひ。本書も傑作揃いではあるが、あえていうなら「騒がしい幽霊」のユーモア、「晩餐後の物語」のサスペンス、「妻がいなくなるとき」のスリルは絶品である。ううむ、適当な感想だが、本日は体調がいまいちなのでこれぐらいで勘弁。
If I Should Die Before I Wake「目覚める前に死なば」
Waltz「ワルツ」
After-Dinner Story「晩餐後の物語」
The Dancing Detective(別題はDime a dance)「踊り子探偵」
You'll Never See Me Again「妻がいなくなるとき」
Oft in the Silly Night「騒がしい幽霊」
The Case of the Killer-Diller「黒い旋律」
The Gate Crasher「舞踏会の夜」
読了本はウールリッチの『踊り子探偵』。白亜書房から出たウールリッチの短編傑作集の第二弾である。
とりあえず断言してしまうと、ウールリッチの短編はつまらないわけがない。もしミステリが好きで、未だウールリッチを読んだことがないという人は、『幻の女』と短編集だけでも読んでくれ。ぜひ。本書も傑作揃いではあるが、あえていうなら「騒がしい幽霊」のユーモア、「晩餐後の物語」のサスペンス、「妻がいなくなるとき」のスリルは絶品である。ううむ、適当な感想だが、本日は体調がいまいちなのでこれぐらいで勘弁。
If I Should Die Before I Wake「目覚める前に死なば」
Waltz「ワルツ」
After-Dinner Story「晩餐後の物語」
The Dancing Detective(別題はDime a dance)「踊り子探偵」
You'll Never See Me Again「妻がいなくなるとき」
Oft in the Silly Night「騒がしい幽霊」
The Case of the Killer-Diller「黒い旋律」
The Gate Crasher「舞踏会の夜」
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アレックス・アトキンスン『チャーリー退場』(創元推理文庫)
本日より一泊二日で人間ドック。今回は会社が張り込んでくれて、かなり豪華版の人間ドックである。しかしガンとか動脈硬化とかそういう系統はいいのだが、エイズチェックまであるのはいかがなものか。私、疑われるようなことはしておりません(T_T)。
ところで検診の数は多いものの、さすがに二日に分けてやるので、本日分は意外に早く終了。かといって食事は早い時間に済ませなければならないし、酒もダメ。要は宿泊先のホテルでおとなしくしてるだけなのだが、あまりこういう機会もないのでゆっくり読書。
というわけでアレックス・アトキンスンの『チャーリー退場』を読了する。
『チャーリー退場』はかつて東京創元社からクライムクラブの一冊として出されていたもの。古書で買うとそれなりのお値段なので、今回新訳で刊行されたことはとりあえずめでたい。まあ、これまで長らく放置されていたわけであるから、中身はイマイチでは、という不安もあったが、実際に読んでみるとなかなかどうして。
ひとことで言うなら、ビックリするほどオーソドックスな本格ミステリである。
芝居終了直後に起こった劇場での主演男優殺人事件という導入こそ派手なのだが、その後の捜査の過程や登場人物の描写などはいたって地味。とはいえ適度なユーモアと緊張感のバランス、巧みな伏線などがきれいにまとまり、けれん味のない非常に好感の持てる読み物といえるだろう。ミステリプロパーではない著者が書いたとは思えないほど上手くまとまった作品だ。
ただ、逆にいうと、せっかく本職ではない著者が書いたのだから、もう少しミステリとしての冒険があってもよいのにとは思う。贅沢な注文だろうか?
ところで検診の数は多いものの、さすがに二日に分けてやるので、本日分は意外に早く終了。かといって食事は早い時間に済ませなければならないし、酒もダメ。要は宿泊先のホテルでおとなしくしてるだけなのだが、あまりこういう機会もないのでゆっくり読書。
というわけでアレックス・アトキンスンの『チャーリー退場』を読了する。
『チャーリー退場』はかつて東京創元社からクライムクラブの一冊として出されていたもの。古書で買うとそれなりのお値段なので、今回新訳で刊行されたことはとりあえずめでたい。まあ、これまで長らく放置されていたわけであるから、中身はイマイチでは、という不安もあったが、実際に読んでみるとなかなかどうして。
ひとことで言うなら、ビックリするほどオーソドックスな本格ミステリである。
芝居終了直後に起こった劇場での主演男優殺人事件という導入こそ派手なのだが、その後の捜査の過程や登場人物の描写などはいたって地味。とはいえ適度なユーモアと緊張感のバランス、巧みな伏線などがきれいにまとまり、けれん味のない非常に好感の持てる読み物といえるだろう。ミステリプロパーではない著者が書いたとは思えないほど上手くまとまった作品だ。
ただ、逆にいうと、せっかく本職ではない著者が書いたのだから、もう少しミステリとしての冒険があってもよいのにとは思う。贅沢な注文だろうか?
