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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 04 2002

スティーブン・スピルバーグ『AI』

 聖蹟桜ヶ丘まで買い物。ついでに寄ったブックセンターいとうやくまざわ書店でしこたま本を買い込み、相方に白い目で見られる。帰りには府中の森公園などを散歩。結局この三日間はほとんど本を読んでいないが、なまじ家にいると家族の手前もあって平日より読書量が落ちてしまう。他の人はどうなんだろう?

 夜はスピルバーグの『AI』をレンタルして観る。監督は巨匠スティーブン・スピルバーグ。
 あまり子供を主役にしたお涙頂戴モノは好きじゃないんだが、それを抜きにしてもこれはひどい。構成のバランス悪さとご都合主義のオンパレードになんだか途中から腹が立ってくる。映画やビデオでここまで腹が立つことは珍しい。スピルバーグは本当にこれを作りたかったのか? もう少し何とかならなかったのか?
 『ET』も好きな映画ではないのだが、映画としては『ET』の方が芯が通っているだけに全然上でしょう。


山田風太郎展

 世田谷文学館でやっている山田風太郎展へ。生原稿などはもちろんだが、学生時代に使っていた定期券だとかまで飾ってあり、風太郎先生の物持ちの良さをうかがい知ることができる。そういえば先日、光文社文庫からでたばかりの『笑う肉仮面』の元版も初めて見たが、もっと強烈なのを予想していただけに、これは感激もほどほどでした。なお、常設展でも江戸川乱歩や横溝正史にそれなりのスペースをとってあって、こちらもなかなか楽しめる。横溝の本棚再現コーナーでは普通の本からレアな本まで混在しており、ついつい古本屋の棚を見る目で眺めてしまった。
 ところで世田谷文学館って、駐車場がかっこいい。自分で操作してクルマごとエレベーターで降りていくのだが、まるでサンダーバードの秘密基地かと思ったぞ。これを体験するだけでも行く価値があるかも。

イアン・マキューアン『アムステルダム』(新潮社)

 先日に引き続き、またまたびっくりするニュース。今月号のミステリマガジンを読んでいたら、ヘンリイ・スレッサーが亡くなったとのこと。スレッサーといえば、小粋でおしゃれでツイストとサビの効いたオチで知られるショート・ストーリーの名手である。ポケミスから出ている短編集はどれもおすすめ。ミステリを知らずとも、老若男女を問わずとも、安心して人に勧められる作家だっただけに大変残念。気のせいかどうも昨年から今年にかけて、ミステリ作家の逝去が多いなぁ。

 さて、本日の読了本は、イアン・マキューアン作『アムステルダム』。
 新潮社のクレスト・ブックスという叢書の一冊だが、本筋に入る前に言っておくと、このクレスト・ブックスというのは装幀がどれもむちゃくちゃオシャレでよい。しかもソフトカバーにするところに、編集者やデザイナーのセンスを感じる。願わくばずっと続けてほしいものだが、肝心の売れ行きはどうなんだろうなぁ? 気になる気になる。

 まあ、そんな話はさておいて、この『アムステルダム』である。作者のマキューアンはハヤカワ文庫の『イノセント』で日本初登場だったと記憶しているのだが、先日読んだグターソンの作品同様、ミステリの衣をまとって現れた普通小説だった。管理人は不幸にも前宣伝のせいでミステリとして過大な期待をかけて読んだため、『イノセント』はどうにもピントが定まらない印象しか残っていない。
 ところがその後のマキューアンの活躍を知るにつけ、もう一度読み直したい衝動にかられていたのである。そこで手にしたのが『アムステルダム』だった。

 舞台はロンドン。かつては妖しいまでに魅力的な女性だったモリーの葬儀に、三人の男たちが出席する。一人は作曲家、一人は新聞社の編集長、一人は外務大臣。彼らは過去にモリーとつき合ったことのある面々。その三人に、モリーの夫を加えた四人が、巻き起こす因縁の物語が幕を開ける。

