fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 06 2009

ヘンリー・セシル『サーズビイ君奮闘す』(論創海外ミステリ)

 内外の大物が次々と亡くなっているが、ミステリ関係でもまたいくつかニュースが飛び込んできた。ひとつはマイケル・ジャクソンと同日だったためにすっかりかき消された感もあるが、ファラ・フォーセットの訃報である。言わずとしれたTV版『チャーリーズ・エンジェル』の看板女優だが、初期の出演作品には『シャレード'79』とか『スペース・サタン』とか、ミステリや冒険、SF系の映画が多く、ミステリ好きにもファンが多かったのではないだろうか。
 もうひとつは中町信氏の訃報である。一般に広く知られる作家ではなかったが、ここ数年、創元推理文庫版での復刻で、ミステリファンから再評価される機会ができたのは、著者にも読者にも非常に喜ばしいことであった。実は管理人はそれほど読んでいるわけではなかったが、そのうちまとめて挑戦してみたい。合掌。


 サーズビイ君奮闘す

 読了本はヘンリー・セシルの『サーズビイ君奮闘す』。
 本編に入る前に、どうでもいいことをひとつ(いや、ホントはよくないんだけど)。この人、版元によって著者表記がバラバラなのはどうにかならないのだろうか。この論創社版では「ヘンリー・セシル」、創元では「ヘンリ・セシル」、早川では「ヘンリイ・セシル」である。
 創元、早川のは古い訳でもあるし、英語表記はHenryだから、まあ普通に論創社の「ヘンリー」でいいんじゃないのとは思うのだが、ただ、いまさら「ヘンリー」と言われても、創元、早川ので刷り込まれているしなぁ。こういうのって出版社同士で話し合って統一するとかできないものかね。

 それはさておき『サーズビイ君奮闘す』。
 弁護士なりたてのロジャー・サーズビイ君。弁護士事務所に就職できたのはいいが、右も左もわからないうちに法廷に立たされ、案の定とんちんかんな受け答え。おまけにプライベートでは二人の恋人候補に挟まれて右往左往。こんなサーズビイ君だが周りの人に助けられ、経験を積んで、ついに……というお話。

 『判事とペテン師』もそうだったが、これも長篇とはいいながらエピソードをつなぎあわせたような構成で、大きくは三つの事件を扱っている。だが、その合間にも登場人物がいくつものエピソードを語るので、あまり長篇を読んだという印象はない。ただ『判事とペテン師』はそのつなぎが悪かったのに対し、本作はより短編的な性格が強いので、逆につなぎの悪さは気にならない。
 肝心の中身は意外と他愛ない(笑)。ロジャー・サーズビイ君の成長物語をベースに、英国の法廷の内幕や法律の矛盾を、登場人物のやりとりで増幅しつつ、面白おかしく紹介するという形。つまりミステリ色はかなり薄いわけで、いわゆる法廷ものを期待すると肩すかしは必至。成長物語としても演出程度の意味しかないので、ま、エピソードのひとつひとつが楽しければいいや、という程度の一冊か。それなりに楽しくは読めたが、オススメするほどではない。


マイケル・ベイ『トランスフォーマー/リベンジ』

 『トランスフォーマー/リベンジ』を観るため、今週も立川のシネマシティへ足を運ぶ。この手のSF系エンターテインメントは固定客がつかみやすいのか、たいていシリーズ化されるものだが、本作ももちろん『トランスフォーマー』の続編。

 ちなみに前作の感想はというと、中身は薄いし、展開がわかりにくいし、映像も見づらいしという欠点もあったわけだが、映像の凄さがそれらの欠点を上回ったという印象であった。

 本作も基本的には似たようなものだが、感心したのは、それらの欠点がことごとく改良され、しかも内容は大きくスケールアップしたということ。ええ、十分楽しめました(笑)。正直、ここまで面白いとは思わなかった。相変わらずのハイグレード映像でオープニングからガシガシ飛ばし、ほぼ全編クライマックス。

