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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 10 2005

ジェフリー・ハウスホールド『影の監視者』(筑摩書房)

 3年ほど前か、創元推理文庫で突然復刊され、冒険小説ファンの間で評判を呼んだジェフリー・ハウスホールドの『追われる男』という本がある。シンプルな構成だが密で緊迫感ある語り口、ラストの意外性と、永らく絶版だったのが不思議なほどよく出来た冒険小説だった。
 不遇な作家というか、日本ではなぜか人気が出ない作家というのはいるもので、ジェフリー・ハウスホールドもその一人なのだろう。そうやって『追われる男』が評判を取り再評価されたにもかかわらず、結局、他のタイトルがその後訳されることもなく、今に至っている。著作数は30作以上にも及んでいるので海外ではそれなりに読まれてきた作家だと思うのだが、邦訳は『追われる男』を含めてわずか三作。本日の読了本はそのうちの一冊で『影の監視者』である。筑摩書房の世界ロマン文庫に収録されたものだ。

 ストーリーはシンプルだが、設定はちょっと複雑だ。
 主人公は中年の動物学者の男性。叔母との二人暮らしだが、なぜか他人との強い関係を望まず、叔母との仲も冷え切っている。そんなある日、家に届けられた郵便物が爆発するという事件が起き、配達人が命を落としてしまう。人から恨まれる覚えはないという主人公だが、実は彼には叔母にも話していない秘密があった。実は戦時中、彼は連合国側のスパイとして、ドイツのゲシュタポの一員に成りすましていた時期があったのだ。はたして爆弾を送りつけてきたのは、裏切りに気づいた元ナチスの人間か、それともゲシュタポに恨みを抱く元連合国側の人間なのか? 主人公は元の上司と相談し、敵をおびき出すという作戦をとるが……。

 読んでいてまず思ったのは、敵をおびき出すという展開の前半が『追われる男』とずいぶん似ていること。こういう設定は作者の好みなのだろうか。本作でも息詰まるような「狩り」の様子が持ち味となっているのは御同様。だが、後半に入ると少々話が変わってきて、主人公の素性を周囲の人間がほとんど知ってしまうことになる。張りつめていた糸が切れたようで、当然ながら緊張感もずいぶん失われてしまう。終盤でやや盛り返すものの、『追われる男』ほどの息苦しさを味わえなかったのは残念。
 もうひとつ気になったのは、ひたすら主人公の言動や思考を追ってゆく描写。これも『追われる男』と共通する点ではあるが、ただ、どうなんだろう。行動を綴るのはもちろんよいのだ。かつてスパイとして生きた男が戦場へと駆り出され、再び戦いの技術を駆使する羽目になる。しかし、男はもう若くはない。衰えもある。そんな緊迫した状況での戦いの模様を描くのだ。ここはねちっこくやってもらって全然OKである。
 しかし、主人公の思考を細かに書き込まれると、それはちょっと違うのではないか、とも思う。なんというか、主人公が自分の行動に対していちいち理由を説明しているようで(正当化しているわけではないにせよ)、冒険小説の主人公がいちいち言い訳するなよ、みたいな苛立ちを感じてしまうのである。
 まあ、もう一冊だけ未読の本『人質はロンドン!』があるので、これも近々読んでみることにしよう。


黒塚信一郎『茶柱が立つと縁起がいい』(原書房)

 埋もれた古典を出版して、ミステリファンに一躍その名を知られるようになった原書房から、ちょっと面白そうな本が出ていたので読んでみる。黒塚真一郎の『茶柱が立つと縁起がいい』がそれ。タイトルのような言い伝えをピックアップして、その言葉の起源を探る、いわゆる蘊蓄本である。
 この手の本はけっこう好きなので昔はよく読んだものだが、ううむ、本書に関していえばちょっと物足りないかも。
 というのも、著者の解釈が極めてまっとうすぎて、少し考えればすぐに予想できる説明ばかりなのだ。火や鏡や蛇、鴉といったキーワードの意味するところは、ちょっと歴史や民俗学に興味のある人なら基本的な事柄だし、昨今ではテレビゲームを遊んでいるだけでも覚えられたりするからなぁ。
 この手の本の初心者には楽しめるだろうが、個人的にはいまいち。