 登場する男たちはそれなりに社会的地位を獲得した人物ばかりだが、普通の人間とそれほど差があるわけではない。それどころか極めてまともな人々である。ただ、多くのまともな人々と同じように、彼らもまた完全な良識を持つわけではなく、若干の欠点も備えている。その欠点がモリーの死によって拡大され、少しずつ転落の坂道を転がり始める。
 その過程を淡々と綴るマキューアンの描写がなかなかよい。比較的短いセンテンスで情景や心理をさくさく刈り込んでいく感じ、といったら、少しはわかるだろうか? いや、わからんな(笑)。
 とにかく読者をいい感じで不安にし、ともに堕ちていこうではないかと誘ってくれるのが上手い。主人公たちの行動に苦笑することはあっても、心から笑うことは決してできないはずだ。そして笑えない自分に気がつくと、マキューアンの思うつぼなのである。
 なお、この作品もほんの僅かながらミステリ的な味付けはされているが、決してミステリではない。この境界線上の物語というのが、好きな人にはとことん堪らないことを付け加えて本日はお終い。


デイヴィッド・グターソン『死よ光よ』(講談社文庫)

 勁文社が民事再生法の適用を申請したらしい。出版社としては中堅どころ、かつては翻訳ミステリもいくつか出していただけに(まあ、ミステリというよりはゲーム攻略本の方が印象は強いのだが)、まさかそこまで台所事情が苦しいとは知らず、けっこうビックリした。
 決して人ごとではなく、出版業界がこの先どうなるのか大変心許ない。管理人が務める会社なんて小さなもんだけど、今のところはそれなりに仕事がまわっていて、ありがたいことである。クライアントさん、もっと仕事くれ。

 そんな鬱な気分を吹き飛ばすどころか、いっそう闇の淵に引きずり込もうとしたのがデイヴィッド・グターソンの『死よ光よ』だ。
 闇の淵と書いたが、これは癌による死を目前にした老医師が、死に場所を求めて彷徨うロードノベルだ。旅の中で医師はさらに傷つくことにもなるが、新たな出会いや生の誕生にも立ち会い、魂を再生してゆく物語となっている。決して沈みっぱなしではないので念のため(笑)。

 作者のグターソンといえば、前作の『殺人容疑』が大評判となったのはまだ記憶に新しい。あれはミステリではなく文学だよという話もあちこちに出たが、そういう話が出たのも殺人を扱っているからで、表面的には強引にミステリという縛りがあっても、まあ、許せるところだろう。しかし、今回は完全にミステリのミの字も出ない。グターソンはもともとミステリなど書いているつもりもないだろうし、ますます飾りを取り払って、真っ向から生と死について語っている。

 『死よ光よ』についていえば、さんざっぱら言われていることなので今さらなのだが、やはり描写がいい。自然の描写なんて、正直たいていのミステリでは流して読むことも多いのだが、心象風景にもなっているのでついつい丹念に活字を追ってしまう。ましてや主人公が半生で出会ってきた人たちの思い出、旅先での出会いは、なにをか言わんやである。とにかくもう読んでいて涙腺が緩みっぱなし。
 先にあるのは死のみ。その状況のなかで、主人公の老医師は心の平穏をつかむために自殺を選ぶ。しかし、それが本当に平穏なのか。潔いことなのか。
 しかし読者は深く考えなくともよい。自分の心へ静かに染みこんできたものに対し、ただ感じ入ればよいのだ。そして感じ入るだけの力が、この本にはある。人に看取られて死ぬことの意味と尊さが、この年にしてわかった気がする。


中島河太郎/編『航空ミステリー傑作集 恐怖の大空』(KKワールドフォトプレス)

 中島河太郎/編『航空ミステリー傑作集 恐怖の大空』を読む。
 前にも書いたかもしれないが、以前はアンソロジーって本当に読む気が起こらなかった。実は一作家による個人短編集すら苦手だった時期がある。まったりと長編を読むのが読書、と一途に信仰していたのである。いま考えると「おまえはアホか」と自分に言いたいところだが、その後読書遍歴を重ねてきて、いまやアンソロジーをけっこう楽しんで読んでいる自分がいるから不思議だ。

 アンソロジーのよいところは、手っ取り早く一定の分野もしくはジャンルについて理解を深めることができる、いわば入門書的なところにある(まあ、その目的からして当たり前のことですが)。
 その副産物として、普段なら絶対読まない作家に接することができるし、すでに読んだことのある作家でも見直すきっかけになったりするわけだ。テーマで楽しむのはもちろんだが、この後者の楽しみ方がけっこう大きいのである。
 例えば本書ではこんな作品が収録されている。