 特に印象的だったのは、やはりロボット同士のバトル。前作では少々ごちゃごちゃしていた感もあったが、かなりわかりやすい見せ方になったのではないか。ロボットの形態もバリエーションが増え、アリスはちょっと衝撃的だった(笑)。
 さらにはイマイチ存在感の薄かった主役のシャイア・ラブーフもそこそこ演技できるようになったようだし、ヒロインのミーガン・フォックスもずいぶん色っぽくなっておりました。前作では鼻についたギャグも、今作ではかなりスムーズにストーリーに溶け込んでおり、笑いどころが整理されている。

 ある意味、もっとも評価できるのは、ちゃんと伏線や前振りを活かして、物語のつじつまを合わせているところか。当たり前と言えば当たり前の話なのだが、ハリウッド映画にこれを求めるのが意外と難しい(笑)。もちろんストーリー的にはシンプルだし、物語の深みなんてものに期待しちゃいけない。とはいえハリウッド娯楽大作としては、かなり丁寧に作られている。例えば主人公の母親など、単なるお笑いや味つけだけの役割かと思いきや、しっかりストーリーに絡めていたり。
 そんなこんなで、なかなかに楽しめる二時間半だった。前作での予習は必要だろうが、特撮系が好きなら間違いなく見逃せない一本。でも『T4』の後だったんで余計そう感じたのかもしれないが(笑)。


松本清張『松本清張短編全集04殺意』(光文社文庫)

 『松本清張短編全集04殺意』を読む。収められた短編は昭和三十一年前後のもので、清張が会社を辞め、専業作家としてスタートした頃に書かれたものが中心。

 松本清張短編全集04殺意

「殺意」
「白い闇」
「蓆」
「箱根心中」
「疵」
「通訳」
「柳生一族」
「笛壺」

 以上が収録作品。このうち「蓆」「疵」「通訳」「柳生一族」が歴史物だが、本書に限っていえば歴史物が意外に淡泊で、前の三巻にあるような情念の深さはあまり感じられなかった。強いて言えば、復讐譚的な「疵」は導入こそ面白そうだが締めがあっけなくて食い足りない。進駐軍の通訳を江戸時代に置き換えて書かれたという「通訳」はさらに面白い設定なのだが、これまた主人公の苦悩が伝わりにくく、もったいない感じである。
 一方、現代物ではミステリ的な作品がいよいよ増えてきている。「殺意」は動機の問題を真っ向から扱った作品で、病んだ現代人には当時より主人公の気持ちが理解できるはずだ。また、「白い闇」はトラベルミステリのはしり。ネタは割れやすいものの、叙情と旅情の重ね方が上手く、トラベルミステリかくあるべし、というお手本的作品。
 本書中でもっとも気に入ったのは、実は非ミステリの「箱根心中」。動機をテーマにした「殺意」と対を為す作品で、いかにして恋愛関係にない二人が心中に至ったかというお話。ちょっと穿った見方をするなら、清張流の「奇妙な味」である。
 トータルの印象では、比較的さらっとした作品が多い感じである。本領発揮とまではいかないけれども、読みやすいといえば読みやすいし、「殺意」のような指向性がはっきり出ている作品でもあるので、入門用には意外とよいのかもしれない。


マックG『ターミネーター4』

 本日は青山で会社関係の結婚式&披露宴に出席。先々週もディズニーシーのミラコスタであったばかりで、さすがジューンブライド。とはいっても最近では5月の方が気候がいいので、そちらに人気が集まり、5月に式場がとれないから仕方なく6月、というパターンも多いんだとか。ぶっちゃけ、こちらとしてはとりあえず何月でもいいのだが、月に二回はさすがに物入りできついぞ(笑)。


