Posted in 08 2017
『明智小五郎事件簿IX「大金塊」「怪人二十面相」』を読む。
おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたコレクションだが、ようやく九巻目に突入。本書ではいよいよ少年向け作品が収録されており、「大金塊」と「怪人二十面相」の二編という陣容である。
ちなみに「怪人二十面相」は乱歩の少年向け第一作であると同時に、二十面相と少年探偵団が初めて登場する作品でもある。当然ながら事件発生順でも最初にくる作品かと思っていたが、なんと意外にも「大金塊」の方が先になるらしい。
この辺りは編者の平山雄一氏による巻末の「年代記」に詳しいので、興味ある方はぜひそちらで。
さてまずは「大金塊」だが、こんな話。
ある夜のこと、資産家の宮瀬家に泥棒が入る。しかし盗まれたのは価値のある骨董品ではなく、一枚の破れた紙きれだった。だがこの紙切れこそ、先祖が残した莫大な金塊のありかを示した紙を半分にしたうちの一枚だったのである。
宮瀬氏の相談を受けた明智小五郎は、助手の小林少年を使い、敵のアジトへ潜入させることを思いつくが……。
「大金塊」は明智や小林少年は登場するものの、二十面相は登場しない。また、探偵小瀬というよりは冒険小説としての要素が強くなっているのが最大の特徴だろう。
これは時局的に探偵小説そのものが不謹慎というふうに判断されたための作風転換であり、乱歩の少年向けとしてはやや異色の部類になる。それでも暗号の解読や敵アジトでの小林少年の活躍、少年たちの洞窟での冒険など盛りだくさんで、面白さは文句なし。むしろ子供向けとしてはより効果的で、十分成功作といえるだろう。
続く「怪人二十面相」は、上でも書いたように、少年向け第一作であり、かつ二十面相と少年探偵団の初登場作品である。
実業界の大物・羽柴壮太郎のもとに、いま世間を騒がせている怪人二十面相から、ロマノフ王家に伝わる宝石をいただくという予告状が舞い込んだ。奇しきも羽柴家では、家出をしていた長男の壮一が十年ぶりに帰国するという知らせも届き、再会した壮太郎と壮一は二人で宝石の見張りをすることになる。
しかし、二十面相の意外な手段によって宝石は奪われ、さらには次男の壮二まで誘拐され、二十面相は荘二と引き換えに安阿弥の作といわれる観世音像を要求した。壮太郎は明智小五郎に相談をするが、あいにく明智は不在で、その助手の小林少年が駆けつけるが……。
こちらも実に素晴らしい。管理人が初めて乱歩の子供向けを読んだのは小学三年生ぐらいの頃だが、あまりの面白さにそのままポプラ社のシリーズを残らず買ってくれとねだった記憶がある。
推理の部分と冒険の部分の絶妙なバランス、数々のギミックやトリック、明智と二十面相の駆け引き、最後は子供ではなく必ず明智登場によってピリッと話が締まるところなど、いま読んでも色褪せるどころか、時を超えてなお輝きを放っている。
さすがにトリッキーなネタのほとんどが(「大金塊」もそうだが)、よその作品からの借り物なのだけれど、まあ、それは時代ゆえのこととして見逃しましょう(笑)。
書き出しの一文「そのころ、東京じゅうの町という町、家という家では、二人以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。」
そして締めの「明智先生ばんざあい」「小林団長ばんざあい」というセリフに至るまで、すべてが印象的。ああ、やっぱり乱歩はすごい。
おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたコレクションだが、ようやく九巻目に突入。本書ではいよいよ少年向け作品が収録されており、「大金塊」と「怪人二十面相」の二編という陣容である。
ちなみに「怪人二十面相」は乱歩の少年向け第一作であると同時に、二十面相と少年探偵団が初めて登場する作品でもある。当然ながら事件発生順でも最初にくる作品かと思っていたが、なんと意外にも「大金塊」の方が先になるらしい。
この辺りは編者の平山雄一氏による巻末の「年代記」に詳しいので、興味ある方はぜひそちらで。
さてまずは「大金塊」だが、こんな話。
ある夜のこと、資産家の宮瀬家に泥棒が入る。しかし盗まれたのは価値のある骨董品ではなく、一枚の破れた紙きれだった。だがこの紙切れこそ、先祖が残した莫大な金塊のありかを示した紙を半分にしたうちの一枚だったのである。
宮瀬氏の相談を受けた明智小五郎は、助手の小林少年を使い、敵のアジトへ潜入させることを思いつくが……。
「大金塊」は明智や小林少年は登場するものの、二十面相は登場しない。また、探偵小瀬というよりは冒険小説としての要素が強くなっているのが最大の特徴だろう。
これは時局的に探偵小説そのものが不謹慎というふうに判断されたための作風転換であり、乱歩の少年向けとしてはやや異色の部類になる。それでも暗号の解読や敵アジトでの小林少年の活躍、少年たちの洞窟での冒険など盛りだくさんで、面白さは文句なし。むしろ子供向けとしてはより効果的で、十分成功作といえるだろう。
続く「怪人二十面相」は、上でも書いたように、少年向け第一作であり、かつ二十面相と少年探偵団の初登場作品である。
実業界の大物・羽柴壮太郎のもとに、いま世間を騒がせている怪人二十面相から、ロマノフ王家に伝わる宝石をいただくという予告状が舞い込んだ。奇しきも羽柴家では、家出をしていた長男の壮一が十年ぶりに帰国するという知らせも届き、再会した壮太郎と壮一は二人で宝石の見張りをすることになる。
しかし、二十面相の意外な手段によって宝石は奪われ、さらには次男の壮二まで誘拐され、二十面相は荘二と引き換えに安阿弥の作といわれる観世音像を要求した。壮太郎は明智小五郎に相談をするが、あいにく明智は不在で、その助手の小林少年が駆けつけるが……。
こちらも実に素晴らしい。管理人が初めて乱歩の子供向けを読んだのは小学三年生ぐらいの頃だが、あまりの面白さにそのままポプラ社のシリーズを残らず買ってくれとねだった記憶がある。
推理の部分と冒険の部分の絶妙なバランス、数々のギミックやトリック、明智と二十面相の駆け引き、最後は子供ではなく必ず明智登場によってピリッと話が締まるところなど、いま読んでも色褪せるどころか、時を超えてなお輝きを放っている。
さすがにトリッキーなネタのほとんどが(「大金塊」もそうだが)、よその作品からの借り物なのだけれど、まあ、それは時代ゆえのこととして見逃しましょう(笑)。
書き出しの一文「そのころ、東京じゅうの町という町、家という家では、二人以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。」
そして締めの「明智先生ばんざあい」「小林団長ばんざあい」というセリフに至るまで、すべてが印象的。ああ、やっぱり乱歩はすごい。
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マイクル・コナリー『ブラックボックス(下)』(講談社文庫)
マイクル・コナリーの『ブラックボックス』読了。
二十年前のロス暴動事件の際に発生したデンマークの女性ジャーナリストが殺害された事件を追うボッシュ。ついに突き止めた凶器の拳銃から、なんと湾岸戦争との関わりが浮かび上がってくる。この拳銃こそ、ボッシュが信念とする“ブラックボックス”になる存在なのか?