マイケル・ギルバート『空高く』(ハヤカワ文庫)

 二、三日前から神田神保町では恒例の古本祭の準備が始まり、明日からはいよいよ本番。あいにく昨日は雨だったが、週末の天気が気になるところだ。当然ながら晴れてくれないことには見てまわる気にもならないが、店側の苦労はそんなもんじゃないんだろう。せめて雨が降らないよう祈るばかりです。

 本日の読了本はマイケル・ギルバートの『空高く』。ハヤカワ文庫版。元々はハヤカワミステリでの刊行だが、『捕虜収容所の死』のヒットのおかげで文庫化されたのだろう。ほかにも数冊絶版状態のものがあるので、ぜひ関係者は重版を検討してほしいものである。

 それはともかく。こんな話。
 イギリスの田舎町ブリンバレーでは近頃、別荘荒らしが頻発し、不穏な空気に包まれていた。そしてある日、教会の献金箱からも金が盗まれるという不名誉な出来事が起こる。人々の間に疑惑が渦巻く中、さらにとんでもない事件が起こった。退役軍人のマックモリス少佐が家もろとも爆弾で吹き飛ばされてしまったのだ……。

 先頃読んだ『捕虜収容所の死』や『金融街にもぐら一匹』では、謎解きに脱走劇や経済小説あたりをミックスさせていたギルバートだが、本作は恐ろしいほどストレートな本格ミステリに仕上げている。だが、これでは正しく本書の特徴を言い表しているとはいえないだろう。厳密には、本書はストレートな本格ミステリではなく、謎解きに古き良き英国風本格ミステリを融合させた小説といえるのだ。

 なんだか逆説的だが、結局マイケル・ギルバートという作家は、基本的に謎解きを書こうとしてはいるが、そのまま読者に見せることをよしとせず、必ず何らかのプラスアルファを提供すべく苦心している作家ということができるだろう。本書の解説ではもっと具体的に、ミス・マープルものに代表されるヴィレッジ・ミステリへのオマージュである、というようなことが書かれているが、まさにそのとおり。遅ればせながら、三冊目にしてようやくマイケル・ギルバートという作家の本質が見えた気がする。

 肝心の出来であるが、なかなか本作も悪くない。犯人探しという興味に加えて、爆弾がどうやって仕掛けられていたかという謎も面白いし、探偵役のリズとティム(この二人は親子である)が、異なる方法で真相に迫っていく展開もなかなか楽しい。そしてけっこう大事なことだが、ギルバートの文章は丁寧で、語り口が見事だ。くどからず薄からず。のどかな描写もスリリングな描写も巧い。似たような小説の中でも、この人の巧さはトップ・クラスではないか。
 たった三冊しか読んでないが、マイケル・ギルバートという作家、ちょっと忘れられない存在になりそうだ。


フランシス・ローレンス『コンスタンティン』

 『コンスタンティン』を観る。キアヌ・リーブス主演の新手の悪魔祓いものかと思っていたが、なんと天国と地獄を巻き込んでの壮大な話。しかもそれをゲーム感覚で見せるという力業。これだけ宗教色の強い話を、ユーモアもたっぷり交えて軽ハードボイルド的にかっこよく描写してゆくスタッフの力量に感心した。正直、『マトリックス』よりもこちらの方が好きだな。最後のたたみかけもコンゲームっぽくていい。


星新一、他『占いミステリー傑作選』(河出文庫)

 レンタルで映画鑑賞。ものは劇作家ジェームズ・バリが未亡人シルヴィアやその子供たちと知り合って、名作『ピーター・パン』を書き上げるまでを描いた映画『ネバーランド』だ。バリ役はジョニー・デップで、『チャーリーとチョコレート工場』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』の、どちらかというとエキセントリックな役柄とは違い、こちらではしみじみとした渋めの演技が光る。未亡人家族との心の触れあいやピーター・パンのファンタジックな要素を巧みに取り込んで、なかなか感動的に仕上げたよい映画だ。

