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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 09 2002

鮎川哲也『鮎川哲也名作選 冷凍人間』(河出文庫)

 追悼記念に『鮎川哲也名作選 冷凍人間』を読む。
 本書はちくま文庫の怪奇探偵小説傑作選と並ぶ河出文庫の本格ミステリコレクションの一冊。海外の古典は国書刊行会が頑張っているが、国産作家の古典はこの両文庫が今のところ引っ張っている感じだ。
 しかし、本書についていえばいわゆる名作選という謳い文句は当てはまらない。解説にも書かれているのだが、創元推理文庫からすでに同様の趣旨の本が出ているため、河出文庫の方は初期の入手しにくい作品、とりわけ怪奇小説を多く採っているからである。
 たまたまアユテツ初心者が手にとって、これが鮎川哲也だと思ってもらっては困るが、これはこれでなかなか楽しめる。というかかなり面白い。若かりし日の鮎川哲也が本格ガチガチではなく、幅広い作風に挑戦していたことだけでも興味深いのだが、それがこういう形になって実を結んでいたとは。
 前々から思っていたのだが、鮎川哲也のセンスというのは、(良し悪しではなく)どことなく人とズレている気がするのである。登場人物の名前も妙なものが多いし、女性キャラクターの性格もいまひとつ理解し難い場合が多い。ユーモア感覚もそう。そして本書に収められた小説の肝とも言える恐怖、これについてのセンスも、どことなく違うなぁと感じてしまうのだ。ただし、だからこそ面白さが際だつのだけれど。
 収録作は以下のとおり。

「月魄」
「蛇と猪」
「地虫」
「雪姫」
「影法師」
「山荘の一夜」
「ダイヤルMを廻せ」
「朝めしご用心」
「アトランタ姫」
「甌」
「絵のない絵本」
「他殺にしてくれ」
「怪虫」
「冷凍人間」
「マガーロフ氏の日記」
「ジュピター殺人事件」

 基本的には全面的におすすめしたいのだが、敢えて推したいのは「怪虫」と「冷凍人間」のセット。この二作限りではあるが、一応、科学者とカメラマンのカップルを主人公にしたシリーズ作品である。「怪虫」は出版芸術社の『妖異百物語 第一夜』にも採られていて、そのときに初読してひっくり返った動物パニックもの。「冷凍人間」も同じ路線かと思っていたら、これが何と本格作品だったので今回もひっくり返ってしまった。
 秘境物に属する「マガーロフ氏の日記」もかなりイケル。あとで読めば一応伏線が張ってあることに気づくのだが、そんな推理小説的展開があるとは思っていないので、こちらも最後にけっこうひっくり返ってしまった怪作である。これが好きという人はあまりいなさそうだが、好きなんだよな、こういうの。

 先日読んだ『これが密室だ!』もそうだが、本格に関してはなんだかすごい時代になってきたなと思う。こういう小説がどれだけ売れるのか知らないが、絶対にマニア以外は買わないようなものが続々と出るのである。ブームが沈静化するときもきっとくるだろうが、少しでも長く続くよう、とりあえずこちらも買い続けていくしかないな。


ロバート・エイディー、森英俊/編『これが密室だ!』(新樹社)

 けっこうな時間をかけて、ロバート・エイディーと森英俊両氏による編集の『これが密室だ!』を読む。
 必ずしも傑作ばかりというわけではないが、あまり知られていない作家の作品が多く収録されているので、本格マニアはぜひ手にとりたい一冊。ただ、それだけに、手に取る前にある程度のミステリの基本は押さえておかないと、肝心のありがたみは伝わりにくいかもしれない。ミステリを読み始めの人や、普段ミステリを読まない人が読んでも、必ずしも楽しめるかどうかは難しい。そういう意味では本格への踏み絵的な位置づけになるとも言えるだろう。収録作は以下のとおり。