なるほど。上層部の圧力にも屈せず、あくまで一匹狼の姿勢を変えることなく捜査にこだわるボッシュの姿はこれまでどおり。娘や恋人との人間関係も彩りを添え、今回も安定の面白さではあるのだが、同時に物足りなさも感じないではない。
その最たる原因は事件の弱さだろう。湾岸戦争の影が浮上するあたりではかなり期待させるのだが、その後の広がりが緩いうえに小粒である。国際的な陰謀にしろとまではいわないけれども、結局このレベルの事件かと思わせる肩透かし感。
また、重要な情報が何でもかんでもインターネットで集まってしまい、ボッシュの捜査がとんとん拍子に進みすぎるのも気になる。 あっと驚くようなどんでん返しもなく、ひと昔前のネオ・ハードボイルドっぽい感じか。
そんななかクライマックスだけはかなりのページを割いて、久々にボッシュの活劇が楽しめる。ここで一気にフラストレーションを解消させたいところだが、これはこれでボッシュが強引すぎたり、唐突に“助っ人”が登場したり、やや無茶な展開ではある。
この“助っ人”の扱いをもっと掘り下げておけば、より可能性を感じる作品になった気もするのだが。
ただ、それらがすべてマイナス要素というわけではなく、普通に楽しめるレベルであることはいっておこう。他の作家が書いていれば、おそらくもっと褒めていたはず。
しかしながらシリーズを通してボッシュの変遷を追っている読者としては、これぐらいでは大満足とは言い難いのである。前作『転落の街』がなかなかの出来だっただけに、余計その思いが強くなった次第。
二十年前のロス暴動事件の際に発生したデンマークの女性ジャーナリストが殺害された事件を追うボッシュ。ついに突き止めた凶器の拳銃から、なんと湾岸戦争との関わりが浮かび上がってくる。この拳銃こそ、ボッシュが信念とする“ブラックボックス”になる存在なのか?
なるほど。上層部の圧力にも屈せず、あくまで一匹狼の姿勢を変えることなく捜査にこだわるボッシュの姿はこれまでどおり。娘や恋人との人間関係も彩りを添え、今回も安定の面白さではあるのだが、同時に物足りなさも感じないではない。
その最たる原因は事件の弱さだろう。湾岸戦争の影が浮上するあたりではかなり期待させるのだが、その後の広がりが緩いうえに小粒である。国際的な陰謀にしろとまではいわないけれども、結局このレベルの事件かと思わせる肩透かし感。
また、重要な情報が何でもかんでもインターネットで集まってしまい、ボッシュの捜査がとんとん拍子に進みすぎるのも気になる。 あっと驚くようなどんでん返しもなく、ひと昔前のネオ・ハードボイルドっぽい感じか。
そんななかクライマックスだけはかなりのページを割いて、久々にボッシュの活劇が楽しめる。ここで一気にフラストレーションを解消させたいところだが、これはこれでボッシュが強引すぎたり、唐突に“助っ人”が登場したり、やや無茶な展開ではある。
この“助っ人”の扱いをもっと掘り下げておけば、より可能性を感じる作品になった気もするのだが。
ただ、それらがすべてマイナス要素というわけではなく、普通に楽しめるレベルであることはいっておこう。他の作家が書いていれば、おそらくもっと褒めていたはず。
しかしながらシリーズを通してボッシュの変遷を追っている読者としては、これぐらいでは大満足とは言い難いのである。前作『転落の街』がなかなかの出来だっただけに、余計その思いが強くなった次第。
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マイクル・コナリー『ブラックボックス(上)』(講談社文庫)
マイクル・コナリーの『ブラックボックス』をとりあえず上巻まで。
ロス市警の未解決事件班で任務にあたるハリー・ボッシュの次なる事件は、二十年前に発生したロサンジェルス暴動の最中に起こった殺人事件だった。1992年。暴動によって荒れ狂うロスで、一人の外国人女性ジャーナリストが殺害される。取材中での強盗被害かと思われたが、暴動騒ぎのなかで十分な捜査は不可能。ボッシュも別の事件へと外されてしまう。
それから二十年。ロス暴動20周年ということもあり、当時の未解決事件を集中して捜査することになったボッシュは再び外国人女性ジャーナリスト殺害事件を追うことになる。だが、またしてもボッシュの前に市警上層部の政治的圧力が……。
タイトルになっている「ブラックボックス」とは、事件の解決につながる鍵のことをいい、すべての事件にはブラックボックスがあるという。ボッシュはそのブラックボックスの存在を信じて捜査を続ける。
政治的圧力や娘さんとの交流などといった味付けはいつもどおりながら、リーダビリティは相変わらず高い。若干、おとなしめの展開が少々気になるところだが……さて、下巻ではどの程度、物語が広がるか。
詳しい感想は下巻読了時に。
ロス市警の未解決事件班で任務にあたるハリー・ボッシュの次なる事件は、二十年前に発生したロサンジェルス暴動の最中に起こった殺人事件だった。1992年。暴動によって荒れ狂うロスで、一人の外国人女性ジャーナリストが殺害される。取材中での強盗被害かと思われたが、暴動騒ぎのなかで十分な捜査は不可能。ボッシュも別の事件へと外されてしまう。
それから二十年。ロス暴動20周年ということもあり、当時の未解決事件を集中して捜査することになったボッシュは再び外国人女性ジャーナリスト殺害事件を追うことになる。だが、またしてもボッシュの前に市警上層部の政治的圧力が……。
タイトルになっている「ブラックボックス」とは、事件の解決につながる鍵のことをいい、すべての事件にはブラックボックスがあるという。ボッシュはそのブラックボックスの存在を信じて捜査を続ける。
政治的圧力や娘さんとの交流などといった味付けはいつもどおりながら、リーダビリティは相変わらず高い。若干、おとなしめの展開が少々気になるところだが……さて、下巻ではどの程度、物語が広がるか。
詳しい感想は下巻読了時に。
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坪田宏『坪田宏探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
本日は論創ミステリ叢書から『坪田宏探偵小説選』。
坪田宏は1949年に探偵小説誌「宝石」でデビューした作家である。解説によると、戦後の引き上げ時から広島に在住し、本業のかたわら、若い頃から興味のあった小説の創作も続けていたらしい。そういった条件の割には執筆ペースはなかなかのもので、デビュー二年目にして短編六作を発表しており、創作にかける著者の意気込みがうかがえる。
