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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 05 2007

松本泰『清風荘事件』(春陽文庫)

 戦前のビッグ・ネームといえば何をおいても江戸川乱歩であり、これに甲賀三郎、大下宇陀児が続く。三羽烏とまで言われた彼らが、戦前の探偵小説界を引っ張っていったのは異論のないところであろう。ただ、彼らに先んじて探偵小説の創作に手を染め、それどころか自ら出版社までを興して探偵小説に尽力した男がいた。それが松本泰だ。
 本日の読了本はその松本泰による短編集『清風荘事件』。春陽文庫の探偵小説傑作選からの一冊である。収録作は以下のとおり。

「清風荘事件」
「男爵夫人の貞操」
「毒杯」
「翠館事件」
「赤行嚢の謎」
「一羽墜ちた雁」
「暴風雨に終わった一日」
「宝石の序曲」
「謎の街」

 探偵小説界に貢献しているにもかかわらず、今日ここまで松本泰の知名度が低いのは、基本的には肝心の作品が面白くないから、というのが衆目の一致するところだろう。ただ、当時の探偵小説にそれほど期待するのは酷というものであり、甲賀や大下ですら駄作は多いのである。正直、そこまでつまらないはずがないと思ってかかったのだが、なるほど、これは確かに厳しい。
 ちょっと意地悪な書き方になるが、読者を楽しませようという意識があまり感じられないのである。当時の探偵小説にありがちな猟奇趣味などはあまりなく、スマートな語り口はそれほど悪くない。しかし、ほとんど伏線らしい伏線もないまま、ただ人々が右往左往するドラマだけを読まされ、そしていきなり迎える結末は論理の関与しないところで成り立っているので、驚きも感動もない。
 それでもトリックなどに注目するところがあればまだしも、その点に関してははなから放棄しているといっても過言ではない。特に短いものにそれが顕著だ。反対に「清風荘事件」「男爵夫人の貞操」「毒杯」など比較的長めの短編は、多少、読み応えはあるのだが、トリックやネタがあまりに強引すぎ、怒る気力もわいてこない始末である。
 大正から昭和初期にかけての探偵小説には、これまでかなり甘いスタンスで感想を書いてきたのだが、いや、これだけはダメかも(笑)。ただ、この一冊で決めつけるのも何だし、論創ミステリ叢書からは松本泰が二冊も刊行されていることもある。最終的な評価はとりあえずそちらも読んでからにしよう。


大下宇陀児『見たのは誰だ』(講談社ロマン・ブックス)

 大下宇陀児の『見たのは誰だ』を読む。こんな話。

 苦学生の桐原進は友人の古川からある犯罪に誘われてしまった。悩む桐原だったが、恋人の木田紀美との間に子供ができてしまったことからまとまった金が必要になり、遂に古川の誘いに応じてしまう。ところが単なる窃盗だと思っていた桐原の目の前で、古川は目撃者の少年を殺害する。その場を去ろうとする桐原は古川ともみあい、誤って古川を殺害してしまうが……。

 戦前の大物探偵作家の一人である大下宇陀児。彼の作風が娯楽重視の通俗的な作品から、徐々に人間の心理や犯罪の動機、あるいは社会問題を重視するタイプへと移り変わっていったのは、ちょっとした探偵小説マニアならよくご存じだろう。
 本日読んだ『見たのは誰だ』は、典型的な後者のタイプである。当時の学生アプレ(無軌道な若者といった意味)の風俗をまじえながら、冤罪について描いた作品なのだが、構成が単なる社会派とはちょっと違っていて面白い。前半と後半の二部構成(本当は三部構成だけど、実質は二部といってよいだろう)で、大きく雰囲気が変わるのである。
 前半は主に桐原進を中心とした犯罪小説風だ。苦学生が恋愛と友情、そして金の狭間で揺れながら、ついには殺人まで犯してしまう過程をかなりねちっこく描いてゆく。
 ところが後半に入ると雰囲気はがらりと変わって、古き良き探偵小説の香りが漂いはじめる。古川殺害ばかりでなく、その他の三件の殺人の容疑まで受けた桐原。木田紀美は彼を救うために、弁護士の俵岩男に調査を依頼する。容疑を晴らすための材料などほとんどないなか、俵弁護士はひとつずつ要素を吟味してゆく。ノートに事件の要素を書き込み、+か−をつけながら推理を巡らす俵はなかなかいい。本格とまではいかないのだが、この演出は悪くない。

