fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 06 2010

本田猪四郎『マタンゴ』

 本田猪四郎監督による『マタンゴ』(1963年公開)を観る。東宝特撮映画DVDの一本。
 この作品は東宝特撮映画のなかでも極めて特異なポジションにある。『電送人間』とか『ガス人間第一号』の流れを汲んだ変身人間系の作品ではあるのだが、そのテーマや内容の重さは単なるエンターテインメントの領域を超えており、観る人を実にいやーな気分にさせる見事な出来映えとなっている(もちろん褒めているんです)。

 主人公はヨット遊びが過ぎて、ある無人島に漂着した男女七人の若者たち。ヨットの修理を進めつつ、サバイバル生活に突入する七人だが、そこはキノコや苔、カビに覆われた不気味な島で、食べるものすら見つからない。唯一、発見した難破船からは食料が見つかったものの、せいぜいそれは一週間分であった。また、同じく見つかった航海日誌には、島のキノコに手を出すなという謎の警告文が。
 やがて七人は精神的にも苛まれ、食料と女性を奪い合うようになり、対立の度合いを深めてゆく。同時に彼らの周囲に出没する怪しい影、そして警告を無視し、遂に禁断のキノコに手を出す者が……。

 物語はシンプルだが、非常に密度の濃い作品である。
 怪物がいつ出るのいつ出るの、といった常套手段としてのホラーの部分も上手いけれど、真の狙いが極限状態での人間性を描くことにあるのは明らか。仕事での上下関係や遊びだけの関係に隠された人のつながり、さらには金銭や性にいたる欲望などなど、日常生活ではきれいに覆い隠されている部分が、サバイバルな状況で徐々に露呈してゆく。この描き方が絶妙。
 若者たちは極限状態だから壊れていったのか。あるいは人間とは元々こういうもので、それが極限状態で明らかになっただけなのか。高度経済成長にうかれる当時の日本への憂いも含め、本作はある意味、『ゴジラ』以上にメッセージ性が強い。
 極彩色のマタンゴの姿も、人間性を失ってゆく水野久美の派手な衣装も、これらはすべてラストシーンで窓から見える東京の派手なネオンへとリンクしている。こういうところも上手いよなぁ。

 人間ドラマを支える世界設定もいい。難破船が発見されて食料も残っているのに、なぜ死体が見当たらないかとか、船内の鏡が一切壊されているのはなぜかとか、そういうSForミステリ的くすぐりがあるから説得力も出るし、ストーリーを引っ張る力も増す。
 原案は幻想小説の大家W・H・ホジスン。それを初代「SFマガジン」編集長、福島正実が独自の小説に書き直したものが原作となっているので、そりゃ面白くなるはずだ。
 東宝特撮ものとしてはちょっと重いけれども、気になる人はぜひ。

 なお、当時はこれと加山雄三の『ハワイの若大将』が同時上映だったらしい。似たような設定を真逆にしたような組み合わせで、よく同時上映したもんだ。


早川書房編集部/編『51番目の密室』(ハヤカワミステリ)

 かつて早川書房の「世界ミステリ全集」に収録されたアンソロジー『37の短篇』。その中から現在では入手して読むことが難しいレアものばかりを集めた本が『天外消失』だったわけだが、本日の読了本『51番目の密室』は、その続刊にあたる。
 とはいえ、本作のレア度は『天外消失』に比べるとかなり落ちる。集める手間はそれなりにかかるだろうが、それでも新刊書店で探せる物もあるし、ネットの古書店を回ればほとんどが簡単に入手できるはずだ。

 ここからは想像だが、おそらく本書は『天外消失』の評判やセールス(もしくはその両方)がよかったための臨時企画。あとは巻末の<座談会>を収録しておきたかったのであろう。
 以前に、某書評家さんのブログで、この<座談会>の必要性を目にしたことがあるのだが、今回、現物を読んで納得。これは当時の短篇の状況を総括しつつ、『37の短篇』というアンソロジーの意義を語り、しかも優れた書評にもなっているという、実にためになる座談会なのである。「優れた短篇」というテーマにとどまらない、編者たちの「意志」をそこに読み取りたい。小鷹さん、いいなあ。