だが好事魔多し。1953年には長男を亡くし、翌54年には胃潰瘍から癌を発症して、なんと四十六歳という若さで早逝した。
本書はそんな坪田宏の業績をまとめたものだが、中篇が意外に多いことから、いつものように一冊or二冊でほぼ全集とはいかなかったようで、シリーズ探偵の古田三吉ものをすべて収録した選集となっている。
収録作は以下のとおり。
「茶色の上着」
「歯」
「二つの遺書」
「非常線の女」
「義手の指紋」
「宝くじ殺人事件」
「下り終電車」
「勲章」
「俺は生きている」
「引揚船」
「緑のペンキ罐」
「宝石の中の殺人」
管理人はこれまで坪田作品をアンソロジーで二、三作ぐらいしか読んだことはなく、普通に本格系の作家とイメージしていたのだが、今回初めてまとめて読んだことで、プラスアルファの部分が見えてきたことは面白かった。
基本は確かに本格探偵小説である。トリックや謎解きをきちんと物語の中心に据えていることは確かなのだが、その部分だけに注目していると、「まあ書かれた時代を考えるとこんなものか」という評価にしかならないだろう。正直、トリックなどはそこまで驚くようなものはない。
だが、それでは坪田宏の作風を完全に言い表せたことにはならない。面白いのはそういったトリックなどを踏まえたうえで、物語の構造に仕掛けがあったり、テーマの追求など作品全体へのアプローチがあるところか。
たとえば「茶色の上着」などはトリックそものよりも、そのトリックの扱い方に趣がある。「二つの遺書」や「義手の指紋」にしても、実はトリックよりもプロットに面白みがあり、「勲章」は設定と登場人物の味わいで読ませるといった按配。
そういった作品ごとの工夫が、犯罪が行われた背景や作品のテーマを鮮明に浮かび上がらせ、ただの本格とは一味違った読後感をもたらす。そういう意味ではなんとなく先日読み終えた笹沢左保とも少し似ているのかもしれない。
できれば収録されなかった中篇を『坪田宏探偵小説選II』としてまとめ、二冊で坪田宏全集としてほしいものだ。
坪田宏は1949年に探偵小説誌「宝石」でデビューした作家である。解説によると、戦後の引き上げ時から広島に在住し、本業のかたわら、若い頃から興味のあった小説の創作も続けていたらしい。そういった条件の割には執筆ペースはなかなかのもので、デビュー二年目にして短編六作を発表しており、創作にかける著者の意気込みがうかがえる。
だが好事魔多し。1953年には長男を亡くし、翌54年には胃潰瘍から癌を発症して、なんと四十六歳という若さで早逝した。
本書はそんな坪田宏の業績をまとめたものだが、中篇が意外に多いことから、いつものように一冊or二冊でほぼ全集とはいかなかったようで、シリーズ探偵の古田三吉ものをすべて収録した選集となっている。
収録作は以下のとおり。
「茶色の上着」
「歯」
「二つの遺書」
「非常線の女」
「義手の指紋」
「宝くじ殺人事件」
「下り終電車」
「勲章」
「俺は生きている」
「引揚船」
「緑のペンキ罐」
「宝石の中の殺人」
管理人はこれまで坪田作品をアンソロジーで二、三作ぐらいしか読んだことはなく、普通に本格系の作家とイメージしていたのだが、今回初めてまとめて読んだことで、プラスアルファの部分が見えてきたことは面白かった。
基本は確かに本格探偵小説である。トリックや謎解きをきちんと物語の中心に据えていることは確かなのだが、その部分だけに注目していると、「まあ書かれた時代を考えるとこんなものか」という評価にしかならないだろう。正直、トリックなどはそこまで驚くようなものはない。
だが、それでは坪田宏の作風を完全に言い表せたことにはならない。面白いのはそういったトリックなどを踏まえたうえで、物語の構造に仕掛けがあったり、テーマの追求など作品全体へのアプローチがあるところか。
たとえば「茶色の上着」などはトリックそものよりも、そのトリックの扱い方に趣がある。「二つの遺書」や「義手の指紋」にしても、実はトリックよりもプロットに面白みがあり、「勲章」は設定と登場人物の味わいで読ませるといった按配。
そういった作品ごとの工夫が、犯罪が行われた背景や作品のテーマを鮮明に浮かび上がらせ、ただの本格とは一味違った読後感をもたらす。そういう意味ではなんとなく先日読み終えた笹沢左保とも少し似ているのかもしれない。
できれば収録されなかった中篇を『坪田宏探偵小説選II』としてまとめ、二冊で坪田宏全集としてほしいものだ。
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笹沢左保『招かれざる客』(光文社文庫)
若いときから海外ミステリ中心に読んできた管理人なので、国内作家は一部の作家をのぞくとあまり縁がなかったのだが、ここ数年で1960~1980年あたりに活躍した作家を意識的に読んでいる。もとから読みたい作家はごろごろいたので、そのうちにという気持ちはあったのだが、やはり『本格ミステリ・フラッシュバック』はいいきっかけになっている。
で、本日はそんな作家のなかからもう一人、開拓してみた。笹沢左保である。
笹沢左保といえば「木枯らし紋次郎」の作者というのがもっとも通りがいいだろうが、もともとは乱歩賞を契機にブレイクした作家であり(受賞はできなかったが)、本格からサスペンスまで幅広い作品を残している。
とはいえ時代物やサスペンスのイメージが強いこと、多作家であることなどから、ついついこれまで敬遠してきたのだが、実はミステリに関してはいろいろなチャレンジをしているのはマニアには知られているところ。そろそろ自分の中で読みごろの感じも熟してきたので手に取った次第である。
ということで本日の読了本は笹沢左保の『招かれざる客』。まずはストーリー。
商産省の所有する土地の利用法をめぐり、組合と省側が激しく対立していた。ところが組合の闘争計画が省側に筒抜けになっており、組合の幹部は国家公務員法に抵触したことで全員が処分を受けてしまう。
組合敗北の原因は内部にスパイがいたことだった。組合はまもなく組合員・鶴飼をスパイと特定し、その背後関係を明らかにしようとしたのもつかの間、鶴飼は商産省の階段で殺害されてしまう。さらにはその組合員の愛人であり、スパイ活動に手を貸していた女性・細川も命を狙われるが、彼女と同居していた無関係の女性が誤認されて殺されるという事件まで起こる。
