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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 03 2007

三橋一夫『腹話術師』(出版芸術社)

 三橋一夫の『腹話術師』を読む。
 かつて春陽文庫で刊行された「ふしぎなふしぎな物語」全四巻に十三篇を追加し、「三橋一夫ふしぎ小説集成」全三巻として再編集されたうちの第一巻目である。刊行されてからもう一年半ぐらい経っているので、そろそろ当時の感動も薄れてきているが、この本が出ると聞いたときはさすがに耳を疑ったものだ。なんせネットオークションに出ると文庫一冊に数千円の値がすぐについてしまうほどの人気作品である。それが作品数を増補して刊行されるというのだから、これを買わないで何を買うのか。
 一応、国書刊行会からも傑作選の『勇士カリガッチ博士』が出ており、これはこれでありがたかったが、いかんせん収録数が少ない。それどころか下手に『勇士カリガッチ博士』を読んでしまうと、他の作品も読みたくなることは請け合いで、そういうジレンマに多くのファンがもだえ苦しんでいたに違いない。それだけに「三橋一夫ふしぎ小説集成」全三巻の刊行のニュースは、日本の悩める探偵小説マニアを狂喜乱舞させたといっても過言ではない、いや過言か(笑)。
「腹話術師」
「猫柳の下にて」
「久遠寺の木像」
「トーガの星」
「勇士カリガッチ博士」
「白の昇天」
「脳味噌製造人」
「招く不思議な木」
「級友「でっぽ」」
「私と私」
「まぼろし部落」
「達磨あざ」
「ばおばぶの森の彼方」
「島底」「鏡の中の人生」
「駒形通り」
「親友トクロポント氏」
「死の一夜」
「歌奴」
「泥的」
「帰郷」
「人相観」
「戸田良彦」

 以上が収録作。テイストは「奇妙な味」というよりも幻想小説に近いが、怖い話もあればハートウォーミングな話もあるといった具合で、意外に内容はバラエティーに富んでいる。しかしどの作品にも三橋一夫的な味わいがあることは確かで、同じ幻想小説の書き手でも、城昌幸や日影丈吉とは趣もずいぶん違っており、ひとくくりに出来ない強いオリジナリティがうかがえる。また、作品毎にあまり出来不出来の差がないのも大きい。
 しかし悲しいかな、これだけの作品を残しながら、よほどの探偵小説マニアでもないかぎり三橋一夫の名は知られていないのが現実だ。もし機会があれば立ち読みでもいい。まずは一篇でも読んでみることをお勧めする。

 なお、三橋一夫には明朗小説作家という側面もまたあるのだが、それはまた別の機会に。


使用上の注意

 カテゴリーに「使用上の注意」なるものを設ける。ブログ開始にあたっての所信表明とかそれこそ使用上の注意などを載せたので、興味ある人はご覧下さい。

 先日フライドチキンで有名な某ファーストフード店へ入ったときの話。
私「アイスカフェオレをひとつ下さい」
店員「かしこまりました、アイスカフェオレのホットですね」
……い、いや、せっかくアイスカフェオレを頼んでいるのだから、ホットは遠慮したいのだが。
おそらく「ひとつ」と「ホット」を聞き間違えたんだろうけど、頼むから少しは疑問に思ってくれ>店員

甲賀三郎『甲賀三郎探偵小説選』(論創ミステリ叢書)

 いまひとつ体調優れず早めに会社を出る。が、書店にはしっかり寄って、異色作家短編集の『棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇』『エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇』(これで無事完結!)、『ハンニバル・ライジング(上・下)』などをゲット。
 レクター博士ものは正直もういいやって感じなのだが(個人的には羊で終わりにしてほしかった)、まあこれもお祭りみたいなものだから仕方ない。ただ、トマス・ハリスという才人には、まったく別の路線のものも読ませてもらいたいなあ。

