fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 12 2021

極私的ベストテン2021

 早いもので今年も最後のブログ更新。2021年をざっと振り返ると、公的には長年務めていた会社の役員を降りたこともあって、フリーの立場でのんびり仕事をした一年。しかしプライベートでは引っ越しを計画して動き回り、思った以上に時間がかかったものの、来年の初夏あたりにはようやく新居へ引っ越しの目処が立ったところである。詳しいことは書かないが、やはりコロナの影響がいろいろ出たなぁという一年でもあった。
 読書関係ではクラシック中心は変わらないものの、海外作家はけっこう話題の新刊も消化できて、まあまあバランスよく読めた印象。

 ミステリも同人系がますます増えてきて、管理人も気になるものは買って読んでいるが、商業出版で成立しないものが有志の頑張りで読めるのは、本当にありがたいことだ。
 ただ、盛んになりすぎたせいか、今年は各所でトラブル(とまではいかないが)めいたこともちらほら目についた。
 ほぼプロに近い方もいるが、多くはやはりアマチュアなので、文章、校正、翻訳、造本、価格、その他いろいろな面で粗や足りないところがあるのは仕方ない。そんな同人の仕事(というか趣味)に対して厳しい意見・評価もまた増えてきているようだ。同人とはいえ本自体は一般にも販売されるわけだから、作り手や売り手はもっと品質に責任をもて、ということが根っこにはあるようだ。それはそれで理解できる。
 その原因がインターネットやSNSの普及にあることは否めないだろう。以前であればイベント会場でしか入手できなかった本が、今ではネットで気軽に買えるようになってしまった。しかもその情報がSNSでバンバン流れてくる。するとどうなるか。
 これまでは内輪の常識や事情が通じる人の間で売買するだけだったのに、ネット・SNSの普及で突然、通りすがりの人や一般の人がそこで買い物をするようになる。そして作り手や売り手は、そんな事情を知らない人たちによって、一気に商業レベルのものを問われることになってしまった、という状況なのであろう。
 これとは少し話が違うけれど、プロの書評家が本の紹介を動画で行っていた素人に噛みつくというトラブルもあった。これは従来の価値観にそぐわない書評のやり方・品質でありながら、多くの評判を得たことに対し、プロが思わず本音を漏らしたというところだろう。その手段があまりに拙かったとはいえ、これも気持ちはわからぬではない。
 詰まるところ、昨今はインターネットやSNS、自費出版、フリマサイトなど、さまざまな環境が充実してきたことが根底にあるのは間違いない。出版にしても書評にしても間口が大きく広がり、プロとアマを遮るハードルがかなり低くなっており、これを面白く思わないプロがいるのは当然と思える。しかし、ことクラシックミステリや海外文学に関していえばそもそも狭い世界である。違法なことをやっているのでないかぎり、そういったアマチュアの積極的な活動は、業界のためにはプラスであると考えたい。
 ただ、不特定多数への売買が発生する以上はもちろん責任も発生するわけなので、アマチュアの作り手や売り手も今後はより意識を高めていく必要はあるだろう。その上でプロの方々も暖かい目で見てあげられればと思う。


 とんでもなく陰気な枕になってしまったが、気を取り直して「極私的ベストテン」に入ろう。これは管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問でベストテンを選ぶという年末恒例企画。
 それでは今年のベストテン、ご覧ください。


1位 ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』(国書刊行会)
2位 アレックス・ベール『狼たちの城』(扶桑社ミステリー)
3位 ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(創元推理文庫)
4位 ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水Uブックス)
5位 トマス・スターリング『ドアのない家』(ハヤカワミステリ)
6位 宮野村子『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』(盛林堂ミステリアス文庫)
7位 レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』(扶桑社ミステリー)
8位 辻真先『アリスの国の殺人』(双葉文庫)
9位 アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』(創元推理文庫)
10位 エリー・グリフィス『見知らぬ人』(創元推理文庫)


 今年は本当にむちゃくちゃ悩んだ。サクッと面白かった本をリストアップしていくと四十冊以上になってしまい、そこからさらに二十冊ほどに絞り込んだが、この後が難しかった。単純に自分の好みで選ぶようにしているつもりだが、どうせブログで発表するからには、やはり他の人にも読んでもらいたい。そんなことまで考えると、もう候補作が頭の中でぐるぐる回りっぱなし。とりあえず順位はつけたけれど、ベストテンに入らなかった作品も含めてオススメしておきます。


 そんな中で1位に選んだのはジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』。ゴシックロマンの傑作として名高い作品ではあるが、ボーダーライン上の作品として、ミステリ的にも非常に重要な一作。これが1824年の作品という事実には恐れ入るしかない。

 2位は今年の新刊から『狼たちの城』。最近流行りの叙述的・メタ的なところがなく、ストーリー内のストレートなケレンで読ませる。ただ、個人的には各種ランキングが意外に低いことにがっかり(笑)。もっと上位に選ばれていい作品なのになぁ。

 3位も今年の新刊。『自由研究には向かない殺人』は久々に読んだ青春ミステリ、しかも抜群のキャラクターと語り口がマル。個人的な好みからは実はちょっと外れるのだけれど、これは文句なしに素晴らしかった。

 4位も1位同様、ミステリ誕生以前のゴシックロマン。読みどころは多々あるが、いま考えると探偵という行為そのものに疑問を呈しているのが凄いなと。しかもこれが1794年の作品!