警察はスパイを働いた男に激しい恨みを抱く組合員・亀田を容疑者とにらんだが、その亀田は事故で死亡し、事件は落着したかに見えた……。
組合と役所の対立という社会派的な設定、前半の記事や報告資料というスタイルの記述のため、正直、最初はなかなか乗れなかった。もちろん、これはこれで作者の狙いだとは思うが、むしろ導入としては面白みに欠けてしまい企画倒れの感が強い。
ところが、そこを抜けると話は違ってくる。スタイルも主人公・倉田警部補の一人称となり、ストーリーの様相も社会派から一気に本格寄りにシフト。しかも、その中身が暗号あり、密室あり、アリバイ崩しありとギミックてんこ盛りである。そのひとつひとつの疑問を少しずつコツコツと明らかにしていく様はクロフツを彷彿とさせる。
しかし、本書が素晴らしい本当の理由は、そういったトリックを踏まえて明らかになる事件の様相だろう。
確かに密室やアリバイなどのトリックのひとつひとつも悪くないのだけれど(とはいえ時代ゆえのトリックの古さはあるけれど)、事件の様相が明らかになることで、本作のテーマがくっきりと浮かび上がり、静かな感動を与えてくれるのだ。
惜しむらくは先に書いたように、序盤の記述スタイル。また、主人公の倉田警部補が本当にたった一人で解決までもっていくため、物語としてはやや面白みに欠けるところだろう。倉田警部補自身のドラマも多少は描かれるのだが、ここも少々とってつけたような感じで物足りない。これが処女長編だけに、ストーリー作りはまだ成長途上だったのかもしれない。
プロットは文句ないけれど、魅力的なストーリーに消化するところでもたついた印象である。
ともあれトータルでは十分満足できるレベル。このほかにも意欲的な作品がまだまだ残っているので、当分は楽しめそうである。
で、本日はそんな作家のなかからもう一人、開拓してみた。笹沢左保である。
笹沢左保といえば「木枯らし紋次郎」の作者というのがもっとも通りがいいだろうが、もともとは乱歩賞を契機にブレイクした作家であり(受賞はできなかったが)、本格からサスペンスまで幅広い作品を残している。
とはいえ時代物やサスペンスのイメージが強いこと、多作家であることなどから、ついついこれまで敬遠してきたのだが、実はミステリに関してはいろいろなチャレンジをしているのはマニアには知られているところ。そろそろ自分の中で読みごろの感じも熟してきたので手に取った次第である。
ということで本日の読了本は笹沢左保の『招かれざる客』。まずはストーリー。
商産省の所有する土地の利用法をめぐり、組合と省側が激しく対立していた。ところが組合の闘争計画が省側に筒抜けになっており、組合の幹部は国家公務員法に抵触したことで全員が処分を受けてしまう。
組合敗北の原因は内部にスパイがいたことだった。組合はまもなく組合員・鶴飼をスパイと特定し、その背後関係を明らかにしようとしたのもつかの間、鶴飼は商産省の階段で殺害されてしまう。さらにはその組合員の愛人であり、スパイ活動に手を貸していた女性・細川も命を狙われるが、彼女と同居していた無関係の女性が誤認されて殺されるという事件まで起こる。
警察はスパイを働いた男に激しい恨みを抱く組合員・亀田を容疑者とにらんだが、その亀田は事故で死亡し、事件は落着したかに見えた……。
組合と役所の対立という社会派的な設定、前半の記事や報告資料というスタイルの記述のため、正直、最初はなかなか乗れなかった。もちろん、これはこれで作者の狙いだとは思うが、むしろ導入としては面白みに欠けてしまい企画倒れの感が強い。
ところが、そこを抜けると話は違ってくる。スタイルも主人公・倉田警部補の一人称となり、ストーリーの様相も社会派から一気に本格寄りにシフト。しかも、その中身が暗号あり、密室あり、アリバイ崩しありとギミックてんこ盛りである。そのひとつひとつの疑問を少しずつコツコツと明らかにしていく様はクロフツを彷彿とさせる。
しかし、本書が素晴らしい本当の理由は、そういったトリックを踏まえて明らかになる事件の様相だろう。
確かに密室やアリバイなどのトリックのひとつひとつも悪くないのだけれど(とはいえ時代ゆえのトリックの古さはあるけれど)、事件の様相が明らかになることで、本作のテーマがくっきりと浮かび上がり、静かな感動を与えてくれるのだ。
惜しむらくは先に書いたように、序盤の記述スタイル。また、主人公の倉田警部補が本当にたった一人で解決までもっていくため、物語としてはやや面白みに欠けるところだろう。倉田警部補自身のドラマも多少は描かれるのだが、ここも少々とってつけたような感じで物足りない。これが処女長編だけに、ストーリー作りはまだ成長途上だったのかもしれない。
プロットは文句ないけれど、魅力的なストーリーに消化するところでもたついた印象である。
ともあれトータルでは十分満足できるレベル。このほかにも意欲的な作品がまだまだ残っているので、当分は楽しめそうである。
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橘外男『私は前科者である』(新潮社)
本日の読了本は橘外男の自叙伝『私は前科者である』。
橘外男といえば文壇から距離をおいた無頼派の作家というイメージ。その経歴も無頼派にふさわしく、若い頃から荒れた生活を送って旧制中学を退学になったり、父親から勘当されたり、挙げ句の果てには横領で実刑判決をくい、服役経験まである。
その後も前科者の烙印を押されたことで底辺の生活を送っていたが、妹の死をきっかけにもともと興味のあった小説を書き始め、やがて自らの経験を活かした『酒場ルーレット紛擾記(バー ルーレット トラブル)』が実話小説の懸賞に入選。ついには『ナリン殿下への回想』で、直木賞を受賞するに至る。
戦時中には満州に移住したりもしたが、その経験も戦後の執筆活動に活かされ、その作品はSFや幻想小説にまで及び、非常にバラエティに富んでいたが、橘外男は常に自らの作品を実話小説と呼んでいたという。
さて、本書は自叙伝ではあるが、書かれている時期はかなり限られている。
具体的には刑務所から釈放された直後からほんの数年間のこと。すなわち出所できたはいいが前科者という立場では思うように勤めがみつからず、徐々に社会の底辺に落ちていく時期。どん底を経験したのち、あることをきっかけに再びまともな職につき、これが思いがけない出会いを生んで、ようやく仕事の運が向き初めてくるという希望の知らせで幕を閉じる。