大藪春彦「羽田上空の罠」
三好徹「スカイジャック」
福本和也「寒冷前線」
海渡英祐「偽りの再会」
赤松光夫「空賊」
酒井嘉七「呪われた航空路」
星田三平「落下傘嬢殺害事件」
斎藤栄「空を飛ぶ殺人」
岡本好古「アロウヘッド」
戸川昌子「黒い餞別」

 航空ミステリー集なのでそれらしいタイトルがずらり並ぶが、もちろん航空ミステリーがそれほど読みたかったわけではない。注目は何といっても酒井嘉七や星田三平といったところである。いずれも戦前に数えるほどしか著作を残さなかった作家で、おまけに今現在、彼らの作品を読もうとするとアンソロジーに頼るしかない。
 ただ、前述のように、こういう機会でもなければ読まない作家もいるわけである。管理人にとっては、この中では三好徹や福本和也、赤松光夫、斎藤栄などがそれにあたる。そもそもこの人たちが航空ミステリーを書いていたこと自体がけっこう驚きである。だいたい赤松光夫はエロティックなものを書く人ではなかったか? まあ、それをいったらこのメンバーで航空ミステリーというイメージにふさわしいのは福本和也ぐらいなのだが。

 前置きが長くなりすぎた。さて本書の感想を一言で述べると「航空ミステリー」という枠は、アンソロジーにはけっこう適したテーマといえるようで、概ね楽しく読むことができた。物語のスケールはいやがうえにも大きくなるし、パイロットや軍人などの登場人物が多くなるから、キャラクターにも個性的な者が多い。出版された時期が少し古いので(昭和五十一年刊)、航空機に関する描写も時代を感じさせるが、それはそれで楽しいところだ。

 ただ、全般的に、物語の終盤でどたばたしたまとめ方をする作品が多かったのは残念。これは初出時の文字数等の制限のせいであろうか。特に冒頭の三連発。大藪春彦「羽田上空の罠」三好徹「スカイジャック」福本和也「寒冷前線」などは、読んでいる間はけっこう緊迫感を保ついい作品なのだが、何だか妙なオチを持ってきたり、説明が不足気味だったりして、ちょっともったいない。
 お好みは、まず海渡英祐「偽りの再会」。当時としては珍しい飛行機のアリバイトリックを扱った点が評価されるのだろうが、むしろ疑問と余韻を残すエンディングがなかなかよい。
 星田三平「落下傘嬢殺害事件」も悪くない。今読めば大したことのない謎解きだが、最後にひとひねり持ってくるところはさすがである。
 厳密にはミステリじゃないけど、岡本好古「アロウヘッド」の精神世界は読んでいてゾクゾクするものがあるし、戸川昌子「黒い餞別」はサスペンスにあふれた佳作だ。
 そして一番意外性と言う点で評価したいのが、斎藤栄「空を飛ぶ殺人」。この人こんな冒険小説色の強いものを書いていたんだと素直に感心してしまった。これがあるから、アンソロジーは止められないんだよ。うん。


ダニエル・ペナック『人喰い鬼のお愉しみ』(白水社)

 前々から気になっていたダニエル・ペナックの『人喰い鬼のお愉しみ』を手に取る。
 読んだ人の評判を聞く限りでは、けっこう自分のツボをついていそうだし、なにせフランスでベストセラーになったミステリときけば、とりあえず読んでおくしかあるまい。こうみえてもフランスミステリはけっこう好きなのである……と思っていたのがもう五、六年前か。
 しかし前述のごとく一応気にはしていたので、我が家の積読コーナーでは比較的いいポジション、しいていえば日本代表の中田のごとく1.5列目ぐらいに置いていたのだが、しょせん積ん読。気がつけばその後もぼちぼちと翻訳されているようで、アマゾンでのぞいてみたら、もう六冊ぐらい日本でも売られておるではないか。しかも白水社以外にも聞いたことがない出版社まで出している。>すいません藤○書店様