 読了本は論創ミステリ叢書の『甲賀三郎探偵小説選』。収録作は以下のとおり。

「電話を掛ける女」
「原稿料の袋」
「鍵なくして開くべし」
「囁く壁」
「真夜中の円タク」

 「電話を掛ける女」は中編。通俗的スリラーで、導入部などはなかなか魅力的。主人公の周囲の人間が敵か味方かわからないという状況で引っ張ってゆくのも悪くない。これで重要な部分に偶然要素をもってこなければ、それなりに評価できるのだが……。
 残りの四作は探偵作家、土井江南を主人公にした短編。毎回、謎の美女と遭遇して事件に巻き込まれる土井江南が、もちまえの推理力で事件を解決したりしなかったりというユーモア色の強いシリーズである。ただ、確かに土井江南のキャラクターは楽しめるものの、作品の質という観点では少々辛い。「原稿料の袋」はまずまずだが、それ以外はいやはやなんとも。判明している土井江南の作品すべてを集めたという大義名分はあるので、それでよしとすべきか。

 あと、上の収録作には書かなかったが、本書にはかなりの数の評論類も収録されている。なんせ探偵小説芸術論争で木々高太郎と烈しくやりあった甲賀三郎である。彼の理論家としての側面をこうしてまとめておくこと自体には大賛成だが、それにしても多すぎないか。甲賀三郎も著作数の割には現役で読めるものがかなり限られている作家だ。評論はおおいにけっこうなのだが、でもその前に、もっと小説を読ませてほしい。収録作がやや低調なだけに余計その思いが強い。


ローレンス・オリオール『やとわれインターン』(ハヤカワミステリ)

 ツリーカテゴリーを実装してみる。
 作家名を「国内作家」と「海外作家」別にツリー化し、クリックで開閉できるようになったので、カテゴリーが長くてうざいと思った場合は、折りたたんでご覧ください。

 久々にフランスミステリに手を出す。ものはローレンス・オリオールの『やとわれインターン』。1966年度のフランス推理小説大賞を受賞した作品である。
 と書いてはみたものの、「フランス推理小説大賞」というのが何の引きにもならないところがフランスミステリの悲しさではある。なぜか日本では人気が出ないフランスミステリ。比較的ページ数は短かめで、登場人物も少なく、そのくせ人間関係はもつれ、心理的なサスペンスで味付けし、一発芸で勝負する。こんなところがフランスミステリのイメージかと思うが(まったく個人的なイメージです、すいません)、なぜかこれが日本では受けない。二時間ドラマの原作に使われることも意外と多いし、潜在的な需要はあると思うのだがなぁ。

 閑話休題。『やとわれインターン』に戻る。
 基本的には上で挙げた要素をほぼ満たした作品である。冒頭で誰かが殺されたらしいことを匂わせ、そこから本編スタートとなる。主な登場人物は四人。大学病院の実力者である医師とその妻、医師の不倫相手の秘書、インターン試験合格をめざす美貌の青年だ。不倫相手との結婚を望む医師だったが、妻は恩師の娘でもあり、離婚をもちかけることは自らの破滅を意味する。そこで考えた計略が、青年と妻との間に不倫関係をもたせて彼女の方から離縁させようというもの。こうして愛憎渦巻く奇妙な共同生活が始まり、ついには悲劇が起こる……。
 ほんとに典型的なフランス・ミステリ。
 肝は誰が殺されたのかという冒頭の謎かけ。まずはその興味で読者を引き込み、本編は四人の心理をねちっこく描写し、サスペンスを高めてゆく。
 医師は妻を愛してはいないが、青年と妻が愛し合うのは面白くなく、しかも愛人との仲も徐々におかしくなっていく。愛人は愛人で、医師の煮え切らない行動が物足りなく、自ら危険な賭に出ようとする。青年と妻はお互いに愛し合うものの、意識のズレがつねにあり、それが不協和音を奏でることにもなる。しかも実は、医師と青年はもとから折り合いが悪く、もう人間関係はすっかりドロドロである。こういうのを書かせると本当にフランス人は上手い。ミステリといえば何となく頭で読むようなイメージがあるが、フランスミステリに限っては肌で読む、という感じだろう。
 最近ではポール・アルテやジャン=クリストフ・グランジェなど、フランスっぽくない作家もけっこう紹介されるようになってきたが、こういうフランスのお家芸っぽい作品もやはりいいものです。