したがって本書内では創作や小説についての記述はほとんどない。まだ創作に手を染めてない時期の話であり、それがなんとも期待外れでもあり残念でもある。まあ、そもそも本書は前科者に対するエールの書なので、それも致し方あるまい。
当時は今と違って前科持ちに対して非常に厳しい時代だった。とりわけ橘外男は家族からも見捨てられた立場で、就職に保証人が必須であることから、普通の勤めはほぼ選ぶことができない。それでも時代ゆえのゆるさもあって履歴書や保証人を偽ることもできるのだが、それもばれると最悪である。
橘外男はそういう負のサイクルにどっぷりはまって転落の一途を辿るのだが、それを救ってくれたのはやはり人の縁や恩である。彼はその体験をもとに、前科者に対して決してあきらめるな、自棄になるなと応援してくれる。そういう本なのである。
ただ、確かに探偵小説的な興味はほとんど満たされないけれど、書かれている内容は単純に驚くばかりである。当時の底辺社会を描いた小説や映画で多少は知識があるけれど、やはり実体験だけに描写が細かい。まあ、そうはいってもなんでも実話小説と謳っていた橘外男の自伝なので、もしかしたらかなり話を盛っている可能性はあるけれど(苦笑)。
橘外男はもともと厳格な軍人の家庭に生まれた。そのしつけの厳しさに対する反発、あるいはいいところの生まれという甘え、その両方がないまぜになって道を踏み外したと思われる。だから橘外男の心情や立ち直るまでの道筋には、必ずしも全面的に共感できるわけではないのだが、だからこそ興味深く読めるところはある。
橘外男の熱烈なファンなら、といったところか。
なお、管理人は古本の新潮社版で読んだが、調べてみると現在はインパクト出版会版が現役の模様。ううむ、ミステリとはまったく縁のない出版社なので完全ノーマーク。復刊されていたことも知らなかったぞ。
橘外男といえば文壇から距離をおいた無頼派の作家というイメージ。その経歴も無頼派にふさわしく、若い頃から荒れた生活を送って旧制中学を退学になったり、父親から勘当されたり、挙げ句の果てには横領で実刑判決をくい、服役経験まである。
その後も前科者の烙印を押されたことで底辺の生活を送っていたが、妹の死をきっかけにもともと興味のあった小説を書き始め、やがて自らの経験を活かした『酒場ルーレット紛擾記(バー ルーレット トラブル)』が実話小説の懸賞に入選。ついには『ナリン殿下への回想』で、直木賞を受賞するに至る。
戦時中には満州に移住したりもしたが、その経験も戦後の執筆活動に活かされ、その作品はSFや幻想小説にまで及び、非常にバラエティに富んでいたが、橘外男は常に自らの作品を実話小説と呼んでいたという。
さて、本書は自叙伝ではあるが、書かれている時期はかなり限られている。
具体的には刑務所から釈放された直後からほんの数年間のこと。すなわち出所できたはいいが前科者という立場では思うように勤めがみつからず、徐々に社会の底辺に落ちていく時期。どん底を経験したのち、あることをきっかけに再びまともな職につき、これが思いがけない出会いを生んで、ようやく仕事の運が向き初めてくるという希望の知らせで幕を閉じる。
したがって本書内では創作や小説についての記述はほとんどない。まだ創作に手を染めてない時期の話であり、それがなんとも期待外れでもあり残念でもある。まあ、そもそも本書は前科者に対するエールの書なので、それも致し方あるまい。
当時は今と違って前科持ちに対して非常に厳しい時代だった。とりわけ橘外男は家族からも見捨てられた立場で、就職に保証人が必須であることから、普通の勤めはほぼ選ぶことができない。それでも時代ゆえのゆるさもあって履歴書や保証人を偽ることもできるのだが、それもばれると最悪である。
橘外男はそういう負のサイクルにどっぷりはまって転落の一途を辿るのだが、それを救ってくれたのはやはり人の縁や恩である。彼はその体験をもとに、前科者に対して決してあきらめるな、自棄になるなと応援してくれる。そういう本なのである。
ただ、確かに探偵小説的な興味はほとんど満たされないけれど、書かれている内容は単純に驚くばかりである。当時の底辺社会を描いた小説や映画で多少は知識があるけれど、やはり実体験だけに描写が細かい。まあ、そうはいってもなんでも実話小説と謳っていた橘外男の自伝なので、もしかしたらかなり話を盛っている可能性はあるけれど(苦笑)。
橘外男はもともと厳格な軍人の家庭に生まれた。そのしつけの厳しさに対する反発、あるいはいいところの生まれという甘え、その両方がないまぜになって道を踏み外したと思われる。だから橘外男の心情や立ち直るまでの道筋には、必ずしも全面的に共感できるわけではないのだが、だからこそ興味深く読めるところはある。
橘外男の熱烈なファンなら、といったところか。
なお、管理人は古本の新潮社版で読んだが、調べてみると現在はインパクト出版会版が現役の模様。ううむ、ミステリとはまったく縁のない出版社なので完全ノーマーク。復刊されていたことも知らなかったぞ。
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ケン・リュウ『母の記憶に』(新ハヤカワSFシリーズ)
『紙の動物園』でSFファンはもちろん、普段はSFを読まない層にまで広くその名を知られるようになったケン・リュウ。本日の読了本は彼の第二短編集『母の記憶に』。
読む前から十分期待はしていたのだけれど、気になったのは『紙の動物園』にしても本書にしても、日本で編まれたオリジナルの短編集だということ。つまり『紙の動物園』に傑作をぶちこみすぎて、本書ではもういい作品はそれほど残っていないのではないかという懸念である。
しかし、そんな心配はまったくの杞憂であった。本書は『紙の動物園』に勝るとも劣らない、いや、それ以上の傑作短編集である。
The Ussuri Bear「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」
Knotting Grass, Holding Ring「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」
You’ll Always Have the Burden with You「重荷は常に汝とともに」
Memories of My Mther「母の記憶に」
Presence「存在(プレゼンス)」
Simulacrum「シミュラクラ」
The Regular「レギュラー」
In the Loop「ループのなかで」
State Change「状態変化」