 5位はトマス・スターリングの異色作。『一日の悪』でもよかったが、今読むと本作の方がより奇妙でインパクトが強いかなということで。

 6位は国産探偵小説作家で好きな作家を三人挙げろと言われたら、迷わず入れたい一人。だから新刊が読めるだけでもランクイン確実なのだが、内容は決してその順位に負けていない。宮野はもう一冊『童女裸像 他八篇』もあってどちらでも良かったが、とりあえず先に出たこちらを代表で。

 7位も個人的に大好きな作家である。この魅力が日本のミステリファンになかなか浸透しないのが不思議でならない。なお、ブルースはもう一冊『冷血の死』も読め、こちらも実に面白いのだが、同人系ゆえ手軽に入手できないこともあるので、とりあえず簡単に買える扶桑社ミステリーの方をセレクトした。

 食わず嫌いというわけではないが、これまであまり読んでこなかった著名作家にやられた一冊が8位の『アリスの国の殺人』。正直、仕掛け満載、やりすぎの作品は好きではないが、この辺ならギリギリ許容範囲。

 9位の『ヨルガオ殺人事件』はどうせみんな褒めるから、わざわざここで挙げなくてもいいのだろうけれど。とはいえ、これだけの作品をランクから外すのもそれはそれで狭量かなと押し込む。

 ラストは『見知らぬ人』。本作も楽しめたが、この叙述スタイルで続編をどう展開するのか、期待も込めてランクイン。変な仕掛けがないので、人にオススメしやすいところもよろしい。


 以上が2021年極私的ベストテンだが、今年は豊作ゆえ泣く泣く外した作品があまりに多かったので、以下、お気に入りを順不同で挙げておこう。

夏目漱石『幻想と怪奇の夏目漱石』(双葉文庫)
井上靖『井上靖 未発表初期短篇集』(七月社)
色川武大『怪しい来客簿』(文春文庫)
山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文春文庫)
連城三紀彦『恋文』(新潮文庫)
陳浩基『網内人』(文藝春秋)
紫金陳『悪童たち』(ハヤカワ文庫)
チャールズ・ディケンズ『ディケンズ短篇集』(岩波文庫)
キャサリン・クロウ『スーザン・ホープリー』(ヒラヤマ探偵文庫)
R・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集 II 青いスカラベ』(国書刊行会)
ジョルジュ・シムノン『倫敦から来た男』(河出書房新社)
D・M・ディヴァイン『運命の証人』(創元推理文庫)
マイケル・イネス『ソニア・ウェイワードの帰還』(論創海外ミステリ)
ハリー・カーマイケル『アリバイ』(論創海外ミステリ)
アントニー・ギルバート『灯火管制』(論創海外ミステリ)
エリザベス・デイリー『殺人への扉』(長崎出版)
サミュエル・ロジャース『血文字の警告』(別冊Re-Clam)
クライド・B・クレイスン『ジャスミンの毒』(別冊Re-Clam)
ハンナ・ティンティ『父を撃った12の銃弾』(文藝春秋)
リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(ハヤカワミステリ)
アレックス・パヴェージ『第八の探偵』(ハヤカワ文庫)
マイクル・コナリー『汚名』(講談社文庫)
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕』(扶桑社ミステリー)
オインカン・ブレイスウェイト『マイ・シスター、シリアルキラー』(ハヤカワミステリ)
トーベ・ヤンソン『トーベ・ヤンソン短篇集』(ちくま文庫)
ケン・リュウ『生まれ変わり』(新☆ハヤカワSFシリーズ)


 続いて今年はあまり読めなかったが、ノンフィクション系をいくつか。

北川清、徳山加陽、帝国書院編集部『地図で読む松本清張』(帝国書院)
若菜晃子/編著『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)
田口俊樹『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社)
書評七福神/編著『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)
北上次郎『阿佐田哲也はこう読め!』(田畑書店)
飯城勇三『エラリー・クイーン完全ガイド』(星海社新書)


 はあ、疲れた。とりあえず以上をもちまして、本年の「探偵小説三昧」営業終了とさせていただきます。
 今年もこのような辺境ブログをご覧になっていただいた皆様には感謝しかございません。来年もどうぞよろしくお願いいたします。では皆様、良いお年を。

クライド・B・クレイスン『ジャスミンの毒』(別冊Re-Clam)

 クラシックミステリ専門の同人誌『Re-ClaM』から別冊として発売されたクライド・B・クレイスンの『ジャスミンの毒』を読む。
 クライド・クレイスンとはまた懐かしい名前で、過去に翻訳されているのは、国書刊行会《世界探偵小説全集》の『チベットから来た男』が唯一。読んだのはもう二十年以上前のことになるが、実はあまり印象に残っていない。東洋趣味を打ち出した地味な本格、ぐらいが正直なところなのだが、ネット等の情報を見ると実は密室や不可能犯罪にこだわった作家だったらしい。過度な期待は禁物だが、これまで刊行された別冊Re-Clamにしても比較的派手な本格ミステリが多いだけに、そう言われるとやはり気になるのがミステリ好きの性というもので。

 こんな話。素人探偵として名を馳せる歴史学者のウェストボローのもとへ、香水会社の社長ルドゥーから手紙が届く。身内の誰かが自分を殺そうとしているというのだ。ウェストボローは投資家を装って新作香水の命名会議に出席し、ルドゥーの手紙の信憑性を確かめようとするが、なんと会食後に毒殺されたのは別の人物で……。

 ジャスミンの毒

 上に書いたように変な先入観を持たないようにはしていたが、それでも本作は予想以上に地味な作品で驚いた(苦笑)。しかし、香水会社の経営陣や技術者、広告代理店、株主など、いろいろな立場の人間たちが、それそれの思惑で動き、水面下で密かに繋がったり離れたりする人間模様がしっかり描かれ、まったく退屈はしない。
 前半は登場人物が一堂に会する場面が多く、その中で誰がルドゥーに対して動機を持っているのか、独特の緊張感が漂っていて読ませるし、後半は後半で各自の人間性や関係性が徐々に表面化してきて、ますます面白い。
 せっかちな人はこういう部分が退屈に感じたりもするんだろうが、本格ミステリこそ逆にこういう描写をしっかり作る必要がある。それによってストーリーに説得力が増し、真相の意外性も生きるわけである。実際、ストーリーに没入すればするほど、本作の犯人と動機には驚くのではないか。管理人などは見事に騙された口だ。

 ただ、惜しい点もちらほら。個人的にはトリックのしょぼさなどはあまり気にしないのだけれど、演出面が少々引っかかった。たとえば真相を犯人自らががほぼ説明してしまうところ、香水会社という設定があまり活かされていないところ、一部のキャラクターが妙に極端に劇画化されているところなど。
 とはいえ好みの部分も多いので、未読の人はそこまで気にすることもないだろう(普通はトリックの方が気になるはず)。むしろアメリカの本格ミステリでこういう落ち着いたタイプは珍しいし、個人的には悪くない一冊であった。できれば他の作品も読んでみたいものだ。