能登半島沖地震

 能登半島沖地震。もろに実家直撃である。

 日曜日は本当に疲れた。テレビで速報を見た嫁さんに起こされ、慌ててテレビに見入ったのが午前十時頃。地元ではどうやら火災だの家の倒壊はないようで一安心したものの、電話をかけるが案の定まったくつながらない。今度は隣県にいる弟に連絡するがこれも駄目。そのうち輪島の方では死者がでたとか、被害がどんどん大きくなっていく様子が報道される。あせる。

 結局、午後になってようやく弟と連絡がとれ、実家とも先ほど電話で話せたと教えてもらう。どうやら怪我などはなくライフラインも問題ないとのこと。弟はこれから実家に向かうところらしい。道などもけっこう崩れているようなので、くれぐれも気をつけるように伝える。

 ニュースを見ながら待つこと数時間、弟から続報。家族に怪我はなし。家には壁に若干、ヒビなどが入っているがとりあえずは大丈夫そうとのこと。ただし、棚やらタンスやらは豪快にぶっ倒れ、家の中は惨憺たる有様らしい。それでも他の地区をテレビで見る限りでは、不幸中の幸いと思うべきであろう。

 またまた数時間後、最低限の片付けが終了の旨、連絡あり。手伝いにいけないことを詫びつつ状況を聞くが、まあまあ何とかなるとのこと。ここでようやく少し気が抜ける。といっても余震がけっこうあるので本当はまだまだ安心できないのだが。

 とにかく被災地の方々には本当にお見舞い申し上げます。

ドン・ウィンズロウ『ウォータースライドをのぼれ』(創元推理文庫)

 本日の読了本はドン・ウィンズロウの『ウォータースライドをのぼれ』。ニール・ケアリー・シリーズの第四作だが、実質的にはシリーズの最終作ということらしい。では既に刊行されている第五作『砂漠で溺れるわけにはいかない』は何なんだ?ということになるが、あれは後日談みたいなものなんだとか。なんや、それ。

 それはともかく『ウォータースライドをのぼれ』。
 恋人カレンと同棲中のニールのもとへ養父グレアムがやってきた。全米で絶大なる人気を誇るテレビ番組のホストがレイプ事件を起こしたが、その被害者女性が裁判でちゃんと証言できるように、きちんとした英語を話せるようにしてやってくれというのだ。粗野でとてつもない訛りのある彼女に対し、ニールの特訓が始まるが、誰も知らないはずのニールの家に早くも敵の魔手が迫る……。

 ううむ、面白いことは面白いが、ニール・ケアリー・シリーズってこんなコミカルな物語だったかな。
 確かに本シリーズは、もともと語り口は軽やかだしユーモアにもあふれている。だがその内容やテーマはずしんと重い、というのが基本的な特徴だ。なにせ主人公のニールはもとストリート・キッズという過去を持ち、その過去故に形成された刹那的かつ空虚な人生観を持つ。それが新たに得た探偵という仕事、養父でもあるグレアムとの関係、そして事件での悲惨な体験などを通して、少しずつ変化し成長してゆくところが魅力なのである。作者のウィンズロウもそんなニールの成長を助けるため?これまでいささか過剰と思えるほどの試練をニールに課してきたはず。
 ところが本作は実質的な最終作という割に、ニールたちに関わるテーマはほとんどなく、事件のコミカルな面ばかりが強調される。ニールもいつもほど悩むこともなく、どちらかというと狂言回し的な役回りだ。
 で、最初は作風の変化かとも思ったのだが、結局これは作者がニール・ケアリー・シリーズで語りたいことを語り終えたということなのだろう。要はニールも大人になりました、ということ。実際の話、本作でのニールは、プロフェッショナルとしての余裕すら感じられ、かなりのピンチにも動じることなく対処する。それはそれで面白いが、これまでのシリーズとはだいぶ異なる路線の作品ばかりになっていくことだろう。おそらく作者のウィンズロウはそれを潔しとしない人なのだ。
 だから残念ではあるけれども、とりあえずは拍手をもってニール・ケアリー・シリーズの完結を迎えたいと思う。あ、でも「後日談」も一応読まなきゃ。


