Posted in 05 2003
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海野十三『浮かぶ飛行島』(少年倶楽部文庫)
『蠅男』に引き続き、海野十三の長篇を読む。元版は第二次世界大戦が勃発しようかという昭和十四年に刊行されたジュヴナイルで、しかも中身は戦争活劇もの。おそらくは愛国者の海野が国威高揚のために書いたと思われる作品だ。
大戦当時は探偵小説の執筆が禁じられていたので、探偵作家は国民の志気を揚げるというお題目のもと、ニッポン万歳という軍事ものに走るか、あるいはその政策に納得できない者は捕物帳などを書くしかなかった。
ここで多くの探偵作家は、国のために強制されて書くという行為を拒絶する道を選ぶ。この辺の事情は横溝正史などの随筆でもいろいろと読むことができるが、そんな中で敢えて軍事ものに筆を染めたのが海野だった。海野自身は非情に面倒見のいい人間で、探偵作家仲間からも好かれていたようだが、あまりにもその思想に違いがありすぎる。実際、本書でも強烈な愛国主義、対立する欧米諸国やアジア諸国への侮蔑的描写などが目白押しで(というかそういう目的で書かれているので当たり前っちゃ当たり前なのだが)、さすがに今読むとぎょっとする内容である。娯楽目的といえども、文学である。「国家におもねる作家など誰が信用できる?」という感覚は今も昔も変わらないはずだ。そんな中ある意味孤高の立場を行く羽目になる海野の胸中はいかばかりだったろうか。ましてや敗戦という結果を受けて、海野は人生も作品も下降線を辿っていったのだから。
だが、そんな作品成立の背景などを考えず、純粋に作品の出来に目を向けると、これは間違いなく傑作である。とにかく面白い。
タイトルにもなっている「飛行島」というのは、イギリスが作製している海上に作られた巨大な飛行場のことだ。しかし、それは表向きのこと。実はイギリスは日本を叩くための強力な秘密兵器だったのである。その謎を探るため飛行島に潜入したのが、密命を帯びた川上機関大尉だ。
語学堪能、武術も一流、機械にも強いうえに変装まで得意の川上大尉。巨大兵器「飛行島」。怪しげな敵味方によって繰り広げられるアクションや駆け引き……そう、これは要するに海野版007なのだ。元は雑誌連載ということもあってストーリー展開もスピーディーで、ラストシーンまで一気に読ませる。
こうなると他の児童向けも気になるが、古書となると値段がかなりとんでもないことになるし、ううむ、そろそろ全集の買い時かもしれんなぁ。
大戦当時は探偵小説の執筆が禁じられていたので、探偵作家は国民の志気を揚げるというお題目のもと、ニッポン万歳という軍事ものに走るか、あるいはその政策に納得できない者は捕物帳などを書くしかなかった。
ここで多くの探偵作家は、国のために強制されて書くという行為を拒絶する道を選ぶ。この辺の事情は横溝正史などの随筆でもいろいろと読むことができるが、そんな中で敢えて軍事ものに筆を染めたのが海野だった。海野自身は非情に面倒見のいい人間で、探偵作家仲間からも好かれていたようだが、あまりにもその思想に違いがありすぎる。実際、本書でも強烈な愛国主義、対立する欧米諸国やアジア諸国への侮蔑的描写などが目白押しで(というかそういう目的で書かれているので当たり前っちゃ当たり前なのだが)、さすがに今読むとぎょっとする内容である。娯楽目的といえども、文学である。「国家におもねる作家など誰が信用できる?」という感覚は今も昔も変わらないはずだ。そんな中ある意味孤高の立場を行く羽目になる海野の胸中はいかばかりだったろうか。ましてや敗戦という結果を受けて、海野は人生も作品も下降線を辿っていったのだから。
だが、そんな作品成立の背景などを考えず、純粋に作品の出来に目を向けると、これは間違いなく傑作である。とにかく面白い。
タイトルにもなっている「飛行島」というのは、イギリスが作製している海上に作られた巨大な飛行場のことだ。しかし、それは表向きのこと。実はイギリスは日本を叩くための強力な秘密兵器だったのである。その謎を探るため飛行島に潜入したのが、密命を帯びた川上機関大尉だ。
語学堪能、武術も一流、機械にも強いうえに変装まで得意の川上大尉。巨大兵器「飛行島」。怪しげな敵味方によって繰り広げられるアクションや駆け引き……そう、これは要するに海野版007なのだ。元は雑誌連載ということもあってストーリー展開もスピーディーで、ラストシーンまで一気に読ませる。
こうなると他の児童向けも気になるが、古書となると値段がかなりとんでもないことになるし、ううむ、そろそろ全集の買い時かもしれんなぁ。
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海野十三『蠅男』(講談社大衆文学館)
海野十三の長編『蠅男』読了。蠅男と名乗る怪人物が巻き起こす予告連続殺人事件に、ご存じ名探偵の帆村荘介が挑むという物語。
いや、すごい話だ。短編での帆村荘介ものは、一応、本格の形をとっているものが多いが(そのトリックやネタの奇天烈さはとりあえずおいといて)、長編ともなるとアクションやサスペンスがふんだんに取り入れられており、破天荒さも一層冴え渡っている。最初の殺人ではまがりなりにも密室殺人が行われ、蠅男の正体ともども全編を貫く大きな謎となっているのだが、まあ、読んだ人ならわかると思うけど、そんなことはどうでもいいのである(笑)。
ただし、本書は決してバカミスの類などではない。バイクを使っての追跡シーン(これが最高)やヒロインと帆村のやりとりなど、本書にはコミカルな描写も多いことから、最初から海野自身が徹底的に読者サービスに努めた結果という気がする。
とにかくよくぞここまで、というのが第一印象。この海野十三のイマジネーションに浸りたい者だけが読めばいい、そんな作品である。
いや、すごい話だ。短編での帆村荘介ものは、一応、本格の形をとっているものが多いが(そのトリックやネタの奇天烈さはとりあえずおいといて)、長編ともなるとアクションやサスペンスがふんだんに取り入れられており、破天荒さも一層冴え渡っている。最初の殺人ではまがりなりにも密室殺人が行われ、蠅男の正体ともども全編を貫く大きな謎となっているのだが、まあ、読んだ人ならわかると思うけど、そんなことはどうでもいいのである(笑)。
ただし、本書は決してバカミスの類などではない。バイクを使っての追跡シーン(これが最高)やヒロインと帆村のやりとりなど、本書にはコミカルな描写も多いことから、最初から海野自身が徹底的に読者サービスに努めた結果という気がする。
とにかくよくぞここまで、というのが第一印象。この海野十三のイマジネーションに浸りたい者だけが読めばいい、そんな作品である。
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リチャード・ハル『他言は無用』(創元推理文庫)
ハヤカワミステリマガジンの今月号はフランスミステリ特集。情報としてなかなか集めにくい分野なので、けっこう助かる。古いところはともかく、ここ二十年ぐらいのフランスミステリの動きなんてまったく見当もつかないので、概要をつかむには便利。当然、近刊予定となっているポール・アルテの新作に連動した企画なんだろうが、連動でも便乗でもいいからもっと面白い企画を増やしてほしいなぁ。
読書の方はフランスとはまったく関係なく、リチャード・ハルの『他言は無用』。