 読了本は河出文庫のアンソロジーで『占いミステリー傑作選』。まずは収録作から。

高木彬光「家捜し」
阿刀田高「当たらぬも八卦」
星新一「夢と対策」
都筑道夫「腎臓プール」
小松左京「共喰い―ホロスコープ誘拐事件」
半村良「黙って座れば」
黒岩重吾「死の礼の女」
泡坂妻夫「ヨギ ガンジーの予言」

 占いがミステリに最も効果的に使われるケースは(まったくの独断的意見だが)、予言ネタ以外にはまったくないと断言できる。そりゃそうだ。占いなんてものは似非統計学みたいなものであって、論理的に謎を解明するミステリと相性がいいわけがないのである。したがって、作中で絶対的事実としか思えない予言が、実はどのようにして人為的に為されたのか、そのネタを解き明かすことが興味深いのである。これはある意味、不可能犯罪ものにも通じるところではないだろうか。それ以外のパターンで占いを使っても、結局はミステリアスな雰囲気作りの効果しかなく、占いミステリとしては弱いと言わざるを得ない。まあ、「占いミステリの傑作」と褒められても、作者がどれほど嬉しいのかわからないけれど(笑)。
 とまあ、そのような観点から本書を読むと、真っ向から予言ネタに挑戦している作品が意外に少なくて、少しがっかりした。該当するのは高木彬光の「家捜し」、泡坂妻夫の「ヨギ ガンジーの予言」あたりか。ただ、占いをテーマにした小説ということで読めば、さすがに豪華ラインナップだけあり、蘊蓄もそれなりにあるので、決して退屈することはない。時間つぶしにはちょうどよいかも。


飛鳥高『青いリボンの誘惑』(新芸術社)

 人間ドック後の再検査の結果を聞きにいく。まあ、結果は良好でひと安心だったが、最近は病院へいくことが多すぎて、なんだか自分でもよくわからないときがある。来週の月曜などは二軒の病院をハシゴだから嫌になる。

 読了本は飛鳥高の『青いリボンの誘惑』。著者が六十九歳にして久々に発表した長篇であり、今のところ最後の長篇でもある。

 人生においてある程度成功を収めたものの、いま病院のベッドで横たわる老人がいる。彼は折り合いの悪かった息子、裕を呼び出し、過去に会ったある事件の関係者のその後を調べてほしいと言う……。

 事件の依頼者が親、という点を除けば、まるで一昔前のハードボイルドのような設定で始まる物語。だが冗談抜きに、本作は甘口のハードボイルドの趣を備えた作品である。設定やテーマはもちろん主人公、裕の行動や意識にもそれがうかがえるほか、全体的に抑え気味の筆致も雰囲気を助けている。もともと社会派としても見られているうえ、派手な作風の人ではないから、このような設定の話にすると自然ハードボイルドっぽくなったのかも。このタッチ、決して悪くはない。
 残念ながらミステリとして評価するとそれほどの驚きはない。また、若者の描き方が少々古くさいなど、いくつかの傷はあるのだが、過去の事件と現在への流れ、それによって変化する人間関係のもつれなどを丁寧に描いており、作品世界をしっかり構築しているところはさすが。叙情的なミステリが好きな人なら読んでおいて損はないだろう。
 ちなみに版元の新芸術社は、今の出版芸術社。これってまだ現役本なのかな?