 でまあ、心を入れ変えて読み始めた次第。
 主人公のマロセーヌはデパートの品質管理係に勤務する青年。といっても実際には苦情処理係だ。しかしただの苦情処理ではない。苦情を訴える客の前で上司に徹底的に罵倒され、客の前で泣いてみせることによって客の毒気を抜き、損害賠償を最小限にとどめるという何ともあざとい業務なのだ。いわば「贖罪の山羊」。
そんな憂鬱な毎日のなか、勤務するデパートで連続爆破事件が勃発、しかもその現場にいつもマロセーヌが居合わせることから、疑いはいつしか彼にかかる。もちろん身に覚えないマロセーヌ。自ら犯人探しに乗り出したのだが……。

 おお、やっぱりいいじゃん。なるほど形としては一応ミステリの体裁をとっているが、読後感はやっぱりユーモア小説(内容は全然普通じゃないが)だ。
 原文はどうかわからないが、訳文は淡々としながらもとぼけた味わい。これが作品のテイストとうまくマッチしている。小ネタもふんだんに取り入れられ、くすぐりだらけである(個人的にはタンタンのネタ、好きです)。とにかく退屈させないテクニックは大したものだ。

 設定も馬鹿馬鹿しくてよい。そもそもマロセーヌがこんな仕事を続ける理由が、放蕩母親があちこちでこしらえてくる弟や妹の世話をするためであり、彼は家庭でも「贖罪の山羊」として暮らさなければならないのだ。で、その兄弟姉妹たちがそれぞれ個性爆発しており、面白い味を出している。しかもそれがただの味つけに終わらず、事件にも絡めているところがうまい。
 例えば占星術に凝っている妹の一人が、次の爆破事件の日を占星術によって的中させるところなどは、大変にあほらしく、なおかつお見事。おまけにジュリユスという愛犬までも事件でなかなか重要な役目を果たす。本筋とギャグを巧みにミックスさせる手法はかなり達者だ。

 ただ、ミステリとして過剰な期待をかけるとやはりだめでしょう。決してつまんないというわけではない。先述の占星術ネタなど、斬新とまではいかないが(先例がいくつかあるし)、作品のおバカなムードにうまく合ったネタを用意している。あまりミステリということにこだわらず、純粋に小説世界にひたるのがよい。
 よし、続編も読むぞ。>いつ?


ピーター・ジャクソン『ロード・オブ・ザ・リング』

 かねてからの懸案であった『ロード・オブ・ザ・リング』をやっと観ることができた、ってそんな大仰に語ることでもないか。
 いや、しかしけっこう頑張って撮っている。ハリポタよりも出来はいいんじゃないか。個人的にファンタジーはミステリと違って過剰にのめりこんでいるジャンルではないので、変に期待しない分だけ単純に楽しめる。
 これがミステリだと思い入れが強すぎて。例えば『ハンニバル』なんかだと、クラリスは絶対にジョディ・フォスターじゃなきゃいかんとか、くだらないこだわりが出てしまう。まあ客観的にみても、キャラクターや中つ国のイメージもそんなに外してはいないんじゃないかな。原作は十年ほど前に読んでいるが、いい感じでストーリーも忘れていたのがよかった(笑)。ただ、少し気になったのは、いくつかの固有名詞が変更されていたこと。ゴクリとか。あれってどういう理由があるんだろう?
 とにかく話が長すぎるので、全三部作を一気に撮って、毎年一作ずつ公開される予定らしいが、これは残り二作も押さえておきたい。うん、わりと待ち遠しいぞ。


ウンベルト・エーコ『前日島』(文藝春秋)

 ミステリファンにとってのエーコといえば、やはり『薔薇の名前』だ。今回読んだ『前日島』はそのエーコが書いた漂流譚。といってもエーコのことだから、そんな一筋縄でいくような物語ではない。漂流そのものに関わる部分より、脱線の方がはるかに多い。というよりそもそも脱線の方がメインなのである。読者はその脱線の部分を自分なりに紡ぎ、エーコの挑発に応えなければならないのだ。