 51番目の密室

 言わずもがなのことだが、収録作のレベルはもちろん高い。内容も本格からサスペンス、おバカな作品も意外に多く、実にバラエティに富んでいて楽しめる。
 おすすめの筆頭はクリスチアナ・ブランドの「ジェミニイ・クリケット事件」。創元の『招かれざる客たちのビュッフェ』に収録されているもの(英版)とはラストが違っていて、個人的には本書に収録されている米版の方が好み。
 他には「51番目の密室」とか「魔の森の家」とかのホラ話系(笑)、「少年の意思」や「燈台」といったホラー、サスペンス系も読み応えアリ。ただ、全体的に既読率が高くなるのは、致し方ないところか。

 最後に収録作を。『37の短篇』から本書に収録されているのは12作。『天外消失』に収録されているのが14作だから、これで計26作がポケミス化されたことになる。ポケミスでも文庫でもいいけど、どうせここまでやるなら、最初から全部オリジナルのまま出せばよかったのに、なんて野暮なことはこの際言うまい(いや、言ってるじゃん)。

クレイグ・ライス「うぶな心が張り裂ける」
ヘレン・マクロイ「燕京綺譚」
カーター・ディクスン「魔の森の家」
ロイ・ヴィカーズ「百万に一つの偶然」
Q・パトリック「少年の意思」
ロバート・アーサー「51番目の密室」
E・A・ポー&ロバート・ブロック「燈台」
コーネル・ウールリッチ「一滴の血」
ロバート・L・フィッシュ「アスコット・タイ事件」
リース・デイヴィス「選ばれた者」
エドワード・D・ホック「長方形の部屋」
クリスチアナ・ブランド「ジェミニイ・クリケット事件」
<座談会>短篇の魅力について


『刑事コロンボ/ビデオテープの証言』

 救急車の件ではいろいろな方々からお見舞いをいただき恐縮です。若い頃に比べて体力的には楽になっているはずなのですが、精神的には疲れる仕事が増えていて、まあ、やはり原因はストレス、そして若い頃のツケが回ってきている感じもします。
 ブログの方は読書と同様いい息抜きになっているので、もちろん止めるつもりはありません。無理せず、適当にダラダラ続けていく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします。


 と世間様に対してけじめをつけたところで、本日はDVD『刑事コロンボ/ビデオテープの証言』の感想など。
 電子工業関係の会社社長ハロルドは、姑でもある会長マーガレットから翌朝に辞表を出せと言い渡される。ハロルドが趣味の電子機器開発に金をかけすぎ、会社の業績を悪化させているというのがその理由だ。焦るハロルドはその夜、マーガレットを銃で殺害し、警備用の監視カメラにビデオテープを流すことでアリバイ工作を企てたが……、というお話。

 今ではごくごく当たり前となった、当時(1975年)のハイテク技術がいろいろと登場する。犯人のアリバイ工作にも一役買う音声や光、温度で反応する監視カメラをはじめ、デジタル時計、音声認識の自動ドアなどなど。だが、そういうハイテクに頼ったトリックやネタは、どうしても時間によって風化しがちで、本作もその例に漏れない。
 そもそも仕掛けが機械トリックに頼ったアリバイ工作のみ、おまけにラストが結局ビデオテープの間違い探しなので、ストーリー的な膨らみや盛り上がりに欠けるのも残念だ。
 ハロルドがなぜその日に限って雑誌に行き先を書いたとか、犯人は庭から入ったはずなのになぜ土が室内に残っていないとか、犯人の妻が銃声を聞いたかどうかという証言の根拠など、コロンボのアプローチは非常に的確。ミステリとしてはそつなくまとまっているだけに、先に挙げた欠点がちょっともったいない印象である。


ローレンス・ブロック『やさしい小さな手』(ハヤカワ文庫)

 ハヤカワ文庫の「現代短編の名手たち」というシリーズがあるけれど、文庫化が混じっていたり、新味があまりなかったり、傾向が似すぎていたりもするので、なんだかんだとケチをつけられることもあるようだが、とりあえず作品レベルは異様に高いので、少なくとも読んで期待を裏切られることはまずない。