グレイス・ペイリー『最後の瞬間のすごく大きな変化』(文春文庫)

 ついに書店に『三橋一夫ふしぎ小説集成1/腹話術師』が並び始めた。春陽文庫版を全部揃えていない人間には嬉しい限りで、ありがたく買わせていただく。

 本日の読了本は、グレイス・ペイリーの『最後の瞬間のすごく大きな変化』。
 ミステリではなくアメリカ現代文学で、村上春樹が気に入って訳したという短編集だ。村上春樹という人はこの手の啓蒙活動?が好きなので、レイモンド・カーヴァーを初めとした翻訳も数多くこなしているが、春樹ファンもまたそれに乗っかることが好きらしい。現に私もその一人。
 特別大きな筋といったものはない。人生において直面するいろいろな問題、だが、得てして他人からすると大したことはない問題を、登場人物たちがああでもないこうでもないと大騒ぎするような話。だが勢いに任せているようで、実は周到に練られたハイレベルな文章であり、その語り口にはついつい吸い込まれてゆく。だがなぜだろう。個人的にはいまひとつペイリーの良さを実感することができないでいる。テーマのせいか、はたまたこちらのセンスが悪いのか? 海外ではどうやら女性読者に圧倒的に人気があるようだが、男性と女性では受け止め方が異なるのであろうか? 判断は次の作品が文庫落ちするまで保留します。


マイケル・ギルバート『金融街にもぐら一匹』(文春文庫)

 先日読んだ『捕虜収容所の死』にいたく感動し、今度は『金融街にもぐら一匹』を手に取る。

 主人公はモーガンとスーザンという同棲中のカップル。だがモーガンは勤務態度に問題があり、務めていた公認会計事務所を追い出される始末。一方、スーザンは会社の若社長をサポートするうち、親会社の社長に認められる。そんな二人が喧嘩別れするのに大した時間はかからなかった。モーガンは転職先の旅行会社でも事件に巻き込まれ、さらに転落の途へ……。スーザンはより高いポストへと上り詰めるのだが……。

 マイケル・ギルバートというのは、なかなか食えない作家である。こちらとしてはある程度本格ミステリのつもりで読み始めたのだが、筋だけ追っていけば、ただのスリラーのようにも思えるし、下手をすると経済小説のような雰囲気もある。着地点の見当がなかなかつかないのである。
 この何ともいえぬもどかしさがスッキリするのは、物語が三分の二も過ぎる頃だろうか。実は本作では、ある意味『捕虜収容所の死』に負けないぐらいトリッキーな設定を用いている。作者の狙いはもちろんそこにあるわけで、このさじ加減が絶妙なのだ。とりたてて劇的に書くことをしないので、若干、地味な印象で損をしているところがあると思うが、いやほんと、上手い作家である。もやもやがスッと溶けて、目の前に景色がくっきり浮かび上がる。そんな感じ。
 本格にスリラーやアクションの要素を融合させた『捕虜収容所の死』は、かなりの異色作だと思ったが、これは決して特例ではないのだろう。まだ二作しか読んでないので断言はできないが、もしかすると、この人がもともと考えているミステリの在り方なのかもしれない。作品ごとに大きくドライブしてくれる作家は大好きなので、こうなりゃ翻訳されているものぐらいは何とかして全部読みたいものだ。


鴻巣友季子『明治大正翻訳ワンダーランド』(新潮新書)

 藤原編集室さんのHP「本棚の中の骸骨」で紹介されていた『明治大正翻訳ワンダーランド』。曰く「驚愕、感嘆、唖然。名訳は言うにおよばず、超訳も擬装翻訳もノベライゼーションもすでに存在。恐るべし、明治大正の翻訳界。」とある。
 これは面白そうだと早速読んでみたが、期待に違わぬ好著であった。明治や大正時代の翻訳界の内幕だけでも十分楽しめるが、ピンポイントで注目すべき翻訳者を掘り下げてみたり、あるいは自分の翻訳技術との比較、あるいは検証などを語る腕前はなかなか見事。単なる翻訳者のエッセイではなくしっかりしたノンフィクションとしても読むことができ、作者の評論家的な資質も感じられる。翻訳者を目指している人が読んでも結構勉強になることが多いのではないだろうか。

 ちなみに作者の鴻巣氏はトマス・H・クック、マーガレットやアトウッドなどの翻訳なども手がけているから名前だけは知っていたが、けっこう若い人なので驚く。内容が内容なので、もう少し年輩の方かと思っていたが……失礼。