 時は1643年。島の入り江に浮かぶ船に漂着した遭難者、ロベルト・ド・ラ・グリーヴ。ロベルトがその船で書く恋文を軸にして物語は進められる。語られるのはたんなる恋人への想いではない。彼の生涯、恋愛論、哲学、歴史、宗教、そして何よりタイトルの基になる日付変更線について。まさに知の奔流という形容がふさわしい壮大な迷宮世界である。

 とにかく事実や妄想がごっちゃになって語られるその内容は、読み手もそれなりの知識と教養が必要なことは言うまでもない。次から次へと提示される小テーマに、はっきりいってついていくだけで精一杯である。読んでいる間、自分が本当に作家のメッセージを理解しているのか、ほとほと不安になるのだ。

 加えて『薔薇の名前』や『フーコーの振り子』に比べると、物語の持つ力はそれほど強くないのが辛い。
 ストーリーはわかりやすいと言えばわかりやすいが、要は漂流者の妄想だから、上っ面だけを読んでも絶対にエーコの企みなど理解できるはずもない。登場人物たちのかわす会話は自ずと講義のようでもあり、小説を読んでいるという気持ちすら失せてくる。いや、エーコはおそらく最初からそんなことは無視しているのだろう。
 とにかく読んでいると退屈と興味が交互に襲ってきて、大変疲れる。少なくとも通勤電車で読む本ではないだろう。

 そんななかで最後にエーコは、小説に対して妥協?を見せる。ロベルトの最後の行動がそれだ。決着のつけ方としては何とも無理矢理であり、結末が読者の判断に委ねられるとしても、これは少々いただけない。「じゃあ今までたれてきた蘊蓄は何なの?」って、読者をそんな気にさせちゃだめだと思うのだが。
 そんなこんなで『前日島』を人にお勧めするのは、なかなか躊躇いがある。たまには小難しい小説を読みたいという人なら。


ジョン・ディクスン・カー『震えない男』(ハヤカワミステリ)

 ジョン・ディクスン・カーの『震えない男』を読む。うーんんん、これは何と言ったらいいのかな。いいところと悪いところが程良くミックスされた失敗作?

 舞台となるのは幽霊屋敷と噂の高い十七世紀に建てられたロングウッド荘。この幽霊の正体を確かめようと、ある男が屋敷を買い取り、そこで幽霊パーティーを開こうなどと考えたからさあ大変。案の定、客人が集まった屋敷で殺人事件が起こったのだった。しかも目撃者の証言では、壁に掛かった拳銃が宙に浮いて、独りでに狙いをつけたというのだから!

 カーお得意のオカルト趣味が全編を覆っているのでムードは悪くなく、けっこうテンポ良く読めるのはポイント高し。
 しかし残念ながら殺人の手段が手段なだけに、真剣な登場人物たちとは裏腹に、読み手は馬鹿馬鹿しくなってしまうんですな。どうせ物理的トリック以外は考えられないし、しかもカーは登場人物のセリフを使ってピアノ線やらは一切使っていないと明言。残された手段はそれほどなく、こりゃやばいかなと思ったら案の定仕掛けはイマイチ。おまけに本当にこんな上手くいくのか疑問も残る始末で、メインのトリックがこれではさすがに辛いものがある。

 ただ、前述のようにいいところもないではない。限定された状況と少ない登場人物の中で、これでもかとばかりにどんでん返しをもってくるところはさすが。伏線もいろいろと張ってあって、あとから思うとカーの気配りがよくわかる。こちらが鈍いという話もあるが、例えば17章のラストのフェル博士のセリフでわかる事実は、そのときまで考えもしなかった。
 おそらくはメイントリックがもっと鮮やかなものだったらかなりの傑作になったであろうが、やはりトータルでは評価が低くなるのも致し方あるまい。
 なお本筋とは関係ないが、フェル博士がクリスティのアクロイドに触れていたりして、ちょっとニンマリ。


仁木悦子、他『メルヘン・ミステリー傑作選』(河出文庫)

 仕事で実に久しぶりに目黒へ行く。私にとってさっぱり縁のない街で、東京の住民のくせに最後に行ってからいつのまにか十数年も経ってしまっている。あまりの変貌ぶりに驚く……と書きたいところだが、以前の記憶すら残っていないので、目黒ってこんなところだっけ?という何ともつまらない感想しか浮かばない。所用を済ませ、帰りには事前にチェックしてあった古本屋をのぞくも特にめぼしいものはなし。まあ、こんなもんですな。