ミステリの入門書でたいてい紹介されている、世界三大倒叙のひとつ『叔母殺人事件』。作者のハルは、まさにこれ一作で日本で知られている人である。おそらく海外ミステリ好きなら一度は読んでいるはずだが、中身を覚えている人は果たして日本で何人いることやら。管理人も読んだのは二十年以上前である。どんな話かも、とっくに忘却の彼方。
ベンスンはロンドンにあるホワイトホール・クラブの料理長だ。ある日、腫れ物治療のために買った過塩化水銀を、バニラ・エッセンスのビンに入れて出勤したが、その夜、クラブ員のモリスンがバニラ味のスフレを食べて死亡するという事態を招く。ベンスンの失態が外部に漏れるのを恐れたクラブの幹事(支配人みたいなものか?)フォードは、クラブ員の一人、開業医アンストラザーの協力を受け、モリスンが心機能障害で死亡したことにしたが……。フォードのもとへ突然、その事実をネタにした脅迫状が届き始めたのだった。
英国の社交クラブの実情に詳しい著者ならではのユーモア本格ミステリ。
前半は脅迫者の正体探しがメインとなるオーソドックスな展開だが、後半に入ると突然倒叙ものに変化するという珍しい構成である。なるほど、こういう倒叙ものの書き方もあるのか。大上段に構えることなく、ここがミソというところをきっちりと外さずに書いているのがよい。名職人の風格というか匠の技というか、読んでいて「少なくともこの小説で失望することはないだろう」というある種の信頼感を感じさせるのである。これはバークリーにも共通する部分だろう。
また、適度に劇画化されたキャラクターたちがいい味を出していて、クラブ会員たちの実情ややりとり、給仕たちとの対比も読んでいて楽しい。驚愕のトリックなんてないけれど、すこぶるリーダビリティは高く、おすすめの一冊ではなかろうか。少なくとも私はこれ、好きです。
読書の方はフランスとはまったく関係なく、リチャード・ハルの『他言は無用』。
ミステリの入門書でたいてい紹介されている、世界三大倒叙のひとつ『叔母殺人事件』。作者のハルは、まさにこれ一作で日本で知られている人である。おそらく海外ミステリ好きなら一度は読んでいるはずだが、中身を覚えている人は果たして日本で何人いることやら。管理人も読んだのは二十年以上前である。どんな話かも、とっくに忘却の彼方。
ベンスンはロンドンにあるホワイトホール・クラブの料理長だ。ある日、腫れ物治療のために買った過塩化水銀を、バニラ・エッセンスのビンに入れて出勤したが、その夜、クラブ員のモリスンがバニラ味のスフレを食べて死亡するという事態を招く。ベンスンの失態が外部に漏れるのを恐れたクラブの幹事(支配人みたいなものか?)フォードは、クラブ員の一人、開業医アンストラザーの協力を受け、モリスンが心機能障害で死亡したことにしたが……。フォードのもとへ突然、その事実をネタにした脅迫状が届き始めたのだった。
英国の社交クラブの実情に詳しい著者ならではのユーモア本格ミステリ。
前半は脅迫者の正体探しがメインとなるオーソドックスな展開だが、後半に入ると突然倒叙ものに変化するという珍しい構成である。なるほど、こういう倒叙ものの書き方もあるのか。大上段に構えることなく、ここがミソというところをきっちりと外さずに書いているのがよい。名職人の風格というか匠の技というか、読んでいて「少なくともこの小説で失望することはないだろう」というある種の信頼感を感じさせるのである。これはバークリーにも共通する部分だろう。
また、適度に劇画化されたキャラクターたちがいい味を出していて、クラブ会員たちの実情ややりとり、給仕たちとの対比も読んでいて楽しい。驚愕のトリックなんてないけれど、すこぶるリーダビリティは高く、おすすめの一冊ではなかろうか。少なくとも私はこれ、好きです。
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コリア・ヤング『トッド調書』(ハヤカワミステリ)
複数のペンネームを持つ作家は別に珍しくもない。例えばウイリアム・アイリッシュとコーネル・ウールリッチ、エド・マクベインとエヴァン・ハンター、ディクスン・カーとカーター・ディクスンとか。これら御大になるとどちらの名義も有名で、複数のペンネームを持っていること自体はほとんど気にならない。知らない方が悪いってなもんである。
また、メインの名義は知られていても、他方の名義が知られていない場合もある。エラリー・クイーンとバーナビー・ロス、スティーヴン・キングとリチャード・バックマン、マイクル・クライトンとジョン・ラングとか。こういう場合は、出版当時に何らかの事情(契約とか)があったり、売れない頃なので心機一転をはかったりとかとか、という理由が多い。なのでたいてい再刊されるときには有名なペンネームの方に一本化されたりする。出世魚みたいなもんか(笑)。まあ、翻訳ものになると最初から有名な名義で出版されたりするので、あまり苦労はないのだが、たまには例外もある。
それが本日読んだコリア・ヤングの『トッド調書』。もちろんファンなら知っているだろうが、これはホラーの大御所、ロバート・ブロックの別名義なのだ。
世界でも有数の大富豪、ホリス・トッドは心臓の病に蝕まれていた。以前から予定されていた心臓移植手術だが、ここにきて容態は急激に悪化し、一刻を争う状態である。折しもトッドと血液型の合う婦人が危篤にあるという情報が入り、トッドたちは病院のあるロサンゼルス行きを準備する。しかし、直前に家族が宗教上の理由から心臓提供を断り、望みは絶たれたかに思われた。それでもトッドは最後の運を賭け、手術準備の整うロサンゼルスへ飛んだ。
賭は成功した。タイミング良く、トッドたちがロサンゼルスに向かったその日、ある青年が交通事故死し、その心臓が提供されたのである。この見事なまでの符号に、手術チームの一員、エベレット博士が疑念を強めていった……。
今ではまったく使われていないペンネーム、しかもブロック名義とは全然作風の異なる医学ミステリ、おまけに全編、書簡や尋問記録といった構成をとっているので、一読してもこれがブロックの作品とはにわかに信じがたい。ホントにこんなものを書いていたんだ、という驚きばかりが先にたつ。
出来そのものはそれほど悪くない。だが事件や謎そのものはそれほど深くもないので、ミステリとしては人におすすめできるほどではないだろう。ただ、ドキュメンタリータッチで社会問題や医療倫理を取り扱う様がなかなか堂に入っており、読み物としてはそれなりに退屈せずに読めた。
肝は何と言っても、主人公エベレット博士と裏の主人公ともいえるホリス・トッドの対比にあるのだが、お互いの価値観をぶつけあうような対決シーンがなくて、そこが物足りないのは残念。
また、メインの名義は知られていても、他方の名義が知られていない場合もある。エラリー・クイーンとバーナビー・ロス、スティーヴン・キングとリチャード・バックマン、マイクル・クライトンとジョン・ラングとか。こういう場合は、出版当時に何らかの事情(契約とか)があったり、売れない頃なので心機一転をはかったりとかとか、という理由が多い。なのでたいてい再刊されるときには有名なペンネームの方に一本化されたりする。出世魚みたいなもんか(笑)。まあ、翻訳ものになると最初から有名な名義で出版されたりするので、あまり苦労はないのだが、たまには例外もある。
それが本日読んだコリア・ヤングの『トッド調書』。もちろんファンなら知っているだろうが、これはホラーの大御所、ロバート・ブロックの別名義なのだ。
世界でも有数の大富豪、ホリス・トッドは心臓の病に蝕まれていた。以前から予定されていた心臓移植手術だが、ここにきて容態は急激に悪化し、一刻を争う状態である。折しもトッドと血液型の合う婦人が危篤にあるという情報が入り、トッドたちは病院のあるロサンゼルス行きを準備する。しかし、直前に家族が宗教上の理由から心臓提供を断り、望みは絶たれたかに思われた。それでもトッドは最後の運を賭け、手術準備の整うロサンゼルスへ飛んだ。