The Perfect Match「パーフェクト・マッチ」
Cassaandra「カサンドラ」
Staying Behind「残されし者」
An Advanced Readers’ Picture Book of Comparative Cognition「上級読者のための比較認知科学絵本」
The Litigation Master and the Monkey King「訴訟師と猿の王」
All the Flavors「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」
The Long Haul: From the ANNALS OF TRANSPORTATION, The Pacific Monthly, May 2009「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」
いやあ、すごいわ、これ。
なんというか、『紙の動物園』を読んだときには、東洋思想と西洋科学の絶妙な融合とか、ノスタルジックな面やウェットな面が非常に心地よかったのだが、本書では中国伝奇風やハードボイルド風など、よりバラエティに富み、さらにエンタメ度が高くなったイメージ。
とにかく読む作品、読む作品がことごとく面白い。長編でも十分にいけるネタを惜しげもなく短編や中編で仕上げるなど贅沢の極み。まさに奇跡のような作品集である。
どの作品も本当に面白いのだが、その中でも気に入った作品をあげると、まずはスチームパンク炸裂の「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」。僅か二十三ページしかないのに、これでもかというギミックう詰め込んでおり、その方面のファンに堪えられない。
「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」は中国の寓話的な一編。主人公の緑鶸(みどりのまひわ)の生き方が鮮烈で、読む者の心を鷲掴みにする。
「母の記憶に」も圧倒的。これなんてたった五ページの掌篇なのに、ここまで家族と人生について考えさせられるとは。
SFハードボイルドといってよい「レギュラー」は個人的なイチ押し。ミステリとしても十分満足できるレベルで、下手なハードボイルド作家は裸足で逃げ出すはず。『ブレードランナー』あたりが好きな人はもう堪らんのではないか。長編でシリーズ化してほしいぐらいだ。
「パーフェクト・マッチ」は手垢のついたテーマのはずなのに、それでも引き込まれる。人間と人工知能の知恵比べにとどまらない皮肉なラストが効いている。
「カサンドラ」もすごく好み。世界のあらゆる事象にはさまざまな見方と考え方があるけれども、それを某ヒーローに対峙する女悪役から描いている。単なるパロディなんかではもちろんない。
「訴訟師と猿の王」は、清王朝時代の中国で、虐げられている庶民のためにかわって弁護を請け負う訴訟師が主人公。序盤はコンゲームっぽい面白さもあるが、主人公が心の中に(あるいは現実なのか)かう猿の王(おそらく孫悟空?)との会話が興味深い。そして物語の背景にあるのは清王朝の大虐殺なのだが、おそらくこれは天安門の比喩であり、もうとにかく濃度高すぎである。
三国志好きに見逃せないのが「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」。主人公の謎の中国人と、三国志の物語でも屈指の武将といわれる関羽のイメージを、巧みにだぶらせて描いている。アメリカ人が書いた関羽の話なんて初めて読んだわ。
とまあ、好みの作品を優先的に紹介してみたけれど、他の作品もハズレなし。これは間違いなくオススメです。
読む前から十分期待はしていたのだけれど、気になったのは『紙の動物園』にしても本書にしても、日本で編まれたオリジナルの短編集だということ。つまり『紙の動物園』に傑作をぶちこみすぎて、本書ではもういい作品はそれほど残っていないのではないかという懸念である。
しかし、そんな心配はまったくの杞憂であった。本書は『紙の動物園』に勝るとも劣らない、いや、それ以上の傑作短編集である。
The Ussuri Bear「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」
Knotting Grass, Holding Ring「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」
You’ll Always Have the Burden with You「重荷は常に汝とともに」
Memories of My Mther「母の記憶に」
Presence「存在(プレゼンス)」
Simulacrum「シミュラクラ」
The Regular「レギュラー」
In the Loop「ループのなかで」
State Change「状態変化」
The Perfect Match「パーフェクト・マッチ」
Cassaandra「カサンドラ」
Staying Behind「残されし者」
An Advanced Readers’ Picture Book of Comparative Cognition「上級読者のための比較認知科学絵本」
The Litigation Master and the Monkey King「訴訟師と猿の王」
All the Flavors「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」
The Long Haul: From the ANNALS OF TRANSPORTATION, The Pacific Monthly, May 2009「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」
いやあ、すごいわ、これ。
なんというか、『紙の動物園』を読んだときには、東洋思想と西洋科学の絶妙な融合とか、ノスタルジックな面やウェットな面が非常に心地よかったのだが、本書では中国伝奇風やハードボイルド風など、よりバラエティに富み、さらにエンタメ度が高くなったイメージ。
とにかく読む作品、読む作品がことごとく面白い。長編でも十分にいけるネタを惜しげもなく短編や中編で仕上げるなど贅沢の極み。まさに奇跡のような作品集である。