 本日の読了本は仁木悦子らによる『メルヘン・ミステリー傑作選』。
 メルヘン・童話というテーマで編まれたアンソロジーで、編者は新保博久&山前譲というコンビ。カバー等には編者の記述がないことから、まだお二人がブランドとして定着する以前の仕事ということなのでしょう。でも編者名はやっぱり入れないと失礼だし、本の形として間違っていると思うよ>当時の担当編集者。
 何はともあれ、まずは収録作から。

仁木悦子「空色の魔女」
角田喜久雄「笛吹けば人が死ぬ」
石川喬司「メルヘン街道」
鮎川哲也「絵のない絵本」
赤川次郎「青ひげよ、我に帰れ」
小泉喜美子「遠い美しい声」
結城昌治「みにくいアヒル」
加田伶太郎「赤い靴」

 最高とはいえないが、まずまずグレードは高くて楽しめる作品がそろう。河出文庫のアンソロジー・シリーズは一時期雨後の筍のように出ていた時期があって、似たようなテーマの『アリス・ミステリー傑作選』というものもある。しかし、あちらは基本的にタマ不足のせいもあって、別にアリスじゃなくてもいいじゃん、という作品も少なくなかった。こちらは範囲が広い分選択の幅も広がり、結果、質も高いように思う。

 お気に入りは、有名すぎて気が引けるが、操り殺人をモチーフにした角田喜久雄の「笛吹けば人が死ぬ」。悪女というよりは、コンプレックスをバネにしすぎたがために心が壊れてしまった感じの女、絵奈。テーマもさることながら、彼女の特異なキャラクターが印象に残る。これで何度目かの再読になるが、いいものは何度読んでもいいです。
 小泉喜美子「遠い美しい声」は瞬間芸というやつで、技ありの一本。巧い。
 ひたすら主人公を突き放していく結城昌治の「みにくいアヒル」は、何とも言えない後味の悪さが逆に快感。
 加田伶太郎「赤い靴」は本格としてしっかりしており悪くない作品だが、もっと恐怖感を煽ってくれた方がより楽しめたはずで、ちょっと惜しい。こんなところが本書のマイベストか。
 なお解説はシンポ教授で、「死」と「メルヘン」が対談するという面白い趣向を凝らしている。遠そうで近い「死」と「メルヘン」の関係を説明しているが、ただ、数年前のベストセラーではないが、本来メルヘンや童話というのは残酷な要素を多分に含んでおり、その辺の話も加味してくれているとよかったのにと思う。童話は別にミステリーと絡まなくても、それ単独でも十分に怖いことがあるのだ。


ドナルド・E・ウェストレイク『その男キリイ』(ハヤカワ文庫)

 昨晩の雷雨が雲を吹き飛ばしたせいか、朝から気持ちよい晴天。しかし風が恐ろしく強い。午後から仕事で横浜に行ったのだが、訪問先のビルにある駐輪場はとりわけ強風地帯で、五十台近くの自転車がきれいに将棋倒し。なかなかの壮観だが、誰かのいたずらじゃないよな?

 さて本日の読了本はドナルド・E・ウェストレイクの『その男キリイ』。先日読んだ『やとわれた男』同様、ウェストレイク初期のハードボイルドのひとつであり、それなりの期待を込めて読む。

 主人公は大学で経済学を学びつつ、実習生としてある労働組合で働くことになったポール。小さな田舎町から組合の組織作りを依頼された上司キリイとともに、現地に赴いた。ところが到着早々に依頼者が殺されるという事件が起こり、二人は容疑者として逮捕されてしまう。その後なぜか一人釈放されたポールだが、事態はさらに混迷を窮めていく……。

 読み終えてまず感じるのは、とにかくウェストレイクは登場人物の造形が絶品であるということ。ハードボイルドとはいっても、今回の主人公ポールはまだ学生。仕事や将来に希望を持つ若者であり、その視線はまっすぐ前に向けられているが、世慣れていないその行動は甚だ心許ない。
 こんな主人公の設定だとともすれば青臭さばかりが先に立って(ま、実際、青臭いんだけど)ハードボイルド本来の面白みとはかけ離れてしまうのだが、そこを逆手に取って主人公の言動に説得力をもたせ、物語に深みを与えている。

