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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 05 2014

アントニー・バウチャー『タイムマシンの殺人』(論創社)

 アントニー・バウチャーの『タイムマシンの殺人』を読む。論創社の本ではあるが、いつもの論創海外ミステリではなく、ダーク・ファンタジー・コレクションからの一冊。埋もれた作品の発掘という趣旨は似ているが、こちらはホラーやSF系の短篇集という縛りである。
 とはいえ、作者はミステリ評論でも有名なアントニー・バウチャーである。中身がホラーだろうがSFだろうが、アントニー・バウチャーの邦訳本というだけも貴重であり、管理人的にはこれはやはり読んでおかなければならない一冊なのである。

 タイムマシンの殺人

The First「先駆者」
They Bite「噛む」
Elsewhen「タイムマシンの殺人」
Sriberdegibit「悪魔の陥穽」
Secret of the House「わが家の秘密」
The Other Inauguration「もうひとつの就任式」
Balaam「火星の預言者」
Review Copy「書評家を殺せ」
The Anomaly of the Empty Man「人間消失」
Snulbug「スナルバグ」
Star Bride「星の花嫁」
The Compleat Werewolf「たぐいなき人狼」(邦訳版のみ追加収録)

 収録作は以上。タイムマシンや狼男、悪魔との契約などをテーマにしたホラーやSF系の作品がメインなのだけれど、その手法はむしろミステリに近い。また、いわゆる”奇妙な味”とは違って、きっちりと計算したオチやヒネリが魅力である。ある程度まで読者に想像させ、そこをあえて外さずきちんとカタルシスを与えてくれるのがよい。
 まあ作者がそれを狙っているというよりは、書かれた時代ゆえというところが強いのかもしれないが。

 お気に入りを挙げるなら、まずはモンスターものの「噛む」。短いながらも単にモンスターとの戦いを描くだけでなく、ちゃんと人間ドラマを組み込んでいるのが巧い。さすが名評論家のバウチャー、よくわかっている。
 「悪魔の陥穽」と「スナルバグ」はどちらも悪魔との契約ものだが、こういう人間と悪魔の知恵比べというのは単純に楽しい。オチや後味も悪くない。
 「たぐいなき人狼」はタイトルどおりの人狼もの。この作品もそれほどのボリュームではないのだが、現代的な人狼ものにまとめつつ、ユーモラスなサスペンス小説に仕上げているのが見事。この内容なら映画にもできるな。
 ちなみに表題作の「タイムマシンの殺人」はやや期待はずれ。着想はいいのだが、少々グダグダ感強し。

 結論。目新しさという点では弱いけれども、クラシック・ミステリのファンだけでなく万人に安心しておすすめできる作品集である。読んで損はない。


松本清張『蒼い描点』(新潮文庫)

 松本清張の『蒼い描点』を読む。
 1958年に刊行された『点と線』、『眼の壁』で大ブレイクした清張は、ここぞとばかりに多数の雑誌で連載を開始するが、『蒼い描点』もそんな時期に発表された一作。

 まずはストーリーから。
 文芸誌の新米編集者、椎原典子は、箱根宮ノ下にやってきた。現地の旅館に滞在している新進作家、村谷阿沙子の原稿を受け取るためであった。
 宿へ向かう途中のこと、典子は何かと評判のよくないライターの田倉義三と出会う。なぜか村谷阿沙子がいることを知っていた田倉に、典子は妙なものを感じるが、その翌朝、田倉と阿沙子らしき二人が会っているところを目撃し、思わず声をかけそびれてしまう。
 やがて、阿沙子から原稿を受け取った典子だったが、帰る直前になんと田倉の転落死という知らせが飛び込んでくる。さらには阿沙子の夫が失踪し、そして阿沙子までもが行方不明となる事件が連発する。
 典子は真相を突き止めるべく、先輩編集者の崎野竜夫とともに調査を開始した。