本日の買い物など

 いろいろとドタバタしており、エイヤッとばかりに休日出社。
 会社へ顔を出す前に新刊書店で、ジョン・ロード『ハーレー街の死』(論創社)、西尾正『西尾正探偵小説選II』(論創社)、エルモア・レナード『身元不明者89号』(創元推理文庫)、ロバート・E・ハワード『黒い予言者』(創元推理文庫)を買う。
 論創社は相変わらずのハイペース。解説も以前に比べてかなり力が入っているので助かる。レナードは久しぶりの新刊だが、原書は1977年というから30年前か。他の三冊もにいたっては60年以上も前の作品ばかりだし、これらがすべて新刊というのが凄い。


 この二、三日は、帰宅するとほぼブログ一色である。少しずつ手を加えてみたり、プラグインを物色したり、過去の日記をせっせとアップしたり。
 おかげで本の感想を書くために開設したのに、本が読めないという罠。
 ちなみに手を加えてみたのはメールフォームの設置、カウンターの設置、アクセス解析ぐらいだが、本当は一番やりたいのがカテゴリーの整理である。カテゴリーを作家別の索引代わりに使いたいのだが、このままだと長すぎて少々辛い。他所のブログを見てみると、ツリー形式のカテゴリーにしたり、あるいは索引ページ自体を作っているようだ。
 個人的には多少1ページが長くなっても、常にサイドの索引でジャンプするようにしたい。そうなるとやはりツリー形式か。
 共有プラグインでも二つほどそういうものが提供されており、どちらも少し試してみたが機能的には問題なさそう。特に初心者向けのはなかなか簡単でとっつきもいいが、これってツリーを三段階とかにはできないのだろうか。宿題。まあおそらくこれを使うことにはなるのだろうが、根本的な問題はカテゴリーが多すぎることだ。要はカテゴリー編集の作業がもっと楽にできる方法があればいいのだ。
 などと考えていると、どうやらカテゴリーソートのプラグインもあるようで、今晩はこれを試してみよう。

ブログスタート

 本日よりブログを正式にスタートする。
 とはいうものの詳しいことはまだよくわからないので、機能などはおいおい追加していく予定である。

 テーマは探偵小説やミステリの感想をだらだらと。
 日々の読書だけは子供の頃からの習慣で続いているのだが、その感想を日記として書きはじめたのが数年前のこと。まあ、それもHPのために始めたのだが、どうにも面倒で結局HPは企画倒れ。ブログの時代となってようやく再起動した次第である。

 とりあえず探偵小説だけは長年読んでいるので、少しは人のお役に立てることもあるかもしれない。もったいないので過去の日記も暇をみて追加してゆくので、気になることや感想でもありましたら、コメント、メール等で遠慮なくどうぞ。

サイモン・トロイ『贖罪の終止符』(論創海外ミステリ)

 サイモン・トロイの『贖罪の終止符』を読む。
 村の名士ラルフ・ビューレイ医師が睡眠薬を飲み過ぎて死亡するという事件が起きた。検死審問では事故死と判断されたが、スミス警部にはいまひとつ納得できないものがあった。ラルフの秘書であり婚約者でもあるローナ、そしてそのローナと頻繁に遊び歩いているラルフの弟レイモンドの行動が、あまりに怪しかったからだ。そんな折り、今度はロバート・ニールという男が現れ、ローナに対し英仏海峡に浮かぶガーンジー島で教師をやらないかと誘いをかける。ガーンジー島にいったい何があるというのか。スミス警部もまた島へ渡り、謎の真相に迫ろうとするが……。

 予想に反して変な話である。スミス警部というレギュラー探偵がいるので警察物、もしくは本格物かと思って読み始めたのだが、これは一種のサスペンスになるのだろうか。スミスを除いて、登場人物がことごとく怪しい者たちばかりで、それが互いに嘘や脅迫を繰り広げ、終始重苦しい緊張感に包まれている。そんな登場人物の過去や心情が徐々に明らかになる過程が読みどころなのだが、書き込んでいるわりには、どうにも納得しかねる言動もちらほら。地の文も大げさに過ぎる個所が目立ち、読んでいていらいらすることもしばしばだった。
 また、シリーズキャラクターのスミス警部は「西部地方のメグレ」と呼ばれているそうで、確かに一人地道に捜査を進めていく様子は本家を彷彿とさせるものの、ほとんど事件解決の役に立っていないのは困りものだ。本作だけのことならいいのだが、毎回、これだとさすがに辛いものがある。
 それでも驚愕のトリックとか意外な結末があればまだ救われるが、残念ながら肝心の真相もイマイチ。駄作とはいわないけれど、無理に読む必要はないだろう。オビの文句がむなしい。