異色作家短編集

 書店で新装なった早川書房の異色作家短編集を見かける。第一弾はロアルド・ダールとフレドリック・ブラウンか。異色作家短編集はこれで三度目のお披露目となるわけだが、二度目のときと大きく異なるのは、初刊行時のラインナップを守っているところ(巻数は違うようだが)。おかげでこれまでききめ的存在だったブラウンやスタージョンが安価で読めるわけで、これは大変めでたい。個人的には今回のポップな装丁も嫌いじゃないし、おまけにスタージョンも持っていなかったので、あっさりとこれで全部そろえることに決めて購入。今所有している二度目の新装版はほぼダブリになるわけだが、無理して函入りに手を出さなくてよかった……いや、それでも何冊かは買っていたのだが。

ロアルド・ダール『こちらゆかいな窓ふき会社』(評論社)

 体調が悪くて読書どころではないが、それでも何か活字に触れていないと気が済まない。子供向けのものならあまり頭を使わなくていいかも、というのでダールの児童書を手にとる。ものは『こちらゆかいな窓ふき会社』。
 動物たちが経営する窓ふき会社というのがミソで、キリンや猿、ペリカンなど、彼らがめいめいの特徴を活かして活躍するお話。ダールのエッセンスは詰まっているが、それぞれの見せ場が一通り終わったところで、あっという間に終わりというのが何とも残念。ダールの児童書の中でもとりわけ短い作品のようだ。
 なお、『チョコレート工場の秘密』のワンカ工場で作られたお菓子が、いろいろ紹介されるお遊びも楽しい。


相変わらずの不調

 出勤するもひどく不調で、最低限のことだけ済ませて早退する。声は少し出るようになったが、風邪はどんどん悪化するようだ。

島田一男、他『伊豆ミステリー傑作選』(河出文庫)

 前日の無理が祟ったか、風邪が悪化してなんと声が出なくなってしまった。せっかくの代休だというのに、薬を飲んで一日中横になっている。

 読書もかなり軽め。伊豆を舞台にしたミステリーを集めた『伊豆ミステリー傑作選』。

川辺豊三「公開捜査林道」
坂口安吾「能面の秘密」
島田一男「国道駐在所」
山村直樹、中町信「旅行けばーー」
仁木悦子「青い風景画」
加田伶太郎「めぐりあい」
結城昌治「失踪事件」

 河出文庫の御当地シリーズ(本当はミステリー紀行シリーズというらしい)からの一冊だが、ミステリとしての水準は悪くなく、おまけに珍しいところを拾っている。坂口安吾の「能面の秘密」はメジャー級としても、山村直樹や川辺豊三は最近じゃなかなか読めないのではないだろうか。ただ、特に伊豆を重視した感じは少なく、たまたま舞台が伊豆だった、というレベルの作品が多いのが残念。


ロアルド・ダール『ガラスの大エレベーター』(評論社)

 ロアルド・ダールの『ガラスの大エレベーター』を読む。『チョコレート工場の秘密』の続編にあたる作品で、一応は独立した作品だが、やはり『チョコレート工場の秘密』を読んでからのほうが登場人物の理解などによかろう。

 物語は前作のお終いからスタートする。ワンカさんがチャーリーの家族全員を空飛ぶガラスのエレベーターに乗せ、工場へ帰るところだ。ところがエレベーターの操縦を誤って、宇宙に飛び出してしまった……というのが今回のお話。前半は宇宙での冒険、後半は工場に帰ってきての冒険ということで、大きく二部構成なのだが、これがまったく繋がっていないお話で、構成的にはいまいち。工場での冒険も前作のパターンを踏襲しているので、それほど新味はない。正直、『チョコレート工場の秘密』に比べて完成度はかなり落ちるだろう。
 だが、ひとつひとつの場面は相変わらずテンションが高く、このシリーズの最大の魅力はまったく失われていないので、構成がどうとかはあまり気にせず、素直に楽しんだ方がいいのかもしれない。


マイケル・ギルバート『捕虜収容所の死』(創元推理文庫)