ジャック・ロンドン『赤死病』(白水Uブックス)

 ミステリを少し離れてジャック・ロンドンの『赤死病』を読む。表題作の中篇をはじめ、ジャック・ロンドンのSF系作品をまとめた一冊。収録作は以下のとおり。

The Scarlet Plague「赤死病」
The Unparalleled Invasion「比類なき侵略」
The Human Drift「人間の漂流」

 赤死病

 表題作の「赤死病」は、2013年に起こった赤死病によるパンデミックを描いた物語。パンデミックから地球滅亡へ至る様が、生き残った老人の語りというスタイルで描かれる。書かれたのは1910年で、まさにコロナ禍を予見していたかのような内容だが、小説の病原菌はコロナよりはるかに悪質であり、人類はほぼ全滅。すべての文明は無に帰して、わずかに生き残った人々は原始人のような生活に舞い戻っている。
 語り手の老人は人々が次々に倒れていった様子や、秩序が崩壊し、略奪や殺害が繰り返されていた悲惨な状況を“いまの”若者に伝えようとする。ゾンビ映画もかくやという有様だが、怖いのはその災厄後に生まれた若者たちには、ほとんど意味が伝わっていないことだ。話がわかりにくいとヤジが飛び、涙する老人を嘲笑うのである。
 病原菌によって人が死ぬ。電気もガスもなくなり、文明が滅びる。それらの事実は確かに怖しい。だが、本当に怖いのは、人類が人間性や精神性までも失ってしまったことだ。なんというか、映画『猿の惑星』にも通じるような薄ら寒さを感じてしまう。
 これまで山ほど書かれた感想だろうけれど、ほんと、これが百年以上も前に書かれていたことに驚くしかないし、今でもまったく古びた感じがない。

 そういう意味では「比類なき侵略」も侮れない。こちらは中国が強国となってしまったため、欧米諸国が細菌兵器によって滅亡に追い込むというもの。日本も実はそういう危機にあったが、日本が欧米の技術だけでなく欧米的な考え方をも積極的に取り入れたため、敵対視されることはなかったのだという。
 もう、こちらも設定が二十一世紀の世界情勢を見ているようで、ロンドンの先見性は恐ろしいばかりだ。ただ、ストーリーの概要のような作品なので、読み物としては少々物足りない。

 「赤死病」と「比類なき侵略」の二作に通じる歴史観というか、人類のリセットというのはジャック・ロンドンが当時、常に思い悩んでいたことなのかもしれない。細菌兵器はもちろん黄禍論や社会主義など、当時のブームも含めて文化論的エッセイにまとめたのが「人間の漂流」。こちらは講演でも聞いている感じで読むのが吉。


エリー・グリフィス『見知らぬ人』(創元推理文庫)

 年末ランキングで気になった作品をぼちぼち読んでいこうシリーズ、今回はエリー・グリフィスの『見知らぬ人』。本邦初紹介の作家ではあるが、本国イギリスでは2004年にデビューして、すでに二つの人気シリーズを持つ。本作はノンシリーズの一作だが、MWAの最優秀長編賞受賞作とのこと。

 クレアはタルガース校の英語教師。弁護士の夫と離婚し、今は一人娘のジョージア、愛犬のハーバートと暮らしている。
 教師のかたわら学校に縁のある伝説的作家ホランドの研究を行なうクレアだったが、あるとき同僚の英語教師エラが自宅で刺殺される事件が起こる。遺体のそばには一枚のメモが遺されていた、そこには「地獄はからだ」というメッセージが書かれていた。それはホランドの作品「見知らぬ人」に出てくる文章だった。
 インド系の女性部長刑事ハービンダー・カーはさっそく捜査にあたるが、クレアにどこかすっきりしないものを感じて……。

 見知らぬ人

 おお、これはいいぞ。ひと皮剥くと実はかなりオーソドックスなミステリであり、ともすればゴシックロマンスの香りも感じられるほどだが、作者がさまざまな味付けや工夫をすることで、すっかり現代のミステリらしく仕上がっている。

 とにかく情報量が多くてどこから行こうか迷うほどだが、まずは作中作「見知らぬ人」の存在は抜きにして語れない。今年は他にもホロヴィッツの『ヨルガオ殺人事件』やアレックス・パヴェージ『第八の探偵』なんてのもあって、作中作流行りという感じだが、どれも扱いが異なるのが面白い。
 最近は作中作といってもメタなものから多重解決みたいなものまでバラエティに富んでいるが、本作は比較的クラシックに、見立て殺人という使い方をしている。他の二作ほど劇的ではないけれど、作中作「見知らぬ人」とその作者ホランドの持つ神秘的なイメージが物語を覆い、まるでゴシックロマンスのような雰囲気を醸し出すなど、なかなか効果的だ。

 作中作「見知らぬ人」は各章の前振りのようにして小出しにされるのだが、章によって語り手が変わるのも大きな特徴だろう。語り手はクレア、クレアの娘ジョージア、ハービンダー・カー刑事の三名。
 語り手が変わった瞬間に、これは叙述的な仕掛けもあるのかと嫌な予感も頭をよぎるが、著者はここでも変な凝り方はしない。一つの事件を各人の立場から語ることで立体的に見せるにとどめ、これも好感が持てる。それぞれの感情や秘密が水面下で交錯し、そこにサスペンスを産んでゆく。読者も誰を推していいのか不安になるという寸法だ。クレアとジョージア、クレアとカーのやりとりは駆け引きを裏から見るような楽しみもあり、サスペンス云々もあるけれど、単純に描写が上手いことに感心する。
 作中作、三人の語り手というだけでもお腹いっぱいな感じだが、ここにクレアの日記も途中から差し込まれる。しかもその日記を誰かが盗み読みし、クレアにメッセージまで残していくという展開。盛り上げるのが巧いだけでなく、これだけの設定や工夫を盛り込みながら、まったく読みにくさがないのも素晴らしい。

