Posted in 12 2010
Posted
on
極私的ベストテン2010
毎年同じことを書いている気もするが、今年もあっという間に一年が過ぎた感じである。で、これも毎年書いている気がするが、読書の方はさっぱり進まない一年であった。何と今年はわずか七十冊(ただし仕事関係除く)。この数年減る一方の読書量だが、とうとうここまで来たか(笑)。
原因ははっきりしていてもう仕事に尽きる。時間そのものをとられることもあるのだけれど、むしろ疲れやストレスのせいで読書に集中できないことの方が影響としては大きい。まあ、来年こそは何とか百冊ぐらいには戻したいものだが、昨年もそんなこと書いてダメだったしなぁ。まあ、来年も適当にやります(爆)。
さて、『探偵小説三昧』版2010年度ベストテンを発表しようと思うのだけれど、今年は読書数に反比例して実に難しかった。これは良かったと思うものをざくっと挙げ、そこから二十冊ぐらいにはすぐ絞り込めたものの、そのあとが難儀。当時のインパクトやバランスも考慮しつつ、三十分ほどで決まった(結局その程度か)のが以下の十作。
1位 トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』(ハヤカワミステリ)
2位 J・B・プリーストリー『夜の来訪者』(岩波文庫)
3位 ジョー・R・ランズデール『ババ・ホ・テップ』(ハヤカワ文庫)
4位 ヘレン・マクロイ『殺す者と殺される者』(創元推理文庫)
5位 ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死(上・下)』(創元推理文庫)
6位 角田喜久雄『影丸極道帖(上・下)』(春陽文庫)
7位 マイクル・コナリー『エコー・パーク(上・下)』(講談社文庫)
8位 スチュアート・ネヴィル『ベルファストの12人の亡霊』(RHブックス・プラス)
9位 日影丈吉『夕潮』(創元推理文庫)
10位 ローラ・リップマン『心から愛するただひとりの人』(ハヤカワ文庫)
今年は実に優れた短編集を読めたなぁというのが第一の感想。ランキングにはランズデールやローラ・リップマンを入れたが、他にもローレンス・ブロック『やさしい小さな手』(ハヤカワ文庫)、エドワード・D・ホック『夜の冒険』(ハヤカワ文庫)、リチャード・マシスン『運命のボタン』(ハヤカワ文庫)あたりは誰が読んでも納得の一冊ではなかろうか。そして、そんな良質の短編集中でもトマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』の存在感は圧倒的であった。
ちなみに読む人を選ぶだろうが、コッパード『天来の美酒/消えちゃった』(光文社文庫)、ロバート・バー『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』(国書刊行会)、木々高太郎『光とその影/決闘』(講談社大衆文学館)、松本清張『松本清張短編全集07鬼畜』(光文社文庫)の四冊も、個人的には忘れられない作品集である。
長篇ではJ・B・プリーストリーの『夜の来訪者』が拾いもの。というか自分が読んでないだけで有名な作品なんだが、この短さでここまでしっかりしたサスペンスを生む技術は凄い。純粋なミステリとは言えないけれども、やたら長いものしか書かない最近の作家は、これでも読んで少し勉強した方がいいだろう。
とはいえ長くてもいいものはあるわけで(どっちやねん)、ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死(上・下)』、角田喜久雄『影丸極道帖(上・下)』、マイクル・コナリー『エコー・パーク(上・下)』は怒濤の上下巻三連発。コナリーの良さは言うまでもないとして、ルイス・ベイヤードも相当の実力者である。ポオに興味があろうがなかろうが、ミステリ好きならとりあえず読んどくべき。味わい深さとハッタリが非常に高いレベルで融合している作品である。
角田喜久雄の伝奇小説は、いいとは聞いていたものの、いざ読んでみてミステリ色の強さに仰天。作品にもよるだろうが、これはミステリ好きが読んでもノープロブレムの一冊。
本格系は今年あまりいいものに出会えなかったかも。マクロイはもう個人的に外せない作家になってしまったのだが、あと印象に残ったのはF・W・クロフツ『フレンチ警部と毒蛇の謎』(創元推理文庫)、パトリック・クェンティン『悪魔パズル』(論創社)、アントニイ・バークリー『パニック・パーティ』(原書房)ぐらいか。ランキング入りは厳しかったが、読んで損はない。
スチュアート・ネヴィルの『ベルファストの12人の亡霊』は設定の面白さでランキング入り。今年の新刊の中では、他にジョゼフ・ランス+加藤阿礼『新幹線大爆破』(論創社)、デイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』(ハヤカワミステリ)、キャロル・オコンネル『愛おしい骨』(創元推理文庫)もランキングに入れるかどうか悩みまくった。こちらもご用とお急ぎでなければぜひ。特に『新幹線大爆破』は、ゲテモノと侮るにはあまりにもったいない。
今年は国産もあまり読めなかったのが心残り。とりあえず『夕潮』はランキングに入れたが、こういうタイプで良質のものをもっともっと読みたい。
というわけで駆け足で総括してみたが、いやあ、しんどい。でも楽しい。ミステリを読むことは実に楽しいけれど、その感想をこうやって人に伝えたり、皆で話し合ったり、これがまた格別にいいんだよね。
来年もまたこんな感じで、ダラダラとミステリの感想を書きちらかしていく所存ですので、何卒よろしくお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を。
原因ははっきりしていてもう仕事に尽きる。時間そのものをとられることもあるのだけれど、むしろ疲れやストレスのせいで読書に集中できないことの方が影響としては大きい。まあ、来年こそは何とか百冊ぐらいには戻したいものだが、昨年もそんなこと書いてダメだったしなぁ。まあ、来年も適当にやります(爆)。
さて、『探偵小説三昧』版2010年度ベストテンを発表しようと思うのだけれど、今年は読書数に反比例して実に難しかった。これは良かったと思うものをざくっと挙げ、そこから二十冊ぐらいにはすぐ絞り込めたものの、そのあとが難儀。当時のインパクトやバランスも考慮しつつ、三十分ほどで決まった(結局その程度か)のが以下の十作。
1位 トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』(ハヤカワミステリ)
2位 J・B・プリーストリー『夜の来訪者』(岩波文庫)
3位 ジョー・R・ランズデール『ババ・ホ・テップ』(ハヤカワ文庫)
4位 ヘレン・マクロイ『殺す者と殺される者』(創元推理文庫)
5位 ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死(上・下)』(創元推理文庫)
6位 角田喜久雄『影丸極道帖(上・下)』(春陽文庫)
7位 マイクル・コナリー『エコー・パーク(上・下)』(講談社文庫)
8位 スチュアート・ネヴィル『ベルファストの12人の亡霊』(RHブックス・プラス)
9位 日影丈吉『夕潮』(創元推理文庫)
10位 ローラ・リップマン『心から愛するただひとりの人』(ハヤカワ文庫)
今年は実に優れた短編集を読めたなぁというのが第一の感想。ランキングにはランズデールやローラ・リップマンを入れたが、他にもローレンス・ブロック『やさしい小さな手』(ハヤカワ文庫)、エドワード・D・ホック『夜の冒険』(ハヤカワ文庫)、リチャード・マシスン『運命のボタン』(ハヤカワ文庫)あたりは誰が読んでも納得の一冊ではなかろうか。そして、そんな良質の短編集中でもトマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』の存在感は圧倒的であった。
ちなみに読む人を選ぶだろうが、コッパード『天来の美酒/消えちゃった』(光文社文庫)、ロバート・バー『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』(国書刊行会)、木々高太郎『光とその影/決闘』(講談社大衆文学館)、松本清張『松本清張短編全集07鬼畜』(光文社文庫)の四冊も、個人的には忘れられない作品集である。