エドワード・D・ホック「十六号独房の問題」
エドワード・D・ホック「見えないアクロバットの謎」
ヘイク・タルボット「高台の家」
フランシス・マーテル「裸の壁」
グレンヴィル・ロビンズ「放送された肉体」
モートン・ウォルソン「ガラスの部屋」
E・V・ノックス「トムキンソンの鳥の話」
サミュエル・W・テイラー「罠」
ジョセフ・カミングス「湖の伝説」
ジョセフ・カミングス「悪魔のひじ」
スチュアート・パルマー「ブラスバンドの謎」
ウィル・スコット「消え失せた家」
ニコラス・オールド「見えない凶器」
ヴィンセント・コーニア「メッキの百合」
クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ「死は八時半に訪れる」
マックス・アフォード「謎の毒殺」
C・デイリー・キング「危険なタリスマン」
ジョン・ディクスン・カー「ささやく影」

 メジャーどころはホックとカーの二人。ちょっと落ちてC・デイリー・キング、ヘイク・タルボット、スチュアート・パルマーといったところか。私も名前しか知らない作家や、名前すら知らない作家もいて、なんとも濃いラインナップだなあと思う。
 印象に残ったのは、何といってもサミュエル・W・テイラーの「罠」。日記を二人の人間が交互に書くという形をとっており、サスペンスが抜群。そのほかではやはりホックが安定したお話を書く作家でおすすめ。ジョセフ・カミングスも専門というぐらい不可能犯罪ばかりを扱う作家らしく、他の短編を読んでみたい気にさせられる作家だ。
 反対に腰砕けはフランシス・マーテルの「裸の壁」。ある意味、これも本書のなかではぜひ読んでおきたい作品といえるかも。笑えます。


長谷部史親『推理小説に見る古書趣味』(図書出版社)

 世の中にはミステリ好きがいて、古本好きがいる。そして当然のことながらミステリと古本の両方を趣味とする人たちもいるわけだ。古本についてはそれほど濃い方ではないが、管理人もその一人。本日の読了本はそんな人にぴったりの『推理小説に見る古書趣味』である。
 このジャンル(ってものがあるかどうかしらないが)で有名な本と言えば、最近では喜国雅彦著『本棚探偵の冒険』があるが(これがまた抜群に面白い)、その八年も前にすでにこのような本が出ているとは知らなんだ。
 ただし、こちらは古本のミステリを探す話ではなく、古本をテーマにしたミステリの話。古書の世界など縁がない、という人も気軽に楽しめるエッセイになっており、息抜きにはちょうどよい読み物である。
 ちなみに古本絡みのミステリをあれだけ書いている紀田順一郎氏については一切言及がない。ほとんどが海外ミステリにまつわる話で、国産ミステリには一章しかあてられていないにせよ、少し不思議。なにか理由でもあるんだろうか?


アンドリュー・クラヴァン『愛しのクレメンタイン』(創元推理文庫)

 鮎川哲也氏が亡くなる。また、巨星墜つ、という感じで、今年は非常にミステリ畑の逝去者が多い。なんとも悲しい限りである。
 私が初めて鮎川作品に接したのは角川文庫の『黒いトランク』。当時中学生だった私にはやや退屈な部分もあったが、緻密な構成に本格のお手本を見たような気がし、なにか惹かれるように『ペトロフ事件』や『黒い白鳥』、『憎悪の化石』といったあたりを次々と読んでいった。最近ではすっかり離れてしまっていたが、河出文庫の初期傑作選も買ってあるし、相変わらず過去の名作も復刊されているようなので、また、ぼちぼち読んでみることにしよう。

 読了本はアンドリュー・クラヴァンの『愛しのクレメンタイン』。新しく刊行された叢書、創元コンテンポラリの一冊。
 どうでもいいが創元って新しい叢書を作りすぎではないか(それをいったら早川もそうか)。版型からテーマに至るまで完全に変えてくれるとそれなりによいのだが、結局みんな文庫で、カバーで統一感を出すだけだからどうにも小手先な印象しか受けない。創元ノヴェルズの二の舞にならなければよいが、と老婆心。