 久々に映画館に足を運び、『ターミネーター4』を観てくる。個人的にT1がダントツ好みで、2、3とガッカリ感が増すばかりだったが(特にT3はひどかった)、さて本作はどうか。
 結論からいうと、さすがにT3よりはいいが案の定つらいものがある。
 元々、敵キャラクターから主人公たちがどうやって逃げるのか、はたまたどうやって倒すのかという、ホラー+アクション要素がメインの映画であり、根底に溢れているのは大いなるB級魂だ。ところが2作目の成功で気をよくしたか、その後はシリーズを一大叙事詩のように再構築しようとしているようで、そういう方向性が足を引っ張っている感じがしてならない。
 そもそもタイムパラドックスなんて、続ければ続けるほど矛盾が出てくるのは必至。っていうかこのシリーズの中心になっている設定など、そんなに大したものではない。或る時代だけに焦点を当てていればまだしも、後付け後付けで来たストーリーラインだけに、こうして完全に「審判の日」以後の時代に舞台を移してはツッコミどころ満載である。この手の映画を観る場合、そういう細かいことは言わず単純に楽しめばよい、なんてよく目にするセリフだが、それがストーリーの根幹に関わる場合は別でしょ。とにかく観ている最中に、気になるところが多すぎ。
 とはいえ、映像やアクションなどは普通にハイレベルだし、主人公をクリスチャン・ベールとサム・ワーシントンの二枚にしたのは、単調になりそうな展開に膨らみをもたせ、アイディアとしては悪くない(クリスチャン・ベールの使い方はもったいないけれど)。
 ただ、シリーズの今後を考えると(次作、次々作と製作が決まっているらしい)、どうしても気は重くならざるを得ない。この穴だらけの設定をどうシフトチェンジしていくのか、今後の興味はそんなところになるかもしれない。


ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』(ハヤカワミステリ)

二壜の調味料

 ロード・ダンセイニの短編集『二壜の調味料』を読む。表題にもなっている短編「二壜の調味料」は、そのタイトルを知らずとも、メイントリックだけはみな知っているよねというぐらい有名な作品。乱歩が「奇妙な味」というジャンルを命名したきっかけになった作品でもある。とりあえず収録作は以下のとおり。

The Two Bottles of Relish「二壜の調味料」
The Shooting of Constable Slugger「スラッガー巡査の射殺」
An Enemy of Scotland Yard「スコットランド・ヤードの敵」
The Second Front「第二戦線」
The Two Assassins「二人の暗殺者」
Kreigblut's Disguise「クリークブルートの変装」
The Mug in the Gambling Hell「賭博場のカモ」
The Clue「手がかり」
Once Too Often「一度でたくさん」
An Alleged Murder「疑惑の殺人」
The Waiter's Story「給仕の物語」
A Trade Dispute「労働争議」
The Pirate of the Round Pond「ラウンド・ポンドの海賊」
A Victim of Bad Luck「不運の犠牲者」
The New Master「新しい名人」
A New Murder「新しい殺人法」
A Tale of Revenge「復讐の物語」
The Speech「演説」
The Lost Scientist「消えた科学者」
The Unwritten Thriller「書かれざるスリラー」
In Ravancore「ラヴァンコアにて」
Among the Bean Rows「豆畑にて」
The Death-Watch Beetle「死番虫」
Murder By Lightning「稲妻の殺人」
The Murder in Netherby Gardens「ネザビー・ガーデンズの殺人」
The Shield of Athene「アテーナーの楯」

 ロード・ダンセイニの作品をまとめて読んだのは初めてなのだけれど、いやあ。ここまで斜に構えた作品ばかりだとは思わなかった。なんていうか、普通に物語をまとめることが嫌いなのかというぐらい「奇妙な味」ばかり。さすがにこれだけ連発されるとオチが読めすぎて、ちょっと惜しい。また、予想以上にミステリ的結構を備えた作品が多く、「奇妙な味」との相性が必ずしもいいわけではない場合もちらほら。
 とはいえ、「奇妙な味」はここから始まった、という意義は大きく、一度は読んでおきたい作品集と言えるだろう。