長篇ではJ・B・プリーストリーの『夜の来訪者』が拾いもの。というか自分が読んでないだけで有名な作品なんだが、この短さでここまでしっかりしたサスペンスを生む技術は凄い。純粋なミステリとは言えないけれども、やたら長いものしか書かない最近の作家は、これでも読んで少し勉強した方がいいだろう。
とはいえ長くてもいいものはあるわけで(どっちやねん)、ルイス・ベイヤード『陸軍士官学校の死(上・下)』、角田喜久雄『影丸極道帖(上・下)』、マイクル・コナリー『エコー・パーク(上・下)』は怒濤の上下巻三連発。コナリーの良さは言うまでもないとして、ルイス・ベイヤードも相当の実力者である。ポオに興味があろうがなかろうが、ミステリ好きならとりあえず読んどくべき。味わい深さとハッタリが非常に高いレベルで融合している作品である。
角田喜久雄の伝奇小説は、いいとは聞いていたものの、いざ読んでみてミステリ色の強さに仰天。作品にもよるだろうが、これはミステリ好きが読んでもノープロブレムの一冊。
本格系は今年あまりいいものに出会えなかったかも。マクロイはもう個人的に外せない作家になってしまったのだが、あと印象に残ったのはF・W・クロフツ『フレンチ警部と毒蛇の謎』(創元推理文庫)、パトリック・クェンティン『悪魔パズル』(論創社)、アントニイ・バークリー『パニック・パーティ』(原書房)ぐらいか。ランキング入りは厳しかったが、読んで損はない。
スチュアート・ネヴィルの『ベルファストの12人の亡霊』は設定の面白さでランキング入り。今年の新刊の中では、他にジョゼフ・ランス+加藤阿礼『新幹線大爆破』(論創社)、デイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』(ハヤカワミステリ)、キャロル・オコンネル『愛おしい骨』(創元推理文庫)もランキングに入れるかどうか悩みまくった。こちらもご用とお急ぎでなければぜひ。特に『新幹線大爆破』は、ゲテモノと侮るにはあまりにもったいない。
今年は国産もあまり読めなかったのが心残り。とりあえず『夕潮』はランキングに入れたが、こういうタイプで良質のものをもっともっと読みたい。
というわけで駆け足で総括してみたが、いやあ、しんどい。でも楽しい。ミステリを読むことは実に楽しいけれど、その感想をこうやって人に伝えたり、皆で話し合ったり、これがまた格別にいいんだよね。
来年もまたこんな感じで、ダラダラとミステリの感想を書きちらかしていく所存ですので、何卒よろしくお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を。
Posted
on
木々高太郎『光とその影/決闘』(講談社大衆文学館)
先日、松本清張を読んだら、師匠筋の木々高太郎が読みたくなって、大衆文学館の『光とその影/決闘』を引っ張り出してきた。長短、織り交ぜた作品集で、「光とその影」が長篇、それ以外は短篇というラインナップ。優に二冊分はあろうかというボリュームだが質も申し分なく、木々入門書としても最適の一冊。これと創元推理文庫の『日本探偵小説全集7木々高太郎集』があれば、ほぼ傑作は網羅できるか。
とりあえず本書の収録作は以下のとおり。
「光とその影」
「決闘」
「大浦天主堂」
「死の乳母」
「死固」
「債権」
「恋慕」
「青色鞏膜」
「冬の月光」
「眠られぬ夜の思い」
上で”入門書としても最適”などと書いたはいいが、実は長篇「光とその影」だけは、正直しんどかった。自ら提唱した探偵小説芸術論を実証するかのように、本作では人の光と影に踏み込みつつ、正義についての問答なども組み込むなど、文学的なアプローチを企てている。ところが肝心の事件や真相にそれほど魅力がなく、サプライズにも乏しい。ヒロインの心理もいまひとつ共感できず、本作でいちばん乗れなかった。
それに比べると短篇は佳作ぞろいで、各種アンソロジーに採られている作品も多い。「決闘」はバカミスと紙一重の驚愕のラストが見もの。
「大浦天主堂」や「債権」「眠られぬ夜の思い」などの大心地先生ものもアベレージ高し。探偵小説としてのバランス的には「ン~」というところもあるのだが、精神分析ネタを上手く絡め、その興味で物語を引っ張ってゆく。
「死の乳母」は、こんなものも書いていたのかという、驚きのホームズものパスティーシュ。出来はまあまあ(笑)。
「恋慕」と「青色鞏膜」は恋愛風味の強い探偵小説。個人的には、この二作が本書中のベストを争う。「恋慕」はシンプルながら非常に気合いの入った描写で、ラストでいきなり探偵小説になるのが不思議なほどの力作。「青色鞏膜」はいわゆるエピローグに当たる部分が尋常ではない。構成としては正直破綻していると思うが、木々の目指したところが理解できる作品である。
ところで「大衆文学館」も久しぶりに読んだが、やっぱりこの叢書は凄い。いろんな形で復刊がなされる現在、思い切って「大衆文学館」を丸ごと復刊してくれる方が手っ取り早くないか、とも思ったり。
とりあえず本書の収録作は以下のとおり。
「光とその影」
「決闘」
「大浦天主堂」
「死の乳母」
「死固」
「債権」
「恋慕」
「青色鞏膜」
「冬の月光」
「眠られぬ夜の思い」
上で”入門書としても最適”などと書いたはいいが、実は長篇「光とその影」だけは、正直しんどかった。自ら提唱した探偵小説芸術論を実証するかのように、本作では人の光と影に踏み込みつつ、正義についての問答なども組み込むなど、文学的なアプローチを企てている。ところが肝心の事件や真相にそれほど魅力がなく、サプライズにも乏しい。ヒロインの心理もいまひとつ共感できず、本作でいちばん乗れなかった。
それに比べると短篇は佳作ぞろいで、各種アンソロジーに採られている作品も多い。「決闘」はバカミスと紙一重の驚愕のラストが見もの。
「大浦天主堂」や「債権」「眠られぬ夜の思い」などの大心地先生ものもアベレージ高し。探偵小説としてのバランス的には「ン~」というところもあるのだが、精神分析ネタを上手く絡め、その興味で物語を引っ張ってゆく。
「死の乳母」は、こんなものも書いていたのかという、驚きのホームズものパスティーシュ。出来はまあまあ(笑)。
「恋慕」と「青色鞏膜」は恋愛風味の強い探偵小説。個人的には、この二作が本書中のベストを争う。「恋慕」はシンプルながら非常に気合いの入った描写で、ラストでいきなり探偵小説になるのが不思議なほどの力作。「青色鞏膜」はいわゆるエピローグに当たる部分が尋常ではない。構成としては正直破綻していると思うが、木々の目指したところが理解できる作品である。
ところで「大衆文学館」も久しぶりに読んだが、やっぱりこの叢書は凄い。いろんな形で復刊がなされる現在、思い切って「大衆文学館」を丸ごと復刊してくれる方が手っ取り早くないか、とも思ったり。
Posted
on
『刑事コロンボ/闘牛士の栄光』
クリスマスも終わって、もう今年も残すところあと僅か。管理人の会社では明後日までが営業日で、29日から休暇に入る。つまり、あと二日しかないわけで、実感としては今年もすごい早さで過ぎていったなぁ、と。
Twitterなんてものを始めてから学生さんたちの書き込みを見る機会がどーんと増えたわけだが、いやまあ、ほんとに時間が有り余っているようで、実に羨ましい。自分も学生時代は似たようなものだったが、あの頃は金はなかったけれど、時間だけは永遠にあるような気がしていたんだよなぁ。ま、大きな勘違いだったわけだけど(苦笑)。
M-1、笑い飯が優勝か。スリムクラブの方が新鮮さ&面白さで上だと感じたが、やはりこの結果には情も入ってるんだろうな。
ところでパンクブーブーは実力あるのに、なんで二本連続で同じネタやったのかなぁ(しかも昨年もやったネタだよね)。どんなに面白くてもあの時点でアウトじゃん。とはいえ叙述トリックばりのネタは完成度も高く、どんどん畳みかけてくるので久々に笑わせてもらった。twitter見たら、案の定ミステリクラスタは「これ叙述トリックだよね」で盛り上がっていた。
『刑事コロンボ/闘牛士の栄光』をDVDで視聴。時間軸としては『歌声の消えた海』から繋がる作品であり、あちらはメキシコへの船旅中に起こった事件。本作はメキシコに無事到着したコロンボが、現地で発生した殺人事件にたまたま巻き込まれるというお話。