 さて、肝心の内容だが、もうビックリ仰天(死語)である。なんせミステリでもなんでもないどころか、女性を主人公にした性の遍歴(これまた死語ですか)なのだ。とてもじゃないが、あのジョン・ウェルズ・シリーズを書いた作家のものとは思えないが、まさにそのシリーズを書いている真っ直中に書かれた作品なのだ。創元コンテンポラリという叢書だから予測できないこともないのだが、それにしても……。
 ストーリーはあってないようなものだ。サマンサ・クレメンタインという詩人の女性が、検事補の夫や精神科医、命の電話にかけてくるGODらとの会話を通じて、自己の生涯や性、思想、哲学などを語るという仕掛け。自由奔放だが繊細な彼女の生き様は、どこか納得できないものをはらみつつ何故か共感もできるという不思議な印象を残す。リー・タロックの『イン・アンド・アウト』やテリィ・サザーンの『キャンディ』を読んだときの読後感と似ているかも。
 しかしながら、アンドリュー・クラヴァンのもうひとつの指向性がわかったという意味では面白いが、個人的には今さらこういう小説を読む気は起こらない。語り口はうまいので読んでいる間はいいのだけど。


芥川龍之介『芥川龍之介妖怪文学館』(学研M文庫)

 ぼちぼちと読み進めていた芥川龍之介『芥川龍之介 妖怪文学館』をようやく読了。学研M文庫より刊行中の伝奇ノ函シリーズのひとつで、芥川龍之介による怪奇・伝奇小説や評論等をまとめた一冊だ。伝奇の匣シリーズのラインアップはただでさえ個性的だが、そこにあえて芥川龍之介を加えるところに編者の強烈なこだわりを感じる。
 もちろんただそれっぽい小説を集めただけではない。評論や対談まで網羅し、そういう意味で今回の芥川龍之介『妖怪文学館』は資料的にも価値は高いらしいのだが、残念ながらその辺は門外漢なので猫に小判状態。
 収録作は以下のとおり。

<小説>
「妖婆」
「アグニの神」
「黒衣聖母」
「奇怪な再会」
「影」
「沼」
「凶」
「二つの手紙」
「歯車」
「邪宗門」
「きりしとほろ上人伝」
「老いたる素戔嗚尊」
「金将軍」
「酒虫」
「煙草と悪魔」
「悪魔」
「貉」
「竜」
「二人小町」
「河童」
「『ケルトの薄明』より」

<評論・随筆>
「文藝雑話 饒舌」
「近頃の幽霊」
「英米の文学上に現われた怪異」
「河童」
「暗合」
「市村座の『四谷怪談』」
「リチャード・バアトン訳『一千一夜物語』に就いて」
「案頭の書」
「鏡花全集に就いて」
「ポーの片影」
「猪・鹿・狸」
「今昔物語鑑賞」
「追憶」
「妖奇怪異抄」

<怪談実話>
「椒図志異」
「怪談会」
「柳田國男・尾佐竹猛座談会」

 それにしても久々の芥川龍之介である。個人的には実に中学以来。当時、文庫本で数冊読んだ程度で、今回の『芥川龍之介 妖怪文学館』に入っているものでは、「河童」や「邪宗門」を読んだぐらいだ。評論や対談などはすべて初読となる。ただ、あらためて読んでみると、さすがに今ではおおっと驚くほどの怪奇小説は残っていないようだ。気にいったものはどうしても「妖婆」「河童」「邪宗門」といった定番がメインになった。長めのものがやはり味わい深く、読み応えがある。
 「妖婆」は怪奇小説本来の武器と魅力をストレートに全面に出した作品。迫力あります。
 「河童」はSF的なパラレルワールドの設定によって、楽しめる現代文明批判、人間批判の書になっている。
 そして「邪宗門」はこれからというところで未完に終わった作品だが、宗教というテーマの重さを考えるとつくづく完成させてもらいたかった作品である。ほんと、これからってところなんだよね。

 ところで怪奇・伝奇小説を芥川が好んでいたことぐらいは知っていたが、ここまで柳田国男の『遠野物語』に影響を受け、海外の作家も追いかけていたとは驚きであった。しかも彼の求めるものが「恐怖」そのものにあるということを読むと、ホラーの内包する力というものを感じずにはいられない。知識や教養、哲学などを飛び越え、いかに人間の根っこの部分に影響力を持つかというこの不思議。日本ではしばらく怪奇小説がさっぱりな時期が続いていたわけだが、近年はまさにホラー全盛。多少の波はあっても、人が営みを続ける限り決して消えることがないであろうジャンル。それが怪奇小説なのだと再認識する。この普遍性は探偵小説やSF小説にはないものではないか?
 ちなみに芥川龍之介は海外のメジャー作品に対してもなかなか厳しい。「怖くないから駄目」と一刀両断するのを読むにつけ、なんだか現代のオタク的感性にも通じるものがあって、それはそれで少し微笑ましかったりする。