 キャラクターの造形もお見事。当たり前だがやはり三人の語り手の女性陣はいい。いわばトリプルヒロインだが、ことさら良い人にするのではなく、お互いの私見で描写させることで、欠点も遠慮なく挙げられていく。読者によっては感情移入しにくくて嫌がる人もいるだろうが、英国の女流作家らしい意地悪さが感じられて個人的には楽しいところだ(笑)。

 惜しむらくはミステリとして若干弱いところ。帯で「この犯人は見抜けない」などと煽っているから、かなり構えてしまうが、本格としてはそこまでガチガチではなく、やはりサスペンス中心と思った方がいい。とはいえ長さを感じさせないリーダビリティもあり、十分に面白い一冊だった。


レオ・ブルース『ビーフと蜘蛛』(湘南探偵倶楽部)

 この週末は法要で京都へ。こちらが施主側なので多少は気をつかうが、このご時世なのであくまでこぢんまりと開催し、かつ粛々と進めて、最後に親族一同で食事会をしておひらき。それほど忙しいわけではないけれど、ひとりの時間はそうそう取れるはずもなく、読書は行き帰りの新幹線程度である。ただ、それもほとんど寝て過ごしてしまったが。

 というわけで読書中の本をまだ読み終えておらず、そちらはいったん中断して、湘南探偵倶楽部の小冊子を消化する。ものはレオ・ブルースの『ビーフと蜘蛛』。
 なぜかブレイクするところまではいかないが、ROM叢書からは先日『死者の靴』も届いているし、扶桑社では『レオ・ブルース短編全集』が進行中。消えそうで消えないレオ・ブルース紹介の灯というところだが、でも実力と面白さを考えれば、もう少し人気が出てもおかしくない作家のはず。日本で売れないのが本当に不思議である。

 ビーフと蜘蛛

 さて、今回の短篇はこんな話。レンガ工場を経理するウィリアム・ピトケインが車で出勤巣途中に行方不明となり、30マイル離れたところで他殺死体となって発見された。容疑者は金に困っており、ウィリアムの全財産を相続した弟のオズワルドだが、彼には鉄壁のアリバイがあった。ビーフ巡査部長は蜘蛛の習性にヒントを得て謎を解明する。

 ショートショートぐらいの短い作品。ビーフ巡査部長の発想と着眼点がミソではあるが、そこまで凝った内容ではなく、後出しの説明なので本格としてもフェアではない。やはりあまりに短い作品では、レオ・ブルースの良さは発揮しにくいかな。
 トリックの性質や謎の解明方法などを考慮すると、おそらく本作は倒叙にしたほうがストーリー的には面白く読めたように思う。『からし菜のお告げ』でもそんな印象を受けたのだが、こと短篇に関してはビーフ巡査部長ものはコロンボと相通ずるところがあるような気がする。

※2021.12.21追記
ビーフ巡査部長がビーフ部長刑事になっていると、コメントで指摘を受けたので慌てて修正。頭では巡査部長とキーを打っているつもりだったが、まったく無意識に部長刑事と打っていたようだ。恐ろしい。

楠田匡介『人肉の詩集』(湘南探偵倶楽部)

 本日も湘南探偵倶楽部の復刻短篇を読む。ものは楠田匡介の『人肉の詩集』。けっこう有名な短篇だが、同作を表題にしたあまとりあ社の短篇集がいかんせん高価なので、これまで縁がなかった作品。

 人肉の詩集

 こんな話。主人公の〈私〉は詩の同人活動をしていたが、そのパトロンである津田政輔の妻、香代子と不倫関係にあった。ある日、津田が旅行に出た隙を狙って不倫旅行に出かけた私たちだが、その旅先で香代子は津田の気配を感じたという。そして、これまで香代子が不倫してきた相手、加えて前妻までもが全員、残酷な手段で殺されたのだと告白した。最初は信じられなかった私も、やがて津田の魔手に……。

 殺人の最大の証拠でもある死体をどのように隠すのか。そんなテーマのミステリはいろいろあるが、えげつない死体隠蔽の方法を考えた作家も少なくない。すぐ思い浮かぶのはダンセイニの「二壜の調味料」、妹尾アキ夫の「人肉の腸詰」あたりだが、どちらも正直グロテスクなネタで、本作ももちろんその系統である(笑)。しかも、えげつなさはその二作に勝るとも劣らない。
 「人肉の詩集」というタイトルがすべて、といっても過言ではなく、主人公が囚われてからの津田のワンマンショーは圧巻。いや、よくこんなこと考えるよなぁ。ラストでシリーズ探偵の田名網警部が登場し、一応物語に決着をつけてはくれるが、取ってつけたような感じは否めない。内容が内容なだけに、おそらくはきちんとケリを付ける必要があったのかもしれない。
 それにしても楠田匡介はジュヴナイルからシリアス、エログロまで、本当に幅が広い作家である。

大下宇陀児『決闘街』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さん復刻の短篇「決闘街」を読む。こんな話。

 登山スキーに出かけた三人の学生たち。表面的には友人だが、正反対の性格の違いから野々宮と田代はお互いをライバル視しており、野々宮と吉本はある女性をめぐって三角関係にあった。
 そんな密かな緊張状態のなか、野々宮は雪山の中腹でカンジキが脱げ、動けなくなるという事態が発生。その瞬間、田代と吉本に殺意が芽生え、二人の手によって野々宮は崖下へ落下させられてしまう。 
 田代と吉本は事故として報告したが、やがて二人は真相を知るお互いの存在が邪魔になり……という一席。

 決闘街

 殺人者となった主人公たちは犯行が暴かれることを怖れ、悶々と悩むあたりがいかにも大下宇陀児らしい心理描写で読ませる。
 ストーリーも悪くない。物語は上の展開からタイトルどおりの「決闘」に雪崩れ込んでいくのだが、そこで一捻り入れて意外性も持たせるなど、単なる心理サスペンスで終わらせないところもよい。
 加えて真相を明らかにせず、リドルストーリー的にまとめているのも気が利いている。ただ、リドルストーリーであることを強調したかったのか、最後の説明が過剰すぎて、あまりリドルストーリーになっていないのがちょっと残念。とはいえ全体としてはまずまず満足のいく一作であった。