メキシコ現地の警部が『歌声の消えた海』での事件を話を聞きたがるなど、状況説明というか、くすぐりはそれなりに入っているけれど、物語そのものに直接的な関係はないので、事前に『歌声の消えた海』を観ておく必要はないのでご安心を。
本作の犯人は、かつて名闘牛士として名を馳せ、今なお地元の名士として尊敬されている男。彼は自分の経営する牧場で働くかつての親友を、麻酔銃で痺れさせ、そこを闘牛に襲わせて殺害する。最初は事故と思われた状況をひっくり返したのは、地元の警部に請われ捜査に協力していたコロンボだった、だが犯行方法などは突き止めたものの、その動機が見当たらない……。
ミステリドラマとしてのコロンボ・シリーズの最大の特徴は、フーダニットというオーソドックスなスタイルを捨て去り、ハウダニットや倒叙という新たな試みに挑戦していったことにある。本作では、そこからさらに駒を進め、ホワイダニットに昇華させたところが大きな見どころ。
ただ、試みはいいのだが、シナリオとして上手くこなれていないのが残念。動機のための伏線もそこかしこに忍ばせ、何とかフェアに持っていこうとしているが、終盤の説明だけで果たしてすべての視聴者がすんなりと理解できるかどうか。加えて、決定的な証拠がないのもマイナスポイント。
狙いは悪くないし、決して嫌いな作品ではないのだが、シナリオ&演出、どちらも低調で満足度はやや低め。惜しい。
Twitterなんてものを始めてから学生さんたちの書き込みを見る機会がどーんと増えたわけだが、いやまあ、ほんとに時間が有り余っているようで、実に羨ましい。自分も学生時代は似たようなものだったが、あの頃は金はなかったけれど、時間だけは永遠にあるような気がしていたんだよなぁ。ま、大きな勘違いだったわけだけど(苦笑)。
M-1、笑い飯が優勝か。スリムクラブの方が新鮮さ&面白さで上だと感じたが、やはりこの結果には情も入ってるんだろうな。
ところでパンクブーブーは実力あるのに、なんで二本連続で同じネタやったのかなぁ(しかも昨年もやったネタだよね)。どんなに面白くてもあの時点でアウトじゃん。とはいえ叙述トリックばりのネタは完成度も高く、どんどん畳みかけてくるので久々に笑わせてもらった。twitter見たら、案の定ミステリクラスタは「これ叙述トリックだよね」で盛り上がっていた。
『刑事コロンボ/闘牛士の栄光』をDVDで視聴。時間軸としては『歌声の消えた海』から繋がる作品であり、あちらはメキシコへの船旅中に起こった事件。本作はメキシコに無事到着したコロンボが、現地で発生した殺人事件にたまたま巻き込まれるというお話。
メキシコ現地の警部が『歌声の消えた海』での事件を話を聞きたがるなど、状況説明というか、くすぐりはそれなりに入っているけれど、物語そのものに直接的な関係はないので、事前に『歌声の消えた海』を観ておく必要はないのでご安心を。
本作の犯人は、かつて名闘牛士として名を馳せ、今なお地元の名士として尊敬されている男。彼は自分の経営する牧場で働くかつての親友を、麻酔銃で痺れさせ、そこを闘牛に襲わせて殺害する。最初は事故と思われた状況をひっくり返したのは、地元の警部に請われ捜査に協力していたコロンボだった、だが犯行方法などは突き止めたものの、その動機が見当たらない……。
ミステリドラマとしてのコロンボ・シリーズの最大の特徴は、フーダニットというオーソドックスなスタイルを捨て去り、ハウダニットや倒叙という新たな試みに挑戦していったことにある。本作では、そこからさらに駒を進め、ホワイダニットに昇華させたところが大きな見どころ。
ただ、試みはいいのだが、シナリオとして上手くこなれていないのが残念。動機のための伏線もそこかしこに忍ばせ、何とかフェアに持っていこうとしているが、終盤の説明だけで果たしてすべての視聴者がすんなりと理解できるかどうか。加えて、決定的な証拠がないのもマイナスポイント。
狙いは悪くないし、決して嫌いな作品ではないのだが、シナリオ&演出、どちらも低調で満足度はやや低め。惜しい。
Posted
on
松本清張『松本清張短編全集08遠くからの声』(光文社文庫)
久々に光文社文庫の「松本清張短編全集」から一冊、第8巻の『遠くからの声』を読む。まずは収録作から。
「遠くからの声」
「カルネアデスの舟板」
「左の腕」
「いびき」
「一年半待て」
「写楽」
「秀頼走路」
「恐喝者」
昨年の二月頃「松本清張短編全集」に手をつけ、もう一年半以上にわたってちんたらと読み進めているわけだが、とにかく驚くべきはそのアベレージの高さだ。構成的にバランスの悪いものもないではないが、いわゆる駄作というものがほとんどない。第8巻の本書では、主に昭和29~33年にかけて書かれた短編を収録しており、デビューから八年ほど経った計算だが、これだけ安定したレベルで書き続けているというのは驚異としかいいようがない。
しかも、その間、テーマがぶれることがないのも素晴らしい。社会派ミステリから歴史物、心理小説的なものまで、清張の書く物は一見すると幅広い。だが表面的には多彩でも、その根底に流れているものは常に一貫している。それは社会の矛盾や闇によって翻弄される人の運命であり、滲み出る情念である。
本書でも時代やジャンルはバラバラながら、追い求めるところはそこに尽きる。出来映えも申し分なく、粒揃いの作品集といえるだろうが、しいて優劣をつけるなら、まずは「カルネアデスの舟板」を推したい。学問の世界に生きる者ならではの屈折した心理が妙味。
「一年半待て」は一事不再理がテーマながら、その根底にあるのは、やはり女性の心の奥底にある闇である。その闇の淵から社会制度を冷ややかに見返すような皮肉さも効いている。
時代物もいい。「左の腕」は珍しく爽快感抜群の一篇。逆に「写楽」はあまりに切ない物語。
ちょっとアレ?だったのが、表題作の「遠くからの声」。姉妹と、姉の夫による三角関係を想起させる辺りまではじわじわくるが、ラストで夫の視点に転ぶのがちょっと? 傑作の誉れ高い作品だが、個人的にはピンとこなかった。
総じて爆発力みたいなものには少し欠けるが、まずは十分な面白さである。7巻の『鬼畜』があまりに凄すぎたので少し心配だったのだが、それもまったくの杞憂。読んで期待を裏切られることはないだろう。
「遠くからの声」
「カルネアデスの舟板」
「左の腕」
「いびき」
「一年半待て」
「写楽」
「秀頼走路」
「恐喝者」
昨年の二月頃「松本清張短編全集」に手をつけ、もう一年半以上にわたってちんたらと読み進めているわけだが、とにかく驚くべきはそのアベレージの高さだ。構成的にバランスの悪いものもないではないが、いわゆる駄作というものがほとんどない。第8巻の本書では、主に昭和29~33年にかけて書かれた短編を収録しており、デビューから八年ほど経った計算だが、これだけ安定したレベルで書き続けているというのは驚異としかいいようがない。
しかも、その間、テーマがぶれることがないのも素晴らしい。社会派ミステリから歴史物、心理小説的なものまで、清張の書く物は一見すると幅広い。だが表面的には多彩でも、その根底に流れているものは常に一貫している。それは社会の矛盾や闇によって翻弄される人の運命であり、滲み出る情念である。
本書でも時代やジャンルはバラバラながら、追い求めるところはそこに尽きる。出来映えも申し分なく、粒揃いの作品集といえるだろうが、しいて優劣をつけるなら、まずは「カルネアデスの舟板」を推したい。学問の世界に生きる者ならではの屈折した心理が妙味。
「一年半待て」は一事不再理がテーマながら、その根底にあるのは、やはり女性の心の奥底にある闇である。その闇の淵から社会制度を冷ややかに見返すような皮肉さも効いている。
時代物もいい。「左の腕」は珍しく爽快感抜群の一篇。逆に「写楽」はあまりに切ない物語。
ちょっとアレ?だったのが、表題作の「遠くからの声」。姉妹と、姉の夫による三角関係を想起させる辺りまではじわじわくるが、ラストで夫の視点に転ぶのがちょっと? 傑作の誉れ高い作品だが、個人的にはピンとこなかった。
総じて爆発力みたいなものには少し欠けるが、まずは十分な面白さである。7巻の『鬼畜』があまりに凄すぎたので少し心配だったのだが、それもまったくの杞憂。読んで期待を裏切られることはないだろう。
Posted
on
ドワイト・リトル『TEKKEN -鉄拳-』