 ただ気になったのは、冤罪に対する問題提議の部分と探偵小説的雰囲気が、うまく融合していない点だ。また、事件を解決に導くもうひとつの事件が、とってつけたような印象しかないことも残念。わざわざ冤罪云々をアピールせずとも、そのあたりをもう少しスマートにまとめてくれれば、もっともっと面白く評価できる作品になったはず。
 でも、それはおそらく作者の本意ではないのだろうな。


レオ・ブルース『骨と髪』(原書房)

 天気がいいので山中湖へ突然ドライブへ行くことに。中央自動車道が滅多にないくらい空いており、とにかく快適。花の都公園、忍野八海、鳴沢氷穴などを巡る。富士五湖方面はペットOKのレストランも多く、犬連れドライブには大変便利である。

 読了本はレオ・ブルースの『骨と髪』。
 歴史教師にして素人探偵としても知られるキャロラス。彼のもとへ校長の親類だというチョーク夫人が訪ねてきた。従妹アンが行方不明になったが、その犯人は財産を狙った夫の仕業だというのだ。ところが調査を進めるうち、不可解なことが起こる。アンに関する証言がまったくバラバラなのだ。ある者はアンが長身だといい、ある者は小柄でぽっちゃりしているといい、そしてまたある者は……。果たして事件の真相は?。

 ミステリにクラシックブームが起こり、個人的にもっとも認識を新たにできたのがアントニイ・バークリーとこのレオ・ブルースである。とりわけレオ・ブルースは地味な作風ながら、毎回ひねくれた趣向を凝らしてくれ、それがむちゃくちゃツボなのである。意外な犯人とか驚愕のトリックとか、そういう驚きとはひと味違う、まったく予想外のサプライズをもってくるのが、ブルースの最大の魅力ではないだろうか。
 本作もとにかく地味。ストーリーはほとんどキャロラスの聞き込み捜査で、派手な展開とはまったく無縁である。しかも伏線をけっこうガシガシ張ってゆくので、結末もけっこう想像しやすく、今作はだめかなと思っていたのだが……いやいや、実にお見事。読み終えたときに楽しくなる本格、いまどき貴重である。

 残念ながらこの作品を最後にブルースの翻訳が止まっているようだが、どこかで出版予定はあるのだろうか。ここまできたら未訳作品もすべて読みたいのだがなぁ。


ジェフリー・ディーヴァー『12番目のカード』(文藝春秋)

 ジェフリー・ディーヴァーの『12番目のカード』読了。リンカーン・ライムもの。

 博物館の図書室で、先祖について調べる十六歳の少女ジェニーヴァ。その彼女を影から狙う男がいた。しかしジェニーヴァは機転を利かせ、男の手から逃れることに成功する。現場にはレイプのための道具が残されていたことから、最初は単純なレイプ未遂事件かと思われた。しかし実は、140年も前に遡る陰謀に関係があることが判明する。

 本作のキモは現在進行形の事件と140年前の事件、ふたつの事件に焦点が当てられているところだろう。この謎の究明にいつものジェットコースター的展開、および徹底的な科学捜査による味つけが為され、相変わらず読ませる力は天下一品。
 しかしながら、いつものライム・シリーズに比べて、平均的におとなしい印象は拭えない。特に気になるのが犯人像の弱さ。前作『魔術師』に登場した敵役ほどの強力な攻め手がないため、ライムたちの防御も比較的スムーズで、ライムどころか普通の刑事にすらいいところを持っていかれる始末。当然それは展開の弱さをも招く。
 また、終盤のどんでん返しも数が多いだけで、個々のインパクトは弱い。単に読者を驚かせたいだけでは?と勘ぐるぐらい無理矢理な印象だ。本筋とは関係ないジェニーヴァのサイドストーリーでけっこう鮮やかな仕掛けを凝らしているので、余計にもったいなく感じる。