昼休みに会社を抜けだし、雨降る中を新刊書店へ向かう。お目当ては『松本恵子探偵小説選』。
この松本恵子という人は、かの松本泰の奥さんで、一般的にはクリスティーや『あしながおじさん』の訳者として知られている。松本泰が発行していた探偵雑誌にも何かと協力を惜しまなかったという話だが、こうして一冊にまとまるほどの探偵小説を残していたとは知らなかった。だが、中を見るとさすがに翻訳やエッセイ、評論などもかなり含まれているようだ。(3〜4割程度)。
しかし、今回の『松本恵子探偵小説選』に限らず、発行元の論創社は頑張っている。このシリーズ、どこまで売れているのかはわからんが、今後のラインナップも予告されているだけに、ぜひ無事に完結してほしいものである。少なくとも私は全部買います。
で、この本の横に並べてあったのが、本日の読了本『ダ・ヴィンチ特別編集6金田一耕助 The Complete』。
要は金田一耕助ガイドブックである。最近ミステリ作家別のガイドブックが盛んだが、今度は「ダ・ヴィンチ特別編集シリーズ」が探偵という切り口で参入してきた模様。ダ・ヴィンチなのでどこまで真剣かわからんが。
肝心の中身の方はマニア向けというより、浅めのファンやこれから読もうという人向き。情報的にはちょっとしたマニアなら知っていることばかりだが、ひととおりのことは網羅しているので、まずまず楽しめるのではないだろうか。
個人的には角川春樹のインタビューが秀逸。相変わらずの強気発言で、かなり楽しめました(笑)。
この松本恵子という人は、かの松本泰の奥さんで、一般的にはクリスティーや『あしながおじさん』の訳者として知られている。松本泰が発行していた探偵雑誌にも何かと協力を惜しまなかったという話だが、こうして一冊にまとまるほどの探偵小説を残していたとは知らなかった。だが、中を見るとさすがに翻訳やエッセイ、評論などもかなり含まれているようだ。(3〜4割程度)。
しかし、今回の『松本恵子探偵小説選』に限らず、発行元の論創社は頑張っている。このシリーズ、どこまで売れているのかはわからんが、今後のラインナップも予告されているだけに、ぜひ無事に完結してほしいものである。少なくとも私は全部買います。
で、この本の横に並べてあったのが、本日の読了本『ダ・ヴィンチ特別編集6金田一耕助 The Complete』。
要は金田一耕助ガイドブックである。最近ミステリ作家別のガイドブックが盛んだが、今度は「ダ・ヴィンチ特別編集シリーズ」が探偵という切り口で参入してきた模様。ダ・ヴィンチなのでどこまで真剣かわからんが。
肝心の中身の方はマニア向けというより、浅めのファンやこれから読もうという人向き。情報的にはちょっとしたマニアなら知っていることばかりだが、ひととおりのことは網羅しているので、まずまず楽しめるのではないだろうか。
個人的には角川春樹のインタビューが秀逸。相変わらずの強気発言で、かなり楽しめました(笑)。
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マイクル・Z・リューイン『探偵家族/冬の事件簿』(ハヤカワミステリ)
関東地方は本日より梅雨入り。鬱陶しい日々が始まる。
マイクル・Z・リューインの『探偵家族/冬の事件簿』を読む。
リューインと言えば私立探偵アルバート・サムスンやパウダー警部もので知られているが、ここ最近はまったく新作が紹介されず、寂しいかぎりであった。その隙間を埋めるように登場したのが家族全員で探偵業を営む(実際は全員というわけでもないのだが)探偵家族のルンギ一家シリーズである。
ややコミカルながらもしっかりネオハードボイルドしていたサムスンや、より真っ当なパウダー警部ものなどと違い、こちらは極めてほのぼの系だ。形式的には複数の事件が同時進行するモジュラー型といえる。
ただし、そのどれもが他愛ない事件であり、ときには事件ですらない。加えてルンギ家に巻き起こる家族内のトラブルも発生する始末。あくまでミステリは衣装であり、中身はユーモア溢れる家族小説といった趣だ。いつものリューインの作品を期待するとかなり裏切られる羽目になるが、さすがに読ませる技術は高く、キャラクターを楽しむ物語と割り切ればまったく問題ないだろう。
本作ではブティックへの強請り、ポケベルでの脅迫事件、伯父殺しという三つの事件が同時に進行し、しかもここに家族のトラブルが三つも四つも重なってくる。作者のサービスの徹底ぶりは恐れ入るが、正直、前半はかなり忙しなく、やや消化不良の感がある。しかし後半に入ってそれを一気に収束に持っていき、かつ家族の絆を巧みに描くところはさすがリューイン。
というわけで一応は楽しめるレベルにある作品なのだが、それでもやっぱりサムスンやパウダー警部ものの方がいいよなぁ、と思ってしまうところに本作の限界があるような気がする。今さらこういうものをリューインが書く必要はあるのだろうか?