小説の映画化が往々にしてこけるように、ゲームの映画化(ここでは実写に限る)もまた同様である。いや、むしろゲーム映画化の方が惨憺たるありさまであろう。内容的にも興行的にも成功した例としては、『バイオハザード』や『トゥームレイダー』が頭に浮かぶが、その後がもう続かない。まあ、正直、駄作が当たり前のジャンルといってよいだろう。ゲーム映画化の歴史は、概ねゲームファンの怒りの歴史でもあるのだ。
この春、そんな棘の道をあえて歩もうとした、一本の映画があった。本日紹介する『TEKKEN -鉄拳-』(監督はドワイト・リトル)である。
原作となるゲームは、バンダイナムコゲームスが発売する『鉄拳』シリーズ。3D格闘ゲームとしては『バーチャファイター』シリーズと双璧を為す人気ゲームである。ゲームシステムもさることながら、そのキャラクターや世界観の突き抜け具合が見事であり、映画化もおそらくはその辺りに目をつけてのことなのだろう。
しかしながら、これを劇場で観るのはなかなか勇気が要る。劇場公開は今年の三月頃だったかと思うが、ゲーム映画化という時点で既にB級感は拭えないところに加え、キャストもスタッフもまったく無名。管理人もそれなりに思い入れのあるゲームなので、そのキャラクターイメージが壊れるのではないかという不安もある。
あえて地雷を踏む必要があるのか、などと悩んでいるうちに、ロードショーはあっという間に終了。なんでも日本におけるワーナーの週末興行収入記録を塗り替えるほど不入りだったそうである。うう、恐ろしや。
まあ、そんなこともあってすっかり忘れていた映画だったのだが、先週末、DVD落ちとなっているのをレンタルショップで発見。思わずレジへ直行したのであった。
で、感想だが。結論から書くと、もう見事なまでに予想どおりダメダメである。設定とキャラクターを借りただけの実にイージーな仕上がりで、ゲームファンがそれぞれ持っている『鉄拳』のイメージは木っ端みじんに打ち砕かれる。
セットの貧弱さを隠す夜のシーンの多用。微妙すぎる日本語の連発。キャラクターの粗雑な扱い(それぞれファンがいるのに、あんなバンバン殺しちゃだめでしょ)等々。
特にキャラクターの扱いはひどい。ゲームで際だっている格闘家達の個性がほぼ消され、みんな戦い方が同じなのは困ったものである(唯一、エディ・ゴルドはよかった)。頼むから固有技使ってくれよ。それがあるだけでずいぶん『鉄拳』らしくなるんだけれど。ストーリーの貧弱さは端から期待していないのでまだ許せるが、格闘シーンはどこからどう考えてみても「ウリ」のはずだろうに。
いいところもないではない。
主人公の「風間仁」役の役者さんは甘いマスクで動きもよい。特にオープニングではフランスの競技パルクールのように、ひたすら敵から逃げ続けるシーンがあって、そこはけっこう引き込まれる。
その他のキャラクターでは、レイヴンやエディ・ゴルド、吉光あたりが見た目的には悪くない。お色気担当のクリスティやアンナ、ニーナといった女性陣も同様に見た目は悪くないが、やはり格闘術にまったく個性がないのは大きなマイナスだ(繰り返すが、そこ、本当に肝だと思うのだけれど)。
この手の映画に大傑作など誰も期待しないとはいうものの。せめて原作ファンを喜ばせるツボだけは外さずにしてほしいね。もっとひどいゲーム映画化作品は山ほどあるので、それに比べりゃましな方だとは思うけれども。
この春、そんな棘の道をあえて歩もうとした、一本の映画があった。本日紹介する『TEKKEN -鉄拳-』(監督はドワイト・リトル)である。
原作となるゲームは、バンダイナムコゲームスが発売する『鉄拳』シリーズ。3D格闘ゲームとしては『バーチャファイター』シリーズと双璧を為す人気ゲームである。ゲームシステムもさることながら、そのキャラクターや世界観の突き抜け具合が見事であり、映画化もおそらくはその辺りに目をつけてのことなのだろう。
しかしながら、これを劇場で観るのはなかなか勇気が要る。劇場公開は今年の三月頃だったかと思うが、ゲーム映画化という時点で既にB級感は拭えないところに加え、キャストもスタッフもまったく無名。管理人もそれなりに思い入れのあるゲームなので、そのキャラクターイメージが壊れるのではないかという不安もある。
あえて地雷を踏む必要があるのか、などと悩んでいるうちに、ロードショーはあっという間に終了。なんでも日本におけるワーナーの週末興行収入記録を塗り替えるほど不入りだったそうである。うう、恐ろしや。
まあ、そんなこともあってすっかり忘れていた映画だったのだが、先週末、DVD落ちとなっているのをレンタルショップで発見。思わずレジへ直行したのであった。
で、感想だが。結論から書くと、もう見事なまでに予想どおりダメダメである。設定とキャラクターを借りただけの実にイージーな仕上がりで、ゲームファンがそれぞれ持っている『鉄拳』のイメージは木っ端みじんに打ち砕かれる。
セットの貧弱さを隠す夜のシーンの多用。微妙すぎる日本語の連発。キャラクターの粗雑な扱い(それぞれファンがいるのに、あんなバンバン殺しちゃだめでしょ)等々。
特にキャラクターの扱いはひどい。ゲームで際だっている格闘家達の個性がほぼ消され、みんな戦い方が同じなのは困ったものである(唯一、エディ・ゴルドはよかった)。頼むから固有技使ってくれよ。それがあるだけでずいぶん『鉄拳』らしくなるんだけれど。ストーリーの貧弱さは端から期待していないのでまだ許せるが、格闘シーンはどこからどう考えてみても「ウリ」のはずだろうに。
いいところもないではない。
主人公の「風間仁」役の役者さんは甘いマスクで動きもよい。特にオープニングではフランスの競技パルクールのように、ひたすら敵から逃げ続けるシーンがあって、そこはけっこう引き込まれる。
その他のキャラクターでは、レイヴンやエディ・ゴルド、吉光あたりが見た目的には悪くない。お色気担当のクリスティやアンナ、ニーナといった女性陣も同様に見た目は悪くないが、やはり格闘術にまったく個性がないのは大きなマイナスだ(繰り返すが、そこ、本当に肝だと思うのだけれど)。
この手の映画に大傑作など誰も期待しないとはいうものの。せめて原作ファンを喜ばせるツボだけは外さずにしてほしいね。もっとひどいゲーム映画化作品は山ほどあるので、それに比べりゃましな方だとは思うけれども。
Posted
on
ニムロッド・アーントル『プレデターズ』
DVDでニムロッド・アーントル監督の『プレデターズ』を鑑賞。AVPなんていう派生もあるが、本シリーズとしてはこれが三作目。人気の割には続編が少ないが、1も2もそれなりに評価されている作品なので、意外に大事にされているシリーズなのかもしれない。などと考えながらネットで調べると、もちろん続編の話は当然のように挙がっていたらしいが、キャストや制作費、シナリオの問題などで何度も暗唱に乗り上げていたようだ。ううむ、特別大事にされていたわけでもないのね(苦笑)。
それはともかく。久々の続編はこんな話。
傭兵のロイスが身体に異常を感じて目を覚ましたとき、彼はなんと上空を落下している最中だった。なんとかパラシュートを開いて着地したロイスだが、そこは見たこともないジャングルの中だった。やがて彼と同じようにパラシュートで落下する者たち。その誰もが兵士、暗殺者、ギャングといった「殺人」を生業とする者ばかりであった。反目しあいながらもジャングルからの脱出を試みる一行だったが、やがてここが地球ではないこと、そして彼らは何者かに狩られる獲物なのだということに気づいてゆく……。
シリーズ化するとだんだんクォリティが落ちていくのは世の習いだが、プレデターもその例に漏れることはないようだ。エイリアンもそうだったが、一番の問題はクリーチャーの特性が劣化することだろうなぁ。いろいろと後付け設定があるから、子供でもわかるような矛盾がばかばか増えていくし、それに反比例してプレデターの強さ&怖さは落ちるばかり。日本刀で死んじゃダメだろうプレデターが(笑)。
ストーリーも説明不足のまま投げっぱなしが多すぎて、疑問点だらけである。人間ドラマにひとつふたつ面白くなりそうなポイントもあったのだが、それももったいない使い方をして膨らますこともなし。
そして最後はお決まり、次回作への含みを盛大に残しつつ、ジ・エンド。うう、テレビで予告編見たときは、もう少し面白そうだと思ったのになぁ。
それはともかく。久々の続編はこんな話。