 蛇足。「二壜の調味料」がしっかりした探偵役の登場するシリーズものの一作だったとは驚きだった。しかも犯人までが、その後も度々登場する、探偵のライバル的存在だったとは。


ヘスキス・プリチャード『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』(論創海外ミステリ)

 『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』を読む。ノヴェンバー・ジョーはイギリスの作家ヘスキス・プリチャードの生み出した〈ホームズのライバルたち〉の一人。カナダの森林地帯で鹿狩りのガイドを営むかたわら、ホームズばりの観察力と推理力で事件の謎を解いてゆく。

 ノヴェンバー・ジョーの事件簿

 収録作は以下のとおり。連作短編集ではあるが、目次は章立てになっており、パッと見は長篇風。
 詳しく書くと、頭の二章「サー・アンドルーの助言」「ノヴェンバー・ジョー」はワトソン役の語り手とノヴェンバー・ジョーの出会いを描く話で、プロローグ的な位置づけ。「ビッグ・ツリー・ポーテッジの犯罪」から「フレッチャー・バックマンの謎」までの八章はすべて独立した短篇。そして「リンダ・ピーターシャム」から「都会か森か」までの六章は合わせてひとつの中編という構成となっている。

Sir Andrew's Advice「サー・アンドルーの助言」
November Joe「ノヴェンバー・ジョー」
The Crime at Big Tree Portage「ビッグ・ツリー・ポーテッジの犯罪」
The Seven Lumber-Jacks「七人のきこり」
The Black Fox Skin「黒狐の毛皮」
The Murder at the Duck Club「ダック・クラブ殺人事件」
The Case of Miss Virginia Planx「ミス・ヴァージニア・プランクス事件」
The Hundred Thousand Dollar Robbery「十万ドル強盗事件」
The Looted Island「略奪に遭った島」
The Mystery of Fletcher Buckman「フレッチャー・バックマンの謎」
Linda Petersham「リンダ・ピーターシャム」
Kalmacks「カルマクス」
The Men of the Mountains「山の男たち」
The Man in the Black Hat「黒い帽子の男」
The Capture「逮捕」
The City or the Woods?「都会か森か」

 さて、主人公のノヴェンバー・ジョー。彼は鹿狩りのガイドを生業としている。体は逞しく、しかも男前。人見知りなところはあるが落ち着いた性格で、誰からも好かれるという絵に描いたような好青年。ひとたび事件が発生すれば鋭い観察力と推理でたちまち真相を見破り、その実力はケベック地方警察からも仕事を依頼されるほど、という設定である。
 少々やりすぎの感すらあるキャラ設定だが、まあ、この当時のシリーズ探偵はみな個性的なのでこれぐらいは当たり前。設定はユニークなれども、むしろ人間的にはいたってまともな主人公なので、逆にアクが少ない印象を受けるくらいだ。また、語り手であるクォリッチ氏が年配の都会人という設定上、地の文も比較的落ち着いた語りとなっている。ただ実はこれらが曲者。
 というのも本書で予想されるイメージは、あくまで野趣溢れる世界の中でのホームズ譚。ところが(著者が意図したかどうかはわからないけれど)、作品中で描写される人々や社会は意外に秩序立っている印象が強く、語りもあくまで上品。本来、感じて然るべきであろうワイルドさやエキゾチズムはほとんど感じず、極端なことをいうと、正にホームズものの読後感に近いのである。
 そういう意味では、エキゾチックなミステリを読みたいとか、ちょっと毛色の変わったミステリを読みたいという人には、意外と期待はずれになるかもしれない。

 むしろ本書は、普通にクラシックな本格短篇を読みたいという人にこそオススメしたい。
 ガチガチというほどではないけれど、本格の渇きを潤すには十分な出来であり、大自然に隠された謎を、ホームズ流に解くとどうなるか、という興味で読むのが吉。謎解き要素に冒険的な要素が加わる分だけ、ソーンダイク博士や隅の老人あたりよりも、よっぽどホームズもののエッセンスを取り入れているといえるだろう。