マイクル・Z・リューインの『探偵家族/冬の事件簿』を読む。
リューインと言えば私立探偵アルバート・サムスンやパウダー警部もので知られているが、ここ最近はまったく新作が紹介されず、寂しいかぎりであった。その隙間を埋めるように登場したのが家族全員で探偵業を営む(実際は全員というわけでもないのだが)探偵家族のルンギ一家シリーズである。
ややコミカルながらもしっかりネオハードボイルドしていたサムスンや、より真っ当なパウダー警部ものなどと違い、こちらは極めてほのぼの系だ。形式的には複数の事件が同時進行するモジュラー型といえる。
ただし、そのどれもが他愛ない事件であり、ときには事件ですらない。加えてルンギ家に巻き起こる家族内のトラブルも発生する始末。あくまでミステリは衣装であり、中身はユーモア溢れる家族小説といった趣だ。いつものリューインの作品を期待するとかなり裏切られる羽目になるが、さすがに読ませる技術は高く、キャラクターを楽しむ物語と割り切ればまったく問題ないだろう。
本作ではブティックへの強請り、ポケベルでの脅迫事件、伯父殺しという三つの事件が同時に進行し、しかもここに家族のトラブルが三つも四つも重なってくる。作者のサービスの徹底ぶりは恐れ入るが、正直、前半はかなり忙しなく、やや消化不良の感がある。しかし後半に入ってそれを一気に収束に持っていき、かつ家族の絆を巧みに描くところはさすがリューイン。
というわけで一応は楽しめるレベルにある作品なのだが、それでもやっぱりサムスンやパウダー警部ものの方がいいよなぁ、と思ってしまうところに本作の限界があるような気がする。今さらこういうものをリューインが書く必要はあるのだろうか?
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角田喜久雄『底無沼』(出版芸術社)
いろいろな仕事が交互にピークを迎えるので何とも気が重い。編集一本やりだった頃は、それだけに集中いていればよかったのだが……。疲れが慢性化しているのが辛い。そんなわけでこの週末は、できるだけ愛犬とのんびり一日を過ごす。散歩がてら古本屋へ行ったり、読書したり、資料整理をしたり。少しはストレスは解消になったのか?