M・ナイト・シャマラン『シックスセンス』

 自宅で資料整理などしながら、DVDで今さらの『シックスセンス』を観る。最後のどんでん返しを活かしたいのか、感動をウリにしたいのか、最後がどっちつかずな感もあるが、基本的には面白くて上手い映画だと思う。ブルース・ウィリスがアクションを抑えていい味を出しているが、やはり注目は脚本と監督を担当したM・ナイト・シャマランだろう。この名前は覚えといて損はない。

 読書はあまり進まず。新樹社のアンソロジー『これが密室だ!』と学研M文庫の『芥川龍之介妖怪文学館』を交互にダラダラ読んでいる。さすがに両方とも堪能できるが、これがまた厚いんだ、どちらも。


ジョージ・ルーカス『スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』

 休暇は続く。本日は遅ればせながら『スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』を観る。映画館で観るの久しぶり。やっぱり大画面はいい。
 作品の出来については、イマイチという人もいるみたいだが、これぐらいやってくれりゃ全然文句ない。それよりも問題は、悲劇的結末が最初からわかってしまっているエピソード3を観るかどうかだ。今回のエピソード2でも、アナキンの言動にそっち方面の伏線がバシバシ張ってあるので、ちょっとやりすぎじゃないかと思ったぐらいである。ハッピーエンドがお約束のハリウッド映画は、この辺をどう解消してくるのか? けっこう興味津々です。


無事帰京

 温泉でリフレッシュして、無事東京に戻ってくる。精神的にはだいぶほぐれた気もするが、運転はけっこう疲れました。三日間で約六百km走破。
 ちなみに心身の疲れをとるのが今回の旅の目的だったのだが、それでもせっかく信州に行くのだから、少しは文学系のスポットは見ておきたい。というわけで印象に残ったものは軽井沢高原文庫で開催していた北杜夫展、追分でホームズ譚の翻訳活動を行った延原謙の功績を記念して作られたホームズ像。特にホームズ像は周りの景色からむちゃくちゃ浮いていて、なかなか微笑ましいです。

家族旅行

 信州へ家族旅行。温泉をメインにしたいが、うちの場合ペットがいるので、まず宿探しに苦労する。ペット可のペンションはそこそこあるのだが、温泉宿となるとこれが激減。まあ、当たり前だわな。それでも信州はまだいろいろある方なので、なんとか一泊目はコンドミニアム式の宿、二泊目は温泉宿をとることができた。
 朝七時半に出発。関越に乗って一路軽井沢を目指す。連休の最終日とはいえ軽井沢近辺では少し渋滞に巻き込まれたが、概ねスムーズに進めて一安心。旧軽井沢を散歩したり、新しくオープンしたアウトレットモールなどで買い物。
 そして何と駅前からほど近いあたりに、一軒の古本屋を発見。これがまた古い造りの店構えなのだが、とにかく広い。その広い店内に、ジャンル無視でめったやたらに本を積んである状態。しかも一軒と書いたが、実は建物自体はなんと二軒分あり、うち一軒はまるまる一冊百円だ。レアなところもけっこういろいろある、というかこんな本まで百円でいいの、というものまであり、とりあえず手当たり次第に十冊ほど買い込む。家族がいるのでゆっくり回れなかったのが心残り。せめて一時間はかけないと全貌すらわからない。ここって知る人ぞ知るような有名な店なのだろうか? とにかく軽井沢へ行く人は必須の店であろう。
 ちなみに旅行中の一冊として学研M文庫の『芥川龍之介妖怪文学館』を持っていく。宿で一杯やりながら読む芥川など、これは風情があるわいと思ったのだが、たいてい旅先では読む暇などなかったりする。荷物になるんだから、せめてもう少し薄いのにすりゃいいのに、これが貧乏性で読むものが途中でなくなったらどうしようとか心配になってしまうのが、情けないところである。

カーター・ディクスン『仮面荘の怪事件』(創元推理文庫)

 ミステリを評価する際、当然ながら基準というか尺度を定めないと、正しい評価を下せないと思うのだが、それが書かれた時代やジャンルなどを考慮すると、どうしてもその物差しにある程度の幅、つまり遊びが必要になり、けっこう悩むことがある。本日読んだカーター・ディクスンの『仮面荘の怪事件』も、少し物差しに幅を持たせたくなる作品だ。