江藤茂博、山口直孝、浜田知明/編『横溝正史研究 創刊号』(戎光祥出版)

 ミステリは結局のところ大衆文学であり、学問的・文学的には顧みられることのほとんどなかったジャンルである。ところが時代は変わるもので、最近では大学でのミステリ研究も盛んになりつつあるらしい。まあ立教大学の乱歩研究等はよく知られている方だろうが、横溝正史の遺品等をどかっと●ン千万円で購入した二松学舎大学もまた、そういうムーヴメントを起こした大学のひとつであり、記憶にも新しいところだ。
 本日の読了本『横溝正史研究 創刊号』は、その二松学舎大学文学部教授の江藤茂博氏や山口直孝氏が中心となって発刊した、文字どおり横溝正史の研究書である。以下は目次。

浜田知明「金田一耕助の変遷」
「インタビュー 俳優 古谷一行」
〈論考〉
谷口 基 「金田一耕助の恋愛」
山本幸正 「金田一耕助の食生活」
生方智子 「金田一耕助のアメリカ」
中澤千磨夫「金田一耕助の探索」
栗田 卓 「金田一耕助の金銭感覚」
浜田知明 「金田一耕助の探偵事務所」
小松史生子「金田一耕助のパトロン」
廣澤吉泰 「金田一耕助の語り手」
小嶋知善 「金田一耕助の戦争体験」
山前 譲 「金田一耕助の探偵方法」
鷲田小弥太・中澤千磨夫・江藤茂博「鼎談・観てから読む横溝正史」第一回『三本指の男』『本陣殺人事件』
二松学舎大学所蔵・横溝正史旧蔵資料紹介「『悪霊島』取材ノート」
「横溝正史ネットワーク」第1回 佐々木重喜氏
「横溝正史年譜事典〈1902―1921〉」
「横溝正史著書目録」
「横溝正史参考文献目録」

 溝正史研究創刊号

 とりあえずは「創刊号」は「金田一耕助特集」ということで、さまざまな切り口・テーマで金田一耕助に対するアプローチが為されている。年譜や著書目録、参考文献目録といった資料類も充実しており、まずは十分な内容ではなかろうか。おそらくは探偵小説研究家として知られる浜田知明氏がかなりサポートしているのだろう。
 このほか目次からではわからないが、実は横溝正史が十四歳の頃に書いた雑誌投稿の作文「宿題を怠った日」が、年譜事典に載っているのは要チェック。ファンならずとも気になるでしょう、これは。

 ただ、少し注文をつけさせてもらうと、二松学舎大学があえて音頭をとるからには、既存とは違った文学的・社会学的なアプローチがもっとほしかったところだ。
 例えば〈論考〉という名のエッセイ群。いや、内容は十分楽しいし、テーマに沿って多くの著書をあたり、裏をとってまとめあげるのが大変なのはわかっている。わかっちゃいるんだが、ううむ、こういう企画だと一般のミステリ関連書籍でもできるわけで。
 また、古谷一行へのインタビューや「鼎談・観てから読む横溝正史」も記事自体は別に悪くはないが、わざわざ原典を離れて二義的な映像媒体の話を載せる必要があるのかという疑問。せめて載せるなら、ビジュアライズ特集と銘打った次号ではないのか。
 これが普通のミステリ評論書ならここまで注文はつけないのだが、大学の研究誌を一般にも公開するという、しっかりした出版意図がある本なのである。変に読者ウケなど考えず、これまでにないきっちりした研究内容で勝負してもらいたいものである。>いったい何様(笑)


澁澤龍彦『澁澤龍彦初期小説集』(河出文庫)