ロバート・トゥーイ『物しか書けなかった物書き』(河出書房新社)

 ロバート・トゥーイの『物しか書けなかった物書き』を読む。
 著者のロバート・トゥーイはひと頃評判になったジャック・リッチーとかなり共通項のある作家だ。もっぱら短編を専門に発表し続け、活躍時期もほぼ同時代。短編作家にありがちな悲劇として、まとまった著書がほとんどないことまで似ている。

 作風も似ているといえば似ているか。短編専門とはいっても昨今流行りの異色作家系というわけではなく、二人ともあくまでミステリの範疇にとどまり、クライムノベルを書き続けた。ただ、リッチーはオチを鋭く効かせた作品が多いのに対し、トゥーイは捻りを加えたものが多くなかなか変則的である。法月綸太郎氏は解説で野球のナックルボールに例えているが、言い得て妙。したがって落としどころがなかなか読めないという点では、異色作家に近いものはあるかもしれない。
 しかし、それはたぶんSFやホラー方面などからも幅広くネタを扱うせいであって、追求しているところは、純粋にエンターテインメントでありミステリだという気がする。
 収録作は以下のとおり。

Routine Investigation「おきまりの捜査」
The Victim of Coincidence「階段はこわい」
Up Where the Air Is Clean「そこは空気も澄んで」
The Man Who Could Only Write Things「物しか書けなかった物書き」
The Pistoleer「拳銃つかい」
Installment Past Due「支払い期日が過ぎて」
The Horse in the House「家の中の馬」
Down This Mean Street「いやしい街を…」
Hooray for Hollywood「ハリウッド万歳」
Bottomed Out「墓場から出て」
A Change in the Program「予定変更」
A Masterpiece of Crime「犯罪の傑作」
The Fix「八百長」
Breakfast at Ojai「オーハイで朝食を」

 気に入った作品は多いが、あえて一作を選ぶなら何といっても「おきまりの捜査」。変死事件の通報を受けてかけつける警官が体験する不条理な世界、そして悶絶のラスト。
 次点は「そこは空気も澄んで」。ギャング志願の若者とギャングのボス、二人の仲介をした若者の叔父。この三人がかわす数十分程度の会話に、ここまで人生を詰め込めるとは。
 あとは「階段はこわい」「拳銃つかい」「支払い期日が過ぎて」「八百長」「オーハイで朝食を」あたり。表題作の「物しか書けなかった物書き」は読めすぎるというか、トゥーイにしては型に嵌りすぎていて、個人的にはそれほど。
 しかしまあアベレージは高いし、短編集好きにはもってこいの一冊であることは確か。おすすめ。


マージェリー・アリンガム『陶人形の幻影』(論創海外ミステリ)

 本日の読了本はマージェリー・アリンガムの『陶人形の幻影』。

 ティモシー・キニットとジュリア・ローレルの婚約が発表されたのも束の間、ジュリアの父、アンソニー卿が婚約の破棄を告げるという出来事が起こる。あわてる二人だが、原因はどうやらティモシーの出自にあるらしい。ティモシーは自分の出生の秘密を求めて調査に乗り出すが、同時にキニット家の隠された秘密までが浮き彫りに……。

 英国の女流本格探偵小説作家として知られるアリンガム。その作風は娯楽要素を強く押し出した本格を中心とする前期、より文学的風味に傾倒した(ときにはミステリ要素がかなり薄められた)作品群の後期に分けられるのが一般的だ。そしてここ数年に翻訳されてきた作品のほとんどが、後期の作品である。本作もその例に漏れず、探偵小説としてはそれほど見るべきところはなく、事件などはほとんど起こらないに等しいが、アリンガムは主人公格のティモシーの葛藤や、あるいは戦後顕著になってゆく古い階級意識の崩壊などをまったりと描いていく。
 ここを楽しめるかどうかで、本作の評価は大きく分かれるだろう。個人的にはトリックや謎解きにそれほどこだわらない口なので、こういう話も全然アリである。ティモシーとジュリアのカップルはよいとして、その他の登場人物の胡散臭さや強烈さはミステリにありがちな類型的なキャラクターを軽く超越しており、こういった部分にこそ本書の面白みがあるわけなのだが、まあ、本格として読みたい人には辛いだろうとは思う。