賭は成功した。タイミング良く、トッドたちがロサンゼルスに向かったその日、ある青年が交通事故死し、その心臓が提供されたのである。この見事なまでの符号に、手術チームの一員、エベレット博士が疑念を強めていった……。
今ではまったく使われていないペンネーム、しかもブロック名義とは全然作風の異なる医学ミステリ、おまけに全編、書簡や尋問記録といった構成をとっているので、一読してもこれがブロックの作品とはにわかに信じがたい。ホントにこんなものを書いていたんだ、という驚きばかりが先にたつ。
出来そのものはそれほど悪くない。だが事件や謎そのものはそれほど深くもないので、ミステリとしては人におすすめできるほどではないだろう。ただ、ドキュメンタリータッチで社会問題や医療倫理を取り扱う様がなかなか堂に入っており、読み物としてはそれなりに退屈せずに読めた。
肝は何と言っても、主人公エベレット博士と裏の主人公ともいえるホリス・トッドの対比にあるのだが、お互いの価値観をぶつけあうような対決シーンがなくて、そこが物足りないのは残念。
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グレアム・グリーン『情事の終り』(早川書房)
仕事が緩やかに忙しくなっていく。徐々に体も頭も重くなる。こういう感覚は久しぶりだ。私の仕事の場合、だいたい一気に忙しくなるのが普通なのだが、仕事の性質がここ一年でだいぶ変わってしまったため、最近は磨り減る感じで疲れていくことが多い。なんだか嫌な疲れ方ではあるな。あんまり鬱にならないよう気をつけねば。
そんなわけで読書もあまり派手で疲れそうなのは避け、本日はグレアム・グリーンの『情事の終り』を読む。
グリーンの分身ともいえる主人公の作家の不倫物語。お得意の冒険小説的、サスペンス小説的なアプローチではなく、静かな私小説といった趣。『ことの終わり』というタイトルで映画にもなっている有名な作品である。
とまあ、こんな紹介をすると軽い内容に思えるかもしれないが、実はグリーン自身の宗教観や人生観が色濃く反映された極めて重厚な小説である。表面的には恋愛を扱うが、ちょっと読み進めただけで、これがただの恋愛ではなく、人間愛や神への愛を描いていることに気づく。特に終盤、ヒロインであるサラの死後はボルテージがいっそう高まり、主要な三人の男の生き方や考え方が交差して、愛の本質を探ってゆく。
正直、わかりにくい小説ではある。難解というよりは、ピンとこない、といった方が適切か。頭ではなんとか理解できるものの、やはりしっかりした宗教観なり信仰をもっていないと、本書に触れたとは言い難い。こういう恋愛論になると、ある意味死生観を語るより難しいのではないだろうか。
だからといって敬遠するにはあまりにもったいないのも確か。中盤までの展開はエンターテインメント以上に面白いし、描写も唸るほど巧い。特に脇役として登場する探偵とその息子の使い方などは、さすがグリーン。エピソードそのものが面白い上に主人公との対比としても効果を上げている。
普段、恋愛小説なんて、と仰る人も、一度だまされたと思って読んでみるのが吉かと。
そんなわけで読書もあまり派手で疲れそうなのは避け、本日はグレアム・グリーンの『情事の終り』を読む。
グリーンの分身ともいえる主人公の作家の不倫物語。お得意の冒険小説的、サスペンス小説的なアプローチではなく、静かな私小説といった趣。『ことの終わり』というタイトルで映画にもなっている有名な作品である。
とまあ、こんな紹介をすると軽い内容に思えるかもしれないが、実はグリーン自身の宗教観や人生観が色濃く反映された極めて重厚な小説である。表面的には恋愛を扱うが、ちょっと読み進めただけで、これがただの恋愛ではなく、人間愛や神への愛を描いていることに気づく。特に終盤、ヒロインであるサラの死後はボルテージがいっそう高まり、主要な三人の男の生き方や考え方が交差して、愛の本質を探ってゆく。
正直、わかりにくい小説ではある。難解というよりは、ピンとこない、といった方が適切か。頭ではなんとか理解できるものの、やはりしっかりした宗教観なり信仰をもっていないと、本書に触れたとは言い難い。こういう恋愛論になると、ある意味死生観を語るより難しいのではないだろうか。
だからといって敬遠するにはあまりにもったいないのも確か。中盤までの展開はエンターテインメント以上に面白いし、描写も唸るほど巧い。特に脇役として登場する探偵とその息子の使い方などは、さすがグリーン。エピソードそのものが面白い上に主人公との対比としても効果を上げている。
普段、恋愛小説なんて、と仰る人も、一度だまされたと思って読んでみるのが吉かと。
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ミステリー文学資料館/編『甦る推理雑誌2「黒猫」傑作選』(光文社文庫)
光文社文庫の良心ともいえる(笑)「甦る推理雑誌」シリーズから『甦る推理雑誌2「黒猫」傑作選』を読了。
タマ数がそろわないのか、本書は「黒猫傑作選」と銘打ちながら、「黒猫」「トップ」「ぷろふいる」「探偵よみもの」という四冊からの編集となる。収録作は以下のとおり。
【黒猫】
城昌幸「憂愁の人」
薄風之助「黒いカーテン」
蒼井雄「三つめの棺」
双葉十三郎「密室の魔術師」
氷川隴「白い蝶」
天城一「鬼面の犯罪」
香山滋「天牛」
坂口安吾の評論「探偵小説を截る」
【トップ】
角田喜久雄「蔦のある家」
大下宇陀児「吝嗇の心理」
【ぷろふいる】
九鬼澹「豹助、町を驚ろかす」
青鷺幽鬼(角田喜久雄)「能面殺人事件」
青鷺幽鬼(海野十三)「昇降機殺人事件」
山本禾太郎エッセイ「探偵小説思い出話」
九鬼澹エッセイ「甲賀先生追憶記」
城昌幸エッセイ「二年前」
海野十三エッセイ「小栗虫太郎の考えていたこと」
小熊二郎「湖畔の殺人」
【探偵よみもの】
横溝正史「詰将棋」
島田一男「芍薬の墓」
島久平「村の殺人事件」
短編ありエッセイあり評論ありのごった煮だが、水準は高く満足できる一冊。しかしいかんせんレベルが高いだけに過去、幾多の短編集やアンソロジーで採られた作品も多く、ほとんどの作品が既読であった。
そんな中で青鷺幽鬼名義の二編はけっこう稀少価値が高いか。青鷺幽鬼は角田喜久雄と海野十三の合同ペンネームで、海野の死後に角田喜久雄が発表して話題になったらしい。これはどちらも初読で、それなりの出来。
その他では九鬼澹の「豹助、町を驚ろかす」が不思議な味わい。主人公の設定がなんといっても魅力だが、ネタも悪くない。一応シリーズになっているらしいので、その他の作品も読んでみたい。
既読のなかでは城昌幸「憂愁の人」、香山滋「天牛」が好み。といってもこの二人には特別思い入れがあるので、なんでも気に入っちゃう傾向があるのだが。
タマ数がそろわないのか、本書は「黒猫傑作選」と銘打ちながら、「黒猫」「トップ」「ぷろふいる」「探偵よみもの」という四冊からの編集となる。収録作は以下のとおり。
【黒猫】
城昌幸「憂愁の人」
薄風之助「黒いカーテン」
蒼井雄「三つめの棺」
双葉十三郎「密室の魔術師」
氷川隴「白い蝶」
天城一「鬼面の犯罪」
香山滋「天牛」
坂口安吾の評論「探偵小説を截る」
【トップ】
角田喜久雄「蔦のある家」
大下宇陀児「吝嗇の心理」
【ぷろふいる】
九鬼澹「豹助、町を驚ろかす」
青鷺幽鬼(角田喜久雄)「能面殺人事件」
青鷺幽鬼(海野十三)「昇降機殺人事件」
山本禾太郎エッセイ「探偵小説思い出話」