 かつての名女優が建てた小劇場つきの邸宅、仮面荘。今ではドワイト・スタンホープという富豪の屋敷となり、数々の名画が陳列されていることでも知られていた。その屋敷である夜、殺人が発生した。深夜に起こった物音に、家族や招待客らが駆けつけると、そこには覆面をつけた男がナイフで刺されて倒れているではないか。その風体から察するに、明らかに絵画を盗みに入った泥棒のようだが、その盗みの最中、何者かに襲われたようだ。ところが覆面をはがされたその男の正体は、なんと屋敷の主人ドワイト・スタンホープ本人であった……。

 まず、カーの企みは理解してあげたい。なにしろ冒頭の謎が魅力的だ。屋敷の主人がなぜ自分の絵を盗もうとしたのか? 犯人は主人を泥棒と思って指したのなら、なぜ名乗り出ようとしないのか? 加えてカーお得意のオカルト趣味やファースは盛り込まれているし、ヘンリー・メルヴェル卿が手品まで披露するお楽しみつき。肝心のミステリの部分もアッと驚くほどのネタではないが、そこそこまとまっている。
 しかし、欠点もまた多いのがこの作品の困ったところだ。冒頭の謎は魅力的だが、その後の展開がだめだめ。話はだらだらしていて盛り上がりに欠けるし、登場人物も限られているため犯人もけっこう予測がつく。肝心のミステリ部分はそこそこまとまってはいるが、不要な伏線なども多く、いってしまえば雑な感じなのだ。

 この辺の欠点をカーだから許せるのか、それともカーだから許せないのか、どう受け止めるかで評価は変わってくる。そこで最初に書いた話に戻るのである。なにしろこれが発表されたのは1942年。つまり戦時中だ。にもかかわらずカーはこの時期に平均すると年に二、三作というペースで新作を発表している。小説をテキストのみで絶対的に評価するというのも潔いが、個人的にはあまり杓子定規にミステリを語るのは好きではない。当時の日本では戦時中の規制によってほとんどの作家がミステリを書けなかった状況を思うと、カーがこれだけの数を書き続けている事実だけでも見逃すわけにはいかない。また、もともとカーはチャレンジ精神が旺盛なため、どうしても質にばらつきが出る作家だけに、こういうのもカーらしくていいや、と思ってしまう。この作品の評価に際して、若干の幅を持たせてみたくなる所以である。まあ、人には勧めませんけどね。


大阪圭吉『銀座幽霊』(創元推理文庫)

 大阪圭吉という作家は、知る人ぞ知る作家である。戦前に真っ当な本格探偵小説を書く作家、といえばおそらく唯一無二の存在であった。だが当時は作風が地味だとか、ストーリーが平板だとか評され、大人気を博するとまではいかなかったようだ。
 しかし、時を越え、時代が彼に追いついたとでもいうのか。平成の世に入り、彼の再評価の機運は一気に高まった。名作の復刻ブームはもちろん役に立っているし、その特異性から固定ファンがついていたというのも大きい。とにかく出版当時はちょっとした事件のように扱われ、特にネット上では大変好評を博した。近年、一度は国書刊行会から『とむらい機関車』という傑作集が出たにもかかわらず、そちらもはや絶版。創元から出るという話を聞いたときには、「へえー」という感じだった。実は国書刊行会版も買ってはいたが、長らく積ん読状態。そちらを読む前により充実した文庫版が出るとはなぁ。<だから早く読めって。

 さて、そういうわけで遅ればせながら『銀座幽霊』を読了。
 本日の感想は、先日読んだ『とむらい機関車』との合わせ技ということでいきましょう。まずは収録作。

「三狂人」
「銀座幽霊」
「寒の夜晴れ」
「燈台鬼」
「動かぬ鯨群」
「花束の虫」
「闖入者」
「白妖」
「大百貨注文者」
「人間燈台」
「幽霊妻」

 結論から言うと、やっぱり大阪圭吉はすごい。いくつかはアンソロジーで読んでいたが、こうしてまとめて読むと、やはり作者の本格に対する方向性がはっきりわかり、素晴らしいのひと言。
 確かに怪奇ものを初めとする変格が主流を占めていた時代においては地味だったかもしれないが、絶対的評価においては、決して地味な作風ではない。それどころか(解説にも書かれていたが)「物」を単なるモチーフ以上に扱い、アニミズムと言えるまでに消化した作品群は、今でも十分に通用する説得力と魅力をもっていると思う。