 なお、一箇所、気になるところがあったが、勘違いの可能性もあるので、ここでは伏せておく。

飯城勇三『エラリー・クイーン完全ガイド』(星海社新書)

 飯城勇三の『エラリー・クイーン完全ガイド』を読む。著者の飯城勇三はエラリー・クイーン・ファンなら誰でも知っている研究者で、これまでも何冊かガイドブックや評論を書いている方。特にぶんか社から出た『エラリー・クイーンPerfect Guide』は初心者のみならず中級者、いや、それまでクイーンに関する手頃なガイドがほぼなかったので、マニアでもかなり役に立つ一冊だったのではないだろうか。

 エラリー・クイーン完全ガイド

 本書は新書版で、『エラリー・クイーンPerfect Guide』よりさらに手軽であり、簡潔にクイーンの世界を俯瞰できる一冊。
 基本的には名探偵エラリー・クイーンともう一人の名探偵ドルリー・レーンの登場作品をすべてあらすじから読みどころに至るまで解説し、さらにコラムでクイーン・シリーズに関するトピックを押さえている。加えてクイーンが日本に与えた影響を知る意味で、日本のミステリ作品も多く言及しており、反対にクイーンの編集者やアンソロジスととしての業績はほぼカットしているのが特徴だ。

 あくまで入門ガイドとしての作りなので、全方位的にせず、作品に絞った点はすっきりしてよい。むしろ内容は濃いのに作りがチープだった印象の『エラリー・クイーンPerfect Guide』より、好感がもてる作りである。
 入門者向けとはいえ、けっこう深いところまで解説している部分も多く、クイーンはすべて読んだという人にも楽しめる内容である。

 ただ、深いところもある一方で、本当の初心者向けの企画はそれほどない。入門書であれば、必読書や読む順番のオススメなどはコラムでもいいので、入れてもよかったのではないか。
 ドルリー・レーンなどもできれば早いうちに読んだ方がいいし、発表順に『ローマ帽子〜』からいくと途中で挫折する人も出そうだ。クイーンの魅力を堪能するなら、ライツヴィルものはぜひ読んでほしいところだし、読者の裁量に任せるにしても、作風などを一望できる表があってもよかったかもしれない。

 もうひとつ編集的なところに注文をつけさせてもらうと、こちらは入門書の意識が強すぎたか、フォントの種類やサイズ、飾り罫などを多用しているのが気になった。モノクロの新書なので、かえってゴチャゴチャした印象になり、やや読みにくさを感じた。
 編集者の考えや好みもあろうが、カジュアルな本ではあるが決して子供向けではないので、もし同様の企画があるなら再考してもらえると嬉しい。

 ということで不満もないではないが、トータルでは十分に満足できる一冊。
 こういう企画ができる海外のミステリ作家は多くはないだろうけれど(クイーンですら限界という気もする)、ディクスン・カーなどはマニアも多いし、それこそ同人でやっている方々に協力してもらってなんとか実現すればいいのにと思う次第。まあ、ビジネスになるかどうかは知らんけど。


オインカン・ブレイスウェイト『マイ・シスター、シリアルキラー』(ハヤカワミステリ)

 年末ランキングで気になった作品をぼちぼち読んでいこうシリーズ、お次はオインカン・ブレイスウェイト『マイ・シスター、シリアルキラー』。
 結論からいうと、これは良作。ランキングでは『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」ぐらいにしか引っ掛からなかったが、これは発売から投票まで一年近く空いたこともあって、印象が弱くなった可能性は否めない。ただ、中身はなかなかクセが強く、そういう意味ではやや万人受けしにくかった面もありそうだ。

 ナイジェリアのラゴスで、妹アヨオラと母の三人で暮らす看護師のコレデ。真面目で几帳面なコレデは家でも職場でもストレスを抱えて生きていたが、最大の悩みはアヨオラがシリアルキラーということだった。十七歳のとき、彼女は初めて恋人を殺し、その後始末をしたのがコレデだった。
 そして今日、アヨオラから電話がかかり、またしても恋人を殺したと告白される。これで三回目だ。無邪気な妹にイライラしつつも、死体や現場を片付けてゆくコレデ。最大の危機はすぎさたかに見えたが、警察の手が密かに迫っていた……。

 マイ・シスター、シリアル・キラー

 どこから感想を書こうか迷うところだが、やはりまずはナイジェリア産のミステリというところに注目したい。ナイジェリアはアフリカの大国ではあるが政情は決して安定しているとはいえず、頻繁にクーデターと要人暗殺が繰り返されてきた国でもある。今世紀に入ってようやく民主的な選挙も行われるようになったが、不正や汚職、暴動などは日常茶飯事。そんな政情や生活が安定していない状況では、純文学はまだしも、犯罪要素を孕むミステリが育つ余地はない。念のためネットで調べてみると、文学自体はなかなか盛んだが、ことミステリに関してはやはりまだまだ発展途上のようだ。
 そんな中で本書のようなミステリが生まれたというのは、非常に意義のあることだろう。作中では警察組織の日常的な腐敗ぶりも描かれており、こうした現実が垣間見えるのは大変興味深い。
 ただ、主人公たちがかなり裕福な階級であり、本作だけをもってわかった気になってはもちろんいけないのは頭に入れておきたい。

 ミステリとしてはどうか。実はこれが微妙なところで、設定こそミステリ的だが、正直、純粋なミステリとはとても言い難い。
 そもそも通常のミステリにあるような「謎」要素はほぼないのである。いや、ないこともない。連続殺人に手を染めるアヨオラ、そんな妹を助けようとするコレデ。言ってみれば彼女たちの行動原理や心理こそが謎である。
 これらの原因を幼少時からのトラウマや家族の絆に求めるのは容易い。しかし、物語が進むうち、そんなに単純なものでないことがわかってくる。一見、無邪気だが相手をたらしこ込むことにかけては天性の手管を持つアヨオラの悪女ぶりがまず凄まじい。しかもそれが最も発揮されるのが男ではなく、姉コレデに対してだとは。二人のやりとりは一見ユーモラスにも見えるが、それを通り越してえげつないほどだ。
 そして、実はアヨオラ以上に怖いのがコレデである。常に妹の尻拭いをやらされ、それでいて感謝もされないのに、なぜか妹を助け続けるコレデ。得体のしれない彼女の心理こそが本書を引っ張る原動力でもあり、決して気持ちよいストーリーではないのにどんどん先が気になるのである。