 蒼い描点

 本書がちょっと面白いのは、『点と線』、『眼の壁』のようないわゆる社会派ではなく、旅情を活かした軽めのサスペンスに仕上げられていることだ。いってみれば二時間ドラマやトラベルミステリーといった趣きである。
 それもそのはず、本書は雑誌「週刊明星」に連載されていた作品なのである。まあ、今の若い人に「週刊明星」といってもピンとこないかも知れないが、これは当時の若者向け総合誌(後には芸能雑誌となる)なのである。
 清張もそういった雑誌購読層を考えて、重めの社会派ではなく、若者に好まれそうなライトな作風にしたのであろうが、清張がこういう作品を残していたことにまず驚いた。

 しかし、さすがは清張である。たんに雰囲気作りのためだけに箱根を舞台にしたトラベルミステリーにしたのではない。やはりこの地でなければならない必然性がちゃんと準備されている。
 また、二時間ドラマというと安っぽいイメージがあるが、清張のそれは一筋縄ではいかない人間模様や背景が用意されているので、なるほど確かに雰囲気は軽いけれども、ミステリとしての手抜きはまったく感じられない。
 昭和の香りが感じられる個所が多々あるけれど(長距離電話や電報、タバコの描写など)、作品そのものは古さを感じさせないのも見事である。

 惜しいのはミステリとしての仕掛けがそれほどでもないことだ。偶然などの要素、簡単に人の秘密をべらべら話す聞き込みの証人たち、真相を最後の遺書に頼ったりするところなど、物足りない面もちらほら。
 まずまず楽しめる作品ではあるけれど、この時期の清張の作品としては、やはり一枚も二枚も落ちるのは否めないところだろう。


根津記念館「イラストレーター杉本一文が描く横溝正史の世界」

 本日は珍しくクルマの話から。ブログでは滅多に書かないけれどクルマはけっこう好きな方だ。ただ、気になるものをしょっちゅう買い換えてというところまではなく、まあ、いってみればスーパーカーブームの影響をもろに受けた世代なので、普通にクルマに興味があるといった程度だろう。乗っているクルマも日常のアシがほとんどである。
 で、実は今月がマイカーの車検だったのだが、これまで乗っていたのはかれこれ十年以上使ってきたので、きれいに乗ろうとするといくつか修理した方がいいところもあり、どうせならというわけで新車に買い換えとあいなった。新しいクルマはシトロエンのC3というやつである。
 納車されたのが先週のこと。さっそく運転に慣れるために今週はどこか遠出をしようということになった。そこで昨日ドライブしてきた先が、山梨県山梨市にある根津記念館である。

 根津記念館は、鉄道王の異名を持つ実業家、根津嘉一郎の実家を保存・活用する施設として2008年に作られた。なんでこんなところを訪ねたかというと、別に管理人が鉄ちゃんだからではなく、ここで「イラストレーター杉本一文が描く横溝正史の世界」という展示イベントをやっていたからである。二年ほど前に神保町の東京堂書店でも「杉本一文原画展」をやっていたが、まあ、あれに近いものである。

 杉本一文が描く横溝正史の世界看板

 杉本一文氏は角川文庫の横溝正史作品のカバー絵を三十年以上にわたって描き続けた人だが、横溝作品のオドロオドロした怖さはもちろんだが、同時に併せ持つ妖しさや美しさも見事に表現し、人気を集めた。その軌跡の一部を今回、展示してあるわけで、杉本ファンには当然として横溝ファンにもたまらない催しであろう。
 ただ、会場のほうは若干こじんまりとした印象で、この形でやるのであればもう少し企画色を強くして、ボリューム感も充実を図るべきではなかったか。遠方からわざわざやってきた自分のような者にすると、少々物足りなさは否めないのが惜しい。