 結論。人には十分オススメできる水準とはいえ、ライムものではかなり低調な部類だろう。それともこちらがディーヴァーに望むレベルが高すぎるのか? シリーズが抱えるマンネリ化という宿命、そしてライムという特殊な主人公を使う必然性を考えると、やはりそろそろシリーズを止める頃ではないのだろうか。いろいろと考えさせられる一作である。


野山北・六道山公園へ

 狭山丘陵にある野山北・六道山公園へ愛犬を連れて出かける。自宅から車で40分程度のところだが、ここまで広大で自然に溢れたところだとは知らなかった、というか元々が自然を保護するための公園らしく、人工物も最低限のものしかない。とにかくハイキングやジョギングには最適の環境で、犬は満足そうだけど人間は少々ばてた。もう少し休憩しやすいシンボル的な場所や施設があってもいいかな。

 ディーヴァーの『12番目のカード』に手をつけたが、読書はそれほど進まず。感想はそのうちに。

ロジャー・スカーレット『ローリング邸の殺人』(論創海外ミステリ)

 DVDで『チャーリーズ・エンジェル フル・スロットル』を視聴。ノヴェライズはダメダメだが、映画版はもう何も考えずに楽しめる、っていうか考えたらだめだな(笑)。もう絶対にあり得ないアクションシーンの連発、サービス満点の演出、もったいないほど詰め込みすぎのストーリーと、テレビ版はもちろん前作をも遙かに凌駕する出来。悪役のデミ・ムーアもいい味出してます。


 本日の読了本はロジャー・スカーレットの『ローリング邸の殺人』。
 ケイン警視のもとへ訪ねてきたファラデーと名乗る男。彼は友人のアーロン・ローリングの命が危険にさらされているため、調査をしてほしいと依頼する。胡散臭いものを感じたケイン警視だったが、郵便で送られてきた一冊の本がきっかけで、結局ローリング邸を調べることにする。なりゆきからローリング邸で部屋を借りることになったケイン警視は、そこで暮らす人々からただならぬものを感じ、やがて……。

 『エンジェル家の殺人』や『猫の手』もよかったが、これも予想以上の出来。相変わらず設定やストーリーが地味で損をしているところはあるが、とにかくラストのインパクトが素晴らしい。このインパクトをより楽しむためには、しっかりと読み、できれば自分も論理的に考えていくこと。伏線の張り方がすこぶるフェアで、欺される歓びを素直に感じられるはず。
 また、ストーリーが地味と書いたが、登場人物は誰もが個性的であり、ケイン警視と彼らのやりとりを中心に話が進むから退屈することはない。しかもこの性格が個性的という部分すら、作者は巧みに使っているから見事だ。

 論創社はこうなったら『白魔』や『密室二重殺人事件』もぜひとも新訳で出してほしい。


マックス・フランクリン『チャーリーズ・エンジェル 謎に消えた女』(ミカサ・ノベルズ)

 先日、テレビで映画版『チャーリーズ・エンジェル』をだらだらと観ていたら、これが意外にバカバカしくて楽しい(笑)。テレビ版はリアルタイムで観ていたのだが、さすがに映画版は観るまでもないだろうと、これまでまったく眼中になかったのだが、いやあ予想外です。
 で、止めときゃいいのに、確かノヴェライゼーションを持ってたよなぁと、引っ張り出したのが『チャーリーズ・エンジェル 謎に消えた女』。これはテレビ版のノヴェライズである。


 ルイジアナ州のある田舎町で、身寄りのない一人旅の女性が次々と逮捕されるという事件が起こっていた。その町では、保安官や刑務所所長などという地位を利用した、ある組織的犯罪が行われていたのだ。チャーリーズ・エンジェルは真相を探るべく、旅行者に扮して町へ乗り込み、わざと逮捕されて刑務所への侵入を謀るが……。

 女囚ものというとまるでポルノみたいになってしまうが、こちらもお色気を適度に散りばめたアクションもので、娯楽に徹するという点ではそれほど変わりないのかもしれない(苦笑)。コスプレあり、カースタントありとそのサービス精神は実に立派である。だが、それももちろんテレビで観ればこそ。ノヴェライズでは魅力も半減である。おまけに三人のキャラクターの差も十分に表現できているとはいえず、これはいまにいまさん。