 ということで、かなり読者を選ぶ作品ではあるが、いわゆるボーダーラインのミステリ好きには強くオススメしたい。


笹沢左保『白い悲鳴』(祥伝社文庫)

 なんとなく笹沢左保の短篇集『白い悲鳴』を読んでみる。二年ほど前に文庫化されたものなので、それほど悪くはないだろうと思ったのだが、ちょっと残念な一冊であった。まずは収録作。

「白い悲鳴」
「落日に吼える」
「倦怠の海」
「拒絶の影」

 白い悲鳴

 どの作品も金銭や痴情のもつれをベースにしつつ、サスペンスと男女のドラマで読ませる。濡れ場が必ず一回はあるところなど、いかにも火曜サスペンスドラマ然とした内容であり、昭和の大衆雑誌的なノリでもある。
 とはいえ、そういった雰囲気は当時の流行であり、ニーズでもあるから、個人的にはそれほど気にならない。ただ、ミステリとしての弱さはいかんともしがたい。

 「白い悲鳴」は会社の金庫から現金八百万円が盗まれた事件で、犯人と疑われ、クビになった経理部の男性が主人公。その恨みから、本当に会社から現金を盗もうと計画するが、実はそれは真犯人を捕まえるための罠であった。
 導入と設定は悪くないが、あからさますぎる伏線がひとつあって、それでぶち壊しという感じである。ただ管理人の年代ならすぐにわかるだろうが、若い人にはピンとこないかも。

 自殺したと思われる兄の死の真相を探るのが「落日に吼える」。兄と離婚した義姉に再会した主人公は、たちまち魅了されるが、次第に彼女の様子が怪しく思えて……。これも導入は悪くなく、離婚の理由が事件に関係してくるのが読みどころではあるが、いかんせん予想されやすくインパクトは弱い。

 「倦怠の海」はピアノ教師の女性が主人公。三年間つき合っていた男と別れたその夜、近所で通り魔事件が起こる。犯人らしき男はなんと主人公宅のベランダから侵入し、部屋を抜けて逃走。やがて彼女は休暇先で、その犯人らしい男と再会するのだが……。
 こちらもまた導入は面白い。さすがに当時の流行作家、お話作りの巧さには実に感心する。ただ、本作についてはプロット、特に中盤以降の展開が雑で強引すぎるのがいただけない。

 本書で一番よかったのが「拒絶の影」。オープンしたばかりのホテルで、経営者の娘がボーイフレンドと喧嘩しして屋上から突き落とし、運悪く下にいた女性をも巻き込んでしまう。経営者は関係者の口を金で封じようとするが、客の一人だけはどうしても金を受け取らない。ただ、なぜか警察にもいわないという……。
 真相の意外性は十分。経営者が金で次々と目撃者を買収してゆくが、一人だけ拒絶され、それでいて警察にもいわないというので、余計に疑心暗鬼になってゆく展開が面白い。途中から男が只者ではない雰囲気を醸し出し、ミステリアスな感じも悪くない。

 以上、甘めに見て一勝二敗一引き分けぐらいの感じか。ミステリとしては弱いが、サクッと読めるし、昭和中頃の暮らしや文化を知りたい向きはどうぞ。


リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(ハヤカワミステリ)

 年末ランキングで気になった作品をぼちぼち読んでいこうと、リチャード・オスマンの『木曜殺人クラブ』に取りかかる。

 こんな話。イギリスの高級老後施設のクーパーズ・チェイス。移住してきた老人はその暮らしをそれぞれに楽しんでいた。ところが敷地内にある墓地と庭園をつぶして、新たな棟を開発しようという計画が持ち上がった。対立する経営陣と入居者たちだったが、やがて経営陣の一人で、建設を担っていたトニーが殺されるという事件が起こる。犯人は開発に反対す住人なのか、それとも利益をめぐって内輪でも対立している経営側のひとりなのか。
 そんななか、警察に頼らず事件を解決しようとする住人グループがいた。その名も〈木曜殺人クラブ〉。元女性警部のペニーと友人のエリザベスと立ち上げた犯罪研究の同好会だったが、いまは寝たきりであるベニーの意志を受け継ぎ、エリザベスをリーダーとして元精神科医や元労働運動家、元看護婦が加わっていた。彼らは策略を弄して警官からも情報を入手し、事件解決に乗り出すが……。

 木曜殺人クラブ

 老人たちの溌剌とした活躍が繰り広げられ、これは実に楽しい一冊。先日読んだ『自由研究には向かない殺人』の対極にあるような設定だが、それでいてユーモラスで暖かな雰囲気は共通するものがある。ラストはほろ苦いものも感じさせつつ、静かな感動があり、読後の印象はなかなか心地よい。

 上手いのはなんといってもキャラクター造形だろう。木曜殺人クラブの面々だけでなく、彼らの家族、友人、警察官、施設の関係者に至るまで、非常に事細かく描写されている。
 見た目や心理描写もあるが、行動を通して心情を伝えるのが上手く、どちらかというとハードボイルドの手法に近いかもしれない。走りすぎてわかりにくい場面もあるけれど、そういう心情の原因になっていたものが終盤で明らかになると、非常に納得度が高い。

 ただ、惜しい点もある。タイトルからもわかるように本作はクリスティの『火曜クラブ』ひいてはミス・マープルものへのオマージュもあると思うのだが、謎解きミステリとしてはその域に至っていない。
 まず事件が意外と複雑というか、大小いくつかの謎が絡み合っているのだが、それほど効果的とは思えない。最初は真っ直ぐで引きこまれるが、中盤あたりから各事件の要素が浮き彫りになってきて、妙にとっちらかった印象になってしまう。物語が広がってワクワクするというよりは、芯になる事件がぼやけてしまった、といえば言い過ぎか。描写においても場面転換を多用したり、人称を混在させるなどのしているが、そのせいもけっこう大きいだろう。
 著者の狙いや、あえてそうしているのは理解できるが、もう少しネタを絞り込んでスッキリさせ他方がラストのサプライズは効果的だし、もっと落ち着いて読ませるほうが、全体の雰囲気にマッチしてよかったのではないだろうか。