 ただ、気になるのはアリンガムの作風である。文学的風味の有無はともかく、本格と呼ばれる割には、今まで呼んできたもののほとんどがそれに該当しない気がする。同じ論創社の『検屍官の領分』『殺人者の街角』、ポケミスの『霧の中の虎』『判事への花束』『幽霊の死』などがあるが、そのどれもが本格探偵小説というには「?」である。まだ前期の作品を一つも読んでいないので断言はできないが、著作の全貌が徐々に明らかになるにしたがい、過去のレッテルもそろそろ貼り替えの時期に来ているのかもしれない。


三橋一夫『日本の奇怪』(ルック社)

 三橋一夫といえばまぼろし部落シリーズ等のミステリー、明朗小説等で知られる作家だが、数多くのノンフィクションも残している。その大半が晩年に書いた健康関係の書籍だが、ちょっと珍しいところでは怪談などを集めた実話集もある。それが本日の読了本『日本の奇怪』だ。

 日本に伝わる怪談や伝説の数々を、ふしぎ小説の名手、三橋一夫がどのように料理したのか。そんな興味で読んでみたのだが……ううむ。一応はノンフィクションなので、もっと著者の見解や解説が入っているのかと思いきや、裏をとることもなく、ひたすらこの手の話を紹介するのみ。しかもトンデモ系の話まで入れているので、いかがわしさも強い。どうして三橋一夫がこんなものを書いたのか、さっぱりわからん。
 古書店やネットオークションではたいがい高値がつく三橋一夫。その中でも比較的安価で買えるのが本書だが、その理由がよくわかる一冊であった。

ロアルド・ダール『マチルダは小さな大天才』(評論社)

 昨日に引き続き寝て過ごす。

 本日の読了本はロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』。頭が働かないのでジュヴナイルでお茶をにごす。

 『マチルダは小さな大天才』は、5歳の天才少女マチルダが非道な大人たちにいたずらで復讐するお話。いつにもましてダールの筆致が冴え渡っており、とにかく子供に対する大人たちの言動が、児童虐待なんてものではなく、もうほとんど犯罪レベル。もちろんマチルダたちも負けてはおらず、その仕返しの凄まじいこと。まあ、だからこそ子供のハートに響くのであり、そんなバトルの末に訪れるハッピーエンドに心がギュッとなるのだろう。
 少々気になるところもある。例えばマチルダが使えるようになる超能力の扱い。せっかくマチルダが大天才という設定なのだから、ここはやはり頭で勝負してほしかったところだ。また、マチルダの両親の最後のエピソードも妙に唐突だ。
 しかし細かいことは言うまい。こういう本を読んで子供には物語の楽しさを知ってほしいし、本を好きになってほしいと願う次第。ダールの思いが世界中の子らに届かんことを祈りつつ。


石上三登志『名探偵たちのユートピア』(東京創元社)

 このところのプチ修羅場が一息ついたので、本日はほぼ一日中寝て過ごす。かろうじて書店だけはのぞき、村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』とレックス・スタウトの『苦いオードブル』、ウォルター・デヴィスの『ハスラー』を購入。前の二冊は予定どおりだが、『ハスラー』は発売予定を知らなかったので思わず書店でのけぞる。これってあの映画の『ハスラー』の原作なのだ。こんなもん、今頃出すのか? もちろん買うけど。