 なお、著者のマックス・フランクリンは、自前の小説もそこそこ書いているが、おそらく売れたのはノヴェライゼーションの方だろう。チャーリーズ・エンジェルの他には、刑事スタスキー&ハッチのノヴェライズも8冊ほど手がけているようだ。

モーリス・ルヴェル『夜鳥』(創元推理文庫)

 月曜は始発で朝帰り。もちろん仕事です。その車中で眠い目をこすりつつ読み進めたのが、モーリス・ルヴェルの短編集『夜鳥』。

 モーリス・ルヴェルは二十世紀初頭に活躍した幻想小説や怪奇小説の名手である。その実力はフランスのポーと称されるほどで、日本ではその作品が『新青年』に多く掲載され、当時の多くの作家たちにも影響を与えた。
 普通ルヴェルを簡単に紹介すると、まあだいたいこんな感じではないか。まあ、我ながら創意工夫もない手垢のつきまくったフレーズではある。ただ、述べられている内容は決して間違ってはいないはずだ。特に「多くの作家たちにも影響を与えた」という部分。
 実はルヴェルの名前は知っていたが、こうしたまとまった形で読むのは初めてである。にもかかわらず、かなりの確率で話の内容を知っていることに驚いた。つまりルヴェルの小説とは知らずに、どこかで読んだり聞いたりしたということである。「多くの作家たちにも影響を与えた」というのは、つまりそういうことだ。怪奇小説のスタンダードのいくつかをルヴェルは生み出し、日本に(やや語弊のある言い方だが)多くの模倣者をも生み出したほど魅力的だったのである。

 そのルヴェルの魅力を語るとすれば、個人的には何といっても簡潔な文章と構成を挙げたい。文章に関しては訳者の田中早苗の功績も大だが、とにかく余計なものを感じさせない、凛としたところに惹かれる。語るべき事実をはっきりと語り、そのくせ含みを持たせ、余韻を残すべき時にはきっちりと残してみせる。今ではストレートに感じられる諸作品だが、ひとつひとつの場面は印象的であり、特にラストの数行で締めて見せる作品のなんと鮮烈なことか。
 また、残酷さといったキーワードが何かとピックアップされるルヴェルだが、その中に時折見せるヒューマニズムにも、思わずハッとさせられる。

 解説によるとルヴェルには過去に長篇の翻訳もあったらしい。願わくばそれも含めて、未発掘の諸作品をぜひとも読んでみたい。


ポール・ドハティー『毒杯の囀り』(創元推理文庫)

 リンクにkazuouさんの『奇妙な世界の片隅で』を追加。主に翻訳物、とりわけ異色作家系を中心にレビューしているサイトです。ミステリ以外の作家も多く、参考になります。


 さて、本日の読了本はポール・ドハティーの『毒杯の囀り』。
 鳴り物入りで紹介された邦訳第一弾の『白薔薇と鎖』が、意表を突いて冒険小説寄りだったことはまだ記憶に新しいポール・ドハティー。けっこう楽しくは読めたものの、なんせ期待していたのは本格である。そういう意味では少々すかされた部分もあったのだが、本作は紛れもない時代本格ミステリ。これがなかなかの出来である。

 時は14世紀、舞台はロンドン。貿易商を営むトーマス・スプリンガル卿が、屋敷の自室で毒殺された。しかも犯人と覚しき執事は屋根裏で縊死しているところを発見される。検死官のクランストンとその書記であるアセルスタン修道士は、さっそく調査にあたるが、家族の証言からスプリンガル卿と執事は昼間に口論しているところを目撃されており、事件は明白に思えた。すなわち執事が犯行の後に自殺したのだと。だが、家族の言動にきな臭いものを感じた二人がさらなる調査を進めると、新たな犯行が……。

 すぐれた歴史ミステリの条件とは何かと問われたら、それはミステリとしてのしっかりした骨格を備え、かつ扱う時代の必然性があることと答えたい。もちろん絶対にその双方が必要というわけではない。歴史が単なる味付けに終わってもかまわないといえばかまわないし、そういう傑作もあるだろう。
 だが、せっかく舞台をそういう特殊な状況に置くのであれば、やはりそこに意味を見出したい。それがミステリものの性である。司法制度が発達していない、科学が発達していない、そんな時代性を逆に縛りとする(ルール化)ことで、ミステリが成立することもあるのである。
 当然、作者は大変な苦労を強いられるわけだが、成功した場合のカタルシスたるや半端ではない。山田風太郎の『妖異金瓶梅』などがその好例である。