 時は一九四三年七月。イタリアの第一二七捕虜収容所では、英軍捕虜の手で密かに脱出用トンネルが掘り進められていた。ところがそのトンネルで、収容所側のスパイ容疑がかかっていたギリシャ人幌の死体が発見される。トンネルの入り口を開けるには四人の手が必要であり、ある種の密室的状況であった。ともかくトンネル発覚を怖れた捕虜たちは、とりあえず死体を別のトンネルに移し、事故を偽装することにした。だが、収容所側はこれを殺人と断定し、一人の捕虜を犯人として処刑しようとする。捕虜側は一人の男を探偵役に任命し、この危機を回避しようとするが……。

 遅ればせながらマイケル・ギルバートの『捕虜収容所の死』を読む。
 いや、すごいわ、これは。こんな傑作がまだ残っていたのかという驚き。本格ミステリと冒険小説がここまで見事に融合した作品は記憶にない。本格ミステリと冒険小説のどちらかが味つけになっている例はあるかもしれない。だが、本作は片方だけの要素で書かれたとしても十分成立するだろう。それくらい素晴らしい出来だ。

 例えば、収容所を舞台にした本格ミステリの部分では、ただの犯人探しだけでなく、どのように犯行が行われたかというハウダニット的興味、容疑者が処刑されるというデッドラインを設けることでサスペンスの効果もいっそう高めている。さらに伏線の張り方が巧い。探偵役が事件のカギに気づく部分などは、あまりの巧さに感動すらしたほどだ。
 同じように収容所脱走をテーマにした冒険小説的部分でも、トンネルの作り方、土砂の処理方法、脱走後の対処など、ストレートな冒険小説顔負けの詳しさ。おまけに捕虜同士の確執や当時の戦局を絡めるなどの手際も素晴らしい。思わず映画『大脱走』を思いだしたが、本書の方が十年以上先に世に出ているのだ。
 そしてこれが最も肝心なのだが、これら数多くのエピソードが恐ろしいくらい無駄なく融合しているという事実。個人的にはベストテン級。超おすすめの一冊である。

 なお、最後の二章は、構成的にどうかな、という気はする。真相が蛇足のように語られるのはあまり美しいとはいえず、あくまでこの物語は、収容所できっちりカタをつけてくれた方がよかった。そこだけが残念。


最近考えていること

 また三連休。昔に比べて、ここ数年の祝日や振り替え休日のなんと多いことか。暦どおりに休める人にはいいのだろうが、今までは普通にこなせたスケジュールがかえって消化できなくなり、逆に生産効率も生産量も落ちているという現実がある。うちの会社だけが特別困っているふうではないと思うのだが、国はそういう現実があることを把握しているのだろうか? ゆとり教育も結局は学力低下が問題になって見直されてきているように、楽をしていては決して向上することなどできないのだ。別にどちらがいいとか偉いとかという問題ではなく、自由に選べるという余地を残せということだ。休みたいときは休むし、働きたいときは働く。人がいい結果を残そうと好きで苦労しているのに、それを行政で縛るというのは、何か違うのではないか。
 というわけで、本日は出勤。

植草甚一『探偵小説のたのしみ』(晶文社)

 植草甚一の『探偵小説のたのしみ』を読む。戦後の探偵小説界を支えたあの「宝石」誌に掲載された、海外ミステリに関するエッセイ集である。海外ミステリとはいっても翻訳ではなく、海外の雑誌から得た情報や植草さんが自分で集めた原書をもとに書かれたものだ。本書で紹介されている作家はけっこうな量にのぼるが、ざっと挙げるだけでも、ジョン・ル・カレ、セバスチアン・ジャプリゾ、ジョン・フランクリン・バーディン、ライオネル・デヴィッドソン、マーク・マクシェーン、アダム・ホール、ヒュー・ペンティコースト、エマ・レイサンなどなど。現在、翻訳で読めるものを選んでみたが、もちろん当時の日本では知られていなかった作家ばかりで、今、自分たちがこれらの作家の本を翻訳で読めるのは、本書の功績が決して小さくないだろう。
 ところで植草さんのミステリの書評では、事細かにあらすじが紹介されているのが特徴だ(ただし原書の場合)。下手をするとこちらが読むときの楽しみを奪われかねないこともあるのだが、なぜ氏がそのように詳しいあらすじを書いたのか、その理由を作家の海渡英祐氏が解説で推測している。これもなかなか興味深い一文であった。