 脇役もいい。ポールが拘留されたときに話し相手になるウイリック警部、組合の用心棒として派遣されてきたジョージ、キリイの上司にあたるフレッチャーなどなど。

 そして何といっても、原題にもなっている上司のキリイだ。ポールの目から見たキリイは人間的な魅力にあふれ、理論だけでなく仕事もできる男として描かれる。ポールが尊敬するといってはばからないほどの人間だ。ところが物語が進むにつれ、その本性が少しづつ明らかになる。ポールの目から見たキリイ像、そして読者の目から見たキリイ像が次第に変貌していく様は、予想できそうで予想できない。
 ミステリを読み慣れた者なら何となく予想できたつもりになる。ついでに言えば、事件を通して主人公が成長してゆく物語であろうということも想像できる。
 ところがウェストレイクはその予想を微妙にかわしてくれる。この辺の加減と最後のかわし方が絶妙なのだ。実は事件の謎自体はそれほど深いとは言えない。しかし小説そのものがある種の仕掛けをはらんでおり(そんな大げさなものじゃないんだけどね)、ラストで『キリイ』という原題の意味に気づいたとき、何とも言えぬ余韻を残すのである。傑作。
 
「あんたら頭のいい若者は、出世するためには何でもしようとする。でも本当はそうじゃない。あんたらは仕返しのために何でもしようとするんだよ」byジョージ


マーティン・クルーズ・スミス『ナイトウイング』(早川書房)

 一昔、いやもう二昔前になるだろう。動物パニックというジャンルが、映画や小説で流行ったことがある。火付け役はもちろんピーター・ベンチリー作の『ジョーズ』。その後、熊やらワニやら犬やらヘビやらピラニアやらミミズやら蜂やら、もう数え切れないくらいの獣が人間を襲ってきた。そして『ジョーズ』から遅れること二年。ある作家がコウモリをネタに作品を書き上げた。
 それがマーティン・クルーズ・スミス作の『ナイトウィング』。
 大したストーリーはない。舞台はアリゾナのインディアン居留地。家畜の奇怪な死を発端にして幕を開ける吸血コウモリと人間の戦いを描いた作品だ。

 この手の作品を成功させるポイントはふたつあると思う。
 ひとつは獣と人間の戦いに説得力をもたせること。これは科学的なものでも良いし(ま、こちらが一般的ですわな)、オカルト的に解釈するのも手だろう。動物の特性などをしっかり説明し、なぜ人間を襲うのか、どうやったら退治できるのか、この辺をしっかり書き込んでくれないと読めたものではない。どっちにしても普通はまずあり得ない状況を物語るのだから、上手に嘘をついてほしいのである。そうしないと子供向けの怪獣物と大差ない低レベルの作品になることは目に見えている。
 もうひとつのポイントは、獣との対決という縦軸以外に、対立する人間関係やロマンス、主人公の成長などの横軸でしっかりフォローすることであろう。どうしても単調になりがちな獣との戦いを物語として成立させるには、これも欠かせない要素となる。

 そこでこの『ナイトウィング』。
 結論から言うと、水準は極めて高い。吸血コウモリの蘊蓄は申し分ないし、退治の仕方も合理的だ。また、作者は主人公にホピ族の保安官補を採り、インディアンの部族間の対立、主人公の精神的成長、ロマンスなどを盛り込み、さらにはインディアンの伝説などでオカルト色も絡めている。はっきり言ってあまり期待しないで読み始めたのだが、リーダビリティはなかなかのものであった。さすがはマーティン・クルーズ・スミス。後に『ゴーリキー・パーク』でブレイクした作者だけのことはある。

 ただ、そんなに面白かったのかといえば、「それなりに」という答えにはなってしまう。やっぱり相手がコウモリごときではイマイチ恐怖感が盛り上がらないのだ。この手の話はやはり相手が強力すぎるくらいでないと困る。
 必読ではないが、類似作品の中ではハイレベルだと思うので、動物パニックものが好きな人なら読んでも損はないか。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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