 本作『毒杯の囀り』も、そういう意味でかなり良い線をいっている。
 大がかりなトリックこそないけれど、あちらこちらにこの14世紀という時代ならではのネタが仕込まれ、見事に本格を成立させている。伏線の張り方もフェアだし、関係者全員を集めての謎解きも鮮やかで印象的だ。司法など権力者の腹ひとつでどうにでもなる時代でありながら、そこに宗教や王位継承争いという要素を絡めることで、ぎりぎりのバランスを保ち、本格が成立する世界を築いている。もしかするとこの世界観構築の技術こそ、本書でもっとも注目すべきところなのかもしれない。
 ただ、本書が素晴らしいのはミステリの部分だけではない。これは『白薔薇と鎖』でも感じたことだが、ストーリーテリングや人物造形のレベルが高い。特に登場人物たちはややカリカチュアされてはいるものの、それがこの時代を感じさせるのにちょうどマッチしており、非常に魅力的である。主人公の二人、酒好きで陽気なクランストンとまじめな修道士のアセルスタンの掛け合いは、非常にツボを押さえたもので、(冗談抜きで)ドハティーという作家を語るときの重要なポイントになると思う。

 とにかく個人的には大満足の一冊。ぜひぜひ創元さんはシリーズの続きを早く出してもらいたい。


気になる古書店

 4月29日の日記で乱歩絡みの記事を紹介したが、例の乱歩の未発表小説「薔薇夫人」を収録した『江戸川乱歩と13の宝石』が遂に刊行された模様。ええ、もちろん早速買いましたとも。
 ちなみにそのとき書店で一緒に買ったのが、論創社の『ミステリ・リーグ傑作選(上)』。エラリー・クイーンが最初に発行し、すぐに潰した、知る人ぞ知るミステリ専門誌「ミステリ・リーグ」からのアンソロジーだ。これも『江戸川乱歩と13の宝石』に負けず劣らず、相当マニアックな本ではある。よくこんな企画本が商業出版として成立できるなぁ。畑は違うけれども同業としてはつくづく感心するのみ。

 自宅の最寄り駅の駅前に、一軒の古書店がある。ビルの1階と地下1階に店舗が分割しているのが特徴で、地下には主に堅い本、地上は文庫を初めとした軟らかい本という作りだ。
 もちろん店員は両方にいるのだが、すごいのは、たまに1階の店員が地下に潜ったまま出てこないことがあるということ。駅前だからけっこう人も入っているのに。しかも数分とかでは済まず、下手をすると10分以上もいないときがあるから驚く、っていうかあきれる。人ごとだけどいつも気になって仕方がないんだよなぁ。

ロバート・リチャードソン『誤植聖書殺人事件』(サンケイ文庫)

 ちょっと古いところでロバート・リチャードソンの『誤植聖書殺人事件』を読む。扶桑社ミステリーの前身であるサンケイ文庫からの一冊。どうでもいい話だが、このサンケイ文庫の黒背って統一感もあってけっこう好きだったんだよなぁ。古本屋でも探しやすいし(笑)。今の扶桑社ミステリーのすっきりした背も悪くはないが、ちょっと面白味に欠ける。

 それはともかく。こんな話。
 舞台はロンドンからほど近いヴァーカスター市。そのシンボルともいえる大聖堂で、歴史的にも貴重な誤植聖書が盗まれるという事件が起こった。折しも市ではアート・フェスティバルの真っ最中。その催しのひとつである舞台公演を手がけた劇作家マルトラヴァースは、義弟が大聖堂の参事だったことから事件に興味を持つ。一方、公演は大成功に終わったが、その主演女優ダイアナが公演後に失踪するという事件も発生する。やがて、彼女のものらしい手首が発見されるに及び、事件は大きなうねりを見せはじめる……。