 本日の読了本、ローレンス・ブロックの『やさしい小さな手』も、それこそテッパン中のテッパンであろう。登場人物たちの織りなす一片の物語はどれも絶品で、ときにはトリッキーなオチに唸ったり、ときには味わい深い静かな感動があったり。いわゆる異色作家の面白さとは違い、ひねくれたようなところはないけれど、現代的なウィットとユーモアに満ちた楽しさがある。
 万人におすすめ……といいたいところなのだが、本短編集に限ってはけっこう下ネタが多いので、そういうのが苦手な人にはちょっとアレかも。いやむしろ望むところです、と仰る人には諸手を挙げてオススメする次第である。

 やさしい小さな手

Almost Perfect「ほぼパーフェクト」
Terrible Tommy Terhune「怒れるトミー・ターヒューン」
Hit the Ball, Drag Fred「ボールを打って、フレッドを引きずって」
Points「ポイント」
You Don’t Even Feel It「どうってことはない」
Three in the Side Pocket「三人まとめてサイドポケットに」
In for a Penny「やりかけたことは」
Speaking of Lust「情欲について話せば」
Sweet Little Hands「やさしい小さな手」
It Took You Long Enough「ノックしないで」
A Date with the Butcher「ブッチャーとのデート」
Let’s Get Lost「レッツ・ゲット・ロスト」
A Moment of Wrong Thinking「おかしな考えを抱くとき」
The Night and the Music「夜と音楽と」

 以上、収録作。
 もう少し個々の感想など書いておきたかったが、実は昨日、飲み過ぎ&ストレス&過労のためだろうが、救急車を呼ぶ羽目になってしまったため(運ばれるまでには至らなかったのでご安心を)、本日はこのくらいでご容赦。


星新一展/世田谷文学館

 遅ればせながら世田谷文学館へ「星新一展」を見にいく。会期は6月27日までだし、そろそろ観ておかねば、ということもあるのだが、この週末に限っての関連イベントとして、星新一原作の人形アニメ映画の上映会も行われていたことが大きい。

 星新一展図録など
 ほしづる
▲到着すると映画開始まで20分ほどだったので、展示は後回し。とりあえず図録を購入(上の写真、左からちらし、図録、入場券)し、少し悩んだが結局ほしづるストラップもゲット。


 映画は各15分程度の短いものだが、原作がショートショートなのでこれはむしろ当たり前か。お題は「花ともぐら」「ふしぎなくすり」「ようこそ宇宙人」「キツツキ計画」という四作品。子供向きに作られているとはいえ、毒気やペーソスもちょっぴり忍ばせた、質の高い作品ばかりであった。
 特に「キツツキ計画」はジャズをBGMに泥棒の計画をみせていくという演出がなかなかお洒落で、子供に見せるにはもったいない出来(笑)。

 で、映画を観たあとは、展示物をいろいろと見てまわる。普通の作家の展示と少し趣が異なるのは、やはり星製薬の御曹司という部分がかなり大きいことか。政治やビジネスで大きな足跡を残した父、星一の関連展示物や、新一が幼少の頃の展示物を見ていると、単純にお金持ちの家は違うなーというのもあるし、新一の創作に与えた影響もうかがい知れて面白い。この辺は事前に最相葉月の『星新一 一〇〇一話をつくった人』を読んでおけば、より吉であろう。
 一番驚いたのは、新一が残した創作メモというか下書きの類。単なるメモというよりは、第一稿ぐらいしっかりしたもので(ちょっと誇張入っているかもですが)、それが文庫本ぐらいの小さな紙に、ほんっっとおおに小さな小さな文字でびっしり書いてある。書いてあるわけ。展示室にはご丁寧に虫眼鏡まで置いてあるぐらいなのだが、なんでまたあんなに極端に小さく書いたのかまったく意味がわからん。単なる気性?
 あと、印象に残ったものとしては、真鍋博画伯の原画の数々。ちょっとした個展レベルの品揃えで、これもまた楽しい驚きに満ちておりました。実際に彩色してある絵もあるけれど、すべて色指定で済ませているものも多く、色に対するイメージ力の強さに感動。