読了本は角田喜久雄の短編集『底無沼』。出版芸術社から刊行されているふしぎ文学館の一冊である。この叢書は過去の優れた作家の優れた作品を掘り起こすのが狙いであるから、ほとんど外れがないのがいい。加えて角田喜久雄という作家はあまり作品毎のむらがないので、失望しないのは読む前から約束されたようなものである。収録作は以下のとおり。
「あかはぎの拇指紋」
「底無沼」
「恐水病患者」
「秋の亡霊」
「下水道」
「蛇男」
「恐ろしき貞女」
「沼垂の女」
「悪魔のような女」
「四つの殺人」
「笛吹けば人が死ぬ」
「顔のない裸」
「年輪」
読了後、改めて角田喜久雄のアベレージの高さに感心したが、まあ、各アンソロジーに採られるレベルの傑作ばかりを集めているので当然か。その分コストパフォーマンスはちょっと落ちるが、まとめて角田喜久雄の傑作を読める本はそうそうないのでお買い得度は高い。
設定の勝利とでもいうべき「底無沼」、変格と本格の合体したような奇妙な傑作「下水道」、怖さがじわーと漂う「沼垂の女」、逆ストーカーとでもいうべき題材の「恐ろしき貞女」、余韻に優れた「年輪」などなど、どれも粒ぞろい。
古くさい探偵小説なんて、と毛嫌いする人にも、安心してオススメできる傑作集。実際、今読んでも古くささはまったく感じられないところが角田喜久雄の偉いところなのだ。
読了本は角田喜久雄の短編集『底無沼』。出版芸術社から刊行されているふしぎ文学館の一冊である。この叢書は過去の優れた作家の優れた作品を掘り起こすのが狙いであるから、ほとんど外れがないのがいい。加えて角田喜久雄という作家はあまり作品毎のむらがないので、失望しないのは読む前から約束されたようなものである。収録作は以下のとおり。
「あかはぎの拇指紋」
「底無沼」
「恐水病患者」
「秋の亡霊」
「下水道」
「蛇男」
「恐ろしき貞女」
「沼垂の女」
「悪魔のような女」
「四つの殺人」
「笛吹けば人が死ぬ」
「顔のない裸」
「年輪」
読了後、改めて角田喜久雄のアベレージの高さに感心したが、まあ、各アンソロジーに採られるレベルの傑作ばかりを集めているので当然か。その分コストパフォーマンスはちょっと落ちるが、まとめて角田喜久雄の傑作を読める本はそうそうないのでお買い得度は高い。
設定の勝利とでもいうべき「底無沼」、変格と本格の合体したような奇妙な傑作「下水道」、怖さがじわーと漂う「沼垂の女」、逆ストーカーとでもいうべき題材の「恐ろしき貞女」、余韻に優れた「年輪」などなど、どれも粒ぞろい。
古くさい探偵小説なんて、と毛嫌いする人にも、安心してオススメできる傑作集。実際、今読んでも古くささはまったく感じられないところが角田喜久雄の偉いところなのだ。
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カーター・ディクスン『殺人者と恐喝者』(原書房)
本日の読了本は、先日めでたく復刊の運びとなったカーター・ディクスンの『殺人者と恐喝者』。カー全盛期のものとしては唯一絶版になっていた本作だが、当時、論議を巻き起こした作品としても知られていたので、読む前はトンデモ系かとも思っていたのだが……いやいや、悪くないじゃないですか。
本作の肝は2種類のトリック。正直言ってそのうちの物理的トリックはやや腰砕けの感がないでもないが、論議を呼んだというもうひとつのトリックは個人的には全然許容範囲である。というかこれがあるから本作は評価されるべきであろう。
それよりも犯行手段の脆弱さの方が、遙かに気になるところである。また、トリックに比重を置いているせいか、オカルト趣味やファース、時代背景といった味付けには物足りない面もある(ただし繰り返し出てくる、H・M卿の回顧録ネタは強烈)。だが、これはあくまで好みの話なので気にするほどのものではない。
トータルでは読み応えも十分。まずは復刊されたことを素直に喜びたい一冊といってよいだろう。
本作の肝は2種類のトリック。正直言ってそのうちの物理的トリックはやや腰砕けの感がないでもないが、論議を呼んだというもうひとつのトリックは個人的には全然許容範囲である。というかこれがあるから本作は評価されるべきであろう。
それよりも犯行手段の脆弱さの方が、遙かに気になるところである。また、トリックに比重を置いているせいか、オカルト趣味やファース、時代背景といった味付けには物足りない面もある(ただし繰り返し出てくる、H・M卿の回顧録ネタは強烈)。だが、これはあくまで好みの話なので気にするほどのものではない。
トータルでは読み応えも十分。まずは復刊されたことを素直に喜びたい一冊といってよいだろう。