 今回、ややネタバレにつきご容赦。

 本書は1986年のCWA最優秀新人賞を獲得した作品。キリスト教と演劇で味付けした、いかにも英国的な作風だ。犯罪はやや猟奇性を帯びてはいるものの、それほど重くはなく、全体的には軽めのゆったりしたパズラーである。伏線の張り方なども教科書どおりというか、新人の第一作としては比較的まとまっている。この辺は元記者という経歴の為せる技か。
 キリスト教や演劇といった要素も、その方面の知識がなくても問題ないレベルで、味付けとしてはちょうどよい塩梅だろう。

 ただ、処女作としては、少々こじんまりとまとまりすぎている嫌いはある。とりわけ謎解きやトリックについては驚くべきものがなく、物足りなさは否めない。また、誤植聖書の盗難事件も、タイトルがタイトルなだけにもちろん殺人事件と関係はあるのだけれど、もう少し効果的に使ってもよかったのではないか。
 そして最もまずいのが、物語中でもっとも魅力的なヒロインを被害者にしてしまったこと。そもそも発見された手がダイアナのものかどうかは、途中まではっきりわからない展開なのに、結局殺されていたというのでは、物語も盛り上がらないし、カタルシスにも欠ける。本書のテイストを考え、さらには主人公の見せ場を作る意味も含めて、どんでん返しを工夫すべきではなかっただろうか。
 全体的に悪くはないのだが、これが新人賞受賞作といわれると、うーむ、というしかない。そんな作品である。


日影丈吉『一丁倫敦殺人事件』(徳間書店)

 ROM128号が届く。コニントンやコール夫妻、ジョン・ロードを初めとした英国本格派特集ということで、正にクラシックブームのど真ん中を行く作品が紹介されている。
 気になったのは長崎出版の今後の刊行予定。HPで既に紹介されているエドガー・ウォーレスやスーザン・ギルラスなど以外にも、マイケル・ギルバートやグラディス・ミッチェル、エリザベス・デイリー、コニントンなどの名が挙がっている。とりわけ驚いたのはM・D・ポーストとオースティン・フリーマンの二人。いくらなんでも凄すぎ。論創社もうかうかできないなぁ(笑)。

 本日の読了本は日影丈吉の『一丁倫敦殺人事件』。先日読んだ日影丈吉がいまひとつだったので、リベンジとばかりに。

 かつて東京の丸の内にあった煉瓦街の一角。その景色がロンドンの下町を彷彿とさせることから、そこは一丁倫敦と呼ばれていた。作家の私は小説のネタを求め、十数年前にこの地で起こったある事件にぶち当たった。
 それは付近の診療所で働く医師の怪死事件であった。死因こそ毒物によるものだったが、私の興味を引いたのは、額の真ん中に残る釘を打ち付けられた痕だった。おりしも事件当日には丑の刻参りを思わせる女性が目撃されており……。

 丸の内を舞台にオカルト趣味をトッピングした本格作品である。丑の刻参りに夢遊病患者、丸の内に忽然と現れる駱駝やイエス・キリスト等々、ストーリーを彩るオカルト要素はけっこう華やかで盛りだくさん。当時、地上げの波が押し寄せていた一丁倫敦に、いったい何が起こっていたのか。
 主人公の「私」が取材を続けるうちに、謎がまた謎を呼び、思った以上に展開は悪くない。個人的には、伝聞や回想でストーリーが進む作品は、本来あまり好みではないのだが、本作のようなタイプなら話は別だ。過去に起きた真実に一歩一歩近づいてゆくという一人称スタイルであれば、知的な緊張感は持続されるし(ストーリー的なサスペンスには欠けるけれども)、むしろ好ましく感じるほど。適切な例えかどうかはわからないが、ちょっとトマス・H・クックの記憶シリーズを連想させる。
 ただ、惜しいなあと思うのは、主人公「私」の役回り。それこそクックであれば、語り部を単なる語り部として終わらせることは滅多にない。主人公をも巻き込む強烈な仕掛けを施し、最後に深い感慨をもたらせてくれるのがだいたいのパターンだ。
 しかし残念ながら本作では、主人公と事件の関わりが予想以上に薄い。「私」はあくまで傍観者であり、ワトソン役なのである。途中までは「私」=ホームズ役というイメージで進むため、何らかの働きかけが主人公にあるのかと思っていると肩すかしを食ってしまい、そういうところで損をしているかもしれない。正直、犯人やトリックといった部分もあっさりめなので、主人公のキャラクターはもっと立てるべきではなかったか。
 悪い作品ではないが、日影丈吉のファンなら、といったところか。