九鬼澹エッセイ「甲賀先生追憶記」
城昌幸エッセイ「二年前」
海野十三エッセイ「小栗虫太郎の考えていたこと」
小熊二郎「湖畔の殺人」
【探偵よみもの】
横溝正史「詰将棋」
島田一男「芍薬の墓」
島久平「村の殺人事件」
短編ありエッセイあり評論ありのごった煮だが、水準は高く満足できる一冊。しかしいかんせんレベルが高いだけに過去、幾多の短編集やアンソロジーで採られた作品も多く、ほとんどの作品が既読であった。
そんな中で青鷺幽鬼名義の二編はけっこう稀少価値が高いか。青鷺幽鬼は角田喜久雄と海野十三の合同ペンネームで、海野の死後に角田喜久雄が発表して話題になったらしい。これはどちらも初読で、それなりの出来。
その他では九鬼澹の「豹助、町を驚ろかす」が不思議な味わい。主人公の設定がなんといっても魅力だが、ネタも悪くない。一応シリーズになっているらしいので、その他の作品も読んでみたい。
既読のなかでは城昌幸「憂愁の人」、香山滋「天牛」が好み。といってもこの二人には特別思い入れがあるので、なんでも気に入っちゃう傾向があるのだが。
1月に産まれた子犬のうち1匹を実家に譲るため、飛行機で帰省。けっこうな時間を電車や飛行機に使うので、読書もはかどるかと思いきや、電車では犬が気になるし、機内では早起きがたたって爆睡。まあ、だいたい予想どおりか(笑)。
故郷では他にもいろいろと雑事があるため、今週末はあまり本が読めなそう。でも地元の古本屋ぐらいはまわりたいものである。
故郷では他にもいろいろと雑事があるため、今週末はあまり本が読めなそう。でも地元の古本屋ぐらいはまわりたいものである。
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岡本綺堂『半七捕物帳』(講談社大衆文学館)
前々から噂にはなっていた光文社文庫による「江戸川乱歩全集」が八月から本当にスタートするらしい。講談社文庫の江戸川乱歩推理文庫完集にリーチがかかっている身としてはけっこう辛いものがある(苦笑)。
小説の類は春陽文庫や創元推理文庫が現役だし、だいたい読めるわけだから、要はこれまでにいろいろあった江戸川乱歩全集と比べてどれだけの付加価値があるかってことになると思うのだが、その辺はどうなのかな?
ところで本日の読了本は岡本綺堂の『半七捕物帳』。講談社大衆文学館版である。
ネームバリューやファンの多さでは、管理人お気に入りの「若さま侍」を遙かに凌駕すると思われる「半七捕物帳」シリーズ。しかもまたの名を「お江戸のシャーロック・ホームズ」。期待するなという方が無理な話だ。
しかし、いざこうして一冊を読み終えてみると、どうにもピンと来ない。これはいったいどうしたことだ?
面白いことは面白い。江戸の風俗が物語と見事に融合し、独特の味わいをもたらす。会話を多用した文章も読みやすく、テンポも良い。いい読書をしたという満足感は確かにあるのだ。でも何かが違う。
結局それらの満足感は、あくまで江戸という舞台、江戸という時代に関する興味から生まれたものなのだろう。要は歴史をテーマにした大衆小説的な面白さなのである。ミステリのそれとは明らかに違う。正直、もっとミステリっぽいものを期待していただけに、なんだか肩すかしを食ったような印象だ。
「若さま侍」だって言うほどミステリ味が強いわけではないが、けれん味でピシッと決めるところは決める。対して「半七捕物帳」は事件が解決する過程で読者が置いてきぼりをくわされることが多く、その後に事件の背景がまったりと語られるパターンが多い。この構成もマイナス要因のひとつだろう。
さりとて本格的な探偵小説でないからといって、つまらないわけでは決してない。ここが難しくもあり困るところでもある。個人的にはハードボイルドなども味わいだけで高く評価するときもあるので、「半七捕物帳」にしたって高く評価してもよさそうなものだ。でも明らかに「若さま侍」の持つミステリ的味付けは、私のなかでスタンダードになりつつあるため、方向性が微妙にずれると違和感ばかりが先に立つ。
とにかくもう少し読み込んでみないとだめかも。
小説の類は春陽文庫や創元推理文庫が現役だし、だいたい読めるわけだから、要はこれまでにいろいろあった江戸川乱歩全集と比べてどれだけの付加価値があるかってことになると思うのだが、その辺はどうなのかな?
ところで本日の読了本は岡本綺堂の『半七捕物帳』。講談社大衆文学館版である。
ネームバリューやファンの多さでは、管理人お気に入りの「若さま侍」を遙かに凌駕すると思われる「半七捕物帳」シリーズ。しかもまたの名を「お江戸のシャーロック・ホームズ」。期待するなという方が無理な話だ。
しかし、いざこうして一冊を読み終えてみると、どうにもピンと来ない。これはいったいどうしたことだ?
面白いことは面白い。江戸の風俗が物語と見事に融合し、独特の味わいをもたらす。会話を多用した文章も読みやすく、テンポも良い。いい読書をしたという満足感は確かにあるのだ。でも何かが違う。
結局それらの満足感は、あくまで江戸という舞台、江戸という時代に関する興味から生まれたものなのだろう。要は歴史をテーマにした大衆小説的な面白さなのである。ミステリのそれとは明らかに違う。正直、もっとミステリっぽいものを期待していただけに、なんだか肩すかしを食ったような印象だ。
「若さま侍」だって言うほどミステリ味が強いわけではないが、けれん味でピシッと決めるところは決める。対して「半七捕物帳」は事件が解決する過程で読者が置いてきぼりをくわされることが多く、その後に事件の背景がまったりと語られるパターンが多い。この構成もマイナス要因のひとつだろう。
さりとて本格的な探偵小説でないからといって、つまらないわけでは決してない。ここが難しくもあり困るところでもある。個人的にはハードボイルドなども味わいだけで高く評価するときもあるので、「半七捕物帳」にしたって高く評価してもよさそうなものだ。でも明らかに「若さま侍」の持つミステリ的味付けは、私のなかでスタンダードになりつつあるため、方向性が微妙にずれると違和感ばかりが先に立つ。
とにかくもう少し読み込んでみないとだめかも。
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シオドア・スタージョン『きみの血を』(ハヤカワ文庫)
今回はネタバレになっていますので未読の方はご注意。
本書をひと言で言ってしまうと、吸血鬼テーマのホラー&叙述ミステリである。身も蓋もない書き方だが、実際そのとおりで、この二つの事実を知らずに読むのと知っていて読むのでは、だいぶ読後感が違うはずだ。もちろん知らずに読む方が、はるかに楽しめること請け合いである。
そもそも手記という形式が曲者で、著者のスタージョンはそれを必然とばかりに利用し、読者を迷宮に誘い込む。この物語は事実なのか? 語り手は誰なのか? そして周到に張り巡らされた伏線の数々。
それは形を変えた「読者への挑戦」。本書は一応ホラーに属する物語ではあるが、ミステリとしても一級品と言ってよいだろう。
もちろん本筋たるホラーとしての側面もまた見事である。手記の形をとった文体はどちらかといえば淡々とした筆致だ。そのなかで主人公たる青年の心理や行動がじわじわと浸透し、読み手に奇妙な不安感を抱かせる。ものすごく怖い、ということはないが、この居心地の悪さがなんとも気色よい。吸血鬼テーマということもあって、フロイト的な解釈が幅をきかすが、それもまた著者の綿密な計算どおり。そう、本書はホラーであると同時にミステリでもあるが、青春小説あるいは恋愛小説でもあるのだ。