 ぼちぼちと進めていた石上三登志の『名探偵たちのユートピア』を読み終える。
 名探偵たちが活躍した古き良き時代の探偵小説。今では古典と称されるそんな作品を、著者独自の視点から読み解いてみせた評論集である。元々は東京創元社の『ミステリーズ!』連載されたものだ。
 論旨はなかなか明快である。著者はミステリを「探偵」小説ではなく探偵「小説」として語る。トリックや謎解きという探偵小説に本来必要不可欠な要素を切り離したとき、小説はミステリという呪縛から逃れ、新たな一面を見せてくれる。そんな事例を数々の古典から解説してゆく。
 こういう観点は著者のまったくオリジナルというわけではないが、古典の有名どころをこれだけまとめて考察するケースはあまりなく、非常に面白い。印象や気持ちが入りすぎる文章であり、それほど論理的な解説ではないのだが、積み重ねることによって、その文に説得力を加えることに成功しているように思う。「!」や「…」の多用、断定的な物言いは気になるが、この手の論旨であれば、まあ仕方ないでしょう。熱や勢い優先ということで。
 個人的にもけっこう頷けることは多い。小説としての面白さがあれば、本格として破綻していてもかまわないと考えているので、たとえば『恐怖の谷』の第二部に関しても、子供の頃に面白かったのは明らかにそちらだったのである。本格としては明らかに無駄なその部分を、「無意味」と斬って捨てるのではなく、その「意義」を考えることもそれはそれでやはり重要なことであろう。フィルポッツや乱歩の論もなかなか興味深かった。
 決して直球の評論とはいえないのだけれど、なぜか直球と思ってついつい手が出てしまう、そんな探偵小説愛に溢れた一冊。


北原尚彦/編訳『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創海外ミステリ)

 週の頭に任天堂のゲーム機Wiiを購入する。リモコンを振って操作するというのが最大の特徴なのだが、実はニュースやら天気予報、投票、伝言板、インターネット、ゲームのダウンロードなど、家庭の中心に置かれるセンターとしての機能に大変気を遣っていることがわかる。ゲームの前にそっちでしばらく時間をつぶせるぐらいである。当分これで楽しめそうだが、読書の敵ではあるな(笑)。

 シャーロキアンとして有名な北原尚彦氏が編訳した『シャーロック・ホームズの栄冠』を読む。もちろん本物のホームズ譚などではなく、100パーセント紛い物のパスティーシュ&パロディ集だ。
 ただ、正直な話、パスティーシュの類はあまり積極的に読もうとは思わない。原典ですら読みこんでいる自信もないのに何をわざわざ、という気持ちがあるからで、本作も論創海外ミステリの一冊でなかったら恐らくスルーしていたところだ。
 ただ買ってみて驚いたのは、その顔ぶれ。さすがに目利きのセレクトだけあって半端ではない。ちょっと挙げるだけでもロナルド・A・ノックスに始まってE・C・ベントリー、アントニー・バウチャー、アントニー・バークリー、A・A・ミルン、ロバート・バー、ロス・マクドナルド、アーサー・ポージスなどなど。古典のアンソロジーでも組んだのかと思うほどの面子である。ここに加えてシャーロキアンの世界では有名な方々の作品が入るのだから、これは最強。
 だが、だからといって作品の質が高いとは限らない。ジャンルが特殊すぎるせいか、やはり傑作の絶対数はそれほど多くないのだろう。あまり期待しすぎると肩すかしを食うので念のため。とりわけロスマクが高校生のときに書いたという作品はひどい(笑)。肩肘張らずに楽しめる一冊だが、愛がないと厳しいかも。


久山秀子『久山秀子探偵小説選II』(論創ミステリ叢書)

 仕事がプチ修羅場。まあ、これぐらいは大したことではないが、デスクワークが多くて腰にきてしまった。背筋や膝もかなり不調。おそらくは座っているときの姿勢のせいなのだが、少し考えないとなぁ。

 『久山秀子探偵小説選II』を読む。女スリ「隼お秀」のシリーズで知られる久山秀子だが、『久山秀子探偵小説選I』と合わせれば、すべての「隼お秀」を読めるばかりか、ほぼ全集としての体裁になるのだという。
 で、こちらの収録作だが以下のとおり。最初の五編が「隼お秀」もので、「盗まれた首飾」「当世内助読本」「或る成功者の告白」の三編はノン・シリーズ。以下は捕物帖、エッセイという構成。