GW終了

 GW後半も基本的には近場でまったり。とりあえず3日は会社の事務所移転作業があったので、引っ越し作業に汗を流す、ってほとんど業者さん任せなので大したことはやってないけれど。夜は嫁さんとその友人の某誌編集長の三人でオイスターバーへ。ちょいと高くつくけど久々の生牡蠣はやっぱり美味い。
 4日は越生方面。久しぶりに滝見物でもと思い、「黒山三滝」でマイナスイオンを浴びる。規模はそれほどでもないが、男滝、女滝、天狗滝という三つの滝が集まっているのが珍しい。特に男滝と女滝はほぼ二段になっていて水量もまずまず。ほどほど歩く距離があるのもよし。滝の後は「五大尊つつじ園」でつつじ見物。見頃なのはよいのだが、けっこうな急斜面でへとへとになる。へたすりゃ黒山三滝の山道よりもきついかも。
 5日は蔵の街、川越へ。正直ここまで観光地化されているとは思わず、駐車場探しに苦労するほど。少々あざとい感じもするが、ここまで統一感をもって街作りを進めれば、やはりそれなりに楽しめます。
 本日は雨のため遠出はなく、近場で買い物程度。

 いやあ、それにしても見事なまでに本を読んでいないなぁ。まあ、たまにはこういう休みもいいやね。

日影丈吉『殺人者国会へ行く』(ベストブック社)

 日影丈吉の『殺人者国会へ行く』を読む。全集がある現在はともかく、ちょっと前まではなかなか入手しにくかった本である。管理人も長らく探していたが、先日、ネットオークションにてラーメン2杯分でようやくゲット。やっと読むことができた次第である。まずはストーリーから。

 衆議院予算委員会の二日目。野党である労社党の代表質問に立ったのは、副委員長の江差。彼はあるコンビナートの廃棄物処理に絡む汚職問題について、与党である資民党に対し、ある証拠をもって告発するところであった。しかし、まさにその直前、江差は青酸カリによって毒殺されてしまう。前代未聞の国会での殺人に、警視庁はベテランの敏腕刑事、仙波警部を捜査にあたらせたが……。

 今回、ややネタバレあり。

 出だしは日影丈吉らしからぬ社会派ミステリ。汚職にまつわる大物政治家の殺害ということで、これまで読んできたどの日影作品ともテイストは違う。で、本作はこの違いのために正直かなり読みにくい。
 単に政治を扱っている社会派だからとか、事件自体にほとんど動きがないとか、仙波警部が地味だとか、捜査もあまり進展がないとか、まあだれる要素はいろいろあるのだが(笑)、それにしても辛い。もともと日影丈吉の文章はさくさくっと事実だけを読ませるものではなく、味わって読みたい文章である。それが扱う内容と見事に拒絶反応を起こし、消化不良になってしまった感じである。
 また、後半に入ると面白いことに、意外な探偵役の登場や密室など、本格のコードが織り込まれてくる。ところが、それはそれで前半からの流れにうまく乗っていない感じで、なんともチグハグな印象しか受けない。いろいろと詰め込みたかったのか。それとも社会派であっても本格が成立するところを見せたかったのか。あるいは当時流行の社会派的味付けを加えたかったのか。何か狙いはあったのだろうが、なにせ舞台設定が政界なだけに、本格という娯楽最優先のコードはどうしても浮いてしまう。
 おまけに真相も中途半端。何より作者の眼が社会悪とか巨悪には向けられていないのが不満だ。こういう大きな社会問題を扱いながら、それをうっちゃってしまって個の殺人に収束させるべきではない(絶対駄目というわけではなく、上手にやってくれればOKなんだけどね)。そもそもこんな動機で、国会で殺人を起こしちゃだめだって。
 本作は、相反する要素をむりやり詰め込んだ失敗作といっていいだろう。そもそも社会派風にしなきゃよかったと思うのだが……。それをいっちゃあお終いか。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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