とまあ、けっこう褒め倒してしまったが、それほど派手な展開があるわけでもなく、作りそのものはいたって地味目。だが村上春樹がいう「小確幸」は間違いなく与えてくれる、そんな作品である。あまりに過剰な期待はせず、読了後、いい作品に出会えた幸せをそっと噛みしめるのがよいかと(笑)。
本書をひと言で言ってしまうと、吸血鬼テーマのホラー&叙述ミステリである。身も蓋もない書き方だが、実際そのとおりで、この二つの事実を知らずに読むのと知っていて読むのでは、だいぶ読後感が違うはずだ。もちろん知らずに読む方が、はるかに楽しめること請け合いである。
そもそも手記という形式が曲者で、著者のスタージョンはそれを必然とばかりに利用し、読者を迷宮に誘い込む。この物語は事実なのか? 語り手は誰なのか? そして周到に張り巡らされた伏線の数々。
それは形を変えた「読者への挑戦」。本書は一応ホラーに属する物語ではあるが、ミステリとしても一級品と言ってよいだろう。
もちろん本筋たるホラーとしての側面もまた見事である。手記の形をとった文体はどちらかといえば淡々とした筆致だ。そのなかで主人公たる青年の心理や行動がじわじわと浸透し、読み手に奇妙な不安感を抱かせる。ものすごく怖い、ということはないが、この居心地の悪さがなんとも気色よい。吸血鬼テーマということもあって、フロイト的な解釈が幅をきかすが、それもまた著者の綿密な計算どおり。そう、本書はホラーであると同時にミステリでもあるが、青春小説あるいは恋愛小説でもあるのだ。
とまあ、けっこう褒め倒してしまったが、それほど派手な展開があるわけでもなく、作りそのものはいたって地味目。だが村上春樹がいう「小確幸」は間違いなく与えてくれる、そんな作品である。あまりに過剰な期待はせず、読了後、いい作品に出会えた幸せをそっと噛みしめるのがよいかと(笑)。
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ジョン・ディクスン・カー『剣の八』(ハヤカワミステリ)
本日の読了本はカーター・ディクスンの『剣の八』。
スタンディッシュ大佐の家では、近頃奇妙な出来事が立て続けに起こっていた。ポルターガイストは発生するわ、犯罪マニアの主教は階段を滑り降りるわ、牧師はインク壷を投げられるわでてんてこ舞いである。おまけにトドメとばかり、離れに居候していた男がピストルで撃たれて死んでいるのが発見される。死体の近くには八つの剣が描かれたタロットカードが……。
カーの作品としては比較的初期のものだが、カーの特徴を示す要素はわりともれなく網羅されている。ポルターガイストや不吉なタロットカードに代表されるオカルト趣味。主人公的な役目を持つ青年の存在、そしてその青年とヒロインによる恋愛。ファースの要素ももちろんあるし、おまけにフェル博士以外の探偵役を設定し、推理合戦まで繰り広げる。おお、こう書くとなかなか面白そうじゃないか。
だが悲しいかな、実際はかなりヘナヘナの出来なのだ(笑)。
上に挙げた要素のほとんどが未消化というか、あまりに中途半端に終わっているのである。どっちつかずというのではない。どれをとっても書き込み不足なのだ。伏線というわけではないにせよ、前半で触れた要素を最後まで引っ張ることができず(あるいはまったく意識しなかったのか)、尻切れトンボに終わっている。
また、前半で特に感じたことだが、登場人物たちの会話がどうも噛み合っていない印象を受ける。ある発言に対して、なぜそんな受け答えを?という会話が多く、正直読んでいてかなり疲れた。
過去に読んだカーの作品では、もしかするとワーストに入るかも。とにかく久々に萎えた一冊でした。
スタンディッシュ大佐の家では、近頃奇妙な出来事が立て続けに起こっていた。ポルターガイストは発生するわ、犯罪マニアの主教は階段を滑り降りるわ、牧師はインク壷を投げられるわでてんてこ舞いである。おまけにトドメとばかり、離れに居候していた男がピストルで撃たれて死んでいるのが発見される。死体の近くには八つの剣が描かれたタロットカードが……。
カーの作品としては比較的初期のものだが、カーの特徴を示す要素はわりともれなく網羅されている。ポルターガイストや不吉なタロットカードに代表されるオカルト趣味。主人公的な役目を持つ青年の存在、そしてその青年とヒロインによる恋愛。ファースの要素ももちろんあるし、おまけにフェル博士以外の探偵役を設定し、推理合戦まで繰り広げる。おお、こう書くとなかなか面白そうじゃないか。
だが悲しいかな、実際はかなりヘナヘナの出来なのだ(笑)。
上に挙げた要素のほとんどが未消化というか、あまりに中途半端に終わっているのである。どっちつかずというのではない。どれをとっても書き込み不足なのだ。伏線というわけではないにせよ、前半で触れた要素を最後まで引っ張ることができず(あるいはまったく意識しなかったのか)、尻切れトンボに終わっている。
また、前半で特に感じたことだが、登場人物たちの会話がどうも噛み合っていない印象を受ける。ある発言に対して、なぜそんな受け答えを?という会話が多く、正直読んでいてかなり疲れた。
過去に読んだカーの作品では、もしかするとワーストに入るかも。とにかく久々に萎えた一冊でした。
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高橋康雄『少年小説の世界』(角川選書)
昭和61年に角川選書として刊行された『少年小説の世界』という評論集を読む。
ここで語られる少年小説は、いわゆる大人が勧める立派な児童文学ではない。あくまで血湧き肉躍る大衆少年小説である。
子供向けホームズ談でミステリに目覚めた管理人としては、もちろん少年探偵団などメジャーどころは読んできたし、この歳になっても気になったものは読んだりすることもある。しかし、所詮はつまみ食い程度。興味があるものはほとんどがミステリ絡みだし、大衆少年小説というジャンルを言葉では知っていても、その全貌など知るよしもない。そういう人間が手っ取り早くその周辺知識を仕入れるにはもってこいの本である。
いや、そういう説明は適切ではないな。気軽な気持ちで読み出すと、これはもう胃にもたれること間違いなし。それほどの労作。それほどの質とボリュームを備えた一冊である。こういうご時世なので研究対象とならないジャンルなどない。それを頭ではわかっていても、こうして目の前に出されると圧巻である。
とにかく資料としては一級品。単に知識を得るために読むのもいいが、それだけではやはりもったいない気がする。読みどころはいろいろあるが、まずは戦争が与えた影響を見逃すわけにはいかない。それは作家の生き方に影響を与え、作品の質に影響を与え、果てはその存在価値をすら問うてくる。
例えば国威高揚のための作品を多く書いたがために戦犯に問われた海野十三の話は有名である。作品の背景にあるものがどうであろうと、著者の思想がどうであろうと、出来上がった作品の価値に変わりはないはず。しかし、そう単純に言い切れないところに、書くことの難しさや意味がある。海野自身は愛国心の強い人間だったらしいが、敗戦がその後の創作活動に影響を与えたことは想像に難くない。戦犯として問われることは、文学を為す自身の存在意義をも問われることだったのではないか? そういうふうにも捉えることができる。
現在の少年小説シーンは、完全に昔の熱気を失っている。というかそういうジャンルが現在存在するのかどうかもわからない。それは子供の活字離れなどとも関係があるだろうが、その一方でライトノベルという隠れたベストセラー群があるのも事実(ま、ごく一部ですが)。あるいはハリポタなどのファンタジーの流行もある(ま、これもごく一部ですが)。それらが形を変えた少年小説とまで言い切るつもりはないが、少年小説の復活という芽は含んでいる、本好きの一人としてそう信じたい。