 杉本一文が描く横溝正史の世界ポストカード
 ▲パンフレットやポストカードはこちらの絵柄

 杉本一文が描く横溝正史の世界図録
 ▲こちらは図録。すべて1ページ1枚で大きく見せてくれると良かったのに。

 なお来週6月1日であれば杉本一文氏をメインゲストに迎えてのトークイベントが開催されるので、可能な人はそちら込みで見学するのが間違いなくおすすめだろう。
 近隣には富士山やら八ヶ岳やら気分をリフレッシュできる場所も多いので、日頃から殺伐とした小説に染まっているミステリファンにはぜひともセットでおすすめしたい休日の過ごし方である(笑)。

ジョルジュ・シムノン『闇のオディッセー』(河出書房新社)

 河出書房新社の【シムノン本格小説選】から『闇のオディッセー』を読む。
 シムノンといえばもちろんメグレ警視ものが有名だが、文芸系の作品でもその実力は広く認められている。【シムノン本格小説選】はそんなシムノンの文芸作品にスポットを当てた好シリーズ。
 ただ、ぶっちゃけ言うとメグレ警視ものであろうが文芸系の作品であろうが、それほど内容に差があるわけではない。どの作品においてもシムノンの興味は常に人間の内面そのものにあるわけで、それが犯罪をとおして明らかになるか、あるいは日常の暮らしの中から浮き彫りになるか程度の違いしかない。そのときの必要や状況に応じて、シムノンはそれを使い分けていただけではないだろうか。

 まあ、そんな能書きは置いといて、とりあえず粗筋。
 主人公は産婦人科クリニックを経営し、大学で教鞭もとるジャン・シャボ。豪華なマンションに妻と三人の子供と暮らし、おまけに妻公認の秘書兼愛人までいるという誰もが羨むほどの成功者である。しかしそんな彼にも人しれず悩みはあった。いや、それは悩みというより心の闇である。
 きっかけはある浮気が原因だった。シャボはクリニックで働く娘に手を出し、秘書に勘づかれてしまう。秘書はその娘をクビにするが、シャボはやがてその娘がセーヌ川に身投げしたという事実を知る。その後、シャボの周囲に脅迫めいたメッセージを残す若い男が出没する……。

 闇のオディッセー

 やはりシムノンの小説は素晴らしい。大傑作とかいうつもりはないが、どの作品も非常に安定した質をキープしており、読後になんともいえない余韻を残すものばかりだ。
 本作では主人公シャボが何一つ不自由のない富裕層の男ということで、普通なら感情移入しにくい設定のはずなのだが、これがまた描写がうますぎるので、何の違和感もなく物語に取り込まれてしまう。

 今の地位と冨を手に入れるために犠牲にしてきたもの、それが男の心を蝕んでいる。家族や仕事、火遊びにおいてすら男の心が満たされることはなく、むしろ空虚さだけが広がっていく。特に大きな事件が起きるわけではない。何ということのない日々の営みによって、少しずつシャボの内面が闇に冒されていくのである。
 最終的にシャボは拳銃を持ち歩くようになり、彼が向かおうとしているカタストロフィを予感させる。だが、シムノンは単なる悲劇で終わらせるのでなく、ラストでもうひとつ読者に宿題を与える。これがまた重くて不条理で。
 人の心の闇は際限がなく、どこまでも落ちることができるのだが、その先に待つ破滅がときに解放にもつながっているというイメージか。なかなか日本人には理解しにくいところではある。

 決して楽しい話ではないので積極的におすすめはしないが、心を活性化させるにはむしろこういう刺激も必要であろう



村上春樹『女のいない男たち』(文藝春秋)

 村上春樹の『女のいない男たち』を読む。なんと九年ぶりの短編集ということだが、長年、著者の作品を読んでいる者からすると、何年ぶりの作品であろうが、あまりそんなことは関係ない。ここ最近の村上春樹の作品に関していうと、良い意味でも悪い意味でも予想を裏切られることはまったくないからである。
 それは読者にとって幸せなことでもあるし、同時に不幸せなことでもあるといえるだろう。少なくとも『羊をめぐる冒険』や『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の頃のようなゾクゾクする感じはここ何年もほぼ味わっていないわけだが、だからといってそこまでガッカリすることもなく、相変わらずの語りを楽しんでいるところも少なくはない。