 読書好きなら一度ははまってしまう”麻疹”のような作家がいるものだが、澁澤龍彦も間違いなくそうした作家の一人であろう。管理人がはまったのは学生時代から新社会人になった頃だろうか。当時、河出書房新社で次々に文庫化されて、さながら澁澤龍彦全集状態だったと記憶する。
 異端、博学、エロティシズム、幻想……彼を読み解くキーワードは山ほどあり、それによって構成される澁澤ワールドは文学からサブカルまで包括するため、いつの時代にあっても文系学生や芸大系学生をいたく刺激してやまない。語弊がある表現だが、もはや永遠のアイドルと言ってもいいのかもしれない。

 そんな澁澤龍彦の小説を久しぶりに読んだ。『澁澤龍彦初期小説集』である。翻訳臭が強く硬質な文体だが、独特のリズムを持ち、決して読みにくさはない。また、中身も澁澤の精神世界をそのまま具象化したようなものばかりで、一見ワケのわからない話にも思えるが、とにかくイメージが強烈なので、理解はしやすいはず。そもそもどの作品であっても、根底には”性愛”が横たわっているので、そのいろいろな形を見せてもらっていると思えば話は早い。

 澁澤龍彦初期小説集

エピクロスの肋骨
 「撲滅の賦」
 「エピクロスの肋骨」
 「錬金術的コント」
犬狼都市(キュノポリス)
 「犬狼都市」
 「陽物神譚」
 「マドンナの真珠」
 「あとがき(文庫版)」
人形塚 他
 「サド公爵の幻想」
 「哲学小説。エロティック革命 二十一世紀の架空日記」
 「人形塚」

 収録作は以上。過去の作品集に併せて章立てのような形で構成されており、「人形塚 他」に含まれる作品だけは、全集を除くと初めて書籍に収録されたものだ。
 個人的には、私小説っぽい「撲滅の賦」がけっこう好みなのだが、澁澤本人は文学でしか為し得ない極度に磨かれた人工的スタイルを評価していたというから、私小説などという感想は嫌がるんだろうなぁ。人工的スタイルが逆に感動を高めるという点では、「エピクロスの肋骨」「マドンナの真珠」の事の成り行きが予想外で実にいい。
 唯一の推理小説という触れ込みの「人形塚」は、意外とベタなホラーという趣で、推理小説の範疇には入れにくいが、昭和初期の探偵小説を彷彿とさせて楽しめた。


『本の雑誌』2009年7月号

 今月号の『本の雑誌』で、「大ロマン復活の仕掛け人―八木昇インタビュー」という特集を組んでいる。
 昨今のクラシックブームのはるか以前、1970年前後のことになるのだが、昭和初期の探偵小説を次々と復刊していった会社がある。それが桃源社であり、八木昇氏はその二代目社長であった。
 社会派推理小説全盛の頃に、横溝正史や国枝史郎、小栗虫太郎といった辺りをガシガシ出していたのだから、何とも勇気のある社長さんだったわけだが、おかげで現在では、桃源社というと古いミステリを集めてみようなどと考える人間が最初に出会うターゲットでもあり、ミステリ古書入門編みたいなイメージもあるほどだ(とはいえ『白の恐怖』みたいな最難関入手本もあるが)。
 ともあれ、あの時代に活躍した編集者の生の声を聞けるのは、非常に楽しいし、興味深い。

 ところで最近『本の雑誌』ってこういう企画が多いような気がするけれど、何かわけあり?