◆創作編
「女優の失踪」
「ボーナス狂譟曲」
「当世やくざ渡世」
「白旗重三郎が凄がった話」
「隼銃後の巻」
「盗まれた首飾」
「当世内助読本」
「或る成功者の告白」
「梅由兵衛捕物噺/ゆきうさぎ」
「梅由兵衛捕物噺/恩讎畜生道」
「梅由兵衛捕物噺/由兵衛黒星」
「梅由兵衛捕物噺/恐妻家御中」
「梅由兵衛捕物噺/心中片割月」
「梅由兵衛捕物噺/新版鸚鵡石」
「梅由兵衛捕物噺/相馬の檜山」

◆随筆編
「愚談」「丹那盆地の断層」「探偵作家と殺人」
「処女作の思ひ出」「当世百戦術」「マイクロフォン」「アンケート」

 「隼お秀」とノン・シリーズの全体的な印象は相変わらず。語り口の軽味を生かした小咄的なものがほとんどで、一作一作をあまりどうこういうものではないように思う。『久山秀子探偵小説選I』で初めてまとめ読みしたときにはまだそれなりに新鮮だったが、やはり飽きやすい作風であることは間違いない。この独自の作風、世界観は評価できるものの、当時、どの程度の人気を集めたのか、どの程度評価されていたのか、なかなか気になるところではある。
 「梅由兵衛捕物噺」は、著者が正体も明かして戦後に発表した捕物帖。作品によって人情物と謎解きものの振れ幅があるが、期待を裏切るほどではない。というか、キャラクターの面白さを除けば「隼お秀」より上かも。こういうものが書けたのなら、「隼お秀」ももう少ししっかり書き込めばよかったのに。惜しいなぁ。

 なお、この『久山秀子探偵小説選』だが、本書の解説を読むかぎりでは二冊でほぼ全集ということだったのに、現時点で実は四冊まで刊行されている。未収録作品がまだまだ残っていた、ということなのかな?


ジョン・ディクスン・カー『疑惑の影』(ハヤカワ文庫)

 ジョン・ディクスン・カーの『疑惑の影』を読む。ギデオン・フェル博士物であり、かつ後に『バトラー弁護に立つ』で主役を張るパトリック・バトラーの初登場作品でもある。とはいってもバトラーは本書でも十分に主役であり、ギデオン・フェル博士の影が薄いのがちと残念。それはともかくこんな話。
 
 テイラー夫人が毒殺され、容疑は夫人の話し相手として雇われていたジョイス・エリスに向けられた。逮捕され、有罪確定かと思われたジョイスの危機を救ったのは、「偉大なる弁護士」ことパトリック・バトラー。見事に無罪を勝ち取ったものの、今度はテイラー夫人の姪の夫、リチャード・レンショーが毒殺される事件が起こる。しかも死因はテイラー夫人と同じ毒であった……。

 先日の『眠れるスフィンクス』と違って、なにかと賑やかな作品である。これは主人公がバトラーであることともちろん関係あるわけで、ペリー・メイスンばりの行動力や推理力、はたまた美しい女性には目がないという性格もあって、本格探偵小説というよりは英国の伝統的冒険小説といった趣である。この作品以後、カーがフェル博士をお休みさせ、歴史ミステリを発表し続けることになるのだが、その過渡期の作品ということもできるだろう。ただ結果としては、残念ながら冒険小説的部分が勝ちすぎていて、謎解き要素と上手く融合しているとは言えない。ミス・デレクションなども工夫されており面白い部分もいくつかあるのだが、全体的にはちぐはぐな印象である。
 また、ペリー・メイスンばりなんてことを先ほど書いたが、実は本書を読む限り、バトラーというキャラクターがもう一つわかりにくい。というのも最終的にはいかにも騎士道精神に溢れた男、つまり正統派英国冒険小説的主人公という感じにはなるのだが、冒頭では妙に打算的なうえ色男を鼻にかけたようなタイプで、すこぶる印象が悪い。小説の在り方としては、事件を通してそういう男が精神的に成長していく姿が見所になるはずなのだけれど、ここの描き方が説得力に欠けるのである。
 展開に勢いがあるので読んでいる間はそれなりに楽しめるが、いざ感想をまとめると粗ばかりが思い出され、かなり辛い点数になる。そういう意味ではなかなか不思議な作品ではある。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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