 女のいない男たち

 そこで本書である。著者自ら「まえがき」に記しているとおり、本書に収められている作品は、”恋人や妻から捨てられた、あるいは裏切られた男たち”というテーマにそって書かれている。
 ただ、テーマが明確にされていることで、何かこれまでと違った展望があるのかというとそんなことはなくて、むしろこれまでの作品とまったく変わり映えはしない印象である。
 そりゃそうだろう。愛した女性を失うことで男は本当は何を失ったのか、あるいは何を得たのか。これはこれまで著者が繰り返しアプローチしてきた「喪失と再生」というテーマにも十分に通じるものであって、その形をいろいろなバリエーションで見せているに過ぎないからである。

 念のため書いておくと、管理人などはその語り口は決して嫌いではないし、幻想小説やハードボイルドなどのスタイルを取り込む技術などはうまいものだと思う。ただハルキワールドの場合、人工的な部分は楽しめるが、リアルになればなるほど逆に嘘くささが鼻についてしまう。
 だから「ドライブ・マイ・カー」や「イエスタデイ」のような日常を舞台にした「喪失と再生」をハルキ流に演出してもらっても空虚な印象しか残らないのである。
 逆に「シェエラザード」と「木野」は長篇のさわりのような内容だが、物語の可能性が感じられる分、まだ期待が持てる。上で挙げた二作とはそもそも漂う緊張感が違う。願わくば「木野」を中心にしてこの世界観を広げた長篇化なども期待したいところだが、とにかく望みたいのは村上春樹の文学的冒険なのである。

 著者自ら短篇はあまり、と書いているぐらいだが、もともと村上春樹は持ち球が多い作家ではない。それならそれで、とびきり変化する決め球をもっともっと極めてほしい。まだまだ老け込む年ではないはずだから。


アンナ・キャサリン・グリーン『霧の中の館』(論創海外ミステリ)

 論創海外ミステリからアンナ・キャサリン・グリーンの短編集『霧の中の館』を読む。まずは収録作から。

Midnight in Beauchamp Row「深夜、ビーチャム通りにて」
The House in the Mist「霧の中の館」
The Staircase at the Heart's Delight「ハートデライト館の階段」
Missing: Page Thirteen「消え失せたページ13」
Violet's Own「バイオレット自身の事件」

 霧の中の館

 アンナ・キャサリン・グリーンといえば、世界で初めてミステリを書いた女性とされている作家だ(今では異説もあるらしいが)。ミステリの入門書やガイドブックなどでは、たいてい代表作『リーヴェンワース事件』と合わせて紹介されているから、名前だけはけっこう知られていると思うが、その作品を読んだことのある人が果たしてどれだけいることか。
 そもそもガイドブックでも歴史的価値ぐらいしかないような感じで書いてあるものがほとんどで、代表作『リーヴェンワース事件』にしても、東都書房の「世界推理小説大系」に収録されたっきりで、読めない状態が五十年ほど続いているわけだから、そりゃあ無理もない話である。

 そんな状況にあって、この度、論創海外ミステリからアンナ・キャサリン・グリーンの短編集『霧の中の館』が出たのである。
 ミステリにおけるクラシックブーム、復刻ブームとはいえ、そんな物好きなマニアの数などたかが知れているし、そもそもブームは本格を中心としたムーブメントだ。そこへ酔狂にもアンナ・キャサリン・グリーンである。こんなものを商業出版で出してしまうというこの暴挙に、まずは盛大なる拍手を送りたい。

 ただし、ブームの延長線上とはいえ、論創社もただウケ狙いや珍しさだけで本を出したわけでもあるまい。今でこそ歴史的価値うんぬんといった文脈でしか語られないが、当時の著者はばりばりの人気作家だったというし、それを裏付けるように著作数も多い。しかも短編集のひとつは「クイーンの定員」にも選ばれているのである。
 そう、案外歴史的な価値だけに留まらない可能性もないわけではないのだ。
 そんなこんなで微かな期待を込めつつ、『霧の中の館』を読み終えたのだが、果たしてその真価は?