傭兵のロイスが身体に異常を感じて目を覚ましたとき、彼はなんと上空を落下している最中だった。なんとかパラシュートを開いて着地したロイスだが、そこは見たこともないジャングルの中だった。やがて彼と同じようにパラシュートで落下する者たち。その誰もが兵士、暗殺者、ギャングといった「殺人」を生業とする者ばかりであった。反目しあいながらもジャングルからの脱出を試みる一行だったが、やがてここが地球ではないこと、そして彼らは何者かに狩られる獲物なのだということに気づいてゆく……。
シリーズ化するとだんだんクォリティが落ちていくのは世の習いだが、プレデターもその例に漏れることはないようだ。エイリアンもそうだったが、一番の問題はクリーチャーの特性が劣化することだろうなぁ。いろいろと後付け設定があるから、子供でもわかるような矛盾がばかばか増えていくし、それに反比例してプレデターの強さ&怖さは落ちるばかり。日本刀で死んじゃダメだろうプレデターが(笑)。
ストーリーも説明不足のまま投げっぱなしが多すぎて、疑問点だらけである。人間ドラマにひとつふたつ面白くなりそうなポイントもあったのだが、それももったいない使い方をして膨らますこともなし。
そして最後はお決まり、次回作への含みを盛大に残しつつ、ジ・エンド。うう、テレビで予告編見たときは、もう少し面白そうだと思ったのになぁ。
Posted
on
ジェフリー・ディーヴァー『ロードサイド・クロス』(文藝春秋)
年の瀬ということで忘年会シーズン真っ只中。公私あわせるとだいたい週に二回ペースというところで、いやあ、楽じゃありません。アルコール自体は望むところなのだが、若い頃と違ってけっこう次の日に残るのが辛い。二日連チャンだけは避けるようにしているが、こればかりは先方の都合もあるしなぁ。あと、これも若い頃と比べて夜がすっかり弱くなってしまったのも歯がゆい。というわけで、読書が進まない言い訳でした。
およそ一週間ぶりの読了本は、ジェフリー・ディーヴァー『ロードサイド・クロス』。ライムものではなく、キネクシスの専門家キャサリン・ダンスを主人公とするシリーズの第二作である。こんな話。
カリフォルニアで絶大な人気を誇る有名ブログ「ザ・チルトン・レポート」。交通事故を起こした高校生トラヴィスは、このブログのコメント欄で吊し上げられ、個人情報まで暴露。やがて実生活にまで嫌がらせは広がってゆく。
そんな頃、死を予告する十字架が道路沿いに発見され、予告殺人事件に発展。命を狙われたのはトラヴィスをネット上で糾弾した女子学生だった。ほどなくしてトラヴィスは姿を消し、さらに第二、第三の十字架が……。
ううむ、普通には面白い。完成度からいうと前作をも凌ぐだろう。それでもディーヴァーの実力からすれば、今作はやや物足りない。
ブログやオンラインゲームなど今時のネタをテーマとしているのもディーヴァーらしいし、本筋の事件に加えて、ダンスの母親が別件の殺人容疑で逮捕されるというサブ・ストーリー、さらには恋愛や親子の絆といったダンスの私生活のエピソードを絡め、トドメにはいつものどんでん返し。いつものとおり十分すぎる盛り込み方である。それがなぜ物足りなく感じるのかといえば、盛りだくさんにしすぎた歪みがあちらこちらに出ているのかな、と。
特に気になる点が二つあって、ひとつは肝心のキネクシス(相手の言動を観察分析する科学)を利用した見せ場が少ないこと。リンカーン・ライム・シリーズから派生し、わざわざダンスを主人公とする物語を始めたからには、やはりこちらでやりたかったことがあったはず。
そのひとつが、何といってもキネクシスを用いた心理的な捜査法ではないのか。ライムが物証に則った徹底的な科学捜査をとるのに対し、ダンスは容疑者の心理を読み、攻め込んでゆく。この対比はライム・シリーズでも描かれているとおり。それなのにダンスをダンスたらしめる最大の武器を出し惜しみするというのはいかがなものか。インターネット上でのアバターを使ったキネクシスなど面白い趣向もあるのに、けっこうサラッと流しているのが実に残念だ。
気になる点がもうひとつ。こちらの方が問題としてはより引っかかる。それはサブ・ストーリー的に扱われるダンスの母親の事件である。前作のエピソードからつながる事件で、しかも母親が殺人の容疑者となるのである。これ以上ないってぐらい重いネタなのだが、実はこれが全編通して非常に淡泊な扱い。ダンスは肉親だから母親の捜査に参加できないのは当然としても、この決着はない。
メインの事件との関わりもそれほど濃いものではないし、むしろ母親の件はカットして、そのネタだけで独立した作品に仕立て上げた方がよかったのではないだろうか。
あざといまでのケレンがディーヴァー作品の魅力。そのバランスが本作では乱れてしまっている。盛り込むだけ盛り込んだため、ところどころで中途半端になってしまった。そんな印象である。
およそ一週間ぶりの読了本は、ジェフリー・ディーヴァー『ロードサイド・クロス』。ライムものではなく、キネクシスの専門家キャサリン・ダンスを主人公とするシリーズの第二作である。こんな話。
カリフォルニアで絶大な人気を誇る有名ブログ「ザ・チルトン・レポート」。交通事故を起こした高校生トラヴィスは、このブログのコメント欄で吊し上げられ、個人情報まで暴露。やがて実生活にまで嫌がらせは広がってゆく。
そんな頃、死を予告する十字架が道路沿いに発見され、予告殺人事件に発展。命を狙われたのはトラヴィスをネット上で糾弾した女子学生だった。ほどなくしてトラヴィスは姿を消し、さらに第二、第三の十字架が……。
ううむ、普通には面白い。完成度からいうと前作をも凌ぐだろう。それでもディーヴァーの実力からすれば、今作はやや物足りない。
ブログやオンラインゲームなど今時のネタをテーマとしているのもディーヴァーらしいし、本筋の事件に加えて、ダンスの母親が別件の殺人容疑で逮捕されるというサブ・ストーリー、さらには恋愛や親子の絆といったダンスの私生活のエピソードを絡め、トドメにはいつものどんでん返し。いつものとおり十分すぎる盛り込み方である。それがなぜ物足りなく感じるのかといえば、盛りだくさんにしすぎた歪みがあちらこちらに出ているのかな、と。
特に気になる点が二つあって、ひとつは肝心のキネクシス(相手の言動を観察分析する科学)を利用した見せ場が少ないこと。リンカーン・ライム・シリーズから派生し、わざわざダンスを主人公とする物語を始めたからには、やはりこちらでやりたかったことがあったはず。
そのひとつが、何といってもキネクシスを用いた心理的な捜査法ではないのか。ライムが物証に則った徹底的な科学捜査をとるのに対し、ダンスは容疑者の心理を読み、攻め込んでゆく。この対比はライム・シリーズでも描かれているとおり。それなのにダンスをダンスたらしめる最大の武器を出し惜しみするというのはいかがなものか。インターネット上でのアバターを使ったキネクシスなど面白い趣向もあるのに、けっこうサラッと流しているのが実に残念だ。
気になる点がもうひとつ。こちらの方が問題としてはより引っかかる。それはサブ・ストーリー的に扱われるダンスの母親の事件である。前作のエピソードからつながる事件で、しかも母親が殺人の容疑者となるのである。これ以上ないってぐらい重いネタなのだが、実はこれが全編通して非常に淡泊な扱い。ダンスは肉親だから母親の捜査に参加できないのは当然としても、この決着はない。
メインの事件との関わりもそれほど濃いものではないし、むしろ母親の件はカットして、そのネタだけで独立した作品に仕立て上げた方がよかったのではないだろうか。
あざといまでのケレンがディーヴァー作品の魅力。そのバランスが本作では乱れてしまっている。盛り込むだけ盛り込んだため、ところどころで中途半端になってしまった。そんな印象である。
昨日は少しばかり遠出して(といっても車で一時間もかからないんだが)、さがみ湖リゾートプレジャーフォレストのイルミリオンを見物してきた。イルミリオンという大層な名前がついているが、まあ、最近すっかり定着した冬のイルミネーションイベントのひとつである。
これが関東最大クラスというので気になっていたのだが、いやあ確かにこれは派手だった。郊外型遊園地をまるごとイルミネーション化したようなものなので、とにかく規模が大きい。あまり凝ったものは多くないけれど、とにかく物量で勝負しようという意気込みが伝わってくる(笑)。そこそこ混んではいたけれど、器が大きいので比較的ゆったり見て回れるのがいい。四時半ぐらいに入ってイルミネーション点灯開始の瞬間から見るのがオススメかと。