 と気になる点も色々揚げたけれど、先に書いたようにキャラクターや雰囲気は非常によい。舞台装置といいキャラクター造形といい、とても新人作家とは思えないほどだ。次回作が出るならぜひ邦訳も期待したい。


ミステリベストテン比較2022年度版

 『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」(以下「ミスマガ」)、『週刊文春』の「ミステリーベスト10」(以下、「文春」)、宝島社の『このミステリがすごい!』(以下、「このミス」)が出揃ったので、今年も三つの平均順位を出してみた。基本ルールはこんなところである。

・各ランキング20位までを対象に平均順位を出したもの
・管理人の好みで海外部門のみ実施
・原書房の『本格ミステリ・ベスト10』はジャンルが本格のみなので対象外としている
・いち媒体のみのランクインはブレが大きくなるため除き、参考として記載した

2022年度ランキング比較

 今年は三年振りに三冠独占はならなかったものの、それでもホロヴィッツの『ヨルガオ殺人事件』は強かった。もちろん面白い作品だし、個人的にも昨年の『その裁きは死』よりも良い作品だとは思うのだが、やはり同じ作家の同傾向の作品が四年も続くのはなあ、という気持ちになってしまうのだ。
 他の作品がだらしないというのなら仕方ないけれど、今年も昨年同様、ライバルとなりうり作品がけっこう多かっただけにちょっと予想外だった。凝った仕掛けではあるが、万人に受け入れられやすいサプライズと親しみやすさ、それが多くの投票者からまんべんなく得票を集めているのだろう。

 昨年も少し書いたのだが、ホロヴィッツの作品がそもそも特殊であり、それでいて高い娯楽性を備えているため、単なる超B級作品あたりでは難しいかもしれない。この牙城を崩すとしたら強烈な知的興奮かつヒューマンドラマによる感動を与えてくれる大作が必要かもしれない。例えば『薔薇の名前』のような。
 今年でいえば、まあ自分の読んだ範囲ではあるが、『父を撃った12の銃弾』『悪童たち』『第八の探偵』『狼たちの城』あたりが勝てる可能性を持った作品だと思っていたが(自分の評価や好みではなく、あくまでランキング予想として)、それらを差し置いてトップの一角に食い込んだのが『自由研究には向かない殺人』というのは意外だった。これ、自分も大好きな作品で個人的にもこちらを上位に推したい作品だが、ミステリ部分の弱さがあるので、ランキング争いでは不利かなと予想していたのだ。
 ちなみに『自由研究には向かない殺人』もボリュームは相当ながら、それを気にさせないキャラクターと語り口があり、それが万人に受けた印象がある。もしかすると、ミステリの世界も世の中の流れにのって、傷つきにくい優しい作品が求められているのかもしれない。

 あと、アジア圏の作品が増えてきたのをあらためて実感したランキングでもあった。アジア圏といってもほぼ華文ミステリだし、そもそも優れた作品しか紹介されていないはずなので、レベルが高いのは当然でもある。もちろん全体でみればまだまだだろうが、既成のミステリにないアイデアを備えた作品が多いのが魅力であり、トップクラスの作品は間違いなく欧米に比べても遜色がない。この波がアジア全体に広がると、また違った魅力がミステリに加わるような気がする。

 ところでランキングの上位はいつも似たようなものだが、下位はけっこうランキングによって特徴が出る……と思っていたら、今年は下位も案外似ていて笑ってしまう。
 以前だと警察小説や犯罪小説が有利な「このミス」、話題作や大御所、受賞作品が有利な「文春」、中道の「ミスマガ」みたいなイメージで(まったくの個人的な印象です)、ベストテン作品を見ただけでどのランキングか当てる自信があったけれど、今年のはおそらく無理。
 ただ、そうなると本当に複数のランキングが必要なくなるので、雑誌の特集でやっている「文春」や「ミスマガ」はともかく、「このミス」は真剣に考えるときではないのかな。

『このミステリーがすごい!』編集部/編『このミステリーがすごい!2022年版』(宝島社)

 『このミステリーがすごい!2022年版』が出ていたので買って帰る。昨日は「ミステリーベスト10」が発表された『週刊文春』も出ており、先日の『ミステリマガジン』と合わせて、早くも三つのベストテンが出揃ってしまった。

 このミステリーがすごい!2022年版

 パラパラと中身を見たが、まあ、いつもどおりではある。「私のベスト6」と「我が社の隠し球」は情報として参考になるが、いわゆる企画記事はないに等しい。もちろん作家さんのインタビュー等はあるけれど、そういうのは企画とは言わない。そもそも一位を獲得した作家へのインタビューはいいとして、なぜそれを差し置いて、畑違いの人のインタビューを巻頭に載せるかな。ベストテンで商売するなら1位の作家には敬意を払うべきだし、これはさすがに失礼だろう。
 唯一、企画らしい企画もないではない。それが「館ミステリー座談会」なんだけど、これも出席する若手作家に罪はないが、如何せんネタの振り幅が狭くて、もう少しバラエティに富んだ人選でないと話が広がらない。それをサポートする記事もあるにはあるが、2ページほどなので駆け足の作品紹介で終わっていて物足りない。
 今の形はどう見ても、最初から毎年の台割が決まっていて、それに沿って記事をもらってくるだけのように思える。ともかく編集者は、まずその年のテーマなりコンセプトをしっかり固めた方が良い。前年やその年の作品傾向をしっかり分析して、旬のテーマを決める。それさえ決まれば、あとはどう形にするか考えるだけだろうに。

 ただ、少しだけ彼らの立場で考えると、非常に手間がかかる本であることは想像に難くない。なんせ、作家や評論家、書評家、出版社、関係団体……やりとりや確認する相手が多すぎる。これは確かに面倒だ。おそらく締め切りとか守らない輩も多いだろう(苦笑)。
 おそらく省力化しにくいタイプの本であり、基本的に力技で乗り切らなければならない作業が多いのだろう。それでいて(ここは偉いところだが)、価格はかなり抑えている。当の編集者にしてみれば、「これ以上、企画を考えるとか、勘弁してくれ」というのが正直なところなのだろう。
 ただし、そうは言っても無策のままでは困るわけで、ここは値段を上げてでもいいから、少し人や企画、増ページにお金を使った方がいいのではないか。