 結論から言うと、いやいや意外と悪くないんではないか。正直、最低レベルのつまらなさも覚悟していただけに、このレベルなら全然OKである。
 特に最初の二編、「深夜、ビーチャム通りで」と「霧の中の館」はいい。
 「深夜、ビーチャム通りで」はヒロインの行動に物足りなさを感じつつも、二人の侵入者という着想、そしてラストのインパクトが光る。
 「霧の中の館」は館ものを彷彿とさせるような設定があって、実はグリーンがこのジャンルの先駆者だったかと思わせておきつつ、これまた衝撃的なラストが待ち受ける作品だ。
 基本はサスペンスを基調とした物語なので、トリックとか謎解きに期待してはいけないし、キャラクターの造型がステロタイプ過ぎてちょっとアレなところはあるけれど、ストーリーテラーとしての実力はやはり侮れない。盛り上げ方が達者というか、プロットやストーリー作りにおいてはかなり巧みな印象である。
 残りの三編はちょっと落ちるが、お嬢様をシリーズ探偵にしたバイオレット・ストレンジもの「消え失せたページ13」と「バイオレット自身の事件」は、キャラクターの設定という点で普遍的な魅力を感じさせる。読者のニーズを的確に掴んでいるというか、ベストセラー作家の底力みたいなものが感じられて興味深い。

 とりあえず本書は予想以上の収穫といっていいだろう。もちろん歴史的意義を踏まえての話ではあるが(笑)。
 できればこの勢いでもって、論創社には『リーヴェンワース事件』も新訳で出してもらいたいものだが、ううん、やはり難しいだろうなぁ。


チャールズ・ボーモント『予期せぬ結末2 トロイメライ』(扶桑社ミステリー)

 本日は終日、人間ドック。この一年で歩く距離と食事に気をつけた結果、体重を7㎏ほど落とすことに成功したので、各種数値が軒並みいい結果である。年のせいでここ数年は何かと病院のお世話になることも多いのだが、あきらめちゃいかんね、何事も。何をいまさらだが(苦笑)。

 で、本日は人間ドックの待ち時間にせっせと読んだチャールズ・ボーモントの短編集『トロイメライ』の感想など。平成版異色作家短編集ともいうべき扶桑社の「予期せぬ結末」シリーズからの一冊である。
 まずは収録作。

Blood Brother「血の兄弟」
Mourning Song「とむらいの唄」
Träumerei「トロイメライ」
The Devil, You Say?「悪魔が来たりて――?」
Three Thirds of a Ghost「幽霊の3/3」
Gentlemen, Be Seated「秘密結社SPOL」
The Murderers「殺人者たち」
Fritzchen「フリッチェン」
Place of Meeting「集合場所」
Elegy「エレジー」
The Beautiful People「変身処置」
Something in the Earth「老人と森」
Last Rites「終油の秘蹟」

 予期せぬ結末2トロイメライ

 「血の兄弟」から「秘密結社SPOL」までがホラー系。ミステリ系の「殺人者たち」を一作挟んで、「フリッチェン」から「終油の秘蹟」までがSF系という、バラエティに富んだ構成である。ボーモントの未訳と傑作を程良くブレンドさせる意図もあったようだが、ボーモントというブランドからすればハズレはほとんどないのがわかっているし、まずは誰が読んでも安心して楽しめる一冊といえるだろう。