ここで語られる少年小説は、いわゆる大人が勧める立派な児童文学ではない。あくまで血湧き肉躍る大衆少年小説である。
子供向けホームズ談でミステリに目覚めた管理人としては、もちろん少年探偵団などメジャーどころは読んできたし、この歳になっても気になったものは読んだりすることもある。しかし、所詮はつまみ食い程度。興味があるものはほとんどがミステリ絡みだし、大衆少年小説というジャンルを言葉では知っていても、その全貌など知るよしもない。そういう人間が手っ取り早くその周辺知識を仕入れるにはもってこいの本である。
いや、そういう説明は適切ではないな。気軽な気持ちで読み出すと、これはもう胃にもたれること間違いなし。それほどの労作。それほどの質とボリュームを備えた一冊である。こういうご時世なので研究対象とならないジャンルなどない。それを頭ではわかっていても、こうして目の前に出されると圧巻である。
とにかく資料としては一級品。単に知識を得るために読むのもいいが、それだけではやはりもったいない気がする。読みどころはいろいろあるが、まずは戦争が与えた影響を見逃すわけにはいかない。それは作家の生き方に影響を与え、作品の質に影響を与え、果てはその存在価値をすら問うてくる。
例えば国威高揚のための作品を多く書いたがために戦犯に問われた海野十三の話は有名である。作品の背景にあるものがどうであろうと、著者の思想がどうであろうと、出来上がった作品の価値に変わりはないはず。しかし、そう単純に言い切れないところに、書くことの難しさや意味がある。海野自身は愛国心の強い人間だったらしいが、敗戦がその後の創作活動に影響を与えたことは想像に難くない。戦犯として問われることは、文学を為す自身の存在意義をも問われることだったのではないか? そういうふうにも捉えることができる。
現在の少年小説シーンは、完全に昔の熱気を失っている。というかそういうジャンルが現在存在するのかどうかもわからない。それは子供の活字離れなどとも関係があるだろうが、その一方でライトノベルという隠れたベストセラー群があるのも事実(ま、ごく一部ですが)。あるいはハリポタなどのファンタジーの流行もある(ま、これもごく一部ですが)。それらが形を変えた少年小説とまで言い切るつもりはないが、少年小説の復活という芽は含んでいる、本好きの一人としてそう信じたい。
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山田風太郎『ヤマトフの逃亡』(廣済堂文庫)
城昌幸の幕末ものに刺激を受けて、続けざまにもう一本。今度は山田風太郎の短編集、『ヤマトフの逃亡』である。
さすがに大衆娯楽に徹した城昌幸『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞』とは違い、山風先生の幕末ものは苦い。同じ幕末を扱った歴史小説とはいえ、その立ち位置にはかなりの開きがあるといえるだろう。ただ、それだけにどちらが優れているという言い方はしたくない。小説の在り様としてはどちらもOKだし、それぞれに意味を持っているのだから。
「からすがね検校」
「大谷刑部は幕末に死す」
「笊ノ目万兵衛門外へ」
「伝馬町から今晩は」
「ヤマトフの逃亡」
「新撰組の道化師」
収録作は以上。すべて幕末の断面を変わった切り口で見せてくれる作品ばかり。極めてレベルの高い作品集である。
虚実入り混ぜて、と書くと前日の『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞』と似てしまうが、これはいつもの山風先生の手法なので仕方がない。加えて幕末ものともなると、いろいろな見せ方が可能になるわけで、それがとにかく見事。話自体は重く苦いが、こういうカタルシスもあるのだなという印象。おすすめ。
さすがに大衆娯楽に徹した城昌幸『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞』とは違い、山風先生の幕末ものは苦い。同じ幕末を扱った歴史小説とはいえ、その立ち位置にはかなりの開きがあるといえるだろう。ただ、それだけにどちらが優れているという言い方はしたくない。小説の在り様としてはどちらもOKだし、それぞれに意味を持っているのだから。
「からすがね検校」
「大谷刑部は幕末に死す」
「笊ノ目万兵衛門外へ」
「伝馬町から今晩は」
「ヤマトフの逃亡」
「新撰組の道化師」
収録作は以上。すべて幕末の断面を変わった切り口で見せてくれる作品ばかり。極めてレベルの高い作品集である。
虚実入り混ぜて、と書くと前日の『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞』と似てしまうが、これはいつもの山風先生の手法なので仕方がない。加えて幕末ものともなると、いろいろな見せ方が可能になるわけで、それがとにかく見事。話自体は重く苦いが、こういうカタルシスもあるのだなという印象。おすすめ。
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城昌幸『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞(下)』(春陽文庫)
なんという蒸し暑い一日。早くも梅雨が訪れたような感覚で、どことなくへばったまま仕事を終える。でも読書の方は意外に快調で、電車のなかであっさり城昌幸『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞(下)』を読了する。
物語の背景となるのは、幕末の日本。開国か攘夷かで国内の世論がまっぷたつに分かれていた時代である。その中にあって開国策を選択し、日米修好通商条約を交わした大老井伊直弼は攘夷主義者にとって憎悪の象徴たる存在であった。そして水戸浪士らが中心となって桜田門外の変が起こり、結局、井伊大老は暗殺される。
本書はその桜田門外の変の中心的人物たちにスポットを当てた物語だが、たんなる歴史物語ではない……っていうかたんなる娯楽時代劇なんだけど(笑)。
もちろん桜田門外の変は物語のクライマックスではあるが、そちらはあくまで従。ではメインストーリーは何かというと、莫大な財宝の在処を記した地図を巡る戦いなのである。地図は二枚あり、しかもそれは隠れ切支丹をあぶり出すために使われた踏絵になっており、それぞれの謎を解いたとき、初めて財宝の在処がわかるようになっているのだ。
主人公は、奥秩父の山奥に住む郷士相良家の息女、七尾。彼女は地図を読み解くための助力を仰ぐため、江戸に出てくる。しかし情報すらほとんど伝わらない山奥に住む彼女は、世の騒動など知るよしもない。いつしか水戸浪士たちとも接点ができ、時代の流れに巻き込まれながら、財宝をめざしてゆく。
うむ、これは素直に楽しめる。幕末ものというとどうしても重い話になるところだが、個性的な人物を虚実入り交ぜて登場させ、話を軽やかにまとめ、娯楽に徹底しているところがいい。地図の争奪戦と井伊大老暗殺の絡め方もうまく、桜田門外の変からもうひとつのクライマックスへつなげる部分は実に盛り上がる。まあ、ミステリファンにとっては必読でも何でもないが、少なくとも読んでいる間の面白さは保証します。