本日は福田純監督による『エスパイ』をDVDで視聴。超能力者によるスパイ組織の抗争を描いた物語で、言うまでもなく原作は小松左京。公開は1974年。
実はこれも一応「東宝特撮映画DVDコレクション」の一本なのだが、本作に限っては特撮興味は期待しない方が吉。むしろ東宝が豪華キャストを集めて、新機軸のスパイアクションで一発狙ったと見る方がよいだろう。監督の福田純はゴジラ映画もけっこう撮っているが、基本、軽いものがお好みのようで、こういうアクション映画には定評があった監督である(その分、ゴジラ映画はひどかったけどw)。
豪華キャストと書いたが、具体的には藤岡弘、由美かおる、加山雄三、草刈正雄、岡田英次、若山富三郎といった面々。アクションをほぼ全面的に担当する藤岡弘、お色気担当の由美かおる、重厚さの若山富三郎あたりは要注目で、特に由美かおるの色っぽさは尋常ではない。これ、公開当時は山口百恵の『伊豆の踊子』と同時公開だったらしいのだが、百恵ちゃん目当ての中高生男子は相当ショックを受けたんじゃないかなぁ(笑)。
ま、そういう見どころはあるのだが、トータルではやはり残念な出来であることは間違いない。原作のSF的な面白さはほとんど活かされていないし、超能力の表現や演出も拙い。スタッフのSFに対する理解が低いのは一目瞭然で、最悪なのは超能力の本質、根源的なところが「愛」とか言い切ってしまうこと。もうSFを舐めてるとしか思えない。
怪獣映画も含め、こういう特撮映画ってのは作る側の意識が重要である。大人が楽しめるレベルのものを、真面目に作る気があるかどうか。『エスパイ』はそこが一番の問題なのであった。
これが関東最大クラスというので気になっていたのだが、いやあ確かにこれは派手だった。郊外型遊園地をまるごとイルミネーション化したようなものなので、とにかく規模が大きい。あまり凝ったものは多くないけれど、とにかく物量で勝負しようという意気込みが伝わってくる(笑)。そこそこ混んではいたけれど、器が大きいので比較的ゆったり見て回れるのがいい。四時半ぐらいに入ってイルミネーション点灯開始の瞬間から見るのがオススメかと。
本日は福田純監督による『エスパイ』をDVDで視聴。超能力者によるスパイ組織の抗争を描いた物語で、言うまでもなく原作は小松左京。公開は1974年。
実はこれも一応「東宝特撮映画DVDコレクション」の一本なのだが、本作に限っては特撮興味は期待しない方が吉。むしろ東宝が豪華キャストを集めて、新機軸のスパイアクションで一発狙ったと見る方がよいだろう。監督の福田純はゴジラ映画もけっこう撮っているが、基本、軽いものがお好みのようで、こういうアクション映画には定評があった監督である(その分、ゴジラ映画はひどかったけどw)。
豪華キャストと書いたが、具体的には藤岡弘、由美かおる、加山雄三、草刈正雄、岡田英次、若山富三郎といった面々。アクションをほぼ全面的に担当する藤岡弘、お色気担当の由美かおる、重厚さの若山富三郎あたりは要注目で、特に由美かおるの色っぽさは尋常ではない。これ、公開当時は山口百恵の『伊豆の踊子』と同時公開だったらしいのだが、百恵ちゃん目当ての中高生男子は相当ショックを受けたんじゃないかなぁ(笑)。
ま、そういう見どころはあるのだが、トータルではやはり残念な出来であることは間違いない。原作のSF的な面白さはほとんど活かされていないし、超能力の表現や演出も拙い。スタッフのSFに対する理解が低いのは一目瞭然で、最悪なのは超能力の本質、根源的なところが「愛」とか言い切ってしまうこと。もうSFを舐めてるとしか思えない。
怪獣映画も含め、こういう特撮映画ってのは作る側の意識が重要である。大人が楽しめるレベルのものを、真面目に作る気があるかどうか。『エスパイ』はそこが一番の問題なのであった。
Posted
on
アントニイ・バークリー『パニック・パーティ』(原書房)
創元推理文庫からジョン・フランクリン・バーディン『悪魔に食われろ青尾蠅』が刊行された模様。先日はちくま文庫でチェスタトン『四人の申し分なき重罪人』が出たし、同じく創元からはもうすぐクリスピンの『愛は血を流して横たわる』、シャーロット・アームストロング 『魔女の館』もみな文庫化されて出る。クラシック・ミステリのファンには素晴らしいクリスマス・プレゼントだろうとは思うけれど、単行本をリアル・タイムで買って読んでいる身としては、え、もう文庫化なの?という苦々しい気持ちでいっぱいです(笑)。
読了本はアントニイ・バークリーの『パニック・パーティ』。ロジャー・シェリンガムが登場する最後の長篇である。バークリーは言うまでもなく英国の本格探偵小説の書き手だが、その作品は単なる本格ミステリにとどまらない。よく言えば実験的な(悪く言えばひねくれた)作品にチャレンジし続けた作家であり、このシェリンガムもの最後の長篇においても、その期待を見事に裏切らない。
こんな話。シェリンガムは、大富豪となったかつての恩師ガイからクルーザーでの旅に誘われた。しかし招待客の面々が明らかになるにつれ、シェリンガムはガイに何らかの隠された意図があることに気づく。案の定、クルーザーの故障をきっかけに、クルーザー旅行の招待客全員は無人島に取り残されてしまうという事態に陥った。そんな中、ガイはこの招待客の中に殺人犯がいることを公表し、さらに一同を不安に落とし込む。そして当然のごとく、一人の死体が発見されたが……。
解説によると、海外では評価が大きく分かれる作品らしいが、まったく意味がわからない。結論からいうと本作は十分楽しめるミステリであり、これまでの作品同様、非常にバークリーらしい一作であるといえる。
そもそも本作を格探偵小説という観点で読むから悪い。確かにロジックや謎解き興味といった部分は弱いけれども、本作の主題がそこを否定するところからスタートしているのは、冒頭にある著者自身の言葉でも明らか。
上でも少し書いたように、バークリーは本格探偵小説の可能性を探究するかのように、実験的な作品を書き続けた作家だ。その結果として、アンチミステリあるいはパロディとも思えるような作品を多く残してきた。一方ではノン・シリーズの作品も多く、こちらでは主に犯罪者の心理を描いた作品が中心である。
シェリンガム最後の事件はこの二つの路線を融合させた作品といってもよいだろう。『パニック・パーティ』の面白さは、隔絶された無人島で、犯罪者と共に残されたことによるサスペンスにあることは明らか。徐々に人々の本性が剥き出しになり、シェリンガムすらいつもとは異なる自分に戸惑う、そこが読みどころだ。
加えて、いわゆる本格のコードに則って進めながらも、肝心なところではそれを無視する(あるいは茶化す)ことで、それでも本格として成立するのかどうか、試している可能性も伺える。
確かに設定こそ異色ではあるが、そういうポイントを見ていけば、これはいつもどおりバークリーらしい企てに満ちた一作なのだ。
読了本はアントニイ・バークリーの『パニック・パーティ』。ロジャー・シェリンガムが登場する最後の長篇である。バークリーは言うまでもなく英国の本格探偵小説の書き手だが、その作品は単なる本格ミステリにとどまらない。よく言えば実験的な(悪く言えばひねくれた)作品にチャレンジし続けた作家であり、このシェリンガムもの最後の長篇においても、その期待を見事に裏切らない。
こんな話。シェリンガムは、大富豪となったかつての恩師ガイからクルーザーでの旅に誘われた。しかし招待客の面々が明らかになるにつれ、シェリンガムはガイに何らかの隠された意図があることに気づく。案の定、クルーザーの故障をきっかけに、クルーザー旅行の招待客全員は無人島に取り残されてしまうという事態に陥った。そんな中、ガイはこの招待客の中に殺人犯がいることを公表し、さらに一同を不安に落とし込む。そして当然のごとく、一人の死体が発見されたが……。
解説によると、海外では評価が大きく分かれる作品らしいが、まったく意味がわからない。結論からいうと本作は十分楽しめるミステリであり、これまでの作品同様、非常にバークリーらしい一作であるといえる。
そもそも本作を格探偵小説という観点で読むから悪い。確かにロジックや謎解き興味といった部分は弱いけれども、本作の主題がそこを否定するところからスタートしているのは、冒頭にある著者自身の言葉でも明らか。