 奇妙な動機をもった犯人が多いのも特徴か。論理以外の部分が弱い、といった評価も当時はあったようだが、それは単に当時の紙事情だけではなく、やはりケレン味を望みすぎる当時の読者にも責任があるだろう。少なくとも大阪圭吉の作品群からは、退屈だとか小説として詰まらないという評価は当たらない。今時の本格よりもよほど世相を反映しているし、設定も悪くない。さらには考えさせられる動機なども多いのである。
 個人的に二冊の中から気に入った作品をざっと羅列すると、「とむらい機関車」「デパートの絞刑史」「気狂い機関車」「あやつり裁判」「坑鬼」「三狂人」「灯台鬼」「動かぬ鯨群」「大百貨注文者」「人間燈台」といったあたり。特に気に入ったのは「坑鬼」。地下の坑道で繰り広げられる殺人劇はムード満点。少し長めの短編だが、これだけでも大阪圭吉の力がわかる。
 ただ、個人的に大阪圭吉の文章は何故かちょっと読みにくい。文章は平易だし、難しい単語も使っていないのだが、なぜかリズムが合わないのだ。長文が多いせいも少しはあると思うが、大江健三郎とかに比べたら全然短いしなぁ。これがちょいと不思議なところではある。

 残念なことに大阪圭吉は太平洋戦争において三十二歳の若さで亡くなっている。彼がもし生きていて、横溝正史らの起こした本格ムーブメントに混ざっていたら、どんな作品を残していただろう。つくづくもったいない話だ。


大阪圭吉『とむらい機関車』(創元推理文庫)

 創元推理文庫版の大阪圭吉『とむらい機関車』を読む。えらくネット上では評判のよい大阪圭吉だが、それもむべなるかなという感じ。戦前にこういう作家がいたというのは、実にすごいことだ。詳しい感想はこれから読む『銀座幽霊』と合わせて後日まとめることにしよう。
 ところで実際にこの本、どれだけ売れたのだろう? ネット上でどれだけ評判がよくても、結局商売として成立しないことにはすぐまた絶版になるだろうし、同じような企画も立ち上げることはできない。できれば創元も老舗の意地で頑張ってほしいものである。
 収録作は以下のとおり。

「とむらい機関車」
「デパートの絞刑吏」
「カンカン虫殺人事件」
「白鮫号の殺人事件」
「気狂い機関車」
「石塀幽霊」
「あやつり裁判」
「雪解」
「坑鬼」


アンドリュー・アダムソン『シュレック』

 『シュレック』を観る。昨日の『オーシャンズ11』がダメダメだったが、こちらは程良く楽しめた。全編フルCGを初めて観たのは『トイストーリー』だったと思うが、あの当時でもけっこう驚いたのに、もう時代はここまで進んじゃったのね、という感じ。火とか水とかの表現が特にすごい。
 ストーリーは美女と野獣による冒険と恋愛。よくある話ではあるが、前半のプリンセス救出劇、後半のロマンス部分共にツボはしっかり押さえており、適度に盛り込まれたパロディや皮肉な視点もなかなか良い。とりわけプリンセスの秘密の設定がうまく、これが物語にいっそう深みを与えている。
 ラストの意外性は賛否両論分かれるところだろうが、このオチの意味をよく考えないと、『シュレック』を観たことにはならないだろう。一見、娯楽に徹した子供向きの作品だが、これは間違いなく大人のためのおとぎ話だ。


ドナルド・E・ウェストレイク『361』(ハヤカワミステリ)