 ただ、異色作家とはいえ、書かれた時代が時代だし、どうしてもキレのあるオチやインパクトだけを期待すると無理はある。ボーモントの場合は世界観やテーマも絡めて読むべき作家なので、もはやクラシックや古典に接するぐらいの気持ちで味わうのがおすすめだろう。

 お気に入りを挙げるなら、まずはボーモントには珍しい怪獣小説の「フリッチェン」。最初は憎らしいまでに定石を踏まえた展開である。徐々に恐怖をあおりつつ、平行してモンスターの謎を少しずつ明らかにするというのは正に怪獣ものの王道。ただし、ボーモントはラストで彼ならではのトドメを刺してみせる。
 「集合場所」はSFとホラーの融合。オチがすべてのような作品だが、実はこういう作品だからこそ過程をじっくり読みたいし、読ませてもらいたいのだ。難しいだろうけど、あえて映像化してみてもいいのではないか。ただ、ハリウッド向きではないぞ。
 「変身処置」と「老人と森」は、「集合場所」とは反対にオチというほどのオチはなく、それこそテーマと味わいで読ませる。こういうのがあるからボーモントは読まなきゃならないのだと思わせる好例である。

 なお、「予期せぬ結末」シリーズの次巻はロバート・ブロックが予定されているようだが、若干、刊行ペースが遅くなってきているようで心配。せめて本家と同じぐらいは続けてほしいものだが。


R・L・スティーヴンスン&L・オズボーン『難破船』(ハヤカワミステリ)

 R・L・スティーヴンスンとL・オズボーンの合作『難破船』を読む。スティーヴンスンは言うまでもなく『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』で知られる英国を代表する作家。一方のオズボーンはスティーヴンスンの義理の息子である。

 実業家の父の希望に背き、芸術で身を立てようとするラウドン・ドッド。そして芸術家としての道をあきらめ、実業家として立とうとするジム・ピンカートン。二人の青年はパリの学校で知り合い、お互いをリスペクトしつつも一度は袂を分かつ。だが、刻が過ぎ、ドッドの破産をきっかけに二人は再び出会い、アメリカで事業をスタートさせる。
 そして事業が軌道に乗り始めたとき、二人のもとに南洋ミッドウェイ沖で座礁した難破船の情報が飛び込んできた。船が積んでいるという財宝を目当てに、二人は乾坤一擲の大勝負に出るが……。

 難破船

 帯の惹句が”大人版『宝島』”とあるので、てっきり血湧き肉躍る冒険小説かと思っていたが、これがまったく予想外の物語。難破船をめぐっての冒険要素もあるにはあるが、読み終わっての印象は、むしろ主人公ドッドの半生を語る大河小説の趣である。
 しかもその舞台は大自然どころかビジネスの世界が主。実際、難破船がどうこうという話は全体の半分を超えないと登場しない始末である。

 では本書がつまらなかったのかというと、まったくそんなことはなくて、これがけっこう楽しめる。スタイル自体はさすがに古めかしいものの、人間ドラマを丁寧に描いており、とりわけキャラクターの立たせ方はお見事。なんだビジネス小説か、というような偏見はさくっと捨てて、ドッドとジム、二人の生き方や考え方をじっくり味わいつつ読むのがよろしい。
 また、スタイルが古めかしいとは書いたものの、実は当時流行し始めていたミステリのスタイルに拒否反応を示したスティーヴンスンが、あえて選んだ形らしい。まあ、日本でも探偵小説芸術論などで賑わった過去があったわけだが、やはり時代を考えると、当時の普通小説の書き手にとって、ミステリがある種の脅威になりつつあったことが想像できる。
 ただ、そういう立ち位置を選んだはずのスティーヴンスンが、結局は本書でミステリ寄りの仕掛けを用いていることは興味深い。

 まあ、ポケミスの一冊、大人版『宝島』というようなイメージをもって読み始めると逆効果な気はするけれど、いったんそういった先入観をチャラにしてしまえば、これはなかなか拾いものの一冊といえるだろう。