スティーヴ・ホッケンスミス『荒野のホームズ』(ハヤカワミステリ)

 10日振りに浮上。この間に何をしていたかというと、特別変わったこともなかったのだが、微妙にストレスが溜まる仕事が続いていたり、そのせいかどうかは知らぬが体調をやや崩したり、ディズニーシーのミラコスタで部下の結婚式に出てみたり、遂にETCを購入したり、という日々。読書は遅々として進まず。

 で、何とかかんとか読み終えたのが、昨年の『このミス』等でランクインしていたスティーヴ・ホッケンスミスの『荒野のホームズ』。今月にはその第二弾『荒野のホームズ、西へ行く』が出るというので、とりあえず一作目の消化に努めた次第。こんな話。

 兄はオールド・レッドことグスタフ・アムリングマイヤー。一方の弟はビッグ・レッドことオットー・アムリングマイヤー。二人は洪水で家族を失い、たった二人だけ生き残った家族だった。雇われカウボーイとして西部を渡り歩く彼らは、ある日のこと、評判のあまりよろしくない牧場に雇われる。案の定、その牧場で一人の男が命を落としたが、オットーはそのとき、グスタフの目が輝いたことに気がついていた。
 グスタフが心から心酔する男、その名はシャーロック・ホームズ。グスタフがこれまで学んできたその捜査法を、ついに試すときがきたのだ。

 荒野のホームズ

 これはもうアイディアの圧倒的勝利である。西部劇とミステリの合体などいかにもありそうな感じなのだが、これが思いのほか少ない。古くはM・D・ポーストのアブナー伯父シリーズ、最近のものだとエドワード・D・ホックのベン・スノウ・シリーズぐらいか。ルイス・ラムーアとかエルモア・レナード、ロバート・B・パーカーなどは両方書いているが、ミックスされたものは記憶にない(こっちが知らないだけかもしらないが)
 とまあ西部劇とミステリの合体だけでも珍しいのに、これにホームズという要素を絡め、見事なパスティーシュに仕上げてしまったのが本作。

 ホームズに心酔するカウボーイが、その捜査法を用いて事件を解決するというだけでも十分なのだが、設定はさらにちょっとした捻りを加えている。実は探偵役のグスタフは貧しい家の生まれのため、教育らしい教育をほとんど受けておらず、読み書きがまったく出来ないのである。その兄をサポートするのがワトスン役を務める弟のオットー。頭の回転は兄よりもだいぶ落ちるが、末っ子の彼だけはしっかりとした教育を受けさせてもらい、事務職の経験まである。正にワトソン役にうってつけ(笑)。
 したがって、本作の二人は血縁という関係だけでなく、捜査をするうえで欠かすことの出来ない相棒なのであり、その結びつきは本家をも凌駕するのだ。
 ここまで世界観やキャラクターがしっかりしていると、事件が多少つまらなくてもエンターテインメントとしては十分楽しめるわけで、まず成功は約束されたようなものだろう。

 ただ、これがデビュー長篇のせいなのか、構成は少々あまく感じられた。とりわけ序盤は、メインのストーリーと平行して、二人の境遇や世界観、ホームズに惹かれたきっかけのエピソードなどを混ぜながら、割とまったり目に描写してゆくので、あまりスピード感が感じられず、リズムも悪い。ひとつひとつの場面は悪くないだけに、これがとにかくもったいない。プロローグもじゃまな印象。
 また、事件そのものも複雑すぎる嫌いがある。この時代や舞台設定を考えると、ここまで凝った事件が果たして必要だったのか。伏線も張りまくるのはいいのだが、ほんとに無駄なくすべてを活用しようとしているようで余裕がなく、結果、最後の謎解きシーンが情報の大洪水となってしまうのはいただけない。
 さらに、無いものねだりでいうと、ラストの撃ち合いはもう少し格好良くしめてもらいたかった。せっかくの西部劇なのだから、これは単純に残念。

 ううむ、読んでいる間は十分楽しめたのだが、あらためて感想を書いてみると、けっこう欠点も多いなぁ。ただ、純粋に技術的な短所だとは思うので、この辺は二作、三作とだんだん上手くなっていく気はする。とりあえず二作目待ちか。


ジョン・ディクスン・カー『毒のたわむれ』(ハヤカワミステリ)