 文学系の展示会というと、原稿や遺品を飾ってハイおしまい、というのが多いけれど、今回は非常に楽しい演出も多く、イベントも盛りだくさん。実に充実した展示会だった。
 ちなみに世田谷文学館は、ある理由から駐車場もお気に入り。平日の昼間なら空いているだろうし、車で行ってみるのもおすすめかと。

J・B・プリーストリー『夜の来訪者』(岩波文庫)

 先日の人間ドックでコレステロールの数値があまり良くなかったため(といってもここ数年ずっとなんだけど)、ついにジョギングを始めることにする。とりあえず一日3kmぐらいのペースでスタート。あまり続く自信はないのだけれど、ここで宣言しておけば少しは続くかな(苦笑)。


 J・B・プリーストリーの『夜の来訪者』を読む。
 プリーストリーはイギリスの劇作家で、本作も戯曲。本国はもとより日本でも度々上演されるぐらい有名な作品である。ベースは社会派のドラマであり、左翼的思想が色濃く出てはいる。しかしながら、それを表現するために彼がとったのは非常にミステリ的な手法であり、味つけだった。

 舞台は裕福な実業家の屋敷。経営者とその妻、娘、息子、そして娘の婚約者が揃って食事をとっている。今夜は娘の婚約を祝う場であったが、そこへ警部を名乗る男が訪ねてきた。彼は今夜、一人の貧しい娘が自殺したことを告げ、そして家族の一人一人が、その死に深く関わっていたことを暴いてゆく……。

 夜の来訪者

 おお、予想以上にいいな、これ。
 そこらのミステリ以上にミステリらしいとは聞いていたのだが、まさかここまでのものだとは。一家を訪ねてきたグール警部(これも意味深な名前)が家族を一人ずつ追い詰めていくシーンは、ドキドキ感と知的なカタルシスの両方を同時に充たしてくれる。
 著者としては、社会主義的な部分をこそ感じ取ってほしいのだろうが、これだけ面白いとかえってそれは難しかろう。むしろ人間の心の奥底に横たわる闇の部分、エゴといってもよいだろうが、その描き方が非常に興味深かった。警部が去った後で、逆に警部の追求を論破し、なかったことにしようとする家族たち。このシーンがあることで、本作はよりミステリ的になり、しかもドラマとしての深みが増してくる。何よりラストが活きる。
 警部の正体は果たして何であったのか……。オススメ。


本多猪四郎『妖星ゴラス』

 サッカーのワールドカップが始まって、またしばらくは読書の時間をとられそう。今回は日本代表が不振というか、要は弱いってことなんだが、そのせいもあって国内での盛り上がりはいまいちっぽい。でもたとえ日本が負けようとも、見どころはいろいろあるわけで、特に今回は南アフリカという開催国の問題抜きにしては語れない。それはスポーツとしての見どころではないでしょという意見はなしね。そんな純粋な形で運営されているスポーツなどないわけだから。
 そういう意味では、もう結果が出てしまっているけれど、序盤のアルゼンチンvsナイジェリアとかイングランドvsアメリカとか、こりゃあ必見です。


 ワールドカップも観たいけれど、黙々と進めなければならないのが、東宝特撮映画DVDコレクションの消化。本日は1962年公開の『妖星ゴラス』。
 ひと頃は、日本の特撮映画といえば怪獣ものというぐらい定着した時代もあったが、この時期の特撮映画は意外に幅が広い。特に東宝では、怪獣もの以外にも、宇宙を舞台にしたよりSF色の強いものから怪奇色の強いホラータイプのものまで、特撮の可能性をいろいろと試している感もある。
 本作『妖星ゴラス』も、『宇宙大戦争』の流れを継ぐSF色を前面に押し出した作品で、地球の6000倍の質量をもつという妖星ゴラスが、地球に衝突するという物語。人類は南極に多数の原子力ジェットを建設し、それを噴射させることで地球の軌道を変え、危機を回避しようとする。一応は怪獣も出るけれど、そちらはとりあえず入れておきましたぐらいの感じで、ファンサービスというか興行的な意味合いが強そう。