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イアン・フレミング『007は二度死ぬ』(ハヤカワ文庫)
『ラスト・サムライ』と『キル・ビル』を観たせいか、日本を舞台にした海外ミステリを猛烈に読みたくなり、とっておきの『007は二度死ぬ』を引っ張り出す。言うまでもなくイアン・フレミングの書いた「007ジェームズ・ボンド」ものだ。
殺人ライセンスの証し、コード番号007を持つ英国諜報部員ジェームズ・ボンド。そのボンドが冷戦を背景に、秘密兵器やアクションを武器に巨悪と戦うスパイ・アクションである。さすがに日本では昔ほどの人気はないと思うのだが、本国イギリスではフレミング亡き後も他の作家によって書き継がれているほどの人気シリーズ。
ただ、映画では完全にヒーローアクションものとして認知されてはいるが、小説は意外に人間ドラマとしての面も強い(もちろんル・カレやグリーンと比べちゃダメですが)。また、ストーリーも映画ほどワンパターンではなく、作品によっては変則的な構成のものもあり、必ずしも敵との対決がクライマックスとは限らないのである。おそらく映画の007しか知らない人は、小説を読んでけっこう驚くのではないだろうか。
さて、『007は二度死ぬ』である。
基本的には007自体が荒唐無稽な物語なので、あまり正しい日本描写は期待していなかったが、これは凄すぎ。
フレミング自身は日本での旅行体験を元にして執筆しているのだが、記憶が曖昧なのか、それとも英国人が面白がりそうなところをネタとして誇張しているのか、そのねじくれた日本観は『ラスト・サムライ』や『キル・ビル』どころの話ではない。
のっけからジャンケンで激突する日英スパイ、日本人に変装してばれないボンド、元ハリウッド女優の海女さん、ボンドに忍者修行を強制する日本のスパイ、開通前の地下鉄ホームにプレハブを建てて事務室にする内閣調査室などなど。ある意味、読みどころが満載で、心がおおらかな人なら堪能できることは間違いない。
実際、これらボンドの日本体験が本書のほとんどを占めるというアナーキーさで、敵のアジトに忍び込むのはほとんど終盤になってからという始末。おまけにボンドはアジトを壊滅させたのはいいが、自分も記憶喪失になって海女と暮らしながら終わるのである。おいおい、どうすんだ、この続きは?
シリーズ中でも屈指の怪作と呼べる本書。いったい当時のイギリス人はこれをどう読んだのか。知りたいような知りたくないような(笑)。
殺人ライセンスの証し、コード番号007を持つ英国諜報部員ジェームズ・ボンド。そのボンドが冷戦を背景に、秘密兵器やアクションを武器に巨悪と戦うスパイ・アクションである。さすがに日本では昔ほどの人気はないと思うのだが、本国イギリスではフレミング亡き後も他の作家によって書き継がれているほどの人気シリーズ。
ただ、映画では完全にヒーローアクションものとして認知されてはいるが、小説は意外に人間ドラマとしての面も強い(もちろんル・カレやグリーンと比べちゃダメですが)。また、ストーリーも映画ほどワンパターンではなく、作品によっては変則的な構成のものもあり、必ずしも敵との対決がクライマックスとは限らないのである。おそらく映画の007しか知らない人は、小説を読んでけっこう驚くのではないだろうか。
さて、『007は二度死ぬ』である。
基本的には007自体が荒唐無稽な物語なので、あまり正しい日本描写は期待していなかったが、これは凄すぎ。
フレミング自身は日本での旅行体験を元にして執筆しているのだが、記憶が曖昧なのか、それとも英国人が面白がりそうなところをネタとして誇張しているのか、そのねじくれた日本観は『ラスト・サムライ』や『キル・ビル』どころの話ではない。
のっけからジャンケンで激突する日英スパイ、日本人に変装してばれないボンド、元ハリウッド女優の海女さん、ボンドに忍者修行を強制する日本のスパイ、開通前の地下鉄ホームにプレハブを建てて事務室にする内閣調査室などなど。ある意味、読みどころが満載で、心がおおらかな人なら堪能できることは間違いない。
実際、これらボンドの日本体験が本書のほとんどを占めるというアナーキーさで、敵のアジトに忍び込むのはほとんど終盤になってからという始末。おまけにボンドはアジトを壊滅させたのはいいが、自分も記憶喪失になって海女と暮らしながら終わるのである。おいおい、どうすんだ、この続きは?
シリーズ中でも屈指の怪作と呼べる本書。いったい当時のイギリス人はこれをどう読んだのか。知りたいような知りたくないような(笑)。