 『オーシャンズ11』をDVDで観る。ハッキリ言ってしょぼすぎ。あれだけキャストを集めるとえてしてダメダメ映画になるのはよくある話で、これも間違いなくその例に入る。
 まず犯罪計画が大雑把。実行に移す前にたいした説明がないので、それをどうやってクリアしていくのか興味がつなげず、その場その場の行き当たりばったりな印象を受ける。だいたい犯罪計画に11人は多すぎる。しかもプロの犯罪者が少ないので、失敗する可能性が高そうだし、成功しても、後で簡単に足がつくのではないか?
 例えばフォーサイスがこういう話を書いたら、計画を進める段階だけでもかなり盛り上がるはず。というか、そういうところが面白いのに。完璧な計画をたて、これがプロの犯罪だ、というところを見せてくれないと説得力もくそもない。11人のつながりも薄く、なぜこのメンツなのかの理由も希薄。おまけにジュリア・ロバーツなんて、ほとんど存在価値なし。もったいないキャストだよなあ。久々に時間を損したって感じの映画でした。

 口直しの読書はドナルド・E・ウェストレイクの『361』。
 軍隊生活を終えて、久々にニューヨークへと帰還した主人公レイ・ケリー。迎えにきた父親で弁護士のウィラードと涙の対面を果たし、故郷へと車へ戻る途中のこと。近づいてきた車から発砲され、父親は即死。助手席に乗っていたレイも右目を失ってしまう重傷となる。しかもその直後、レイの兄、ビルの妻も自動車事故で死んでしまうという出来事が起こり、兄弟はこれらの事件の背後にある何かを突きとめようと調査に乗り出してゆく。

 いわば復讐談になるのだが、ウェストレイクの初期のハードボイルドの例に漏れず、その味わいは絶品。興味をそぎそうなので詳しくは書かないが、どう転ぶのか予測しにくいストーリー展開が良い。主人公の性格も最初はなかなかつかみにくく、それもあって余計に予想を外されてしまう。そして、それらを演出する暗く乾いた感じの文体。すべてが心地よいのである。
 ハードボイルドだがラストの意外性も高く、まさにこの時期のウェストレイクが期待の超新星だったことがよくわかる一冊。この辺の作品が軒並み絶版というのは大変もったいない話だ。早川書房さん、なんとかしたほうがいいよ。


カレル・チャペック『ひとつのポケットから出た話』(晶文社)

 チャペックといえば、個人的には長い間『山椒魚戦争』や『ロボット』の著者であり戯曲家というイメージしかなかったのだが、数年前に『ダーシェンカ』が話題になったときは、こんな一面もあったのかという意外な驚きがあった。そして、そのチャペックがミステリまで書いていると知ったときにはかなりぶっとんだ記憶がある。

 それがきっかけで少しチャペックのことを調べたのだが、実に多彩な作風をもち、様々なジャンルに手を出していたことがわかる。小説だけでも哲学的なものからSF、ミステリまであるし、エッセイ、童話、伝記などもこなす。また、ジャーナリストとしても記事から紀行文、コラム、批評まで書くという恐るべき多芸な人だったのである。

 本日の読了本はそのチャペックが書いたミステリ系の短編集『ひとつのポケットから出た話』。
もちろんチャペックが書くからには、そう純粋なミステリというわけにはいかない。ミステリの体裁をとりつつも、それは人生や人間の真理を求めるかのような哲学的な小説ばかりである。
といってもそんなに堅苦しい話でもない。全編ほのぼのとした不思議な味わいとユーモアで語られるため、たいへん心和むこと間違いなし。普通のミステリには少し飽きた、という人には箸休めとしておすすめの一冊である。

 実は姉妹作となる『ポケットから出てきたミステリー』を既に読んでいるのだが、こちらもテイストはまったく同じ。しかし『ひとつのポケットから出た話』の方が完成度は高いと思う。どうせ読むなら、まずは『ひとつのポケットから出た話』からの方が良いだろう。


山田風太郎『旅人 国定龍次(下)』(廣済堂文庫)

山田風太郎の『旅人 国定龍次(下)』読了。
 本作の主人公はかの国定忠治の息子、国定龍次。渡世人修行のために国を飛び出したはよいが、将来を誓った、やくざの大親分の娘が後を追い、薩摩出身の剣の達人が用心棒になるわで、波乱の種は尽きない。ましてや龍次の一本気な性格が、トラブルを放っておくはずもない。かくして諸国で助っ人家業に精を出す龍次は次々に大騒動を巻き起こしてゆく。しかし、時あたかも風雲急を告げる幕末のこと、いつしか龍次も壮大な歴史のうねりの中に呑み込まれてゆく……。