 ところで惑星衝突なんてテーマは『アルマゲドン』などの例を出すまでもなく、割と周期的に扱われるネタではある。本作の公開当時は宇宙ブームではあっただけに、よけい注目度は高かったと思うが、それをただお祭り的に作るのではなく、科学的な裏付けをいろいろと盛り込んで、大人向けの娯楽作品に仕立て上げているのがいい。
 例えば、作中で紹介される地球を動かすだけのエネルギーの計算などは、東大の天文学の教授に導き出してもらったものだそうだし、無重力空間の動きや星の接近による引力の影響など、さまざまな部分で裏を取っているのが好ましい(そのくせ変なところで科学考証を無視している部分も多いのだけれど)。
 また、科学的な部分だけでなく、政府予算の獲得や冷戦の影響、恋愛ドラマに至るまで盛り込みすぎじゃないかと思うぐらい、小テーマもふんだん。地球を動かすという馬鹿馬鹿しいテーマにどこまで説得力を持たせるか、そこがとにかく見どころだろう。

 見どころといえば特撮的な部分では、南極基地の建設シーンがファンなら必見。よく知られているシーンではあるが、数分ものシーンをほとんどミニチュアの特撮で見せる。今のCGと比べてちゃちいと言うのは簡単だが、いやあ職人芸の極みだよ、これは。

 ただ、上でも書いたが、本作にはマグマというトドっぽい怪獣が出現して南極基地を襲うのだが、これがきつい。非常にしっかりしたストーリーラインがあるのに、なぜとってつけたようなエピソードを?というわけで、当時もすこぶる不評だったという。
 おまけに科学考証という意味でもかなり杜撰。なんせVTOL機によるレーザー攻撃で撃退、しかもパイロット経験のない(おそらく)科学者たちが操縦して戦うというのだから、他のところでけっこう科学しているのに、これではすっかりぶち壊しである。
 ちなみに海外版では、このマグマに絡むシーンは削除されたという(泣)。


藤桂子『疑惑の墓標』(創元推理文庫)

 秘かなマイブームになっている藤雪夫&藤桂子から一冊読了。『獅子座』『黒水仙』に続く、菊地刑事が登場するシリーズ三作目『疑惑の墓標』である。ただし、本作からは藤桂子の単独作品となる。

 高見沢建設の社長夫人、妙子が失踪後、トランク詰めの遺体となって発見された。容疑者は愛人のカメラマン浅倉。逮捕は、マンション管理人の田辺が浅倉の不審な行動を警察に知らせたことがきっかけだったが、浅倉の人柄を知る田辺は浅倉に対して申し訳ない気持ちから、自ら真犯人の調査に乗り出す。
 一方、ある温泉地で不審な死を遂げた塾講師の坂口。新妻の陽子は夫を殺害した犯人を見つけ出すべく、彼女もまた自力で調査を開始していた。
 やがて二人のたぐるそれぞれの線は一本になり、そこには思いもかけない真実が浮かび上がるが……。

 疑惑の墓標

 作者曰く、クロフツの『製材所の秘密』を意識して書いたという作品。事件の内容というわけではなく、前半をアマチュア探偵のパート、後半をプロフェッショナル探偵つまり警察捜査のパートに大きく分けた二部構成という点がポイントである。とはいえ、本当に類似点はそれぐらいなので、あまりクロフツ云々は意識する必要もないだろう。
 厳密にいうと、アマチュア探偵は二人、主要な刑事も二人登場する。ただし、それ以外にもカギになる登場人物は多くて、しかもシーンに応じてそれぞれの視点で描かれるから、どうしても散漫な印象を受ける。群像劇っぽくは見えるけれど、本作の場合は盛り込みすぎて構成上のポイントを絞りきれなかったという方が正解だろう。
 しかしながらプロット自体は考えられていて、アマチュア探偵たちの捜査で、ある仮説が立てられる前半のクライマックスはなかなか読ませる。このまま後半も主人公を変えず、せめて警察の捜査と同時進行ぐらいにしたほうがむしろ良かったのではないか。いい感じの緊張感が後半に入ってぷつっと切れるのが実にもったいない。