どの作品も本当に面白いのだが、その中でも気に入った作品をあげると、まずはスチームパンク炸裂の「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」。僅か二十三ページしかないのに、これでもかというギミックう詰め込んでおり、その方面のファンに堪えられない。
「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」は中国の寓話的な一編。主人公の緑鶸(みどりのまひわ)の生き方が鮮烈で、読む者の心を鷲掴みにする。
「母の記憶に」も圧倒的。これなんてたった五ページの掌篇なのに、ここまで家族と人生について考えさせられるとは。
SFハードボイルドといってよい「レギュラー」は個人的なイチ押し。ミステリとしても十分満足できるレベルで、下手なハードボイルド作家は裸足で逃げ出すはず。『ブレードランナー』あたりが好きな人はもう堪らんのではないか。長編でシリーズ化してほしいぐらいだ。
「パーフェクト・マッチ」は手垢のついたテーマのはずなのに、それでも引き込まれる。人間と人工知能の知恵比べにとどまらない皮肉なラストが効いている。
「カサンドラ」もすごく好み。世界のあらゆる事象にはさまざまな見方と考え方があるけれども、それを某ヒーローに対峙する女悪役から描いている。単なるパロディなんかではもちろんない。
「訴訟師と猿の王」は、清王朝時代の中国で、虐げられている庶民のためにかわって弁護を請け負う訴訟師が主人公。序盤はコンゲームっぽい面白さもあるが、主人公が心の中に(あるいは現実なのか)かう猿の王(おそらく孫悟空?)との会話が興味深い。そして物語の背景にあるのは清王朝の大虐殺なのだが、おそらくこれは天安門の比喩であり、もうとにかく濃度高すぎである。
三国志好きに見逃せないのが「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」。主人公の謎の中国人と、三国志の物語でも屈指の武将といわれる関羽のイメージを、巧みにだぶらせて描いている。アメリカ人が書いた関羽の話なんて初めて読んだわ。
とまあ、好みの作品を優先的に紹介してみたけれど、他の作品もハズレなし。これは間違いなくオススメです。
プライベートでいろいろありすぎてバタバタの一週間。精神的にかなりきつくて読書もままならないが、なんとか一冊読んで感想を書いていると、その間は辛いことも忘れられる。読書にはいろんな効能があるけれど、心を穏やかにしてくれたり元気にしてくれるというのは最大の良さかもしれない。
本日の読了本はスチュアート・パーマーとクレイグ・ライスの合作短編集『被告人、ウィザーズ&マローン』。ライスのシリーズ探偵・弁護士ジョン・J・マローンとパーマーのシリーズ探偵・教師ヒルデガード・ウィザーズの共演作品でもある。
まずは収録作。
Once Upon a Train「今宵、夢の特急で」
Cherchez la Frame「罠を探せ」
Autopsy and Eva「エヴァと三人のならず者」
Rift in the Loot「薔薇の下に眠る」
People vs. Withers and Malone(Withers and Malone, Crime-Busters)「被告人、ウィザーズとマローン」
Withers and Malone, Brain-Stormers「ウィザーズとマローン、知恵を絞る」
本作の売りはもちろん二人の作家による名探偵の共演というところにあるのだが、マローンはともかく、わが国ではウィザーズの知名度が著しく低いのが残念といえば残念。スチュアート・パーマーのウィザーズものはわずかに新樹社の『ペンギンは知っていた』、原書房の『五枚目のエース』がある程度で、正直こちらが作風やレベル感をはっきりつかんでいない状況である。そんな状態で本作を読んでも、合作の具合がいったいどの程度のものなのか、両探偵の魅力がかみあっているのか、判断しにくいのである。
もちろん、そんなことを気にせず、ミステリとしての出来だけで判断しても良いのだが、それでは本作の楽しみをかなりの部分放棄してる感じもして、なんだかすごく損をしている気分である(笑)。
ただ、マローンものとしては普通に楽しめたし、ウィザーズについての理解が少なくてもマローンとウィザーズの掛け合い自体は面白く読めた。
この手の作品では往々にして共演のみが読みどころとなり、ミステリとしての出来はいまひとつのものも多いが、本作では「被告人、ウィザーズとマローン」のようなキレのある作品も含まれていてよろしい。ただ、「被告人、ウィザーズとマローン」は合作といいながら、ほぼパーマーの筆によるものらしいけれど(苦笑)。
まあ、傑作とまではいかないが、クレイグ・ライスのファンには嬉しいボーナス的一冊といえるだろう。
本日の読了本はスチュアート・パーマーとクレイグ・ライスの合作短編集『被告人、ウィザーズ&マローン』。ライスのシリーズ探偵・弁護士ジョン・J・マローンとパーマーのシリーズ探偵・教師ヒルデガード・ウィザーズの共演作品でもある。
まずは収録作。
Once Upon a Train「今宵、夢の特急で」
Cherchez la Frame「罠を探せ」
Autopsy and Eva「エヴァと三人のならず者」
Rift in the Loot「薔薇の下に眠る」
People vs. Withers and Malone(Withers and Malone, Crime-Busters)「被告人、ウィザーズとマローン」
Withers and Malone, Brain-Stormers「ウィザーズとマローン、知恵を絞る」
本作の売りはもちろん二人の作家による名探偵の共演というところにあるのだが、マローンはともかく、わが国ではウィザーズの知名度が著しく低いのが残念といえば残念。スチュアート・パーマーのウィザーズものはわずかに新樹社の『ペンギンは知っていた』、原書房の『五枚目のエース』がある程度で、正直こちらが作風やレベル感をはっきりつかんでいない状況である。そんな状態で本作を読んでも、合作の具合がいったいどの程度のものなのか、両探偵の魅力がかみあっているのか、判断しにくいのである。
もちろん、そんなことを気にせず、ミステリとしての出来だけで判断しても良いのだが、それでは本作の楽しみをかなりの部分放棄してる感じもして、なんだかすごく損をしている気分である(笑)。
ただ、マローンものとしては普通に楽しめたし、ウィザーズについての理解が少なくてもマローンとウィザーズの掛け合い自体は面白く読めた。