物語の背景となるのは、幕末の日本。開国か攘夷かで国内の世論がまっぷたつに分かれていた時代である。その中にあって開国策を選択し、日米修好通商条約を交わした大老井伊直弼は攘夷主義者にとって憎悪の象徴たる存在であった。そして水戸浪士らが中心となって桜田門外の変が起こり、結局、井伊大老は暗殺される。
本書はその桜田門外の変の中心的人物たちにスポットを当てた物語だが、たんなる歴史物語ではない……っていうかたんなる娯楽時代劇なんだけど(笑)。
もちろん桜田門外の変は物語のクライマックスではあるが、そちらはあくまで従。ではメインストーリーは何かというと、莫大な財宝の在処を記した地図を巡る戦いなのである。地図は二枚あり、しかもそれは隠れ切支丹をあぶり出すために使われた踏絵になっており、それぞれの謎を解いたとき、初めて財宝の在処がわかるようになっているのだ。
主人公は、奥秩父の山奥に住む郷士相良家の息女、七尾。彼女は地図を読み解くための助力を仰ぐため、江戸に出てくる。しかし情報すらほとんど伝わらない山奥に住む彼女は、世の騒動など知るよしもない。いつしか水戸浪士たちとも接点ができ、時代の流れに巻き込まれながら、財宝をめざしてゆく。
うむ、これは素直に楽しめる。幕末ものというとどうしても重い話になるところだが、個性的な人物を虚実入り交ぜて登場させ、話を軽やかにまとめ、娯楽に徹底しているところがいい。地図の争奪戦と井伊大老暗殺の絡め方もうまく、桜田門外の変からもうひとつのクライマックスへつなげる部分は実に盛り上がる。まあ、ミステリファンにとっては必読でも何でもないが、少なくとも読んでいる間の面白さは保証します。
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城昌幸『一剣立春 桜田門外ノ変遺聞(上)』(春陽文庫)
先月読んだ『江戸っ子武士道』と同じく城昌幸の幕末もの。ただ、『江戸っ子武士道』がイマイチだったので、今回はあまり過剰な期待をせずに読む。感想は下巻読了時になるが、『江戸っ子武士道』に比べるとはるかにいい感じで、ちょっと安心。
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ポール・ギャリコ『ハリスおばさんパリへ行く』(講談社文庫)
寓話の名手といった感があるポール・ギャリコ。本日の読了本『ハリスおばさんパリへ行く』は、通いのメイドさんを主人公にした心温まる物語。
陽気で働き者のハリスおばさん。夫に先立たれ、今は通いのメイドとして慎ましやかに暮らしていたが、ある日、仕事先の家でディオールのドレスを見て、たまらなく欲しくなってしまう。節約してなんとかお金をつくり、パリへ渡ったおばさんは、とうとう憧れのドレスを手に入れるが……。
とにかく読みどころは、ユーモラスに語られるハリスおばさんと周囲の人たちとの交流だ。素朴で純粋なおばさんの存在が、周囲の人々の心を溶かし、本来持っていた素晴らしい部分を引き出してゆく。
ハリスおばさんも人生の悲哀を味わい、ラストはそれなりに皮肉な試練が待っている。もちろんそれはそれで重要な意味を含んでいる。人生は楽しいことばかりではないが、さりとて辛いことばかりでもなく、トータルしたらそう捨てたもんでもない。ただし、人生にとって何が大切なのか、それを知っていることが前提なのだね。
なお、原題はFlowers for Mrs Harris(ハリスおばさんに花束を)。読んだ人ならわかると思うが、このタイトルは見事です。
陽気で働き者のハリスおばさん。夫に先立たれ、今は通いのメイドとして慎ましやかに暮らしていたが、ある日、仕事先の家でディオールのドレスを見て、たまらなく欲しくなってしまう。節約してなんとかお金をつくり、パリへ渡ったおばさんは、とうとう憧れのドレスを手に入れるが……。
とにかく読みどころは、ユーモラスに語られるハリスおばさんと周囲の人たちとの交流だ。素朴で純粋なおばさんの存在が、周囲の人々の心を溶かし、本来持っていた素晴らしい部分を引き出してゆく。
ハリスおばさんも人生の悲哀を味わい、ラストはそれなりに皮肉な試練が待っている。もちろんそれはそれで重要な意味を含んでいる。人生は楽しいことばかりではないが、さりとて辛いことばかりでもなく、トータルしたらそう捨てたもんでもない。ただし、人生にとって何が大切なのか、それを知っていることが前提なのだね。
なお、原題はFlowers for Mrs Harris(ハリスおばさんに花束を)。読んだ人ならわかると思うが、このタイトルは見事です。
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デニス・レヘイン『雨に祈りを』(角川文庫)
イアン・ランキンの『滝』の感想で、現代のハードボイルド系シリーズの最高峰に位置するのは、リーバス、スカダー、ボッシュぐらいではないか、みたいなことを書いたが、デニス・レヘイン書くところのパトリック&アンジー・シリーズを忘れていた。
ただ、このシリーズはレベルが高いけれども、読んでもなかなか救われないところがあるのが辛い。リーバス、スカダー、ボッシュの三人も過去にさまざまな傷を負ってはいるが、最近の作品ではかなり上向いている様子。しかしパトリックとアンジーのコンビは、まだシリーズの歴史が浅いこともあって、作品の度に試練を受けている感じだ。
探偵が事件に関わる場合、あくまで客観的にビジネスとして関わるタイプと、事件の関係者と自己を同一化してとことんのめりこんでしまうタイプがあると思うが、パトリックとアンジーは明らかに後者だ。
著者のレヘインはこのシリーズで人間の心に潜む闇の部分を描こうとしている。パトリックとアンジーは、まるで殉教者のようにその闇に飛び込み、人間の苦悩を体現していく。したがって内容はどうしても重くなるが、語り口やキャラクター造形が上手いので読みにくいことはない。むしろストーリーの面白さも手伝ってすこぶるテンポ良く読める。
しかし、この読みやすさが曲者である。読者は読み進むうちに、自分の望むものと作者の望むことが異なることに気付き、知らず知らずに心の闇を身をもって知ることになるのだ。この感覚をどう受け止めるかで、読者の好みも分かれるに違いない。
そういうわけで、本日の読了本はデニス・レヘイン『雨に祈りを』。
穢れを知らぬ箱入り娘、カレン。パトリックの前に現れた彼女はストーカーに悩んでおり、その解決を依頼する。ブッパと共に無事依頼を片づけたパトリックだったが、その六カ月後、彼女は全裸で投身自殺を図る。この半年間にいったい何があったのか。捜査を開始するパトリックの前に、ある男の存在が浮かび上がる……。
全体のきっかけとなるストーカー事件、事件のさらなる広がり、絶対的な敵役の存在と対決、そして真相。構成の妙が冴えに冴え、いつも以上にリーダビリティが高い一冊。特に今回はパトリックの幼なじみ、ブッパが大活躍する。ヒーローとヒロインにもう一人を加えた三人組というチーム構成も最近は多くなってきたが、レヘインはそれをアクセントにするだけでなく、しっかりと事件に絡めているのがさすが。
前作に引き続いて高レベルをキープしているが、シリーズとしてターニングポイントとなることも前作同様である。解説でも触れられているが、このシリーズは終焉を迎えようとしているようだ。
ハードボイルドは浄化の物語であると勝手に考えている管理人としては、できればパトリック&アンジーに平穏を与えてほしいと願わずにはいられない。
ただ、このシリーズはレベルが高いけれども、読んでもなかなか救われないところがあるのが辛い。リーバス、スカダー、ボッシュの三人も過去にさまざまな傷を負ってはいるが、最近の作品ではかなり上向いている様子。しかしパトリックとアンジーのコンビは、まだシリーズの歴史が浅いこともあって、作品の度に試練を受けている感じだ。