上でも少し書いたように、バークリーは本格探偵小説の可能性を探究するかのように、実験的な作品を書き続けた作家だ。その結果として、アンチミステリあるいはパロディとも思えるような作品を多く残してきた。一方ではノン・シリーズの作品も多く、こちらでは主に犯罪者の心理を描いた作品が中心である。
シェリンガム最後の事件はこの二つの路線を融合させた作品といってもよいだろう。『パニック・パーティ』の面白さは、隔絶された無人島で、犯罪者と共に残されたことによるサスペンスにあることは明らか。徐々に人々の本性が剥き出しになり、シェリンガムすらいつもとは異なる自分に戸惑う、そこが読みどころだ。
加えて、いわゆる本格のコードに則って進めながらも、肝心なところではそれを無視する(あるいは茶化す)ことで、それでも本格として成立するのかどうか、試している可能性も伺える。
確かに設定こそ異色ではあるが、そういうポイントを見ていけば、これはいつもどおりバークリーらしい企てに満ちた一作なのだ。
Posted
on
『このミステリーがすごい!2011年版』(宝島社)
先陣を切った早川書房の『ミステリが読みたい!2011年版』に続き、『週刊文春』ミステリーベストテン、原書房の『2011本格ミステリ・ベスト10』ときた年末恒例のミステリランキングも、いよいよ打ち止め。トリを務めるのは宝島社の『このミステリーがすごい!2011年版』である。とりあえずサクッと目を通したみた感想など。
ランキングについては最後発の宿命か、それほど新味はなし(あ、例によってすべて海外ミステリの話であります)。ただし、順位の方はかなり違いが見られて、1位の『愛おしい骨』などいかにも『このミス』的。そういう意味では早川、文春と比べてみると面白い傾向が見られそうだ。気が向いたらそのうち分析してみます。
内容的には昨年とほぼ同様。ランキング本の解説をはじめとして、座談会、アンケート回答などは定番企画として質量十分。特にミステリ作家が自ら新作を宣伝する「私の隠し球」は、読書遍歴エッセイも付いていて、これが隠し球以上に面白くて読み応えもある。
個人的に最も気になる「我が社の隠し球」の方では、ヴァン・ダインの評伝が国書から出るというニュースに狂喜乱舞。論創社のクイーン企画も気になるなぁ(折衝中とのこと)。
もちろんダメ企画も健在(笑)。巻頭の芸能人インタビュー、著名人の選ぶベスト3、およそ300ページのうちの100ページを占めている短篇は、本のコンセプトを考えるとまったく不要。
営業的なことを考えると仕方ない側面はあるのだけれど、ミステリにこういう無粋な企画はそもそも似合わない。もう少し普通にミステリの面白さを伝える企画を練ってもらいたいのだがなぁ。
ランキングについては最後発の宿命か、それほど新味はなし(あ、例によってすべて海外ミステリの話であります)。ただし、順位の方はかなり違いが見られて、1位の『愛おしい骨』などいかにも『このミス』的。そういう意味では早川、文春と比べてみると面白い傾向が見られそうだ。気が向いたらそのうち分析してみます。
内容的には昨年とほぼ同様。ランキング本の解説をはじめとして、座談会、アンケート回答などは定番企画として質量十分。特にミステリ作家が自ら新作を宣伝する「私の隠し球」は、読書遍歴エッセイも付いていて、これが隠し球以上に面白くて読み応えもある。
個人的に最も気になる「我が社の隠し球」の方では、ヴァン・ダインの評伝が国書から出るというニュースに狂喜乱舞。論創社のクイーン企画も気になるなぁ(折衝中とのこと)。
もちろんダメ企画も健在(笑)。巻頭の芸能人インタビュー、著名人の選ぶベスト3、およそ300ページのうちの100ページを占めている短篇は、本のコンセプトを考えるとまったく不要。
営業的なことを考えると仕方ない側面はあるのだけれど、ミステリにこういう無粋な企画はそもそも似合わない。もう少し普通にミステリの面白さを伝える企画を練ってもらいたいのだがなぁ。
Posted
on
本多猪四郎『宇宙大怪獣ドゴラ』
「東宝特撮映画DVDコレクション」の最新巻『宇宙大怪獣ドゴラ』が届いたのでさっそく視聴。いくつか見逃していた東宝特撮映画の中でも飛びきり気になっていた一作なので、とりあえず見れただけで十分満足なのだが、それではあんまりなので一応感想もちょっとだけ(笑)。
日本上空を周回中のテレビ衛星が突如、消失するという事件が起こる。同じ頃、世界各国のダイヤが次々に強奪されるという事件も勃発し、警視庁は有名な宝石強盗団の仕業とみて捜査を開始する。しかし当の宝石強盗団も、実は別の何者かに宝石強盗を妨害されており、秘かにその真犯人を追っていた。そんな彼らの前に現れたマークと名乗る謎の外国人。ダイヤを巡り、警察、宝石強盗団、謎の外国人が三つ巴で追いつ追われつ……だが、実はダイヤを襲っていたのは、炭素をエネルギー源とする未知の宇宙細胞の仕業であった……。
以上のとおり、物語はそれなりに凝っている。それもそのはず、原作は丘美丈二郎。探偵小説作家でもあり『宇宙大戦争』の原作も担当した人だ。これを関沢新一がシナリオ化しているので、外すことはないだろうとは思っていたのだが……。
ところが実際の話、これは微妙な作品だった(笑)。なんせタイトルにもなっているドゴラの出番がとにかく少ない。80分ほどの映画でせいぜい5分ぐらいじゃないか。
ドゴラ自体はクラゲのような形状で、これが空中を浮遊して街を襲うという趣向なのだが、なんせ着ぐるみで動かせるようなシンプルな形ではない。今ではCGで簡単にできるのだろうが、当時は水槽やアニメーションなどを駆使しているものの相当に手間暇がかかったらしい。結果としてこのぐらいの時間が限界だったようだ。
その怪獣の露出不足を補っているのが、アクション映画としての部分。ダイヤモンドを巡る三つ巴が当時流行のスパイ映画を意識しているらしく、軽妙なやりとりや派手な撃ち合いで展開していく。これが意外に馬鹿馬鹿しくて楽しいのだが(特に謎の外国人役ダン・ユマは最高)、ドゴラ・ストーリーとの融合は強引すぎて、全然消化できていない。
というわけで、やはり東宝特撮映画のなかではかなりきつい方になるのだろう。実際、この映画以後いま現在に至るまで、東宝は新規怪獣の単独出演映画を作らなくなってしまった。おそらく興行的にも失敗だったのであろう。
とはいえ怪獣の設定や造型としてはそれなりに魅力的なので、いまのCG技術で華麗に復活するという話はないのだろうか? 絶対観にいくんだけどな。
日本上空を周回中のテレビ衛星が突如、消失するという事件が起こる。同じ頃、世界各国のダイヤが次々に強奪されるという事件も勃発し、警視庁は有名な宝石強盗団の仕業とみて捜査を開始する。しかし当の宝石強盗団も、実は別の何者かに宝石強盗を妨害されており、秘かにその真犯人を追っていた。そんな彼らの前に現れたマークと名乗る謎の外国人。ダイヤを巡り、警察、宝石強盗団、謎の外国人が三つ巴で追いつ追われつ……だが、実はダイヤを襲っていたのは、炭素をエネルギー源とする未知の宇宙細胞の仕業であった……。
以上のとおり、物語はそれなりに凝っている。それもそのはず、原作は丘美丈二郎。探偵小説作家でもあり『宇宙大戦争』の原作も担当した人だ。これを関沢新一がシナリオ化しているので、外すことはないだろうとは思っていたのだが……。
ところが実際の話、これは微妙な作品だった(笑)。なんせタイトルにもなっているドゴラの出番がとにかく少ない。80分ほどの映画でせいぜい5分ぐらいじゃないか。
ドゴラ自体はクラゲのような形状で、これが空中を浮遊して街を襲うという趣向なのだが、なんせ着ぐるみで動かせるようなシンプルな形ではない。今ではCGで簡単にできるのだろうが、当時は水槽やアニメーションなどを駆使しているものの相当に手間暇がかかったらしい。結果としてこのぐらいの時間が限界だったようだ。
その怪獣の露出不足を補っているのが、アクション映画としての部分。ダイヤモンドを巡る三つ巴が当時流行のスパイ映画を意識しているらしく、軽妙なやりとりや派手な撃ち合いで展開していく。これが意外に馬鹿馬鹿しくて楽しいのだが(特に謎の外国人役ダン・ユマは最高)、ドゴラ・ストーリーとの融合は強引すぎて、全然消化できていない。
というわけで、やはり東宝特撮映画のなかではかなりきつい方になるのだろう。実際、この映画以後いま現在に至るまで、東宝は新規怪獣の単独出演映画を作らなくなってしまった。おそらく興行的にも失敗だったのであろう。
とはいえ怪獣の設定や造型としてはそれなりに魅力的なので、いまのCG技術で華麗に復活するという話はないのだろうか? 絶対観にいくんだけどな。