この手の作品では往々にして共演のみが読みどころとなり、ミステリとしての出来はいまひとつのものも多いが、本作では「被告人、ウィザーズとマローン」のようなキレのある作品も含まれていてよろしい。ただ、「被告人、ウィザーズとマローン」は合作といいながら、ほぼパーマーの筆によるものらしいけれど(苦笑)。
まあ、傑作とまではいかないが、クレイグ・ライスのファンには嬉しいボーナス的一冊といえるだろう。
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小泉喜美子『痛みかたみ妬み』(中公文庫)
小泉喜美子の短編集『痛みかたみ妬み』を読む。古書にあらず、なんと新刊。最近、小泉喜美子も『血の季節』やら『殺人はお好き?』やら、いろいろと復刊が続いてめでたいことである。
さて、本書はかつて双葉社から刊行された短編集『痛みかたみ妬み』の増補版である。追加で加えられたのは、学生向け雑誌に発表された作品を中心に四作。うち二作は単行本未収録ということで、たんなる復刊にしないところはさすが日下氏。
ちなみに出版元はそれほどミステリのイメージがない中公文庫。これから本格的に参入するとちょっと面白そうだ。
「痛み」
「かたみ」
「妬み」
「セラフィーヌの場合は」
「切り裂きジャックがやって来る」
「影とのあいびき」
「またたかない星」
「兄は復讐する」
「オレンジ色のアリバイ」
「ヘア・スタイル殺人事件」
収録作は以上。
小泉喜美子は翻訳ミステリー風の都会派サスペンスや幻想的な作風で知られ、雰囲気作りが上手い作家だ。オチを効かせた作品も多く、そういった要素がきれいに融合すると『弁護側の証人』や『血の季節』みたいな傑作が生まれるのだろう。
ただ、正直そこまでアベレージの高い作家というわけではない。出版芸術社の『太陽ぎらい』みたいな傑作選はともかく、本書にかぎらず短編では作品ごとの出来不出来の差はけっこう感じられる。
まあ、これはオチがきれいに決まるかどうかにかかっているところが大きいので、翻訳ミステリー風味というか、独特のサラッとした語り口や雰囲気を楽しむということであれば、どの作品もそれなりに楽しめるはずだ。
ちょっと気になったのは、本書の帯に書かれている「イヤミスの元祖」云々。これはちょっと違うのではないか。
本来イヤミスになるようなネタでも、上にも書いたように著者ならではのサラッとした語り口で仕上げることによって、その読後感は意外にえぐみが少なく、むしろ小粋だったり、ときには甘く感じることさえある。たんに「イヤミス」として括るのはいかがなものだろう。
以下、印象に残った作品など。まずはタイトルの元にもなっている「痛み」「かたみ」「妬み」がよろしい。三編に共通するのは主人公の女性の心の内が、物語とリンクしてたっぷりと描かれていることである。それは主人公の二面性だったり、現実と理想の乖離だったり、錯誤と現実だったりして、じわじわと迫る悲劇を予感させてよいのだ。
「痛み」は感化院に収容されている少女同士の愛憎のもつれがベース。捻れたドラマも読みごたえがあるが、その先にある痛みが哀しみを誘う。
「かたみ」は着地が見えにくい話で、本格っぽいのかと思っていると、予想外の皮肉なラストが待っている。
「妬み」はタイトルどおり女性の“妬み”を描いた佳作。こういうのは男性作家にはなかなか書けないだろうなぁ。
そのほかでは著者が詳しいという歌舞伎をネタにした「セラフィーヌの場合は」が、女形の妖しい魅力に迫って興味深い。また、昭和四十年ごろの安手の映画みたいな「兄は復讐する」も、独特のチープ感を醸し出していてけっこう好みだ。
さて、本書はかつて双葉社から刊行された短編集『痛みかたみ妬み』の増補版である。追加で加えられたのは、学生向け雑誌に発表された作品を中心に四作。うち二作は単行本未収録ということで、たんなる復刊にしないところはさすが日下氏。
ちなみに出版元はそれほどミステリのイメージがない中公文庫。これから本格的に参入するとちょっと面白そうだ。
「痛み」
「かたみ」
「妬み」
「セラフィーヌの場合は」
「切り裂きジャックがやって来る」
「影とのあいびき」
「またたかない星」
「兄は復讐する」
「オレンジ色のアリバイ」
「ヘア・スタイル殺人事件」
収録作は以上。
小泉喜美子は翻訳ミステリー風の都会派サスペンスや幻想的な作風で知られ、雰囲気作りが上手い作家だ。オチを効かせた作品も多く、そういった要素がきれいに融合すると『弁護側の証人』や『血の季節』みたいな傑作が生まれるのだろう。
ただ、正直そこまでアベレージの高い作家というわけではない。出版芸術社の『太陽ぎらい』みたいな傑作選はともかく、本書にかぎらず短編では作品ごとの出来不出来の差はけっこう感じられる。
まあ、これはオチがきれいに決まるかどうかにかかっているところが大きいので、翻訳ミステリー風味というか、独特のサラッとした語り口や雰囲気を楽しむということであれば、どの作品もそれなりに楽しめるはずだ。
ちょっと気になったのは、本書の帯に書かれている「イヤミスの元祖」云々。これはちょっと違うのではないか。
本来イヤミスになるようなネタでも、上にも書いたように著者ならではのサラッとした語り口で仕上げることによって、その読後感は意外にえぐみが少なく、むしろ小粋だったり、ときには甘く感じることさえある。たんに「イヤミス」として括るのはいかがなものだろう。
以下、印象に残った作品など。まずはタイトルの元にもなっている「痛み」「かたみ」「妬み」がよろしい。三編に共通するのは主人公の女性の心の内が、物語とリンクしてたっぷりと描かれていることである。それは主人公の二面性だったり、現実と理想の乖離だったり、錯誤と現実だったりして、じわじわと迫る悲劇を予感させてよいのだ。
「痛み」は感化院に収容されている少女同士の愛憎のもつれがベース。捻れたドラマも読みごたえがあるが、その先にある痛みが哀しみを誘う。
「かたみ」は着地が見えにくい話で、本格っぽいのかと思っていると、予想外の皮肉なラストが待っている。
「妬み」はタイトルどおり女性の“妬み”を描いた佳作。こういうのは男性作家にはなかなか書けないだろうなぁ。
そのほかでは著者が詳しいという歌舞伎をネタにした「セラフィーヌの場合は」が、女形の妖しい魅力に迫って興味深い。また、昭和四十年ごろの安手の映画みたいな「兄は復讐する」も、独特のチープ感を醸し出していてけっこう好みだ。