 肝心のランキングについては、ほか二つのランキングと大きな差はなく、これも例年どおりで面白くない要素の一つだろう。今年は『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」で、とうとう異なる1位が出て少しホッとしたけれど、それでもツートップは同じだからなぁ。むしろ各ランキングの特徴は十位以降から顕著であり、この辺りは後日また。


長田幹彦『蒼き死の腕環』(ヒラヤマ探偵文庫)

 長田幹彦の『蒼き死の腕環』を読む。大正十三年に雑誌『婦人世界』に連載された作品である。探偵小説史的にいうと、本作の前年に乱歩が「二銭銅貨」を発表してデビューしており、日本の探偵小説にもいよいよ本格の息吹が芽生えたという頃だろう。
 とはいえすぐに次々と本格探偵小説が生まれるわけではない。その主流はまだまだ通俗的なスリラーであり、しっかりとした謎解き要素をもった作品は少なかった。大衆小説の書き手であった長田幹彦も、従来の日本の探偵小説には日頃から物足りなさを覚えており、そこで実際に自分でも書いてみたというのが本作らしい。

 蒼き死の腕環

 まずはストーリー。ローマの旅芸人の一座から足を洗い、日本へやってきた房子と彼女を姉のように慕うヨハンの二人。ヨハンの父はイタリア在住の日本人外交官、母はローマの踊り子だったが、ヨハンは父を知らずして生き別れてしまっていた。今回の旅はヨハンの父を探す旅でもあったが、おり悪く関東大震災の影響もあり、調査は芳しくなかった。やがて所持金もほとんどなくなった二人は、ある興行師の誘いに乗るのだが……。

 日本の探偵小説に物足りなさを覚えていたという著者だが、実は同じ文章で、「かなり苦心して書いてみたが、自分の思う十分の一の効果も得られない」とも書き残している。今となっては真意は不明だが、おそらくは謎解き要素をあまり盛り込めなかったことについての自虐だろうというのが解説・湯浅篤志氏の見方。苦労して書いたのに売れなかったと取れないこともないが(笑)、当時の流行作家だけに流石にそれはないか。
 ちなみに解説では、探偵小説が当時、続々と雑誌などに掲載されていた状況や、その割には優れた本格探偵小説が生まれない原因を日本人の暮らしや風俗などに求めたりといった、当時の見解も含めて解説で触れられていて、なかなか興味深い。

 そういうわけで著者自ら認めるとおり、本作は謎解き小説として見るところはそれほどない。しかし、こと娯楽読み物として見るなら、これはかなりぶっ飛んでいて面白い。
 主人公の房子はジプシーの旅一座の女芸人(芸といってもサーカスや手品の類である理、お笑いではないので念のため)。幾多の苦労を超えてきた経験もあって、度胸は満点。ちょっとした犯罪など苦にもしないが、そのくせ身内には厚く、愛国心にも溢れている。のちの任侠ものの女性版といったキャラクターである。
 ただ、若干、お人好しで抜けているところもあり、そのせいで悪人に漬け込まれたり騙されたりして事件に巻き込まれるが、最終的には世界をまたにかける犯罪組織を警察と組んで一網打尽にするというお話。雑誌連載ということもあり非常に山場が多くなるのは想定内だが、それと比例してご都合主義とか無茶な設定が多くなるのもお約束。もはや突っ込むのも野暮な話なのだが、それでも中盤以降で重要な位置を占めるフォックス夫人の正体などは流石に呆れてしまった(苦笑)。

 惜しむらくは題名にもなっている「蒼き死の腕環」の存在。この腕環は房子が身につけている品物だが、さる人物から身につけていると死を招くと予言される。題名にもなっているほどなので、これがストーリーに大きく絡むのかと思いきや、ほぼ物語の象徴的な意味合いしかなかったのが拍子抜けだった。

 ともあれ文学的な意味合いはともかくとして、大正時代の探偵小説がこうして復刊され、しかもけっこう面白く読めてしまうというのがこれまた面白い。同じくヒラヤマ探偵文庫で先に出た『九番館』も悪くなかったが、こちらの方が読み応えがあったような気がする。作者が探偵小説としてより意識して書いたからなのかも知れない。

« »

12 2021
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー
'; lc_cat_mainLinkPart += lc_cat_groupCaption + ''; document.write('
' + lc_cat_mainLinkPart); document.write('
'); } else { document.write('') } var lc_cat_subArray = lc_cat_subCategoryList[lc_cat_mainCategoryName]; var lc_cat_subArrayLen = lc_cat_subArray.length; for (var lc_cat_subCount = 0; lc_cat_subCount < lc_cat_subArrayLen; lc_cat_subCount++) { var lc_cat_subArrayObj = lc_cat_subArray[lc_cat_subCount]; var lc_cat_href = lc_cat_subArrayObj.href; document.write('
'); if (lc_cat_mainCategoryName != '') { if (lc_cat_subCount == lc_cat_subArrayLen - 1) { document.write(' └ '); } else { document.write(' ├ '); } } var lc_cat_descriptionTitle = lc_cat_titleList[lc_cat_href]; if (lc_cat_descriptionTitle) { lc_cat_descriptionTitle = '\n' + lc_cat_descriptionTitle; } else if (lc_cat_titleList[lc_cat_subCount]) { lc_cat_descriptionTitle = '\n' + lc_cat_titleList[lc_cat_subCount]; } else { lc_cat_descriptionTitle = ''; } var lc_cat_spanPart = ''; var lc_cat_linkPart = ''; lc_cat_linkPart += lc_cat_subArrayObj.name + ' (' + lc_cat_subArrayObj.count + ')'; document.write(lc_cat_spanPart + lc_cat_linkPart + '
'); } lc_cat_prevMainCategory = lc_cat_mainCategoryName; } } //-->
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
月別アーカイブ