Posted
on
デイビッド・イェーツ『ハリー・ポッターと死の秘宝PART1』
立川でデイビッド・イェーツ監督の『ハリー・ポッターと死の秘宝PART1』を鑑賞。
ハリー・ポッター・シリーズ最終作、といいたいところだが、長大な原作をもはや通常の尺に収めきれなくなったようで、この最終作『~死の秘宝』は何とPART1とPART2の二部作と相成った。とりあえず完結には来年の7月まで待たなければならないというのが何ともはや。
何より心配していたのがストーリー展開。もともと原作的にはひとつのつながった物語である。それを前後半分に分けて、それぞれひとつの話にするのだから、まあ、おそらく前半は大した動きのない映画になるのだろうなと思っていたら、本当にそうなってしまっていたのでガッカリ。前作の『ハリー・ポッターと謎のプリンス』をはじめ、ここのところは長大な原作をまとめきれない弱点を露呈していたので、本作ではそれをカバーするための二部作構成だったはず(ビジネス上の理由も大きいとは思うけれど)。それがすっかり裏目に出た感じだ。
PART1は、ハリー、ロン、ハーマイオニーが追っ手を逃れながら分霊箱を求めて旅を続けるというのが主な筋。とにかく単調なエピソードの積み重ねである。ハリーとロンの確執、ドビーの活躍などがアクセントになっているとはいえ、この平板な物語は何とかしてほしかった。後半ありきで映画作るのが悪いとはいわないけれど、もう少しやりようがあったのではないかなぁ。
結局はこれまでのシリーズ作をすべて観ている人、PART2も絶対観るよ、という人しか楽しめない映画である。いや、そういう人でも退屈するかも。PART2では何とか帳尻を合わせてほしいものだが……。
なお、役者さんは皆それなりに成長していて感心。まさかダニエル・ラドクリフとエマ・ワトソンの大人っぽいラブシーンが観れるとは(苦笑)。
Posted
on
ミステリー文学資料館/編『江戸川乱歩と13の宝石 第二集』(光文社文庫)
先日読んだ『江戸川乱歩と13の宝石』はハイレベルなアンソロジーだったが、引き続き編まれた『江戸川乱歩と13の宝石 第二集』も十分な出来。個人的には既読率が少々高いのはあれだけれど、これでしか読めない作品も多く、質も全体的に高い。前巻同様、トータルでは文句なしのおすすめアンソロジー。
以下、収録作とコメント。さすがにこちらにまで乱歩の未発表原稿は載っていないが、松本清張と乱歩の対談がいいアクセントである。
仁木悦子「粘土の犬」
山村正夫「獅子」
土屋隆夫「重たい影」
城昌幸「ママゴト」
対談 松本清張、江戸川乱歩「これからの探偵小説」
渡辺啓助「寝衣(ネグリジェ)」
土英雄「切断」
島田一男「屍臭を追う男 泥靴の死神」
竹村直伸「似合わない指輪」
楠田匡介「完全脱獄」
樹下太郎「お墓に青い花を」
大藪春彦「夜明けまで」
佐野洋「金属音病事件」
「粘土の犬」は仁木悦子のダークな部分がほどよく発揮された佳作。特殊な少年心理にスポットを当てて謎を解明するあたりが秀逸。一度は読んでおくべき。
山村正夫は何となく軽さ(コミカルとかいう意味の軽さではなく)を感じて、これまで積極的には読んでいない作家だったが、本作は文句なし。古代ローマという設定、プロットが魅力的で仕掛けも実に鮮やか。
「重たい影」は土屋隆夫らしい湿っぽさがよく出ている倒叙もの。心理描写や雰囲気はいいけれど、ラストも見えるし意外性もいまひとつ。本書中では落ちる方か。
「ママゴト」は読んで損なし。ショートショートの名手、城昌幸による「奇妙な味」の傑作。
「これからの探偵小説」は、非常に珍しい松本清張と江戸川乱歩による対談。清張の自信満々振りというか、読者すら見下す感じの話し方が鼻につくが、話す内容は興味深い。『点と線』すら習作とみるストイックさはいやはや何とも。
「寝衣(ネグリジェ)」は渡辺啓助版「屋根裏の散歩者」といった趣。着想は面白いが、終盤の謎解きはややドタバタした印象で、ちょっと損をしている。
土英雄の「切断」は時間物のサスペンス。設定がオリジナリティに富んでいて、短い話なのに臨場感や緊張感が半端ではない。
「屍臭を追う男 泥靴の死神」は島田一男らしいスピーディーな展開が魅力。言ってしまえばバカミスと紙一重だが、ラストの意外性は相当なものだ。
竹村直伸はおそらく初めて読む作家。だいそれたトリックなどはないけれど、「似合わない指輪」は本書中で最も印象深い作品である。最初はセンスだけで読ませるのかと思っていたら、これはけっこう考えられたプロットである。なんとか他の作品とまとめて論創社あたりで一冊にしてもらえないものだろうか。
楠田匡介の「完全脱獄」は河出文庫で読めるじゃん、とか思っていたら、そちらはとっくに入手困難らしい。こんないい作品集が……。
「お墓に青い花を」は大人のメルヘン。後のサラリーマン小説に通じる、樹下太郎らしい軽さ(こちらはコミカルという意味でOK)が魅力。ま、他愛ない話ではあるが。
「夜明けまで」は短いけれど、大藪春彦の魅力がしっかり詰まった佳作。ある程度はラストの想像がついたけれど、作者は最後にもうひとつ読者の上をいっている。
「金属音病事件」も相当有名なのだが、これも入手難なのか。SF的設定をSF的と思わせないその語りは、必ずしも効果的とはいえないのだが、見事に本格ミステリと融合させきってしまった。オチも実にいい。
以下、収録作とコメント。さすがにこちらにまで乱歩の未発表原稿は載っていないが、松本清張と乱歩の対談がいいアクセントである。
仁木悦子「粘土の犬」
山村正夫「獅子」
土屋隆夫「重たい影」
城昌幸「ママゴト」
対談 松本清張、江戸川乱歩「これからの探偵小説」
渡辺啓助「寝衣(ネグリジェ)」
土英雄「切断」
島田一男「屍臭を追う男 泥靴の死神」
竹村直伸「似合わない指輪」
楠田匡介「完全脱獄」
樹下太郎「お墓に青い花を」
大藪春彦「夜明けまで」
佐野洋「金属音病事件」
「粘土の犬」は仁木悦子のダークな部分がほどよく発揮された佳作。特殊な少年心理にスポットを当てて謎を解明するあたりが秀逸。一度は読んでおくべき。
山村正夫は何となく軽さ(コミカルとかいう意味の軽さではなく)を感じて、これまで積極的には読んでいない作家だったが、本作は文句なし。古代ローマという設定、プロットが魅力的で仕掛けも実に鮮やか。
「重たい影」は土屋隆夫らしい湿っぽさがよく出ている倒叙もの。心理描写や雰囲気はいいけれど、ラストも見えるし意外性もいまひとつ。本書中では落ちる方か。
「ママゴト」は読んで損なし。ショートショートの名手、城昌幸による「奇妙な味」の傑作。
「これからの探偵小説」は、非常に珍しい松本清張と江戸川乱歩による対談。清張の自信満々振りというか、読者すら見下す感じの話し方が鼻につくが、話す内容は興味深い。『点と線』すら習作とみるストイックさはいやはや何とも。
「寝衣(ネグリジェ)」は渡辺啓助版「屋根裏の散歩者」といった趣。着想は面白いが、終盤の謎解きはややドタバタした印象で、ちょっと損をしている。
土英雄の「切断」は時間物のサスペンス。設定がオリジナリティに富んでいて、短い話なのに臨場感や緊張感が半端ではない。
「屍臭を追う男 泥靴の死神」は島田一男らしいスピーディーな展開が魅力。言ってしまえばバカミスと紙一重だが、ラストの意外性は相当なものだ。
竹村直伸はおそらく初めて読む作家。だいそれたトリックなどはないけれど、「似合わない指輪」は本書中で最も印象深い作品である。最初はセンスだけで読ませるのかと思っていたら、これはけっこう考えられたプロットである。なんとか他の作品とまとめて論創社あたりで一冊にしてもらえないものだろうか。
楠田匡介の「完全脱獄」は河出文庫で読めるじゃん、とか思っていたら、そちらはとっくに入手困難らしい。こんないい作品集が……。
「お墓に青い花を」は大人のメルヘン。後のサラリーマン小説に通じる、樹下太郎らしい軽さ(こちらはコミカルという意味でOK)が魅力。ま、他愛ない話ではあるが。
「夜明けまで」は短いけれど、大藪春彦の魅力がしっかり詰まった佳作。ある程度はラストの想像がついたけれど、作者は最後にもうひとつ読者の上をいっている。
「金属音病事件」も相当有名なのだが、これも入手難なのか。SF的設定をSF的と思わせないその語りは、必ずしも効果的とはいえないのだが、見事に本格ミステリと融合させきってしまった。オチも実にいい。