久生十蘭『無月物語』(現代教養文庫)

 三ヶ月ほど前に受診した人間ドックの結果を受けて再検査にいく。幸い大したことにはならなそうだが、年も年なので、もう少し健康には気を配らなければならないのだろう。嫁さんからももう一つ保険に入れと言われているのだが、保険ってなんでああも種類が多いのか。検討するのも一苦労で、なかなかそんな時間がとれないんだよな。

 久生十蘭の『無月物語』を読む。今は無き現代教養文庫「久生十蘭傑作選」の最終巻で、歴史物を集めた一冊だ。まずは収録作から。

「遣米日記」「犬」
「亜墨利加討」「湖畔」
「無月物語」「鈴木主水」
「玉取物語」「うすゆき抄」
「無惨やな」「奥の海」

 気に入った作品は、まず「亜墨利加討」。馬鹿囃子好きが高じて役職を棒に振った男の数奇な運命を描いた作品で、ちょっと山風を連想させる設定と展開にニヤリ。
 きれいにまとめすぎた嫌いはあるが、愛犬をめぐってフランス人と対決する羽目になる男の話、「犬」も悪くない。
 ある殿様の睾丸が巨大化するという病の顛末を描く「玉取物語」には爆笑。しかしコミカルなテーマの中にも、当時の医学者の悩める独白がなかなか感動的だ。
 ベストは「湖畔」。人を愛すること、人を信じることのできないある貴族は、ついに自分の妻に手をかけるが、その後の展開がまた強烈。男を描きつつ、実は一途な恋に生きる女を描いているのだという、都筑道夫の解説もうまいなあ。
 とまあ、歴史物と一口に言ってもアプローチがさまざまで、コミカルさを押し出したものや、あくまで美しく叙情的にまとめたものなど幅広い作品集。文体も歴史物となると少し他の作品の印象とは異なり、やや抑え気味というか柔らかい感じを受ける。読み手にそれなりに覚悟と読み解くレベルが必要な十蘭作品ではあるが、もしかすると歴史物は割に十蘭入門作品としては悪くないのかもしれない(ただ、この一冊だけだと十蘭本来のイメージは伝わりにくいかも)。


夏石鈴子『新解さんリターンズ』(角川文庫)

 三省堂から出ている『新明解国語辞典』(以下、新解さん)がいかに不思議な辞書であるか、初めて知ったのはかれこれ二十以上も前のことだ。最初の出会いは呉智英氏の著書だったと記憶する(書名は忘れた)。これ一冊というのはお勧めできないが、部分的には大辞典顔負けの解説もあるため、サブとして欲しい辞典である、みたいなことが書かれていた。それまでは辞書によって色々なクセがあるということなど考えたこともなかったので、けっこう目から鱗が落ちた感じだった。しかしこの時点ではあくまで知識止まり。新解さんの真の姿を見ていたわけではなかった。
 決定的な出会いは確か「本の雑誌」。誰かのコラムで「恋愛」をはじめとする数々の絶妙な解説が書かれていることを知り、一気に新解さんのファンになったわけである。そして、さらにその数年後、赤瀬川源平氏が『新解さんの謎』を発表。語義だけではなく、用例等にもさまざまなツッコミどころがあることを知る。
 本日の読了本『新解さんリターンズ』はいわばその続続編(だと思う)。著者の夏石氏は赤瀬川氏に新解さんの魅力を教えた張本人である。それだけに念入りな検証作業のもと、数々のトピックを紹介してくれている。これがいちいち面白い。
 新解さんの魅力は夏石氏がたっぷりと書いてくれているので、改めて説明することもないのだが、一番のポイントはとにかく主観が入りまくった辞典だと言うこと。ここまで主義主張のある(ついでに好みもたっぷり)辞典は確かに類を見ない。読書好き、国語好きの人なら絶対に楽しめる一冊である。ただ、ある意味、コント集のようなものなので、一気に読むと飽きやすい。一日、数頁ぐらいのペースで楽しむのが吉かと。そして本書を読んだ後は、当然『新明解国語辞典』を読んでほしい。