 バンコランと別れてアメリカへ戻ったジェフ・マールは、若い頃世話になったクエイル判事のもとを訪れた。だがマールの面前で、判事は毒を盛られて殺されそうになり、さらには判事の妻も命を狙われる。だが互いに牽制し合い、事を明るみにしようとしない家族。そこにはかつてマールが知っていたクエイル家の面影はない。彼らの確執を生んだものは果たして何なのか。判事とその妻、五人の兄姉。家族以外の誰かが犯人とは思えない状況で、遂に最初の犠牲者が。殺されたのは次女の夫……。

 毒のたわむれ

 本日の読了本はジョン・ディクスン・カー『毒のたわむれ』。ディクスン・カーの第五作にあたる作品。
 それまでの怪奇趣味一辺倒であったバンコラン・シリーズと、より膨らみを備えたギデオン・フェル博士やヘンリー・メリヴェール卿シリーズをつなぐ作品として位置づけられており、語り手は1~4作目のバンコラン・シリーズ同様ジェフ・マールが務める。ただしバンコランは登場せず、一応はノン・シリーズという扱い。
 面白いのは探偵役だ。パット・ロシターという青年が務めるのだが、人を煙に巻くような言動やときおり見せるコミカルな言動は、後のフェル博士やH・M卿を彷彿とさせる。だが、いかんせん、まだ両巨頭のような個性が確立されておらず、全体を覆う怪奇趣味を一掃させるような存在感には欠ける。ワトソン役のジェフ・マールが良い感じで一歩引いているので、よけい探偵役のギクシャクした演技が気になるのである。ぶっちゃけ浮きすぎ。
 ただし、カーが新しいスタイルを模索しており、バンコランからフェル博士へ移行している最中の作品だと思って読めば、作風の変化など見どころは多いだろう。

 とはいえ、そんなマニアックな読み方をせずとも、本作は普通の探偵小説と思って読んでも失望はしないはずだ。
 限られた空間で怪しげな人物ばかりを登場させ、そこでしっかりと伏線を張り、フェアに(しかし反則すれすれのところで)フーダニットを成立させてくれるのは、カーの作品でも珍しいのではないか。これでもう少しメイントリックを何とかしていれば(笑)、より評価される作品になったのだろうが、そこが実に惜しい。カーの中ではあまり目立つ作品でもないけれど、読んでおいて損はない。


« »

06 2009
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー
'; lc_cat_mainLinkPart += lc_cat_groupCaption + ''; document.write('
' + lc_cat_mainLinkPart); document.write('
'); } else { document.write('') } var lc_cat_subArray = lc_cat_subCategoryList[lc_cat_mainCategoryName]; var lc_cat_subArrayLen = lc_cat_subArray.length; for (var lc_cat_subCount = 0; lc_cat_subCount < lc_cat_subArrayLen; lc_cat_subCount++) { var lc_cat_subArrayObj = lc_cat_subArray[lc_cat_subCount]; var lc_cat_href = lc_cat_subArrayObj.href; document.write('
'); if (lc_cat_mainCategoryName != '') { if (lc_cat_subCount == lc_cat_subArrayLen - 1) { document.write(' └ '); } else { document.write(' ├ '); } } var lc_cat_descriptionTitle = lc_cat_titleList[lc_cat_href]; if (lc_cat_descriptionTitle) { lc_cat_descriptionTitle = '\n' + lc_cat_descriptionTitle; } else if (lc_cat_titleList[lc_cat_subCount]) { lc_cat_descriptionTitle = '\n' + lc_cat_titleList[lc_cat_subCount]; } else { lc_cat_descriptionTitle = ''; } var lc_cat_spanPart = ''; var lc_cat_linkPart = ''; lc_cat_linkPart += lc_cat_subArrayObj.name + ' (' + lc_cat_subArrayObj.count + ')'; document.write(lc_cat_spanPart + lc_cat_linkPart + '
'); } lc_cat_prevMainCategory = lc_cat_mainCategoryName; } } //-->
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
月別アーカイブ