ジェフリー・ライナー『新・刑事コロンボ/殺意のナイトクラブ』

 DVDで『新・刑事コロンボ/殺意のナイトクラブ』を視聴。監督はジェフリー・ライナー、シリーズ通算六十九作目にして最終作品でもある。

 ジャスティン・プライスは念願だった自分のクラブをオープンさせる目前だった。資金難という問題もあったが、友人トニーからの融資も決定、あとはオープンを待つだけであった。そんなときトニーは別れた妻ヴァネッサがプライスとつきあっていることを知り、ヴァネッサに激しくつめよるが、ヴァネッサは弾みでトニーを殺してしまう。
 ヴァネッサから連絡を受けたプライスは、トニーが失踪したように偽装するが、今度はパパラッチのリンウッドが二人を脅迫し始めた……。

 新・刑事コロンボ/殺意のナイトクラブ

 シリーズ最終作ということで、ある種の感慨はあるのだが、出来そのものはまずまずといったところ。
 コロンボの追い詰め方は概ね理にかなっており、説得力をもってはいるが、それに対抗する犯人役がもろいのが残念だ。シリーズ最大の特徴ともいえる犯人とコロンボの対決が、本作ではあまりにもコロンボ有利に進みすぎて、むしろ犯人が気の毒に思えてしまうほどである。
 まあ、犯行から何からすべてが行き当たりばったりで、これでコロンボに勝とうというのが無理だわな。ただ、犯人を演じるマシュー・リスは繊細な感じがよく出ていて好演といえる。もう少し見せ場を作ってあげたかったところである。

 ミステリドラマという枠を取っ払ってしまうと、やはり興味深いのは最終作としての意味合いである。
 作り手にそういう意図があったかどうかはわからないが、もはや老人と言っていいほどのコロンボと犯人役の若者の対比、そして、ここかしこに感じられるシリーズへのオマージュともいえるような演出&設定。ここかしこで最終作の気配が感じられ、そういう観点で見ればより楽しめる一作である。


『映画秘宝EX 金田一耕助映像読本』(洋泉社MOOK)

 洋泉社の映画秘宝の別冊(EXとかいろいろあるけれど)はけっこう面白いテーマが多くて、ついつい買ってしまうこともしばしば。文章からデザインに至るまで、本の作りそのものは決して高いレベルとはいえないのだが、ヘンな熱気というかマニアックさはびんびん伝わってきて、そこに惹かれるわけである。
 だいたいがSFやホラー、アクション、エロあたりが中心、つまりは徹底したB級路線+男の子向け=オタク路線といってもいいのだが、要はそういうジャンルだからこそ成立しているともいえる。

 金田一耕助映像読本

 で、そんな映画秘宝の一冊として、昨年暮れにこんな本が発売された。『映画秘宝EX 金田一耕助映像読本』である。タイトルどおり映画化やテレビ化された金田一耕助の作品についてまとめたガイドブックだ。
 上で書いたようなジャンルでは重宝している映画秘宝でも、さすがにミステリ系は正直期待していなかったのだが、いやあ、これはけっこう頑張っている。
 単に金田一耕助の映像化作品を紹介するガイドブックではなく、原作との比較、各映像化作品との比較、おそろしく豊富な数のインタビュー等々、ガイドブックには不釣り合いとも思えるほどの濃いエッセイまであって実にけっこう。
 ぶっちゃけネット上で簡単に見られる情報も多いのだが、こういったニッチな情報を載せているサイトはほとんどが非公式。管理人の情熱ひとつで維持されているところがあるから、たとえば何らかの都合で管理人がそのままサイトを閉めてしまえばそれっきりなのである。これがネットの怖さ。ゆえにこうして一冊の本にまとまる意義が大きいのである。

 デザインが悪いとかけっこうケチをつけてもいるけれど、「映画秘宝」、ぜひこれからもがんばってほしいものだ。


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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