天城一『島崎警部のアリバイ事件簿』(日本評論社)

 立川へ出かけて『チャーリーとチョコレート工場』を観る。原作の感想は先日書いたとおりだが、映画版ではティム・バートンとジョニー・デップのコンビということで、こちらもある程度期待大。で、その期待はまったく裏切られなかった。原作のあの世界をかくもうまく再現したものだと感心する。ジョニー・デップのワンカ氏、そして子供たちの演技も絶妙で、ついでにいうとリスの演技もすごい(ちゃんと調教したらしい)。原作にはないワンカ氏の過去を語ることによって家族愛というテーマも強く打ち出しており、これも普通なら気になるところだが、見事にバートンのチョコレート工場に仕立て直していると感じた。ウンパ・ルンパのダンスも笑えます。原作同様おすすめ。
 ちなみに映画館ではチョコレート味のチュロスが馬鹿売れ。やっぱ食べたくなるよね。

 天城一の『島崎警部のアリバイ事件簿』を読み終える。
 密室ものを中心とした前作『天城一の密室犯罪学教程』に対し、本作では時刻表トリックによるアリバイ崩しものと、不可能犯罪ものの二部構成。こちらが読み慣れたせいか、あるいは書かれた時代によるものか、本作の方が比較的スムーズに読めた気がする。それでも寝る前に短編ひとつ、みたいな読み方をしたせいで、優に1カ月近くかかっての読了である。
 PART1の「ダイヤグラム犯罪編」は圧巻。正直、時刻表によるアリバイ破りはそれほど好きなテーマではないので、こうしてまとめて読むことも希なのだが、ちくちくと試行錯誤を重ねてゆく過程は、予想を遙かに超える面白さだった。まあ、ある意味推理小説の王道でもあるわけで、そこらの「旅情」鉄道ミステリとはひと味もふた味も違うのは当たり前か。「ダイヤグラム犯罪編」でのお好みは、「急行《西海》」と「準急《皆生》」。
 PART2の「不可能犯罪編」は、島崎警部を主役にしながらも、テーマは不可能犯罪と言うことで、やはり派手な作品が多い。とりわけ「雪嵐/湖畔の宿」はいわゆる<嵐の山荘>ものだが、舞台設定といい、カットバック的手法といい、天城一とは思えないサービス振り。好き嫌いだけなら本作のマイ・フェイヴァリットである。つまるところ島崎警部の不可能犯罪ものが一番個人的には合っているのかもしれない。

 しかし、以前アンソロジー等で読んだときは、それほど感心しなかった天城作品だが、やはりまとめて読むことで見えてくる部分は多い。『天城一の密室犯罪学教程』の感想でも書いたのだが、もっとも感心するのはあの文章である。
 かなり以前、アンソロジーの摩耶ものであの文章を読まされたときは、どちらかというと否定的な印象だったのだが、いや、だんだん良くなる法華の太鼓。切り詰めた結果、とはいいながら、ある種のリズムを備え、そしてどことなくシュールな感覚を味わえる文章。これなくしては天城一の特異性というのは決して生まれなかったのではないか。それが本日のまとめ。

 なお収録作は以下のとおり。

PART1 ダイヤグラム犯罪編
「急行《さんべ》」
「寝台急行《月光》」
「急行《あがの》」
「準急《たんご》」
「急行《西海》」
「準急《皆生》」
「急行《白山》」
「急行《なにわ》」
「特急《あおば》」

PART2 不可能犯罪編
「われらのシンデレラ」
「われらのアラビアン・ナイト」
「われらのローレライ」
「方程式」
「失われたアリバイ」
「ある晴れた日に」
「雪嵐/湖畔の宿」
「朽木教授の幽霊」
「春嵐」


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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