 すごいな、これは。上巻でいつもほどの奇天烈さがないと思っていたが、下巻に入ると一気に風太郎テイストが爆発、しかもこれって幕末ものだったの?という怒濤の展開である。調べてみると、本書は山田風太郎が明治ものを書いている時期に書かれたもので、山風流の裏から見た幕末ものということになるのだろうか?
 とにかく龍次の生き様がストレート。風太郎のものに限らず私は幕末ものが好きで、その興味はやはり倒幕に関わる志士の生き様にある。しかし、これを読むと彼らはまだまだ汚れていることがわかる。龍次の行動や思考は単純だが、それだけに純粋。そして純粋であればこそ、ラストの切なさがいっそう際だつのだ。結局は権力に弄ばれる存在でしかない庶民、その怒りや悲しみを代弁する存在として龍次はある。


山田風太郎『旅人 国定龍次(上)』(廣済堂文庫)

 山田風太郎『旅人 国定龍次(上)』読了。詳しい感想は下巻読了時となるが、いやいや国定忠治の息子、龍次を主人公にすえての股旅ものですか。いつもほどの奇天烈さがあまりないので、筋金入りの風太郎ファンはどうか知らんが、私的にはなかなか楽しんでます。下巻も一気に読めそう。


レオ・ブルース『結末のない事件』(新樹社)

 『三人の名探偵のための事件』『死体のない事件』『結末のない事件』の三作で、日本でもその実力が見直されつつあるレオ・ブルース。本格ミステリ作家としての手腕もさることながら、ここかしこに散りばめられた探偵小説ファンへのアンチテーゼというか風刺というか、それも人気の秘密だろう。本日の読了本、翻訳としてはもっとも新しい『結末のない事件』では、それがひときわ強烈である。

 警察を辞め、私立探偵を開業したビーフのもとに、ピーター・フェラーズと名乗る依頼人がやってきた。兄スチュアートが医師ベンスンを殺害したかどで逮捕されてしまったので、ぜひその罪を晴らしてほしいというものだ。ベンスンが殺害されたのはフェラーズ家の書斎。鋭利な刃物で首を切られているところを発見されたらしい。フェラーズ家の主人スチュアートは前夜ベンスンと口論しており、加えてアリバイや凶器についていた指紋などから、スチュアートの有罪は動かないようにも思える。果たしてビーフは裁判開始までに真相を解き明かすことができるのだろうか?

 結論から言うと、これは会心の作といってもよい出来映えである。
 ただし、ハッキリ言って展開はかなり地見め。ビーフの捜査は海を越えるなど多少の動きはあっても、そのほとんどが聞き込みに終始しており、しかも事件に大きなうねりなどもないので、アッという間に裁判までなだれ込んでしまう。
 それを救っているのが、傲慢なまでのワトソン役ライオネル・タウンゼンドの存在だ。通常のワトソン役といえば、あくまで事件の記述者にして語り部であり、自分の推理など披露することもなく、探偵に振り舞わされるだけの存在である。だがタウンゼンドは違う。彼は自らも推理するし、あまつさえビーフよりも自分の方が頭はいいとさえ考えている。しかもそれでいて気にするのは自分の書くミステリ(つまりビーフの探偵譚)のことばかり。事件の途中でも、いまは中だるみの時期なのだとか、他の探偵の活躍だとかを常に気に病んでいる始末。他のミステリの探偵たちの名前もばんばん出してくる。これがめっぽう面白い。前述のように、それはパターン化された探偵小説の揶揄になっているのだが、作者は逆にそれによってミスデレクションを誘っている気配もあるから油断できない。まあ、そんなことを気にしなくても十分楽しめるのだが。

 だが、本当にこの作品がすばらしいのは、やはりその結末に驚かされるからだろう。やや唐突な感じがしないでもないが、終盤のたたみ掛けは圧巻。すべてのピースがパシッとはまり込み、この一見平凡に見えた事件が、実は大変手の込んだ事件だったことが明かされる。タイトルの意味も一度読んだら納得。
 バークリー同様再評価が進むブルースだが、残念ながらこちらは本書で翻訳がストップしている。まだまだ傑作が残っていそうな作家だけに、ぜひとも残りも翻訳してほしい。


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09 2002
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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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