 なお、ラストで明かされる真相は例によって強烈。前の二作同様、人間のドラマをしっかりと盛り込みたいという著者の気持ちは十分伝わってくる。単なるひまつぶしと思って本書を読んだ人は、ちょっとイヤーな感じになることは必至なのでお気をつけて。


マイクル・コナリー『エコー・パーク(下)』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『エコー・パーク』、本日読了。
 ロス市警で相棒のキズと共に未解決事件を担当するボッシュ。思い出した頃に彼が手にするファイルは、13年前に自らが担当したマリー・ゲスト殺害事件だった。ボッシュが狙いをつけた容疑者はいたものの立証は難しく、事件はまったくの膠着状態。
 そんなとき、思いもかけないところから、ボッシュは犯人逮捕の知らせを聞かされる。別件で捕まったウェイツという男がマリーも殺したと自供したというのだ。ウェイツは迷宮入りとなっている九件の殺人事件に関する情報と引き替えに司法取引を望んでいた。その自供を確かめるため、ボッシュたちはマリーの埋められた場所へ向かうが……。

 エコー・パーク(下)

 お見事。ここ数作に言えることだが完成度は相変わらず素晴らしい。
 以前にも書いたが、コナリーは『暗く聖なる夜』あたりからずいぶんテクニカルになり、きめ細やかな小説を書くようになってきた。本作でも単に昔の事件をほじくり返す物語だと思っていると、終盤の展開に背負い投げを喰らわされること必至。本格並に伏線を張り、恐ろしいほど隙のないプロットで固めている印象である。
 それでいて、ボッシュの私生活も非常に巧く本線に絡め、ボッシュという男の素顔をまたひとつ炙りだす。加えてラストにはちょっぴりほろ苦いエピソード、そしてしんみりくるエピソードも同時に沿えて、シリーズの興味も持続させるという、ほとんど離れ技に近いことをやってのけている。恐るべしコナリー。

 ちなみに、以前は『堕天使は地獄へ飛ぶ』あたりまでの荒ぶるボッシュの方が好みだったが、最近はこちらも憑きものがとれたのか、こういう浄化されつつあるボッシュもまたよし。ただし、それは初期の作品を読んでいるからこそ言えることで、「よし、そこまで言うなら読んでみるか」なんて思ってくれた人は、ぜひ第一作目『ナイトホークス』から読むのが吉である。


« »

06 2010
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー
'; lc_cat_mainLinkPart += lc_cat_groupCaption + ''; document.write('
' + lc_cat_mainLinkPart); document.write('
'); } else { document.write('') } var lc_cat_subArray = lc_cat_subCategoryList[lc_cat_mainCategoryName]; var lc_cat_subArrayLen = lc_cat_subArray.length; for (var lc_cat_subCount = 0; lc_cat_subCount < lc_cat_subArrayLen; lc_cat_subCount++) { var lc_cat_subArrayObj = lc_cat_subArray[lc_cat_subCount]; var lc_cat_href = lc_cat_subArrayObj.href; document.write('
'); if (lc_cat_mainCategoryName != '') { if (lc_cat_subCount == lc_cat_subArrayLen - 1) { document.write(' └ '); } else { document.write(' ├ '); } } var lc_cat_descriptionTitle = lc_cat_titleList[lc_cat_href]; if (lc_cat_descriptionTitle) { lc_cat_descriptionTitle = '\n' + lc_cat_descriptionTitle; } else if (lc_cat_titleList[lc_cat_subCount]) { lc_cat_descriptionTitle = '\n' + lc_cat_titleList[lc_cat_subCount]; } else { lc_cat_descriptionTitle = ''; } var lc_cat_spanPart = ''; var lc_cat_linkPart = ''; lc_cat_linkPart += lc_cat_subArrayObj.name + ' (' + lc_cat_subArrayObj.count + ')'; document.write(lc_cat_spanPart + lc_cat_linkPart + '
'); } lc_cat_prevMainCategory = lc_cat_mainCategoryName; } } //-->
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
月別アーカイブ