探偵が事件に関わる場合、あくまで客観的にビジネスとして関わるタイプと、事件の関係者と自己を同一化してとことんのめりこんでしまうタイプがあると思うが、パトリックとアンジーは明らかに後者だ。
著者のレヘインはこのシリーズで人間の心に潜む闇の部分を描こうとしている。パトリックとアンジーは、まるで殉教者のようにその闇に飛び込み、人間の苦悩を体現していく。したがって内容はどうしても重くなるが、語り口やキャラクター造形が上手いので読みにくいことはない。むしろストーリーの面白さも手伝ってすこぶるテンポ良く読める。
しかし、この読みやすさが曲者である。読者は読み進むうちに、自分の望むものと作者の望むことが異なることに気付き、知らず知らずに心の闇を身をもって知ることになるのだ。この感覚をどう受け止めるかで、読者の好みも分かれるに違いない。
そういうわけで、本日の読了本はデニス・レヘイン『雨に祈りを』。
穢れを知らぬ箱入り娘、カレン。パトリックの前に現れた彼女はストーカーに悩んでおり、その解決を依頼する。ブッパと共に無事依頼を片づけたパトリックだったが、その六カ月後、彼女は全裸で投身自殺を図る。この半年間にいったい何があったのか。捜査を開始するパトリックの前に、ある男の存在が浮かび上がる……。
全体のきっかけとなるストーカー事件、事件のさらなる広がり、絶対的な敵役の存在と対決、そして真相。構成の妙が冴えに冴え、いつも以上にリーダビリティが高い一冊。特に今回はパトリックの幼なじみ、ブッパが大活躍する。ヒーローとヒロインにもう一人を加えた三人組というチーム構成も最近は多くなってきたが、レヘインはそれをアクセントにするだけでなく、しっかりと事件に絡めているのがさすが。
前作に引き続いて高レベルをキープしているが、シリーズとしてターニングポイントとなることも前作同様である。解説でも触れられているが、このシリーズは終焉を迎えようとしているようだ。
ハードボイルドは浄化の物語であると勝手に考えている管理人としては、できればパトリック&アンジーに平穏を与えてほしいと願わずにはいられない。
歳のせいか、どうも最近体のあちこちにガタがきてしようがない。特にひどいのが背中の痛み。以前から仕事でパソコンに向かっているときなど、同じ姿勢を長い間続けていると、背中に激痛が走ることがあった。まあ激痛といっても一瞬のことで、すぐに背伸びや体操などすれば回復していたのだが、ここ一週間ほどでさらに悪化。なんと夜寝ているだけでも背中が痛むようになってしまった。寝ても三、四時間で痛みのために目が覚めてしまい、しかも十五分ぐらいは痛くて寝返りもうてない。
こりゃやばいなってんで病院に行くと、筋肉が炎症を起こしているとのこと。まあ、予想どおり。でもほんと、そろそろ健康維持のために何か運動でもやらないといかんなぁ。夜、ベッドで本を読む姿勢も少し考えないと。
こりゃやばいなってんで病院に行くと、筋肉が炎症を起こしているとのこと。まあ、予想どおり。でもほんと、そろそろ健康維持のために何か運動でもやらないといかんなぁ。夜、ベッドで本を読む姿勢も少し考えないと。
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鮎川哲也、島田荘司/編『ミステリーの愉しみ4 都市の迷宮』(立風書房)
ちびちび就寝前に読んでいた『ミステリーの愉しみ4 都市の迷宮』をやっと読了。この「ミステリーの愉しみ」というアンソロジーシリーズは全五巻。一応各巻のテーマみたいなものもあるが、基本は時代別のアンソロジーということで、ハイレベルの短編揃いでとにかく楽しめる。
収録作は以下のとおり。
都筑道夫「壜づめの密室」
山村直樹「わが師、彼の京」
天藤真「隠すよりなお顕れる」
千葉淳平「或る老後」
島久平「街の殺人事件」
角兔栄児「清風荘事件」
岡沢孝雄「四桂」
陳舜臣「ひきずった縄」
梶龍雄「白鳥の秘密」
大谷羊太郎「消された死体」
連城三紀彦「変調二人羽織」
赤川次郎「幽霊列車」
泡坂妻夫「砂蛾家の消失」
この時代のものになると、インパクトは前三作に比べるとやや落ちるが、しみじみ味わえる作品が多くなる気がする。時代が近くなるので雰囲気もつかみやすいし、感性も昔の作家に比べれば掴みやすいから当たり前といえば当たり前。
だが、この頃のミステリ界は現在ほどの活気がなかったため、アイデアやセンスだけでやっていけるほど甘くなかったのではないかとも考えられる。その結果としての叙情性の高さ、小説としての質の高さではないだろうか。ううむ、違うか?
とにかくそんなことを考えたりしながらお気に入りを選んでみる。まず強烈だったのは千葉淳平「或る老後」。町工場の主人と女性事務員の心理戦、主人の心情の移り変わりが読む者の心を打つ。
角兔栄児「清風荘事件」も凄い。出張に出かけたまま自殺した弟の死に疑問を持つ兄。ゆっくりとした時間の流れだからこそ、逆に兄の静かな闘志が読み手にも迫ってくる。
岡沢孝雄「四桂」もいい。棋士の世界という特殊な設定ながら、その世界観を巧みに使って人間の業を描いている。
連城三紀彦「変調二人羽織」も外せない。のちに普通小説に移る作者だが、「幻影城」の頃はまだパズル性が強く、結果的にドラマとのバランスが絶妙になっている。二人羽織という古典芸能の使い方はさすがの一言。
というわけで、パズル性が強いものより、ドラマとしての奥行きのあるものが多くなってしまった。ただし、どちらかだけ、というのはだめで、やはり謎も魅力的でなければならない。それが本格の務めだ。上に挙げた四作はそういう意味で間違いなく極上の作品ばかりである。
収録作は以下のとおり。
都筑道夫「壜づめの密室」
山村直樹「わが師、彼の京」
天藤真「隠すよりなお顕れる」
千葉淳平「或る老後」
島久平「街の殺人事件」
角兔栄児「清風荘事件」
岡沢孝雄「四桂」
陳舜臣「ひきずった縄」
梶龍雄「白鳥の秘密」
大谷羊太郎「消された死体」
連城三紀彦「変調二人羽織」
赤川次郎「幽霊列車」
泡坂妻夫「砂蛾家の消失」
この時代のものになると、インパクトは前三作に比べるとやや落ちるが、しみじみ味わえる作品が多くなる気がする。時代が近くなるので雰囲気もつかみやすいし、感性も昔の作家に比べれば掴みやすいから当たり前といえば当たり前。
だが、この頃のミステリ界は現在ほどの活気がなかったため、アイデアやセンスだけでやっていけるほど甘くなかったのではないかとも考えられる。その結果としての叙情性の高さ、小説としての質の高さではないだろうか。ううむ、違うか?
とにかくそんなことを考えたりしながらお気に入りを選んでみる。まず強烈だったのは千葉淳平「或る老後」。町工場の主人と女性事務員の心理戦、主人の心情の移り変わりが読む者の心を打つ。
角兔栄児「清風荘事件」も凄い。出張に出かけたまま自殺した弟の死に疑問を持つ兄。ゆっくりとした時間の流れだからこそ、逆に兄の静かな闘志が読み手にも迫ってくる。
岡沢孝雄「四桂」もいい。棋士の世界という特殊な設定ながら、その世界観を巧みに使って人間の業を描いている。
連城三紀彦「変調二人羽織」も外せない。のちに普通小説に移る作者だが、「幻影城」の頃はまだパズル性が強く、結果的にドラマとのバランスが絶妙になっている。二人羽織という古典芸能の使い方はさすがの一言。
というわけで、パズル性が強いものより、ドラマとしての奥行きのあるものが多くなってしまった。ただし、どちらかだけ、というのはだめで、やはり謎も魅力的でなければならない。それが本格の務めだ。上に挙げた四作はそういう意味で間違いなく極上の作品ばかりである。